環境負荷、電力事情の逼迫をはじめとするエネルギ問題に起因して家庭電化製品、事務機、産業機器などの電子機器への省電力化の社会要請が益々強くなってきている。また、機器回路作動条件の進化に伴い高電流化が進んでいる。さらに、ノート型パーソナルコンピュ−タを代表とする可搬機は勿論、据え置き機器においても小型軽量化の要求が強まっている。
これらの機器に組み込まれている電源回路、そしてそれに適用される部品類にもこれらの要求がさらに強まってきている。電源回路部品の中で、電気エネルギの貯蔵、電流の平滑化、ノイズフィルタなどの機能を持つインダクタにおいても、大電流におけるインダクタンス向上、損失低減、インピーダンスの高周波化などの電気特性を、小型化特に低背を達成しながら、向上することが要求されている。
従来、この種のインダクタの汎用品として、円環状のコアに、導線を巻き回した構造のものがある。図6は、円環状のコア1fに、導線を巻き回して巻線2fを形成して得られる、従来のインダクタの一例を示す図である。このような構成のインダクタは、その殆どが人手で導線を巻き回すことにより製造されている。製造を人手に頼らざるを得ないことは電子部品として致命的である。特に製造コスト面では、人件費の高い国内での製造は困難となり、人件費の安い国、事業体を探して製造箇所を転々とすることになる。
その結果、作業品質が低下して、巻き数の間違い、導線の絶縁被膜破れ、端子曲がりなど様々な不良が発生して、製品の品質確保が困難になるという事態も生じている。また、人手作業の必然的な結果として、巻線の際に導体に掛かるテンションが、作業者によって異なり、同じ作業者でも体調、疲労の度合によっても変わったりするという問題がある。それは取りも直さず導線長、つまり抵抗値のばらつきに直接反映され、精度を要求される現代電子機器には対応できない事態も起きている。
これらの防止策は作業管理を厳しくすることでなされるが、そのための管理費用の上昇が製造コストを圧迫するし、どだい低賃金の作業環境を追い求めざるを得ない事態を考えれば、これには無理がある。一定の不良数発生を覚悟して検査工程を強化することが、よく行われている方法であるが、人手製造品ゆえ、検査項目がどうしても多くなり、自動検査機の適用が困難で、ここでも人手に頼ることになり、余分の人件費が必要となる。
さらに、人手に頼る多数項目検査の工程ではポカミスは避けられず製品クレームの撲滅は困難である。また、人手作業を前提とすると人件費の安い立地を常に追い求める結果、開発途上国の交通網さえまともに整備されていないような奥地にどんどん入っていくしかなくなり、輸送コストの上昇や納期トラブルをも引き起こす。
これらの課題へ対処するには、巻線工程の機械化が考えられ、その例として、特許文献1には、環状のコアを固定したクランプと、導線を把持した回転クランプなどを用い、導線を環状のコアに巻きつける方法が開示されている。また、特許文献2には、環状のコアと鎖交して回転する巻線リングと、巻線リングの回転軸と同軸で回転する貯線リングと、貯線リングにブレ−キをかけるトルク発生装置とを有する巻線装置が開示されている。
しかし、これらの装置は普及していないのが現状である。その理由には、円環状のコアに電線を巻く方法は、機械化しても人手の動きを機械に置き換えただけに過ぎず、この場合、人手作業では想像しにくいほどの部品点数、制御機器が必要となり、機械の製作費が膨大となる割に、生産速度は人手に劣る結果になり、巻線コストが人件費より高くなってしまうためである。
一方、製品の使用形態から見ると、市場においては回路の薄型化ニーズがあり、場合によっては、円筒形のコンデンサの中心軸を、基板面に平行の方向に搭載する、つまり寝かせて搭載することもある。インダクタの場合も円環の中心軸が基板面に対して垂直になるように、つまり寝かせて実装する使い方も普及しているが、この場合インダクタの厚みが大きいことが問題となる。図6に示した円環状のコアに巻線を施した従来のインダクタでは、ここに示したように、導線の巻き数が多い場合、コアの内周面において導線が重なり合うためインダクタの厚みが増加してしまう。このため円環状のコアを使用することが薄型化の障害となる。
以上のように従来の環状のコアに導体を巻線したインダクタの抱える諸課題は、円環状のコアに巻線することに起因する。それなら、コアの形状を矩形状にしたら、人手でも機械でもコアの直線部に導体を整列巻できるので生産性は向上するし、コア内面での導体の錯綜を抑制できるので薄型化も可能と、一挙両得ではと誰しも考えることである。現実に矩形状のコア、即ちロのコアは長年適用されてきた。さらに生産性を考えるならロの字を半分に切断しコの字状あるいはU字状にすれば簡単な巻線機で導体を巻線できるとの考えも容易に導かれる。これも現実にコの字あるいはU字状コアがあり、導線をボビンに巻線してボビンの穴にコの字またはU字状コアを左右から挿入してボビン内でコアに接合するインダクタが生産されている。
しかし、これらのロの字コア、コの字、U字コアを用いたインダクタの利用例は、円環状のコアを用いたインダクタに比べ圧倒的に少ない。その原因は、円環状のコアの設計手法を基にロの字コアを作るとインダクタンスの低下があることであり、インダクタの基本性能であるインダクタンスが低下しては元も子もないとの考えによるものである。
まして、フェライトコアの場合、コア形状をコの字にしてコア接合面を作ると、そこに形成されるエアギャップが災いして実効透磁率が極端に低下し、その結果インダクタンスが大幅に低下してしまうため、ひたすら低コスト追求せざる得ない用途のみに限られてしまう。この場合、コアの接合面を鏡面研磨するとある程度の実効透磁率の回復は見込めるが、研磨コストは大きく、また研磨面の平坦度を均一にすることが難しくインダクタンスのばらつき増大を引き起こすなどの問題があり、なんとも中途半端な製品とならざるを得ない。そのため、フェライトのロの字コア、コの字コアの用途は極めて限られている。
一方、軟磁性鉄合金粉末を非磁性結合剤で固めた、いわゆるダストコアについては、特許文献3にある通り、コア形状をコの字にすることの有効性が開示されている。確かに、ダストコアインダクタの場合、インダクタンスの大小が第一の性能指標であることには変わりないが、他の性能をも加味して適用されることが多く、フェライトコアインダクタほどインダクタンス一本やりではないので、コの字コア適用の利点は認められる。
しかし、インダクタの第一の基本性能はインダクタンスであることは紛れもない事実であり、インダクタンスの低下を嫌う場合が殆どであることから、円環状のコアの完全な置き換えとはなりえない。
以上の従来技術およびそれに対する用途面から必要な改善点をまとめると、円環状のコアを用いたインダクタ並みの特性を維持したうえで生産性、コスト、品質を改善したインダクタの提供が望まれる。さらに、インダクタンスが向上されればなお望ましい。
さら、一般的に電気機器においては、温度上昇が回路動作に強い影響を及ぼすことから、据え置き機器あるいは可搬機でも一定の大きさ以上の機器では、電源回路を強制空冷して過熱防止、効率アップ、ひいては信頼性アップを図っている場合が多い。半導体には放熱板を設けたり、トランスも巻線をしていないコア部に風を当てたりすることで、コアの発熱を直接に逃がす工夫などがなされている。しかし、円環状のコアに巻線したインダクタの場合、コアの全面が導線に蔽われているため、発生した熱を逃がしようがなく、折角の強制空冷の恩恵に与れない不都合もある。
また、インダクタを電源回路のいわゆるチョークコイルとして用いる場合、大電流が印加された状態で一定のインダクタンスが必要となる。図1は、ダストコアインダクタにおける、電流とインダクタンスの関係の一例であるが、電流の増加とともにインダクタンスが暫減して設計値に満たなくなることが近年増加している。このため、回路が動作する電流で高いインダクタンスをもったインダクタが望まれている。
本発明の課題は、かかる従来技術の課題に鑑み、巻線が妥当なコストでなされ、しかも従来の円環状コアを用いたインダクタに匹敵する、望ましくはそれ以上のインダクタンスを、薄型で放熱性に有利な構造で実現できるインダクタ及びその製造方法を提供することである。
本発明は、前記の課題解決のため、磁性体のコアの形状と、巻線の構造をゼロから検討し直した結果、なされたものである。即ち、本発明は、平行な二つの直線部分とその両端に成形される連結部を有する環状コアの平行な二つの直線部分に導線を巻き回してなるインダクタにおいて、巻線を施していない部分もしくはその一部分の横断面積が巻線部の横断面積より大きいことを特徴とする。さらに、2箇所の接合面をもった分割可能な形状とし、望ましくは該接合面が非巻線部に設けられたことを特徴とするインダクタである。
また、コアと導線の間の絶縁確保のため、コア表面には絶縁体層を設けることが望ましいが、コイルからの発熱を非巻線部に伝導させるため極力密着構造であること、一方密着構造ゆえに絶縁体層によるコアの機械的締め付けによるインダクタンスの低下が発生する矛盾は、絶縁体層を塗装面とし、しかも塗装面の固さが鉛筆硬度で1H以下の軟質であることで解決することができる。
本発明者は、磁気回路理論を下に、要求されるインダクタンス、導体直流抵抗、外寸法などの製品諸特性に対してロの字コアの寸法、導線径、巻き数などインダクタ構成因子を深く検討した。即ち、従来常識では、コアの磁路長は円環状が理想で、ロの字にすると長くなるというものであった。これは、例えばロの字コアに巻線した場合、巻線していない部分が出てくるので、コアの磁路長が長くなり、コアの磁気抵抗が増加してしまうという考えである。単純に巻線数と磁路長の関係のみに注目すると正しい。
しかし、コアに電線を巻くことまで考慮に入れると、必ずしも真実にならないと考えた。即ち、円環状のコアに巻線した場合、図6に示したように、巻線数が多くなると内周側に導線が集中し錯綜することにより無駄な空間が発生する。それに対しロの字コア、あるいはコの字コアに巻線した場合、直線整列巻が可能となるのでコア内面積の有効利用がなされ、導体の巻数一定としたら内面積を小さくでき、磁路長の低減がなされるので最終的に従来認識程のインダクタンス低下は防げると考えた。つまり、導体によるコア内面積の占有面積率を最大に生かすことを設計の起点としてコア断面積、磁路長、インダクタ出来上がり寸法の最適化を図ると、従来技術ではなしえなかったインダクタの確保が可能であることを見出した。さらに、整列巻の結果、小型化だけでなくインダクタの厚みも低減できる。
図2は、従来のロの字コアに巻線を施したインダクタの例を示す図で、図2(a)は斜視図、図2(b)は正面図、図2(c)は側面図である。図2において、1aはコア、1bは接合面、1cは巻線である。また、後述する本発明の説明の便宜上、図に示したように、ロの字コアの接合部、即ち、非巻線部の長さをL、連結部の厚さをT、連結部の幅をWとして、図中に示した。
さらに、従来のロの字コアに巻線したインダクタ各部の空間利用率を見てみると、図2に示す通り、巻線部2aが形成されていない連結部の周りの空間が、放熱以外に活用されていない部分がある事に着目した。図3、図4、図5は、ロの字コアの連結部断面積を拡大した例で、これによって連結部の磁気抵抗が減少して、円環状のコアを用いたインダクタに比べて高いインダクタンスを確保することが出来ることが分かり、第一の発明に至った。勿論発明の眼目はコア非巻線部の横断面積を拡大させることによる磁気抵抗の低減にあるので、非巻線部の幅を拡大することでも可能で、小型化の要求がきつくない場合は有効であるが、効果は厚み増加より劣る。
磁性体コア材料としてフェライトを適用した場合、前述の通り高インダクタンスが望まれている以上、磁路にエアギャップをもたないロの字コアを採用するのが最良である。一方、製造コストをぎりぎりまで追求しながら、インダクタンスをも要求する需要に対しコの字コアの適用もやむを得ない。しかし、本考案になる非巻線部のコア断面積を拡大して磁気抵抗を減じる策を講じることで、接合面の仕上げにコストの低い簡単な研削加工を施す程度で円環状コアに匹敵するインダクタンスを確保することが可能となった。
鉄粉あるいはFe−Si、Fe−Si−AlやFe−Ni合金を代表とする鉄合金からなる粉末に非磁性結合材を加えた混合粉を金型成形してコアにした、いわゆるダストコアインダクタの基本物性を詳細に検討してみると、磁路の一部にエアギャップを形成しても実効透磁率の落ち込みは、エアギャップなしの10%程度の低下に止まる。しかもこの程度の実効透磁率の落ち込みでは、接合面の研磨は不要となる。したがって、ダストコアの場合、フェライトコア以上にコの字コアの適用が容易で、しかも有効である。
また、本発明者の検討結果によれば、一対のコの字コアへ巻線して、接合面を介して一体化した場合、コアの巻線が施されず空間に露出した部分が、コアの放熱に寄与する効果も確認された。その効果を最大限に生かすには、コイルで発生した熱をコアに伝え、非巻線部から放熱することである。
そのためには、コイルがコアに密着する必要がある。従来コアとコイルの絶縁のため、樹脂ケース内にコアを収納し、その上に電線を巻き回してインダクタを形成する場合が主であった。しかし樹脂ケースを使用した場合、コアとコイルとの隙間が大きく、発生した熱の熱伝導による放熱効果は小さい。これに対処するために、コア表面を塗装して絶縁を確保し、その上に巻線することを試みた結果、コアとコイル間の密着がなされ、放熱効果が確保されることが確認された。
しかし、Mn−Znフェライト、アモルファスダストコア始め多く磁性材料では使用環境温度で一定の磁歪定数を持つので、コアに塗装、巻線すると機械的拘束力、特に塗装膜が固化時に発生する残留応力が磁歪に作用してインダクタンスの劣化をきたす。この残留応力の軽減策を種々検討したところ、塗装膜を軟質にする。即ち塗装膜の固さを鉛筆硬度1Hより柔らかくすることにより電源回路作動環境でこの残留応力によるインダクタの劣化を実質的に抑制できる。
本発明に係るインダクタの基本的な構成は、磁性体コア形状がロの字型、あるいは一対のコの字型を接合したものであり、巻線する2個所を直線として、非巻線部、即ち接合は、円弧状または直線状と円弧状の組み合わせとし、該非巻線部の全体または一部の断面積が巻線部より大きいとするものである。
図3は、本発明に係るインダクタの一例を示す図で、図3(a)は斜視図、図3(b)は正面図、図3(c)は側面図である。図において、1bはコア、2bは巻線部、2cは接合面である。この例における接合面2cは接合部中央に設定されているが、この他の箇所に設けることも可能である。
図3に示した例は、コア1bの接合部、つまり非巻線部における、図2に示したWとTを拡大した例である。また、図4は本発明に係るインダクタの一例で、非巻線部の一部のTを拡大した例であり、図5は、やはり本発明に係るインダクタの一例で、非巻線部の直線部分のみのWを拡大した例である。なお、ここでは、ロの字状コアを用いた例を示したが、一対のコの字形のコアを用いる場合、接合面が発生するだけで、特段の形状の差違がないので特に図示しない。
図に示したように、直線部に巻線を施したインダクタでは、自動機械による直線部への巻線が可能となり、従来の円環状インダクタに比べて、製造コスト、性能とも優れたインダクタを構成することが可能となった。さらに二つのコイル外皮間の距離、つまり図3におけるL1を小さくして磁路長を短くすることでインダクタンスを高めることが可能である。
なお、二つのコイルを直列接続して、2端子コイルとすることが可能であるし、それぞれのコイルを並列に使用する4端子のコモンモードコイルとして使用できることは勿論である。
2端子、4端子コイルのいずれの場合でも、従来の円環状インダクタより高インダクタンスが確保され、放熱特性も確保できるインダクタを低コストで製造できる。また、コア表面を絶縁塗料で塗装することでさらに放熱特性が改善される。
以下、本発明について、具体的な実施例を挙げ詳述する。
まず、参考例として、従来形状の外径が25.0mm、内径15.0mm、厚さが12.0mmの円環状のコアに、線径1.6mmの導線を26ターン巻線した円環状フェライトコアインダクタを調製し、それを比較例−1とした。同様に、円環状コアとほぼ同じ外面積のインダクタになるよう、ロの字フェライトコアを設計・作製し、2箇所の直線部にそれぞれ線径1.6mmの導線を2層巻線して総巻線数26ターンのロの字コアのインダクタを試作し、比較例−2とした。
なお、フェライトコア材としては透磁率10,000のMn−Znフェライトを選び、コア絶縁に樹脂ケースを用いたが、以降の実施例では断りのない限り、同一の条件とした。これらの試料のインダクタンスおよび寸法を測り、表1にまとめた。表1の通り、ロの字コアを使うとインダクタンスは低下する従来の考えと同じ結果であった。
実施例−1で作製した試料を見ると、比較例−1の円環状のコアに巻線した試料では、導線がコア内面積に目一杯に詰まった状態であった。一方、ロの字コアに巻線した比較例−2では、導線を整列巻したため導線が更に何本か入るほどのスペースがあった。そこで、巻き数26ターンでコア内面積が丁度埋まるようコア寸法を再度見直し、試料を作製した。その際、概略矩形状を呈するインダクタの一辺の外寸が円環状コアインダクタ外径にほぼ等しくなるよう設計した。即ち、比較例−2のコア内寸法は12.95mm×12.65mmであったが、比較例−3では12.95mm×10.65mmとした。この寸法に合わせたケースを作り、比較例−2にならってインダクタを作製し、比較例−3の測定結果を表2にまとめた。
表2には、比較例として実施例−1で作成した比較例−1を再掲した。表2の比較例−3の諸特性を見ると、コア寸法を導線の巻数に最適化すると、円環状コアインダクタに比べ、小型化された上で同等以上のインダクタンスも確保できることが分かる。
さらに、導線を直線部に整列巻できる利点を活用することを考えると、比較例−3は2層巻であったが、1層巻あるいは3層巻にして用途に合わせた外寸法を得るなどの設計の自由度が拡大することに思い至る。つまり、合計巻線を26ターンとして、1層巻の場合は1対のコア直線部の片側に13ターンを一層に巻き、3層巻の場合は5ターンを2層、4ターンを1層巻いたときの、コア寸法を最適化して試料を作製した。1層巻を比較例−4、3層巻を比較例−5として、2層巻の比較例−3も合わせて表−3に掲げた。
比較例−2〜比較例−5の各特性を比べると、薄型が望まれる用途では比較例−4の1層巻が好適で、インダクタンスを稼ごうとすると3層巻、インダクタンス、外寸法のバランスを見ると比較例−3の2層巻が好ましいことが分かる。このように、コア形状をロの字にすることにより、円環状コアでは不可能な用途に合ったインダクタ形状の最適化ができる、設計の自由度の拡大が可能になる。
図3に示すようにロの字コアインダクタでは巻線していない部分があり、従来技術の認識ではそれが該インダクタの弱点とされてきた。しかし、本発明者は巻線をしていないところを逆に利点とすることが可能と発想した。即ち、インダクタを電子回路に組み込んだとき、基板上の空間を占めるインダクタの体積の内、非巻線部のコアと基盤の間の空間が無駄となっている。その部分をコアで埋めることは実質的な占有体積増加を伴わずに、磁気抵抗の減少、即ちインダクタンスの増加が期待される。
そこで、比較例−3をベースに、非巻線部の厚さを増やしたロの字コアを作製し、26ターン巻線してインダクタ試料となし、それらのインダクタンスを測定し、表−4にまとめた。この場合、非巻線部は円弧状のコーナー部と直線部からなり、それら全部を同じ厚さにしてもよいし、直線部のみ厚くしてもよいので、両者のケースを試みた。なお、インダクタ外寸法は非巻線部の厚さによって変わらず26.5mm×32.8mmで、幅は巻線部の幅である22.2mmで、表4には非巻線部の各部の断面積と巻線部断面積に対する比を記した。
表4に見る通り、非巻線部の断面積を増加させるとインダクタンスの増加は顕著で、特に非巻線部全体の断面積拡大が有効である。インダクタの外寸法を実質的に増加させない最大厚さの22mmのコアによるインダクタは、厚さを増加させないコアによるインダクタから約40%インダクタンスを増加させ、円環状コアインダクタの約50%増が得られることが分かる。勿論コアの一部を増加させると重量増加もある訳で、電子回路とのバランスにより、必ずしも最大厚さでない中間厚さの選択もありうる。また、コーナー部の厚さを巻線部と同じにすることも可能である。
本実施例で非巻線部の断面積を増大させてコアの磁気抵抗を減じることがインダクタ拡大の有効な手段であることを示したが、それを敷衍して非巻線部コアの幅を拡大することも有効であることは当業者にとっては容易に推定できることである。回路面積に余裕があり、むしろ薄型を要求する場合その手段も考えられるが、幅拡大は磁路長の増大になるマイナス効果もあり、少なくともコアに巻いた導体層の厚さ分を拡大できるコア厚み増加の方が優れていると判断される。
実施例−4でロの字コア非巻線部の断面積増加によるインダクタンス上昇の効果が大きいことの実証に立脚すれば、ロの字コアをコの字にすると接合面でのエアギャップ形成によって実効透磁率、ひいてはインダクタンスが大幅下落するフェライトコアにおいて、本考案がそれを回復する手段になりうるのではないかと思い至る。
そこで、実施例−8の寸法に等しくなるようコの字フェライトコアを作製した。この場合、コア接合面にできるエアギャップがインダクタンスの劣化を引き起こすので、接合面となるコアの表面仕上げの度合いを変えていくつかの試料を作製した。また、厚さ均一のコの字コアを用いて表面仕上げ度合いによる実行透磁率の変化をも確認した。
表5で示した接合面仕上げに関し、粗研磨は粒度600メッシュの砥石を使用し、細研磨は1200メッシュの砥石によった。また鏡面研磨は粒度の異なるダイヤモンドペーストを用いて4段階研磨後粒度1/4μmのダイヤモンドペーストで最終研磨を行った。しかし、研磨面の性状は砥石粒度のみで決まらず、砥石がドレッシング直後なのかある程度研磨に使用後なのかといった砥石状態、研磨荷重他研磨条件により大きく変化する。さらに鏡面研磨の場合は砥粒濃度、ペースト供給回数、定盤の性状はじめ作業のスキルまで、多くの因子により面性状が変わるなど数値的に表記することがかえって結果の再現性を劣化させることが多いので、ここではあえて簡略な表現に止めた。
研磨が細かくなるにしたがい実効透磁率が上昇し、その結果インダクタンスも増加していることが分かる。特に、実施例−11で円環状コアインダクタおよび断面厚さ均一のロの字コアインダクタのインダクタンスレベルに達している。勿論鏡面研磨をすればさらにインダクタンスは向上するが、製造コストを考慮するとそれほど魅力的ではないし、むしろ研磨状態を一定にするのが難しくインダクタンスばらつきを増加させるので、実用的でない。
コの字コアを用いた巻線製造工程を考えると、ロの字コアの場合に比べて自動巻線機の価格は1/5以下、巻線速度は6倍以上となり、生産性、製造コストを圧倒的に低減できることをも加味すると、実施例−11の条件をもとにした製品がベストであると判断される。
コア材をフェライトに代えて、軟磁性金属粉末を非磁性結合材で固化したダストコアを用いて円環状コアとロの字コア、コの字コアインダクタの比較を試みた。平均粒径約70μmのFe−10質量%Si−5質量%Al合金粉を磁性粉として使用して、外径27.4mm、内径14.5mm、厚さ11.7mmの円環状ダストコアを作製し、樹脂ケースに入れて線径1,6mmのPEW線を24ターン捲回してインダクタ化し、比較例−6の試料を作製した。なお、比較例−6は外径37mm×厚さ23mmであった。
本願実施例試料として、内径10.65mm×12.95mm、外径23.55mm×25.85mmの矩形環状で、巻線部厚さを11.7mmとし、コーナー部および直線部からなる非巻線部の厚さは表4の各実施例のように最小11.7mmからいくつか変えたダストコアを作成した。なお、ダストコアのコーナーの外面に半径約6.5mmの面取りを施した。これらのダストコア用いてインダクタ化し、実施例−13〜実施例−17とした。それらの外寸は約27.5mm×34mm×厚さ22mmと、円環状コアインダクタより若干の小型化が可能であった。それらのインダクタンスおよび巻線抵抗を測定し、表−6に掲げた。
表6に示す通り、ダストコアにおいても円環状コアからロの字コアに変え、さらに非巻線部の断面積を増すごとにインダクタが向上することが分かる。さらに、円環状コアに巻線すると導線の重なりが乱雑になるのに対し、ロの字コアに巻線すると整列巻が可能となり導線長が短縮され導線抵抗も低減できることが分かる。
フェライトコアと同様にコの字ダストコアを作製した。この場合、非巻線部の厚さを22mmとした。また、コの字コア接合面は、成形後熱処理した表面をさらに研磨仕上げすると却ってエアギャップが拡大してインダクタが劣化する経験を踏まえ研磨仕上げなしとした。本コアに巻線してインダクタ化し実施例−18とした。比較例−6、実施例−17および実施例−18のインダクタンス測定に加え、各試料に14A通電した時の表面温度を測定し、それらの結果を表−7に示した。なお、表面温度はインダクタを、風速0.6m/sで空冷して、赤外線放射温度計により測定した。
表−7でわかるように、コの字コアインダクタのインダクタンスはロの字コアの90%程度とフェライトコアに比べコア接合面のエアギャップの影響は小さい。また、14A通電時各インダクタの表面温度を見ると、円環状コアインダクと比較してロの字コア、およびコの字コアインダクタの温度が低い。これはロの字コアでは放熱面がコイル表面であるのに対し他のコアでは主に導線で発生した熱をコアが吸収して非巻線部で放熱することによる。さらにロの字コアとコの字コアを比較した場合、コの字コアへの巻線がより密にできることに起因してコアへの熱伝効果が効いて若干の温度低下が得られたものと思われる。
Mn−Znフェライトもダストコアも導電性があるのでショート不良の危険回避のためコア表面の絶縁処理は必須である。Mn−Znフェライトもセンダストを除いた他のダストコアも磁歪を持っているので、コアに残留応力が付加される絶縁処理はインダクタンス劣化をきたす。そのためコスト面で有利な塗装を避け、樹脂ケースを使用するのが通例である。しかし、ケースを使用すると、コアと導線の間に隙間を形成するので、ロの字コアあるいはコの字コアを使用して放熱効果を持たせる方策にはマイナスに作用する。
ロの字コアおよびコの字コア使用の利点を最大限に生かす観点から、放熱性改善および低コストの一挙両得を狙い、磁歪を働かせない絶縁塗装を検討した。本件は、用途面、塗膜とコア材の物性の相違、塗膜物性、コア材物性が複雑に絡み、意外と厄介な問題である。即ち、インダクタを搭載する回路は通常100℃前後の高温で作動するので、高温特性を主眼として考えるのが通例であるが、インダクタの回路保護を考えた場合回路始動時の室温でも一定のインダクタンスが必要となる。また、塗装面で発生する残留歪は塗装、キュア後塗膜の固化収縮とキュア加熱温度から室温へ冷却時発生するコア材と塗膜の熱膨張率の差に起因する熱歪に起因すると考えられる。
したがって、塗料の固化収縮の度合い、塗膜の熱膨張率が問題となる。さらに、コア材の透磁率の温度特性が材料によって様々であるし、まして、磁歪定数の測定が難しいため、その室温デ−タはかろうじてあったとしても、その温度依存性までのデータがない場合が多い。これらを材料、用途別に解析して最適解を得る作業は厄介なので、つい簡単なケース使用に走る訳である。
本発明者は、需要を二分するMn−ZnフェライトとFe−Si−Alダストコアについて詳細に検討を加え、次の実験を試みた。即ち、Mn−Znフェライトの磁歪は一般に使用温度近辺で最小値になるよう設計され、また透磁率は室温より使用温度に上昇するに従って増加するものであるから、室温で一定のインダクタンスを確保できれば使用温度では問題なく使えると考えた。またFe−Si−Alダストコアの場合、磁歪定数の絶対値が小さく、また透磁率の温度依存性も小さいので、透磁率の塗装による劣化はMn−Znフェライトほど顕著でないが、磁歪の温度依存性が合金組成により微妙に変化することが推定される。
これらの事を基に、塗装によりコア材に残留応力の緩和方策を考えた場合、塗料の柔軟性付与に思い至る。即ち、残留歪は塗膜の固化および冷却過程で発生するが、透磁率劣化に寄与する磁歪に作用するのは応力であり、それは塗膜が軟質であればある程度抑制でき、また使用温度に上昇した場合は残留応力が減少する方向にある。
そこで比較例−3と実施例−13を用い、それに軟らかさの異なる塗料を塗装・キュア後インダクタ化して、実施例−19〜実施例−27とした。室温におけるインダクタンスの測定結果を表−8に示す。なお、塗膜の柔軟性評価は鉛筆硬度で行った。
Mn−Znフェライトコアインダクタのインダクタンスは塗膜硬度が高いと樹脂ケースに比べ大きく低下しているが、硬度1H程度でほぼ同等になる。ダストコアインダクタンスの場合は予想通り劣化度合いが小さく、3H程度でも十分のレベルにある。ダストでも鉄粉あるいはFe−Si粉、Fe−Si−B系アモルファス粉の磁歪はFe−Si−Bより大きいので、塗装によるインダクタンス劣化は増加するがMn−Znフェライトほどでないことは容易に推定できるので、塗膜硬度が1H程度で塗装の影響は少ないと考えられる。また、実施例−13および実施例−27に14A通電してインダクタ表面温度を測定したところ、実施例−13は121℃、実施例−26は113℃と、絶縁塗装を施しコアとコイルを密着させることによりコイル表面温度を低下させることができることが確認された。
以上に、説明したように、本発明によれば、コの字形状を有する磁性体コアを組み合わせて、並行する二つの直線部を持つロの字様の環状磁性体コアとなし、該磁性体コアの非巻線部の厚さを巻線部より大きくすることにより、従来のトロイダルインダクタに比べて小型で高特性のインダクタを低コストでしかも生産性高く製造することが可能となり、これを用いる機器の小型化や性能向上に寄与するところは大きいと言える。
また、本発明は、前記実施の形態に限定されるものでなく、本発明の分野における通常の知識を有する者であれば想到し得る、各種変形、修正を含む、本発明を逸脱しない範囲の設計変更があっても、本発明に含まれることは勿論である。