本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
〔1.形質転換植物〕
本実施の形態の形質転換植物は、亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子が導入された植物である。
本明細書中で使用される場合、用語「遺伝子」は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。
亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子がコードする亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質(PtxD)は、バクテリアの一部などが有するタンパク質であり、一般的な植物は本来有していないタンパク質である。亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質は、NAD+依存的またはNADP+依存的に亜リン酸を酸化して、HPO4 2−を生成する酵素である。以下の反応式1および反応式2にて、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質が触媒する反応の一例を示す。
本実施の形態の形質転換植物に導入される亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は、以下の(a)または(b)のタンパク質をコードするものであり得る。つまり。
(a)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質、または、
(b)配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸からなり、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質。
当該(a)または(b)のタンパク質は、本発明者によってその性質が初めて明らかにされた亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質であって、(1)可溶化した状態で大腸菌宿主内にて多量に発現され得る、(2)高い熱安定性を有する、(3)各種阻害物質によって活性が阻害され難い、という利点を有している亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質である(例えば、特願2011−098670参照)。
したがって、上記構成であれば、宿主内での亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の発現量が多いので、亜リン酸をより効率よく栄養源として利用し得る形質転換植物を実現することができる。また、上記構成であれば、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の熱安定性が高いので、高温条件下で生育する植物に対しても、亜リン酸をより効率よく栄養源として利用し得る能力を与えることができる。また、上記構成であれば、各種阻害剤が存在する条件下でも、亜リン酸をより効率よく栄養源として利用し得る形質転換植物を実現することができる。
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は、上述した亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードしているものであればよく、各アミノ酸に対応するコドンとしては、同じアミノ酸をコードする別のコドンに置き換えることが可能である。
本明細書における「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸」では、欠失、置換若しくは付加が生じる位置は特に限定されない。また、「1若しくは数個のアミノ酸」が意図するアミノ酸の数は特に限定されないが、10個以内のアミノ酸であることが好ましく、8個以内のアミノ酸であることが更に好ましく、6個以内のアミノ酸であることが更に好ましく、4個以内のアミノ酸であることが更に好ましく、2個以内のアミノ酸であることが更に好ましく、1個のアミノ酸であることが最も好ましい。
アミノ酸の置換は、保存的置換であることが好ましい。「保存的置換」とは、特定のアミノ酸から、このアミノ酸と同様な化学的性質および/または構造を有する他のアミノ酸に置換されていることをいう。化学的性質としては、例えば、疎水性度(疎水性および親水性)、電荷(中性、酸性および塩基性)が挙げられる。構造としては、例えば、側鎖、ならびに側鎖の官能基として存在する芳香環、脂肪炭化水素基およびカルボキシル基が挙げられる。
このような分類を用いれば、保存的置換とは、同じ群内のアミノ酸同士の置換であるといえ、例えばセリンとスレオニンとの置換、リジンとアルギニンとの置換、およびフェニルアラニンとトリプトファンアミノとの置換が挙げられる。
上記亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子がコードする亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質は、周知の亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質、または、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上、より好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質であってもよい。
なお、アミノ酸配列の相同性は、公知の方法で求めることができる。具体的には、GENETYX−WIN(株式会社ゼネティックス社製)を、GENETYX−WINのマニュアルに従って使用し、例えば配列番号1に示すアミノ酸配列と比較対象のアミノ酸配列とのホモロジーサーチ(homology search)を行い、一致するアミノ酸配列の割合(%)として相同性を算出することができる。
更に具体的に、本実施の形態の形質転換植物に導入される亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子は、以下の(c)または(d)のポリヌクレオチドであり得る。つまり、
(c)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド、または、
(d)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
上記配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドとは、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドである。
本明細書中で使用される場合、用語「ストリンジェントな条件」は、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルタを洗浄することが意図されるが、ハイブリダイゼーションさせるポリヌクレオチドによって、高ストリンジェンシーでの洗浄条件は適宜変更され、例えば、哺乳類由来DNAを用いる場合は、0.1% SDSを含む0.5×SSC中にて65℃での洗浄(好ましくは15分間×2回)が好ましく、E.coli由来DNAを用いる場合は、0.1% SDSを含む0.1×SSC中にて68℃での洗浄(好ましくは15分間×2回)が好ましく、RNAを用いる場合は、0.1% SDSを含む0.1×SSC中にて68℃での洗浄(好ましくは15分間×2回)が好ましく、オリゴヌクレオチドを用いる場合は、0.1% SDSを含む0.1×SSC中にてハイブリダイゼーション温度での洗浄(好ましくは15分間×2回)が好ましい。また、上記ハイブリダイゼーションは、Sambrookら、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている周知の方法で行うことができる。
本実施の形態の形質転換植物へ導入される亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子には、付加的な塩基配列が連結され得る。なお、当該付加的な塩基配列は、亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の5’末端に連結されてもよいし、3’末端に連結されてもよく、連結される位置は特に限定されない。
上記付加的な塩基配列の具体的な構成は特に限定されないが、タグなど(例えば、Hisタグ、Mycタグ、HAタグ、GSTタンパク質、GFP、CFPまたはYFP)をコードする塩基配列であり得る。
本実施の形態の形質転換植物は、植物に亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を導入することによって作製され得る。
植物に亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を導入する方法は特に限定されず、あらゆる周知の方法を用いることが可能である。以下に当該方法の一例を説明するが、本発明は、これらに限定されない。
例えば、セルラーゼやヘミセルラーゼなどの細胞壁分解酵素を用いた処理により、植物の細胞からプロトプラストを単離し、当該プロトプラストと外来遺伝子(例えば、亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)の発現カセットを含む発現ベクターとの懸濁液にポリエチレングリコールを加えてエンドサイトーシス様の過程で該発現ベクターをプロトプラスト内に取り込ませる方法(PEG法)を用いることが可能である。
また、超音波処理等によって、ホスファチジルコリン等の脂質膜小胞内に発現ベクターを封入し、当該小胞とプロトプラストとをPEGの存在下で融合させる方法(リポソーム法)、ミニセルを用いて同様の過程で小胞とプロトプラストとを融合させる方法、プロトプラストと発現ベクターとの懸濁液に電気パルスを印加してベクターをプロトプラスト内に取り込ませる方法(エレクトロポレーション法)を用いることも可能である。しかしながら、これらの方法は、プロトプラストから植物体へ再分化させる培養技術を必要とする点で煩雑であるといえる。
細胞壁を有するインタクトな細胞内へ遺伝子を導入する手段としては、直接導入法(例えば、マイクロピペットを細胞に刺し込み、油圧またはガス圧によってピペット内のベクターDNAを細胞内に注入するマイクロインジェクション法、または、DNAによってコーティングされた微小金粒子を火薬の爆発またはガス圧によって加速し、当該微小金粒子を細胞内に導入するパーティクルガン法)と、アグロバクテリウムによる感染を利用した方法とを挙げることが可能である。マイクロインジェクションは操作に熟練を要し、かつ、扱える細胞数が少ないという欠点がある。従って、操作の簡便性を考慮すれば、アグロバクテリウム法、または、パーティクルガン法によって植物を形質転換することが好ましい。
パーティクルガン法は、栽培中の植物の頂端分裂組織に直接遺伝子を導入することが可能である点において有利である。また、アグロバクテリウム法において、バイナリーベクターに植物ウイルス(例えば、トマトゴールデンモザイクウイルス(TGMV)等のジェミニウイルス)のゲノムDNAをボーダー配列の間に挿入することにより、栽培中の植物の任意の部位の細胞に菌懸濁液を接種するだけで、植物体全体にウイルス感染が拡がり、同時に目的遺伝子も植物体全体に導入される。これらの方法は、当該分野に置いて周知であり、形質転換する植物に適した方法が、当該者により適宜選択され得る。
植物に亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を導入するときにアグロバクテリウム属細菌を用いる場合、アグロバクテリウム属細菌は特に限定されず、植物の種類等に応じて適切なアグロバクテリウム属細菌を選択して使用することができる。例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)およびアグロバクテリウム・リゾゲネス(Agrobacteriumu rhizogenes)などの、宿主植物の染色体内に転移可能なDNA領域を備えるTiプラスミドまたはRiプラスミドなどの転移性プラスミドを保持するアグロバクテリウム属細菌、または、これらの変異株などを用いることができる。上記2つのアグロバクテリウム属細菌では、一般的に、アグロバクテリウム・ツメファシエンスが用いられる。
コンストラクトの導入方法としてアグロバクテリウム感染法を用いる場合、植物へ導入される遺伝子は、アグロバクテリウム属細菌中において、宿主植物の染色体へ導入可能なコンストラクト中に保持される。具体的には、植物へ導入される遺伝子は、アグロバクテリウム属細菌が有するTiプラスミドまたはRiプラスミドなどの転移性プラスミド上の転移DNA中に備えられ得る。
Tiプラスミド等に所望の遺伝子を導入する場合には、中間ベクター法またはバイナリーベクター法などの公知の方法を用いることができる。例えば、中間ベクター法では、pBR322などの任意の配列が挿入されたTiプラスミドを保持するアグロバクテリウムに対して、所望の遺伝子を保持するpBR322系中間ベクターを、ヘルパープラスミドなどを使って導入する。中間ベクターが導入されたアグロバクテリウムでは、pBR322の相同部分で相同組換えが生じ、これによって、Tiプラスミド上に所望の遺伝子を組み込むことができる。
適当な選択マーカーを遺伝子に付随させておくことによって、当該遺伝子をTiプラスミド上に有するアグロバクテリウムを容易に選択することができる。また、バイナリーベクターは、一般的に、アグロバクテリウム内で機能する選択マーカー遺伝子、植物内で機能する選択マーカー遺伝子、および、所望の遺伝子を導入可能なマルチクローニングサイトを備えている。所望の遺伝子が導入されたバイナリーベクターを、T−DNAを欠損したTiプラスミドを有するアグロバクテリウムに導入し、当該アグロバクテリウムを適切な選択培地で培養することによって、所望の遺伝子を保持するアグロバクテリウムを得ることができる。このようなバイナリーベクターとしては、例えばpBI101(CLONTEC社)およびpBI121(CLONTEC社)を挙げることができる。
アグロバクテリウムの感染によって遺伝子が組み込まれる宿主植物の染色体は、核染色体であってもよく、ミトコンドリアの染色体であってもよく、特に限定されない。
所望の遺伝子を保持しているアグロバクテリウムを植物へ感染させる手法は、植物の種類などに応じて適切に選択され得る。たとえば、リーフディスク法(Horsch, R.&B.、 et al.: A simple and general method for trams-ferring cloned genes into plants. Science,227、 1229〜1231, 1985)、プロトプラスト共存培養法(Marton, L., et al.: In vitro transformation of cultured cell from Nicotiana tabacum by Agrobactevium tumefaciens. Nature,277, 129〜131, 1981)、カルス再生法(Plant Cell Reports, 12, 7-11,1992)、または、減圧浸潤法(The Plant Journal, 19(3), 249-257, 1999)等を採用することができるがこれらに限定されない。
本実施の形態の形質転換植物は、アグロバクテリウムを植物へ感染させた後、選択マーカー遺伝子の種類に応じた選択条件下において選抜され得る。例えば、T0世代において、組織あるいは細胞レベルで選抜を実施してもよいし、T1種子からの培養段階で選抜を実施してもよい。
例えば、植物にアグロバクテリウムを感染させた後、選択マーカー遺伝子の種類に応じた選択培地で培養するなどして形質転換植物(T0植物)を選択して、T0植物から種子(T1種子)を取得し、T1種子を発芽させてT1植物を得ることができる。また、選択することなく取得した種子を選択条件下で播種し、発芽させることで形質転換植物(T1植物)を得ることもできる。こうした形質転換植物(T1植物)を自家受粉するなどしてT2種子や、T3種子を得ることで、所望の遺伝子についてホモ接合体である形質転換植物を得ることができる。
本実施の形態の形質転換植物は、アグロバクテリウムを植物へ感染させた後、得られた形質転換植物から常法にしたがってDNAを抽出し、サザンハイブリダイゼーション等によって所望の遺伝子の有無を確認することによって選抜され得る。
また、本実施の形態の形質転換植物は、アグロバクテリウムを植物へ感染させた後、得られた形質転換植物から常法にしたがってRNAを抽出し、適切なプローブを用いたノザンハイブリダイゼーション法、または、リアルタイムRT−PCR法等によって所望の遺伝子の有無を確認することによって選抜され得る。
本実施の形態の形質転換植物は、あらゆる植物であり得、特定の植物に限定されない。上記形質転換植物は、例えば、食糧用、飼料用、観賞用、実験用または資源用等に用いられる植物であり得る。また、上記形質転換植物は、例えば、種子植物であってもよく、裸子植物であってもよく、被子植物であってもよい。また、上記形質転換植物は、単子葉植物であってもよく、双子葉植物であってもよい。
食糧用または飼料用の植物としては、例えば、コムギ、オオムギ、モロコシ、キビ、ライムギ、ライコムギ、トウモロコシ、コメ、オートムギ、サトウキビ、ナタネ、コショウソウ、シロイヌナズナ、キャベツ、キャノーラ、ダイズ、アルファルファ、エンドウ、インゲンマメ、落花生、ジャガイモ、タバコ、トマト、ナス、コショウ、ヒマワリ、レタス、キンセンカ、メロン、カボチャ、ズッキーニ、および、ニンジンを挙げることが可能である。
観賞用の植物としては、例えば、バラ、シャクナゲ、アザレア、ショウジョウソウ、クロトン、セキチク、ペチュニア、アフリカスミレ、ホウセンカ、ラン、グラジオラス、アヤメ、フリージア、クロッカス、マリーゴールド、ゼラニウム、ドラセナ、および、イチジクを挙げることが可能である。
資源用の植物としては、例えば、各種樹木(杉、檜など)を挙げることが可能である。
実験用の植物としては、例えば、シロイヌナズナを挙げることが可能である。
本実施の形態において、「植物」および「形質転換植物」は、植物個体の他に、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等の植物細胞、植物組織および植物器官をも意図する。
〔2.形質転換植物の育成方法〕
本実施の形態の形質転換植物の育成方法は、本発明の形質転換植物に対して亜リン酸を与える工程を有する育成方法である。本発明の形質転換植物については既に詳細に説明したので、ここではその説明を省略する。
上記亜リン酸を与える工程は、少なくとも本発明の形質転換植物に対して亜リン酸を与えることができる工程であればよい。勿論、本発明の形質転換植物と他の植物とを一緒に育成し、これらの植物の両方に対して亜リン酸を与える工程であってもよい。他の植物は、亜リン酸を栄養源として効率よく利用することができないので、上記植物の両方に対して亜リン酸を与えれば、本発明の形質転換植物のみを選択的(優先的)に育成することができる。換言すれば、亜リン酸を与えることによって、雑草などの不要な植物を駆除することができる。当該方法であれば、除草剤などを用いる必要がないので、安全かつ簡便に形質転換植物のみを育成することができる。
形質転換植物に対して与えられる亜リン酸は、固体状であってもよいが、液体に溶解しているものであることが好ましい。液体に溶解している亜リン酸を用いれば、葉を介して形質転換植物の体内へ亜リン酸を取り込ませることができるので、形質転換植物へ簡便(例えば、噴霧機またはスプレーなどによって)に亜リン酸を与えることができる。また、これによって、過剰量の亜リン酸を農地へ投与することを防ぐことができる。勿論、亜リン酸を形質転換植物へ取り込ませる経路は葉に限定されず、茎または根などの他の部位を介して取り込ませることも可能である。
亜リン酸を溶解させる液体としては特に限定されないが、例えば、水、緩衝液または肥料溶液を用いることが可能である。勿論、これらの混合物を用いることも可能である。亜リン酸の溶解度、および、形質転換植物内への吸収の容易さなどを考慮すれば、上記液体の中では、水が好ましい。また、上記液体として水を用いれば、亜リン酸の酸化を促進する物質が上記液体中に混入することを防ぐことができる。
上記液体に溶解している亜リン酸の濃度は特に限定されないが、例えば、0.1mg/L〜5000mg/Lであることが好ましく、0.1mg/L〜1000mg/Lであることが更に好ましく、0.1mg/L〜500mg/Lであることが更に好ましく、1mg/L〜500mg/Lであることが更に好ましく、5mg/L〜200mg/Lであることが最も好ましい。上記構成であれば、形質転換植物の体内へ十分な量の亜リン酸を取り込ませることができるとともに、余分な亜リン酸を農地へ投与することを防ぐことができる。更に、上記構成であれば、形質転換植物の表面を十分な量の亜リン酸によって覆うことができるので、カビなどを長期間、駆除することができる。
上記液体のpHは特に限定されないが、アルカリ性であることが好ましい。アルカリ性であれば、より多くの亜リン酸を液体中に溶解させることができる。具体的なpHは特に限定されないが、例えば、7.0よりも高く9.0以下、7.0よりも高く8.5以下、または、7.0よりも高く8.0以下であり得るがこれらに限定されない。なお、pHの調節には各種物質を用いることが可能であり、当該物質の一例として水酸化カルシウム、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムを挙げることができる。
上記液体中には、亜リン酸以外にも、様々な物質が含まれ得る。例えば、上記液体中にはキトサンが含まれ得る。上記構成によれば、形質転換植物の表面に、亜リン酸を長期間、安定に存在させることができる。その結果、亜リン酸が有する防カビ効果を長期間、持続させることができる。液体中のキトサンの濃度は特に限定されないが、例えば、1〜20重量%であってもよく、5〜10重量%であってもよい。
亜リン酸を形質転換植物に与える時には、同時に他の物質をも与えることが可能である。なお、当該他の物質は、形質転換植物に対して、固体状で与えてもよいし、液体に溶解させた状態で与えてもよい。
当該他の物質としては特に限定されないが、例えば、第一リン酸カリウム、第二リン酸カリウム、第一リン酸アンモニウム、第二リン酸アンモニウム、尿素、アミノ酸、蛋自分解アミノ酸、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウム、硫酸カリウム、二価鉄塩、亜鉛塩、銅塩、モリブデン酸塩、ホウ酸、マンガン塩、コバルト塩、ビート糖密、サトウキビ糖密、果糖ブドウ糖液、アミノ糖、単糖類、多糖類、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、グルコン酸、核酸、植物ホルモン、サイトカイニン、ビタミン類、海藻エキス、グリセリン、長鎖脂肪酸ポリグリセリド、ソルビン酸カリウム、安息香酸ナトリウム、亜硫酸カリウム、亜硫酸ナトリウム、アスコルビン酸、グリセロールなどを挙げることができる。
〔1.形質転換植物〕にて説明したように、(a)配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質、および、(b)配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸からなり、かつ、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を有するタンパク質は、(2)高い熱安定性を有する、(3)各種阻害物質によって活性が阻害され難い、という利点を有しているので、(a)または(b)のタンパク質を発現している形質転換植物は、これらの利点を生かして育成することが可能である。
例えば、これらのタンパク質を発現している形質転換植物は、35℃〜55℃、40℃〜52.5℃、40℃〜50℃または40℃〜45℃という高温条件下にて育成することができる。
また、これらのタンパク質を発現している形質転換植物は、亜ヒ酸塩、硝酸塩、硫酸塩またはNaClの存在下(例えば、阻害剤の濃度が100mM以下、70mM以下、50mM以下、または、40mM以下の条件下)にて育成することができる。
また、(a)および(b)のタンパク質は、異種生物内であっても可溶化した状態で大量に発現されるので、発現されたタンパク質が高い活性を示す。つまり、低濃度の亜リン酸であっても、当該亜リン酸を効率よく代謝することができる。それ故に、(a)または(b)のタンパク質を発現している形質転換植物は、低濃度の亜リン酸条件下であっても育成することができる。
<1.DNA断片の増幅>
配列番号3に示す塩基配列が挿入されたプラスミドを鋳型として用いるとともに、下記プライマー1およびプライマー2をプライマーとして用いたPCRによって、attB配列、亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(ptxD遺伝子)およびHisタグ配列を含むDNA断片を増幅した。プライマー1およびプライマー2の塩基配列を以下に示す。なお、配列番号3に示す塩基配列は、配列番号2に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を含んだ塩基配列であるが、配列番号2に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子における684番目の塩基「C」が塩基「A」へ置換されている。つまり、配列番号2のコドン「ACC」がコドン「ACA」へ置換されている。コドン「ACC」およびコドン「ACA」は共にスレオニンをコードするので、上記置換はタンパク質内のアミノ酸を変化させない置換である。
・プライマー1:5’-GGGGACAAGTTTGTACAAAAAAGCAGGCTTCATGAAGCCCAAAGTCGTCCTCAC-3’(配列番号4)、
・プライマー2:5’-GGGGACCACTTTGTACAAGAAAGCTGGGTTTCAGTGGTGGTGGTGGTGG-3’
(配列番号5)。
増幅産物をアガロースゲル電気泳動にて分離し、所望のDNA断片が増幅されているか否か確認した。アガロースゲル電気泳動の結果を図1に示す。なお、レーン「M」はマーカー(λ/HindIII digest)を示し、レーン「1」は増幅産物を示している。図1に示すように、PCRによって、所望のDNA断片を増幅することができた。
<2.エントリークローンの作製>
Gateway(登録商標) BP反応によって、上述したDNA断片をエントリーベクターであるpDONR207(INVITROGEN製)へ挿入した。当該エントリーベクターを用いて大腸菌を形質転換した後、上述したDNA断片が挿入されているpDONR207を保持している大腸菌を選択した。
大腸菌の選択は、上記プライマー1およびプライマー2を用いたコロニーPCRによって行った。具体的には、4つの大腸菌コロニーに対して、コロニーPCRを行った。
コロニーPCRの結果を図2に示す。なお、レーン「M」はマーカー(λ/HindIII digest)を示し、レーン「1」〜「4」は、各大腸菌コロニーにおける増幅産物を示している。図2に示すように、4つの大腸菌コロニーの全てが、上述したDNA断片が挿入されたpDONR207を保持していた。
<3.発現ベクターの作製>
Gateway(登録商標) LR反応によって、pDONR207に挿入されているDNA断片を発現ベクターであるpBI−OX−GW(INPLANTA INNOVATIONS INC.製)へ挿入した。当該発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換した後、上述したDNA断片が挿入されているpBI−OX−GWを保持している大腸菌を選択した。
大腸菌の選択は、上記プライマー1およびプライマー2を用いたコロニーPCRによって行った。具体的には、4つの大腸菌コロニーに対して、コロニーPCRを行った。
コロニーPCRの結果を図3に示す。なお、レーン「M」はマーカー(φX174/HaeIII digest)を示し、レーン「1」〜「4」は、各大腸菌コロニーにおける増幅産物を示している。図3に示すように、4つの大腸菌コロニーの全てが、上述したDNA断片が挿入されたpBI−OX−GWを保持していた。
4つの大腸菌コロニーのうちの1つについて、上述したDNA断片が挿入されたpBI−OX−GWを精製し、市販のシークエンサーを用いて挿入されているDNA断片の塩基配列を確認した。その結果、所望のDNA断片がpBI−OX−GWに挿入されていることが確認できた。
<4.アグロバクテリウムの形質転換>
上記発現ベクター(ptxD遺伝子が導入されたpBI―OX―GW、54.5ng)を、氷上で溶解した20μLのエレクトロポレーション用のアグロバクテリウムのコンピテントセル(GV3101)に加え、穏やかに混和した。
上記コンピテントセルを、氷冷したキュベット(ギャップ間隔0.1cm)に移し、MIcro Pulser(Bio Rad社)を用いて1.8kVの条件でエレクトロポレーションを行った。
速やかに0.5mLのLB液体培地をキュベットに加えて混合した後、全量を1.5mLのチューブに移し、28℃、180rpmの条件下にて1時間の培養を行った。
50μLの培養液をLB寒天培地(50μg−カナマイシン/mL−培地)上に塗布した後、28℃にて2日間の培養を行い、形質転換されたアグロバクテリウムのコロニーを得た。
<5.特性検討1(大腸菌を用いた亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の発現)>
本願の〔背景技術〕に記載したWO2010/058298A2には、Pseudomonas stutzeri WM88の亜リン酸デヒドロゲナーゼが開示されている。本願発明に用いる亜リン酸デヒドロゲナーゼは、P stutzeri WM88の亜リン酸デヒドロゲナーゼと比較して顕著に優れた性質を有している。特性検討1〜特性検討4では、これらの性質について具体的に説明する。
周知の方法によって、プラスミドであるpET21b(Novagen社製)へ、上述した配列番号2に示す塩基配列、または、P stutzeri WM88の亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(配列番号6)を挿入した(配列番号6の塩基配列によってコードされているタンパク質のアミノ酸配列を配列番号7に示す)。これによって、配列番号1に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質(図4の「PtxD4506」参照)、または、P stutzeri WM88の亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質(図4の「PtxDPst」参照)の発現ベクターを作成した。
周知の方法によって、上記発現ベクターの各々を用いて、コンピテントセルであるRosetta2(DE3)(Novagen社製)を形質転換した。
上記形質転換体を、200mLのLB培地(培地1Lあたり、10gのpolypeptone、5gのyeast extract、および、5gのNaClを含む)へ植菌し、OD600が0.5になるまで37℃にて培養した。その後、当該培養物に対して濃度が1mMになるようにIPTG(isopropyl thiogalactoside)を加え、28℃にて更に3時間の培養を行った。
上記培養物を、6,000rpm、15分間の遠心分離処理にかけ、沈殿物である菌を回収した。当該菌を破砕用バッファー(50mM Tris−HCl(pH:7.4)、50mM NaCl)へ懸濁した後、当該懸濁物に対して超音波処理を施すことによって、菌を破砕した。この後、菌の破砕液に対して最終濃度が0.1%になるようにTween20(登録商標)を加えて、氷上で15分間静置した。なお、図4において、当該破砕された菌を含む破砕用バッファーを「T」として示す。
破砕された菌を含む破砕用バッファーに対して、15,000rpm、4℃、15分間の条件にて遠心分離処理を施した。遠心分離処理の後、上清と沈殿物とに分けた。なお、図4において、当該上清を「S」として示し、当該沈殿物を「I」として示す。
上記上清をHisTrapカラム(GEヘルスケア社製)へ供し、当該カラムに添付されたプロトコールにしたがって、配列番号1に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質を精製した。
上述した、破砕された菌を含む破砕用バッファー(T)、上清(S)および沈殿物(I)をSDS−PAGEにて分離した後、アクリルアミドゲルをCBBステインワン(ナカライ社製)にて染色して、亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の量を測定した。
その結果を図4に示す。
P stutzeri WM88の亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質の場合には、融合タンパク質の約18.4%が上清(S)中に存在し、融合タンパク質の約81.6%が沈殿物(I)中に存在していた。一方、配列番号1に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質の場合には、融合タンパク質の約91.4%が上清(S)中に存在し、融合タンパク質の約8.6%が沈殿物(I)中に存在していた。以上の結果から、配列番号1に示す亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質のC末端にHisタグが連結している融合タンパク質は、劇的に可溶性が上昇していることが明らかになった。
<6.特性検討2(亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の耐熱性)>
<5.特性検討1(大腸菌を用いた亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の発現)>にてHisTrapカラムを用いて精製したPtxD4506およびPtxDPstについて、耐熱性を検討した。以下に、耐熱性の測定方法について説明する。
精製したPtxD4506およびPtxDPstの各々を、最終濃度が0.2mg/mLになるように50mM MOPSバッファー(pH7.4)へ加え、酵素溶液を調製した。100μLの上記酵素溶液を1.5mLの容量のチューブへ入れ、蒸発を防ぐために、当該酵素溶液に対して100μLのmineral oilを添加した。当該チューブを、10℃〜60℃の温度で12時間維持した。経時的に10μL(2μg)の酵素溶液をサンプリングして、当該酵素溶液に対して、1mMのNAD+および1mMの亜リン酸を含む20mMのMOPS―KOH buffer(pH7.4)490μLを加えて、合計500μLの反応系で、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性の測定を行った。
図5に測定結果を示す。
図5に示すように、PtxDPstは、約35℃にて比活性が最も高く、35℃よりも低い温度であっても、35℃よりも高い温度であっても、急激に比活性が低下することが明らかになった。つまり、PtxDPstは、最適温度が低い(約35℃)とともに、反応に適した温度の範囲が非常に狭いことが明らかになった。
一方、PtxD4506は、約50℃にて比活性が最も高く、50℃よりも低い温度であっても、50℃よりも高い温度であっても、広い温度範囲において高い比活性を維持できることが明らかになった。具体的には、PtxD4506は、35℃〜55℃における比活性の平均値が高く、40℃〜52.5℃における比活性の平均値が更に高く、40℃〜50℃における比活性の平均値が更に高いことが明らかになった。
<7.特性検討3(亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の反応速度論的解析)>
<5.特性検討1(大腸菌を用いた亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の発現)>にてHisTrapカラムを用いて精製したPtxD4506およびPtxDPstについて、反応速度を比較した。以下に、反応速度の測定方法について説明する。
本願に記載した(反応式1)に基づいて、PtxD4506およびPtxDPstの反応速度を算出した。
具体的には、(反応式1)に示す反応系において、7.5μgの融合タンパク質を用い、基質(NAD+)の濃度を0.5microMから200microMへと変化させながら、NADHの生産速度を測定した。なお、融合タンパク質PtxD4506の反応温度は、40℃であり、融合タンパク質PtxDPstの反応温度は、28℃であった。
測定された基質(NAD+)の濃度およびNADHの生産速度に基づいて、周知の酵素反応速度論的手法(例えば、「蛋白質・酵素の基礎実験法(改訂第2版)、発行所:株式会社 南江堂」参照)に基づいて、Km(μM)、Vmax(μmol/min/m)、Kcat(min−1)、Kcat/Kmの値を算出した。なお、上述した各種パラメータは、3回行った実験の各々について算出するとともに、3回行った実験の平均値として算出した。また、Kcatは、「Kcat=Vmax(μmol/min/mg)×(MW/103)」の式にて算出した。
実験結果を、下記表1に示す。
表1から明らかなように、PtxD4506のKmは、PtxDPstのKmの約1/3であった。また、PtxD4506のVmaxは、PtxDPstの約1.4倍であった。また、PtxD4506のKcatは、237.4(min−1)であり、PtxDPstのKcatは、169.6(min−1)であった。
以上の実験データから、PtxD4506のKcat/Kmは、PtxDPstのKcat/Kmの約4.4倍であることが明らかになった。つまり、PtxD4506は、PtxDPstよりも高い反応効率を有することが明らかになった。
<8.特性検討4(阻害剤存在下における亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の活性)>
<5.特性検討1(大腸菌を用いた亜リン酸デヒドロゲナーゼタンパク質の発現)>にてHisTrapカラムを用いて精製したPtxD4506およびPtxDPstについて、様々な阻害剤が存在する環境下においても触媒活性を示し得るか否かを検討した。実験方法は、文献「Costas et al., Journal of Biological Chemistry, 2001, 276, 17429-17436」に記載の方法に従った。以下に、簡単に実験方法を説明する。
100μLの100mM MOPS−KOH(pH7.25)、50μLの10mM NAD、5μLの5mM 亜リン酸塩、50μLの40mM 各種阻害剤(亜ヒ酸塩(Arsenite)、硝酸塩(Nitrate)、硫酸塩(Sulfate)またはNaCl)、294μLのH2O、および、1μLの0.5mg/mL タンパク質含有液(PtxD4506含有液、PtxDPst含有液、または、タンパク質を含有しない液体(ネガティブコントロール))を混合して反応液を生成した。
上記反応液を、60分間反応させた。なお、PtxD4506については、45℃にて反応を行い、PtxDPstについては、30℃にて反応を行った。その後、OD340を測定した。タンパク質を含有しない液体(ネガティブコントロール)のOD340の値を100として、各サンプルのOD340の相対値を算出した。なお、各実験を4回以上行い、当該4回または5回の実験における相対値の平均値も算出した。
実験結果を、下記表2に示し、表2の数値データをグラフ化した図面を図6に示す。
表2および図6から明らかなように、PtxDPstの活性は、亜ヒ酸塩、硝酸塩、硫酸塩またはNaClの存在下で阻害されることが明らかになった。
一方、PtxD4506の活性は、亜ヒ酸塩、硝酸塩、硫酸塩またはNaClの存在下であっても、高く維持されることが明らかになった。
<9.形質転換植物の解析>
<4.アグロバクテリウムの形質転換>にて得られた形質転換されたアグロバクテリウムを用いて形質転換植物(形質転換したシロイヌナズナ)を作成し、当該形質転換植物の性質を解析した。
形質転換植物の作成は、周知の方法(floral dip法)に従った(Steven J. Clough et al., The Plant Journal(1998), 16(6), 735-743参照)。以下に、当該方法を簡単に説明する。
まず、<4.アグロバクテリウムの形質転換>にて得られた形質転換されたアグロバクテリウムを、フラスコ内のLB培地(培地1Lあたり、10gのトリプトン、5gの酵母エキス、5gのNaClを含有している)に加え、当該フラスコを25℃〜28℃にて、250rpmで攪拌しながら培養した。
その後、培養物を、室温にて20分間、5500gの遠心分離処理にかけ、アグロバクテリウムを回収した。当該アグロバクテリウムを、OD600が約0.80になるように、感染用培地(infiltration medium)へ懸濁した。
本実施例では、5.0%スクロースおよび0.05%Silwet L−77(OSi Specialties, Inc., Danbury, CT, USA)を含む、改変された植物浸漬用の接種培地(Floral dip inoculation mediumu)を用いた。なお、標準的な接種培地(Bent, A.F. and Clough, S.J. (1998) Agrobacterium germ-line transformation: transformation of Arabidopsis without tissue culture. In Plant Molecular Biology Manual(Gelvin, S.B. ed.). Netherlands: Kluwer Academic Publishers, B7, 1-14)は、1/2 strength Murashige and Skoog Basal Medium(Sigma Chemicals, #M-5519, St. Louis, MO, USA)、5.0%スクロース、44nMベンジルアミノプリン(Sigma Chemicals, #B-3274)、0.005%Silwet L−77からなり、pHは5.7に調節されている。
材料(上述したアグロバクテリウムの懸濁液、および、シロイヌナズナ)を混合機へ加え、地面よりも上に存在するシロイヌナズナの全ての組織が、改変された植物浸漬用の接種培地中に浸るように、混合機中の材料を混合した。
3秒〜5秒間、緩やかに混合した後、シロイヌナズナを回収した。
真空にてアグロバクテリウムをシロイヌナズナ中へ浸透させるために、植物浸漬用の接種培地中に浸したシロイヌナズナを、真空条件下に置いた後、当該真空条件を急速に大気圧条件へ戻した。
シロイヌナズナを回収した後、当該シロイヌナズナをプラスチックトレイへ移し、湿度を保つために、プラスチックのドームにて覆った。
シロイヌナズナを弱い照明の下で一昼夜置いた後に、プラスチックのドームを取り外して3〜5週間培養し、その後、種子を回収した。
回収した種子の表面を滅菌した後、当該種子を、滅菌した0.1%アガロースへ懸濁し、当該懸濁液を、カナマイシンを含む選択培地上に播いた。なお、当該選択培地の組成は、1/2× MS medium(Sigma Chemicals #M-5519)、0.8%アガー(Sigma Chemicals #A-1296)、50μg/mLのカナマイシンであった。
当該選択培地上でも生育し得るシロイヌナズナを、形質転換植物として回収し、当該形質転換植物から得られた種子を用いて、以下に記載する更なる試験を行った。
野生型のシロイヌナズナの種子および形質転換植物の種子を、リン酸をリン源として含有するMS培地または亜リン酸をリン源として含有する選択培地(MS培地のKH2PO4をKH2PO3へ変えた培地)にて培養し、その成長の差異を観察した。
MS培地は、原液I〜原液Vを用いて、以下のように作製した。なお、原液I〜Vの具体的な組成については後述する。
まず、1Lの三角フラスコに、約500mLの蒸留水、20mLの原液I、各々10mLの原液II〜原液V、および、30gのショ糖を加え、これらを攪拌した。このとき、必要に応じて植物ホルモン(例えば、BA(ベンジルアデニン)、NAA(ナフタレン酢酸)、2,4−D(2,4−ジクロロフェノキシ酢酸))も加えた。
三角フラスコに更に蒸留水を加えて、全量を1Lとした。
三角フラスコ内の培地のpHを、5.7〜5.8へ合わせた。
三角フラスコ内へ8g〜10gの寒天を加えた後、当該三角フラスコを加熱して、寒天を溶かした。
三角フラスコ内の培地を試験管または三角フラスコへ分注した後、これらの試験管または三角フラスコに蓋をした。
蓋をした試験管または三角フラスコを、オートクレーブにて、120℃、15分間滅菌した。
滅菌終了後は、蓋をした試験管または三角フラスコを室温にて放置し、寒天が固まった後で、これらの培地を実際の試験に使用した。
以下に、原液I〜Vの具体的な組成を示す。
原液I :165gのNH4NO3、190gのKNO3、17gのKH2PO4、620mgのH3BO3、2230mgのMnSO4・H2O、860mgのZnSO4・7H2O、83mgのKI、25mgのNa2MoO4・2H2O、2.5mgのCuSO4・5H2O、および、2.5mgのCoCl2・6H2Oを蒸留水に溶かすとともに、最終的な体積を2Lとして原液Iとした。
原液II :44gのCaCl2・2H2Oを蒸留水に溶かすとともに、最終的な体積を1Lとして原液IIとした。
原液III:37gのMgSO4・7H2Oを蒸留水に溶かすとともに、最終的な体積を1Lとして原液IIIとした。
原液IV :2.78gのFeSO4・7H2O、および、3.73gのNa2−EDTAを蒸留水に溶かすとともに、最終的な体積を1Lとして原液IVとした。
原液V :20gのミオイノシトール、100mgのニコチン酸、100mgの塩酸ピリドキン、20mgの塩酸チアミン、および、400mgのグリシンを蒸留水に溶かすとともに、最終的な体積を2Lとして原液Vとした。
図7に、培養を開始してから3週間後の野生型のシロイヌナズナおよび形質転換植物を示し、図8に、培養を開始してから4週間後の野生型のシロイヌナズナおよび形質転換植物を示す。
図7および8から明らかなように、野生型のシロイヌナズナは、リン酸を栄養源として利用することはできたが、亜リン酸を栄養源として利用することはできなかった。
一方、図7および8から明らかなように、形質転換植物は、リン酸を栄養源として利用することができるのは勿論のこと、亜リン酸も栄養源として利用することができた。
本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。