JP5963123B2 - 酵母の取得方法 - Google Patents

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Description

本発明は、選抜対象清酒酵母群から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母の取得方法に関する。
一般に、酵母を用いて生産した酵母発酵物に含まれる脂肪酸エステルは、清酒、アルコール飲料や食品の嗜好性に係る品質を決定する上で重要な香気成分である。
この脂肪酸エステルには、例えば、清酒の吟醸香であるリンゴ様の香気を発するカプロン酸エチルや果実様の香気を発するカプリル酸エチル等があり、これらの脂肪酸エステルを増加させることによって市場価値の高いアルコール飲料や食品の製造が可能になる。
この脂肪酸エステルは、酵母によって遊離脂肪酸と共に生成される香気成分であるが、一般に、酒類や食品の製造に用いる酵母はこれらの生成能が低いため、カプロン酸エチル等の脂肪酸エステルを多量に生成する酵母の開発が行われている(特許文献1)。
この特許文献1では、変異処理した酵母を、脂肪酸合成阻害剤であるセルレニンを含有する培地で生育して、カプロン酸やカプロン酸エチルの生産能の向上した酵母を得ている。
従来、このような変異を有する酵母を選抜や育種を行う際のカプロン酸等の遊離脂肪酸やカプロン酸エチル等の脂肪酸エステルの濃度の測定には、ヘッドスペースガスクロマトグラフ法や、ヘッドスペース固相マイクロ抽出ガスクロマトグラフ法が用いられていた(特許文献2〜4)。さらに、酵母菌体のカプロン酸含量をガスクロマトグラフ法により測定することによって、上記の変異を有する酵母を判定する技術も開発されている(特許文献5)。
特許第2632654号公報 特開2002−027989号公報 特開2007−068411号公報 特開2008−054560号公報 特開2007−176918号公報
これらのガスクロマトグラフ法を用いた方法は極めて優れた分析方法であるが、測定に長時間かかること、多試料の同時測定が困難であること、分析装置が高価であること、さらに測定場所が制約されることなどの問題点があり、清酒や各種アルコール飲料などの酒類や食品などの開発や製造現場で数百乃至数万の選抜対象酵母群から所望の酵母の選抜を行う方法としては非常に煩雑で手間が掛かり適切な方法とは云えない。
酵母を用いた発酵物中の脂肪酸エステルの濃度が増加すると、より市場価値の高い清酒、アルコール飲料などの酒類や食品の製造が可能になる点に鑑み、当業界においては、新規酵母の開発にあたり遊離脂肪酸や脂肪酸エステルの生成量を簡便かつ迅速に把握でき且つ簡易にその酵母を取得できる方法が強く望まれていた。
本発明は、選抜対象清酒酵母群から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を簡便且つ迅速に取得する方法を提供することを目的とする。
添付図面を参照して本発明の要旨を説明する。
サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する選抜対象清酒酵母群から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を得る酵母の取得方法であって、前記選抜対象清酒酵母群を区分して夫々培養し各培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加し、この添加により生ずる発色の濃淡から各培地に含まれる少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を求め、これら各培地の前記遊離脂肪酸の濃度の総和の大小をもとに前記各培地から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を得ることを特徴とする酵母の取得方法に係るものである。
また、請求項1記載の酵母の取得方法において、少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸を既知の濃度に希釈して対照培地とし、この対照培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加して発色させ、この対照培地の発色の濃淡とも比較して、各培地に含まれる少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を求めることを特徴とする酵母の取得方法に係るものである。
また、請求項1,2いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記アシル活性化酵素はアシルコエンザイムAシンテターゼであることを特徴とする酵母の取得方法に係るものである。
また、請求項1〜3いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記遊離脂肪酸発色剤は、前記培地にアデノシン三リン酸、コエンザイムA、アシル活性化酵素及び二価金属イオンを混合し、この混合により生じた生成物に追随酵素としてアシルコエンザイムAオキシダーゼを添加し、更に、ペルオキシダーゼ及び色原体を添加して、前記生成物と前記追随酵素とが反応して生じた過酸化水素が前記ペルオキシダーゼによって前記色原体を発色せしめるものであることを特徴とする酵母の取得方法に係るものである。
また、請求項1〜4いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記選抜対象清酒酵母群は、抗生物質若しくは脂肪酸合成阻害剤を添加した培地で予め培養された清酒酵母群であることを特徴とする酵母の取得方法に係るものである。
本発明は上述のように、遊離脂肪酸発色剤を用いるから、選抜対象清酒酵母群を区分している各培地の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を、各培地の発色の濃淡から直ちに求めることができ、更に、例えば、選抜対象清酒酵母群と同一若しくは同質の酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度の総和とカプロン酸エチルの濃度との対応関係をもとにすると、カプロン酸エチルの濃度の大小判定も可能となり、所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を直ちに取得することができ
また、このようにして取得した清酒酵母を用いると、カプロン酸エチルの好ましい香気成分に富んだ清酒を安価に製造することができ
本実施例に係る酵母の取得方法によって、新潟清酒酵母G9NF株を培養した培地の各ウェルが呈した発色の濃淡を示すマイクロプレートの写真である。 本実施例に係る酵母の取得方法によって、新潟清酒酵母G9NF株から得られた一倍体酵母G9NF2-3株を培養した培地の各ウェルが呈した発色の濃淡を示すマイクロプレートの写真である。 本実施例に係る酵母を用いて製造した製成酒の遊離脂肪酸の濃度とカプロン酸エチルの濃度との対応関係を確認した検量線のグラフである。
好適と考える本発明の実施形態を、図面に基づいて本発明の作用を示して簡単に説明する。
本発明の酵母の取得方法は、アシルコエンザイムAシンテターゼ等のアシル活性化酵素を用いた酵素反応を利用することによって、ガスクロマトグラフ等の高価な分析機器や煩雑な操作を必要とすることなく、清酒の開発にあたり、所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を簡便且つ迅速に取得できる点に特徴がある。
本発明者等は、アシルコエンザイムAシンテターゼ等のアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤の添加による発色の濃淡から、酵母を培養した培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を求める方法を採用し、この方法によって取得した酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度の総和の大小と脂肪酸エステルの濃度の大小との対応関係は、同一の酵母の場合は勿論であるが、同質の酵母を用いる場合であっても成り立っていることを見出した。
なお、この対応関係は、酵母の生成物である遊離脂肪酸と脂肪酸エステルとの間に正の相関がある場合の他、遊離脂肪酸に対して脂肪酸エステルの生成能が低いか無い場合をも含み、この遊離脂肪酸と脂肪酸エステルとの間に成り立つ所定の関係をいう。
詳細には、この同一若しくは同質の酵母は、清酒酵母(きょうかい7号酵母、きょうかい9号酵母、きょうかい10号酵母など)、ワイン酵母(日本醸造協会ブドウ酒1号酵母、同ブドウ酒3号酵母、同ブドウ酒4号酵母など)、ビール酵母、パン酵母などのアルコール発酵に常用される、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する酵母をいう。
ところで、所望の遊離脂肪酸や脂肪酸エステルを多く生成する酵母の育種の研究が従来からなされており、この酵母が生成する遊離脂肪酸や脂肪酸エステルの生成量などを定量する際はガスクロマトグラフ等のような分析機器が用いられてきたが、この方法は極めて簡便性を欠く方法であった。
本発明者らは、上述したアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加することで酵母の生成物である遊離脂肪酸の生成度合や脂肪酸エステルの生成度合が直ちに判定でき、よって、例えば、育種した清酒酵母の中から所望のカプロン酸エチル生成能を有する酵母を簡易に取得できることを見出し、本発明を完成したものである。
本発明は、選抜対象清酒酵母群から遊離脂肪酸を生成する清酒酵母を取得するにあたり、選抜対象清酒酵母群を区分し夫々培養している各培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加すると、この添加により各培地に含まれる遊離脂肪酸の濃度に応じた発色の濃淡が生ずることで直ちに所望の遊離脂肪酸を生成する清酒酵母を取得できるようにしたものである。
具体的には、例えば、選抜対象清酒酵母群を培養している各培地に遊離脂肪酸発色剤を添加してこれらの各培地の発色の濃淡から該各培地の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を求め、或いは、更に各培地の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を対照培地の遊離脂肪酸の濃度の総和とも比較して求め、この各培地の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小をもとに所望の遊離脂肪酸を生成する清酒酵母を取得する方法である。
なお、この対照培地の遊離脂肪酸は、選抜対象清酒酵母群が生成する遊離脂肪酸と同一若しくは同質の遊離脂肪酸である。また、この同一若しくは同質の遊離脂肪酸とは、本発明の遊離脂肪酸発色剤を添加した際に選抜対象清酒酵母群が生成する遊離脂肪酸と同様の発色を呈する遊離脂肪酸であり、具体的には、後述のような炭素数6以上の遊離脂肪酸であるカプロン酸、カプリル酸などである。
また、例えば、この選抜対象清酒酵母群と同一若しくは同質の清酒酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度の総和の大小とカプロン酸エチルの濃度の大小との対応関係をもとにすると、この培地に含まれるカプロン酸エチルの濃度の大小も直ちに確知することができ
以上、選抜対象清酒酵母群を培養しているこれらの各培地に遊離脂肪酸発色剤を添加して、所定の発色の濃淡を呈した培地から清酒酵母を選抜するだけで、所望のカプロン酸エチル生成能を有する酵母を取得することができ
また、このように選抜された清酒酵母を用い、清酒を常法に基づいて製造するだけで、遊離脂肪酸若しくはカプロン酸エチルを豊富に含み、例えば、香味がよい等の特徴のある清酒を安価に提供することができ
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
本実施例は、選抜対象酵母群から所望の酵母を得る酵母の取得方法であって、前記選抜対象酵母群を区分して夫々培養し各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を下記により求め、これら各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を基に前記各培地から所望の遊離脂肪酸を生成する酵母を得ることを特徴とする酵母の取得方法である。

アシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を前記各培地に添加し、この添加により生ずる発色の濃淡度合から該培地に含まれる遊離脂肪酸の濃度の大小を求める(以下、この方法を「酵素法」という。)。
この酵素法による酵母の取得方法は、遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの双方を生成する酵母の選抜だけでなく、遊離脂肪酸の生成能しかなく、脂肪酸エステルの生成能が低い酵母や皆無の酵母の選抜にも適用できる。
本実施例は、詳細には、優れた香味を生ずる脂肪酸エステルの生成能が向上した酵母を育種して選抜する際にこの酵母の取得方法を用いたものであり、更に、この方法で選抜した酵母を用いて清酒を製造したものである。
即ち、本実施例は、選抜対象酵母群を区分して夫々培養し各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を上述の酵素法により求め、この選抜対象酵母群と同一若しくは同質の酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度の大小と脂肪酸エステルの濃度の大小との所定の対応関係を基に、選抜対象酵母群の各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小から当該各培地の脂肪酸エステルの濃度の大小を求め、これら各培地の脂肪酸エステルの濃度の大小を基に各培地から所望の脂肪酸エステルを生成する酵母を得る酵母の取得方法であり、更に、換言すると、本実施例の酵母の取得方法は、所望の遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成能を有する酵母を上述の酵素法を用いることで迅速且つ簡易にスクリーニングする方法である。
また、上述の遊離脂肪酸の濃度と脂肪酸エステルの濃度との対応関係は、両者に正の相関がある場合のみならず、非線形な相関の場合、両者の相関がない場合、及び、著しく低い場合なども含めることができ、従って対応関係をこのように拡張した対応関係を基に、選抜対象酵母群を区分して夫々培養している各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を上述の酵素法により求めて、該培地の遊離脂肪酸の濃度の大小若しくは脂肪酸エステルの濃度の大小を求め、該培地の遊離脂肪酸の濃度の大小若しくは脂肪酸エステルの濃度の大小を基に所定の発色の濃淡の培地から酵母を選抜することで所望の遊離脂肪酸若しくは脂肪酸エステルを生成する酵母を得ることができることになる。
また、本実施例は、遊離脂肪酸の濃度の大小は、区分された各培地の遊離脂肪酸の濃度を、選抜対象酵母群が生成する遊離脂肪酸と同一若しくは同質の遊離脂肪酸を含有する対照培地の遊離脂肪酸の濃度とも比較して求めている。
具体的には、この対照培地は、選抜対象酵母群と同一若しくは同質の酵母が生成した遊離脂肪酸を含む培地、例えば、選抜対象酵母群の親株である酵母が生成した遊離脂肪酸を含む培地でもよいし、或いは、選抜対象酵母群と同一若しくは同質の遊離脂肪酸の濃度が予め設定されて既知の培地、例えば、基準とする遊離脂肪酸を所望の濃度に希釈した希釈液試料でもよい。
この同一若しくは同質の遊離脂肪酸とは、本発明の遊離脂肪酸発色剤を添加した際に選抜対象酵母群が生成する遊離脂肪酸と同様の発色を呈する遊離脂肪酸であり、後述のような炭素数6以上の遊離脂肪酸であるカプロン酸、カプリル酸若しくはカプリン酸などである。
本実施例では、予め、基準とする遊離脂肪酸を所定の濃度に希釈した希釈液試料をこの対照培地として設け、この対照培地に対しても上述の酵素法で発色させ、選抜対象酵母群の各培地の発色の濃淡及び対照培地の発色の濃淡を相互比較して遊離脂肪酸の濃度若しくは脂肪酸エステルの濃度の大小判定を行ったが、単に選抜対象酵母群の培地同士の発色の濃淡度合いから判断してもよい。
なお、選抜対象酵母群を区分して夫々培養し各培地に含まれる遊離脂肪酸の濃度を、アシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を各培地や対照培地に添加し、この添加により生ずる発色の濃淡度合から吸光度を測定して、或いは、この吸光度から遊離脂肪酸の濃度を求めて、各培地の遊離脂肪酸の濃度若しくは脂肪酸エステルの濃度の大小としてもよく、このようにすると発色の濃淡を正確に求められるため酵母の選抜工程の自動化も可能になるが、本実施例の方法によれば、培地の発色の濃淡から遊離脂肪酸の濃度を求めなくとも極めて簡単に所望の酵母を選抜することができる。
また、選抜対象酵母群の培地は、後述の実験のように多数の培地があってもよいのは勿論であるが、単一の培地であっても本実施例の酵素法を適用して、遊離脂肪酸若しくは脂肪酸エステルの存在を判定することが可能である。
本実施例は、遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの双方の生成能を有する酵母の選抜に適用したものであり、この酵母は、清酒酵母(きょうかい7号酵母、きょうかい9号酵母、きょうかい10号酵母など)、ワイン酵母(日本醸造協会ブドウ酒1号酵母、同ブドウ酒3号酵母、同ブドウ酒4号酵母など)、ビール酵母、パン酵母などのアルコール発酵に常用される、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する酵母であれば、いずれの酵母でもよい。
本実施例は、遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成能が向上した酵母を育種する。
具体的には、本実施例の酵母を培養する培地としては酵母が十分生育する公知の各種培地を用いることができ、例えば、YM培地(1%グルコース、0.5%ポリペプトン、0.3%酵母エキス、0.3%麦芽エキス)、YPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)、米及び米麹を使用した清酒等の小仕込醪(難波康之祐ら、J.Brew.Soc.Japan.Vol.73,p.295-300,1978)等の小規模の発酵試験用の醪等を使用することができる。また、固体培地、液体培地のいずれでもよく、適当な培地を選択すればよく、酵母の培養培地は特に限定しない。
また、選抜対象酵母群から所望の酵母を取得にあたり、例えば、選抜対象酵母群を紫外線、エチルメタンスルホネートやニトロソグアニジン等を用いた一般的な方法によって変異させ、若しくは、これらの変異処理をさせずに、脂肪酸合成阻害剤を含有した培地で培養し、この培地から酵母を選抜した後、この選抜した酵母をYM培地やYPD培地にて培養し、この培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加し、この添加によって生じた培地の発色の濃淡が所定の濃淡か否かを判定し所望の濃淡の培地から酵母を選抜することで所望の酵母を取得している。
この脂肪酸合成阻害剤としてはセルレニンや3-Carboxy-4-octyl-2-methylenebutyrolactone等が挙げられるが、適宜な阻害剤を選択すればよい。
なお、本実施例では、上述の脂肪酸合成阻害剤を含有した培地で培養する工程を経る前の酵母を対照試料としている。
上述の酵素法に用いる遊離脂肪酸発色剤に含まれるアシル活性化酵素として、例えば主に短鎖脂肪酸に基質特異性を有するアセチルコエンザイムAシンテターゼ(EC 6.2.1.1)、主に中鎖脂肪酸に基質特異性を有するブチリルコエンザイムAシンテターゼ(EC 6.2.1.2)、主に長鎖脂肪酸に基質特異性を有するアシルコエンザイムAシンテターゼ(EC 6.2.1.3)、炭素数22以上の極長鎖脂肪酸に基質特異性を示す極長鎖アシルコエンザイムAシンテターゼ等が挙げられるが、適当なアシル活性化酵素を選択し、酵母発酵物に含まれる遊離脂肪酸の濃度を求める。
詳細には、遊離脂肪酸発色剤としてアシルコエンザイムAシンテターゼを用いた炭素数6以上の遊離脂肪酸を測定対象とする遊離脂肪酸発色剤を採用することで、この遊離脂肪酸発色剤を試料の酵母発酵物に添加すると、この試料の酵母発酵物に含まれる炭素数6以上の遊離脂肪酸がこの遊離脂肪酸と発色反応する。従って、この発色の濃淡度合を吸光度測定から求めた遊離脂肪酸の濃度は、この試料の酵母発酵物に含まれる炭素数6以上の遊離脂肪酸の濃度の総和となる。
この酵素法により測定される遊離脂肪酸は、カプロン酸(ヘキサン酸)、カプリル酸(オクタン酸)、カプリン酸(デカン酸)、ラウリン酸(ドデカン酸)、ミリスチン酸(テトラデカン酸)、パルチミン酸(ヘキサデカン酸)、ステアリン酸(オクタデカン酸)、オレイン酸(cis-9-オクタデセン酸)、リノール酸(cis,cis-9,12-オクタデカジエン酸)若しくはリノレン酸(cis,cis,cis-9,12,15-オクタデカトリエン酸)を含むものとし、少なくとも、カプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を必ず含むものとする。
また、脂肪酸エステルは、カプロン酸エチル、カプリル酸エチル、カプリン酸エチルのいずれかであるが、本実施例が対象とする脂肪酸エステルは、カプロン酸エチルである。
また、この酵素法に用いる遊離脂肪酸発色剤は、アデノシン三リン酸、コエンザイムA、アシルコエンザイムAシンテターゼ、二価金属イオン、アシルコエンザイムAオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ及び色原体を含むものであり、例えば、Shimizuらの方法(S.Shimizu,et al.,Anal.Biochem.,Vol.107,p.193〜198,1980)を用いることによって、炭素数6以上の遊離脂肪酸を測定対象とすることができる。
具体的には、試料の培地にアデノシン三リン酸、コエンザイムA、アシルコエンザイムAシンテターゼ及び二価金属イオンを混合し、この混合により生じた生成物に追随酵素としてアシルコエンザイムAオキシダーゼを添加し、更に、ペルオキシダーゼ及び色原体を混合して、前記生成物と前記追随酵素とが反応して生じた過酸化水素が前記ペルオキシダーゼによって前記色原体を発色せしめるものである。
なお、この遊離脂肪酸発色剤に用いられるアシルコエンザイムAシンテターゼ、アシルコエンザイムAオキシダーゼ、ペルオキシダーゼは、その由来等は問うところではなく、この酵素法に適用できるものを選択すればよい。
また、二価金属イオンは、二価カルシウムイオン若しくは二価マグネシウムイオンであり、例えば塩化塩として、MgCl、CaClを用いる。
本実施例の追随酵素はアシルコエンザイムAオキシダーゼであり、詳細には、アシルコエンザイムAオキシダーゼを混合したことによって生じた過酸化水素と、ペルオキシダーゼとの作用によって青紫色の色素が生成する。
また、本実施例の色原体は、4-アミノアンチピリン、3-メチル-N-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-アニリンを含むものであり、ペルオキシダーゼの作用の下に上記過酸化水素とこの色原体とが酸化縮合して青紫色に発色する色素を生成するものである。なお、この4-アミノアンチピリン、3-メチル-N-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-アニリンに代えて、例えば、赤色色素が生成される2,4-ジブロモフェノール等、この酵素法に適用可能な色原体であれば採用することができる。
更に、この追随酵素は、本実施例では(ア)アシルコエンザイムAオキシダーゼを採用したが、(イ)ピロフォスファターゼ及びピルビン酸オキシダーゼを用いる方法でも、(ウ)ミオキナーゼ、ピルビン酸キナーゼ及びピルビン酸オキシナーゼを用いる方法でもよく、これら(ア)〜(ウ)いずれにおいても、過酸化水素と色原体とが酸化縮合して発色色素が生成される。
この酵素法による遊離脂肪酸の測定をより簡便に行うために本実施例では、遊離脂肪酸測定キットであるNEFA C-テストワコー(和光純薬工業(株)製)を用いている。
なお、酵母発酵物中に夾雑物が存在する場合には、この夾雑物を遠心分離等で除去したり、或いは、例えば、Sep-Pak Plus Silica、Sep-Pak Plus C18、Sep-Pak AC2(ウォーターズ コーポレーション社製)等を用いた固相抽出などで前処理を行った後、上述の酵素法による測定を行えばよい。
本実施例では、選抜対象酵母群を培養している培地は、複数の培地が並置され、上述の遊離脂肪酸発色剤を添加した際、同時に複数の発色を相互に視認し、所定の濃淡で発色した酵母を直ちに選抜することが可能である。
また、選抜対象酵母群を培養している培地の発色の比較は、対照とする遊離脂肪酸の濃度を有する対照培地にも遊離脂肪酸発色剤を添加し、この対照培地が発色した濃淡と比較することでもよい。詳細には、カプロン酸を遊離脂肪酸の基準液として、この基準液を適宜に希釈して予め複数の異なる基準濃度で設定した標準発色系列を設け、この標準発色系列の発色と、選抜対象酵母群の培地の発色とを視認、比較することで遊離脂肪酸のおおよその濃度を把握できる。
従って、これらの培地に生ずる発色を視認し、濃淡度合を同時に比較するだけで培地の遊離脂肪酸の濃度の大小を視認して、発色の濃い培地に対しては脂肪酸エステルの生成能が向上した酵母が存在していると判定でき、発色の無い若しくは淡い培地に対しては遊離脂肪酸の生成能の低い酵母が存在していると直ちに判定できることになる。
また、この発色の濃淡は、視認比較することのほか、分光光度計などによって発色の吸光度を比較測定することでもよい。
以上、本実施例は、酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度と脂肪酸エステルの濃度との間の対応関係に相関があることを基に、酵素法を用いて培養した酵母の選抜を行う方法であり、選抜対象酵母群を培養している培地にアシルコエンザイムAシンテターゼを用いた遊離脂肪酸発色剤を添加し、この添加により生じた発色の濃淡から求めた各培地の遊離脂肪酸の濃度の大小からこの酵母が生成する脂肪酸エステルの濃度の大小を求め、各培地の脂肪酸エステルの濃度の大小を基に所定の濃淡を呈する培地の酵母を選抜すると、所望の遊離脂肪酸若しくは脂肪酸エステルの生成能を備えた酵母を直ちに取得できることになる。
また、選抜対象酵母群から、脂肪酸エステルの生成能がない特定の遊離脂肪酸を生成する酵母を得る場合にも、上述したと同様に、選抜対象酵母群を培養し、これらの各培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加し、この添加によって生じた培地の発色の濃淡を視認して所定培地の酵母を選抜するだけで容易に所望の酵母を得ることができる。
本実施例は清酒特に吟醸酒の香味を生成する清酒酵母の選抜に用いるものであるが、清酒、ビール、発泡酒、果実酒、焼酎、ウイスキー、ブランデー、スピリッツ、甘味果実酒、雑酒、リキュール及び他のアルコール飲料を含む酒類の製造において、夫々の常法に基づいた適宜な工程で本実施例の酵素法によって選抜した酵母を用いて製造すると、香味のよい酒類や食品を安価に提供することが可能になる。
具体的には、この酒類は、米と米麹とを酵母によって発酵させて製造され、この酵母として本実施例の酵素法によって選抜された酵母を、発酵開始時若しくは発酵途時に用いることで香味のよい酒類になる。
特に、清酒製造の場合、例えば、蒸米に酒母と米麹とを加え発酵させて醪を製造し、この醪を上槽して清酒の製造を行なう清酒の製造方法において、前記酒母は蒸米に米麹と酵母とを加え発酵させて製造され、この酒母の仕込み時、若しくは、酒母及び醪の発酵途時に本実施例の酵素法で選抜した酵母を添加して清酒を製造することによって、香味豊かな清酒を安価に製造できる。
また、本実施例で選抜して取得した酵母を、パン、クッキー、ケーキ、饅頭などの食品などの製造において、夫々の常法に基づいた適宜な工程で用いると、香味のよい食品の安価な製造が可能になる。
以上の方法に基づき、清酒製造において、所定の脂肪酸エステル濃度の酵母の選抜を行えることを、下記の「試薬の準備と発色手順」により試薬を調製した後、実験1〜4により確認した。
これらの実験で用いる酵素法では、和光純薬工業(株)製のNEFA C-テストワコーの遊離脂肪酸測定キットを採用した。当該キットは次の試薬で構成されている。
発色剤A:コエンザイムA、アデノシン-5'-三リン酸二ナトリウム、アシルコ
エンザイムAシンテターゼ、4-アミノアンチピリン、アスコルビン
酸オキシダーゼ
発色剤A溶解用試液:リン酸緩衝液(pH7.0)
発色剤B:アシルコエンザイムAオキシダーゼ、ペルオキシダーゼ
発色剤B溶解用試液:3-メチル-N-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-アニ
リン
1 試薬の準備
(1)発色試液A
発色剤A(10mL用)1びんを発色剤A溶解用試液10mLで溶解し、発色試
液Aとした。調製後、25℃以下保存で当日中、2〜10℃保存で5日間使用でき
る。
(2)発色試液B
発色剤B(20mL用)1びんを発色剤B溶解用試液20mLで溶解し、発色試
液Bとした。調製後、25℃以下保存で当日中、2〜10℃保存で5日間使用でき
る。
(3)基準液
カプロン酸(分子量116.13)1mMの溶液を調製して、これを遊離脂肪酸
の濃度が1mEq/Lの基準液とした。
また、検体試料の遊離脂肪酸の濃度は、
により定義される濃度である。ここで、検体試料の吸光度差とは、検体試料の吸光
度と検体盲検の吸光度との差であり、同様に標準液の吸光度差とは、標準液の吸光
度とこの検体盲検の吸光度との差であり、また、本実施例では、この式中の基準液
の濃度は、上述のカプロン酸基準液の濃度1mEq/L(=1mM)である。
また、本実施例では、この基準液を適宜に希釈して得た種々の濃度の希釈液に対
する吸光度と、検体盲検の吸光度とを測定し、この夫々の希釈濃度の吸光度差を求
めて、各希釈濃度に対する検量線を予め作成しておくことで、種々の検体試料の濃
度を迅速に求められるようにした。
(4)発色手順:
(ア)以上の発色試液A、発色試液B及び基準液を用いて、検体試料、対照試料の
夫々10μLに発色試液Aを80μL混合後、37℃で10分間加温し、次い
で、発色試液Bを160μL加え、37℃で10分間加温した。
(イ)対照試料は、希釈した基準液であり、カプロン酸を希釈して予め所定の基準
濃度に設定した標準発色系列である。
(5)比色及び選抜方法
本実施例では、上述のカプロン酸基準液(1mEq/L)を用いて、図1の右側
に示すように、カプロン酸の濃度が0.0mEq/L、0.2mEq/L、0.4m
Eq/L、0.8mEq/Lである試料を並べた標準発色系列を設け、この標準発
色系列を検体試料と同じマイクロプレート上に配置することで、この標準系列の発
色と、分注された培地の発色とを同時に視認、比較して比色できるようにして、区
分された培地の遊離脂肪酸の濃度の判定を行って、所定の遊離脂肪酸の生成能を有
する酵母を直ちに選抜できるようにした。
次に、下記の実験によって、本実施例の酵素法が酵母の選抜にも適用できることを確認した。実験1及び2は、酵素法を用いた酵母の選抜の有効性を確認した実験であり、実験3及び4は、遊離脂肪酸と脂肪酸エステルとの間に対応関係があることを確認した実験である。
2 実験1
2−1 目的
所定の遊離脂肪酸及びカプロン酸エチルの生成能を有する酵母の選抜を行って、
本実施例の酵素法による酵母の取得方法の有効性を確認する。
2−2 実験方法
(1)二倍体株である新潟清酒酵母G9NF株(新潟県醸造試験場所有)を親株とし、
Ichikawaらの方法(E.Ichikawa,et al.Agric.Biol.Chem.Vol.55,p.2153-2
154,1991)により、エチルメタンスルホネート変異処理後、脂肪酸合成阻害剤で
あるセルレニン(Sigma製)を25μM含有したYPD平板培地に1×10
個/プレートになるように植菌し30℃で7日間培養した。
(2)次いで、市販の96穴マイクロプレートの1ウェルあたりYPD液体培地(2%
グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)240μLを分注し、セルレニ
ンYPD平板培地上に生育した185株のコロニーを釣菌し、各ウェルに植菌した
(3)次いで更に、30℃で2日間培養した後、遊離脂肪酸発色剤であるNEFA C
-テストワコー(和光純薬工業(株)製)を用いて酵母の選抜を行った。
なお、発色までの操作は「1 試薬の準備と発色手順」の方法で行い、反応液の
濃淡を視認することによって酵母培養培地中の遊離脂肪酸濃度を判定した。
2−3 実験結果
3枚の96穴マイクロプレート上の各ウェルの発色の濃淡を示す写真を図1に示
す。この図1は、前項の実験方法によって、新潟清酒酵母G9NF株を培養したY
PD培地と遊離脂肪酸発色剤を各ウェルに添加し、各ウェルが呈した発色の濃淡を
示すマイクロプレートの写真である。
この結果、図1に矢印で示すように、この96穴マイクロプレート上に他のウェ
ルより強く発色した4ヶ所のウェルを見出し、これらのウェルから遊離脂肪酸及び
脂肪酸エステルの生成能が向上した酵母として4株(No.29,78,107,1
27)の酵母を選抜した。
次に、この実験1で選抜した4株の酵母をYPD培地、麹汁培地で培養して夫々の培地における遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成能を確認し、更に、この選抜した4株の酵母を用いて清酒を製造して遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成を確認した。
3 実験2
3−1 目的
実験1で選抜した酵母が遊離脂肪酸及び脂肪酸エステル(カプロン酸エチル)の
生成能を有することを、所定培地中並びにこの酵母を用いて製造した清酒中に遊離
脂肪酸及び脂肪酸エステル(カプロン酸エチル)が含有されることにより確認する
3−2 実験方法
実験1で得られた4株(No.29,78,107,127)の酵母及び対照とし
ての親株G9NF株の夫々を麹汁培地及びYPD培地で培養した後、これら夫々の
培地の遊離脂肪酸の濃度及び脂肪酸エステル(カプロン酸エチル)の濃度を測定し
た。
また、これらの4株(No.29,78,107,127)の酵母を用いて小仕込
試験を行い、醸造特性、遊離脂肪酸の濃度及び脂肪酸エステル(カプロン酸エチル
)の濃度を測定した。
(1)培養方法
各酵母を次の(ア)及び(イ)の方法で作成した夫々の培地で培養した。
(ア)麹汁培地:各酵母をYPD液体培地5mLに植菌し、25℃で3日間の静置
培養を行った後、この前培養酵母を用いて初発酵母数が2.5×10個/m
Lとなるように、ボーメ度6の麹汁培地20mLに植菌し、25℃で2日間の
静置培養を行った。
(イ)YPD培地:各酵母をYPD液体培地5mLに植菌し、25℃で3日間の静
置培養を行った後、この前培養酵母を用いて初発酵母数が2.5×10個/
mLとなるようにYPD液体培地20mLに植菌し、25℃で2日間の静置培
養を行った。
この(ア)及び(イ)で夫々で培養した後、夫々の培地の脂肪酸エステルの濃度
及び遊離脂肪酸の濃度を夫々本実験方法の(3)及び(4)の方法で測定した。
(2)小仕込試験による清酒の製造
難波らの方法(難波康之祐ら、J.Brew.Soc.Japan.Vol.73,p.295-300,1978
)を参考に表1に示す仕込配合の1段仕込で清酒の製造を行った。
なお、各酵母はYPD液体培地5mLに、1白金耳の菌体を植菌し、25℃で3
日間静置培養したものを懸濁し使用した。仕込後の品温は15℃一定とし、9日間
発酵させた後、上槽して製成酒を得た。この製成酒の一般成分は国税庁所定分析法
(国税庁所定分析法,3清酒,国税庁訓令第6号別冊,平成19年6月22日,ht
tp://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kobetsu/sonota/070622
/01.htm)により測定した。なお、本実施例において、製成酒とは、上槽直後の未
調整の清酒をいう。
(3)脂肪酸エステルの濃度測定
各培地中及び製成酒中のカプロン酸エチルの濃度を国税庁所定分析法(国税庁所
定分析法,3清酒,http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/k
obetsu/sonota/070622/01.htm)を参考にしてヘッドスペースガスクロマトグラフ
法により測定した。使用した機器及び条件は次のとおりである。
ヘッドスペースガスサンプラー条件は、(ア)ヘッドスペースガスサンプラー:
HSS-2B(島津製作所製)、(イ)バイアル保持温度;50℃、(ウ)バイア
ル保持時間;25分、である。ガスクロマトグラフ条件は、(ア)ガスクロマトグ
ラフ;GC-14A((株)島津製作所製)(イ)カラム;DB-WAX(J&W Scie
ntific Inc.製、30m×内径0.53mm、フィルム厚0.5μm)(ウ)検出
器;FID、(エ)キャリアガス;ヘリウム、(オ)キャリアガス流速;2.95
mL/分、(カ)試料導入部温度;210℃、(キ)検出器温度;230℃、(ク
)カラム槽温度;80℃、(ケ)スプリット比;1:40、である。
(4)遊離脂肪酸の濃度測定
各培地中及び製成酒中の遊離脂肪酸を、NEFA C-テストワコー(和光純薬工
業(株)製)を用いた酵素法で次の(ア)〜(オ)の手順によって測定した。なお
、この遊離脂肪酸の測定にあたり、製成酒を適量とり、17,000Gの遠心力に
よる遠心分離を10分間行い、得られた上清を測定試料とした。なお、遠心分離に
替えてミクロフィルタによるろ過でもよい。
(ア)試料10μLを80μLの発色試薬Aに混合し、37℃で10分間加温する
(イ)160μLの発色試薬Bを(ア)の反応液中に混合し、37℃で10分間加
温する。
(ウ)室温に戻し、分光光度計(UV-2200、(株)島津製作所製)により55
0nmの吸光度を測定する。
(エ)基準液の希釈した濃度と吸光度の検量線を用い、前項(ウ)で得られた吸光
度から遊離脂肪酸の濃度を算出する。
3−3 実験結果
選抜した4株の酵母を用いてYPD培地及び麹汁培地の夫々に含まれる遊離脂肪
酸の濃度及び脂肪酸エステルの濃度の結果を表2に示す。
また、小仕込試験で得られた製成酒の一般成分、この製成酒に含まれる遊離脂肪
酸の濃度及び脂肪酸エステルの濃度の結果を表3に示す。
なお、選抜株のうち、No.107株は、醸造特性が失われたため、製成酒を得る
ことはできなかった。
本実施例の酵素法によって取得した選抜株の酵母は、麹汁培地、YPD培地及び
製成酒のいずれについても、親株であるG9NF株に比して遊離脂肪酸の濃度を2
.0〜5.0倍多く生成した。また、麹汁培地及び製成酒中の脂肪酸エステル(カプ
ロン酸エステル)の濃度は、2.4〜4.1倍に増加した。
また、この選抜した酵母の遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成能の大小関係は
、麹汁培地、YPD培地及び製成酒において同様な大小関係になった。
3−4 結論
(1)実験1の酵素法で選抜した酵母が遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルを生成し得る酵
母であることを確認した。従って、本実施例の酵素法を用いて酵母培養液中の遊離
脂肪酸の濃度の大小を判定することによって、簡便且つ非常に迅速に遊離脂肪酸及
び脂肪酸エステルの生成能の変化した酵母の選抜が可能である。
(2)この選抜した酵母が生成する遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの製成能の大小関係
は、異なる酵母培養基質間のみならず清酒製造においても同様の関係があることを
確認した。
4 実験3
4−1 目的
親株であるG9NF株から取得した一倍体酵母から、所定の遊離脂肪酸の生成能
を有する酵母の育種を行い、本実施例の酵素法によって酵母の選抜を行う。
4−2 実験方法
(1)二倍体株である新潟清酒酵母G9NF株(新潟県醸造試験場所有)をYPD平板
培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス、2%寒天)に植菌し
30℃で3日間培養した後、胞子形成培地(0.5%酢酸ナトリウム、2%寒天)
に移植し25℃3日間インキュベートした。
(2)胞子形成した菌体をランダムスポアー法(大嶋泰治編 生物化学実験法39・酵
母分子遺伝学実験法,p.19-27,学会出版センター,1996)によりハプロイド(一
倍体)株であるG9NF1-1株(α型)とG9NF2-3株(a型)とを得た。
(3)次いで、G9NF2-3株を用いてIchikawaらの方法(E.Ichikawa,et al.Agr
ic.Biol.Chem.Vol.55,p.2153-2154,1991)により、エチルメタンスルホネー
ト変異処理後、脂肪酸合成阻害剤であるセルレニン(Sigma製)を25μM含
有したYPD平板培地に1×10個/プレートになるように植菌し30℃で7日
間培養した。
(4)次いで、市販の96穴マイクロプレートの1ウェルあたりYPD液体培地(2%
グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)240μLを分注し、セルレニ
ンYPD平板培地上に生育した190株のコロニーを釣菌し、各ウェルに植菌した
(5)次いで更に、30℃で2日間培養した後、遊離脂肪酸発色剤であるNEFA C-
テストワコー(和光純薬工業(株)製)を用いて酵母の選抜を行った。
なお、発色までの操作は上記「1 試薬の準備と発色手順」の方法で行い、反応
液の濃淡を視認することによって酵母培養培地中の遊離脂肪酸濃度を判定した。
4−3 実験結果
96穴マイクロプレート上の各ウェルの発色の濃淡を示す写真を図2に示す。こ
の図2は、前項の実験方法によって、新潟県清酒酵母G9NF株から得られた一倍
体酵母G9NF2-3株を培養したYPD培地と遊離脂肪酸発色剤とを各ウェルに
添加し、各ウェルが呈した発色の濃淡を示すマイクロプレートの写真である。
図2に矢印で示すように、96穴マイクロプレート上に他のウェルより強く発色
した5ヶ所のウェルを見出し、これらのウェルから遊離脂肪酸及び脂肪酸エステル
生成能が向上した酵母として5株の酵母を選抜した。なお、図2は、選抜した酵母
を含んでいるマイクロプレートのみ示した。
次いで、この実験3で選抜した5株の一倍体の酵母を育種して得た新規二倍体の酵母を用いて製成酒を製造し、得られた製成酒を評価すると共に、遊離脂肪酸及び脂肪酸エステル生成能を確認した。
5 実験4
5−1 目的
実験3で選抜した酵母を育種した後、小仕込試験によって清酒を製造し、得られ
た製成酒の一般成分、及び、この製成酒に含まれる遊離脂肪酸の濃度と脂肪酸エス
テルの濃度との対応関係を評価する。
5−2 実験方法
(1)遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルの生成能を高めた酵母の育種
前記実験3で選抜した5株のハプロイド(一倍体)株のシングルコロニーを常法
によりそれぞれ単離し、それぞれG9NF1-1株と集団接合法(大嶋泰治編 生
物化学実験法39・酵母分子遺伝学実験法,p.10-18,学会出版センター,1996)に
より接合させて、5株のハプロイド株の夫々から二倍体酵母株を得、これらの二倍
体酵母株の夫々から2株ずつ取得して計10株の二倍体の新規酵母(後出の表4に
示す、cerR-1〜cerR-10)を選び、これらの10株の酵母を用いて、清
酒の小仕込試験を行った。なお、対照は親株であるG9NF株とした。
(2)選抜した酵母を用いた小仕込試験法による清酒の製造
実験2の小仕込試験と同じ表1の仕込配合で同様の1段仕込によって清酒の製造
を行った。
なお、各酵母はYPD液体培地5mLに、1白金耳の菌体を植菌し、25℃で3
日間静置培養したものを懸濁し使用した。仕込後の品温は12℃一定とし、20日
間発酵させた後、上槽し製成酒を得た。この製成酒の一般成分は国税庁所定分析法
(国税庁所定分析法,3清酒,国税庁訓令第6号別冊,平成19年6月22日,ht
tp://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kobetsu/sonota/070622
/01.htm)により測定した。
(3)脂肪酸エステルの濃度測定
製成酒のカプロン酸エチルの濃度を、国税庁所定分析法(国税庁所定分析法,3
清酒,http://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/tsutatsu/kobetsu/sonot
a/070622/01.htm)を参考にしてヘッドスペースガスクロマトグラフ法により測定
した。使用した機器及び条件は次のとおりである。
ヘッドスペースガスサンプラー条件は、(ア)ヘッドスペースガスサンプラー;
HSS-2B(島津製作所製)、(イ)バイアル保持温度;50℃、(ウ)バイア
ル保持時間;25分、である。ガスクロマトグラフ条件は、(ア)ガスクロマトグ
ラフ;GC-14A((株)島津製作所製)(イ)カラム;DB-WAX(J&W Scie
ntific Inc.製、30m×内径0.53mm、フィルム厚0.5μm)(ウ)検出
器;FID、(エ)キャリアガス;ヘリウム、(オ)キャリアガス流速;2.95
mL/分、(カ)試料導入部温度;210℃、(キ)検出器温度;230℃、(ク
)カラム槽温度;80℃、(ケ)スプリット比;1:40、である。
(4)遊離脂肪酸の濃度測定
製成酒の遊離脂肪酸の濃度を、NEFA C-テストワコー(和光純薬工業(株)
製)を用いた酵素法で次の(ア)〜(オ)の手順によって測定した。
なお、この遊離脂肪酸の測定にあたり、製成酒を適量とり、17,000Gの遠
心力による遠心分離を10分間行い、得られた上清を測定試料とした。なお、遠心
分離に替えてミクロフィルタによるろ過でもよい。
(ア)試料10μLを80μLの発色試薬Aに混合し、37℃で10分間加温する
(イ)160μLの発色試薬Bを(ア)の反応液中に混合し、37℃で10分間加
温する。
(ウ)室温に戻し、分光光度計(UV-2200、(株)島津製作所製)により55
0nmの吸光度を測定する。
(エ)基準液の希釈した濃度と吸光度の検量線を用い、前項(ウ)で得られた吸光
度から遊離脂肪酸の濃度を算出する。
(5)回帰分析
本実験の前項(3)及び(4)によって得られた表4に示す10種の製成酒に含
まれる遊離脂肪酸の濃度及び脂肪酸エステルの濃度の夫々のデータを回帰分析した
具体的には、表4のcerR-1〜cerR-10株の10点に関して、遊離脂肪
酸の濃度と脂肪酸エステルの濃度との対応関係を最小二乗法によって回帰分析して
回帰式を求め、検量線のグラフを作成した。
5−3 実験結果
(1)表4に小仕込試験で得られた製成酒の分析結果を示す。
(2)本実施例による選抜法で得られたハプロイド株から造成した新規二倍体酵母は、
何れも親株であるG9NF株と同等な発酵力を備えると共に、この親株であるG9
NF株に比べ製成酒中の遊離脂肪酸の濃度が2.0〜2.5倍、脂肪酸エステル(カ
プロン酸エチル)の濃度が2.4〜4.1倍に増加した。他の一般成分は親株と略同
じである。
(3)回帰分析(検量線)
表4に示されている、cerR-1〜cerR-10株夫々を用いて製造した製成
酒の遊離脂肪酸の濃度とカプロン酸エチルの濃度とに関するデータを最小二乗フィ
ッテングして得た最小二乗法による回帰式は、製成酒中のカプロン酸エチルの濃度
をy、酵素法による製成酒中の遊離脂肪酸の濃度をxとして、
(但し、rは相関係数、pは危険率を表す。)
である。
この回帰分析した結果を検量線グラフとして図3に示す。
この図3中のドットは、試料の10点について、ヘッドスペースガスクロマトグ
ラフ法によるカプロン酸エチルの濃度と、酵素法による遊離脂肪酸の濃度をプロッ
トしたものである。
5−4 結論
(1)実験3によって選抜した酵母を用いて製造した清酒の一般成分は、親株を用いて
製造した清酒と遜色がなく、また、遊離脂肪酸及びカプロン酸エチルは親株より2
倍〜4倍多く得られた。
(2)ヘッドスペースガスクロマトグラフ法によって測定した製成酒中のカプロン酸エ
チルの濃度と、酵素法によって測定した製成酒中の遊離脂肪酸の濃度との対応関係
は、両者は略線形な相関関係、即ち、比例関係にあることを確認し、回帰式を決定
できた。
(3)従って、カプロン酸エチルの生成能を有する酵母では、本実施例の酵素法によっ
て、酵母を培養した培地中の遊離脂肪酸の濃度を測定すれば、所望のカプロン酸エ
チル濃度を生成する酵母の選抜が可能である。
以上、実験1〜実験4の結果から、本実施例の酵素法によって、清酒酵母を培養させた培地にアシルコエンザイムAシンテターゼ等を含有する遊離脂肪酸発色剤を作用させ、培地が呈する発色の濃淡を同時に比色するだけで、迅速且つ非常に簡便に所定の遊離脂肪酸もしくは脂肪酸エステルを生成する清酒酵母を選抜できることを確認し、また、この選抜は、一倍体、二倍体いずれの酵母を用いても行なえることを確認すると共に、これらの酵母を用いて製造した製成酒は確かに遊離脂肪酸及び脂肪酸エステルを豊富に含むものになることを確認した。
更に、本実施例の酵素法によって選抜した酵母を用いて製造した清酒に含まれる遊離脂肪酸の濃度及び脂肪酸エステルの濃度の対応関係も確認した。
従って、本実施例によって、脂肪酸エステル(カプロン酸エチル)の生成能を有する清酒酵母の選抜においては、この選抜対象酵母群と同一若しくは同質の酵母が生成する遊離脂肪酸の濃度と脂肪酸エステルの濃度との対応関係を基に、本実施例の酵素法によって、この酵母を培養した培地中の遊離脂肪酸の濃度を測定するだけで、所望の脂肪酸エステルを生成する酵母を極めて簡易且つ迅速に選抜できるようになった。更に、この酵母を用いると香味に優れた清酒を安価に製造できることになる。
また、従来のガスクロマトグラフ法による方法(特許文献5)と、本実施例の方法との夫々による酵母の選抜に要する時間を比較すると次のようになる。
このガスクロマトグラフ法による選抜方法では、前処理として48時間の酵母の培養と24時間の酵母菌体の凍結乾燥を行い、さらに1検体あたり酵母細胞内の遊離脂肪酸のメチル化とメチルエステルの精製に1時間、ガスクロマトグラフによる分析に0.5時間が必要であった。従って、例えば酵母500株から所要の酵母を選抜するには、800〜900時間を要することになる。
一方、本実施例の酵素法による選抜法によって酵母500株からの選抜を行う場合には、前処理として48時間の酵母の培養が必要であるが、本実施例の方法を用いることによって全ての酵母の培養培地中の遊離脂肪酸の濃度を1時間以内に分析できる。従って、酵母500株の選抜を行う場合でも僅か50時間足らずでスクリーニングを行うことができる。さらに、酵母菌体の凍結乾燥や脂肪酸のメチルエステル化処理が不要であり、非常に簡便、迅速で効率的に清酒酵母の選抜を行えることになる。

Claims (5)

  1. サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する選抜対象清酒酵母群から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を得る酵母の取得方法であって、前記選抜対象清酒酵母群を区分して夫々培養し各培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加し、この添加により生ずる発色の濃淡から各培地に含まれる少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を求め、これら各培地の前記遊離脂肪酸の濃度の総和の大小をもとに前記各培地から所望のカプロン酸エチル生成能を有する清酒酵母を得ることを特徴とする酵母の取得方法。
  2. 請求項1記載の酵母の取得方法において、少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸を既知の濃度に希釈して対照培地とし、この対照培地にアシル活性化酵素を用いた遊離脂肪酸発色剤を添加して発色させ、この対照培地の発色の濃淡とも比較して、各培地に含まれる少なくともカプロン酸、カプリル酸及びカプリン酸を含む炭素数6以上の遊離脂肪酸の濃度の総和の大小を求めることを特徴とする酵母の取得方法。
  3. 請求項1,2いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記アシル活性化酵素はアシルコエンザイムAシンテターゼであることを特徴とする酵母の取得方法。
  4. 請求項1〜3いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記遊離脂肪酸発色剤は、前記培地にアデノシン三リン酸、コエンザイムA、アシル活性化酵素及び二価金属イオンを混合し、この混合により生じた生成物に追随酵素としてアシルコエンザイムAオキシダーゼを添加し、更に、ペルオキシダーゼ及び色原体を添加して、前記生成物と前記追随酵素とが反応して生じた過酸化水素が前記ペルオキシダーゼによって前記色原体を発色せしめるものであることを特徴とする酵母の取得方法。
  5. 請求項1〜4いずれか1項に記載の酵母の取得方法において、前記選抜対象清酒酵母群は、抗生物質若しくは脂肪酸合成阻害剤を添加した培地で予め培養された清酒酵母群であることを特徴とする酵母の取得方法。
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