JP5958753B2 - Wip1プロテインホスファターゼ阻害剤及びその用途 - Google Patents

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本発明はWip1(wild-type p53-induced phosphatase 1)プロテインホスファターゼ阻害剤に関する。詳しくは、有機セレン化合物を成分とするWip1プロテインホスファターゼ及びその用途(がん治療薬など)に関する。
Wip1プロテインホスファターゼは、DNA損傷後にp53によって発現誘導される、二価イオン要求性のPPMファミリーのプロテインSer/Thrホスファターゼとして見出された。Wip1の基質としてはp53を初め、細胞内のストレス反応に関与するChk1、Chk2、ATM、p38 MAPキナーゼなど様々な分子が知られ、いずれもWip1によって脱リン酸化され、不活性化されることが報告されている(例えば非特許文献1、2を参照)。また乳癌を初め、神経芽腫、髄芽腫、卵巣明細胞腺癌、膵臓腺癌など様々なヒトの癌では、Wip1遺伝子が増幅し、発現が上昇していること、PPM1D遺伝子欠損マウスは腫瘍に対する高い抵抗性を持つことが明らかになっている(例えば、非特許文献3を参照)。このようなWip1の癌遺伝子としての機能から、近年は抗癌剤開発の標的の1つとして注目され、阻害剤の研究開発が盛んに行われている(例えば、非特許文献4〜6を参照)。
近年、化学療法による癌の治療では、これまでの細胞周期に作用し、癌細胞の増殖を阻害、死滅を促進する効果を持つ抗癌薬だけでなく、イマチニブ(商品名グリベック(登録商標))やゲフィチニブ(商品名イレッサ)のような分子標的薬と呼ばれる、分子レベルの標的に作用し、特異性の高い治療薬が次々に開発され、使用されている。これらは作用機序が明らかであるため、効果を発揮する癌の種類を予測し易いという特徴を持ち、低い副作用と高い治療効果が期待されている。しかしながら標的分子を有する正常細胞にも作用し得るため、一部の分子標的薬には重い副作用が生じることが報告されている。これらの分子標的薬の標的分子の多くはチロシンキナーゼであり、プロテインホスファターゼを標的とした分子標的薬はまだ存在しない。
Tiffin P, Gaut BS. Molecular evolution of the wound-induced serine protease inhibitor wip1 in Zea and related genera. Mol Biol Evol. 2001 Nov;18(11):2092-101. Lu X, Nannenga B, Donehower LA. PPM1D dephosphorylates Chk1 and p53 and abrogates cell cycle checkpoints. Genes Dev. 2005 May 15;19(10):1162-74. Harrison M, Li J, Degenhardt Y, Hoey T, Powers S. Wip1-deficient mice are resistant to common cancer genes. Trends Mol Med. 2004 Aug;10(8):359-61. Yagi H, Chuman Y, Kozakai Y, Imagawa T, Takahashi Y, Yoshimura F, Tanino K, Sakaguchi K. A small molecule inhibitor of p53-inducible protein phosphatase PPM1D. Bioorg Med Chem Lett. 2012 Jan 1;22(1):729-32. Epub 2011 Oct 31. Hayashi R, Tanoue K, Durell SR, Chatterjee DK, Jenkins LM, Appella DH, Appella E. Optimization of a cyclic peptide inhibitor of Ser/Thr phosphatase PPM1D (Wip1). Biochemistry. 2011 May 31;50(21):4537-49. Workman P, Aherne W, Lord CJ, Ashworth A. A chemical inhibitor of PPM1D that selectively kills cells overexpressing PPM1D. Rayter S, Elliott R, Travers J, Rowlands MG, Richardson TB, Boxall K, Jones K, Linardopoulos S, Oncogene. 2008 Feb 14;27(8):1036-44.
以上の背景の下、本発明の課題は、がん治療等の標的となるWip1の阻害剤及びその用途を提供することにある。
本発明者らは、独自の実験系を構築し、PPMタイプのプロテインSer/Thrホスファターゼの活性に影響する低分子化合物の探索を行った。その結果、一連の有機セレン化合物がWip1プロテインホスファターゼの活性を特異的且つ効果的に阻害することを見出した。この成果に基づき、以下の発明が提供される。
[1]以下の化学式で表される化合物を有効成分とする、Wip1プロテインホスファターゼ阻害剤:
Figure 0005958753
但し、式中のXはR'又は-SeR'であり、R及びR'は、それぞれ独立に、官能基を有してもよい炭化水素基、芳香族炭化水素基又は複素環基である。
[2]有効成分が、置換ジアリールジセレニド又はセレニドを配位子とする遷移金属錯体である、[1]に記載のWip1プロテインホスファターゼ阻害剤。
[3]有効成分がフェニルジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド又は[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニドである、[1]に記載のWip1プロテインホスファターゼ阻害剤。
[4][1]〜[3]のいずれか一項に記載のWip1プロテインホスファターゼ阻害剤を含有する、がん治療薬。
[5]がんが、乳癌、卵巣明細胞腺癌、神経芽腫、髄芽腫、胃癌又は膵臓癌である、[4]に記載のがん治療薬。
[6]フェニルジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド及び[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニドからなる群より選択される、一以上の化合物を、治療上有効量、がん患者に投与するステップを含む、がんの治療法。
化合物17([3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド)のPP2Cアイソフォーム及びPP2Aに対する影響を示すグラフ。横軸は化合物17の濃度、縦軸は各ホスファターゼの酵素活性を示す。 各種有機セレン化合物のWip1に対する影響を示すグラフ。縦軸はWip1の酵素活性を示す。 化合物3(フェニルジセレニド)のPP2Cアイソフォーム及びPP2Aに対する影響を示すグラフ。横軸は化合物3の濃度、縦軸は各ホスファターゼの酵素活性を示す。
本発明の第1の局面はWip1プロテインホスファターゼ阻害剤(以下、「Wip1阻害剤」と呼ぶ)に関する。プロテインホスファターゼはPPMファミリー、PPPファミリー及びFCP/SCPファミリーに大別される。Wip1はPP2Cδとも呼ばれ、PPMファミリーに属する。Wip1はPPMファミリーの他のメンバーと同様にPP2Cドメインを有する。Wip1のN末端側には核移行シグナルペプチド(NLS)が存在する。Wip1のアミノ酸配列は公共のデータベースに登録されている(GenBank、ACCESSION; BC051966、PROTEIN ID; AAB61637.1、DEFINITION; Mus musculus protein phosphatase 1D magnesium-dependent, delta isoform protein)。
本発明のWip1阻害剤は、以下の化学式で表される化合物を有効成分とする。
Figure 0005958753
但し、式中のXはR'又は-SeR'であり、R及びR'は、それぞれ独立に、官能基を有してもよい炭化水素基、芳香族炭化水素基又は複素環基である。
本発明の一態様では、有効成分が置換ジアリールジセレニドである。置換ジアリールジセレニドは例えば以下のいずれかの化学式で表される。
Figure 0005958753
但し、式中のR1〜R10は、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、ハロゲン原子、又は官能基を有してもよい炭化水素基、芳香族炭化水素基若しくは複素環基である。
Figure 0005958753
但し、式中のR1〜R10は、それぞれ独立に、水素原子、水酸基、ハロゲン原子、又は官能基を有してもよい炭化水素基、芳香族炭化水素基若しくは複素環基である。
本発明の他の一態様では、セレニドを配位子とする遷移金属錯体が有効成分となる。セレニドを配位子とする遷移金属錯体は例えば以下の化学式で表される。
Figure 0005958753
但し、式中のMは遷移金属(Fe、Co、Ni、Cu、Rh、Pd、Ptなど)を表し、Lは配位子を表す。配位子は単座配位子でであっても多座配位子(例えば二座配位子、六座配位子)であってもよい。単座配位子の例はハロゲン化物イオン、シアン化物イオン、アンモニア、ピリジンである。多座配位子の例はエチレンジアミン、エチレンジアミンテトラ酢酸イオンである。
本明細書において炭化水素基は環式又は非環式脂肪族炭化水素基であってもよい。炭化水素基は例えばアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基等である。一方、芳香族炭化水素基及び複素環基は単環であっても、或いは多環であってもよい。芳香族炭化水素基の例はフェニル基、ナフチル基、アントラニル基である。アルキル、シクロアルキル、アルケニル、フェニル等の炭化水素基を結合した構造であってもよい。複素環基の例はピリジル基、ピリミジニル基、スルホニル基、オキサゾリル基、オキサジアゾリル基、チエニル基、チアゾリル基、チアジアゾリル基、カルバゾリル基、アクリジニル基、フェナントロリル基である。官能基も特に限定されない。官能基の例はヒドロキシ基、アルデヒド基、カルボニル基、カルボキシル基、アミノ基、ニトロ基、スルホ基である。
本発明のWip1阻害剤の有効成分の具体例を以下に示す。本発明の一態様では、以下の5種類の化合物の一以上を有効成分とする。
Figure 0005958753
フェニルジセレニド
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド
Figure 0005958753
[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド
本発明のWip1阻害剤の有効成分として、上掲の各種化合物の薬理学的に許容される塩を用いても良い。「薬理学的に許容される塩」は、広義に解釈されるべきであり、酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、有機アミン付加塩、アミノ酸付加塩等、各種の塩を含む用語である。酸付加塩の例としてはトリフルオロ酢酸塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、臭化水素酸塩などの無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、安息香酸塩、リンゴ酸塩、シュウ酸塩、メタンスルホン酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩が挙げられる。金属塩の例としてはナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩などのアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、亜鉛塩が挙げられる。アンモニウム塩の例としてはアンモニウム、テトラメチルアンモニウムなどの塩が挙げられる。有機アミン付加塩の例としてはモルホリン付加塩、ピペリジン付加塩が挙げられる。アミノ酸付加塩の例としてはグリシン付加塩、フェニルアラニン付加塩、リジン付加塩、アスパラギン酸付加塩、グルタミン酸付加塩が挙げられる。
過去の報告によれば、乳癌(腺癌)、卵巣明細胞腺癌、神経芽腫、髄芽腫、胃癌、膵臓癌(腺癌)などの悪性腫瘍において、Wip1遺伝子の増幅や過剰発現が認められている。また、Wip1がp53、ARF及びp16INK4Aなどのがん抑制遺伝子の働きを阻害すること、Wip1がDNA損傷応答システムや細胞周期チェックポイントの働きを抑制すること、Wip1が乳腺腫瘍の発がん感受性モデルで腫瘍形成を促進すること、及びWip1遺伝子の増幅や過剰発現を認める場合は予後不良を伴うことが多いこと、が知られている。更には、Wip1欠損の初代胎生繊維芽細胞は癌遺伝子による癌化に対して抵抗性を示すこと、Wip1欠損マウスは自然発症性の癌および癌遺伝子誘導型の癌の両方に対して抵抗性を示すことも知られている。これらの報告ないし知見を考慮すれば、Wip1の活性阻害はがんに対する有効な治療戦略となる。特に、Wip1に特異性の高い阻害剤には高い治療効果に加え、副作用が少ないことを期待できる。そこで、本発明の第2の局面は、Wip1の活性を特異的且つ効果的に阻害できる本発明のWip1阻害剤の用途として、がん治療薬を提供する。
本発明において用語「がん」は「悪性腫瘍」と互換的に使用される。また、病理学的に診断が確定される前の段階、すなわち腫瘍としての良性、悪性のどちらかが確定される前には、良性腫瘍、良性悪性境界病変、悪性腫瘍を総括的に含む場合もあり得る。がんはその発生の母体となった臓器の名、もしくは発生母組織の名で呼ばれ、主なものを列記すると、舌癌、歯肉癌、咽頭癌、上顎癌、喉頭癌、唾液腺癌、食道癌、胃癌、小腸癌、大腸癌、直腸癌、肝臓癌、胆道癌、胆嚢癌、膵臓癌、肺癌、乳癌、甲状腺癌、副腎癌、脳下垂体腫瘍、松果体腫瘍、子宮癌、卵巣癌、膣癌、膀胱癌、腎臓癌、前立腺癌、尿道癌、網膜芽細胞腫、結膜癌、神経芽腫、神経膠腫、神経膠芽細胞腫、皮膚癌、髄芽種、白血病、悪性リンパ腫、睾丸腫瘍、骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、血管肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫などである。そして、さらに発生臓器の部位の特徴によって、上・中・下咽頭癌、上部・中部・下部食道癌、胃噴門癌、胃幽門癌、子宮頚癌、子宮体癌などと細分類されているが、これらが限定的ではなく本発明の「がん」としての記載に含まれる。
様々ながんを、本発明の治療薬の標的とすることができる。好ましい標的は、Wip1遺伝子の増幅や過剰発現など(換言すれば、Wip1の活性化)を伴うことが判明しているがん、例えば、乳癌(腺癌)、卵巣明細胞腺癌、神経芽腫、髄芽腫、胃癌、膵臓癌(腺癌)である。
ここで、「治療薬」とは標的の疾病ないし病態に対する治療的又は予防的効果を示す医薬のことをいう。治療的効果には症状を緩和すること(軽症化)、症状の悪化を阻止ないし遅延すること等が含まれる。症状の悪化を阻止ないし遅延については、重症化を予防するという点において予防的効果の一つと捉えることができる。このように、治療的効果と予防的効果は一部において重複する概念であることから、明確に区別して捉えることは困難であり、またそうすることの実益は少ない。
本発明の治療薬の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
製剤化する場合の剤形も特に限定されない。剤形の例は錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤である。本発明の治療薬には、期待される治療効果(又は予防効果)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。本発明の治療薬中の有効成分量は一般に剤形によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
本発明の治療薬はその剤形に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、皮内、筋肉内、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって治療対象に適用される。これらの投与経路は互いに排他的なものではなく、任意に選択される二つ以上を併用することもできる(例えば、経口投与と同時に又は所定時間経過後に静脈注射等を行う等)。全身投与によらず、局所投与することにしてもよい。局所投与として、目的の組織への直接注入又は塗布を例示することができる。ここでの「治療対象」は特に限定されず、ヒト及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好ましい一態様では本発明の治療薬はヒト(患者)に対して適用される。
本発明の治療薬の投与量及び投与スケジュールは、期待される治療効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に治療対象の症状、年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。
以上の記述から明らかな通り本出願は、がん(例えば乳癌(腺癌)、卵巣明細胞腺癌、神経芽腫、髄芽腫、胃癌、膵臓がん(腺癌))を罹患する患者に対して本発明の治療薬を治療上有効量投与することを特徴とする治療法も提供する。
本発明の治療薬による治療と並行して、既存の治療法を適用することにしてもよい。既存の治療法として化学療法、ホルモン療法、放射線治療、外科的治療(手術)を挙げることができる。二以上の既存の治療法を組み合わせて適用することにしてもよい。本発明の治療薬の作用メカニズム(即ち、Wip1の活性阻害による薬効の発揮)と異なる作用メカニズムの医薬を併用すれば、複合的治療効果を期待できる。従って、作用メカニズムの異なる医薬(例えば、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン等のプラチナ製剤、サイクロフォスファミド、フルオロウラシル(5-FU)、エトポシド、ドキソルビシン、ブレオマイシン、マイトマイシン等の抗がん剤)の併用投与は、本発明の治療薬による治療成績の向上を図るための手段の一つとして特に好ましい。
1.有機セレン化合物の合成
3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン1については過去に合成方法が報告されている(U. Ashauer, C. Wolff, R. Haller, Arch. Pharm. (Wienheim) 1986, 319, 43-52.)。フェニルジセレニド3およびジフェニルジスルフィド12は市販品をそのまま利用した。
Figure 0005958753
(1)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6の合成(O. Niyomura, Y. Yamaguchi, S. Tamura, M. Minoura, Y. Okamoto, Chem. Lett. 2011, 40 (5), 449-451.)
Figure 0005958753
2-(アミノメチル)ピリジン(0.202g, 1.86mmol)を50mLナスフラスコに入れた後、水10mLに溶かした二酸化セレン(0.621g, 5.59mmol)を加え、3時間加熱還流した。還流後、クロロホルム50mLで抽出し、水洗した(20mL×2)。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、濃縮することで茶褐色の固体を得た。得られた固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム)で精製することによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6を赤色固体(95.7mg, 収率36%)として得た。クロロホルムから再結晶することにより赤色結晶を得た。
(2)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド ニッケル(II)ナイトレイト10の合成(饒村 修、山口佳美、岡本義久 第37回複素環化学討論会 2007, 10, 18. [2P-63]他)
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.051g(0.092mmol)を50mLナスフラスコにとりクロロホルム10mLに溶解した。ここに硝酸ニッケル六水和物0.027g(0.092mmol)のメタノール(1mL)溶液をゆっくり滴下し、室温で1時間撹拌した。反応後、吸引濾過を行うことによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド ニッケル(II)ナイトレイト10を橙色固体(0.049g, 収率76%)として得た。メタノールから再結晶することにより橙色結晶を得た。
(3)ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド ニッケル(II)クロライド11の合成(饒村 修、山口佳美、岡本義久 第37回複素環化学討論会 2007, 10, 18. [2P-63]他)
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.0523g(0.096mmol)を50mLナスフラスコにとりクロロホルム10mLに溶解した。ここに塩化ニッケル六水和物0.0225g(0.095mmol)のメタノール(1mL)溶液をゆっくり滴下し、室温で1時間撹拌した。反応後、吸引濾過を行うことによりビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド ニッケル(II)クロライド11を黄色固体(0.047g, 収率72%)として得た。
(4)[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17の合成(新規化合物)
Figure 0005958753
ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド6 0.208g(0.381mmol)とフェニルジセレニド3 0.122g(0.392mmol)を50mLナスフラスコにとり、アルゴン置換した。ここにエタノール10mLを加え懸濁させた後、水素化ホウ素ナトリウムを過剰量加え、アルゴン雰囲気下室温で40分間撹拌した。その後開放系にして空気雰囲気下、一晩放置すると固体が析出した。吸引ろ過により得た固体をクロロホルム(20mL)に溶解した後、水洗、乾燥(硫酸ナトリウム)および濃縮することによって赤色固体を得た。薄層クロマトグラフィーで確認すると、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] ジセレニド6、フェニルジセレニド3および[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17の生成が確認された。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム)で精製することにより[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル] フェニル ジセレニド17を赤色固体(3.5mg)として得た。
2.Wip1阻害物質の探索
<方法>
(A)酵素の精製
(1)マウスWip1ホスファターゼcDNAは、RT-PCRによりマウス単球由来RAW264細胞からクローニングを行い、塩基配列を解析してGenBankの登録配列と一致することを確認した。このcDNAを鋳型として再度、PCRを行い、1から1260塩基までを増幅した。次にこれをpColdII(TAKARA)に組込んで、C末端の178アミノ酸を欠損した、420アミノ酸から成るWip1の発現ベクターを構築した。この発現ベクターによって、N末端にHis-tagを融合した、C末端欠損型のWip1を大腸菌で発現誘導することができる。
(2)Wip1発現ベクターを大腸菌(BL21)に導入し、IPTGを加えて発現を誘導し、24時間培養後、集菌した。Ni Sepharose結合溶液(50mM Tris-HCl, 500mM NaCl, 20mMイミダゾール, pH7.5)を加え、大腸菌の超音波破砕を行った後、Triton X-100溶液を1%になるよう加えて、遠心分離を行った。得られた上清にNi Sepharose 6 Fast Flow(GE Healthcare)の50%懸濁液を加えて4℃で1時間、緩やかに撹拌した。撹拌後、遠心分離を行って、Ni Sepharose 6 Fast Flowから上清を除去し、Ni Sepharose結合溶液を加えて懸濁することによってNi Sepharose 6 Fast Flowを洗浄した。最期にNi Sepharose 6 溶出溶液(50mM Tris-HCl, 500mM NaCl, 300mMイミダゾール, pH7.5)を加えて、4℃で1時間、緩やかに撹拌した。これを遠心分離して上清を回収し、Wip1ホスファターゼ溶液とした。
(3)マウスPP2Cα、PP2CβおよびPP2Cεは、GST融合タンパク質として大腸菌で発現し、Glutathione Sepharose 4Bを用いて、同様に精製した。
(B)マラカイトグリーンアッセイ
(1)15mlチューブに1ウェルあたり50mM Tris-HCl pH7.5 10μl、1M MgCl2 2μl、4.0μg/μl α-カゼインを10μl混合し、22μl/ウェルの基質溶液をタッピング、スピンダウンして調製した。4.5μg/μlのα‐カゼインの場合は、α‐カゼインが9μl、50mM Tris-HCl pH7.5 10μl、1M MgCl2 2μlとして基質溶液21μl/ウェル、5.0μg/μlのα‐カゼインの場合はα‐カゼインが8μl、50mM Tris-HCl pH7.5が10μl、1M MgCl2が2μlとして基質溶液20μl/ウェルで調製した。基質溶液は最終濃度100mM Tris-HCl pH7.5、20mM MgCl2、40μg/100μl α-カゼインとなるように調製した。
(2)96穴プレートに滅菌水72.7μl、基質溶液22μl、化合物を1μl、酵素溶媒および酵素溶液4.3μl(0.03U)の順に全量100μl/ウェルになるように96穴プレートに分注して混合した。酵素溶媒と酵素溶液を分注するときは、96穴プレートを氷上で冷やしながら混合した。酵素溶液は有機セレン化合物の場合、0.03Uで測定を行った。
(3)このプレートを37℃で1時間インキュベ―トを行った。検量線はインキュベート中に別の96穴プレートに調製した。即ちα‐カゼイン濃度4.0μg/μlの場合、滅菌水54.6,54.1,53.6,52.6,51.6,50.6,49.6,48.6,47.6,46.6,45.6,44.6μlをそれぞれ各ウェルに加え、ここに基質溶液を1ウェルあたり15.4μl、1mM K3PO4を各ウェルに0,0.5,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10μl加え、全量70μlとなるように調製した。
(4)Malachite Green Dye Solutionを200μl/ウェルとTween20(SIGMA P-7949)を0.02μl/ウェルの割合であらかじめ混合して、ガラスビーカーに染色液を調製した。
(5)酵素反応を行っているものとは別の96穴プレートに、染色液を200μl/ウェルずつ、酵素反応のウェルと同じ数のウェルに氷上で分注した。
(6)1時間のインキュベート後、反応液の上清を70μl取り、染色液が分注されている96穴プレートにピペッティングして加え、染色した。
(7)検量線を調製したウェルにも染色液を200μl/ウェルずつ分注して染色した。
(8)室温で15分間静置し、発色反応を行った。
(9)分光光度計(Viento MGX200DN)を使用して、吸光度650nmでの吸光度を測定し、測定した吸光度から真のOD値(酵素を加えた時のOD値から酵素を加えていない時のOD値を引いた数値)を算出した。酵素活性は真のOD値を0μM(試験化合物を加えず、溶媒のDMSOのみ)の時の平均のOD値で割り、100を乗じることで、0μMのときを100%として酵素の活性を比較した。
(2)結果
有機セレン化合物は、特異な反応性を示すことから、様々な有機合成に用いられている。また、生体における微量必須元素でもあるため、医薬品開発において注目されている。そこで、新規合成したものを含め、20種類の有機セレン化合物について、PPCTに対する影響(阻害又は活性化)を検討した。有機セレン化合物はすべてDMSOに溶解し、10mMに調製した。低濃度で阻害又は活性化する化合物を発見するために、最終濃度が100μMとなるように1μlずつ加えて有機セレン化合物のPP2Cαに対する影響を測定した。一次スクリーニングで阻害効果を認めた化合物について、濃度と活性との関係を調べたところ、7種類の化合物にPP2Cαを阻害する効果が見られた。PP2Cαに対して高い阻害効果のあった化合物17([3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド)の有機セレン化合物のPP2CファミリーおよびPPPファミリーであるPP2Aに対する影響を調べた結果、PP2CβおよびWip1、PP2Aに対して阻害効果を示した。PP2Cαに対してIC50は8.56μM、PP2Cβに対してのIC50は40.29μM、Wip1に対してのIC50は0.21μM、PP2Aに対してのIC50は23.4μMであった(図1)。PP2Cεに対しては効果が見られなかった。このように、化合物17はPP2CαよりもWip1に対して低濃度で高い阻害効果があることが判明した。この結果を踏まえると、有機セレン化合物はWip1に対して高い阻害効果を発揮するのではないかと期待された。そこで、各種有機セレン化合物のWip1の活性に対する影響を測定した。その結果、有機セレン化合物3(フェニルジセレニド)、有機セレン化合物6(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド)、有機セレン化合物10(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト)、有機セレン化合物11(ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド)、有機セレン化合物17([3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニド)がWip1に対して高い阻害効果を示した(図2)。IC50を算出すると、化合物1は61.74μM、化合物3は0.19μM、化合物6は2.52μM、化合物11は8.1μM、化合物17は0.21μMとなった。この中で、化合物17よりも低濃度でWip1に対する阻害効果を示した化合物3について、Wip1とは別のPP2Cアイソフォームに対する効果と、PPPファミリーであるPP2Aに対する影響を調べた。その結果、PP2Cα、PP2Cβ、PP2Aに対して阻害効果を示し、PP2Cεに対しては阻害効果を示さなかった。IC50を算出した結果、PP2Cαに関しては20.9μM、PP2Cβに関しては6.9μM、Wip1に関しては0.19μM、PP2Aに関しては11.84μMとなった(図3)。
Wip1に対して阻害活性を示した有機セレン化合物3、6、10、11、17には、抗ガン剤への利用や、Wip1の機能解析への利用が期待できる。低濃度で高い阻害活性を示した化合物3および17は特に有用と考えられる。これら二つの化合物の阻害定数Ki値を調べた結果、化合物3は0.71μM、化合物17は0.75μMとなった。
以上の通り、化合物3、17は、同じPPMファミリーに属する異なるホスファターゼであるPP2Cαに対する阻害活性の場合と比較して、格段に低い濃度でWip1に対して阻害活性を示した。即ちWip1に対する特異性が極めて高いことが明らかとなった。また、Wip1阻害化合物として、環状ペプチドや数種類の低分子有機化合物などが報告されているが、化合物3及び17は、過去に報告された化合物の最も阻害効果が高いものと同等のKi値やIC50値を持ち、優るとも劣らないWip1に対する阻害効果を示した。尚、化学修飾などを施すことにより、阻害活性や特異性の更なる向上を期待できる。
本発明のWip1阻害剤は特異的且つ効果的にWip1を阻害し得る。本発明のWip1阻害剤には、例えば、癌治療への適用が期待される。また、研究用途(例えばWip1の機能解析)への利用も期待できる。
癌治療のために分子標的薬が用いられるようになったのは1990年代末からであり、認可されている薬は約20種類と限られている。そのため卵巣癌や膵臓癌などでは治療効果は期待されていない。Wip1の発現が卵巣腺癌や膵臓腺癌で上昇していることから、Wip1阻害化合物は、これまでの分子標的約が効果を持たない癌に対しても、効果を発揮する可能性がある。
Wip1阻害活性を認める環状ペプチドやCCT071835およびCCT010971は細胞膜の透過性が低く、分子標的薬としての実用化には適さないことが報告されているが、本発明の有効成分である有機セレン化合物は脂溶性があり、膜透過性も期待できる。また、Wip1の遺伝子欠損マウスは免疫機能と精子形成に多少の欠陥を持つ他は、ほとんど問題無く生存するとの報告を踏まえると、本発明のWip1阻害剤は副作用の極めて少ない治療薬となる可能性が高い。
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。

Claims (3)

  1. フェニルジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニド、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)ナイトレイト、ビス[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]ジセレニドニッケル(II)クロライド又は[3-(2-ピリジル)イミダゾ[1,5-a]ピリジン-1-イル]フェニルジセレニドを有効成分とする、Wip1プロテインホスファターゼ阻害剤。
  2. 請求項1に記載のWip1プロテインホスファターゼ阻害剤を含有する、がん治療薬。
  3. がんが、乳癌、卵巣明細胞腺癌、神経芽腫、髄芽腫、胃癌又は膵臓癌である、請求項に記載のがん治療薬。
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