図6は移動式クレーン(ラフテレーンクレーン)を概略的に示している。
移動式クレーンは,走行車11,走行車11の上部に旋回可能に取り付けられた上部旋回体12,2つのウインチ23,24,上部旋回体12に起伏可能に取り付けられたテレスコピック・ブーム13,14,15を備えている。2つのウインチ23,24のうちの一方のウインチ23に主巻用ワイヤロープ(以下,主巻ロープという)21が,他方のウインチ24に補巻用ワイヤロープ(以下,補巻ロープという)22がそれぞれ巻き回されている。主巻ロープ21は,2段目のブーム14の先端に取り付けられたシーブ31と,フック26を備えるシーブ・ブロック25との間で2〜10回程度巻き回されて用いられる(多本吊りまたは複数本掛け)。他方,補巻ロープ22は3段目(最上段)のブーム15の先端に取り付けられたシーブ32に掛けられ,その先端にスイベル27を介して補巻用フック28が固定されている(1本吊り)。補巻ロープ22とフック28の間のスイベル27は,補巻ロープ22の自転がフック28に掛けられた吊り荷にそのまま伝わらないようにするために回転可能に設けられている。主巻ロープ21は荷重の大きい荷を吊るために,補巻ロープ22は荷重の小さい荷を吊るために,それぞれ用いられる。
主巻,補巻ロープ21,22は,いずれも張力が加わるとロープの撚りを解消する方向に回転トルクが生じ,自転(回転)しやすい。ここで多本吊りでは,上述のようにシーブ31とシーブ・ブロック25との間に主巻ロープ21が複数回にわたって掛け渡されるので,主巻ロープ21自体が自転することはない。しかしながら主巻ロープ21に大きな回転トルクが生じると,シーブ・ブロック25ごと回転して主巻ロープ21同士が互いに絡みついてしまうことがある。他方,1本吊りの場合は補巻ロープ22自体が自転し吊り荷が回転してしまうことがある。
ワイヤロープの自転を少なくするために,心ストランド(心ストランドを構成する素線)の撚り方向と,心ストランドに撚り合わされた側ストランドの撚り方向を逆方向にしたものが提案されている(特許文献1)。ワイヤロープに張力が作用したときに心ストランドに発生する回転トルクの向きと側ストランドに発生する回転トルクの向きが逆向きとなって互いに相殺されるので,ワイヤロープは自転しにくくなる。
心ストランドの撚り方向と側ストランドの撚り方向を逆向きにすることでワイヤロープは自転しにくくなるが,それだけでワイヤロープが全く自転しないままに使用され続けることは現実的に難しい。心ストランドと側ストランドとが逆向きに撚り合わせられていると,ワイヤロープが自転したときに,心ストランドと側ストランドのうちの一方では捩りが強められ,他方では捩りが弱められることになる。捩りが強められるとロープ長さが縮まり,捩りが弱められるとロープ長さが長くなるので,心ストランドと側ストランドの長さのバランスが崩れてしまい,これはワイヤロープの形崩れの要因になる。特許文献1に記載のワイヤロープは,ロープ自体が自転しない主巻ロープ21として用いるのには適するが,ロープ自体が自転する補巻ロープ22として用いるのにはやや適性が欠ける。このため,補巻ロープ22には心ストランドの撚り方向と側ストランドの撚り方向を同一にしたロープ,独立した心ロープを備え,その周囲に複数本の側ストランドを撚り合わせたロープ,心ストランドや心ロープを持たず3本から4本のストランドを撚り合わせたロープなど,主巻ロープ21と構造の異なるロープが用いられている。
側ストランドを複数層に,たとえば半径方向に2層に撚り合わせたいわゆるマルチストランドロープは,1層目の側ストランドと2層目の側ストランドを逆向きに撚り合わせることで回転しにくいものになる。このマルチストランドロープであれば,主巻ロープにも,補巻ロープにも共用することができる。しかしながら,マルチストランドロープはその構造が複雑で,重量も大きく,高価である。
この発明は,主巻ロープとしても,補巻ロープとしても用いることができる,シンプルな構造を持つクレーン用ワイヤロープを提供することを目的とする。
この発明は,自転しにくいクレーン用ワイヤロープを提供することを目的とする。
この発明によるクレーン用ワイヤロープは,繊維心の周囲に複数本の素線が撚り合わされた心ストランドと,上記心ストランドの周囲に撚り合わされた複数本の側ストランドとを備え,繊維心の周囲に撚り合わされた上記心ストランドを構成する複数本の素線の撚り方向と,心ストランドの周囲に撚り合わされた上記複数本の側ストランドの撚り方向とが逆向きであり,上記複数本の側ストランドの撚り方向と,上記側ストランドを構成する複数本の素線の撚り方向とが逆向きであり,側ストランドの撚りピッチをL1,ワイヤロープの直径をD1としたときのL1/D1の値が,上記側ストランドを構成する素線の撚りピッチをL3,側ストランドの直径をD3としたときのL3/D3の値よりも大きく,上記心ストランドの直径D2を側ストランドの直径D3で除算した外径比率が1.80から2.60までの範囲であり,上記L1/D1の値が6.50〜9.00までの範囲であることを特徴とする。
この発明によるクレーン用ワイヤロープは,繊維心の周囲に複数本の素線が撚り合わされた心ストランドと,上記心ストランドの周囲に撚り合わされた複数本の側ストランドとを備え,断面で見ると,心ストランドを中心にしてその周囲に一層の側ストランドが設けられているタイプのものである。心ストランドを備えているので,この発明によるクレーン用ワイヤロープはその破断荷重が大きく,側圧による形崩れに強い。
この発明によるクレーン用ワイヤロープは従来のワイヤロープに比べて非常に自転しにくい構造を持つ。自転しにくいものとするために,以下の構造を有している。
(A)心ストランドを構成する複数本の素線の撚り方向と,複数本の側ストランドの撚り方向とが逆向きである。ワイヤロープに張力が加えられたときに,内部の心ストランドに発生する回転トルクと外側の複数本の側ストランドに発生する回転トルクとが相殺されるので,ワイヤロープは自転しにくいものになる。
(B)複数本の側ストランドの撚り方向と,側ストランドを構成する複数本の素線の撚り方向とが逆向きである。個々の側ストランドに発生する回転トルクを小さくすることに着目した構造であり,側ストランドに張力が加えられたときに側ストランドに発生する回転トルクを小さくすることができ,結果的にワイヤロープ全体に生じる回転トルクを軽減することができる。
(C)側ストランドの撚りピッチをL1,ワイヤロープの直径をD1としたときのL1/D1の値が,上記側ストランドを構成する素線の撚りピッチをL3,側ストランドの直径をD3としたときのL3/D3の値よりも大きい。これも個々の側ストランドに発生する回転トルクを小さくすることに着目した構造であり,側ストランドを緩く,側ストランドを構成する素線をきつく,それぞれ撚り合わせる(すなわち,L1/D1>L3/D3)ことで,側ストランドのそれぞれに発生する回転トルクを小さくすることができ,結果的にワイヤロープ全体に発生する回転トルクを軽減することができる。
(D)心ストランドの直径D2を側ストランドの直径D3で除算した外径比率が1.80から2.60までの範囲である。心ストランドの直径D2を比較的大きくする(ワイヤロープ全体の断面積のうち心ストランドが占める断面積の割合を大きくする)ことで,側ストランドに作用する回転トルクが相対的に小さくなり,かつ心ストランドに作用する回転トルクが相対的に大きくなるので,心ストランドを構成する素線の撚り方向と側ストランドの撚り方向とを逆方向にすることによる回転トルクの相殺効果(上記(A))を高めることができる。なお,外径比率をあまりに大きくしすぎると,心ストランドの疲労特性が悪化し,この心ストランドの疲労(損傷など)は外観検査で見つけにくいので,外径比率の上限を2.60としている。
心ストランドの周囲に側ストランドを強く撚り合わせすぎる,すなわちL1/D1の値を小さくしすぎると,ワイヤロープに生じる側ストランド3に起因する回転トルクが大きくなる。逆に緩く撚り合わせすぎると,すなわちL1/D1の値を大きくしすぎると,ワイヤロープがシーブに掛けられたりウインチに巻き回されたりして曲げられたときに,側ストランドの一部につぶれや浮きといった外形形状の崩れが発生しやすくなる。ワイヤロープ全体の自転力を低く抑えるためにはL1/D1の値に下限を設けなければならない。形状の崩れを防ぐためにはL1/D1の値に上限を設けなければならない。上述した(A)〜(D)の構造を兼ね備えることでワイヤロープをかなり自転しにくいものとすることができ,かつL1/D1の値を6.50〜9.00までの範囲とすることで,ワイヤロープがシーブに掛けられたりウインチに巻き回されたりして曲げられたときの形状の崩れを防止することができる。
後述する評価試験によると,この発明によるワイヤロープは,4回転/1000d未満の自転特性を発揮し,これはかなり自転しにくい。かなり自転しにくいので,心ストランドを構成する複数本の素線の撚り方向と,心ストランドの外側に撚り合わされる複数本の側ストランドの撚り方向とが逆向きであっても形崩れが顕著に表れてしまうことがなく,クレーンの主巻ロープおよび補巻ロープの両方に兼用可能である。
好ましい実施態様では,上記側ストランドを構成する素線の本数が13本から36本までの範囲とされる。耐疲労特性および耐摩耗特性の両方を悪化させないワイヤロープとすることができる。
図1はクレーン用ワイヤロープの横断面図である。図2(A)はワイヤロープの外観を,図2(B)はワイヤロープを構成する側ストランドの外観を,それぞれ示している。図2(A)には,ワイヤロープから側ストランドを除いた状態(後述する心ストランド),ならびにワイヤロープから側ストランドおよび心ストランドを構成する素線を除いた状態(後述する繊維心)も示されている。図1の断面図においてハッチングの図示は省略されている。また,分かりやすくするために,図1,図2(A),(B)に示すワイヤロープないし側ストランドはかなり拡大して示されている。また,図1と,図2(A),(B)との間の拡大率も異なる。
ワイヤロープ1は,その中心に配置された心ストランド2と,心ストランド2の外周面上に撚り合わされた8本の側ストランド3から構成されている。心ストランド2を備えることで,ワイヤロープ1はその破断荷重が大きくなり,側圧による形崩れに強いものになる。
心ストランド2は,繊維心5の外周面に複数本の素線(鋼線)6をらせん状に撚り合わせることで構成されている。この実施例の心ストランド2は,繊維心5の外周面上に直径の異なる断面円形の合計48本の素線6を3層にわたってセミシール形(SeS)で撚り合わせたものである。ワイヤロープ1はストランド2を心に持つので,いわゆるIWSC(Independent Wire Strand Core)ロープと呼ばれる。
繊維心5は多数本の天然繊維(綿,麻など)のフィラメントまたは合成繊維のフィラメントを束ねかつ撚り合わせることで形成され,ほぼ円形の横断面を持つ。繊維心5の直径は,束ねられる天然繊維フィラメント,合成繊維フィラメントの本数に依存し,求められる心ストランド2の直径D2に応じて適宜調整される。天然繊維のみまたは合成繊維のみによって繊維心5を構成してもよいし,天然繊維と合成繊維を混ぜたものを繊維心5としてもよい。繊維心5には油分が含有され,繊維心5からにじみ出る油分がその外周面に撚り合わされた素線6および側ストランド3に適宜供給される。
心ストランド2の周囲に8本の側ストランド3がらせん状に撚り合わされている。側ストランド3のそれぞれはいわゆるウォーリントン・シール(WS)形を有しており,直径が異なる断面円形の素線8を合計26本撚り合わせて構成されている。8本の側ストランド3を隙間なく心ストランド2の外周面上に撚り合わせることで,たとえば16mmの直径を持つワイヤロープ1が形成される。ワイヤロープ1は,繊維心5の周囲に48本の素線6をセミシール形で撚り合わせた心ストランド2が中心に設けられ,その周囲に撚り合わされる8本の側ストランド3のそれぞれが,26本の素線8をウォーリントン・シール形で撚り合わせることで構成されているので,SeS(48)+8×WS(26) のように記載することができる。IWSC 8×WS(26)のように表現することもできる。
図1を参照して,心ストランド2の直径D2は側ストランド3の直径D3よりも大きく,心ストランド2の直径D2を側ストランド3の直径D3で除算した値D2/D3(以下,外径比率という)は約1.80である。外径比率D2/D3が1.80となるように心ストランド2の直径D2および側ストランド3の直径D3を調整することで,心ストランド2の外側周囲に8本の側ストランド3を隙間なく撚り合わせることができる。ワイヤロープ1の直径が16mmであれば,心ストランド2の直径D2は約7.58mm,側ストランド3の直径D3は約4.21mmである。図1に示すワイヤロープ1はかなり拡大して示されていることが理解されよう。
図2(A)を参照して,8本の側ストランド3は心ストランド2の外側周囲にZ撚りで撚り合わされている。他方,心ストランド2を構成する素線6は,繊維心5の外側周囲にS撚りで撚り合わされている。
ワイヤロープ1を用いて荷を吊り上げることでワイヤロープ1に張力が加わると,側ストランド3および心ストランド2のそれぞれに撚りを解消する方向のトルク(回転トルク)が発生する。側ストランド3の撚り方向と心ストランド2を構成する素線6の撚り方向とが逆方向であるから,ワイヤロープ1に張力が加えられたときに,側ストランド3に発生する回転トルクの向きと心ストランド2に発生する回転トルクの向きとが逆方向となり,ワイヤロープ1全体に生じる回転トルクを軽減することができる。
ここでワイヤロープ1を構成する心ストランド2の断面積と側ストランド3全体の断面積とでは,側ストランド3全体の断面積の方が大きく(図1参照),このためワイヤロープ1に張力が加えられたときに発生する回転トルクは,心ストランド2に発生する回転トルクよりも側ストランド3全体に発生する回転トルクの方が大きい。従来のクレーン用ワイヤロープの外径比率は1.04〜1.18程度であり,1.80の外径比率を持つワイヤロープ1は従来のクレーン用ワイヤロープに比べると心ストランド2の断面積の割合が大きい。このため,ワイヤロープ1は,従来のクレーン用ワイヤロープに比べて側ストランド3に作用する回転トルクが小さく,かつ心ストランド2に作用する回転トルクが大きく,このため側ストランド3の撚り方向と心ストランド2を構成する素線6の撚り方向とを逆方向にすることによる回転トルクの相殺効果が高められている。
図2(A),(B)を参照して,側ストランド3に発生する回転トルクをさらに軽減するために,心ストランド2の外側周囲に撚り合わされている側ストランド3は緩く,他方,側ストランド3を構成する素線8はきつく,それぞれ撚り合わされている。
心ストランド2の外側周囲に撚られている側ストランド3の撚りの強さ(ワイヤロープ1の撚りの強さ)は,側ストランド3の撚りピッチをL1,ワイヤロープ1の直径をD1とする場合,L1/D1によって表される(図2(A)参照)。L1/D1の値が大きいほど側ストランド3は心ストランド2の外側周囲に緩く撚り合わされており,L1/D1の値が小さいほど側ストランド3は心ストランド2の外側周囲にきつく撚り合わされていることを意味する。同様にして,側ストランド3を構成する素線8の撚りの強さ(側ストランド3の撚りの強さ)は,素線8の撚りピッチをL3,側ストランド3の直径をD3とする場合にL3/D3によって表される(図2(B)参照)。L3/D3の値が大きいほど素線8は緩く撚り合わされており,L3/D3の値が小さいほど素線8がきつく撚り合わされていることを意味する。L1/D1>L3/D3とする,すなわち心ストランド2の外側周囲に撚り合わされている側ストランド3を緩く,側ストランド3を構成する素線8をきつく,それぞれ撚り合わせることで,側ストランド3に張力が加えられたときに側ストランド3に発生する回転トルクが軽減されるので,結果的にワイヤロープ1全体に発生する回転トルクを軽減することができる。
図2(A)および(B)を参照して,さらに,心ストランド2の外側周囲に撚られている側ストランド3の撚り方向(Z撚り)(図2(A))と側ストランド3を構成する複数の素線8の撚り方向(S撚り)(図2(B))とが逆向きにされている。これにより側ストランド3に張力が加えられたときに側ストランド3に発生する回転トルクを小さくすることができ,結果的にワイヤロープ1全体に生じる回転トルクをさらに軽減することができる。
心ストランド2の外側周囲に側ストランド3を強く撚り合わせすぎる,すなわちL1/D1の値を小さくしすぎると,ワイヤロープ1に生じる側ストランド3に起因する回転トルクが大きくなる。逆に緩く撚り合わせすぎると,すなわちL1/D1の値を大きくしすぎると,ワイヤロープ1がシーブに掛けられたりウインチに巻き回されたりして曲げられたときに,側ストランド3の一部につぶれや浮きといった形状の崩れが発生しやすくなる。8本の側ストランド3を備えるワイヤロープ1の場合,L1/D1は6.50〜8.50程度とするのが好ましい。
上述の構造を備えるワイヤロープ1は,非常に自転しにくい(その評価については後述する)。ここでワイヤロープ1を移動式クレーンの主巻ロープ21および補巻ロープ22として用いる場合(図6参照),主巻ロープ21および補巻ロープ22はいずれもウインチに巻かれたりシーブに掛けられることで繰り返し曲げ伸ばしされて用いられる。主巻ロープ21はさらに2つのシーブに複数回にわたって掛け回されて用いられる。このため,主巻ロープ21および補巻ロープ22は,曲げ伸ばしを繰り返すことによる曲げ疲労(金属疲労)を避けることができない。さらに主巻ロープ21および補巻ロープ22には荷が吊り下げられるので,シーブと強く接触して摩耗が生じることも避けることができない。これらの曲げ疲労および摩耗はワイヤロープ1の寿命に強く影響する。ワイヤロープ1を移動式クレーンの主巻ロープ21,補巻ロープ22に用いる場合,自転のしにくさに加えて,曲げ疲労および摩耗についての耐性を備えることについても,考慮を払わなければならない。
曲げ疲労に対しては,ワイヤロープ1を構成する側ストランド3を構成する素線8として直径の細いものを多数本用いることで軽減することができる。他方,摩耗に対しては側ストランド3を構成する素線8として直径の太いものを小数本用いることで軽減することができる。図3は,横軸を素線本数,縦軸を特性(耐曲げ疲労特性および耐摩耗特性)とした,側ストランドについての,素線本数と,耐曲げ疲労特性および耐摩耗特性との関係を概略的に示したものである。上述したように,移動式クレーンに用いられる主巻ロープ21,補巻ロープ22では曲げ疲労および摩耗の両方を考慮しなければならず,ワイヤロープ1を主巻ロープ21,補巻ロープ22として用いるには,側ストランド3を構成する素線8の本数を適切な値に選択する必要がある。実用上,13本から36本までの本数の素線8を用いる(図3のグラフの破線で囲んで示す範囲を選択する)ことで,曲げ疲労性および摩耗性の両方を悪化させないワイヤロープ1とすることができる。
図4は,評価試験を行った4種類のワイヤロープ(実施例1,実施例2,従来例1および従来例2)の詳細および特性(評価試験結果)をまとめたものである。いずれのワイヤロープもその直径は16mmで統一した。
実施例1は,上述したSeS(48)+8×WS(26) の構造を持つワイヤロープ1(図1,図2(A)参照)である。実施例2は,SeS(48)+8×S(19)の構造を持つワイヤロープであり,8本の側ストランドのそれぞれが19本の素線をシール形で撚り合わせることで構成されている点が,実施例1のワイヤロープ1と異なる。従来例1は, SeS(48)+6×WS(31)の構造を持つワイヤロープである。6本の側ストランドが心ストランドに撚り合わされている点,側ストランドのそれぞれが31本の素線から構成されている点が,実施例1のワイヤロープ1と異なる。従来例1は,移動式クレーンにおいて主に主巻ロープ21として使用されている。従来例2は独立したロープの外側周囲に,31本の素線をウォーリントン・シール形で撚り合わせることで構成される6本のストランドを撚り合わせたもので,IWRC 6×WS(31) の構造を持つ。従来例2のロープは移動式クレーンにおいて補巻ロープとして用いられることがある。IWRCはIndependent Wire Rope Coreの略である。
「外径比率」は,上述したように,心ストランドの直径を側ストランドの直径で除算した値である。
「上層素線径」はワイヤロープの最外層に配置される素線の直径である。評価試験では,実施例1,2,および従来例1,2の4種類のワイヤロープの上層素線径をほぼ同じにしている。これは,ワイヤロープにおいてシーブ等に直接に接触するのが上層素線であり,上層素線の直径が評価すべき特性(特に後述する耐曲げ疲労特性の評価)に与える影響を排除するためである。上層素線の直径が同じであるので,耐摩耗特性(摩耗のしずらさ)については実施例1,実施例2,従来例1および従来例2はほぼ同じになる(記号「○」で示す)。
「規格破断力」は,ワイヤロープの直径とロープ構成とから算出される概算値(規格値)である。「概算単位質量」は1m当たりの重量の概算値,「有効断面積」はワイヤロープを構成する素線全体の断面積である。
「自転特性」はワイヤロープの自転しやすさを表す数値である。図4には規格破断力の20%に相当する張力をワイヤロープに加えたときの自転特性の値が,それぞれ示されている。
図5は,4種類のワイヤロープのそれぞれについての自転特性の試験結果を示している。図5のグラフにおいて横軸は張力(%)(規格破断力に対する割合(%)で張力を表している)を,縦軸は自転特性(回転/1000d)をそれぞれ示す。自転特性の単位(回転/1000d)は,ISO(International Standard Organization )4308−1のスイベル使用基準に関する記載に基づくもので,dはワイヤロープの直径である。ISO4308−1には,ロープの回転特性に基づくスイベルの使用の一般的ガイドラインが記載されており,規格破断力の20%の張力下で,(1)自転特性が1回転/1000d以下であればスイベルを使用することができ,(2)自転特性が4回転/1000d未満であればロープ製造メーカーおよび/または専門家との協議の上でスイベルを使用することができ,(3)自転特性が4回転/1000d以上であればスイベルを用いるべきではないことが記載されている。
図4および図5を参照して,規格破断力の20%の張力下において,従来例1および2のワイヤロープは4回転/1000dを超える自転特性を持つ。上述したISOの基準によると,従来例1および2のワイヤロープはスイベルの使用基準を満たしていず,1本吊りのための補巻ロープ22(図6参照)として用いることには適性に欠けていることが分かる。他方,実施例1および実施例2のワイヤロープは,規格破断力の20%の張力下において,それぞれ「2.20」,「1.90」の自転特性を持つ。実施例1および実施例2のワイヤロープは,ISO基準によればスイベルの使用のもとで使用可能なロープ,すなわち補巻ロープ22としての使用に非常に適するものであることが確認された。
「耐曲げ疲労特性」には,ワイヤロープの曲げ伸ばしを繰り返すことで生じる曲げ疲労の試験結果を示している。曲げ疲労試験は,ワイヤロープ疲労試験機のテストシーブ径Dとロープ径dの比D/dを16,安全係数を6として,ワイヤロープを2つのテストシーブ間で往復させ,可視断線が総素線数の10%に達したときの曲げ回数(サイクル数)で評価した。図4には従来例1を「100」 とする相対値によって,実施例1,2,従来例1,2についての耐曲げ疲労特性を示している。耐曲げ疲労特性の数値が大きいほど,曲げ疲労に強いワイヤロープであることを表す。
従来例2のワイヤロープは,その耐曲げ疲労特性が従来例1よりも劣っており,従来例1のワイヤロープに比べて寿命が短い(交換サイクルを早くすべきものである)ことが確認された。他方,実施例1,2のワイヤロープは,従来例1のワイヤロープよりも寿命が長く,比較的重量の大きな荷を吊るための主巻ロープ21としての使用にも適することが確認された。
「耐摩耗特性」は上述したようにシーブと接触する側ストランドの外層素線の直径に応じて評価した。いずれのワイヤロープも外層素線の直径はほぼ同じであり,いずれも同等の耐摩耗特性を持つ。
評価試験によると,実施例1,2のワイヤロープは,これまで補巻ロープとして用いられていたロープ(従来例2)に比べてかなり優れた自転特性を持つ(すなわち自転しにくい)。従来例2のロープに比べて耐曲げ疲労特性も優れている。さらに,これまで主巻ロープとして用いられていた従来例1のロープに比べても,自転特性および耐曲げ疲労特性のいずれもが優れている。すなわち,実施例1,2のワイヤロープは,自転特性および耐曲げ疲労特性に優れ,移動式クレーンの主巻ロープとしても,補巻ロープとしても,適切に使用可能なワイヤロープである。
上述の例では,心ストランド2の直径D2を側ストランド3の直径D3で除算した外径比率D2/D3が1.80であるワイヤロープ1を説明したが,外径比率を1.80よりも大きくすることも可能である。もっとも,外径比率を上げすぎると心ストランド2の周囲に直径の小さな多数本の側ストランド3が撚り合わされた構造となり,心ストランドの疲労特性が悪化する。心ストランド2の疲労(損傷など)は側ストランド3の疲労に比べて外観検査で見つけにくい。外径比率の上限は2.60程度(10本の側ストランドを備えるワイヤロープ)にするのが現実的である。10本の側ストランドを備えるワイヤロープの場合,上述したL1/D1の値は7.00〜9.00程度とするのが好ましい。