JP5839706B2 - マイクロホール基板の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、脂質膜ベシクルの操作方法、及び前記操作方法により作製した基板支持脂質膜に関する。
現代産業に不可欠な技術であるナノテクノロジーは、年々微細化が進み、今やその加工レベルは10ナノメートルオーダーまで到達している。近年、このナノテクノロジーと、生体の持つ機能を利用したバイオテクノロジーとを融合させた、いわゆるナノバイオテクノロジーの動きが急速に展開しつつあり、基礎研究だけにとどまらず、環境・医療・創薬・診断等、様々な方面への応用が期待されている。特に、今後訪れる高齢化社会へ向けて、在宅であっても迅速かつ簡便に診断・検査のできる超小型のバイオチップの需要は、テーラーメイド医療の実現とも密接に関連して、ますます高まっていくと考えられる。
現在、バイオチップとして最も成功を収め実用化されているものとしてDNAチップが挙げられる。これは、数万〜数十万のDNAの部分配列を基板上に高密度に配列したものである。このDNAチップによれば、既知のDNA部分配列を組み合わせることにより、未知のDNAの遺伝子情報の解析を行うことが可能となる。
上述のように、DNAチップに関しては研究開発が進んでおり、今後の利用拡大が期待されるが、他の生体分子を用いたバイオチップはそれほど多くはない。特に様々な疾患に関与する膜タンパク質を用いたバイオチップについては、微小なバイオチップ化により病因究明や新薬開発等、大きな波及効果が期待されるが、その重要性に反して極めて少ない。従来、タンパク質を半導体基板上に配置する最も簡便な方法として、目的とするタンパク質を基板上に散布する方法があった。しかしながら、この方法はタンパク質分子と基板表面との相互作用の強さに依存し、相互作用が強い場合には生体分子本来の形態から大きく変容してしまい生理活性を失ってしまい、相互作用が弱い場合には基板上に固定されない可能性が示唆された。
これらの問題を改善するために、ビオチン−ストレプトアビジン間の特異的な親和性を利用した方法も広く用いられている。この方法は、まず、末端を修飾したビオチン分子を基板上に固定化し、該ビオチン分子に、ビオチンを特異的に認識するストレプトアビジンを結合させ、該ストレプトアビジンに、ビオチン化されたタンパク質を結合させる方法が用いられる。しかしながら、この方法は、反応効率やタンパク質をビオチン化しなければならいないことから適用範囲は限定的なものとなるだけではなく、原理的に膜タンパク質には適用し難い。
以上のように、膜タンパク質を固体基板上に物理吸着あるいは化学結合を用いて配置する方法においては、生体分子本来の性質が損なわれるという致命的な問題があった。それらの問題を克服するために近年注目されているのが、基板上に支持した脂質膜に膜タンパク質を再構成し、細胞膜と同様の環境を基板上で実現する方法である。この方法を用いたバイオチップ実現のためには、いかに脂質膜をアレイ化し、さらに微細化していくかが重要な課題の一つとなっている。
従来、主に用いられてきた方法として、ベシクル融合法を用いた方法がある。この方法は、微細加工によって予め微小区画を作製しておいた基板上で、脂質膜ベシクルの展開を行う方法である(非特許文献1)。この方法は簡便であり、微細加工により高集積度の脂質膜アレイを得られるが、原理的に同一組成の脂質膜アレイしか得られず、将来的なバイオチップへの応用展開を考えると大きな欠点となりうる。さらに、自発展開法を用いた脂質膜アレイの作製も報告されている(非特許文献2)。この方法は基板上に付着した脂質を水溶液中に浸漬させると、脂質分子の自己組織化によって二分子膜が成長していく、いわゆる脂質膜の自発展開特性を利用したものである。脂質膜は疎水表面上では成長せず、親水表面上だけで成長することから、親水性の領域と疎水性の領域をパターン化した基板を用いている。この方法により、それ以前のサイズリミットを越える、10μm幅の脂質膜ライン間に5μmのスペースを配置したラインアンドスペースパターン(L/Sパターン)を有する脂質膜アレイの作製に成功している。この方法は、脂質膜パッチのサイズが微細加工パターンで規定されるので、従来の方法と比べ大幅な微細化が可能だが、試料部と流路部から成り、試料部は比較的大きな面積を占めるため、高集積化には不向きである。
J. T. Groves, N. Ulman, S. G. Boxer著、Science誌、第275巻、651頁(1997年) K. Furukawa, T. Aiba著、Langmuir誌、第27巻、7341頁(2011年) T. Tanaka, Y. Tamba, S. Md. Masum, Y. Yamashita, M. Yamazaki著、Biochimica et Biophysica Acta誌、第1564巻、173頁(2002年)
上述のように、従来の脂質膜アレイの作製方法においては、微細加工基板とベシクル融合法を組み合わせた方法、微小脂質膜ベシクルを含む液滴を配列する方法、脂質膜の自発展開特性と微細加工パターンとを組み合わせた方法が用いられてきた。しかしながら、これらの方法では、同一組成の脂質膜パッチしか得られない、脂質膜パッチサイズが大きい、高集積化が困難である等の問題があり、将来的なナノバイオデバイスへの応用を考えるとさらなる改良が求められている。
上記事情に鑑み、本発明は、基板上で単一の脂質膜ベシクルを操作する技術、基板上への脂質膜ベシクルの展開を制御する技術、及びその技術によって作製された基板支持脂質膜を提供することを目的とする。
・本発明の請求項1の発明は、マイクロマニピュレータを用いてマイクロキャピラリーの先端を脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を負圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーの先端又は前記マイクロキャピラリーの内部に、前記脂質膜ベシクルを保持し、
マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの位置を制御することにより、前記脂質膜ベシクルを運搬し、
前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーから前記脂質膜ベシクルを放出し、基板表面に設けられたマイクロホールの上に配置した後、
マイクロキャピラリーの内部に前記脂質膜ベシクルの展開を刺激する薬剤を装填し、
マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの先端を前記マイクロホール上に配置された脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記薬剤を放出し、
前記脂質膜ベシクルの局所的な外表面に前記薬剤を接触させる又は前記脂質膜ベシクルの内部に前記薬剤を注入する操作を行い、
前記脂質膜ベシクルを前記基板のマイクロホール上に展開することによって、当該マイクロホールを脂質膜でシールしたマイクロホール基板を得ることを特徴とする、マイクロホール基板の製造方法である。
・本発明の請求項2の発明は、複数の前記マイクロホールが前記基板表面にアレイ状に設けられていることを特徴とする請求項1に記載のマイクロホール基板の製造方法である。
・本発明の請求項3の発明は、前記マイクロホールを前記脂質膜でシールする前に、当該マイクロホール内に予め蛍光プローブを含む溶液を注入しておき、当該溶液を当該マイクロホール内にシールすることを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロホール基板の製造方法である。
・本発明の請求項4の発明は、前記脂質膜ベシクルは、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルであることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載のマイクロホール基板の製造方法である。
本発明に関連する技術として、下記(1)〜(8)が挙げられる。
(1)マイクロマニピュレータを用いてマイクロキャピラリーの先端を脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を負圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーの先端又は前記マイクロキャピラリーの内部に、前記脂質膜ベシクルを保持し、マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの位置を制御することにより、前記脂質膜ベシクルを運搬し、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーから前記脂質膜ベシクルを放出し、前記脂質膜ベシクルを所望の位置に配置することを特徴とする脂質膜ベシクルの操作方法。
前記(1)の操作方法によれば、従来よりも狭い間隔(インターバル)で脂質膜パッチが配列された脂質膜アレイを効率的かつ高集積に作製することができる。
(2)前記脂質膜ベシクルは、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルであることを特徴とする前記(1)に記載の脂質膜ベシクルの操作方法。
前記直径を有する巨大脂質膜ベシクルを使用することにより、マイクロキャピラリーで単一の前記脂質膜ベシクルを容易に保持、移動及び放出することができる。
(3)マイクロキャピラリーの内部に薬剤を装填し、マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの先端を脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記薬剤を放出して、前記脂質膜ベシクルの局所的な外表面に前記薬剤を接触させる又は前記脂質膜ベシクルの内部に前記薬剤を注入することを特徴とする脂質膜ベシクルの操作方法。
前記(3)の操作方法によれば、脂質膜ベシクルに所望の薬剤を接触又は注入し、前記薬剤が脂質膜ベシクルに与える刺激(影響)により、前記脂質膜ベシクルに変化を起こすことができる。
(4)前記薬剤として電解質溶液を用いて前記接触又は前記注入を行い、前記脂質膜ベシクルを基板上に展開することにより、基板支持脂質膜を得ることを特徴とする前記(3)に記載の脂質膜ベシクルの操作方法。
前記(4)の操作方法によれば、従来よりも狭い間隔(インターバル)で脂質膜パッチが配列された脂質膜アレイを効率的かつ高集積に作製することができる。
(5)前記脂質膜ベシクルは、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルであることを特徴とする前記(3)又は前記(4)に記載の脂質膜ベシクルの操作方法。
前記直径を有する巨大脂質膜ベシクルを使用することにより、前記脂質膜ベシクルの外表面の局所に刺激を与えること及び前記脂質膜ベシクルの内部に前記薬剤を注入することをより容易に行うことができる。
(6)前記薬剤はタンパク質を含むプロテオリポソームであることを特徴とする前記(3)に記載の脂質膜ベシクルの操作方法。
前記薬剤がプロテオリポソームであると、前記プロテオリポソームに含まれるタンパク質を、前記脂質膜ベシクルの内部又は脂質膜ベシクルを構成する脂質膜内に導入することができる。
(7)前記(4)又は前記(5)に記載の方法によって作製した基板支持脂質膜。
前記基板脂質膜を用いることにより、種々の疾患に関連した膜タンパク質等を備えたバイオチップを作製することができる。また、従来よりも狭い間隔(インターバル)で脂質膜パッチが配列された脂質膜アレイを備えることにより、従来よりも高集積化されたバイオチップを作製することができる。
(8)マイクロマニピュレータを用いてマイクロキャピラリーの先端を、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を負圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーの先端又は前記マイクロキャピラリーの内部に、前記脂質膜ベシクルを保持し、マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの位置を制御することにより、前記脂質膜ベシクルを運搬し、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーから前記脂質膜ベシクルが放出され、前記脂質膜ベシクルが基板上にアレイ状に配置されていること、及び、マイクロキャピラリーの内部に電解質溶液を装填し、マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの先端を脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記電解質溶液を放出して、前記脂質膜ベシクルの局所的な外表面に前記電解質溶液を接触させる又は前記脂質膜ベシクルの内部に前記電解質溶液を注入し、前記脂質膜ベシクルを前記基板上に展開することにより、前記基板上に脂質膜パッチが規則的なアレイ構造で配置されていることを特徴とする基板支持脂質膜。
前記(8)の基板支持脂質膜を用いることにより、種々の疾患に関連した膜タンパク質等を備えたバイオチップを作製することができる。また、従来よりも狭い間隔(インターバル)で脂質膜パッチが配列された脂質膜アレイを備えることにより、従来よりも高集積化されたバイオチップを作製することができる。
本発明の脂質膜ベシクルの操作方法によれば、従来の技術では困難であった、異なる組成を有する脂質膜パッチを高集積に配列することができる。また、特定の脂質膜パッチ又は脂質膜ベシクルに対して薬剤を局所的に投与することができる。このため、本発明により作製した基板支持脂質膜が配列された脂質膜アレイを用いれば、生体分子のハイスループットな分析を行うことができる。
本発明の実施形態に係る脂質膜ベシクルの操作方法の様子を表した模式図である。 実施例1における、巨大脂質膜ベシクルの運搬を経時観察した写真である。 実施例2における、マイクロキャピラリーによる局所刺激の様子を示した写真である。 実施例2における、巨大脂質膜ベシクルの基板への展開を経時観察した写真である。 実施例3における、巨大脂質膜ベシクルへのプロテオリポソームの融合を経時観察した写真である。 実施例4における、脂質膜アレイの作製プロセスを示した説明図である。 実施例5における、脂質膜アレイを用いたビオチン−ストレプトアビジン結合検出を示した説明図である。 実施例6における、(a)マイクロホール基板の模式図、および(b)マイクロホール基板上の脂質膜パッチの写真である。 実施例6における、マイクロホール基板を用いた、複数タンパク質の同時機能計測の説明図である。
以下、好適な実施の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明するが、本発明はかかる実施形態に限定されない。
図1は、本発明の第一実施形態を説明する図であり、脂質膜ベシクルの操作あるいは脂質膜ベシクルへの局所刺激を行うための操作系の模式図である。
第一実施形態を表す図1は、以下の少なくとも3つの工程を含む操作の様子を示している。すなわち、図1は、マイクロマニピュレータ104を用いてマイクロキャピラリー103の先端を脂質膜ベシクル102に近接又は接触させて、マイクロキャピラリー103の内圧をシリンジ101を用いて負圧に調整することにより、マイクロキャピラリー103の先端又はマイクロキャピラリー103の内部に、脂質膜ベシクル102を保持する工程と、マイクロマニピュレータ104を用いてマイクロキャピラリー103の位置を制御することにより、脂質膜ベシクル102を運搬する工程と、マイクロキャピラリー103の内圧をシリンジ101を用いて正圧に調整することにより、マイクロキャピラリー103から脂質膜ベシクル102を放出し、脂質膜ベシクル102を所望の位置に配置する工程と、を含む第一実施形態における脂質膜ベシクルの操作方法の様子を示す。
基板部(基板)101上において、溶液L中に脂質膜ベシクル102が含まれている。
基板部101の材料は特に制限されず、例えば、表面に酸化膜を有するシリコンウェハ、石英、マイカ、ガラス等を用いることができる。これらの基板には、公知の表面修飾が施されていてもよい。ここでは、基板部101として、表面に酸化膜を有するシリコンウェハに関して説明する。シリコンウェハとしては市販のSi(100)を用いたが、Si(111)やさらに高指数のシリコン基板であってもよい。
脂質膜ベシクル102を構成する脂質分子の種類は特に制限されず、例えばホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルイノシトールホスフェイト、ホスファチジン酸、ホスファチジルグリセロール、スフィンゴ脂質などが挙げられる。これらの脂質のうちの2種類以上を混合して用いてもよい。
マイクロシリンジ103の先端部に単一の脂質膜ベシクル102を保持し、これを容易に操作する観点から、脂質膜ベシクル102としては、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルであることが望ましい。巨大脂質膜ベシクルの直径の上限は特に制限されない。巨大脂質膜ベシクルの直径の範囲は、好適には5μm〜50μmであり、より好適には5μm〜30μmである。
また、例えば直径0.1μm以上5μm未満の微小な脂質膜ベシクルを用いても構わない。第一実施形態の操作方法は、脂質膜ベシクルの大きさに関わらず、いずれの大きさの脂質膜ベシクルについても適用可能である。
脂質膜ベシクルの作製方法として、ここではElectroformation法で巨大脂質膜ベシクルを作製した例を述べる。ガラス基板上のコーティングした酸化インジウムスズ(ITO)電極上に、リン脂質を薄膜化した後、その上から厚さ1mmのシリコンゴム浴を装着する。シリコンゴム浴に200mMスクロース溶液を満たし、別の(もう一枚の)ITOコート付きガラス基板を気泡が入らないように被せる。シリコンゴム浴を挟む2枚のガラス基板のITO電極間に交流電場(振幅(p−p)1V,周波数10Hz)を印可し、2時間後、粗製巨大脂質膜ベシクルを含むスクロース溶液(溶液L)を回収する。回収したスクロース溶液に他の処理を施さなくても第一実施形態に使用可能である。しかし、以下の過程によって巨大脂質膜ベシクルを精製することが好ましい。すなわち、回収溶液を12μmポア(孔径12μm)のフィルタを用いてろ過し、フィルタを通過した微小な脂質膜ベシクルを除く。さらに200mMグルコース溶液を10ml流してフィルタを洗浄した後、目的の巨大脂質膜ベシクルを含むフィルタ上部の溶液を回収する。一晩放置後、溶液の底部に溜まった巨大脂質膜ベシクルを分取し、200mMスクロース溶液中に再分散させる。このように作製した巨大脂質膜ベシクルを基板の上に散布して用いる。
次に、顕微鏡111で観察しながら脂質膜ベシクル102をマイクロキャピラリー103及びマイクロマニピュレーター104によって操作する方法を説明する。
第一実施形態においては、巨大脂質膜ベシクル102を含む溶液Lを散布した基板101を蛍光顕微鏡あるいは微分干渉顕微鏡111下に装着している。溶液L中にマイクロマニピュレータ104に装着したガラスキャピラリー103を挿入する。キャピラリー内径の大きさは特に制限されないが、極端に小さな内径(例えば0.5μm〜1.0μm)であると、キャピラリー効果による吸引力が強くなり、キャピラリーの先端部において脂質膜ベシクルを制御することが困難になる。よって、マイクロキャピラリー103の内径は、脂質膜ベシクルの大きさ又は使用する目的に応じて、5〜30μm程度とすることが好適である。
マイクロキャピラリー103の内圧(内部の圧力)を制御する方法は特に制限されず、公知方法を適用できる。ここでは、差圧式のキャピラリー内圧制御系(例えば、非特許文献3を参照)について説明するが、ポンプ駆動式又はその他の方法であってもよい。
ガラス製のU字管108に純水を満たし、U字管108の第一端部の開口部から、にシリンジに接合したシリコンチューブ105を挿入する。シリコンチューブ105の少なくとも端部は、U字管108内の純水中に浸されている。U字管108の第二端部の開口部をゴム栓107で密栓し、キャピラリーに接合した注射針106をゴム栓107に、前記純水の液面に掛からないように、挿入する。この構成によれば、シリンジ110によって液面の高さを変えることにより、マイクロキャピラリー103内部の圧力を制御することができる。キャピラリー103の数は特に制限されず、用途によって2本以上を使用してもよい。また、キャピラリー103へ接合するシリコンチューブ105を分岐させた先に圧力計を備えることによって、キャピラリー103の内圧をより精密に制御することも可能である。
(実施例1)
<巨大脂質膜ベシクルの運搬(第一実施形態)>
Electroformation法により、巨大脂質膜ベシクル(脂質膜組成DPhPC:コレステロール=8:2、ローダミン−DHPE 1mol%添加)を作製し、巨大脂質膜ベシクルをスクロース溶液中に分散して、当該溶液をガラス基板上に散布した。内径25μmのマイクロキャピラリーを用いた。図2に、上記の条件によって巨大脂質膜ベシクルを操作した様子を微分干渉像により観察した結果を示す。まず、巨大脂質膜ベシクルAの近傍にマイクロキャピラリーを移動した(a)。キャピラリー内部を負圧にすると、キャピラリー先端に巨大脂質膜ベシクルAが保持された(b)。このとき、キャピラリー内径よりも小さな脂質膜ベシクルの場合は、先端に保持されずにキャピラリー内部に侵入するが、その時に内圧を制御することによって内部に脂質膜ベシクルを保持できることを申し添えておく。巨大脂質膜ベシクルAを保持したキャピラリーをマイクロマニピュレータで上方に移動し、その後、別の場所にある巨大脂質膜ベシクルBの隣まで運搬した(c)。再びキャピラリーをガラス基板表面まで降ろし、キャピラリー内部を正圧にすることで巨大脂質膜ベシクルAを巨大脂質膜ベシクルBの隣に配置することができた(d)。このように、本発明の第一実施形態による方法を用いることによって、任意の脂質膜ベシクルを任意の位置に配置することが可能である。なお、キャピラリー内部に微小な脂質膜ベシクルを保持した場合も、同様のプロセスを適用可能である。
(実施例2(第二実施形態))
<マイクロキャピラリーを用いた局所的な薬剤投与>
実施例1と同様の操作系において、脂質膜ベシクルは除いた構成で実施した。内径10μmのマイクロキャピラリーを用い、キャピラリー内部に5mM塩化カルシウム溶液と、蛍光マーカーとして10μMのカルセインを入れた。図3は、キャピラリー内部をわずかに正圧に調整したときのキャピラリー先端付近の蛍光像である。キャピラリー先端付近にカルセイン由来の蛍光が観察されている。よって、本発明の第二実施形態の操作系を用いることで、マイクロメートルオーダーの領域にわたる局所的な薬剤投与が可能であることがわかった。
<巨大脂質膜ベシクルの局所刺激と展開制御>
実施例1と同様の操作系および脂質膜組成、酸化膜付きのSi基板、及び内径10μmのマイクロキャピラリーを用いた。前述の実施例1においては、キャピラリー内部は外液と同じ環境であった。しかし、本実施例においては、キャピラリー内部を電解質溶液(100mM 塩化カルシウム+200mM スクロース)で満たした。なお、電解質溶液の組成はこれに限定されず、種々の組成の電解質溶液を適用することができる。
図4は、前記電解質溶液を装填した(前記電解質溶液を入れた)キャピラリーを用いて、キャピラリー内圧を正圧に調整することにより、巨大脂質膜ベシクルAに向けてカルシウムイオンを局所的に吐出した時の経時変化を蛍光顕微鏡観察した結果である。カルシウムイオン吐出前は、巨大脂質膜ベシクルAは基板上を漂っている状態であった(a,b)。カルシウムイオンを脂質膜ベシクルへ向けて吐出すると、Si基板上に巨大脂質膜ベシクルAが強固に吸着される様子が観察された(c)。これは、負に帯電したSi表面と巨大脂質膜ベシクルAの間をカルシウムイオンがブリッジしたためであると考えられる。さらにカルシウムイオンを吐出し続けると、巨大脂質膜ベシクルAが基板上で展開し、基板支持脂質膜の形成が確認された(d)。
従来の方法では基板支持脂質膜の作製には、基板上に散布した溶液全体の組成を変える必要があった。しかし、本発明の第二実施形態によれば、局所的に薬剤刺激を行うことが可能なため、基板上の任意の脂質膜ベシクルを選び、特定の脂質膜ベシクルだけを展開することによって、基板支持脂質膜の作製を行うことが可能である。なお、本実施例においては、1本のマイクロキャピラリーを用いて巨大脂質膜ベシクルの局所刺激のみを行った例を示した。しかし、使用するマイクロキャピラリーの数は特に制限されず、例えば、マイクロキャピラリーを2本用いて、1本を巨大脂質膜ベシクルの保持及び運搬に用い、もう1本を局所刺激のために用いることによって、保持及び運搬と局所刺激とを同時に行うことも可能である。また、保持した脂質膜ベシクルの内部にマイクロキャピラリーの先端を挿入することにより、当該脂質膜ベシクルの内部に薬剤を注入することも可能である。
(実施例3(第三実施形態))
<プロテオリポソームの作製>
ラットの筋肉からCa2+-ATPaseの抽出・精製を行った。脂質(DPhPC:コレステロール:DOPS=79:20:1、ローダミン−DPPE 1mol%)、膜タンパク質(Ca2+-ATPase)、界面活性剤の混合物から、界面活性剤を除去する公知方法によりプロテオリポソームを作製した。
<巨大脂質膜ベシクルへのプロテオリポソームの融合>
実施例1と同様の操作系を用い、基板部としてガラス基板を用いた。内径20μmのマイクロキャピラリーを用いた。負の電荷を持つプロテオリポソームとの静電引力によりベシクル融合を引き起こすため、正の電荷を持つ脂質(DPePC)を含む巨大脂質膜ベシクル(DPhPC:コレステロール:DPePC=7:2:1)を、Electroformation法により形成し、アビジン−ビオチン結合を利用して基板に固定した。実施例2においては、キャピラリー内部に電解質溶液を入れたが、本実施例においては、キャピラリー内部に上記のプロテオリポソームを満たした。図5は、巨大脂質膜ベシクルに対してプロテオリポソームを局所的に吐出した時の経時変化を微分干渉像(上図)および蛍光像(下図)によって観察した結果である。プロテオリポソームを吐出する前は、巨大脂質膜ベシクルAは蛍光色素が含まれないために、微分干渉像(上図)でのみ確認された。マイクロキャピラリの内圧を正圧に調整することにより、プロテオリポソームを巨大脂質膜ベシクルAに吹き付けた後においては、巨大脂質膜ベシクルAからも蛍光が観察されるようになった(下図)。この蛍光は、巨大脂質膜ベシクルA内で均一に分布しており、プロテオリポソームが巨大脂質膜ベシクルAに融合したことを示している。このように、本発明の第三実施形態によれば、第二実施形態として例示した薬剤溶液による刺激だけではなく、種々の貴重な精製タンパク質を脂質膜ベシクル又は基板支持脂質膜へ融合させる用途等へも、本発明にかかる操作方法を効率よく適用可能であることが示された。
(実施例4(第四実施形態))
<脂質膜アレイの作製>
実施例1の巨大脂質膜ベシクルの運搬方法、および実施例2の巨大脂質膜ベシクルの展開制御方法を用いれば、従来の方法では作製が困難であった高集積な脂質膜アレイを作製することが可能である。ここではその一例として、直径10μmの巨大脂質膜ベシクルを用いた脂質膜アレイ作製の例を示す。操作系は実施例1と同様のものを使用し、巨大脂質膜ベシクル運搬用に内径5μmのマイクロキャピラリーを使用し、局所刺激を行うために100mM塩化カルシウム溶液を満たした内径30μmのマイクロキャピラリーを使用した。Electroformation法により、巨大脂質膜ベシクルA(脂質膜組成DPhPC:コレステロール=8:2、ローダミンDHPE 1mol%添加)および巨大脂質膜ベシクルB(脂質膜組成DPhPC:コレステロール=8:2、NBD-DHPE 1mol%添加)を作製し、ガラス基板上に散布した。実施例1に記載の方法で、巨大脂質膜ベシクルAおよびBを図6(a)のように交互に3×3のアレイ状に配置した。この時、巨大脂質膜ベシクルAおよびBの判別のため、微分干渉像だけでなく蛍光像も適宜使用するとよい。脂質膜ベシクル間の距離は20μm程度にした。各脂質膜ベシクルの配置後、マイクロキャピラリーを各脂質膜ベシクルに近接させ、塩化カルシウム溶液を吐出し、脂質膜ベシクルの基板への展開を促進した。充分時間が経過した後の蛍光像が図6の(b)である。脂質膜パッチの直径が約10μmの脂質膜アレイが観測された。このように、従来の方法では脂質膜パッチの大きさは少なくとも50μmであったが、本発明によれば10倍以上の集積度を持つ脂質膜パッチアレイを作製可能である。
(実施例5(第五実施形態))
<脂質膜アレイを用いたセンシングの例>
ハイスループットセンシングの例として、脂質膜アレイを用いたビオチン−ストレプトアビジン結合検出の結果を示す。脂質膜アレイの作製は実施例4と同様の方法を用い、Electroformation法により、巨大脂質膜ベシクルA(脂質膜組成DOPC:NBD-DHPE =99:1)および巨大脂質膜ベシクルB((脂質膜組成DOPC:NBD-DHPE:ビオチン−DOPE =98:1:1)を作製し、実施例4と同様に3×3の脂質膜アレイを作製した。テキサスレッド−ストレプトアビジン溶液をマイクロキャピラリーに満たして、脂質膜アレイに吹き付けた。図7は蛍光像観察の結果である。すべての脂質膜パッチから緑色蛍光が観察された(a)。これは、脂質膜A,B双方に含まれたNBDからの蛍光である。一方、赤色の蛍光は脂質膜パッチBからだけ観察された(b)。これは、脂質膜Bに含まれたビオチンとストレプトアビジンが結合した結果であると考えられる。このように、本発明の第五実施形態によれば、従来よりも高集積なバイオセンシングも可能となる。
(実施例6(第六実施形態))
<脂質膜アレイを用いたセンシングの例2>
脂質膜アレイを用いたハイスループットセンシングの例として、複数タンパク質の同時機能計測について説明する。はじめに、センシング用基板の作製について説明する。酸化膜(厚さ200nm)付きのシリコン基板に、フォトリソグラフィにより1〜8μmの井戸構造(深さ1μm)を形成した。水酸化カリウムを用いた選択的エッチングにより、図8(a)に示すようなオーバーハング形状を作製した。図8(a)はマイクロホール220によるタンパク質機能計測のイメージ図である。マイクロホール220内に蛍光プローブを脂質膜230でシールすることによって閉じ込め、擬似的な細胞環境を作る。このような脂質膜の架橋構造を用いれば、蛍光プローブの変化を観察することによって、膜タンパク質231等を介した脂質膜230を透過するイオンの移動等の膜中のタンパク質231の機能を計測することが可能である。
作製したマイクロホール基板201を、蛍光プローブAを含む溶液中に浸漬し、実施例4と同様の方法を用いタンパク質A’あるいはタンパク質B’を含む巨大脂質膜ベシクルを交互に配列、展開する。次に、大量の蛍光プローブBを含む溶液で蛍光プローブAを洗い流し、蛍光プローブAの時と同様にタンパク質A’あるいはタンパク質B’を含む巨大脂質膜ベシクルを交互に配列、展開する。図9は、このように作製したマイクロホール基板上の脂質膜アレイの模式図であり、脂質膜パッチの1つを蛍光顕微鏡観察した写真が図8(b)である。このように、本発明の第六実施形態によれば、従来の脂質膜アレイ作製法では実現困難であった、複雑な構造を持つ微細加工基板上での脂質膜アレイ作製も可能であり、例えば、図9の基板を用いれば、複数の膜タンパク質の同時機能計測も可能となる。
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
本発明にかかる脂質膜ベシクルの操作方法は、バイオチップの製造等に広く適用可能である。本発明にかかる基板支持脂質膜は、従来よりも高集積化されたバイオチップの製造に有用である。
1…脂質膜ベシクル操作系、101…基板部、102…脂質膜ベシクル、103…マイクロキャピラリー、104…マイクロマニピュレータ、105…シリコンチューブ、106…注射針、107…シリコンゴム栓、108…U字管、109…スタンド、110…シリンジ、111…顕微鏡、L…溶液、201…マイクロホール基板(脂質二分子膜基板)、210…基板(基板本体)、210a…基板の上面、211…薄膜層(シリコン酸化膜、オーバーハング形状形成層)、211a…オーバーハング部、220…穴部、221…開口(開口部)、222…ハイドロゲル、230…脂質二分子膜(脂質二重膜)、231…膜タンパク質

Claims (4)

  1. マイクロマニピュレータを用いてマイクロキャピラリーの先端を脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を負圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーの先端又は前記マイクロキャピラリーの内部に、前記脂質膜ベシクルを保持し、
    マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの位置を制御することにより、前記脂質膜ベシクルを運搬し、
    前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記マイクロキャピラリーから前記脂質膜ベシクルを放出し、基板表面に設けられたマイクロホールの上に配置した後、
    マイクロキャピラリーの内部に前記脂質膜ベシクルの展開を刺激する薬剤を装填し、
    マイクロマニピュレータを用いて前記マイクロキャピラリーの先端を前記マイクロホール上に配置された脂質膜ベシクルに近接又は接触させて、前記マイクロキャピラリーの内圧を正圧に調整することにより、前記薬剤を放出し、
    前記脂質膜ベシクルの局所的な外表面に前記薬剤を接触させる又は前記脂質膜ベシクルの内部に前記薬剤を注入する操作を行い、
    前記脂質膜ベシクルを前記基板のマイクロホール上に展開することによって、当該マイクロホールを脂質膜でシールしたマイクロホール基板を得ることを特徴とする、マイクロホール基板の製造方法。
  2. 複数の前記マイクロホールが前記基板表面にアレイ状に設けられていることを特徴とする請求項1に記載のマイクロホール基板の製造方法。
  3. 前記マイクロホールを前記脂質膜でシールする前に、当該マイクロホール内に予め蛍光プローブを含む溶液を注入しておき、当該溶液を当該マイクロホール内にシールすることを特徴とする請求項1又は2に記載のマイクロホール基板の製造方法。
  4. 前記脂質膜ベシクルは、直径5μm以上の巨大脂質膜ベシクルであることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載のマイクロホール基板の製造方法。
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