JP5796815B2 - 窒化処理装置及び断面硬さ分布予測システム - Google Patents

窒化処理装置及び断面硬さ分布予測システム Download PDF

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Description

本発明は、高合金工具鋼からなる被処理材を窒化処理した後の断面硬さ分布の予測システム及びこれを組み込んだ窒化処理装置に関する。
金型や機械部品などの工具鋼からなる機械部材の耐久性の向上を目的として、窒化処理が広く行われている。窒化処理は、被処理材の表面から窒素をその内部へと拡散させて固溶強化により、併せて、微細窒化物の析出により、処理表面近傍を改質硬化させる表面硬化処理方法である。めっきなどの硬化被膜を処理表面に付与する表面硬化処理方法と比べて不連続断面を生じないから耐摩耗性だけでなく、耐衝撃性にも優れる。また、一般的に、鋼の平衡状態図上のA1点以下の比較的低い温度で処理を行うことができるから、大きな歪みを被処理材に与えることを防止できて、機械加工後の部品であっても処理を適用できる。
この窒化処理の代表的な施工方法として、塩浴窒化法、ガス窒化法、プラズマ窒化法などがある。塩浴窒化法は、高温の塩浴中に被処理材を浸漬させて活性窒素を内部へと拡散させる方法である。また、ガス窒化法はアンモニアガスを分解させて生じた窒素を被処理材の表面から拡散させる方法であり、プラズマ窒化法は、プラズマ雰囲気で活性化させたガスイオンを被処理材の表面に導いて窒素を拡散させる方法である。いずれの窒化方法であっても、温度、窒化処理環境(塩浴濃度や雰囲気濃度)などの窒化処理条件によって処理表面近傍の断面硬さ分布が異なるのである。つまり、機械的特性が変化するが、かかる窒化処理条件と機械的特性の関係はこれまで実験的且つ経験的に得られてきた。すなわち、サンプル試験片により窒化処理を行って断面硬さ分布などを実測することを繰り返して得られるデータから所望とする機械的特性を得られる窒化処理条件を決定してきた。
一方、例えば、特許文献1では、窒化処理を与えた合金工具鋼からなる金型の寿命予測をX線回折法により行うことを開示している。このような非破壊により窒化処理された被処理材の機械的特性を計測できる技術によれば、計測された数値を窒化処理条件にフィードバックさせることで、所望とする機械的特性に合わせた窒化処理条件を決定するシステムを与え得るであろう。
更に、所望とする機械的特性を得られる窒化処理条件をシミュレーション計算によって決定することも考慮される。例えば、非特許文献1では、プラズマ窒化処理を行ったときの鋼の内部に拡散する窒素の濃度分布の計算方法について述べている。窒素の濃度分布は被処理材の機械的特性と直接的な関係を有している。詳細には、処理装置内におけるアンモニア分圧と鋼の表面から内部への単位時間当たりの窒素侵入量との間の関係式を実測値から求めた上で、侵入した窒素が合金元素と合金窒化物を形成しながら拡散して形成される濃度分布をフィックの第2法則に従って計算している。ここでは合金窒化物の析出は合金元素毎に実測して求められた反応速度定数によって計算される。
特開2005−331477号公報
平岡、井上著;技術論文「鋼のプラズマ窒化における窒素濃度分布予測技術」;大同特殊鋼株式会社「電気製鋼」誌;第81巻1号、2010年、第15頁〜第24頁
上記したように窒化処理条件と得られる機械的特性の関係については、特に、高合金工具鋼のように窒化物形成元素を比較的多く含む被処理材の場合において、微細窒化物の析出による機械的特性への影響が大きくなる。すなわち、使用される被処理材の合金組成毎にサンプル試験片による試験を繰り返し行う必要があって非効率的であった。そこで、所望とする機械的特性から窒化処理条件を決定できる、及び、窒化処理条件から機械的特性を予測できるシステムが求められた。
本発明は以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、高合金工具鋼からなる被処理材を窒化処理した後の断面硬さ分布の予測システム及びこれを組み込んだ窒化処理装置を提供することにある。
本発明による断面硬さ分布予測システムは、高合金工具鋼からなる被処理材を窒化処理雰囲気内で窒化処理して得られる断面硬さ分布の予測システムであって、前記被処理材の合金組成の外部入力を受けて、少なくともSi,Cr,Mo,V,Wの窒化物生成元素について、標準被処理材の基準合金組成との質量%差であるΔ[Si],Δ[Cr],Δ[Mo],Δ[V],Δ[W]を求め、前記標準被処理材を所定の窒化処理条件で窒化処理した後の断面の窒素分布である標準断面窒素分布を補正断面窒素分布に補正し窒化物量分布を計算する補正計算部と、前記補正断面窒素分布についての前記窒化物量分布から前記断面硬さ分布を求める硬さ変換部と、を含み、前記所定の窒化処理条件で前記被処理材を窒化処理したときの断面硬さ分布を予測することを特徴とする。
かかる発明によれば、所定の窒化処理条件で窒化処理した被処理材について、その合金組成に基づいた補正断面窒素分布における窒化物量分布を求めることができて断面硬さ分布を得られる。つまり、同じ窒化処理条件であっても異なる断面硬さ分布を与える合金組成の異なる高合金工具鋼毎にその断面硬さ分布を予測できて、窒化処理の工程をより効率的に行うことができる。一方で、窒化処理条件から断面硬さ分布を得られるから、所望とする断面硬さ分布を得るために必要とされる窒化処理条件の例を求め得るのである。
上記した発明において、前記標準断面窒素分布はフィックの第2法則の解析解であることを特徴としても良い。かかる発明によれば、被処理材の合金組成に基づいた補正断面窒素分布についての窒化物量分布をより容易に求め得るのである。
上記した発明において、前記補正計算部は、前記被処理材の被処理表面において、前記窒化処理雰囲気から前記被処理材へと侵入する窒素量を計算する侵入窒素量計算部と、前記被処理表面から深さ方向に向けて順次、拡散してくる第1の拡散窒素量から窒化物を形成する前記窒化物生成元素のそれぞれについての窒化物形成窒素量を減じて拡散していく第2の拡散窒素量を計算する逐次計算部と、を含み、前記窒化物形成窒素量は、ρMeNを窒化物の密度、VMeNを窒化物の体積、tを時間、Kを反応速度定数、及び、CMeをα鉄中の固溶窒素量,CNをα鉄中の窒化物を形成していない合金元素量とすると、
で表される式により計算することを特徴としても良い。かかる発明によれば、被処理材の合金組成に基づいた補正断面窒素分布についての窒化物量分布を計算で容易に求め得るのである。
上記した発明において、前記侵入窒素量計算部は、前記窒化処理雰囲気から前記被処理材へと侵入する窒素量を時間変化しないとした上で、これを前記標準断面窒素分布の表層近傍の窒素濃度から算出することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、被処理材の合金組成に基づいた補正断面窒素分布についての窒化物量分布を計算でより容易に求め得るのである。
上記したうちの1つの予測システムを組み込んでおり、前記硬さ変換部で求められた断面硬さ分布を表示する表示部を有することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、合金組成の異なる被処理材毎に窒化処理後の断面硬さ分布を予測して窒化処理装置に表示させ得るので、窒化処理の工程をより効率的に行うことができる。
本発明による予測システムのフロー図である。 (a)断面窒素分布及び窒化物量分布、及び、(b)固溶窒素量及び窒化物量を示す図である。 本発明による予測システムを示す図である。 本発明による予測システムの要部のフロー図である。 本発明による予測システムにおける断面窒素分布及び窒化物量分布の計算方法を示す図である。 図5で計算した断面窒素分布及び窒化物量分布の例を示す図である。 本発明による予測システムで計算された断面硬さとその実測値を示すグラフである。 本発明による予測システムで計算された断面硬さとその実測値を示すグラフである。 実証試験に用いた鋼の成分組成と窒化後の硬さの一覧である。 本発明による予測システムで計算された表面窒素濃度と硬さの関係を示すプロット図である。 本発明による予測システムで計算された析出物形成窒素濃度と硬さの関係を示すプロット図である。
本発明者は、処理対象である高合金工具鋼からなる被処理材を窒化処理した後の断面硬さ分布を予測する予測システムを考慮した。すなわち、図1に示すように、予測システムでは、被処理材を所定の窒化処理条件で窒化処理した後の断面の窒素分布である断面窒素分布について、既知の成分組成を有する標準被処理材を同様の窒化処理条件で窒化処理した後の断面の窒素分布である標準断面窒素分布を(補正)断面窒素分布に補正し被処理材の窒化物量分布を計算し(補正計算ステップS1)、この窒化物量分布を断面硬さ分布に変換する(硬さ変換ステップS2)のである。ここで「断面硬さ分布」とは、被処理材の平面形状表面から深さ方向(被処理材の中心方向)且つ垂直方向へ、順次硬さを測定した際の硬さの分布である。
詳細には、補正計算ステップS1では、図2(a)に示すように、標準被処理材及び被処理材における窒化物生成元素の含有量差から標準断面窒素分布1を断面窒素分布2に補正する。ここで、図2(b)に示すように、標準被処理材及び被処理材には、窒化処理雰囲気から同一の窒化処理時間では同一量の窒素が侵入し窒化物を生成しつつその内部へと侵入するが、窒化物析出量は成分組成における窒化物生成元素の量の増加に従って増加する。この窒化物析出量と窒化物生成元素量の関係から標準断面窒素分布1を断面窒素分布2に補正でき、少なくとも被処理材の窒化物量分布4が計算できる。なお、窒化物量分布3は標準被処理材の窒化物量の分布である。また、一般的に、工具鋼であれば、窒化物生成元素はSi,Cr,Mo,V,Wなどの元素である。
ところで、図2では標準被処理材よりも被処理材において窒化物生成元素の含有量が多いときについて図示したが、標準被処理材が窒化物生成元素を含まないときは、窒化処理雰囲気から窒素が窒化物を生成せずにその内部へと侵入し、例えば、フィックの第2法則の如きに従って固溶する。すなわち、標準断面窒素分布1はフィックの第2法則に従う。標準被処理材及び被処理材には、窒化処理雰囲気から同一の窒化処理時間では同一量の窒素が侵入し、フィックの第2法則に従う標準断面窒素分布1を容易に被処理材の断面窒素分布2に補正できて、少なくとも窒化物量分布4を計算でき得るのである。
硬さ変換ステップS2では、窒化物量及び硬さの実測値を収集して回帰計算を行うなどして得られる所定の経験式を用いて、補正計算ステップS1で得られた窒化物量分布4から硬さ分布を得る。ここで回帰計算によって各窒化物毎に硬さへの寄与率に関する重み付けを行った経験式を得るとともに、窒化物量分布4を各窒化物毎の窒化物量分布としてかかる経験式を用いて硬さ分布を得ることがより好ましい。
次に、上記した本発明による予測システムの1つの実施例について、図3乃至図6を用いてその詳細を説明する。
<システム構成>
図3に示すように、予測システム10は、演算処理を行うためのCPU11及びこれに付随するROM12、RAM13、適宜、データ入力を行うための入力部14、記憶部15などを含む。記憶部15には、各種計算データなどが蓄積される記憶領域20を含むとともに、プログラムとしての補正計算部18、硬さ変換部19などが記憶されている。更に、補正計算部18には、これを構成するプログラムとしての侵入窒素量計算部18a及び逐次計算部18bが含まれる。なお、各構成部品については、一般的なコンピュータシステムと同様である。更に、CPU11にはインターフェース部21を介して被制御機器22が接続されており、予測システム10によって得られたデータを用いて制御が行われる。例えば、被制御機器22は、窒化炉である。
<システム処理>
次に、上記した予測システム10におけるシステム処理について説明する。ここでは上記したように標準被処理材が窒化物生成元素を含まない合金組成(基準合金組成)を有する鋼であるときの実施例について述べる。
補正計算ステップS1では、補正計算部18のプログラムに従って、図4に示すような処理を順次行う。
まず、標準被処理材と被処理材との窒化物生成元素量差を求める(S11)。つまり、予測システム10の入力部14(図3参照)を介して被処理材の合金組成の外部入力を得て、標準被処理材との合金組成(基準合金組成)との質量%差、少なくともSi,Cr,Mo,V,Wの窒化物生成元素の質量%差であるΔ[Si],Δ[Cr],Δ[Mo],Δ[V],Δ[W]を求める。ここでは標準被処理材にこれら窒化物生成元素が含まれないから、外部入力された被処理材の合金組成の窒化物生成元素の質量%がそのままΔ[Si],Δ[Cr],Δ[Mo],Δ[V],Δ[W]の値となる。これらの値は記憶部15の記憶領域20に記憶させる。
次に、フィックの第2法則に従う標準被処理材の標準断面窒素分布を被処理材の断面窒素分布に補正する(S12)。
この補正計算に先立ち、被処理材を所定の窒化処理条件W1で窒化処理したときに窒化処理雰囲気から被処理材の処理表面からその内部へと侵入する侵入窒素量Fを求める(S121)。なお、窒化処理条件W1は、窒化処理方法、窒化処理雰囲気、温度、圧力、処理時間などである。
侵入窒素量Fは、例えば、窒化処理条件W1で窒化処理した標準被処理材の実測値若しくは標準断面窒素分布などの実測値から求められ、これらが記憶領域20にあらかじめ記憶させてあるときはこれを用い得る。すなわち、本発明の目的において、時間当たりの鋼への侵入窒素量は窒化処理条件を変化させない限り時間変化せず、また鋼の合金組成に対しても変化しないものとできるからである。なお、標準被処理材の表面に無視できない厚さのFe窒化物層を有する場合にあっては、侵入窒素量FはFe窒化物層を通過して内部に向けて侵入する窒素量とする。
ところで、侵入窒素量Fは、上記したような標準被処理材における実測値を用いずとも計算でも求められる。すなわち、いくつかの窒化処理条件に対する侵入窒素量Fの実測値の結果を回帰計算するなどして得られる経験式から計算により求め得るのである。
例えば、このような経験式の一例として、式1はラジカル窒化処理において、温度を500℃、圧力を130Pa、放電電圧を420Vとして、アンモニアと水素ガスのガス組成比を1:4〜4:1で変化させて得たアンモニア分圧PNH3と時間当たりの侵入窒素量dC/dtの関係式である。
更に、上記した経験式の他の例として、式2はラジカル窒化処理において、温度を500℃、圧力を130Pa、アンモニアと水素ガスのガス組成比を1:4(アンモニア分圧PNH3=26Pa)として、放電電圧を420V〜520Vで変化させて得た放電電圧Vと時間当たりの侵入窒素量dC/dtの関係式である。
更に、上記した経験式の他の例として、式3はラジカル窒化処理において、圧力を130Pa、放電電圧を420V、アンモニアと水素ガスのガス組成比を2:3(アンモニア分圧PNH3=52Pa)として、温度を450℃〜550℃で変化させて得た温度Tと時間当たりの侵入窒素量dC/dtの関係式である。
所定の時間内に窒化処理雰囲気から被処理材の表面へと侵入窒素量Fの窒素が侵入するが、これを境界条件として、被処理材の内部へと拡散する窒素について窒化物を形成しながら拡散する様子をモデル化した逐次計算を逐次計算部18bのプログラムに従って行って、断面窒素分布2を求める(S122〜S124)。
図5に示すように、時刻t=tにおける窒素の拡散について考える。ここで縦軸のCは窒素量である。
図5(a)に示すように、処理表面X=0から侵入窒素量Fが与えられたとして、深さ方向位置の微小区間では、合金窒化物を析出させた残りの窒素の一部が固溶し一部が更に深部に拡散しようとする。詳細には、深さ方向位置X=x−ΔxとX=xの微小区間Un−1では合金窒化物を析出させた残りの窒素41があって、微小区間Un−1から深さ方向位置X=xとX=x+Δxの微小区間Uへ向けてフィックの第2法則に従って、矢印Jに示すように、窒素41の一部である拡散窒素41aが拡散していく(S122)。すなわち、窒素41bだけが微小区間Un−1に固溶する。
図5(b)を併せて参照すると、微小区間Uでは、拡散窒素41aの一部が窒化物生成元素のそれぞれと反応して複数種類の合金窒化物32(M1,M2,M3…)を析出させる(S123)。残りの窒素42の一部である拡散窒素42aは、フィックの第2法則に従って、矢印Jに示すように、深さ方向位置X=x+ΔxとX=x+2Δxの微小区間Un+1に向けて更に拡散していく(S124)。すなわち、窒素42bだけが微小区間Uに固溶する。
上記した侵入窒素量Fが処理表面X=0から与えられたとする境界条件のもとで、図5のモデルに従った逐次計算(S122〜S124)を処理表面X=0から所定の深さ位置に到達するまで行って、時刻t=tの断面窒素分布2(図6参照)を得られる。なお、微小区間Uに固溶できる窒素量よりも窒素42bの量が大きいときは、かかる固溶限まで窒素42bを固溶させ、その残りは拡散窒素42aに加えて逐次計算を行うことが好ましい。
ところで、逐次計算(S122〜S124)において、合金窒化物32は、上記したように微小区間Uへ拡散してくる矢印Jに示す窒素が窒化物生成元素のそれぞれと反応して生成するが、この各窒化物量は、窒化物生成元素の反応速度定数を用いた次のような式4で求めることができる。
ここで、n=1、ρMeNを窒化物の密度、VMeNを窒化物の体積、tを時間、Kを反応速度定数、及び、Cをα鉄中の固溶窒素量,CMeをα鉄中の窒化物を形成していない合金元素量とする。
式4において、反応速度定数Kは、既知の値を用いても良いが、実験的に求めた以下の反応速度定数Kを用いてもよい。

1Cr: KCr=1.23×10exp(−18006/T) 〔1/mass%・sec〕 (式5)
3Cr: KCr=4.85×1010exp(−23172/T) 〔1/mass%・sec〕 (式6)
6Cr: KCr=1.95×1011exp(−23537/T) 〔1/mass%・sec〕 (式7)
Mo: KMo=3.19×10exp(−13213/T) 〔1/mass%・sec〕 (式8)
V : K=1.85×105 exp(−14144/T) 〔1/mass%・sec〕 (式9)
W : K=4.01×107 exp(−13477/T) 〔1/mass%・sec〕 (式10)

ここで、Crについては、合金組成による依存が大きいため、適宜、合金組成に依存させた反応速度定数Kを用いることが好ましい。例えば、Cr含有量が1質量%程度のときに式5を、3質量%程度のときに式6を、6質量%程度のときに式7を用いる。また、一般的に、窒化処理は723K以下の温度で処理されることが多く、かかる温度ではSiの反応速度定数Kが非常に小さく、本発明の目的において、Siの窒化物の析出については無視することとしてよい。これら式5乃至10(必要に応じて、Siの反応速度定数K)は、予測システム10の記憶部15の記憶領域20に記憶させておき、適宜、呼び出して用いられる。
図5のモデルに従った逐次計算(S122〜S124)に式4を用いることで、図6に示すような各窒化物生成元素毎の窒化物M1,M2,M3・・・の窒化物量分布4を含む断面窒素分布2を得ることができる(S13)。
続く、硬さ変換ステップS2では、記憶部15の硬さ変換部19のプログラムに従って、補正計算ステップS1で得られた窒化物量分布4を所定の硬さ変換式によって硬さ分布へと変換する。
例えば、硬さ変換式は、いくつかの硬さ実測値に基づいた回帰計算から得られる以下の如き経験式であって、記憶部15の記憶領域20にあらかじめ記憶されている。なお、硬さに対する窒化物毎の寄与に対して重み付けをしている。すなわち、各窒化物生成元素の質量%である[Si(x)],[Cr(x)],[Mo(x)],[V(x)],[W(x)]には各係数が与えられている。

[N(x)]=[Si(x)]+3.8[Cr(x)]+2.5[Mo(x)]+10.7[V(x)]+[W(x)] (式11)

[Si(x)],[Cr(x)],[Mo(x)],[V(x)],[W(x)]は、記憶領域20に記憶されたΔ[Si],Δ[Cr],Δ[Mo],Δ[V],Δ[W]の値から得られる。
以上により、予測システム10において、被処理材の合金組成に基づいた断面窒素分布2についての窒化物量分布4を求めることができて断面硬さ分布を得られる。つまり、同じ窒化処理条件であっても異なる断面硬さ分布を与える合金組成の異なる高合金工具鋼毎にその断面硬さ分布を予測できて、窒化処理の工程をより効率的に行うことができる。一方で、窒化処理条件から断面硬さ分布を得られるから、所望とする断面硬さ分布を得るために必要とされる窒化処理条件の例を求め得るのである。
次に、上記した予測システム10により得られる断面硬さ分布と実測値とを比較した実証試験について説明する。
<実証試験1>
図7には、以下の条件で窒化処理した試料の断面硬さ分布の実測値と、上記した予測システム10により予測した断面硬さ分布とを示した。
窒化方法: ラジカル窒化
温度: 500℃
圧力: 130Pa
アンモニア量: 2(l/min)
水素量: 0.5(l/min)
放電電圧: 420V
組成: 0.38C-1Si-5.3Cr-1.2Mo-0.85V-bal.Fe
(その他、意図しない不純物元素を含む)
心部硬さ: 450Hv
同様に、図8には、以下の条件で窒化処理した試料の断面硬さ分布と、上記した予測システム10により予測した断面硬さ分布とを示した。
窒化方法: 塩浴軟窒化処理
温度: 550℃
OCN濃度: 31wt%
組成: 0.38C-1Si-5.3Cr-1.2Mo-0.85V-bal.Fe
(その他、意図しない不純物元素を含む)
心部硬さ: 500Hv
なお、窒化処理を10時間及び20時間行ったときの2種類を示した。
ここで、ラジカル窒化では窒化処理表面にほとんど化合物層を生じないが、塩浴軟窒化処理では化合物層を生じていた。しかしながら、図7及び8に示すように、予測システム10による予測はいずれも実測値を良好に反映していることが判る。
<実証試験2>
次に、図9に示すような合金工具鋼としての代表的な合金組成を有する長さ50mmの角棒に以下の条件で窒化処理したときの予測システム10による硬さの予測値と実測値とを計測した。
詳細には、真空高周波溶解炉で得られた図9に示す合金組成を有する30kgの鋼塊を一辺42mmの正方形の断面形状の角棒に鍛造し、700℃で3時間焼鈍した。これを一辺10.5mmの正方形の断面形状を有する長さ50mmの角棒に切断、粗加工した。角棒を1030℃で0.5時間保持した後に油浴に焼入れ、更に、600℃で1時間保持して空冷で焼戻した。さらに同じ焼戻しを行った。この角棒から一辺10mmの正方形の断面形状を有する長さ50mmの角棒を切り出して試料とし、ラジカル窒化処理した。
ここで窒化処理は、バイアス電圧及びガス組成比率を変化させて行った。炉内温度は500℃、炉内圧力は130Paとし、バイアス電圧は420〜520Vの各電圧、NHガスとHガスの流量比は1:4〜4:1の各混合比率とし、0.5〜20時間保持した後に炉冷した。
窒化処理後の試験片は中央横断面を切り出して研磨し、この一辺10mmの正方形の研磨面について、EPMA(Electron Probe Micro Analyser)分析により窒素濃度を測定し、更に、ビッカース硬度計により窒化処理表面から0.02mmの位置の硬さを測定した。
図10には表面窒素濃度に対する硬さの実測値を、図11には上記した式11により表面窒素濃度に重み付けした析出物形成窒素濃度と硬さの実測値を示した。これから判るように、図10に比較して、図11においてプロット点にばらつきが少なく、表面窒素濃度よりも重み付けをされた析出物形成窒素濃度の方がより実測された硬さを反映している。
なお、かかる実証試験において、時間当たりの鋼への侵入窒素量は窒化処理条件を変化させない限り時間変化せず、鋼の合金組成に対してもほとんど変化していないことが確認できた。
<予測システムの応用>
上記した予測システム10によれば、窒化処理条件と合金組成から断面硬さ分布を予測できるのである。すなわち、図1に示したように、被制御機器22に予測システム10を組み合わせ、図示しない表示部を被制御機器22に与えることで、断面硬さ分布を表示させ得る。被制御機器22のオペレータは、窒化処理に先だって、断面硬さ分布を知り得るのである。また、予測システム10では、窒化処理条件から断面硬さ分布を得られるから、所望とする断面硬さ分布と同じ断面硬さ分布を得られるよう窒化処理条件を適宜変更して予測を繰り返す計算を行うようにして、所望とする断面硬さ分布を与え得る窒化処理条件を決定できる。以上のように、かかる予測システム10を組み合わせた被制御機器22によれば、窒化処理をより効率的に行うことができるようになる。
1 標準断面窒素分布
2 断面窒素分布
4 窒化物量分布
10 予測システム
18 補正計算部
19 硬さ変換部
22 被制御機器

Claims (3)

  1. 少なくとも質量%で3.00〜13.54%のCrを含有する工具鋼からなる被処理材を窒化処理雰囲気内で窒化処理して得られる断面硬さ分布の予測システムであって、
    前記被処理材の合金組成の外部入力を受けて、少なくともSi,Cr,Mo,V,Wの窒化物生成元素について、標準被処理材の基準合金組成との質量%差であるΔ[Si],Δ[Cr],Δ[Mo],Δ[V],Δ[W]を求め、前記標準被処理材を所定の窒化処理条件で窒化処理した後の断面の窒素分布でありフィックの第2法則に従う標準断面窒素分布を補正断面窒素分布に補正し窒化物量分布を計算する補正計算部と、
    前記補正断面窒素分布についての前記窒化物量分布から前記断面硬さ分布を求める硬さ変換部と、
    を含み、
    更に、前記補正計算部は、
    前記被処理材の被処理表面において、前記窒化処理雰囲気から前記被処理材へと侵入する窒素量を計算する侵入窒素量計算部と、
    前記被処理表面から深さ方向に向けて順次、拡散してくる第1の拡散窒素量から窒化物を形成する前記窒化物生成元素のそれぞれについての窒化物形成窒素量を減じて拡散していく第2の拡散窒素量をフィックの第2法則に従って計算する逐次計算部と、を含み、
    前記窒化物形成窒素量をρ MeN を窒化物の密度、V MeN を窒化物の体積、tを時間、Kを反応速度定数、及び、C Me をα鉄中の固溶窒素量、C N をα鉄中の窒化物を形成していない合金元素量とし、
    で表される式によって計算し、
    前記所定の窒化処理条件で前記被処理材を窒化処理したときの断面硬さ分布を予測することを特徴とする予測システム
  2. 前記侵入窒素量計算部は、前記窒化処理雰囲気から前記被処理材へと侵入する窒素量を時間依存しないとした上で、これを前記標準断面窒素分布の表層近傍の窒素濃度から算出することを特徴とする請求項記載の予測システム。
  3. 請求項1又は2の予測システムを組み込んでおり、前記硬さ変換部で求められた断面硬さ分布を表示する表示部を有することを特徴とする窒化処理装置。
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