JP5760597B2 - 絶縁塗料およびそれを用いた絶縁電線、並びにコイル - Google Patents

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Description

本発明は、マグネットワイヤなどの絶縁被覆に用いられる絶縁塗料に関し、特に、耐部分放電特性が改善された絶縁被膜が得られる絶縁塗料及び当該塗料で絶縁被膜を形成した絶縁電線、並びにコイルに関する。
モータやトランスなどの電気機器のコイルには、芳香族ジアミン成分とトリカルボン酸無水物などの酸成分とを、酸成分の配合量が過剰な状態で合成反応させて得られ、分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸にアルコール成分を加えて作製されたポリエステルイミド樹脂絶縁塗料などからなる絶縁塗料を、導体上に塗布し、焼付けして形成された絶縁被膜を有する絶縁電線(エナメル線ともいう。)が用いられている。また、上述したような絶縁塗料で形成した絶縁被膜の上に、ポリアミドイミド樹脂系の絶縁被膜、あるいは自己潤滑性を有する絶縁被膜や自己融着性を有する絶縁被膜などを形成した絶縁電線なども用いられている。特に、上述したポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を塗布、焼付けして形成した絶縁被膜を有する絶縁電線は、高い耐熱性を得ることができると共にコストを比較的低く抑えることができる。
一般に、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料は、三官能のアルコール成分であるグリセリンや、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)などが導入されることで耐熱性や耐冷媒性などの諸特性を向上させることができる。現在、汎用的に用いられているポリエステルイミド樹脂絶縁塗料としては、芳香族ジアミン成分と酸成分とからなるイミドジカルボン酸に、THEICからなるアルコール成分を加えたTHEIC変性ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料などがある。
他方、モータなどの電気機器を高効率化させるために、近年、インバータ制御によって駆動させるモータが多くなっている。このようなインバータ制御によって駆動させるモータでは、駆動時に過大な電圧(インバータサージ電圧)が発生するとコイルを構成する絶縁電線同士間などに部分放電が発生する場合がある。そして、この絶縁電線同士間に発生した部分放電によって絶縁被膜が劣化して、絶縁破壊に至る虞がある。
この部分放電による絶縁被膜の劣化を低減する方法として、例えば、特許文献1では、導体と、導体を被覆する絶縁皮膜よりなる絶縁電線であって、絶縁皮膜が、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を、塗布、焼き付けして形成された絶縁層を有する絶縁電線が提案されている。特許文献1によれば、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を含む樹脂組成物を、塗布、焼き付けして絶縁層を形成させることにより、コロナ放電開始電圧(部分放電開始電圧)が高い(ピーク値で940V程度、実効値で670V程度)絶縁電線が得られるとされている。
特開2009−277369号公報
最近では、電気機器の更なる高効率化・高出力化に伴い、モータの駆動電圧が昇圧する傾向にある。また、絶縁電線の占積率も更に向上させることが望まれている。そのため、モータなどに使用される絶縁電線は、通電によって絶縁電線の周辺に発生する熱が高くなる傾向にある。また、絶縁電線が従来以上に密集してコイル成形されているために絶縁電線の周辺に発生する熱が系外へ放出されにくく、かつ、部分放電も従来以上に発生しやすくなるという問題がある。
特許文献1に記載されている従来の絶縁電線では、絶縁被膜がポリエーテルスルホンを混合した混合樹脂によって形成されているため、絶縁被膜の比誘電率を低減させることができる。しかし、絶縁被膜が熱可塑性樹脂を含む混合樹脂で形成されているために、通電した際に絶縁電線の周辺に発生する熱によって絶縁被膜が変形したり、厚さが減少したりする場合があるなどの虞がある。特に、高い部分放電開始電圧を得るために熱可塑性樹脂であるポリエーテルスルホンの混合割合を多くすると、そのような絶縁被膜の変形などが発生しやすいことが危惧される。
従って、本発明の目的は、上記の課題を解決し、熱可塑性樹脂を含まずに高い部分放電開始電圧を有する絶縁被膜を形成しうる絶縁塗料、および当該絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成した絶縁被膜を含む絶縁被覆を備える絶縁電線を提供することにある。
本発明は、上記目的を達成するため、芳香族ジアミン成分及びトリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成反応させて得られる分子骨格中にカルボキシル基を有するジカルボン酸成分とフェノール成分及びアルコール成分からなるエステル結合成分とを合成反応させることにより、前記ジカルボン酸成分に対して前記エステル結合成分がエステル結合により結合されるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなり、前記エステル結合成分は、前記フェノール成分に3つ以上の芳香環を有するビスフェノールが含まれていることを特徴とする絶縁塗料を提供する。
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁塗料において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記3つ以上の芳香環を有するビスフェノールは、エステル結合成分中に30モル%以上100モル%未満の割合で含まれている。
(2)前記ジカルボン酸成分は、芳香族ジアミン成分と、芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分とを合成反応させて得られ、分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸からなる。
また本発明は、上記目的を達成するため、導体と、前記導体を被覆する絶縁被覆と、を有し、前記絶縁被覆は、上記の絶縁塗料を塗布、焼付けして形成された絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁電線を提供する。
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁電線において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記絶縁被覆は、前記絶縁被膜の内側あるいは外側に、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする有機絶縁被膜をさらに有する。
(2)前記絶縁被膜は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である。
また本発明は、上記目的を達成するため、上述の絶縁電線を用いて成形されてなることを特徴とするコイルを提供する。
本発明によれば、熱可塑性樹脂を含まずに高い部分放電開始電圧を有する絶縁被膜を形成しうる絶縁塗料を提供することができる。また、本発明によれば、当該絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成した絶縁被膜を含む絶縁被覆を備え、熱可塑性樹脂を含まずに高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線、並びに当該絶縁電線を用いて成形されてなるコイルを提供することができる。
本発明の実施の形態に係る絶縁電線の一例の断面図である。 本発明の実施の形態に係る絶縁電線の一例の断面図である。
以下に、本発明を実施するための形態について、図や実施例によって説明するが、本発明の範囲は、ここで取り上げた形態や実施例のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を変更しない範囲で、種々の変更や改良が可能である。
[絶縁塗料]
本発明の絶縁塗料は、導体上に塗布し、焼き付けられて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線に使用されるものであり、分子骨格中にカルボキシル基を有するジカルボン酸成分と、このジカルボン酸成分に対してエステル結合により結合されるエステル結合成分と、からなり、エステル結合成分が3つ以上の芳香環を有するビスフェノールからなるフェノール成分が含まれている。このような絶縁塗料としては、例えば、芳香族ジアミン成分および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成反応させて得られ、分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸からなるジカルボン酸成分に対して上述したエステル結合成分をエステル結合させて得られるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料や、テレフタル酸などのジカルボン酸からなるカルボン酸成分に対して上述したエステル結合成分をエステル結合させて得られるポリエステル樹脂絶縁塗料などがある。
このような絶縁塗料を塗布、焼き付けして形成された絶縁被膜を有する絶縁被覆とすることにより、熱可塑性樹脂を絶縁被膜に含有させることや、絶縁被覆の厚さを従来よりも厚くすることをせずに、従来と同等以上の高い部分放電開始電圧(例えば、980Vp以上の部分放電開始電圧)を有する絶縁被膜とすることができる。このような絶縁被膜を有することで、駆動電圧が従来よりも昇圧されるモータに使用された場合であっても、部分放電の発生を抑制することができると共に、占積率の低下も抑制することができる。さらに、通電によって絶縁電線の周辺に発生する熱が想定する範囲以上に高くなってしまった場合や、絶縁電線の占積率が向上することで絶縁電線の周辺に発生する熱が系外へ放出されにくい場合であっても、絶縁被膜の変形や厚さの減少が発生しにくい絶縁電線とすることができる。
[ジカルボン酸成分]
本発明の絶縁塗料に用いられるジカルボン酸成分は、分子骨格中にカルボキシル基を有するものであり、上述したような芳香族ジアミン成分および芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成反応させて得られ、分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸や、テレフタル酸などのジカルボン酸などからなる。
(酸成分)
イミドジカルボン酸を構成する酸成分としては、トリカルボン酸無水物を必須に含む。このトリカルボン酸無水物としては、例えばトリメリット酸無水物(TMA)、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物などが挙げられる。これらのうち、コスト的な観点からは、トリメリット酸無水物が好ましい。
また、酸成分には、上述したトリカルボン酸無水物と併用して、テトラカルボン酸二無水物を使用することもできる。このテトラカルボン酸二無水物としては、例えばピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’−オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’,4,4’−ビフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、4,4’−(2,2−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物、2,2−ビス[4−(3,4−ジカルボン酸フェノキシ)フェニルプロパン酸二無水物(BPADA)などが挙げられる。なお、より高い部分放電開始電圧を有する絶縁被膜を得る場合は、重量平均分子量の大きいもの(例えば重量平均分子量が400以上のもの)を使用することが好ましい。
また、必要に応じて、ブタンテトラカルボン酸二無水物や5−(2,5−ジオキソテトラヒドロ−3−フラニル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物等の脂環式テトラカルボン酸二無水物、或いは上記例示した芳香族テトラカルボン酸二無水物を水添した脂環式テトラカルボン酸二無水物等を、トリカルボン酸無水物と併用しても良い。但し、この場合、末端がジカルボン酸となるように、モル比の調整が必要である。また、トリカルボン酸無水物と併用して、後述するジカルボン酸を使用してもよい。
(芳香族ジアミン成分)
芳香族ジアミン成分としては、4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)や4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(DDE)などの芳香族ジアミンなどが用いられる。特に、高い部分放電開始電圧を有する絶縁被膜を得るとの観点からは、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンを含む芳香族ジアミン成分とするのがよい。3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンとしては、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン(BAPS)、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル(BAPE)、9,9−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン(FDA)、9,9−ビス(4−アミノ−3−メチルフェニル)フルオレン、9,9−ビス(4−アミノ−3−クロロフェニル)フルオレン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンなどが挙げられる。また上述した芳香族ジアミンの異性体も使用することができる。これらの芳香族ジアミンを1種以上用いることができる。
(ジカルボン酸)
また、上述したイミドジカルボン酸以外のジカルボン酸成分としては、ジカルボン酸を用いることができる。このジカルボン酸としては、例えば、テレフタル酸(TPA)、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸、またはそれらのアルキルエステルであるジメチルテレフタレート(DMT)、ジメチルイソフタレート等を用いることができる。
[エステル結合成分]
上述したジカルボン酸成分のカルボキシル基とエステル結合により結合するエステル結合成分としては、耐熱性を維持しつつ、絶縁被膜の乾燥時における比誘電率および吸湿時における比誘電率をともに低下させる観点から、3つ以上の芳香環を有するビスフェノールからなるフェノール成分を用いるとよい。
(フェノール成分)
フェノール成分に関し、より具体的には、下記化学式(1)で示されるような3つ以上の芳香環を有する芳香族ビスフェノールなど、芳香環をR1、R2で示される連結基で結合されたもの等がある。また、3つ以上の芳香環を有する芳香族ビスフェノールとしては、フルオレン骨格などの多環芳香族などが含まれているものであってもよい。フェノール成分は、上述したような3つ以上の芳香環を有する芳香族ビスフェノールを1種以上用いることができる。なお、下記化学式(1)中において、R1、R2としては、「−CH2−」、「−O−」、「−SO2−」、「−CO−」、「−C(CH32−」などの連結基が例示され、R1とR2とは同じ連結基であっても、異なる連結基であってもよい。より具体的には、4,4’−(1,4−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールP)、4,4’−(1,3−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールM)、9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン(ビスフェノールフルオレン)、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(ビスフェノールA)などが挙げられる。
Figure 0005760597
また、ビスフェノール成分には、3つ以上の芳香環を有する芳香族ビスフェノールと併用して、2つ以下の芳香環を有する芳香族ビスフェノール成分が含有されていても良い。また、脂環構造を有する原料を併用すると比誘電率の低減や樹脂組成物の透明性向上に効果が期待されるため、耐熱性の低下を招くおそれのない範囲で配合量や化学構造を適宜調整し、併用しても良い。
なお、3つ以上の芳香環を有するビスフェノールからなるフェノール成分は、エステル結合成分を100モル%とした場合に、エステル結合成分中に30〜100モル%(30モル%以上100モル%以下)の割合で含まれていることがよい。より好ましくは30モル%以上70モル%以下がよく、さらにはフェノール成分がエステル結合成分の主成分として50モル%超70モル%以下がよい。3つ以上の芳香環を有するビスフェノールがエステル結合成分中に上述した配合割合で含有されていることにより、比誘電率の低減と耐熱性向上とを両立させることができる。なお、エステル結合成分中における3つ以上の芳香環を有するビスフェノールの配合割合が30モル未満の場合、絶縁被膜の比誘電率を低減させる効果が得られにくい場合がある。
(アルコール成分)
上述した絶縁塗料は、エステル結合成分として、フェノール成分の他にアルコール成分がフェノール成分とともに含まれていてもよい。フェノール成分と併用して用いられるアルコール成分としては、多価アルコールが好ましい。より具体的には、エチレングリコール(EG)、ネオペンチルルグリコール、1,4−ブタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,6−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール、グリセリン(G)、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等の3価以上のアルコール、イソシアヌレート環を有するアルコールなどが挙げられる。イソシアヌレート環を有するアルコールとしては、トリス(ヒドロキシメチル)イソシアヌレート、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、トリス(3−ヒドロキシプロピル)イソシアヌレート等が挙げられる。
[絶縁塗料の合成方法]
本実施の形態に係る絶縁塗料は、分子中にエステル結合とイミド結合を有するポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる場合、酸成分と芳香族ジアミン成分から形成され、その分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸と上述したエステル結合成分との合成反応から形成される。すなわち、酸成分と芳香族ジアミン成分から形成されるイミドジカルボン酸を、上述したエステル結合成分を一部または相当量用いてイミド変性したものがポリエステルイミド樹脂である。
ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の合成方法は、芳香族ジアミン成分と、トリメリット酸無水物(TMA)などからなるトリカルボン酸無水物を含む酸成分とを反応させることにより、イミドジカルボン酸を得る。この得られたイミドジカルボン酸に、上記化学式(1)で示されるような3つ以上の芳香環を有するビスフェノール(例えばビスフェノールP)からなるフェノール成分を単独、あるいはトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)やエチレングリコール(EG)などからのアルコール成分と併用して得られるエステル結合成分を合成反応させ、エステル化することで得られる。
なお、イミドジカルボン酸成分とビスフェノール成分単独、あるいはビスフェノール成分とアルコール成分とからなるエステル結合成分との合成反応は、芳香族ジアミン成分と酸成分とを一旦、反応させる第1反応工程の後、第2反応工程として第1反応工程で得られたイミドジカルボン酸に、エステル結合成分を加えて反応させる方法、或いは、攪拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに、芳香族ジアミン成分、酸成分、およびエステル結合成分の各成分を一度に投入して芳香族ジアミン成分および酸成分からなるイミドジカルボン酸とエステル結合成分とを合成反応させる方法などがある。
また、イミドジカルボン酸成分とエステル結合成分とを反応させる際には、絶縁被覆の諸特性のバランスを考慮して、エステル結合成分と酸成分のモル比率(OH/COOH)が、1.2〜2.5にすることが望ましく、1.5〜2.3にすることがなお望ましい。
また、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料の合成反応時において、クレゾールなどのフェノール類からなる有機溶剤や、プロピレンカーボネートとフェノール類との混合溶剤などの有機溶剤の存在下で行ってもよいし、有機溶剤を用いない無溶媒下で行ってもよい。合成系内の制御が容易という点から溶剤存在下で合成することが好ましい。また必要に応じ、芳香族アルキルベンゼン類で希釈しても良い。
また、可とう性や耐摩耗性等の諸特性の改善のために、フェノール樹脂やキシレン樹脂、ブロックイソシアネート、また場合によっては、密着性向上などの目的で、銅導体との錯体を形成するSやNが含まれるチオール化合物やメラミン、テトラゾールなどを必要に応じて添加しても良い。
また、イミドジカルボン酸成分とエステル結合成分とを反応させる際に、必要に応じて硬化触媒や有機酸金属塩を用いても良い。硬化触媒としては、テトラブチルチタネート(TBT)、テトラプロピルチタネート(TPT)及びその重合体等のチタン系アルコキシドが好ましく用いられる。チタン以外の金属アルコキシドでもよい。有機酸金属塩としては、マンガン系、亜鉛系などを諸特性改善のため用いても良い。
さらに、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
なお、上記した絶縁塗料の合成方法では、ジカルボン酸成分として、芳香族ジアミン成分とトリカルボン酸無水物を含む酸成分とからなるイミドジカルボン酸を用いた例で説明したが、イミドジカルボン酸に替えてテレフタル酸などのジカルボン酸をジカルボン酸成分として用いた場合でも同様の合成方法によって本実施の形態に係る絶縁塗料を得ることができる。
[絶縁電線]
本発明の絶縁電線は、図1、図2に示すように導体1上に、又は導体上に形成された他の樹脂層上に、上述した本実施の形態の絶縁塗料を塗布、焼き付けしてなる絶縁被膜2が形成された絶縁被覆を有する絶縁電線10である。この絶縁被膜2は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である。好ましくは、絶縁被膜2の吸湿時における比誘電率(ε1)と乾燥時における比誘電率(ε2)との差の割合が2%未満((ε1−ε2)/(ε1)×100<2.0[%])であるとよい。
ここで、比誘電率とは、絶縁電線の表面に金属電極を蒸着し、導体と金属電極との間の静電容量を、市販のインピーダンスアナライザを用いて測定(周波数:1kHz)し、測定して得られた静電容量と金属電極の長さと絶縁被覆の厚さとから算出して得られるものである。また、乾燥時における比誘電率とは、絶縁電線を温度100℃の恒温槽中に50時間放置した後、その恒温槽内で上述した測定方法により測定した静電容量に基づいて算出して得られる比誘電率であり、吸湿時における比誘電率は、温度25℃、湿度50%の恒温恒湿槽中に50時間放置した後、その恒温恒湿槽内で上述した測定方法により測定した静電容量に基づいて算出して得られる比誘電率である。
本発明の絶縁電線において、導体1としては、低酸素銅や無酸素銅等からなる銅線、銅合金線の他、銀等の他の金属線等も用いられる。また、導体1の断面形状は、特に限定されないが、例えば図1、図2に示されるような円形状、四角形状(4隅の頂点が尖っておらず、湾曲した角を有するものも含む)からなる断面形状を有するものが用いられる。
絶縁被覆としては、絶縁被膜2の内側(下層)、又は外側(上層)に、他の有機絶縁被膜(樹脂層)を有してもよい。例えば、導体1と絶縁被膜2との密着性の改善や、絶縁被覆の表面の潤滑性の改善等を目的として、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする樹脂層を絶縁被膜2の下層、又は上層に設けてもよい。
[絶縁塗料の調製]
実施例、及び比較例に係る絶縁電線を作製するにあたり、以下に示す方法によって、絶縁塗料を調製した。
攪拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに実施例1〜5、及び比較例1〜3に示す原料及び溶剤を一度に投入し、窒素雰囲気中で攪拌しながら約1時間で170℃昇温し3時間反応させ、その後220℃に更に昇温し8時間反応させた。この樹脂溶液を適宜希釈し、硬化剤(TBT)及びフェノール樹脂を添加し、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を作製した。
[絶縁電線の作製]
実施例および比較例に係る絶縁電線は、上述の調製で得られた絶縁塗料を、0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして絶縁被膜を形成することにより得た。
(実施例1)
芳香族ジアミン成分として58.6gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)及び30.3gの2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)と、酸成分として95.1gのジメチルテレフタレート(DMT)、および142.1gのトリメリット酸無水物(TMA)と、フェノール成分として276.8gの4,4’−(1,3−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールM)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)とを投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(実施例2)
芳香族ジアミン成分として73.3gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として95.1gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び142.1gのトリメリット酸無水物(TMA)と、フェノール成分として176.5gの4,4’−(1,4−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールP)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、及び18.0gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(実施例3)
芳香族ジアミン成分として51.5gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として133.9gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び99.8gのトリメリット酸無水物(TMA)と、フェノール成分として193.2gの9,9−ビス(4−ヒドロキシフェニル)フルオレン(ビスフェノールフルオレン)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、及び24.2gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(実施例4)
芳香族ジアミン成分として72.9gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)、及び37.7gの2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)と、酸成分として58.2gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び176.6gのトリメリット酸無水物(TMA)と、フェノール成分として307.9gの4,4’−(1,4−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールP)と、アルコール成分として112.2gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ46μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(実施例5)
芳香族ジアミン成分として91.1gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として58.2gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び176.6gのトリメリット酸無水物(TMA)と、ビスフェノール成分として204.1gの4,4’−(1,4−フェニレンジイソプロピリデン)ビスフェノール(ビスフェノールP)、及び68.4gの2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(ビスフェノールA)と,アルコール成分として39.6gのグリセリン(G)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ46μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(比較例1)
芳香族ジアミン成分として73.3gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として95.1gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び142.1gのトリメリット酸無水物(TMA)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、および49.6gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(比較例2)
芳香族ジアミン成分として91.1gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として58.2gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び176.6gのトリメリット酸無水物(TMA)と、アルコール成分として39.6gのグリセリン(G)および55.2gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
(比較例3)
芳香族ジアミン成分として51.5gの4,4’−ジアミノジフェニルメタン(DAM)と、酸成分として133.9gのジメチルテレフタレート(DMT)、及び99.8gのトリメリット酸無水物(TMA)と、アルコール成分として156.6gのトリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート(THEIC)、及び58.3gのエチレングリコール(EG)を投入し、合成を行い、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなる絶縁塗料を得た。この絶縁塗料を0.8mmの銅導体上に塗布、焼付けして、厚さ45μmの絶縁被膜を有する絶縁電線を得た。
実施例1〜5、および比較例1〜3における絶縁塗料の原料組成を表1、及び絶縁電線の特性を表2に示す。
絶縁電線の特性(寸法、可とう性、耐摩耗性、耐熱性、耐軟化温度)については、JIS C 3003に準拠した方法で測定した。なお、可とう性試験については、伸長していない絶縁電線を、当該絶縁電線の導体径と同じ直径を有する巻き付け棒へ巻き付けたときに、絶縁被膜に亀裂の発生が見られないものを合格とした。
また、実施例1〜5、および比較例1〜3の各絶縁電線の部分放電開始電圧、および絶縁被膜の比誘電率は、以下の方法によって測定した。
(部分放電開始電圧の測定方法)
部分放電開始電圧は、実施例および比較例の各絶縁電線を500mmの長さで2本切り出し、約14.7N(約1.5kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120mmの範囲に9回の撚り部を有するツイストペアの試料を作製した。得られたツイストペアの試料の端部10mmの絶縁被覆を剥離した後、温度25℃、湿度50%の恒温恒湿槽中に配置し、50時間放置した後、部分放電自動試験装置を用いて測定した。測定条件は、温度25℃ 、周波数50Hzの正弦波電圧を10〜30V/sの割合で昇圧しながらツイストペアの試料に荷電した。ツイストペアの試料に10pCの放電が1秒間に50回発生したときの電圧を部分放電開始電圧として測定した。
(比誘電率の測定方法)
乾燥時における比誘電率は、得られた実施例および比較例の各絶縁電線を温度100℃の恒温槽中に50時間放置した後、その恒温槽内で絶縁電線の表面に金属電極を蒸着し、導体と金属電極との間の静電容量を、市販のインピーダンスアナライザを用いて測定(周波数:1kHz)し、測定して得られた静電容量と金属電極の長さと絶縁被覆の厚さとの関係から比誘電率を算出した。また、吸湿時における比誘電率は、温度25℃、湿度50%の恒温恒湿槽中に50時間放置した後、その恒温恒湿槽内で乾燥時における比誘電率と同様の測定方法により静電容量を測定し、測定して得られた静電容量と金属電極の長さと絶縁被覆の厚さとの関係から比誘電率を算出した。
Figure 0005760597
Figure 0005760597
表1、2から明らかなように、エステル結合成分として3つ以上の芳香環を有するビスフェノールを含有する実施例1〜5の絶縁電線では、いずれも980Vp以上の部分放電開始電圧を有することが判る。また、3つ以上の芳香環を有するビスフェノールが含有されていない比較例1〜3の絶縁電線と比較しても、高い部分放電開始電圧を有していることが判る。さらに、実施例1〜5の絶縁電線では、従来の絶縁電線と同等レベルの諸特性を有していた。
1 導体
2 絶縁被膜
10 絶縁電線

Claims (7)

  1. 芳香族ジアミン成分及びトリカルボン酸無水物を含む酸成分を合成反応させて得られる分子骨格中にカルボキシル基を有するジカルボン酸成分とフェノール成分及びアルコール成分からなるエステル結合成分とを合成反応させることにより、前記ジカルボン酸成分に対して前記エステル結合成分がエステル結合により結合されるポリエステルイミド樹脂絶縁塗料からなり、
    前記エステル結合成分は、前記フェノール成分に3つ以上の芳香環を有するビスフェノールが含まれていることを特徴とする絶縁塗料。
  2. 前記3つ以上の芳香環を有するビスフェノールは、エステル結合成分中に30モル%以上100モル%未満の割合で含まれている請求項1に記載の絶縁塗料。
  3. 前記ジカルボン酸成分は、前記芳香族ジアミン成分と、芳香族トリカルボン酸無水物を含む前記酸成分とを合成反応させて得られ、分子骨格中にイミド基を有するイミドジカルボン酸からなる請求項1又は2に記載の絶縁塗料。
  4. 導体と、前記導体を被覆する絶縁被覆と、を有し、
    前記絶縁被覆は、請求項1〜のいずれかに記載の絶縁塗料を塗布、焼付けして形成された絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁電線。
  5. 前記絶縁被覆は、前記絶縁被膜の内側あるいは外側に、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、H種ポリエステル樹脂から選ばれる1種以上の樹脂を主体とする有機絶縁被膜をさらに有する請求項に記載の絶縁電線。
  6. 前記絶縁被膜は、乾燥時における比誘電率、および吸湿時における比誘電率がともに3.5未満である請求項4又は5に記載の絶縁電線。
  7. 請求項4〜6のいずれかに記載の絶縁電線を用いて成形されてなることを特徴とするコイル。
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