本発明に係る細胞吸着材及び細胞培養基材の実施の形態、特に細胞培養基材の実施の形態について、以下詳細に説明する。
本実施の形態に係る細胞培養基材は、無水コハク酸、無水イタコン酸、無水グルタル酸、無水アコニット酸、無水フタル酸、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水クロトン酸、無水アクリル酸、及び無水メタクリル酸から選ばれた二塩基酸無水物、並びにオクタデシルコハク酸無水物及びドデセニルコハク酸無水物から選ばれた長鎖炭化水素を有する二塩基酸無水物からなる群から選ばれた少なくとも1種の酸無水物と、動物由来(家蚕、野蚕由来)の絹タンパク質若しくは羊毛ケラチンの繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種との化学反応により化学修飾加工された天然有機高分子、エチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、及び1,6−ヘキサネジオールジグリシジルエーテルから選ばれた二官能性エポキシ化合物、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル及びトリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルから選ばれた三官能性エポキシ化合物、並びに該二官能性化合物と三官能性化合物との混合化合物からなる群から選ばれた少なくも1種のエポキシ化合物と、繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種との化学反応により化学修飾加工された天然有機高分子、又はフルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタクリレートのようなフッ素を含むモノマー、リン酸モノエステル、メタクリルアミド、及びメタクリル酸2−ヒドロキシルエチルからなる群から選ばれた少なくとも1種と繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種との化学結合によりグラフト加工された細胞吸着材からなる。
ここで、繊維状の天然有機高分子とは、家蚕や野蚕由来の絹タンパク質(絹フィブロイン、絹セリシン)や羊毛ケラチンからなる繊維の2次元の糸形態を意味し、織物の糸又は編み物の糸を2次元に組み合わせた形態である。この繊維状及び膜状の天然有機高分子には、家蚕や野蚕由来の絹タンパク質や羊毛ケラチンからなる織物の糸及び編み物の糸、並びに家蚕や野蚕由来の絹タンパク質や羊毛ケラチンからなる膜を3次元に組み合わせた構造体集合物も含まれる。これらの形態の素材からなる基質中で、有用細胞を多量に、しかも効率的に培養できる。この形態中の3次元立体構造体を使用すれば、ES細胞が分化して組織になる際に、極めて有益である。また、膜状の天然有機高分子の場合は、膜を折り曲げたり、膜を成形したりして、2次元構造体及び3次元構造体を容易に作製でき、その表面に各種細胞を付着・吸着せしめることができる。
上記3次元構造体は、繊維状の天然有機高分子を単独で、あるいは複数の繊維状の天然有機高分子を組み合わせて3次元に組み合わせたものであり、この3次元構造体を有する細胞基材を三次元培養基材と称す。この場合、有機、無機の支持体を被ったり、あるいは支持体の内部を繊維状の天然有機高分子で被覆してもよい。
本実施の形態においては、付着・吸着せしめ、培養せしめる細胞として、実験動物として最も広範に使用されているマウス由来のES細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞を改質した繊維状天然有機高分子に付着せしめて培養する方法について、以下説明する。これらのマウス由来の各種細胞の中でもES細胞を付着・吸着し、培養できる本発明の改質天然有機高分子からなる細胞培養基材は着目に値する。また、ヒト由来のES細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞も、マウス由来の細胞の場合と同様にこの改質天然有機高分子に付着・吸着せしめ、培養でき、同じ効果を達成できる。
本発明者らは、マウス由来のES細胞は様々な細胞に分化し、分化した細胞はそれぞれ繊維に対する挙動が変わることが予想できることに着目し、これを推測するため予め分化が終了し、完成した細胞、すなわち肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞を用いて繊維への親和性を検討してきた。
本発明の細胞培養基材は、マウス由来でほとんどの細胞に分化する能力を持つES細胞、や、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞を効率的に付着・吸着するという驚くべき機能を持つ。そのため、吸着させた細胞を効率的に増殖することが可能となり、ES細胞の継代培養の効率を高めることができる。
本発明において、細胞培養基材を構成する素材として繊維状天然有機高分子を用いることにより、従来と比べて、以下のような効果を達成できる。従来の培養基材(市販品で、ポリスチレン製の一般の培養容器)を用いる場合、マウス由来のES細胞は増殖過程で分化してしまい、目的とする臓器器官へと誘導することはできない。しかし、本発明によれば、未分化のES細胞を化学修飾加工した又はグラフト加工した繊維状天然有機高分子に付着・吸着させ、この天然有機高分子の表面にES細胞のコロニーを作らせ、ES細胞が増殖する際のある過程(細胞が分化する過程)でこの天然有機高分子を分繊させ、例えば2区分に分け、更に細胞培養して天然有機高分子を4区分に分けることで、ES細胞を培養前の数の4倍まで増殖させることができた。
本発明において付着・吸着せしめる細胞は、上記したように、マウス由来のES細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞である。本実施の形態では、主としてマウス由来のES細胞を使用して説明する。様々な細胞に分化するES細胞は、化学修飾加工した又はグラフト加工した天然有機高分子とどのような相互作用を示すかは不明であったため、マウス由来のES細胞、予め分化が終了し完成した肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞と天然有機高分子との付着・吸着性を検討した。この検討過程において、この天然有機高分子に付着する細胞の挙動には特異性が現れることを新たに見出した。この手法を細胞培養時に応用することで、分化した各種の細胞を選り分けることが可能な技術を確立した。
ES細胞を用いた再生医療:
本発明によるマウス由来の細胞を吸着・付着した改質天然有機高分子繊維素材の利用の展望は次の通りである。マウス由来のES細胞を、神経細胞や心筋細胞、膵臓ベータ細胞等に効率的に分化させる方法に開発の目安が得られれば、分化した細胞を選択後、移植することが可能となり、将来ES細胞を用いたヒトを含めた動物の再生医療が可能となる。例えば、ヒトの臓器機能が低下した患者に、未分化のES細胞が付着した改質天然有機高分子繊維素材を埋め込み、臓器を機能可能とさせることで、再生医療に役立つ技術に繋がる。本発明において、細胞付着・増殖性に優れた繊維素材を提供でき、動物の遺伝子を有するES細胞等を樹立することが可能となれば、生体から拒絶されることはなく幅広い応用が可能になる。
細胞移植等の再生医療やバイオリアクターのような細胞工学的研究には、分化誘導等で作出したES細胞を安定に維持する技術が必要不可欠である。そこで細胞種特有の分化状態がいかに維持されるかを解析しつつ、その分化形質を失い、多種の細胞に分化転換(あるいは脱分化)するかを追究することは重要な研究課題である。
本発明者らは、これまでES細胞の基本的な性質の解明、凍結技法の開発、培地開発、培養法の開発、誘導法の開発、細胞生物学的解析(RT-PCR, in situ hybridization, immunohistochemistry, physiological analysis, ultrastructural analysis)、分化細胞の移植法の開発を進めてきた。その結果、本発明者らの1人(佐々木克典)に対し、ヒトES細胞を用いた新しい治療法の開発研究について我が国で許可され、心筋細胞、肝臓細胞、膵臓細胞を用いて積極的に研究を進めている。その結果、心筋細胞、肝臓細胞の分化誘導に成功し、現在細胞生物学的解析及び組織工学的研究を進展させている。
本発明者らは、マウス由来のES細胞等の有用細胞胚葉体培養を行う過程で、効率的、かつ経済的な培養方法を改善するために、生体細胞を特異的に強く吸着・接着する細胞培養基材についての研究開発の検討を鋭意進めてきた。マウスES細胞胚葉体培養において、ES細胞を一定量含むEB培地に化学修飾加工やグラフト加工したカイコ由来の絹糸又は獣毛繊維(動物繊維)である羊毛繊維からなる繊維状天然有機高分子を培養基材として使用することで、マウス由来のES細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、SNL(フィーダー)細胞を当該繊維状天然有機高分子に効率的に付着・吸着せしめることができることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。
かくして、マウス由来の細胞が改質繊維状天然有機高分子に付着・吸着することが確かめられた。この天然有機高分子素材に細胞を付着・固定化できるため、繊維形態での分裂化した細胞操作が可能となり、繁雑で時間を要する細胞操作のマンパワーを削減できるようになり、この繊維状天然有機高分子を利用することにより細胞継代作業が大幅に軽減化できるようになった。
本発明によれば、これまでの複雑、煩雑な細胞培養操作を簡便に低コストで行うことが可能となったため、本発明の細胞培養基材を構成する改質繊維状天然有機高分子にES細胞のコロニーを吸着させることができた。ES細胞の増殖の過程の1ステージで、上記したように、例えば未分化な増殖状態の過程で、細胞が付着・吸着した改質繊維状天然有機高分子を分繊させ、未分化細胞が付着した繊維状天然有機高分子を、例えば2区分に分け、更に細胞培養して、繊維状天然有機高分子を4区分に分けることでES細胞を培養前の数の4倍にまで増やすことができるので、本発明の細胞培養基材は、有効な細胞培養床材として細胞の移動操作を容易に行うための培養基材として利用できる。
本発明で、マウス由来の各種細胞を強く付着・吸着する改質繊維状天然有機高分子は、(1)絹糸や羊毛繊維等の繊維状天然有機高分子に対して、グラフト加工用モノマーを用いて、重合開始剤の下、グラフト加工した繊維状天然有機高分子であり、また、(2)エポキシ化合物又は二塩基酸無水物を有機溶媒に溶解して加熱することで繊維状天然有機高分子と化学反応させて製造した化学修飾加工した繊維状天然有機高分子である。
エポキシ化合物による化学修飾加工:
化学修飾加工用に利用できるエポキシ化合物としては、次のようなエポキシ化合物が例示できる。例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−810)のような二官能性エポキシ化合物や、グリセロールポリグリシジルエーテル(ナガセ化成工業株式会社製、商品名:デナコールEX−313及びEX−314)のように三官能性エポキシ化合物を用いて化学修飾加工することができる。
上記エポキシ化合物の他に、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル等、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ソルビタンポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル等のエポキシ化合物も使用可能である。
天然有機高分子からなる試料をエポキシ化合物で化学修飾加工する際に用いる有機溶媒としては、従来公知の有機溶媒を利用できる。例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMFと略記することもある)、ジメチルスルホキシド(DMSOと略記することもある)、ジメチルアセトアミド(DMAと略記することもある)、テトラヒドロフラン、ピリジン等が挙げられる。本発明においては、例えば、DMF、DMSO等の使用が特に好ましい。
化学修飾加工は、例えば、エポキシ化合物を絹糸重量に対して20倍(浴比1:20と略記することもある)のDMFに溶解し、この溶液を逆流冷却器付きの100mLナス型フラスコに入れ、絹糸がDMF中に完全に浸漬するように留意しながら、ウォーターバス中で、75〜80℃で、所望とする加工率に応じて適宜反応時間を変えて(例えば、10分〜3時間、好ましくは10〜90分)反応させることにより実施できる。なお、エポキシ化合物は、例えば、100mLのDMFに20g含まれるようにすることが好ましい。反応終了後、試料を取り出し、DMFで洗浄し、続いて55℃のアセトンで洗浄することで未反応試薬を除去する。最終的に水で洗浄し、乾燥後重量を測定し、化学修飾加工の有無を確認する。
二塩基酸無水物による化学修飾加工:
本発明における化学修飾加工で用いることができる二塩基酸無水物としては、例えば、無水コハク酸、無水イタコン酸、無水グルタル酸、無水アコニット酸、無水フタル酸、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水クロトン酸、無水アクリル酸、無水メタクリル酸、オクタデシルコハク酸無水物、ドデセニルコハク酸無水物から選ばれた二塩基酸無水物等が挙げられる。本発明では、繊維状天然有機高分子との優れた化学反応性の視点からは、無水イタコン酸、無水グルタル酸、無水フタル酸が好ましく用いられる。家蚕絹糸、野蚕絹糸又は羊毛繊維等のタンパク質繊維と二塩基酸無水物とはアシル化反応で結合する。
アシル化反応の際に利用できる有機溶媒は、二塩基酸無水物を効率的に溶解できるものであれば、任意の溶媒でよく、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、ピリジン等が挙げられる。本発明においては、例えば絹タンパク質繊維の場合、この繊維を膨潤化させる有機溶媒、例えばN,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の使用が特に好ましい。繊維状天然有機高分子に対する有機溶媒の浴比は、1:20〜1:40であることが好ましい。
加工液中の二塩基酸無水物の濃度は、5〜30重量%、望ましくは10〜20重量%の範囲に設定するのがよい。5重量%未満の濃度では、二塩基酸無水物による化学修飾加工効果が十分でなく、低加工率の値となってしまい、また、30重量%を超える濃度では、二塩基酸無水物量が反応しきれずに残存するため、経済的ではない。
加工条件としては二塩基酸無水物を含む加工溶媒中に試料を入れ、羊毛繊維等の獣毛繊維では望ましくは65℃以上、絹繊維では望ましくは75℃以上で、望ましくは1時間以上処理する。なお、二塩基酸無水物を用い、75℃以上の温度で化学修飾加工する場合、溶媒が次第に蒸発し、これに伴い加工試薬濃度が変化し、高分子素材との反応性が変わってしまうことが懸念される。そのため、化学修飾加工は逆流冷却器を付けたナス型フラスコ、三角フラスコ内で行うことが望ましい。
なお、溶媒として、ジメチルスルホキシドのように繊維の微細構造に悪影響を及ぼすことなく繊維を適度に膨潤させる溶媒を用いる場合では、反応温度が低くても、また、反応時間が短時間であっても十分な改質効果を得ることができる。反応終了後、生成物中の未反応酸無水物を除去するには、繊維をメタノール又はイソプロパノール等の酸無水物の良溶媒により洗浄後、必要に応じて加熱のアセトンで1時間処理することが望ましい。
本発明において、二塩基酸無水物を反応させる場合の絹タンパク質の活性部位は、リジン、アルギニン、セリン、チロシンである。羊毛繊維の場合は、リジン、アルギニン量が絹タンパク質中の量と比べて多いため、羊毛繊維への加工率の方が絹糸よりも高い値を示す。
反応終了後、加工後の試料を有機溶媒溶液から分離し、脱液し、有機溶媒で洗浄し、次いで二塩基酸無水物を良く溶かす水溶性有機溶媒で洗浄した後水洗し、最後に乾燥して化学修飾加工された改質天然有機高分子を製造する。この場合、水溶性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール等の低級アルコールやアセトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。
上記二塩基酸無水物は、絹タンパク質、羊毛ケラチンの塩基性アミノ酸と選択的に化学結合する。セリシン、チロシンの分子側鎖のOH基とも結合する。本発明においては二塩基酸無水物と反応する絹タンパク質の活性部位は、リジン、アルギニン、セリン、チロシンである。羊毛繊維に含まれるリジン、アルギニン量は絹糸よりは大きな値を示す。
上記二塩基酸無水物として、オクタデシルコハク酸無水物、又はドデセニルコハク酸無水物から選ばれた長鎖炭化水素を有する二塩基酸無水物を溶媒に溶解して家蚕絹糸、柞蚕絹糸、羊毛繊維に化学修飾加工を施すことができる。
フッ素を含むモノマーによるグラフト加工:
本発明で用いられるフッ素を含むモノマーであるフルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタクリレートには、下記のような化合物があり、これを用いて家蚕絹糸、野蚕絹糸、羊毛繊維に対してグラフト加工できる。
上記フルオロアルキルアクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルアクリレート、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルアクリレート、1H,1H−ペンタフルオロプロピルアクリレート、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルアクリレート、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロヘキシルアクリレート、1H,1H,2H,2H−トリデカフルオロオクチルアクリレート、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルアクリレートから選ばれた少なくとも1種の化合物である。
上記フルオロアルキルメタアクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルメタクリレート(3FE)、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルメタクリレート(4FE)、1H,1H−ペンタフルオロプロピルメタクリレート(5FE)、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルメタクリレート(8FE)、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロオクチルメタクリレート(9FE)、2H,2H−トリデカフルオロオクチルアクリレート(13FE)、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルメタクリレート(17FE)から選ばれた少なくとも1種の化合物である。これらフルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタアクリレートは、一つ又は二つ以上を組み合わせて用い、また、フルオロアルキルメタクリレートの方が、フルオロアルキルアクリレートに比べて加工率、グラフト加工効率が向上する点から好ましく用いられる。
本発明のグラフト重合反応に用いる2,2,2−トリフルオロエチルアクリレートは、例えば三菱レイヨン(株)(商品名:3FE)から入手できる。
本発明では、フルオロアルキルアクリレート又はフルオロアルキルメタクリレートを使用する場合、界面活性剤を用いて水に分散させることで加工液を調製する。この場合、フルオロアルキルアクリレート又はフルオロアルキルメタクリレートの使用量は、タンパク質試料へのフッ素鎖の導入量、すなわち加工率をどのような値に設定するかにより調整することができる。例えば、フルオロアルキルアクリレート又はフルオロアルキルメタクリレートの種類、所望の改質程度(加工程度)等により異なるが、通常、フルオロアルキルアクリレート又はフルオロアルキルメタクリレートは、20〜100%owf(%owf:対繊維重量%の略)用いれば、グラフト加工効率が良好で経済的なグラフト加工が可能である。20%owf未満であると、加工率が低すぎて所望の細胞吸着効果を達成できず、また100%owfを超えると、タンパク質繊維又はその繊維製品の表面にもグラフトポリマーが付着してしまい風合低下となる。
加工液を調整する際に用いられる界面活性剤としては、本発明において用いるフルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタクリレートが疎水性モノマーであるので、疎水性モノマーを溶液中に分散乳化できる既知界面活性剤であればいかなるものでも用いることができる。但し、ノイゲンHC(第一工業製薬(株)製、商品名)だけを含む加工液ではフルオロアルキルメタクリレート及びフルオロアルキルアクリレートを十分に溶解させることができないので、例えば、ノイゲンHC(第一工業製薬(株)製、商品名)のような非イオン界面活性剤やニューカルゲン1515−2H(竹本油脂(株)製、商品名)のような非イオン界面活性剤とアニオン界面活性剤との混合界面活性剤等が挙げられる。ノイゲンHCを0.5−3g/L、好ましくは1−2g/Lを含む加工液に、ニューカルゲン1515−2Hを、ノイゲンHCを含む加工液量基準で、3−20容量%、好ましくは5−15容量%添加することによりグラフト加工の効果を向上させることができる。
グラフト(重合)反応に用いられる重合開始剤としては、過硫酸塩であればいずれも用いることができ、例えば、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム等が挙げられ、特に過硫酸アンモニウムが好ましく用いられる。この重合開始剤は、加工液に添加される。
重合開始剤の使用量は、通常のビニルモノマーの重合において用いられる公知の使用量で十分であり、例えば、前記フルオロアルキルメタアクリレートとして2,2,2−トリフルオロエチルメタクリレートを60%owf用い、重合開始剤として過硫酸アンモニウムを用いる場合、過硫酸アンモニウムの使用量は、2,2,2−トリフルオロエチルメタクリレートとタンパク質繊維又はその繊維製品との合計重量に対し1.2〜3.0重量%であることが好ましい。
加工液のpHを2〜4、好ましくはpH3前後に調整することは、グラフト重合反応を安定して行わせ、グラフト加工効果、特にグラフト加工効率を向上させることから好ましいことであり、pH調整は、硫酸、蟻酸、塩酸等の酸、好ましくは蟻酸の添加により行うことができる。pHが2未満であると、タンパク質繊維又はその繊維製品の加水分解を促進させて劣化させ、また、グラフト加工効率が不十分になってしまう。また、pHが4を超えると、グラフト加工効率が低下する傾向がある。
グラフト加工効率を高めるため、また、経済的な理由のため、タンパク質繊維又はその繊維製品の重量に対しての加工液重量比、即ち浴比は、好ましくは1:10〜1:20、より好ましくは1:15とするように調整される。
グラフト重合反応は、加工液にタンパク質繊維又はその繊維製品を浸漬し、加工液を室温から45分かけて75℃又は80℃まで昇温せしめ、75〜80℃で30分〜1時間保持して行う。グラフト重合反応後、反応させたタンパク質繊維又はその繊維製品を洗浄することで本発明の細胞吸着材、細胞培養基材を製造できる。
HEMA、MAAによるグラフト加工:
本発明では、メタクリルアミド(MAA)、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(HEMA)をグラフト加工用のモノマーとして用いることができる。このグラフト加工用のモノマーを含んだ水溶液又は水分散液中で、重合開始剤としてのラジカル重合触媒の存在下、モノマーとタンパク質繊維又はその繊維製品とをグラフト重合するものである。
MAA又はHEMAの濃度は、試料重量を基準にして30〜100%owfに設定すればよい。30%owf未満であると、所望のグラフト加工率を得ることができない。また、HEMAでは特に顕著であるが、モノマー濃度が高くなるとタンパク質繊維又はその繊維製品の表面にもグラフトポリマーが付着してしまい、所望とする細胞培養基材としての特性が十分発揮できなくなる。MAAの最適濃度は30−100%owf、HEMAでは30−50%owfである。
加工条件としては、これらのグラフト加工用のモノマーを含んだ水溶液又は水分散液中に試料を入れ、室温から次第に昇温して、所定の温度、例えば30℃以上、高加工率を期待する場合には70℃以上で、20分以上処理することが望ましい。反応終了後、試料中の未反応モノマーを除去するには、例えば、ハイドロサルファイトと非イオン界面活性剤との混合溶液を用いて還元洗浄することが望ましい。
本加工法で用いることができるラジカル重合触媒としては、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム、過酸化ベンゾイル、過硼酸ナトリウム、過硼酸カリウム、ペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキシ一硫酸カリウム、ペルオキソ二燐酸カリウム、ペルオキシ一燐酸カリウム、過マンガン酸ナトリウム、過マンガン酸カリウム、過酸化水素等の過酸化物、及び第1鉄イオンと過酸化水素との組み合わせ等を等が挙げられる。高グラフト加工率を有する絹タンパク質繊維やその繊維製品を得るという観点、及び絹タンパク質に対して安定なグラフト加工を付与できるという観点から、特に優れた効果を発揮するのは、これらのラジカル重合触媒のうち、過硫酸ナトリウム及び過硫酸アンモニウム等である。
本加工法では、グラフト加工薬剤のモノマー濃度、重合開始剤、反応時間を変えることにより、繊維内に充填するポリマー充填量、すなわち繊維の加工率を変化せしめることができ、これに応じて細胞の付着・吸着力(接着度合)を制御できる。用途に合わせた素材となるようにモノマー濃度、重合開始剤、反応時間を設定することができる。通常、モノマー量は30%owf以上が望ましい。これより少ないと、所望のグラフト加工率を得ることができない。
本加工法において加工液に添加する界面活性剤は、細胞付着・吸着力を良好にする0ものを用い、所望の濃度に設定すればよい。界面活性剤としては、HEMA、MAAを溶液中に分散乳化できる既知界面活性剤であればいかなるものでも用いることができる。例えば、ノイゲンHC(第一工業製薬(株)製、商品名)のような非イオン界面活性剤やニューカルゲン1515−2H(竹本油脂(株)製、商品名)のような非イオン界面活性剤を好ましく利用できる。ノイゲンHCを、0.5―3g/L、好ましくは1−2g/Lの濃度で使用することにより、あるいはニューカルゲン1515−2Hを、ノイゲンHCを含む加工液に、その液量基準で、3〜20容量%、好ましくは5−15容量%添加することによりグラフト加工の効果を向上させることができる。
グラフト重合開始剤として、例えば過硫酸アンモニウムを使用する場合、その量は、グラフト加工用モノマーの量に対して数%で良好なグラフト加工が可能となる。過硫酸アンモニウムの量は、モノマー重量に対して3重量%が好ましい。反応溶液系のpHを制御するには、グラフト加工液のpHが2〜4、好ましくは3付近となるように所定の酸を添加すればよい。pHの制御には、例えば、通常の有機酸、無機酸のいずれも使用することができるが、その中でも蟻酸が優れた加工効果を与える。通常3mL/Lの低濃度で十分である。浴比は40:1以下、望ましくは30:1が適当である。処理後は、水洗した後、1mL/LのノイゲンHCを用いて80℃で20分ソーピングした後、水洗すればよい。
リン酸モノエステルによるグラフト加工:
本発明で利用できるリン酸モノエステルとしては、上記したように、例えば、アシッドフォスフォキシ・エチルメタクリレート(ユニケミカル(株)製、略称:Phosmer M)、3−クロロ−2−アシッドフォスフォキシ・プロピルメタクリレート(ユニケミカル(株)製、略称:Phosmer CL)、アシッドフォスフォキシ・シプロピルメタクリレート(ユニケミカル(株)製、略称:Phosmer P)、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート(ユニケミカル(株)製、略称:Phosmer PE)、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシプロピレングリコールモノメタクリレート(ユニケミカル(株)製、略称:Phosmer PP)、及びポリプロピレングリコールモノメタクリレート・アシッドフォスフェート(城北化学工業株式会社製、商品名JAMP−100)等を例示できる。上記化合物のうち、グラフト加工性に優れ、本発明の繊維状又膜状天然有機高分子にグラフト加工し易いものは、Phosmer M、Phosmer CL、及びJAMP−100である。
以下、加工対象物(家蚕、野蚕、羊毛)、家蚕絹糸、野蚕絹糸、羊毛繊維、細胞吸着の測定、繊維状有機高分子表面での細胞の付着形態、繊維状有機高分子へのマウス細胞の吸着力(接着度合)評価、吸着力(接着度合)評価基準、加工率、及びES細胞の培養について纏めて説明する。以下の実施例では、この記載に準じて繊維状有機高分子への細胞付着・吸着、及びその評価を行う。
加工対象物(家蚕、野蚕、羊毛):
本発明において加工対象となる絹タンパク質繊維としては、家蚕絹糸、クワコ絹糸、野蚕絹糸としての柞蚕絹糸、エリ蚕絹糸、ムガ蚕絹糸等が挙げられる。野蚕由来の絹糸には、化学反応性に富む塩基性アミノ酸残基が家蚕綿糸に比べて数倍も多く含まれているので、例えば化学修飾加工では加工率が大きな値となる。さらに本発明は、羊毛繊維や、モヘア等の獣毛繊維に対しても適用できる。
家蚕絹糸及び野蚕絹糸:
絹タンパク質繊維としては、例えば、家蚕(Bombyx mori)幼虫又は家蚕の近縁種であるクワコから得られる家蚕絹糸の他に、野蚕に属する柞蚕、天蚕、タサール蚕、エリ蚕、ムガ蚕、シンジュ蚕の幼虫から得られる野蚕絹糸、又はこれらから得られる繊維製品の何れであっても使用できる。
絹タンパク質としては、カイコが吐糸して作る繭繊維の外側を膠着するセリシン、又は該セリシンを除去して得られる絹フィブロイン繊維を中性塩水溶液中に溶解した後、セルロース製の透析膜を用いて透析して得られる水溶性絹フィブロイン、又はカイコ体内より取り出した絹糸腺内の水溶性絹セリシン若しくは水溶性絹フィブロインであってもよく、また、除去された絹セリシンからなる繊維であってもよい。
羊毛繊維:
メリノ種羊毛(64’S)をベンゼン/エタノール(50/50Vol%)混合液にてソックスレー抽出器で2.5時間脱脂処理したものを、細胞を付着・吸着せしめる羊毛繊維として用いた。
細胞吸着の測定:
以下の実施例及び比較例において、化学修飾加工及びグラフト加工していない繊維状天然有機高分子及び化学修飾加工及びグラフト加工した繊維状天然有機高分子への細胞付着・吸着の観測はすべて無菌状態で行う。具体的な方法は次の通りである。
繊維状の試料を手で綿状に解し、1〜3mm程度の長さになるようにハサミで切断する。切断した試料をアルミホイルに丁寧に包み、先ず乾燥器を使用して180℃で2時間乾燥し、さらにオートクレーブ内で120℃、2時間湿熱処理して滅菌する。このようにして滅菌した試料を、ES培地を入れた96wellの細胞培養ディッシュ(MPC社製)の底に滅菌した試料を沈める。このES培地にトリプシンで切り離したES細胞を播種する(所定量(約0.3mL)の培地と一緒に)。インキュベーターで培養しながら、家蚕絹糸に細胞が付着・吸着状態を経時的に光学顕微鏡で観察する(4日間、同じES培地で培養)。
繊維状天然有機高分子表面での細胞の付着形態:
繊維状天然有機高分子に細胞が付着する状態により、細胞の付着形態を便宜上、塊状、ダンゴ状、納豆状の3形態に分類する。各形態の意味するところは次の通りである。
(1)ダンゴ状コロニー:
マウス由来のES細胞、その他各種細胞が繊維状有機高分子表面を足場として増殖し、小さいサイズのコロニーを作り、繊維に沿って細胞のコロニーがダンゴのように膨らんで付着・吸着する。ダンゴ状コロニーのサイズは、平均径が約300〜600μmである。
(2)塊状コロニー:
マウス由来のES細胞、その他各種細胞が繊維状有機高分子表面を足場として増殖し、中小サイズのコロニーを作り、繊維に添って中小サイズのコロニーが繊維を覆うように塊状となって付着・吸着する。塊状コロニーの巾のサイズは、平均200〜300μm、進展方向長さは1000〜1700μmである。
(3)納豆状コロニー:
マウス由来のES細胞、その他各種細胞が繊維状有機高分子表面を足場として増殖し、微少サイズのコロニーを作り、極小のコロニーが繊維状有機高分子の繊維間隙に増殖し、繊維間隙に納豆状に付着・吸着する。納豆状のコロニーで粒のサイズは、通常、平均300〜500μmであるが、粒の部分とともに、進展した方向に1000μmになることもある。
繊維状有機高分子へのマウス細胞の接着度合の評価:
本発明においては、繊維状天然有機高分子と各種細胞との接着度合を次のようにして評価した。マウス由来の細胞としてのES細胞、肝臓、腎臓、胸腺及びSNL(フィーダー)細胞を培養する際の培地(第1の培地と略記)に繊維状有機高分子を入れて培養する。各種細胞が繊維状有機高分子に付着・吸着して増殖し始めた際、ちょうど、釣り糸を引き上げる要領で、培地から細胞が付着・吸着した繊維状有機高分子を静かに吊り上げ、細胞培養に用いた培地とは別の新たな細胞培養培地(第2の培地と略記)にそれを浸漬し、室温で2日間、継続して培養する。培養時間2日目に、ES細胞、肝臓、腎臓、胸腺及びSNL(フィーダー)細胞が正常に増殖しているかどうかを400倍の光学顕微鏡で観察し、細胞の生存状態と細胞に異常が見られるかどうかとを次の基準により評価する。評価結果は、以下の実施例及び比較例の特記事項の項目に記載する。
接着度合評価基準:
++:繊維状有機高分子を第1の培地から引き上げることができ、第2の培地中における細胞の生存状態は極めて良好であり、細胞に異常は全く認められない。
+:繊維状有機高分子を第1の培地から引き上げることができ、第2の培地中における細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められない。
±:繊維状有機高分子を第1の培地からかろうじてなんとか引き上げることができるが、第2の培地中における細胞の培養・増殖状態及び生存状態は良好ではない。
−:繊維状有機高分子を第1の培地から引き上げようとするといったん付着したかに見えた細胞は、繊維状有機高分子から脱落してしまい、繊維状有機高分子が細胞を吊り下げることはできない。
加工率:
本発明によれば、化学修飾加工及びグラフト加工における加工率は、次のようにして算出する。化学修飾加工又はグラフト加工に用いる試料を105℃で90分間乾燥した後、その絶乾重量(W1)を測定し、また、化学修飾加工反応又はグラフト加工反応して得られた試料を105℃で90分間乾燥した後、その絶乾重量(W2)を測定する。化学修飾加工反応又はグラフト加工反応前後の試料重量の増加率の変化から、次式に基づいて、加工率(WG(%))を求める。
WG(%)=(W2−W1)/W1×100
ES細胞の培養:
本発明の細胞培養基材を用いてES細胞を培養する場合、所定の日数の培養を行った後、培地の上澄みを吸い取り、新しい培地を添加することにより培地交換して培養を継続する。ES細胞が分化する過程で、細胞同士が集合して集塊を作る。このような状態で数日おくと、それまで均一な性質であった細胞が少なくとも将来神経や皮膚になる外胚葉に類似した細胞群、心臓や腎臓になる中胚葉群、消化器や呼吸器になる内胚葉群の3種類の細胞に分化してくる。これが胚葉体(embryoid body: EB)である。このEBは、分化が開始する、又は分化を誘導するために経過する重要な段階であり、このような過程を経て様々な特殊な細胞に分化する。そのため、自然にEBに分化し、接着する様子を観察することにより、本発明の細胞培養基材の細胞吸着状態及び細胞接着度合を評価できる。
上記したようにして細胞培養基材を用いてES細胞等の動物細胞を培養する際に用いる培地としては、栄養成分を含む培地を使用することが必要である。特にES細胞を増殖せしめる際には、EB培地、ES培地がある。例えば、マウス由来のES細胞を増殖せしめる場合、LIFを含まないEB培地を使用すると、どちらかといえば分化する傾向がでてくるが、LIFを含むES培地を使用すると、細胞の分化を抑制させて増殖が可能である。そのため、分化をさせないためには、通常、ES培地を使用する。通常、ES培地でES細胞を増殖せしめ、腎臓、肝臓にまで組織化するには、EB培地にさらに成長因子を加えて培養するのが一般的である。本発明の繊維状又は膜状の天然有機高分子は、細胞を効率的に付着・増殖させるため、未分化状態を確認した後、培地から細胞が付着・吸着した天然高分子を取り出し、細胞の分化が抑えられるES培地に入れることで、ES細胞が未分化の状態で継代可能とさせることができる。
上記したように、例えばマウスに由来するES細胞の増殖、植え継ぎの場合、ES細胞は培養操作が進むと細胞数が増えて増殖し、細胞が塊状にまで増殖するとコロニーを形成する。ES細胞のコロニーが増殖し、サイズが600μm以下であれば、未分化のES細胞であるが、コロニーサイズが600μmを超えるとES細胞は分化してしまい、別な細胞になってしまう。この場合に、本発明の繊維状又は膜状の天然有機高分子を用いて細胞培養を行うと、細胞の未分化状態を長く継続できる。すなわち、以下の実施例で示すように、未分化状態を維持する時間が長くなる。
以上、繊維状の天然有機高分子を主体に説明してきたが、膜状の天然有機高分子について以下説明する。
まず、膜状の天然有機高分子の作製方法について説明する。本発明における膜状の天然有機高分子の原料は、上記した繊維状の天然有機高分子の場合と同様に、家蚕又は野蚕の幼虫が吐出した絹糸を用いることができる。また、本発明では、家蚕、野蚕の幼虫が生合成して作った、絹糸腺内に蓄積する絹タンパク質水溶液も同様に利用できる。
例えば、(1)家蚕又は野蚕の幼虫が吐糸した絹糸を中性塩で溶解し、この中性塩溶液を透析処理し、不純物を遠心分離処理して除去して得たシルク水溶液を用いる場合や、又は(2)家蚕若しくは野蚕の幼虫が生合成して絹糸腺内に貯蔵した液状の絹タンパク質水溶液から得られたシルク水溶液又は絹セリシン水溶液を用いても良い。後者の場合、絹糸腺内の液状絹タンパク質を分散させる時間差を工夫することで未変性の絹セリシン、又は絹フィブロインを水溶液状態で取り出すことができる。
上記(1)の方法の場合、絹糸表面の絹セリシンを精練処理で除去した絹フィブロイン繊維を、例えば、55℃の8.5M臭化リチウム水溶液20mL中で完全に溶解させた後、この水溶液をセルロース製透析膜に入れて、5℃、5日間、蒸留水で置換して不純物を除去し、純粋な絹フィブロイン水溶液を調製し、かくして調製された絹フィブロイン水溶液に蒸留水を加えて、あるいは必要に応じて、滅菌条件下、扇風機で送風乾燥させて、所定の濃度に調整した絹フィブロイン水溶液を調製することができる。
上記(2)の方法の場合、家蚕又は野蚕の複数の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去する。次いで、複数のカイコから取り出した絹糸腺細胞をピンセットで除去した中部絹糸腺部位の液状絹30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置せしめ、液状絹の外側を覆っている絹セリシンを蒸留水中に分散させる。分散時間を1時間以内に設定して得られるフラクションには絹セリシンが多く含まれるので、これを絹セリシン水溶液として使用し、また、分散時間を2時間以上に設定して得られるフラクションには絹フィブロインが多く含まれるので、絹フィブロイン水溶液として使用することが好ましい。
上記(1)及び(2)の方法において、絹フィブロイン水溶液を送風乾燥し、又は必要に応じて蒸留水で希釈することにより、任意濃度のシルク水溶液を調製することができる。絹セリシン水溶液の場合も同様である。
上記絹セリシン水溶液について、その製造方法を更に詳しく述べる。繭糸を熱水抽出して絹セリシン水溶液を得る他に、次のような入手の方法がある。家蚕幼虫の熟蚕体内から絹糸腺を取り出し、水洗いして絹糸腺細胞をピンセットで除去する。例えば、20匹の家蚕幼虫から取り出した中部絹糸腺内の液状絹フィブロイン30gを200mLの蒸留水を入れたシャーレに浸漬し、5℃で4時間放置せしめ、液状絹の外側を覆っている絹セリシンを蒸留水中に分散させ、浸漬後40分で分散した絹セリシン水溶液をセルロース製の透析膜を用いて蒸留水で十分に置換した後、無菌環境下、扇風機で送風乾燥して絹セリシン水溶液の濃度を高めた(例えば、12%)ものを調製することができる。高分子量の絹セリシンを使用するには、熱水抽出によらないで、液状絹フィブロインから溶出する絹セリシン水溶液を用いる方法が優れている。
家蚕由来の絹糸は、絹フィブロイン又は絹セリシンで構成されている。絹フィブロイン膜を作製する場合は、例えば、カイコが吐糸して作る繭糸の外側を膠着する物質であるセリシンを除去して得られる絹フィブロイン繊維を濃厚(例えば、8M〜12M)な加熱(例えば、40〜90℃)中性塩水溶液中で溶解し、セルロース製透析膜を用いて透析し、得られた絹フィブロイン水溶液を用いて絹フィブロイン膜を作製できる。
絹フィブロイン繊維を溶解するには、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化リチウム、チオシアン酸リチウム、硝酸アンモニウム等の従来既知の中性塩を用い、既知の方法で実施すればよい。絹フィブロイン繊維を効率よく溶解するには、絹フィブロイン繊維の溶解性が高い臭化リチウム、チオシアン酸リチウムが好ましい。高温に加熱した高濃度(7M〜12M)の中性塩水溶液による処理で絹フィブロインの分子量が著しく低下する場合があるので、分子量の低下が起こりにくく、溶解性の高い中性塩を用い、溶解時は必要以上に中性塩水溶液の温度を上げず、溶解条件を厳密に短時間に設定することが必要である。
そのため、絹フィブロイン繊維を臭化リチウム水溶液で溶解する際は、臭化リチウム水溶液の温度は、一般的には、50℃〜70℃が望ましく、溶解時間は10〜40分程度に設定するとよい。加熱温度が50℃未満であると絹フィブロイン繊維の溶解量が少なく効率的ではなく、繊維の全量を溶解するための溶解時間が長くなり効率的でない。70℃を超えると絹フィブロイン繊維は溶解し易くなるが、試料の分子量が低下し易い。臭化リチウムの濃度としては、8M以上、好ましくは8.5〜11Mであり、溶解条件としては、55℃以上で15分程度であることがより好ましい。このように、中性塩水溶液で絹タンパク質繊維を溶解する際、中性塩水溶液の濃度、溶解温度、及び/又は溶解時間を適宜最適化するように設定することにより、絹タンパク質の分子量低下を抑えるよう配慮する必要がある。
上記のようにして、加熱した濃厚な中性塩溶液中に溶解して得た絹フィブロイン水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を木綿の縫糸でくくり、室温の水道水又は純水中に4〜5日間入れて透析し、金属イオン(臭化リチウムの場合は、LiイオンやBrイオン)を完全に除くことにより、純粋な絹フィブロイン水溶液を得ることができる。本発明では、このようにして調製した純粋な絹フィブロイン水溶液を使用することが好ましい。
家蚕絹フィブロイン膜を作製する場合には、例えば、家蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.11%炭酸ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して繭糸の周囲を覆う絹セリシンを除去し、家蚕絹フィブロイン繊維を調製し、この家蚕絹フィブロイン繊維をチオシアン酸リチウム水溶液に溶解し、この水溶液をセルロース製透析膜に入れ、両端を木綿縫糸でくくって室温の水道水に2日間入れ、リチウムイオンを完全に除き、純粋な家蚕絹フィブロイン水溶液を調製し、かくして調製された家蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて家蚕絹フィブロイン膜を調製する。
柞蚕絹フィブロイン膜を作製する場合には、例えば、柞蚕繭糸をその重量に対して50倍量の0.1%過酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、98℃で1時間処理して柞蚕繭糸の周囲を覆う絹セリシン及びタンニンを除去し、柞蚕絹フィブロイン繊維を調製し、セリシンやタンニンを予め除去した柞蚕絹フィブロイン繊維を9M チオシアン酸リチウム水溶液に完全に溶解して柞蚕絹フィブロイン水溶液を製造し、この水溶液をセルロース製の透析膜に入れて両端を木綿縫糸で括って室温の又は純水中に4日間入れて置換し、リチウムイオンを完全に除き、純粋な柞蚕絹フィブロイン水溶液を調製し、かくして調製された柞蚕絹フィブロイン水溶液をポリエチレン膜の上に広げ、送風乾燥させて柞蚕絹フィブロイン膜を製造する。
上記のようにして作製した膜状の天然有機高分子の化学修飾及びグラフト加工は、上記した繊維状の天然有機高分子の場合と同様である。
次に、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明する。本発明は、これらの例により限定されるものではない。
本実施例では、フッ素を含むモノマーを用いて家蚕絹糸に対して次のようにグラフト加工を行い、グラフト加工した繊維へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
2g/LのノイゲンHC(第一工業製薬(株)製の非イオン界面活性剤)と3g/Lのニューカルゲン1515−2H(竹本油脂(株)製のアニオン界面活性剤)とを含む水溶液に希薄蟻酸を加え、溶液のpHを3.0に調整した後、フッ素を含むモノマーを40%owf(対繊維重量)加え、さらに重合開始剤として過硫酸アンモニウム(APS)を、家蚕絹糸の重量と添加したフッ素を含むモノマーの重量との合計重量に対し2.0重量%加えてグラフト加工液を調製した。
グラフト加工液中に、浴比1:15で、家蚕絹糸を浸漬し、25℃から45分かけて80℃に昇温させ、80℃で60分加熱処理した。
フッ素を含むモノマーとして、上記3FE、4FE、13FE、14FE、17FEを用い、グラフト加工された家蚕絹糸を製造した。各フッ素を含むモノマーの加工率は、それぞれ、2.5、34.2、46.2、42.9、及び9.1%であった。
グラフト加工された家蚕絹糸を綿状に解し、ハサミで繊維長が1〜3mm程度になるように細かく刻み、これをアルミホイルに包み、オートクレーブ内に入れ、180℃、2時間で乾熱滅菌した。ES培地を入れた96wellの細胞培養ディッシュの底に滅菌した家蚕絹糸を沈めた。この培地上にトリプシンで切り離したES細胞を播種した(約0.3mLの培地と一緒に)。インキュベーターで培養しながら、家蚕絹糸に細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。細胞培養4日目以降は培地の上澄みを吸い取り、新しい培地を添加して培地交換した。自然にEBに分化し、接着する様子を観察した。得られた結果を表1に示す。
表1中、「B−3FE 2.5%」とは、フッ素を含むモノマー3FEでグラフト加工した家蚕絹糸(加工率2.5%)を意味する。その他のものも同様である。
観察結果によると、グラフト加工した家蚕絹糸を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると繊維を入れないで細胞を増殖した対照区と実施例1の観察結果との差は見られなかった。このため、マウス由来のES細胞の培養においてフッ素を含むモノマーでグラフト加工した家蚕絹糸を細胞が含まれた培地に入れて一緒に培養しても、マウス由来のES細胞は正常に増殖し、細胞が死滅する等の問題が起こらないことが確認できた。
接着度合の評価によれば、グラフト加工した家蚕絹糸を第1の培地から吊り上げ、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。しかし、比較のために行ったグラフト加工されていない家蚕絹糸、野蚕絹糸及び羊毛繊維の場合には、接着度合は、いずれも「±」であった。
上記したフッ素を含むモノマーでグラフト加工した家蚕絹糸に付着したマウス由来のES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真のうち、フッ素を含むモノマー13FEでグラフト加工した絹糸(加工率46.2%)の場合についてES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真を図1に示す。図1から明らかなように、グラフト加工した絹糸の表面にダンゴ状コロニー(コロニーサイズ:400−470μm)が吸着していることが分かる。
上記家蚕絹糸の代わりに羊毛繊維、野蚕絹糸である柞蚕絹糸を用いても表1と同様の結果が得られた。
本実施例では、フッ素を含むモノマーを用いて羊毛繊維に対して次のようにグラフト加工を行い、グラフト加工した繊維へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
実施例1と同様の方法で、フッ素を含むモノマー(3FE、4FE、13FE、14FE、17FE)で羊毛繊維にグラフト加工を行い、加工率が、1.6、29.9、48.2、43.5%、5.7%のグラフト加工した羊毛繊維を製造した。実施例1と同様にマウス由来のES細胞培養時にトリプシンで切り離したES細胞を播種し、インキュベーターで培養しながら、グラフト加工した羊毛繊維に細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表2に示す。
表2中、「Wool−3FE 1.6%」とは、フッ素を含むモノマー3FEでグラフト加工した羊毛繊維(加工率1.6%)を意味する。その他のものも同様である。
表2から分かることは次の通りである。グラフト加工した羊毛を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると、繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。なお、上記で得られたコロニーのサイズは、いずれも150−420μmであった。
接着度合評価によれば、グラフト加工した羊毛を第1の培地から吊り上げ、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。しかし、比較のために行ったグラフト加工されていない羊毛繊維、家蚕絹糸、及び野蚕絹糸の場合には、接着度合は、いずれも「±」であった。
羊毛繊維の代わりに野蚕絹糸である柞蚕絹糸を用いても表2と同様の結果が得られた。
(比較例1)
本比較例では、ナイロン繊維に対して次のようにグラフト加工を行い、グラフト加工したナイロン繊維へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
ナイロン繊維としては、ネスコスーチャー(登録商標)絹製縫合糸のナイロンブレード4−0号(手術用縫合糸)(製造販売元は日本商事株式会社)の商品を使用した。
ナイロン繊維にフッ素を含むモノマー:17FE、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(HEMA)、又はメタクリルアミド(MAA)を用いてグラフト加工を行った。HEMA及びMAAは、和光純薬工業株式会社製の商品(1級)を精製することなく用いた。
試料重量に対してHEMA、MAAのそれぞれ50%owfを、希釈した蟻酸を添加した2g/Lの非イオン界面活性剤(ノイゲンHC)水溶液に加え、重合開始剤としてAPSを2.5%owf加えた後、スタラーチップを用いてスタラーで十分に攪拌してグラフト加工液を調製した。
調製された加工液に上記ナイロン繊維を浸漬し、室温から25分かけて80℃まで加熱し、78〜80℃で温度を一定に保ちながら同温度で35分加熱することによりグラフト加工を行った。こうしてHEMA又はMAAでグラフト加工し、加工率がそれぞれ23%、21%のナイロン繊維を製造した。同様にして、フッ素を含むモノマーでグラフト加工したナイロン繊維の加工率は1%であった。
実施例1と同様にマウス由来のES細胞培養時にグラフト加工したナイロン繊維にES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表3に示す。
表3中、「Nylon Control、Nylon−HEMA、Nylon−MAA、Nylon−17FE」は、未加工未処理のナイロン、HEMA、MAA、17FEでグラフト加工したナイロン繊維を意味し、その後の数字は加工率である。
表3から分かることは次の通りである。グラフト加工したナイロン繊維を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。
接着度合評価によれば、グラフト加工したナイロン繊維を第1の培地から吊り上げる際、ES細胞はナイロン繊維から脱落してしまい、ナイロン繊維ではES細胞を吊り下げることはできなかった。
本実施例では、エポキシ化合物による柞蚕絹糸への化学修飾加工を行い、加工した絹糸へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
柞蚕絹糸へのエポキシ加工は次のようにして行った。反応触媒として作用するNaSCN 1g/100mL水溶液に柞蚕絹糸を室温で15分浸漬した後、ピックアップ率(含浸率)が100%になるまで脱水した。二官能性エポキシ化合物(ナガセケムテックス(株)製、商品名:デコナール EGDGE EX−810)及び二官能性エポキシ化合物と三官能性エポキシ化合物との混合物(ナガセケムテックス(株)製、商品名:デコナールEX−313グリセリン系)をテトラクロロエチレンに溶解した加工液中に上記柞蚕絹糸を入れ、70℃で所定時間処理することで柞蚕絹糸にエポキシ化合物を反応させた。反応後、試料をテトラクロロエチレンから取り出し、沸騰アセトンを作用させて未反応物を除去した。
デコナール EGDGE EX−810及びEX−313の正式な化学名は、それぞれ、エチレンジグリシジルエーテル及びグリセロールポリグリシジルエーテルである。EX−810による化学修飾加工で加工率が25.5%、また、EX−313による化学修飾加工で加工率が23.1%、29%の柞蚕絹糸を製造した。
実施例1と同様に、マウス由来のES細胞培養時に、化学修飾加工した柞蚕絹糸にES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表4に示す。表4中、「Tussah−E 25.5%」とは、EX−810を用いて化学修飾加工した柞蚕絹糸(加工率25.5%)を意味し、「Tussah−G 23.1%」とは、EX−313を用いて化学修飾加工した柞蚕絹糸(加工率23.1%)を意味する。
表4から分かることは次の通りである。化学修飾加工した柞蚕絹糸を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。
接着度合評価によれば、化学修飾加工した柞蚕絹糸を第1の培地から吊り上げることが可能であり、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。しかし、比較のために行った化学修飾加工されていない柞蚕絹糸、家蚕絹糸、及び羊毛繊維の場合には、接着度合は、いずれも「±」であった。
上記した柞蚕絹糸に対してエポキシ化合物を化学修飾加工した絹糸に付着したマウス由来のES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真のうち、二官能性エポキシ化合物(商品名:デコナール EGDGE、EX−810)で化学修飾加工した加工率25.5%の化学修飾加工した絹糸の場合についてES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真を図2(a)及び(b)に示す。図2(b)は図2(a)の拡大写真である。図2(a)及び(b)から明らかなように、化学修飾加工した絹糸の表面にES細胞の納豆状コロニー(コロニーサイズ:150−240μm)が吸着していることが分かる。
野蚕絹糸である柞蚕絹糸に代わりに家蚕絹糸あるいは羊毛繊維を用いても表4と同様の結果が得られた。
本実施例では、無水イタコン酸による羊毛繊維、ポリエチレン繊維、柞蚕絹糸への化学修飾加工を行い、加工した羊毛繊維、ポリエチレン繊維、柞蚕絹糸へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
羊毛繊維を10%(w/v)の無水イタコン酸を含んだジメチルホルムアミド溶液に浸漬し、75℃で化学修飾加工を行った。浴比を重量比で1:20に設定した。反応終了後、試料をメタノールにより洗浄し、さらに55℃のアセトンで1時間処理することにより未反応の無水イタコン酸を抽出除去した後、水洗いすることにより化学修飾加工された改質試料を作製した。この改質試料を風乾してから、標準状態(20℃、65%RH)で調湿させたものを測定用試料として用いた。加工反応時間を30、50、120分に設定し、化学修飾加工を行うことで9.8、17.4、14%の加工率を有する羊毛繊維を製造した。
比較のためにポリエチレン繊維を用いて上記のように化学修飾加工を行った。このポリエチレン繊維は、ネスコスーチャー絹製縫合糸(手術用縫合糸)(製造販売元は日本商事株式会社)の商品であり、号数2号縫合糸である。羊毛繊維の場合と同様の方法で化学修飾加工したところ加工率が1.5%のポリエチレン繊維が製造できた。
実施例1と同様に、ES培地上でのESマウス由来のES細胞培養時に化学修飾加工した羊毛繊維及びポリエチレン縫合糸にES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表5に示す。
表5中、「Wool−IA 9.8%」とは、無水イタコン酸で化学修飾加工した羊毛繊維(加工率9.8%)を意味し、「PE suture−2」とは、ポリエチレン縫合糸2号を意味する。
表5から分かることは次の通りである。化学修飾加工した羊毛繊維を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。
接着度合評価によれば、化学修飾加工した羊毛繊維を第1の培地から吊り上げることが可能であり、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。
一方、ポリエチレン縫合糸を用いてES細胞を3日間培養しても、ES細胞が死滅することは無かったが、接着度合評価によると、化学修飾加工したポリエチレン縫合糸を第1の培地から吊り上げることが不可能であった。第1の培地からポリエチレン縫合糸を吊り上げる際にES細胞はナイロン繊維から脱落してしまった。
上記した無水イタコン酸で化学修飾加工した羊毛繊維に付着したマウス由来のES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真のうち、加工率17.4%の化学修飾加工した羊毛繊維の場合についてES細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真を図3に示す。図3から明らかなように、化学修飾加工した羊毛繊維の表面にES細胞の塊状コロニー(コロニーサイズ:400−450μm)が吸着していることが分かる。
また、上記したようにしてデジタルカメラでES細胞の付着・吸着状態を撮影した後、細胞培養のES培地から、マウス由来のES細胞が吸着・付着した繊維状の天然有機高分子を吊り上げ(引き上げ)、次の2つの方法で新しいES培地に吊り下げた(移した)。
(1)最初のES培地とは別の新たなES培地に、細胞が付着・吸着した繊維状の天然有機高分子をいれ、更に細胞培養を継続した。
(2)最初のES培地とは別のES培地に、培養液100mLに対して10unit/mLのLIFを添加して更に細胞培養を継続した。
その結果、上記(1)及び(2)の場合とも、ES細胞が付着・吸着した繊維状の天然有機高分子の表面では、ES細胞が付着・吸着した繊維状の天然有機高分子を吊り上げ(引き上げ)別の新たなES培地に入れた後、更に2日間、未分化状態を保つという驚くべき結果が得られた。
羊毛繊維の代わりに家蚕絹糸及び野蚕絹糸である柞蚕絹糸を用いて上記と同様に化学修飾加工を行ったところ、表5と同様の結果が得られた。
本実施例では、リン酸基を持つ化合物による家蚕絹糸へのグラフト加工を行い、加工した家蚕絹糸へのマウス由来のES細胞の付着・吸着性を評価した。
家蚕絹糸に対して、リン酸基を持つ化合物として、リン酸モノエステルである城北化学工業株式会社製のモノマー、商品名JAMP−100(ポリプロピレングリコールモノメタクリレート アシッド フォスフェート)を精製することなく用いてグラフト加工した。試料重量に対して90%owfのJAMP−100を、希釈した蟻酸を用いて2g/Lの非イオン界面活性剤(ノイゲンHC)と3g/Lの1515−2Hの界面活性剤との混合溶液のpHを3に調整した溶液に加え、重合開始剤としてAPSを2.5%owf加えた後、スタラーチップを用いてスタラーで十分に攪拌してグラフト加工液を調整した。
この加工液に家蚕絹糸を浸漬し、室温から25分かけて80℃まで加熱し、78〜80℃で温度を一定に保ちながら同温度で35分加熱することによりグラフト加工を行った。こうして加工率がそれぞれ43%、19%の家蚕絹糸を製造した。
実施例4で使用した無水イタコン酸の代わりに無水コハク酸(SA)及び無水フタル酸(PA)をそれぞれ用いて家蚕絹糸に化学修飾加工を行い、加工率が10%、9%の化学修飾加工した家蚕絹糸を製造した。
比較例1記載のナイロン繊維の代わりに家蚕絹糸を用い、グラフト加工用のモノマーHEMA(MAA)との代わりに、2−スルフォエチルメタクリレート(2-sulfoethyl methacrylate)のナトリウム塩(三菱レイヨン(株)製;SEM−Na)を用いてグラフト加工を行い、加工率5.6%の家蚕絹糸を製造した。
実施例1と同様にマウス由来のES細胞培養時に、上記グラフト加工した家蚕絹糸及び化学修飾加工した家蚕絹糸にES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表6に示す。
表6中、「B−JAMP−100 43%及びB−SA 10%」とは、それぞれ、JAMP−100を用いてグラフト加工した家蚕絹糸(加工率43%)、及び無水コハク酸(SA)で化学修飾加工した家蚕絹糸(加工率10%)を意味する。また、「B−SEM−Na 4%」とは、SEM−Naを用いてグラフト加工した家蚕絹糸(加工率5.6)を意味し、「B−PA 9%」とは、無水フタル酸(PA)を用いてグラフト加工した家蚕絹糸(加工率9%)を意味する。
表6から分かることは次の通りである。グラフト加工及び化学修飾加工した家蚕絹糸を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると、繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。なお、上記で得られたコロニーのサイズは、いずれも300μm以下であった。
接着度合評価によれば、グラフト加工した家蚕絹糸を第1の培地から吊り上げることが可能であり、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。
家蚕絹糸の代わりに野蚕絹糸である柞蚕絹糸及び羊毛繊維を用いても表6と同様の結果が得られた。
上記実施例1〜実施例5に示したように、本発明の繊維状天然有機高分子は、場合によっては、マウス由来のES細胞又は成熟細胞を繊維状天然有機高分子表面に沿って接着させることや、団子状や塊状に接着させることがわかり、繊維天然有機高分子を2次元あるいは3次元的に、すなわち立体的に組み立てることにより製造できる。ES細胞等の三次元培養基材(3次元構造体を有する細胞基材)を用いることにより、天然有機高分子に細胞を吊り下げたまま培養することの可能性が示された。こうした結果をもとに、繊維状天然有機高分子による選択的細胞分化誘導等の研究に発展させることができる。
上記実施例1〜実施例5に示したように、動物性タンパク質である家蚕絹糸、野蚕の柞蚕絹糸、羊毛等の繊維状天然有機高分子に対してグラフト加工又は化学修飾加工した物は、その表面に、マウス由来のES細胞、各種細胞を吸着・接着せしめることができる。
一方、ポリエチレン繊維及びナイロン繊維の場合には、ES細胞の吸着・接着は起こらなかった。
特に注目されることは、フッ素を含むモノマーでグラフト加工した羊毛繊維の場合には、羊毛繊維にES細胞が塊状に吸着したのに対し、無水イタコン酸で加工した羊毛繊維の場合には、糸に沿って付着したことである。フッ素を含むモノマーである17FEでグラフト加工した羊毛繊維の場合、わらに納豆が着くように細い羊毛の繊維間にES細胞が強固に接着しているので、接着度合評価によれば、グラフト加工した羊毛繊維を第1の培地から吊り上げることが可能であり、一度吊り上げたES細胞を第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかったことである。
オクタデシルコハク酸無水物(ODSA)で化学修飾加工した家蚕絹糸に、実施例1と同様にマウス由来のES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。得られた結果を表7に示す。
表7中、「B−ODSA 5.1%」とは、ODSAを用いて化学修飾加工した家蚕絹糸(加工率5.1%)を意味する。他のものについても同様である。
表7から分かることは次の通りである。化学修飾加工した家蚕絹糸を培養ディッシュに入れてES細胞を3日間、培養しても、ES細胞が死滅することは無く、光学顕微鏡での観察によると、繊維を入れないで細胞を増殖した対照区との差は見られなかった。なお、上記で得られたコロニーのサイズは、いずれも350μm以下であった。
接着度合評価によれば、化学修飾加工した家蚕絹糸を第1の培地から吊り上げることが可能であり、第2の培地に移動させても、細胞の生存状態は良好であり、細胞に異常は全く認められなかった。
オクタデシルコハク酸無水物の代わりにドデセニルコハク酸無水物を用い、上記と同様に化学修飾加工した家蚕絹糸にマウス由来のES細胞を付着・吸着せしめた。その結果は、表7と同様であった。なお、上記で得られたコロニーのサイズは、いずれも300μm以下であった。
家蚕絹糸の代わりに野蚕絹糸である柞蚕絹糸及び羊毛繊維を用いて、上記と同様に化学修飾加工した場合、表7と同様の結果が得られた。
本実施例では、実施例4で作成した無水イタコン酸で化学修飾加工した羊毛繊維に対して、マウス成体の肝臓、腎臓、胸腺、胎児マウスの腎臓、及びSNL(フィーダー)細胞の吸着実験を行った。
実験の方法は次の通りであった。マウスから各臓器を取り出してPBSで洗った後、細かく刻み、遠心機(1500回転、5分)にかけ、トリプシン5mLを加えて10分間温浴をした。次いで、各臓器用の公知の培地を多めに加え、遠心機(1500回転、5分)にかけ、上澄みを取り除き、培地を加えて、培地に入れる細胞数をES細胞の実験時と同一数にした。細胞数が異なる実験では、細胞の数の違いで繊維状高分子に細胞が付着・吸着したかどうかの評価が困難であるため、同一数の細胞で実験をすることが必要不可欠であるからである。ただし、成体マウスの肝臓細胞の取り出しには、コラゲナーゼ還流法を用いた。
表8中、「肝臓(生体マウス) 羊毛−IA 14%」とは、生体マウス由来の肝臓細胞を用いた細胞培養を行う際、無水イタコン酸で化学修飾加工した羊毛繊維(加工率14%)を意味する。他の細胞の場合も同様である。
上記無水イタコン酸で化学修飾加工した羊毛繊維に付着したマウス生体由来の各種細胞の付着・吸着状態を光学顕微鏡で観察し、デジタルカメラで撮影した。各細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真のうち、成体マウス由来の腎臓細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真を図4(a)に、また、胎児マウス由来の腎臓細胞の付着・吸着状態を示す光学顕微鏡写真を図4(b)に示す。図4(a)及び(b)から明らかなように、成体マウス由来の腎臓細胞は、150×200μmのダンゴ状コロニーをつくって繊維に付着・吸着しており、また、胎児マウス由来の腎臓細胞は、150×200μmのダンゴ状コロニーをつくって繊維に付着・吸着していることが分かる。
羊毛の代わりに家蚕絹糸及び野蚕絹糸である柞蚕絹糸を用いても表8と同様の結果が得られた。
4gの家蚕由来の絹フィブロイン繊維を60℃の9Mの臭化リチウム水溶液10mLの中で20分間処理して完全に溶解させ、絹フィブロイン水溶液を調製した。これをセルロース製の透析膜に入れ、両端を縫い糸で括りつけ、水道水で4日間透析し、不純物を除去し純粋な絹フィブロイン水溶液を製造した。送風乾燥することで濃度1.5%の絹フィブロイン水溶液を調製し、ポリエチレンフィルム上に拡げ、室温で自然乾燥させて透明な絹フィブロイン膜を製造した。かくして製造した絹フィブロイン膜を50%メタノール水溶液に15分間浸漬し、取り出して、水不溶性の絹フィブロイン膜を調製した。
実施例1における家蚕絹糸の代わりに上記水不溶性の絹フィブロイン膜を用い、また、フッ素を含むモノマーとして3FEを用い、実施例1記載のグラフト加工を繰り返した。かくしてグラフト加工した絹フィブロイン膜(加工率:1.5%)を製造した。
次いで、グラフト加工した絹フィブロイン膜を、ES培地が入った96wellの細胞培養ディッシュの底に沈めた。実施例1でグラフト加工した家蚕絹糸にES細胞が付着・吸着するかどうかを経時的に光学顕微鏡で観察したのと同じ方法で、絹フィブロイン膜にES細胞が付着・吸着するかどうか、また、細胞の接着度合、付着形態を観察した。得られた結果は、実施例1においてグラフト加工した家蚕絹糸を用いた場合と同じであった。
本発明によれば、上記したように細胞の植え継ぎの煩雑な作業を軽減できるので、以下、研究の面から、細胞の植え継ぎについて纏めて記述する。
細胞を扱う研究では、細胞をいつも研究に使用できる状態にするため細胞の植え継ぎをする必要がある。そのためには、上記したような作業をすることが必要であり、所定の組成を有する培地で細胞を増殖せしめる。一般的には、細胞を増殖せしめる際に、細胞が培養基材に付着する場合が多い。そのため、植え継ぎに先立ち、培養細胞を培養基材から剥離・回収する。培養細胞を培養基材から剥離するには、細胞間の結合に関与するCa2+等の金属イオンやタンパク質を取り除くことにより行われる。トリプシン等の酵素でタンパク質を消化することにより細胞を剥離できる。この際、ピペッティング操作で機械的に細胞を培養基材から剥離できる。
細胞の植え継ぎにかかる時間は、一般的には、1週間に2〜3回、細胞基材1プレートあたり1回の作業量は30〜40分を要する。
本発明において細胞を付着・吸着せしめる繊維状又は膜状の天然有機高分子は、増殖過程の細胞を効率的に付着・吸着しているので、所望とする細胞の増殖過程で一挙に繊維状又は膜状の天然有機高分子を培地から引き上げることができる。従って、従来法とは違って培養基材から細胞を剥離する手間と暇がかからず、細胞を取り扱ったことのない未熟練者にも活用できる技術である。
以下、本発明と関連する技術事項に関して記載する。
本発明で用いる細胞培養基材を構成する細胞吸着材は、化学修飾加工された又はグラフト加工された動物由来の繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種からなる。
このように動物由来の繊維状又は膜状の天然有機高分子を化学修飾加工又はグラフト加工したものからなる構造体の場合、化学修飾加工又はグラフト加工されていない天然有機高分子と比べて、各種細胞を高い吸着力で吸着せしめることができると共に、各種細胞の生存状態が良好である。
前記化学修飾加工は、二塩基酸無水物又はエポキシ化合物と天然有機高分子との化学結合により行われる。
前記二塩基酸無水物は、無水コハク酸、無水イタコン酸、無水グルタル酸、無水アコニット酸、無水フタル酸、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水クロトン酸、無水アクリル酸、及び無水メタクリル酸から選ばれた二塩基酸無水物、並びにオクタデシルコハク酸無水物及びドデセニルコハク酸無水物から選ばれた長鎖炭化水素を有する二塩基酸無水物からなる群から選ばれた少なくとも1種の酸無水物である。
前記エポキシ化合物は、二官能性エポキシ化合物、三官能性エポキシ化合物、及び二官能性化合物と三官能性化合物との混合化合物からなる群から選ばれた少なくも1種のエポキシ化合物である。
前記二官能性エポキシ化合物は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、及び1,6−ヘキサネジオールジグリシジルエーテルからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物であり、前記三官能性エポキシ化合物は、グリセロールポリグリシジルエーテル及びトリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物である。
前記グラフト加工は、フッ素を含むモノマー、リン酸モノエステル、メタクリルアミド、及びメタクリル酸2−ヒドロキシルエチルからなる群から選ばれた少なくとも1種と天然有機高分子との化学結合により行われる。
前記フッ素を含むモノマーは、フルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタクリレートである。
前記フルオロアルキルアクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルアクリレート、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルアクリレート、1H,1H−ペンタフルオロプロピルアクリレート、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルアクリレート、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロヘキシルアクリレート、1H,1H,2H,2H−トリデカフルオロオクチルアクリレート、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルアクリレートから選ばれた少なくとも1種の化合物であり、前記フルオロアルキルメタアクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルメタクリレート、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルメタクリレート、1H,1H−ペンタフルオロプロピルメタクリレート、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルメタクリレート、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロヘキシルメタクリレート、1H,1H,2H,2H−トリデカフルオロオクチルメタクリレート、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルメタクリレートから選ばれた少なくとも1種の化合物である。
前記リン酸モノエステルは、アシッドフォスフォキシ・エチルメタクリレート、3−クロロ−2−アシッドフォスフォキシ・プロピルメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・シプロピルメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシプロピレングリコールモノメタクリレート、及びポリプロピレングリコールモノメタクリレート・アシッドフォスフェートからなる群から選ばれた少なくとも1種である。
前記動物由来の繊維状及び膜状の天然有機高分子は、家蚕若しくは野蚕由来の絹タンパク質又は羊毛ケラチンからなるものである。
前記細胞は、マウス又はヒト由来のES細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、胸腺細胞、又はSNL(フィーダー)細胞である。
前記細胞培養基材は、前記した細胞吸着材からなる。
前記細胞培養基材の製造方法は、界面活性剤水溶液とフッ素を含むモノマーとからなりpH2〜4に調整したグラフト加工液中に、動物由来の繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種を浸漬し、重合開始剤の存在下、該フッ素を含むモノマーと天然有機高分子との化学結合によりグラフト加工し、得られたグラフト加工された天然有機高分子からなる細胞培養基材を製造することからなる。
前記細胞培養基材の製造方法におけるフッ素を含むモノマーは、フルオロアルキルアクリレート及びフルオロアルキルメタクリレートの少なくとも1種であり、このフルオロアルキルアクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルアクリレート、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルアクリレート、1H,1H−ペンタフルオロプロピルアクリレート、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルアクリレート、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロヘキシルアクリレート、1H,1H,2H,2H−トリデカフルオロオクチルアクリレート、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルアクリレートから選ばれた少なくとも1種の化合物であり、また、フルオロアルキルメタクリレートは、2,2,2−トリフルオロエチルメタクリレート、1H,1H,3H−テトラフルオロプロピルメタクリレート、1H,1H−ペンタフルオロプロピルメタクリレート、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチルメタクリレート、1H,1H,2H,2H−ノナフルオロヘキシルメタクリレート、1H,1H,2H,2H−トリデカフルオロオクチルメタクリレート、及び1H,1H,2H,2H−ヘプタデカフルオロデシルメタクリレートから選ばれた少なくとも1種の化合物である。
前記細胞培養基材の製造方法はまた、リン酸モノエステル、メタクリルアミド、及びメタクリル酸2−ヒドロキシルエチルから選ばれたモノマーを含む水溶液又は水分散液中に、動物由来の繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種を浸漬し、重合開始剤の存在下、該モノマーと天然有機高分子との化学結合によりグラフト加工し、グラフト加工された天然有機高分子からなる細胞培養基材を製造することからなる。
前記細胞培養基材の製造方法におけるリン酸モノエステルは、アシッドフォスフォキシ・エチルメタクリレート、3−クロロ−2−アシッドフォスフォキシ・プロピルメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・シプロピルメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシエチレングリコールモノメタクリレート、アシッドフォスフォキシ・ポリオキシプロピレングリコールモノメタクリレート、及びポリプロピレングリコールモノメタクリレート・アシッドフォスフェートからなる群から選ばれた少なくとも1種である。
前記細胞培養基材の製造方法はさらに、二塩基酸無水物又はエポキシ化合物を有機溶媒に溶解して得た溶液中に、動物由来の繊維状及び膜状の天然有機高分子から選ばれた少なくとも1種を浸漬し、該二塩基酸化合物又はエポキシ化合物と天然有機高分子との化学結合により化学修飾加工し、得られた化学修飾加工された天然有機高分子からなる細胞培養基材を製造することからなる。
前記細胞培養基材の製造方法における、二塩基酸無水物は、無水コハク酸、無水イタコン酸、無水グルタル酸、無水アコニット酸、無水フタル酸、無水シトラコン酸、無水マレイン酸、無水クロトン酸、無水アクリル酸、及び無水メタクリル酸から選ばれた二塩基酸無水物、並びにオクタデシルコハク酸無水物及びドデセニルコハク酸無水物から選ばれた長鎖炭化水素を有する二塩基酸無水物からなる群から選ばれた少なくとも1種の酸無水物であり、また、エポキシ化合物は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、及びグリセロールポリグリシジルエーテルから選ばれた二官能性又は三官能性エポキシ化合物であることが好ましい。また、前記エポキシ化合物は、エチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、及び1,6−ヘキサネジオールジグリシジルエーテルから選ばれた二官能性エポキシ化合物、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル及びトリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルから選ばれた三官能性エポキシ化合物、並びに該二官能性エポキシ化合物と三官能性エポキシ化合物との混合化合物からなる群から選ばれた少なくも1種のエポキシ化合物である。