JP5715843B2 - 冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板およびその製造方法に関する。
自動車の排気系用部材は、エンジンより排出される高温の排気ガス環境にさらされるため、現在では一般的に、耐熱性、耐酸化性、耐熱疲労特性等に優れたフェライト系ステンレス鋼が用いられている。
上記特性の向上を目的として、これまでにCrやMoを主体とした元素を添加したフェライト系ステンレス鋼板が開発されてきたが、最近ではCuを添加した鋼板が開発されてきている。
特許文献1には、中温域でのCu析出物による析出強化を、そして高温域での固溶Cuによる固溶強化を利用するためにCuを1重量%以上添加した自動車排気系部品用ステンレス冷延鋼板が開示されている。
しかし一般的には、このようなCuを多量に添加した鋼板を製造する際には冷間割れが生じる場合があり、これに起因する生産性の悪さが課題として挙げられている。なお、冷間割れとは、熱延コイルを巻き解いた後、連続酸洗ラインあるいは連続焼鈍酸洗ラインを通した際に、熱延コイルの靱性が不足しているために耳割れあるいは板破断が生じる現象を指す。
特許文献2には、Cuを2.0質量%以下含有するフェライト系ステンレスの冷延焼鈍板についての技術が開示されているが、その熱間圧延板の靭性については触れられていない。一方、冷延板における析出物の生成を抑制するために熱延後に直ちに水冷して巻取処理を行うことが記述されている。
しかしながら、巻取温度等の開示は無く、熱延後に室温付近まで冷却することは冷却設備の能力上困難であり、また水冷の終了温度も明確にされておらず、実際に適用できる条件は明確にされていなかった。
熱延板の靱性が課題となるフェライト系ステンレス鋼としてはCr量が高い鋼種やAlを添加した鋼種があるが、これらの熱延板靱性の解決手段としては特許文献3乃至5が公知である。
特許文献3には、Crを25〜35重量%添加した鋼種の熱延板の靱性値を向上させる技術として、400〜600℃で巻き取り、直ちに水冷以上の冷却速度で急冷する技術が開示されている。
また特許文献4には、Alを3〜7重量%含有するフェライト系ステンレス鋼を巻取後に急水冷する技術が開示されている。
特許文献5には、巻取温度を550〜650℃として巻取コイル形状とし、その後3時間以内に水槽に浸漬する方法が開示されている。
特開2000−297355号公報 特開2002−194507号公報 特開平5−320764号公報 特開昭64−56822号公報 特開2001−26826号公報
これらのように熱延板靱性を改善する技術として特許文献3及び5の技術が開示されている。しかしながら、本願発明者らが上記従来の知見を、Cuを1%以上含有した鋼種に対して適用したところ、冷間割れが発生する場合があり、必ずしも靭性の改善に対して有効ではないことが分かった。即ち、従来知られていたCu添加鋼板の靭性改善のための技術は、1%以上という多量のCuを含有するフェライト系ステンレスの熱延板においては十分に有効ではなく、更なる改善が必要とされるものであった。
そこで、本発明は、上記の実情に鑑みなされたものであって、冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記のような課題を解決すべく、フェライト系ステンレス鋼の熱延巻取条件と熱延板の靱性の関係を調査した。
まず、Cu量を変化させたフェライト系ステンレス鋼を実験室で5mm厚まで熱延した後、巻取温度を300〜600℃の範囲、巻取処理時間を0.1h〜100hの範囲で変化させながら巻取処理を行った。そして、この巻取処理後に水冷によって室温まで冷却して熱延鋼板を作製した。得られた熱延鋼板よりシャルピー試験を実施し、室温(25℃)における靱性を評価した。
また、上記種々の条件で製造した熱延鋼板中に存在するCuクラスタ等の微細析出物に着目し、靭性との関係を調査した。これは、Cu添加鋼板の靭性にはCu系析出物が大きく影響を及ぼすことが推測できるが、Cuクラスタのようなシングルナノオーダーの微細析出物は、従来観察すること自体が困難であったため、靭性の関係は明らかではなく、また、そのような微細析出過程を制御する方法も不明であったためである。これらの検討を行い、得られた知見を下記に列挙する。
(1)得られた熱延鋼板の靱性は、製造条件によって10J/cm〜100J/cmの範囲で変化した。
(2)得られた熱延鋼板の金属組織を光学顕微鏡で観察したところ、いずれもフェライトの未再結晶組織であった。また、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過電子顕微鏡(TEM)のいずれの方法で観察してもCu析出物を見つけることができなかった。即ち、Cu析出物の生成が充分抑制されているにもかかわらず、靭性の良好なものと不良なものがあることが分かった。
そこで、より微細な状態を調査するために3次元アトムプローブにて調査したところ、靱性が20J/cm未満の熱延鋼板においてはCuよりなる微細なクラスタ(Cuクラスタ)が数多く観察された。一方、靱性が20J/cm以上の熱延鋼板においては、このような微細なCuクラスタが認められない、若しくは非常に密度が少なかった。
通常、Cu析出物は、Cu原子が集まってBCC、9R、FCC等の結晶構造を組んで析出物と認識される。また、従来のTEM観察で確認される析出物は数十nm以上の大きさである。
なお、本発明において「Cuクラスタ」とは、3次元アトムプローブによる調査において確認される最大径が5nm以下のサイズのCu原子の集合体のことと定義する。また、本発明で定義したCuクラスタの結晶構造は特には限定されるものでなく、BCCや9R等の結晶構造を持つ析出物や、析出物の前駆的な状態も存在すればそれを包含する。一方、熱延鋼板の靭性は、上記のように定義した「Cuクラスタ」の密度と密接な関係があることが分かった。
(3)図1は、1.2%Cu添加鋼の巻取温度、巻き取り後における1.2%Cu添加鋼を水槽に浸漬するまでの時間と靱性との関係を示すグラフである。なお、グラフ中の符号は、○:シャルピー衝撃値≧20J/cm、×:シャルピー衝撃値<20J/cmである。
図1のグラフから明らかなように、500℃以下の巻取温度では、1.2%Cu添加鋼を水槽に浸漬するまでの時間が長いほどシャルピー衝撃値(靱性値)は低下し、ある時間が過ぎると靱性値は20J/cmより低くなることが判明した。
また、巻取温度の条件及び水槽に浸漬するまでの時間の条件が同一の場合でも、1.2%Cu添加鋼を水槽に浸漬する時間(浸漬時間)が1hより短い場合には靱性が低くなることが判明した。すなわち、熱延鋼板の靱性は、巻取温度、熱延鋼板を水槽に浸漬するまでの時間、及び浸漬時間の影響を受ける因子であり、これら因子を制御することで良好な靱性が得られることを知見した。
本発明は、これらの知見に基づいて到ったもので、本発明の要旨は、以下の通りである。
[1] 質量%で、
C :0.0010〜0.010%、
Si:0.01〜1.0%、
Mn:0.01〜2.00%、
P :0.040%未満、
S :0.010%以下、
Cr:10.0〜30.0%、
Cu:1.0〜2.0%、
Al:0.001〜0.10%、
N :0.0030〜0.0200%、
をそれぞれ含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる鋼組成を有し、結晶粒内において、Cuよりなる最大径5nm以下のCuクラスタの個数密度が2×1013個/mm未満であることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
[2]さらに、質量%で、
Nb:0.10〜0.70%、
Ti:0.05〜0.30%
のうち1種または2種以上を、下記式(1)を満足するように含むことを特徴とする上記[1]に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・ (1)
[3]さらに、質量%で、
Mo:0.1〜1.0%、
Ni:0.1〜1.0%、
Al:0.50〜3.0%、
のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする上記[1]または[2]に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
[4]さらに、質量%で、
B:0.0001〜0.0025%
を含むことを特徴とする上記[1]乃至[3]のいずれかに記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
[5]上記[1]乃至[4]のいずれかに記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板を製造する方法であって、上記[1]乃至[4]のいずれかに記載の鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造した鋼片を用いて熱間圧延を行うことにより熱延鋼板とする工程と、前記熱間圧延後、巻取温度Tを300℃〜500℃とし、前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、コイル状とした前記熱延鋼板を、水槽に1時間以上浸漬させ、該浸漬後に前記熱延鋼板を前記水槽より取り出す工程と、を有し、前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程後、前記熱延鋼板を、下記式(2)を満たすような時間tc(h)以内に前記水槽に浸漬させることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法。
tc=10^((452−T)/76.7) ・・・ (2)
以上のように、本発明によれば、熱延鋼板の靭性に影響を及ぼす微細なCuクラスタの個数密度が従来よりも低く分布されている。そのため、熱延鋼板の靭性の低下を抑制することができ、その結果、熱延鋼板の冷間割れを防ぐことができる。
また、本発明に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、熱間圧延後の連続焼鈍あるいは酸洗工程を通っても冷間割れは生じない。
また、本発明によれば、Cuを含有するフェライト系ステンレス熱延鋼板の冷間割れを抑制することで製造歩留りの増加、生産効率の向上をもたらすことができる。その結果、製造コスト低減などの面で産業上非常に有用な効果を発揮することができる。また、生産効率向上により使用エネルギーを抑制することができるため、地球環境保全に貢献しうる。
本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の、巻取温度、水槽に浸漬するまでの時間と靭性との関係を示すグラフである。
以下に、本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板について詳細に説明する。
本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、質量%で、C:0.0010%〜0.010%、Si:0.01%〜1.0%、Mn:0.01%〜2.00%、P:0.040%未満、S:0.010%以下、Cr:10.0%〜30.0%、Cu:1.0〜2.0%、Al:0.001%〜0.10%、及び、N:0.0030%〜0.0200%
をそれぞれ含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、結晶粒内において、Cuよりなる最大径5nm以下のCuクラスタの個数密度が2×1013個/mm未満である。
以下、本実施形態の熱延鋼板の鋼組成を限定した理由について説明する。なお、組成についての%の表記は、特に断りがない場合は質量%を意味する。
C:0.0010〜0.010%
Cは、固溶状態で存在すると溶接部の粒界腐食性が劣化するため、多量の添加は好ましくなく、上限を0.010%とする。また、粒界腐食性の影響を及ぼさないようC量を低減するには、精錬時間の増加等、製造コストの増加をもたらすため、下限を0.0010%とする。なお、溶接部の粒界腐食性及び製造コストの観点から考えると、0.0020〜0.0070%とすることが好ましい。
Si:0.01〜1.0%
Siは、耐酸化性を向上させる元素である。しかし多量に添加すると靱性の劣化を招くため、上限を1.0%とする。一方、脱酸剤として不可避的に混入するため、下限を0.01%とする。なお、好ましくは0.02%〜0.97%の範囲とする。
Mn:0.01〜2.00%
Mnは、高温強度、耐酸化性を向上させる元素であるが、多量の添加は、Siと同様に靱性の劣化を招くため、上限を2.00%とする。また、不可避的に混入する場合があるため、下限を0.01%とする。なお、好ましくは0.02%〜1.95%の範囲とする。
P:0.040%未満
Pは、Crの原料等から不可避的に混入するため、0.005%は混入する場合が多いが、延性や製造性を低下させるので、可能な限り少ないほうが好ましい。しかし、過度に脱りんを行うことは非常に困難であり、さらには製造コストも増加するため、0.040%未満とする。
S:0.010%以下
Sは、溶解しやすい化合物をつくり、耐食性を劣化させる場合があるため、少ない方が好ましく、0.010%以下とする。また、耐食性の観点からは低い方が好ましく、0.0050%未満とすることが好ましい。
なお、近年では脱硫技術が発達しているため、Sの下限を0.0001%とするのが好ましく、安定製造性を考慮すると下限は0.0005%とすることがより好ましい。
Cr:10.0〜30.0%
Crは耐食性並びに高温強度、耐酸化性を確保するために必要な基本元素であり、その効果を発揮するために10.0%以上の添加が必須である。一方、多量の添加により靱性の劣化を招くため、上限を30.0%とする。なお、Cr量は多いほど高強度化し、また「475℃脆化」と呼ばれる高Cr鋼に特有の脆化現象が生じやすくなるため、Cr量は20.0%以下とすることが好ましい。
Cu:1.0〜2.0%
Cuは、適量添加すると高温における強度が増加するため、自動車排気系部材用の鋼板への添加が適している。添加量が1.0%未満であるとCuによる強化量が十分に得られないため、下限を1.0%とする。また、好ましくは、1.05%以上である。一方、多量の添加は、製造途中並びに冷延製品における靱性の劣化を招くため、上限を2.0%とする。また、好ましくは1.75%以下である。
Al:0.001〜0.10%、
Alは、脱酸元素として活用するため、適量の添加をする。0.001%未満の添加では脱酸能力が不十分であるため、これを下限とする。一方、添加量が0.10%で十分に酸素量を低減でき、それを超える添加量でも脱酸能力はほぼ飽和する。さらに、過度の添加は加工性の低下を招くおそれがあるため、0.10%を上限とする。なお、好ましくは、0.002%〜0.095%の範囲である。
N:0.0030〜0.0200%
Nは、Cと同様、固溶状態で存在すると溶接部の粒界腐食性が劣化するため、多量の添加は好ましくない。このため上限を0.0200%とする。またN量を低減するには精錬時間の増加等、製造コストの増加をもたらすため、下限を0.0030%とする。なお、溶接部の粒界腐食性及び製造コストの観点から考えると、0.0050〜0.0120%とすることが好ましい。
また、本実施形態では、上記元素に加えて、Nb:0.10〜0.70%、Ti:0.05〜0.30%のうち1種または2種以上を、下記式(3)を満足するように添加することが好ましい。
Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・ (3)
Nb及びTiは、CやNと析出物を作り、固溶C,Nを低減する作用がある。加えて、Nb及びTiが固溶状態で存在する場合には、高温においては固溶強化により部材の高温強度、熱疲労特性を向上させる。C、Nを固定するためにはそれぞれNb:0.10%、Ti:0.05%以上を添加することが必要であるため、これを下限とする。また、鋼中に存在するC,Nをすべて析出状態とするためには、化学量論的には上記式(3)を満足することが必要である。
一方、Nb、Ti共に、多量の添加は製造途中の靱性の劣化を招き、また表面疵の発生が顕著になる場合があるため、上限はNb:0.70%、Ti:0.30%とする。
また、本実施形態では、上記元素に加えて、Mo:0.1〜1.0%、Ni:0.1〜1.0%、Al:0.50〜3.0%のうち1種または2種以上を添加することが好ましい。
Mo,Ni及びAlは高温強度を増加させる元素であり、必要に応じて添加しても良い。Alは前述の脱酸とは異なる目的で添加するため、適正添加量が異なる。またNiは靱性向上の効果も持つ。高温強度の増加が顕著になるのは、添加量がそれぞれMo:0.10%以上、Ni:0.10%以上、Al:0.50%以上の場合であるため、これらを下限とした。また多量の添加は製造途中の靱性の劣化及び表面疵の発生を招くため、上限をそれぞれ1.0%、1.0%,3.0%とする。
また、本実施形態では、上記元素に加えて、B:0.0001〜0.0025%を添加することが好ましい。
Bは二次加工性を向上させる元素である。二次加工性が必要とされる用途に用いる場合には必要に応じて添加しても良い。二次加工性の向上効果は添加量が0.0001%以上から発現するので、これを下限とする。また、多量の添加は加工性を低下させる場合があるため、上限を0.0025%とする。
また、本実施形態の重要な特徴として、結晶粒内における、CuよりなるCuクラスタのサイズは、最大径で5nm以下とする。なお、Cuクラスタのサイズは、Cuクラスタの最大径、つまり、Cuクラスタが球状の場合は直径、板状の場合は対角長と定義し、本発明では、この最大径の測定値の平均値を規定する。また、Cuクラスタの最大径の測定方法については後述することとする。
本発明者らの調査によると、熱延鋼板の靱性が低下したサンプルにおいては、最大径が5nm以下のサイズのCuクラスタが多く存在していることが分かった。したがって、本発明において、熱延鋼板の靭性の低下を抑制するために、結晶粒内のCuクラスタのサイズを最大径で5nm以下とする。
また、本発明では、上記Cuクラスタのサイズの下限は特には限定しないが、Cuクラスタのサイズの測定精度を考慮すると、最大径で1nm以上とすることが好ましい。
なお、このような微細なサイズのCuクラスタは、前述のように、3次元アトムプローブ法等で初めて観察されるものであり、従来の技術で開示されているCu析出物とは異なり、前駆的状態と考えられる。
また、上記調査の結果、上述したような微細なサイズのCuクラスタの密度と、該熱延鋼板の靭性に関係があることも分かった。したがって、本実施形態において、熱延鋼板の靭性を良好に保つためには、最大径5nm以下のCuクラスタの個数密度は2×1013個/mm未満とする必要がある。
Cuクラスタの個数密度は熱延鋼板の強度、靱性へ大きく影響し、Cuクラスタが2×1013個/mm以上存在する場合には、熱延鋼板の靱性が著しく低下し、冷間での割れの発生する場合が多くなる。このような、最大径が5nm以下のサイズのCuクラスタは、転位などの強力なピニングサイトとなり、転位がパイルアップし、応力集中しやすくなると考えられる。従って、このような微細なCuクラスタの空間密度が上昇することによって、応力集中サイトの密度が増え、靭性が低下するものと考えられるため、Cuクラスタの個数密度は2×1013個/mm未満とする。
なお、熱延鋼板の靭性に影響を与えるのは、上述したような微細なCuクラスタばかりではなく、より大きなCu析出物もあるが、本発明の開示の範囲においては、このような粗大なCu析出物が出現する以前に冷却を終了するため、粗大なCu析出物は観察されなかった。即ち、本発明における熱延鋼板の靭性は、最大径が5nm以下のCuクラスタの密度によって決まることになると考えられる。
次に、上述したような、微細なCuクラスタのサイズ及び個数密度の測定方法であるが、Cuクラスタは通常の析出物に比べて小さいため、大きさや分布密度を透過型電子顕微鏡(TEM)で測定することは困難である。したがって、本発明におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の結晶粒内のCuクラスタのサイズ及び個数密度は、以下に示す3次元アトムプローブ(3D−AP)法を用いて次のような手順で測定する。
まず、測定対象となる熱延鋼板から0.3mm×0.3mm×10mmの棒状試料を切り出し、電解研磨法によって針状加工する。加工を施したこの針状試料を用い、結晶粒内の任意方向に3D−AP(OxfordNanoscience社製)によって50万原子以上の測定を行い、3次元マップにより可視化して定量解析する。
このような任意方向の測定を異なる結晶粒10個以上について実施し、各結晶粒に含まれるCuより成る微細なCuクラスタの個数密度(観察領域の体積当りのクラスタの個数)とサイズを平均として求める。Cuクラスタのサイズは、球状や板状等、いずれの形状においても最大となる長さを測定した。特にサイズの小さいCuクラスタは、その形状が明らかではない場合が多いため、電界イオン顕微鏡(FIM)の電解蒸発を利用した精密なサイズ測定を実施することが好ましい。
ここで、FIMとは、針状にした試料に高い電圧を印加し、不活性ガスを導入することで、試料表面の電界分布を2次元的に映し出す方法である。
一般には鉄鋼材料中の析出物はフェライトマトリックスより明るいかまたは暗いコントラストを与える。特定の原子面の電界蒸発を1原子面ずつ行い析出物コントラストの発生消滅を観察することで、析出物の深さ方向のサイズを精度良く見積もることができる。
次に、本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法は、上記組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造した鋼片を用いて熱間圧延を行うことにより熱延鋼板とする工程と、熱間圧延後、巻取温度Tを300℃〜500℃とし、熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、コイル状とした熱延鋼板を、水槽に1時間以上浸漬させ、該浸漬後に熱延鋼板を水槽より取り出す工程と、を有し、熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程後、この熱延鋼板を、下記式(4)を満たすような時間tc(h)以内に水槽に浸漬させる。
tc=10^((452−T)/76.7) ・・・ (4)
以下に、本実施形態におけるフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法について詳細に説明する。
まず、上記鋼組成を含有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造した鋼片を用いて熱間圧延を実施する。次いで仕上げ圧延を施した後、水冷で冷却し、コイル状に巻き取る。本実施形態においては、このときの巻取温度Tを300℃〜500℃とする。巻取温度Tが300℃未満であると、巻き取り前の冷却状態が鋼板の部位ごとに不均一となりやすく、その結果、巻取コイルの形状不良が生じやすいため好ましくない。また、巻取温度Tが500℃超である場合は、上述したようなCuより成るCuクラスタの個数密度が非常に高くなり、熱延鋼板の靱性不良をもたらすため好ましくない。
次に、コイル状に巻き取った後、水槽に浸漬処理をする。これは、Cuクラスタの生成を抑制するためである。
ここで、仕上げ圧延後の水冷により熱延鋼板の温度が巻取温度に到達してから、最大径5nm以下のCuクラスタが生成し、その個数密度が増加し、靭性が低下し始めるまでの時間は熱延鋼板の温度の経時変化に強く依存する。なお、通常の熱間圧延で巻取温度300〜500℃で巻き取る場合、熱間圧延してから巻取温度に達するまでの時間は1min以内であり、この間の冷却速度は3℃/sec以上である。このような冷却速度条件の場合は、巻き取り前にCuクラスタが析出することはない。またその後の巻き取り条件に影響を及ぼすこともない。つまり、巻取温度に到達してからコイル状に巻き取った後は、熱延鋼板の靭性が低下する前に、巻取温度に応じて素早く水槽に浸漬し、Cuクラスタの析出を防ぐ必要がある。従って、上述した巻取温度Tとともに、巻取温度Tに到達してからコイル状に巻き取った後において、水槽に浸漬するまでの所要時間が重要となる。
本発明者らの調査の結果、本実施形態において、熱間圧延し冷却した後、巻取温度T(℃)で巻き取った後、浸漬するまでにかかる時間t(h)を、上記式(4)のtc以内とする。
巻取温度Tに到達してから、水槽に浸漬するまでの時間tがtcを超えると、5nm以下のサイズのCuクラスタの個数密度が増加し、2x1013個/mmを超えてしまい、鋼板の靭性が低下してしまうため好ましくない。また、巻取温度Tが高い場合には、Cuクラスタの生成開始時間が早いためにtcは短くなり、巻取温度Tが低い場合にはtcは長くなる。
また、本実施形態において、水槽に浸漬してから水槽内に保持する時間(浸漬保持時間)も重要な項目である。Cuを1%以上と多量に含む成分系の鋼板の場合は、水槽内の浸漬保持時間が1時間未満と短い場合は冷却が不十分となり、Cuクラスタの生成の抑制が充分でなくなる。その結果、熱延鋼板の靱性が不良となる場合があるため、浸漬保持時間を1時間以上とする。なお、靭性の向上を考慮すると、1.2時間以上とすることが好ましい。なお、本実施形態においては、水槽内に保持する時間の下限は特に限定しないが、生産性を考慮すると、水槽内の浸漬保持時間は、48時間以内とすることが好ましい。
以上説明したような本発明に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、上記成分及び構成により、熱延鋼板の靭性に影響を及ぼす微細なCuクラスタの個数密度が従来よりも低く分布されている。そのため、熱延鋼板の靭性の低下を抑制することができ、その結果、熱延鋼板の冷間割れを防ぐことができる。
また、本発明に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、熱間圧延後の連続焼鈍あるいは酸洗工程を通っても冷間割れは生じない。
また、本発明に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板によれば、冷間割れを抑制することができるため、製造歩留りの増加、生産効率の向上をもたらすことができる。その結果、製造コスト低減などの面で産業上非常に有用な効果を発揮することができる。
また、生産効率向上により、製造工程における使用エネルギーを抑制することができるため、地球環境保全に貢献しうる。
また、本発明に係るフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法によれば、上記のような巻取温度Tでコイル状に巻き取るとともに、巻き取り後、水槽に浸漬するまでにかかる時間tc及び浸漬保持時間を制御することにより、Cuクラスタの個数密度を制御することができる。その結果、熱延鋼板の靭性低下を抑制することができる。
これにより、冷間割れ性に優れた、フェライト系ステンレス熱延鋼板を提供することが可能となる。
以下、実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
本実施例では、まず、表1に示す成分の各鋼を溶製し、鋼塊を得た。この鋼塊を90mm厚まで研削し、熱間圧延により板厚5mmまで圧延し、熱延鋼板とした。次に、圧延後の鋼板温度を放射温度計でモニターしながら、水冷によって表2に示す所定の巻取温度T(℃)まで冷却した。なお、この時の冷却速度は約20℃/secであった。
次に、巻取温度T(℃)にて、熱延鋼板をコイル状に巻き取った。その後、表2に示すように、水槽に浸漬するまでの時間をt(h)とし、コイル状に巻き取った熱延鋼板を水槽内に浸漬した。
次いで、水槽内に、表2に示すような浸漬保持時間(h)の間浸漬させた後、熱延鋼板を取りだした。なお、表2中の時間tc(h)は、上記式(4)より算出した値であって、本発明の効果を発揮するためには、熱延鋼板の巻き取り後、この上限時間である時間tc以内に水槽に浸漬させる必要がある。
得られた各熱延鋼板を用いて、3D−AP法により、熱延鋼板の結晶粒内のCuクラスタのサイズ(最大径)及び個数密度を測定した。測定結果を表2に示す。なお、表2の個数密度Xは、最大径5nm以下のCuクラスタの個数密度(×1013個/mm)を表している。
さらに、得られた熱延鋼板から圧延方向と垂直方向にシャルピー試験片を採取し、25℃においてシャルピー試験を実施し、シャルピー衝撃値を求めた。結果を表2に示す。また、得られた結果より、熱延鋼板の冷間割れ性を下記の方法により評価した。なお、シャルピー試験は、JIS Z 2242に準拠し行った。
本実施例において、冷間割れ性の評価方法は、シャルピー衝撃値が20J/cm未満の場合、その後の工程である、連続焼鈍や酸洗工程において冷間割れ等が発生し、歩留まりが低下したため、不良と判断した。また、20J/cm以上の場合はこのような冷間割れは発生しなかった。
以上の製造条件及び評価結果を表2に示す。
Figure 0005715843
Figure 0005715843
表2より明らかなとおり、本発明を適用した本発明例によれば熱延鋼板の靱性が良好、すなわち冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板を得ることができる。
一方、本発明例から外れる比較例では、いずれもシャルピー衝撃値が低かった。これにより、比較例における熱延鋼板の靭性が低下してしまったことが分かる。
試験番号10及び25では、巻取温度Tが高すぎたため、Cuクラスタの生成を十分に抑制することができす、その結果、個数密度が非常に高くなってしまった。これにより、熱延鋼板の靱性が低下してしまったと考えられる。
試験番号2,5,6,9,14,15,17,21,23,24,25,26,31,34及び37では、熱延鋼板の巻き取り後、水槽に浸漬するまでの時間tが、上限時間である時間tcよりも長かった。そのため、その間にCuクラスタの生成が進行し、Cuクラスタの個数密度が高くなった。その結果、シャルピー衝撃値が低下してしまったと考えられる。
試験番号3,5,12,18,21,28,33,34及び37は、いずれも浸漬保持時間が1時間短かったため、熱延鋼板の冷却が不十分となり、Cuクラスタの生成の抑制が不十分であった。その結果、熱延鋼板の靱性が低下したと考えられる。
試験番号35,36は、Cuクラスタの個数密度については低く抑えることができたが、鋼板中のCrの含有量が多すぎたため、靭性が低下したと考えられる。
また、J鋼を用いて巻取温度Tを種々変更し、巻き取りを行い、さらに、水槽に浸漬するまでの時間tを種々変えて水槽に2時間浸漬したものの靭性を評価した結果を図1に示す。×は、シャルピー衝撃値が20J/cm未満と靭性において劣位であるものであり、○はシャルピー衝撃値が20J/cm以上を示し、靭性において良好なものである。
図1において点線で示した直線は、靭性において劣位であるものと良好なものの境界を示すものであり、上記式(4)で示される、巻取温度Tと、巻取温度Tに到達し、巻き取りを行ってから水槽に浸漬するまでの時間の上限tcの関係を示すものである。更に、他の鋼種を用いて同様なグラフを作成しても同様な境界を示す直線が得られることが分かった。
これらの結果から、上述した知見を確認することができ、また、上述した各鋼組成及び構成を限定する根拠を裏付けることができた。

Claims (5)

  1. 質量%で、
    C:0.0010%〜0.010%、
    Si:0.01%〜1.0%、
    Mn:0.01%〜2.00%、
    P:0.040%未満、
    S:0.010%以下、
    Cr:10.0%〜30.0%、
    Cu:1.0〜2.0%、
    Al:0.001%〜0.10%、
    及び、N:0.0030%〜0.0200%
    をそれぞれ含有し、
    残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
    結晶粒内において、Cuよりなる最大径5nm以下のCuクラスタの個数密度が2×1013個/mm未満であることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
  2. さらに、質量%で、
    Nb:0.10%〜0.70%以下、
    Ti:0.05%〜0.30%以下、
    のうち1種または2種以上を、下記式(1)を満足するように含むことを特徴とする請求項1に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
    Nb/93+Ti/48≧C/12+N/14 ・・・(1)
  3. さらに、質量%で、
    Mo:0.1%〜1.0%、
    Ni:0.1%〜1.0%、
    Al:0.50%〜3.0%
    のうち1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
  4. さらに、質量%で、
    B:0.0001%〜0.0025%、
    を含むことを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか一項に記載の冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板。
  5. 請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載のフェライト系ステンレス熱延鋼板を製造する方法であって、
    請求項1乃至請求項4の何れか一項に記載の鋼組成を有するフェライト系ステンレス鋼を鋳造した鋼片を用いて熱間圧延を行うことにより熱延鋼板とする工程と、
    熱間圧延後、巻取温度Tを300℃〜500℃とし、前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程と、
    コイル状とした前記熱延鋼板を、水槽に1時間以上浸漬させ、該浸漬後に前記熱延鋼板を前記水槽より取り出す工程と、
    を有し、
    前記熱延鋼板をコイル状に巻き取る工程後、前記熱延鋼板を、下記式(2)を満たすような時間tc(h)以内に前記水槽に浸漬させることを特徴とする冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス熱延鋼板の製造方法。
    tc=10^((452−T)/76.7) ・・・ (2)
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