以下、本発明を詳細に説明する。
本発明者らにより、炎症に曝露した消化管組織の上皮細胞では特定のCpGアイランド(CGI)のDNAメチル化が、肉眼的腫瘍の形成以前の炎症段階から誘導され、そのメチル化レベルが経時的に徐々に上昇して発癌につながること、発癌物質のみ又は炎症のみに曝露された場合には高頻度な腫瘍形成は起こらないこと、及びHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)がメチル化された腫瘍細胞において現にHoxa5遺伝子発現がmRNAレベル及びタンパク質レベルの両方で抑制されていること、従って炎症に曝露された消化管上皮細胞では、Hoxa5遺伝子のCGIのDNAメチル化亢進により発癌物質曝露時の発癌リスクが顕著に増加することが示された。
本発明では、これらの知見に基づき、消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果の評価系を提供するものである。
1.非ヒト動物を用いた評価系
本発明の方法では、消化管炎症誘導処理とともに、被験物質を、非ヒト動物に投与し、該消化管炎症誘導処理及び被験物質投与後の該動物から消化管上皮細胞を単離し、単離した消化管上皮細胞におけるHoxa5遺伝子のCGI(好適には、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)の少なくとも一部のDNAメチル化レベルを測定することにより、消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果を評価することができる。
本発明の評価方法を適用する被験物質は、消化管癌に対する発癌リスク抑制効果の評価対象となるものであれば任意の物質であってよく、例えば、消化管癌に対する発癌抑制剤候補物質でありうる。本発明に係る被験物質は、有機化合物又は無機化合物でありうる。被験物質はまた、ペプチド、タンパク質、核酸、脂肪酸、抗体若しくはその断片、培養抽出物、又は植物若しくは動物抽出物等であってもよい。
本発明に係る方法に用いる非ヒト動物は、ヒト以外の任意の動物であってよいが、非ヒト哺乳動物が好ましく、例えばマウス、ラット、モルモット、ウサギ等のげっ歯類、ゴリラ、マントヒヒ、チンパンジー等の霊長類、又はイヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ等の家畜が挙げられる。実験操作の面で非ヒト哺乳動物としてより好ましいのはげっ歯類、特にマウス又はラットである。マウスとしては、近交系マウス、例えばBALB/c、A、AKR、C3H、C57BL/6、DBA/2、129/SV、FVB/N等の様々な系統のマウスが使用されうる。
本発明において、「消化管炎症誘導処理とともに、被験物質を、非ヒト動物に投与する」とは、非ヒト動物に、消化管炎症誘導処理と被験物質の投与との両方を施すことを意味する。被験物質の投与は、消化管炎症誘導処理の前に行ってもよいし、消化管炎症誘導処理と並行して行ってもよいし、消化管炎症誘導処理の後に行ってもよい。
消化管炎症誘導処理は、消化管での炎症惹起作用を有することが知られている物質(例えばデキストラン硫酸ナトリウム、トリニトロベンゼンスルホン酸、酢酸等)の投与により、又は公知の消化管炎症モデルの調製方法に従って、実施することができる。消化管炎症誘導処理の好適例としては、デキストラン硫酸ナトリウムを経口投与することにより結腸炎を引き起こす手法(Okayasu I. et al. (1990) Gastroenterology, 98, 694-702; Rosenberg, D.W. et al. (2009), Carcinogenesis, 30, 183-196を参照のこと)が挙げられる。限定するものではないが、例えば、マウス(より好ましくはBALB/cマウス)に、デキストラン硫酸ナトリウムを数日間(例えば7日間)にわたり経口投与(例えば、混餌投与)することにより、消化管炎症誘導処理を行うことができる。消化管炎症誘導処理を施した非ヒト動物は、消化管での炎症を高頻度で生じることとなる。炎症が起きていることは、例えば、炎症の5徴候と呼ばれる発赤、熱感、腫脹、疼痛、機能障害のいずれかの存在によって確認できるだけでなく、炎症細胞の湿潤、炎症細胞マーカー遺伝子や炎症関連遺伝子の発現レベルの増加等によっても確認できる。本発明において、炎症を誘導する対象の「消化管」としては、胃、小腸、又は大腸(結腸及び/又は直腸)が挙げられるが、大腸がより好ましく、とりわけ結腸が好ましい。
非ヒト動物への被験物質の投与は、1つ以上の任意の投与経路によって行うことができる。投与経路は、例えば、腹腔内投与、直腸内投与、皮下投与、皮内投与、静脈内投与(例えば尾静脈内投与)、筋肉内投与等の非経口投与であってもよいし、経口投与であってもよい。被験物質の投与は、より好ましくは、腹腔内投与により行うことができる。被験物質の投与は、1回のみ行ってもよいし、2回以上行ってもよい。
本発明の方法では、消化管炎症誘導処理及び被験物質投与後、非ヒト動物から消化管上皮細胞を単離する。単離する消化管上皮細胞は、消化管炎症誘導処理によって消化管で炎症が誘導(誘発)されることにより、当該消化管において炎症に曝露される。この消化管上皮細胞は、例えば胃上皮細胞、小腸上皮細胞、大腸上皮細胞(例えば、結腸上皮細胞、直腸上皮細胞)であってよいが、より好ましくは結腸上皮細胞である。
消化管上皮細胞は、消化管炎症誘導処理及び被験物質投与後、1回又は複数の時点で経時的に単離してもよい。例えば経時的解析では、消化管上皮細胞は、消化管炎症誘導処理及び被験物質投与後、炎症が誘導される前と炎症が誘導された後の消化管から単離してもよい。被験物質が例えば抗炎症作用を有する場合は、消化管炎症誘導処理及び被験物質投与後、炎症が未誘導の消化管から消化管上皮細胞を単離してもよい。本発明の方法では、被験物質投与群の結果をコントロール群と比較して評価するため、消化管炎症誘導処理後の被験物質非投与群(コントロール群)の非ヒト動物からも同じ時点で消化管上皮細胞を単離して同様に以下の解析を行うことが好ましい。
消化管上皮細胞の単離は、常法に従って行えばよいが、例えば結腸であれば、腺管分離法(陰窩単離法)(Cheng, H. et al., (1984) Gastroenterology, 86, 78-85)を用いて単離することができる。
本発明の方法では、消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果を評価するために、単離した消化管上皮細胞におけるHoxa5遺伝子のCGIのDNAメチル化レベルを測定することができる。
このDNAメチル化レベルの測定は、例えば、公知の様々な5-メチルシトシン検出方法に基づいて行うことができる。公知の5-メチルシトシン検出方法としては、Maxam-Gilbert化学修飾法、DNAのビサルファイト(重亜硫酸塩)修飾を用いるメチル化特異的PCR法(MSP)及びその定量的方法(qMSP)、PNA-DNA複合体と酵素処理を用いる方法、ナフトキノンの光化学反応特性を利用する5-メチルシトシン検出方法、ナフトキノンをインベーダー法と組み合わせて利用する5-メチルシトシン検出方法等が挙げられる(Church G.M. et al. (1984) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, p.1991-1995;Frommer, M. et al. (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, p.1827-1831; Herman, H. G. et al. (1996) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, p.9821-9826; Okamoto, A. et al. (2002) J. Am. Chem. Soc., 124, p.10262-10263; Yamada, H. et al. (2005) Bioorg. Med. Chem. Lett., 15(3), p.665-668; 国際公開WO 2007/111324)。本発明の方法では、限定するものではないが、定量的な5-メチルシトシン検出方法を用いることがより好ましい。
これらの5-メチルシトシン検出方法を用いる場合には、単離した消化管上皮細胞からゲノムDNAを抽出する。ゲノムDNAの抽出は、フェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿を用いる方法等の常法により、行うことができる。
Hoxa5遺伝子は、多くの生物種で高度に保存されている。例えば、ヒト(Homo sapiens)、チンパンジー(Pan troglodytes)、イヌ(Canis lupus familiaris)、ウシ(Bos taurus)、マウス(Mus musculus)、ラット(Rattus norvegicus)等でHoxa5遺伝子の塩基配列が既に報告されている。例えばマウスのHoxa5遺伝子の塩基配列の一例がGenBankアクセッション番号NM_010453に開示され、マウスHoxa5遺伝子の詳細情報がEntrez_Gene_ID: 15402に開示されている。また、ヒト(Homo sapiens)、チンパンジー(Pan troglodytes)、イヌ(Canis lupus familiaris)、ウシ(Bos taurus)、ラット(Rattus norvegicus)のHoxa5遺伝子の塩基配列の例が、それぞれGenBankアクセッション番号NM_019102、XM_519011、XM_539487、NM_001077098、XM_001064984に開示されている。DNAメチル化レベルの測定対象となりうる、ゲノムDNA上のHoxa5遺伝子のプロモーター領域の塩基配列は、公知のHoxa5遺伝子の塩基配列に基づいて、配列解析により、又は公知配列の生物起源と同種又は異種の品種・系統の非ヒト動物についてその遺伝子上流の塩基配列を決定することにより、容易に知ることができる。他の生物種のHoxa5遺伝子についても、Hoxa5遺伝子の種間でよく保存された配列に基づき、ハイブリダイゼーション法やノーザンブロット法等を用いる常法によって単離することができ、及びそのゲノムDNA上の遺伝子上流の塩基配列も容易に決定することができる。例えば、配列番号67にはマウスHoxa5遺伝子のエクソン1とプロモーター領域とを含む塩基配列の例を示しており、配列番号67の開始コドン(1238位〜1240位)よりも上流の塩基配列がプロモーター配列である。また配列番号67に示す塩基配列中のエクソン1にコードされたアミノ酸配列を、配列番号68に示す。本明細書では、便宜的に、他の生物種のHoxa5遺伝子のプロモーター領域周辺の塩基配列上の位置も、このマウスHoxa5プロモーター領域周辺の配列(転写開始点±1kb)(配列番号67)に基づいて規定する。すなわち、例えばHoxa5遺伝子のプロモーター領域周辺の配列について、『配列番号67に示す塩基配列を基準として定めるHoxa5遺伝子の開始コドン中のアデニン(A)の"658" bp上流から"762" bp下流まで』と規定する場合には、配列番号67の1237位のアデニンを開始コドン(1238位〜1240位)の1bp上流に位置するヌクレオチドとした場合に配列番号67に示す塩基配列の開始コドンの第1塩基「アデニン」の"658" bp上流から、開始コドンの第1塩基「アデニン」の"762" bp下流までの塩基配列、又はそれに対してアラインメントされる任意の生物種由来のHoxa5遺伝子プロモーター領域周辺の塩基配列を意味する。この場合のアラインメントは、手作業で行ってもよいが、周知の多重配列アラインメントプログラムClustalWを通常はデフォルト設定で用いて最大一致が得られるように作成してもよい。
本発明の方法では、Hoxa5遺伝子のCGIのDNAメチル化レベルを測定するため、Hoxa5遺伝子のCGIの少なくとも一部の塩基配列におけるDNAメチル化レベルを測定すればよい。ここでHoxa5遺伝子のCGIは、プロモーター領域の一部、そのタンパク質コード領域の全体及びその下流の配列までを含む。Hoxa5遺伝子のCGIは、マウスHoxa5遺伝子においては、配列番号67に示す塩基配列の開始コドン中のAの658bp上流から762bp下流までの配列である。すなわち本発明の方法では、Hoxa5遺伝子のCGI、つまり配列番号67に示す塩基配列を基準として定めるHoxa5遺伝子の開始コドン中のAの658bp上流から762bp下流までの配列の、少なくとも一部の塩基配列におけるDNAメチル化レベルを測定すればよい。DNAメチル化レベルの測定に供する配列は、Hoxa5遺伝子のCGIの少なくとも一部であればよいが、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI(配列番号67に示す塩基配列を基準として定めるHoxa5遺伝子の開始コドン中のAの658bp上流から1bp上流までの配列)の少なくとも一部であることがより好ましい。DNAメチル化レベルの測定を行う、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGIの少なくとも一部の配列は、配列番号67に示す塩基配列を基準として定める、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域の開始コドン中のAの352 bp上流から470 bp上流までの配列の少なくとも一部を含むことがさらに好ましい。なお「Hoxa5遺伝子のプロモーター領域の開始コドン中のAの352 bp上流から470 bp上流までの配列」は、配列番号67に示す塩基配列では、配列番号15及び16で示される塩基配列のそれぞれからなる2つのオリゴヌクレオチドプライマーをメチル化DNA特異的プライマー対として用いるメチル化特異的PCRにより増幅される領域に対応する。DNAメチル化レベルの測定を行う塩基配列は、CpG部位を少なくとも1つ含む。
本発明の方法の一実施形態では、DNAメチル化レベルの測定は、例えば、DNAのビサルファイト(重亜硫酸塩)修飾を用いる定量的メチル化特異的PCR法(qMSP)を用いて好適に行うことができる。
本発明の方法に適用可能な定量的メチル化特異的PCR法(qMSP)を用いたDNAメチル化レベルの測定では、具体的には、単離した消化管上皮細胞から抽出したゲノムDNAを重亜硫酸塩(例えば、重亜硫酸ナトリウム)で処理して非メチル化シトシンをウラシルに変換した後、Hoxa5遺伝子のCpGアイランド(CGI)の少なくとも一部を含む配列を、メチル化特異的PCR用プライマーを用いてリアルタイムPCRにより核酸増幅することにより、当該配列内にメチル化シトシンを有するゲノムDNAの割合を算出することができる。ここでメチル化特異的PCR用プライマー対は、上述の、DNAメチル化レベルの測定を行う塩基配列を増幅するように設計すればよい。メチル化特異的PCR用プライマーは、Hoxa5遺伝子のCGI(より好ましくはHoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルの測定を行うべき塩基配列の、それぞれCpG部位を含む5'側(フォワードプライマー)及び3'側(リバースプライマー)の位置に設計すればよい。
メチル化特異的PCR用プライマーのうち、非メチル化シトシンをウラシルに変換した後のHoxa5遺伝子のCGIの配列に基づいて設計したプライマー(メチル化DNA特異的プライマー)は、メチル化DNAを特異的に増幅することができる。メチル化DNA特異的プライマーとしては、例えば用いる非ヒト動物がマウスであれば、配列番号15及び16で示される塩基配列をそれぞれ含む2つのオリゴヌクレオチドプライマーをプライマー対として用いることが好ましい。これらのプライマーは、配列番号67に示す塩基配列の768位〜787位(開始コドンの451〜470bp上流)、866位〜886位(開始コドンの352〜372bp上流)の位置にそれぞれ設計されている。メチル化特異的PCR用プライマーとしてはまた、コントロール用に、Hoxa5遺伝子のCGIの全てのシトシンをウラシルに変換した後の配列に基づいて設計したプライマー(非メチル化DNA特異的プライマー)を用いることも好ましい。非メチル化DNA特異的プライマーは、非メチル化DNAのみを特異的に増幅することができる。配列番号15及び16で示されるプライマー対をメチル化DNA特異的プライマーとして用いる場合、非メチル化DNA特異的プライマーとしては配列番号17及び18で示される塩基配列をそれぞれ含む2つのオリゴヌクレオチドプライマーをプライマー対として用いることが好ましい。この実施形態では、リアルタイムPCRにおいてメチル化DNA特異的プライマーにより増幅されたPCR産物量に基づいて、消化管上皮細胞から抽出したゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(例えば、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)におけるDNAメチル化の割合を決定し、それをDNAメチル化レベルとすることができる。DNAメチル化レベルの決定の詳細については、後述の実施例を参照することができる。
本発明の方法では、以上のようにして測定したDNAメチル化レベルについて、経時的な変化を解析することが好ましい。そのDNAメチル化レベルの変化に応じて、投与した被験物質の発癌リスク抑制効果を評価することができる。
後述の実施例に示す通り、炎症に曝露した消化管の上皮細胞では、そのゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルは、時間経過とともに上昇する傾向を示す。従って、消化管上皮細胞から抽出したゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルが、消化管炎症誘導処理からの時間経過とともに上昇する傾向を示す場合には、当該細胞内でDNAメチル化の蓄積が認められ、発癌リスクが上昇していると考えられることから、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を示さないと評価することができる。
一方、消化管上皮細胞から抽出したゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルが、消化管炎症誘導処理からの時間経過に応じた上昇傾向を示さない場合、例えば一時的に上昇するがその後は継続的に低下する場合や全く上昇が見られない場合には、当該細胞内ではDNAメチル化の蓄積が認められず、発癌リスクが低下していると考えられることから、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を有すると評価することができる。
本発明の方法では、以上のようにして測定したDNAメチル化レベルについて、消化管炎症誘導処理した被験物質非投与群(コントロール群)で測定されたDNAメチル化レベルとの比較解析を行うことも好ましい。コントロール群においてDNAメチル化レベルの上昇が認められる時期に、被験物質投与群において、DNAメチル化が検出されないか又はコントロール群よりも有意にDNAメチル化レベルが低ければ、調べた消化管上皮細胞内ではDNAメチル化が抑制されているか又は少なくともメチル化の蓄積速度が低下しており、発癌リスクが低下していると考えられることから、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を有すると評価することができる。逆に、コントロール群においてDNAメチル化レベルの上昇が認められる時期に、被験物質投与群において測定されるDNAメチル化レベルがコントロール群との間で有意差がなければ、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を有しないと評価することができる。さらに、被験物質投与群において測定されるそのDNAメチル化レベルが、消化管炎症誘導処理からの時間経過とともに上昇する傾向を示し、かつコントロール群よりも有意に高い場合、当該細胞内ではDNAメチル化の蓄積が促進されており、発癌リスクがさらに上昇していると考えられることから、投与した被験物質はむしろマイナスの発癌リスク抑制効果(発癌リスク促進効果)を有すると評価することができる。
本発明の方法の一実施形態において、デキストラン硫酸ナトリウムの経口投与により消化管炎症誘導処理したマウスを用いる場合、当該マウスでは、その投与開始の7週間後から少なくとも22週間後まで、ゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルが時間経過とともに上昇する傾向を示し、かつ14週間後以降は被験物質非投与群(コントロール群)と比較して有意に高いレベルに達する。従って本発明の一実施形態では、マウスにおいてデキストラン硫酸ナトリウムの投与開始の7週間後から少なくとも22週間後までの期間に単離した消化管上皮細胞についてのゲノムDNA中のHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルの測定と解析を行ってもよい。その解析結果に基づく判定は、上記と同様にして行うことができる。
2.他の発癌リスク抑制効果評価方法
本発明の方法の別の実施形態では、消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果を評価するために、上記のようにして同様に単離した消化管上皮細胞において、Hoxa5遺伝子の発現レベルを測定してもよい。Hoxa5遺伝子の発現レベルの測定は、Hoxa5遺伝子から発現されたmRNAの細胞内含量を定量することにより行ってもよい。mRNAの定量は、例えば、Hoxa5発現解析用プライマーを用いて、リアルタイムPCRを用いた定量的逆転写PCRにより常法に従って行うことができる。あるいは、Hoxa5遺伝子の発現レベルの測定は、Hoxa5遺伝子から発現されるHoxa5タンパク質の細胞内含量を定量することによって行うこともできる。Hoxa5タンパク質の定量は、抗Hoxa5抗体を用いたイムノブロッティング法、あるいは免疫組織化学法を用いて常法により行うことができる。詳細は後述の実施例を参照できる。
単離した消化管上皮細胞におけるHoxa5遺伝子の発現レベルは、消化管炎症誘導処理した被験物質非投与群(コントロール群)では顕著に低下し、発癌リスクを上昇させている。従って、単離した消化管上皮細胞におけるHoxa5遺伝子の発現レベルが、被験物質投与群ではコントロール群として有意に増加(回復)している場合には、発癌リスクが低下していると考えられることから、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を有すると評価することができる。一方、被験物質投与群のHoxa5遺伝子の発現レベルが、コントロール群との間で有意差を示さないか又はさらに減少している場合には、発癌リスクが上昇していると考えられることから、投与した被験物質は発癌リスク抑制効果を有さないと評価することができる。
本発明はまた、被験物質を、非ヒト動物の代わりに、炎症性疾患関連消化管癌由来の培養細胞とin vitroで接触させて培養した後、当該細胞におけるHoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルを測定することを特徴とする、消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果の評価方法も提供する。
炎症性疾患関連消化管癌とは、炎症性疾患から移行して生じた消化管癌を意味する。炎症性疾患関連消化管癌の例としては、例えば、潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌、ヘリコバクター・ピロリ菌(Helicobacter pylori)誘導性胃炎に合併した胃癌、バレット食道に合併した食道癌などが挙げられる。また、顕示的に炎症の関与がなくても、生活様式の中で炎症に曝露していることが十分に予測される多くの消化管癌で同様の評価が可能となる。
本方法における、Hoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベルの測定、及び消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果の評価は上記と同様にして行えばよい。
3.発癌予測マーカーとしてのHoxa5
本発明は、被験体の生体試料由来のゲノムDNAについて、Hoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベル又はHoxa5遺伝子の発現レベルを測定することにより、当該被験体における消化管での発癌リスクの評価又は消化管癌の検出をすることができる。
ここで生体試料は、消化管上皮細胞を含みうる生体試料であればよく、限定するものではないが、例えば、胃液、糞便、胃又は腸洗浄液等が挙げられる。
Hoxa5遺伝子のCGI(特に、Hoxa5遺伝子のプロモーター領域のCGI)のDNAメチル化レベル又はHoxa5遺伝子の発現レベルの測定、及び消化管癌に対する被験物質の発癌リスク抑制効果の評価は上記と同様にして行えばよい。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
以下の実施例では、ヒト潰瘍性大腸炎のモデルマウスとして確立されている、DSS投与により結腸炎を発症するデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導結腸炎モデルマウス(DSS結腸炎マウス)(Okayasu I. et al. (1990) Gastroenterology, 98, 694-702)を、結腸炎モデルとして被験動物に用いた。さらに、アゾキシメタン(AOM)とデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の投与の組み合わせにより高頻度に結腸癌を発症する、ヒト潰瘍性大腸炎関連結腸癌のモデルマウス(Rosenberg, D.W. et al. (2009), Carcinogenesis, 30, 183-196)を結腸癌モデルとして、被験動物に用いた。
下記で測定したメチル化レベル及び遺伝子発現レベルの差異は、マンホイットニーU検定により統計学的解析を行った。この解析は全てSPSS 13.0J(SPSS Japan Inc., Tokyo, Japan)を用いて行い、結果は0.05未満のP値が得られた場合に有意とした。
[実施例1]
1.結腸癌モデルの調製及び腫瘍形成の観察
被験動物は、6週齢のBALB/c系統の雄マウス(Charles River Laboratories, Yokohama, Japan)を4つの群に分けて用意した。
第1群(25匹)は、AOM+DSS処理群であり、結腸癌モデルマウスが調製される。マウスには生後6週目(6週齢)にアゾキシメタン(AOM)(10 mg/kg; NARD institute, Amagasaki, Japan)を腹腔内注射で1回投与し、さらに1.5%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)(分子量36,000〜50,000; MP Biochemicals, Solon, OH, USA)を含む飲用水を7週目に7日間与えた。
第2群(6匹)は、AOM処理群である。マウスには生後6週目にAOM(10 mg/kg)を腹腔内注射で1回投与するのみとし、与える飲用水はその後も蒸留水のままとしてDSSは与えなかった。
第3群(6匹)は、DSS処理群である。マウスには、AOMを投与せず、1.5% DSS(分子量36,000〜50,000)を含む飲用水を生後7週目に7日間与えた。
第4群(6匹)は、非処理群である。マウスには生後6週目にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を腹腔内注射で1回投与し、飲用水も蒸留水のままとした。
これらのマウスは全て22週齢で屠殺し、腫瘍形成について調べた。
AOM+DSS処理群(第1群)のマウスでは、大腸の遠位側半分(大腸遠位部)に高頻度で腫瘍が認められた。この群の腫瘍発生率は80%(25匹中の20匹)であり、腫瘍多重度は、腫瘍担持マウス一匹当たり腫瘍13.5±8.4個であった。一方、DSS処理群のマウス(第3群)では2匹のみに腫瘍が認められ、多重度も腫瘍担持マウス一匹当たり腫瘍1±0個と低かった。またAOMのみを投与したAOM処理群(第2群)及び非処理群(第4群)では、腫瘍は認められなかった。
2.結腸炎モデルの調製
DSS結腸炎マウスにおける結腸でのメチル化の経時変化を調べるため、7週齢のBALB/c系統の雄マウス(Charles River Laboratories, Yokohama, Japan)に、7日間にわたり2% DSSを含む飲用水を与えることにより、DSSを投与した。マウスはDSS処理開始時の1、4、7、14週間後(各9、12、15、22週齢)に屠殺した。コントロール群では、2% DSSを含む飲用水の代わりに蒸留水をそのまま与え、DSS処理群と同じ齢数で屠殺した。なお、本実験のスケジュールは図3Aに示している。
3.サンプル調製及び核酸単離
上記で屠殺した各マウスの大腸から、結腸上皮細胞(CEC)を、腺管分離法(Cheng, H. et al., (1984) Gastroenterology, 86, 78-85)を用いて単離した。
また屠殺したAOM+DSS処理群の腫瘍担持マウスから大腸を切り取り、長軸方向に切り開いた。肉眼的に確認された腫瘍を外科用メスで切り取った。それぞれの腫瘍の半分を、組織学的分析のために10%中性緩衝ホルマリンで固定し、残りの半分をDNA及びRNA単離用に調製した。
ゲノムDNAは、CEC又は腫瘍から標準的なフェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿により単離した。また全RNAは、CEC、腫瘍又は大腸遠位部(粘膜及び粘膜下層を含む)から、ISOGEN(Nippon Gene, Tokyo, Japan)を使用して単離した。
さらに、マウスの下大静脈から全血を採取し、そこからゲノムDNAをQuickGeneDNA全血キット(QuickGene whole blood kit; Fujifilm, Tokyo, Japan)を使用して抽出した。
[実施例2]
1.結腸腫瘍中のメチル化CGIの同定
マウス結腸腫瘍において特異的にメチル化されたCpGアイランド(CGI)を同定するため、AOM+DSS処理群から得られたAOM+DSS誘導結腸腫瘍2個から抽出したゲノムDNAのプールと、非処理群マウスの正常CECから抽出したゲノムDNAのプールについて、MeDIP-CGIマイクロアレイ解析を行った。
MeDIP-CGIマイクロアレイ解析では、まず5μgのゲノムDNAを、既報(Takeshima, H. et al, (2009) Genome Res, 19, 1974-82; Yamashita, S. et al, (2009) DNA Res, 16, 275-86)の方法に従って、メチル化DNA免疫沈降(MeDIP)に供した。簡単に述べると、ゲノムDNAをVp-5sホモジェナイザー(TAITEC, Koshigaya, Japan)を用いて約300bpの長さに細断した後、95℃、10分の加熱により一本鎖化した。処理したDNAと5μgの抗5-メチルシチジン抗体(Diagnode, Liege, Belgium)とを1 x IPバッファー(10mM リン酸ナトリウム pH7.0, 140mM 塩化ナトリウム、0.05% Triton X-100)中にて一晩、4℃で反応させ、その後、DNAと結合した抗体をDynabeads Protein A(Invitrogen, Rockville, MD)により回収した。Proteinase Kによる消化、フェノール抽出、エタノール沈殿により、抗体を除去しDNAを精製した。抗5-メチルシチジン抗体で沈降されたDNAと、沈降処理を行わなかったDNA(インプットDNA)をそれぞれ、Cy5とCy3により蛍光標識した。
次にCGIマイクロアレイ解析を行うため、得られたCy5標識DNAとCy3標識DNAを混合し、16,030個のCGIをカバーする97,652種のプローブを有するマウスCGIヌクレオチドマイクロアレイ(Agilent technologies, Santa Clara, CA)に65℃で40時間にわたりハイブリダイズさせ、さらにAgilent G2565BAマイクロアレイスキャナー(Agilent Technologies)を用いてスキャンした。スキャンデータはソフトウェアFeature Extraction Ver.9.1及びAgilent G4477AA ChIP Analytics 1.3(Agilent Technologies)を用いて処理した。各プローブにおけるCy5及びCy3蛍光シグナル値から、Cy3に対するCy5のシグナル対数比(log ration)を計算した。このシグナル対数比の数値が高ければ高いほどCy5のシグナル値が高く、より多くのDNAが5-メチルシチジン抗体によって沈降したこと、つまりそのプローブに該当する領域がメチル化されていたことを示す。その閾値を腫瘍では0.5超、正常CECでは-0.2未満としたところ、329個のプローブが選別され、該当する領域がマウス結腸腫瘍でメチル化されていると考えられた。さらにこれらのメチル化プローブのうち2個以上の連続したブローブ配列をゲノム上で含むCGIであって、含有プローブの最も高い標準化対数比が1.2超であるCGIをメチル化CGIとして選択した。この結果、結腸腫瘍中でメチル化されたCGIの候補として23個のCGIが同定された。
2.結腸癌及びCECにおけるメチル化CGIのメチル化状態の測定
上記で得られた候補メチル化CGIのメチル化状態をメチル化特異的PCR(MSP)及び定量的MSP(qMSP)によって確認した。MeDIP-CGIマイクロアレイ解析に使用したサンプルに加え、実施例1で単離したさらに3個の結腸癌及び正常CECに由来するゲノムDNAをサンプルとして解析した。
具体的には、まずゲノムDNAをBamHIで消化し、1μgのBamHI消化ゲノムDNAについて既報(Yamashita, S. et al. (2008) Cancer Res, 68, 2112-2121)の方法によりビサルファイト修飾を行った。簡単に述べると、まず、BamHI消化ゲノムDNAを3.6M 重亜硫酸、0.6mMヒドロキシキノリン溶液中に溶解し、95℃:30秒、50℃:15分の加温サイクルを15回繰り返した。その後、溶液からEZ Bisulfite DNA Clean-up Kit(Zymo Research, Orange, CA, USA)を用いてDNAを精製し、40μlのTE(10mMトリスヒドロキシアミノメタン pH8、1mM エチレンジアミン四酢酸溶液)に溶出した。得られた反応物の1μlを、メチル化特異的PCR(MSP)及び定量的MSP(qMSP)に使用した。またコントロールサンプルとして、十分にメチル化されたDNA及び非メチル化DNAを、マウス肝臓ゲノムDNAから調製した(Niwa, T. et al. (2005) Cancer Sci, 96, 409-413)。
MSPには、それぞれの候補メチル化プローブから約100bp以内に設計したプライマーを用いた。MSPには、以下の組成のPCR反応液:10mM トリスヒドロキシアミノメタン pH8.3、50mM 塩化カリウム、1.5mM 塩化マグネシウム、0.001% ゼラチン、0.2mM dNTP、0.02U/μl AmpliTaq Gold (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)、0.8μM プライマー(表2)を用いた。MSPは、95℃:30秒、51-60℃(使用するプライマーにより温度が異なる、表2中の当該プライマーのアニーリング温度を参照):30秒、72℃:30秒のPCRサイクル条件で行った。得られたPCR産物は、3%アガロースゲル中で電気泳動を行い、臭化エチジウムにより染色、紫外線照射下での発光により確認した。
またqMSPは、SYBR(登録商標)Green I(BioWhittaker Molecular Applications, Rockland, ME)を用いたリアルタイムPCRによりiCyclerサーマルサイクラー(Bio-Rad Laboratories, Hercules, CA)を用いて行った。具体的には、qMSPは、以下の組成の反応液:10mM トリスヒドロキシアミノメタン pH8.3、50mM 塩化カリウム、1.5mM 塩化マグネシウム、0.001% ゼラチン、0.2 mM dNTP、0.02U/μl AmpliTaq Gold、0.2μM プライマー(MSPの際と同じ表2のプライマーを使用)、最終希釈率10万倍 SYBR(登録商標)Green Iを用いて、95℃:30秒、51-60℃(使用するプライマーにより温度が異なる、表2中の当該プライマーのアニーリング温度を参照):30秒、72℃:30秒のPCRサイクル条件で行った。サンプル中のメチル化DNA分子の数は、その増幅量を標準DNAと比較することにより決定した。メチル化レベルは、特定遺伝子座でメチル化された分子の割合を示すメチル化参照パーセンテージ(PMR;percentage of the methylated reference)で表した(Kass, D.H. et al. (1997) Genetica, 99, 1-13)。PMRは、以下の式で算出した。
PMR={(サンプル中の、標的CGIにおいてメチル化されたDNA分子の数)/(サンプル中のB2 SINEリピートの数))}/{(Sss1処理DNA中の標的CGIでメチル化されたDNA分子の数)/(Sss1処理DNA中のB2 SINEリピートの数))}×100
B2-SINEリピート数は表2中に示すプライマー対を用いて、上述のqMSPと同じ手法で測定した。SssI処理DNA中での標的CGIにおいてメチル化されたDNA分子数の数、及び、B2-SINEリピートの数は、結腸癌及び正常CECに由来するゲノムDNAと同様の手法で、ビサルファイト修飾、qMSPを行い測定した。
この結果、23個の候補メチル化CGIのうち15個が、腫瘍特異的メチル化を示した。15個のメチル化CGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Epcam、Fmnl1、Fosb、Fut4、Hoxa5、Irf2bp1、Krt7、Mex3a、Msx1、Nav1、Rara、Sh2d3c、及びSox11)について以下の表1に示す。またこれらのCGIについてMSPに用いたメチル化特異的PCR用プライマーを表2に示す。
表2中、Uは非メチル化DNA特異的プライマー、Mはメチル化DNA特異的プライマー、NはリアルタイムMSPの標準化用プライマーを示す。
さらに図1には、メチル化CGIのうち、Fosb、Hoxa5、Sox11、Krt7遺伝子関連CGIについて、メチル化プローブ周辺の代表的CpGマップ(図1A)、及び22週齢のAOM+DSS誘導結腸腫瘍及び非処理マウス由来正常CECについてのMSP解析の代表的な結果(図1B)を示した。
3.非癌性CECにおけるメチル化CGIのメチル化状態の測定
上記で同定した腫瘍特異的メチル化CGIの非癌性CECにおけるメチル化状態を調べるため、実施例1で単離した非癌性CECのゲノムDNAを用いて、上記でMeDIP-CGIマイクロアレイ解析により腫瘍特異的メチル化を示した15個のCGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Epcam、Fmnl1、Fosb、Fut4、Hoxa5、Irf2bp1、Krt7、Mex3a、Msx1、Nav1、Rara、Sh2d3c、及びSox11)のメチル化レベルを、上記と同様にqMSPにより解析した。その結果を図2に示す。
AOM処理群由来のCECでは、13個のCGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Fosb、Fut4、Hoxa5、Irf2bp1、Krt7、Mex3a、Msx1、Nav1、Rara、Sh2d3c及びSox11)のDNAメチル化レベルは、非処理群由来CECのメチル化レベルとの間で有意差を示さなかった。またAOM処理群由来のCECでは、Epcam及びFmnl1は、非処理群由来CECよりも低いメチル化レベルを示した。一方、AOM+DSS処理群由来CECはこれら15個のCGIにおいて高いメチル化レベルを示した。AOM+DSS処理群由来CEC及びDSS処理群由来CECでは、特にKrt7以外の14個のCGIで、AOM処理群由来CEC又は非処理群由来CECのレベルと比較して有意に高いメチル化レベルを示した。すなわち、これらのCGIでは、AOM単独投与ではDNAメチル化が誘導されなかったが、DSS単独投与ではDNAメチル化が誘導された。このことは、これらのCGIが、DSSにより誘導される結腸炎において高レベルにメチル化されることを示していた。
なお対照実験として、22週齢のマウスから得た白血球のゲノムDNA(全血ゲノムDNA)についてもCGIのメチル化状態を調べた。得られたメチル化レベルを、図2の遺伝子表記の右側の括弧内に示す。全血ゲノムDNAにおけるこれらCGIのメチル化レベルは、メチル化を示さなかったMsx1及びSox11を除き、比較的高かった(5.1〜78)。
以上の結果から、炎症関連結腸腫瘍において腫瘍特異的に高頻度にメチル化されるCGIが存在し、それらのDNAメチル化が、炎症組織中の非癌性CECにおいて既に誘導されていることが示された。
4.結腸炎CECにおけるメチル化CGIのメチル化状態の経時的変化
DNAメチル化がDSS結腸炎の経過においてCECでどのように誘導されるのかを調べるため、実施例1で経時的に単離したDSS結腸炎マウスCECのゲノムDNAを用いて試験した。具体的には、上記で有意に高いメチル化レベルを示した14個のCGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Epcam、Fmnl1、Fosb、Fut4、Hoxa5、Irf2bp1、Mex3a、Msx1、Nav1、Rara、Sh2d3c及びSox11)のメチル化レベルを、DSS処理1、4、7、14週間後のマウス(各9、12、15、22週齢)から採取したCECのゲノムDNAをサンプルとして、qMSPによって上記と同様にして測定した。この実験スケジュールを図3Aに示し、qMSP解析結果を図3Bに示す。
図3Bに示すように、8個のCGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Epcam、Fmnl1、Irf2bp1、Nav1、Rara及びSh2d3c)のメチル化レベルは、DSS処理の1週間後には急激な増加を示し、その後、DSS処理の14週間後(22週齢)までに非処理コントロール群と同様のレベルまで徐々に低下した。一方、残りの6つのCGI(Fosb、Fut4、Hoxa5、Mex3a、Msx1及びSox11)のメチル化レベルは、DSS処理の7週間後から徐々に増加し、14週間後には非処理コントロール群と比較して有意に高いレベルに達した(1.9〜23倍)。
この結果から、8個のCGI(5730596B20Rik、Bcl6b、Epcam、Fmnl1、Irf2bp1、Nav1、Rara及びSh2d3c)のメチル化は炎症に暴露された組織中の非癌性CECにおいて蓄積されないことが示された。一方、6つのCGI(Fosb、Fut4、Hoxa5、Mex3a、Msx1及びSox11)のメチル化は、炎症した組織中の非癌性CECに経時的に徐々に蓄積されたことから、これらのメチル化が結腸腫瘍の発癌に関与していることが考えられた。
5.結腸炎CECにおける炎症の経時的プロファイル
さらに、DSS結腸炎マウスにおける炎症細胞の浸潤を、炎症細胞マーカー遺伝子(Ncf4(好中球)、Emr1(マクロファージ)、Cd3g(T細胞)及びCd20(B細胞))及び粘膜下層における炎症関連遺伝子(Il1b、Il2、Il6、Il10、Nos2、Cox2、Ifng及びTnf)の発現レベルにより評価した。
このため、DSS結腸炎マウスの大腸遠位部由来全RNAを鋳型として定量的逆転写PCR(qRTPCR)を実施した。具体的には、Superscript III キット(Invitrogen, Rockville, MD)とオリゴd(T)プライマーを用いて、2μgの全RNAからcDNAを合成した。さらに、発現解析用プライマーセットを用いたリアルタイムPCRを、上記で記載したqMSPと同様にして実施した。用いた発現解析用プライマーセットを表3に示す。各遺伝子のcDNA量は、標準DNAとして用いたGapdhの量に対して標準化した。結果を図4に示す。
図4に示すように、大部分の炎症関連遺伝子及びB細胞マーカー以外の炎症細胞マーカー遺伝子は、DSS処理の1週間後に最も高い発現を示し、次いで経時的に減少した。DSS処理の14週間後(22週齢)、調べたほとんどの遺伝子の発現レベルは非処理群の発現レベルと同等になった。Cd3g(T細胞)、Il6及びIfngだけは、22週齢の時点でも有意に高い発現レベルを維持していた。
この炎症細胞の湿潤によるDNAメチル化の経時的プロファイルの多くは、上記の6つのCGI(Fosb、Fut4、Hoxa5、Mex3a、Msx1及びSox11)におけるDSS処理の7週間後から持続的に増加するというDNAメチル化の経時的プロファイルとは全く異なっていた。従って、6つのCGI(Fosb、Fut4、Hoxa5、Mex3a、Msx1及びSox11)におけるDNAメチル化は、炎症と関連したDNAメチル化よりはむしろ、癌を引き起こすエピジェネティック(後成的)な場欠陥(field defect)の形成に直接関与している可能性が高いと考えられた。
[実施例3]
腫瘍特異的にメチル化された15個のCGIの配列解析を行ったところ、Hoxa5のCGIのみがHoxa5遺伝子のプロモーター領域内に位置していた。そこで、Hoxa5のCGIのメチル化がHoxa5遺伝子のサイレンシングを引き起こすかどうかを調べるため、上記実施例でHoxa5 CGIのメチル化を示した4個の結腸腫瘍におけるHoxa5の発現レベルを、定量的逆転写PCR(qRTPCR)により測定した。コントロールとしては、非処理群由来の正常CECからの全RNAを用いた。qRTPCRにおいては、上記実施例と同様に、Superscript III キット(Invitrogen, Rockville, MD)とオリゴd(T)プライマーを用いて、2μgの全RNAからcDNAを合成した。さらに、MSPプライマーセットを発現解析用プライマーセットに置き換えたこと以外は上記で記載したqMSPと同様の方法で、リアルタイムPCRを実施した。用いた発現解析用プライマーセットはHoxa5について表3に示すものである。各遺伝子のcDNA量は、標準DNAとして用いたGapdhの量に対して標準化した。結果を図5Aに示す。
続いて、腫瘍組織におけるHoxa5タンパク質の発現を免疫組織化学によって解析した。組織サンプルは、実施例1で10%中性緩衝ホルマリンで一晩かけて固定した結腸腫瘍を、さらにパラフィン包埋し、3mm厚の切片に切断することにより調製した。この切片をクエン酸ナトリウムバッファー(pH 6.0)中で95℃で20分間インキュベートすることにより賦活化し、そこにウサギ抗Hoxa5抗体(Zymed Laboratories, Carlsbad, CA)、又は正常ウサギ免疫グロブリン画分(Dako, Glostrup, Denmark)を含むコントロール溶液を加えて、一晩インキュベートした。次いでVectastain Elite ABCキット(Vector Laboratories, Burlingame, CA)を用いて染色し、観察した。コントロールとしては、非処理群の正常結腸上皮を用いた。得られた染色像を図5Bに示す。
図5に示される通り、メチル化を示した腫瘍におけるHoxa5遺伝子発現は、mRNAレベルで、正常CECの0.18倍に低下したことが示された(図5A)。免疫組織化学による染色像では、正常結腸上皮においてはHoxa5タンパク質の核特異的局在が観察されたが(図5B−a、b)、腫瘍ではHoxa5タンパク質の検出シグナルは非常に弱いか又は陰性であった(図5B−c、d)。これらの結果から、Hoxa5遺伝子のCGIのメチル化がHoxa5遺伝子のサイレンシングを確かに誘導したことが裏づけられた。
以上より、DSS処理により引き起こされる炎症は、結腸粘膜においてDNAメチル化異常をもたらし、そのメチル化の一部(とりわけ、Hoxa5のCGI)はCECにおいて蓄積されて腫瘍抑制遺伝子を不活化することにより、発癌しやすい状態をもたらすことが示された。従ってこのDNAメチル化モデルは、炎症組織、特に消化管組織における発癌リスクの変化を解析する上で非常に有用であり、例えば候補薬剤の発癌リスク抑制効果の評価系として利用可能であることも示された。