以下、図面を参照して本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態によるエンジンマウント構造を示す斜視図である。図1において、矢印Aの示す方向が車両前方である。
エンジン1は、車両のエンジンルーム内に横置きに配置される。エンジン1は、エンジン回転の基本次数で不平衡慣性力が作用せず、主にエンジントルク変動の反力のみが作用するエンジンである。このようなエンジンには、例えば2次バランサ付き4気筒エンジンやV型6気筒エンジンがある。エンジン1には、動力伝達装置2が連結される。
動力伝達装置2は、エンジントルクを増減させて、車両の左右の前輪を回転させるドライブシャフトに伝達する。具体的には、動力伝達装置2は、トルクコンバータ、変速機及び終減速機を備え、エンジントルクに変速機及び終減速機のギヤ比を乗じたドライブシャフトトルクをドライブシャフトに伝達する。
エンジン1及び動力伝達装置2は、エンジン1の重心よりも上側の2箇所を、右側エンジンマウント3と左側エンジンマウント4とによって車体に固定支持される。右側エンジンマウント3は、車両の右側からエンジン1を支持する。左側エンジンマウント4は、車両の左側から動力伝達装置2を支持する。このように、エンジン1及び動力伝達装置2を降り子状に吊り下げて支持するマウント構造は、ペンデュラム方式と呼ばれる。
ペンデュラム方式のエンジンマウント構造では、エンジン1が、運転中の回転慣性力によって2つのマウント点を結んだ軸の回りに傾く。この傾きを防止し、エンジン1の振動が車体に伝達するのを抑制するために、アッパトルクロッド5aと、ロアトルクロッド5bと、が設けられる。
アッパトルクロッド5aは、車両の右上側に設けられ、一端がエンジン1に連結され、他端が車体(図示せず)に連結される。
ロアトルクロッド5bは、車両の左下側に設けられ、一端が動力伝達装置2に連結され、他端が車体6に連結される。
アッパトルクロッド5a及びロアトルクロッド5bの構成はそれぞれ同様である。そのため、以下では、アッパトルクロッド5aとロアトルクロッド5bとを特に区別する必要がないときは、総称してトルクロッド5という。
2次バランサ付き4気筒エンジンやV型6気筒エンジンに対しては、エンジン回転の基本次数で不平衡慣性力が作用せず、主にエンジントルク変動の反力のみが作用する。したがって基本次数では、トルクロッド5を介して車体に伝達する振動によって、車内音・車内振動が発生することを、本件発明者らが知見した。さらに、主に車両が加速するときに基本次数の高次数で構成される約1000[Hz]までの車内音が乗員にとって問題となることを、本件発明者らが知見した。
そこで本発明者は、エンジン1及び動力伝達装置2からトルクロッド5を介して車体に伝達する振動を低減するために、トルクロッド5を二重防振効果が得られる構成とした上で、さらに振動を低減可能な構造を追加した振動低減装置を提案する。
以下では、まず二重防振効果が得られる比較例のトルクロッド100の構成を説明する。
図14は、二重防振効果が得られる比較例のトルクロッド100の平面図である。
図14に示されるトルクロッド100でも、二重防振効果によって、ある程度の防振効果は期待できる。この点について説明する。
トルクロッド100は、ロッド軸部51の一端に形成される大端部52と、ロッド軸部51の他端に形成される小端部53と、を備える。
大端部52は、大端部外筒521と、大端部内筒522と、大端部弾性体523と、を備える。
大端部外筒521は、ロッド軸部51に溶接される円筒状の部材である。
大端部内筒522は、大端部外筒521と同心となるように配置される円筒状の部材である。大端部内筒522にボルトを挿通することで、大端部52がエンジン1又は動力伝達装置2に固定される。
大端部弾性体523は、大端部外筒521と大端部内筒522との間に介装されて、外筒521と内筒522とを連結する。大端部弾性体523は、例えば弾性ゴムであり、弾性のみならず減衰性をも合わせ持つ。
小端部53も、基本構造は大端部52と同じである。すなわち、小端部53は、ロッド軸部51の他端に溶接される小端部外筒531と、小端部外筒531と同心に配置される小端部内筒532と、小端部外筒531と小端部内筒532との間に介装されて小端部外筒531と小端部内筒532とを連結する小端部弾性体533と、を備える。
大端部52と小端部53とでは、外筒及び内筒の径が相違する。すなわち、小端部外筒531の径は、大端部外筒521の径よりも小さい。小端部内筒532の径は、大端部内筒522の径よりも小さい。さらに、小端部弾性体533の剛性は、大端部弾性体523の剛性よりも大きい。
前述したように、大端部外筒521及び小端部外筒531がロッド軸部51に溶接、すなわち剛体結合される。そこで以下では、ロッド軸部51に大端部外筒521及び小端部外筒531が溶接されたものを、適宜、ロッド剛体という。
図15は、トルクロッド100の伝達力の周波数特性を示す図である。
図15に実線で示すように、トルクロッド100には2つの共振点が現れる。
ひとつはエンジン剛体共振Aである。エンジン剛体とは、エンジン1に大端部内筒522を剛体結合したものである。エンジン剛体共振Aの共振周波数は、エンジン質量と、大端部弾性体523の特性とで決まる。
もうひとつは、ロッド剛体共振Bである。ロッド剛体共振Bの共振周波数は、ロッド剛体の質量(すなわちロッド軸部51と大端部外筒521と小端部外筒531の質量)と、小端部弾性体533の特性とで決まる。
一般的な車両用エンジン1は、曲げ、捩りの1次の共振周波数f3が280[Hz]〜350[Hz]程度である。そこで、エンジン剛体共振Aの共振周波数及びロッド剛体共振Bの共振周波数が、エンジン1の曲げ、捩りの共振周波数f3よりも小さくなるように、大端部弾性体523の特性と、ロッド剛体の質量と、小端部弾性体533の特性と、を設定する。
図15に示されるように、エンジン剛体共振Aの共振周波数は、ほぼゼロに近い周波数f1[Hz]に調整される。ロッド剛体共振Bの共振周波数は、200[Hz]に近い周波数f2[Hz]に調整される。
このように調整されれば、エンジン1の曲げ、捩りの共振振動は、まず大端部弾性体523で防止され、次に小端部弾性体533で防止される。したがってエンジン1の曲げ、捩りの共振振動は、二重に防振されて、車体への伝達が抑制される。
このように、比較例のトルクロッド100であっても、二重防振効果によって、ある程度の防振効果が期待される。しかしながら、さらなる防振効果を得ることは難しい。この点ついて説明する。
トルクロッド100でさらなる防振効果を得るために、ロッド剛体共振Bを抑制することを考える。なおエンジン剛体共振Aは無視する。ロッド剛体共振Bを抑制するには、小端部53の弾性体の減衰項を増大させるとよい。
しかしながら、小端部弾性体533の減衰項を増大させると、図15に破線で示されるように、ロッド剛体共振B付近では、伝達力が小さくなりロッド剛体共振Bそのものは抑制されるものの、高周波域では却って伝達力が大きくなり伝達特性が悪化する。
このメカニズムは以下のように説明される。
図16は、トルクロッド100の物理モデルを示すダイアグラムである。
図示のモデルから、トルクロッド100についての運動方程式は、次式(1)になる。
また、トルクロッド100から車体への入力Ftは、次式(2)になる。
トルクロッド100における車体への伝達特性は、式(1)及び式(2)から、次式(3)で表される。
ロッド剛体共振B付近の周波数では、mrω2の絶対値とkrの絶対値が近づいて−mrω2とkrとが相殺するので、車体への伝達特性は、式(3)の右辺の分母の減衰係数crによることとなる。
したがって、減衰係数crを大きくすれば、図15に破線で示されるように、ロッド剛体共振B付近で、伝達力が下がりロッド剛体共振Bそのものは抑制される。
式(3)の右辺の分子は、小端部53のロッド軸方向の剛性係数krと、小端部53のロッド軸方向の減衰係数crとで決められる。通常の二重防振効果が得られる程度の減衰では、減衰係数crが小さく、剛性係数krが支配的である。ところが、分母の減衰係数crを大きくしてロッド剛体共振Bを抑制しようとすると、分子の減衰係数crも連動する。そして図15に破線で示されるように、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2を超える周波数域で車体への伝達力が却って大きくなり、高周波域側での車体への伝達特性が悪化する。
以上を踏まえて、図2を参照して本発明の一実施形態による振動低減装置10を説明する。
図2は、本発明の一実施形態による振動低減装置10の概略構成図である。
振動低減装置10は、トルクロッド5と、慣性マスアクチュエータ6と、加速度センサ7と、コントローラ8と、増幅アンプ9と、を備える。
トルクロッド5は、ロッド軸部51が水平となるようにエンジン1又は動力伝達装置4に取り付けられる。トルクロッド5は、基本的には、図14を参照して説明した二重防振効果を得られる比較例のトルクロッド100と同様の構成であるが、ロッド軸部51の中央に慣性マスアクチュエータ6を圧入するためのアクチュエータ室54を備える点で相違する。比較例と同様の機能を有する部分については同じ符号を付して説明を省略する。
慣性マスアクチュエータ6は、シャフト61と、固定子62と、慣性マス(可動子)63と、板バネ64と、を備え、慣性マス63をロッド軸方向に往復動させる直線運動型のアクチュエータである。
シャフト61は、アクチュエータ室54の内壁に圧入固定される。
固定子62は、コア621と、上部インシュレータ622と、下部インシュレータ623と、コイル624と、上部永久磁石625と、下部永久磁石626と、を備える。
コア621は、略長方形状の薄い鋼板を軸方向に複数積層して構成したものであり、シャフトに挿入固定される中央部コア621aと、中央部コア621aから図中上側に延びて、シャフト61の図中上側に位置する上部コアと、中央部コアコア621aから図中下側に延びて、シャフト61の図中下側に位置する下部コアと、を備える。
上部インシュレータ622は、上部コアの周囲を覆うようにコア621に取り付けられる。下部インシュレータ623は、下部コアの周囲を覆うようにコア621に取り付けられる。上部インシュレータ622及び下部インシュレータ623は同様の形状をしており、絶縁樹脂等で形成される。
コイル624は、上部インシュレータ622及び下部インシュレータ623の外周に巻回される。これにより、コア621とコイル624とが絶縁される。コイル624は、上部インシュレータ622及び下部インシュレータ623のそれぞれに巻回されたコイル624に流れる電流が同方向となるように結線される。
上部永久磁石625は、軸方向右側がN極、軸方向左側がS極となるように、上部インシュレータ622の上面に設けられる。
下部永久磁石626は、軸方向右側がS極、軸方向左側がN極となるように、かつ、上部永久磁石625と対向するように、下部インシュレータ623の下面に設けられる。
上部永久磁石625と下部永久磁石626とをこのように配置することで、上部永久磁石625と下部永久磁石626との間で、上部永久磁石625のN極から下部永久磁石626のS極に向かう磁界と、下部永久磁石626のN極から上部永久磁石625のS極に向かう磁界と、が発生する。
慣性マス63は、角筒形状の薄い鋼板を軸方向に複数積層して構成したものであり、固定子62の外周を覆うように設けられる。慣性マス63の軸方向中央近傍には、固定子62に向かって突出する突出部63aが設けられる。慣性マス63と固定子62との間には、所定の間隔が空けられる。慣性マス63は、その軸方向両側面に固定部材65によって固定された2枚の板バネ64によって支持される。
板バネ64は、略長方形状をしており、中央部に設けられた挿入孔にシャフト61を通すことでシャフト61に固定される。板バネ64は、比較的剛性の小さい弾性部品である。
慣性マス63は、剛性が比較的小さい板バネ64で支持されるので、ロッド軸方向の共振周波数は、10[Hz]から100[Hz]までの低い範囲である。4気筒エンジン1のアイドル回転速度2次の振動周波数は約20[Hz]であるので、慣性マス63の共振周波数が10[Hz]であれば、慣性マス63は、エンジン1の運転条件にかかわらず共振しない。しかしながら、慣性マス63の共振周波数が10[Hz]になるには、慣性マス63が非常に重くなる。慣性マス63を重くすることが困難な場合には、ロッド剛性共振B(本実施形態では200[Hz])の約半分の周波数よりも、慣性マス63の共振周波数を低く設定すれば、互いの共振周波数が十分に離れ、後述するような振動伝達が十分に抑制される。
慣性マスアクチュエータ6は、上記のように構成されて、コイル624に電流を流したときに発生する磁界と、上部永久磁石625及び下部永久磁石626によって発生する磁界と、によってリアクタンストルクを発生させて、軸方向に慣性マス63をコイル624に引き付ける。これにより、弾性部材である板バネ64が変形して慣性マス63が軸方向に移動する。
慣性マス63をコイル624に引き付ける力は、コイル624に流れる電流を高くすれば大きくなる。また、慣性マス63をコイル624に引き付ける方向は、コイル624に流れる電流の向きを変えれば反対となる。したがって、コイル624に流れる電流の向き及び方向を制御することで、慣性マス63を軸方向に往復移動させることができる。
加速度センサ7は、ロッド軸部51に取り付けられ、トルクロッド5の軸方向の振動の加速度(以下「トルクロッド5の軸方向加速度」という。)を検出する。
コントローラ8は、中央演算装置(CPU)、読み出し専用メモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、及び入出力インタフェース(I/Oインタフェース)を備えたマイクロコンピュータで構成される。
コントローラ8には、エンジン1の吸気量を検出するエアフローセンサ81からの信号のほか、エンジン1及び動力伝達装置2の状態を検出する各種センサからの検出信号が入力される。また、コントローラ8には、加速度センサ7からの信号、すなわちトルクロッド5の軸方向加速度が入力される。コントローラ8は、バンドパスフィルタによって、入力されたトルクロッド5の軸方向加速度信号のうちの所定の周波数の信号を通過させ、それ以外の周波数の信号をカットする。
具体的には、バンドパスフィルタは、少なくともロッド剛体共振Bの共振周波数f2を含み、防振域の下限周波数f5(図5参照)を通過させる。なお防振域の下限周波数とは、伝達率が1倍となる周波数であり、具体的にはロッド剛体共振Bの共振周波数f2に対して所定値(√2)を乗じて求まる周波数である。さらに望ましくは、バンドパスフィルタは、制御が発散しない上限(たとえば400[Hz])までの信号を通過させる。換言すれば、バンドパスフィルタは、制御が発散しない上限(たとえば400[Hz])を超える周波数の信号は通過させない。
またバンドパスフィルタは、慣性マス63のロッド軸方向の共振周波数以上の周波数を通過させる。換言すれば、バンドパスフィルタは、慣性マス63のロッド軸方向の共振周波数よりも低い周波数を通過させない。なお慣性マス63のロッド軸方向の共振周波数は、慣性マス63の質量や板バネ64の剛性によって決まり、10[Hz]から100[Hz]程度である。なお前述したように、4気筒エンジン1のアイドル回転速度2次の振動周波数は約20[Hz]であるので、慣性マス63のロッド軸方向の共振周波数を20[Hz]にすると連成する可能性がある。そこで連成を避けるようにバンドパスフィルタの通過周波数を設定することがさらに望ましい。
このようにするので、本実施形態では、余計な周波数では制御しない。したがって制御安定性が高まるとともに、余分な電力消費を抑えつつ狙いの周波数範囲で確実に伝達力を抑制することができる。
また、コントローラ8は、バンドパスフィルタから出力されたトルクロッド5の軸方向加速度に乗じるゲインGを算出する。
増幅アンプ9は、コントローラ8から出力されたトルクロッド5の軸方向加速度信号をコントローラ8で算出されたゲインGに基づいて増幅させて出力し、慣性マスアクチュエータ6のコイル624に印加して、電圧制御を行う。増幅アンプ9は、例えばオペアンプである。
これについてさらに説明する。
図3は、増幅アンプ9と慣性マスアクチュエータ6とを機能的に表現したブロックダイアグラムである。
トルクロッド5の軸方向加速度d2xr/dt2は、加速度センサ7によって検出される。
増幅アンプ9は、トルクロッド5の軸方向加速度d2xr/dt2に対して、ゲイン−Gを乗算して−G・d2xr/dt2を出力する。
慣性マスアクチュエータ6では、コイル624が積分器として作用する。そのため慣性マスアクチュエータ6は、−G・dxr/dtを出力する。この結果、慣性マスアクチュエータ6の発生する力Faは、トルクロッド5の軸方向速度dxr/dtに比例し、向きが加速度とは逆になる。つまり、制御対象であるトルクロッド5の減衰を増大する速度フィードバック制御が行われる。
図4は、振動低減装置の物理モデルを示すダイアグラムである。
本実施形態では、ロッド剛体共振Bを抑制することを考え、エンジン剛体共振Aは無視する。また慣性マス63の実際の取付点は、図2においてはC点、D点の2箇所であるが、図4の物理モデルでは、C点とD点とを平均した位置であるE点を「慣性マス63の取り付け点」として扱う。
図示のモデルから、トルクロッド5についての運動方程式は、次式(4)になる。
また、トルクロッド5から車体への入力Ftは、次式(5)になる。
また本実施形態では、慣性マスアクチュエータ6は、次式(6)で表される力Faを発生する。
式(6)から判るように、慣性マスアクチュエータ6の発生力Faは、トルクロッド5の軸方向変位xrの一階微分値、すなわちトルクロッド5の軸方向速度dxr/dtに比例する。
式(4)に式(6)を代入すると、次式(7)が得られる。
式(7)から、トルクロッド5の減衰項がcrからcr+Gに増大することが判る。
このように本実施形態によれば、二重防振効果が得られるトルクロッド100に対して、慣性マスアクチュエータ6を追加したトルクロッド5を用いる。そしてコントローラ8及び増幅アンプ9によって速度フィードバック制御する。このときの車体への伝達特性は、式(5)及び式(7)から次式(8)になる。
式(8)では、右辺の分母の減衰項の係数は、cr+Gとなる一方で、右辺の分子の減衰項の係数はcrであって変化しないので、分母の減衰係数の増大の影響を受けない。
このようにすることで、大端部52を介して伝達する、エンジン1からの入力Feにのみ影響するように、減衰係数を増大させることができ、伝達力が低下する。
したがって、図5に示す振動低減装置10による伝達力の周波数特性の図において一点鎖線で示したように、ロッド剛体共振Bを抑制できるとともに、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2を超える周波数域でも防振効果を得ることができる。なお、小端部53のロッド軸方向の減衰係数crは、通常の二重防振効果が得られる程度、すなわち、ロッド剛体共振Bよりも高い周波数域で伝達力を十分に抑制できる程度の値である。
また、バンドパスフィルタを通過した周波数範囲において、ロッド剛体共振Bの減衰が向上できている。このようにゲインGは、ロッド剛体共振Bの周波数付近の伝達力を十分に低下させる。言い換えるとロッド剛体共振Bによる伝達力が増大しなくなる程度の値に設定される。
ところが、このロッド剛体共振Bの共振周波数がドライブシャフトトルクに応じて変化することが本件発明者らによって知見された。そして、そのためにゲインGを一定値にすると、速度フィードバック制御が発散するおそれがあることが本件発明者らによって知見された。以下、この点について説明する。
前述したように、ペンデュラム方式のエンジンマウント構造では、エンジン1及び動力伝達装置2が、運転中の回転慣性力によって2つのマウント点を結んだ軸の回りに傾く。トルクロッド5によってこの傾きを防止しているが、そのときにトルクロッド5の弾性体522,523がエンジン1及び動力伝達装置2から押し付け力(プリロード)を受けて変形する。プリロードは、動力伝達装置2から最終的に出力されるドライブシャフトトルクが大きくなるほど大きくなる。
図6は、プリロード[N]と、小端部弾性体533の変形量[mm]と、の関係を示す図である。
図6に示すように、小端部弾性体533の変形量は、上に凸な弧を描くようにしてプリロード、すなわちドライブシャフトトルクが大きくなるほど大きくなる。このように、小端部弾性体533は、プリロードに対して非線形な剛性を有している。
小端部弾性体533は、変形量が大きくなるほど硬くなる。つまり、小端部弾性体533のバネ係数krは、小端部弾性体533の変形量が大きくなるほど大きくなる。
このように、小端部弾性体533のバネ係数krは、ドライブシャフトトルクに応じて変化する。換言すれば、小端部弾性体533の特性がドライブシャフトトルクに応じて変化する。そのため、ロッド剛体共振Bの共振周波数は前述したようにロッド剛体の質量と小端部弾性体533の特性とで決まるので、ロッド剛体共振Bの共振周波数がドライブシャフトトルクに応じて変化するのである。
図7は、ドライブシャフトトルク[Nm]と、ロッド剛体共振Bの共振周波数[Hz]と、の関係を示す図である。
図7に示すように、ロッド剛体共振Bの共振周波数は、下に凸な弧を描くようにしてドライブシャフトトルクが大きくなるほど大きくなる。これは、ドライブシャフトトルクが大きくなるほど小端部弾性体533のバネ係数krが小端部弾性体533の非線形な剛性にしたがって大きくなり、小端部弾性体533が硬くなるためである。
ここで、ゲインGが一定であれば、ロッド剛体共振Bの共振周波数が大きいとき、すなわち、小端部弾性体533のバネ係数krが大きくなっているときほど、共振抑制効果は低くなる。この理由について説明する。
式(7)のトルクロッド5の運動方程式の減衰定数hは、次式(9)になる。
(9)式から、ゲインGが一定であれば、減衰定数hは、小端部弾性体533のバネ係数krに応じて変化することがわかる。具体的には、小端部弾性体533のバネ係数krが小さいときほど減衰定数hが大きくなり、共振抑制効果(減衰効果)が高くなる。換言すれば、小端部弾性体533のバネ係数krが大きくなるにつれて減衰定数hが小さくなり、共振抑制効果が低下する。
そのため、ロッド剛体共振Bの共振周波数が大きいときほど共振抑制効果が低くなるのである。
したがって、ゲインGを一定にする場合は、共振抑制効果の低いロッド剛体共振Bの共振周波数が高いときに十分な共振抑制効果が得られるようにゲインGを設定するのが望ましい。つまり、ゲインGをロッド剛体共振Bの共振周波数が高いときを基準にした比較的高めのゲイン(以下「ハイゲイン」という。)に設定するのが望ましい。
しかしながら、ゲインGをハイゲインとすると、図17に示すように、ドライブシャフトトルクが小さくロッド剛体共振Bの共振周波数が小さいときに共振抑制効果が高くなりすぎてしまう。そのため、ドライブシャフトトルクが小さい領域で速度フィードバック制御が発散してしまうのである。
速度フィードバック制御が発散すると、制御を行うために増幅アンプ9の出力限界値を越える電流をコイル624に流す必要が出てきたり、また、制御信号に含まれる誤差や外乱についても大幅に増幅されることになる。そのため、制御安定性が低下してしまう。
そこで本実施形態では、ドライブシャフトトルクに応じてゲインGを変化させることとした。
図8は、ドライブシャフトトルクと、設定するゲインGと、の関係を示す図である。
図8に示すように、本実施形態では、ドライブシャフトトルクが大きいときほど、設定するゲインGを大きくする。ゲインGの大きさは、ロッド剛体共振Bの共振周波数とドライブシャフトトルクとの関係に合わせ、下に凸な弧を描くようにしてドライブシャフトトルクが大きくなるほど大きくなるようにする。
なお、ロッド剛体共振Bの共振周波数とドライブシャフトトルクとの関係は、プリロードに対する小端部弾性体の変形量によって決まるものである。そして、プリロードに対する小端部弾性体の変形量は、小端部弾性体の剛性によって決まるものである。したがって、ロッド剛体共振Bの共振周波数とドライブシャフトトルクとの関係は、小端部弾性体の剛性によって決まるものということができる。換言すれば、ドライブシャフトトルクに応じてゲインGをどのように変化させるか(例えば反比例的に大きくするのか、比例的に大きくするのか)は、小端部弾性体の剛性によって決まるものということができる。
これにより、図9に示すように、ドライブシャフトトルクの大きさにかかわらず、共振抑制効果を一定にすることができる。そのため、速度フィードバック制御の発散を防止でき、制御安定性の低下を防止できる。
図10は、本実施形態による速度フィードバック制御を説明するフローチャートである。コントローラ8は、このルーチンを所定の演算周期(例えば10ms)ごとに繰り返し実行する。
ステップS1において、コントローラ8は、ドライブシャフトトルクを算出する。具体的には、吸気量に基づいてエンジントルクを算出し、それに動力伝達装置2のギヤ比を乗じて算出する。
ステップS2において、コントローラ8は、図8に示す関係をテーブルとして記憶しておき、そのテーブルを参照してドライブシャフトトルクに基づいてゲインGを設定する。
ステップS3において、コントローラ8は、バイパスフィルタを通過させたトルクロッド5の軸方向加速度信号に、増幅アンプ9によってゲインGを乗じて増幅させた信号で慣性マスアクチュエータ6を駆動する。
図11は、エンジン回転速度が3000[rpm]の条件でアクセルペダルを一杯まで踏み込んで加速したときの200[Hz]から1000[Hz]までの車内音の合計の騒音レベルを示すダイアグラムである。
図11を見ると、本実施形態の構成によれば、二重防振の効果が得られるだけの比較形態よりも騒音レベルを低下できていることが判る。
以上は、主にエンジン1から車体に伝達される中周波域から高周波域にかけての振動を低減することを考えたものであった。
次は、さらにエンジン1から車体に伝達される低周波域の振動を低減することを考える。そのような振動は、こもり音として伝達される。
こもり音は、エンジン回転の基本次数に基づくエンジン振動によって発生する。4気筒エンジン1の基本次数は、回転2次である。6気筒エンジン1の基本次数は、回転3次である。
こもり音に対しては、以下のように対策する。たとえば直列4気筒エンジン1では、エンジン回転速度ごとに図12に例示するマップを用意する。そしてエンジン回転速度でこのマップを検索して振幅の大きさと位相を求める。そして次式(10)によって、エンジン回転速度に最適な加振力Fを設定する。
そして式(6)のアクチュエータの発生力Faに対して、式(10)の加振力Fを加える。
このように、アクチュエータの発生力Faに対して、式(10)の加振力Fを追加することで、図13に示したように、直列4気筒エンジン1においてエンジン回転速度が低い場合に、アクチュエータの発生力Faに対して、式(10)の加振力Fを追加しない比較形態に比べて、こもり音(車内音)を低減できる。
このようにして、本実施形態の振動低減装置によれば、低周波域でのこもり音から、加速時の騒音までを大幅に低減することができることになった。
以上説明した本実施形態によれば、トルクロッド5は、ロッド剛体の共振周波数がエンジン1の曲げ捩り共振周波数よりも低く、また慣性マスアクチュエータ6によって、トルクロッド5の軸方向速度に比例した力を発生させて、慣性マス63をトルクロッド5の軸方向に往復動させる。そのため、小端部弾性体533の減衰特性を維持したままでトルクロッド5の減衰を増大することが可能となり、ロッド軸方向のロッド剛体共振Bの抑制と、二重防振とを両立できる。
また、このときに慣性マスアクチュエータ6が発生するトルクロッド5の軸方向速度に比例した力は、トルクロッド5の軸方向速度に、ドライブシャフトトルクが小さいときよりも大きいときのほうが大きくなるゲインGを乗じた力である。そして、ドライブシャフトトルクが大きくなるにつれてゲインGをどのように大きくさせていくかは、ロッド剛体共振Bの共振周波数とドライブシャフトトルクとの関係に合わせるように、小端部弾性体533の剛性によって決定される。
ロッド剛体共振Bの共振周波数はドライブシャフトトルクに応じて変化し、ドライブシャフトトルクが大きくなるほどロッド剛体共振Bの共振周波数が高くなって共振抑制効果が低下する。そのため、ドライブシャフトトルクにかかわらず一定のゲインGをトルクロッド5の軸方向速度に乗じていたのでは、一定の共振抑制効果が得られない。また、ゲインGをハイゲインに設定すると速度フィードバック制御が発散してしまい、制御安定性が低下するおそれがある。
これに対し、本実施形態では、ドライブシャフトトルクに応じて変化するロッド剛体共振Bの共振周波数ごとに最適なゲインGを算出することができるので、ドライブシャフトトルクにかかわらず一定の共振抑制効果が得られる。また、速度フィードバック制御が発散することもないので、制御安定性を確保できる。
また本実施形態によれば、バンドパスフィルタによって、トルクロッド5の軸方向の加速度信号(又は速度信号)のうち、少なくともロッド剛体共振の共振周波数を含む所定の周波数範囲の信号を通過させるがその範囲から外れる信号を通過させない。そしてバンドパスフィルタを通過した信号に基づいてトルクロッド5の軸方向速度に比例した力を、慣性マスアクチュエータ6が発生する。このようにしたので、余分な周波数での制御を行なわないようにして、制御安定性を高めるとともに、余分な電力消費を抑えつつロッド剛体共振周波数f2付近の伝達力を抑制できる。
さらに本実施形態によれば、所定の周波数範囲は、ロッド剛体共振Bの周波数f2よりも高周波数側に存在する防振域(図5に示す周波数f5以上の周波数範囲)の周波数を含むので、ロッド剛体共振周波数f2から防振域に至る周波数範囲で伝達力を抑制できる。
さらにまた本実施形態によれば、所定の周波数範囲は、ロッド剛体共振Bの共振周波数f2よりも低周波数側に存在する、慣性マス63のロッド軸方向共振周波数を含むので、高い周波数の局所的に変形する共振を制御しないため、制御の安定性を向上できる。
また本実施形態によれば、弾性部品(板バネ64)は、慣性マス63の共振周波数がロッド剛体共振周波数f2の1/2よりも小さくなるように弾性係数が定められるので、慣性マス63の共振周波数をロッド剛体共振周波数f2から十分に離すことができる。
さらに本実施形態によれば、ロッド剛体は、ロッド軸部51と、エンジン取付部(大端部52)の構成部品であってロッド軸部51の一端に固設される外筒521と、車体取付部(小端部53)の構成部品であってロッド軸部51の他端に固設される外筒531と、を含み、ロッド剛体の共振周波数がエンジン1の曲げ捩り共振周波数よりも低くなるように、ロッド剛体の質量、及び、車体取付部の構成部品であって車体取付部外筒の内側に設けられる弾性体533の特性が設定されているので、内外筒ブッシュ構造において二重防振に適したロッド剛体共振周波数f2を設定できる。
また本実施形態によれば、ペンデュラム方式でマウントされるエンジン1に取り付けられるので、主に入力が入る伝達経路で制御できるため、大きな振動・騒音低減効果が得られる。
さらに本実施形態によれば、トルクロッド5は、ロッド軸部51が水平に車載される。したがって慣性マスアクチュエータ6が慣性マス63を動かすときに、重力の影響を避けることができる。また板バネ64と慣性マス63との固定部分は、重力方向と平行である。これによっても、慣性マスアクチュエータ6が慣性マス63を動かすときに、重力の影響を避けることができる。
なお、本発明は上記の実施形態に限定されずに、その技術的な思想の範囲内において種々の変更がなしうることは明白である。
例えば、ハイブリッド車など、運転状態に応じて力行又は発電を行うためのモータを備える場合において、エンジントルクを利用してそのモータによって発電するときは、エンジントルクからそのモータの発電トルクを引いたものに動力伝達装置2のギヤ比を乗じてドライブシャフトトルクを算出することで、速度フィードバック制御の安定性を向上させることができる。