上記図1、図2に示すように、ソーワイヤとして鋼線または固定砥粒付き鋼線を用い、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながらワークを切断すると、ワークの切断面には加工変質層が深く形成され、切断面の表面粗さは粗くなる。
これに対し、樹脂被覆ソーワイヤを用いれば、加工変質層を浅くでき、表面を平滑にできる。樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断するときの様子を図3を用いて説明する。図3に示すように、本発明の樹脂被覆ソーワイヤには、表面に樹脂が形成されており、ワーク切断時には、表面の樹脂が切断面に密着することでソーワイヤとワーク切断面との間に砥粒が引き込まれるのを防止できる。そのため、切断面には加工変質層が形成され難く、切断面の表面は平滑になりやすくなる。
ところで、鋼線の表面に被覆した樹脂が柔らかいと、上記従来方法3のように、砥粒が樹脂に食い込み、上記図2のように、樹脂被覆ソーワイヤとワークとの間に砥粒が介在し、切断面に加工変質層が形成される。
そこで本発明者らは、鋼線の表面に被覆する樹脂の硬さを適切に調節することで砥粒が樹脂表面に食い込むのを防止し、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断したときに、切断面に形成される加工変質層深さが浅く、切断面の表面粗さを小さくできることを見出し、本発明を完成した。具体的には、本発明の製造方法は、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断するにあたり、硬さを調節した樹脂で鋼線を被覆した樹脂被覆ソーワイヤに砥粒を吹き付け、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みを前記樹脂によって抑制しつつ、前記ワークに対して前記被覆ソーワイヤが切り込む方向には、砥粒を引き込むことでワークを切断するところに特徴がある。
適切な表面硬さに調節した樹脂被覆ソーワイヤを用い、該ソーワイヤに砥粒を吹き付けながら樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断すると、図3に示すように、ワークに対して樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、砥粒が引き込まれるが、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みは樹脂によって抑制されるため、ワークの切断面には加工変質層は殆ど形成されず、切断面は平滑となる。
上記樹脂被覆ソーワイヤで切断した切断体を、例えば、太陽電池用の素材として使用する場合には、表面性状のうち、加工変質層深さが5μm以下(好ましくは4μm以下、より好ましくは3μm以下)であるか、表面粗さ(算術平均粗さRa)が0.5μm以下(好ましくは0.4μm以下、より好ましくは0.3μm以下)となるように樹脂被覆ソーワイヤを設計することが推奨される。
加工変質層深さは、切断面をエッチングし、ワーク切断時に導入された転移のエッチピット深さを測定すればよい。
表面粗さは、株式会社ミツトヨ製「CS−3200(装置名)」にて算術平均粗さ(Ra)を測定すればよい。
次に、本発明で好適に用いることができる樹脂被覆ソーワイヤについて説明する。
本発明で用いる樹脂被覆ソーワイヤは、鋼線の表面に、上記指針に従って設計された樹脂を被覆したものである。
上記鋼線としては、引張強度が3000MPa以上の鋼線を用いることが好ましい。引張強度が3000MPa以上の鋼線としては、例えば、Cを0.5〜1.2%含有する高炭素鋼線を用いることができる。高炭素鋼線としては、例えば、JIS G3502に規定されているピアノ線材を用いることができる。
上記鋼線の直径は、切断時に付与される荷重に耐えられる範囲でできるだけ小さくするのがよく、例えば、130μm以下、好ましくは110μm以下、より好ましくは100μm以下である。鋼線の直径を小さくすることによって、切断代を小さくでき、切断体の生産性を向上させることができる。
上記樹脂としては、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を用いることができ、こうした樹脂のなかでもフェノール樹脂、アミド系樹脂、イミド系樹脂、ポリアミドイミド、エポキシ樹脂、ポリウレタン、ホルマール、ABS樹脂、塩化ビニル、ポリエステル、などを好適に用いることができる。特に、ポリアミドイミド、ポリウレタン、またはポリエステルを好適に用いることができる。
上記樹脂は、上記鋼線の表面に、市販されているワニスを塗布し、これを加熱することによって形成できる。
上記ワニスとしては、東特塗料株式会社から市販されているエナメル線用ワニスや京セラケミカル株式会社から市販されている電線用ワニスなどを使用できる。
上記エナメル線用ワニスとしては、例えば次のものを使用できる。
(a)ポリウレタンワニス(「TPU F1」、「TPU F2−NC」、「TPU F2−NCA」、「TPU 6200」、「TPU 5100」、「TPU 5200」、「TPU 5700」、「TPU K5 132」、「TPU 3000K」、「TPU 3000EA」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(b)ポリエステルワニス(「LITON 2100S」、「LITON 2100P」、「LITON 3100F」、「LITON 3200BF」、「LITON 3300」、「LITON 3300KF」、「LITON 3500SLD」、「Neoheat 8200K2」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(c)ポリアミドイミドワニス(「Neoheat AI−00C」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(d)ポリエステルイミドワニス(「Neoheat 8600A」、「Neoheat 8600AY」、「Neoheat 8600」、「Neaheat 8600H3」、「Neoheat 8625」、「Neoheat 8600E2」など;東特塗料株式会社製の商品。)
上記電線用ワニスとしては、例えば、耐熱ウレタン銅線用ワニス(「TVE5160−27」など、エポキシ変性ホルマール樹脂)、ホルマール銅線用ワニス(「TVE5225A」など、ポリビニルホルマール樹脂)、耐熱ホルマール銅線用ワニス(「TVE5230−27」など、エポキシ変性ホルマール樹脂)、ポリエステル銅線用ワニス(「TVE5350シリーズ」、ポリエステル樹脂)など(いずれも京セラケミカル株式会社製の商品。)を使用できる。
上記鋼線の表面に上記ワニスを塗布した後は、例えば、250℃以上(好ましくは300℃以上)で熱硬化させて鋼線の表面を樹脂で被覆すればよい。上記樹脂の硬さは、例えば、被覆する樹脂の種類を変えたり、樹脂を形成するときの加熱温度を変えることによって調整できる。
上記樹脂としては、120℃で測定したときの硬さが0.07GPa以上の樹脂を用いることが好ましい。即ち、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断する際には、ワイヤを例えば線速500m/分で走らせておき、ワイヤと砥粒またはワイヤとワークが接触しながらワークが切断される。そのため、ワイヤの表面は、摩擦熱による温度上昇が生じ、100℃を超えると考えられる。従って上記樹脂の硬さを、100℃以下(例えば、室温)で測定したときの硬さに基づいて調節すると、実際のワーク切断時に発生する摩擦熱に耐えられず、樹脂が軟化することがある。樹脂が軟化すると、砥粒が樹脂に食い込みやすくなるため、加工変質層の深さが大きく、表面が粗くなることがある。
そこで上記樹脂の硬さは、ワーク切断時に摩擦熱が発生しても軟化しないように、100℃を超える温度(例えば、120℃)で測定したときの硬さに基づいて調節することが推奨される。具体的には、上記樹脂として、120℃で測定したときの硬さが0.07GPa以上の樹脂を用いることが好ましく、より好ましくは0.1GPa以上の樹脂を用いるのがよい。120℃で測定したときの硬さが0.07GPa以上の樹脂を用いることによって、樹脂表面に食い込む砥粒の個数を、20個/(50μm×200μm)以下に抑えることができ、切断体に形成される加工変質層の深さを小さく、また切断体表面を平滑にすることができる。
上記樹脂の硬さは、例えば、ナノインデンテーション法で測定できる。
上記樹脂の膜厚は、例えば、2〜15μmとすればよい。樹脂が薄過ぎると、鋼線の表面に樹脂を均一に形成することが困難となる。また、樹脂が薄過ぎると切断初期の段階で樹脂が摩滅するため、素線(鋼線)が露出し、素線が摩耗して断線し易くなる。従って樹脂の膜厚は、好ましくは2μm以上、より好ましくは3μm以上、特に好ましくは4μm以上とする。しかし樹脂が厚過ぎると、樹脂被覆ソーワイヤの直径が大きくなるため、切断代が大きくなり、生産性が劣化する。また、樹脂被覆ソーワイヤ全体に占める樹脂の割合が大きくなり過ぎるため、樹脂被覆ソーワイヤ全体の強度が低下する。そのため、生産性を上げようとしてワイヤの線速を大きくすると断線し易くなる傾向がある。従って樹脂の膜厚は好ましくは15μm以下、より好ましくは13μm以下、特に好ましくは10μm以下とする。
上記樹脂被覆ソーワイヤの直径(線径)は特に限定されないが、通常、100〜300μm程度(好ましくは100〜150μm)である。
上記樹脂被覆ソーワイヤで切断対象とするワークとしては、例えば、シリコン、セラミックス、水晶、半導体部材、磁性体材料等を用いることができる。
次に、上記樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断して切断体を製造するときの条件について説明する。
上記被覆ソーワイヤでワークを切断する際には、ソーワイヤに砥粒を吹き付けてからワークを切断する。この砥粒としては、例えば、炭化珪素砥粒(SiC砥粒)やダイヤモンド砥粒などを用いることができる。特に、切断面を平滑にするには、ダイヤモンド砥粒を用いることが好ましい。
上記ダイヤモンド砥粒としては、例えば、住石マテリアルズ株式会社製の「SCMファインダイヤ(商品名)」を用いることができる。ダイヤモンド砥粒としては、多結晶タイプまたは単結晶タイプを用いることができるが、単結晶タイプを用いることが好ましい。単結晶タイプは切削時に破壊され難いからである。
上記砥粒の平均粒径は特に限定されず、例えば、2〜15μm(好ましくは4〜10μm、より好ましくは4〜7μm)であればよい。
上記砥粒の平均粒径は、例えば、日機装株式会社製の「マイクロトラックHRA(装置名)」で測定できる。
上記砥粒は、通常、加工液に分散させたスラリーを吹き付ける。上記加工液としては、水溶性の加工液または油性の加工液を用いることができる。水溶性の加工液としては、ユシロ化学工業株式会社製のエチレングリコール系加工液「H4」、三洋化成工業株式会社製のプロピレングリコール系加工液「ハイスタットTMD(商品名)」などを用いることができる。油性の加工液としては、ユシロ化学工業株式会社「ユシロンオイル(商品名)」などを用いることができる。
上記スラリーにおける砥粒の濃度は、例えば、5〜50質量%(好ましくは5〜30質量%、より好ましくは5〜10質量%)のものを用いることができる。
上記スラリーの温度は、例えば、10〜30℃(好ましくは20〜25℃)であればよい。
上記樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断するときの条件は、例えば、ワークの切断速度を0.1〜0.35mm/分、樹脂被覆ソーワイヤの線速を300m/分以上(好ましくは500m/分以上、より好ましくは800m/分以上)とすればよい。
また、樹脂被覆ソーワイヤにかける張力(N)は、素線(樹脂を被覆する前の鋼線)の抗張力に基づいて算出される下記式(1)の範囲を満足するように設定することが好ましい。下記式(1)において、鋼線の抗張力に対して50〜70%の範囲としたのは、切断時に断線を発生させないためであり、「−5.0」としたのは、切断時の樹脂被覆ソーワイヤにかかる切断荷重とワークから樹脂被覆ソーワイヤを引き抜くときにかかる引き抜き荷重を足した合計がおおよそ5.0Nだからである。
抗張力×0.5−5.0≦張力≦抗張力×0.7−5.0 ・・・(1)
なお、鋼線の抗張力は、鋼線の成分組成および線径によって異なるが、例えば、JIS G3522に規定されているピアノ線(A種)を用いた場合は、線径100μmの鋼線の抗張力は24.3N、線径120μmの鋼線の抗張力は34.4N、線径130μmの鋼線の抗張力は39.7Nであり、ピアノ線(B種)を用いた場合は、線径100μmの鋼線の抗張力は26.5N、線径120μmの鋼線の抗張力は37.7N、線径130μmの鋼線の抗張力は45.7Nである。
上記樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断すると、ワークの切断代は、樹脂被覆ソーワイヤの線径(直径)に対して、おおよそ1〜1.05倍(好ましくは1〜1.04倍、より好ましくは1〜1.03倍)となる。従って切断体の生産性を向上させることができる。
即ち、上記樹脂被覆ソーワイヤによれば、樹脂の硬さを適切に調節しているため、樹脂被覆ソーワイヤに砥粒を吹き付けても、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みは上記樹脂によって抑制されるため、切断代が小さくなる。
これに対し、上記従来方法1のように、ソーワイヤとして鋼線を用いたときの切断代は、鋼線の直径に、砥粒の平均直径の3倍程度の長さを足した幅になる。従って生産性を向上させるには、鋼線の直径を小さくする必要があるが、鋼線が断線しないように強度を高めるには限界があるため、切断代を小さくすることにも限度がある。
また、上記従来方法3のように、樹脂皮膜に砥粒を食い込ませると、ソーワイヤの線径(直径)が大きくなるため、ワークの切断代が大きくなる。
なお、上記従来方法2のように、固定砥粒付き鋼線を用いてワークを切断したときの切断代は、固定砥粒付き鋼線の直径に等しくなるため、切断代を小さくするには、鋼線の直径を小さくするか、固定砥粒の直径を小さくすることが考えられる。しかし、鋼線の直径を小さくし過ぎると、強度不足となり、切断時に付与される切断荷重に耐えられず、断線する恐れがある。また、固定砥粒の直径を小さくすると、ワークが研削され難くなるため、生産性が劣化する。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
下記実験例1では、ワークをソーワイヤで切断して切断体を製造したときの切断代(カーフロス)について調べ、下記実験例2では、ワークをソーワイヤで切断して切断体を製造したときに切断面に形成される加工変質層深さおよび表面粗さについて調べた。
[実験例1]
加工台にワーク(単結晶シリコン)を取り付けると共に、ワークの上方にソーワイヤを這わせ、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながら、加工台を上昇させて走行するワイヤによってワークを切断し、ワークの切断代(カーフロス)を測定した。
上記ソーワイヤとして、下記表1に示す種類のソーワイヤを用いた。
下記表1のNo.1では、ソーワイヤとして、JIS G3502に規定されるピアノ線材(A種、「SWRS 82A」相当の線材。具体的には、C:0.82質量%、Si:0.19質量%、Mn:0.49質量%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる線材。)を直径120μmに線引きした鋼線を用いた。
下記表1のNo.2では、ソーワイヤとして、上記No.1で用いたピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線の表面に、Niメッキを施し、このNiメッキ層に最大直径が17.5μmのダイヤモンド砥粒を固着させた固定砥粒付きワイヤを用いた。固定砥粒付きワイヤの直径は155μmである。
下記表1のNo.3〜5は、ソーワイヤとして、鋼線の表面に樹脂を下記表1に示す厚みで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いた例である。
上記鋼線として、下記表1のNo.3では上記No.1で用いたピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線を用い、下記表1のNo.4では上記No.1で用いたピアノ線材を直径130μmに線引きした鋼線を用い、下記表1のNo.5では上記No.1で用いたピアノ線材を直径110μmに線引きした鋼線を用いた。
上記樹脂は、上記鋼線の表面に下記ワニスを塗布した後、加熱することにより硬化させて形成した。具体的には、樹脂を形成するに先立って、鋼線に脱脂処理を行った後、塗布回数を4〜10回に分けて下記ワニスをコーティングし、これを加熱して硬化させて鋼線の表面に樹脂を形成した。
下記表1に示すNo.3〜5では、JIS C2351に規定されるポリウレタン線用ワニス「W143」(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「TPU F1(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はポリウレタン)を用い、加熱温度は250℃とした。
下記表1に、樹脂被覆ソーワイヤの直径を示す。
次に、上記No.1〜5のソーワイヤを用い、マルチワイヤソー(株式会社安永製、「D−500」)にて単結晶シリコン(60mm×20mm×50mm)を切断(スライシング加工)した。スライシング加工は、下記表1に示す平均粒径のSiC砥粒またはダイヤモンド砥粒を加工液に懸濁させたスラリーを吹き付けながら行った。
下記表1のNo.1では、砥粒として、平均粒径が13μmのSiC砥粒(信濃電気製錬株式会社製、「シナノランダム(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを用いた。
下記表1のNo.3〜5では、砥粒として、平均粒径が5.6μmのダイヤモンド砥粒(住石マテリアルズ株式会社製、「SCMファインダイヤ(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを用いた。
スラリー中のSiC砥粒濃度は50質量%、ダイヤモンド砥粒濃度はいずれも5質量%であり、スラリーの温度は20〜25℃、スラリーの供給量は100L/分とした。
ワークを乗せた加工台の上昇速度(切断速度)は0.3mm/分、樹脂被覆ソーワイヤの線速は500m/分、樹脂被覆ソーワイヤの張力は25N、樹脂被覆ソーワイヤの巻数は41巻、樹脂被覆ソーワイヤの巻ピッチは1mmに設定した。
なお、下記表1のNo.2では、ソーワイヤと単結晶シリコンの間に、加工液として砥粒を含まないエチレングリコール系水溶液を吹き付けながらスライシング加工した。
上記条件でスライシング加工したときの切断代を測定し、結果を下記表1に示す。
また、切断代とソーワイヤの線径(直径)との差(幅ロス)を算出し、結果を下記表1に示す。
下記表1から次のように考察できる。No.1は、ソーワイヤとして鋼線を用いた比較例であり、ワーク切断時に、鋼線とワークとの間に遊離砥粒が引き込まれ、ワークが過剰に削られた結果、ワークの切断代は160μmになった。また、幅ロスは40μmと大きくなった。従って生産性が悪くなっている。切断代を狭くするには、鋼線の直径を小さくすることが考えられるが、ワーク切断時には鋼線自体も削られるため、鋼線の直径を小さくし過ぎると鋼線の断線が発生し易くなる。No.1のように、鋼線の直径が120μmの場合は、断線を発生させないために、鋼線の直径が100μmに減径するまでに鋼線を交換する必要がある。
No.2は、ソーワイヤとして固定砥粒付きワイヤを用いた比較例であり、遊離砥粒を吹付けずにワークを切断しているため、ワークの切断代は、固定砥粒付きワイヤの線径(直径)と同じ155μmであった。
No.3〜5は、鋼線の表面に樹脂を被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断した例であり、ワークの切断代は125〜147μmであり、幅ロスは3〜4μmと小さく、生産性を向上できることが分かる。また、スライシング加工に用いた樹脂被覆ソーワイヤ表面を目視で観察したところ、砥粒は殆ど付着していなかった。
No.1〜3は、いずれも、ピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線を素線として用いた例であるため、同じ抗張力を有しており、断線に対する危険性は同じと考えられる。No.1〜3を比較すると、No.3(樹脂被覆ソーワイヤ)の切断代が最も小さく、生産性が最も良好である。
上記実験例1で得られた結果に基づいて、長さが300mmの単結晶シリコンから、現在主流の厚み0.18mmのウエハを切り出す場合について考えると、ソーワイヤとして上記No.1の鋼線を用いた場合には、切断代が160μmであるため、ウエハの取得枚数は882枚となる。上記No.2の固定砥粒付きワイヤを用いた場合には、切断代が155μmであるため、ウエハの取得枚数は895枚となり、上記No.3の樹脂被覆ソーワイヤを用いた場合には、切断代が135μmであるため、ウエハの取得枚数は952枚となる。
樹脂被覆ソーワイヤを用いた場合には、樹脂が鋼線の耐摩耗性を向上させる作用を有しているため、スライシング加工しても鋼線自体の減径は発生し難い。従って、鋼線自体の直径を更に小さくできる。例えば、No.5のように、直径が110μmの鋼線の表面に、ポリウレタン樹脂を厚み6μmで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断した場合には、切断代は125μmになるため、ウエハの取得枚数は983枚となり、生産性を更に向上できる。
一方、固定砥粒付きワイヤの場合は、切断性確保の観点から、砥粒の平均粒径は15μm以上が必要とされており、また固定砥粒付きワイヤのワイヤからの引き抜き荷重は、遊離砥粒を用いた場合の3〜5倍は必要とされている。従って、固定砥粒付きワイヤの線径を120μm以下にすることは、断線を防止する観点から難しい。よってNo.2に示したように、切断代を155μm以下とするのは困難である。
[実験例2]
加工台にワーク(単結晶シリコン)を取り付けると共に、ワークの上方にソーワイヤを這わせ、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながら、加工台を上昇させて走行するワイヤによってワークを切断したときに、単結晶シリコンの切断代、切断面に形成された加工変質層深さ、および切断面の表面粗さを測定した。
上記ソーワイヤとして、下記表2に示す種類のソーワイヤを用いた。
下記表2のNo.21〜32は、ソーワイヤとして、鋼線の表面に樹脂を下記表2に示す厚みで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いた例である。
上記鋼線として、下記表2のNo.21〜32では、上記実験例1のNo.1で用いたピアノ線材を直径130μmに線引きした鋼線を用いた。
上記樹脂は、上記鋼線の表面に下記ワニスを塗布した後、加熱することにより硬化させて形成した。具体的には、樹脂形成に先立って、鋼線に脱脂処理を行った後、塗布回数を4〜10回に分けて下記ワニスをコーティングし、樹脂の温度が150〜300℃となるように加熱し、これを加熱して硬化させて鋼線の表面に樹脂を形成した。加熱温度を下記表2に示す。
下記表2に示すNo.21では、JIS C2351に規定されるポリエステル線用ワニス「W141」(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「LITON 2100S(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はテレフタル酸系ポリエステル)を用いた。
下記表2に示すNo.22〜28、30〜32では、JIS C2351に規定されるポリウレタン線用ワニス「W143」(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「TPU F1(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はポリウレタン)を用いた。
下記表2に示すNo.29では、ポリアミドイミド線用ワニス(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「Neoheat AI−00C(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はポリアミドイミド)を用いた。
下記表2のNo.33では、上記実験例1のNo.1で用いたピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線を使用した。
下記表2のNo.34、35では、上記実験例1のNo.1で用いたピアノ線材を直径160μmに線引きした鋼線を使用した。
下記表2のNo.36、37では、上記実験例1のNo.2で用いた固定砥粒付きワイヤ(直径155μm)を使用した。
ここで、下記表2のNo.25〜32に示した樹脂被覆ソーワイヤについて、樹脂の硬さをナノインデンテーション法で測定した。硬さは、室温(23℃)または120℃で測定した。具体的な測定条件は次の通りである。
《室温および120℃で共通の測定条件》
測定装置 :Agilent Technologies製「Nano Indenter XP/DCM」
解析ソフト:Agilent Technologies製「Test Works 4」
Tip :XP
歪速度 :0.05/秒
測定点間隔:30μm
標準試料 :フューズドシリカ
《室温での測定条件》
測定モード :CSM(連続剛性測定法)
励起振動周波数:45Hz
励起振動振幅 :2nm
押込深さ :500nmまで
測定点 :15点
測定環境 :空調装置内で室温23℃
室温での硬さ測定は連続剛性測定法で行い、樹脂皮膜の最表面からの押し込み深さが400〜450nmの範囲における硬さを測定した。硬さ測定は、15点で行い、測定結果を平均して硬さを算出した。なお、測定結果のうち、異常値(平均値に対して3倍以上または1/3以下となる値)があった場合はこれを除去し、新たに測定した結果を加えて測定点の合計が15点となるように調整した。
《120℃での測定条件》
測定モード:Basic(負荷除去測定法)
押込深さ :450nmまで
測定点 :10点
測定環境 :抵抗加熱ヒータでサンプルトレイを120℃に保持
120℃での硬さ測定は負荷除去測定法で行い、樹脂皮膜の最表面からの押し込み深さが450nm位置における硬さを測定した。即ち、サンプルを加熱しながら硬さを測定する場合には、室温で硬さを測定するときのように連続剛性測定法は採用できないため、測定位置が、最表面からの押込み深さが450nm位置となるように荷重を調整して硬さ測定を行った。
120℃での硬さ測定は、上記樹脂被覆ソーワイヤをセラミック系接着剤で金属製のナノインデンテーション用サンプルトレイに貼り付け、抵抗加熱ヒータでサンプルトレイを加熱し、120℃に保持しながら行なった。
120℃での硬さ測定は、10点で行い、測定結果を平均して硬さを算出した。なお、測定結果のうち、異常値(平均値に対して3倍以上または1/3以下となる値)があった場合はこれを除去し、新たに測定した結果を加えて測定点の合計が10点となるように調整した。
室温または120℃で測定した硬さを下記表2に示す。
次に、上記ソーワイヤを用い、マルチワイヤソー(株式会社安永製、「D−500」)にて単結晶シリコン(60mm×20mm×50mm)を切断(スライシング加工)して切断体を製造した。スライシング加工は、ソーワイヤと単結晶シリコンの間に、下記表2に示す平均粒径のダイヤモンド砥粒またはSiC砥粒をエチレングリコール系水溶液に懸濁させたスラリーを吹き付けながら行った。
下記表2のNo.21、24〜32、34、35では、砥粒として、平均粒径が5.6μmのダイヤモンド砥粒(住石マテリアルズ株式会社製、「SCMファインダイヤ(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを用いた。
下記表2のNo.22、23では、砥粒として、平均粒径が5.6μmのSiC砥粒(信濃電気製錬株式会社製、「シナノランダム(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを用いた。
下記表2のNo.33では、砥粒として、平均粒径が13μmのSiC砥粒(信濃電気製錬株式会社製、「シナノランダム(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを用いた。
ダイヤモンド砥粒の濃度はいずれも5質量%、SiC砥粒の濃度はNo.22と23は5質量%、No.33は50質量%であり、スラリーの温度は20〜25℃、スラリーの供給量は100L/分とした。ワークを乗せた加工台の上昇速度は0.1mm/分、0.3mm/分、または1mm/分、樹脂被覆ソーワイヤの線速は500m/分、樹脂被覆ソーワイヤの張力は25N、樹脂被覆ソーワイヤの巻数は41巻、樹脂被覆ソーワイヤの巻ピッチは1mmに設定した。
なお、下記表2のNo.36、37では、ソーワイヤと単結晶シリコンの間に、加工液として砥粒を含まないエチレングリコール系水溶液を吹き付けながらスライシング加工した。
次に、スライシング加工に用いた樹脂被覆ソーワイヤの表面を目視で観察した。その結果、No.21〜31で用いた樹脂被覆ソーワイヤの表面には、砥粒の食い込みは殆ど認められなかった。これに対し、No.32で用いた樹脂被覆ソーワイヤの表面には、砥粒の食い込みが認められた。No.32で用いた樹脂被覆ソーワイヤの表面を撮影した図面代用写真を図4に示す。
ここで、No.25〜32で用いた樹脂被覆ソーワイヤについて、樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数を次の手順で測定した。即ち、使用済み樹脂被覆ソーワイヤの表面を、光学顕微鏡で400倍で写真撮影し、樹脂被覆ソーワイヤの中心付近における50μm×200μmの領域内に観察される砥粒の個数を目視で測定した。測定領域を上記図4に点線で示す。
次に、スライシング加工して得られた切断体について、切断面に形成されている加工変質層深さ、および切断面の表面粗さを測定した。
《加工変質層深さ》
切断面に形成される加工変質層の深さは、切断体を図5(a)に示すように、水平方向に対して4°の傾きとなるように樹脂に埋め込み、図5(b)に示すように切断体の切断面が露出するように切断体と樹脂を研磨した。次に、露出面を下記表3に示す組成のエッチング液でエッチングし、ワーク切断時に形成された加工変質層(ワーク切断時に導入された転移のエッチピット)を光学顕微鏡にて観察した。
ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した写真を図6〜図11に示す。図6はNo.25、図7はNo.27、図8はNo.32、図9はNo.33、図10はNo.35、図11はNo.37の図面代用写真を示している。
光学顕微鏡で観察したときに、加工変質層は、黒色で示され、この深さ(厚み)を測定した。測定結果を下記表2に示す。
《表面粗さ》
切断面の表面粗さは、株式会社ミツトヨ製「CS−3200(装置名)」を用い、切断方向(切り込みの深さ方向)に対して10mmに亘って算術平均粗さRaを測定した。測定結果を下記表2に示す。
下記表2から次のように考察できる。No.21〜31は、本発明で規定する工程を経て得られた樹脂被覆ソーワイヤを用いて切断体を製造した例であり、切断面に形成される加工変質層深さは5μm以下と浅く、切断面の算術平均粗さRaが0.5μm以下とほぼ平滑になっている。
一方、No.32〜37は、本発明で規定する工程を経ずに得られたソーワイヤを用いて切断体を製造した例である。これらのうちNo.32は、鋼線の表面に樹脂を被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いた例であるが、樹脂が柔らか過ぎるため、スライシング加工時に、砥粒が樹脂に食い込む現象が起こった。また、切断面に形成される加工変質層深さは5μmを超えて深くなった。
No.33〜35では、ソーワイヤとして鋼線を用いているため、鋼線とワークとの間に砥粒が回りこみ、切断代が大きくなった。また、切断面に形成される加工変質層深さは深く、表面粗さも粗くなった。
No.36、37は、ソーワイヤとして固定砥粒付きワイヤを用いているため、切断代が大きく、切断面に形成される加工変質層深さは深く、表面粗さも粗くなった。
上記No.21〜31は、切断面の算術平均粗さRaが0.5μm以下であるため、上記切断体を例えば太陽電池の素材として使用する場合には、このままの状態で、表面に微細テクスチャをエッチング加工することができる。これに対し、上記No.33〜37は、切断面の算術平均粗さRaが0.5μmを超えているため、微細テクスチャをエッチング加工する前に、切断面を平滑にするためのエッチングが必要となる。
次に、樹脂の硬さと樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数を測定したNo.25〜32の結果を比較すると次のように考察できる。No.25〜32では、室温で測定した樹脂の硬さは、いずれも0.27GPa前後で、ほぼ等しい結果であったが、120℃で測定した樹脂の硬さは、0.04〜0.28GPaとバラツキがあることが分かった。このようにバラツキが生じた原因は、樹脂の種類や加熱温度の違いにあると考えられる。
ここで、120℃で測定した樹脂の硬さと、樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数(観察視野50μm×200μmの領域における個数)との関係を図12に示す。図12から、120℃で測定した樹脂の硬さが大きくなるほど、樹脂に食い込む砥粒の数が少なくなる傾向が読み取れる。
また、120℃で測定した樹脂の硬さと、切断面に形成された加工変質層の深さとの関係を図13に示す。図13から、120℃で測定した樹脂の硬さが大きくなるほど、加工変質層の深さが小さくなる傾向が読み取れる。また、120℃で測定した樹脂の硬さを0.07GPa以上にすれば、加工変質層の深さを5μm以下に抑制できることが読み取れる。
上記図12と図13から、樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数が減少すると、加工変質層の深さが小さくなる傾向が読み取れる。