JP5441505B2 - 刃物およびその製造方法ならびにスライス装置 - Google Patents

刃物およびその製造方法ならびにスライス装置 Download PDF

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Description

本発明は、良好な切れ味を確保しながら高い耐食性を発揮するとともに非磁性の刃物およびその製造方法ならびにスライス装置に関するものである。
例えば、食品加工機械におけるフードゾーン(食品接触部)には、オーステナイト系ステンレス鋼(例えばSUS304等)を使用することが主流になってきているところ、食品を切断するスライサー用の刃物については、焼入れ等の硬化処理が必要なため、ステンレス鋼であればSUS440C等のマルテンサイト系のものを使用せねばならず、さらに良好な切れ味を確保するためにはSKD11やSUJ2等のステンレス以外の鋼種を使用せねばならないのが実情である。
上記スライサーは、一般に、食品加工センターをはじめ町の精肉店や外食店等において広く使用されており、食肉等を任意に設定された厚みにスライスする機器である。このようなスライサーに用いる刃物は円盤状の丸刃であり、傘型の薄い刃物を高速回転させながら肉類等の食材をスライスするもので、生肉、冷凍肉、ベーコン、ハム、焼豚等を薄切りから厚切りまで処理することができる。スライス食材において、生肉や冷凍肉のようなその後に加熱調理を行ってから食べる食材よりも、ハム、焼豚等のようにスライス後は未調理で食する食材を加工する機器において、刃物の腐食が最も問題視される。
例えば、食肉用スライサーの刃物としては、軸受け鋼であるSUJ2を丸刃に粗加工したものを、球状化焼鈍したのち旋盤加工を行い、焼入れ焼き戻し等で硬化して歪とりを行う。このような処理でHRC59(Hv670)程度の硬度が得られる。このままでは、SUJ2の耐食性が悪くて使用できないため、硬質クロムめっきを施したものをスライサー装置に組み込んで使用する。実際に食肉用をスライスする場合は、スライサーに取り付けた砥石で刃付けを行うことが必要であるが、この際に研ぎ代が1〜2mm程度は必要で、当然のことながら研いだ部分のめっき層は研磨で除去されている。したがって、硬質クロムめっきを施したとしても、結局刃先は極めて錆びやすい状態であり、数日も経過すると刃物全体に錆が回ってしまうという問題がある。
また、ステンレス鋼であるSUS440Cを使用する場合は、上述と同様に、粗加工したものを焼鈍したのち旋盤加工を行い、焼入れ焼き戻し等で硬化して歪とりを行い、HRC56〜58(Hv620〜660)程度の硬度が得られる。SUJ2よりも錆の進行は遅いもののその耐食性は十分でなく、硬質クロムめっきを施すことが多い。このものでも、研いだ部分のめっき層は研磨で除去されて刃先は容易に錆びが生じてしまう。
このように、ステンレス以外の鋼種による刃物では耐食性が極めて悪く、ステンレス鋼といえども、マルテンサイト系のものでは十分な耐食を発揮しない。したがって、衛生面等の配慮から、錆の問題を回避するために硬質クロムめっきやフッ素樹脂コーティングを施すことが行われている。しかしながら、これらのコーティングを施したものであっても、コーティング膜やめっき膜に存在するピンホールや欠陥から腐食成分が浸透して素材の腐食が進行し、コーティング膜やめっき膜の浮き上がりや剥離を生じ、食品中に混入するおそれがあるという問題がある。
また、SUS440C、SUS420J2、SUJ2、SKD11等、従来のマルテンサイト鋼による刃物は、上述したように耐食性が圧倒的に劣るだけでなく、第2に硬度はある程度確保されているが靭性に乏しく、製造工程や使用中に欠けや亀裂が生じるおそれがあるうえ、刃厚を薄くしたり刃先角度を小さくすることができなかった。
そこで、例えば下記の特許文献3に示すように、オーステナイト系ステンレス鋼を加工硬化することにより飲食用のナイフとしたものが開示されている。
また、例えば下記の特許文献4に示すように、ステンレス鋼に対してプラズマイオン窒化を施して表面硬化することにより刃物としたものが開示されている。
特開平10−127957号 特開2004−298562号
カミソリの刃先と切れ味,山田克明 宮崎宏明,精密工学会誌 54/11/1988,P2048 高性能刃物技術に関する研究,丸山英樹 本多章作,工業技術研究報告書,No.32,2003
しかしながら、上記特許文献3記載のオーステナイト系ステンレス鋼では、耐食性は従来の鋼種よりもよくなるものの、たとえ加工硬化したとしてもその硬度は刃物として使用するには十分でなく、食器としての飲食用ナイフ等に用途が限られているのが実情である。また、低温アニールで硬度をHv700程度まで上げられるとの記載はあるが、圧下率を50〜60%もに上げなければならず、食肉スライサーにおける丸刃のような板厚の厚い材料に適用するのは現実問題として困難であり、そのような製品は提供されていないのが実情である。
また、上記特許文献4記載の刃物では、ステンレス鋼としてSUS420J2相当の鋼種(愛知記号AUS6M)が適用されており、このような鋼種に窒化処理を施すと、窒化層の硬度はHv1000以上となり、硬すぎて脆性が生じてしまい、砥石による刃付けや再研磨が極めて困難となって、現実問題として刃物に適用できるものではない。したがって、刃先が脆くてシャープな刃が立たず、例えば食肉に使用した場合、セラミック刃物がそうであるように、肉の繊維が切れにくく、切れ味が悪いうえ、ドリップも多くて商品価値が低下し食感も悪くなるという問題がある。
本発明は、このような事情に鑑みなされたもので、良好な切れ味を確保しながら高い耐食性を発揮するとともに、非磁性の刃物およびその製造方法ならびにスライス装置を提供することを目的とする。
上記目的を達成するため、本発明の刃物は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物であって、
上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
上記刃物の少なくとも上記第1の面と上記第2の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成され、
上記第2の面の刃先線に沿った部分が研磨されることにより、上記第2の面の炭素固溶硬化層が研磨によって除去され、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分が形成され、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先が構成されていることを要旨とする。
また、本発明の刃物の製造方法は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物の製造方法であって、
上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
上記刃物の少なくとも上記第1の面と上記第2の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素を固溶させることにより、最大硬度をHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層を形成し、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先を構成することを要旨とする。
また、本発明のスライス装置は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、少なくとも上記第1の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して最大硬度がHv600以上の母材より硬度が高い炭素固溶硬化層が形成された刃物と、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨して、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成するための第1研磨工程を行う第1の砥石と、
上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う第2の砥石とを備え、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する
ように構成されたことを要旨とする。
本発明の刃物は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物であって、刃物の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成され、上記炭素固溶硬化層により刃先が構成されている。
このように、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
また、上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
少なくとも上記第1の面の表層部に炭素固溶硬化層が形成され、
上記第2の面の刃先線に沿った部分が研磨されることにより、上記第2の面の炭素固溶硬化層が研磨によって除去され、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分が形成され、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されている。
このため、再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
本発明の刃物において、上記刃先を構成する炭素固溶硬化層の硬度を1としたときに、母材であるオーステナイト相の硬度が0.14〜0.58の範囲である場合には、母材および炭素固溶硬化層を含めた刃物自体に十分な靭性を確保でき、刃先角度を従来よりも鋭利にしたり、刃先の厚みを薄くしたりしても欠けや層剥離が生じず、極めて良好な切れ味を確保できる。
本発明の刃物は、上記刃物がスライサー刃物である、構成とすることができる。
本発明の刃物において、上記第2の面の刃先線に沿った部分の研磨によって形成される刃先角度は、15度以上30度以下である場合には、従来よりも鋭利な刃先角度で刃先の厚みが薄いものであるが、欠けや層剥離が生じず、極めて良好な切れ味を発揮する。
本発明の刃物の製造方法は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物の製造方法であって、
刃物の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶させることにより、最大硬度をHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層を形成し、上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する
このように、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
また、上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
少なくとも上記第1の面と第2の面の表層部に炭素固溶硬化層を形成し、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成する。
このため、再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
本発明の刃物の製造方法は、上記刃物がスライサー刃物である、構成とすることができる。
本発明の刃物の製造方法において、上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う場合には、
研磨力の極めて小さいセラミック繊維砥石により、第1研磨工程によって刃先に生じた返りを刃先を鈍らせることなく除去することができ、シャープな切れ味を損なうことなく切れ味を維持できる時間を長く出来る。
本発明のスライス装置は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、少なくとも上記第1の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して最大硬度がHv600以上の母材より硬度が高い炭素固溶硬化層が形成された刃物と、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨して、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成するための第1研磨工程を行う第1の砥石と、
上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う第2の砥石とを備えている。
さらに、上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する。
上記刃物は、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
また、再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
また、研磨力の極めて小さいセラミック繊維砥石により、第1研磨工程によって刃先に生じた返りを刃先を鈍らせることなく除去することができ、シャープな切れ味を損なうことなく切れ味を維持できる時間を長く出来る。
本発明の刃物を示す図であり、(A)は正面図、(B)は平面図、(C)(D)は刃先部分の拡大断面図である。 本発明の刃物を製造するための熱処理炉の一例を示す図である。 本発明の実施例の刃物の刃先部分の断面顕微鏡写真である。
つぎに、本発明を実施するための最良の形態を詳しく説明する。
本実施形態の刃物は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃物の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成される。
まず、本発明の刃物の母材であるオーステナイト系ステンレス鋼について説明する。
上記オーステナイト系ステンレス鋼は、例えば鉄分を50重量%以上含有し、クロム分を12重量%以上含有するとともにニッケルを含有するオーステナイト系ステンレス鋼があげられる。具体的には、SUS304、SUS316、SUS303S等の18−8系ステンレス鋼材や、クロムを25重量%、ニッケルを20重量%含有するオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS310Sや309、さらに、クロム含有量が23重量%、モリブデンを2重量%含むオーステナイト−フェライト2相系ステンレス鋼材等があげられる。
また、ニッケルを19〜22重量%、クロムを20〜27重量%、炭素を0.25〜0.45重量%含むSCH21やSCH22等の耐熱鋼鋳鋼も本発明のオーステナイト系ステンレス鋼として好適に用いられる。さらに、クロムを20〜22重量%、ニッケルを3.25〜4.5重量%、マンガンを8〜10重量%、炭素を0.48〜0.58重量%含むSUH35や、クロムを13.5〜16重量%、ニッケルを24〜27重量%、モリブデンを1〜1.5重量%含むSUH660等の耐熱鋼も本発明のオーステナイト系ステンレス鋼として好適に用いることができる。
このように、ニッケルおよびクロムを含む低炭素のオーステナイト系ステンレス鋼を使用することにより、耐蝕性に優れてしかもクロム化合物の析出がなく、非磁性を保ったオーステナイト系ステンレス鋼の表層部に、炭素固溶硬化層を形成し、高硬度で耐蝕性に優れ、非磁性の刃物を得ることができる。
図1は、本発明が適用された刃物の一実施形態を示す図である。図1(A)は正面図、図1(B)は平面図であり、図1(C)は第1例であるストレート刃の刃先部分の拡大断面図、図1(D)は第2例であるR刃の刃先部分の拡大断面図である。
この例では、本発明の刃物を、本発明のスライス装置の一実施形態としての食肉スライサー用の丸刃20に適用した例を説明する。
この丸刃20は、円盤状に形成されて外周縁が刃先線を構成する刃先21であり、円盤の中心に丸刃20を軸に取り付けるための取付穴22が形成されている。上記丸刃20は、円盤の中心を通る軸線Cに対して垂直面となる第1の面31と、上記第1の面31に対して所定の角度θ1,θ2を保つ傘状の面である第2の面32とを有している。
ここで、図1(C)に示す第1例であるストレート刃は、第2の面32がストレート状であり、図1(D)に示す第2例であるR刃は、第2の面32にRが設けられてストレート刃よりも刃先を薄くすることができるようになっている。
上記第1の面31と第2の面32がなす角度θ1,θ2は、少なくとも後述する刃先角度αよりは鋭角となるように設定される。例えば、ストレート刃の場合のθ1は17度程度に設定することができ、R刃の場合のθ21は12.5度程度に設定することができる。これにより、後述する第1の砥石33による第1研磨工程により、第1の面31の表層部に形成された炭素固溶硬化層24に刃先21を形成することができる。
本実施形態の刃物である丸刃20は、母材23がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃物の表層部に、母材23のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材23より硬度の高い炭素固溶硬化層24が形成され、上記炭素固溶硬化層24により刃先21が構成されている。上記炭素固溶硬化層24は、この例では、第1の面31の表層部および第2の面32の表層部に形成されている。
すなわち、上記第1の面31と第2の面32との交線によって形成される外周縁の部分に、第2の面32側から第1の砥石33で刃先線部分が研磨される第1研磨工程により、刃先21が形成されるようになっている。図において鎖線Gは、第1の砥石33で研磨したときの研磨面を示すものである。
上記第1の面31と第1の砥石33による研磨面Gのなす角度αはすなわち刃先角度αである。上記刃先角度αは、上述したように、第1の面31と第2の面32がなす角度θ1,θ2よりは鈍角となるように設定される。これにより、第1の砥石33による第1研磨工程により、第1の面31の表層部に形成された炭素固溶硬化層24に刃先21を形成することができる。
また、上記第2の面32の刃先線に沿った部分の研磨である第1研磨工程によって形成される刃先角度αは、18度以上30度以下とするのが好適である。18度未満では、刃先が鋭利になりすぎて刃先21の寿命が極端に短くなったり、後述する第2研磨工程で刃先21に変形をきたしたりしてしまうからである。反対に、30度を越えると、本発明の持ち味である切れ味が低下してしまうからである。
また、上記第1の研磨工程に用いられる第1の砥石33は、#400〜#600程度の粒度の砥石を用いることができる。#400未満では、粗すぎて、刃先線がそろわず、切れ味が低下し、反対に#600を超えると、細かすぎて再研磨によりシャープな刃を立てるのに時間がかかりすぎるからである。
このように、上記刃物は、刃先を構成するための第1の面31と、上記第1の面31の反対面である第2の面32とを備え、少なくとも上記第1の面31の表層部に炭素固溶硬化層24が形成され、上記第2の面32の刃先線に沿った部分が研磨され、上記第1の面31の炭素固溶硬化層24によって刃先21が構成されている。このとき、上記第2の面32の炭素固溶硬化層24は研磨によって除去され、刃先21近傍の第2の面32の周辺部には、母材23が露出する部分が形成される。
そして、上記第1の砥石33による第1研磨工程の後、第1の面31の側から刃先21をセラミック繊維砥石34により押さえる第2研磨工程を行う。
上記第2研磨工程で用いられるセラミック繊維砥石34は、砥石33による第1研磨工程によって新しい刃先を形成(刃付け)したときに生じる刃のかえりを修正できる程度の極弱い研磨力があれば十分である。上記セラミック繊維砥石34は、#800〜#1000程度の粒度の砥石を用いることができる。#800未満では、粗すぎてせっかく第1の研磨工程で形成した刃先21が鈍ってしまって切れ味が低下し、反対に#1000を超えても、細かすぎて刃先21が鈍ってしまって切れ味が低下するからである。
本実施形態の丸刃20では、上記刃先21を構成する炭素固溶硬化層24の硬度を1としたときに、母材23であるオーステナイト相の硬度が0.14〜0.58の範囲とするのが好適である。すなわち、炭素固溶硬化層24の硬度はHv600〜Hv1100程度が好適であり、母材硬度はHv150〜Hv350程度が好適である。例えば、炭素固溶硬化層24の硬度がHv600のときは、炭素固溶硬化層24の硬度1のときの母材23の硬度は0.25〜0.58の範囲が好適である。炭素固溶硬化層24の硬度がHv1100のときは、炭素固溶硬化層24の硬度1のときの母材23の硬度は0.14〜0.32の範囲が好適である。このようにすることにより、オーステナイト系ステンレスを母材23として表層部に形成された炭素固溶硬化層24により刃先21を構成した刃物において、靭性と切れ味の双方を満足したものを得ることができる。
本実施形態の刃物は例えばつぎのようにしてつくることができる。まず、上記オーステナイト系ステンレス鋼を、所定の機械加工で丸刃20のニアネットシェイプまで形成し、刃物素材を形成する。上記オーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物素材に対し、例えば、つぎのようにして、上記炭素固溶硬化層24を形成する。
すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物素材を、フッ素系ガス雰囲気下で加熱保持してフッ化処理を行い、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記刃物素材に対して浸炭処理を行って、当該刃物素材の表層部に、クロム炭化物が実質的に析出していない炭素固溶硬化層24を形成する。
上記フッ化処理について説明する。
上記フッ化処理に用いられるフッ素系ガスとしては、NF,BF,CF,HF,SF,C,WF,CHF,SiF,ClF等からなるフッ素化合物ガスがあげられる。これらは、単独でもしくは2種以上併せて使用される。
また、これらのガス以外にも、分子内にフッ素(F)を含むフッ素系ガスも本発明のフッ素系ガスとして用いることができる。また、このようなフッ素化合物ガスを熱分解装置で熱分解させて生成させたFガスや、あらかじめ作られたFガスも上記フッ素系ガスとして用いることができる。このようなフッ素化合物ガスとFガスとは、場合によって混合使用することができる。
これらのなかでも、本発明に用いるフッ素系ガスとして最も実用性を備えているのはNFである。上記NFは、常温においてガス状を呈し、化学的安定性が高く、取扱いが容易だからである。このようなNFガスは、通常、後述するように、Nガスと組み合わせて、所定の濃度範囲内で希釈して用いられる。
上記に例示された各種のフッ素系ガスは、それのみで用いることもできるが、通常はNガス等の不活性ガスで希釈されて使用される。このような希釈されたガスにおけるフッ素系ガス自身の濃度は、例えば、容量基準で10000〜100000ppmであり、好ましくは20000〜70000ppm、より好ましくは、30000〜50000ppmである。
上記フッ素系ガスを雰囲気ガスとして用いたフッ化処理は、後述するようなマッフル炉等の雰囲気加熱炉を使用し、炉内に未処理のオーステナイト系ステンレス鋼を装入し、上記濃度のフッ素系ガス雰囲気下において加熱状態で保持することにより行われる。
このときの、加熱保持は、オーステナイト系ステンレス鋼自体を、例えば、180〜600℃、好適には200〜450℃の温度に保持することによって行われる。上記フッ素系ガス雰囲気中での上記オーステナイト系ステンレス鋼の保持時間は、通常は、10数分〜数時間に設定される。オーステナイト系ステンレス鋼をこのようなフッ素系ガス雰囲気下で加熱処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に形成されたCrを含む不働態皮膜が、フッ化膜に変化する。上記不働態被膜は従来浸炭不可能とされてきたが、フッ化処理を行うことにより、上記不働態被膜がフッ化膜に変化する。このフッ化膜は、不働態皮膜に比べ、浸炭に用いる炭素原子の浸透を容易にし、オーステナイト系ステンレス鋼の表面は、上記フッ化処理によって炭素原子の浸透の容易な表面状態になるものと考えられる。
つぎに、上記フッ化処理と同時期および/またはその後に、上記オーステナイト系ステンレス鋼に対して浸炭処理を行う。
浸炭処理は上記オーステナイト系ステンレス鋼自体を680℃以下の浸炭処理温度に加熱し、CO+Hからなる浸炭用ガス、または、RXガス〔CO23容量%,CO1容量%,H31容量%,HO1容量%,残部N〕+COからなる浸炭用ガス等を用い、炉内を浸炭用ガス雰囲気にして行われる。この浸炭用ガス雰囲気に、必要に応じてプロパンガス等の炭素源ガスをエンリッチすることもできる。例えば、CO+H生成方法では、LPガス変成だけでなく、メタノール、イソプロパノール、などの液状炭化水素もH濃度が高いため、浸炭ガス変成材として有用である。
このように、本発明では、浸炭処理を従来公知の浸炭処理に比べて極めて低い温度領域で行うのである。この場合、上記CO+Hの比率は、CO2〜50容量%、H30〜90容量%が好ましく、RX+COは、RXが80〜90容量%、COが0〜7容量%の割合が好ましい。また、浸炭に用いるガスは、CO+CO+Hも用いられる。この場合、それぞれの比率は、CO5〜55容量%、CO0〜3容量%、H50〜95容量%の割合が好適である。
上記浸炭処理の際の加熱温度すなわち浸炭処理温度としては、680℃以下すなわち400〜680℃の温度が好適である。浸炭処理温度が680℃を超えると、オーステナイト系ステンレス鋼の母材自体の軟化が生じたり、浸炭された炭素原子が母材に固溶したクロムと結合してクロム炭化物を生じたりし、母材自体に含まれるクロム量を減少させて表層部の耐蝕性が大幅に低下するうえ、浸炭層に侵入固溶した状態で存在する炭素量が減少し、母材の強度や耐蝕性が低下するとともに、磁性を帯びることとなるからである。
同様の理由により、上記浸炭処理温度としてより好適なのは400〜600℃の温度範囲であり、さらに好適なのは400〜550℃、もっと好適なのは450〜500℃の温度範囲である。本発明においては、上記フッ化処理を行うことにより、このような極めて低温における浸炭処理が可能となり、浸炭処理中にクロム炭化物粒子をほとんど生成させずに母材中に炭素を侵入固溶させ、格子サイズを増大させて表層部に炭素固溶硬化層を形成するのである。
このように処理することにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に炭素が拡散浸透した炭素固溶硬化層が深く均一に形成される。この炭素拡散層は、基相であるオーステナイト相中に、多量のC原子が侵入固溶して格子拡張を起こした状態となっており、母材に比べて著しく硬度の向上を実現している。しかも、上記炭素原子は、母材中のクロムとCrやCr23等の炭化物をほとんど形成することなく結晶格子中に侵入固溶していることから、上記炭素固溶硬化層中にはクロム炭化物粒子が実質的に存在せず、母材に固溶するクロム量を減少させることもないことから、母材と同程度の耐蝕性を維持できる。
また、上記のようにして浸炭処理を行ったオーステナイト系ステンレス鋼は、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じない。したがって、面粗度低下や寸法変化も少なく、比較的精度よく表面改質をすることができる。また、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも、ニッケルを多量に含む安定型オーステナイト系ステンレス鋼や、モリブデンを含有する安定型オーステナイト系ステンレス鋼では、炭素拡散層の耐蝕性がより良好である。
図2は、上述したようなフッ化処理および浸炭処理を行うことができる装置の一例としての金属製のマッフル炉1である。すなわち、このマッフル炉1内において、まずフッ化処理をし、このフッ化処理と同時期もしくはその後に浸炭処理を行う。
また、フッ化処理終了後も浸炭処理が継続していることが好ましい。このようにすることにより、フッ化処理により表面が活性化した刃物素材に対して、純粋な浸炭雰囲気でより多くの炭素原子を拡散浸透させることができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利で、表面硬度の向上に対して有効だからである。また、上記浸炭処理をフッ化処理の終了を待たずに開始することにより、フッ化による表面の活性化を行ないながら炭素の拡散浸透を行なうことができ、表面強度を高くしたり硬化深さを大きくしたりする際に有利となる。また、上記浸炭処理は、フッ化処理が終了してから開始することもできるし、フッ化処理の開始と同時に浸炭処理を開始してもよいし、フッ化処理の開始後浸炭処理の終了を待たずに浸炭処理を開始してもよい趣旨である。
図2において、1はマッフル炉であり、外殻2と、内部が処理室に形成された内容器4と、上記内容器4と外殻2の間に設けられたヒータ3とを備えている。上記内容器4内には、ガス導入管5および排気管6が連通している。上記ガス導入管5には、浸炭ガスであるH,COが充填されたボンベ15、およびフッ化処理ガスであるN+NF,COが充填されたボンベ16が連通している。17は流量計、18はバルブである。
また、上記排気管6には、排ガス処理装置14および真空ポンプ13が接続されている。これにより、内容器4内の処理室内に処理ガスを導入して排出するようになっている。上記処理室内には処理ガスを攪拌するモーター7付きのファン8が設けられている。11はワークであるオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物素材10が装入されるかごである。
このマッフル炉1内に、例えば、刃物素材10を入れ、ボンベ16を流路に接続しNF等のフッ素系ガスをマッフル炉1内に導入して加熱しながらフッ化処理をし、ついで排気管6からそのガスを真空ポンプ13の作用で引き出し、排ガス処理装置14内で無毒化して外部に放出する。ついで、ボンベ15を流路に接続しマッフル炉1内に先に述べた浸炭用ガスを導入して浸炭処理を行い、その後、排気管6、排ガス処理装置14を経由してガスを外部に排出する。この一連の作業によりフッ化処理と浸炭処理が行われる。
上記のようにしてフッ化処理と浸炭処理を行うことにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表層部に、炭素固溶硬化層24が形成される。
上記フッ化処理および浸炭処理によって形成される炭素固溶硬化層24の硬度はHv600以上とされ、さらにはHv700以上、さらにはHv800以上やHv900以上であれば一層好適である。
このように、上記炭素固溶硬化層24の硬度がHv600以上とすることにより、従来のマルテンサイト系の刃物と同様の切れ味を実現することができる。
また、炭素固溶硬化層24以外の母材部分の硬度は、Hv350以下とするのが好ましい。このように、母材部分の硬度をHv350以下とすることにより、オーステナイト系ステンレスを母材23として表層部に形成された炭素固溶硬化層24により刃先21を構成した刃物において、靭性と切れ味の双方を満足したものを得ることができる。
このようにすることにより、浸炭処理によって形成される炭素固溶硬化層24の、特に表面近傍の炭素濃度が十分に高くなり、格子拡張によって十分に強度が向上して優れた表面硬度が付与される。また、浸炭処理あがりの中間製品を抜き取り検査することにより、製品の表面硬度を計測できるため、中間製品の品質特性の基準をつくり、それに満たないものについては再度フッ化処理と浸炭処理を行うことができ、最終製品の不良率を減少して歩留まりを向上させることができる。特に、上記炭素固溶硬化層24の硬度として、母材23の表面から測定したマイクロビッカース硬度やヌープ硬度を基準とすることにより、非破壊で製品の検査をできて歩留まり低下を減少できる。
フッ化処理および浸炭処理により炭素固溶硬化層24を形成した刃物素材10について、上述した第1の砥石33による第1の研磨工程およびセラミック繊維砥石34による第2の研磨工程を実施し、刃先21を形成することが行われる。
このようにして得られた刃物は、上記炭素固溶硬化層24は、母材23であるオーステナイト系ステンレスの結晶格子中に炭素原子が固溶した状態であることから、炭素濃度が高くなって格子定数が増大し、硬度および強度が向上する。このような炭素固溶硬化層24は、母材23に固溶するクロム量を減少させることもなく、母材23であるオーステナイト系ステンレス鋼と同程度の耐蝕性を維持できる。また、表面粗度もほとんど悪化せず、膨れによる寸法変化や磁性も生じないため、表面精度よく表面改質をすることができ、刃物素材10として優れている。さらに、上記炭素固溶硬化層24は、従来のマルテンサイト変態や加工硬化させたステンレス材に比べて格子状態が均一かつ安定で、経時的な結晶安定性が高く、長期間安定した特性を維持できる。
上述して得られた刃物について、表面コーティングとしてDLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)被膜を形成することもできる。このようにすることにより、第1の面31の表層部に形成された炭素固溶硬化層24の表面に、超硬質のDLC被膜を形成し、その状態で刃先21を形成することにより、刃先21の部分に超硬質のDLC被膜が存在し、さらに切れ味が良好になるうえ、長時間にわたって切れ味を維持し、研磨周期を延長することも可能である。
以上のように、本実施形態の刃物は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物であって、刃物の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成され、上記炭素固溶硬化層により刃先が構成されている。
このように、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
本実施形態の刃物において、上記刃先を構成する炭素固溶硬化層の硬度を1としたときに、母材であるオーステナイト相の硬度が0.14〜0.58の範囲である場合には、母材および炭素固溶硬化層を含めた刃物自体に十分な靭性を確保でき、刃先角度を従来よりも鋭利にしたり、刃先の厚みを薄くしたりしても欠けや層剥離が生じず、極めて良好な切れ味を確保できる。
本実施形態の刃物において、上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
少なくとも上記第1の面の表層部に炭素固溶硬化層が形成され、
上記第2の面の刃先線に沿った部分が研磨されることにより、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されている場合には、
再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
本実施形態の刃物において、上記第2の面の刃先線に沿った部分の研磨によって形成される刃先角度は、15度以上30度以下である場合には、従来よりも鋭利な刃先角度で刃先の厚みが薄いものであるが、欠けや層剥離が生じず、極めて良好な切れ味を発揮する。
また、刃先にRを設けて刃先を薄くしたR刃の場合、マルテンサイト系の焼入硬化材では、焼入れ歪や残留応力によって亀裂がしばしば生じて不良率が高くなったり、冷凍肉のような硬いワークを切断しようとすると刃先が振れてスライス厚みが不揃いになったりする不都合が起こることがある。これに対し、本実施形態の刃物では、R刃であっても母材によって靭性が確保されることから、刃先の厚みが薄くても、切れ味は良好で、焼入れ歪や残留応力による亀裂がほとんど生じず歩留まりがよいほか、冷凍肉のような硬いワークでもスライス厚みが不揃いになることもなくなる。
本実施形態の刃物の製造方法は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物の製造方法であって、
刃物の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶させることにより、最大硬度をHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層を形成し、上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する
このように、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
本実施形態の刃物の製造方法において、上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
少なくとも上記第1の面の表層部に炭素固溶硬化層を形成し、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うことにより、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成する場合には、
再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
本実施形態の刃物の製造方法において、上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う場合には、
研磨力の極めて小さいセラミック繊維砥石により、第1研磨工程によって刃先に生じた返りを刃先を鈍らせることなく除去することができ、シャープな切れ味を損なうことなく切れ味を維持できる時間を長く出来る。
本実施形態のスライス装置は、母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、少なくとも上記第1の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して最大硬度がHv600以上の母材より硬度が高い炭素固溶硬化層が形成された刃物と、
上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨して、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成するための第1の砥石と、
上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2の砥石とを備えている。
上記刃物は、母材が十分に靭性を保ちうるオーステナイト相であるうえ、刃物として十分な硬度を確保できる炭素固溶硬化層によって刃先が構成されていることから、脆性によって刃付けや再研磨ができないという問題が生じることがなく、高硬度でシャープな刃を立てて、例えば食肉に使用した場合にも優れた切れ味を発揮し、ドリップによる商品価値の低下や食感の悪化という問題が生じにくい。
また、上記炭素固溶硬化層は、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して形成された層であるため、従来のコーティング層のようなピンホール等の問題も存在せず、しかも母材自体が耐食性に極めて優れたオーステナイト系ステンレスである。したがって、従来のマルテンサイト系のものに比べて格段に高い耐食性を発揮する。また、従来のコーティング品のように、ピンホールや層欠陥に起因した錆やコーティング層の浮き上がりによる層剥離が生じないため、特に、食品分野に使用したときに剥離層が食材中に混入するといった問題が生じない。
また、再研磨により刃先をシャープにすることを繰り返しても、そのたびに第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先が構成されるため、常にシャープな刃先を得ることができ、良好な切れ味を維持できる。
また、研磨力の極めて小さいセラミック繊維砥石により、第1研磨工程によって刃先に生じた返りを刃先を鈍らせることなく除去することができ、シャープな切れ味を損なうことなく切れ味を維持できる時間を長く出来る。
つぎに、実施例について説明する。
つぎの条件により実施例1の丸刃を作った。
◎母材の鋼種:SUS316
◎フッ化処理条件:3容量%NF+残部N雰囲気
300℃×30分
◎浸炭処理条件:CO+H雰囲気でCO30%,H70%、470℃×20Hr
◎研磨条件 第1砥石:粒度#400
第2砥石:粒度#1000
◎刃先角度 25度
◎炭素固溶硬化層:厚み30μm、硬度Hv1050
◎母材:硬度Hv210
〔断面顕微鏡写真〕
図3は、上記のようにして得た実施例1の刃物の刃先の断面顕微鏡写真である。炭素固溶硬化層によって刃先が形成されていることがわかる。
比較例1として、SUJ2材に焼入れ、焼き戻し処理を行った刃物を準備した。
〔スライス試験〕
上記実施例1および比較例1の刃物について、食肉スライサーに取付けてスライス試験を行った。
豚ロース肉約2kgをそれぞれの刃物でスライス試験を2回実施した。スライス厚さは1.2mmに設定した。スライスの際、切れ味が悪くて機械周辺部に付着した切りかすを集めてその重量を測定し、製品歩留まりによって切れ味の評価とした。
実施例1:製品4765g カス 95g 歩留98.0%
比較例1:製品3830g カス165g 歩留95.9%
以上のように、実施例1のほうが比較例1よりも歩留まりがよく、良好な切れ味を発揮していることがわかる。
上記実施例1および比較例1でスライスした肉のスライス片の顕微鏡組織を観察した。
実施例1によるスライス片は、切断面の筋繊維がそろっており、筋繊維間のずれ(隙間)が小さい傾向があり、切断面がなめらかで、良好な切れ味を発揮していることがわかる。これに対し、比較例1のスライス片は、筋繊維の向きがばらばらで、切断端の曲がりや反りが見られ、切断面が荒れていることがわかる。
つぎの条件により実施例2の丸刃を作った。
◎母材の鋼種:SUS316
◎フッ化処理条件:5容量%NF+残部N雰囲気
260℃×180分
◎浸炭処理条件:CO+H雰囲気でCO20%,H80%、500℃×8Hr
◎研磨条件 第1砥石:粒度#400
第2砥石:粒度#1000
◎刃先角度 20度
◎炭素固溶硬化層:厚み35μm、硬度Hv940
◎母材:硬度Hv210
母材としてSUS316を使用し、つぎの条件により実施例3の丸刃を得た。丸刃の中心部をアルミ箔でマスキングして炭素を浸透させないようにし、刃先近傍10mmの部分に炭素固溶硬化層を形成した。
◎母材の鋼種:SUS316
◎フッ化処理条件:3容量%NF+残部N雰囲気
280℃×60分
◎浸炭処理条件:RXガス雰囲気、470℃×16Hr
◎研磨条件 第1砥石:粒度#400
第2砥石:粒度#1000
◎刃先角度 18度
◎炭素固溶硬化層:厚み25μm、硬度Hv980
◎母材:硬度Hv210
比較例2として、SUS440Cを用いて焼入れ、焼き戻し処理を行った刃物を準備した。
〔5%塩水噴霧試験〕
室温15〜20℃で、朝夕の2回5%の塩水噴霧を行ない、錆の発生状況を観察した。その結果を下記の表1に示す。
上記表1の結果から、実施例2,3は、比較例2に比べて良好な耐食性を示すことがわかる。
〔0.8%次亜塩素酸耐食試験〕
室温15〜20℃で、朝夕の2回0.8%の次亜塩素酸の噴霧を行ない、錆の発生状況を観察した。その結果を下記の表2に示す。
上記表1の結果から、実施例3は、比較例2に比べて良好な耐食性を示すことがわかる。
〔食肉スライス後の発錆試験〕
上記実施例2の刃物と比較例1(SUJ2)の刃物について、上述したスライス試験を行なった後、食肉片が付着したままの状態で室内保管し、錆の発生状態を観察した。その結果を下記の表3に示す。
上記表3の結果から、実施例2は、比較例1に比べて良好な耐食性を示すことがわかる。
以上のように、本発明の刃物は、良好な切れ味と耐食性を発揮することがわかる。
また、本発明の刃物は、食肉スライサー用の丸刃に限定するものではなく、パン、野菜等の食品を切断するための食品用刃物をはじめ、医療用刃物等、各種の刃物に適用することができる。
1 マッフル炉
2 外殻
3 ヒータ
4 内容器
5 ガス導入管
6 排気管
7 モーター
8 ファン
10 刃物素材
11 かご
13 真空ポンプ
14 排ガス処理装置
15 ボンベ
16 ボンベ
17 流量計
18 バルブ
20 丸刃
21 刃先
22 取付穴
23 母材
24 炭素固溶硬化層
31 第1の面
32 第2の面
33 第1の砥石
34 セラミック繊維砥石

Claims (8)

  1. 母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物であって、
    上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
    上記刃物の少なくとも上記第1の面と上記第2の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶することにより、最大硬度がHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層が形成され、
    上記第2の面の刃先線に沿った部分が研磨されることにより、上記第2の面の炭素固溶硬化層が研磨によって除去され、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分が形成され、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先が構成されていることを特徴とする刃物。
  2. 上記刃先を構成する炭素固溶硬化層の硬度を1としたときに、母材であるオーステナイト相の硬度が0.14〜0.58の範囲である請求項1記載の刃物。
  3. 上記刃物がスライサー刃物である請求項1または2記載の刃物。
  4. 上記第2の面の刃先線に沿った部分の研磨によって形成される刃先角度は、15度以上30度以下である請求項1〜3のいずれか一項に記載の刃物。
  5. 母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなる刃物の製造方法であって、
    上記刃物は、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、
    上記刃物の少なくとも上記第1の面と上記第2の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素を固溶させることにより、最大硬度をHv600以上の母材より硬度の高い炭素固溶硬化層を形成し、
    上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する
    ことを特徴とする刃物の製造方法。
  6. 上記刃物がスライサー刃物である請求項5記載の刃物の製造方法。
  7. 上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う請求項5または6記載の刃物の製造方法。
  8. 母材がオーステナイト系ステンレス鋼からなり、刃先を構成するための第1の面と、上記第1の面の反対面である第2の面とを備え、少なくとも上記第1の面の表層部に、母材のオーステナイト相に炭素が固溶して最大硬度がHv600以上の母材より硬度が高い炭素固溶硬化層が形成された刃物と、
    上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨して、上記第1の面の炭素固溶硬化層によって刃先を構成するための第1研磨工程を行う第1の砥石と、
    上記第1研磨工程の後、第1の面の側から刃先をセラミック繊維砥石により押さえる第2研磨工程を行う第2の砥石とを備え、
    上記第2の面の刃先線に沿った部分を研磨する第1研磨工程を行うときに、上記第2の面の炭素固溶硬化層を研磨によって除去し、刃先線の近傍の第2の面の周辺部に、母材が露出する部分を形成することにより、上記第1の面の上記炭素固溶硬化層により刃先を構成する
    ように構成されたことを特徴とするスライス装置。
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