JP5441064B2 - 物質の構造解析方法 - Google Patents

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Description

本発明は、目的物質について、三連四重極質量分析法による測定を行い、得られたデータについて所定のデコンボリューション処理を行うことにより目的物質の構造を解析する方法に関する。
三連四重極質量分析法(triple-quadrupole mass spectrometry;TQ-MS)は、エレクトロスプレイイオン化(electrospray ionization;ESI)法と統合した高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と組合せて、頻繁に使用される(非特許文献1〜5参照)。このような液体クロマトグラフ質量分析(LC−MS)システムは、衝突誘起解離(collision-induced dissociation;CID)条件下においてイオンの断片化の分析を容易とすることから、構造情報を得るために用いることができる。さらに、クロマトグラフィーカラムにおける所定の種の保持時間から、HPLCにおいて用いられる固定相に対する種の親和性を決定でき、構造情報を得ることができる。しかし、この技術は、MS/MS情報しか提供しないという問題がある。また、四重極イオントラップ型質量分析法(quadrupole ion trap mass spectrometry;QIT−MS)によれば、綿密な構造情報を提供するマルチステージMS/MS分析が可能となる(非特許文献3,4,6〜9を参照)。しかし、HPLC分析における化合物の溶出期間中にマルチステージMS/MS実験を行うことは、実際上は、困難である。したがって、HPLC分析に必要とされる時間内において構造情報について新たな洞察を得るためには、連続の質量スペクトル解析(MS)が可能ではないというTQ−MSの欠点を解消することが重要である。
これまで、複雑なグリカンの構造及びグリコシド結合の形態を解明するための方法を開発するために、QIT−MSを用いたエネルギー分解質量分析(energy-resolved mass spectrometry;ERMS)が調査されている。ほとんどの場合、様々なオリゴ糖のナトリウム化イオンについて得られたERMSスペクトルは、プレカーサーイオン及び複数のプロダクトイオンに対応する一連のピークを含むものであり、単純なものである。これらのピークは、ボルツマン・シグモイド方程式(Boltzmann sigmoidal equations)によって解析され、近似処理される(非特許文献10〜13参照)。まれに、より複雑なERMSスペクトルが得られることもある。グリカンの気相反応を解明する過程において、複雑なスペクトルが得られ、MSスペクトルは、QIT−MSのCID工程では通常得られないプロダクトイオンの断片化反応に関する情報(MSn+1の情報)を含んでいることが明らかにされている。しかし、QIT−MS装置はMS実験を実施するために利用できるので、このような情報は、QIT−MS分析には余り重要ではないと考えられる。その一方、TQ−MS装置は、MS実験に用いることができないことから、上述のMSn+1の情報は、TQ−MS分析にとって極めて重要になる。また、構造の解明のために、TQ−MS法がHPLCと組合せて用いられる場合、このようなMSn+1情報は有用となる。
Siuzdak, G. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1994, 91, 11290-11297. Yu, X.; Cui, D.; Davis, M. R. J. Am. Soc. Mass Spectrom. 1999, 10, 175-183. Gygi, S. P.; Aebersold, R. Chem. Biol. 2000, 4, 489-494. Villas-Boas, S. G.; Mas, S.; Akesson, M.; Smedsgaard, J.; Nielsen, J. Mass Spectrom. Rev. 2005, 24, 613-646. Korfmacher, W. A. Drug Discovery Today 2005, 10, 1357-1367. March, R. E. Mass Spectrom. Rev. 2009, 28, 961-989. Jonscher1, K. R.; Yates III, J. R. Anal. Biochem. 1997, 244, 1-15. March R. E. Int. J. Mass Spectrom. 2000, 200, 285-312. March R. E. Rapid Commun. Mass Spectrom. 1998, 12, 1543-1554. Kurimoto, A.; Daikoku, S.; Mutsuga, S.; Kanie, O. Anal. Chem. 2006, 78, 3461-3466. Daikoku, S.; Ako, T.; Kato, R.; Ohtsuka, I.; Kanie, O. J. Am. Soc. Mass Spectrom. 2007, 18, 1873-1879. Shioiri, Y.; Suzuki, K.; Kanie, O. J. Mass Spectrom. 2008, 43, 1132-1139. Shioiri, Y.; Kurimoto, A.; Ako, T.; Daikoku, S.; Ohtake, A.; Ishida, H.; Kiso, M.; Suzuki, K.; Kanie, O. Anal. Chem. 2009, 81, 139-145.
本発明の目的は、三連四重極質量分析法(TQ-MS)を用いた物質の構造解析方法であって、TQ-MS測定により得られたデータからMS情報の取得を可能とする方法を提供することである。
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、TQ−MS測定において取得されたERMSスペクトルに関し、総イオン量に対する各プロダクトイオン量の比率を求め、該プロダクトイオンの比率の任意の組合せの合計について線形回帰分析することによりMS情報を取得できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明の態様は以下に関する。
〔1〕 (a)目的物質について、CIDエネルギーの値を変化させて三連四重極質量分析(TQ−MS)測定を行い、
(b)各CIDエネルギーの値において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とを求め、
(c)工程(b)において求めたプレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を与えるCIDエネルギーの各値における、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を抽出し、
(d)工程(c)において抽出した前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値について、全ての組合せの和を求め、
(e)プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の値をxとし、かつ前記求めた各組合せの和の値をyとする関数のうち直線近似できるものを選択し、選択した各関数を与えるプロダクトイオンのm/z値から目的物質の構造を解析することを含む、
物質の構造解析方法。
〔2〕 工程(b)において、CIDエネルギーの値をX軸とし、かつ百分率の値をY軸として、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とをプロットしてグラフを作成する、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 工程(c)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率をX軸として、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する各百分率をY軸方向にプロットしてグラフを作成する、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕 工程(d)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率をX軸として、前記求めた各組合せの和の値をY軸方向にプロットしてグラフを作成する、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕 工程(e)における直線近似を以下の式(4)を用いて行う、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の方法:
Figure 0005441064
式中、Syxは、線形回帰曲線の残差を示し、xj及びyjは、データjの座標要素を示し、aj及びbjは、回帰曲線の座標要素を示し、n−2は、自由度である。
〔6〕 工程(e)において、MS情報を取得する、〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の方法。
〔7〕 前記目的物質が糖鎖である、〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の方法。
本発明によれば、従来、TQ-MS測定では不可能とされていたMS情報の取得が可能となり、目的物質についてのより詳細な構造解析が可能となる。
イオンXに関しQIT‐MSによって得られた典型的な解離プロファイルを示す。図1のaは、プレカーサーイオンXからフラグメントイオン(f−f)が生成されることを示すCIDスペクトルを示す。図1のbは、イオンXの解離に関し観測されるERMSスペクトルを示し、データはボルツマン・シグモイド方程式(Boltzmann sigmoidal equations)により、通常、分析することができる。図1のcは、プレカーサーイオンXをx軸とし、個々のプロダクトイオンをy軸として、図1bのERMSを再プロットしたグラフ(比率プロット)を示す。 図2のaは、ガングリオシドGD1a(1)のメチルエステルのナトリウム化イオンのERMSスペクトルを示す。図2のbは、図1aのERMSの比率プロットを示す。図2のcは、プレカーサーイオン(m/z 1916.1)の断片化を示す。いくつかのグリコシド結合の開裂に対応する解離が観測され、最も豊富なイオンは、N−アセチルガラクトサミニル開裂を伴ったy−イオンであった。 イオンXの解離のERMSを示し、プロダクトイオンの一つ(f)は、さらに、f及びfに解離する。図3のaは、解離スキムを示す。図3のbは、ERMSスペクトルを示し、いくつかのプロダクトイオンの曲線は、ボルツマン・シグモイド方程式によって近似することができない。図3のcは、ERMSの比率プロットを示し、一連の曲線の合計は直線となる。 QIT−MSにおいて得られた[2+Na]のERMSスペクトルを示す。図4のaは、ERMSスペクトルを示す。図4のbは、図1aのERMSの比率プロットを示す。黒丸は全てのプロダクトイオンの合計を示し、白い四角の記号はm/z466.2及びm/z628.3のイオンの合計を示す。図4のcは、プレカーサーイオン(m/z646.3)の断片化を示す。PA及びN−アセチル基において生じたガラクトシル開裂及び脱水に対応する解離が観測された。 TQ−MSにおいて得られた[2+Na]のERMSスペクトルを示す。図5のaは、ERMSスペクトルを示す。図5のbは、図5aのERMSの比率プロットを示す。図5のcは、該比率プロットにおける個々のプロダクトイオンの強度の任意の合計を示す。図5のdは、プレカーサーイオン(m/z646.3)の断片化を示す。PA及びN−アセチル基(f及びf)で生じたガラクトシル開裂(f)及び脱水に対応する解離が観測された。さらに、QIT−MSでは観測されなかったf〜f等の他のフラグメントが観測された。 TQ−MSにおいて得られたナトリウム付加化合物2の解離経路を示す。
本発明の物質の構造解析方法は、(a)目的物質について、CIDエネルギーの値を変化させてTQ−MS測定を行い、(b)各CIDエネルギーの値において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とを求め、(c)工程(b)において求めたプレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を与えるCIDエネルギーの各値における、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を抽出し、(d)工程(c)において抽出した前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値について、全ての組合せの和を求め、(e)プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の値をxとし、かつ前記求めた各組合せの和の値をyとする関数のうち直線近似できるものを選択し、選択した各関数を与えるプロダクトイオンのm/z値から目的物質の構造を解析することを含むことを特徴とする。
本発明において、「CIDエネルギー」とは、CID(collision induced dissociation;衝突誘起解離)を起こすときに加えるエネルギーを一般的に示し、具体的には、イオンを振動させるためのある周波数の交流電場の電圧を示す。「プレカーサーイオン」とは、前駆体としての目的物質に対応するイオンを意味し、「プロダクトイオン」とは、プレカーサーイオンについてTQ−MS測定を行うことにより得られる各m/zを有するフラグメントイオンを意味する。また、「m/z」とは、質量数(m)と電荷(z)との比を示す。また、「MS情報」とは、プレカーサーイオンが多段階に分解されることによって生成するプロダクトイオンのm/z値、シグナル強度、CIDエネルギー等から得られるプレカーサーイオンの構造に関する情報を意味する。
本発明では、工程(a)において、目的物質に対応するプレカーサーイオンから特定のm/zを有するプロダクトイオンが生成するまで、CIDエネルギーの値を変化させてTQ−MS測定を行う。好ましくは、プレカーサーイオンの強度がほぼ0となるまで、CIDエネルギーの値を変化させてTQ−MS測定を行う。
本発明の構造解析の対象となる目的物質は、TQ−MS測定に供試できるものであれば、特に限定されるものではないが、糖鎖であることが好ましい。糖鎖としては、生体組織又は細胞等から得られたものでもよいし、合成されたタンパク質に結合したものから得られたものでもよく、また、それらを酸加水分解又は酵素分解したり、HPLC等で分離精製したもの等を用いることができる。また、化学合成された糖鎖を用いることもできる。
次いで、工程(b)において、変化させたCIDエネルギーの各値において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とを求める。具体的には、工程(a)において得られたTQ−MS測定データに基づいて、CIDエネルギーの各値におけるプレカーサーイオンの強度の総イオン強度に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン強度の総イオン強度に対する百分率とを求める。すなわち、CIDエネルギーを印加してTQ−MS測定を開始する時点では、プレカーサーイオン量は総イオン量に相当し、その百分率の値は100%となる。
工程(b)において、CIDエネルギーをX軸とし、かつ百分率をY軸として、上記の通り得られたプレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とをプロットしてグラフを作成し、各m/z値を有するプレカーサーイオン及びプロダクトイオンに関するERMSスペクトルを取得してもよい。本明細書では、このようなERMSスペクトルの一例として、下記実施例に関する図5aのグラフが示されている。ERMSスペクトルは、CIDエネルギー及び上記各イオン量の百分率の二つをパラメータとする複数のデータポイントを含む。
続いて、工程(c)では、工程(b)において求めたプレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を与えるCIDエネルギーの各値における、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を抽出する。
工程(c)において、プレカーサーイオンの百分率をX軸とし、かつプロダクトイオンの百分率をY軸として、上記抽出した特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値をプロットすることによりグラフを作成してもよい。本明細書では、このようなグラフの一例として、下記実施例に関する図5bのグラフが示されている。
続いて、工程(d)において、工程(c)において抽出した前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値について、全ての組合せの和を求める。
工程(d)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率をX軸として、前記求めた各組合せの和の値をY軸方向にプロットしてグラフを作成してもよい。本明細書では、このようなグラフの一例として、下記実施例に関する図5cのグラフが示されている。このようにして得られるグラフには、特定のm/z値を有するプロダクトイオンの各組合せに係る百分率の合計を示す複数の曲線が含まれる。
続いて、工程(e)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の値をxとし、かつ工程(d)において求めた各組合せの和の値をyとする関数のうち直線近似できるものを選択し、選択した各関数を与えるプロダクトイオンのm/z値から目的物質の構造を解析する。
上述の通り、工程(d)においてグラフを作成した場合には、該グラフに含まれる複数の曲線のうち直線近似できるものを選択すれば良い。
直線近似の方法としては、当業者に公知の各種手法を用いることができる。例えば、一般に知られる最小二乗法、下記式(4)又は式(5)を用いることにより、工程(d)における直線近似を行うことができる。
Figure 0005441064
式(4)中、Syxは、線形回帰曲線の残差を示し、xj及びyjは、データjの座標要素を示し、aj及びbjは、回帰曲線の座標要素を示す。n−2は、自由度である。ここで、閾値としてのSyx値は、TQ−MSにおいて得られたデータに応じて適宜決定することができる。好ましくは、Syx=2を閾値として用いることが好ましく、この場合、Syxの値が2以下となる曲線が直線近似により選択される。
Figure 0005441064
式(5)中、xj及びyjは、データjの座標要素を示し、p及びqはデータ座標のそれぞれの平均を示す。ここで、閾値としてのR値は、TQ−MSにおいて得られたデータに応じて適宜決定することができる。好ましくは、R=0.90を閾値として用いることが好ましく、この場合、Rの値が0.90以上となる曲線が直線近似により選択される。
本発明では、上記の通り、直線近似を行うことにより選択した各関数(グラフにおける曲線)を与えるプロダクトイオンのm/z値から目的物質の構造を解析する。具体的には、直線近似できた関数を与える組合せに係るプロダクトイオンのm/z値等を比較することにより、プレカーサーイオンからどのような順序で各プロダクトイオンが生成したかを解析することができる。例えば、下記実施例で使用した試料(ガリリ抗原三糖)が構造未知の化合物Xであると仮定した場合、本発明によれば、下記の解離経路及び構造情報を取得することが可能である。
Figure 0005441064
上記解離経路において、Hexは、ヘキソース(六炭糖)を示し、HexNAcは、N−アセチルヘキソサミンを示す。上記解離経路の情報から、化合物Xの構造は、Hex−Hex−HexNAcであることが明らかとなる。
すなわち、本発明の解析によれば、TQ−MS測定においても、MS情報を抽出することが可能となる。
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により特に限定されるものではない。
<材料及び方法>
(材料)
ガングリオシドGD1a(1)は、生化学工業株式会社(日本、東京)から購入し、エステル化した。ガリリ抗原三糖(2)は、Carbohydrate Synthesis Ltd.(オックスフォード、イギリス)から購入し、過去に報告されている手順(Hase, S.; Ikenaka, T.; Matsushima, Y. Biochem. Biophys. Res. Commun. 1978, 85, 257-263.)に従い、ピリジルアミノ化した。
(機器(MS)及びデータの収集)
試料は、ポジティブモードで、Pico View ESI (nanospray) source (New Objective, Inc. MA、米国)を装備した、四重極イオントラップ型質量分析装置Esquire 3000 plus (Bruker Daltonics GmbH, Bremen, Germany)、及びAPI Q-Star pulsar i (Applied Biosystems/SCIEX, ON、カナダ)を用いて分析した。
TQ−MS測定として、上記API Q-Star pulsar i Q-TOF MS装置(Analyst QSによって制御)を用いて行った実験は、以下の通りである。データ収集は、m/z100及び2000の間のフルスキャンで、ポジティブモードで行った。試料(1 pmol/μL)をメタノールに溶解し、150 nL/minの流速で、塗布されたナノスプレーチップ(New Objective, Inc. MA、米国)を用いて、イオン源に導入した。ナノスプレーのための標準的なイオンスプレー電圧は、1600Vとした。窒素ガスを、カーテンガス(15psi)及び衝突ガスとして使用した。衝突ガス圧力2.8×10-3torrに相応し、かつプレカーサーイオンの荷電状態及びm/z値にに応じて23〜69eVに渡る衝突エネルギーと一致する機器パラメータCAD=2で、衝突誘起解離(CID)測定を行った。第一及び第二のデクラスタリングポテンシャル(declustering potentials)、すなわち、DP1及びDP2は、それぞれ50V及び15Vであり、フォーカシングポテンシャル(focusing potential)は250Vであった。MS/MSスペクトルは、低解像度モード(単位解像度未満)における四重極によるプレカーサーイオンの選択を用いて取得した。その結果、衝突セルに親の全同位体群を送り、全ての断片の同位体群を得た。ここで報告されている全てのスペクトルは、1.0分間のスキャンの平均である。
一方、上記四重極イオントラップ型質量分析装置Esquire 3000 plusによる、QIT-MS/MSを用いた質量分析のための詳細な実験条件は、過去に報告されている(Kanie, O.; Kurimoto, A.; Kanie, Y.; Daikoku, S.; Ohtake, A.; Suzuki, K. Proc. Jpn. Acad. Ser. B 2009, 85, 204-215.)。
(データの処理方法)
ERMSのグラフを得るために、以下の方程式(1)を用いた。イオン“I”が一連のプロダクトイオンI1,I2,I3,…Iiを生成する場合、個々のイオンについての相対イオン電流を、以下の方程式(1)で定義した。この方程式(1)を用いることにより、本発明のERMSスペクトル(図5a)が得られる。
Figure 0005441064
式中、relCは、観測されたイオンのうちの所定のイオンのイオン電流(%)を示し、総イオン電流のパーセンテージで表される。CIiは、焦点において観測されたイオン電流を示し、CIpは、プレカーサーイオンのイオン電流を示す。計算は、エクセル(エクセル2000、マイクロソフト社、ワシントン、米国)を用いて作成したプログラムを用いて行った。該プログラムは、DSUM関数に基づくものであり、考慮に入れる同位体範囲(w)を選択するようにプログラムしたものである(本実験ではw=2)。
relCをCIPに対してプロットすることにより、図5bに示すグラフが得られる。プレカーサーイオン及びプロダクトイオンのピークの個々の強度は、百分率で標準化し、以下の式(2)により表すことができる。
Figure 0005441064
フラグメントイオン(Ii) が独立して生成した場合、すなわち、全てのフラグメントイオンがプレカーサーから直接生成された場合、各イオンの強度は以下の式(3)により表すことができる。
Figure 0005441064
式中、0<n≦1である。
relIp=0(x=0)(プレカーサーイオンはもはや存在しない)の場合、y切片(relIi)は、Iiの最大の応答、又はIiの「理想的」な強度である。このように、各断片の曲線は一次関数を用いてフィットさせることができる。この事は、ERMS実験のために収集したデータポイントを最小化できることを意味する。
Iiが独立していない場合、CIDエネルギーの範囲に渡るプレカーサー(Ip)に対する各プロダクトイオンの比率は直線的な関係ではない。この場合、Ipの任意の組合せの合計は直線的な関係になる。そこで、全てのmイオンからIiのlイオンのC(m,l)を考慮し、このような組合せについて各データをプロットしてグラフ(図5c)を作成し、線形回帰曲線の残差(Syx)の標準偏差を調査した。ここで、線形回帰曲線の残差(Syx)は、以下の式(4)により表される。
Figure 0005441064
xj及びyjは、データjの座標要素を示す。aj及びbjは、回帰曲線の座標要素を示す。n−2は、自由度である。さらに、プレカーサーイオンの強度が100%である場合には、プロダクトイオンの強度は0%となる。このように、座標(x,y)=(100,0)を通過する回帰曲線を考慮した。Syx≒0の場合、イオンの間には強い関係が存在する。なお、本実験では、閾値としてSyx=2を用いた。
<結果>
(広範囲のCIDエネルギーに対して得られるプレカーサーに対するフラグメントイオンの比率間の直線的な関係)
まず、CID条件下でのプレカーサーイオンXのMS/MS分析を検討する(図1a)。得られたスペクトル(図1a)は、イオンの個々のシグナルの強度を示す。未同定の化合物の構造を決定することを目的として、比較のためにそれらシグナルの比率を得るかもしれない。一方、CID条件下におけるイオンXのERMS分析(図1b)は、通常のMS/MS分析によって得ることができる情報に加え、プレカーサーイオンの分裂に必要な活性化エネルギーに関係する情報を提供する。この事実から、衝突セルで起きている化学反応に関係する情報を抽出できるかもしれない。直線関係にある一連の曲線が第二のプロットにおいて見られ、プレカーサーイオンの各百分率に対する個々のイオンの百分率を示している(図1c)。このような場合に、適用されたCIDエネルギーに関わらず、プレカーサーに対するフラグメントイオンの強度の比率が一定であるという重要な情報を得ることができる。この結果から、異なるCIDエネルギーにおいて得られたMS/MSスペクトル同士の比較が可能であることが示され、複雑なグリカンの構造決定における断片ピークの比率の比較のために極めて重要な基準が得られる(Takegawa, Y.; Deguchi, K.; Ito, S.; Yoshioka, S.; Sano, A.; Yoshinari, K.; Kobayashi, K.; Nakagawa, H.; Monde, K.; Nishimura, S.-I. Anal. Chem. 2004, 76, 7294-7303、Kameyama, A.; Kikuchi, N.; Nakaya, S.; Ito, H.; Sato, T.; Shikanai, T.; Takahashi, Y.; Takahashi, K.; Narimatsu, H. Anal. Chem. 2005, 77, 4719-4725、Ashline, D.; Singh, S.; Hanneman, A.; Reinhold, V. Anal. Chem. 2005, 77, 6250-6262)。過去の報告において検体の大部分について観察されたように、異なるCIDエネルギーに対するこのような直線性が、この種のERMSスペクトル(図1b)において一般に見受けられたことは注目すべきである(非特許文献10〜13)。
ここで、QIT−MS装置を用いて得られるERMS分析について説明する。ガングリオシドGD1a(化合物1)のメチルエステルの解離反応は、「単純」な断片化過程に続くものの典型例であると考えることができる(図2)。CID条件下で、多数のフラグメントイオン(m/z 1610.9, 1245.8, 940.6, 778.6, 及び693.2)が、ナトリウム化物1(m/z 1916.1: [M + Na] + )から形成されたことが観測された。個々の一連のデータポイントは、ボルツマン・シグモイド方程式を用いて良好にフィッティングした。プレカーサー(前駆体)−プロダクト(生成物)の関係(比率プロット)は、図2bに示され通り、広範囲のCIDエネルギーに渡って、プレカーサーに対するフラグメントイオンの比率が一定であることを示している。
(フラグメントの断片化に起因する、ERMSにおけるプレカーサーに対するフラグメントイオン間の非直線性)
まれに、図3に示すような複雑なERMSスペクトルが得られる。このようなデータの取扱いは、近似の困難性ゆえに、ERMSの定量的な分析において問題となっており、これらのスペクトル自身は「構造指紋(structural fingerprints)」と考えることができるものの、それらはそのような定量的な分析に利用されていない(Daikoku, S.; Kurimoto, A.; Mutsuga, S.; Ako, T.; Kanemitsu, T.; Shioiri, Y.; Ohtake, A.; Kato, R.; Saotome, C.; Ohtsuka, I.; Koroghi, S.; Sarkar, S. K.; Tobe, A.; Adachi, S.; Suzuki, K.; Kanie, O. Carbohydr. Res. 2009, 344, 384-394.)。このような場合には、プレカーサーに対するフラグメントイオンの比率のいくつかは直線性を示し、その他は直線性を示さず、シグナル強度のいくつか(f、f及びf)の合計(f’)が直線になる(図3c)。フラグメントイオンf及びfは、fの曲線が点線(f’)から離れた地点において、fから生成したものと考えられた。この結果から、フラグメントイオンの断片化反応は直線離脱の地点に対応するCIDエネルギーにおいて起こり始めることが示された。
ピリジルアミノ化三糖誘導体(ガリリ抗原(Galili antigen);2)が、ナトリウム付加種(m/z 646.3)として観察され、次いで、QIT-MSを用いたERMS実験に供試した(図4a)。一見して、m/z 628.3(f1)及び466.2(f 3 )を伴ったフラグメントイオンの生成の間には何らかの相関があるように思われた。これを確かめるため、これらのフラグメントイオンのピーク強度の合計を取得した(図4b;白い四角の記号はこれらの二つのイオンの合計を表し、黒丸は全ての断片の合計である。)。f及びf の強度の合計が一次関数と一致することは、これらのイオンは緊密な関係を有することを示している。さらに、これらのイオンのERMSプロファイルから、m/z 466.2のフラグメントイオンは、m/z 628.3のイオン及びm/z 646.3のイオン(最初のプレカーサー)から生成したことは明らかである。
(三連四重極MSにより得られたMS/MSスペクトルに含まれるMS情報)
上述の通り、選択したフラグメントイオンの強度の合計を調査することによって断片化経路を得る分析方法の潜在的有用性が示されたので、次に、TQ-MSを用いて、イオン[2 + Na]+のERMSスペクトルを調査した。TQ-MSにより得られたERMSスペクトルのプロファイルは、QIT-MSにより得られたものと全く異なっており、また、より複雑であった(図5a)。個々のフラグメントイオンの「生成曲線」の間の明らかな差異に加えて、QIT-MS実験では観察されなかったm/z 304.1及び322.2のイオンが観測された。また、QIT-MSの実験において観察されたように、m/z 628.3 (f1) 及び 466.2 (f3)のイオンは強力な関係を有しているものと考えられた。比率プロットは、また、フラグメントイオンの多くがそれらのプレカーサーと非直線関係を有することを示した(図5b)。一対を超えるフラグメントイオンが互いに関係しているものと考えられたので、個々のフラグメントイオンの組合せの合計を調査した。任意の組合せ、即ち、全体のイオン(m)からのイオン(l)のC(m,l)を考慮し、比率プロットにおいて線形回帰曲線の残差(Syx)の標準偏差を調査した(図5c)。Syx値が小さいほど、選択される対のイオンの間の関係はより強いと考えられる。図5cに表される曲線のうち、直線近似により選択された曲線を構成するプロダクトイオン(フラグメントイオン)の組合せを表1に示す。表中、丸印で示されるプロダクトイオンが各曲線を構成する要素であり、各曲線に対応するSyx値が示されている。例えば、一連のフラグメントイオンf〜f 、及びf [m/z 304 (f 5 ), 466 (f3), 484 (f2), 628 (f1)]は、一定の関係を示した。
Figure 0005441064
ERMSプロファイルを全体として見ると、プレカーサー(2+Na+)の生成物であるf2からイオンf3が生成されたことが明らかとなり、また、f3がf 5 を生成したことが明らかになった。この結果は、TQ-MSにおいて得られるERMSデータを本発明による方法により分析すれば、MS及び/又はMSに等しい情報が得られることを示している。すなわち、従来技術ではMS情報を取得するために複数回のMS/MS実験を行わなければならなかったのに対し、本発明によれば、TQ−MSを用いた1回のエネルギー分解質量分析(ERMS)を行えばMS情報の取得が可能である。
(構造の詳細)
表1の結果から、具体的には、以下の情報が得られる。
・f1=[2+Na+](プレカーサー:646)-H-2O(18)
・f2=[2+Na+]-Hex(162) f3= f1-Hex、かつ、f3= f2-H2O
・f 5 = f1-2Hex、かつ、f 5 = f3-Hex
なお、「Hex」はヘキソース(六炭糖)を示し、括弧内の数値はm/z値ないし分子量を示す。上記情報から、図6に示す通り、[2+Na] (プレカーサーイオン;試料ガリリ抗原三糖)の解離経路に関する情報を取得することができた。
プロダクトイオンの構造に関し、イオンf2及びf は、PA残基を伴った化合物であり、f1、f3及びf は、PA残基とN-アセチル基との間の脱水イオンであった。ヘキソース由来Cイオン種(f )が、また、小さいシグナルとして観測された。CID条件下におけるイミダゾリン構造の情報について、過去に報告がある(Kurimoto, A.; Kanie, O. Rapid Commun. Mass Spectrom. 2007, 21, 2770-2778.)。全てのフラグメントイオンが化合物2の構造と相応したが、これらのm/z値のみからは限られた情報のみ利用可能であった。上記分析から得られた情報は、次の通り、更なる詳細を提供した。すなわち、図6に示す通り、プレカーサーイオン(2+Na+)は、二つのグリコシド結合の開裂及び還元末端の脱水を通して、生成イオンf、f2、 及びfに断片化された。fは、さらに、脱水及びグリコシル開裂を通して、f及びf を生成した。イオンfは、二つのグリコシル開裂によってf に変換された。

Claims (6)

  1. (a)目的物質について、CIDエネルギーの値を変化させて三連四重極質量分析(TQ−MS)測定を行い、
    (b)各CIDエネルギーの値において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とを求め、
    (c)工程(b)において求めたプレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を与えるCIDエネルギーの各値における、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値を抽出し、
    (d)工程(c)において抽出した前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率の各値について、全ての組合せの和を求め、
    (e)プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率の値をxとし、かつ前記求めた各組合せの和の値をyとする関数のうち直線近似できるものを選択し、選択した関数の間で各関数を与えるプロダクトイオンの組合せを比較し、かつプロダクトイオンのm/z値を比較することにより目的物質の構造を解析することを含む、
    物質の構造解析方法であって、
    工程(e)において、MS 情報を取得する、方法
  2. 工程(b)において、CIDエネルギーの値をX軸とし、かつ百分率の値をY軸として、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率と、特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する百分率とをプロットしてグラフを作成する、請求項1に記載の方法。
  3. 工程(c)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率をX軸として、前記特定のm/zのプロダクトイオン量の総イオン量に対する各百分率をY軸方向にプロットしてグラフを作成する、請求項1又は2に記載の方法。
  4. 工程(d)において、プレカーサーイオン量の総イオン量に対する百分率をX軸として、前記求めた各組合せの和の値をY軸方向にプロットしてグラフを作成する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
  5. 工程(e)における直線近似を以下の式(4)を用いて行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法:
    Figure 0005441064
    式中、Syxは、線形回帰曲線の残差を示し、xj及びyjは、データjの座標要素を示し、aj及びbjは、回帰曲線の座標要素を示し、n−2は、自由度である。
  6. 前記目的物質が糖鎖である、請求項1〜のいずれか1項に記載の方法。
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