JP5392950B2 - タイヤ及びレース競技方法 - Google Patents

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Description

本発明は、タイヤ及びレース競技方法に関し、特に、グリップ力を低く抑えると共に摩耗が進んだ場合であってもグリップ力の変化を抑制することでタイヤ交換の頻度を少なくしてレース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるタイヤ及びレース競技方法に関するものである。
従来、レース競技にて使用されるタイヤは、ラップタイム(コースを1周するのに要する時間)の短縮のために高いグリップ力が求められている。高いグリップ力は、コーナリング速度を向上させラップタイムの短縮を図ることができる。
しかしながら、上述した従来のタイヤでは、摩耗が促進されると、グリップ力が低下する。即ち、高いグリップ力が発生されるのは、摩耗が少ない新品に近い状態(慣らしが終わった状態)であり、継続的にコーナリング速度を向上させラップタイムの短縮を図る場合には、タイヤ交換の頻度を多くして高いグリップ力を維持する必要がある。
その結果、レース競技へ参加してラップタイムを競う場合には、タイヤを短い周期で交換できるように多数のタイヤを購入するための資金が必要となりレース競技へ参加するための資金が嵩むという問題点があった。
本発明は上述した問題点を解決するためになされたものであり、グリップ力を低く抑えると共に摩耗が進んだ場合であってもグリップ力の変化を抑制することでタイヤ交換の頻度を少なくしてレース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるタイヤ及びレース競技方法を提供することを目的としている。
この目的を達成するために、請求項1記載のタイヤは、両側に配設されるサイドウォールと、それらサイドウォールの間を接続するトレッドとを備えるものであって、前記トレッドは、路面に接地される第1グリップ面を有るグリップトレッドと、前記トレッドに埋設されると共に前記グリップトレッドを構成する素材よりも高い耐磨耗性を有する素材にて構成されたグリップコントロールトレッドとを備え、そのグリップコントロールトレッドは、前記路面に接地され前記第1グリップ面の路面に対するグリップ力に比べて低いグリップ力を有する第2グリップ面を備え、前記グリップコントロールトレッドの長手方向が前記両側のサイドウォールを結ぶ方向と所定の角度を有して配設されると共に、複数が所定間隔を隔てつつ周方向に並設され、かつ、前記両側のサイドウォールを結ぶ方向視において隣接する前記グリップコントロールトレッドの一部がそれぞれ重なり合って配設され、前記グリップトレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
請求項2記載のタイヤは、請求項1記載のタイヤにおいて、前記グリップコントロールトレッドは、前記第2グリップ面に開口を有する少なくとも1個の溝を備え、前記トレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記溝の幅および個数が調整されることで、前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
請求項3記載のタイヤは、請求項1又は2に記載のタイヤにおいて、前記第1グリップ面の面積および前記第2グリップ面の面積は、前記両側のサイドウォールの一方から他方に向かう方向の前記トレッド上の中心線から前記両側のサイドウォールの一方側と、前記中間線から前記両側のサイドウォールの他方側とで同等の面積とされている。
請求項4記載のタイヤは、請求項1から3のいずれかに記載のタイヤにおいて、前記第2グリップ面は、少なくとも一部が前記中心線上に配設されている。
請求項5記載のレース競技方法は、請求項1から4のいずれかに記載のタイヤを使用して行う。
請求項1記載のタイヤによれば、グリップトレッドの第1グリップ面と、グリップトレッドと異なる耐磨耗性を有するグリップコントロールトレッドの第2グリップ面とが路面に接地され、グリップコントロールトレッドを構成する素材は、グリップトレッドを構成する素材より高い耐磨耗性を有しており、グリップトレッドとグリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように第1グリップ面の面積と第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
そのため、走行によってトレッドが磨耗した場合に、第2グリップ面より第1グリップ面が摩耗することを抑えて、第1グリップ面の路面に接地する面積の減少を抑えることで、グリップ力の低下を防止することができる。その結果、レース競技に使用する場合には、タイヤ交換の頻度を少なくしてレース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるという効果がある。
また、第2グリップ面は、第1グリップ面の路面に対するグリップ力に比べて低いグリップ力を有しているので、例えば、第1グリップ面のグリップ力と第2グリップ面のグリップ力とを合わせたグリップ力よりも高い駆動力を発生する動力源(エンジン、モータなど)が搭載された車両であっても、第1グリップ面のグリップ力と第2グリップ面のグリップ力とを合わせたグリップ力と同等の駆動力しか路面に伝達することができない。
よって、動力源違いによる車両間の駆動力の差を低減することができるので、ラップタイム短縮のために、動力源に必要以上に資金を掛ける必要がなくなり、レース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるという効果がある。
また、グリップコントロールトレッドは、グリップコントロールトレッドの長手方向が一対のサイドウォールを結んだ方向に対して所定の角度を有した状態(タイヤの周方向にも延設された状態)に配設され、一対のサイドウォールの一方から他方を結んだ方向視において、隣接するグリップコントロールトレッドの一部がそれぞれ重なり合って配設されている。即ち、複数のグリップコントロールトレッドがタイヤの周方向に途切れることなく(連続して)配設されているので、タイヤが転動した場合に常にグリップコントロールトレッドの第2グリップ面およびグリップトレッドの第1グリップ面の両方が路面に接地される。よって、タイヤが転動した場合であっても、グリップ力を安定して発生させると共にことができるという効果がある。
請求項2記載のタイヤによれば、請求項1記載のタイヤの奏する効果に加え、グリップコントロールトレッドが溝を備えているので、例えば、溝をタイヤの周方向に延設すると、グリップコントロールトレッドの横方向(タイヤの周方向に直交する方向)の剛性を低下させることができる。
よって、タイヤが横滑りし始めるとグリップコントロールトレッドをたわませて、グリップトレッドの接地圧を高めることでタイヤのグリップ力が高められる。よって、タイヤの急激な横滑りを防止することができる。
その結果、コーナリング時にタイヤに横滑りが生じても、滑り具合が緩やかであるため、運転者が容易にタイヤの横滑りをコントロールすることができるので、車両がスピンする危険性を低減することができるという効果がある。
また、溝は、第2グリップ面に開口しているので、グリップトレッドとグリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるようにグリップコントロールトレッドに形成される溝の幅および溝の個数が調整されることで、第1グリップ面の面積と第2グリップ面の面積との割合が調整され、グリップ力の低下を防止することができる。
その結果、グリップトレッドの形状を変更する必要がなくなり、グリップトレッドを形成する型の変更を不要とすることができるので、タイヤの製造コストを抑えて、タイヤの製品コストの削減を図ることができるという効果がある。
請求項3記載のタイヤによれば、請求項1又は2に記載のタイヤの奏する効果に加え、第1グリップ面の面積および第2グリップ面の面積は、両側のサイドウォールの一方から他方に向かう方向のトレッド上の中間線から両側のサイドウォールの一方側と、中間線から両側のサイドウォールの他方側とで同等の面積とされている。
よって、右旋回時に路面に接地する第1グリップ面の面積および路面に接地する第2グリップ面の面積と左旋回時に路面に接地する第1グリップ面の面積および路面に接地する第2グリップ面の面積とを同等の面積とすることができる。そのため、右旋回時または左旋回時におけるグリップ力を同等とすることができるという効果がある。
また、タイヤのキャンバー角を変更して、トレッド上の中間線から両側のサイドウォールの一方側または中間線から両側のサイドウォールの他方側を多く接地させた場合であっても、路面に接地する第1グリップ面の面積と路面に接地する第2グリップ面の面積との割合の変化を小さく抑えることができるという効果がある。
請求項4記載のタイヤによれば、請求項1から3のいずれかに記載のタイヤの奏する効果に加え、第2グリップ面は、少なくとも一部が中心線上に配設されているので、キャンバー角の設定角度と第2グリップ面の路面への接地面積に相関を保つことができる。
即ち、キャンバー角が寝ると第2グリップ面の路面への接地面積が減少し、キャンバー角が立つと第2グリップ面の路面への接地面積が増加する。よって、キャンバー角を設定することで第2グリップ面の路面への接地面積を制御することができるという効果がある。
請求項5記載のレース競技方法によれば、請求項1記載のタイヤの奏する効果と同等の効果を奏する。
また、請求項5記載のレース競技方法によれば、請求項2記載のタイヤの奏する効果により、タイヤの購入資金を低く抑えることができる。その結果、経済力が参加の壁となっていた多くの人がモータースポーツに参加することができる。よって、モータースポーツの底辺層の拡充を図ることができるという効果がある。
また、請求項5記載のレース競技方法によれば、請求項3記載のタイヤの奏する効果により、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とを同等とすることができる。例えば、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とが異なる場合には、車両を操作する難易度が急激に高くなり、スリップや衝突の危険性が高くなるという不具合が生じる。
ここで、請求項5記載のレース競技方法によれば、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とが同等とされているので、車両を操作する難易度を適切とし、スリップや衝突の危険性を低減することができる。その結果、安全性の向上を図ることができる。
また、請求項5記載のレース競技方法によれば、請求項3記載のタイヤの奏する効果により、タイヤのキャンバー角を変更しても路面に接地する第1グリップ面の面積と路面に接地する第2グリップ面の面積との割合の変化を小さく抑えグリップ力の変化を抑えることができるので、車両側の調整でグリップ力を変化させることを防止することができる。
そのため、故意にグリップ力を変化させることを防止して、レース競技への参加者が同等の条件(グリップ力)にてレース競技へ参加することができる。即ち、純粋に運転技術を競うことができるレース競技方法を提供することができるという効果がある。
また、請求項5記載のレース競技方法によれば、請求項4記載のタイヤの奏する効果により、キャンバー角を設定することで第2グリップ面の路面への接地面積を制御することができるので、キャンバー角を管理することで、タイヤのグリップ力を管理することができる。よって、キャンバー角の値をレギュレーションで管理することでタイヤのグリップ力を容易に管理することができる。
その結果、レース競技への参加者が同等の条件(グリップ力)にてレース競技へ参加することができる。即ち、純粋に運転技術を競うことができるレース競技方法を提供することができるという効果がある。
(a)は、本発明の第1実施の形態におけるタイヤが組み込まれた車輪の側面図であり、(b)は、車輪の断面を示した断面斜視図である。 (a)は、未使用(新品)のタイヤが路面に接地された状態を示したタイヤの断面図であり、(b)は、使用後のタイヤが路面に接地された状態を示したタイヤの断面図であり、(c)は、未使用(新品)のタイヤにおけるグリップコントロールトレッドの拡大断面図である。 (a)は、第2実施の形態における車輪の断面を示した断面斜視図であり、(b)は、第3実施の形態における車輪の断面を示した断面斜視図である。 (a)は、第4実施の形態における車輪の断面を示した断面斜視図であり、(b)は、第5実施の形態における車輪の断面を示した断面斜視図である。
以下、本発明の好ましい実施の形態について添付図面を参照して説明する。まず、図1(a)を参照して、タイヤ1が組み込まれた車輪100の構成について説明する。図1(a)は、本発明の第1実施の形態におけるタイヤ1が組み込まれた車輪100の側面図である。
図1(a)に示すように、車輪100は、車両に軸支されて転動するものであり、車両に軸支されるホイールHと、そのホイールHに外嵌されるタイヤ1とを備えている。また、車輪100は、動力源(図示せず)からの駆動力または制動装置(図示せず)からの制動力を路面Rに伝達することで、車両(図示せず)を加減速させると共に、転動する向きを変えることで、車両の進行方向を変化させるものである。
次に、図1(b)を参照して、タイヤ1の詳細構成について説明する。図1(b)は、車輪100の断面を示した断面斜視図である。図1(b)に示すように、タイヤ1は、タイヤ1の側面部位を構成する一対のサイドウォール2と、それら一対のサイドウォール2を接続するトレッド3とを備えている。
トレッド3は、車輪100が車両(図示せず)に取り付けられた状態において、路面R(図1(a)参照)に接地する部位であり、図1(b)に示すように、リング状に構成された複数(本実施の形態では3個)のグリップコントロールトレッド3bと、それら複数のグリップコントロールトレッド3bの間に配設されるグリップトレッド3aを複数(本実施の形態では4個)備えている。
そのグリップトレッド3aは、図1(b)に示すように、ゴム状弾性体にて構成されており、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第1グリップ面5を備えている。グリップコントロールトレッド3bは、樹脂素材(アセタール樹脂などのエンジニアリングプラスチック、または、非晶ポリアリレートなどのスーパーエンジニアリングプラスチック)にて構成されており、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第2グリップ面6を備えている。
なお、タイヤ1は、次のようにして製造される。まず、タイヤ1は、主に、トレッド部分、カーカス部分およびビードワイヤー部分の3種類の部分を組み合わせて製造される。トレッド部分は、ゴム(合成ゴム、天然ゴム)と配合剤(カーボンブラック、硫黄、オイルなど)とを混ぜ合わせた原料(以下、「ゴム原料」と称す)を型から押し出すことで形成され、カーカス部分は、タイヤコードにゴム原料を刷り込むことで形成され、ビードワイヤー部分は、ワイヤーにゴム原料にて被覆を施すことで形成される。
これらトレッド部分、カーカス部分およびビードワイヤー部分を張り合わせて、金型に入れて加熱・加圧し、化学反応(加硫)させることによって、グリップコントロールトレッド3bがはめ込まれる凹部を備えたタイヤ素材が形成される。その形成されたタイヤの凹部にグリップコントロールトレッド3bを配設して接着することでタイヤ1が製造される。
一方、樹脂素材は、ゴム状弾性体より弾性変形量が小さく凹凸形状に構成された路面Rへの食い付きが弱いので、第2グリップ面6の路面R(図1(a)参照)に対するグリップ力が第1グリップ面5の路面Rに対するグリップ力よりも低くなる。
そのため、トレッド3に対してグリップコントロールトレッド3bが配設される分、第2グリップ面6の面積が増加するので、トレッド3全体のグリップ力を低く抑えることができる。
したがって、例えば、高い駆動力を発生する動力源(エンジン、モータなど)が搭載された車両(図示せず)からタイヤ1を介して路面R(図1(a)参照)へ伝達される駆動力および、その車両より低い駆動力を発生させる動力源(エンジン、モータなど)が搭載された車両からタイヤ1を介して路面Rへ伝達される駆動力を第1グリップ面5の路面Rに対するグリップ力と第2グリップ面6の路面Rに対するグリップ力とを合わせたグリップ力と同等とすることができる。その結果、動力源違いによる車両間の駆動力の差を低減することができるので、ラップタイム短縮のために、駆動力の大きな動力源を不要とすることができる。
ここで、グリップコントロールトレッド3bは、グリップトレッド3aより高い耐磨耗性を有しており、例えば、グリップトレッド3aがグリップコントロールトレッド3bより多く磨耗した場合には、グリップトレッド3aの路面Rに接地する面である第1グリップ面5の接地面積が減少してグリップ力が低下するという不具合が生じる。
これに対し、第1実施の形態のタイヤ1によれば、第2グリップ面6の路面Rへの接地面積が第1グリップ面5の路面Rへの接地面積に対して30%から40%の間の割合に調整されている。
そのため、グリップトレッド3aとグリップコントロールトレッド3bとの磨耗量が均一となり、走行によってトレッド3が磨耗した場合に、グリップトレッド3aの第1グリップ面5の路面Rに接地する面積の減少を抑えることができる。よって、トレッド3の磨耗が進行した場合でもグリップ力の低下を防止することができる。
なお、多くの場合、グリップ力が高い素材は、グリップ力が低い素材に比べて弾性変形量が大きく、第1実施の形態のグリップトレッド3aとグリップコントロールトレッド3bにおいても同様であり、グリップトレッド3aとグリップコントロールトレッド3bとに同一の荷重が掛かった場合には、樹脂にて構成されるグリップコントロールトレッド3bの弾性変形量がゴム状弾性体にて構成されるグリップトレッド3aの弾性変形量より小さな変形量とされている。
また、グリップコントロールトレッド3bは、図1(b)に示すように、タイヤ1の周方向に連続して延設されるリング状に形成されている。そのため、第2グリップ面6がタイヤ1の周方向に連続して配設されるので、タイヤ1の周方向全域において、トレッド3のグリップ力を一様とすることができる。その結果、タイヤ1が転動した状態でもグリップ力を安定させることができる。
また、それら複数(本実施の形態では3個)のグリップコントロールトレッド3bの内の中央に配設されるグリップコントロールトレッド3b(以下、「中央のグリップコントロールトレッド3b」と略す。)は、一対のサイドウォール2の中間点をタイヤ1の周方向へ結んだ仮想線L上に配設されている。
よって、車輪100のキャンバー角を±10度の範囲に設定した状態では、中央のグリップコントロールトレッド3bを常に路面Rに接地させることができる。その結果、キャンバー角を±10度の範囲に設定するようにレース競技の規則にて規定することで、レース競技(以下、「レース」と略す。)に参加する車両に装着されたタイヤ1の中央のグリップコントロールトレッド3bを路面R(図1(a)参照)に接地させて、タイヤ1のグリップ力を規定することができる。
即ち、レースの規則にて、タイヤ1のグリップ力を規定することができるので、レースにおける公平(タイヤ1のグリップ力が各車同等であること)性を保つことを容易とすることができる。
また、第1グリップ面5の面積および第2グリップ面6の面積は、トレッド3上の仮想線Lから一方のサイドウォール2側と、仮想線Lから他方のサイドウォール2側とで同等の面積とされている。よって、右旋回時に路面R(図1(a)参照)に接地する第1グリップ面5の面積および路面Rに接地する第2グリップ面6の面積と左旋回時に路面に接地する第1グリップ面5の面積および路面に接地する第2グリップ面6の面積とを同等の面積とすることができる。そのため、右旋回時におけるタイヤ1のグリップ力と左旋回時におけるタイヤ1のグリップ力とを同等とすることができる。
例えば、右旋回時におけるタイヤ1のグリップ力と左旋回時におけるタイヤ1のグリップ力とが異なる場合には、車両を操作する難易度が急激に高くなり、スリップや衝突の危険性が高くなるという不具合が生じる。
ここで、第1実施の形態におけるタイヤ1では、右旋回時におけるタイヤ1のグリップ力と左旋回時におけるタイヤ1のグリップ力とが同等とされているので、車両を操作する難易度を適切とし、スリップや衝突の危険性を低減することができる。その結果、レースの安全性の向上を図ることができる。
また、タイヤ1のキャンバー角を変更して、トレッド3上の仮想線Lから一方のサイドウォール2側または仮想線Lから他方のサイドウォール2側を多く接地させた場合であっても、第1グリップ面5の路面R(図1(a)参照)への接地面積と第2グリップ面6の路面R(図1(a)参照)への接地面積との割合の変化を小さく抑えることができる。その結果、トレッド3のグリップ力にタイヤ1のキャンバー角の影響を受け難くすることができる。
よって、レースに使用する場合には、車両側の調整により、第1グリップ面5の路面R(図1(a)参照)への接地面積と第2グリップ面6の路面R(図1(a)参照)への接地面積との割合を変化させ難いので、グリップ力の変化を抑える手段を少なくして、同等のグリップ力にて車両を走行させることができる。
次いで、図2を参照して、グリップコントロールトレッド3bの詳細構成について説明する。図2(a)は、未使用(新品)のタイヤ1が路面Rに接地された状態を示したタイヤ1の断面図であり、図2(b)は、使用後のタイヤ1が路面Rに接地された状態を示したタイヤ1の断面図であり、図2(c)は、未使用(新品)のタイヤ1におけるグリップコントロールトレッド3bの拡大断面図である。なお、図2(a)及び図2(b)では、図面の簡素化のためにグリップコントロールトレッド3bに形成される溝7を省略して図示しており、さらに、図2(b)では、理解を容易とするためにグリップコントロールトレッド3bの第2グリップ面6を直線にて図示している。
まず、図2(c)を参照して、グリップコントロールトレッド3bの詳細構成について説明する。グリップコントロールトレッド3bは、接地面側(図2(c)下側)に開口する複数(本実施の形態では5個)の溝7を有している。そのため、溝7の配設個数または幅(図2(c)左右方向寸法値)を調整することで、グリップトレッド3aの形状を変更することなく第2グリップ面6の面積を変更することができる。
即ち、グリップコントロールトレッド3bに形成される溝7の配設個数または幅を変更することで、グリップトレッド3aを形成する型を変更することなくタイヤ1の構成を変更することができるので、タイヤ1の製造コストを抑えて、タイヤ1の製品コストの削減を図ることができる。
次いで、図2(a)および図2(b)を参照して、タイヤ1の磨耗について説明する。図2(a)に示すように、未使用(新品)のタイヤ1は、第1グリップ面5と第2グリップ面6とが路面Rに接地されており、トレッド3は第1グリップ面5と第2グリップ面6との路面Rへの接地面積に応じたグリップ力を発生する。
例えば、図2(b)に示すように、グリップコントロールトレッド3bを構成する素材を弾性変形量が小さい素材に変更した場合、又は、グリップトレッド3aを構成する素材を弾性変形量が大きい素材に変更した場合には、未使用(新品)のタイヤ1が使用(車両に装着された状態で車両からの荷重を受けながら路面R上を転動されること)されると、グリップトレッド3aの弾性変形量がグリップコントロールトレッド3bの弾性変形量より大きくなるので、その分だけ、図2(b)に示すように、グリップトレッド3aがグリップコントロールトレッド3bに比べて多く磨耗する。
例えば、具体的には、グリップトレッド3aの弾性変形量がグリップコントロールトレッド3bの弾性変形量より大きくなるような素材にグリップトレッド3aまたはグリップコントロールトレッド3bの素材を変更すると、グリップトレッド3aがグリップコントロールトレッド3bに比べて多く磨耗するため、図2(b)に示すように、グリップトレッド3aの第1グリップ面5がグリップコントロールトレッド3bの第2グリップ面6より路面Rから離間する(図2(b)上側に位置する)。
よって、タイヤ1に作用する荷重が小さい状態では、第1グリップ面5と路面Rとの間に隙間が生じる。その結果、グリップトレッド3aの第1グリップ面5の路面Rに接地する面積が小さくなるので、未使用(新品)のタイヤ1に比べてグリップ力が低下する。
また、タイヤ1に作用する荷重が大きい状態でも、グリップトレッド3aの第1グリップ面5がグリップコントロールトレッド3bの第2グリップ面6より路面Rから離間して(図2(b)上側に位置する)いる分、グリップトレッド3aの変形量が小さくなり、未使用(新品)のタイヤ1に比べて第1グリップ面5の路面Rへの接地圧(路面Rへの垂直)を確保することができなくなる。よって、未使用(新品)のタイヤ1に比べてグリップ力が低下する。
これに対し、第1実施の形態では、第2グリップ面6の路面R(図1(a)参照)への接地面積を第1グリップ面5の路面R(図1(a)参照)への接地面積よりも小さく設定しているので、第2グリップ面6に掛かる圧力を第1グリップ面5に掛かる圧力より大きくすることができる。よって、グリップトレッド3aの弾性変形量とグリップコントロールトレッド3bの弾性変形量とを同等として、グリップコントロールトレッド3bの磨耗量をグリップトレッド3aの磨耗量と同等に調整することができる。
その結果、第1グリップ面5と第2グリップ面6との路面Rへの接地面積を未使用(新品)のタイヤ1と比較して同等に保つことができるので、タイヤ1のグリップ力が使用に応じて低下することを防止することができる。
その結果、タイヤ1を頻繁に交換しなくてもグリップ力が一定に保たれるので、レースにて使用する場合には、タイヤ交換の頻度を少なくしてもラップライムが悪化することを防止することができる。
また、グリップトレッド3a及びグリップコントロールトレッド3bを構成する素材を弾性係数が異なる素材へ変更した場合には、グリップコントロールトレッド3bの幅(図2(a)左右方向寸法値)、または個数を調整してグリップコントロールトレッド3bの磨耗量を調整する必要がある。
即ち、グリップトレッド3a及びグリップコントロールトレッド3bの構造を変更する必要があるので、グリップトレッド3a及びグリップコントロールトレッド3bを形成するための型を起こす必要が生じ、タイヤ1の製造コストが嵩むという不具合が生じる。
これに対し、第1実施の形態では、グリップコントロールトレッド3bが溝7を備えているので、溝7の配設個数または幅(図2(c)左右方向寸法値)を調整することで、グリップトレッド3aの形状を変更することなく第2グリップ面6の面積を小さくして、第2グリップ面6に掛かる圧力を増加させることができる。
よって、グリップコントロールトレッド3bの磨耗量をグリップトレッド3aの磨耗量と同等に調整することができる。その結果、第1グリップ面5と第2グリップ面6との路面Rへの接地面積を未使用(新品)のタイヤ1と比較して同等に保つことができるので、タイヤ1のグリップ力が使用に応じて低下することを防止することができる。
その結果、タイヤ1を頻繁に交換しなくてもグリップ力が一定に保たれるので、レースにて使用する場合には、タイヤ交換の頻度を少なくしてもラップライムが悪化することを防止することができる。
また、図2(c)に示すように、グリップコントロールトレッド3bには、溝7が形成されているので、グリップコントロールトレッド3bの横方向(図2(c)左右方向)の剛性を低下させることができる。よって、タイヤ1が横滑りし始めるとグリップコントロールトレッド3bをたわませることができる。そのため、グリップトレッド3aの接地圧が高まりタイヤ1のグリップ力が高められる。よって、タイヤ1の急激な横滑りを防止することができる。
その結果、コーナリング時にタイヤ1に横滑りが生じても、滑り具合が緩やかであるため、運転者が容易にタイヤ1の横滑りをコントロールすることができるので、車両がスピンする危険性を低減することができる。
また、図2(c)に示すように、グリップコントロールトレッド3bの両側(図2(c)左右方向)に配設される溝7の側面の一部は、グリップトレッド3aにて形成されている。そのため、グリップトレッド3aがタイヤの横方向(図2(c)左右方向)で且つ溝7側へ変形される場合(車両がコーナリングしている場合)には、グリップトレッド3aの一部が溝7の内部へ収容される。よって、グリップトレッド3aの変形を円滑におこなうことができる。
その結果、グリップトレッド3aのグリップ力を安定して発生させることができるので、運転者がタイヤのグリップ力の限界領域付近でも車両を安定して走行(コーナリング)させることができる。
次いで、図3(a)を参照して、第2実施の形態について説明する、図3(a)は、第2実施の形態における車輪200の断面を示した断面斜視図であり、図1(b)における車輪100の断面を示した断面斜視図に対応する。
第1実施の形態(図1(b)参照)では、グリップコントロールトレッド3bがリング状に形成されタイヤ1の周方向に連続して配設される構成としたが、第2実施の形態では、グリップコントロールトレッド203bが矩形のバー状に構成され、グリップコントロールトレッド203bの長手方向が一対のサイドウォール2を結んだ方向に一致するように配設されている。なお、上記実施の形態と同一の部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。また、グリップトレッド203aはグリップトレッド3aと同じゴム状弾性体にて構成され、グリップコントロールトレッド203bはグリップコントロールトレッド3bと同じ樹脂素材(アセタール樹脂などのエンジニアリングプラスチック、または、非晶ポリアリレートなどのスーパーエンジニアリングプラスチック)にて構成されている。即ち、上記実施の形態と同一の素材にて構成されているので、その説明は省略する。
第2実施の形態では、タイヤ201は、車輪200が車両(図示せず)に取り付けられた状態において、路面R(図1(a)参照)に接地する部位であるトレッド203を備え、そのトレッド203は、図3(a)に示すように、矩形のバー状に構成された複数のグリップコントロールトレッド203bと、それら複数グリップコントロールトレッド203bの間に配設されるグリップトレッド203aとを複数備えている。
そのグリップトレッド203aは、図3(a)に示すように、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第1グリップ面205を備えている。グリップコントロールトレッド203bは、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第2グリップ面206を備えている。
グリップコントロールトレッド203bは、矩形のバー状に構成されているので、第1実施の形態のリング状に構成されたグリップコントロールトレッド3bと比較して形状が簡易かつ小型であり、例えば、型にて製造する場合には、型の加工コストを抑えることができる。その結果、タイヤ1の製造コストを抑えて、タイヤ1の製品コストの削減を図ることができる。
また、グリップコントロールトレッド203bをタイヤ1へ取り付ける場合には、その長手方向を一対のサイドウォール2を結んだ方向に一致して配設すればよいので、配設の手間を省くことができる。その結果、タイヤ1の製造コストを抑えて、タイヤ1の製品コストの削減を図ることができる。
次いで、図3(b)を参照して、第3実施の形態について説明する、図3(b)は、第3実施の形態における車輪300の断面を示した断面斜視図であり、図1(b)における車輪100の断面を示した断面斜視図に対応する。
第1実施の形態(図1(b)参照)では、グリップコントロールトレッド3bがリング状に形成されタイヤ1の周方向に連続して配設される構成としたが、第3実施の形態では、グリップコントロールトレッド303bが矩形のバー状に構成されると共に、グリップコントロールトレッド303bの長手方向が一対のサイドウォール2を結んだ方向に対して所定の角度を有した状態に配設され、一対のサイドウォール2の一方から他方を結んだ方向視において、隣接するグリップコントロールトレッド303bの一部がそれぞれ重なり合って配設されている。
なお、上記実施の形態と同一の部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。また、グリップトレッド303aはグリップトレッド3aと同じゴム状弾性体にて構成され、グリップコントロールトレッド303bはグリップコントロールトレッド3bと同じ樹脂素材(アセタール樹脂などのエンジニアリングプラスチック、または、非晶ポリアリレートなどのスーパーエンジニアリングプラスチック)にて構成されている。即ち、上記実施の形態と同一の素材にて構成されているので、その説明は省略する。
第3実施の形態では、タイヤ301は、車輪300が車両(図示せず)に取り付けられた状態において、路面R(図1(a)参照)に接地する部位であるトレッド303を備え、そのトレッド303は、図4(b)に示すように、湾曲した矩形のバー状に構成された複数のグリップコントロールトレッド303bと、それら複数グリップコントロールトレッド303bの間に配設されるグリップトレッド303aとを複数備えている。そのグリップトレッド303aは、図4(b)に示すように、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第1グリップ面305を備えている。
グリップコントロールトレッド303bは、矩形のバー状に構成されているので、第1実施の形態のリング状に構成されたグリップコントロールトレッド3bと比較して形状が簡易かつ小型であり、例えば、型にて製造する場合には、型の加工コストを抑えることができる。その結果、タイヤ1の製造コストを抑えて、タイヤ1の製品コストの削減を図ることができる。
グリップコントロールトレッド303bは、グリップコントロールトレッド303bの長手方向が一対のサイドウォール2を結んだ方向に対して所定の角度を有した状態(タイヤ301の周方向にも延設された状態)に配設され、一対のサイドウォール2の一方から他方を結んだ方向視において、隣接するグリップコントロールトレッド303bの一部がそれぞれ重なり合って配設されている。また、グリップコントロールトレッド303bは、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第2グリップ面306を備えている。
ここで、第3実施の形態では、一対のサイドウォール2の一方から他方を結んだ方向視において、複数のグリップコントロールトレッド303bがタイヤ1の周方向に途切れることなく(連続して)配設されているので、タイヤ1が転動した場合に常にグリップコントロールトレッド303bの第2グリップ面306およびグリップトレッド303aの第1グリップ面305の両方が路面R(図1(a)参照)に接地される。
よって、タイヤ1が転動した場合であっても、グリップ力を安定して発生させると共にことができる。即ち、第3実施の形態のタイヤ301では、グリップ力を安定して発生させると共に製品コストの削減を図ることができる。
次いで、図4(a)を参照して、第4実施の形態について説明する、図4(a)は、第4実施の形態における車輪400の断面を示した断面斜視図であり、図1(b)における車輪100の断面を示した断面斜視図に対応する。
第2実施の形態および第3実施の形態では、グリップコントロールトレッド203b,303bを矩形のバー状に構成したが、第4実施の形態では、グリップコントロールトレッド403bが円形の平板状に構成されている。
なお、上記実施の形態と同一の部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。また、グリップトレッド403aはグリップトレッド3aと同じゴム状弾性体にて構成され、グリップコントロールトレッド403bはグリップコントロールトレッド3bと同じ樹脂素材(アセタール樹脂などのエンジニアリングプラスチック、または、非晶ポリアリレートなどのスーパーエンジニアリングプラスチック)にて構成されている。即ち、上記実施の形態と同一の素材にて構成されているので、その説明は省略する。
第4実施の形態では、タイヤ201は、車輪400が車両(図示せず)に取り付けられた状態において、路面R(図1(a)参照)に接地する部位であるトレッド403を備え、そのトレッド403は、図4(a)に示すように、円形の平板状に構成される複数のグリップコントロールトレッド403bと、それら複数グリップコントロールトレッド403bの間に配設されるグリップトレッド403aとを備えている。
そのグリップトレッド403aは、図4(a)に示すように、路面R(図1(a)参照)へ接地される面である第1グリップ面405を備えている。グリップコントロールトレッド403bは、路面R(図1(a)参照)へ接地される円形の面である第2グリップ面406を備えている。
例えば、バー状に構成される第2実施の形態および第3実施の形態のグリップコントロールトレッド203b,303bと比較して、第4実施の形態におけるグリップコントロールトレッド403bは、円形の平板状に構成されているので、取り付けの向きと板面の表裏とを定める必要がなく、取り付けの手間を省くことができる。よって、タイヤ401の製造コストを抑えて、タイヤ401の製品コストの削減を図ることができる。
次いで、図4(b)を参照して、第5実施の形態について説明する、図4(b)は、第5実施の形態における車輪500の断面を示した断面斜視図であり、図1(b)における車輪100の断面を示した断面斜視図に対応する。
上記各実施の形態では、トレッド3,203,303,403がグリップコントロールトレッド3,203b,303b,403bと、グリップトレッド3a,203a,303a,403aとを備える構成としたが、第5実施の形態では、トレッド503がグリップ力の異なる複数のゴム状弾性体を混合したゴム状弾性体から構成されている。よって、混合の割合を変えることでトレッド503のグリップ力を調整することができる。なお、上記各実施の形態と同一の部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。
次いで、上記各実施の形態におけるタイヤ1,201,301,401,501(以下、「本願タイヤ」と略す。)を使用したレースの効果について説明する。
上述したように、本願タイヤは、車両毎のエンジン性能差(駆動力の差)を小さくすることができ、使用(磨耗)によるグリップ力の低下を抑制することができる。
ここで、従来のタイヤを用いたレースの問題点を説明する。一般的に、タイヤのグリップ力が高いほど、レースにおけるラップタイムの短縮が容易であり、タイヤのグリップ力がレース結果に大きく寄与する。
従来のタイヤは、使用(磨耗)に応じてグリップ力が低下するので、グリップ力の低下が進む前にタイヤを交換することでラップタイムを維持していた。また、グリップ力が高いほど、エンジンの性能を効率よく路面に伝達することができ、車両毎のエンジン性能差がラップタイムの短縮に大きく影響していた。即ち、グリップ力の劣化が進む前に新品のタイヤを使用することが良いレース結果を残すための前提となっている。
逆に言えば、グリップ力が低下する前に新品のタイヤに交換できるように、複数の新品のタイヤを購入する経済力がないと、良いレース結果を残せない。特に、タイヤは、レースに参加する毎に交換し、路面の状況などに応じても交換するので、必要とされるタイヤの数は多くタイヤの購入資金は嵩む。それがレースへの参加毎に発生するので、日本の平均的なサラリーマンの経済力では、生活を維持しながらタイヤの購入資金を捻出することは困難である。そのため、経済力というハードルがレースへの参加に興味がある人たちのレースへの参加を妨げている。
これに対し、本願タイヤによれば、第2グリップ面6,206,306,406の路面Rへの接地面積が第1グリップ面5,205,305,405の路面Rへの接地面積に対して30%から40%の間の割合に調整されているので、グリップトレッド3a,203a,303a,403aとグリップコントロールトレッド3b,203b,303b,403bとの磨耗量を均一とすることができる。
よって、走行によりトレッド3,203,303,403が磨耗した場合に、第1グリップ面5,205,305,405の路面Rへの接地面積が減少することを抑えることができる。
そのため、トレッド3,203,303,403の磨耗が進行した場合でもグリップ力の低下を防止することができる。その結果、使用(磨耗)による本願タイヤの交換の頻度を低く抑え、レースに使用するタイヤの購入資金を抑えることができる。
また、グリップ力が低く抑えられているので、車両のエンジン性能(駆動力)差を吸収することにより、高出力で高価なエンジンを搭載した車両と、低出力で安価なエンジンを搭載した車両との加速差を低減することができる。その結果、車両の性能差を小さくすることができる。
また、高出力で高価なエンジンを搭載した車両と、低出力で安価なエンジンを搭載した車両との加速差を低減することができるので、レースのカテゴリー分けを不要として、1つのカテゴリーに多くのエントリー(参加者)を見込むことができる。
上述したように、経済力の壁を取り払い、車両の性能差をなくすことで、多くの人がモータースポーツに参加することができる。よって、モータースポーツの底辺層の拡大を図ることができる。なお、モータースポーツの底辺層の拡大は、車両の販売促進に十分に寄与するものである。
以上、実施の形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。
例えば、上記各実施の形態で挙げた数値(例えば、各構成の数量や寸法・角度など)は一例を示すものであり、他の数値を採用することは当然可能である。
第1実施の形態では、グリップコントロールトレッド3bがタイヤ1の周方向に延設される溝7を備える場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、第2実施の形態におけるグリップコントロールトレッド203b、第3実施の形態におけるグリップコントロールトレッド303b及び第4実施の形態におけるグリップコントロールトレッド403bがタイヤ1の周方向に延設される溝7を備えても良い。この場合、第1実施の形態と同様の効果を奏する。
第1実施の形態、第2実施の形態、第3実施の形態および第4実施の形態では、グリップトレッド3a,203a,303a,403aとグリップコントロールトレッド3b,203b,303b,403bとの配設パターンをそれぞれ説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、1実施の形態、第2実施の形態、第3実施の形態および第4実施の形態における配設パターンをそれぞれに組み合わせても良い。
例えば、第2実施の形態におけるグリップトレッド203aとグリップコントロールトレッド203bとを組み合わせた配設パターンをタイヤの回転軸方向の中心から一方側の領域に配設し、他方側の領域に第3実施の形態におけるグリップトレッド303aとグリップコントロールトレッド303bとを組み合わせた配設パターンを配設しても良い。
例えば、第2実施の形態におけるグリップトレッド203aとグリップコントロールトレッド203bとを組み合わせた配設パターンをタイヤの周方向の一部の領域に配設し、タイヤの周方向のその他の領域に第3実施の形態におけるグリップトレッド303aとグリップコントロールトレッド303bとを組み合わせた配設パターンを配設しても良い。
上記各実施の形態では、トレッド3,203,303,403,503がグリップトレッド3a,203a,303a,403aとグリップコントロールトレッド3b,203b,303b,403bとのクリップ力の異なる2種類の部材を備える場合を説明したが、必ずしもこれに限られるものではなく、3種類以上のグリップ力の異なる部材を備えても良い。
この場合、例えば、一番グリップが高い部材をコーナリング時に接地する部位に配置し、コーナリングスピードを上げることができる。例えば、運転を楽しむことに主体を置くレース(ラップタイムよりも運転技術と駆け引き)にて使用することで、参加者の運転技術の差を補うことができる。その結果、例えば、ゴルフのハンディキャップのように、実力の異なる参加者が一同にレース(運転技術と駆け引きと)をたのしむことができる。
ここで、本実施の形態を用いることで実現されるモータースポーツの未来像について説明する。
さて、モータースポーツを行う楽しさとはどこにあると思われるでしょうか。私は速度域に関係なく、それぞれのタイヤの限界イッパイを引き出して走れるように苦心し、ライバルに対し少しでも早く走れる事。もしくはそうなれるように努力すること、その過程であると思うのです。F1カーの時速300Kmでなくとも、ノーマルカーの一般道用タイヤを用い時速120Kmでライバルとサーキットを一周するタイム争いをすることも十分楽しいのです。
ウイングなど空力デバイスの要素を除けば(ノーマルカーでは基本的に速度域の関係上空力デバイスは用を成さないという意味)、レーシングカーで起こる挙動もノーマルカーで起こる挙動も、同じ物理の法則に従っており、その起こる挙動速度の数字は異なれど同じ理屈で働き、同じ挙動をする。これは雪道でドリフトをすることも、ターマック(舗装路)でドリフトをすることも同じ理屈で起こっているという意味です。一台のノーマルの軽自動車で、友人と交互に乗り代わりショートコースの一周を競いあうことでも楽しい。あんなに遅くあんなに限界が低いにも関わらずにです。
この”低速レース”というものの面白さは何処にあると思われるでしょうか。この未知なる可能性に満ちた”低速レース”というものを理解する為のキーワードやヒントをこの場に一つに纏めてみました。
KW−”低速レース”というものの発明の動機。
当の僕がこんなのとこんな環境が欲しかったから。
KW−自動車レースはお金が掛かるし、危険だし、そうでなければやってみたい。そんな人々は天田の如くいるでしょう。KW−スポツカーは大好きだけど、こんなに大馬力で高性能な内容をすべて生かしきれないし、性能を全て発揮したところでそれが何の意味があるの、スポツカーに興味の無い友人はサーキットでレースするわけじゃないのに意味ないよと言う。
そういわれると全くその通りで返す言葉がない。高性能、公道で発揮すれば反社会的行為になるし、かと言ってサーキットで発揮したところで自己満足でしかないし。友人と走ったところで違うシャシー違うタイヤ、勝っても負けてもフェアな感じがしない、同じ車同じタイヤならまだフェアな感じがするが、同じ車ってのがつまらない、何か統一した規格で、違うシャシー違うタイヤで競って戦え、しかもフェアな感じがしたら面白いだろうにな。主催者が何らかの杯でも出してくれたなら、例えメッキの小さな楯でもいい、おいら本気でそれに価値を見出せるな。それがおいらの財布が破綻しない程度で続けられるものであったならば、本当に心から楽しめる趣味になるだろうな。
KW−スポツカーは大好きだ。こんな、庶民が買える程度の性能で、個性的なスタイリングのかっこいい車をいかして競技できるそれも多様なスタイリングの車が沢山参加できる企画があったら楽しいだろうな。
KW−自動車レースとは。庶民にとっては見るものであって、参加するものじゃない。こんな一般常識を覆してやりたい。そしてそれが叶ったなら、突然それまで全く無かった市場が大展開する。一般消費者の莫大なマーケットが出現することになるのです。KW−モータースポーツをやりたい庶民は、車好きの数に近いほど存在するでしょう。潜在的な需要は計り知れないものがあるはずです。
KW−遅いモータースポーツは簡単すぎて魅力がないかもと心配めさるるな。速度が遅いということは、競技者の能力は、早い速度の場合よりもGのセンサーのセンシング力を敏感にさせる必要があり、とても難しいのです。さらに低グリップのタイヤで、より早く走らせるには、基本的にコーナーリングはスライドをコントロールすることであり。スリリングな競技になることまちがいなしです。
D−1グランプリが若者に人気ですが、スライド、つまりドリフトという要素はそれだけスリリングな魅力に満ちています。
しかし、D−1グランプリのジャッジメント方式は審査員の感性による、一昔前のフィギュアースケートの採点のような順位付けであり、神の視点の採点は低い。しかし、タイム計測という厳粛なジャッジメントは、先入観など全く入る余地のない極めてフェアなものであり、神の視点の採点である。故に挑戦者は、全く無名のものであってもフェアにチャンスが与えられ、万人に挑戦意欲をかきたてるものである。(現存するD−1グランプリが、アンフェアだと、言っているのでは無く、一般論としてアンフェアな要素が介入できる可能性がある方式と言っているのです。D−1グランプリの関係者、個人および団体を批判するものではありません)。
KW−夢のような高価な競技車両。
一見、本レースの基本理念であるリーズナブルでフェアな、というものとは背反する事柄であるように思えますが、あにはからんや、こういう市場も存在できるのです。KW−モータースポーツはお金がかかるし危険だ。故に庶民は参加できない。でも、金が掛からず安全だったなら、参加する。そんな潜在的なユーザーは計り知れない程いるでしょう。
自家用車を持っている人ならば、あとはタイヤとホイールのセットを4本購入するだけ。基本的にはこれだけ購入すれば参加する準備はok、会場へは自走して行き、タイヤを履き替えて調整ウエイトを積んでそのままレースに参加できる。何なら、タイヤ履き替えの代わりにザイルチェーンの様な形式の物をはめて対応する”お試し入門用”の様なものを設けたならばより参加し易い。
KW−一般庶民が安全に安く自動車レースに参加できる方法。
KW−タイヤが鍵。
KW−なぜ既存の自動車レースに参加する為に掛かる費用が高いのか。
KW−なぜ既存の自動車レースは他のスポーツに比べ危険なのか。
KW−既存のゴーカート及びレーシングカートと比べ”お得感”がある。(トランスポーターを別に購入しなくともよいから)。
以上は”低速レース”を理解をしてもらう為の小文集及びキーワード集でした。(表記は双方ともKW−で記す)。これらのキーワードを踏まえた上で、次の内容を読んで頂ければより理解が深まるかと思い、あえて脈絡を無視して最初に載せました。
次に記す文面は。”低速レース”を世の中に理想的な形で浸透させることに成功したという設定を布いた架空の世界が舞台であり、そこで一般庶民がレースに参加して楽しむ姿を描いています。ここに載せるには場違いな感がありそうではありますが、理解を深めてもらう為に、あえて小説という形式を採用して書き表しました。こんな世界が実際に実現できれば世界の人々は、健全な娯楽が新たに一つ獲得できることになるでしょう。・・・・・・・・・
低速レースが理想的な形で人々に浸透した世界をAさんという人物の視点で描く。
ごく普通の生活をしているAさんは、ごく普通のサラリーマンです。今週末、近場にオープンした低速レース用簡易サーキットで行われるエントリークラスの自動車競技大会には、一人で参加すべく申し込み手続きをしています。
近場にオープンした低速レース用簡易サーキットは、”低速レースを管理する委員会組織”の承認を得ている、エントリークラスから公道用タイヤに近いグリップ力を有すクラスまで、競技を行うことができる本格的”低速レース用簡易サーキット”です。本格的といってもプロが行うレースには使用できません。
その代わり1メートル分を舗装するコストが億単位にもなる本物のコースとは違って一般道を舗装する程度のコストで済むことはサーキットを経営するビジネスマンにとって投資リスクの軽減となっています。それが、一般人であるアマチュアレーサーの増大に対応できる、インフラの整備が適っている理由と言えましょう。
ではなぜサーキットの設営が低コストで済ませられるのでしょう。それは行われるレースの競技速度が遅いが故、と言う事が出来ます。アベレージ速度が遅ければ破壊力も小さい、ラインオフエリヤも大きく広く長く取る必要がなくなる。極端な言い方をすれば、場所を確保し、ちょっとした舗装とラインオフエリヤとサービスエリアがあれば商売が出来てしまう。
認定レースが開催できないことを承知し、個人が仲間と競って遊ぶ場として、(その場合、勿論公認リザルトは付かない)もしくは、練習コースと割り切って運営する考えならば”低速レースを管理する委員会組織”の承認を得る為に支出される経費が節約できる。もっとも競技や練習を行うユーザーがコースレイアウトに魅力を感じなければ、早晩淘汰されることになる。その辺は資本経済社会の基本と同じであるが。
レースは見るものであって参加するものではない、と諦めていたAさんが低速レースに参加するようになったのは、低速レースのブームに乗ったといえばそれまでですが、体験会キャンペーンで自分が普段愛用しているセダンに低速レース用タイヤを装着して走った経験が大きかった。
雪の上を走っているようなグリップ感のなさに戸惑いながら、のろのろと走っていたAさんが、遅くてつまらないなと思い始めていた頃、横を凄い速度で追い抜いていき見事なカウンタードリフトで駆け抜けて行った車があった。あまりのカッコよさと迫力にシビレたAさんは、あとでそのドライバーに賞賛の言葉を伝えに行ったところ、彼から自分とほぼ同じ条件の車であったことを聞き驚嘆すると同時に、自分の車でも努力すればああなる事は可能であるとの認識に至り狂喜し心に誓った。
その後インストラクターの車に同乗してあのドライバー並みのテクニックに接したが、冷静に観察すれば凄い速度で走っていると思われた速度も、絶対速度で見れば自分が普段公道を走っている速度程も出ていないのであってこの速度でコースアウトしても大したことは無いなと思ったが、よくよく思い返してみれば、インストラクターは、あの雪の上を走っているようなグリップ感のない車で走っているのである、やはり並々ならぬテクニックである。
車を降りたあとのインストラクターの話では、このスポーツの面白さは絶対的速度ではなくライバルもしくは仮想ライバルとの相対的な速度の差が面白いのであること、絶対的には低い速度であっても、タイヤの性能を100パーセント引き出せるよう腐心する事が最大の面白さ、醍醐味であるとのことである。外で見ている人には分からない、体験しなくては言えない言葉がそこにあった。
Aさんは明日の競技ために、内圧を規定範囲にした4本のタイヤをソフトケースに入れてから後部座席に据え、タイヤ用にエクステンションで延長したシートベルトで固定した。当日は愛車のセダンで自走して行き、サーキット内にあるピットサービスエリアで、自分の手で競技用タイヤに履き替える。一般公道を走って来たノーマルタイヤは、空になったソフトケースに入れてから再び、後部座席に固定した。
この一連の作業をサービスマンに頼む事もできるがエントリーフィー節約のために、Aさんはいつも自分ですることにしている。この作業の後には、人間と燃料を含めた車両全重量が測られ、規定重量に不足する分のオモリが乗せられる、このオモリは競技者が勝手な位置に据えることはできない。タイヤでは規定範囲内の内圧であるかや銘柄、偏磨耗等、主にアングリップ層が不自然に削られていないかがチェックされる。(アングリップ層を削ると、グリップ層に掛かる圧力が高まる故にタイムアップに有利であるから。
これをスタート前に行うのは、レース後では、グリップ層が磨り減り違反の痕跡が発見できない可能性があるから)勿論、この車検作業は、競技終了後も上位入賞した車両に再び課せられる。ウエイトの封印に変化はないか、燃料タンク内の重量を早く軽くさせる為に、極端に燃費を悪くしていないか。量りに乗せた時に。燃料消費の規定値に、1レースで消耗されると思われる以上の目減りが発覚すれば失格になる。
Aさんは、自分のレースに対するモチベーションと言うものについて考えてみたことがある。(漫然と早くなることだけを目標にしているだけでは早晩飽きが来る)。
巧くなりたい、あの目に焼きついて離れない鮮やかでカッコイイ無駄の無いカウンタードリフト。この低グリップタイヤで最も早く走らせられる最善の走行テクニックが、無駄の無いカウンタードリフトであり、ゼロカウンタードリフトである。グリップ走行も場合に拠っては有効であるが、圧倒的に前者が有利である。ドリフト走行がしたいから遅くなるのは分かっているけどドリフト、というのとは根本的に違う。
低速レースがこの世に登場する以前のレースでは、タイヤ性能の高さ故、グリップ走行が王道であるし、ジムカーナーやラリーを除く、低速レース以外の既存のレースは、当然今もグリップ走行が王道である。タイヤ性能が現代よりも著しく低かった昔の時代ならば、早く走らせる必然としてドリフト走法が主流であったが、プロの本気の走りとして、ドリフト走法がサーキットトラックで頻繁に見られなくなったことに一抹の寂しさを覚えるレースファンも少なくないだろう。
この低速レースの主流としてドリフト走法が挙げられることは、このレースの魅力の大きなポイントと言えるだろう。
ドリフト走法になぜ魅力を感じるのか、不安定でリスクが高い故に、常識人であれば一般道ではまずやらない走法であることから非日常的な感覚が得られるということもある。巧くこなすには多くの練習や経験が必要で、巧い者には無条件で尊敬と羨望の眼差しが送られる。
”低速レースを管理する委員会組織”も、うまい褒美を設定している。それがアマチュアレーサーのモチベーションをうまく引き出している。それは、クラス別認定書の存在だ。
入門者から上級者まで各クラス細かく、クリアしなければ次のクラスには上がれない課題が設定されている。例えば入門者クラスから始まる低の方のクラスは、ライバルをオーバーテイクするという競技内容は無く、専らタイムアタックに課題が絞られる。入門者クラスは、承認を得ているコースで、定められた範囲にある路面温度、気温にある条件下で、1ラップのタイムが、ある決められた以上の速度で走れなければならない、ある決められた時間内ならば何度アタックしても良い。
例えば12ラップ中1ラップでもクリアできたなら合格になる。そういった形式で、上に行くに従って順にタイムアップしながらクリアできるクラスを数回経ると、今度は12ラップ中ベストの3ラップがクリアしている必要があり、次が12ラップ中ベストの5ラップが・・・、12ラップ中ベストの10ラップが・・・、と捨てラップが減らされ、速さとともに継続的な集中力も求められるようになる。更に上の方のクラスでは実戦としてレースに参戦しその結果をクラスアップの検討材料とされるようになる。
一般道用に製造された愛車を小改造する。
Aさんの愛車は、一般道走行用のノーマル使用であるが、公認の小改造が施されている。これは、極めて微妙な操作を必要とするペダル操作に救いを与えるものである。ラフな操作でタイムアタックを台無しにしない為、この競技を趣味にしている人たちは、まず誰もが施している事であった。
それは、スロットルペダルとブレーキペダルの反応性を、一般道用モードから低速レース用モードに切り替え可能にするというものだ。
具体的には、ブレーキペダルをガツンと強く踏んでも、ノーマル時では”軽く踏んだ状態と同じ状態”になるもので、この改造を施すと、低速レース用タイヤを履いていても、ノーマルタイヤと同じ感覚で踏めるというメリットがある。スロットルペダルについても、より繊細な踏み量の操作ができる様になる。踏み量に対して作用量を小さくするという意味ではブレーキペダルと同様の目的で施されると言える。
この改造に公認を出す事に対して”低速レースを管理する委員会組織”の中ではひと悶着あった。ノーマルペダルでは、結果的に既存のレース競技よりも繊細で難しい操作を強いられることになってしまうという現象が現れる。難し過ぎて競技者離れが心配されることもあるし、第一にアマチュアが基本的に対象である競技がこれではまずい。という訳である。低速レースの大きなコンセプトの一つに、低コストで参加できることが上げられるのであるが、そんな訳で”低速レースを管理する委員会組織”は、コスト増にはなるが、あえてこの改造を承認しているのだ。
コスト増になるといっても庶民の小遣い程度で済むので、Aさんは低速レースを自分の趣味にすると決めてからすぐにこの改造を施した。Aさんにとってラッキーだったことは、スロットルがドライブバイワイヤだったことで、メーカー純正の低速レース用基盤セットがブレーキシステムのセットとともにアフターサービスの設定があり、機械的な改造がブレーキシステムのみということもあり、思いのほか値打ちに改造ができたことであった。
この改造に難儀をするのは、ビンテージカーのような、低速レースがまだこの世に無かった時代に作られた車で、直接安全に関わる部分だけに個人が勝手に改造する事を許す訳にはいかないという事情もあって、メーカー及びメーカーの認定を受けた業者が対応しているが、マイナーな車種に至ってはワンオフで部品を削り出すようなケースもあるらしい。
スロットルとブレーキの”踏み込み開度可変連動システム”は、低速レースモードのみアジャストすることが可能で、参戦するクラスによって目盛りを変えて使う。通常クラス別に推奨する数字が”低速レースを管理する委員会組織”から示されるので、その数字を基準に自分の好みでプラス、マイナスの微小アジャストをして設定を決める。・・・・・・・・
Aさんのレースライフ。
Aさんは、レースに臨むその車で(レーシングカーとして使う為の車、その車で)サーキットに向かう。その車は本来が一般道を走るために作られたものであって、その使用方法に不自然なものはない、ただそれが”レーシングカーでもある”という事実に、低速レース以前のレースしか知らない人なら不可思議さを感じる思うことであろう。
レーシングカーは繊細でサーキット走行のみに特化された車であって、それ故、自走はしない。一般道のようなラフロードや大小様々なアンジュレーション、様々なμの変化が想定される道をレーシングカーが走るのは適さないし繊細なバランスを崩し肝心のレースで戦闘力を落としたら意味が無い。それ故、昔、もしくは本格レーサー(車)はサーキットの行き帰りではトランスポーターに乗せて運び、専用レーシングコースでしかレーシングカーは走らせなかった。
低速レース文化のなかった頃の人たちであったなら、レーシングカーが自走して会場に行き、タイヤを履き変え、簡単な調整をするだけで、ほぼそのままレースに臨む事に違和感を持ったであろう。しかし、それが低速レースの良さであり最大のメリットになっている。トランスポーターを必要としないから、その分個人にとって参加コストが抑えられるし、サーキット会場側も参加者のトランスポーター置き場を設営するコストを余分に確保しなくても済む。・・・・・・・・
レーシングカーと謳う低速レースの為の専用車。
Aさんは最近、レース専用にもう一台買い増ししようかと考えている。勿論その車は公道を自走してレースに臨むスタイルの低速レース用の車であるのだが、専用というだけあって、レースをする上で何かと便利な機能が盛り込んでであるし、何と言ってもスタイルがカッコイイのである。レース用として割り切ったデザインが採用されやすく、とてもエキセントリックなデザインが多い、実用的な目的のみで使われる乗用車では突飛なデザインは許されず、コンサバティブにならざるを得ないが、メーカー側もその反動で、行政指導が余り煩くない低速レース用車両のデザインを奔放にやっているように思われる。実際にはそうではなく、メーカー側の緻密な計算があるのであろうが、その奔放さというイメージが受けて、巷ではレースはやらないけどカッコイイから乗っているという輩も少なくない。
レース専用というだけあって低速レース用に便利な機能が盛り込んである。先に上げた”ペダル切り替えシステム”は勿論標準装備であるし、タイヤの内圧をその場で調整できるように、外部に面したヒンジ付きカウル内に、小型のコンプレッサーとリール巻取りタイプのエアホースが使いやすい位置に、エクステリアデザインを損なわないで装備されている。これによってタイヤを嵌めたまま内圧調整ができるのだ。
またコンプレッサーはエアジャッキを作動させ、タイヤを交換する際に使うインパクトレンチをも、作動させる。なにぶん小型で低コストが求められる一般庶民の為の低速レース用車両に搭載されるエアコンプレッサー故、時間当たりのエア流入量はすこぶる遅い。しかし、レースで一刻を争うタイヤ交換が求められる、ケースがない低速レースでは、不足は無い。
Aさんが初めて、レース専用車の試乗車に体を納めた時に、ドアヒンジがある辺りに黄色と黒のゼブラ模様がペイントされた大きなレバーが左右のドアそれぞれに設置してあるのに気づいた。これは何か、何の目的の為の物かと問うと、担当営業マンは「何だと思いますか」と逆に問い返してくる。ヒントとして「この車はガルウイングタイプのドアですね」と言う。
Aさんは「ジェット戦闘機の様にこのレバーを引くと、ドアが吹き飛んでドライバーを車外に飛ばすんでしょ」と半ば冗談めかして答えた。すると、営業マン氏は「惜しい」と言う。「えっ」と驚いていると回答を聞かせてくれた。「これは天地逆さまになって転倒したときに、ガルウイングではドアが開かないですよね。そのときにこのレバーを引くと、ドアがボディーから外れて見事脱出が適うという訳です」Aさんはその回答を聞いて、ああやはりこれは”極限で戦う車レーシングカー”なんだと、妙に感動したのを覚えている。
ハードウエアとしての低速レーシングカーの安全性。
レーシングカーが公道を一般的な利用目的で使用する際、昇降性の悪さがある反面、大きなメリットもある。それは、事故などの激突による衝撃に対し安全性がすこぶる良いという点だ。レーシングカーは実用性を犠牲にして性能や安全性を図った設計で作られる。それ故レーシングカーに比べ、実用性を踏まえて作られる一般車は実用性を実現させる為に安全性をある意味犠牲にしているといえる。
車体の剛性を上げる為にキャビンの周りにロールバーが張り巡らされている、量産車であるだけにインテリアに巧く溶け込ませて見栄えが良くリアルレーシングカーほど無骨に剥き出しの物ではないものの実用的に見れば邪魔なパイプやフレームがキャビンを狭くしているがドライバーはその鳥かごの中央に座を納め、それ故に座ってしまえば邪魔な感覚は無い。
これのお陰でドライバーは対衝撃シェルターの中央に体を固定させている様になっている為、全方位に亘って激突による衝撃に対し安全性がすこぶる良いのだ。これはセーフティーハーネスが正しく装着されてさえいれば、サーキットに限らず一般道の走行でも有効である。それ故一般向きの車に比して安全性が良いと言えるのだ。
Aさんがこのレース専用車で最も気に入っているのは、ドライバーがセンターに座るレイアウトである。センターに座ると四つのタイヤがそれぞれ自分の体から均等な距離にあるような感じがして、それがとても自然であると思えるのだ。(実際は左右は均等であるが前後は不均等なのであるが)。
まるで自分がレースカーと言うサイボーグになったような感覚、自分の四肢の延長線上にタイヤがあるような感覚、自分の親指と中指でタイヤの真ん中を貫くキングピンを掴かんで車を支え舵を取っているような車との一体感が得られるような気がするのだ。
実用車では利便性が重視される故、採られることがまずないセンターシッティングレイアウト。乗り降りは実用的でない故に難儀を強いられる。これは慣れてしまえば何ということはないのであるが。スポーツ用品という位置づけであるが故に行政指導も、老若男女誰もが扱えるものを。という項目を外している。
センターシートへのアプローチ方法は、ロールバーの様な太いフレームが天井を走りそれに取り付けられている数個のグルップを運梯(うんてい)よろしく体を運び見事シートに体を滑り込ませ、(事前に乗り降りの仕方を聞いておかないとスマートで素早い昇降はまず無理)床に腰を下ろすような感じに思えるほど低い着座位置に身を沈めて、出入りの邪魔にならない様に位置記憶タイプのチルトアンドテレスコピック式で上に跳ね上げられたステアリングを、カチリと定位置に戻せば完了である。
あえてこのように難儀な仕様を選ばなくとも、左右どちらのドアからでもレバーを引けば、引いた側に座面を向けてスライドしてくる仕様もあるが、Aさんの好みは、コアなマニア仕様と呼ばれる、より本物の雰囲気が味わえる前者の仕様である。実際は気のせいであろうが後者ではシートががたつくようで、マシンとの一体感をスポイルするような気がするのだ。
前者の仕様に難儀して乗り込むと、これは実用乗用車ではない、と確かな感覚として実感するのだ。Aさんはこれを駆ってレースをしたいと、試乗車に接する度に思うのだった。
基本的に低速レース専用車はドライバーセンタートップの3シーターデルタレイアウトを採用しているケースが最も多い、ドライバーの後ろには、順にドライバー、燃料タンク、エンジン、ギヤボックスとなっている。これはマスを集中させる既存のフォーミュラーカーと同じレイアウトであるが、違うのはドライバーの左右斜め後ろには、平均的な体格の男子大人がストレスなしに座るのは困難な程狭いシートが設えられている、これは実用的な意味では、エマジェンシーシートで、必要に迫られれば大人三人が乗って移動できるということが言えるが、(大方のユーザーは汚いままのタイヤを精神的に抵抗無く収納させる為に、オプションで設定される”タイヤ収納シェル”を左右のその場所に取り付けている。
これを使えば、タイヤをソフトケースに入れずに収納出来、シェルの蓋を閉めてロックをパチリとすればシートベルトで固定せずともタイヤが踊り暴れることもない)実際には低速レース専用タイヤ4本を(競技中ではノーマルタイヤを)乗せるスペースを確保する為である事と、左右どちら側からもドライバーと外部シェルとの間に距離を置くことで側面からTボーンクラッシュされた場合に安全性を確保するという狙いがある。
この安全性に対する配慮は、頭に低速とは付くがレース専用と謳う車だけに、クラスに合わせてタイヤとウエイトの量を変えれば幅広いクラスにエントリーできることに因る。高いレベルのクラスでは、既存のレース競技のようなオーバーテイクも有るクラスもある。それ故、接触アクシデントを想定しての設計思想が盛り込まれるのである。もっともこの車両があれば、上から下まで全クラスに参加できるものではなく、最上の方のクラスには参加できない。
しかし、これよりも上のグレードには、ほぼ全てのクラスに参加できる(低速レース専用車を除くと条件付けされているクラスを除く)車両の設定も有る。それはより高い安全性や、ある程度大きなエンジンパワーも必要になってくるので(絶対速度を抑える為の足枷に各クラスで各サイズのリストリクターが併用されたりするが)、コスト面でもある程度高価にならざるを得ない。しかしそれでも、あくまでもアマチュア対象の思想は貫かれているから、肌理細やかなメインテナンスをせずとも、肌理細やかなメインテナンスをするライバルに対し、競争力が劣らないで済む様”低速レースを管理する委員会組織”に由る車両レギュレーションに工夫が施されている。
この、ほぼ全てのクラスに参加できる車両の需要は意外に高く、庶民では手の届かない高嶺の花の様なモデルが随分営業成績を伸ばしている。レースを嗜まない者がステータスとして買い求めるケースも珍しくない。独身貴族の若者が、昼夜働いて、高嶺の花を射止める話も枚挙に暇が無いし、社会に多大なる貢献をするエリートが、仕事へのモチベーションとして、自分へのご褒美として、高嶺の花の様なモデルを上げる話も多い。
この現象は、低速レース文化に由る、自動車産業への商い向上に大きな期待を懐いていなかった自動車産業の経営幹部を驚かせた。自動車産業の経営幹部達は、低速レース関連産業に参入することを一種の社会貢献的な扱いで捉えており、文化的取り組みもする懐の広い企業イメージを得ることが、動機であったのだが、商いのみの戦略でも成り立つ営業結果に嬉しい誤算を見ていた。
コンペティション。
Aさんには、ある忘れられないレースの思い出がある。DクラスからCクラスにステップアップしたての頃、いつもの様に一人で練習しているとAクラスのグループの一人に声を掛けられた。
Aクラスというと、その上は、全レース人口に対し、とても少ない人数しかいないマスタークラスしかなく、そのクラスは努力に加え突出した才能が無ければ到達できない。マスタークラスには全員ランキングが付き、1年で4回ランク書き換えが行われ、上位ランカーには多くのファンがおりスポンサーも付く。ほぼプロの様な扱いになる。(近じか世界ランクを付ける動きが具体的になるらしい、世界ランク12位で日本ランク5位のようなつけ方)だから、現実的に見てアマチュアが最終目標として定めるのはこのAクラスとなるのである。
もっともこのAクラスとて、万人がある定数量の努力をすれば必ず到達できると言うものではない、やはり才能無くして到達することは適わないのであり、下のクラスの者からは、尊敬と畏敬の念を持って羨望の眼差しを受ける誇り高いクラスなのである。
そのAクラスの人から、「この秋に行われる耐久レースに君を含めた4人でエントリーしないか」と誘われたのだ。Aさんには飛び上がる程嬉しい誘いだったが、Aクラスばかり3人いる中にCクラスにステップアップしたばかりの自分が入っては間違いなく足を引っ張ることは目に見えているので、断ることにしたのだが、AクラスグループのチームリーダーB氏曰く「耐久レースはいつも”Aクラス3人カテゴリー”の参加枠でエントリーばかりしていてマンネリ化してるから、軽い遊びのつもりで”Aクラス3人とCクラス1人カテゴリー”の参加枠でエントリーしたいんだ」とのこと、軽い遊びのつもりならばと、腰が引けてはいたが思い切って引き受けたのだった。
B氏チームのメンバーは個性の強い人たちばかりである。チームリーダーのB氏と幼馴染である長身のC氏。口数は少なめであるが、少ない言葉の端々から思いやりと優しさが感じ取れるナイスガイである、何度か4人のメンバーで練習走行をする機会があり、その中で見る限り、いつも決まって最後にトップタイムを出すのはC氏で、恐らくこの人がこのチームのエースであろうと思われた。彼の本業は建築の設計士さんである。
D氏は、集中力に若干のムラがある様に思われるが、いつもジョークを飛ばし、気さくに接してくれる実に好感の持てる人物だ。家に3匹もの犬を飼っている犬好きで、当人も自称犬顔と宣言する愛犬家でもある。彼の本業は飲食関係の会社に勤めるサラリーマンである。
リーダーのB氏はまさしくミスターリーダーで、皆が絶対の信頼を置いているのが彼に接する態度で良くわかる。自分を誘ってくれたのも彼である。彼の本業は電子機器を扱う会社の営業部長さんである。今回の耐久レースはB氏が申込人になっており、チームBという名がチーム名である。
当日のレースでは、申込人の所有する車が使われることになっている。これは暗黙の了解のようなもので、レース車を提供する代わりに、上位入賞した場合、チームに与えられるトロフィーの所有権(メダルも貰えるがこれは人数分ある)と公式のリザルトブックに載るのは、B氏の名を冠したチーム名になる。(チームメンバー全員の名もリザルトに記される)エントリーフィーは参加人数でシェアすることも暗黙の了解である。仕事でレースする訳ではなく、皆が趣味で楽しむのだから当たり前といえば当たり前のことであるが。
練習は、慣れる為にレースで使われるB氏の車で行うのであるが、Aさんにとって嬉しかったのは、使い込まれてはいるが、高価なクラスの範疇に入るエントリーレンジの広い憧れのレース専用車で思う存分走れる事であった。(Aさんが購入を検討しているのは、初からハイミドルクラスのレースにエントリー出来るタイプの専用車で庶民の小遣いで捻出できるのはこの位か、と考えていた)レースリザルトの高低よりも、タメ息をついてカタログを見る事くらいしか出来なかった車で存分に走れる事が、Aさんにとって最大の褒美になっていた。
彼らと知り合ってからある日の休日、B氏もC氏も本業の仕事で休みが取れず4人の合同練習が出来ない日があった。その日はD氏の誘いでAさんの家から一番近い公認コースで行われるスプリントレースに単独でそれぞれAクラスとCクラスに急遽エントリーすることになった。その日の申し込みでも受け付けてくれる一番気軽なレースではあるが、公認コースでの正式なレースで公式のリザルトに残るものである。わざわざD氏が気を使ってAさんの家から一番近い、Aさんが最も走りこんでいる、言わばAさんのホームコースであったにも関わらず、内容は散々で、心の準備もなしに急遽訪れたCクラスのデビューレースとなり、D氏の前で良いところを見せようと色気を出したのも災いして12周中、捨てラップが3周あったが11周目のアタック中4度目のスピンを喫しノータイム、リタイヤ扱いとなって、そこでAさんのCクラスデビューレースは終わった。「攻めた結果だから、手堅く走って下位に沈むよりいい走りだったな、ベストラップは良い位置にいるじゃないか(完走しなければ公式記録は付かない。競技ユーザーはこれを幻のベストラップと呼んで反省会の酒席などで肴になる)」と評価してくれたが、忸怩(じくじ)たる思いは晴れなかった。
その後に控える、D氏が出場するAクラスのレースでAさんは快哉を叫ぶことになり、我がレースのマイナスを帳消しにする晴れやかな気持ちになったのだった。
最初はAクラスのレースが始まる前、AさんはD氏に何と言葉を掛けようか困っていた。D氏は知らないだろうが、ここのコースは割りと巧い人が集まることで知られたコースなのだ、同じクラスでもワンランク上のような印象を持つであろう程レベルが高いのだ、下のクラスの者が言うのは不遜であって絶対に口には出せないが、少しの期間D氏の練習を見ただけであるが、同じAクラスのB氏やC氏と比べ好タイムとバットタイムの差が大きく、ベストタイムも二氏にはいつも及ばない。
二氏が全国のAクラス中どの辺りにいるのかは知らないが、それに間違いなく劣るであろうD氏がここで良いところを自分に見せることは難しいと思われた。ましてやこのコースを走りなれた相手に対し、慣熟走行を数周してはいるが、今日初めて本レースを走るのである。自分に対し、いい所を見せられずD氏のプライドが傷付くのは目に見えている。Aクラスのレースにエントリーできる権利を持っている事だけで、それは誇らしいことではあるがエントリーする以上参加するだけで満足する者はいない。上位を目指して臨むのがスポーツである。
勿論、自分はそんなことでD氏を見下す筈もないが、D氏が察するであろう気持ちを考えると、Aさんはレース後掛ける言葉が見つからないのであった。そんなAさんの心労をよそに、「このコースは中々チャレンジングで面白い。気に入った」等と、ノー天気に、有名なプロのトップドライバーが言っていたようなセリフを、似てないが当人の物まねのつもりであろう吐いている。
今回のAクラスのレースは、直接オーバーテイクのないタイム積算形式で、17周中ベスト15周が採用される。つまり17ラップ中2ラップの捨てラップがある形式だ。くじ引きの結果、18台中9番目出走で計測が始まった。いつもの事ながら最後に行われるメインエベントであるだけに、レースを終えた下のクラスの者がギャラリーとなって華やかである。中には素人ながらファンを抱えた選手も数人ほどいて、見せることを主眼に置いた興行レースのようになっている。益々聴衆の前で恥を晒す“よそ者“の図が出来上がって、Aさんの困り度はピークになっている。
全車最初の1周目を終えたとき、D氏のポジションは4番手であった。タイムもとても良い。D氏は自分の手前、渾身のアタックを敢行し巧くスピンせずに纏めたのだとAさんは思った。こういう背伸びが何周もできるものではない。が、しかし、D氏は一向に綻びを出さなかった、それどころか11周を終えると、それまでの周回全てノーミスでポジションを一つ上げ、3番手になっていた。12周目の周回に入るべくメインスタンド前のストレートのウエイティングゾーンに車を止める。
(基本的に、直接オーバーテイクのないタイム積算形式のレースは、安全上の理由から直線で絶対速度が出るのを嫌い、ストレートを計測しない区間としている。具体的には、最終コーナーを抜けて次にストレートの始まるある区間から、無計測区間が始まり、少し進むと速度規制区間が始まり、長いストレートの終わる手前のある区間からで速度無規制区間が始まり、そこから少し進むと再び計測区間が始まるのだ。勿論それらの位置にはドライバーから判るように色分けされたラインと標識が設えてある。競技車が多い場合はそのゾーンに車を止めて待機させるようなレース運用をする。今回がそれである。耐久レースなどの大きなイベントになると、10周程度連続して周回すると一旦ピットエリアや駐車場の方に出されて待機させられる。多くの場合は、その時にドライバー交代を済ませ、チームのメンバーは顔をつき合わせてミーティングをしたり休憩を取ったりする。それ以外のタイミングでも交代は出来るが、スムーズな大会運営を望む向きもあり、体調不良などの理由でもない限り、マナーとして慎むべきことと皆が認識していて、現在のところ明確なルール化は成されていない。ドライバー交代は、オフィシャルの立会いのもと行われ、勿論その間、不正な細工を防ぐため、車をいじることは出来ず、ドライバーは自分用の調整オモリを持って、保管場所から急いで出る。ドライバーが乗って待機せよとの合図があると、次のドライバーは自分用の調整オモリを持って行き、降りた時とは逆の手順で調整オモリを載せて固定し、オフィシャルに承認を得るために、ドライバーの腕には封印付きの腕章が巻かれており、そこ書き込んであるそのドライバーのオモリ総重量を確認してもらい、載せたオモリバックに封印をしてドアが閉められ、そこでドライバー交代が完了する)。
突然それまでお飾りだったAさんのインカムにD氏から無線が入った。「次の周から集中を高めるから、車中に取り付けてあるモニター画面の小さい文字は読みたくないんで、君の方にあるモニター画面を上の車2台との差を示すモードに切り替えて、一周回ってくる度に君が声で知らせてくれ」との注文である。”次の周から集中を高める”だって、それじゃ今までマックスの走りじゃなかったってのか。Aさんはタマゲてしまった。
このコースのD氏のベストタイムは1分23秒522。これを競技者達が言い表すのには、1分20秒台という数字は、初心者以外ではまず大前提となる数字だけに省いて3秒522、と表す。もっとも、千分の一秒という僅差で争っている他車との差を表す場合、どこの誰が言い出したのか、千分の一秒を一つの単位とする独特の呼び方がある。
それはデット(debt借金)という言い方だ。イメージし易い様に、1秒以下の数字をコンマ135秒差などとは言わずに、「プラス135デット」(135秒遅れ)とか、「マイナス135デット」(135秒早い)とか言うように表す。1秒以上差がある場合は、「マイナス2秒と766デット」という具合だ。1秒は千デットであるが基本的には使わない。デットは1デットから999デットまでの間で使う。余りに遅れが大きく、苛立っている監督が、皮肉を込めて「プラス1万5千365デット」(15秒365遅れ)などと言う事があるが。
なぜデット”借金”と言う単語を使うのか、解釈は諸説あるが、ひとつ有力な説がある。とかくスポーツで使う数字は”得点”などというように大きいほどポジティブなイメージが大きい。しかし、タイム競技の数字は逆に小さいほど良い。タイム競技も”借金”も数字が小さいほど良い。だから、そう呼ぶのだと言う説である。逆にトップの者が2位の者に対するアドバンテージのタイムを表現する場合、マイナス332デットでも通じるが、誉の意味を込めてストー(store貯え)やストック(stock在庫)などという表現が、最近では流行りだしている。「Kさんグッドジョブです、現在トップで、2位に1秒と837ストック」というような使い方だ。これはトップの者でなくとも後方の者に対して使え、8位の者が9位の者に対して使っても構わない。
最近、低速レースユーザーの間でヒットしている商品がある。それは、オフィシャルで発信されるラップタイム等の文字情報を、綺麗で視認性認識性に優れるグラフィックに置き換えるソフトで、主に1人でエントリーするユーザーに重宝がられている。
車内に設置されている小さなモニター画面に映し出される無機質な数字の羅列から、自分のタイム推移、ライバルとのギャップとその推移を読み取るのは大変で、慣れるようになるまで時間を要する。慣れてもレースに集中したいときにこれをやるのは、けっこう重荷なのだ。その点このソフトを使えば予め登録しておいた自分を中心に、折れ線グラフや棒グラフはたまた滑稽なアニメーション等好みの表示方法を選択して表せ、一瞥するだけで現在自分の置かれている状況を把握することができる。取り立てて注目すべき変化があった場合も割り込み表示してくれるのだ。勿論、音声アナウンスの設定も可能である。
Aさんは緊張しながら、ポッターよろしくドライバーD氏に情報を送る。「今の周回までで、2位との差はプラス366デット(コンマ366秒遅れ)1位との差はプラス1秒と65デット(1秒065遅れ)です」「OKありがとう、次の周回からは俺の前にいる奴らの差に加えて、そいつらが詰めたりロスしたりした数字も教えてくれ。俺が抜けば、抜いた奴が盛り返す事が無い限り、そいつのタイムは教えなくていい。俺がトップに立ったら2位との間隔は教えてくれ」Aさんは驚いた。「前の奴を抜く」だって。「トップに立ったら」だって。既に全車抜く事が確定事項であるが如き発言じゃないか。何という自信であろうか。
12周目の最終コーナーを抜け、そのちょっと先にある”無計測区間が始まる”という表示看板とその根元からコースを横切る様に引かれたラインはつまり、その周回のフィニッシュラインでもあるわけであるが、そのライン上に仕込んであるセンサーがD氏の車に搭載している発信機の信号を読み取った。千分の一秒差まで読み取るセンサーは瞬時にコンピューターが演算をし、各ピットエリアに配してある端末へと、無線ランの発信機へと、そのレースのベストラップを約コンマ3秒(300デット)短縮するタイムを示し出した。
ベストラップが更新されると数字の背景が黄色くなり暫く点滅する。各モニター画面を見る他の者達からどよめきが起こった。Aさんが興奮気味に勢い込んでD氏にそのことを伝えると、自分の叩き出したベストラップに特に感慨深げな様子を見せるでもなく、D氏からは飄々とした返事が返ってきた。「あっ、そうなの。で、上2台との差は」Aさんは、あっと言ってD氏の要望に応えるべく表示モードを切り替える。本来はそれを伝えろと言われているのである。
1位と2位の者は特にタイムを詰めれずほぼ横ばい、D氏が大きく詰めた分だけ差が縮まった。D氏と2位との差はコンマ064秒、1位との差はコンマ764秒。「アブソルート(絶対)マイナス301デット。レラティブ(相対)2位マイナス302デット、1位マイナス303デット(本当はレラティビティーだが言い易い様に短縮されている)ギャップ2位プラス64デット、1位プラス763デット」。
13周目。D氏よりも先にアタックする順番にある1位と2位の車の内、2位の車がD氏の追い上げに焦りが出たのか、ハーフスピンをした。D氏の方は再びベストラップをコンマ022秒(マイナス22デット)更新した。1位の車も頑張って自己ベストを31デット更新した。2位の車は自己のワーストタイムで、自動的にこの周が捨てラップとなり、D氏に抜かれ3位に後退した。
Aさんが伝える「アブソルート、プラス22デット、(D氏自身の前の周に対しコンマ022秒短縮)レラティブ1位マイナス314デット。(前の周に比べ今周はコンマ314秒1位に対し詰めた)ギャップ1位プラス450デット(現在1位とはコンマ450秒遅れている)」最大1秒065あったトップとの差は、前の周とその前の周のたった2周でコンマ3秒ずつ詰めて1位との差はもうコンマ45秒の差しか無いのである。D氏の何と言う集中力か。Aさんは強調した。「借金はあと450デットしか有りません。頑張って下さい」。
15周目。ほぼノーミスで纏めてきた1位の車が、D氏からのプレッシャーであろう、スピンしてスタックした。12周目から毎周貯金を大量に吐き出しているのだから無理もないが。15周目をD氏が終えると、彼はとうとうトップに立った。彼はここまでに、大きくタイムロスした周も無い。
D氏はAさんからトップに立った報告を受けてから、軽くジョークを飛ばすと16周目のアタックに出て行った。セクターが三つある内二つクリアするまで駄目押しのスーパーラップで走っていた。が最後のセクターでハーフスピンしてしまった。巧く三つクリアしていれば凄いタイムが出ただろうに惜しい周回であった。モニター画面を見つめるほかのギャラリーからもため息が漏れる。
D氏はハーフスピンしても後の人のアタックを邪魔をする位置関係になかったからであろう、ポストマーシャルの指示で、その場のイン側エスケープゾーンで待機させられることもなく順番の位置に帰って来たので。17周目、最終周のアタックはD氏が、以前トップだった人(つまり現在2位の人)より先に出走する順番である。最終周は2位の人にも捨てラップが一つ残っていることから博打的に渾身のアタックをしてくるだろう。3位の人とは、既にラストラップを落としてもまず届かないだろうだけのギャップがあるし、D氏のハーフスピンによってやる気を取り戻したことは想像に難くない、そういう微妙なタイム差である。レースは2台のマッチレースの様相を呈してきた。
トップと2位が二台ともスピンしてノータイムになれば、現在のトップであるD氏の優勝となることから、若干D氏が有利か。毎回必ず軽口を叩くD氏が前周を終えてから一言も発しない。そうとう集中しているのだろう。そして17周目、無言で走りだした。ギャラリーも固唾を呑んで見守る。
セクター1自己ベスト、セクター2も自己ベスト、そしてフィニッシュ。再び全体の中のべストラップを大きく更新して、D氏最終ラップを終えた。終えると同時に会場じゅうで一斉に「オーッ」と喚声が上がった。今や会場に居合わせる人全員がこのレースの成り行きを見守っている様である。そして、後に控えていたるD氏が抜く前にトップだった人のアタックが終わった。D氏が最終ラップで出した”超ス−パーラップ”にモチベーションを失ったのは明らかな、そういう平凡なタイムに終わったが、そう大崩れするでもなく3位の者に付け入る隙を見せないタイムに纏めた彼は大いに評価できる、という意見は些か玄人好みの見解か。
結局D氏は、あまり走りこんでないアウェイのコースで初参戦初勝利を決めてしまった。マシンから降りると皆に取り囲まれ、祝福の賛辞や握手をせがまれている。プロではない、見て楽しむ事よりも参加して楽しむ事に主眼が置かれて発展してきた低速レースの会場で、こういう光景は珍しい。表彰台に立つ者の顔ぶれで最も晴れやかな顔をしているのは、勝利した者よりもむしろ2位や3位になった者達である様に思われた。「ああ面白かった。俺はこんなスリリングなレースがしたかったんだよ、D氏よいいレースさせてもらった。ありがとう」こう言っているようにAさんには見えた。
一旦D氏と共に自宅に戻り愛車をガレージに入れ、汗を洗い流して着替えると、家内と子供をD氏に紹介するのもそこそこに、D氏宅にD氏のマシンで向かう。D氏が早々と氏の細君に連絡を取り段取りを済ませていたのだ。勿論、夕食を兼ねて祝勝会(自分にとっては反省会だが)をする為の段取りである。後でB・C氏も合流することになっている。飲食業界で生業を成す人だけに、こういう手配は素早いのだそうだ。
本日のウイニングマシンのガルウイングドアを引き上げる。彼の左側斜め後方に小さく座ってハーネスを閉める。ここの座面に収まっていた二本のタイヤは右側席の足元に納めた。少々固定に問題があるがレースをする訳ではないので構わない。帰りは普通のセダンで送るから、行きは少々狭いが我慢せよとの事。恐縮してノープロブレムを伝えると、マシンはスタートした。Aさんが座る右側にあるエンジンが奏でる音が、いい具合にデチューンされて車内に伝わって来る。
このマシンの開発者はエンジン音もレーシーな雰囲気を盛り上げる大事な要素であることを熟知している様である。すぐ隣にエンジンがあるのに熱対策が万全なのか不快な暑さは無い、D氏の説明によるとエンジンとキャビンシェルの間に薄く狭い空間を作ってそこへナサダクトから取り込んだ外気を通して熱伝播を防いでいるからだそうだ。なるほど乗用車としての性能も求められるレーシングカーである。
狭い空間に収まって取り止めのない雑談をしていると、普段では恐縮してしまって聞けない内容も聞けそうな空気になって来る。Aさんは何気なく、これまで疑問に思った事を質問した。
今日のD氏の早さには本当に驚いた。しかし、B氏達との合同練習で走るD氏の走りからは今日の鋭い走りは想像がつかない。B氏達相手に三味線を弾く必要もあるまいに。なぜ。という内容を、失礼の無い様に留意しながら言葉を選んで質問したところ、あっけらかんとした答えが返ってきた。「だってそりゃ、俺は練習が嫌いなんだよ。こう、何ていうか熱くなれないだろ練習ってさ」。
Aさんは、今日自分が急遽Cクラスにエントリーすることになってしまったことに冗談めかして苦言を呈した。Cクラスにステップアップ仕立てで、いきなり本番レースは無い。もっと練習を積んで自信を付けてからCクラスデビューといきたかった。今日みたいな惨めな走りをしてたらDクラスの奴らに「あれでCクラスかよ」と言われてしまう。というのが訴えの趣旨だ。
それにもD氏らしい返答が返ってくる「何を言ってんだか君は、プロがチームやメーカーの威信を賭けて走らせるドライバーに雇われた訳じゃないだろ。自分のリザルトを汚すことを恐れちゃいかんよ、綺麗なリザルトで埋めようなんて嫌らしい考えじゃ腕は伸びないぜ。惨めなリザルトを重ねりゃ後は登るしかないじゃないか、惨めなリザルトを重ねりゃラッキーッてな気持ちで臨んだ方がリラックスできて結果的にそれがいいんだよ。練習で緩慢な100ラップするよりも、本番で張り詰めた中、5ラップすることの方がどれだけ身になるか、俺の今日の走りを見りゃ解るだろ。これからも、どんどんレースにエントリーしてバリバリ腕上げなって」「確かにそうです」仰る通りです。僕が間違ってました。ああ勉強になるなぁ。
Aさんは、今日のD氏のレースメイクを見て”捨てラップ”の本当の使い方が解ったことを感嘆たる気持ちを込めて伝えた。自分も次のレースで生かしたいと述べると、経験の深い者らしいアドバイスを頂いた。「まぁそういう気持ちで次のソロレースに臨めばいい。そして俺は予言する、間違いなくそうして走るレースよりも、何も作戦を立てず無心で走って完走したレースの方が成績が良いだろうよ。実を言うと俺も昔、失敗したことがあるんだよ。最後の方に捨てラップを残しておいて、最後に駄目元で弾けた走りをする。って作戦を立てて走ると、それまでの積み重ねる為の走りでスピンしないように手堅い走りをしようって考えちゃうんだな、つまり安全マージンを必要以上に大きく取っちゃうんだな、いや自分はそれでもぎりぎりの走りをしてると思っていても、スピンしないで後に生かそうって欲がどこかで自分の意識しない所で働いていて、自分をセーブしてるんだ。で、結局、最後に巧く弾けた走りを成功させても全然届かない、焼け石に水状態のビハインド(差)が付いて狙ったポジションに全然届かないって結果になるって寸法よ。そんな筈はないって、何度も同じ作戦でレースにエントリーして長いトンネルに入るのさ、そしてあるとき気付くんだ。ああ手堅い走りと弾けた走りをもっと高い次元で達成できなきゃこの作戦は成立しないんだってね。どうか君も俺と同じ轍を踏まない様に願うよ」はあー、そうなのか。甘いな自分は。スキーでも野球でもそうじゃないか、巧い人が簡単そうにやるのって本当はトンでもない程高度な技術の上に成り立ってるんだよな。D氏の様に普段へらへらしてて何も考えてないような人でも本当は頭の切れる人だったんだな、ある程度高いレベルに到達した人の話って、本当に勉強になるなぁ。
Aさんは、D氏のモチベーションはどうやって、はたまた何を糧にしているのか、興味深い関心をいだいていた。それを率直に尋ねると。「俺は身勝手でキーキーうるさいサルが嫌いだ」「へっ?」「だからサル顔の奴も嫌いだ。今日2位になった奴、練習走行を見てたら今日のレースはこいつが俺のライバルになるだろうって思った。そいつがマシンから降りてヘルメットを脱いだら、何だよサルじゃねーか。犬好きの俺がこいつに負ける訳にゃいかねぇって具合で、今日、俺は頑張った。そういう訳だな、つまりこれが俺のモチベーションだ」犬猿の仲ってことですか。ああ、高いレベルに到達した人の話って、本当に、勉強になるなぁ・・・・
耐久レース。
耐久レースは、比較的どこの会場でも、大人数が参加してお祭りムードが盛り上がり、走らないけど応援するという人も沢山いて観客席の方はプロのレースのように結構な賑わいになる。Aさんが誘われて参加する今回のレースも、この地方では中規模のレースながら、天候に恵まれたこともあってギャラリースタンドの空席は少ない。エントリーできるカテゴリーは多岐にわたり、レベル・クラス別は当然あり、年齢別あり夫婦限定あり女性限定あり家族限定や親族限定などというのもある、それぞれの参加チームが期限までに最低成立数のエントリーが揃わないとそのクラスはキャンセルされ、その内容で参加できる別のクラスに編成される。勿論、別クラスへの編成が嫌な場合はそれも可能で、その旨を記した項目にチェックを入れて申し込みすれば、今回そのカテゴリーは成立しない旨の案内がされ申し込み申請は自動的に取り消される。
Aさんが今回参加するのは[4人チーム・18レベル]というカテゴリーである。この18レベルという表記は参加する選手のレベル合計を表している。ドライバーにはリザルトなどの内容から検討されるレベル別の称号が与えられている。アマチュア最高峰クラスがAクラスで5ポイントレベルである。以下B・C・D・Eとクラスが下がる毎にポイントレベルが1つずつ下がり、最下クラスのEクラスが1ポイントレベルということになる。
チームの4人でその合計数が18になるAさんチームの内訳はAAACの18レベルでAABB18とは同クラスカテゴリーで争われる。この大会で最もプライオリティーの高い総合優勝はAAAA20のチームが取る確立が高いが、AAAC18が取る事もルール上ではできる。ルールではEEEE4であっても取る権利はあるのだ。(3人エントリーチームとは疲労度が異なり、比べるのはフェアでないという理由で4人のクラスカテゴリーとは争われず別のレースという扱いになる。
しかし、それを個人の興味として比べることは可能で、参考値としてオフィシャルの発する文字表示サービスは発信されている。)このことからも解るように、成績が頗る(すこぶる)いい場合には、下のレベルカテゴリーに参戦しているチームから上のカテゴリーに成績を自動的に反映させることができるシステムになっている。これは、14レベルのチームが14レベルカテゴリーに優勝し更に15レベルカテゴリーには6位入賞と二つの賞を取ることが出来ることを意味している。
勿論、上のレベルのチームから下へのカテゴリーに成績を反映させることは出来ない。現実ではまず有り得ないが、EEEE4のチームが総合優勝でもすれば、最下カテゴリーの4レベルから最上位の総合優勝まで、上のクラス全ての優勝を掻っ攫う事が出来る。逆にAAAA20のチームが総合優勝して得られるタイトルは総合優勝1つだけである。
人数分担の違いに因る疲労度や、クラス違いの者が担当する量が異なることに対しアンフェアの思想をもつ”低速レースを管理する委員会組織”は、4人カテゴリーと3人カテゴリーを同じレースとして扱わない事、AAAC18の様にクラスの違う者が混じるチームは、下のクラスであるCの者が全レースディスタンスの4分の1以上を担当しなければならない。
AABB18の場合は、下のクラスである2人のB者が全レースディスタンスの2分の1以上を担当しなければならない。半分のパートを担当するBクラスの2人とAクラスの2人のそれぞれの割合は、1人が最低5分の1以上という条件をクリアすれば、その詳細は問わない。”1人が最低5分の1以上担当せよ”という条件は4人カテゴリーの全参加者に課せられている。ちなみに、3人カテゴリーの方の最低周回数は4分の1以上となっている。
朝靄が残る午前中の早い時間から、レースは早々にスタートする。それは参加チームが多い為に仕方がないが、総合優勝の対象となるカテゴリーに出場するチームは時間的に幅の広い走行時間帯を走る事になる。午前9時から午前11時の間、午後12時から2時迄の間の時間帯は女性限定や家族限定等のレクリエーション的志向の強いカテゴリーとの混走となり、総合優勝を狙うリアル志向のチームは走行頻度が少なくなり、この時間帯を利用して休憩やミーティング等を入れ、後半の詰めに備える。
後半では、レースを終えたレクリエーション的志向の強いそれぞれのカテゴリーの表彰式が行われる中、コースはリアル志向チーム達の占有となり、長いスティントを取って走る事ができるようになる。ここからが本当の本番が始まったような白熱さを増した走行が午後6時のゴール目指して繰り広げられる。
耐久レースに限らず、人気のあるイベントでは、参加申し込みが定員オーバーした場合には、抽選になる場合と、予備予選や予選を数回行って出場枠を決める場合とがある。前者は参加機会の平等志向が図られた選出方法である。後者は実力志向の強い本当に早い者を決める為の志向を強く押し出した選出方法であって、平均的実力のユーザーにとっては参加するよりも高いレベルのアマチュア選手の走りを興味を持って観戦し、いつかは自分もと、全くの夢ではない頑張れば実現可能な、一つの高い目標として存在する。”低速レースを管理する委員会組織”の最も腐心する条項は、あらゆるレベルの人々に強いモチベーションを喚起させる。という項目でありそういった理由から前者を強く推したい傾向がある。
これはまた、どんなレベルの人にも頑張れば達成出来そうな、それぞれの目的を提示する事で適えようとする試みに見る事が出来る。それは、それぞれのクラス毎にクラス優勝を設けるのは勿論、同じクラスでも、ある年齢毎に区切りを入れ、Cクラスの55から60歳カテゴリー優勝というような、並びの優勝を多く設け、その人の実力近辺に目標を設定できるよう配慮している。変わった所では、本業が会社の重責を担う役員や経営者等の余暇の少ない人々を救済する枠組みが、現在検討されている。
練習やレースのマイルエージ(マイレージ)の距離の違いによってクラスの枠組みをしようという試みである。しかし、現在、練習走行に関しては、その走行量を記録するシステムが無く、今後の展開に期待するところである。飛行機のパイロットが総飛行時間を記録しているように、血管認証システム等の個人認識システムを本格導入して、低速レース用タイヤで走った総走行距離や走った日時を記録できるようにすれば実現可能である。このシステムが導入されれば、耐久レースなどのドライバー交代があるレースで、オフィシャルが行っている、ドライバー摩り替り防止チェックの手間を省くことも出来る。
Aさんはいよいよ耐久レースの会場に乗り込んだ。前日のミーティングで、ある程度の走行計画が決められていた。朝一番から始まる午前のスティントでは5ラップ毎に区切られており、タイムテーブルがきつい人気の耐久レースイベントではどのイベントもそうであるが、慣熟走行時間が取られていない。
そのことから、まず慣れる為に5ラップを順番に1つずつ交代で走る計画になっていた。その順番の3番手がAさんの担当である。慣熟走行が目的のスティントではあるが、走行タイムはしっかり記録され、決して気を抜いて走る事が許される訳ではない。慣れた中盤以降の走りよりも、この走り初めの立ち上がりの良さの差が最後の詰めの段階で大きな影響を及ぼすことが多いと言う。「あの時しっかり目を覚まして、走っていれば・・・」という嘆きは意外に多く聞かれるのだそうだ。
Aさんが属すチームは”チームB”と言い、その名が示す通り、リーダー兼監督兼参謀はB氏である。他のAクラスの二人は口を揃えてB氏の監督としての才覚を認めている。それは、C氏やD氏が監督としてエントリーしたレースのリザルトと比べれば一目瞭然である。飛び抜けてB氏監督のレース結果が良いのだ。同じメンバーで参加してこの違いが出ることは、B氏の監督としての適正を如実に表していると言えそうだ。
AAAC18の”チームB”が狙うことのできる賞は、これまで彼らが参戦していた”3人カテゴリーのAAA15”よりも数が多い。現実に照らし合わせて彼らが定めた最大目標から順に並べると、18レベルクラスの優勝、2位、3位の表彰台、4位から下がって8位までの入賞、19レベルクラスの入賞8位以上から優勝、20レベルクラスの入賞8位以上から優勝、4人のベストタイムを合計した合同ファステストラップの18レベルクラス1位2位3位、合同ファステストラップ19レベルクラス1位2位3位、合同ファステストラップ20レベルクラス1位2位3位、個人ファステストラップCの1位2位3位、Bの1位2位3位、(ここまでの個人ファステストラップ賞はAさんのみの権利)Aの1位2位3位、大勢の狙いはファステストラップ賞に重きを置いて狙うチームは少ない。
この賞は福次的扱いをされる事が多い。「あれ、気にしてなかったけど取れちゃったんだ」という程度の扱い。しかし、終盤前に、ゴール結果の賞取りが絶望となっているチームにとっては意味が違う。「もう入賞は駄目だから、せめてファステストラップ賞は取ってやろうじゃないか」というチームにとってはモチベーションを維持する格好の題材となる。
しかし、ファステストラップ賞を取るにも条件が付いている。有効捨てラップ以上消費してもいいから、ただ単に玉砕覚悟で走ればいいという訳ではなく、ファステストラップ賞が与えられるのは完走したチームのみが対象となる。完走とはそのクラスの優勝タイムの107%以内に入ることであり、スピンなどで無計測ラップを重ね、有効捨てラップ以上消費して完走の権利を失ったり。ハーフスピンや怠慢な走りで優勝タイムの107%以上時間を使っても完走とはならない。その事から、ファステストラップ賞を狙うにしてもゴールまで集中を切らす事が出来ない状況が続く。
Aさんの出番が来た、初めての耐久レースの第1周目を走り出す前に無線を通して、C氏とD氏皆から「始めだから落ち着いて周って来い」と言われたが監督であるB氏からは「スピンしないで走れる最大速で周れ」との指示。「次の指示は1周終わってから出す」とのこと。第1周目のタイムは1分48秒255だった。それを受けて監督は「よし、君の課題はこの5周のスティントで1周の平均ラップを1分48秒以内で纏めることだ。既に255デットの借金があるから残りの4周で借金を全部返してしまおう」との指示を受けていた。
これによりAさんの集中力は高まり、結果的に最初のスティントを平均ラップ1分47秒832で纏めあげ、ノルマは達成できた。このスティントのトータルで840ストックできた計算になる。Aさんの自己判断では上出来に思えた。しかし他の3人からさして良い評価の言葉は出ずじまいだった。次のスティントでの出走順は4人中4番目に決められた。
午前中最後の出番になるであろうAさんの2度目のスティントに対し、B氏は「これから走る5周の平均ラップは1分47秒6以内で」とのオーダーを出した。懸命に出した第1スティントでの平均ラップからコンマ232秒を全てのラップで削り取れと言うのだ。また、厳しい課題を突きつけられてしまった。これは、5周全部を第1スティントでの最速タイムに近い速度で走らなければならないことを意味している。「1度は出せたタイムだ。それを5回続けるだけだ」それを自分に言い聞かせて走り出した。
Aさんの第2スティントは終わった。このレグでの平均ラップは1分47秒615でコンマ015秒ノルマを達成できなかった。このスティントで75デットの借金を作ってしまった。「くそっ、あと15デットが。これで3人の足を引っ張る形になってしまった、どんな顔をして帰ったらいいんだろう。ああ、俺のバカ」呪詛の言葉を吐きながらピットロードに入っていった。「ご苦労」そう言って監督が手を差し伸べ、センターシートから体を引き出すのを手伝ってくれる。ヘルメットを脱ぎ、汗を拭きながら3人の顔を見る。
出迎えた3人からは表情は読み取れなかった。ピットラウンジの一角に自分たちのデスクを確保しており、ピットウォールのベンチにある端末から抜いてきたチーム自前のモバイルモニターを今度はデスクの端末に挿す。3人はモニターから次々とはじき出されている今現在も走っている他チームのタイムを見て何かと話し合っている。
Aさんは車内にあるモニターで見て自分がノルマを達成できなかったことを既に知っていて、あらためて自分の不甲斐ないタイムを見る気にはなれず、一人視線を外していた。全車午前中の走行を終え、暫定結果が出た。B氏が何かと色々入力をして出される内容に、3人は様々な表情を浮かべる。C氏が「ちくしょう、次のスティントでは2人に勝ってやるからな」などと言っている。どうやら3人の中で彼が一番遅れをとっているらしかった。
AさんはC氏の平均ラップが気になりモニターを覗き見る。もしかしたら自分の落ち込んだ気分を救う一助になるかも知れないとチラッと思ったのだ。1分43秒843。「おお、何と言う凄いタイムか」ガーンと後頭部が打たれた。気分を救う一助どころかよけいに落ち込む。同じ車とタイヤ、同じセッティングでどうして4秒近くも早く走れるのだろうか、デットでいうと4000デットだ。これが5周トータルの差ではなく、たった1周の差なのだ。コンマ4秒ならまだ理解の範疇にあるが・・・
この差は、Aクラスが相手なのだから当たり前と言えるのではあるのだが、しかし理性では理解できても感覚としてこの凄さは理解出来ない。改めてトンでもない怪物達のチームに紛れ込んでしまったのだと後悔と共に実感する瞬間であった。以前D氏と別々に出場したレースでは別の車、別のタイヤだったからAクラスドライバーとの差はパラダイムの違いもあって大きな実感は感じなかった。しかし、同じパラダイムでは何の言い訳もできない。彼らは気さくに話してくれて、直ぐ手が届きそうな錯覚を覚えるが、Aクラスとは何と遠い世界だろうか。
自分を誘ってくれた、監督B氏の所へ行き、ノルマをクリア出来なかったことを詫びた。するとB氏は「OK、OK上出来だ。今の所、一番成績優秀なのは君だよ。我々はAさんの足を引っ張らないように頑張るから、嫌にならないでくれよ」と言う。D氏も彼流のジョーク調で「Aちゃん、僕たちを見捨てないでね」と来た。話の論拠が解らずキョトンとしていると、B氏が察して解説してくれた。「君が優秀だということは、こうやって君のタイムとライバルのタイムを見比べると解るんだ」端末につながったキーボードをポンポンと叩く。
出てきた画面に指を滑らせ「これがAさんの10周の積算タイム。で、この列がAさんと同じCクラスの人達の10周積算タイム。これをベスト順に並べ替えてみると。ほら、一番上のトップタイムを見て。チームB・ミスターA。君が目下のところトップなんだ」思わぬ途中経過で反応の仕方を忘れた様に呆けていると、B氏は構わず続ける。「しかし、我々の目標はクラス優勝だ。個人の成績よりもチームの成績が優先される。プライオリティー(優先順位)ナンバーワンはクラス優勝。異論は無いね」回答を求めるB氏の視線に、今度は素早くはっきりと肯定の意思を示すべく。首肯して見せた。
こんな自分がチームの役にたてるなら、他の皆に喜んでもらえるなら、個人の成績などどうでもよかった。首肯は偽らざる自分の本意の表れだった。「今後の作戦に、あえてセーブした走りや、リスク覚悟で目イッパイ走らせることがあるかも知れない、それによって個人に与えられる栄誉、Cクラスの個人優勝を取り逃がすことになるかも知れないが、それでもいいか」Aさんは即答する「勿論、構いません。こんな凄いチームに参加させてもらっただけで僕は満足です。役にたてるなら好きに使ってください。喜んで捨石にでも何でもなります」B氏は満足気に頷くと「よし、意思は確認できた。クラス入賞以上の成績が固まりそうなら、君の個人成績を考慮した作戦も容れるから、耐えてくれ。ということで、我々のライバルになりそうなチームがほぼ出揃った感があるので、重点的にマークすべきチームをAさんにも知っていてもらおうか。まさかこの時点で三味線を弾く(フェイントとでも言おうか、わざと弱い振りをすること)ような馬鹿な作戦をたてるところもないだろうからな」。
チームBはAAAC18レベルクラスで、AABB18とは同クラスのカテゴリーで争われる。17クラス以下のクラスカテゴリーは対象外で、チームBのエントリーする権利は無い。19クラスや20クラスカテゴリーにはエントリー出来るが、実力差を考えると彼らをライバル視することは現実的ではない。ちなみに、上のクラスにエントリーする手続きはいらない。レース終了後に上のクラスの入賞以上の結果が出ていれば、自分のクラスの賞に加えて。自動的に上のクラスの賞が貰える。しかし、滅多にない、あればとても誉高い”グレイト・リザルト”と呼ばれる栄誉になるのであるが。
ライバルに対して、Aさんの仕事振りを相対的に確認するには、チームBのようにCクラスの者が混じっているAAAC18レベルクラスのチームに対しては、そのままCクラスの者同士で比べればいいが、AABB18のようなチームに対しては、Bクラスの者二人の和に対し、Aクラスの3人の平均値とCクラスのAさんの和それぞれを比べれば、Aさんの仕事振りを確認できる。(分かり易く書けばAABBチームのB+BとAAACチームの(A+A+A)÷3)+Cの差を比らべれたものとAABBチームのA+AとAAACチームのA+A+A)÷3)×2の差を比べたものそれぞれの差を比べれば、上のクラス(B・C・D氏)のチーム貢献度と下のクラス(Aさん)のチーム貢献度の違いが分かる)B氏は、そういった条件を入力して出た結果を指し示し、チームBはAさんのお陰で大きなアドバンテージを得ている事を認めた。が、B氏は乗れているAさんにあえて注意を促した。
「好事魔多し。という言葉がある。コンマ5秒を削り取ることはとても大変で、高い集中力を持続する必要があるが、1秒を失うのは、ほんの一瞬の気の緩みで簡単に無くすものだ。どうか、集中力を切らさず気を閉めて掛かってくれ」と。
午後12時から2時迄の間の時間帯は女性限定や家族限定等のレクリエーション的志向の強いカテゴリーとの混走となるが、チームBの出走予定を見ると、この時間帯の前半辺りに、ある程度休憩時間が取れそうである。この時間を利用して昼食を取ることになった。昼食は応援に駆けつけているそれぞれの家族とともに、愉快な会話も弾み、楽しく過ごせた。地獄から天国へ、そんな感情も手伝ってかAさんの性格では珍しく、終始饒舌であった。
混走時間帯の真ん中辺りと終わり近辺に、チームBの出走予定が組まれていた。中辺りのスティントにC氏が、終わり近辺のスティントには監督のB氏がそれぞれ担当することが決まった。混走時間帯が終わり、コースが空いてストレスのないところでAさんを走らそうという考えだと言う。チームBの本気で狙うべき順位をAさんの走りによって固めるのだそうだ。もはやチームBの戦略はAさんを中心に立てられるのだっだ。
三度目のAさんのスティントが回ってきた。監督は二度目のスティントで与えた目標値、1分47秒6以内でというのがAさんには過ぎたオーダーである事を学習した故であろう、三度目のスティントでは1分47秒625の平均ラップをオーダーしてきた。前回よりコンマ025も甘いオーダーである。このラップオーダーよりも早いタイムを出すことはそう難しくない様に思えた。
現実に前のスティントで何周かはこれより早いタイムでラップできたのだから、自分なりに、もう少し高い目標を掲げてもいいんじゃないか、そうすれば、より彼らに楽をさせることが出来る。何より、今自分は乗れているのだ。少々の無理をしてもいける自信があった。1周目2周目は47秒625のオーダーに対し47秒6を切った。二度目のスティントの時に出された高い目標値をクリアした成績である。まずまずの出来だ。計測終わりラインを越えて車内のモニターで、見やすく大きな文字に設定した大文字を確認したとき、思わず右のコブシを固めガッツポーズをとってしまった。
2周目を終えてスピード制限のあるストレートレーンに戻ってきた。プロのレースならば全開で駆け抜けるストレートで速度を緩める寂しさはあるものの、これが安全確保のため絶対高速度を廃す思想の低速レースだ。エンジン性能意外ヒューマンファクターの極めて少ない区間だけに無くても仕方が無いという考えだ。失うもの以上に得るものの大きさを思うと妥当な取り決めだと思う。
レクリエーション・カテゴリーとリタイヤしたチームが抜けたコースは比較的空いていた。それまではストレート上で停止して間隔調整していたものが、いいタイミングの所に戻って来ると、一度も停止せず制限速度のままストレートを抜け、ストレート最後の方にある速度無制限区間に入り計測スタートラインに突っ込んで行ける。集中力の持続しやすい良いリズムで周回を続けられるパターンである。
ストレートに入ったところで、監督から無線が入る、「Aさんグッジョブ。そのままの速度で走れそうなら、その走りを続けて。でも、無理してるならもう少しセーブしてもいいよ、7秒625までだったら許容範囲だから。くれぐれも無理はせんでくれ」「OK監督。今の走りをキープします」言ってから。よし、絶対7秒の壁を越えてやる。と密かに自分の目標を掲げていた。
彼らがコンスタントに44秒の壁を越えているのだ、同じ人間、同じアマチュアじゃないか47秒の壁ぐらい越えられる筈だ。1コーナー。スリップアングルを最小限に抑えて抜ける2・3コーナーはスライドさせないでクリアする。右に曲がる四つ目の中規模のコーナー進入はややフェイントをかけて早めにリアを流して早く姿勢を曲率のきつくなっている出口に向けたい。4コーナーを抜け、その出口にある縁石に左前後のタイヤを同時にぶつけ、縁石の反発を利用して加速に移る。
左、右、左と続くコーナーを縁石をかすめながら直線気味に抜け、ヘアピンカーブをスピンするが如く大きく後ろを滑らせしかし、滑らせ過ぎに神経を使ってクリア、次に右に緩く折れる角度の付いたコーナーの頂点がいやらしい具合に張り出している、この張り出がなかったらいい具合に次のストレートへとスピードを乗せられるのにと思う。ここをブレーキを使わず若干スロットルを緩める程度で前加重を得てステアする。
ここの縁石の奥は高く、大きく踏み越えると姿勢を乱すので浅く踏みたいところである。しかし、浅く踏むと曲率を大きく取らなくてはならないために減速の割合が大きくなり次の中距離のストレートの伸びに影響が出る。Aさんはここがラップ短縮の鍵になるコーナーだと踏んでいた。上級者はここを巧くショートカット気味にクリアしているのであろう。「ええい。ままよ」っと、高めの速度を維持しつつ縁石に深く切り込む。「ああっ」と思う間もなく右前後のタイヤがリフトして、スタントカーよろしく一瞬片輪走行の様になったが、左にステアして転倒は免れたが、スピンは免れなかった。
くるくると回りながら外側へコースアウトして行く、ここでミスをするドライバーが多いであろう事をコース設計者は見越していたのであろう。たっぷりとラインオフエリアが取られてる。そのお陰で、クラッシュは免れた。「すいません。スピンしました」無線を入れると、オフィシャルが発信するカメラサービス・モード(パーンこそしないが、引き気味の比較的広範囲を捕らえる固定カメラが、フレームインからフレームアウトまでをモニターカメラをスイッチしながら次々とカメラを切り替えて任意の車を捕らえ続けるサービス。通常ピット側では、モニター画面を2画面モードにしてこのカメラ画面とラップデータ画面を常に出している)でカバーしていたのだろう。
「見てたよ。怪我は」「どこにも。でも、すいません」「いいよ。積極的に攻めた結果だから。でも、今の縁石の使い方は無理だ。次からはあんな角度で入っちゃいけない。さっきまでの深さが正解だから次の周からはそれを守って。それから、そこから勝手にコースインしないでね、近くに居るコースマーシャルの指示に従ってよ。つまらぬペナルティーだけは貰いたくないからね。それから、ミスは誰でもするものだから、絶対気にしちゃいけないよ」。
確実な走りを求められる地固めの周回で、つまらないミスをしてしまった。皆に褒められて自分はどこかで慢心していたのか。後に残すべき”捨てラップ”の重要性は、以前のD氏の素晴らしいレースで学んだばかりである。「皆さん。御免なさい」後に取っとかなきゃいけない大事な捨てラップを、こんな中盤で早くも一つ消耗してしまった。悔やんでも悔やみきれない。
監督との無線に、Aさんの気持ちを察した様にD氏が割り込んできた。「大事な捨てラップを使っちまった。なんて凹んでるんじゃないよな、こっちはAちゃんに割り当てる捨てラップをある程度見越してるんだ、今のぐらいは屁みたいなもんだ。だから、次からも積極的に行けよ」優しい言葉が救いだった。「有難う御座います。落ち込んだ気持ちは捨てましたから」自分が自棄になること、皆この事を恐れているのだ。本音は落ち込んでいるのだが、精一杯大丈夫であることをアピールした。
4周目のラップに入るためにホームストレートへ帰るべく、3周目の残りの分を消化するためのコースインをコースマーシャルの指示に従って走り出す折に思い出した言葉があった。「一周だけ早いラップを出すことよりも、本当はミスした後の気持ちの切り替えが凄く大事なことなんだ。その後の数ラップをガクッとタイムを落とさずに走ることが何よりも肝心だ。それが出来れば、また取り返すことも可能になるんだ。諦めない気持ちを持ち続けること。この気持ちを無くして、無為なラップを刻んだらそこでレースは終わる」合同練習の時にそう言っていたのは普段口数の少ないC氏だった。「よしっ」自分は、もう大丈夫だと思った。
気持ちの切り替えに一つの”解”を得た気になって、とぼとぼとホームストレートへ帰るべく走っていると、D氏が、B氏の補足のかたちで、先ほどのミスに対するレクチャーを伝えるために、無線を入れてきた。「高い縁石があっても突っ込み速度を重視して深くカットするライン取りは、その先がストレートじゃなくてレフトハンドかライトハンドに曲がるコーナーが続くんなら無い訳じゃあない。でも次に控えるのがストレートじゃあれは無いな。いいか、あそこは、2次元的には緩いコーナーだから、曲率を小さく取って縁石を深くカットするラインにして、速度を殺さずにストレートの加速に備えたいと思うのは誰でも考えることだ。このコースを走った事のない奴がコース図だけでライン取りを思い描けば、そういうラインをイメージして然りだ。だけど、実際にはさっきみたいなことになるからだめだ。じゃあって中を取って縁石の中間をカットしてもだめ。やっぱりインリフトは起こる。内輪が浮くとタイヤは路面を捉えられない、着地して加重が十分掛かるまで大事なストレートへの最初の蹴り足が得られないって事だ。そうなるとストレートエンドでの速度が2キロも3キロも違ってくる。こうなると、お話しにならないタイムロスになる。だから、正解はストレートへの蹴り足を十分確保するために、縁石は浅くかすめてタイヤの接地を保つ。勿論、そういうライン取りだから曲率は大きくなって速度はそれなりに落ちる。それでいいんだ。もしそこが安定して早い速度で周れる場所だってんならストレートエンドでの速度はかなりのものになるはずで、そうなると安全上の問題とやらが絡んできて、ホームストレートみたいに速度制限と無計測区間の対象になってる筈だろ、そうなってないってことは、俺の言う走り方が正しいってことさね。だからもう一度よく言うから覚えておいてくれよ、あそこの縁石は浅くかすめてタイヤの接地を保つ。当然大きなスライドもご法度、ラフにスロットルを空けるのもだめ。神経を研ぎ澄ませてタイヤのトラクションを感じ取る。これに最大限の注意を払うだけで、ある程度のタイムアップは見込めるぞ、とにかくタイヤが路面をしっかり捉えているのか、いないのか、このトラクションを感じ取る能力、それに尽きるな。この能力が身につけば全てのコーナーで有効に活きてくる筈だ。まあ、そう言われて簡単にそれをモノに出来るほど甘くはないけど、意識してトライを続けるのと、意識しないで気が付くまでそのままになっているのとでは無駄になるラップ数が違うでしょ。常に”このことを”意識してやってみてチョッ。以上」。
「はい、くよくよしないで、次のラップからは、そのことだけに集中して走ります」無線でそう応えてから思った。「そうだ、今日のテーマはトラクションを最大限得る。それだけを特に意識して走ろう」と。「余計なことは考えない。考えるべきことはB氏がやってくれる」とも。
結局Aさんは、9周の第3スティントを1周の捨てラップを含み実質8周で、スティントの平均ラップを何と1分47秒483で纏め上げた。監督のオーダー47秒625から考えて随分優秀なタイムである。特に、ミスした後の周回の方が安定して良いタイムを並べた事に皆の好評価が集中した。「普通は、次のミスを警戒してタイムが落ちるものなのに、その反対をやるとは、そこがいいね」「僕たちは、大きくタイムを落とさなけりゃ上出来だと思ってたんだよ、何かAさん、今ので一皮剥けた感じだなぁ」とはC氏の弁である。
Aさんのグッドジョブに誘発されたのか、我らがチームBの”Aクラス三羽烏”が一ランク早いラップを刻み始めた。Aさんから見れば、超怒号のスーパーラップ連発である。「この人達は、本当に同じ人間なのだろうか」。
チームBはとうとう、18レベル・クラスの暫定3番手に上った。監督B氏の知古の友人なのであろう人が、チームBのディスクにやってきた。「やあ、ミスターB、君んとこのチーム、いきなり4人制カテゴリーにエントリーしてきたと思ったら調子良いんじゃない。どっかから生きのいいCクラスの兄ちゃん見つけてきたみたいだな」B氏とは少し離れたスツールにA氏の隣で腰掛けて休んでいたC氏が小声で解説をしてくれる。「今、うちと同じ18クラスでトップを走っている”チームE”のボス、Eさんだよ」。
「最近3人制カテゴリーじゃライバルが多くなり過ぎて勝てなくなってきたから、(アマチュア中、最高クラスに君臨するAクラス・ドライバー。それは厳しい選考会の審査に合格しなくては得られない特別なクラスである。狭い難関であるにも関らず、彼等は時の移ろいと共に徐々にではあるが、確実に増え続けている。老兵が引退や年齢ハンデが適用される”移格クラス”へ移るなどの理由で、マスタードライバーが減ることはあるにしても増える傾向が勝る。Aクラスに限らず各クラスそれぞれに人が増え過ぎると滅多に勝利できない状態となり競技の魅力が減ってしまう。少な過ぎてもイージーでモチベーションが下がる恐れがあるのだが、そこの所を巧いバランスになるよう人数に応じたフレキシブルな仕切りの細分化が叫ばれ始めている。とりあえず現在は各クラスとも全体的に多い傾向があるので、各クラスを細分化する方向で検討されているのだった。ちなみに、元Aクラス・ドライバーが進むクラスとして用意されているのが、年齢毎に仕切られたマスター・クラスというステージがある。そこへ移格という形で移るが、一つのイベントで競技に参加する”移格クラス”の者が少なくクラス内競技が成り立たない場合は最新の実力を考慮してBクラス以下に割り振られてエントリーできる。この”移格クラス”は下の各クラスにも勿論存在する。また、上のクラス経験者が年齢を理由に、下へ降格され下のクラスで呼ばれることはない。実質は同じでも、必ず最高経験クラス名を入れて呼ばれる。{Aクラス・マスターC}という様にだ。そこに”低速レースを管理する委員会組織”の布くシルバー・ユーザーの誇りを守ろうという配慮が見える。)4人制カテゴリーに鞍替えか。だが残念だったな、4人制18レベル・クラスには、うちか居るからな、ちょっと難しいんじゃないの、君たちはエントリーするカテゴリーを間違えたな。ハッハッハッ」と豪快に笑う。
「Eさんは、レーストラック以外でも牽制するマメなリーダーなんだ。でもうちの監督は基本的にはレーストラックでしか牽制しない。まあ互いに美学の相違があるんじゃないかな。でも、売られたモノは同じフィールドで返すフレキシビリティーと言うか、律儀さも持ち合わせててるんだな」。
「間違いなんかじゃないよ。いやぁ、本気で走らしゃ早いの何のって、あれはCクラスの器じゃないんだ。本当に良い拾い物だったよ彼は、実際にはBクラスはおろかAクラスにも手が届くんじゃないかな。それがCクラスで行けるんだからどんなに美味しいかは、分かるでしょ。美味しさなら君んとこのミスターF氏の比じゃないよ彼、今は懸命にセーブさせてるんだ、もう何でもかんでも行きたがってね、でも後半はいよいよ行かせるつもりなんだ。ミスターA氏は化けるよ。悪いが君んとこ、今お尻に火が点いてるんだ。僕は君のチームの早さはだいたい把握してるしね、この読みの信憑性は高いと思わないか、こんな所で油売ってる場合じゃないよ、チームに戻って懸命に逃げる算段をしないとマズイんじゃないの」。
「ふん、そりゃ楽しみだ。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ」言いながら、急いでチームデスクへ戻るE氏を見送ると、B氏は振り返り、C氏たちの方へ肩をすくませて見せる。それにC氏は親指を掲げて応えた。・・・・・・・・・・・・・・・・・
レースは後半の詰めにさしかかろうとしていた。相変わらず18のトップは”チームE”だった。監督B氏が、モニターディスクの前で計算機を片手に難しい顔をして、メモに数字を並べて書いている。言葉をかけるのが憚られる雰囲気である。まんじりともせず息を殺して横に座っていると、B氏が呟く。「届くか」。
B氏が突然Aさんに向き直り、「次からの君に残された全スティント、全ラップ纏めた平均タイムを47秒3。それを切った数字を出して欲しい」そう言った。これはつまり、Aさんに残された全部の周回で、今レースの自己ベストラップとほぼ同じタイムで走れと言うのだ。チームBで1番遅いAさんに割り振られるであろう周回数は、当然ながら規定最低限である全有効周回数の4分の1だと思っている。
今自分は、その分の70パーセント程度を走り終えてるとはいえ、残りはまだ30パーセントも残っているのだ、これをほぼ全てベストラップで埋めなくてはならない、かなりきついノルマではあるが、B氏の言葉に只ならぬものを感じとっていたAさんは、即座に「はい、解りました」と答えていた。「出来るかどうか分かりませんが、とにかくやってみます」や「無理かもしれないですけど、やるだけやってみます」ではなく「はい、解りました」である。そう言ったのは、そう言わせるだけの迫力があったのだし、監督はやろうとしても出来ないことは言わない人だと信じていた。特に具体的な理屈や算段がある訳ではない、監督が言うのだから、やれば出来る筈だ。それが根拠だった。
A氏が胸に決意を秘め、次のスティントでD氏に代わりマシンに乗り込むべく、ピットレーンのある下に降りて行く。(レースは佳境に入っており、捨てラップ以上ミスを重ねたり、入賞や107パーセント内完走扱いをクリアできそうもないと判断してリタイヤ届けを出すチームがあったりと、走行を続けるチームが減っていて、スティントとスティントの間のウェイティング・レストが無い進行状況になりだしていた)。
B氏とC氏が今後の展開を予想し、作戦を話し合う。モニター画面を覗き込みC氏が呟く「うーんやはりチームEは早いな、簡単には詰めさせてくれない」B氏が受けて「ああ、このFという男が特に早い。判で押した様に安定して早いラップを刻み続けている」「玄人肌の仕事だな」「彼はEが引っ張ってきた男で、Eの会社がスポンサーになってプロデビューさせる腹があるらしいとか」「くそ、そんなのがアマチュアの為のカテゴリーに出るのは反則だな」「プロデビュー前なら合法さ、Eの奴、Fを利用できる最後に、いい思いをしようって考えなのさ。でも、F以外のラップタイムを見る限りうちの方にかなり分があるとは思わないか」「うちと比べる限り、Fのアドバンテージを僅かずつではあるが、他の奴が浪費してるって感じかな、でも、届くかな。確実に間隔は詰まってはいるが、残り週回数を考えると厳しいような」。
彼らが会話する間に、Aさんが”ベリイグッドラップ”を連発しだした。モニターの数字を追っていたC氏が「おい!、B」B氏が「ああ!」何度目かのシャワールームから戻ってきたD氏が「おお!」。チームEのディスクでは、感嘆符の付く声しか漏れない間が一時を占めた。
トラクションを最大限発揮する。
タイヤのというのは、最大限の性能を発揮するポイントは限界点直前が最大になる。だからドライバーはスピンすれすれのポイントにスロットル開度を合わせる。限界点直前だから少しでもスロットルを開け過ぎれば頂点を越えてしまう、しかもタイヤの性質で厄介なのは頂点を越えると緩やかにグリップ性能が落ちるのではなく、スコーンと抜けてしまう様にガクッと落ち込む。だから、それに対する反応が鈍かったり、遅かったりすると、スピンしたりホイルスピンしたりタイヤロックしたりとタイムロスやノータイムの原因になる。だから競技者は、この危ういタイトロープの上に止まれるよう細心の注意を払って走らせる。
もっとも、タイヤグリップ性能を極端に落とし、その逆に耐久性を極端に高めるという特異な特徴をもつ低速レース用タイヤを使い従来のレースに比べ言ってみれば特異なパラダイムにある”ロー・スピード・レーシング”では、特異な走法セオリーがある。従来のターマック(舗装路)レースでは、高いグリップ性能のタイヤを使う故にグリップ走行に徹して走らせることがセオリーであるのに対し、低グリップタイヤを使う場合では、タイヤを意図的にスライドさせた方が早いケースが多く、これは絶対速度こそ違えどグラベル(未舗装路)を走るラリー競技に通ずるものがあろう。
しかしラリー競技のSSと呼ばれるハイスピードセクションでは、未舗装路でも尋常ならざる速度で走る故にスライドさせる場合には、正確で素早い反応速度を必要とする。それに対し”ロー・スピード・レーシング”では絶対速度が遅い故ラリー競技ほど素早い反応速度は求められないかもしれない。しかし、遅い故の難しさもまた存在する。それは、遅いが故にG変化もまた小さいのである。
ドライバーがタイヤと路面の接地状況を把握する場合、視覚からのインフォメイション、ステアリングから伝わるインフォメイション、Gの変化によるインフォメイションがある。この内のGの変化によるインフォメイションが速度が遅い故、小さいのである。この事はある意味ではハイスピードで走るラリー競技よりも難しいファクターと言えよう。そんな小さなG変化によるインフォメイションを頼りに最適な舵角、最適なスロットル開度をマシンに与えることが求められるのである。
話をトラクションに戻そう。スライドさせるという状態は、タイヤのグリップ限界を超えた状態にある。頂点を越えると急速に性能を落とすタイヤの性質は先に説明した。しかし、矛盾するようではあるが、タイムを出す為に使われるドリフトでは”頂点を越えた所”を使う技術である。頂点を越えると急速に性能を落とすグリップの性質を持ってはいるが、頂点を越えた時点で急転直下突然0になるという訳ではない、勾配はきついが右肩下がりの急傾斜がつくグラフラインになる。この急傾斜の上の方を使ったドリフトが、スライドしながら、しかもマシンを前に押し出そうとする力も有する”タイムの出せる”早いドリフトになる。ちなみに下の方を使ったドリフトではマシンを前に押し出そうとする力を多くは得られない。横方向のGに抗するグリップも大きく失っているのでリアが大きく振り出す。
加えてそれはスピンを回避する為に大きな舵角を取る事にもなり、相乗的に大きなタイムロスとなる。これはドリフト経験が浅い者が陥り易い状態である。急傾斜の上の方を使ったドリフトはとても狭いセグメントであり、ここをキープしてコーナーを抜けるには、より高いGのセンシング能力と、その意識を細やかな操作として実現させる為の高い操作能力が求められる。
しかし、これはこの低速レースを嗜む者なら、実現出来るか否かは別として、誰でも理屈だけは知っていてそれを実践できるよう意識することは、必然と言える大前提であり、その大筋を知らぬ者などまず皆無であろう。勿論A氏もこれを知っていて、いつも意識の真ん中に置いて走らせているつもりである。しかし、である。あの大きくスピンした後の、無線を介してD氏のトラクションに関するレクチャーを聞いて。”そんな事、当然知っているのに、今更”とは思わなかった、あえてD氏が指摘するということは、深い意図があるのだと半ば天啓を受けたような感じで受け取った。
考えてみると、やれ「ライン取りは」だ、「ブレーキングは」だ、あれこれ留意する事が多すぎて、殊更トラクションを最大限発揮させることを中心に置いて走ったことはなかったのだ。「そうだ、これに注意を払って走ることを最大限意識してみよう。その他留意すべき点は体が覚えている筈だから大丈夫だ」と思い立ったのである。これが、当たった。余計な責任感や気負いは抜け、とてもいい心理状況で全走行を走らせることができたのだ。出来もしないのに高い目標を掲げて、焦りながら走ってもいい結果は出せはしないものである。変な意識を捨て、ほど良い緊張感を維持出来る心理状況を得たAさんが、出せる限り最大のパフォーマンスを発揮できたことは、取り立てて不思議な事ではない。
己に任された長めのパートを走っている途中で不思議な感覚に陥った。己の四肢の先に四つのタイヤがあって、そのタイヤの”気持ち”が四肢を伝わって分かるようになってきたのだ。タイヤとテレパシーで話が出来るような感覚とでも言おうか、集中が成せるハイな精神状態だったのであろうが、今まで体験したことの無いこの感覚は不快なものでは無く、タイヤを含めたマシンと己が一体となった、いつまでも走っていたいそんな心地よさを伴うものであった。
前輪タイヤが語る。「この舵角でアンダーを出さないでラインをトレースするならもう少し過重をくれ」後輪タイヤが「蹴り足が強いまま脱出姿勢を作りたいのならもう少しスロットルを開けてもいい・・・ああそうだそこまでだ、その量をキープして・・・ここだ、ここでじわりと開けろ、開ける速度はそれでいい、それならワシは最大の蹴り足トラクションを出してやる」こういった会話ができる。勿論、このようなイメージであるというだけで、言語を使った具体的な意思疎通ではない会話である。
マシンから降りたAさんは、完全燃焼できたと感じていた。これで全有効ラップの4分の1を走りきった。Aさんが最低限走らなければ成立しない周回数をこなしたのだ。もし仮に、ここでAさんが腹痛でも起こしてサーキットを辞さなければならなくなっても、チームEのレースを完走させることは適う。Aさんは、ああ「やっと自分の責任が果たせたのだ」と思った。自分に課せられた責任を無事果たせた、今はその満足感で十分満たされていた。後半に入ってAさんが担当するスティントが多い嫌いがあるようにも思えたが不確定要素の多いAさんの担当分を早めに消化させて、残りをベテランAクラスの人たちが作戦を遂行する方が確実度が高いであろう、そういった意向はAさんにも十分理解できたし納得してもいたのである。
Aさんから引継いだC氏のスティントが終わった時、チームBは18レベル・クラスの暫定2番手に上っていた。後は前に件のチームEがあるのみである。A氏のグレイトジョブとでも言おうか、殊にCクラスの走りとは思えない内容が、件の計算式に図ると”チームB”とクラストップの”チームE”とのギャップを大きく埋める内容を示した。B氏がチームEの監督E氏にかましたハッタリが図らずも現実になった観がある。これにより大局的な見地で勘案するに”チームB”がクラストップに立つ算段が俄かに現実味を帯びてきた。
Aさんの何かに目覚めたような変化はチームBにとって、この類の僥倖はもう無いだろうと思えるようなものであった。しかし、そんな僥倖はまだあった。監督B氏が、ドライバーになって走るこの何度目かのスティントで、先にA氏の魅せたグレイトジョブが霞んでしまうようなパフォーマンスを示したのだ。連続する5周の平均ベストラップのトップに名前を乗せたのである。これを”ベスト5ラップス”という。
勿論、現在レース進行中であって暫定ということになるが。それにしてもB氏はAクラスであって、このレースの最高クラスに属すのであるから、総合のトップとしてしか名前を記すことが出来ないのであり、今レースの現在まで、連続する5周で彼より早く走った者は誰もいないということなのだ。1周だけのベストラップこそ逃したものの、集中力を5倍要する”ベスト5ラップス”はベストラップを取るより難しいと言われている。それ故ベストラップよりも格は上である。(ゴルフで言うホールインワンよりもアルバトロスの方が難しく、出る確率は小さい。そんな感覚に近いだろうか)”チームE”のF選手の様な実質プロといえるAクラスユーザーも少なからず参加している今レースで、これはやはり快挙といえるであろう。
Aさんは思い出していた。ドライバーとして下へ降りて行くB氏の只ならぬ決意の眼差しと彼のコメントを。 「あの時のAさんには、無理な注文を出したが、結果はそれ以上の仕事で返して貰った。タイトなオーダーだけ出しておいて出した自分はそれと思えるものをクリア出来ないじゃあ示しがつかないからな、まあ一つ狙ってくるよ」そう言っていたのだ。その時、AさんにはB氏が何を狙っているのかよく分からなかったが、これで漸く分かったのだった。
B氏が汗を拭きながら上に戻って来る。3人がB氏に労いの言葉と賛辞をそれぞれ掛けると素直に喜びを示したが、B氏の美学なのか、殊更大きな事を成した印象は見せなかった。「とりあえずこれで僕は、君たちに無理を言う権利を得ることが出来たかな」D氏がおどけて応える。「まあ我が”チームD”のオーディションには辛くも合格ってとこかな」Aクラス諸氏達の会話には控えめだったAさんも、良い仕事をして自分のレースを終えたと思っている安堵感からか珍しく会話に割って入った。「Bさんの個人リザルトにいい記録が残せそうですね」「嬉しい事言ってくれるねAさん。チームの大ボス気取りのD氏とはえらい違いだ。でもね、たぶん現実は甘くないよ、これから総合優勝を狙えるような20レベルチームで、捨てラップに余裕のあるチームの何人かが、大詰めで個人賞を狙いだしたら、自分などトップに5も残れないだろうから、まあ、5ラップス・オブ・ベストの誉は砂上の楼閣ってことなんだろうな、悲しいけどたぶんこれが現実になるだろううね」氏らしく、至ってシュールである。
ザ・トライポッド・ミーティング。
オフィシャルが執るレース段取り、進行の具合で、他のチームが走る間、しばし4人がチームBのディスクに揃う時間が取れた。
B氏はおもむろに頷くと皆に向かって「このポジションから狙う目標を掲げたい」と切り出した。D氏の軽口が出る「目標ったって、そりゃ最初から決まってるでしょうに、この位置からなら最初の狙いどうりにクラス優勝しかないでしょう、手堅くポジション・キープなんて言ったら怒るよ俺は」B氏は「まあ、ね。そうなんだが」そう言うと、Aさんに向き直り「悪いがちょっと外してくれないか。別に仲間外れにしようっていうんじゃないんだ。ちょっとした意図があって、君は聞かない方がいいと判断した。気にしないでくれ」そう言われて、Aさんはその場を離れる。D氏はAさんの寂しさをケアする目的なのであろう、直ぐに声を掛けた。意外と優しい人なのである「まあ気にするな。いつもこうやって睨みあって集中力を高めてるんだ、言ってみりゃ俺たちの儀式みたいなもんなんだな」D氏は、この鼎談を氏の造語なのか一般に有る言葉なのか知らないが「我々のこれを名付けてザ・トライポッドミーティングと言う」とおどけた調子で言った。Aさんは、一抹の疎外感を感じはしたが全く気にしていない素振りで場を外したのだった。ベテランAクラスの三氏がどんな作戦をとるのか、Aさんの全周回が終わって、肩の荷を降ろせてから聞かせて貰えるそうである。だから、それを楽しみに、後は自分に残された周回を余計な事を考えないでベストを尽くす。ただそれだけに集中することをアドバイスされた。
そう考えて、次の走りも頑張ろうと改めて決意してから、気付いた。「はて、おかしいな」とAさんは首を捻る。自分の計算だと、自分に与えられたスティントは既に終わっている筈である。一回のスピンアウトで捨てラップ1を差し引いて全有効週回数の4分の1は既に走っている筈なのだ。だから自分はこれから後のレースは観戦者として見られる予定だと思っているのだ。あれは言葉の文というやつか。
それぞれのチームに対し”数周”が与えられる捨てラップ。それを途中で全部消費せずに有効周回数分走りきると、ボーナスの様に残った捨てラップ分だけ一か八かの渾身のアタックが敢行できる。そのアタックに全部スピンで失敗したとしてもリタイヤにはならないからだ。
その渾身アタックをAクラスの者が成功させると、Aクラスの者が出したラップ・リストの中から。成功させた数だけワーストタイムを捨てラップとして充てることができる。ただしそのワーストタイムを差し引くとそれを出した者が周回数不足になるという場合には、自動的に良いタイム側へ捨て候補が飛ばされ、捨てラップとして充てられても周回数不足にならない者のワーストタイムがそれに充てられる。そういうロスを回避する意味で、周回数に捨てラップ分の余裕を過不足無く持たせておくのはレースマネージメントの定石である。
4人制の場合。周回数の条件は、4人それぞれが25%を走る事を基本としている。ただし同じクラスの者同士ならばこれに有余が設けられている。つまり、クラスが異なり下のクラスになるAさんは絶対に25%以上を有効周回数として担当しなくてはならないが、クラスの同じB・C・D氏に課せられる条件は、20%以上、最大35%となる。例えば有効周回数が100周のレースなら、A・B・C・D氏それぞれが、25周を担当しても良し。またAさん25周で、B・C氏が20周、D氏35周でも成立するということである。
下のクラスの者は、最低周回数以上を担当しても差し支えないが、当然ながら絶対速度の遅い下のクラスの者を最低周回数のみに止めておくことも、またレースマネージメントの定石になる。いくらクラス以上の速さがあるとの評価を3氏から頂戴したAさんであっても、Aクラスの3氏のタイムには到底及ぶものではない。こういった理由からAさんは「おや」と思ったのだ。だから自分の出番は終わっている筈なのだと。B氏は計算ミスをしているのだろうか。彼らの鼎談が終わった後に、確認を取ってみようと思った。
”ザ・トライポッドミーティング”が終わり、チームデスクに座るB氏にそのことを尋ねると、案外「ああそういう訳なのか」という答えが返ってきた。
「今の時点で、規定周回に不足しているのは僕らAクラスの周回分のみだけれども、捨てラップを残せたなら、詰め幅の大きそうなクラスの者がそれを消化するのがセオリーなんだ、これから走る我々の詰め如何で判断は変わるが、このレースの走り始めと今を比べて落差の大きいクラスのワーストラップを無効にできれば、チーム全体の有効なトータル・タイムを小さくすることが出来るだろ。そうなると、さっきの君のラップと走り始めの君のラップの落差を考えると、Cクラスの君が締めの走りを担当することがセオリーになるね」B氏の言葉を聞きながらAさんは、「ああ、これはまだ体の真に灯っている火は消してはいけないんだな」と、再び、俄かに張り詰めてくるものを感じていた。
B氏は続ける。「君はこのレースの途中で何かに開眼した感がある、自分の中で何かを見つけたんじゃないかな。レース中というのは珍しいが無いわけじゃないがね。(これは、本番レース以上にレーサーを育てるモノ無し。練習嫌いのD氏の考えを裏付ける様で、練習に大きな意味を見出しているB氏には面白くないのだが)その目覚める前の走りを目覚めた後の走り数ラップと交換できたら僕らチーム全体のトータルタイムとして考えても旨いって事になるだろ」「ああ、なるほど」と相槌を打つと、「でもね、事はそう簡単に考える訳にはいかない。それはレースをするのは機械じゃなくて人間ってことなんだ。ここに単なる数学では計算できない要素が入るんだな」「えっ、ああ、そうですね」人間が走らせる。当たり前のことを、なぜ言うのかその真意を測りかねて、変な相槌になってしまった。「本当は黙って君に、気楽な消化ラップだからと言って最後の走りに送り出したかったんだけど、君がラップ数云々を気に掛けているんじゃ作戦変更だな。勿論君の作戦構築力での能力を過小評価してた訳じゃないんだけど、君が僕らに下駄を預ける風の、これまでの君の有り様からそういう手に出たんだ。さっきのミーティングを外して悪かったね」B氏に謝られてAさんは恐縮してしまった。
これは、大変なことになった。Aさんは藪をつついて蛇を出してしまった様な、聞かない方が良かったような、変な後悔めいた心理になっていた。しかし、最初はこのレースに”おっかなびっくり”で臨んだAさんが、何と、その反面「これは面白い」とさえ思える心の余裕も自分の中の一部にあるのを感じており、そんな自分に改めて自分自身が驚くのであった。
Aさんの戸惑い。
D氏はコース上の人となり、B氏はモニターを睨んで微動だにしない。そんな中、Aさんは感慨深げに自問自答していた。そしてそれは、いつしか呟きとなって隣で腰を下ろすC氏に聞いてもらうという形になっていた。
トラクションを殊更意識して走らせた後半の走りに、B氏は「何かに開眼した感がある」と評してくれた。C氏は「一皮剥けた感じだ」とも。そして先ほどB氏からまだ出番があるかも知れないと聞かされた時に感じた「これは面白いぞ」という観想。これは自分の中で一つの成長があったのだろうか、ついこの間やっとCクラスに上がったばかりの自分が、このレースの本番中にそれが適ったのだろうか。いや、そんな馬鹿なとも思う。そんな甘いものだろうか。
誰でも初心者の頃はある。その頃の事を思い出していた。この低速レースという趣味を嗜むようになって、初めはエントリークラスのFクラスからキャリアはスタートする。自分は始めて数回の練習走行で、だいたいのコツを掴んだ気になっていた。コースで知りあいになった人から、経験年数を聞かれて「へぇー凄いね、その経験であんな走りができるとは」などと団栗の背比べの中で驚かれたりしたこともあり「もしかして自分には、この道の才能が在るのかも」等と言う高慢な幻想を懐いたこともあった。
山育ちだった自分は子供の頃からアルペンスキーに馴染んでいた。シーズン中は、基礎スキーも競技スキーも子供の遊びの様に毎日滑っていた。そんなことから、コーナーのクリッピング・ポイントを競技スキーの旗門を抜ける感覚で抜けていた。クリップからクリップを結ぶライン取りには、より綺麗な弧を描くべしということは教則本から教えられる以前から感覚として知っていた。
全く初めてだった体験走行の時は、車とスキーという異なったマテリアルでの先入観から何の共通項も見出せなかったが、少し走りこんで慣れると驚く程多く、スキーとの共通項を発見することができた。中でも、自動車レースの横に滑らせないグリップ走行と横にスライドさせるドリフト走行の違いは、カービングで雪を切るようにして横にズラせない滑りと、ワイパーのようにズラして滑る滑走方法の違いにとてもよく似ていた。グリップ走行を維持すべきコーナーではマシンに取り付けられているサスペンションの”気持ち”が判った。
スキーで体軸を遠心力に耐えうる形に整え、適度な内倒量と適度な外向外傾を作って、カービングを維持しながら曲率を大きく(曲がりをきつく)していくと、あるポイントに達した所で、己の足が悲鳴を上げだす。スピードと半径の関係に因っては己の静止自重の何倍もの加重が足に掛かるのだ。雪面は、まっ平らではないのでギャップに対してショックを吸収する用意が必要である為に、ヒザを軽く曲げておく。この行為の為、遠心力の為に増大する己が荷重に耐えるのは専ら大腿部の筋肉である。ヒザを伸ばしておけるのならそれを担うのは骨格であって、大腿部の筋肉以上の遠心力Gに耐えうるで在ろうが、限界の低い、もしくは鍛えようの足りない己が筋肉は、限界点に達すると筋肉の破裂を避ける自己防衛本能からか、無意識に雪面を切る様にして最適な角度で捉えていたスキーのエッジ角を緩めるのである。すると綺麗な細く鋭い弧を描いていたシュプールは、途端に無残で醜い幅広のものへと変貌を遂げ、曲率の浅い惨めなものを雪面に残す。その代償として脚部に掛かっていた恐ろしい程大きな加重は、嘘の様に雪面を抉る不快な振動と共に足下に消失してしまうのだった。
スキー・キャリアのターニングポイントとなる筈だった大きな大会で、確認したくもないタイムを記しゴールラインを超えると、コーチに叱咤され己のトレーニング不足を悔いた。学生時代のAさんは、こうして幼年時代より密かに思い描いていたショナルチーム入りの夢を絶ったのである。特に惜しむ声も聞かれずスキー部を辞すると、後には、社会人になってこのレースに廻り合うまで引き摺ることになる喪失感だけが、燃焼しきれない澱の様なもとして、心の底深くに小さく残った。
そんなスキーの経験を持つAさんだからこそ優位に作用したことは多い。他のドライバーでは気付かないモノがあったり、違うアプローチをして効果を上げることができたこともあった、サスペンションの”気持ち”が判るような、そんな気になるのもその一つであろう。増大するGのと、あるポイントで己の大腿部が耐えきれなくなってエッジ角が甘くなり、スキーがズレ出す感覚は、サスペンションの限界が、(というより現実はタイヤ・アドヒージョンの限界点なのだが、タイヤもサスペンションの一部という解釈からこの表現をよしとしたい)訪れる感覚と似ており、このポイントを他のドライバーよりも敏感に察知できる。これがアドバンテージになるのだ。
しかし、団栗の背比べの中では結構なアドバンテージになっていた事も、Dクラスに上がった辺りではパタッと影を潜めた。当初これまでと同じ勢いでCクラスに上がれると踏んでいた読みは見事に崩れ去った。万年DクラスはAさんの代名詞となり、経験年数と在籍クラスの相対レシオは、とうの昔に”才ある者の勢い”として体裁を失っていた。
Dクラスという位置づけは、低速レースを嗜む者達からは「並みのドライバーの中では、そこそこ巧い。中・上級者」と言った捉え方がされている。Dクラスのレースを主戦場として楽しんでいる、というドライバーは多く、適度な関わり方をするユーザーの中では、満足できるクラスと言えるであろう。ここに長く止まることに託つ(かこつ)ものは何もない。
しかし、上昇志向の強いAさんは不満であった。こういう関わり方も一つのあり方ではあるが、クラスアップに重きを置く価値観はストレスの多いものであり、一般的には流行らない拘りである。勿論、全ユーザーにとって上のクラスの者は憧れの対象であるし、上がれるものなら臨むことに吝か(やぶさか)ではないが、それが適わぬと嘆くより、己が得られるクラスで楽しむことが、賢い関わり方であるとの考えが主流である。しかし、そういった拘りをもつ者が、クラスアップを果たした時の喜びは、拘りを持たない者の何増倍もの振幅の差があるだろう。
技術のブレイクスルーというものがあると、その分野で大きな発展が望める。蒸気機関や電気照明の発明がブレイクスルーとなって、それ以後の産業や文化が急加速した様に、個人のレース・テクニックにもブレイクスルーといえるものがあると信じる。Aさんには実際その様な経験をしたことがある。
Cクラス以上の上級者が口を揃えて、リズミカルでチャレンジングなコースと評される名物コースがAさんの生活圏内にある。Aさんはそのコースを頻繁に訪れ練習を繰り返していた。しかし好きでそこに詣でていた訳では無い。当時のAさんはそのコースが嫌いであった。嫌いな理由はコースレイアウトにあって、そのコースのある一つのコーナーがどうしても巧くクリアできないのである。そのせいで後に続くコーナーにリズムよく入って行けなくて結果的に大きなタイムロスになってしまうのだ。
問題のコーナーは大きく深く左に回り込んでおり、おまけに奥へ行くほど曲率がきつくなっているのだ。その後に続くコーナーが右にきつく曲がるコーナーで、その前の嫌いなコーナーの出口でインに張り付いた状態で脱出姿勢をつくらなくては次のコーナーでイン・イン・アウトになってしまって速度が稼げない。絶対にその右コーナーではアウト・イン・アウトでなくてはならなかった、しかし件のコーナーが中々そうさせてはくれないのだ。車はブレーキを掛けることによって前輪側への過重が増す、この状態でステアするとアンダーステアを出さずにノーズが内側へ向いてくれる、しかし件のコーナーはだらだらと回り込んでおり前輪過重を得る為に出口付近までブレーキを残そうとすると止まる様な速度になってしまう、むしろ途中でスロットルを開けて速度を維持したいのであるがそれをすると、前輪の過重が抜けアンダーステアが顔を出して出口付近でアウト側に膨らんでしまい、その場所は次の右コーナーに対してはイン側に相当するのであって、イン・イン・アウトの憂き目に会うのである、Aさんはいつもアウトに膨らまない様にしかも速度を落としきらないようにして中間的なライン取りで誤魔化していた。
それでも右コーナーの次に左右に連続してくるコーナーの最初の左コーナーではブレーキは必要なく加速したままで抜けていた。これは、その前でクリアした右コーナーでの脱出速度が遅いことを意味している。Aさんがそのコーナーを攻める上級者の走りを観察すると、必ずブレーキランプが点灯するのだ。(レース用車両でも自走して来ることが前提であるから、公道で走行できる一通りの保安部品は付いているのだ)これは、そのコーナーでブレーキングが必要なほど速度が上がっていなければならない事を意味する。そこの左コーナーでそこまで加速できる様にするには、元を辿れば件のコーナーに原因があることは明白であった。何度トライしても件のコーナーを巧く抜ける事が出来ない。もうここのコースは走りたくないと何度思ったことか。生活圏内には他に幾つもサーキットがあるというのに、そんなに嫌いなコースへ足繁く通ったのには訳があった。
Cクラスに上がる為には、ここのコースでの公式走行テストは必須項目であったのだ。多くのクラスアップの場合は、過去に走ったレースのリザルトから勘案されて、仮に下に止まりたくとも成績が良ければ嫌が上でも自動的にクラスアップが決定されるのだったが、(弱い者の中でお山の大将を続ける事が出来ない仕組み)殊Cクラスへのクラスアップに限っては、短期間に突出して良い戦果でも出していない限り、ここの走行テストの結果が必要になっていた。
Aさんは件のコーナーの攻略法をいつも考えていた。マシンを巧く走らせるのは、気合や根性でなく、物理的な理由が適ってなくてはならない事が大前提であることは弁えていた。ある時、違反ではあるが、もしもこれが合法であったならと考えてみた。勿論そんなことを実行する気は毛頭無いが、想像して現状の袋小路を打破するヒントにでもなれば、という思考的試みだった。
現状では一つのブレーキペダルで4つのタイヤに作用させているが、これをスイッチ操作した時にだけ前2輪だけが作用させるように改造したならば、その方法は有効だろうかと考えてみる。そうした場合、どういう操作方法をすることになるだろうか、スイッチ操作してブレーキングする。前2輪だけが制動作用しているから、制動面では4輪制動より不利であるが加重移動には・・不利で・・あれ。しかも、前2輪だけが制動と舵取り操作を担いオーバーステアに陥り易く、ああこれは駄目だ。いやまてよ、最後の方で軽く加重移動させる為に使うというのはどうだろうか、その場合ブレーキ操作しながら加速もしたいから右足1本だけじゃできない、だからレーシングカートの様にブレーキ操作は左足でスロットルは右足でという風に行う、そうすれば前輪加重したまま加速が適うか・・・!!。その時閃いた。別に違法改造などしなくとも動力輪に動力を与えながら軽くブレーキ制動を掛けることは可能であると。
つまり、左足でブレーキ操作して同時に右足でスロットル操作をすれば前加重の姿勢でトラクションを掛けることができるじゃないかということをだ。こういう走法はまだ試した事が無い、やってみる価値は十分ある。勿論、ブレーキペダルとスロットルペダルを同時に使う事は違法ではない、その証拠にヒルアンドトウは日常茶飯である、使う足の数は問題ないだろう足一本で操作しようが二本使おうが構わない筈だ。
実際に試すと、期待した以上に効果があった。件のコーナーにアウトサイドから入って中間点をやや過ぎた辺りでインベタに走路を維持するライン取りをする、更に曲率がきつくなってゆく最後の辺り、無策で臨んでいたいつもなら、ここでアンダーステアを消す為に前加重を得るべくスロットルを戻し前側が遠心力の下僕になりたがっているようにムズムズしているのを騙し騙しして脱出ポイントまで無為の空白時間に耐えるのだった。が、今回はスロットルをそのまま軽くあけたままの状態を維持し続け、空いている左足に登場願ってブレーキ操作を同時に行う、すると車速は早いままなのに前側が気持ちいいくらい従順にインに切れ込んでいくではないか。
そうか、これか、こういうことだったのかと、解を得たことを確信した。最適な姿勢から次の右コーナーへアウト・イン・アウトの理想的なラインを描くことが可能になる、しかも結構な速度を維持しながらである。その次に左右に連続するコーナーの最初の左コーナーでは当然ブレーキが必要な程に車速が乗っているのだった。Aさんはこの時初めて、己の前に厚く阻んでいた壁を破ったのだ。テクニックのブレイクスルーを得たAさんは、更に丹念に根気よくそのコースを走り込み洗練を進め、ものにしていった。その域にあってAさんは、このコースをリズミカルでチャレンジングなコースと評するようになっていた。勿論、大好きなコースの筆頭である。
こうしてAさんは、念願のCクラス・ライセンスを獲得し、純粋な上級者達の末席に着くことを許されたのである。
そんな事を思い出しながら、いつの間にかC氏に訥弁ながらも昏々と語っていた。C氏に掘り下げて聞いてもらうという意識が特にあった訳ではなく、何となく呟き程度に吐露したのだったが、巧いタイミングで相槌を打ち、時に肯定され、時に質問されている内に、気が付けば、つい多くを語ってしまっていたのだった。C氏の本業は建築設計士ではなく本当はセラピストなのではないかと思うほど実に巧みに語らせるのである。
C氏は「そういう戸惑いは、僕にも経験があるよ」と言い、C氏の向こう側に座るB氏に同意を求めた。B氏はラップデーターの分析が忙しく、こちらの話は聞いてないと思ってたのに、実はしっかり全部聞いていた様であった。「君は、特に的確なアドバイスをしてくれる者がいなかったのにも関わらず、Cクラスまでステップアップしてきた。これはある意味でそれなりに才能がなくては適わない事だと思う。もっと自信を持っても構わないんじゃないか。僕が声を掛けたのも、非凡なものを君の走りの中に感じたからなんだ。荒削りだけれど得がたい資質があるよ絶対に」AさんはCクラスに上がるまで随分期間が掛かってしまったことを上げ自嘲気味にB氏の説に抗する。
B氏は更に抗し諭す「上級クラス入りする人達の中でも色々なタイプがあると思うんだな。最初から大きく伸びる者もいれば、最初は躓くけど、あるきっかけで大きく伸びる者もいると思う。君は後者に属するタイプなんだ。そう信じて前に進むしかないんだよ。それが事実かそうじゃないか、本当の答えは過去を振り返って見られるほど年月が過ぎなきゃ判らないんだ。どうせ潜在的にある資質や、もしそれがあったとして、それを引き出せるか否かは直ぐには判らないってんだったら、いっそ開き直ってみようじゃないか、だから肯定的な材料を探して自分に自信を持ち、事に当たる。シンプルなもんさ。たった一つの進歩に戸惑ってる暇はないよ、まだまだ見つけることは沢山あるからね、日々淡々と前に進むのみ。もっとも、これは君だけじゃなくて僕らにも、全てのアスリートにも言えることなんだけどさ。ただ、忘れちゃいけないのは、反対の気構えに思えるかも知れないけれど、自信を持つ事と同時に、奢らない事も欠かせない。自分に自信を持ち且つ、慢心しないよう謙虚な気持ちで技に磨きを掛けることを続けることは、どんなレベルに達しても怠れない事だ。そして何よりも大切なことは、楽しむこと。どんなレベル、クラスに在っても楽しむことを忘れてはいけない。この”楽しむということ”がこのスポーツの本質なんだ」。
Aさんはいたく感心してしまい、素直にそういう気構えで臨む事を彼らの前で宣言できた。何となく迷いがふっ切れたと言おうか、禊(みそぎ)が果たせたとでも言おうか晴れやかな気持ちになっていた。そのあとふと、普段思っていた素朴な疑問を口にしてみる。「Aクラスというのは考えられる限り、アマチュアが到達できる最高クラスですよね、そのクラスに到達してもやはり野心というのか、上を志向する意思というのか例えばプロになりたいというような希望は持っているものなのでしょうか」。
B氏は達観したかのような表情を見せ答える。「Aクラスもピンキリで色々あってね、プロ並みに巧いのから、Aと言えるか疑問を持ちたくなる輩までいる。プロ並みに巧ければ、プロになるかと言えば一概にそうじゃない、つまり、職業としてレースに臨む志向があるものがプロとしてデビューして、職業としてレースに臨む意思の無い者はアマチュアとして止まる。ただそれだけであるような気がするな、プロはAクラスの上にあるという認識は間違いだよ。そりゃ巧い事が飯の種なんだから練習量が多く、サーキットラップ・マイレージは圧倒的に多いだろうから、より巧い者が存在する可能性は高いだろうがね。僕らの様に本職があってレースは趣味、というスタンスに満足を覚える輩の方がレースを楽しむという観点からすれば上何だと思うよ。これは、Aクラスに限らずどんなクラスにも言えることだろうが、プロは基本的にお金を払ってもらうチームのボスが存在する、観客が存在する。その人達に対する責任もある。注目度や尊敬度も高く目指す者も多いだろうが、楽しむという事で測れば決して頂点じゃないと思うな、どこの世界のプロもそうだろうけど、自らも大いに楽しめ、ボスを満足させ、観客の支持も多い選手はプロ全体の中のホンの一握りのトッププロのみだろう。そこに入り込める実力も気力もあるなら、アマチュアとして楽しむ以上の魅力があるだろうが、それでもプロかアマかの選択が出来るなら僕らはやはりアマを選択するだろう、その理由は簡単だ、レースへの関わり方を一貫してシンプルでいられるからね。一昔前の低速レースがこの世に存在しなかった世界では考えられなかったことだけれど。大前提としてまず、衣食住が十分に賄え、その次にレースへつぎ込めるモノが捻出できる。そんな”ごく一般的な庶民”ならば、スポンサーなしの自己資金のみでアマとしてレースへ関われる。それが普通のこの世界なんだ。だから、ボスの為に良い成績を出して注目を集める責任もない。来シーズンの契約にビクビクすることもない。シンプルに純粋にレースを楽しめるのはアマだけの特権だとも言えるだろうね。だから僕らはアマでいることに満足しているんだ」。
C氏が違う観点で補足する。「でもね、最近ではアマチュアとして楽しむ為に、”低速レースを管理する委員会組織”の人達にもう一働きしてもらう必要が生じ始めているんだ」。
長年の付き合いが成せる阿吽の呼吸とでもいうのだろうか、長広舌が必要となりそうな場面では、必ずB氏がそれの苦手なC氏の話を引き継ぐ。
「最近いろんなレースに参加して思うのは、参加するクラスそれぞれの人数とのバランスが崩れているということなんだ。簡単に言えば、開催され供給できるトロフィーの数が参加人数の数に対して少ないと言うこと。これは、今現在A・B・C・D・E・Fの6クラス存在し、単純に誰もが参加できるレースならば6個の優勝トロフィーが用意されていることになる。このレースに参加する人数が60人で各クラス10人ぐらいが同じくらいの実力者達を相手に戦いをしていた頃は良かったが、競技者人口が増え。レースに参加する人数が600人で、各クラスに100人ぐらいが参加し、その枠組みの中でもピンとキリでは大きな実力差が生じて、つまり同じクラスであっても上と下とではかなり実力差のある相手と戦いをしなくてはならなくなっている。そうなると上の者は優勝トロフィーを手に出来る確率が高く、下の者は頑張ろうとするモチベーションも沸かないくらい優勝確率が低くなる。釣り人が30回釣りに出かけて、30回ともボウズだったら、釣りの趣味を止めたくなるだろう。せめて30回行けば、2・3回は大物を、それ以外でも一寸した釣果が欲しいところだろう、ボウズでも後ちょっとで大物を上げられそうだったのにバラしてしまった、この次こそ。何ていうエピソードでもあれば案外満足度は高いものなんだよ。でも”当たりもクソもない30回ボウズ”の様なそういう状況が続くと低速レースのユーザー離れが懸念される様になり、この産業やそれを取り巻く関連産業が停滞を起こす。これでは拙い。どんな状況でもモチベーションを絶やさず続けるコアなユーザーにも悪い環境になって帰って来るから彼らも無関係ではいられない。業界全体が拙い方向に向かう前に対策しなければならない」Aさんは不安になって聞いた。「いったいどうすれば・・・」。
B氏が片目を瞑って答える。「大丈夫、彼等は気付いているよ。”低速レースを管理する委員会組織”の公式コメントが載っている”ロー・スピード・レーシング・ニュース”に”クラス細分化の更なる必要性”という記事が掲載されていたよ。それによると各クラスにハイ・ミドル・ローという仕切りを設ける方向で調整が進められているそうだ。そうなると最大18の仕切りが出来ることになる。しかし、ただ単純に仕切りを増やせばいいというものじゃなくて、今度は”強敵がいなくてモチベーションをなくす”事態を警戒しなくてはならなくなる。簡単に言えば、”簡単には勝てないが、ある程度頑張れば勝てる。”という状況を意図的に監視調整できるようにフレキシブルな仕切りの設定が望まれている訳で、例えばBクラスのミドルとローとCクラスのハイはユーザー層が薄いのでこの3つを合同クラスとして扱い、レースイベントではこの3つを1つのクラスとして扱いそこに1つだけの優勝枠を設ける等とする。こんなフレキシブルな仕切りをするように、ユーザーの数と仕切りの関係を。もっと突っ込んで言うなら、ユーザー数とそのレベル毎の分布に相応しい仕切りの設定が大事になってくる。こういうことを加味した新たなレベル分けが”低速レースを管理する委員会組織”によって現在検討されてるそうだ。これが実行されれば、今よりももっと多くのユーザーがそれぞれ等しく、現実的に優勝という目標を掲げてレースに臨む事が出来る様になるだろう。万人が高いモチベーションを得られれば、この低速レース文化が更に盛り上がるようになる。ちなみに、年齢や経験年数というファクターを加えた形で仕切り方法を決める案件は、レースイベントを企画する側が独自に行っている今の形式で、今の所静観する構えであるらしい。問題や整理の必要になった場合には公式に着手も在り得るそうだが」。
その話を聞いて、AさんはCクラスにステップアップを果たした時に、ふとよぎった一抹の寂しさを思い出した。「Cクラスに上がれたことは喜ばしい事だけれど、Dクラスの中では結構良い成績のレースが沢山出来たのに、Cクラスのレースでは、しばらく下の方でフィニッシュするパターンが続くんだろうな」という事を。しかし、先に聞いた”新しいレベルの仕切り”が施行されれば、Cクラスでも、またすぐに、簡単ではないなりにも、良い成績の出せるレースが出来そうである。楽しみな良い話を聞いたと思った。・・・・・・
Aさんは、B氏が語る言葉に深く感心し、低速レースという文化の関り方に大きな影響を受けたことを実感していた。B氏はシンプルに己の哲学を結んだ。上昇志向を持つことは間違いじゃないが、しかし、それのみに苛まれるのは詰まらない事だという、今いる自分のフィールドを”楽しみなさい”常に今を楽しみその結果上に行ければそれも良し。いけなくても又良し。と。・・・・・・
D氏がマシンに乗り込み走り出す準備をしている。D氏との無線の具合を確認していたC氏が確認を終えB氏の横で呟く「チームEさんはそろそろトータルタイムが読める頃合かな」B氏が受けて「ああ、奴らの作戦は”エースのF先生におんぶに抱っこ作戦”だろうな」B氏は先の反省からか、その横にいるAさんにも分かりやすく話す。「エースのF先生が規定目一杯走り。Bクラスの2人が規定最小の全体の2分の1を担当してボスのEはやっぱり最低ラインの5分の1担当ってところだろう、実に分かり易い作戦だ。更に彼らの走りは完成されている。まあ彼らの中ではという意味何だが、悪く言えば変化が無い伸びが無い、これは又不確定要素が少ないってことでトータルタイムを想定し易い、これも又分かり易いんだ。まあそれでもかなり高いハードルではあるんだけどね」B氏がAさんに語り聞かすつもりなのだろう、モニター画面から視線を外しコーヒーを手に取りAさんの方に向き直る。
「ミスターF氏のような超上級者になるとラップタイムの振幅が小さい、それもとても早いタイムを連発して刻むんだ。早いタイムを連続して出すという事は、ドラマ性、意外性は無いんで地味な感じはするけど、実はこれは凄い事であり、大きなアドバンテージになる。ポジション争いが重要な、実車をオーバーテイクするレースでは、いくら後ろの者の方が早く走る能力があっても、肝心な所を押さえられてオーバーテイクできなければ負けになってしまう。そういう性質のレースでは有利性はあるけども圧倒的な有利にはならない。けれども、実車をオーバーテイクしないこの様なレースの場合には、とても有利に働くんだ。ミスターF氏のようにレースの初めから終わりまで、あの様なタイムを連発し続けることは我々Aクラスの3人でも簡単には真似ができない。アマチュアである我々にはラップタイムに波がある。勿論、プログラムで働く機械じゃないんだから当たり前な事だけれど。そこが、ほとんどプロであるミスターF氏とアマチュアである我々の違いかとも思う。では、我々はミスターF氏の居るチームに勝てないかと言えば否である。どうして勝てる見通しが立つか分かるかい」Aさんには首を傾げる事しかできない。
B氏は続ける。「ミスターF氏には恐らくまだ余力があるだろう。つまり、もっと早く走れるモードにはなっていないと思う。なぜそうしないかというと、そうしなくとも勝てる見通しがあるからだ。もっと早く走れるモードで走るにはスピン等のリスクが伴う。リスクを負わなくとも勝てるのなら負わない。1秒差で勝とうが10秒差で勝とうが同じ勝ちだから、無用なリスクを負う必要は無いという理屈だ。しかし、そこに我々の付け入る隙があるんだ。我々はリスク覚悟で渾身の走りをする。これは皆の総意で決まったことだ。Aさんには確認が後になってしまったが、そういうことで良いね」勿論、Aさんにも異論はあろう筈がない。直ぐに首肯して賛同の意を表す。
B氏は続ける。「4人制では1人が全体の5分の1以上を走らなくてはならない。嫌でもミスターF氏に劣るEが最低周回数の5分の1は走らなくてはいけないし、Bクラスの2人に至っては全体の半分を担当しなくてはいけないんだ。で、今、コンサバティブ(堅実)な走りを続けるミスターF氏の残りの周回数は捨てラップ分を含めても後は幾らもないんだな。それに対し我々は3人だからまだまだ有る。我々の走りを見て、ミスターF氏があわててリスキーモードに切り替えて逃げ出しても、残り周が少ないから知れているって計算なんだな。まあ、口では簡単そうに言ったけどキツイ線ではある。けれども、Aさんが良い仕事してくれたからこの見通しが立ったんだから、我々もここは一つAさんの仕事振りに応えようじゃないかって気概なんだ。モチベーションは高いよ」・・・・・・・・・
モニターのグラフ表示。
D氏が走り出した。
B氏が手招きをして、D氏の送り出しから帰ってきたAさんを呼ぶ。モニター画面の前に座ったAさんに解説をする。「我がチームBと現在クラストップのチームEとのタイム差を、スタートから現在までを表したグラフで表示する画面モードに切り替えて見せてあげよう」B氏が幾つかある画面上のボタンをクリックしてゆくと、画面には右肩上がりに移行する赤と青2本の線が映し出された。「この上を走る赤い線がチームEで下の青い線が我がチームBだ。線が交差することなくスタートからずーっとトップをキープしていることが分かるね。スタートのドライバーにいきなりエースのFを走らせていることから、多分監督のEの奴は最後まで一度もトップを譲らない完全クラス優勝を狙ってるってことが考えられる。18クラスには手強いライバルは無いと踏んでのことだろう。俺たちも舐められたものだなCちゃん」右隣にいるC氏に同意を求める。C氏は「それでは、精神的に彼等のノーズ・ボーンを折ってさしあげまるとしましょうか」と英国貴族よろしく紅茶を啜って答える。
B氏が続ける「ここへきて、そろそろ監督Eは自分の采配のミスに気づくだろう、もはや遅きに失した感があるがね。先に話したが、最終に近いセクションでミスターFを前半から多用してきたつけがくる。Aさん、このグラフじゃタイム差の移行具合を把握しにくいだろう、もう少し見やすいモードに変えるね」B氏は再び画面上のボタンをクリックする。すると上の赤いグラフ線が、水平に横一直線になり、下の青いグラフ線が下がったり上がったりの線になる。B氏が解説する。「この上の線は、チームEの今現在までのトータル・タイムを終了分の周回数で割った数字を、過去の周回数毎に1つずつ積算したグラフを、見やすい様に水平にしたのが上の赤い水平の線だ。これがチームE。それに対し時系列を弄らずにその時々のタイム差が表してあるのが下のジグザグになっている青い線。これが我がチームB。これは、チームEの平均タイムに対して、我がチームBがどのタイミングでどれだけ離れ、近づいたが一目で分かるようになっている。勿論チームEの時系列を弄らない、平均ではないグラフで見ることも出来る」言いながらB氏がクリックする。すると画面は、上の赤い水平の線はそのままに、下の青い線がより激しい起伏の線になる。「今は、我がチームのそれぞれのドライバーがどんな仕事をしてきたか、その時の相手が誰かとは関係無しに把握したいから前の画面に戻って解説しよう。まず、スタートに近いタイム差」グラフは、傾斜の殆ど無いとてもなだらかな線を描いて下がっているが、途中から勾配のきつい下げ傾斜になる。
B氏は「ここがAさんのパート」と示す。Aさんは思わず「うへっ」と唸ってしまった。そしてまた緩やかな傾斜が続き、再びきつい傾斜になる。「ここもAさんのパート」Aさんは恐縮して「あい、すいません」と言うと、狙って笑いを取ろうとした訳ではないが、B・C氏とも穏やかな笑顔になる。中盤に向かって下へ下へと離れ続けた青い線は、真ん中やや過ぎた辺りでついに下げ止まった。右肩上昇を緩やかに始めた青い線はある場所から急上昇する。「ここもAさんのパートだ。君の手柄が現れている」「はぁ、あっ、ありがとう御座います」そして再び急上昇。やや行って、又急上昇。「Aさんのパートは、前半のロスを完全に返上して。チームに大きな貢献をしてくれた事が見て取れるね」現在に近いところで、またまた急上昇。「おっと、これは僕のパートだ」Aさんは、「ああ、あの暫定”ベスト5ラップス”を出した時のスティントだな」と思った。
淡色の赤い線と思われた線も良く見ると所々薄くなってピンクっぽくなっている部分がある、これはAさんの周回に対応した部分が変色しているのだが、意味はこの部分の一周あたりの平均値はチームEのBクラスの2人を合わせた平均値の積算となり、それに対応するチームBのグラフに見るAさんのパートは薄い青になっている。これは、対応する周回に出したAさんのタイムに、Aクラスの3人全員の平均値を足して、それを2で割った値が反映されているのだ。なぜこのような複雑な演算が施されるグラフが設定されているかというと、単純にライバルとのタイム差をイメージとして捕らえ易くする為の狙いがある。このサービスは、”低速レース愛好者”を増やしたいオフィシャルが発信する一つの試みである。ちなみに先にB氏が説明した「チームEの今現在までのトータル・タイムを終了分の周回数で割った数字、云々」というのは正確には間違いであるが、B氏はこれを正確にAさんに伝えることは重要じゃないと判断し、間違っていてもグラフの意図するものが分かり易いようにということで採った説明法であった。
「今度はチームEのドライバーそれぞれの実力を見てみよう」B氏がクリックすると、今度は下の青系の線が水平の真っ直ぐの線になり、上の赤系の線が折れ線になる。この線の特徴は、ある区間で右肩上がりの傾斜が付き、それ以外の濃い赤の線は、緩やかな右肩下がりの傾斜が付いているパターンが続く。パターンを崩しているのは、淡い色の部分で前半寄りに右肩上がりの傾斜形が点在し、後半寄りにはやや傾斜のきつい右肩下がりの線が点在する。
「このグラフから読み取れるのは、チームEは、ミスターF氏に依って今の地位を築いた事が改めて浮き彫りになったってことだ。もっとも我がチームBも後半のAさんの走りで大きくチームEに詰める事が出来たという内容が良く分かるんだけどね。だから、今から我々は他チームから”エースのA先生におんぶに抱っこ作戦”などと言われないようチームに対し、Aさんの仕事に負けない貢献をしなければならない。名誉挽回をせねばね。Cちゃん」急に矛先を向けられたC氏はジョーク混じりのリアクションで、背筋を伸ばして「頑張ります」と、新人選手の様に答える。
こんな話をしていると、先ほどからストレートの待機場所で止まっていたD氏から無線が入った。「あと3台が出たら俺の出番だ。ターゲットタイムを教えてくれるかい」B氏が応える。「今スティント8周のオーダー・アベレージは41秒53以内で」「2分と、かい」「これは省略して失礼した。”1分”と41秒53以内で」「鬼!」「クリアして帰ったら、黍団子を褒美にやるよ」「ウー、ワンワン」。
主従関係の無茶苦茶な昔話でスタートしていったD氏はこのスティント8周のアベレージ・タイムを41秒528で纏め上げた。走り終えたD氏を迎えたC氏は「グッドジョブ」を連発していた。B氏はD氏と直ぐに交代して待機位置にマシンを運んでいた。後半も終わり近くになってくると、リタイヤチームが増える関係でコースが空きだしプロの耐久レースの様に、ワン・スティントの周回数はチームが自由に決められるようになる。
交代時にマシンのコンディション等を伝える短い会話の中でB氏はD氏に、アベレージ・タイムを41秒52を切る事を宣言したのだと言う。D氏は「41秒52を切れたら、今度は俺がそのタイムを短縮し返してやる」とライバル心を燃やしている。「スピンしなさんなよ」とC氏が茶々を入れる。果たしてB氏は宣言を実行した。アベレージ・タイム、1分40秒862。
「ヒュー、凄いなB先生、随分乗れてるなー」C氏が感嘆の言葉を漏らす。「彼もチームリーダーたる姿勢を見せる必要があるからねぇ」D氏は次の自分のスティントで前言を適えられなかった時の為に布石を打った。・・・・・・・・・
C氏は、B氏からの指示、7周の平均を41秒5以内でとのオーダーに、判で押したように安定した1分41秒48±コンマ02以内という、ある意味神業的ラップを並べた。スライドさせる要素の多い低速レースで、この安定ラップは、余りに玄人的でカッコイイ冴えである。4人の中で一番下手で、だから表立って発言できないAさんは心の中で「シブい技の冴え」と密かに評していた。・・・・・・・・・
かつてD氏とB・C氏との出会いの頃の話を聞いたことがあった。それは彼ら3氏がまだCクラスで走っている頃のことである。B・C氏は幼友達で、同じようにレースに対するセンスや才能も近いものがあり、低速レースを始めたのもクラスアップしていったのもほぼ同じタイミングであった。D氏とは、Cクラスの3人枠で耐久レースにエントリーの予約をしていた折に当時のCクラス仲間が仕事の関係で急遽出場できなくなってしまった。その仲間が責任を感じて代役にと紹介したのが、同じCクラスで走るD氏であった。当時のD氏は耐久レースに魅力を感じておらず、一匹狼としてスプリントレースに単身エントリーし、徒党を組んで走る奴らを打ち負かす事に矜持を感じている様な、どこか斜に構えたところのある取っ付きにくい印象の男だったと言う。そのD氏が仲介者の顔を立てる格好で不承不承チームBに参加したのであったが、D氏は、B氏の采配と走りの見事さ、C氏の温厚ながらも、その温厚さからは想像できないアグレッシブで切れた走りにすっかり魅了されてしまった。特に両者とも才ある者であるにも関らず反衒学的な態度に好感を持った。B・C氏もD氏の初印象とは対極にあるような繊細で天才的な走りに惚れ込んだ。かくしてこのバランスのいいメンバー構成から成る、知るぞ知るゴールデン・トリオが誕生し今に至るのだそうだ。・・・・・・・・・
劇的な瞬間はD氏のスティントの時に起こるのか・・・?。新ソフト。
「よし、ロックオンした。君のテイクで決めよう。D先生、今からのラップ、全部41秒を切ってくれ。やったな、これでオーバーテイクの栄誉はきみのモノだ」無線を通してD氏が叛意を示す「ふざけるな。そんなタイムを並べるのは無理、オーバーリスクだ」「さっき僕のタイムを抜かすって言ってなかったっけかな」「君が一番安定して早いのはわかったよ」B氏はゴリ押しをする「今走ってるチームEの奴は、もろ猿顔だったぞ」と。横で聞くAさんは「!!」だ。このやり取りの展開にAさんはちょっと呆れた。この大事な場面で何という事を言うんだ、B氏らしくもない、そんなことでD氏のモチベーションが喚起できるのだろうか・・・あれは、あの日のコメントはD氏得意のジョークだろう、D氏が件のレースに優勝した酒の席で、自分はそんな話をB氏の前で披露した記憶はあるが、さすがに格式の高いこのレースじゃ緊張感がなさ過ぎるだろうと思う。それにチームEの人達を先ほど見てきたが、皆整った顔立ちをしていた。彼らを指して猿顔はない。これは些か無理があるなとAさんは予想した。声音がワントーン下に変化した声がスピーカーを通して返ってくる。「猿だと・・・」「猿だ・・・」「・・・そうか、猿か。俺が猿に負ける訳にはいかんな」「そうだろうよ、だから行け」「わかった」!!。うそだろ、D氏のモチベーションが喚起された。
C氏が訳知り顔で、あえてAさんが思ったことと同じことを指摘してチャチャを入れるとB氏は「人間は皆、猿と同じ祖先から、わりと近い所で枝分かれして進化している。猿と人間の相違はDNAの割合で言うと1・6パーセント程度だというじゃないか。猿に似てない人間なんて皆無なんだよCちゃん」横で聞いているAさんは、人の塩基対は30億程もあるというのに、その塩基対の1・6パーセントなら膨大な違いがあるのではと思った。C氏が「じゃあ君の物差しでは、巻尺でシャーペンの芯の直径を測るようなもんで、似ている似ていないなんて語れないじゃないか。こりゃサギだな」そう言いながらAさんに、C氏が片目を瞑って「猿云々ってキーワードは、最大パフォーマンスを要求する時の、彼等どうし暗黙の約束事のようなものだよ」とそっと教えてくれた。
D氏の方から無線を通じてオーダーが入る。「じゃあ皆がビックリする位凄い、名付けて”ザ・グレイト・スーパー・ラップ”をたて続けに出してやるから、そっちの方のすることは、余計なインフォメイションは無しで、いつものタイミングで(コーナー中ではない、横方向にGの掛かってないストレートのタイミングの事である。集中の必要なコーナーリングの最中は動物的な感覚を顕在化している最中であるから、そんな時に、無線のインフォメイションを聞き、それを理解するのは邪魔になる。おろそかには出来ないことではあるが、ストレートに入りスロットルを開けるだけの操作なら動物的な感覚を100%使う訳ではないので邪魔にはなりにくいのだ)ギャップタイムだけを細く知らせてくれ。デット(debt借金・遅れ)がストック(在庫・マージン・追い抜いても)になっても同じタイミングでインフォメイションを続けてくれ」そう言われてB氏は何か閃いたらしく、自分のバッグから薄い冊子を取り出して開いた「それなら、丁度いいオフィシャルが開発中のソフトがあるんだ。これは、試験的にこのレース参加者に無作為に選んだチームとしてうちが選ばれたことで提供してもらったやつなんだが、使っても使わなくてもいいからってことだったけど。折角ならこの機会に試してみよう、そっちのモニターには既にインストールを済ませてあるから、起動は直ぐにできる筈だ」D氏が訝る「合法だろうな。歓喜のゴールの後で失格だった。なんて絶対にゴメンだからな」「勿論、オフィシャル提供グッズだけに、公式のルールに適合するものだから、その方面の心配は無い。もしこれが不快であったり、集中が削がれるようだったら直ぐにソフトをキャンセルしてくれ」B氏がソフトの説明を始めた。
その説明を脇で聞いていてAさんは思い出していた。進歩したレース・ナビゲートシステムが開発中である事を衛星テレビのロー・スピード・レーシング専門チャンネルのニュースコーナーで見たことがある。それは、自分がライバル視する車を設定すると、タイムアタック中にライバルに対し遅れているのか勝っているのか、もしくは、抜いた瞬間や抜かれた瞬間が、より動物的な感覚として意識に取り込める様に工夫されたもので、視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚、Gフォースの感覚のうちの聴覚を刺激するものである。理想は視覚を、つまり実車を見てその感覚を取り込むのがベストであろうが、そうするにはフロンとガラスをスクリーンにして仮想車を映し出すという方法となるであろうが、ハレーション等クリアする項目が多く、即ちコスト的に現状では無理がある。しかし、音で感覚に取り込ませるなら安くて済ませられる。(レース用品が、一般消費者の大きな需要を見込めるこの世界では、いずれスクリーンの”視覚”は実現するであろうが、順番として”音”が先になる)。
その具体的な内容はこうなる。あるライバルに対し数秒負けていたとする。それを渾身のアタックで詰めて抜き去り、更にアドバンテージを稼ぐというシュツエーションの場合。レーストラックに埋め込まれたセンサーの横をライバルの影が掠めるとモニター側のスピーカーからプッと一つ音が鳴る、その後自車が実際に掠めると再び同じ音で鳴る。距離が遠いとこの二つの音の間隔は遠く、近づくと間隔は狭くなってゆく。更に近づき音と音との間隔が狭くなってゆくと、人の聴覚は生理的にその音の周波数よりも高い一つの音として聞こえるようになる。更に近づくとより高い音として聞こえるように移行して行く。
この現象は感覚的に捉えるには有効に作用する。二者が並んだ時には最も高い音になる。そしてオーバーテイクを果たすと、その瞬間に1オクターブ以上低い音に変わる。(この変化は人為的に成されるものであるが、高から低の変化を採用したのは、同じではないが、ドップラー効果のイメージに近いからという理由からだった)そのまま抜きつ抜かれつを繰り返せば、その度に高い音と低い音が交互に変わって出てくる。抜いてそのまま引き離してゆけば、段々と低い音になり、更に引き離してゆけば、抜く前に鳴っていた音よりも低い二つの音の認識となり、車間が離れればその音の間隔も離れて行くというものだ。(これは生理的現象を利用したもの)音と音の間隔が、次の音と音との間隔に干渉し、認識に混乱をもたらすくらい離れてしまうと、そのシステムは音を出さなくなる。
再び前に新たなライバルが現れ、音と音との間隔に干渉されない距離に近づけば、オートで音出しモードになり、再び音のインフォメイションが始まる。本来この音は、コンソールのセンター・スピーカーからではなく、ヘルメットの耳の近くで、無線用のインカムの邪魔にならない場所に仕込んだ小さなスピーカーから出す予定であるらしい。
これが普及すれば単独でアタックするスタイルのレースであってもライバルを目視して走るような感覚が得られ、モチベーションを引き出すのに苦労しなくても済みそうである。また最終周で十分アドバンテージがあるのにも関わらず「抜かれるかも」と、無理して無用な頑張りをし、結局スピンして勝てるレースを失う。などという馬鹿げたレースメイキングをしなくても済みそうである。これは実際にドライバー1人で参加するケースでしばしば見られる悲劇である。
これのめどが立つ以前は”低速レースを管理する委員会組織”は悩んでいた。一台一台が別々にアタックするスタイルが基本である低速レースは、前を走る”ライバルを視角に捉え、それに追いつこうと頑張る”という状況を作ることができない。そんなスリルに満ちた感覚を実感できないのは低速レースの魅力を削ぐ一因にもなる。そのことが問題であった。
これが同時にスタートするプロのレースならば視角にライバルを捉えることが出来る。ロジカルに組み立てられた作戦を実行し冷静に走るプロでも、目視で前を走るマシンを捉えられるようになると、やはり熱くなると言う。タイヤ・マネージメント等のロジックを忘れついつい早めに大きくスロットルを開け、反ロジカルな行為に出る。そこに人間味が出て、本人も見ている方も魅力を感じるのである。
またこの商品は、プロが予選アタック等で使うことも有効であろう。プロのレースでも予選アタックではライバルの姿が見えないのだからだ。しかし、この商品を機能させるにはサーキット側にも設備投資が必要になる。それは、レーストラックに細かく無数のセンサーを埋め込まなくてはならないのだ。レース車両それぞれの車速を考慮し、人間が感覚的に把握しやすいピッチになるようにも考慮した間隔である必要がある。
影を追うレースはプロのレースのように、実体がそこにない訳だからブロックラインを採ったり、前車を観察して弱点を見つけノーズを捻じ込むというような行為はなくなり面白さでは劣るが、純粋に人の能力を競う意味ではこちらの方が優れているとする向きもある、しかしそれも苦し紛れの感は否めない。実は、「しょうがない」というのが本音なのではないだろうか。ではなぜ、プロのレースのように全車一斉に「ヨーイドン」で競わないのか。
それは単に、低速レースユーザーの”経済的負担を増やさない”という、そのポリシーに”解”を求めることができる。そういったポリシーを掲げるのにはこの文化を成立させている背景に大きな理由があって、こうして低速レースが繁栄を続けられるのは、多くのユーザーが参加する事で有機的な消費が促され、それに関連した産業が活性化し、それにつられて社会全般も活性化することにある。この形態が崩れ、ユーザーの参加コストが高騰し始め、底辺のユーザーが脱落し始めると、悪循環が始まり高騰化が加速し始め、関連産業の衰退となる。
全車一斉に「ヨーイドン」をやると接触などのアクシデントがつきもので、それは平均的参加コストの増を意味するのである。加えて素人ばかりの世界では、プロの社会のような接触に対する暗黙の了解は望めない。一般道と同じ責任を追及し合う恐れがあるのでは、面白いレース楽しいレースなど望むべくもない。当然トラック外で弁護士を立てて争う行為は、無用なコスト増を招くだけである。だから、単独で走りその結果マシンをぶつければ、自分、もしくはチーム内で折半するだけの責任で解決できる。そこに他者に対する責任も弁護士も介入する余地は無い。だから単独アタックの形態が採用されているのだ。
このレース・ナビゲート・システムの仕組みについて、もうひとつ説明を加える必要がある。ライバルが走る姿として設定されるライバルの影の速度は、ライバルチームがそれまで走ったものの有効ラップ全てを考慮した平均値で割り出される。勿論、割り出された一周の速度はストレートで速く、コーナーで遅いという、実車が物理の法則に則って走る速度として適うよう、その場所場所での平均速度として割り出される。この速度の配分を施すことで、あたかもライバルが今そこに居てバトルをしている感覚が得られるのだ。
このシステムは、ライバルの姿とされる影を、完全に確定してマーキングする訳ではないことも断わっておかねばならない。ライバル・チームに対し先攻で走っている場合は、その周回目はまだライバル・チームは実際には走ってない訳であるから、ライバルの影はライバルの平均値によって出されたものを追うことになる。だから、当然ながら抜いたという結果が出たとしても、ライバルの現実の走りで、その周回を頑張って走って平均値を上げたなら、逆転される、その可能性を残す事になる。逆に抜けなくてもライバルが現実の走りでしくじり、自身が逆転できてしまう事も有り得る。また後攻めの場合は、当然ながらその結果は動かない。
テレビ番組の締めの言葉で印象に残ったのは、「このようなシステムが幾ら発展しても、無線を使って人の声で、叱咤激励することは絶対必要で、これによってドライバーは、安心したり、気を引き締めたり、慰められることで諦めずにレースに臨めるのだ」という言葉だった。
劇的な瞬間はD氏のスティントの時に起こった。
D氏のスティント前半の相手は難敵F選手である。そのF選手が担当できる最大周回数も残りわずかである。D氏は半ばプロと言えるF選手を相手に善戦した。しかし、F選手が最後の意地を見せD氏の詰めを許さず、逆に少し離して彼のスティントを終えた、そう思われたのだが、しかしF選手はもう一周走った。「馬鹿な」とB氏は思わず漏らす。そして次に「Eの奴やりやがったな」と、にやりとした。
実は、監督EのイージーミスによりF選手を予定より一周多く走らせてしまったのだった。さすがにその周で気付いてピットインさせたが、下手を打ったのは消せない。まずやることはないが、万が一残った捨てラップ以上の周回数を走らたならチームは失格になってしまう。とても乗れているD氏の追撃を引き離す流石のパフォーマンスに出来るだけ頼りたい心理は判らないではないが、この先何があるか判らない情況の中、つまらないミスで保険であり心理的支えである捨てラップを一つ減らすのは、ただ単に保険を一つ失う以上の打撃になる。タイム的に見れば、バラつきの少ないF選手のワーストラップが一つ減るだけなので大きなマイナスとはならない、むしろF選手のラスト一周の早さを考えると決して悪い手ではないのだが。それを走らせるタイミングがどう取り繕ってもミス采配にしか見えず、焦りを露呈したような、到底格好の付くものにはなりえない。
F選手に代わって、出てきたのはオーナー・ボスであり監督である同じAクラスのE氏だった。先のミスによる動揺を見せない大した走りであったが、これの相手としてD氏では役者が違った。同じAクラスでも「D氏とE氏とでは、”Aクラスの中のAクラス”と”Aクラスの中のFクラス”ぐらい差がある」と、今はまだ施行されてないクラス内の仕切りを持ち出してB氏は評した。
相手がE氏に代わって3周目、チームEはそれまで不動だったクラス首位をついに明け渡した。これで、まずひとつEの目論見を下した。「Eは一度もトップを明け渡すことなく勝つという、綺麗な完勝の青写真を描いている」とB氏が指摘したのは、レース中盤頃の随分早いタイミングであった。その根拠は、エースのF選手を早めに多用することから、「悪趣味なEのことだから有り得る」と読んだのだった。それを読んだ上で「Eの野郎舐めやがって、見てろよ」と、チームBは、後半に爆発するという、オーソドックスな対抗策で臨んだのである。トップクラスのF選手であっても、相手が油断ならない者だと知らないのだから、序盤中盤の走りで無用にセーフティー・マージンを減らしてアタックを続けることはしない、必要十分に走ってローリスクで勝てるならそれに越したことはないのだ。
彼の走りは、トップクラスらしい理に適った玄人肌のペース配分であったのだ。タラレバを言うなら、最初からチームBの実力を把握していたならこういう展開にはならなかったであろう。もっともこのレースで覚醒した感のあるAさんの走りを、当人を含めて、チームBの中でさえ誰も把握できなかったのであるから、Eが事前に”新生チームB”の実力調査を敢行していたとしても無駄であった筈だが。
当初イージー・ウィンと高をくくっていたチームEのオーナー・ボスEは”一度もトップを明け渡すことなく勝つ”という綺麗な完勝のシナリオを描いて墓穴を掘った。後ろに付けていたチームEの思わぬ強力な詰めに、精彩さを欠く展開になってしまっている。これでチームEの再逆転を阻めばE氏の目論見を完全に下せる。
現在、E氏を抜いて更に引き離すD氏の走りを見る限り、チームBに隙は無いと思われる。己の周回を残すB・C氏の事を鑑み、同じく周回を残す相手の顔ぶれを思うと些か早いが勝ちを意識しても良いと思ってしまうのだ。とは言っても、”好事魔多し”という事もある。スピンを、残る捨てラップ数以上に重ねればそこで終わるので、慎重を期したい所である。しかし、相手は残りの捨てラップ数も少なく、渾身のアタックが全部成功しても、その数を考えると稼ぐべき貯金もそれ程多くは必要はないであろうから、それに見合うだけの貯金を十分貯めてしまえば、後の采配は当然2位とのギャップと残りの周回数を見ながら流せばいいので、スピンを伴う恐れのある大きなリスクは考えられない。D氏のスティントが終わった後で走る、B・C氏の更に蓄えるであろう貯金を考えると。十分確率の堅い見通しと言えるだろう。
これは高度な攻防を駆使したレース経験の浅いAさんでも分かる展開になってきつつある。この作戦の立案と、それに沿って実行された内容を改めて客観的に見ると、思わず唸ってしまう。やはり凄い、見事なレース・メイクである。B氏の冴えた采配には感動せずにはいられない。・・・・・・・・・・・
監督のオーダー通り、全部のラップで41秒を切って走り終え、その大役を果たして戻って来たD氏を皆は称えた。マシンから降りるとD氏は「ああ、面白かった。思うんだけどさ、俺ってこういうレースがしたくて、これを始めたんだよな。皆んな、美味しいとこ貰ちゃってありがとうね」と語った。・・・・・・・・・・・
オーバーテイクの興奮が一旦落ち着いたところで、B氏は新ソフトの使い心地を尋ねた。水を向けられてD氏は、ぶっつけ本番で使ったそのソフトのことを、実は早く話したかったらしく、再び興奮して語った。「あれ、凄くいいな。絶対に”使える”。さっそく俺のマシンにも付けよう。なぁ、あれ何処で売っているんだ。俺も、すぐに買うから」「だからアレを使う前に言ったでしょう。まだ売ってないって」「何でだよう。嘘つけ、じゃあどうしてここに有るんだ。Bさんよ、どこで買ったんだ。白状しろ」「例え万が一手に入っても他のコースじゃセンサーなんかのインフラが追いついてないから使えないよ」「じゃあ、いつから使えるんだ。早くその”ボウフラ”を整備しろ。即刻使えるようにしろ」。
興奮気味で、けたたましい感想が続く。・・・・後から聞いた話では、そのソフトの開発スタッフから感想を聞かれたD氏は、絶賛の後で「一匹狼が使う事を想定するなら、コーナーリング中でない所で、ギャップ・タイムを人の声で知らせてくれる音声インフォメイションが欲しい所だろう。ああ、このピッピッは23デットなんだ。このピピッは8デットで、このブッブは11ストックだ。と判れば、自分は20ストックほど貯金を貯めようと目標を掲げていた場合や、数字でレース全体の割り振りを考えている場合、”ブッ、ブッ”の間隔が20ストックなんだと、イメージが数字に置き換え易いことは大きい。現状と目標の差を数字としてもイメージし易いことは、考える負担が小さくて済むことになるからね」と元一匹狼らしい感想を述べ。止せばいいのに、柄にもなくインテリぶって「まあ、ペダンチックな言い方にはなるが。右脳の感覚を左脳の感覚としても共有できるようにするちゅーか、あれっ左脳の感覚を右脳のって言うのが正しいんだったっけか、まあいいや、そういうことなんだよ。とにかく解るだろ俺の言いたいことが」とまあ、少しインテリ振ることには失敗したようであるが、それでも相手方は貴重な意見を貰ったと喜んで帰って行ったという。
D氏は開発スタッフ達の御礼として、現在そのソフトに加えることを検討中のものを、そっと教えてもらった。その内容は、三つ巴の戦いの場面で真ん中のポジションにあるとき、先行車とは”音”で、後方車とは”視覚”でイメージを伝えようという試みで、出来るだけ目線を動かさなくとも視界の中に入る位置に設置したランプの明かりを使い、アドバンテージがある場合は青で音の様にパカ、パカッと二回の点滅の間隔でイメージを伝え、並ばれた時には赤の高速点滅に変化し更に引き離されれば赤の点滅間隔が遠くなってゆくというものなのだそうである。D氏は「試作品が出来たら是非自分に使わせろ」と言っておいた、とも言っていた。・・・・・・・・・・・・・・・
不可解なオーバーペース。
見事なオーバーテイクを果たしたD氏からB氏に交代し、B氏がD氏の走りに劣らぬ走りで大幅にストックを溜め込んでいった。そして更にC氏に交代した頃には、もう既にチームBのクラス優勝は素人目にも手堅いという感があった。C氏も先ほど走った他のAクラス2名に劣らぬペースでラップを刻んでストックを増やし続ける。もうチームBのトップの座を脅かす勢いのあるチームは見当らない。
これはあくまでAさんの私見の域を出ないのだが。クラストップの地位を維持する為のセーフティーマージンは既に十分稼いでいる筈であるように思える。敵のF最強選手の出番はもうない筈で、捨てラップを使って出てきてもまず届かないだけあるし、仮にこっちが捨てラップを全部消化しても、それでもいけるだけのものがある。残りの選手に対してはF選手ほどに警戒しなくてもいいと思われる。だから、そんなにプッシュする必要はないと思うのだが、しかし、B氏のプッシュを指示する向きは終わる気配を見せない、無用なプッシュは無用なリスクを増やすだけで、「10秒差で勝とうが1秒差で勝とうが勝ちの価値は等価である。だから無用なリスクを負わずに済むのなら1秒差で勝つ方を選ぶべき」と言っていたのは、たしかB氏であったと記憶しているのだが。あるいは自分の考えの及ばない所でまだ高度な攻防が繰り替えされているというのであろうか。自分には全く解らない。なんだか悲しくなってきてしまう。正直な気持ちを言うなら「何を考えてるのか理解に苦しむ」のだ、これもまたレースが終わったあとでB氏に真意を伺いたいところである。・・・・・・・・
捨てラップを返上しない?。
チームBはこれで全員が規定周回数をクリアした。残るは捨てラップ分の消化だけである。2位に付けるチームEが幾ら頑張っても届かないほど多く貯金の蓄えがある、ここで捨てラップの残り5周をキャンセルしても完走の権利は獲得できる、即ちこの時点で既にクラス優勝は決まっている。そんなことを思っていると、チームEが捨てラップのキャンセルを申請した事が、モニター画面の下の方でインフォメイション・テロップとして流れた。3位に付けるチームとの差が十分であれば走る必要は無い、予想された事である。当然チームBもキャンセルするだろうと思っていると「さあ、Aさんの出番だ」との声がする。驚いてB氏の方を向くと3氏が揃って笑顔でAさんを見ている。B氏が「さあ、我がチームBのウイニングランだ」と、D氏が「美味しい所を譲ってあげよう」C氏が「恥ずかしくない走りで、最後を締めてくれ」B氏が「じゃあ最後の指示を出すよ。これまで身につけた最高の走りを駆使して1分46秒85、それ以上早いラップを五つ刻んでくれ。おまけで走る消化の捨てラップだと思って気の抜いた走りは絶対にしないでくれ、クラス優勝チームに相応しい走りをするように。以上」。
マシンに乗り込むと実のところAさんは、ほっとした様な残念なような複雑な心境であった。「優勝か否か際どい競り合いの最後の手駒としてAさんを使う」と、その可能性をB氏は示唆していた。このレースの走り始めと終盤のタイムの上がり幅を考えると、この選択肢は理に適ったもので、B氏から教わる事が多いなといつも思う。それを告げられた時には、今レースにおけるチームBの全てが自分の双肩に掛かるのかと思うと尻込みしたくなる反面、大きなやり甲斐も感じていたのだ。終盤の、規定周回数を満たすまでのAクラス3氏による無理押しとも思えるプッシュは、大きなプレッシャーを受けて自分が総崩れしないように、彼らだけで”けじめ”をつけたという感がある。見事彼らはスピン一つせず、レベルの高いタイムを揃えた。穿った考え方をすれば「Cクラスに上がったばかりの奴に下駄を預けるぐらいなら、自分らがスピン覚悟でプッシュした方がまだマシだ」との考えで纏めた。との考えも出来なくはない。
もっともAさんはそういう風に彼らのことを考えたくはなかった。ただ不自然に大きなリスクを負うレースメイクに、B氏らしくないスマートさを欠くような釈然としないものが感じられたのである。B氏とは初めて組んだのであるが、氏に纏わる伝説的な采配の妙を異口同音、数々聞かされ、このレースでも、話に違わぬものを感じていた。そのB氏らしくない感があるのだ。あるいは、大きな荷物を背負わされてそれに応えられなかったときの自分の心に対するケアを考えたのか。これだけ大きな負荷を掛けるのは時期尚早との判断だったと考えるのが最もしっくりくる。その考えを採択しても、気遣いには感謝しつつも、一抹の寂しさを拭うことはできない。我々はアマチュアであり、趣味として”楽しむ”ことがプライオリティー(優先順位)・ナンバーワンである。それは必ずしも結果の良さとは一致しない。楽しみわくわくして負けたのならそれも良し、手堅くつまらないレースで勝つよりも前者を選んで楽しむ事に徹する。この哲学は先にB氏より聞いたばかりである。伸るか反るかの攻防に面白さ、レースの醍醐味がある訳で、「あらゆる作戦は結果の良い事を最優先とする。乗り手が楽しむことは二の次三の次、とはプロの哲学だ」と切って捨てた快活さが感じられない。本質的な目的の曖昧な、この捨てラップのオーダーの根拠に戸惑いは隠しきれない。多分何かあると思う。一体何があるのだ。無用に溜め込んだチームEとのギャップは何なのだ。少し高慢なE氏を大量のギャップを築くことでその鼻をへし折るというのか。白旗を上げた相手に無慈悲な攻撃をするように、自分がこの捨てラップ・テイクで更に駄目押しをするという青写真なのか。それはあまりに悪趣味な美学だと思う。尊敬に値するB氏のイメージとは決して相容れないものであるように思う。これは単にB氏はこうであって欲しいと願う自分の勝手なイメージで、実はB氏にはこういう面もあると言うことなのか。それでも、B氏に対する敬意が揺らぐことはないが。「何だかな」という感じは残る。
Aさんは、戸惑いもあったがそれを切り離して、一個目の捨てラップを1分46秒976でラップした。オーダーに遅れる事、126デット(コンマ126秒)だが、もともとAさんにとってはシャレにならない程に早いペース・オーダーなのである。これでも今レースの自己ベストに近い悪くないラップだと思う。
B氏がオーダーに届かなかったことを強調し、次のラップで遅れた分をカバーしろと無線を入れてきた。その声を聞いて、この本番の場で自分に競り合いのシミュレーションを体験させようというのかなと、ふと思った。最高施設のコースとそこに観客がいるという条件だけで、明らかにレースとして重みのないラップだと分かっているのに。そんな体験は茶番だ。こんな時に勘弁して欲しいなと思いながら、そのままの気持ちがこもった口調で「わかりました」と返事をしてしまった。その言葉の中には、ひとしきりいい汗をかいた後で、その空気のまま皆と喜びを分かち合いたいのに、こんなのはもう”うんざりだな”、という気持ちも混じっており、そんな叛意の語感が無線のマイクを通して伝わってしまったのか、突然突き放す様にB氏からの無線が途絶えた。これは拙いなと自責の念に駆られていると、再びB氏からの無線が入った。「隠していてゴメン。実は、審議の疑いがあるラップが5つばかりあるんだ。審議の結果に依ってはタイム抹消や周回数不足で失格ってことになる可能性がある。だから、レースを不確定要素なしに終わらせたいんだ。心配事を取り除く為に渾身のラップを頼む。クリアできなくても君に責任はない。その場合でもまだ希望は残るんだが。そもそもこういう事態になったのも全面的に僕のミスだ、そういう気構えで走ってくれ」。
そういうことだったのか。彼らは自分に余計なプレッシャーを排除する目的で黙ってたんだ。これでAクラス3氏のあんな無理押しプッシュも合点が行く。そういうことなら、彼ら3氏の為に貢献できるじゃないか。誰のラップでのペナルティーの疑いかとは、もはや聞くに及ぶまい。Aさんは自分に課せられた期待に喜びで打ち震えた。こんな、こんな凄く遣り甲斐が大きい場面は滅多にやって来ないだろう。やってやろうじゃないか。
Aさんは、その後1分46秒292・46秒183・45秒937・45秒786と自己ベストを立て続けに大きく4回更新した。それはCクラスのドライバーとすれば突出した異例なまでのタイムであった。
快心の走りとの感触を得た後で、Aさんが思うに、実は自分は、期待を掛けられると燃えるタイプだったんだと客観的に見て、意外な一面を持つ自分自身に驚いた。・・・・・・・・・
走り終えてピットロードを戻って来ると。チームBの皆が両手でサムアップして満面の笑みで迎えてくれるのが車内から見えた。それで審議の結果にビクつかないで済むタイムを出せたことは判った。Aさんは集中を増す為に、B氏にそういう理由を告げて断って、ラップデーター用のモニター画面と無線を一斉切っていたのだ。マシンをパルクフェルメに止め、チームBのデスクに向かって足取り軽く歩いて行く。すれ違う度に他チームの者達が皆「おめでとう」と言ってくれる。そこにはチームEの面々の姿もあった。チームEの人達も皆、負けはしたが楽しいレースが出来たことに満足しているという顔だった。途中で見知らぬ選手に握手を求められた。「君の直ぐ後ろでフィニッシュした者だ。おめでとう」と言ってくれた。その人は何か達観した様な、清清しい様な、他の人とは違う特別な雰囲気を持っていて、握手している最中も感慨深げであった。胸にBクラスを示すワッペンが見えたので同じ18クラスの(AABB18)人が自分の後ろでアタックしていたんだと察した。
チームBのメンバーのもとにつくと、やはり皆が「おめでとう」と言ってくれる。貴方達も当事者なんだから僕に向かって「おめでとう」はちょっと変かな、でも皆に合わせて僕も「おめでとう」って言った方がいいかな。などと、瑣末なことに腐心していると。B氏から「Aさん、君はCクラスの個人優勝を獲得した。加えて最後の捨てラップの走りでベストラップ賞と5ラップス・オブ・ベスト賞も獲得してCクラスの三冠達成だ。フルマークだよ」と知らされた。「ああ、それで僕におめでとうなんだ」と思わぬ朗報に驚きながら納得した。「しかもそればかりじゃなく」と勿体つけた間を空けてから、告げられた。「何と君は”Bクラスの8位入賞”も果たした。あらためて言わせてもらおう。おめでとう」と。「ええっ!」Aさんは、あまりの驚きと喜びに一時的に思考が停滞した程だった。
いっぽうB氏が暫定的に出していた”5ラップス・オブ・ベスト”の方は、B氏自らの予言どおり、各チームの順位がほぼ確定する終盤から、AAAA20クラスのトップ選手達がこぞって個人賞狙いのタイム出しに走り、平凡な順位に埋もれていた。Aさんは内心行けるんじゃないかと期待していたのだが。B氏からは、本人が最初から当てにしていなかっただけに、特にどうという感想も聞かれなかった。・・・・・・・・・
レースが終わって。
雲の上を歩くような夢見心地で表彰式に臨み、その後、サーキット近くにリザーブしてあったコテージに落ち着いた頃になってやっと実感がじわりと湧いてきた。早めに応援部隊をたたみ、サーキットを後にしていた女性陣がこしらえた温かみのある料理に舌鼓を打ち、反省会用に買い置いてあったアルコールは祝賀用に転じ、それを飲み食いしている時に、Aクラスの3氏は、それまでAさんが腑に落ちないと感じていた事柄に対して、紛れのない本当の真相を明かしてくれた。その中でザ・トライポッド・ミーティングの本当の内容と「審議の疑いがある」という話が実は嘘だったことも話してくれた。
それを聞いて、それまで心の片隅に澱のようにあったある種の疎外感は綺麗さっぱり雲散霧消した。「ああ、そうだったのか。何という思慮深いレース・メイクか」と納得し、こんな人達のチームに参加させてもらって心から良かったと思った次第である。
ひとしきり、喜びを分かち合い、レースを振り返り、今回の大成功を称え合った後、座はお開きとなった。明日は連休の二日目で(耐久レース等のように時間の長いレースは、後日も休みになる連休時に組まれる事が多い)夜じゅう騒いでもいられたが、アルコールのライト・ユーザーであるAさんは、まだまだ語る大先輩諸氏を後にし、膳を片付け始める女房ら女性陣に礼を言って、早々に床に就いた。実は、このレースから得られた成果を反芻して一人喜びを噛み締めたかったのだ。
レースを振り返る。
レースに臨む前日、チームが現実的に検討して、最も大きな目標として掲げたのは”18クラスの優勝”だった。自分もそれを獲得する為に自身の個人賞は全く眼中になかった。途中、自分個人がCクラスのトップに立ったことは知らされたが、はなからCクラスの新人がその地位に長く止まれるとは思っていなかったのもあって、最後には平凡な順位で落ち着くだろうと思って、そんな事はすぐに意識の外に出て行った。正直、最後まで忘れていた。終わった後で、そういえばそんな賞もあったんだっけという認識だ。それよりも自分の心を終始占めていたのは、3氏の足を引っ張る事態だけは何としてでも避けようという思いだった。自分の走りを褒められているときですら、気を抜いて大ドジを踏まない様に、ひょんなことで調子を崩さない様に必死だった。
今こうして安心してこのレースを振り返ると、3氏には尊敬の念がひとしお湧いてくる。3氏は、大きなレースでの個人大賞獲得の経験が浅く精神的に未熟な自分が変に意識すると、かえって走行リズムを崩しかねないと、優勝確定まで自分にその事を意識させないようにとコントロールしてくれていたのだ。それを思うとつくづく自分の個人賞は3氏のお陰だと感謝する次第である。
3氏くらいレース経験が豊富だと本番で最も重要な事柄が”心のコントロール”であることを熟知しているのだろう。分っていて心のコントロールを出来るのがAクラス3氏のAクラスである所以であると思う、そして分っていてもそのコントロールを出来ないのが未熟な自分である。それでも、自分がプッシュの理由を疑問視していた最後のスティントでは、さしものB氏も捨てラップの5周に出した厳しいオーダーに、納得できる理由付けをする事には難渋したと言う、不満げな自分の声を聞き取った時には、いっそ「君は、チーム優勝とCクラスの個人優勝は確定している。そして何よりも凄いことに、ここで頑張ればBクラスの個人入賞がゲット出来そうだ」と本当の事を伝えようかと迷ったのだそうだ。窮した時に”審議の疑いがある”とのアイデアを出したのがD氏だったらしい。冷静になって考えれば、オフィシャルの意向として、ペナルティーはレース中にクリアできるようすぐに課して、経過リストに速やかに反映させる。早めに課して順位をそのまま反映させればゴール後、喜から憂に転落するような事態にさせないで済む。(ゴール後にがっかりさせないで済む)そのように配慮しているオフィシャルの意向は”ロー・スピード・レーシング・ニュース”で読んで知っていた。だから、随分前に犯したかも知れない違反に、ある程度ラップを重ねた後で、それを恐れ、審議の疑いにビクつく事態はまずありえない。(何周もしてペナルティーの通達が無いならば御赦免と見て間違いないと考える。時間的に無理な、ゴール間際の審議対象は除くが)普通の精神状態ならば、そう思い至るのであろうが、あの場面ではすっかり本気にしてしまった。
ザ・トライポッド・ミーティングの本当の内容。
Aさんを外して話合われたザ・トライポッド・ミーティングの本当の内容は、Aさんの個人記録欄に記すリザルトに最高のものを残せるよう、その為に3氏が力を合わせて事を進めようというものだった。・・・・・・・
「今、チームはクラス表彰台圏内にいるが、計算上クラストップも難しくないと考えている。他チームが追い上げを開始してもペースを合わせれば、順位キープは難しくないがそれでは”ぬるい”と思う。久々のポディウムが手堅い所にあるからそれを維持しようという考えもあるが。僕もそうだが君等の性格では問うまでもなく、多少のリスクがあってもクラストップを狙いたいと言うだろう」2氏は揃って首肯する。「そうだろうと思った。実はその事を確認する為にこうして話し合いをしている訳ではないんだ。今から提案したいのは、トップになってから2位との差を3500ストック程貯金して(3・5秒離して)規定周回を終えたいと、現時点では考えてる。終わりが近くなった時点でライバルとのタイム差を見て修正を加えるだろうが、現時点ではトップに立っても尚プッシュを続けて行き、規定周回までそれぐらいの勢いでギャップを稼いで行きたいんだ。2氏は真意を測りかねるという顔をしてB氏を見た。3氏であってもこの課題は極めてリスキーである。それ程困難なテーマを提案する理由を、2氏は当然ながら問うた。C氏は「その事でいったい何があるっていうんだ。あんたの事だから下らない見栄をはりたいってのじゃないだろうけども」C氏は「僕は、全面的に君の采配を信用してるから、基本的にはBの考えに沿うことに賛成する立場を取る事にしているけれども、些か玉砕覚悟みたいな無理な立案に思えてBらしくないと思う。いつものBなら失敗しても元のポジション以上に落とさない手堅いビジョンを描くだろう。B氏は、Aさんが今置かれている情況を詳しく説明して、シュミレーションした見通しを話した。
「・・・・という訳で3500ストック程貯金してやればチームは、まず堅い安全圏に入る訳だから、彼に最後の捨てラップでプレッシャー無しに走れる情況を作ってやれるじゃないか。自分の為に頑張るのも大事だけれど、ここは一つ才能溢れる我等の愛弟子殿の為に一肌脱ごうじゃないか・・・・・・」B氏から聞いた理由で、2氏は俄然モチベーションを高めたのだった。・・・・・・・
Aさんを外した鼎談後、幾らも経たない後で教えてくれたその説明では「競り合いになった場面で、最後の捨てラップを、チームの全結果を託してAさんの走りに賭ける。その重要な詰めをAさんに担当させるという内容を知らせてしまうのは、経験値から考えて得策ではないと判断した」という説明であったが、その内容は嘘であった。実際のレースでは、Aさんの出番はなくAクラス3氏が自分らで片付けた格好になったが。その実は深い理由があって、より大きな個人賞を取らせる為に、Aさんを捨てラップテイクでプレッシャーなしに走らせられる環境を得る、という目的の為に3氏が必死で走ったのだった。狙いどおりノー・プレッシャーでAさんにバトンを渡すことに成功したが。そういった経緯で得られた尊い環境であり、トンでもなく価値の大きなその場面で、ばちあたりな事に、当のAさんはモチベーションを欠いていた。苦心して心理的にも環境的にも整えたが、肝心のAさんに確たる理由付けをすることが出来ず、B氏が苦慮したという下りを後で聞かされた時には、Aさん本人はそれはもう恐縮の極みだった。
B氏はレース展開のそれほど後半ではない時点で既にAさんの異なるクラスでの入賞を意識してくれていたのであるが、しかし、クラス優勝を最大の目標に掲げているにも関らず、スポンサーでもなくチームオーナーでもない自分に、なぜ彼ら3氏はそこまでしてくれたのだろうか。失礼ながらその動機が解らなかった。その事を恐る恐る尋ねると。B氏は「もちろん最大目標はクラス優勝だったよ、それは最初に君にも確認していたね。でもね射程内に入りそうなものをあえて無視することもないだろう。両方ゲットできる目があるならそれを求む、自然な欲求だと思うが」。
Aさんはアルコールの影響か、失礼ながら更に問うた「ほぼ手に入っているクラス優勝を逃すかもしれないリスクを犯してでもですか」ちょっと考えてB氏が答える「僕の会社の営業仲間の間(僕の部下って意味だけど)では、神格化している人物がいるんだ。実際の面識はないが、僕はその人を本当に尊敬している。Hという2輪も4輪も作る日本有数の自動車会社を創設した二方の内の一人の方でね、経営の偉人として余りにも有名なんだが、AさんはFという人を知らないだろうか、僕の営業姿勢はこの方を手本にしている。存命中語った数多い有名な言葉の中にこういうのがある。{営業目標を掲げるに当たって大事なことは”努力すれば何とか達することができる”という所に置くことが大切なのだ。行き当たりばったりで何も掲げないのは論外で、サラリーマンなら絶対に目標を掲げなくてはならない。その目標は簡単に達成できる値では気が弛んでしまって駄目。かといって現実的でない程高いものでも最初から諦めてしまって、やはり駄目。鼻先にニンジンをぶら下げて走るような(鼻先云々は僕の追加した所ね)全力で走ってあともう一寸で届くというくらいの所に掲げる事が、最も大きな結果を残せるのだ。}というその言葉は、レースで目標を掲げることにも通じるものがあると思うんだ。つまり、僕らがクラス優勝を獲得し、更にAさんの個人勝利をサポートして両方を獲得することに、ほど良い苦難の要素があって、それを目標として設置することがベストだと考えた。Aさんの意見では、僕らが君のサポートをすることで余分なリスクが増えたというが、僕らにすればアレくらいがちょうどいい緊張感で望める条件と言えるんだ。あの時点で、実は僕はもうシミュレートの結果を見て、クラス優勝だけを狙うのは一寸”ぬるい”かなって思っていたんだ。上の19クラスを狙うには、あの時点に至っては今更無理ってギャップだった。Aクラスの個人賞各賞は20クラスでエントリーしている奴らが独占しそうな分厚さで阻んでいるし、何か丁度いい負荷を掛けられるテーマは無いかなって検討してみたら、Aさんの個人勝利っていう手頃なものがあったって訳さ。だからそれもゲットしようって目標修正したんだ。その後の展開でCクラスの二番手以下が揃って崩れだすから、ありゃりゃの展開だよ、耐久レースの様に長いレースでは集中を欠きだす頃合で、度々起こり得ることなんだけど、一寸その崩れ幅が大き過ぎた。だから、またまた”ぬるく”なってきちゃって、こりゃまたイージーになって拙いなって思ってたら、Bクラスの入賞圏内にいる奴らまで大きく崩れ出すから、おやっ、これはAさんにビッグ・チャンス到来か、と半ば冗談のようなつもりだったんだが、失礼。でも”飛び級クラスの入賞”はそれだけ難しいものなんだ。だから幾ら何でも獲物が大きいから、ちょっと無理かなってね。駄目元でどうだっ、ていう気持ちでシュミレートしてみれば”ことによると”って結果じゃない、これはトライする価値があるなってことで対策を練ったんだ。お陰で皆本当に面白いレースができたって訳なんだよ」。
B氏はあの鼎談をしている時点では、クラス優勝とAさんのCクラス勝利の二つを獲得することを目標とすることだけが決められ。C・D氏の両氏が嬉々として猛プッシュを重ねたのはその目標の為だった。しかしB氏が後に修正した目標は、Aさんをもっと高みへ押し上げることだった訳だ。それはCクラスのAさんをその上のBクラスに飛び級入賞させるというものでありそれが適えば、有名で人気の高いスーパースターの履歴を再現するような快挙なのである。
Aさんを”飛び級クラスに入賞”させる。そのことがC・D氏に明かされたのは随分後になってからで、全レースを終える最後のスティントとして、捨てラップを走る為にAさんがマシンに乗り込んだその後だった。そのトンでもない目標を聞いて我が事の様に飛び上がって喜んだのはD氏だっだそうだ。氏が叶ってもいないのにその時点で喜ぶのは尤もな事で、上のクラスの入賞を狙う立場に付けるだけでも凄い事なのだ、特に上級者クラスたるCクラス・ユーザーがBクラスの入賞を狙えるのはとても珍しい、しかもそれを狙っているのがCクラスの新人ともなれば尚更である。
”低速レースを管理する委員会組織”によってもうすぐ施行されるであろう今のクラスをさらに三つに分けるという、より細かいクラス分けだったならば、5クラス分の飛び級入賞と4クラス分の飛び級優勝に相当するのだ。呼び名こそ入賞と呼ぶが、飛び級入賞は自クラス優勝など霞んでしまう程大きな栄誉なのである。実はAさんの尊敬する3氏であっても、下のクラスに在った頃、だれ一人として達成させる事はおろか、一度として狙う立場に付ける事すら出来なかったのである。
既にAクラスに昇ってしまった3氏はもう二度とこれにトライすることが出来ない。BとCクラスに在る者のみに許される特別な、一つの究極なのである。それを、あの時点でAさんが現実として狙う立場に付けたのだ。そしてゴール後コンマ058秒の貯金を築き、快挙は達成されたのであった。D氏はAさんを自分の弟子であると位置づけている節があって。「弟子の快挙は実に嬉しいものである」と大声で笑っていた。もっとも、Aさんが自分の弟子、という認識はD氏に限らずB・C氏も負けず劣らず持っているのであるが・・・・・・・
ゴール後、Aさんに握手を求めて来たBクラスのワッペンを胸に付けていた人は、Aさんが下してBクラス8位入賞をもぎ取った、正にその人物当人であった。潔くAさんに握手を求めたその行為を、B氏は見ていて、後でその行為を殊更好評価していた事が印象に残った。下のクラスの者にしてやられることはどんなに悔しいだろうか。恥という表現をする輩もいるが、B氏は絶対にすべきでないという意見を持っている。Aさんの快挙を例にとれば、Aさんのトータルタイムは見事にBクラスの者そのものの堂々たるタイムであった。このようなタイムに負ける事に何の恥が在ろうか。B氏は悔しいことは胸に仕舞って潔く相手を称える事こそ立派な態度であり、誰もがこう在るべき姿であると断ずるのだった。・・・・・・・
Cクラス以上を指す上級者クラス。そこでの飛び級入賞。それに与えられる記念バッジは一目で違いが分かる特別な仕様となっている。余りにも有名なこのデザインは、知る人の数に反して所有している者の数は極めて少ない幻のバッジとしても有名なのである。当然ながら、低速レースユーザーの間では垂涎のお宝である。リザルトには残らないが、達成せずとも狙える位置に付けるだけでも、凄いという事が理解頂けるだろうか。
余談ながら、売却、譲渡ができない仕組みになっている筈の、このバッジの闇市場は、クラス細分化の後でデザインが変更される噂が立っていることもあり、レバレッジ効果(梃子・テコ効果)となって、ちょっと凄い事になっているという。堂々と他人に見せられない物に(譲り受けたと主張する第三者であっても、一般常識として所有できない事が認識されているから善意の第三者とはならない、それを持つ権利の無い者が持つのは即ち、刑事事件を問われることになる)何の価値があるのかと思うのだが、人知れず持っている事で満たされるのであろうか、欲求の形は様々である。
捨てラップを走る為にAさんが待機していた時間帯は、そういう賞を狙える位置に実際にAさんが付けている時間帯だったのだ。それは当人が知らないだけであったのだが、そのプレッシャーを肩代わりしていた3氏達は、まるで新人の頃に戻って、初めてのレースにドキドキしてスタートを待っている様な気持ちだったのだそうだ。3氏達どころかそれを知っている会場の大多数は珍しい快挙が見られるか大注目だったのである。
その舞台でAさんは、プレッシャーを感じさせないキャリア最高の走りをしたのだ(そんな大きなものを狙ってるなんて、全く知らないのだから、純粋にこれを褒められないのかも知れないが)、Aさんのフィニッシュの後で会場はワーッという歓声に包まれた。自分に向けられた歓声、それをAさんは、こんな大きな大会は、レースが終わるといつもこんな風に出場者全員に拍手や歓声を送るんだな、なんて素晴らしい事だ」と、自分に向けられている拍手と歓声なのにその意味を、勿体ない事に、当人一人だけ別の意味として捉えていたのだった。・・・・・・・
しかし我ながら、あの捨ラップのテイクは、我がレース人生の中で最高のものだったと思う。痛快なあの感触を思い出すと思わず顔が綻んでしまう。布団に入って明かりを消していれば、一人でニヤつく顔を見られてからかわれる恐れもない。
B氏の評価では「走りの技術的なものだけ評価すれば、実力は既にBクラスだ。あとは心のコントロールが出来て、コンスタントにその走りが出せれば、Aさんは主戦場をBクラスの中に据える事が出来るだろう」と言ってくれた。また「Bクラスの入賞というリザルトが、Cクラスに長居できない理由になるだろう」とも言ってくれた。ついこの間やっとの思いでCクラスに上がったばかりだったのに、夢のような見込みである。それはまた、Cクラスで今後上位入賞できる機会は、とても少ないであろう事を意味する。なぜなら沢山入賞できる程長くそのクラスに止まれないよう”低速レースを管理する委員会組織”が、「そんなに巧いんだったら、上に行け」と沙汰を出すのだ。低速レースを嗜む者にとって、クラスアップ出来ることは何よりも嬉しいことであり、特に上昇志向を持つ者には何ものにも変え難い最優先項目である。それまでのクラスでは上位入賞できる可能性が大きかったのに。(クラスアップすると、それまでより早い人達ばかりになるから)それが出来なくなっても変えがたい程に欲しいステイタス、低速レース界の名誉なのである。・・・・・・・
上級クラスとして括られるのはA・B・Cクラスである。その最初のクラスであるCクラスにクラスアップすると、初めてある大きな楽しみが得られる。(ある人に言わせると、それを獲得したくて上昇志向を持つのだ。とも言われている)それは、己が属すクラスを証明するオーナメントを得ることができるのだ。(優秀なリザルトに対し送られるバッジと似ているが異なるもの)Aさんにも、Cクラスにクラスアップした折に初めて夢にまで見たオーナメントが与えられた。「その時の猛烈に嬉しかったことは一生忘れないだろう」と、獲得当時に気の置けない友に語っていた。
それは、正確には”低速レースを管理する委員会組織”が貸し出しという形で、その栄誉を称え、下の者が目標とすべきドライバーであることを証明する為に与える物で、Cクラスより上のクラスから貸し与えられる。(詳細は、後の”オーナメント”に記す)・・・・・・・・・
翌日、コテージからホテルの本館へ行き、バイキング形式の朝食をゆっくり取った後で、僅かながら与えられる賞金で気のあうレース仲間を呼んで、改めて馴染みの店を借り切って優勝パーティーを開く事が決められた。加えて今レースで使用したマシンのメーカーから与えられた報奨金も加えられる事がB氏から告げられ、どうやら各々からは持ち出し金の掛かからなさそうな催しになりそうである。(今回はチームリーダーのB氏の愛車、フランスのPRC社製が使われ、日本代理店からの報奨金の提供である。ちなみにB氏はレーシングカーを2台所有しており、専ら耐久では快適性を重視したPRC社製を、短いスプリント競技ならソリッドな剛性と軽快な運転特性を持つ日本のHNT社製とを使い分けている)「詳細は追って連絡する」と、こういうことにはマメなD氏が幹事を買って出て仕切っていた。そんな事を話して解散になった。別れ際Aクラス3氏は口を揃えて、Aさんに「また組んで走ろう」と言ってくれた。「今度はAAABの19クラスでの参戦になるかな」とも、そして「何年後になるか分からないが、このメンバーでAAAA20クラスで参戦して総合優勝を狙おう」とも。皆で誓い合った。
Aさんを取り巻くレース環境。
オーナメント。
CクラスよりもBクラス、BよりもAと上に行くに従ってステイタス性は高まるが、オーナメントを獲得できるそのことだけでもステイタスは高く、Cクラスの物でも平均的レース・ユーザーからは尊敬の眼差しを受ける。勿論、クラスアップや優勝及び各賞は、現物としてのオーナメントやバッジというよりも記録される事実に対して、ステイタスの本質がある。そのことに敬意が払われる。それを示す格好のものとして捉えられてはいるが、例えオーナメントやバッジの貸し与えを拒否して現物を持っていなくとも、尊敬される事実に差はない。蛇足ではあるが、当然ながら、オーナメントやバッジの他者への貸し出し及び譲渡は厳禁である。
オーナメントの用法は厳格に決められている。通常、低速レース専用車として販売されている車には車内にオーナメント設置スペースが設けられた状態で販売されており、そこに取り付けて設置する。中には戦時中のエース・パイロットがやった事を真似て、3位以上やファステストラップなどの各賞を取った者に与えられるバッジを一緒に並べて飾る者もいる。Dクラス以下のユーザーは愛車のオーナメント設置スペースが空間になっている。(件のバッジを並べることはできるが)空いたオーナメント設置スペースを見ては、いつか自分もここへオーナメントを飾るのだと、それを目標に日々練習と参戦に励む者も少なくない筈である。専用車でない一般道用として製作された車にはスペースが設けられていないが、その場合は、指定された位置に相当する場所に加工して取り付ける。勿論、それの取り付けの可否は自由で、あえて上級者である事を伏せたい向きには強制はされない。
オーナメントという物の存在理由はとてもユニークで、”低速レース文化の啓蒙活動の一環として”ということでそれが存在する。「低速レースの発展に協力する事には吝かでない」そういう趣旨に賛同した上級者のユーザーが取り付けに同意している。だからCクラス以上の権利のある者が申請すれば貸し出される。なぜ進呈ではなく貸し出しなのかは、売却などで権利の無い者が取得できない仕組にする為で、これによって実力をオーナメント一つで示す厳格なシステムを構築する狙いがある。(盗難などの対策も施されており、車外からも見えるナンバーが刻印されており、盗難や紛失で失効している物か否かを第三者が”低速レースを管理する委員会組織”に携帯などで簡単にアクセスして調べ、不正な物を見つけた場青は報告できるという方法が取れる。
勿論その際、オーナメントの正規使用者の個人情報は調べることはできない)正当でない入手が困難ならば、そこにあるオーナメントが示すユーザーの実力を信憑性の高い証明とすることができるのだ。オーナメントの正規使用者が盗難などで現物を失っても弁償責任は問われないが(再発行を願う場合は、手数料が必要)盗難の事実を報告する義務はある。
嫌味のない場所にさりげなく見えるオーナメントにどれほど平均的なユーザー達は憧れるのだろう。しかしこれが単に「この車は上級者が乗っていますよ」と示し上級者の自己満足を満たす為だけのものであったなら、これほど多くの上級者がオーナメントを掲げることはないだろう。自己顕示欲、自己満足を満たす為だけでは余りにミーハーであり軽薄短小に思われ、孤高を持する方々の美意識に照らせば掲げない事であろう。それでは低速レース文化を繁栄させたい”低速レースを管理する委員会組織”にとっては上手くない。だから”低速レースを管理する委員会組織”の提案は、上級者達の協力を得る事で、”低速レース文化”の啓蒙活動をするというスタンスを取る。
そのことで、孤高を持する向きの上級者の理解を得ることに成功している。具体的には、平均的なユーザーから見た”オーナメントを持つ憧れの対象”が身近に存在することで、「いつかは自分も」と低速レースの練習に、実戦に多くの者が励むことを促すことができる。そのことで関連の産業界は活性化する。つまり”低速レース文化”が発展するのだ。遥か彼方の雲上人ではなく、一生懸命頑張れば届きそうな距離に目標がある、ということがユーザーの興味を引く肝心なポイントなのである。それが具現化した一つのかたちがオーナメントであろう。
Aさんもかつて、自分の愛車の中に凄いオーナメントが、嫌味のない場所にさりげなく見えるという情景にどれだけ想像し、憧れたことか。
ユーザー数とサーキット施設数のバランス。
ユーザー数とサーキット施設数のバランスは慎重に期したい。低速レースが立ち上がった頃、いきなり一大ブームが押し寄せた。その頃はユーザー数とサーキット施設数のバランスが悪く、圧倒的にユーザー数の方が多く、苦肉の対策として個人の公式レースへの連続参加を制限しなければ全ユーザーに満遍なく参加機会を与えられない事態もあった。(一回出場すると一週間他のレースにはエントリー出来ないと言う様な)その頃の急務はサーキット施設の増設であったが、とかくブームの頃のユーザー数で需要を当て込むと、いずれ訪れる本質的なユーザーのみが残るという、安定数に落ち着いた時、ユーザー数とサーキット施設数のバランスが逆転しサーキット施設過多に陥るとも限らない。低速レース文化の安定度を保つ為にこの辺のバランスを注意深く見守る必要がある。関連産業の衰退は低速レース文化の繁栄にとって大きなマイナスであるから、”低速レースを管理する委員会組織”は注意深く情報を提供し、無駄な経営リスクを減らすべく協力しなければならない。・・・・・・・・・
さほど遠くない未来の低速レース用タイヤを取り巻く環境。
各サーキット施設とタイヤメーカーとの協力合意が全国規模で全体的に進み、タイヤの持込をしなくても良い環境が整い始めている。ユーザーは会員年会費と使用マイレージに応じた料金を払うことでタイヤメーカーに支払いをする。個人がタイヤとホイールを買って参加するコストと比べ、リーズナブルである程度のトータル料金が設定されるだろう。これが全面的に実現すれば、タイヤを運ぶ分のエネルギーが節約できる。特殊タイヤを販売せず、レンタルする方法で管理する事で、タイヤの不正改造防止、公道での不正使用防止等が図れる。
またタイヤの生産計画もリトレッド製品の再生産計画も破棄も一貫した計画が図れ、商い上のリスクが軽減され、環境問題の側面からも、これによってタイヤの無駄な過剰生産やそれに伴うエネルギーを抑えられることから有益である。タイヤ搭載スペースと4本のタイヤを運ぶ必要が無くなりマシンが軽くなることもこれに貢献できる。
マシンの消費者にとっても、完全に現地でのレンタルが定着すれば、タイヤのラゲッジスペースが省略できる分、レース専用車のデザイン自由度が上がりカッコイイマシンが続々発表され消費が刺激されるだろう。非日常的で非常にカッコ良く、とてもコンパクトなセンターシートのレース専用車が開発され、それが街を走り、仲間と連れ立って郊外をドライブし、サーキットに赴き、レースを楽しむ、そんなコンパクトレーシングカーが主流になる日も遠くない先のことであろう。・・・・・・・・・
サッカーや野球のファンが持つ、贔屓とそれに敵対する者への対抗意識が興味を倍増させる。
低速レースは、一般庶民が参加することを主眼に置いた新しいレース文化であるが、”低速レースを管理する委員会組織”は、見て楽しむエンターテイメント的戦略を盛り込む事も忘れなかった。
それが、プロレーサーが主にアンカーを務めるレースシリーズである。幾日か日数をさいて、無作為に選ばれスケジュールの都合がついた選手によって行われる低クラスの競技に始まり、中、上とポイントを加算して行き、最後にプロを含めたトップクラスの競技で大団円を迎えるパターンの趣向である。
国内全地域を対象に、ある一定の期間を区切った範囲内に行われる、公認のアマチュア向け大会(大会の大小に関わらず)全ての成績を反映させて、最後にプロを含めたトップクラスの競技で決着をつける趣向もある。それは、観戦者にとって、自分たちもその大会に参加していることになるのであるから、最後の決戦ではそれはもう大変な騒ぎになるのは無理からぬ話である。
争われる陣営の分け方には色々ある。メーカー対抗であったり、国家別対抗であったり、地方別対抗であったりレースオーガナイズ毎に様々な枠組みを設けて、贔屓のチーム及び複数チーム含む陣営を応援すべく、そのレースシリーズに参戦もしくは、観戦するのである。応援する人は概ね、自分が愛用する車のメーカー系や、住居する地方や出身地に由来するチーム及び陣営を応援するのが一般的だ。
野球やサッカーの様に自らが体験している競技だけに、プロやアマチュアのトップクラスの高度なテクニックや戦略に、自分のレースにも生かそうと、深い思い入れをもって熱く観戦するのである。プロが参加するレースであっても、アマチュアが主体の低速レースの延長線上に位置づけされるだけに、個人のスキルが勝敗の大きな要素となる様、工夫されている。マシンの素性の良さが大きなアドバンテージにならない様、”低速レースを管理する委員会組織”はレギュレーションで足枷を嵌めるのである。
ヒューマンファクターの大きなこの競技は、純然たるスポーツに近く、国営放送や新聞の一般紙すら大々的に取り上げられる。
低速レースという趣味を取り巻く周辺機器。
マンション住まいで自分の駐車スペースが1台分しか確保できないAさんが、もう一台を買い増しというかたちで念願の低速レース専用車を購入しようかという、具体的な考えに至ったのは、ある、とても都合の良い商品が開発され、発売間近とのニュースを知った事が大きい。勿論、導入にあたって取らなければならない、マンションオーナー側の約束も取り付けられる見通しである。
それは、電動リフトで昇降できる”パーソナル立体駐車場”の存在である。以前にも同じような商品はあったが、いかんせん高価であった。しかし低速レースの人気に裏付けられた需要見込みは、ゼロから検討され革命的な機軸を打ち出した商品開発を叶えさせた。信頼性安全性が高く、しかも安価で、多くの買い増しに悩むユーザーの期待に応える出来栄えとの事前リポートであった。また一つ経済の活性化を促す商品の登場である。これでまた全国的に低速レース専用車の売り上げが増えるであろう。
100ボルトの家庭用電源を使い1・8トンまでの車なら安全にアップダウンが適う。安全センサーは光学式センサーと物理センサーの二系統奢られているし、スイッチを押し続ける必要があり無人の昇降は出来ない設計であることから、人の目を加味して実質三系統と言える。唯一の欠点は昇降速度で100ボルトの家庭用電源を使っているが故にギヤ比を大きく取ってトルクを稼ぎ、結果速度を犠牲にされるのは仕方なきといえるか。しかし、この商品の登場で一台分のスペースに二台駐車出来るようになるのだ、多少の不満は問題視されないだろう。・・・・・・・・・・
低速レースのユーザーに与える税制優遇措置・・・それが混迷する経済産業界を救う英断となった。
低速レースのユーザーに与えられる税制優遇措置がある。この政策の根底には、冷え込んだ消費をこの措置を施す事によって活性化させようという狙いがある。
どういったものかと言えば、こういうものである。自動車に付随する税源は国家にとって、とても大きなものがあるが、一方それを納める一般納税者にとっても軽からぬものがある。普段の足として実用的に使われる乗用車は商用車とは違って贅沢品という扱いで高い税率の対象とされてきた。低速レースとそれに関る産業が大きく発展し、ひいては広く経済全般の好転を招き、今日の文化と産業が著しく活性化されたのはこの税制優遇措置を断行した英断にあった。それは、既に乗用車を所有している消費者がもう一台、低速レース専用車を購入した場合。それに付随する乗用車としての税率を適用せず、極めて低い税金でプラス一台を所有できる。という取り決めがなされたという事である。即ち低速レース専用車は乗用車にあらず、スキー板や野球のバット・グローブと同じスポーツ用品であるという解釈だ。
しかし、とは言っても低速レース専用車も実用車と比べれば不便な点はあるにしろ乗用車として使えないことはなく、独身者の世帯の様に、一人乗り用の車一台で低速レースに使用しながら普段の足としても実用的な使用に事足りてしまう、そんなユーザーは一般的な乗用車を必要としなくなる。その場合の税率は、本来は低速レース専用車が無かったら、普通の乗用車が必要であった筈、と言う考え方から低速レース専用車であっても既存の普通車並みの税率が適用される。そんな独身者ではあっても低速レース専用車をもう一台買い増しをした場合には、当然ながら超低税率が適用される。
おおいに消費が伸びたのは、ダンナと女房がそれぞれ一台ずつ所有している世帯であった。ちなみに、このケースで適用される条件は一世帯中2名分の乗用車があり、更にもう一台低速レース専用車を購入した場合に適用される。二人で一台を普段の足として使い更にもう一台低速レース専用車を購入した場合では適用されない。しかし奥さんなりの片方が運転免許を取得してない場合には、適用される。
この措置で趣味性の強いセカンドカーを所有したいと考えていたが、維持費等税金に絡む出費がネックになって消費を控えていたユーザーが一斉に消費に走った。そんな理由から未曽有のセカンドカーブームが到来し、猫も杓子も低速レースユーザーになった。多くのユーザーを得て低速レースは市民権を得たのである。
人はそれぞれで、好き嫌いの嗜好は万別である。本来その志向性が無いのにブームだからと、周りの勢いに踊らされそのスポーツを始めたユーザーも少なくなっかたが、やってみて面白く定着した者、続かずすぐに止めた者、継続するか否か揺れている者、こういった浮遊層も含めた大人数が大きな起動力を発揮した。最初にその文化を立ち上げ、それを転がり出させる為には大きな起爆力が必要であるが、最も力の必要とされる転がり始めの段階でこういった人々も含めた数が望むべき力を発揮した。その事が大きい。一部の浮遊層が長続きするか否かは、ここでは問題にはならない。転がり始めればあとはその志向性を持つ者だけでも転がりを維持してゆくことは出来るからだ。継続の為の努力は欠かせないが起爆力ほど大きな力は必要ない。
かといえども、継続という視点に重きを置けば話は違う。物珍しさという段階が過ぎ安定期に入ればコアなユーザー数として残る数は最初の数より減るであろうが、この値を小さく出来るよう、常に内容を魅力のあるものとして研鑽し続ける姿勢が必要である。
・・・・・・低速レース・ブームの爆発前夜であるその時期では、万人に向かい低速レースの魅力を余す所なく提示する。それでだけでいいのだ。その方法を誤らなければ低速レースの魅力そのものが求心力を持つので人々を目覚めさせることができる。魅力を知った人々は、この文化を定着させる起爆剤として機能してくれるであろう。・・・・・・
税制優遇措置という、こんな大胆な政策が取れたのは、それまでは低速レースに関する文化産業がまったく存在しなかったという事が理由として挙げられる。もともとは、何も存在せず、従ってこれから得られる税収も無かった訳であるから、それを見込んだものも無かったと言う理由がある。過去の因習として背負い込むものが無いと身が軽く、思い切った政策が打てるものである。
・・・・・しかし、こういった”過去の因習として背負い込むものが無い”という状態は最初の一度きりである。中途半端なアプローチで、この低速レース文化を社会に浸透させてしまい、何年か経った後に英断を断行する場合は、それなりに重い背景を背負い込んだ状態であるが故、実現が難しくなる恐れがある。そうなれば、悪循環的に消費に刺激を与える事がままならなくなり、産業の活性化も望めなくなる。そんな勿体ない事態にさせない為に政治家の先を見通せる視点を期待したいところである。・・・・・
たかが低速レース。
たかが低速レース。世界産業全体の中では吹けば飛ぶような小さな産業と見えるかも知れないが、混迷する経済産業界を救う起爆剤になり得る資質を有していることを理解してもらいたい。
ガソリン・エンジンのシリンダー内でコントローラブルなタイミングで爆発を誘発させるのは、ほんの小さな隙間を空中放電によって飛ぶ小さな火花でしかない。低速レースという文化が社会に機能的に提示された時放たれる火花は、カブって燃焼できないでいる世界産業全体というシリンダー内で、新たな爆発をさせる事ができる、新鮮で生きた火花である。こういった事から低速レースという文化を優遇すべき理由を見る事ができる。
低速レースが一般に浸透していない時代の発言。
政治的アプローチ。
初めに、しっかりとした文化事業として一枚岩で推進させる為には、簡単に脆く崩れないようにさせる為に、それを統括する絶対権限を持った力が必要になる。
特許取得者がいて、認可、非認可の判断をし建設的開発ができるよう、対象を規制することで、ベータとVHSの争いに見られた様な混乱や、消費者にとって不利益な事態になることを避け、建設的で無駄のない開発が適い、健全な経済活動が行われる。このことで、消費者は無駄な消費をするような回り道をせずとも済むのだ。
もし特許取得者という絶対者の存在が無かったとすれば、自社の得意分野に偏った商品開発を各社が一斉に行い、消費者は何を選んでよいのか解らず混乱し、手堅い消費者は消費を控え、健全な経済の発展に支障が出る事であろう。無駄な商品開発、纏まらない競技ルール、一括で管理する事が望ましいのに纏まらない”低速レースを管理する委員会組織”。ゼロから始める事柄には、それが軌道に乗るまで”絶対者”という存在は絶対必要なものなのである。これはイデオロギーではなく。物事を合理的に発展させる為の科学である。
もし自由に万人がルールや車体規制を決めて、てんでバラバラに競技をするという事が成されるなら、統一された規格を得ることが出来なくなり、それは即ち、大量の消費が見込める市場が存在できなくなると言うことでもある。これを守るという事が出来なくては、特許制度の存在意義を疑う事態といえるであろう。莫大な経済効果をみすみす失うような事態には陥らせてはいけない、特許という規制を設ける事で産業や消費者が発明の恩恵を受けられるのである。これを達成できたときに、人々は新たな文化と新たな喜びを得る事が出来る。
ある目的を持った事の始まりに、絶対者を置くことで、目的達成までの最短距離を進むことができる。事の始まりという唯一無二の瞬間を逃すと、混沌から多くの派生発展を許すことになり、消費者にとって統一が望ましいのにも関わらず、あるパラダイムに属する者が別のパラダイムに属する者と競いたくとも、フェアな競技を行う事が出来なくなってしまう、という問題が起こる。これを解決するために多くの時間をかけて、アンフェアな競技とならない為の合意を得るべく調整しなければならず、その間消費者は、この”低速レース・システム”という発明の利点を享受できなくなる。
多くの派生発展型が存在することの利点は、自由経済理論に準(なぞら)えることができ、劣った形態(人気のない形態)が淘汰され、優れた形態(人気のある形態)が繁栄する。多くの派生があれば、”数打ちゃ当たる式”で優れた形態を生み出す可能性が高まる。一見この発明もそういった形態に委ねられた方がいいように思われるが、さにあらず。常に絶対者、もしくは絶対者が認める”低速レースを管理する委員会組織”によって調整の適う発展をするよう規制することが必要なのである。小さい力を無駄なく一点に集中させず、外へ漏れ出てしまえば、爆発するだけの圧縮比が得られなくなり低速レース文化を機能的に人々に定着させることが適わなくなってしまう。
これはイデオロギーとしての独裁を示唆するのではなく、発明が合理的に発展する為に構築させる為の、Aを処方すればBになる式の特許制度と同じロジックから成る科学である。
低速レース文化がBという発展が望ましいからそうなる様にAという独裁という処方を採用するのである。例えばCでは事足りないのであるが、仮にもしCという非独裁という処方で、望ましいBという発展へと科学変化を遂げるものであったなら、Cという非独裁という処方をすればよいというような感情的にはドライな科学である。
核になるアイデアは、タイヤのトレッド面を工夫することであるが。そういったアイデアを生かす為に公的な保護をし、厳重に管理された運営方法を実現出来なければ、この産業的に莫大な財産を孕んだ文化が生かせなくなってしまう。浅理解や不理解によって、人々の楽しみや喜び、幸せ、あるいは生きがいとなるであろうこれが、人類の貴重な文化財産となるであろうこれが、台無しになってしまう。そのことに危うさを感じずにはいられない。
Aさんは、低速レース史の文献に接した時、この低速レースを成り立たせている物理的な仕組みと公的な支えと、機能的にバランスする経済的な仕組みに、なるほどと感心したものだった。
・・・・・以上はまだAさんがレースに興味を持つ以前の、そう低速レースという概念が一般に浸透していなかった時代の発言である。・・・・・
・・・・・Aさんの視点、終了。・・・・・
<手段>
この目的を達成するために、技術的思想1のタイヤは、両側に配設されるサイドウォールと、それらサイドウォールの間を接続するトレッドとを備えるものであって、前記トレッドは、路面に接地される第1グリップ面を有するグリップトレッドと、前記トレッドに埋設されると共に前記グリップトレッドを構成する素材よりも高い耐磨耗性を有する素材にて構成されたグリップコントロールトレッドとを備え、そのグリップコントロールトレッドは、前記路面に接地され前記第1グリップ面の路面に対するグリップ力に比べて低いグリップ力を有する第2グリップ面を備え、前記グリップトレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
技術的思想2のタイヤは、技術的思想1記載のタイヤにおいて、前記グリップコントロールトレッドは、前記第2グリップ面に開口を有する少なくとも1個の溝を備え、前記トレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記溝の幅および個数が調整されることで、前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
技術的思想3のタイヤは、技術的思想1又は2に記載のタイヤにおいて、前記第1グリップ面の面積および前記第2グリップ面の面積は、前記両側のサイドウォールの一方から他方に向かう方向の前記トレッド上の中心線から前記両側のサイドウォールの一方側と、前記中間線から前記両側のサイドウォールの他方側とで同等の面積とされている。
技術的思想4記載のタイヤは、技術的思想1から3のいずれかに記載のタイヤにおいて、前記第2グリップ面は、少なくとも一部が前記中心線上に配設されている。
技術的思想5のレース競技方法は、請求項1から4のいずれかに記載のタイヤを使用して行う。
<効果>
技術的思想1記載のタイヤによれば、グリップトレッドの第1グリップ面と、グリップトレッドと異なる耐磨耗性を有するグリップコントロールトレッドの第2グリップ面とが路面に接地され、グリップコントロールトレッドを構成する素材は、グリップトレッドを構成する素材より高い耐磨耗性を有しており、グリップトレッドとグリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように第1グリップ面の面積と第2グリップ面の面積との割合が調整されている。
そのため、走行によってトレッドが磨耗した場合に、第2グリップ面より第1グリップ面が摩耗することを抑えて、第1グリップ面の路面に接地する面積の減少を抑えることで、グリップ力の低下を防止することができる。その結果、レース競技に使用する場合には、タイヤ交換の頻度を少なくしてレース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるという効果がある。
また、第2グリップ面は、第1グリップ面の路面に対するグリップ力に比べて低いグリップ力を有しているので、例えば、第1グリップ面のグリップ力と第2グリップ面のグリップ力とを合わせたグリップ力よりも高い駆動力を発生する動力源(エンジン、モータなど)が搭載された車両であっても、第1グリップ面のグリップ力と第2グリップ面のグリップ力とを合わせたグリップ力と同等の駆動力しか路面に伝達することができない。
よって、動力源違いによる車両間の駆動力の差を低減することができるので、ラップタイム短縮のために、動力源に必要以上に資金を掛ける必要がなくなり、レース競技へ参加するための資金の削減を図ることができるという効果がある。
技術的思想2記載のタイヤによれば、技術的思想1記載のタイヤの奏する効果に加え、グリップコントロールトレッドが溝を備えているので、例えば、溝をタイヤの周方向に延設すると、グリップコントロールトレッドの横方向(タイヤの周方向に直交する方向)の剛性を低下させることができる。
よって、タイヤが横滑りし始めるとグリップコントロールトレッドをたわませて、グリップトレッドの接地圧を高めることでタイヤのグリップ力が高められる。よって、タイヤの急激な横滑りを防止することができる。
その結果、コーナリング時にタイヤに横滑りが生じても、滑り具合が緩やかであるため、運転者が容易にタイヤの横滑りをコントロールすることができるので、車両がスピンする危険性を低減することができるという効果がある。
また、溝は、第2グリップ面に開口しているので、グリップトレッドとグリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるようにグリップコントロールトレッドに形成される溝の幅および溝の個数が調整されることで、第1グリップ面の面積と第2グリップ面の面積との割合が調整され、グリップ力の低下を防止することができる。
その結果、グリップトレッドの形状を変更する必要がなくなり、グリップトレッドを形成する型の変更を不要とすることができるので、タイヤの製造コストを抑えて、タイヤの製品コストの削減を図ることができるという効果がある。
技術的思想3記載のタイヤによれば、技術的思想1又は2に記載のタイヤの奏する効果に加え、第1グリップ面の面積および第2グリップ面の面積は、両側のサイドウォールの一方から他方に向かう方向のトレッド上の中間線から両側のサイドウォールの一方側と、中間線から両側のサイドウォールの他方側とで同等の面積とされている。
よって、右旋回時に路面に接地する第1グリップ面の面積および路面に接地する第2グリップ面の面積と左旋回時に路面に接地する第1グリップ面の面積および路面に接地する第2グリップ面の面積とを同等の面積とすることができる。そのため、右旋回時または左旋回時におけるグリップ力を同等とすることができるという効果がある。
また、タイヤのキャンバー角を変更して、トレッド上の中間線から両側のサイドウォールの一方側または中間線から両側のサイドウォールの他方側を多く接地させた場合であっても、路面に接地する第1グリップ面の面積と路面に接地する第2グリップ面の面積との割合の変化を小さく抑えることができるという効果がある。
技術的思想4記載のタイヤによれば、技術的思想1から3のいずれかに記載のタイヤの奏する効果に加え、第2グリップ面は、少なくとも一部が中心線上に配設されているので、キャンバー角の設定角度と第2グリップ面の路面への接地面積に相関を保つことができる。
即ち、キャンバー角が寝ると第2グリップ面の路面への接地面積が減少し、キャンバー角が立つと第2グリップ面の路面への接地面積が増加する。よって、キャンバー角を設定することで第2グリップ面の路面への接地面積を制御することができるという効果がある。
技術的思想5記載のレース競技方法によれば、技術的思想1記載のタイヤの奏する効果と同等の効果を奏する。
また、技術的思想5記載のレース競技方法によれば、技術的思想2記載のタイヤの奏する効果により、タイヤの購入資金を低く抑えることができる。その結果、経済力が参加の壁となっていた多くの人がモータースポーツに参加することができる。よって、モータースポーツの底辺層の拡充を図ることができるという効果がある。
また、技術的思想5記載のレース競技方法によれば、技術的思想3記載のタイヤの奏する効果により、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とを同等とすることができる。例えば、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とが異なる場合には、車両を操作する難易度が急激に高くなり、スリップや衝突の危険性が高くなるという不具合が生じる。
ここで、技術的思想5記載のレース競技方法によれば、右旋回時におけるグリップ力と左旋回時におけるグリップ力とが同等とされているので、車両を操作する難易度を適切とし、スリップや衝突の危険性を低減することができる。その結果、安全性の向上を図ることができる。
また、技術的思想5記載のレース競技方法によれば、技術的思想3記載のタイヤの奏する効果により、タイヤのキャンバー角を変更しても路面に接地する第1グリップ面の面積と路面に接地する第2グリップ面の面積との割合の変化を小さく抑えグリップ力の変化を抑えることができるので、車両側の調整でグリップ力を変化させることを防止することができる。
そのため、故意にグリップ力を変化させることを防止して、レース競技への参加者が同等の条件(グリップ力)にてレース競技へ参加することができる。即ち、純粋に運転技術を競うことができるレース競技方法を提供することができるという効果がある。
また、技術的思想5記載のレース競技方法によれば、技術的思想4記載のタイヤの奏する効果により、キャンバー角を設定することで第2グリップ面の路面への接地面積を制御することができるので、キャンバー角を管理することで、タイヤのグリップ力を管理することができる。よって、キャンバー角の値をレギュレーションで管理することでタイヤのグリップ力を容易に管理することができる。
その結果、レース競技への参加者が同等の条件(グリップ力)にてレース競技へ参加することができる。即ち、純粋に運転技術を競うことができるレース競技方法を提供することができるという効果がある。
100,200,300,400,500 車輪
1,2,3,4,5 タイヤ
2 サイドウォール
3,203,303,403,503 トレッド
3a,203a,303a,403a グリップトレッド
3b,203b,303b,403b グリップコントロールトレッド
5,205,305,405 第1グリップ面
6,206,306,406 第2グリップ面
7 溝
L 仮想線(中心線)

Claims (5)

  1. 両側に配設されるサイドウォールと、それらサイドウォールの間を接続するトレッドとを備えるタイヤであって、
    前記トレッドは、
    路面に接地される第1グリップ面を有るグリップトレッドと、
    前記トレッドに埋設されると共に前記グリップトレッドを構成する素材よりも高い耐磨耗性を有する素材にて構成されたグリップコントロールトレッドとを備え、
    そのグリップコントロールトレッドは、
    前記路面に接地され前記第1グリップ面の路面に対するグリップ力に比べて低いグリップ力を有する第2グリップ面を備え、前記グリップコントロールトレッドの長手方向が前記両側のサイドウォールを結ぶ方向と所定の角度を有して配設されると共に、複数が所定間隔を隔てつつ周方向に並設され、かつ、前記両側のサイドウォールを結ぶ方向視において隣接する前記グリップコントロールトレッドの一部がそれぞれ重なり合って配設され、
    前記グリップトレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されていることを特徴とするタイヤ。
  2. 前記グリップコントロールトレッドは、前記第2グリップ面に開口を有する少なくとも1個の溝を備え、
    前記トレッドと前記グリップコントロールトレッドとの磨耗量が均一となるように前記溝の幅および個数が調整されることで、前記第1グリップ面の面積と前記第2グリップ面の面積との割合が調整されていることを特徴とする請求項1記載のタイヤ。
  3. 前記第1グリップ面の面積および前記第2グリップ面の面積は、前記両側のサイドウォールの一方から他方に向かう方向の前記トレッド上の中心線から前記両側のサイドウォールの一方側と、前記中間線から前記両側のサイドウォールの他方側とで同等の面積とされていることを特徴とする請求項1又は2に記載のタイヤ。
  4. 前記第2グリップ面は、少なくとも一部が前記中心線上に配設されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のタイヤ。
  5. 請求項1から4のいずれかに記載のタイヤを使用して行うことを特徴とするレース競技方法。
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