JP5381110B2 - ガス分析用Jet−REMPI装置 - Google Patents

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Description

本発明は、大気中に存在するガス中の飛灰を除去し、被測定有機分子を高感度に、かつ、オンサイト・リアルタイムに大気中に存在した化学構造および組成を保持しつつ、検出できる超音速分子ジェット多光子吸収イオン化質量分析装置を基本とするガス分析装置に属する。
従来のダイオキシンの公定の測定・分析法は、厚生労働省がまとめた「ダイオキシン類の発生防止ガイドライン」の中で測定標準法として示されている。この方法は、ダイオキシン類を有機溶媒により抽出し、各種クロマトグラフィー法で濃縮・分離後、ガスクロマトグラフ質量分析法(GC/MS)によって分析するものである。この試験分析工程は、多大な計測時間とコストを必要とする。
一方、ダイオキシンをはじめとする有機塩素系化合物の人体への影響が強く懸念されている現在、焼却炉の設計や操業管理に必要な情報を得るといった例を一つとっても、極微量有機塩素化合物を選択的かつ定量的にオンサイト実時間分析可能な新評価技術の開発が望まれている。
一般に、有機分子は、その分子骨格に起因する電子状態を持ち、その状態に振動準位や回転準位などが複雑に相互作用していく。赤外線、紫外線等を利用した吸収分光法は、このような有機分子の分子骨格の違いによる光吸収を利用して、存在する分子種を特定する方法である。この分子固有の励起状態を利用して、リアルタイムに有機分子を選択、検出することを可能にすると期待されているのが、超音速分子ジェット多光子吸収イオン化質量分析(Jet−REMPI)法である。Jet−REMPI法は、公定法のような濃縮・分離などの前処理技術を必要とせず、高感度かつ高化学種選択性をもって検出できる分析法として注目されつつある。この原理を簡単に述べる。
Jet−REMPI法は、共鳴多光子吸収イオン化(REMPI)法と超音速分子ジェット(Jet)法を組み合わせた方法である。
共鳴多光子吸収イオン化(REMPI:Resonance Enhanced
Multi-Photon Ionization)法とは、レーザ光で有機分子を励起する際、注目分子特有の励起準位にレーザ波長を同調させることで、特定分子種のみを選択的にイオン化(共鳴多光子イオン化)させ、そのイオンを、質量分析計を用いて検出する方法である。光吸収によって試料をイオン化するには、吸収断面積(吸収効率)の観点から、吸収スペクトルで観察されるピーク付近の波長を利用する。しかし、常温、常圧の有機化合物の吸収スペクトルのピーク幅は、振動・回転準位からの遷移が重なるために幅広くなり、構造が似通った異性体の吸収ピークを分離して検出することはできない。一方、この分子を絶対零度付近(数K)まで冷却すると、振動や回転していない真の基底状態に電子が位置するようになり、また遷移の選択率によって特定の準位にのみ励起されるようになるため、数本の鋭いピークが観察されるようになる。ピーク幅は冷却された温度によって決まるが約0.01nm程度で、構造異性体はこのエネルギー幅の波長可変レーザを用いれば、選択的に励起・イオン化して分離できる。
超音速分子ジェット(Jet)法とは、分子を極低温まで冷却する一つの方法である。この方法は、気化させた試料分子をヘリウムやアルゴンなどの希ガスとともにピンホールから真空中に噴出させて、断熱膨張冷却および希ガスとの衝突により、試料分子を絶対零度付近まで瞬時に冷却させる方法である。分子の速度が音速の数倍に達するため、超音速分子ジェット法と呼ばれている。
このように、超音速分子ジェット多光子吸収イオン化質量分析(Jet−REMPI)法とは、注目分子の振動・回転準位を凍結し、その注目分子の共鳴励起準位に波長可変レーザのエネルギーを同調することで、特定分子のみを選択的にイオン化し、質量分析する方法である。
一般的なJet−REMPI装置の概要を図1に示す。レーザイオン化領域8は、通常2枚の静電メッシュを中心に置く平行平板型電極(対向電極11、引き出し電極12)に挟まれた空間に形成される。
ガス導入系1内にある試料ガス導入ノズル10から噴出された被測定ガス5は、スキマー24を介して超音速分子ジェット流6を形成し、断熱膨張冷却されて更にスキマー24を介して切り出され、レーザイオン化領域8に導入される。
一方、レーザ照射系3内にあるNd3+:YAGレーザ25により励起された色素レーザ26から発生した可視光(基本波の角周波数ω)は、非線形光学結晶27により注目する分子の選択的励起波長である第2高調波(ω/2)とした後、集光レンズ28、イオン化室2のビューポート29を介して、レーザイオン化領域8に入射する。これにより、レーザイオン化領域8において、注目分子のみを選択的にイオン化させることができる。
発生したイオン30は、平行平板型電極(対向電極11、引き出し電極12)により加速され、アインツェルレンズ13、X,Yディフレクタ15を通して収束され、偏向されて、飛行時間型質量分析計4内に設置された検出器9に到達する。検出器9で検出された信号は、抵抗分割器31を通してプリアンプ32で増幅され、デジタルオシロスコープ33で計測される。あるいは、BOXCAR積分器34で信号積算される。また、積分信号強度のレーザ波長依存性をパーソナルコンピュータ35で観察する。
このような特徴を持つJet−REMPI法を有害有機化合物のオンライン・リアルタイム分析法として利用する試みが近年活発に検討され始めており、約10pptのジクロロダイオキシンを検出できることが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
また、Jet−REMPI法を用いて焼却炉から発生する高温ガス中に含有するダイオキシンおよびその誘導体(これらをダイオキシン類ということがある)を測定する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。これらの方法では、約800℃の高温ガスを冷却し、ダストを除去した後に、試料ガス導入ノズルとして矩形型スリットを有するパルスバルブを用いて真空チャンバ中にパルス状に導入することでレーザによるイオン化有効体積を増加させ、高強度で迅速な測定を可能にする方法が開示されている。
しかし、上記特許文献1などに代表される従来のJet−REMPIを用いたガス分析法では、何れもパルスバルブを用いて試料ガスを真空チャンバ内に導入するため、以下の課題があった。
(1)パルスバルブは、一般に数10〜数100μs程度のパルス幅で、数10Hzの繰り返しで動作する。このため、パルスバルブの1秒間あたりの開時間(デューティーサイクル=パルス幅×繰り返し周波数)は数ミリ秒となり、ガス流れが堰き止められ、試料ガス成分組成の連続的な経時変化を測定することは困難である。
(2)試料導入時にバルブの閉時間が圧倒的に長いため、試料ガスのダイオキシン類(沸点:約400〜500℃)などの沸点が高い注目分子種などがバルブ内壁に衝突し、吸着する可能性が高い。このため、バルブ内壁に吸着された分子がガス成分組成測定中に長時間検出され、注目分子種の成分組成の経時変化、時間応答性に悪影響をもたらす。また、注目分子種が、高温反応で生成する不安定ガス種などの場合は、バルブ内壁との衝突により消失し、検出できなくなる可能性がある。このような理由から、燃焼ガス中の注目分子の成分組成をそのままの状態で精度の高い定量分析を行うことは困難であった。
(3)一般に、パルスバルブは150℃以上で不安定動作を起しやすいことが知られている。そのため、170〜200℃の焼却炉煙道ガスの成分組成を測定する場合は、冷却する必要があり、冷却により凝集する高沸点分子をそのままの状態で再現性よく測定することが非常に難しい。
(4)パルスバルブの最大の繰り返しは、数10Hzが限度であり、高輝度レーザの繰り返し数が今後増加したとしても、その妨げとなる。このため、単位時間当たりのサンプリング回数を増加させ、測定のリアルタイム性を向上するための高繰り返しレーザの利点を最大限に有効活用することができない。
また、従来のJet−REMPI法においては、測定感度の更なる向上が求められており、特に燃焼ガス中に含有するダイオキシン類に代表される環境ホルモンの検出に必要となる濃度限界はpptからppqと、非常に高い測定感度が要求される。
今までにJet−REMPI法の測定感度を向上させる方法は種々検討されており、例えば、試料ガス導入ノズルとしてパルスバルブを用いて試料ガスを導入する際のガス噴出方向の軸と、レーザイオン化領域で生成したイオンの飛行方向と検出方向を同軸化させることにより、検出器に導入可能なイオン密度を増加させ、分析感度の向上を図る装置および方法が提案されている(例えば、特許文献2,3参照)。この方法では、図1に示すようなガス噴出方向とイオンの飛行・検出方向の二軸を直交させる方法に比べて、平行平板型電極の電場を乱すことなく、ガス噴射ノズルと分子のレーザイオン化領域とを格段に近接させることができ、これによる測定感度の向上が期待できる。
しかし、この方法では飛行時間型質量分析計に向かって試料ガスを吹き付けるために、従来に比べて質量分析計の真空度を確保することが困難となり、生成したイオンが検出器に到達する前に噴出したガス分子との衝突により失活してしまう可能性が非常に高い。また、イオンのみならずイオン化されない分子は高電圧を印加した検出器近傍に存在するため、これが信号の雑音となり、信号/雑音比で決定される検出限界が高くなってしまう。
更に、この従来法では、パルスバルブと押し出し電極とを絶縁物質を介して一体化させるために、パルスバルブの噴き出し口から押し出し電極先端までの距離が逆に大きくなり、断熱膨張冷却による分子冷却効果を十分得ることが出来なくなる。この結果、レーザによる分子の選択的なイオン化および高感度の検出が困難となる。
また、これらの従来の分析装置は、イオン化室の真空度を確保し、かつイオン化効率の増加による質量分析計の検出器が飽和しないように、パルスバルブにより試料ガスを間歇的に導入しなければならない。このような時間を要する試料導入法では、リアルタイム分析は困難である。また、(3)にて記述したように、高温ガスを冷却せずに導入し、燃焼ガス中の注目分子の成分組成をそのままの状態で精度の高い定量分析を行うことは不可能であった。
また、本発明者らは、Jet−REMPI法における極微量物質の測定感度向上を目的とし、電極の最外周部に静電メッシュを配備した構造の出鼻電極を採用することにより、パルスバルブをレーザイオン化領域に近接させるとともに、出鼻電極の引き出し電極の後方にポテンシャルスィッチ電極を配置し、目的とするイオン化分子のみを質量分析計の検出器で測定する方法を提案した(特許文献4参照)。
この方法は、平行平板型電極の先端を出鼻形状とすることにより電場の乱れを制御しつつ、パルスバルブのノズル開口部をレーザイオン化領域に近接させることが出来るため、ノズル開口部からの距離の2乗に反比例する関係にある試料ガスの分子密度を高く維持し、測定感度を大幅に向上することが出来る。また、出鼻電極の引き出し電極の後方に配置したポテンシャルスィッチ電極により、イオン化された分子密度の増加による質量分析計の検出器や計数器の飽和を抑制しつつ、注目分子のみの信号を選択的に検出できる。また、出鼻電極内でイオンビームを収束させることが出来るため、広いレーザイオン化領域から目的とするイオン化された分子を質量分析計に導入し、測定感度を向上させることが期待できる。
しかし、この装置においては、試料ガスの噴出方向とレーザイオン化領域で生成したイオンの飛行方向と検出方向の軸が直交する構造としている。このため、イオンの検出量は質量分析計のイオン引き出し電極の大きさに制約を受ける。また、電極の大きさの制約上、レーザイオン化領域で生成されたイオンを十分に引き出し電極内に取り込むことが困難となる。更に、測定試料ガスの温度や出射口の目詰りによるノズル開口部の形状変化により超音速分子ジェット流の出射方向や角度は大きく変化してしまい、定量性が低下するといった問題があった。
そこで、本発明者らは、前記特許文献4で提案した装置における出鼻電極の先端形状に起因するレンズ効果により、イオンビームを引き出し電極内で集光させる特徴を生かし、試料ガスの噴出方向と生成イオンの飛行方向を同軸となるように、対向電極内に試料ガス噴出ノズルを設置する新たな高感度超音速分子ジェット多光子吸収イオン化質量分析装置を提案した(図2、特許文献5参照)。
しかし、本発明者らの検討の結果、この装置において試料ガス導入ノズルとして、パルスバルブからオリフィスなどの試料ガスを連続的に導入できるノズルに代えて測定する場合には、イオン化領域で生成されたイオンが、出鼻電極先端内でイオン化されていないガスとの衝突を起して失活することにより、検出感度が低下することがわかった。また、オリフィスなどの試料ガスを連続的に導入できるノズルを用いる場合には、ノズルの位置や開口径などの条件により十分な断熱膨張冷却効果が得られず、これもイオン検出感度の低下原因となることがわかった。
この問題点を解決するために、本発明者らは、出鼻型引き出し電極内に設置したピンホールまでの空間を形成する領域をメッシュ構造にすることで、真空槽内に設置された真空排気系によりイオン化されていないガスを効率的に排気することが可能であり、これによりイオン化された有機分子の検出効率の低減を抑制することに成功した(特許文献6参照)。
ダイオキシンおよびその誘導体およびその前駆体の沸点は、200℃から600℃程度であり、さらに煙道温度は200℃程度である。この温度を保持しつつ、試料ガスを装置内に導入することの重要性は前述したとおりである。
我々は、図2に示すように、出鼻型対向電極11内のノズル17を200℃程度の高温に保持するためのヒーター43を対向電極11内に配置するようにした。しかし、高沸点の有機分子を含む超音速分子ジェット流を形成するノズル近傍では断熱膨張冷却が発生しており、電極近傍の温度は周囲よりも低下しやすい。特に、我々が一般的に用いる超音速分子流を連続的に真空中に導入する場合、ノズル先端は極端に冷却効果を受ける。この結果、ノズル近傍に高沸点有機物の沈着が起こり、ノズルの目詰まりが発生する。ノズルの目詰まりは超音速分子ジェット流が徐々に漏れビーム化して注目分子の内部エネルギーが十分低下しないことや完全に目詰まりが起きると信号が得られなくなる等の問題が生じる。
以上の通り、従来のJet−REMPI装置およびこれを用いたガス分析方法において、試料ガスを導入ノズルとして、オリフィスなどの試料ガス連続導入ノズルを用いて、試料ガスを連続的に真空槽内に導入し、目的とする被測定分子を高感度で測定可能な装置および方法を更に検討する必要があった。
一方、燃焼ガスなどの高温ガス中に含有する検出濃度限界がpptからppqのダイオキシン及びその誘導体をそのままの状態でリアルタイムに高感度で測定可能な装置および方法の開発が望まれていた。
特開平11−218520号公報 特開2001−124739号公報 特開平11−329345号公報 特開2003−22777号公報 特開2004−119040号公報 特開2007−315847号公報
H. Oser,R. Thanner, H. H. Grotheer,B. K. Gillet, N. B. French, and D. Natscke, Proc. 16th Int. Conf. on Incineration and ThermalTreatment Technologies(1997)
上記従来技術の現状を鑑み、本発明は、燃焼ガスや大気中ガスの成分組成を測定する際に、被測定ガス中の注目する有機分子をオンサイトで連続的にかつ高感度で定量分析できるガス分析用Jet−REMPI装置を提供することを目的とする。
本発明は上記課題を解決することを目的に、開発したガス分析装置に関するものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
(1)ガス中の特定分子を分析するJet−REMPI装置において、被測定ガスを導入するガス導入系と、該被測定ガス中の特定分子をレーザ励起してイオン化するイオン化室と、イオン化された特定分子を分析のために導くイオン光学系と、該被測定ガスにレーザ光を照射するレーザ照射系と、該イオン化された特定分子の質量分析を行う飛行時間型質量分析計とからなるJet−REMPI装置であり、前記ガス導入系、前記イオン化室、前記イオン光学系、及び前記飛行時間型質量分析計は一直線上に配置され、前記ガス導入系は、前記被測定ガスを前記飛行時間型質量分析計の方向に噴射するためのオリフィスノズルを内包し、前記イオン光学系は、先端が突起状である出鼻型の対向電極と、先端が突起状である出鼻型の引き出し電極と、前記イオンを通過させるためのピンホールを有する仕切り板と、アインツェルレンズと、隔壁で覆われた円筒状のポテンシャルスィッチ電極と、X,Yディフレクタとからなり、前記ガス導入系、前記イオン化室、及び前記イオン光学系を一体型の構造とし、前記対向電極は前記オリフィスノズルの出口を内包し、前記ガス導入系、前記イオン化室、及び前記イオン光学系の一体型の構造は、単一真空排気系を備えて差動排気し、前記ガス導入系から前記イオン化室内に被測定ガスを前記飛行時間型質量分析計の方向に連続的に導入して超音速分子ジェット流を形成するとともに、前記レーザ照射系からレーザ光を該超音速分子ジェット流に対して照射して被測定ガス中の特定分子を共鳴多光子吸収過程でイオン化し、該生成イオンを前記イオン化室内のイオン光学系により加速偏向させた後、前記飛行時間型質量分析計で被測定ガス中の前記特定分子を分析するJet−REMPI装置であって、前記対向電極先端を局部的に加熱可能な赤外線導入装置を配置し、前記対向電極内に、サファイア、単結晶マグネシア、アルミナセラミックスのいずれかを用いた絶縁ガイシを設置し、前記引き出し電極の先端から前記仕切り板までの範囲の電極部材の一部または全てをメッシュ構造とすることを特徴とするガス分析用Jet−REMPI装置。
本発明によれば、燃焼ガスや大気中ガスの成分組成を測定する際に、パルスバルブを用いずに、オリフィスノズルを内包した対向電極を用いて高沸点の被測定ガスを質量分析器方向に連続的に導入、イオン化することで、目的とする被測定分子をそのままの状態で、連続的にかつ100ppqレベルの高検出感度で定量分析できるガス分析用可搬型Jet−REMPI装置を提供できる。
従来の一般的なJet−REMPI装置の概略図。 本発明の出鼻電極の内部構造の概略図。 本発明のランプ加熱機構を有する高沸点ガス分析用可搬型Jet−REMPI装置の概要図。 石炭乾留時に得られるJet−REMPIを用いて得られた質量スペクトル(イオン化レーザ:118nm)であり、(a)はランプ加熱を用いない場合、(b)はランプ加熱を用いた場合。
本発明の実施の形態を以下に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
従来のJet−REMPI分析装置では、被測定ガスの導入方向が、イオンの飛行方向(質量分析計に向かう方向)に対して直角方向であったため、被測定ガスの導入ノズルとイオン化領域との距離を短縮化し、測定ガスの分子密度が高い状態で分子をイオン化することは困難であった。
これに対して、本発明者らは、前述したように先端が突起状である出鼻型の対向電極(押し出し電極)内にパルスバルブを内包させ、同じ出鼻型の引き出し電極の後方にポテンシャルスィッチ電極を配置することで、出鼻型の電極の特性を利用してガス導入ノズル(パルスバルブ)の先端とイオン化領域を近接させるとともに、イオン検出器に向かって飛行するイオンビームを収束させ、かつポテンシャルスィッチ電極により特定分子のみを質量分析計で検出させることが可能なJet−REMPI装置を提案した(特許文献5参照)。
また、上記パルスバルブに代えてオリフィスノズルを用い、更に引き出し電極の先端から電極内のイオンビームの焦点位置に設置されたピンホールを有する仕切り板までの範囲の電極部材の一部または全てをメッシュ構造とする新たな電極を製作することで解決した(特許文献6参照)。
すなわち、電極と仕切り板間に滞留していたイオン化されていないガス分子を、メッシュからイオン化室内に設置された排気系により効率的に排気することで、レーザイオン化された注目有機分子と残留ガスとの衝突を可能な限り抑制することに成功した。しかし、ダイオキシンあるいはその誘導体は高い沸点を有し、それらを多く含む試料ガスを測定する際に、押し出し電極内に内包されたノズルを内蔵ヒーターで加熱してもノズル開口部が目詰まりしてしまうことを確認した。
本発明は、高沸点の有機化合物を多く含む被測定ガスをイオン化室内に連続的に導入した場合でも、押し出し電極内に内包したノズルの開口部の目詰まりを発生させず、更に超音速分子ジェット流を安定に維持することを可能にする赤外加熱装置を新たにイオン化室内に持つガス分析用Jet−REMPI装置を提供するものである。
以下に、図2および図3に基づいて、本発明のガス分析用可搬型Jet−REMPI装置の特徴的な構成を説明する。
図3は、本発明のガス導入系およびイオン化室の主要構成図を示す。図3に示すように、本発明のガス分析用Jet−REMPI装置の基本構成は、ガス導入系1、イオン化室2、イオン光学系36、レーザ照射系3および飛行時間型質量分析計4からなる。被測定ガス5は、ガス導入系1からイオン化室2内に飛行時間型質量分析計4の方向に連続的に導入され、超音速分子ジェット流6を形成する。超音速分子ジェット流6となって冷却された分子は、レーザ照射系3から出射したレーザ光7により励起されイオン化される。イオン化された特定分子は、イオン化室2内のイオン光学系36により加速偏向された後、飛行時間型質量分析計4で分析される。
図2および図3に示されるように、上記基本構成における上記ガス導入系1、イオン化室2およびイオン光学系36を一体型の構造とし、単一真空排気系37を備えて差動排気するとともに、イオン化室2に、被測定ガス5を上記飛行時間型質量分析計4の方向に噴射するためのガス導入系1のオリフィスノズル17を内包し、かつ先端が突起状である出鼻型の対向電極11と、先端が突起状である出鼻型の引き出し電極12と、イオンを通過させるためのピンホールを有する仕切り板18と、アインツェルレンズ13と、さらに隔壁で覆われた円筒状のポテンシャルスィッチ電極14およびX,Yディフレクタ15(図1参照)とからなるイオン光学系36を内包する。そして、これらの電極はすべて支持棒22により一体として組み立てられ、常に同心を持つ構造となっている。オリフィスノズル17を内包する出鼻型対向電極11の先端を非接触で加熱する赤外線導入装置42を真空槽内に有する配置とし、さらに引き出し電極12の先端から仕切り板18までの範囲の電極部材の一部または全てをメッシュ構造とすることを特徴とする。
なお、対向電極11には、通常+2kVの高電圧が印加されるため、対向電極11とオリフィスノズル17とは絶縁ガイシ23を介し固定されて電気的に絶縁性を保ち、対向電極11の先端部表面が同一平面状にある構造とする。
被測定ガス5は、対向電極11内のオリフィスノズル17を通って電極先端から噴出して超音速分子ジェット流6を形成し、レーザイオン化領域8において特定分子のイオンが生成された後、イオンビームは収束され、引き出し電極12の先端開口部から電極内に導入され、電極内に配置されたピンホールを有する仕切り板18のピンホール18aを通過した後、アインツェルレンズ13、更に隔壁16で覆われた円筒状のポテンシャルスィッチ電極14およびX,Yディフレクタ15(図2、図3には図示しない。図1参照)により加速・偏向されて飛行時間型質量分析計4の検出器に到達する。
本発明の上記装置構成において、対向電極11と引き出し電極12を、先端が突起状である出鼻型の電極とすることで、電極間の等電位面のレンズ効果により、イオンビームを集束させて飛行させる効果が得られ、イオンビームの焦点は、引き出し電極12内に形成される。
引き出し電極12内のイオンビームの焦点位置にピンホール18aが位置するように仕切り板18を配置することで、特定分子のイオンのみを通過させることが出来る。一方、引き出し電極12の先端から仕切り板18までの範囲の電極部材の一部または全てをメッシュ構造とすることにより、レーザイオン化領域8で生成されたイオン30は中性粒子との衝突により失活されるのを抑制することが出来る。
更に、引き出し電極12およびアインツェルレンズ13を通過したイオン30は、隔壁16で覆われた円筒状のポテンシャルスィッチ電極14およびX,Y−ディフレクタ15(図1参照)により、特定分子のイオンのみが選択的に加速・偏向されることが出来るため、特定分子以外のイオンや中性粒子による検出信号のノイズがなく、選択性の高い質量分析が可能となる。
以上の結果、試料ガスをイオン化室2内に連続的に導入した場合でも、差動排気によりイオン化室2内の真空度を高く保持し、レーザイオン化領域8で生成したイオンを分子衝突により失活させずに効率的に質量分析計の検出器に到達させ、特定分子の選択性および検出感度を格段に向上することが可能となる。
しかし、本発明者らの確認実験によれば、高沸点分子を含む試料ガスを測定する場合、ノズル先端の開口径が有機分子の沈着により狭幅化し、超音速分子ジェット流内の注目分子の内部エネルギーは徐々に上昇していく。更に、実験を継続すると最終的にノズルが閉塞し、信号が得られなくなることが確かめられた。そこで、本発明では、ランプ加熱機構を新たに設置した。前述したように、引き出し電極12には高電圧が印加されているため、ヒーター等による直接加熱は困難である。そこで、本発明者らは図3で示すように、ランプ加熱機構45を、電極上部の真空槽フランジ44上に設置されたXYステージ40上に設置した。
ランプ38の光は鏡筒39内で集光され、また、XYステージ40を走査することで、赤外線真空導入部41を介して、引き出し電極12先端に導入される。これにより、電極先端を所定の温度に加熱することが可能となる。予め、所定のガス噴射条件において、ランプ加熱の投入電力の最適値を求めておき、これを用いてガスの測定温度に合わせてランプ38への投入電力を制御する構造とした。
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
以下に、本発明の実施例について説明する。
以下の本発明の実施例は、上述した図3に示された装置を用いて行われた。
出鼻電極の対向電極11内に配置されたオリフィスノズル17は、オリフィスが50μm径のノズルを用い、出鼻型の引き出し電極12内のイオンビーム焦点位置(電極先端から20mmの位置)に配置された円盤状の仕切り板18は、ピンホール径が1.0mmのものを用いた。イオン化室2の真空排気は、排気速度3m/sのターボ分子ポンプと、その粗引き用ポンプとして排気速度1.5m/sのロータリーポンプを組み合わせて用いることでイオン化室2内の真空度は5x10−5Torrに維持し、この時の飛行時間型質量分析計4内の真空度は5x10−7Torrであった。
出鼻型の対向電極11内に配置されたオリフィスノズル17からレーザイオン化領域8までの距離は20mmとした。先ず、比較例として、図2に示すような出鼻対向電極11内の内蔵ヒーター43を用いてノズルを加温した際のノズル内部温度と対向電極先端の温度を測定した結果を表1に示す。ノズルの内部の温度を22℃〜40℃〜105℃と昇温していっても、対向電極先端の温度は21℃から全く変化していないことがわかる。このように、出鼻対向電極の構造上、先端を加熱できない従来の方法では、該測定気体を狙いの温度で加熱しながら超音速分子ジェットを形成することが困難であったことがわかる。
Figure 0005381110
次に、図3に示すランプ加熱機構45を用いて、出鼻対向電極11先端を加熱した際のノズル温度と対向電極先端の温度を測定した結果を表2に示す。ノズルの内部の温度を29℃〜52℃〜58℃162℃〜189℃と昇温し、出鼻対向電極先端温度がこれらの温度と等しくなるように出力を決定した。また、超音速分子ジェットを噴射し始めると、先端温度はほぼ10℃程度低下することが確かめられた。この際、ガイシはサファイアを用いた。従来ガイシとして用いたテフロン(登録商標)では、加熱による変形が発生してしまうことが観察された。高電圧が印加される出鼻電極とノズルは電気的に絶縁する必要があり、絶縁性が高く、熱伝導性の高いサファイアや単結晶マグネシア、アルミナセラミックスを用いる方が良い。
Figure 0005381110
赤外ランプの出力を適当な値に設定することで、ノズル内部と出鼻電極先端の温度をほぼ等しくすることが出来るようになった。これにより、高沸点分子の際に問題となったピンホールの目詰まりも連続200時間の測定でも全く発生しないことを確かめた。
図4に、石炭を窒素雰囲気中で室温から6℃/minで昇温しながら、1000℃まで過熱した際に放出される有機分子の超音速分子ジェット質量スペクトルを示す。ここでは、イオン化には真空紫外レーザ(118nm、Nd3+:YAGレーザの9倍波)を用いた。真空紫外レーザを用いた場合、ほとんどの芳香族炭化水素は一光子イオン化されることが報告されている。図4(a)はランプ加熱を行わなかった場合、(b)はランプ加熱を行い、ノズル先端を200℃に保持した場合である。(a)と比較して(b)では質量数178および202の有機分子の信号強度が増加していることがわかる。これら分子は、質量数178がフェナントレン(融点:99℃、沸点:338℃)、アントラセン(融点:217℃、沸点:340℃)に相当し、質量数202がピレン(融点:150℃、沸点:393℃)に相当するものと思われる。これらの分子は、ノズル先端付近が低温となった場合、その近傍に沈着して放出された際の組成に比例して検出されていないものと考えられる。以上のように、高沸点分子を含む試料ガスの測定には、ランプによるノズル先端加熱が有効であることが証明された。
また、ランプ加熱を用いた場合、このような高沸点有機分子を含む試料ガスの測定を行っても、ノズル目詰まりは100時間にわたって起こらなかった。
本発明は、超音速分子ジェット多光子吸収イオン化質量分析(Jet−REMPI)法に適用できる。
1 ガス導入系
2 イオン化室
3 レーザ照射系
4 飛行時間型質量分析計
5 被測定ガス
6 超音速分子ジェット流
7 レーザ光
8 レーザイオン化領域
9 検出器
10 試料ガス導入ノズル
11 対向電極
12 引き出し電極
13 アインツェルレンズ
14 ポテンシャルスィッチ電極
15 X,Yディフレクタ
16 隔壁
17 オリフィスノズル
18 仕切り板
19 メッシュ
21 ガイド電極
22 支持棒
23 絶縁ガイシ
24 スキマー
25 Nd3+:YAGレーザ
26 色素レーザ
27 非線形光学結晶
28 集光レンズ
29 ビューポート
30 イオン
31 抵抗分割器
32 プリアンプ
33 デジタルオシロスコープ
34 BOXCAR積分器
35 パーソナルコンピュータ
36 イオン光学系
37 真空排気系
38 ランプ
39 鏡筒
40 XYステージ
41 赤外線真空導入部
42 赤外線導入装置
43 ヒーター

Claims (1)

  1. ガス中の特定分子を分析するJet−REMPI装置において、
    被測定ガスを導入するガス導入系と、該被測定ガス中の特定分子をレーザ励起してイオン化するイオン化室と、イオン化された特定分子を分析のために導くイオン光学系と、該被測定ガスにレーザ光を照射するレーザ照射系と、該イオン化された特定分子の質量分析を行う飛行時間型質量分析計とからなるJet−REMPI装置であり、前記ガス導入系、前記イオン化室、前記イオン光学系、及び前記飛行時間型質量分析計は一直線上に配置され、
    前記ガス導入系は、前記被測定ガスを前記飛行時間型質量分析計の方向に噴射するためのオリフィスノズルを内包し、
    前記イオン光学系は、先端が突起状である出鼻型の対向電極と、先端が突起状である出鼻型の引き出し電極と、前記イオンを通過させるためのピンホールを有する仕切り板と、アインツェルレンズと、隔壁で覆われた円筒状のポテンシャルスィッチ電極と、X,Yディフレクタとからなり、
    前記ガス導入系、前記イオン化室、及び前記イオン光学系を一体型の構造とし、前記対向電極は前記オリフィスノズルの出口を内包し、前記ガス導入系、前記イオン化室、及び前記イオン光学系の一体型の構造は、単一真空排気系を備えて差動排気し、
    前記ガス導入系から前記イオン化室内に被測定ガスを前記飛行時間型質量分析計の方向に連続的に導入して超音速分子ジェット流を形成するとともに、前記レーザ照射系からレーザ光を該超音速分子ジェット流に対して照射して被測定ガス中の特定分子を共鳴多光子吸収過程でイオン化し、該生成イオンを前記イオン化室内のイオン光学系により加速偏向させた後、前記飛行時間型質量分析計で被測定ガス中の前記特定分子を分析するJet−REMPI装置であって、
    前記対向電極先端を局部的に加熱可能な赤外線導入装置を配置し、
    前記対向電極内に、サファイア、単結晶マグネシア、アルミナセラミックスのいずれかを用いた絶縁ガイシを設置し、前記引き出し電極の先端から前記仕切り板までの範囲の電極部材の一部または全てをメッシュ構造とすることを特徴とするガス分析用Jet−REMPI装置。
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