多孔質セラミックスで形成されたハニカム構造体は、ディーゼルエンジンの排気ガスから粒子状物質を捕集し除去するディーゼルパティキュレートフィルタ(以下、「DPF」と称することがある)など、高温下で使用されるフィルタの基体として用いられている。このようなハニカム構造体は、外周面に外周被覆剤を塗布し加熱・硬化させることにより形成された、外周材層を備えているのが一般的である。このように外周材層を設けることにより、ハニカム構造体の外形を整え、ハニカム構造体を収容するケーシングに合わせた所定寸法とすることができる。
また、DPFでは粒子状物質の捕集に伴って圧力損失が増加するため、これを抑えるためにハニカム構造体の容積をできるだけ大きくしたいという要請がある。ここで、容積を大きくするためにハニカム構造体の軸方向の長さ(ガスの流通方向の長さ)が大きくなると、ガスの流通抵抗が増加して初期圧力損失が大きくなってしまう。そのため、軸方向の長さは比較的短いものに抑えながら、断面積を大きくするという方策が考えられる。ところが、ハニカム構造体は押出成形で成形されることが多く、断面積の大きな構造体を押出成形で成形することは困難であることから、ハニカム構造のセグメントを押出成形した後、セグメント同士を接合し、複数のセグメントの接合体としてのハニカム構造体をフィルタ基体として用いることが広く行われている。
この場合、セグメントの形状は一般的に角柱状であり、その接合による角柱状の接合体の外形を切削加工することによって、断面円形または楕円形の形状にフィルタ基体が整形されることが多い。このような外形の切削加工によって、ハニカム構造体におけるガスの流通路を区画する隔壁は部分的に切除されることになり、外周面に凹凸が生じると共にガスの流通路が外周面で開口する。そのため、セグメントの集合体としてのハニカム構造体では、外周面に外周被覆剤を塗布することにより、外周面の凹部が充填されて滑らかな面に整えられると共に、開口したガスの流通路が被覆剤によって閉塞され、排気ガスのリークが防止される。
このように使用される外周被覆剤としては、従来、炭化珪素やコーディエライトなどのセラミックス粉末に、セラミックスファイバ等の無機繊維、無機バインダ、及び有機バインダを添加し、水と混合した混合物が使用されている(例えば、特許文献1〜3参照)。)これらの文献に記載の技術は、DPFに捕集された粒子状物質を燃焼・除去する再生処理を行う場合など、ハニカム構造体が高温下で使用される際に発生するおそれのある熱応力を、繊維材料の有する弾性によって吸収・緩和することを意図したものである。
しかしながら、このように繊維材料を含有する外周被覆剤は、外形の切削加工によって凹凸を有するハニカム構造体の外周面を塗布対象面とする場合、摩擦抵抗が大きいために延びが悪く、作業性に劣るという問題があった。また、繊維材料を含有する外周被覆剤は、ハニカム構造体の外周面の凹部に入り込みにくく、凹凸のない滑らかな面に外周面を仕上げることが難しいという問題があった。
また、従前より、セグメントを接合するための接合剤を、外周被覆材として流用することも多く行われている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、接合剤に求められる特性と外周被覆剤に求められる特性とは、異なっている。すなわち、セグメントの外周面は平滑度の高い面であるため、接合剤には外周被覆剤ほど延びの良さは必要とされない一方で、セグメント同士を接着するために高い粘着性が必要である。これに対し、外周被覆剤は、上述のように凹凸を有する外周面にスムーズに塗布できる延びの良さや、凹部に入り込み易い流動性が必要である一方で、粘着性はさほど必要とされない。従って、このように異なる特性が要求される接合剤と外周被覆剤に、同組成の混合物を使用することは、適切であるとは言えなかった。
なお、特許文献2では、接合剤を外周被覆剤として流用することは適切でないとして、接合剤とは組成の異なる外周被覆剤を提案している。しかしながら、特許文献2の外周被覆剤は、接合剤と同じくセラミックスファイバを含有しているため、塗布作業性及び凹部の充填性に劣るという上述の問題を、依然として有しているものであった。
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、多孔質セラミックスで形成されたハニカム構造体の外周面を被覆するための外周被覆剤であって、凹凸を有する外周面であっても塗布作業性及び凹部の充填性に優れると共に、ハニカム構造体に発生する熱応力を、繊維材料を用いることなく吸収・緩和できる外周材層を形成することが可能な外周被覆剤、の提供を課題とするものである。
上記の課題を解決するため、本発明にかかる外周被覆剤は、「多孔質セラミックスで形成されたハニカム構造体の外周面を被覆するための外周被覆剤であって、炭化珪素粒子、及び、該炭化珪素粒子より平均粒子径が小さいシリカまたはアルミナの球状粒子が水系溶媒に混合されて形成されており、前記球状粒子が外周被覆剤の全質量に対し32重量%〜41重量%含有されていると共に、前記球状の中空粒子の平均粒子径は、前記炭化珪素粒子の平均粒子径と等しく、繊維材料は含有されていない」ものである。
「平均粒子径」は、炭化珪素粒子と球状粒子について同一の定義を用いて評価するものであれば、定義の種類は問わず、例えば、レーザー回折式粒度分布測定装置で測定した場合の体積基準50%粒子径や、画像解析法で粒子径を測定した場合の数平均値とすることができる。
「球状粒子」は、後述の作用効果を有効に奏するためには、真球に近い球状であることが望ましく、粒子における最大直径と最小直径との差の平均粒子径に対する百分率で真球の度合いを表した場合、50%以下であることが望ましく、20%以下であればより望ましい。なお、球状粒子として、球状のシリカ粒子及び球状のアルミナ粒子を、単独または併用して使用することができる。
「水系溶媒」としては、無機バインダの水溶液や有機バインダの水溶液を例示することができ、無機バインダとしては、シリカやアルミナのコロイダルゾルを使用可能であり、有機バインダとしては、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース等を使用可能である。溶媒を水系とすることにより、外周被覆剤の調製が容易となると共に、調製された外周被覆剤の濃度や粘度が経時的に変化しにくいものとなる。
本発明の外周被覆剤は、炭化珪素粒子をいわゆる“骨材”として含有する。炭化珪素は熱伝導率が高いことに加えて熱膨張率が小さいことから、耐熱衝撃性に優れている。そのため、外周被覆剤によって形成される外周材層は耐熱衝撃性が高く、特に高温下で使用されるハニカム構造体の外周を被覆する材料として適している。
そして、本発明の外周被覆剤には、塗布対象面との摩擦抵抗を増加させる繊維材料は含有されておらず、炭化珪素粒子より粒径が小さい球状粒子が含まれている。これにより、炭化珪素粒子と炭化珪素粒子との間に介在する球状粒子が、炭化珪素粒子を移動させるコロのように作用し、炭化珪素粒子の流動性を向上させる。そして本発明では、球状粒子が外周被覆剤の全質量に対して約3割以上と、かなり多く含有されていることにより、塗布に際して非常に延びが良く、外形の切削加工によって凹凸を有するハニカム構造体の外周面であっても、良好な作業性でスムーズに塗布することができる。また、流動性が高いため外周面上の凹部にも入り込み易く、凹部が十分に充填されて外周面を滑らかな面に仕上げることができる。なお、球状粒子の粒径は、大き過ぎても小さ過ぎても、炭化珪素粒子を移動させるコロとしての作用を十分に発揮することができない。そのため、球状粒子の平均粒子径は、炭化珪素粒子の平均粒子径の1〜20%であると望ましい。
ここで、球状粒子の含有割合が大きすぎれば、その分だけ骨材としての炭化珪素粒子の含有割合が低下し、外周材層の耐熱性や機械的強度が低下する。これに対し、本発明では、球状粒子の含有割合を41重量%を超えない範囲としていることにより、炭化珪素粒子の含有割合を確保し、外周材層の耐熱性や機械的強度を確保することが可能となる。
加えて、本発明では、球状粒子としてシリカまたは/及びアルミナの粒子を使用しているが、シリカやアルミナは炭化珪素より弾性率が小さい。そのため、ハニカム構造体が高温下で使用された際に熱応力が発生しても、外周被覆剤の全質量に対し32重量%〜41重量%含有されていることにより、外周材層にかなり多く含有されるシリカまたは/及びアルミナの粒子の存在によって、熱応力が吸収・緩和される。すなわち、本発明の外周被覆剤は、繊維材料を含有することなく、熱応力を吸収・緩和できる外周材層を形成することができる。
本発明にかかる外周被覆剤は、上記構成に加え、「球状の中空粒子が、外周被覆剤の全質量に対し0.1〜3.0重量%含有されている」ものとすることができる。
「中空粒子」としては、中空の樹脂粒子や炭素質粒子を使用できるほか、中空のシリカ粒子やアルミナ粒子を使用可能である。
本発明では、中空粒子を含有することにより、外周被覆剤により形成された外周材層中に多数の気孔が生成する。すなわち、中空粒子が樹脂粒子や炭素質粒子である場合は、加熱により中空粒子が燃焼し、その消失跡に中空粒子の形状に対応した形状の気孔が残留する。一方、中空粒子がシリカやアルミナの中空粒子である場合は、シリカやアルミナの殻の中に気孔が存在する。これらの気孔の存在により、外周材層の断熱性が高まり、ハニカム構造体から外部への熱伝導が抑制されるため、ハニカム構造体が高温下で使用される際に高温に保持し易いものとなる。
また、仮に、高温下での使用に際して生じた熱応力によりハニカム構造体においてクラックが発生しても、気孔の存在によってクラックの伸展が抑制される。加えて、中空粒子が球状であることにより、気孔には応力が集中しやすい角部が存在しないため、クラックの伸展や新たなクラックの発生が有効に抑制される。
更に、中空粒子の添加によって外周被覆剤の粘性が増加し、ハニカム構造体の外周に塗布する際の作業性が低下するおそれがあるところ、本発明では中空粒子の含有割合を外周被覆剤の全質量に対し0.1〜3.0重量%とすることにより、外周材層において熱応力が吸収・緩和される作用を発揮しながら、後述のように、外周被覆剤の粘性の増加が抑制されている。
本発明にかかる外周被覆剤は、上記構成に加え、「25℃における粘度が、15Pa・s〜40Pa・sである」ものとすることができる。ここで、「25℃における粘度」は、B型粘度計を用い、MロータNo.4、回転速度5rpm、温度25℃の条件で、JIS R1652に準拠した方法で測定した値をいう。
後述のように、外周被覆剤の粘度が15Pa・s〜40Pa・sの範囲であれば、実用的な作業性を示すと共に、外周被覆剤によって一旦は充填された凹部が再び窪んでしまう現象、いわゆる“引け”という現象が生じにくい。なお、粘度範囲は15Pa・s〜30Pa・sであれば、作業性が極めて良好となり、より望ましい。
本発明にかかる外周被覆剤は、上記構成に加え、「チクソトロピック指数が2.7〜4.6である」ものとすることができる。
本発明の外周被覆剤は、後述のように、保存により粘度が増加しても、剪断力を加えることにより再び粘度が低下するため、一度に多量に作り置きして後日使用することが可能であり、使い勝手が良い。このような性質を直接的に評価するものではないが、上記のような優れた性質を有する本発明の外周被覆剤の剪断速度依存性をチクソトロピック指数で評価したところ、上記の値であった。
以上のように、本発明の効果として、多孔質セラミックスで形成されたハニカム構造体の外周面を被覆するための外周被覆剤であって、凹凸を有する外周面であっても塗布作業性及び凹部の充填性に優れると共に、繊維材料を用いることなく、ハニカム構造体に発生する熱応力を吸収・緩和できる外周材層を形成することが可能な外周被覆剤、を提供することができる。
以下、本発明の一実施形態である外周被覆剤について、説明する。ここでは、ディーゼルエンジンから排出されるガスの流通路に配設されてガス中の粒子状物質を捕集するディーゼルパティキュレートフィルタ(DPF)の基体、として使用されるハニカム構造体の外周面を被覆するための外周被覆剤に、本発明の外周被覆剤を適用する場合を例示する。
本実施形態の外周被覆剤は、炭化珪素粒子、及び、該炭化珪素粒子より平均粒子径が小さいシリカの球状粒子が水系溶媒に混合されて形成されており、球状粒子が外周被覆剤の全質量に対し32重量%〜41重量%含有されていると共に、繊維材料は含有されていないものである。また、本実施形態の外周被覆剤には、球状の中空粒子が外周被覆剤の全質量に対し0.1〜3.0重量%含有されている。
次に、本実施形態の外周被覆剤を上記構成とした根拠について説明する。
炭化珪素粒子として平均粒子径が30μmの炭化珪素粉末(信濃電気精錬製,GP−#400)、球状粒子として平均粒子径1.2μmの球状シリカ(アドマテック製,アドマファインSO−C5)、無機バインダとしてコロイダルシリカ(日産化学工業製,スノーテクスO)、有機バインダとしてカルボキシメチルセルロース(ダイセル化学製,CMCダイセル)、及び、分散剤(サンノプコ製,SNディスパーサント5468)を使用し、カルボキシメチルセルロースの1.26重量%水溶液に他の材料を混合することにより、表1に示す組成S1〜S5の外周被覆剤を調製した。なお、何れの組成においても、炭化珪素粒子と球状粒子との和は、外周被覆剤の全質量に対して82.6重量%であり、組成S1から組成S5まで球状粒子の含有割合が減少するのに伴い、炭化珪素の含有割合が増加している。
外周被覆剤の塗布対象であるDPFは、次のように製造した。まず、平均粒子径12μmの炭化珪素粉末75重量%、平均粒子径10μmの窒化珪素粉末20重量%、及び平均粒子径15μmのカーボン粉末5重量%を、有機バインダとしてのカルボキシメチルセルロース、分散剤、水と混合・混練して所定の粘度の混練物とした。この混練物を押出成形することにより、単一の方向に延びて列設された隔壁により区画された複数のセルを備えるハニカム構造を有する、角柱状のセグメントの成形体を作製した。成形体を乾燥した後、非酸化性雰囲気下で焼成し、セグメントの焼結体を得た。ここで、各セグメントの焼結体の隔壁の厚さは0.4mm、長さは150mmであり、セル密度は200セル/平方インチであった。
セグメントの焼結体の4個を公知の接合剤で接合し、得られた角柱状のセグメント接合体の外形を切削加工することにより、直径60mmの円形断面を有する円柱状のハニカム構造体を得た。この切削加工により、外周面に凹凸が形成された。
ハニカム構造体の外周面に、外周被覆剤S1〜S5をそれぞれ塗布し、延びの良さ、塗布のし易さ、及び、凹部への充填のし易さで、総合的に作業性を評価し、作業性が大変良好である場合を◎、良好である場合を○、やや不良である場合を△、不良である場合を×で評価した。その結果を、表1に併せて示す。より具体的には、組成S1は、少し垂れ易い傾向はあったが、さらさらした感触で作業性は良好であった。組成S2は、とろりとした感触で延びが良く、非常に塗布し易いものであった。組成3は、少しもっさりとした感触があり、塗布後の固化が速いものであった。組成4及び組成5は、固化が速すぎて塗布作業を行うことができなかった。
組成S1〜組成S3の外周被覆剤をそれぞれ外周に塗布したハニカム構造体を、約80℃で乾燥させた後、約850℃で1時間加熱して外周被覆剤を硬化させた。これにより、ハニカム構造体の外周面に、約0.5mm厚さの外周材層が形成された。かかる構成のハニカム構造体について、次のように耐熱衝撃性試験を行い、クラックの発生の有無を評価した。耐熱衝撃性試験は、所定温度に保たれた電気炉内にハニカム構造体を20分間保持した後、室温の炉外に取り出して急冷し、クラックの発生の有無を確認することにより行った。その結果、組成S1〜組成S3の外周被覆剤から形成された外周材層は、何れも約650℃の加熱後の急冷によってもクラックが発生せず、良好な耐熱衝撃性を示した。この評価結果を、表1に併せて示す。
以上のことから、組成S1〜組成S3の外周被覆剤は、実用的な塗布作業性を有すると共に、外周被覆剤から形成される外周材層の耐熱衝撃性も良好であった。特に、球状粒子の含有割合が33重量%と、外周被覆剤の全質量の約3分の1を球状粒子が占める組成S2では、作業性が極めて良好であった。そして、組成S2より球状粒子の割合が多い組成S1も、組成2より球状粒子の割合が少ない組成S3も、作業性は組成S2に比べると低かったが、少なくとも組成S1〜組成S3の範囲、すなわち、球状粒子の割合が約25重量%〜約41重量%の範囲では、外周被覆剤は実用的な作業性を示すものであった。
次に、外周被覆剤に球状の中空粒子を添加し、その作用効果を検討した。上記の検討結果により、塗布作業性が極めて良好であった組成S2を基本組成とし、これに平均粒子径100μmの球状で中空の樹脂粉末(松本油脂製,F−80E)を、外掛けでそれぞれ0.1重量%、0.3重量%、0.5重量%、3.0重量%添加し、組成P1、組成P2、組成P3及び組成P4の外周被覆剤を調製した。同様に、組成S2の基本組成に、平均粒子径30μmの球状で中空の樹脂粉末(松本油脂製,80GCA)を、外掛けでそれぞれ0.1重量%、0.3重量%、0.5重量%、3.0重量%添加し、組成Q1、組成Q2、組成Q3及び組成Q4の外周被覆剤を調製した。これらの外周被覆剤について、外周被覆剤の全質量を100重量%として換算した組成を、表2に示す。
各組成の外周被覆剤を上記と同様のハニカム構造体に塗布し、作業性を評価した。その結果、何れの組成においても作業性は良好であったが、組成P3,P4及びQ4では多少重い感触(延びが悪い)があり、中空粒子を3.0重量%より多く含有させたとしたら作業性が低下すると予想された。また、何れの組成においても、外周被覆剤によって一旦充填された凹部が時間の経過に伴って窪んでしまう“引け”の現象は見られなかった。加えて、中空粒子の平均粒子径が100μmと大きい組成P1〜P4に比べて、中空粒子の平均粒子径が30μmである組成Q1〜Q4の方が、ハニカム構造体の外周面に塗布する作業が行い易かった。これは、組成Q1〜Qでは、中空粒子の平均粒子径が炭化珪素粒子の平均粒子径と同程度であり、炭化珪素粒子だけではなく中空粒子もまた、球状粒子によるコロの作用を受けて流動し易くなるためと考えられた。作業性の評価結果を、組成P1〜組成P4について表3に示し、組成Q1〜組成Q4について表4に示す。
また、上記と同様の方法で耐熱衝撃性試験を行ったところ、組成P1〜組成P4、及び、組成Q1〜組成Q4の外周被覆剤から形成された外周材層は、何れも850℃の加熱後の急冷によってもクラックが発生せず、極めて良好な耐熱衝撃性を示した。この評価結果を、表3及び表4に併せて示す。ここで、組成P1〜組成P4、及び、組成Q1〜組成Q4の外周被覆剤から形成された外周材層が、組成S1〜組成S3の外周被覆剤から形成された外周材層より高い耐熱衝撃性を示すのは、球状で中空の樹脂粒子が消失した跡に、図2(a),(b)に例示するように、ほぼ球状の気孔が形成されており、気孔の存在によって熱応力が吸収・緩和されているためと考えられた。加えて、仮にクラックが発生したとしても、気孔によってその伸展が抑制されると考えられた。また、気孔がほぼ球状で応力が集中し易い角部が存在しないため、熱応力の発生に起因するクラックの発生自体も抑制されているものと考えられた。
なお、図2(a),(b)は、それぞれ組成P3及び組成Q3の外周被覆剤から形成された外周材層の切断面を、走査型顕微鏡(日本電子株式会社製、JXA−840型)で観察した像(以下、「SEM観察像」と称する)である。また、SEM観察像における気孔の形状は何れもほぼ円形であり、図示は省略するが、異なる方向で切断した断面についてのSEM観察像においても、ほぼ円形の気孔が観察されたことから、気孔の形状はほぼ球状であると言うことができる。
これらの結果から、球状粒子に加えて、更に球状の中空粒子を外周被覆剤の全質量に対して0.1重量%〜3.0重量%含有させることにより、外周被覆剤の良好な作業性及び保存性を失うことなく、より耐熱衝撃性及び断熱性に優れる外周材層を形成することができると考えられた。
また、各組成の外周被覆剤について、調製直後の粘度を測定した結果を表3及び表4に併せて示す。ここで、粘度測定は、B型粘度計(TOKI SANGYO製 TVB−10M)を使用し、JIS R1652に準拠した方法で行った。測定条件はMロータNo.4、回転速度5rpm、測定温度25℃であった。中空の樹脂粒子は、中空であるが故にかなり嵩高いが、その嵩高さから懸念されるほど粘度が大幅に増加することはなかった。ここで、外周被覆剤の粘度は、上記の作業性と大きく関連していると考えられる。すなわち、粘度が高過ぎれば延びが悪く、凹部への充填性が低下する。一方、粘度が低過ぎれば、垂れやすいことに加え、多孔質のハニカム構造体の気孔内に吸収されやすく、一旦は充填された凹部に“引け”が生じる原因となる。上記の作業性の評価結果と表3及び表4を考え合わせると、少なくとも組成P1〜P4及びQ1〜Q4の粘度、すなわち、15〜40Pa・sの粘度範囲であれば、実用的な作業性を示すと考えられた。また、“引け”の現象も観察されなかったことから、上記の粘度範囲の外周被覆剤は、多孔質のハニカム構造体(気孔率40〜60体積%)の気孔内に吸収されにくいと考えられた。
加えて、表3及び表4に示すように、中空の樹脂粒子の添加量の増加に伴って、粘度が少しずつ増加する傾向がある。上記のように、組成P3,P4,Q4で作業性がやや低下したことから、粘度が30Pa・sを超えると作業性がやや低下すると考えられる。従って、外周被覆剤の粘度は15〜41Pa・sであれば実用的な作業性が得られ、粘度範囲が15〜30Pa・sであれば極めて良好な作業性を示し、より望ましいと考えられた。
また、中空粒子の添加量が同じ組成同士を比較した場合、中空粒子の平均粒子径が小さい組成Q1〜組成Q4の方が組成P1〜組成P4に比べて粘度が低い傾向があり、上述の作業性の評価結果と対応していると考えられた。これは、組成Q1〜組成Q4では中空粒子の平均粒子径が炭化珪素粒子の平均粒子径とほぼ等しく、上述のように球状粒子によるコロの作用を受け易いのに対し、組成Q1〜組成Q4では中空粒子の平均粒子径が大き過ぎ、球状粒子によるコロの作用を受けにくいためと考えられた。なお、本実施形態では、炭化珪素粒子の平均粒子径に対する球状粒子の平均粒子径の割合は約4%であり、中空粒子(Q1〜Q4)の平均粒子径に対する球状粒子の平均粒子径の割合は同じく約4%であるのに対し、中空粒子(P1〜P4)の平均粒子径に対する球状粒子の平均粒子径の割合は約0.1%である。
加えて、一般的に、炭化珪素などのセラミックスを水系溶媒に混合した混合物は、保存により硬化して流動性を失いやすく、或いは、水と固体とに分離する現象を起こしやすいところ、組成S1〜S3、組成P1〜P4、及び、組成Q1〜Q4の外周被覆剤は、調製後は時間の経過に伴い粘度が増加するが、撹拌によりほぼ元の粘度に戻ることが確認された。例として、組成P3及び組成Q3について、調製直後、二日経過後、二日経過後に混合撹拌機(DALTON製 25XAMU−rr)により回転数120rpmで90秒撹拌したとき、及び、二日経過後にヘラを用いて30秒手動撹拌したときの粘度を、それぞれ図1(a)及び図1(b)に示す。なお、粘度測定には上記と同様に、B型粘度計(TOKI SANGYO製 TVB−10M)を使用し、測定条件はMロータNo.4、回転速度5rpm、測定温度25℃であった。
図1及び図2に示すように、二日間の保存により粘度は増加するが、混合撹拌機による撹拌によって、調製直後と同程度の粘度まで低下した。これは、球状粒子の存在により、外周被覆剤において炭化珪素粒子の凝集が有効に抑制されているためと考えられた。このことから、上記構成の外周被覆剤は、時間が経過しても作業性の良さを失わない、保存性の良好な外周被覆剤であると評価することができる。また、手動で30秒間撹拌するだけでも、粘度はかなり低減するため、扱いが極めて簡易であり、実用性が高い外周被覆剤であると評価することができる。
上記の優れた作用は、時間の経過に伴う粘度の増加が比較的緩やかであると共に、剪断により短時間で粘度が減少する性質によると考えられる。このような性質の程度を評価することは難しく、直接的に評価するものではないが、本実施形態の外周被覆剤の剪断速度依存性を、次のようにチクソトロピック指数で評価した。ここで、チクソトロピック指数は、温度25℃における、B型粘度計による回転数6rpmの粘度(η6rpm)と回転数60rpmの粘度(η60rpm)との比(η6rpm/η60rpm)で表した。なお、測定には、上記と同様にB型粘度計(TOKI SANGYO製 TVB−10M)、MロータNo.4を使用した。その結果、表5に示すように、上記の優れた性質を有する本実施形態の外周被覆剤のチクソトロピック指数は、2.7〜4.6の範囲であった。
上記のように、本実施形態の外周被覆剤は、塗布対象面との摩擦抵抗を増加させる繊維材料を含有しておらず、炭化珪素粒子をコロのように移動させる球状粒子を含有しているため、流動性に優れ、外形の切削加工によって凹凸を有するハニカム構造体の外周面であっても、良好な作業性で滑らかな面に仕上げることができる。そして、本実施形態の外周被覆剤における炭化珪素粒子と球状粒子の平均粒子径の大きさの関係(炭化珪素粒子の平均粒子径に対する球状粒子の平均粒子径の割合約4%)は、球状粒子によるコロの作用が良好に発揮されるために適していると考えられた。
また、本実施形態の外周被覆剤は、球状粒子を外周被覆剤の全質量に対して32〜41重量%含有していることにより、球状粒子のコロとしての作用が十分発揮されると共に、骨材としての炭化珪素粒子の含有量も41〜58重量%は確保されているため、ある程度の機械的強度が担保されると共に、形成された外周材層が十分な耐熱衝撃性を有するものとなっている。
更に、外周被覆剤が炭化珪素より弾性率の小さいシリカ粒子を32〜41重量%含有していることにより、ハニカム構造体が高温下で使用された際に熱応力が発生したとしても、その熱応力は外周材層において吸収・緩和され易い。
また、外周被覆剤が球状で中空の樹脂粒子を全質量に対して0.1重量%〜3.0重量%含有していることにより、作業性や保存性を損なうことなく、外周材層に気孔を形成し、外周材層の耐熱衝撃性を高めることができると共に、熱応力に起因するクラックの発生及び伸展を抑制することができる。また、気孔が多数形成されることにより、外周材層の断熱性が高いものとなり、ハニカム構造体からケーシングへの熱伝導が抑制される。
そして、本実施形態の外周被覆剤は、調製後の保存により経時的に粘度が増加しても、撹拌により容易に粘度が元の粘度に近い値に戻る性質を有するため、一回量ずつ使用のたびに調製しなくても、多量に調製し保存しておいて使用することが可能となる。これにより、調製のための労力を低減でき、使い勝手が良いと共に、使用されずに残った外周被覆剤を廃棄する必要がなくなり経済性を高めることができる。
加えて、上記では、外周被覆剤の骨材と同じ炭化珪素質セラミックスで形成されたハニカム構造体に対して、本実施形態の外周被覆剤を塗布しているため、形成された外周材層とハニカム構造体との熱伝導率が近く、両者の境界近傍で熱応力が発生にくいという利点を有している。
また、一般的にDPFの基体として多用されているセラミックスとして、コーディエライト質セラミックスと炭化珪素質セラミックスとを挙げることができるが、炭化珪素はコーディエライトと比較して熱膨張率が大きい。そのため、上記のようにフィルタ基体が炭化珪素質セラミックスである場合は、フィルタ基体がコーディエライト質セラミックスである場合に比べて、熱応力を有効に緩和する優れた作用効果を奏する外周材層を形成できる本実施形態の外周被覆剤を使用する意義が、より高いと言うことができる。
更に、炭化珪素はコーディエライトと比較して熱膨張率が大きいために、コーディエライト質セラミックスをフィルタ基体とする場合に比べて、複数のセグメントの接合によってフィルタ基体を構成させることが多い。そして、複数のセグメントの接合体であるフィルタ基体は、外形の切削加工によって必然的に外周面に凹凸が形成されることとなるため、凹凸を有する面に対して良好な作業性で滑らかな面に仕上げることができる本実施形態の外周被覆剤を、使用する意義が高い。
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
例えば、上記では、本発明の外周被覆剤をディーゼルエンジンから排出されるガスを浄化するDPFの基体としてのハニカム構造体に塗布する場合を例示したが、これに限定されず、その他の内燃機関や蒸気タービン等で使用されるフィルタなど、高温下で使用されることがあるフィルタの基体としてのハニカム構造体に塗布することにより、上述と同様の優れた作用効果を得ることができる。