JP5320782B2 - 植物色素体への遺伝子導入法 - Google Patents

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Description

本発明は、植物色素体ゲノムへの遺伝子導入方法に関する。また、該方法により色素体ゲノムに目的遺伝子が導入された形質転換植物体に関する。
高等植物の色素体は独自のゲノムを有しており、色素体ゲノムへ外来遺伝子を導入することによる色素体形質転換方法の開発が検討されてきた。色素体への遺伝子導入は、花粉を介した遺伝子拡散防止やタンパク質の効率的生産が容易になる。また、色素体ではジーン・サイレンシングが生じないことから、特に有用物質の大量生産やバイオマスの利用に重要な技術となる。1つの植物細胞には100個程度の色素体があり、より効率的な色素体形質転換方法が求められている。全ての色素体が外来遺伝子を持つようになる状態(ホモプラズミック)にする技術開発が必要とされる。
色素体への遺伝子導入は、クラミドモーナスで最初の成功例があった後、植物ではタバコ(非特許文献1)やジャガイモ(非特許文献2)などのナス科作物及びアブラナ科作物(非特許論文3)や、近年ではワタ(非特許文献4)やニンジン(非特許文献5)などの色素体へ遺伝子を導入した例が報告されている。また、様々な植物の色素体をターゲットとした形質転換技術(特許文献1、2、3)および、非緑色組織の色素体への形質転換法(特許文献3、非特許文献5)が報告されている。
単子葉植物ではイネでのみ色素体ゲノムへの遺伝子導入が報告されている。イネ色素体への遺伝子導入については、1999年に初めての成功例が報告(非特許文献6)されているが、後代種子が得られないなどの問題がある。また、2006年に韓国の研究グループがイネ色素体ゲノムへの遺伝子導入を報告(非特許文献7)しているが、再現性や作出効率に問題が残っている。
なお、本出願の発明に関連する先行技術文献情報を以下に示す。
特許公表2002-524023 特許公表2002-531096 特許公表2005-532069 Svab et al. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:8526-30 Sidorov et al. (1999) Plant J. 19:209-16 Nugent et al. (2006) Plant Sci. 170, 135-142. Kumar et al. (2004) Plant mol. Biol. 56: 203-216.(ワタ) Kumar et al. (2004) Plant Physiol. 136: 2843-2854.(ニンジン) Khan & Maliga (1999) Nal. Biotechnol. 17:910-915. Lee et al. (2006) Mol.Cells 21:401-410.
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、植物色素体ゲノムへの効率的な新たな遺伝子導入方法を提供することにある。また、本発明は、前記方法により色素体ゲノムに目的遺伝子が導入された形質転換植物体を提供することを目的とする。
色素体ゲノムへの遺伝子導入技術は成功例が報告されているものの、未だきわめて難しい技術であり、適応できる植物種は限られている。特にイネをはじめとする単子葉植物では、前述のイネの2例の報告をのぞいて全く成功例が報告されておらず、その報告においても後代種子が得られないことや、再現性や作出効率などの課題が残っている。
従来の色素体への遺伝子導入は、緑葉またはカルス等へパーティクルガン法により微細な金粒子に遺伝子をコーティングして打ち込むものである。打ち込んだ後、遺伝子が組み換えられた細胞を抗生物質耐性遺伝子などの選抜マーカーを用いて選抜する。
したがって、例えば色素体へ遺伝子を導入するためには、色素体が分化している組織を用いることが望ましく、タバコのように緑葉からの再分化効率の高い作物では比較的利用されやすかった。一方、イネ科作物では緑葉からの個体再生は不可能と考えられており、再分化能が高い黄白色のカルスでは外来遺伝子が受容される色素体が分化しておらず、遺伝子の導入がきわめて困難であった。
本発明者らは、上記の課題を解決するために、鋭意研究を行なった。
上述のとおり、色素体形質転換において、カルスのような非緑色組織へ遺伝子導入を行う場合、従来の色素体へ遺伝子導入を行う方法では導入効率が低かった。
そこで本発明では、色素体形質転換を行う植物材料に、あらかじめ色素体の分化を促進する転写因子をコードする遺伝子を過剰発現させた組織を用いることにより、色素体が分化した組織へ遺伝子導入することを可能にし、導入効率を高めることを可能とした。
より具体的には、本発明者らは、葉緑体への分化を促進する転写因子であるOsGLK1遺伝子を発現するように遺伝子を導入したイネの種子より緑色カルスを誘導させた。次いで0.6μmの金粒子に抗生物質耐性遺伝子(aadA遺伝子:ストレプトマイシン耐性)を含む外来遺伝子をコーティングして、約1,100psiの圧力により金粒子を植物細胞内に導入して遺伝子導入を行なった。該外来遺伝子導入後のカルスを、ストレプトマイシン(200mg/l)を含む培地で培養した後、該外来遺伝子を有するカルスを選抜する。
本発明では、転写因子OsGLK1遺伝子の過剰発現によりカルスにおける葉緑体の発達を誘導し、外来遺伝子の受容能力を高めることができる。また、選抜マーカー遺伝子の発現量を増加させることにより選抜を容易にしている。さらに、カルスからの再分化能を落とさないで材料を作出し、それに対して外来遺伝子を導入して高効率な葉緑体への遺伝子導入を行なうことができる。
即ち、本発明者らは、イネカルスに転写調節因子OsGLK1を過剰発現させて葉緑体を発達させ、遺伝子が導入される植物側の外来遺伝子の受容能力を高めることにより、効率的かつ安定的な色素体ゲノムへの遺伝子導入に成功し、これにより本発明を完成するに至った。本発明によれば、OsGLK1遺伝子のみに限らず、他の遺伝子の利用や培養条件等の調整により、植物側の受容能力を改変し、植物色素体へ効率的に遺伝子を導入することが可能となる。
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔10〕を提供するものである。
〔1〕 以下の工程を含む、植物色素体への遺伝子導入方法。
(a)植物の細胞において、色素体の分化を誘導させる工程、
(b)工程(a)で得られた植物細胞を含む組織より、色素体が分化したカルスを誘導する工程、
(c)工程(b)で得られたカルスの色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、
(d)目的遺伝子を導入したカルスを培養して、植物体を形成させる工程
〔2〕 以下の工程を含む、植物色素体への遺伝子導入方法。
(a)植物の細胞において、色素体の分化を誘導させる工程、
(b)工程(a)で得られた植物細胞を含む組織の色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、
(c)目的遺伝子を導入した植物組織を培養して、植物体を形成させる工程
〔3〕 色素体が葉緑体である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 植物が単子葉植物である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔5〕 植物がイネである、〔4〕に記載の方法。
〔6〕 植物細胞が非緑色組織由来である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔7〕 色素体の分化を誘導させる工程が、色素体の分化を促進するタンパク質をコードするDNAを過剰発現させる方法によることを特徴とする〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔8〕 〔1〕または〔2〕に記載の方法により、色素体ゲノムに目的遺伝子が導入された形質転換植物体。
〔9〕 〔8〕に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
〔10〕 〔8〕または〔9〕に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
本発明によって、植物色素体へ効率的に遺伝子導入する方法が提供された。
本発明は遺伝子組換え植物を利用する全産業分野で利用することが可能である。まず、従来の遺伝子組換え植物は核ゲノムに遺伝子を導入するため、花粉を介した遺伝子拡散が問題になってきた。害虫抵抗性や除草剤耐性等の農作物の利用する農業分野に関して、遺伝子拡散を防止する技術として国民の安心や区分管理を実現する技術として利用することができる。
さらに、現在、植物に工業原材料や医薬成分を生産させる植物工場の研究やバイオマス研究の重要性が謳われているが、本発明の技術はこれらの様々な産業において利用することができる。多量のタンパク質を得るためには、プロモーター等の工夫が必要である一方で、高発現プロモーターの利用ではジーン・サイレンシングなどの問題もあった。葉緑体へ遺伝子を導入すれば、タンパク質の効率的生産が容易になるだけでなく、ジーン・サイレンシングは生じないとされており、特に非食用の物質生産やバイオマスの利用に重要な技術となる。
これだけのメリットのある技術でありながら、利用されてこなかったのは色素体(ゲノム)への遺伝子導入が困難であったためであり、本発明はこの課題を克服するものである。
〔発明の実施の形態〕
本発明らは、イネカルスに転写調節因子OsGLK1を過剰発現させて葉緑体を発達させ、外来遺伝子を効率的かつ安定的に色素体ゲノムへの導入することに成功した。本発明はこの知見に基づくものである。
本発明は、細胞において色素体の分化を誘導させた植物体を形質転換材料として、該植物細胞の色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、および目的遺伝子を導入した植物細胞を含む植物体を再形成させる工程、を含む植物色素体への遺伝子導入方法に関する。
本発明の方法の第一の態様は、植物の細胞において、色素体の分化を誘導させる工程、前記植物細胞を含む組織より色素体が分化したカルスを誘導する工程、前記カルスの色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、および目的遺伝子を導入したカルスを培養して植物体を形成させる工程、を含む植物色素体への遺伝子導入方法である。
本発明において、植物の「色素体」とは独自のゲノムDNAを持ち、植物細胞に半共生的に存在する細胞小器官をいう。これらの色素体は植物細胞において、主に光合成、窒素代謝、アミノ酸合成、脂質合成、色素合成などの代謝を行なっている。色素体は、分裂組織にある未分化の原色素体(プロプラスチド)に由来しており、様々な色素体に分化し得る。さらに、分化した色素体が別の色素体に再分化することもできる。
色素体遺伝子がコードするタンパク質は色素体の構造や機能を維持するために必要な全タンパク質の一部に過ぎず、大半は植物細胞核にある遺伝子にコードおよび制御されている。しかしながら、色素体は独自のゲノムDNAの他にリボソーム等の構造を有しており、色素体内部で色素体遺伝子の転写・翻訳を行なうことができる。色素体DNAは、さまざまなタンパク質とともに核様体を作り、細胞核の染色体と同様、色素体DNAの複製、転写、分配の単位となる。色素体ゲノムは35〜250 kbpの環状二本鎖DNAからなり、各色素体内にそれぞれ数コピー〜1000コピー程度存在する。色素体内部での転写・翻訳ではジーン・サイレンシングが起こることがなく、外来タンパク質を発現および蓄積する能力を有する。
本発明の色素体の例としては、アミロプラスト、葉緑体、エチオプラスト、エライプラスト、有色体、白色体、原色素体を挙げることができ、好ましくは葉緑体を挙げることができる。葉緑体はクロロフィル等の光合成色素を含み、主に光合成に関与している。
本発明の方法の第一の工程として、植物細胞において色素体の分化を誘導する工程が挙げられる。
色素体の分化を誘導する工程の第一の態様としては、植物において色素体の分化を誘導するタンパク質をコードするDNAを過剰発現させる方法が挙げられる。色素体の分化を誘導するタンパク質としては、植物細胞核に存在する遺伝子にコードされ、植物細胞内において直接または間接的に色素体の分化を誘導する機能を有するタンパク質であればよく、例えば、原色素体から葉緑体または別の色素体への分化を誘導する因子など当該機能を有する公知の因子を用いることができる。
色素体の分化を誘導するタンパク質は、通常の植物体への形質転換方法を用いて植物体に導入することがきる。例えば、色素体の分化を誘導するタンパク質をコードする遺伝子を宿主細胞内で発現する適当なベクターに挿入し、後述の色素体への形質転換方法と同様に、宿主細胞内へ導入すればよい。
本発明の色素体の分化を誘導するタンパク質をコードする遺伝子の好適な例としては、転写因子であるGLK遺伝子(Rossini et al (2001) Plant Cell 13: 1231-1244)や、シロイヌナズナのCES101遺伝子(RLK family:Niwa et al . (2006) Plant Cell Physiol. 47: 319-331)を挙げることができる。GLK遺伝子は植物に広く存在(トウモロコシやシロイヌナズナでの報告がある)する遺伝子である(Hall et al (1998) Plant Cell 10: 925-936, Rossini et al (2001) Plant Cell 13: 1231-1244, Fitter et al (2002) Plant J. 31: 713-727)。本発明の色素体の分化を誘導するタンパク質をコードする遺伝子として、さらに具体的な例としては、イネの転写因子であるOsGLK1遺伝子(Genbankアクセッション番号:AF318581)を挙げることができるが、本発明はこれに限定されるものではない。また、イネの場合、OsGLK1以外にOsGLK2も同様に使用することができる。
色素体の分化を促進する工程の第二の態様としては、培養条件や植物ホルモン処理等により、植物組織における色素体の分化を誘導する。一般に、オーキシン濃度を低下させサイトカイニン濃度を上昇させることにより葉緑体形成が誘導される傾向になる。ジャガイモのアミロプラストはサイトカイニン処理より誘導され(Mingo Castel et al (1991) Plant Sci. 73:211-217)光の照射により葉緑体が誘導される(Ljubicic et al (1998) Plant Physiol. Biochem. 36:747-752)。タバコBY-2細胞のアミロプラストはオーキシン濃度の低下とサイトカイニン濃度の上昇により誘導される(Miyazawa et al (1999) Plant Physiol. 121:461-469)。シロイヌナズナの根は光を当てることにより緑化するが、この葉緑体分化にはオーキシンが阻害的に、サイトカイニンが促進的に働く(Kobayashi & Masuda (2007) 7th International Conference on Tetrapyrrole Photoreceptors in Photosynthetic Organisms 要旨集p28)。メロンのプロトプラスト由来カルスはNAAやIAAなどのオーキシン類では緑化は進みにくいが、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)により緑化を促進できる(Tabei et al. (1987) J. Japan Soc. Hort. Sci.61:317-322)。
本発明において色素体の分化を誘導させる細胞を含む組織としては特に限定されないが、好ましくは非緑色組織を挙げることができる。非緑色組織としては、種子、果実、根などが挙げられるが、好ましくは種子である。
本発明の方法は次いで、色素体の分化を誘導させた細胞を含む植物組織より、色素体が分化したカルスを誘導する工程を行なう。植物組織からカルスを誘導する方法は、当業者に公知である。例えばイネ種子からカルスを誘導する方法は、Hiei et al. (1994) Plant J. 6:271-282、Fukuoka et al. (2000) Plant Cell Rep. 19:815-820等に記載された方法により行なうことができる。
本発明は、上記工程により生産された色素体の分化を誘導させた植物カルスもまた提供する。
本発明の方法の第三の工程として、上記色素体が分化したカルスにおいて、色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程を挙げることができる。
本発明の色素体ゲノムへ導入する目的遺伝子は、色素体ゲノムDNAに相同組換えにより導入されることが好ましい。色素体ゲノムDNAへの相同組換えは、一般的な相同組換え方法に準じて行なうことができる。具体的には目的遺伝子の両端に相同組換え領域のDNA配列(相同組換え領域、約1−2kbp;本発明では約2kbp)を付加して色素体に導入する。相同組換え領域とは、色素体ゲノムDNAに、目的遺伝子を導入する際の相同組換えを媒介するDNA配列を意味する。
より具体的には、色素体ゲノムDNA上の遺伝子と遺伝子の間の領域(遺伝子間領域)に目的遺伝子が挿入された遺伝子断片を設計する。一例として、本発明の実施例におけるイネ色素体ゲノムへの相同組換えにおいては、trnI遺伝子とtrnA遺伝子の間に目的遺伝子が挿入されるようにベクターを設計した。色素体への形質転換に利用される遺伝子間領域はこれに限定されず、当業者であれば公知の領域を適宜用いることができる(Maliga (2004) Annu. Rev. plant Biol. 55:289-313)。
本発明の方法により、色素体に導入する目的遺伝子としては特に限定されず、任意の遺伝子を用いることができる。一例を挙げると、害虫抵抗性遺伝子(例えば、Cry1Ac遺伝子やCry3Bb遺伝子)や除草剤耐性遺伝子(例えば、mEPSPS遺伝子やmALS遺伝子)などがあげられる(Maliga (2004) Annu. Rev. Plant Biol. 55:289-313)。また植物体を利用して効率的にタンパク質を生産したい、任意の遺伝子を導入することもできる。これらの遺伝子は植物由来の遺伝子に限らず、あらゆる生物、例えば、哺乳類動物、昆虫等の動物や、酵母や糸状菌等の真核細菌、大腸菌や枯草菌などの原核細菌、さらにウイルス等の遺伝子を使用することが可能である。
色素体ゲノムへの導入に際して、該目的遺伝子はPCR等で増幅したDNA断片として導入されてもよいし、適当なベクターに連結されていてもよい。したがって本発明は、色素体の相同組換え領域を有する、色素体ゲノムへ目的遺伝子を導入するためのベクターもまた提供する。本発明の形質転換に用いられるベクターとしては、該色素体ゲノムに目的遺伝子を挿入させることが可能なものであれば特に制限はない。当業者においては、所望のDNAを有するベクターを、一般的な遺伝子工学技術によって、適宜、作製することが可能である。通常、市販の種々のベクターを利用することができる。植物個体への形質転換であればpUC系(Yanisch-Perron et al. (1985) アクセッション番号:L09136、L09137)やpBluescript系(Alting-Mees and Short (1989) アクセッション番号:X52328のベクター)などを例示することができる。ベクターへの本発明のDNAの挿入は、常法(Molecular Cloning, 5.61-5.63)により、例えば、制限酵素サイトを用いたリガーゼ反応により行うことができる。
目的遺伝子を含むベクターの導入により、色素体が形質転換された植物細胞を効率的に選択するために、上記組換えベクターは、適当な選抜マーカー遺伝子を含む、もしくは選抜マーカー遺伝子を含むプラスミドベクターと共に植物細胞へ導入することが好ましい。この目的に使用される選抜マーカー遺伝子は、例えば抗生物質ストレプトマイシンまたはスペクチノマイシンに耐性であるアミノグリコシドアデニルトランスファーゼ遺伝子、カナマイシンまたはゲンタマイシンに耐性であるネオマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、カナマイシンに耐性であるアミノグリコシドホスホトランスフェラーゼ遺伝子、ハイグロマイシンに耐性であるハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、除草剤ホスフィノスリシンに耐性であるアセチルトランスフェラーゼ遺伝子、およびベタインアルデヒド耐性または耐塩性を与えるベタインアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子等が挙げられる。
さらに、形質転換された植物細胞をより効率よく選抜するために、これらの選抜マーカーは適当なプロモーターに連結して発現させることができる。プロモーターは当業者であれば適宜選択し得るが、例えば、タバコ16S rDNAプロモーターなどを用いることができる。イネにおいて原色素体に比べイネの16S rRNAの発現が葉緑体で高いことが報告されており(Silhavy & Maliga (1998) Curr. Genet. 34: 67-70)、本発明記載の方法により葉緑体を分化させた場合、薬剤耐性遺伝子の発現量を増加させることができる。また、葉緑体では原色素体に比べ一部のタンパク質の翻訳活性も上昇しており、総じて、葉緑体の分化を誘導させることで、マーカータンパク質の発現量の増加が期待される。
色素体が分化したカルスにおける、色素体への目的遺伝子または目的遺伝子を含むベクターの導入は、植物体内への形質転換方法に準じて行なうことができる。色素体内への目的遺伝子の導入方法としては、目的遺伝子を適当なベクターに組み込み、例えば、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール法、電気パルス穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウム法、リポソーム法、カチオニックリポソーム法、リン酸カルシウム沈殿法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクション法(GIBCO-BRL社製)、マイクロインジェクション法などの当業者に公知の方法により生体内に導入する方法などが挙げられる。また上記DNAを植物への遺伝子導入用プラスミドに組込み、これをベクターとして、植物感染能のあるウイルスあるいは細菌を介して、間接的に植物細胞に導入することもできる。
本発明においてはパーティクルガン法またはポリエチレングリコール法を用いて目的遺伝子または目的遺伝子を含むベクターの導入を行うことが好ましいが、エレクトロポレーション法やマイクロインジェクション法、カチオニックリポソーム法、ウイスカ法による導入も可能である。
なお、これら上述の色素体への形質転換方法は、宿主となる植物などの種類に応じて適宜選択することが好ましい。
また、上述の色素体への形質転換方法における条件は当業者であれば適宜調整しうる。例えば、色素体へのパーティクルガン法による形質転換においては、粒子径(好ましくは0.4〜0.6ミクロン)、最適ガス圧、サンプルまでの距離等の条件を植物種や組織の違いに応じて適宜選択しうる。
本発明において、「植物」とは、特に限定されないが、例えばイネ、ソルガム、トウモロコシ、コムギ、オオムギ、エンバク、ハトムギ、イタリアンライグラス、ペレニアルライグラス、チモシー、メドーフェスク、キビ、アワ、サトウキビ、パールミレット等の単子葉植物や、ナタネ、ダイズ、ワタ、トマト、ジャガイモ等の双子葉植物が挙げられる。また例えば花卉植物としては、キク、バラ、カーネーション、シクラメン等が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の遺伝子が由来する植物として、好ましくは単子葉植物または双子葉植物が挙げられ、より好ましくは、イネ、ソルガム、コムギ、シロイヌナズナを挙げることができる。
本発明の方法の第四の工程として、目的遺伝子を導入したカルスを培養して植物体を形成させる工程が挙げられる。形質転換されたカルスは、再分化させることにより植物体を再生させることが可能である。再分化の方法は植物細胞の種類により異なるが、例えばイネであればFujimuraら(Plant Tissue Culture Lett. 2:74 (1995))の方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology 7:581 (1989))の方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2:603(1990))が挙げられる。
なお、このように再生され、かつ栽培した形質転換植物体中の導入された外来DNAの存在は、公知のPCR法やサザンハイブリダイゼーション法によって、または植物体中のDNAの塩基配列を解析することによって確認することができる。
この場合、形質転換植物体からのDNAの抽出は、公知のJ.Sambrookらの方法(Molecular Cloning、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)に準じて実施することができる。
再生させた植物体中に存在する本発明のDNAよりなる外来遺伝子を、PCR法を用いて解析する場合には、上記のように再生植物体から抽出したDNAを鋳型として増幅反応を行う。また、本発明のDNA、あるいは本発明により改変されたDNAの塩基配列に従って適当に選択された塩基配列をもつ合成したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用い、これらを混合させた反応液中において増幅反応を行うこともできる。増幅反応においては、DNAの変性、アニーリング、伸張反応を数十回繰り返すと、本発明のDNA配列を含むDNA断片の増幅生成物を得ることができる。増幅生成物を含む反応液を例えばアガロース電気泳動にかけると、増幅された各種のDNA断片が分画されて、そのDNA断片が本発明のDNAに対応することを確認することが可能である。
一方、本発明の方法の第二の態様としては、色素体の分化を誘導させた細胞を含む組織において、カルス形成を誘導することなく直接色素体ゲノムへの目的遺伝子の導入を行なうことができる。したがって、本発明は、植物の細胞において色素体の分化を誘導させる工程、前記植物細胞を含む組織の色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、および目的遺伝子を導入した植物組織を培養して植物体を形成させる工程、を含む植物色素体への遺伝子導入方法に関する。本方法においては、次いで、色素体ゲノムへ目的遺伝子を導入した組織を再分化させることにより植物体を再生させる。色素体ゲノムへの遺伝子導入方法および植物体の再生方法は上述した方法を用いて行なうことができる。
一旦、色素体ゲノム内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。イネ科植物においては、色素体はほぼ100%の確立で雌性配偶子によって次世代に遺伝する。つまり本発明の方法によって得られた形質転換植物体は、その色素体ゲノムに導入された目的遺伝子を雌性配偶子によってのみ次世代に遺伝することが可能である。
従って、本発明においては、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に色素体ゲノムに目的遺伝子が導入された植物体を量産することも可能である。本発明には、目的遺伝子が色素体に導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。これらの植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫およびクローンの繁殖材料は、色素体によってのみ目的遺伝子が次世代に遺伝する植物として有用である。
本発明の方法は、これまで知られていた方法によりイネ葉緑体を形質転換する場合と比較して5倍〜20倍、好ましくは5倍〜10倍、形質転換効率を向上させることが可能である。従って、花粉を介した遺伝子拡散を防止する必要のある遺伝子の植物体内での効率的な発現、および、色素体を利用したタンパク質の大量生産等に有用である。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。なお、下記方法はイネの場合の例示であり、他の植物種や品種、材料組織が異なる場合には、それに適した公知の、培養系、培地、遺伝子導入条件を用いることができる。
OsGLK1過剰発現系統の作製
OsGLK1過剰発現系統のカルスは、公知の方法(Nakamura, H., et al., Plant Mol. Biol. 65, 357-371 (2007) 参照)に基づき作成することができる。該カルスでは葉緑体の分化が誘導され、緑色カルスとなる。
イネ葉緑体形質転換用ベクター
図1に記載の構造を持つベクターpOS-aadA-GFP-mALSを作製した。このベクターはtrnIとtrnAの遺伝子間領域に目的の遺伝子を導入するためのベクターで、相同組換えのための配列としてイネのtrnI-trnA intergenic 領域近傍の配列を持ち、選抜マーカー遺伝子としてaadA遺伝子(ストレプトマイシン抵抗性遺伝子)を持つ。本発明でtrnIとtrnAの遺伝子間領域に導入した遺伝子配列を配列番号:1に示す。
葉緑体形質転換法
OsGLK1過剰発現系統の種子から籾を取り除き、70%エタノールで1分処理した後、次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度1.5%)で30分処理して滅菌した。滅菌した種子は滅菌水で洗浄し、カルス誘導培地(Fukuoka, H., et al., Plant Cell Rep., 19, 815-820. (2000) 参照)に胚を上にして置床し、2週間培養して胚盤由来のカルスを誘導した。パーティクルガンによる遺伝子導入を行うために、カルスを切除し、カルス誘導培地の中央に移植した。1日培養した後、パーティクルガン法によりイネ葉緑体形質転換用ベクターpOS-aadA-GFP-mALSをカルスに遺伝子導入した。パーティクルガンには0.6μmの金粒子と1,100 psiのラプチャーディスクを用い、ラプチャーディスクからサンプルまでの距離は9cmで行った。遺伝子導入したプレートは暗所で2日間培養した後、カルスを200 mg/l ストレプトマイシンを含むカルス誘導培地に移植し、1週間培養した。その後、200 mg/l ストレプトマイシンを含む再分化培地(30 g/l sucrose, 2 g/l casamino acids, 0.1 mg/l naphthaleneacetic acid, 0.1 mg/l kinetin, 4 g/l Gelriteを含むMurashige and Skoog (MS) 培地(pH 5.8))に移植し、選抜を行った。培地は3週間ごとに新しいものに交換した。カルスより分化したストレプトマイシン耐性シュートは、200 mg/l ストレプトマイシンを含むMS培地に移植し発根させた。
導入遺伝子の確認および形質転換効率
遺伝子が導入されたことを確認するために、GUS遺伝子を含むフラグメントをPCRで増幅した(図1および2)。GUS遺伝子の導入が確認された系統では、葉緑体ゲノム中に遺伝子が導入されたことを確認するために、導入遺伝子上のプライマーと導入遺伝子の外側に位置する葉緑体DNA上のプライマーでPCRを行い、左右の葉緑体DNAと導入遺伝子の境界領域を増幅した(図1)。このPCRでは核に導入された場合には境界領域が増幅されない。増幅されたPCR断片はクローニングし、塩基配列決定により非特異的増幅でないことを確認した。GUS遺伝子、境界領域全てが増幅された個体を葉緑体形質転換体とした(図2)。
日本晴とOsGLK1過剰発現体における葉緑体ゲノムへの形質転換効率を比較した(表1)。日本晴には50シャーレ(約40カルス / シャーレ)に遺伝子導入を行い葉緑体形質転換体が得られなかったのに対し、OsGLK1過剰発現体では、27シャーレに遺伝子導入を行い、10系統の葉緑体形質転換体が得られた。以上の結果より、OsGLK1の過剰発現が葉緑体形質転換効率を増加させることが明らかとなった。
導入遺伝子の次世代への遺伝の確認
葉緑体形質転換体をポットに移植し、ストレプトマイシンを処理しながら温室で栽培し採種した。得られた種子は200 mg/l ストレプトマイシンを含むMS培地で播種させた。得られたシュートよりDNAを抽出し、GUS遺伝子および右側境界領域を含むフラグメントをPCRで増幅を行い、導入遺伝子の確認を行った(図3)。両フラグメントの増幅が確認され、導入された遺伝子が次世代に遺伝することを確認した。
イネプラスチド形質転換ベクターpOS-aadA-GFP-mALSの物理的地図を示す図である。下の矢印はPCR増幅断片(GFP, 左右の境界領域)の位置を示す。 プラスチドゲノムへの遺伝子組み込みの、PCRによる確認を示す写真である。(A)形質転換遺伝子(GFP)のPCR増幅。(B)左側(上流)および右側(下流)の境界DNA領域のPCR増幅。PCRが特異的に増幅されていることは、PCR増幅断片の塩基配列決定により確認した。レーン1〜6:OsGLK1-Fox系統のカルスから再分化したストレプトマイシン耐性シュート;レーン7:野生型;レーンM;分子量マーカー。 GFP(上流)および右側境界DNA領域(下流)断片のPCR増幅により、T1後代における形質転換遺伝子の存在を確認した結果を示す写真である。それぞれのレーンのゲノムDNAは、T0系統から得られたT1種子から単離した。

Claims (7)

  1. 以下の工程を含む、単子葉植物色素体へ目的遺伝子が導入された形質転換単子葉植物体の作製方法。
    (a)単子葉植物の細胞において、色素体の分化を誘導させることにより、色素体が分化し、かつ、再分化能が低下していないカルスを作出する工程であって、ここで、色素体の分化の誘導が、OsGLK1遺伝子を該単子葉植物へ導入し過剰発現させることによる、工程、
    (b)工程(a)で得られたカルスの色素体ゲノムに目的遺伝子を導入する工程、
    (c)目的遺伝子を導入したカルスを培養して、単子葉植物体を形成させる工程
  2. 色素体が葉緑体である、請求項1に記載の方法。
  3. 単子葉植物がイネである、請求項1または2に記載の方法。
  4. 植物細胞が非緑色組織由来である、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載の方法により、色素体ゲノムに目的遺伝子が導入された形質転換単子葉植物体であって、該目的遺伝子が色素体ゲノムへ保持され、かつ、導入されたOsGLK1遺伝子が単子葉植物ゲノムへ保持されていることを特徴とする、形質転換単子葉植物体。
  6. 請求項5に記載の形質転換単子葉植物体の子孫またはクローンである、形質転換単子葉植物体であって、該目的遺伝子が色素体ゲノムへ保持され、かつ、導入されたOsGLK1遺伝子が単子葉植物ゲノムへ保持されていることを特徴とする、形質転換単子葉植物体。
  7. 請求項5または6に記載の形質転換植物体の繁殖材料であって、該目的遺伝子が色素体ゲノムへ保持され、かつ、導入されたOsGLK1遺伝子が単子葉植物ゲノムへ保持されていることを特徴とする、繁殖材料。
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