JP5277672B2 - 耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板ならびにその製造方法 - Google Patents

耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼板ならびにその製造方法

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Description

本発明は、耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼材ならびにその製造方法に関し、引張強さが600MPa以上、特に引張強さが900MPa以上において耐遅れ破壊特性に優れるものに関する。
近年、建設産業機械・タンク・ペンストック・ラインパイプ等の鋼材使用分野では、構造物の大型化を背景として、使用する鋼材の高強度化が指向されると共に、鋼材使用環境の苛酷化が進んでいる。
しかし、このような鋼材の高強度化および使用環境の苛酷化は、一般的に鋼材の遅れ破壊感受性を高めることが知られており、例えば高力ボルトの分野ではJIS B 1186にてF11T級ボルト(引張強さ1100〜1300N/mm)についてはなるべく使用しないとの記載がなされている等、高強度鋼材の使用は限定的である。
このため、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5等で、成分の適正化、粒界強化、結晶粒の微細化、水素トラップサイトの活用、組織形態制御、炭化物の微細分散化等の様々な技術を利用する、耐遅れ破壊特性に優れた鋼板の製造方法が提案されてきた。
特開平3−243745号公報 特開2003−73737号公報 特開2003−239041号公報 特開2003−253376号公報 特開2003−321743号公報
しかしながら、上記特許文献1〜5等に記載されている方法によっても、強度レベルが高くなると、厳しい腐食環境下で使用される場合に要求されるレベルの耐遅れ破壊特性を得ることは困難であり、特に引張強さが900MPa以上の高いレベルで、より耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼材ならびにその製造方法が求められていた。
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、引張強さが600MPa以上、特に900MPa以上において、従来の鋼材より耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼材ならびにその製造方法を提供することを目的とする。
遅れ破壊は、室温で鋼中を拡散可能ないわゆる拡散性水素が応力集中部に集積し、その量が材料の限界値に到達すると発生するとされており、その限界値は、材料強度や組織等によって決定される。
高強度鋼の遅れ破壊は、一般的には、MnS等の非金属介在物などを起点として、旧オーステナイト粒界等に沿って破壊することが多い。
このため、耐遅れ破壊特性を向上させる一つの指針として、MnS等の非金属介在物量を減らすことや旧オーステナイト粒界の強度を上昇させることが挙げられる。
本発明者らは、上記の観点で鋼材の耐遅れ破壊特性を向上させるために鋭意研究を重ねた結果、特に不純物元素であるPおよびSの含有量の低下および未再結晶域における圧延加工による結晶粒の展伸および変形帯の導入、焼戻し時の昇温速度の高速化によって、非金属介在物であるMnSの生成量が低下し、更に、旧オーステナイト粒界に偏析する不純物元素であるPの粒界の被覆密度の低下あるいは、さらにラス界面に析出するセメンタイト量の低下により旧オーステナイト粒界の強度低下が抑制され、従来材よりも優れた耐遅れ破壊特性を有する高張力鋼材が得られることを見出した。
本発明は、以上に示した知見に基づき、更に検討を加えてなされたものであって、すなわち、本発明は、
1.質量%で、C:0.02〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2.0%、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%、P:0.02%以下、S:0.003%以下の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、旧オーステナイト粒のアスペクト比の平均値が板厚方向全体に亘って、3以上であり、かつ、ラスの界面におけるセメンタイト被覆率が50%以下であることを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
2.更に、鋼組成が、質量%で、Mo:1%以下、Nb:0.1%以下、V:0.5%以下、Ti:0.1%以下、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の一種または二種以上を含有することを特徴とする1に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
3.更に、鋼組成が、質量%で、B:0.003%以下、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下、Mg:0.01%以下の一種または二種以上を含有することを特徴とする1または2に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
4. 更に、鋼材に水素を含有させてから、亜鉛めっきによって鋼中水素を封入し、その後、歪速度が1×10-3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、下記式にて求める耐遅れ破壊安全度指数が80%以上であることを特徴とする、1乃至3のいずれか一つに記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼

耐遅れ破壊安全度指数(%)=100×(X/X
ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
:拡散性水素を含む試験片の絞り
5.1乃至3のいずれか一つに記載の組成を有する鋼を鋳造後、Ar変態点以下に冷却することなく、あるいはAc変態点以上に再加熱後、熱間圧延を開始し、未再結晶域における圧下率が30%以上の圧延を含む熱間圧延によって所定の板厚とし、引続きAr変態点以上から冷却速度1℃/s以上で350℃以下の温度まで冷却した後、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上に設置された加熱装置を用いて、370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上として、板厚中心部の最高到達温度を400℃以上に焼戻すことを特徴とする4に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼の製造方法。
6.1乃至3のいずれか一つに記載の組成を有する鋼を鋳造後、Ar変態点以下に冷却することなく、あるいはAc変態点以上に再加熱後、熱間圧延を開始し、未再結晶域における圧下率が30%以上の圧延を含む熱間圧延によって所定の板厚とし、引続きAr変態点以上から冷却速度1℃/s以上で350℃以下の温度まで冷却した後、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上に設置された加熱装置を用いて、焼戻し開始温度から370℃までの板厚中心部の平均昇温速度を2℃/s以上で、かつ370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上として、板厚中心部の最高到達温度を400℃以上に焼戻すことを特徴とする、4に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼の製造方法。
本発明によれば、引張強さが600MPa以上、特に900MPa以上において、耐遅れ破壊特性に極めて優れた高張力鋼材の製造が可能となり、産業上極めて有用である。
[成分組成]
本発明における成分の限定理由について述べる。化学成分組成を示す%は、何れも質量%である。
C:0.02〜0.25%
Cは、強度を確保するために含有するが、0.02%未満ではその効果が不十分であり、一方、0.25%を超えると母材および溶接熱影響部の靭性が劣化するとともに、溶接性が著しく劣化する。従って、C含有量を0.02〜0.25%に限定する。さらに好ましくは、0.05〜0.20%である。
Si:0.01〜0.8%
Siは、製鋼段階の脱酸材および強度向上元素として含有するが、0.01%未満ではその効果が不十分であり、一方、0.8%を超えると粒界が脆化し、遅れ破壊の発生を促進する。従って、Si含有量を0.01〜0.8%に限定する。さらに好ましくは、0.1〜0.5%である。
Mn:0.5〜2.0%
Mnは、強度を確保し、かつ焼戻しに際して、セメンタイト中に濃縮することによって、置換型原子であるMnの拡散がセメンタイトの成長を律速し、セメンタイトの粗大化が抑制されるために含有するが、0.5%未満ではその効果が不十分であり、一方、2.0%を超えると溶接熱影響部の靭性が劣化するとともに、溶接性が著しく劣化する。従って、Mn含有量を0.5〜2.0%に限定する。さらに好ましくは、0.7〜1.8%である。
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸材として添加すると同時に、結晶粒径の微細化にも効果があるが、0.005%未満の場合にはその効果が十分でなく、一方、0.1%を超えて含有すると、鋼板の表面疵が発生し易くなる。従って、Al含有量を0.005〜0.1%に限定する。さらに好ましくは、0.01〜0.05%である。
N:0.0005〜0.008%
Nは、Tiなどと窒化物を形成することによって組織を微細化し、母材ならびに溶接熱影響部の靭性を向上させる効果を有するために添加する。0.0005%未満の添加では組織の微細化効果が充分にもたらされず、一方、0.008%を超える添加は固溶N量が増加するために母材および溶接熱影響部の靭性を損なう。従って、N含有量を0.0005〜0.008%に限定する。さらに好ましくは0.001〜0.005%である。
P:0.02%以下
不純物元素であるPは、焼戻し処理時に旧オーステナイト粒界等の結晶粒界に偏析しやすく、0.02%を超えると隣接結晶粒の接合強度を低下させ、低温靭性や耐遅れ破壊特性を劣化させる。従って、P含有量を0.02%以下に限定する。さらに好ましくは、0.015%以下である。
S:0.003%以下
不純物元素であるSは、非金属介在物であるMnSを生成しやすく、0.003%を超えると、介在物の量が多くなりすぎて延性破壊の強度が低下し、低温靭性や耐遅れ破壊特性を劣化させる。従って、S含有量を0.003%以下に限定する。さらに好ましくは、0.002%以下である。
本発明では、所望する特性に応じて更に以下の成分を含有することができる。
Mo:1%以下
Moは、焼入れ性および強度を向上する作用を有すると同時に、炭化物を形成することによって、拡散性水素をトラップし、耐遅れ破壊特性を向上させる。その効果を得るために0.05%以上添加することが好ましい。しかし、1%を超える添加は経済性が劣る。従って、Moを添加する場合には、その含有量を1%以下に限定する。さらに好ましくは、0.8%以下である。ただし、Moは焼戻し軟化抵抗を大きくする作用を有し、強度を900MPa以上確保するために0.2%以上添加することが好ましい。
Nb:0.1%以下
Nbは、マイクロアロイング元素として強度を向上させると同時に、炭化物や窒化物、炭窒化物を形成することによって、拡散性水素をトラップし、耐遅れ破壊特性を向上させる。その効果を得るために0.01%以上添加することが好ましい。しかし、0.1%を越える添加は溶接熱影響部の靭性を劣化させる。従って、Nbを添加する場合には、その含有量を0.1%以下に限定する。さらに好ましくは、0.05%以下である。
V:0.5%以下
Vは、マイクロアロイング元素として強度を向上させると同時に、炭化物や窒化物、炭窒化物を形成することによって、拡散性水素をトラップし、耐遅れ破壊特性を向上させる。その効果を得るために0.02%以上添加することが好ましい。しかし、0.5%を超える添加は溶接熱影響部の靭性を劣化させる。従って、Vを添加する場合には、その含有量を0.5%以下に限定する。さらに好ましくは、0.1%以下である。
Ti:0.1%以下
Tiは、圧延加熱時あるいは溶接時にTiNを生成し、オーステナイト粒の成長を抑制し、母材ならびに溶接熱影響部の靭性を向上させると同時に、炭化物や窒化物、炭窒化物を形成することによって、拡散性水素をトラップし、耐遅れ破壊特性を向上させる。その効果を得るために0.005%以上添加することが好ましい。しかし、0.1%を超える添加は溶接熱影響部の靭性を劣化させる。従って、Tiを添加する場合には、その含有量を0.1%以下に限定する。さらに好ましくは、0.05%以下である。
Cu:2%以下
Cuは、固溶強化および析出強化により強度を向上する作用を有している。その効果を得るために0.05%以上添加することが好ましい。しかしながら、Cu含有量が2%を超えると、鋼片加熱時や溶接時に熱間での割れを生じやすくする。従って、Cuを添加する場合には、その含有量を2%以下に限定する。さらに好ましくは、1.5%以下である。
Ni:4%以下
Niは、靭性および焼入れ性を向上する作用を有している。その効果を得るために0.3%以上添加することが好ましい。しかしながら、Ni含有量が4%を超えると、経済性が劣る。従って、Niを添加する場合には、その含有量を4%以下に限定する。さらに好ましくは、3.8%以下である。
Cr:2%以下
Crは、強度および靭性を向上する作用を有しており、また高温強度特性に優れる。更に、焼戻しに際して、セメンタイト中に濃縮することによって、置換型原子であるCrの拡散がセメンタイトの成長を律速し、セメンタイトの粗大化を抑制する効果も持つ。従って、高強度化し、かつセメンタイトの粗大化を抑制する場合に積極的に添加し、特に引張強度900MPa以上の特性を得るために0.3%以上添加することが好ましい。しかしながら、Cr含有量が2%を超えると、溶接性が劣化する。従って、Crを添加する場合には、その含有量を2%以下に限定する。さらに好ましくは、1.5%以下である。
W:2%以下
Wは、強度を向上する作用を有している。その効果を得るために0.05%以上添加することが好ましい。しかしながら、2%を超えると、溶接性が劣化する。従って、Wを添加する場合は、その含有量を2%以下に限定する。
B:0.003%以下
Bは、焼入れ性を向上する作用を有している。その効果を得るために0.0003%以上添加することが好ましい。しかしながら、0.003%を超えると、靭性を劣化させる。従って、Bを添加する場合には、その含有量を0.003%以下に限定する。
Ca:0.01%以下
Caは、硫化物系介在物の形態制御に不可欠な元素である。その効果を得るために0.0004%以上添加することが好ましい。しかしながら、0.01%を超える添加は、清浄度や耐遅れ破壊特性の低下を招く。従って、Caを添加する場合には、その含有量を0.01%以下に限定する。
REM:0.02%以下
REM(注:REMとはRare Earth Metalの略、希土類)は、鋼中でREM(O、S)としてREM酸硫化物を生成することによって結晶粒界の固溶S量を低減して耐SR割れ特性(あるいは、耐PWHT割れ特性とも言う)を改善する。その効果を得るために0.001%以上添加することが好ましい。しかしながら、0.02%を超える添加は、沈殿晶帯にREM酸硫化物が著しく集積し、材質の劣化を招く。従って、REMを添加する場合には、その添加量を0.02%以下に限定する。
Mg:0.01%以下
Mgは、溶銑脱硫材として使用する場合がある。その効果を得るために0.001%以上添加することが好ましい。しかしながら、0.01%を超える添加は、清浄度の低下を招く。従って、Mgを添加する場合には、その添加量を0.01%以下に限定する。
[ミクロ組織]
本発明におけるミクロ組織の限定理由について述べる。本発明の高強度鋼を構成する代表的な組織は、マルテンサイトもしくはベイナイトである。特に、本発明のマルテンサイト組織は、図1の組織の模式図に示すような複数の特徴的な4つの組織単位(旧オーステナイト粒、パケット、ブロック、ラス)が階層的に重なる微細で複雑な形態を持つ。ここで、パケットとは、平行に並んだ同じ晶癖面を持つラスの集団から成る領域と定義され、ブロックは、平行でかつ同じ方位のラスの集団から成る。
本発明では、旧オーステナイト粒のアスペクト比(図1において、旧オーステナイト粒の長軸aと短軸bの比 a/b)の平均値を板厚方向全体に亘って、3以上、好ましくは4以上とする。
旧オーステナイト粒のアスペクト比を3以上とすることによって、焼戻し時に粒界に偏析するPの粒界被覆率を低減させて低温靭性および耐遅れ破壊特性を向上させ、当該ミクロ組織を板厚方向全体に亘って備えることにより、これらの特性を備えた均質な鋼材とする。
旧オーステナイト粒のアスペクト比の測定は、例えば、ピクリン酸を用いて旧オーステナイト粒を現出後、画像解析にて評価し、例えば、500個以上の旧オーステナイト粒のアスペクト比の単純平均値とする。
本発明で、アスペクト比の平均値が、板厚方向全体に亘って3以上とは、少なくとも、鋼板の表面の表面下1mm、板厚1/4、板厚1/2、3/4部、鋼板の裏面の表面下1mmの各位置におけるアスペクト比の平均値が3以上、さらに好ましくは、4以上である場合を指す。
発明者らは、上記に加えて、さらに詳細な研究の結果、特に、図1のブロック内に生成している多数の微細なラスの界面に析出するセメンタイト量(以降、ラス界面のセメンタイト被覆率と言う)を50%以下とすることによって、旧オーステナイト粒界の強度低下が抑制されて、耐遅れ破壊特性を向上させることを見出した。ラスの界面のセメンタイト被覆率は、さらに好適には、30%以下である。図2にラス界面に析出したセメンタイトの模式図とTEM(透過型電子顕微鏡)写真を示す。
図2に示すように、ラスの界面のセメンタイト被覆率は、ナイタル(硝酸アルコール溶液)を用いて現出させた組織を走査電子顕微鏡にて写真撮影し、その写真を用いて、例えば、50個以上のラスの界面上に析出したセメンタイトの界面に沿った長さ(LCementite)とラスの界面(LLath)の長さを測定し、セメンタイトのラスの界面に沿った長さの総和をラス界面の長さの総和で除し、100を掛けた数値とする。
[耐遅れ破壊安全度指数]
本発明では、更に、鋼材に水素を含有させてから、亜鉛めっきによって鋼中水素を封入し、その後、歪速度が1×10-3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、下記式にて求める耐遅れ破壊安全度指数が80%以上、さらに好ましくは、85%以上であることを規定することができる。

耐遅れ破壊安全度指数(%)=100×(X/X
ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
:拡散性水素を含む試験片の絞り
耐遅れ破壊安全度指数により、鋼材の耐遅れ破壊特性の優劣を定量的に評価することができ、本指数が高ければ高い程、耐遅れ破壊特性に優れると言えるが、通常の大気環境下での鋼材使用に当たっては、耐遅れ破壊安全度指数を80%以上、さらに好ましくは、85%以上とすることによって実用的に充分良好な耐遅れ破壊特性を得ることができる。ただし、引張強度が1200MPa未満の鋼種に関しては、腐食環境や低温環境等の厳しい環境下で使用される場合や、加工度も厳しくなる場合もあることから、85%以上、さらに好ましくは90%以上の耐遅れ破壊安全度指数を有することが望ましい。
[製造条件]
本発明は、鋼板、形鋼および棒鋼など種々の形状の鋼材に適用可能であり、製造条件における温度規定は鋼材中心部でのものとし、鋼板は板厚中心、形鋼は本発明に係る特性を付与する部位の板厚中心、棒鋼では径方向の中心とする。但し、中心部近傍はほぼ同様の温度履歴となるので、中心そのものに限定するものではない。
鋳造条件
本発明は、いかなる鋳造条件で製造された鋼材についても有効であるので、特に鋳造条件を限定する必要はない。溶鋼から鋳片を製造する方法や、鋳片を圧延して鋼片を製造する方法は特に規定しない。転炉法・電気炉法等で溶製された鋼や、連続鋳造・造塊法等で製造されたスラブが利用できる。
熱間圧延条件
鋳片を圧延して鋼片を製造する際、Ar変態点以下に冷却することなく、そのまま熱間圧延を開始しても、一度冷却した鋳片をAc変態点以上に再加熱した後に熱間圧延を開始しても良い。これは、この温度域で圧延を開始すれば、本発明の有効性は失われないためである。
また、未再結晶域における圧下率を30%以上、好ましくは40%以上とし、圧延はAr変態点以上で終了するものとする。圧下率30%以上の未再結晶域圧延は、熱間圧延時にオーステナイト粒を展伸させると同時に変形帯を導入し、焼戻し処理時に粒界に偏析するPの粒界被覆率を低減させるためである。
旧オーステナイト粒のアスペクト比が高い程、有効結晶粒径(破面単位となる結晶粒の粒径、具体的にはパケット)が微細化し、かつPの旧オーステナイト粒界やパケット境界等の粒界被覆率が小さくなるため、耐遅れ破壊特性が向上する。
本発明ではAr変態点(℃)およびAc変態点(℃)を求める式は特に規定しないが、例えばAr=910−310C−80Mn−20Cu−15Cr−55Ni−80Mo、Ac=854−180C+44Si−14Mn−17.8Ni−1.7Crとする。これらの式において各元素は鋼中含有量(質量%)とする。
熱間圧延後の冷却条件
熱間圧延終了後、母材強度および母材靭性を確保するため、Ar変態点以上の温度から350℃以下の温度まで冷却速度1℃/s以上で、強制冷却を行う。
強制冷却開始温度をAr変態点以上とする理由は、オーステナイト単相の状態から鋼板を冷却するためである。Ar変態点未満の温度域から冷却した場合には、焼入組織が不均一となり、靭性や耐遅れ破壊特性の劣化を招く。
鋼板の温度が350℃以下になるまで冷却する理由は、オーステナイトからマルテンサイトもしくはベイナイトへの変態を完了させ、母材を強靱化し、かつ耐遅れ破壊特性を向上するためである。
このときの冷却速度は1℃/s以上、好ましくは2℃/s以上とする。なお、冷却速度は、熱間圧延終了後、Ar変態点以上の温度から350℃以下の温度まで冷却に必要な温度差をその冷却するに要した時間で割った平均冷却速度である。
焼戻し条件
板厚中心部での最高到達温度がAc変態点以下となる所定の温度にて焼戻し処理を行う。Ac変態点以下に限定する理由は、Ac変態点を超えるとオーステナイト変態を生じ、強度が大きく低下するためである。
なお、焼戻しは、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上で冷却装置の下流側に設置されたオンライン加熱装置を用いて行うものとした。圧延・焼入れ処理から焼戻し処理までに要する時間を短くすることが可能となり、生産性の向上がもたらされるためである。
また焼戻し条件は、370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上の急速加熱として、板厚中心部の最高到達温度を400℃以上に焼戻すことである。
平均昇温速度を1℃/s以上とする理由は、旧オーステナイト粒界やパケット境界等に偏析する不純物元素であるPの粒界被覆密度を低下させ、ラス界面に析出するセメンタイト量の低下を達成するためである。図2に本発明の急速加熱焼戻しの場合のラスの界面に析出したセメンタイトの模式図とTEM写真を低速加熱焼戻しの場合と比較して示す。
Pの旧オーステナイト粒界やパケット境界等への粒界偏析をより効果的に防止する場合、更に、上記の370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上の急速加熱にすることに加えて、焼戻し開始温度から370℃までの板厚中心部の平均昇温速度を2℃/s以上の急速加熱とすることが好ましい。
焼戻し開始温度から370℃までの板厚中心部の平均昇温速度を2℃/s以上とした理由は、特にこの温度域においてPが旧オーステナイト粒界やパケット境界等に偏析しやすいためである。
また、焼戻し温度における保持時間は、生産性やセメンタイトなどの析出物の粗大化に起因する耐遅れ破壊特性の劣化を防止すべく、60s以下とすることが望ましい。
なお、昇温速度は、冷却後、板厚中心部での最高到達温度がAc変態点以下となる所定の温度までの再加熱に必要な温度差を再加熱するに要した時間で割った平均昇温速度である。
焼戻し後の冷却速度については、冷却中における析出物の粗大化を防止すべく、焼戻し温度〜200℃までの平均冷却速度を0.05℃/s以上とすることが望ましい。
更に、焼戻しのための加熱は、誘導加熱、通電加熱、赤外線輻射加熱、雰囲気加熱等のいずれの方式でも良い。
表1および2に示す化学成分の鋼A〜Z、AA〜IIを溶製して、スラブ(スラブ寸法:100mm高さx150mm幅x150mm長さ)に鋳造し、加熱炉で加熱後、熱間圧延を行い鋼板とした。
熱間圧延後、引続き直接焼入れし、次いで、ソレノイド型誘導加熱装置を用いて焼戻しを行った。直接焼入れは冷却速度1℃/s以上で、350℃以下の温度までの強制冷却(水冷)により行った。
また、板厚中心部の平均昇温速度は、鋼板の通板速度によって管理した。なお、焼戻し温度にて保持する場合には、鋼板を往復させて加熱することによって、±5℃の範囲内で
保持を行った。
また、加熱後の冷却は空冷とした。焼戻し温度や焼入れ温度などの板厚中心部における温度は、放射温度計による表面の逐次における温度測定結果から、伝熱計算によって求めた。
旧オーステナイト粒のアスペクト比は、光学顕微鏡を用いて、ピクリン酸によってエッチングした組織を表面下1mm、板厚1/4、板厚1/2の各位置において写真撮影し、約550個の旧オーステナイト粒のアスペクト比の平均値とした。
ラス界面のセメンタイト被覆率は、走査電子顕微鏡を用いて、ナイタルによってエッチングした組織を板厚1/4の位置において写真撮影し、約60個のラス界面上に析出したセメンタイトの界面に沿った長さ(LCementite)とラス界面(LLath)の長さを測定し、セメンタイトのラス界面に沿った長さの総和をラスの界面の総和の長さで除し、100を掛けた数値とした。
また、降伏強さおよび引張強さは、JIS Z2241に準拠して、全厚引張試験片により測定し、靭性は、JISZ2242に準拠して、板厚中心部より採取した試験片を用いたシャルピー衝撃試験によって得られるvTrsで評価した。
更に、耐遅れ破壊安全度指数は、棒状試験片を用いて、陰極水素チャージ法によって、試験片中の拡散性水素量が約0.5massppmになるように水素をチャージ後、試験片表面に亜鉛めっきを施すことによって水素を封入し、その後、1×10-6/sの歪速度にて引張試験を行い、破断した試験片の絞りを求め、一方、同様の歪速度にて水素チャージを行わない試験片の引張試験も行い、下記の式に従って評価した。
耐遅れ破壊安全度指数(%)=100×(X/X
ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
:拡散性水素を含む試験片の絞り
vTrsの目標は、引張強さ1200MPa未満の鋼種に関しては、−40℃以下とし、引張強さ1200MPa以上の鋼種に関しては、−30℃以下とした。一方、耐遅れ破壊安全度指数の目標は、引張強さ1200MPa未満の鋼種に関しては、85%以上とし、引張強さ1200MPa以上の鋼種に関しては、80%以上とした。
表3、4に鋼板製造条件、旧オーステナイト粒のアスペクト比、ラスのセメンタイト被覆率を、表5、6に得られた鋼板の降伏強さ、引張強さ、破面遷移温度(vTrs)、耐遅れ破壊安全度指数を示す。
尚、表3、4に示す実施例での区分は、請求項5記載の発明の要件を満たすものを本発明例、満たさないものを比較例とした。No.1〜17は、焼戻し開始温度から370℃までの加熱速度を2℃/s以上とするもので、請求項6記載の発明例である。
No.35,36は請求項6記載の発明の要件のうち、焼戻し開始温度から370℃までの加熱速度を2℃/s以上とする要件を満たしていないが、請求項5記載の発明の要件を満足しているため、区分において本発明例である。
表3、4から明らかなように、未再結晶域圧下率が本発明範囲から外れている鋼板No.18〜20は、旧オーステナイト粒のアスペクト比およびラスのセメンタイト被覆率のいずれもが本発明範囲から外れている。
また、焼戻し温度が本発明範囲から外れている鋼板No.26〜28は、ラスのセメンタイト被覆率が本発明範囲から外れている。
更に、370℃から焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度が本発明範囲から外れている鋼板No.29〜34はラスのセメンタイト被覆率が本発明範囲から外れている。
また、表3〜6から明らかなように、本発明法により製造した鋼板No.1〜17および35,36(本発明例)は、化学成分、製造方法、旧オーステナイト粒のアスペクト比、ラスのセメンタイト被覆率が本発明の範囲であり、良好なvTrsおよび耐遅れ破壊安全度指数を得ることができた。
更に、本発明の範囲内で、焼戻し開始温度〜370℃までの板厚中心部の平均昇温速度のみが異なる鋼板No.4と鋼板No.35、および鋼板No.12と鋼板No.36を比較すると、焼戻し開始温度〜370℃までの板厚中心部の平均昇温速度が2℃/s以上の鋼板No.4,12の方がそれぞれ鋼板No.35,36よりも優れたvTrsおよび耐遅れ破壊安全度指数を有していることが分かる。
これに対して、比較鋼板No.18〜34、37〜40および48〜51(比較例)は、vTrsおよび耐遅れ破壊安全度指数の少なくとも1つが上記目標範囲を外れている。以下、これらの比較例を個別に説明する。
成分が本発明範囲から外れている鋼板のうちNo.37〜40は、vTrsおよび耐遅れ破壊安全度指数のいずれもが目標値に達しておらず、また、48〜51は、耐遅れ破壊安全度指数が目標値に達していない。
未再結晶域圧下率が本発明範囲から外れている鋼板No.18〜20は、耐遅れ破壊安全度指数が目標値に達していない。
直接焼入れ開始温度が本発明範囲から外れている鋼板No.21〜23は、vTrsおよび耐遅れ破壊安全度指数の少なくとも1つが目標値に達していない。
直接焼入れ停止温度が本発明範囲から外れている鋼板No.24,25は、vTrsが目標値に達していない。
焼戻し温度が本発明範囲から外れている鋼板No.26〜28は、vTrsおよび耐水素脆化安全度指数のいずれか1つが目標値に達していない。
370℃〜焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度が本発明範囲から外れている鋼板No.29〜34は、vTrsおよび耐水素脆化安全度指数の少なくとも1つが目標値に達していない。
マルテンサイト組織構造を示す模式図。 ラスの界面に析出したセメンタイトの模式図とTEM(透過型電子顕微鏡)写真。

Claims (6)

  1. 質量%で、C:0.02〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2.0%、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%、P:0.02%以下、S:0.003%以下の元素を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、旧オーステナイト粒のアスペクト比の平均値が板厚方向全体に亘って、3以上であり、かつ、ラスの界面におけるセメンタイト被覆率が50%以下であることを特徴とする、耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
  2. 更に、鋼組成が、質量%で、Mo:1%以下、Nb:0.1%以下、V:0.5%以下、Ti:0.1%以下、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
  3. 更に、鋼組成が、質量%で、B:0.003%以下、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下、Mg:0.01%以下の一種または二種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼
  4. 更に、鋼材に水素を含有させてから、亜鉛めっきによって鋼中水素を封入し、その後、歪速度が1×10-3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、下記式にて求める耐遅れ破壊安全度指数が80%以上であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一つに記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼

    耐遅れ破壊安全度指数(%)=100×(X/X
    ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
    :拡散性水素を含む試験片の絞り
  5. 請求項1乃至3のいずれか一つに記載の組成を有する鋼を鋳造後、Ar変態点以下に冷却することなく、あるいはAc変態点以上に再加熱後、熱間圧延を開始し、未再結晶域における圧下率が30%以上の圧延を含む熱間圧延によって所定の板厚とし、引続きAr変態点以上から冷却速度1℃/s以上で350℃以下の温度まで冷却した後、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上に設置された加熱装置を用いて、370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上として、板厚中心部の最高到達温度を400℃以上に焼戻すことを特徴とする請求項4に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼の製造方法。
  6. 請求項1乃至3のいずれか一つに記載の組成を有する鋼を鋳造後、Ar変態点以下に冷却することなく、あるいはAc変態点以上に再加熱後、熱間圧延を開始し、未再結晶域における圧下率が30%以上の圧延を含む熱間圧延によって所定の板厚とし、引続きAr変態点以上から冷却速度1℃/s以上で350℃以下の温度まで冷却した後、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上に設置された加熱装置を用いて、焼戻し開始温度から370℃までの板厚中心部の平均昇温速度を2℃/s以上で、かつ370℃からAc変態点以下の所定の焼戻し温度までの板厚中心部の平均昇温速度を1℃/s以上として、板厚中心部の最高到達温度を400℃以上に焼戻すことを特徴とする、請求項4に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高張力鋼の製造方法。
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