本発明は、加工対象である所定の部材(ワーク)の周面に、切削工具を用いてねじ部を形成するためのねじ切り加工において、ワークに切削工具が作用することにより生じる切削荷重を利用することで、安定した加工精度の確保の妨げの原因となる、加工中に生じる加工設備における変位を低減させようとするものである。以下、本発明の内容について、実施の形態を用いて具体的に説明する。
まず、本実施形態に係るねじ切り加工を行うための設備(以下「加工設備」という。)の構成等について説明する。図1は、本実施形態に係る加工設備の構成を示す。図1に示すように、本実施形態に係るねじ切り加工は、所定の軸線Sを回転軸線として回転するワーク1を加工対象とするものである。ワーク1の加工は、ワーク1に対して切削工具(切削インサート、チップ等とも称される)2が作用することにより行われる。ワーク1が切削工具2による加工を受けることにより、ワーク1において、その外周面1aにねじ部10が形成される。つまり、本実施形態に係るねじ切り加工は、軸線Sを回転軸線として回転するワーク1に切削工具2を作用させることにより、ワーク1の外周面1aにねじ部10を形成するものである。
ワーク1は、軸状(円柱状)の部材であり、所定の回転軸線を有する回転部に対して支持されることにより、軸線Sを回転軸線として回転させられる。本実施形態に係る加工設備においては、前記回転部として、モータ等の回転駆動源(図示略)によって回転可能に設けられる主軸3が備えられる。主軸3が有する回転軸線は、ワーク1が回転軸線とする軸線Sに対応する。すなわち、ワーク1は、主軸3に対して同心配置された状態で支持されることにより、主軸3の回転によって軸線Sを回転軸線として一定の方向に回転させられる(矢印A1参照)。
ワーク1は、主軸3に対して、主軸3と一体的に回転するように支持される。ワーク1は、チャック機構4を介することにより主軸3に支持される。チャック機構4は、主軸3の一端部において、主軸3と一体的に回転するように設けられる。チャック機構4は、前記のとおり主軸3に対して同心配置された状態となるワーク1の一端部を把持する。つまり、ワーク1は、その一側端部(図1において左側端部)がチャック機構4によって把持されることにより、主軸3に対してチャック機構4を介して主軸3と一体的に回転するように支持される。チャック機構4は、チャック部となる複数の爪部5を有し、この爪部5によってワーク1を外周面1a側から掴むことにより、ワーク1を主軸3に対して固定状態となるように把持する。
切削工具2は、略三角形平板状に形成され、その略三角形の各角部に切刃部20を有する。切削工具2は、切刃部20をワーク1に対して外周面1a側から作用させることにより、ワーク1を切削する。切削工具2によるワーク1の切削には、一つの切刃部20が用いられる。したがって、切削工具2は、三箇所に有する切刃部20のうちの一箇所の切刃部20をワーク1に作用させることができる姿勢で支持される。
切削工具2は、ワーク1に対する作用に際し、ワーク1の回転軸線である軸線Sに平行な一定の方向が送り方向とされ、前述のように回転可能に支持されるワーク1に対して相対的に移動させられる。本実施形態では、切削工具2は、主軸3に支持された状態(以下「支持状態」という。)のワーク1の先端側(チャック機構4により把持される側と反対側)から、ワーク1の支持側(チャック機構4により把持される側)に向かう方向(図1において左方向)が、送り方向とされる(矢印A2参照)。つまり、本実施形態では、切削工具2は、前記送り方向を含む直線方向(図1における左右方向)に移動可能に設けられることにより、支持状態のワーク1に対して相対的に移動する。なお、切削工具2は、支持状態のワーク1に対して、ワーク1の周方向について所定の位置(本実施形態では図1に示すようにワーク1の周方向における下端の位置に対応する位置)から作用する。
切削工具2は、本実施形態の加工設備に備えられる送り機構30により、送り方向への移動を含む直線移動(以下単に「直線移動」ともいう。)が可能に設けられる。送り機構30は、ボールねじ機構によって切削工具2を直線移動させる。すなわち、送り機構30は、ボールねじ機構を構成する部材として、切削工具2の送り方向と平行な方向に延設される送りねじ軸31と、この送りねじ軸31がねじ込まれた状態となるナット部32とを備える。
送り機構30において、ボールねじ機構を構成する送りねじ軸31とナット部32とは、支持面33上に設けられるベースハウジング34内に収容された状態で設けられる。したがって、送りねじ軸31は、その軸方向が切削工具2の送り方向と平行となる姿勢で、ベースハウジング34内において回転可能に支持される。そして、この送りねじ軸31に対して、ナット部32がねじ込まれた状態となる。なお、図示は省略するが、送りねじ軸31とナット部32との間には、送りねじ軸31の回転にともない転がりながら移動する多数のボールが挟み込まれた状態で存在する。つまり、送りねじ軸31が所定の位置で回転することにより、前記ボールが送りねじ軸31とナット部32との間を転がりながら移動し、ナット部32が前記ボールを介して送りねじ軸31に沿って移動する。
送りねじ軸31は、サーボモータ35により回転駆動させられる。つまり、送りねじ軸31は、その一端側がサーボモータ35の出力軸に連結され、サーボモータ35の駆動力によって回転する。サーボモータ35は、ベースハウジング34の外側においてベースハウジング34の壁部に支持固定される。
また、送り機構30においては、切削工具2を直線移動させる送り台36が備えられる。送り台36は、前述したボールねじ機構によって直線移動する。すなわち、送り台36は、ボールねじ機構を構成するナット部32に対して一体的に固定され、送りねじ軸31の回転によるナット部32の移動にともなって移動する。かかる構成により、送り台36が、切削工具2の送り方向を含む直線方向(矢印A3参照)に直線移動するように設けられる。言い換えると、送り台36の直線移動方向に、切削工具2の送り方向が含まれる。なお、本実施形態では、図1に示すように、送り台36に対して、その直線移動方向両端部に対応して配置される二個のナット部32が用いられている。
このように移動可能に設けられる送り台36に対して、切削工具2が支持される。切削工具2は、送り台36の台上にて、ブラケット37およびホルダ38を介して支持される。ホルダ38は、アーム状に構成される部分であり、送り台36の台上にて立った状態で設けられる。ホルダ38は、その先端部(上端部)に、切削工具2を支持する。ここで、切削工具2は、ホルダ38に対して、前記のとおり一箇所の切刃部20をワーク1に作用させることができる姿勢で支持される。ブラケット37は、送り台36の台上に設けられ、ホルダ38の一部を収容する。
以上のような構成を備える送り機構30により、切削工具2が直線移動する。すなわち、サーボモータ35の駆動力によって送りねじ軸31が回転することにより、送り台36が、ナット部32を介して送りねじ軸31の軸方向に沿って移動する。この送り台36の移動により、送り台36上にブラケット37およびホルダ38を介して支持される切削工具2が直線移動することとなる。
このように、送り機構30によって直線移動する切削工具2が用いられ、軸線Sを回転軸線として回転するワーク1の外周面1aにねじ部10を形成するねじ切り加工が行われる。ワーク1に対するねじ切り加工は、複数の切削パスによる旋削によって行われる。
図2は、ワーク1の回転軸線(軸線S)を含む断面形状(以下「軸線断面形状」という。)におけるねじ部10(図1参照)のねじ溝11の部分を示す。図2に示すように、切削工具2が有する切刃部20は、凸V字状をなす一対の切刃21を有する。この一対の切刃21がなす凸V字状は、図2に示すワーク1の軸線断面形状において、ワーク1に形成されるねじ部10におけるねじ溝11の形状に対応する。つまり、切削工具2が有する切刃部20は、一対の切刃21によって凸V字状に構成され、切削工具2は、図2に示すようなワーク1の軸線断面形状において、切刃部20が凸V字状となる姿勢で、ワーク1に対して作用することとなる。
このように、ワーク1のねじ切り加工においては、凸V字状の切刃部20を有する切削工具2が、その切刃部20をワーク1の外周面1aに対してワーク1の径方向内側(回転中心側)に向けて切り込ませるとともに、送り機構30によって一定の送り方向に所定の送り量(移動量)で送り出される(移動させられる)。本実施形態では、ワーク1に形成されるねじ部10は、ワーク1の軸方向について、ワーク1の先端から所定の範囲の部分に形成される。したがって、前記のとおりワーク1の先端側(図1における右側)からワーク1の支持側(図1における左側)に向かう方向を送り方向とする切削工具2は、支持状態のワーク1に対して、ワーク1の先端からねじ部10が形成される所定の範囲で送り出される。つまり、支持状態のワーク1に対する切削工具2の所定の送り量は、ワーク1においてねじ部10が形成される部分の軸方向(送り方向)の範囲に対応して設定される、送り方向への移動量となる。
そして、切削工具2のワーク1に切り込んだ状態での送り方向への所定の移動量の送出し、つまり切削パスが、切削パスごとに切込み量が増加させられながら、複数回行われる。これにより、最終回の切削パスが終了した時点で、所望の形状を有する螺旋状の切削部としてのねじ部10が、ワーク1の外周面1aに形成される。本実施形態では、切削パスは9回行われる。つまり、9回目の切削パスが終了した時点で、ワーク1において、ねじ部10として、外周面1aに螺旋状となるねじ溝11が形成される。
複数回の切削パスが行われるワーク1にねじ部10を形成するためのねじ切り加工において、所定の姿勢で保持された状態の切削工具2の刃先(切刃部20の先端)のワーク1に対する相対的な移動経路(以下単に「移動経路」という。)は、例えば次のようになる。すなわち、切削工具2は、支持状態のワーク1との関係において、送り方向を含む直線方向(以下「軸方向」という。)、およびワーク1に切り込む方向を含む直線方向(以下「径方向」という。)に相対的に移動する。切削工具2の軸方向の移動については、切削工具2は前述したように送り機構30によって移動させられる。また、切削工具2の径方向については、加工設備において、主軸3等を含むワーク1を支持する部分と、送り機構30における切削工具2を支持する部分(例えばホルダ38等)との少なくともいずれかが移動することにより、切削工具2がワーク1に対して相対的に移動させられる。
ワーク1のねじ切り加工に際しては、切削工具2の刃先の位置について、移動経路における移動開始位置が設定される。この移動開始位置は、例えば、支持状態のワーク1に対して、軸方向についてワーク1の先端位置から送り方向と反対方向側(図1において右側)に、かつ、径方向についてワーク1の外周面1aから外側(図1において下側)に、それぞれ間隔を隔てた所定の位置となる。したがって、この場合、切削工具2の刃先の位置についての移動開始位置は、図1において、支持状態のワーク1に対して、ワーク1の先端面の下端位置の右下に位置することとなる。
そして、切削工具2の刃先は、前記移動開始位置から、例えば次の四つの経路をたどることにより、軸方向を長手方向とする長方形状の軌跡を描くこととなる。すなわち、前述した移動開始位置から、径方向について切削工具2がワーク1に対して所定の切込み量切り込んだ状態での位置に対応する位置(第一の位置)まで径方向内側(図1において上側)に向けて移動する経路と、第一の位置から、軸方向について切削工具2がワーク1に切り込んだ状態で送り方向に所定の送り量移動した位置(第二の位置)まで送り方向側(図1において左側)に移動する経路と、第二の位置から、径方向について切削工具2がその刃先の位置が移動開始位置に対応する位置(第三の位置)となるまで径方向外側(図1において下側)に向けて移動する経路と、第三の位置から、軸方向について切削工具2が移動開始位置まで送り方向と反対方向側(図1において右側)に移動して戻る経路との四つの経路である。
このように、軸方向を長手方向とする長方形状の軌跡を描く切削工具2の刃先についての一連の移動経路が、1回の切削パスが行われるごとの移動サイクルとなる。したがって、切削工具2の刃先の移動経路において、切削パスごとに、切削工具2のワーク1に対する切込み量(外周面1aからの切込み深さ)の増加分だけ、前述した移動開始位置から第一の位置までの切削工具2の刃先の移動量が増加することとなる。そして、本実施形態では、ワーク1にねじ部10が形成されるまでに9回の切削パスが行われることから、前記のような移動サイクルが9回行われることとなる。
また、本実施形態に係るねじ切り加工においては、切削工具2のワーク1に対する切込み方法として、千鳥切込みが採用されている。すなわち、前述したように複数回(9回)の切削パスの旋削により行われるねじ切り加工において、切削工具2による切削パスごとの切込み量の増加に際し、切刃21が、V字状となる両側(送り方向前側および後側)の切削面に対して交互に沿うように切り込むこととなる。
図2においては、9回の切削パスについての各回の切削パスによるねじ溝11の形状に達するまでの切削面が、二点鎖線で示されている。つまり、図2において切刃部20が位置する部分が、1回目の切削パスによって切除される部分に対応し、かかる部分に対して、2回目以降の切削パスごとの切込みが、切刃部20の凸V字状に対応してV字状に形成される切削面うちの送り方向(矢印B参照)の前側の切削面および後側の切削面で互い違いに沿うように行われる。そして、最終の切削パスである9回目の切削パスによる切削面が、最終的にねじ部10のねじ溝11を形成する面となる。
このような支持状態のワーク1に対する切削工具2の刃先の位置の相対的な移動は、加工設備に備えられる制御装置において記憶部等に格納されるNCプログラムに基づいて行われる。このNCプログラムに基づいて行われる切削工具2の刃先の位置制御には、サーボモータ35の回転量等を検出するエンコーダ(図示略)からの出力値が用いられる、サーボモータ35のサーボ制御等が含まれる。
以上のように、本実施形態に係るねじ切り加工方法は、所定の軸線Sを回転軸線として回転する加工対象であるワーク1に対して、ワーク1に作用する切削工具2を前記回転軸線に平行な一定の送り方向に所定の送り量送り出す切削パスを、この切削パスごとに切削工具2のワーク1に対する切込み量を増加させながら複数回行うことで、ワーク1にねじ部10を形成するものである。
このようにして行われる本実施形態のねじ切り加工においては、切削工具2がワーク1に作用することによる切削荷重が生じる。このねじ切り加工にともなう切削荷重には、主に、切削工具2が送り機構30によってワーク1に切り込んだ状態で送り方向に送り出されることによって切削工具2が受ける移動抵抗としての荷重と、切削工具2の切刃21がワーク1に作用することによって切削工具2が受ける切削抵抗としての荷重とが含まれる。以下では、前者の荷重を「移動抵抗による荷重」とし、後者の荷重を「切削抵抗による荷重」とする。また、以下では、便宜上、これらの各荷重が作用する方向として、送り方向を含む直線方向(軸方向)についてのみ考慮する。
移動抵抗による荷重について、その作用する方向は、切削工具2の送り方向と反対方向となる。また、移動抵抗による荷重の大きさは、サーボモータ35による駆動力が一定であること等によって略一定となる。
一方、切削抵抗による荷重については、その作用する方向および大きさが、切削パスごとの切削量の影響を受けて変動する。したがって、切削工具2において凸V字状をなす一対の各切刃21について、V字状をなす切削面のうち、送り方向前側の切削面についての切削量と、送り方向後側の切削面についての切削量とが略同じである場合は、切削抵抗による荷重は、略相殺されることとなる。言い換えると、各切刃21について、送り方向前側の切削面についての切削量と、送り方向後側の切削面についての切削量とが異なることにより、切削工具2が、軸方向のいずれかの方向に切削抵抗による荷重を受けることとなる。実際には、切削工具2が受ける切削抵抗による荷重は、V字状をなす各切削面において、切削量が多い側から少ない側に向かう方向に生じる。
切削パスごとの切削量は、ねじ切り加工に際して予め設定される切削パスごとの取代(切削代)に基づく。つまり、切削パスごとの切削量は、切削工具2の刃先の位置のワーク1に対する移動量によるものであるため、前述したように切削工具2の刃先の位置制御を行うためのNCプログラムにより、切削パスごとの取代が予め設定される。
このように予め設定される切削パスごとの取代に基づく切削量は、その予め設定されている取代に対して変動する場合がある。こうした切削量の変動は、加工設備やワーク1における各部について十分な剛性が得られないこと等による、ねじ切り加工にともなう各部における変位(たわみ等)が原因となる。つまり、ねじ切り加工中に加工設備等における各部について変位が生じることで、NCプログラムに基づいて制御される切削工具2の刃先の位置にずれが生じ、予め設定されている取代に対して切削量が変動する場合がある。
こうした切削量の変動は、切削工具2に作用する切削抵抗による荷重を変動させ、ねじ切り加工において生じる切削荷重の不安定化を招き、結果として、ねじ部10の形状についての加工精度の不安定化につながる。つまり、切削量の変動が生じることにより、ねじ切り加工において生じる切削荷重が不安定となり、ねじ部10の形状の加工精度について十分な安定性が得られない場合がある。こうした加工精度の不安定化は、ねじ部10の形状について比較的高精度な加工が要求される場合に特に問題となる。
また、前述のように加工精度の不安定化につながる切削量の変動の原因となる、ねじ切り加工にともなう加工設備における変位としては、切削工具2の送り機構30を構成するボールねじ機構におけるバックラッシュによるものがある。ボールねじ機構におけるバックラッシュの要因としては、軸方向の隙間がある。ボールねじ機構における軸方向の隙間とは、無負荷時における送りねじ軸31およびナット部32のボールを介する軸方向の相対的な移動量である。つまり、送り機構30を構成するボールねじ機構において軸方向の隙間が存在することにより、ねじ切り加工において、ボールねじ機構におけるバックラッシュによって切削工具2の刃先の位置にずれが生じ、前述したような切削量の変動が生じる場合がある。
したがって、ねじ切り加工において、送り機構30を構成するボールねじ機構における軸方向の隙間による、送りねじ軸31およびナット部32のボールを介する軸方向の相対的な移動が防止されることにより、ボールねじ機構におけるバックラッシュが低減され、加工精度の不安定化につながる切削量の変動が抑制される。
そこで、本実施形態に係るねじ切り加工方法は、最終的にねじ部10のねじ溝11を形成する切削となる最終の切削パスにおいて、ねじ切り加工中に切削工具2に作用する切削荷重のうち、切削抵抗による荷重を意図的に所定の方向に生じさせる。これにより、ボールねじ機構においてバックラッシュの要因となる軸方向の隙間(いわゆるガタ)が詰められ、ボールねじ機構におけるバックラッシュが低減され、加工精度の不安定化につながる切削量の変動が抑制される。
ここで、切削工具2に対して意図的に生じさせる切削抵抗による荷重についての所定の方向は、切削工具2において移動抵抗による荷重が作用する方向(送り方向と反対方向)と同じ方向となる。つまり、前述したようにねじ切り加工中において切削工具2に対して略一定の大きさで作用する移動抵抗による荷重に対して、それが作用する方向と同じ方向に、切削抵抗による荷重が加わることにより、切削荷重の安定化が図られる。また、切削抵抗による荷重は、前述したようにV字状をなす各切削面において、切削量が多い側から少ない側に向かう方向に生じる。
したがって、最終の切削パスが行われるに際して(最終の1回前の切削パスが行われた状態において)、最終の切削パスにおける切削量を規定することとなる取代が、V字状をなす各切削面において、送り方向前側に多く配分される。つまり、本実施形態では、9回目の切削パスが行われるに際して(8回目の切削パスが行われた状態において)、最終的にねじ溝11を形成する切削面に対する取代が、V字状をなす各切削面において、送り方向後側(図2において右側)の切削面よりも送り方向前側(図2において左側)の切削面に多く配分される。これにより、最終の(9回目の)切削パスにおいて、切削工具2に作用する切削抵抗による荷重が、移動抵抗による荷重が作用する方向と同じ方向に生じることとなる。
最終の切削パスに際しての、V字状をなす各切削面に対する取代の配分について、図3を用いて具体的に説明する。図3は、本実施形態のねじ切り加工における切削パスごとの取代の配分を示す。図3においては、8回目までの切削パスについての各回の切削パスによるねじ溝11の形状に達するまでの切削面が二点鎖線で示されているとともに、最終の(9回目の)切削パスによる取代(符号12a、12b参照)が示されている。また、図3において、矢印Cで示される方向が、切削工具2の送り方向に対応する。
図3に示すように、本実施形態に係るねじ切り加工方法においては、最終の(9回目の)切削パスが行われるに際して、ねじ部10の、ワーク1の軸線断面形状においてV字状をなす一対の切削面に残存する取代12a、12bが、前記一対の切削面のうち送り方向後側(図3において右側)の切削面(符号11b参照)よりも送り方向前側(図3において左側)の切削面(符号11a参照)に多く配分される。
最終の切削パスが行われるに際して、ワーク1の軸線断面形状においてV字状をなす一対の切削面に残存する取代12a、12bとは、最終の切削パスにより、切削工具2によって切削される部分となる。つまり、取代12a、12bは、複数回(9回)の切削パスによって形成されるねじ部10について、9回目の切削パスによって切削される、ねじ溝11を形成する切削面(符号11a、11b参照)に対する取代部分となる。
したがって、最終の切削パスが行われるに際して、ねじ部10の、ワーク1の軸線断面形状においてV字状をなす一対の切削面である、ねじ溝11を形成するフランク(ねじ部10のねじ山の頂とねじ溝11の谷底とを連絡する面)11a、11bのうち、送り方向前側のフランク11aに残存する取代12aが、送り方向後側のフランク11bに残存する取代12bよりも多く配分される。なお、以下の説明では、ねじ溝11を形成するフランク11a、11bについて、送り方向前側のフランク11aを指して「前側フランク11a」とし、送り方向後側のフランク11bを指して「後側フランク11b」とする。また、各フランク11a、11bに残存する取代12a、12bについて、前側フランク11aに残存する取代12aを指して「前側取代12a」とし、後側フランク11bに残存する取代12bを指して「後側取代12b」とする。
前側取代12aおよび後側取代12bの多少は、9回目の切削パスによって切削される部分の厚さの大小による。言い換えると、前側取代12aおよび後側取代12bの多少は、8回目の切削パスが行われた状態における切削面(符号13a、13b参照)から、前側フランク11aおよび後側フランク11bまでの切削深さの大小による。つまりは、図3に示すように、ワーク1の軸線断面形状において、前側取代12aの表面となる8回目の切削パスによる前側の切削面13aと前側フランク11aとの間の幅(寸法M1)と、後側取代12bの表面となる8回目の切削パスによる後側の切削面13bと後側フランク11bとの間の幅(寸法M2)との大小関係が、前側取代12aと後側取代12bとの量の相対的な関係に対応する。なお、切削面13a、13bと、フランク11a、11bとは、いずれもV字状をなす一対の切刃21の形状に沿う形状を有するため、同じ側(送り方向前側または後側)において互いに略平行となる。
したがって、前述したように前側取代12aが後側取代12bよりも多く配分されるねじ切り加工方法においては、前側取代12aの量に対応する寸法M1が、後側取代12bの量に対応する寸法M2よりも大きくなる(M1>M2となる)。つまり、最終となる9回目の切削パスが行われるに際して(8回目の切削パスが行われた状態において)、M1>M2の関係が満たされるように、NCプログラムによる切削工具2の刃先の位置制御が行われる。
以上のような本実施形態のねじ切り加工方法によれば、加工設備における変位を低減させることができ、ねじの圧力角やピッチ誤差や歯厚等のねじ部10の形状についての加工精度の安定性を向上することができる。
すなわち、前述したように、最終の切削パスに際して前側取代12aが後側取代12bよりも多く配分されることにより、切削抵抗による荷重が作用する方向の変動が抑制される。これにより、最終の切削パスの加工中においては、切削工具2に対して、切削抵抗による荷重が、送り方向前側から後側に向かう方向、つまり移動抵抗による荷重が作用する方向と同じ方向に常に作用することとなる。つまり、移動抵抗による荷重および切削抵抗による荷重を含む切削工具2に作用する切削荷重が、常に一定の方向(送り方向と反対方向)に作用することとなる。
このように、最終の切削パス中において切削工具2に作用する切削荷重が常に一定の方向となることにより、送り機構30を構成するボールねじ機構における軸方向の隙間が詰められ、加工設備における変位であるボールねじ機構のバックラッシュが低減される。つまり、切削工具2に対して常に一定の方向に作用する切削荷重により、ホルダ38、送り台36、およびナット部32を介する送りねじ軸31への荷重入力方向が一方向に安定化され、ナット部32がボールを介して送りねじ軸31に一定の方向に押し付けられることで、ボールねじ機構における軸方向の隙間(いわゆるガタ)に起因するバックラッシュが解消される。これにともない、最終の切削パスにおける切削量の変動が抑制される。結果として、加工精度の安定性が向上する。
すなわち、例えば前側取代12aと後側取代12bとが等しく配分された場合(M1=M2とされた場合)、最終の切削パスにおいて、加工設備等の各部における変位により、切削抵抗による荷重が作用する方向が変動する可能性がある。こうした切削抵抗による荷重が作用する方向の変動は、V字状となる切削面について送り方向前側と後側とで切削量についてアンバランスを生じさせ、加工精度の不安定化を招くこととなる。そこで、前述したように、前側取代12aが後側取代12bよりも多く配分されることにより、最終の切削パスにおいて、切削抵抗による荷重が作用する方向が一定となり、加工精度の向上が図られる。
したがって、後側取代12bよりも多く配分される前側取代12aは、後側取代12bとの相対的な関係において、少なくとも、最終の切削パスにおいて切削工具2に作用する切削抵抗による荷重が常に移動抵抗による荷重が作用する方向と同じ方向に作用する程度に多く配分される。ここで、前側取代12aに対して相対的に少なく配分される後側取代12bについては、切削工具2の切刃部20の形状がワーク1に対して良好に転写でき加工精度が確保される観点から、後側取代12bがゼロ(M2=0)でないことが好ましい。
また、本実施形態のねじ切り加工方法においては、各切削パスによる切削量について、次のような工夫が施されている。すなわち、ねじ部10のねじ溝11が形成されるまでの合計の切削量が、計9回行われる切削パスによる切削量について、前期側で行われる切削パスによる切削量が比較的多く、後期側で行われる切削パスによる切削量が比較的少なくなるように配分されている。
各切削パスにおける切削量は、ワーク1の軸線断面形状における面積(切削断面積)で表される。したがって、図3に示すように、各切削パスにおける切削量は、各回の切削パスにより形成される切削面を示す二点鎖線で囲まれる領域S1〜S9の面積が、計9回行われる切削パスにおける切削断面積(取代の断面積)に対応する。つまり、領域S1の面積が、1回目の切削パスの切削断面積に対応し、領域S2〜S9の面積が、2回目以降順に行われる各切削パスの切削断面積に対応する。したがって、本実施形態のねじ切り加工方法は、9回の切削パスにおいて、前期側で行われる切削パスの切削断面積が比較的大きく、後期側で行われる切削パスの切削断面積が比較的小さくなるように行われる。
具体的には、各回における切削パスの切削断面積の大きさ、つまり9回の切削パスにおける切削断面積の相対的な関係(切削量の配分)は、例えば図4に示すような態様となる。すなわち、図4に示すように、本実施形態のねじ切り加工においては、9回の各切削パスの切削断面積について、前期側で行われる1〜3回目の各切削パスの切削断面積(領域S1〜S3の各面積)が、後期側で行われる7〜9回目の各切削パスの切削断面積(領域S7〜S9の各面積)に比べて大きくなっている。
そして、切削断面積の変化の態様としては、前期側で行われる切削パスおよび後期側で行われる切削パスのそれぞれにおいて、切削断面積は比較的緩やかに減少し、前期側の切削パスから後期側の切削パスにかけて(4〜6回目の切削パスを介して)、切削断面積は比較的急に減少している。つまり、切削断面積が比較的大きくなる前期側の切削パスから、切削断面積が比較的小さくなる後期側の切削パスにかけて、切削断面積が徐々に減少させられている。この場合の切削断面積の変化の態様は、図4に示すように、曲線L1により模式的に表される。
このように、本実施形態のねじ切り加工方法においては、ワーク1の軸線断面形状における切削パスごとの切削断面積が、ねじ部10を形成するまでに複数回行われる切削パスのうち、前期側で行われる切削パスで比較的大きく、後期側で行われる切削パスで比較的小さくされる。そして、後期側で行われる切削パスの切削断面積が、前期側で行われる切削パスの切削断面積に対して、徐々に減少させられる。
なお、切削断面積の変化の態様は、本実施形態の場合に限定されるものではない。すなわち、切削パスごとの切削断面積の配分については、前期側で行われる切削パスで比較的大きく、後期側で行われる切削パスで比較的小さくされるとともに、後期側で行われる切削パスの切削断面積が、前期側で行われる切削パスの切削断面積に対して、徐々にあるいは段階的に減少させられるものであればよい。
したがって、切削断面積の変化の態様は、例えば図5に示すようなものであってもよい。すなわち、図5(a)に示す切削断面積の変化の態様は、折れ線L2により模式的に表されるものである。具体的には、前期側で行われる1〜3回目の各切削パスの切削断面積(領域S1〜S3の各面積)と、これらに対して小さくなる、後期側で行われる7〜9回目の各切削パスの切削断面積(領域S7〜S9の各面積)とが、それぞれにおいて互いに等しい大きさとされるとともに、4〜6回目の切削パスを介して徐々(直線的に)に減少させられる態様である。
また、図5(b)に示す切削断面積の変化の態様は、折れ線L3により模式的に表されるものである。具体的には、前半(1〜4回目)の各切削パスの切削断面積(領域S1〜S4の各面積)と、これらに対して小さくなる、後半(5〜9回目)の各切削パスの切削断面積(領域S5〜S9の各面積)とが、それぞれにおいて互いに等しい大きさとされている。つまりこの場合、前期側で行われる切削パスの切削断面積が、後期側で行われる切削パスの切削断面積に対して、段階的に減少させられている。
以上のように、各切削パスの切削断面積の調整により、各切削パスによる切削量について工夫が施されることにより、前述したような前側取代12aと後側取代12bの配分による加工精度の安定化を、より効果的なものとすることができる。
すなわち、ねじ切り加工の各切削パスにおいては、加工設備等において剛性の不足等によって生じる各部の変位(たわみ等)が原因で、NCプログラムによって予め設定される取代に対応する所望の切削量が得られないことがある。各切削パスにおいて所望の切削量が得られないことは、例えば各切削パスによる切削量が全体を通して均等である場合等において、後期側で行われる切削パスで、各回の切削パスにおいて切削量が不十分であったことのしわ寄せを生じさせる。具体的には、後期側で行われる切削パスにおいて、その切削量が予め設定される量に対して増加し、切削による負荷が増すことで、切削工具2を含む加工設備やワーク1のたわみ等が生じる。こうした現象は、特に切削量についてのしわ寄せが大きくなる最終の切削パスにおいて問題となり、加工精度の不安定化を招くこととなる。
そこで、前述のように切削断面積の調整によって各切削パスによる切削量が、前期側に対して後期側で少なくなるように配分されることにより、ねじ切り加工における仕上げに近い後期側の切削パスにおいて、それまでの切削パスにおいて切削量が不十分であったことのしわ寄せによる不具合、つまり切削による負荷が増すことによる加工設備やワーク1のたわみ等が解消される。これにより、全体としての加工時間の長期化をともなうことなく、NCプログラムによって制御される切削工具2の刃先の位置についての誤差を低減することができ、加工精度を安定させることができる。
なお、以上説明した本実施形態のねじ切り加工方法においては、切削工具2のワーク1に対する切込み方法として、千鳥切込みが採用されているが、これに限定されるものではない。すなわち、本発明に係るねじ切り加工方法は、切込み方法として例えばラジアル・インフィードや修正フランク・インフィードが採用されるねじ切り加工においても適用可能である。また、本実施形態では、ワーク1に形成されるねじ部10が、軸状の部材であるワーク1の外周面1aに形成される雄ねじであるが、これに限定されるものではない。すなわち、本発明に係るねじ切り加工方法は、ワークとしての軸状の部材の内周面等に形成されることとなる雌ねじを形成するねじ切り加工においても適用可能である。