以下、図面に基づき本発明の実施形態について説明する。
図1は、エンジンの点火時期制御装置の概略構成を示している。空気は吸気コレクタ2に蓄えられた後、吸気マニホールド3を介して各気筒の燃焼室5に導入される。燃料は各気筒の吸気ポート4に配置された燃料インジェクタ21より噴射供給される。空気中に噴射された燃料は気化しつつ空気と混合してガス(混合気)を作り、燃焼室5に流入する。この混合気は吸気弁15が閉じることで燃焼室5内に閉じこめられ、ピストン6の上昇によって圧縮される。
この圧縮混合気に対して高圧火花により点火を行うため、パワートランジスタ内蔵の点火コイルを各気筒に配した電子配電システムの点火装置11を備える。すなわち、点火装置11は、バッテリからの電気エネルギーを蓄える点火コイル13と、点火コイル13の一次側への通電、遮断を行うパワートランジスタ(図示しない)と、燃焼室5の天井に設けられ点火コイル13の一次電流の遮断によって点火コイル13の二次側に発生する高電圧を受けて、火花放電を行う点火プラグ14とからなっている。
圧縮上死点より少し手前で点火プラグ14により火花が飛ばされ圧縮混合気に着火されると、火炎が広がりやがて爆発的に燃焼し、この燃焼によるガス圧がピストン6を押し下げる仕事を行う。この仕事はクランクシャフト7の回転力として取り出される。燃焼後のガス(排気)は排気弁16が開いたときに排気通路8へと排出される。
排気通路8には三元触媒9、10を備える。三元触媒9、10は排気の空燃比が理論空燃比を中心とした狭い範囲(ウインドウ)にあるとき、排気中に含まれるHC、CO、NOxといった有害三成分を同時に効率よく除去できる。空燃比は吸入空気量と燃料量の比であるので、エンジンの1サイクル(4サイクルエンジンではクランク角で720°区間)当たりに燃焼室5に導入される吸入空気量と、燃料インジェクタ21からの燃料噴射量との比が理論空燃比となるように、エンジンコントローラ31ではエアフローセンサ32からの吸入空気流量の信号とクランク角センサ(33、34)からの信号に基づいて燃料インジェクタ21からの燃料噴射量を定めると共に、三元触媒9の上流に設けたO2センサ35からの信号に基づいて空燃比をフィードバック制御している。
吸気バルブ15、排気バルブ16は、クランクシャフト7を動力源として、各々吸気側カムシャフト25及び排気側カムシャフト26に設けられたカムの動作により開閉駆動される。吸気バルブ15側には、吸気バルブ15のバルブリフト最大量及び吸気バルブ15の作動角を連続的に可変制御する多節リンク状の機構で構成される可変バルブ機構(VEL機構)28を備える。このVEL機構28には吸気バルブ15のバルブリフト最大量及び吸気バルブ15の作動角を検出するVEL角度センサ43が併設されている。
同じく吸気バルブ15側には、クランクシャフト7と吸気側カムシャフト25との回転位相差を連続的に可変制御して、吸気バルブ15の開閉タイミング(開時期IVOと閉時期IVC)を進遅角する可変バルブタイミング機構(VTC機構)27を備える。また、吸気側カムシャフト25の他端には吸気側カムシャフト25の回転位置を検出するためのカム角度センサ34が併設されている。
これらVEL機構28及びVTC機構27を備える場合のバルブリフト特性を図2に示す。VTC機構27の非作動時かつVEL機構28の非作動時のバルブリフト特性が実線であるとすると、VTC機構27の非作動状態でVEL機構28に指令値(VEL角度)を与えて作動させたときには吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量がVEL機構28の非作動時より大きくなるためバルブリフト特性が破線の特性へと移り、吸気バルブ開時期IVOはVEL機構28の非作動時より進角され、吸気バルブ閉時期IVCはVEL機構28の非作動時より遅角される。またVEL機構28の非作動状態でVTC機構27に指令値(VTC角度)を与えて作動させたときには作動角一定のまま吸気バルブ開時期IVO及び吸気バルブ閉時期IVCが進角されるためバルブリフト特性が一点鎖線の特性へと移る。さらに、VTC機構27に指令値を与えて作動させると共にVEL機構28にも指令値を与えて作動させたときは二点鎖線の特性へと移る。
VEL機構28のアクチュエータに指令して、吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量を変えることで、スロットルバルブに代わって吸入空気量を任意に制御することが可能となる。運転者が要求するトルクはアクセルペダル41の踏み込み量(アクセル開度)に現れるので、エンジンコントローラ31ではアクセルセンサ42からの信号に基づいて目標トルクを定め、この目標トルクを実現するための目標空気量を定め、この目標空気量が得られるようにVEL機構28を介して吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量を制御する。
一方、排気バルブ16側にも、クランクシャフト7と排気側カムシャフト26との回転位相差を連続的に可変制御して、排気バルブ16の開閉タイミング(開時期と閉時期)を進遅角する可変バルブタイミング機構(VTC機構)29を備える。また、排気側カムシャフト26の他端には排気側カムシャフト26の回転位置を検出するためのカム角度センサ44が併設されている。
この排気バルブ側VTC機構29や吸気バルブ側VTC機構27の各アクチュエータに指令して、排気バルブ16や吸気バルブ15のバルブタイミング(開閉時期)を変えると燃焼室5に残留する不活性ガスの量が変化する。燃焼室5内の不活性ガスの量が増えるほどポンピングロスが減って燃費がよくなるので、運転条件によりどのくらいの不活性ガスが燃焼室5内に残留したらよいかを目標排気バルブ閉時期や目標吸気バルブ閉時期にして予め定めており、エンジンコントローラ31ではそのときの運転条件(エンジンの負荷と回転速度)より目標排気バルブ閉時期や目標吸気バルブ閉時期を定め、それら目標値が得られるように排気バルブ側VTC機構29や吸気バルブ側VTC機構27の各アクチュエータを介して排気バルブ16の閉時期や吸気バルブ15の閉時期を制御する。
上記の吸気バルブ側VEL機構28及び吸気バルブ側VTC機構27(これら2つは吸気バルブ側可変動弁装置)、排気バルブ側VTC機構29(排気バルブ側可変動弁装置)の具体的な構成は特開2003−3872号公報により公知であるので、その詳しい説明は省略する。
また、エンジンの負荷と回転速度の信号がVEL角度センサ43からのVEL角度の信号、カム角度センサ34からの第1VTC角度の信号、カム角度センサ44からの第2VTC角度の信号と共に入力されるエンジンコントローラ31では、点火コイル13を介して点火プラグ14の一次側電流の遮断時期である点火時期を制御する。ここで、VEL角度とは、VEL機構28に与える指令値のことで、このVEL角度が例えばゼロであるときVEL機構28は非作動状態にあって吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量が最小の状態にあり、VEL角度が正の値で大きくなるほど吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量が大きくなる。なお、これに限らずVEL角度が例えばゼロであるときVEL機構28は非作動状態にあって吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量が最大の状態にあり、VEL角度が正の値で大きくなるほど吸気バルブ15の作動角及びバルブリフト最大量が小さくなるようにすることもできる。
また、第1VTC角度とは、吸気バルブ側VTC機構27に与える指令値のことで、この第1VTC角度がゼロであるとき吸気バルブ側VTC機構27は非作動状態の最遅角位置にあり、第1VTC角度が正の値で大きくなるほど吸気バルブ開時期IVO及び吸気バルブ閉時期IVCが進角される。なお、これに限らず第1VTC角度がゼロであるとき吸気バルブ側VTC機構27は非作動状態の最進角位置にあり、第1VTC角度が正の値で大きくなるほど吸気バルブ開時期IVO及び吸気バルブ閉時期IVCが遅角されるようにすることもできる。
同様にして、第2VTC角度とは、排気バルブ側VTC機構29に与える指令値のことで、この第2VTC角度がゼロであるとき排気バルブ側VTC機構29は非作動状態の最遅角位置にあり、第2VTC角度が正の値で大きくなるほど排気バルブ開時期及び排気バルブ閉時期が進角される。なお、これに限らず第2VTC角度がゼロであるとき排気バルブ側VTC機構29は非作動状態の最進角位置にあり、第2VTC角度が正の値で大きくなるほど排気バルブ開時期及び吸気バルブ閉時期IVCが遅角されるようにすることもできる。
さて、点火時期は、MBT(最大トルクの得られる最小進角値)とトレース点火時期とから定まる。ここで、トレース点火時期とは、エンジンにダメージを与えることのない軽いノックを許容している点火時期のことで、トレース点火時期よりも点火時期を進めることは避けなければならない。
この場合に、吸気バルブ側VTC機構27を備えるエンジンにおいて、吸気バルブ閉時期IVCが吸気下死点(吸気行程が終了するときにおけるピストンの下死点のこと)であるときのトレース点火時期をトレース点火時期基本値とし、これに吸気バルブ閉時期IVCが吸気下死点からズレたとき、このトレース点火時期基本値に吸気バルブ閉時期IVCの吸気下死点からのズレ量に応じたトレース点火時期補正量を進角補正量として加えることで、トレース点火時期推定値を算出する従来装置がある。
しかしながら、吸気バルブ側VTC機構27に加えて吸気バルブ側VEL機構28を備えるエンジンでは、吸気バルブ15の中心角が同じでも、吸気バルブ15の閉時期や吸排気バルブ15、16のバルブオーバーラップ量を自由に変えることができるため、圧縮比や燃焼室5内の内部不活性ガス率が大きく変わり最適なトレース点火時期推定値が変化してしまう。そのため、上記従来装置を、吸気バルブ中心角に加えて吸気バルブ15の作動角およびバルブリフト最大量も可変のエンジン、つまり吸気バルブ側VTC機構27に加えて吸気バルブ側VEL機構28をも備えるエンジンに適用し、吸気バルブ中心角のみに応じてトレース点火時期推定値を算出しても最適なトレース点火時期推定値を算出できない。
また、吸気バルブ15側に備えるVTC機構27及びVEL機構28に加えて、さらに排気バルブ16側にもVTC機構29を備えているエンジンでは、排気バルブ側VTC機構29の作動、非作動で燃焼室5内の内部不活性ガス率が大きく変わるため、吸気バルブ15のバルブタイミングおよびバルブリフト最大量(あるいは吸気バルブのバルブ作動角)だけを考慮したのでは、排気バルブ16側のVTC機構29の作動、非作動に伴う燃焼室5内の内部不活性ガス率の影響をトレース点火時期推定値に反映できず最適なトレース点火時期推定値を算出できない。
そこで本発明は、吸気バルブ15側にVTC機構27とVEL機構28とを備えるエンジンやこれらに加えて排気バルブ16側にVTC機構29を備えるエンジンにおいて、吸気バルブ15の中心角やバルブリフト最大量など機構27、28の仕様に関するパラメータではなく、ノッキングに直接関与する物理パラメータである圧縮比、燃焼室5内ガスの燃焼速度、燃焼室5内の内部不活性ガス率に応じてトレース点火時期推定値を算出することで、吸気バルブ15側にVTC機構27とVEL機構28とを備えるエンジンやこれらに加えて排気バルブ16側にVTC機構29を備えるエンジンであっても、最適なトレース点火時期推定値を精度良く算出し得るようにする。
以下、具体的に説明すると、エンジンの負荷と回転速度が同じでかつ吸気バルブ中心角が同じでも、VEL機構28の作動によって、VEL機構28が非作動状態のときよりも圧縮比が高くなることが考えられる。VEL機構28の使い方は様々なので、エンジンの負荷と回転速度が同じでかつ吸気バルブ中心角が同じである場合に、VEL機構28の非作動によって、VEL機構28が作動状態のときよりも圧縮比が高くなることも考え得る。このように、VEL機構28の作動、非作動によって圧縮比が大きく変化し得るので、VEL機構28の作動、非作動に拘わらず最低となる圧縮比を最低圧縮比、最高となる圧縮比を最高圧縮比として定め、VEL機構28の作動、非作動によってこの最低圧縮比と最高圧縮比との間で変化する圧縮比を「実効圧縮比」として定義する。また、実効圧縮比には最低圧縮比、最高圧縮比をも含めることとする。このように定義した実効圧縮比が具体的にどうなるかを、VEL機構28の作動によってVEL機構28が非作動状態のときよりも圧縮比が高くなる場合で考えてみると、VEL機構28が非作動状態のとき実効圧縮比は最低圧縮比と一致し、VEL機構28の作動時になると、実効圧縮比はVEL角度が大きくなるほど(吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなるほど)、最低圧縮比より大きくなり、VEL角度が最大のとき実効圧縮比は最高圧縮比と一致する。従って、実効圧縮比の採りうる範囲は最低圧縮比≦実効圧縮比≦最高圧縮比となる。
この場合に、同じ回転速度、同じシリンダ新気量でも、実効圧縮比が高いほどトレース点火時期は遅角方向に変化するので、本発明では新たに実効圧縮比補正率[−]を導入し、この実効圧縮比補正率で基本トレース点火時期[degBTDC]を補正した値をトレース点火時期推定値[degBTDC]として、つまり次式によりトレース点火時期推定値を算出する。
トレース点火時期推定値[degBTDC]
=基本トレース点火時期[degBTDC]×実効圧縮比補正率[−]
…(1)
実効圧縮比が最低圧縮比である場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、(1)式の実効圧縮比補正率は、図10(B)に示したように、実効圧縮比が最低圧縮比のとき1.0であり、実効圧縮比が最低圧縮比より高くなるほど1.0より小さくなり、実効圧縮比が最高圧縮比のとき最小(正の値)となる。すなわち、実効圧縮比が最低圧縮比である場合に実効圧縮比補正率が1.0となり、トレース点火時期推定値は基本トレース点火時期に一致する。実効圧縮比が最低圧縮比より大きくなるほど実効圧縮比補正率が1.0より小さくなり、トレース点火時期推定値は基本トレース点火時期よりも遅角方向に変化していくこととなる。
一方、実効圧縮比が最高圧縮比である場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、(1)式の実効圧縮比補正率は、今度は図10(A)に示したように、実効圧縮比が最高圧縮比のとき1.0であり、実効圧縮比が最高圧縮比より低くなるほど1.0より大きくなり、実効圧縮比が最低圧縮比のとき最大となる。すなわち、実効圧縮比が最低圧縮比である場合に実効圧縮比補正率が最大となり、トレース点火時期推定値は基本トレース点火時期から離れて最も進角側にくる。実効圧縮比が最低圧縮比より大きくなるほど実効圧縮比補正率が最大より1.0に向かって小さくなり、トレース点火時期推定値は基本トレース点火時期に向かって遅角方向に変化していくこととなる。実効圧縮比が最高圧縮比になると、実効圧縮比補正率が1.0となり、トレース点火時期推定値は基本トレース点火時期と一致する。上記図10(B)、図10(A)の特性はエンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
このように、トレース点火時期の実効圧縮比補正率を実効圧縮比に応じて算出することで、実効圧縮比が最低圧縮比と最高圧縮比の間で相違しても、最適なトレース点火時期推定値を与えることができる。
次に、以下では、VEL機構28の作動によってVEL機構28が非作動状態のときよりも圧縮比が高くなる場合に限定して説明する。エンジンの負荷と回転速度とが同じ条件において、VEL機構28の作動によってVEL機構28の非作動時より吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなって吸気圧力脈動が大きくなり、この大きくなった圧力脈動を受けて実質的にシリンダ新気量(吸気バルブ15が開いたときに燃焼室5(=シリンダ)に流入する新気量のこと。)が増え、その分、圧縮比が高くなる。つまり、吸気圧力脈動は、エンジン回転速度と吸気バルブ作動角とに依存し、エンジン回転速度が一定の条件では吸気バルブ作動角が大きくなるほど大きくなり、また吸気バルブ作動角が一定の条件ではエンジン回転速度が大きくなるほど大きくなることが分かっている。そこで、エンジン回転速度と吸気バルブ作動角とに応じた吸気バルブ閉時期の脈動補正量[degCA]を導入し、VTC機構27及びVEL機構28の仕様により機械的に定まる吸気バルブ閉時期[degATDC]からこの吸気バルブ閉時期の脈動補正量を差し引いた値を「実効吸気バルブ閉時期」として、つまり次式により実効吸気バルブ閉時期[degATDC]を算出する。
実効吸気バルブ閉時期[degATDC]
=吸気バルブ閉時期[degATDC]−脈動補正量[degCA]
…(2)
これは、本発明では上記の「実効圧縮比」をセンサにより検出することはしないので、実効圧縮比の代用値として「実効吸気バルブ閉時期」を導入するものである。すなわち、VEL機構28の作動によってVEL機構28の非作動状態より吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなって吸気圧力脈動が大きくなり、この大きくなった圧力脈動を受けて実質的にシリンダ新気量が増え、その分、圧縮比が高くなる場合に、この吸気圧力脈動による実質的な圧縮比の増加分を吸気バルブ閉時期に反映させ、反映させた後の吸気バルブ閉時期を「実効吸気バルブ閉時期」として定義するものである。
言い替えると、(2)式右辺の脈動補正量はシリンダ新気量により定まるのであるから、(2)式は吸気バルブ閉時期をシリンダ新気量で補正した値を「実効吸気バルブ閉時期」とするものである。ただし、シリンダ新気量で吸気バルブ閉時期を補正するにはシリンダ新気量を検出したり推定する必要があるのに対して、脈動補正量を導入し、この値をすぐ後で述べるように吸気バルブ作動角とエンジン回転速度とから推定させるのであれば、シリンダ新気量を検出したり推定することは必要でなくなる。従って、本実施形態では、シリンダ新気量で吸気バルブ閉時期を補正することはしてない。もちろん、公知の方法を用いてシリンダ新気量を検出したり推定し、その検出したり推定したりしたシリンダ新気量で吸気バルブ閉時期を補正するようにしてもかまわない。
上記(2)式の脈動補正量(吸気バルブ閉時期の脈動補正量)はゼロを中心とする値である。また、吸気バルブ閉時期の単位は図9に示したように基準位置から遅角側に測定したクランク角であり[degATDC]、このクランク角から脈動補正量を差し引くことは脈動補正量は吸気バルブ閉時期を進角させる補正量であることを表している。すなわち、エンジン回転速度が最低の回転速度の状態(例えばアイドル状態)でかつ吸気バルブ作動角が最小である場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、脈動補正量は、図5に示したようにエンジン回転速度がアイドル状態でかつ吸気バルブ作動角が最小である場合にゼロであり、エンジン回転速度が一定の条件で吸気バルブ作動角が大きくなるほど大きくなり、また吸気バルブ作動角が一定の条件でエンジン回転速度が大きくなるほど大きくなる値となる。図5に示した脈動補正量の実際の特性を定めるに際しては、エンジン回転速度が最低の回転速度から大きくなったりあるいは吸気バルブ作動角が最小から外れて大きくなっても、つまりエンジン回転速度や吸気バルブ作動角が、これらの値がとりうる範囲内で相違しても最適なトレース点火時期推定値が得られるようにガス交換シミュレータを用いて予め計算し、エンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
この結果、吸気バルブ作動角が一定の条件でエンジン回転速度が高くなるほどあるいはエンジン回転速度が一定の条件で吸気バルブ作動角が大きくなるほど実効吸気バルブ閉時期が、VTC機構27及びVEL機構28の仕様により機械的に定まる吸気バルブ閉時期より進角されていくこととなる。
このようにして求めた実効吸気バルブ閉時期に応じてトレース点火時期の実効吸気バルブ閉時期補正率[−]を算出し、この実効吸気バルブ閉時期補正率で基本トレース点火時期[degBTDC]を補正した値をトレース点火時期推定値[degBTDC]として、つまり次式によりトレース点火時期推定値[degBTDC]を算出する。
トレース点火時期推定値[degBTDC]
=基本トレース点火時期[degBTDC]×実効吸気バルブ閉時期補正率[−]
…(3)
(3)式の実効吸気バルブ閉時期補正率は1.0を中心とする値である。すなわち、実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点(吸気行程が終了するときにおけるピストンの下死点のこと)BDCにある場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、実効吸気バルブ閉時期補正率は、図6に示したように実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCにあるとき最小の1.0であり、実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCより進角するほど1.0より大きくなり、また実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCより遅角するほど1.0より大きな値となる。図6に示した実効吸気バルブ閉時期補正率の実際の特性を定めるに際しては、実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCから相違しても、最適なトレース点火時期推定値が得られるように実際のエンジンを用いて適合し、エンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
この結果、実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCより進角するほどあるいは実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCより遅角するほどトレース点火時期推定値が基本トレース点火時期より大きくなる、つまり基本トレース点火時期よりも進角されていくこととなる。
ここで、実効吸気バルブ閉時期や実効吸気バルブ閉時期補正率について具体的に考えてみる。VTC機構27及びVEL機構28の仕様により機械的に定まる吸気バルブ閉時期を図6において吸気下死点BDCより遅角側に設定しているエンジンを考える。例えば所定のエンジン負荷と回転速度でVEL機構28が非作動状態(吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量は最低の状態)にあり、VTC機構27及びVEL機構28の仕様により機械的に定まる吸気バルブ閉時期が図6で所定値Cにあったとすると、このときの実効吸気バルブ閉時期補正率は図6より所定値G1となり、この1.0より大きな値である所定値G1で上記(3)式により基本トレース点火時期が進角側に補正された値がトレース点火時期推定値として定まる。このときのトレース点火時期推定値、つまりVEL機構28が非作動状態でのトレース点火時期推定値を第1トレース点火時期推定値TRACE1[degBTDC]とする。
一方、エンジン負荷と回転速度は同じでVEL機構28が作動状態となれば、VEL機構28の作動によってVEL機構28が非作動時より吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなって吸気圧力脈動が大きくなり、この大きくなった吸気圧力脈動を受けて実質的にシリンダ新気量が増え、その分、圧縮比が高くなって、ノッキングが生じやすくなると考えられるため、トレース点火時期推定値を上記の第1トレース点火時期推定値TRACE1より遅角方向に制御してやる必要がある。
この場合に、VEL機構28の作動状態における吸気バルブ作動角が仮に図5において所定値Dでかつそのときのエンジン回転速度が図5において一番下の特性であったとすると、図5より実効吸気バルブ閉時期脈動補正量がゼロでない所定値Eとして算出される。すると、上記(2)式より吸気バルブ閉時期(つまり図6においてC)より所定値Eだけ進角させた値が実効吸気バルブ閉時期として定まる。これは、図6において所定値Cより所定値Eの分だけ進角側の値である所定値Fが、実効吸気バルブ閉時期となることを意味する。実効吸気バルブ閉時期が所定値Fであるときの実効吸気バルブ閉時期補正率は図6より所定値G2となり、この1.0より大きな値である所定値G2で上記(3)式により基本トレース点火時期が進角側に補正された値がトレース点火時期推定値として定まる。このときのトレース点火時期推定値、つまりVEL機構28が作動状態でのトレース点火時期推定値を第2トレース点火時期推定値TRACE2[degBTDC]とすると、図6に示したように所定値G2は上記の所定値G1より小さいためにその差の分だけ実効吸気バルブ閉時期補正率が小さくなり、従ってVEL機構28の作動状態でのトレース点火時期推定値である第2トレース点火時期推定値TRACE2はVEL機構28の非作動状態でのトレース点火時期推定値である第1トレース点火時期推定値TRACE1より遅角側にくる。
このように、VEL機構28の作動によってVEL機構28の非作動状態より吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなって吸気圧力脈動が大きくなり、この大きくなった圧力脈動を受けて実質的にシリンダ新気量が増え、その分、圧縮比が高くなって、ノッキングが生じやすくなることが考えられても、本実施形態によれば、VEL機構28の作動状態でのトレース点火時期推定値(TRACE2)がVEL機構28の非作動状態でのトレース点火時期推定値(TRACE1)よりも遅角側の値として算出されることがわかる。
まとめると、上記(2)式により算出される実効吸気バルブ閉時期と実効圧縮比との間には図11に示すような関係がある。すなわち、実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCに向かって進角するほど実効圧縮比が大きくなる関係である。図11に示すこの関係を用いれば、センサを用いて実効圧縮比を検出しなくても、実効吸気バルブ閉時期から実効圧縮比を推定することができる。
一方、VEL機構28の作動によってVEL機構28の非作動状態より吸気バルブ15のバルブ作動角及びバルブリフト最大量が大きくなると、シリンダ新気量が増え、このシリンダ新気量の増加分だけ燃焼室内ガスの燃焼速度が速くなる。燃焼速度は大きく分けて層流燃焼速度と乱流燃焼速度の2つに分けられるのであるが、ノックの原因であるエンドガスに自己着火が起こる期間の燃焼速度は乱流燃焼速度が支配的であることが分かっている。また、その乱流燃焼速度は、エンジン回転速度、吸気バルブ15の開閉時期および吸気バルブ15のバルブリフト最大量(あるいは吸気バルブ作動角)によってほぼ決まる。従って、エンジン回転速度、吸気バルブ開時期および吸気バルブ15のバルブリフト最大量で乱流燃焼速度を算出することが可能である。ただし、本発明では、これら3つの因子のうち吸気バルブ15のバルブリフト最大量については上記の実効吸気バルブ閉時期補正率を算出する際の因子として考慮するものとし、燃焼速度補正率を算出する際の因子からは除外する。すなわち、エンジン回転速度と吸気バルブ開時期とに応じた、トレース点火時期の燃焼速度補正率[−]を導入し、上記(3)式に代えて、トレース点火時期推定値を次式で算出する。
トレース点火時期推定値[degBTDC]
=基本トレース点火時期[degBTDC]×実効吸気バルブ閉時期補正率[−]
×燃焼速度補正率[−]
…(4)
(4)式の燃焼速度補正率も1.0を中心とする値である。すなわち、吸気バルブ開時期が所定値A(最遅角位置)にある場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、燃焼速度補正率は、図7に示したように吸気バルブ開時期が所定値A(最遅角位置)にあるとき最小の1.0であり、エンジン回転速度が一定の条件で吸気バルブ開時期を最遅角位置より進角させていくほど大きくなり、吸気バルブ開時期が所定値Bのときピークをとり、さらに吸気バルブ開時期を進角させると小さくなる値である。また、吸気バルブ開時期が一定の条件で高回転速度になるほど燃焼速度補正率は大きくなる。これは、吸気バルブ開時期が所定値Bにあるとき燃焼室内ガスの燃焼速度が最も速くなりエンドガスに自己着火が生じる前にエンドガスまで燃焼伝播が生じ、従ってノッキングが生じることがないためにトレース点火時期を最も進角させることができ、この反対に吸気バルブ開時期が所定値Bから遅角されても進角されても燃焼室内ガスの燃焼速度が遅くなりエンドガスへの燃焼伝播が遅くなってノッキングが生じがちとなるため、トレース点火時期を遅角させなければならないことを意味している。図7に示した燃焼速度補正率の実際の特性を定めるに際しては、吸気バルブ開時期が最遅角位置より進角しても(燃焼室内ガスの燃焼速度が最遅角位置での燃焼速度より速くなっても)、言い替えると吸気バルブ開時期が所定値Bより遅角したり進角しても(燃焼室内ガスの燃焼速度が所定値Bでの燃焼速度より遅くなっても)、最適なトレース点火時期推定値が得られるように実際のエンジンを用いて適合し、エンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
この結果、エンジン回転速度が一定の条件で吸気バルブ開時期が最遅角位置より進角するほどトレース点火時期推定値が基本トレース点火時期より進角され、吸気バルブ開時期が所定値Bのときトレース点火時期推定値が基本トレース点火時期より最も進角され、吸気バルブ開時期が所定値Bを超えて進角すると、トレース点火時期推定値が基本トレース点火時期へと遅角されることとなる。
なお、燃焼速度補正率の算出方法はこれに限られない。例えば、エンジン回転速度と吸気バルブ開時期とから図12を内容とするマップを検索することにより燃焼室内ガスの燃焼速度を算出し、この算出した燃焼速度から図13を内容とするテーブルを検索することによりトレース点火時期の燃焼速度補正率を算出するように構成してもかまわない。この場合、燃焼速度補正率は、例えば図13に示したように燃焼速度が最小であるとき1.0で、燃焼速度が最小より大きくなるほど大きくなり、燃焼速度が最大のとき最大となる値である。ただし、この方法では、図12に示したマップ特性と図13に示したテーブル特性とが必要となるのに対して、上記のように吸気バルブ開時期とエンジン回転速度から直接、燃焼速度補正率を算出する方法では図7に示したマップ特性だけで足りるので、エンジン回転速度と吸気バルブ開時期とに基づいて燃焼室内ガスの燃焼速度を算出し、この算出した燃焼速度に応じて燃焼速度補正率を算出する場合よりメモリ容量を少なくすることができる。
また、吸排気バルブ15、16のバルブオーバーラップがある場合にはそのバルブオーバラップ量に応じて燃焼室5内の内部不活性ガス率(残ガス率)が変化し、最適なトレース点火時期推定値が変化してしまう。そこで本発明では、トレース点火時期の内部不活性ガス率補正率[−]を導入し、上記(4)式に代えて、トレース点火時期推定値を次式で算出する。
トレース点火時期推定値[degBTDC]
=基本トレース点火時期[degBTDC]×実効吸気バルブ閉時期補正率[−]
×燃焼速度補正率[−]×内部不活性ガス率補正率[−]
…(5)
(5)式の内部不活性ガス率補正率も1.0を中心とする値である。すなわち、吸排気バルブ15、16のバルブオーバーラップ量が最大である場合に基本トレース点火時期を適合しておけば、内部不活性ガス率補正率は、図8に示したように内部不活性ガス率が最大(バルブオーバーラップ量が最大)のとき最小の1.0であり、内部不活性ガス率が最大より小さくなるほど1.0より大きくなり、内部不活性ガス率がゼロのとき最大となる。これは、内部不活性ガス率が高いほうがノッキングが生じがちとなることに対応するものである。すなわち、内部不活性ガス率が高いとエンドガスへの燃焼伝播が遅れてノッキングが生じがちとなるので、トレース点火時期を遅角させなければならない、逆に言えば内部不活性ガス率が低いとエンドガスへの燃焼伝播が遅れることがなくノッキングが生じにくくなるので、トレース点火時期を進角させることができることを意味している。図8に示した内部不活性ガス率補正率の実際の特性を定めるに際しては、燃焼室内の内部不活性ガス率が相違しても最適なトレース点火時期推定値が得られるように実際のエンジンを用いて適合し、エンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
この結果、燃焼室内の内部不活性ガス率が最大より小さくなるほどトレース点火時期推定値が基本トレース点火時期より大きくなる、つまり基本トレース点火時期よりも進角されることとなる。
エンジンコントローラ31で実行されるこうした点火時期制御を図3のブロック図に従って詳述する。
図3は点火時期指令値ADV[degBTDC]を算出するためのブロック図である。
基本トレース点火時期算出部51ではエンジン回転速度NRPM[rpm]とシリンダ新気量MACYL[g]とから図4を内容とするマップを検索することにより、基本トレース点火時期TRACEBA[degBTDC]を算出する。図4に示したように基本トレース点火時期TRACEBAは同一のエンジン回転速度NRPMの場合にシリンダ新気量MACYLが大きくなるほど遅角側に、また同一のシリンダ新気量MACYLの場合にエンジン回転速度NRPMが低くなるほど遅角側にある値である。
ここで、基本トレース点火時期TRACEBAのマップ値は次の4つの条件を全て満たすように適合し、エンジンコントローラ31内のメモリに記憶させておく。
〈1〉エンジン回転速度が最低の回転速度の状態(例えばアイドル状態)でかつ吸気バ ルブ作動角が最小である。
〈2〉実効吸気バルブ閉時期が吸気下死点BDCにある。
〈3〉吸気バルブ開時期が最遅角位置にある。
〈4〉吸排気バルブのバルブオーバーラップ量が最大である。
上記シリンダ新気量MACYLの算出方法は公知の方法(特開2001−50091号公報)を用いればよい。なお、シリンダ新気量MACYLは、エンジン負荷の代用値である。エンジン負荷の代用値はシリンダ新気量MACYLに限られるものでなく、例えばエアフローメータ32により検出される吸入空気量や燃料インジェクタ21に与える基本噴射パルス幅などを用いることができる。
吸気バルブ閉時期算出部52では吸気バルブ中心角IVCENT[degATDC]と吸気バルブ作動角IVEL[degCA]とから次式により吸気バルブ閉時期IVC[degATDC]を算出する。
IVC=IVCENT+IVEL/2 …(6)
同様にして、吸気バルブ開時期算出部56では吸気バルブ中心角IVCENT[degATDC]と吸気バルブ作動角IVEL[degCA]とから次式により吸気バルブ開時期IVO[degATDC]を算出する。
IVO=IVCENT−IVEL/2 …(7)
ここで、(6)式、(7)式右辺の吸気バルブ中心角IVCENTは図9に示したように基準位置から遅角側に測定したクランク角であり、カム角度センサ34により検出される第1VTC角度(VTC機構27に与える指令値)から分かる。また、吸気バルブ作動角IVELは図9に示したように吸気バルブ閉時期から吸気バルブ開時期までのクランク角区間であり、VEL角度センサ43により検出されるVEL角度(VEL機構28に与える指令値)から分かる。
実効吸気バルブ閉時期脈動補正量算出部53ではエンジン回転速度NRPMと吸気バルブ作動角IVEL[degCA]とから図5を内容とするマップを検索することにより、実効吸気バルブ閉時期の脈動補正量EFFIVCM[degCA]を算出し、減算器54(実効吸気バルブ閉時期算出部)において、吸気バルブ閉時期算出部52で算出済みの吸気バルブ閉時期IVCからこの実効吸気バルブ閉時期の脈動補正量EFFIVCMを差し引いた値を実効吸気バルブ閉時期EFFIVC[degATDC]として、つまり次式により実効吸気バルブ閉時期EFFIVCを算出する。
EFFIVC=IVC−EFFIVCM …(8)
(8)式は上記(2)式と同じ式である。(8)式右辺の実効吸気バルブ閉時期の脈動補正量EFFIVCMは、図5に示したように、吸気バルブ作動角IVELが最小でかつエンジン回転速度NRPMが最低回転速度のときゼロであり、同一のエンジン回転速度NRPMの場合に吸気バルブ作動角IVELが最小より大きくなるほど大きくなり、また同一の吸気バルブ作動角IVELの場合にエンジン回転速度NRPMが最低回転速度より大きくなるほど大きくなる値である。この脈動補正量EFFIVCMは進角補正量であり、この脈動補正量EFFIVCMにより、VTC機構27及びVEL機構28の仕様により機械的に定まる吸気バルブ閉時期IVCが進角補正された値が実効吸気バルブ閉時期となる。
実効吸気バルブ閉時期補正率算出部55では、このようして算出した実効吸気バルブ閉時期EFFIVCから図6を内容とするテーブルを検索することにより、トレース点火時期の実効吸気バルブ閉時期補正率KEFFIVC[−]を、燃焼速度補正率算出部57ではエンジン回転速度NRPMと吸気バルブ開時期IVOとから図7を内容とするマップを検索することにより、トレース点火時期の燃焼速度補正率KSB[−]を、内部不活性ガス率補正率算出部58では内部不活性ガス率MRESFR[−]から図8を内容とするテーブルを検索することにより、トレース点火時期の内部不活性ガス率補正率KRESFR[−]をそれぞれ算出し、乗算器59(トレース点火時期推定値算出部)で基本トレース点火時期TRACEBA[degBTDC]に実効吸気バルブ閉時期補正率KEFFIVC、燃焼速度補正率KSB、内部不活性ガス率補正率KRESFRを乗算して、つまり次式によりトレース点火時期推定値TRACE[degBTDC]を算出する。
TRACE=TRACEBA×KEFFIVC×KSB×KRESFR
…(9)
(9)式は上記(5)式と同じ式である。すなわち、(9)式は基本トレース点火時期TRACEBA[degBTDC]に対して、実効吸気バルブ閉時期、燃焼室内ガスの燃焼速度、燃焼室内の内部不活性ガス率に応じた各補正を行うものである。
(9)右辺の実効吸気バルブ閉時期補正率KEFFIVCは図6に示したように吸気下死点BDCで最小の1.0をとり吸気下死点BDCより進角するにつれて1.0より大きくなり、また吸気下死点BDCより遅角するにつれて1.0より大きくなる値である。(9)右辺の燃焼速度補正率KSBは図7に示したように吸気バルブ開時期が所定値A(最遅角位置)にあるとき最小の1.0であり、エンジン回転速度が一定の条件で吸気バルブ開時期を最遅角位置より進角させていくほど大きくなり吸気バルブ開時期が所定値Bのときピークをとり、さらに吸気バルブ開時期を進角させると小さくなる値である。また、吸気バルブ開時期が一定の条件で高回転速度になるほど燃焼速度補正率KSBは大きくなる。(9)右辺の内部不活性ガス率補正率KRESFRは図8に示したように内部不活性ガス率MRESFRが最大のとき最小の1.0であり、内部不活性ガス率MRESFRが最大より小さくなるほど大きくなり、内部不活性ガス率MRESFRがゼロのとき最大となる値である。
これら実効吸気バルブ閉時期補正率KEFFIVC、燃焼速度補正率KSB、内部不活性率補正率KRESFRの3つの各補正率により、基本トレース点火時期TRACEBAがそれぞれ進角側に補正された値がトレース点火時期推定値TRACEとなる。
上記燃焼室内の内部不活性ガス率MRESFRは例えば次式により算出する。
MRESFR=MRES/(MRES+MACYL(1+TFBYA/14.7))
…(10)
ただし、MRES:内部不活性ガス量[g]
MACYL:シリンダ新気量[g]
TFBYA:目標当量比[−]
ここで、(10)式右辺の内部不活性ガス量MRESは公知の方法(特開2004−332647号公報)により算出すればよい。目標当量比TFBYAは目標空燃比との間に、
TFBYA=14.7/目標空燃比
なる関係のある値で、運転条件に応じて予め定められている。例えば目標空燃比が理論空燃比のときTFBYA=1.0となり、目標空燃比が22.0といったリーン側の空燃比であるときTFBYAは1.0未満の正の値である。
基本点火時期算出部60では、エンジンの負荷と回転速度(エンジンの運転条件)に基づいてMBT(最大の軸トルクを発生するのに必要な最小点火進角値のこと)の得られる基本点火時期MBTCAL[degBTDC]を算出する。基本点火時期MBTCALの算出方法は公知の算出方法(特開2004−332647号公報)を用いればよい。
遅角側選択部61では上記のトレース点火時期推定値TRACE[degBTDC]とこの基本点火時期MBTCAL[degBTDC]とを比較し、遅角側の値を点火時期指令値ADV[degBTDC]として設定する。
このようにして設定された点火時期指令値ADVは、点火レジスタに移され、実際のクランク角がこの点火時期指令値ADVと一致したタイミングでエンジンコントローラ31により一次電流を遮断する点火信号が点火コイル13に出力される。
ここで、本実施形態の作用効果を説明する。
同じ回転速度、同じエンジン負荷でも、実効圧縮比が高いほどトレース点火時期は遅角方向に変化する。これに合わせて本実施形態(請求項1、7に記載の発明)によれば、少なくともエンジンの回転速度と、エンジンの負荷と、最低圧縮比と最高圧縮比の間で第1VTC角度(吸気バルブ側の可変バルブタイミング機構に与える指令値)及びVEL角度(可変バルブ機構に与える指令値)に応じて変化する圧縮比である実効圧縮比とに基づいてトレース点火時期推定値TRACEを算出し、この算出されたトレース点火時期推定値TRACEで火花点火を行う。すなわち、実効圧縮比を任意に設定できる可変動弁機構(27、28)を有するエンジンに対し、実効圧縮比が高くなるにつれトレース点火時期推定値が遅角するようにトレース点火時期推定値TRACEを算出するので(図10及び上記(1)式参照)、吸気バルブ15側にVTC機構27(可変バルブタイミング機構)及びVEL機構28(可変バルブ機構)を備えるエンジンや、これらの機構に加えて排気バルブ16側にVTC機構29(可変バルブタイミング機構)を備えるエンジンであっても、最適なトレース点火時期推定値TRACEを算出できる。
同じ回転速度でも、吸気バルブ15のバルブタイミング、バルブリフト最大量の相違によって燃焼室内ガスの燃焼速度が大きく変化する。また、燃焼速度はトレース点火時期推定値に多大な影響を及ぼす。これに対応して、本実施形態(請求項1、7に記載の発明)によれば、燃焼室内ガスの燃焼速度に基づいてもトレース点火時期推定値TRACEを算出するので(図3の燃焼速度補正率算出部57及び乗算器59参照)、吸気バルブ15のバルブタイミング、バルブリフト最大量の相違によって燃焼室内ガスの燃焼速度が大きく変化することがあっても、最適なトレース点火時期推定値TRACEを精度良く算出することができる。
燃焼室5内の内部不活性ガス率は、燃焼室5内ガスの燃焼速度およびエンドガスの自己着火性に大きな影響を与えるため、トレース点火時期推定値に対する感度が大きい。ここで、トレース点火時期推定値に対する感度が大きいとは、燃焼室5内の内部不活性ガス率が少し変化してもトレース点火時期推定値が敏感に変化することをいっている。従って、燃焼室5内の内部不活性ガス率を考慮しないとすれば、最適なトレース点火時期推定値を精度良く算出できないのであるが、本実施形態(請求項3に記載の発明)によれば、燃焼室5内の内部不活性ガス率MRESFRに基づいてもトレース点火時期推定値TRACEを算出するので(図3の内部不活性ガス率補正率算出部58及び乗算器59参照)、内部不活性ガス率MRESFRの相違で燃焼室5内ガスの燃焼速度およびエンドガスの自己着火性が変化することがあっても、最適なトレース点火時期推定値TRACEを精度良く算出することができる。
本実施形態(請求項1、7に記載の発明)によれば、第1VTC角度(可変バルブタイミング機構に与える指令値)及びVEL角度(可変バルブ機構に与える指令値)により定まる吸気バルブ閉時期IVCをシリンダ新気量で補正した値である実効吸気バルブ閉時期EFFIVCに基づいて実効圧縮比を算出するので(上記(2)式、図11参照)、センサにより実効圧縮比を直接的に求めることが必要なくなり、簡易な構成で実効圧縮比を算出することができる。
吸気バルブ中心角のみ可変のエンジンを対象としている従来装置では実効圧縮比をエンジン回転速度と吸気バルブ閉時期とをパラメータとして求めることはできる。しかしながら、吸気バルブ15のバルブリフト最大量及び吸気バルブ作動角も可変のエンジンでは、吸気バルブ中心角が同じでも吸気バルブのバルブリフト最大量や吸気バルブ作動角に応じて吸気圧力脈動が変化するため、実効吸気バルブ閉時期が変化してしまう。この場合に、吸気バルブのバルブリフト最大量及び吸気バルブ作動角も可変のエンジンで実効吸気バルブ閉時期を正確に算出するには、ガス交換シミュレータ等に見られる複雑な演算処理が必要である。しかしながら、これらの演算をエンジンコントローラ31でリアルタイムに演算させることは事実上不可能である。
これに対して、本実施形態(請求項5に記載の発明)によれば、エンジン回転速度NRPMと吸気バルブ作動角IVELの2つをパラメータとする吸気脈動補正量EFFIVCMを予めシミュレーションで計算しその吸気脈動補正量EFFIVCMのデータを記憶しているメモリ(データ記憶手段)と、第1VTC角度(可変バルブタイミング機構に与える指令値)及びVEL角度(可変バルブ機構に与える指令値)に基づいて吸気バルブ閉時期IVCを算出する吸気バルブ閉時期算出部52(吸気バルブ閉時期算出手段)とを備え、エンジン回転速度NRPMと、VEL角度(可変バルブ機構に与える指令値)により定まる吸気バルブ作動角IVELとから前記メモリ(データ記憶手段)を検索することにより吸気脈動補正量EFFIVCMを算出し、吸気バルブ閉時期算出部52(吸気バルブ閉時期算出手段)により算出される吸気バルブ閉時期IVCよりこの吸気脈動補正量EFFIVCMだけ進角側の値を実効吸気バルブ閉時期EFFIVCとして算出するので(図3の実効吸気バルブ閉時期脈動補正量算出部53、減算器54参照)、演算負荷の低減が図られており、エンジンコントローラ31で実効吸気バルブ閉時期EFFIVCの演算を行わせることができる。
通常、燃焼室5内ガスの燃焼速度を算出する場合、複雑な演算が必要になり、演算能力の高い高価なエンジンコントローラが必要になるのであるが、本実施形態(請求項6に記載の発明)によれば、燃焼室5内ガスの燃焼速度を、エンジン回転速度と、吸気バルブ開時期とに基づいて算出するので(図12参照)、演算能力の低いエンジンコントローラ31でも燃焼室5内ガスの燃焼速度を演算することが可能になり、コスト低減に貢献できる。
各回転速度、各エンジン負荷、各実効圧縮比のすべての入力毎にトレース点火時期推定値を記憶させるには多次元のマップが必要になり、適合工数、記憶容量とも増大してしまうのであるが、本実施形態によれば、基本トレース点火時期TRACEBAを、各エンジン回転速度、各エンジン負荷毎に記憶している第1のメモリ(基本トレース点火時期記憶手段)と、実効圧縮比毎に実効圧縮比補正率を記憶している第2のメモリ(実効圧縮比補正率記憶手段)とを備え、エンジン回転速度とエンジン負荷から前記第1のメモリ(基本トレース点火時期記憶手段)を検索することにより基本トレース点火時期TRACEBAを算出し、実効圧縮比から前記第2のメモリ(実効圧縮比補正率記憶手段)を検索することにより実効圧縮比補正率を算出し、この実効圧縮比補正率で基本トレース点火時期TRACEBAを補正してトレース点火時期推定値TRACEを算出している(図4、図10及び上記(1)式参照)。この場合、第1のメモリ(基本トレース点火時期記憶手段)はエンジン回転速度とエンジン負荷とをパラメータとするマップ(図4参照)、第2のメモリ(実効圧縮比補正率記憶手段)は実効圧縮比をパラメータとするテーブル(図10参照)で構成することが可能となり、これにより適合工数、記憶容量の削減に貢献できる。
実施形態では、エンジン回転速度と吸気バルブ作動角の2つをパラメータとする吸気脈動補正量を予めシミュレーションで計算しその吸気脈動補正量のデータを記憶しているデータ記憶手段と、可変バルブタイミング機構に与える指令値及び可変バルブ機構に与える指令値に基づいて吸気バルブ閉時期を算出する吸気バルブ閉時期算出手段とを備え、エンジン回転速度と、可変バルブ機構に与える指令値により定まる吸気バルブ作動角とから前記データ記憶手段を検索することにより吸気脈動補正量を算出し、前記吸気バルブ閉時期算出手段により算出される吸気バルブ閉時期よりこの吸気脈動補正量だけ進角側の値を実効吸気バルブ閉時期として算出する場合で説明したが(請求項5に記載の発明)、エンジン回転速度、吸気バルブ閉時期及び吸気バルブのバルブリフト最大量の3つまたはエンジン回転速度、吸気バルブ閉時期及び吸気バルブ作動角の3つをパラメータとする実効吸気バルブ閉時期を予めシミュレーションで計算してその実効吸気バルブ閉時期のデータを記憶しているデータ記憶手段を備え、エンジン回転速度と、可変バルブタイミング機構に与える指令値及び可変バルブ機構に与える指令値により定まる吸気バルブ閉時期と、可変バルブ機構に与える指令値により定まるバルブリフト最大量とから、またはエンジン回転速度と、可変バルブタイミング機構に与える指令値及び可変バルブ機構に与える指令値により定まる吸気バルブ閉時期と、可変バルブ機構に与える指令値により定まる吸気バルブ作動角とから前記データ記憶手段を検索することにより実効吸気バルブ閉時期を算出するようにしてもかまわない(請求項4に記載の発明)。この請求項4に記載の発明によっても、演算負荷の低減が図られており、エンジンコントローラ31で実効吸気バルブ閉時期の演算を行わせることができる。
実施形態では、燃焼室内ガスの燃焼速度を、エンジン回転速度と、吸気バルブ開時期とに基づいて算出する場合で説明したが(請求項6に記載の発明)、燃焼室内ガスの燃焼速度を、エンジン回転速度と、吸気バルブのバルブリフト最大量とに基づいて算出するようにしてもかまわない(請求項6に記載の発明)。
請求項1に記載の発明において、トレース点火時期推定値算出手段の機能は図3の基本トレース点火時期算出部51、図10及び上記(1)式により、火花点火実行手段の機能はエンジンコントローラ31、点火プラグ13、点火プラグ14によりそれぞれ果たされている。
請求項7に記載の発明において、トレース点火時期推定値算出処理手順は図3の基本トレース点火時期算出部51、図10及び上記(1)式により、火花点火実行処理手順はエンジンコントローラ31、点火プラグ13、点火プラグ14によりそれぞれ果たされている。