上記した公報技術に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、フェライトが多く、高い伸びが得られる表層を形成することで、曲げ時の最大応力部の亀裂の生成が抑制される。しかしながらこのような効果を有する公報技術に係る球状黒鉛鋳鉄においても、強度及び伸びの双方における厳しい要求特性を満足させることは、必ずしも充分ではなかった。即ち、上記した公報技術に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、フェライトリッチの表層の強度不足を補うために、球状黒鉛鋳鉄の内部をより高強度(即ち、より低い伸び)にする必要があり、このため伸びが低い内部の高強度部から亀裂が発生し易いと推察される。殊に、両端が種々の形態で取付部に結合される製品に球状黒鉛鋳鉄を適用した場合には、製品の両端はなんらかの拘束を受けているため、負荷荷重が製品に作用したとき、軸方向の引張荷重が分力として、製品の内部を形成する高強度部にかかり、軸長方向の伸びが低いと、その変位で内部の高強度部が破断する可能性があると推察される。更に上記した公報技術に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、フェライトリッチの表層は被削性が良好であるものの、球状黒鉛鋳鉄の大部分を占める内部が高強度部のラメラパーライトで占められているため、球状黒鉛鋳鉄の被削性は必ずしも良好ではない。
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、パーライト相を、粒状パーライトとラメラパーライトとが混在する相とし、強度及び伸びを改善すると共に、良好な被削性が得られる強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品を提供することを課題とする。
本発明者は、強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品について長年にわたり鋭意開発を進めている。そして本発明者は、球状黒鉛と、球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有する球状黒鉛鋳鉄において、パーライト相を、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とする相とすれば、強度、伸び及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄が得られることを知見し、試験で確認し、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄を開発した。ここで、ラメラパーライトは層状パーライトを意味する。
更に本発明者は、上記した球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品を得るためには、球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程と、パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点(=A1変態点)の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程と、加熱保持後に球状黒鉛鋳鉄を冷却する第2冷却工程といった工程を含む製造方法を実施すれば、強度、伸び及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄を製造できることを知見し、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品を完成した。
パーライト相を、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とする相とする場合に、強度、伸び及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄が得られる理由としては、ラメラパーライトの連続性が中断されるため、組織における破壊や伸びに対する方向性が軽減されることに起因すると推察される。
即ち、本発明に係る強度、伸び及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品は、球状黒鉛と、前記球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設する前記フェライト相間に生成されたパーライト相とを有すると共に、重量比で、炭素:3.40〜3.90%、シリコン:1.9〜3.4%、Mn:0.5%以下、リン:0.08%以下、イオウ:0.03%以下、マグネシウム:0.02〜0.20%、残部鉄および不可避不純物からなる球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品において、前記パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としており、前記パーライト相は、面積比で、(粒状パーライト/全パーライト)×100%をαとしたとき、α=20〜85%に設定されており、引張強度が564MPa以上、伸びが10%以上、衝撃値が5J/cm 2 以上であり、強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成されていることを特徴とするものである。主体とは、球状黒鉛鋳鉄の組織においてパーライト相のうち、粒状パーライトとラメラパーライトとがほとんど(90%以上)を占めているという意味である。ここで、球状黒鉛鋳鉄におけるパーライト相を100%としたとき、粒状パーライトの割合が面積比で20〜85%を占め、残部が実質的にラメラ(層状)パーライトとすることができる。換言すれば、球状黒鉛鋳鉄におけるパーライト相を100%としたとき、粒状パーライトの割合が面積比で20〜85%を占めると共に、ラメラ(層状)パーライトが面積比で80〜15%を占めることができる。
粒状パーライトは、粒状、球状となったパーライトであり、ラメラパーライトが長さ方向及び積層方向において分断されて周囲から遊離した細長い粒状(長さ/幅=50以下)を含むことができる。細長い粒状のパーライトは、ラメラパーライトから完全な粒状パーライトに移行する途中段階であると推察される。
本発明に係る強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄によれば、パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としている。このため、強度を確保しつつ、耐衝撃性および伸びが改善される。更に粒状パーライトは破壊に対する方向性が少ないため、強度を確保しつつ耐衝撃性および伸びが改善される他に、破壊に対する方向性が少ないため、後述する被削性試験で示すように、被削性が良いという利点も得られる。
本発明に係る強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品は、球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程と、パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、前記球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程と、加熱保持後に前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する第2冷却工程とを含むことを特徴とするものである。第1冷却工程としては、凝固後の球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出して行うことができる。
本発明に係る強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品によれば、パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程を行うため、球状黒鉛鋳鉄の基地におけるパーライト相の面積割合を確保することができ、球状黒鉛鋳鉄の強度を確保することができる。更に、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程を行うため、パーライト相におけるセメンタイトが粒状化し、パーライト相を粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とする相とすることができる。このため、粒状パーライトは破壊に対する方向性が少ないため、強度を確保しつつ、耐衝撃性および伸びが改善された球状黒鉛鋳鉄が得られる。更に粒状パーライトは破壊に対する方向性が少ないため、球状黒鉛鋳鉄の被削性が良いという利点も得られる。
以上説明したように本発明に係る球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品によれば、パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とするため、強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れている。
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄の車両鋳鉄部品によれば、パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程とを実施するため、上記した粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とするパーライト相を形成することができる。故に強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品を容易に製造することができる。
殊に加熱保持工程をA1変態点の直下の温度領域で行う場合には、ラメラパーライトの粒状化の速度を抑えることができるため、工業的生産においても加熱保持工程の時間の制御を容易になし得る利点が得られ、球状黒鉛鋳鉄の実際のαの値を、αの目標範囲に設定するのに貢献できる。
・本発明に係る球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品は、球状黒鉛と、球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有する。球状黒鉛の球状化率としては一般的には75%以上、殊に80%以上とすることができる。球状黒鉛の平均粒径としては球状黒鉛鋳鉄の用途、球状黒鉛鋳鉄の肉厚等によっても相違するものの、20〜100μm、殊に20〜60μmを例示することができる。
・球状黒鉛鋳鉄のパーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体とする。このようにするには、組織のパーライトをラメラ状とした球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持することにより行い得る。このようにすれば、パーライト相のうちフェライト相側に、ラメラパーライトと粒状パーライトとを主体とする混在相を形成することができる。一般的には、ラメラパーライトからフェライト相に向かうにつれて、粒状パーライトが次第に増加する傾斜組成組織となる。このような傾斜組成組織であれば、パーライト相における方向性が軽減され、パーライト相における負荷応力の分散性が向上すると推察される。
・パーライト相において、面積比で、(粒状パーライト/全パーライト)×100%をαとしたとき、α=20〜85%に設定されている実施形態を採用することができる。αの下限値及び上限値は、前記したように球状黒鉛鋳鉄の用途、要請される機械的性質、粒状パーライトを得る加熱保持工程における熱処理コスト等によって選択できる。従ってαとしては、25〜85%、30〜85%、35〜75%、35〜70%、40〜70%を例示することができる。一般的には、高強度の要請が強い球状黒鉛鋳鉄では、αとしては25〜60%、殊に25〜50%とすることができる。高伸びの要請が強い球状黒鉛鋳鉄では、αとしては40〜85%、殊に60〜85%とすることができる。
αを変えるには、加熱保持工程における温度、加熱時間を調整すれば良い。αの下限値及び上限値は、前記したように球状黒鉛鋳鉄の用途、要請される機械的性質、粒状パーライトを得る加熱保持工程における熱処理コスト等によって選択できる。なおαの下限値としては、26%、30%、33%、36%、39%を例示できる。上記した下限値と組み合わせ得るαの上限値としては、83%、78%、75%、72%、70%を例示できる。
・球状黒鉛鋳鉄としては、引張強度が564(600)MPa以上、伸びが10%以上とすることができる。この場合、衝撃値が5J/cm2以上とし、強度及び伸びの他に耐衝撃性にも優れている球状黒鉛鋳鉄とすることができる。なお、球状黒鉛鋳鉄であっても、パーライト相がラメラパーライトで形成されており、粒状パーライトを含まない場合には、引張強度が600MPa以上であれば、伸び10%及び衝撃値5J/cm2はなかなか得られない。
・球状黒鉛鋳鉄の組成は、球状黒鉛鋳鉄の用途、要請される機械的性質等に応じて選択される。球状黒鉛鋳鉄の組成としては、次の組成を例示できる。即ち、重量比で、炭素:3.40〜3.90%、シリコン:1.9〜3.4%、Mn:0.5%以下、リン:0.08%以下、イオウ:0.03%以下、マグネシウム:0.02〜0.20%,残部鉄および不可避不純物とすることができる。但しこの組成に限定されるものではなく、必要に応じて変更できる。この場合、必要に応じて、パーライト促進元素である銅及びスズの少なくとも1種を、0.005〜0.40%、殊に0.01〜0.35%含有することができる。
更に車両鋳鉄部品を形成する球状黒鉛鋳鉄の組成について例示する。炭素は鋳造性の確保のため必要であるが、過剰であれば、引張強度が低下する。従って、炭素は3.40〜3.90%とすることができ、殊に3.5〜3.8%とすることができる。シリコンは鋳造性の確保、組織の安定化のため必要であるが、過剰であれば、パーライト化が抑えられる。従って、シリコンは1.9〜3.4%、殊に2.4〜2.9%とすることができる。マンガンはパーライト促進元素であるが、過剰であれば衝撃値及び伸びを低下させる。従って、マンガンは0.05〜0.5%、殊に0.05〜0.35%とすることができる。リンは球状化阻害元素であり、0.08%以下とすることが好ましい。イオウは球状化阻害元素であり、0.03%以下とすることが好ましい。マグネシウムは黒鉛の球状化のため必要であり、0.02〜0.20%とすることができ、殊に0.025〜0.15%とすることができる。なお%は重量比を意味する。
・本発明に係る車両鋳鉄部品を形成する球状黒鉛鋳鉄の製造方法は、好ましくは、球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程と、パーライト(一般的にはラメラパーライト)を生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程と、加熱保持後に球状黒鉛鋳鉄を冷却する第2冷却工程とを含む。鋳型としては、生砂型、シェル型等の砂型、石膏型等の公知のものを例示できる。第1冷却工程では、球状黒鉛鋳鉄の基地にパーライト(一般的にはラメラパーライト)を生成する冷却速度で冷却する。第1冷却工程での冷却速度が遅い場合、良好なパーライトが生成されにくい。パーライトの生成を考慮すれば、第1冷却工程の平均冷却速度としては、一般的には1.0℃/秒〜3.0℃/秒、殊に1.3℃/秒〜2.0℃/秒とすることができる。砂型等のように冷却速度の増加に限界がある鋳型の場合には、第1冷却工程としては、球状黒鉛鋳鉄の溶湯が鋳型内で凝固した後に、凝固後の球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出して行うことが好ましい。凝固後の球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出す球状黒鉛鋳鉄の温度は、A1変態点を越える温度領域でオーステナイト化している温度領域とすることができる。具体的には、球状黒鉛鋳鉄の大きさ、組成、鋳型の材質等によっても相違するものの、例えば820〜1050℃、殊に850〜980℃とすることができる。第1冷却工程は空冷で行うことができる。空冷としてはパーライトの生成のために強制空冷を採用できるが、自然空冷でも良く、場合によっては他の熱媒体を利用した冷却形態でも良い。
加熱保持工程では、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する。このようにすれば、ラメラパーライトを粒状パーライトにすることができる。加熱保持工程での加熱保持時間としては、球状黒鉛鋳鉄のサイズ、組成によっても相違するが、一般的には5〜50分間を採用することができる。加熱保持時間が過剰に短いと、粒状パーライトの生成が行われにくい。加熱保持時間が過剰に長いと、粒状パーライト及びフェライトの生成が過剰となり、引張強さの低い材料となり易い。加熱保持工程における加熱雰囲気としては、大気雰囲気、還元性雰囲気を例示できる。加熱保持工程を終えた後の第2冷却工程の平均冷却速度としては、残熱によるフェライトの生成を考慮すると、一般的には1℃/分〜3.0℃/秒、殊に0.1℃/秒〜1.0℃/秒とすることができる。
・加熱保持工程での温度が高いと、粒状パーライト及びフェライトの生成が過剰となるため、加熱保持時間を短くすることが好ましい。加熱保持工程での温度が低いと、パーライトが粒状パーライトに変化するのに時間を要するため、加熱保持時間を長くすることが好ましい。また加熱保持工程の時間が過剰に短いと、工業的生産ラインにおいて、加熱保持工程に要する時間の制御が容易でなくなる。このため、工業的生産ラインにおける制御性を考慮すると、加熱保持工程としては、所定時間以上とすることが好ましい。これらの点を考慮して、加熱保持工程は、次の(a)〜(c)のいずれかの条件で行うことができる。球状黒鉛鋳鉄の温度は、球状黒鉛鋳鉄の表層ではなく球状黒鉛鋳鉄の内部に基づく。
(a)温度:700〜760℃、加熱時間:3〜20分間
(b)温度:670〜730℃、加熱時間:7〜30分間
(c)温度:670〜730℃、加熱時間:20〜50分間
・加熱保持工程は、前述したように球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する工程である。球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持するとは、次の(1)〜(3)のいずれかとすることができる。球状黒鉛鋳鉄の温度は、球状黒鉛鋳鉄の表層ではなく球状黒鉛鋳鉄の内部の温度に基づく。
(1)A1変態点の直下
(2)A1変態点の直上
(3)A1変態点の直上及び直下の繰返し
ここで、図1(A)に示すように、A1変態点の直下は、A1変態点からΔK1(60℃)低い温度までの温度領域以内を意味し、A1変態点からΔK1以内の温度領域であれば良く、A1変態点自体も含むことができる。従ってA1変態点から10℃または20℃低い温度でも良い。
図1(B)に示すように、A1変態点の直上は、A1変態点からΔK2(30℃)高い温度までの温度領域以内を意味し、A1変態点からΔK2以内の温度領域であれば良く、A1変態点自体も含むことができる。従ってA1変態点から10℃または20℃高い温度でも良い。
図1(C)(D)に示すように、A1変態点の直上及び直下の繰返しは、A1変態点よりもΔK3(30℃)高い温度とA1変態点よりもΔK4(60℃)低い温度との間の温度領域以内において、昇温及び降温、または降温及び昇温を繰り返すことを意味する。従ってA1変態点に対して+20℃から、A1変態点に対して−20℃の温度領域以内で昇温及び降温、または降温及び昇温を繰り返しても良い。なお、加熱保持の時間としては前記したように5〜50分間とすることができるが、加熱温度が低い場合には、加熱時間を長くすることが好ましい。
・本発明に係る車両鋳鉄部品を形成する球状黒鉛鋳鉄の製造方法によれば、図1(E)に例示するように、球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程を行う。次に、凝固後の球状黒鉛鋳鉄の温度がT1(T1:840〜990℃)となったとき、球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出し、パーライト(一般的にはラメラパーライト)を生成する冷却速度で、加熱保持工程の温度T2以下の温度T3にまで、球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程を行なうことが好ましい。第1冷却工程における平均冷却速度としては1.0℃/秒〜3.0℃/秒とすることができる。その後、球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下の温度T2に昇温させる昇温工程を行うことが好ましい。更に、温度T2に加熱保持する加熱保持工程を行う。更に加熱保持後に球状黒鉛鋳鉄を常温領域まで冷却する第2冷却工程を行う。加熱保持工程の温度T2が730℃(1003K)のときには5〜10分間、700℃(973K)のときには10〜20分間、680℃(953K)のときには20〜40分間とすることができる。第2冷却工程における平均冷却速度としては1℃/分〜3.0℃/秒とすることができる。
・好ましくは、上記した第1冷却工程、加熱保持工程、第2冷却工程を、連続的に行なう形態を採用することができる。この場合、溶湯を鋳型に鋳造した後に、第1冷却工程、加熱保持工程、第2冷却工程を連続的に行なうことができる。このように第1冷却工程、加熱保持工程、第2冷却工程を連続的に行なう場合には、球状黒鉛鋳鉄の再加熱が不要となるため、省エネルギ化を図り得る。
・また上記した第1冷却工程及び加熱保持工程を非連続的に行なう形態を採用することができる。この場合、第1冷却工程では、球状黒鉛鋳鉄を常温または常温付近まで一旦冷却する。更に加熱保持工程に先立って、常温または常温付近の球状黒鉛鋳鉄を再加熱し、加熱保持工程の温度領域まで昇温させる昇温工程を行なう。このように昇温工程を行った後に、加熱保持工程を行う形態を採用することができる。上記したように第1冷却工程及び加熱保持工程を非連続的に行なう場合には、少量ロット生産の場合であっても、球状黒鉛鋳鉄をまとめて加熱保持工程に移行させることができる。
以下、本発明を具体化した実施例について、図1〜図12を参照しつつ具体的に説明する。まず、目標組成となるように配合した溶解材料を溶解炉で溶解し、各実施例に係る球状黒鉛鋳鉄の溶湯を得た。その溶湯をマグネシウム系の球状化処理剤で球状化処理した。球状化温度は1480〜1500℃とした。球状化処理した溶湯をY型ブロック用鋳型(砂型)に注湯し、鋳造素材であるY型ブロックを形成した。Y型ブロック用鋳型では、試験片採取部が厚み25mmとされている。
各実施例に係る球状黒鉛鋳鉄の組成を表1に示す。実施例1では、図2に示す熱履歴パターンに基づいて球状黒鉛鋳鉄を製造した。即ち、図2に示すように、注湯後に鋳型内冷却工程を行ない、溶湯を鋳型内で凝固させると共に、球状黒鉛鋳鉄を鋳型内で920℃まで冷却した。そして直ちに鋳型の解体(高温ばらし)を行い、凝固後の球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出した。球状黒鉛鋳鉄の表面層に付着している砂を落とし、球状黒鉛鋳鉄を強制冷却(強制空冷)により冷却し、第1冷却工程を行った。第1冷却工程での平均冷却速度は−1.5℃/秒であった。これにより球状黒鉛鋳鉄の組織のパーライト(ラメラパーライト)を析出した。第1冷却工程により球状黒鉛鋳鉄を680℃(A1変態点の直下の温度領域)まで冷却した。第1冷却工程を経た球状黒鉛鋳鉄の組織は、球状黒鉛と、球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相(ラメラパーライト)とを有しており、ブルスアイ型の組織とされている。
そして第1冷却工程が終了したら、球状黒鉛鋳鉄を熱処理炉内(設定温度:700℃)に装入し、700℃(A1変態点の直下の温度領域)で15分間加熱保持し、加熱保持工程を行なった。これにより球状黒鉛鋳鉄の組織を調整し、ラメラパーライトの粒状化を図った。このような加熱保持工程が終了したら、球状黒鉛鋳鉄を熱処理炉から取り出し、放冷(空冷)し、第2冷却工程を行った。
第2冷却工程を終えた球状黒鉛鋳鉄の組織を光学顕微鏡観察で観察したところ、実施例1に係る球状黒鉛鋳鉄の組織は、球状黒鉛と、球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有していた。パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としていた。粒状パーライトはフェライト側に多く生成されていた。従って粒状パーライトとラメラパーライトとが混在した混在相はフェライト相側に形成されていた。
実施例2〜実施例7の製造条件は基本的には実施例1と同様とした。以下実施例2〜実施例7の製造条件について実施例1と異なる部分を中心として説明する。実施例2では、第1冷却工程での平均冷却速度を実施例1よりも速めており、−1.5℃/秒に代えて、−2.3℃/秒とした。これによりパーライト化が促進される。
実施例3では、実施例1に係る溶湯を用いつつも、パーライト促進元素として機能する銅を多め(0.21%)に添加した。これによりパーライト化が促進される。実施例4では、熱処理炉の設定温度を700℃ではなく、710℃(A1変態点の直下の温度領域)とした。
実施例5では、実施例1の球状黒鉛鋳鉄の組成のシリコン含有量を0.3%低く、シリコン:2.38%とした。シリコンを低くしたのは、第1冷却工程でのパーライト化の促進と衝撃値を向上させるためである。実施例6では、図3に示す熱履歴パターンに基づいて球状黒鉛鋳鉄を製造した。即ち、実施例6では、第1冷却工程、加熱保持工程を非連続的に行なう。このような実施例6では、溶湯を鋳型に注湯した後に鋳型内冷却工程を行い、鋳型(砂型)内で溶湯を凝固させると共に、球状黒鉛鋳鉄を920℃まで鋳型内で冷却した。その後、第1冷却工程として、鋳型を解体し、凝固後の球状黒鉛鋳鉄を鋳型から取り出し、その球状黒鉛鋳鉄を強制空冷により700℃まで−1.5℃/秒の平均冷却速度で冷却し、組織に適量のパーライト(ラメラパーライト)を析出させた。その後、その球状黒鉛鋳鉄を常温まで自然放冷した。その後、球状黒鉛鋳鉄に対して後処理・物流工程を適宜行った後に、球状黒鉛鋳鉄を熱処理炉内に装入して昇温工程を行って球状黒鉛鋳鉄を再加熱し、更に熱処理炉により710℃(A1変態点の直下)で10分間加熱保持し、加熱保持工程を行ない、球状黒鉛鋳鉄の組織を調整し、ラメラパーライトの粒状化を促進させた。
実施例7では、図4に示す熱履歴パターンに基づいて球状黒鉛鋳鉄を製造した。即ち、実施例7では、球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型内に注湯した後に凝固させ、鋳型内で常温付近まで冷却した。次に、鋳型から取り出した球状黒鉛鋳鉄を900℃まで昇温させ900℃で1時間加熱してオーステナイト化した。その後に第1冷却工程として−1.3℃/秒の平均冷却速度で600℃まで強制冷却(強制空冷)し、パーライト(ラメラパーライト)を析出させるパーライト化焼準を行った。その後常温付近まで自然放冷した。更に、球状黒鉛鋳鉄を700℃(A1変態点の直下)まで再加熱する昇温工程を行い、700℃で20分間加熱保持して加熱保持工程を行い、球状黒鉛鋳鉄の組織を調整し、ラメラパーライトの粒状化を図った。その後、第2冷却工程を行い常温付近まで自然放冷した。なお、上記した球状黒鉛鋳鉄に関する各温度は、球状黒鉛鋳鉄の表層ではなく球状黒鉛鋳鉄の内部の温度に基づいた。
図10及び図11は実施例4に係る球状黒鉛鋳鉄(ナイタール腐食後)の光学顕微鏡写真を示す。図10及び図11に示すように、球状黒鉛鋳鉄の組織は、黒色の塊として表された球状黒鉛と、球状黒鉛の回りにブルスアイ的に生成した白色で表されたフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有している。このパーライト相は粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としている。図12は上記した写真を更に拡大したものである。図12に示すように、多数の微細な粒状パーライトがフェライト側に生成している。換言すると、パーライト相のうちフェライト相側に、多数の微細な粒状パーライトとラメラパーライト(層状)とを主体とする混在相が形成されている。図12によれば、粒状パーライトは10μm以下の大きさとされており、球状黒鉛よりも遥かに小さい。他の実施例に係る球状黒鉛鋳鉄についても同様な組織が得られた。
図13は比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄(ナイタール腐食後)の光学顕微鏡写真を示す。図13に示すように、比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄の組織は、黒色の塊として表された球状黒鉛と、球状黒鉛の回りにブルスアイ的に生成した白色で表されたフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有している。フェライト相とパーライト相との境界は明確である。比較例1に係る組織を観察したところ、パーライト相にはラメラパーライトのみが生成しており、粒状パーライトの生成は認められなかった。
上記したY型ブロックから引張試験片(JIS Z2201の4号)、衝撃試験片(JIS Z2202の3号、深さ2mmのUノッチ付き)、曲げ試験片を形成した。図5は引張試験片を示す。図5において測定部の直径D=15mm、測定部の評点距離L=50mmとした。引張試験では、上記した引張試験片を用い、250KN島津オートグラフで、破断までの荷重と変形量をクロスヘッド移動量にて測定した。図6(A)(B)は曲げ試験片を示す。曲げ試験片は、幅20×長さ100mm×厚み7mmの目標サイズを有する板状試験片とした。曲げ試験では、図7に示すように曲げ試験装置(図7における寸法表示はミリメートル単位)の2個の支持部100に曲げ試験片をセットした状態で、加圧部110を曲げ試験片に向けて矢印PA方向に加圧して行った。この場合、250KN島津オートグラフで、曲げ応力と変形量との関係を求めた。試験結果を表1、表2に示す。
また比較例1では、銅を0.41%と多めとすることで、球状黒鉛鋳鉄の組織のパーライト化(ラメラパーライト)を促進させているものの、A1変態点付近で加熱保持する加熱保持工程は行われていないため、粒状パーライトの積極生成処理は行われておらず、α=0%であった。比較例2、3は、従来技術で述べた公報に係る文献データである。比較例2、3では粒状パーライトの積極生成処理は行われていない。表1、表2は比較例についても示す。
表1に示すように、実施例1〜実施例7の球状黒鉛鋳鉄では黒鉛球状化率は81〜88%であり、パーライト面積率は45〜86%であり、α=41〜78%の範囲であった。殊に、実施例3に係る球状黒鉛鋳鉄はαが最も低く、α=41%とされている。実施例4に係る球状黒鉛鋳鉄はαが最も高く、α=78%とされている。
黒鉛球状化の測定については、JIS G5502に基づいた。パーライト面積率の測定については、球状黒鉛鋳鉄の組織を顕微鏡で観察し、画像処理を利用し、黒鉛を除いた組織の面積を100%としたとき、パーライト相(ラメラパーライト、粒状パーライトを含む)が占める面積を求め、パーライト相が占める面積割合をパーライト面積率(%)とした。αの測定については、画像処理を利用し、パーライト相の面積を100%とし、ラメラパーライトの面積を求め、残部を粒状パーライトの面積とみなし、全パーライト相において粒状パーライトが占める面積割合をα(%)とした。
表2から理解できるように、実施例1〜実施例7に係る球状黒鉛鋳鉄は、引張強度、耐力、伸び、曲げ変位、曲げ荷重、衝撃値に優れていた。具体的には、表2に示すように、実施例1に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度600MPa以上(602MPa)、伸び18%以上(18.5%)、衝撃値10J/cm2以上(10.1J/cm2)の試験結果が得られた。実施例2に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度640MPa以上(646MPa)、伸び13%以上(13.1%)、衝撃値7J/cm2以上(7.5J/cm2)の試験結果が得られた。実施例3に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度710MPa以上(713MPa)、伸び12%以上(12.3%)、衝撃値5J/cm2以上(5.6J/cm2)の試験結果が得られた。
実施例4に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度560MPa以上(564MPa)、伸び19%以上(19.6%)、衝撃値11J/cm2以上(11.3J/cm2)の試験結果が得られた。実施例5に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度580MPa(588MPa)以上、伸び16%以上(16.8%)、衝撃値12J/cm2以上(12.4J/cm2)の試験結果が得られた。
実施例6に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度650MPa以上(653MPa)、伸び13%以上(13.7%)、衝撃値7J/cm2以上(7.5J/cm2)の試験結果が得られた。実施例7に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、引張強度640MPa以上(649MPa)、伸び13%以上(13.8%)、衝撃値7J/cm2以上(7.8J/cm2)の試験結果が得られた。
これに対して比較例2、比較例3に係る球状黒鉛鋳鉄については、引張強度、耐力、伸びは必ずしも充分ではない。比較例のなかでも比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄(パーライト促進元素である銅含有量が多い)については、引張強度、耐力が良好であるものの、伸びがやや低く、曲げ変位が3.1mmであり、測定したなかでは最も低く、更に衝撃値も3.1J/cm2であり、測定したなかでは最も低かった。即ち、比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄と実施例2に係る球状黒鉛鋳鉄については、引張強度及び耐力がほぼ同程度であるものの、αが65%である実施例2に係る球状黒鉛鋳鉄の衝撃値は7.5J/cm2であったが、αが0%である比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄の衝撃値は3.1J/cm2であり、実施例2に比べて約40%(3.1/7.5=0.41)とかなり低かった。更に比較例1に係る球状黒鉛鋳鉄は、伸び及び衝撃値が低いばかりか、パーライト促進元素である銅が0.41%と多量に含有されているため、球状黒鉛鋳鉄をリサイクルする際における制約が大きくなる不具合がある。
更に各実施例に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、上記した公報技術に係る球状黒鉛鋳鉄と異なり、強度低下の要因ともなり得るフェライトリッチの表層を積極的に形成せずとも良いため、量産化が容易であり、適用範囲の拡大に貢献できる。
更に球状黒鉛鋳鉄の被削性についても測定した。この場合、実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型(砂型)に注湯し、円筒形の試験片(外径:120mm、内径:70mm、軸長200mm)を鋳造で形成し、図4に示す熱履歴パターンに基づいて、常温から昇温させた後に900℃で2時間加熱してオーステナイト化を図った。その後、第1冷却工程として、−1.7℃/秒の平均冷却速度で600℃まで強制冷却(強制空冷)し、ラメラパーライトを生成した。更に常温まで冷却した。その後、昇温工程を経て加熱保持工程に移行し、加熱保持工程において700℃で20分間加熱し、組織を調整し、ラメラパーライトの粒状化を進行させた。そして実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄で形成した円筒形の試験片について、被削性試験を行ない、切削工具の刃先磨耗量を測定した。比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄でも、同様な円筒形の試験片を形成し、被削性試験を行なった。表3は実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄の組成、特性を示す。表3に示すように、実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄共に、パーライト面積率、硬さはほぼ同程度であった。しかし実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄では粒状パーライトが生成しており、α=58%であった。これに対して、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄ではラメラパーライトだけであり、粒状パーライトが生成しておらず、α=0%であった。
上記した被削性試験においては、図8に示す試験片と、切削工具(超硬合金、UC5005)とを用い、周速が150mm/分、送りが0.3m/rev、切り込みが0.5mmとし、試料をそれぞれ2個ずつ用い、1試料で切削加工距離2000mまで切削し、2つの試料を連続して切削した。図8に示す試験片では、黒皮の影響を無くすため、被削性試験に先だって前加工で黒皮の外周面部分を2mm予め切除し、外径116mmとした。切削装置へのチャック部分を考慮して、試験片の評価部分の軸長を150mmとした。
被削性試験の結果を図9に示す。図9に示すように、1試料目において、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄では切削工具の刃先磨耗量は1000μmを越えていたが、実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄では切削工具の刃先磨耗量はそれよりも少なく650μm程度であった。2試料目において、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄では切削工具の刃先磨耗量は1300μmを越えていたが、実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄では切削工具の刃先磨耗量はそれよりも少なく1000μm程度であった。上記した被削性試験の結果から、実施例Aに係る球状黒鉛鋳鉄は、比較例Aに係る球状黒鉛鋳鉄に対して、パーライト面積率、硬さがほぼ同程度であるものの、被削性がかなり優れており、切削工具の刃先の磨耗量は約60〜80%程度(650/1000=0.65、1000/1300≒0.77)に抑え得ることがわかる。
以上の説明から理解できるように本実施例に係る球状黒鉛鋳鉄によれば、球状黒鉛と、球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設するフェライト相間に生成されたパーライト相とを有しており、パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としている。このため本実施例に係る球状黒鉛鋳鉄は強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れている。従って、強度及び伸びの双方が要請される足回り部品等に代表される車両部品、工作機械等の産業機器部品等の鋳鉄部品に広く適用することができる。殊に、足回り部品等に代表される鋳鉄部品では、高強度化を図ると共に衝突時における衝撃を吸収し易い衝撃吸収促進モードで設計される鋳鉄部品に適用することができる。勿論、高強度化又は軽量化を図るモードで設計される鋳鉄部品に適用することもできる。
また本実施例によれば、加熱保持工程をA1変態点の直下の温度領域で行うことにしているため、ラメラパーライトの粒状化が過剰に速く進行せず、適切な速度で進行するため、工業的生産においても加熱保持工程の時間の制御を容易になし得る利点が得られる。従って球状黒鉛鋳鉄の実際のαの値を、αの目標範囲に設定するのに貢献できる。
(その他)
上記した各実施例によれば、加熱保持工程はA1変態点の直下の温度領域で行うようにしているが、これに限らず、A1変態点の直上の温度領域で行っても、球状黒鉛鋳鉄のラメラパーライトを粒状化させることができる。また、A1変態点の直上及び直下の繰返しで行っても、球状黒鉛鋳鉄のラメラパーライトを粒状化させることができる。その他、本発明は上記した実施例のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できるものである。
(付記)上記した記載から次の技術的思想も把握できる。
[付記項1]各請求項において、引張強度が650MPa以上、伸びが10%以上であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄。
[付記項2]各請求項において、引張強度が650MPa以上、伸びが10%以上、衝撃値が6J/cm2以上であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄。
[付記項3]各請求項において、引張強度が700MPa以上、伸びが10%以上、衝撃値が4J/cm2以上であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法。
[付記項4]各請求項において、引張強度が550MPa以上、伸びが18%以上、衝撃値が9J/cm2以上であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法。
[付記項5]各請求項において、引張強度が600MPa以上、伸びが15%以上、衝撃値が8J/cm2以上であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法。
[付記項6]各請求項において、重量比で、炭素:3.40〜3.90%、シリコン:1.9〜3.4%、Mn:0.5%以下、リン:0.08%以下、イオウ:0.03%以下、マグネシウム:0.02〜0.20%、残部が不可避不純物及び鉄の組成を有することを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法。
[付記項7]各請求項において、重量比で、炭素:3.40〜3.90%、シリコン:1.9〜3.4%、Mn:0.5%以下、リン:0.08%以下、イオウ:0.03%以下、マグネシウム:0.02〜0.20%、銅及びスズの少なくとも一方:0.40%以下、残部が不可避不純物及び鉄の組成を有することを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法。
[付記項8]球状黒鉛と、前記球状黒鉛の回りに生成したフェライト相と、隣設する前記フェライト相間に生成されたパーライト相とを有すると共に、前記パーライト相は、粒状パーライトとラメラパーライトとを主体としている強度、伸び及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品。
[付記項9]球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程と、パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、前記球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程と、加熱保持後に前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する第2冷却工程とを含む、強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄で形成された車両鋳鉄部品の製造方法。
[付記項10]球状黒鉛鋳鉄の溶湯を鋳型に注湯する工程と、
パーライトを生成する冷却速度で球状黒鉛鋳鉄を冷却する第1冷却工程と、
前記球状黒鉛鋳鉄をA1変態点の直下または直上の温度領域に加熱保持する加熱保持工程と、
加熱保持後に前記球状黒鉛鋳鉄を冷却する第2冷却工程とを含むことを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項11]請求項9において、前記加熱保持工程の加熱保持時間は、5〜50分間であることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項12]請求項9または請求項10において、前記加熱保持工程は、次の(a)〜(c)のいずれかの条件で行うことを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
(a)温度:700〜760℃、加熱時間:3〜20分間
(b)温度:670〜730℃、加熱時間:7〜30分間
(c)温度:670〜730℃、加熱時間:20〜50分間
[付記項13]請求項9〜請求項11のいずれか一項において、前記加熱保持工程は、次の(1)〜(3)のいずれかの条件で行うことを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
(1)A1変態点の直下
(2)A1変態点の直上
(3)A1変態点の直上及び直下の繰返し
[付記項14]請求項9〜請求項12のいずれか一項において、前記第1冷却工程は、鋳型から取り出した球状黒鉛鋳鉄を空冷で冷却することを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項15]請求項9〜請求項13のいずれか一項において、前記第1冷却工程、前記加熱保持工程、前記第2冷却工程は、連続的に行なわれることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項16]請求項9〜請求項13のいずれか一項において、前記第1冷却工程では、前記球状黒鉛鋳鉄は常温または常温付近まで冷却され、前記加熱保持工程は、常温または常温付近の前記球状黒鉛鋳鉄を前記加熱保持工程の温度領域まで昇温させる昇温工程を行った後に行われることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項17]付記項1〜付記項16のいずれか一項において、第1冷却工程を経た球状黒鉛鋳鉄は、ブルスアイ型であり、パーライトはラメラパーライトを主体としていることを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
[付記項18]付記項1または付記項2に係る球状黒鉛鋳鉄を製造することを特徴とする強度、伸び、耐衝撃性及び被削性に優れた球状黒鉛鋳鉄の製造方法。