JP5199316B2 - 電動機駆動装置 - Google Patents

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Description

本発明の実施形態は、電動機の回転子位置推定機能を有する電動機駆動装置に関する。
インバータによる可変速電動機制御装置は各分野に適用されており、今後はトルクや速度制御精度の向上、高効率、低騒音など更なる高性能化と信頼性の向上が期待されている。特に、速度センサや位置センサを用いない位置速度センサレス制御は、信頼性向上や設置環境の制約の改善などの点で有用である。
1980年頃から、位置センサを用いることなく、永久磁石などにより回転子に磁束を有する電動機の回転子磁束方向を検出しようとする技術が開発されている。しかし、電動機の停止時または低速回転時には誘起電圧が0または非常に小さいため、デッドタイム補償誤差による出力電圧誤差や推定式に用いる一次抵抗の誤差などの影響を受け易く、誘起電圧に依存した回転子磁束方向の推定手段だけでは不十分である。
そこで、回転子磁束位置推定技術の1つとして、制御装置内で有する推定された回転子磁束方向に、高周波の交番電流あるいは交番電圧を重畳する手段がある。推定された回転子磁束の方向をD軸とし、トルクに寄与する電流ベクトルの方向をQ軸と定め、それぞれの電流成分を各々制御する電流制御装置を備える。
回転子磁束方向を推定するには、高周波の交番電流を重畳する場合には、高周波電流が流されない軸方向の電圧値を用いればよい。つまり、D軸に高周波電流を重畳し、高周波電流を重畳しないQ軸の電圧値を用いて回転子磁束方向を推定することができる。またこれと等価な手段として、高周波の交番電圧を重畳する場合には、高周波電圧が重畳されない軸方向の電流値を用いればよい。すなわち、D軸に高周波電圧を重畳し、高周波電圧を重畳しないQ軸の電流値を用いて回転子磁束位置を推定することもできる。
米国特許第4763058号明細書 特開昭62−138074号公報
Schroedl,M.、「DETECTION OF THE ROTOR POSITION OF A PERMANENT MAGNET MACHINE AT STANDSTILL」、ICEM(International Conference on Electrical Machine) 1988 in Pisa(Italy)、p.195-197
電動機をセンサレスで起動する場合、制御上で用いる推定した回転子磁束位置と電動機の実際の回転子磁束位置との誤差Δθを0に収束させることが必要である。ただし、誤差Δθを0またはπに収束させることができれば、オフセット電流を流し、磁気的飽和状態を変化させて、その時の高周波電流の振幅を比較することにより、推定された磁束軸(D軸)が回転子磁束方向(Δθ=0)を向いているのか、D軸のマイナス方向(Δθ=π)を向いているのかを判定できる。従って、回転子磁束位置誤差Δθを0またはπに収束させることができれば、最終的に誤差Δθを0に収束させることができる。
高周波電圧を用いた推定方法により得られる回転子磁束位置誤差Δθは、sin2Δθまたはtan2Δθの情報として導出される。従って、推定を開始する直前の初期の回転子磁束位置誤差Δθがπ/2または3π/2の場合には、回転子磁束位置誤差情報sin2Δθおよびtan2Δθの値が0となる。つまり、回転子磁束位置に誤差があるにもかかわらず誤差情報が得られないため、その位置を誤って正しい位置と推定してしまう虞がある。
また、初期の回転子磁束位置誤差Δθがπ/2または3π/2に近いと、推定開始時における回転子磁束位置誤差情報sin2Δθおよびtan2Δθの値が非常に小さくなる。このため、回転子磁束位置誤差Δθが0となるように補償を行う際に、回転子磁束の推定位置が正しい位置に収束するのに長い時間を要してしまう。
そこで、推定開始時の回転子磁束位置誤差がπ/2または3π/2の近傍にある場合でも、推定時間が延びることなく回転子磁束位置を正確に推定可能な電動機駆動装置を提供する。
実施形態の電動機駆動装置は、直流電圧を3相交流電圧に変換し電動機を駆動するインバータ、回転子磁束方向であるD軸およびトルク電流方向であるQ軸の電圧指令に基づいてインバータを制御する制御手段、電動機に流れる電流を検出する電流検出手段、高周波電圧印加手段および回転子磁束位置推定手段を備えている。
高周波電圧印加手段は、回転子磁束位置を推定するためにD軸電圧指令に高周波電圧を印加する。回転子磁束位置推定手段は、電流検出手段により得られるQ軸高周波電流またはD軸およびQ軸高周波電流を用いて回転子磁束位置誤差を求め、その値を正負により符号化した回転子磁束位置誤差符号を入力とするP(比例)補償演算により回転子磁束位置誤差が0となるように第1の収束演算を実行し、その後、回転子磁束位置誤差を入力とするPI(比例積分)補償演算により回転子磁束位置誤差が0となるように第2の収束演算を実行する。
一実施形態による電動機駆動装置のブロック構成図 高周波電圧の極性が切り替わる時の電流検出値を用いて高周波電流を抽出するときの波形図 高周波電圧の1周期間においてフーリエ展開を行うことにより高周波電流を抽出するときの波形図 高周波電圧の極性が切り替わる時の電流検出値を用いて高周波電流を抽出する場合にQ軸電流を変化させた時の波形図 高周波電圧の1周期間においてフーリエ展開を行うことにより高周波電流を抽出する場合にQ軸電流を変化させた時の波形図 M−T軸座標とD−Q軸座標との関係を示す図
図面を参照しながら一実施形態を説明する。図1は、回転子磁極位置推定機能を備えた電動機駆動装置の構成を示している。電動機駆動装置1は、速度センサおよび位置センサを用いることなく永久磁石同期電動機2(PMモータ)を駆動するセンサレス制御装置である。インバータ3は、3相ブリッジ接続された6つのスイッチング素子から構成され、直流電源線4p、4n間の直流電圧を制御部5からの電圧指令に基づいて3相交流電圧に変換し、電動機2に供給する。U相およびW相に配された電流検出器6は、電動機2に電圧を供給することにより電動機2に流れる電流を検出して制御部5に出力する電流検出手段である。
制御部5は、回転子磁束方向であるD軸およびトルク電流方向であるQ軸の電圧指令を出力しインバータ3を制御する制御手段で、座標変換部7、8および電流制御部9から構成されている。このうち座標変換部7は、推定中の回転子磁束位置θinvを用いて、3相静止軸上の検出電流iu、iwを同期DQ軸上の電流id、iqに変換する。電流制御部9は、指令電流idref、iqrefと検出電流id、iqとを一致させるように、例えば電流偏差に対するPI演算により指令電圧vdref、vqrefを出力する。
座標変換部8は、推定中の回転子磁束位置θinvを用いて、同期DQ軸上の指令電圧vdref、vqrefを3相静止軸上の指令電圧vuref、vvref、vwrefに変換する。指令電圧vuref、vvref、vwrefは、三角波からなる搬送波と比較されてPWM変調され、そのPWM変調された駆動信号は、インバータ3のスイッチング素子に付与される。
高周波電圧印加手段である加算器10は、回転子磁束位置を推定するために、D軸の電流制御結果である指令電圧vdrefに指令高周波電圧vdhfを加算する。重畳する高周波電圧vdhfは、相異なる2つの電圧レベルを有する50%デューティの方形波電圧(例えば正と負の向きに同じ電圧振幅を持つ方形波電圧)である。電流制御の応答は、重畳する高周波電圧vdhfの周波数より十分に遅い応答として調整されている。すなわち、ここで言う高周波とは、電動機2の運転周波数に対して十分に高い周波数であって、電流制御の周波数帯域に対しても十分に高い周波数である。
回転子磁束位置推定部11は、位置誤差情報抽出部12、符号化処理部13、ゲイン乗算器14、ゲイン調整部15、収束演算部16、スイッチ17、積分器18および符号反転器19から構成されている。この回転子磁束位置推定部11は、位置誤差情報抽出部12において検出電流のD軸、Q軸それぞれに現れる高周波電流成分idhf、iqhfを用いて、推定した回転子磁束位置と実際の回転子磁束位置との差である回転子磁束位置誤差Δθcを求める。本実施形態では、位置誤差情報抽出部12による算出値であることを特に明示するときは、Δθに代えてΔθcを用いることとする。また、後述する(2)式に示すように、抽出したΔθcが正のときは推定したDQ軸が実際のMT軸よりも進んでいることになるので、符号反転器19によりΔθcに−1を乗じてから収束演算を実行する。
回転子磁束位置推定部11は、位置推定開始時にスイッチ17をゲイン乗算器14側に切り替え第1の収束演算を実行する。すなわち、符号化処理部13は、回転子磁束位置誤差Δθc(または符号反転器19後の−Δθc)の値を正負により符号化し、ゲイン乗算器14は、その回転子磁束位置誤差Δθcの符号(以下、回転子磁束位置誤差符号と言う)に基づいて回転子磁束位置誤差Δθcが0になるようにゲインを乗じて回転子速度ωstatを求める。その後、スイッチ17を収束演算部16側に切り替え第2の収束演算を実行する。収束演算部16は、符号反転器19後の回転子磁束位置誤差−Δθcを入力とするPI補償演算により回転子速度ωstatを求める。積分器18は、回転子速度ωstatを積分して回転子磁束位置θinvを得る。なお、制御部5、加算器10、回転子磁束位置推定部11を含む電動機駆動制御システムは、制御プログラムに従ってマイクロプロプロセッサにより実行されるようになっている。
以下、回転子磁束位置推定部11による回転子磁束位置の推定演算について詳しく説明する。回転子に磁束を有する電動機2の数学的モデルは、回転子の実際の磁束方向をM軸とし、M軸からπ/2進んだ位置をT軸と定めると、一般的に(1)式のように表される。iM、iTはM軸、T軸電流、Rは固定子巻線の抵抗、Ld、Lqは固定子巻線のD軸、Q軸インダクタンス、φは回転子の固定子鎖交磁束、ωmeは回転速度、pは微分演算子である。
Figure 0005199316
電動機2の実際の磁束方向であるM軸方向をθ、制御上で有する推定の磁束方向であるD軸方向をθestとし、M軸とD軸の誤差角Δθ(回転子磁束位置誤差Δθ)を(2)式のように定める。このM−T軸とD−Q軸との関係は、図6に示す通りである。
Figure 0005199316
制御上の推定軸であるD軸からπ/2進んだ位置をQ軸と定義すると、(1)式に示されるM−T軸上の電圧方程式は、D−Q軸上における数学的モデルとして(3)式のように表される。
Figure 0005199316
微分項を左辺に整理すると(4)式のようになる。
Figure 0005199316
ここで、L0、L1は(5)式のように定義される。
Figure 0005199316
重畳する高周波電圧vdhfの周波数は電動機2の運転周波数に対して十分に高いため、巻線抵抗の電圧降下はインダクタンスに係る項に比べ十分に小さくなる。そこで、固定子巻線の抵抗Rに係る項を無視し、さらに停止時や低速域において小さな値となる回転速度ωmeを含む項を無視すると、(4)式は(6)式の近似式で表せる。
Figure 0005199316
高周波電圧信号をD軸方向にのみ重畳すると、vd=vdhf、vq=0となるので、(6)式は(7)式となる。
Figure 0005199316
これをD軸成分、Q軸成分ごとに表すと(8)式、(9)式となる。
Figure 0005199316
推定の回転子磁束方向であるD軸に高周波電圧vdhfを重畳する場合、高周波電圧が重畳されないQ軸電流iqを用いて回転子磁束位置を推定することができる。Q軸電流iqを用いると、(9)式に示されるように回転子磁束位置誤差Δθに相当する回転子磁束位置誤差情報sin2Δθを得ることができる。また、D軸電流idとQ軸電流iqを用いても、(8)式および(9)式から回転子磁束位置誤差情報tan2Δθを得ることができる。tan2Δθ=sin2Δθ/cos2Δθであることから、両者は本質的に同じ原理を用いていると言える。
(9)式のみあるいは(8)式と(9)式の両方を用いて位置誤差を推定する場合、回転子磁束位置誤差は、2Δθのsinまたはtanの情報として得られるため、2つの問題が存在する。第1の問題はΔθ=0と、Δθ=πの状態を判別することが困難であるという点である。しかし、この問題に対しては、オフセット電流を流し、磁気的飽和状態を変化させて、その時における高周波電流の振幅を比較することで判定可能となる。第2の問題は、推定を開始する直前の初期の回転子磁束位置誤差Δθがπ/2または3π/2の場合、回転子磁束位置誤差情報sin2Δθおよびtan2Δθの値が0になり、回転子磁束位置に誤差があるにもかかわらず誤差情報が得られない点である。
そこで、はじめに回転子磁束位置誤差Δθの算出方法を説明し、続いて上記第2の問題を解決する手段について説明する。
位置誤差情報抽出部12は、検出電流のD軸、Q軸それぞれに現れる高周波電流成分idhf、iqhfから(10)式のようにして回転子磁束位置誤差Δθcを得る。この回転子磁束位置誤差Δθcは、(8)式と(9)式において、D軸とQ軸における電流の微分量を、ある時間に変化した高周波電流成分であるΔIdhfとΔIqhfを用いて定義し、cos2Δθ≒1、sin2Δθ≒2Δθという近似を施し、辺々を除することで導かれる。
Figure 0005199316
回転子磁束位置誤差Δθcの演算に必要な高周波電流の変化分ΔIdhfとΔIqhfを抽出するには、処理量を軽減する観点から、図2に示すように重畳する高周波電圧vdhfの極性が切り替わる時(t1、t2、t3、…)に検出される電流値idhf、iqhfの差分で算出する方法が簡潔である。図2において、上段は搬送波である三角波と高周波電圧vdhf(=指令電圧vdref)を表し、中段は検出したD軸電流id(破線)と三角波の周期毎にサンプリングした電流(実線)を表し、下段は高周波電流の変化分ΔIdhfを表している。電動機2は停止した状態にある。Q軸電流iqに関しても同様に検出することにより、高周波電流の変化分ΔIdhf-peaktopeakとΔIqhf-peaktopeakを(11)式により抽出し、これらを(10)式に代入することにより回転子磁束位置誤差Δθcを(12)式のように導くことができる。
Figure 0005199316
しかし、このようにしてΔIdhfとΔIqhfを抽出すると、例えば負荷変動などによりQ軸電流iqが変化したときに、Q軸電流iqの高周波電流成分の変化分ΔIqhfを正確に検出できない問題が生じる。この問題の具体的な数値解析例を図4に示す。図4は、上から順に、検出したQ軸電流iqとその運転周波数成分iqfund、検出電流の高周波成分iqhf、(11)式を用いて抽出した高周波電流の変化分ΔIqhfの半分の値(ピークトゥーピーク値の半分つまりピーク値)と実際のピーク値を表している。
この例では、高周波電圧vdhfとして1msごとに極性が切り替わる方形波電圧を印加し、三角波状となる高周波電流成分のピーク値が1になるように方形波電圧の振幅が調整されている。負荷の増加を想定して、時刻t=1.00sから1.02sの間にQ軸電流の運転周波数成分iqfundを0から5まで変化させ、(11)式に従い高周波電圧vdhfの極性が切り替わる時に検出される電流値iqhfの差分を用いて変化分ΔIqhfを算出している。
この図4を見ると、重畳する方形波電圧の切り替わり時に検出される電流値を用いて算出した高周波電流の変化分ΔIqhfは、運転周波数成分が変化する影響を受けていることが分かる。このようにして抽出された電流の高周波成分を用いて位置推定を行うと、推定結果が振動的になり、制御が不安定となる虞がある。
この問題を解決する手法の1つとして、フーリエ展開を用いる方法がある。図3はフーリエ展開の説明図であり、上から順に、搬送波である三角波と高周波電圧vdhf、高周波の位相θhf、高周波検出用信号−cosθhf、D軸電流id(破線)と三角波の各周期でサンプリングした電流(実線)、高周波電流の変化分ΔIdhfを表している。フーリエ展開を用いる場合、高周波電圧vdhfの1周期における電流検出の回数nは(13)式のように求められる。Thfは高周波電圧vdhfの周期であり、Tsampは電流検出周期である。
Figure 0005199316
フーリエ展開において重畳する高周波電圧vdhfの位相情報は(14)式のように算出する。
Figure 0005199316
高周波電圧vdhfの1周期の期間で、台形近似を用いて(15)式に示す積分演算を行うことにより、フーリエ展開の第1項Idhf-FFT(高周波電圧vdhfの周波数成分項)を得る。(15)式はD軸電流成分について記載しているが、Q軸電流に対しても同様の演算を行いIqhf-FFTを得る。
Figure 0005199316
フーリエ展開を用いて得た高周波電圧vdhfの周波数成分項Idhf-FFTとIqhf-FFTを(10)式に代入することにより回転子磁束位置誤差Δθcを(16)式のように導くことができる。
Figure 0005199316
図5は、図4と同一条件での数値解析例であり、その3段目には(15)式で示したフーリエ展開(n=8)の第1項目を用いて算出した高周波成分の抽出結果を示している。1段目と2段目の表示は図4と同じである。フーリエ展開の第1項目を用いて算出した高周波成分は、Q軸電流の運転周波数成分iqfundが変化してもその影響を受けていないことが分かる。
なお、本例は高周波電圧vdhfの1周期に対し8回(n=8)の電流サンプル値による演算結果であるため、フーリエ展開の離散時間演算により抽出した高周波成分の振幅と理想値との間に差異が生じていると考えられる。フーリエ展開を用いて振幅の絶対的な精度を確保するには、更に高速な電流サンプリングが必要になる。しかし、本実施形態では、検出される電流値の高周波情報から得られる回転子磁束位置誤差Δθcを0にするように収束演算を繰り返すので、高周波振幅の絶対的な精度まで確保する必要はない。
以上の演算処理により、位置誤差情報抽出部12は、検出電流id、iqに含まれる高周波成分から位置誤差指標である回転子磁束位置誤差Δθを求めることができる。従って、収束演算部16は、PI補償演算を行って回転子磁束位置誤差Δθを打ち消す方向に回転子速度ωstatを算出し、さらに積分器18で回転子磁束位置θinvを算出することができる(第2の収束演算)。
続いて、上述した第2の問題を解決する手段について説明する。推定した初期状態の回転子磁束位置と実際の回転子磁束位置との差(回転子磁束位置誤差Δθ)がπ/2、3π/2の状態(以下、ブラインドポジションと言う)にあると、(9)式において2Δθ=π、3πとなる。このため、高周波電圧vdhfがD軸方向に供給されても、Q軸電流iqの変化は観測されず、(12)式または(16)式で示される回転子磁束位置誤差Δθcが得られなくなる。その結果、収束演算に時間がかかり、最悪の場合には収束できずに電動機2を起動できない状態が起こりうる。推定時間を延ばすことで位置推定が可能になる可能性はあるが、その時間を常に確保すると、運転信号を受けてから実際に回転し始めるまでの時間遅れが常に発生するという問題が生じてしまう。
そこで、回転子磁束位置推定部11は、位置推定の開始時にスイッチ17をゲイン乗算器14側に切り替えて第1の収束演算を実行する。すなわち、符号化処理部13は、回転子磁束位置誤差Δθcの値が正か負かにより符号化した回転子磁束位置誤差符号を出力し、ゲイン乗算器14は、その回転子磁束位置誤差符号に基づいて回転子磁束位置誤差Δθが0になるようにゲインを乗じて推定の回転子速度ωstatを求める。回転子磁束位置誤差Δθcの値が0の場合には、正として(または負として)符号化すればよい。
この場合、ゲイン乗算器14で用いるゲインが一定であると、推定位置が正しい回転子位置に近づいても引き続き上記一定のゲインが適用されるので、正しい回転子位置の近傍で回転子位置の推定結果が振動的となることがある。そこで、ゲイン調整部15により、ゲイン乗算器14で用いるゲインを減衰させる。
推定開始後の収束演算において回転子磁束の推定位置が最も大きく変化するのは、初期の回転子磁束位置がブラインドポジションにある場合である。この場合でも、推定位置は、π/2だけ変化すれば目標とする収束位置(0またはπ)に到達し、回転子磁束位置誤差Δθの符号は逆極性となる。推定位置がπ/2だけ変化するのに要する時間T90degは、得られた回転子磁束位置誤差符号に乗算されるゲイン(周波数の次元を持つ)をF0Bangとすると(17)式のように表せる。
Figure 0005199316
回転子磁束位置誤差符号が最初に変化した時点において、推定位置のオーバーシュートをπ/4以下にするための条件は(18)式のようになる。Fhfは、重畳している高周波周波数である。
Figure 0005199316
また、回転子磁束位置誤差符号は高周波の周期ごとに反転するので、推定開始後、回転子磁束位置誤差符号が変化するまでの時間は、最長の場合でT90deg+1/Fhfとなる。1/Fhfが加算されるのは、起動直後の1/Fhf[s]間は回転子磁束位置誤差Δθが得られないので、符号化処理の出力が0となるためである。(18)式に示した条件の下で、例えば(19)式に示すようにゲインF0Bangを選んだ場合、最初に回転子磁束位置誤差符号が変化するまでの最大時間は(20)式で表せる。
Figure 0005199316
(20)式で算出される時間すなわち高周波電圧の周波数に関連付けられて決定された時間が経過した後においては、回転子磁束の推定位置は、回転子磁束位置誤差符号が切り替わる位置を最低1回は通過していると考えられる。
以上を踏まえると、位置推定の開始時にスイッチ17をゲイン乗算器14側に切り替えて実行する第1の収束演算において、回転子磁束位置誤差符号が変化するごとに、ゲイン乗算器14のゲインを低減(例えば半減)させることで、符号が変化した後のオーバーシュート量を低減でき、推定した回転子磁束位置を正しい回転子磁束位置の近傍に収束させることができる。
また、第1の収束演算の実行を開始してから(20)式で算出される時間が経過した後、つまり回転子磁束位置誤差符号が切り替わる位置を最低1回は通過した後に、ゲイン乗算器14のゲインを低減(例えば半減)させてもよい。この構成によってもオーバーシュート量を低減でき、推定した回転子磁束位置を正しい回転子磁束位置の近傍に収束させることができる。
ただし、ゲインを低減し過ぎると、回転子に初期速度がある場合においては、その回転速度に位置推定が追従できない可能性がある。このため、上述したゲイン(周波数の次元を持つ)の低減は、回転子速度(回転周波数)未満にならないように留意する必要がある。
第1の収束演算を開始した後、予め定めた時間例えば(20)式に示される時間以上の時間が経過した後に、ゲイン調整部15は、スイッチ17を収束演算部16側に切り替えて第2の収束演算の実行を開始する。これは、初期の回転子位置がブラインドポジションにあっても、(20)式に示される時間以上の時間が経過すれば、推定した回転子磁束位置は、ブラインドポジションから脱して、回転子磁束位置誤差符号が切り替わる位置を最低1回は通過しており、正しい回転子磁束位置に近づいていると考えられるからである。
この第2の収束演算により、回転子磁束位置誤差Δθが0またはπとなる状態、すなわち推定した回転子磁束位置が実際の回転子磁束位置と一致する状態または推定した回転子磁束位置が実際の回転子磁束位置と逆向きとなる状態に正確に収束させることができる。なお、第2の収束演算の前に第1の収束演算を実行する理由は、推定した回転子磁束位置がブラインドポジションまたはその近傍にある場合、十分な回転子磁束位置誤差情報が得られないことにある。従って、推定開始後の初回または複数回に求めた初期の回転子磁束位置誤差Δθcが所定の閾値以上の場合には、初めから十分な回転子磁束位置誤差Δθcが得られているため、第1の収束演算の実行を省略して直ちに第2の収束演算を実行することができる。同様に、推定開始時に電動機2が初期速度を有している場合にも、電動機2の回転に伴い回転子磁束位置誤差情報が得られるので、第1の収束演算を実行することなく第2の収束演算を実行することができる。
この第2の収束演算により、回転子磁束位置誤差Δθを0またはπの状態に収束させた後は、既述したように、磁気的飽和を用いて推定した回転子磁束の位置がD軸の向きであるのか、D軸に対しπだけ異なる向きであるのかを判定する。具体的には、D軸指令電流idrefにオフセット電流指令を与え、D軸に現れる高周波電流成分の振幅を観測する。推定した回転子磁束方向がD軸の向きと一致している場合には、オフセット電流指令を加えたプラスのD軸指令電流idrefを流すと、さらに磁気的飽和が進行してインダクタンスの値が小さくなることから、高周波電流の振幅が大きくなる。
このようにD軸にオフセット電流指令を与えたときの高周波電流の振幅の変化を検出することで、推定した回転子磁束の位置がD軸の向きであるのか逆向きであるのかを判定できる。以上の一連の処理を行うことで、回転子磁束の初期位置がどのような位置にあっても、収束時間がばらつくことなく回転子磁束の初期位置を正確に推定することができる。
以上述べたように、電動機駆動装置1は、D軸電圧vdrefに高周波電圧vdhfを重畳し、D軸、Q軸の高周波電流成分idhf、iqhfを用いて算出した回転子磁束位置誤差Δθcに基づいて収束演算を実行するので、電動機2が停止している時または低速で回転している時であっても回転子磁束位置を正しく推定できる。
回転子磁束位置誤差Δθを算出するには、(10)式に示すように高周波電流の変化分ΔIdhfとΔIqhfが必要となる。高周波電圧vdhfの極性が変化した時にサンプリングした電流値idhf、iqhfの差分により変化分ΔIdhf、ΔIqhfを算出すれば、演算量が少なくて済む。また、D軸、Q軸電流id、iqをフーリエ展開し、その第1項Idhf-FFT、Iqhf-FFTを変化分ΔIdhf、ΔIqhfとして用いれば、電流の運転周波数成分の大きさが変化した時でもその影響を受けにくくなる。
回転子磁束位置推定部11は、正負により符号化した回転子磁束位置誤差符号に基づいて第1の収束演算を実行した後、PI補償演算による第2の収束演算を実行する。この第1の収束演算を実行することにより、回転子磁束位置誤差Δθがπ/2または3π/2の状態(ブラインドポジション)にあっても、推定した回転子磁束位置が停滞することなくブラインドポジションから離脱でき、誤差Δθを0またはπに収束させることができる。その結果、回転子磁束の初期位置の誤認による起動失敗や起動時の振動を防止できる。また、収束演算に長時間を要することがないので、起動命令から位置推定を経て起動するまでの最大遅れ時間を短縮することができる。
以上説明した実施形態に加えて以下のような構成を採用してもよい。
位置誤差情報抽出部12は、(9)式に従って、検出電流のQ軸に現れる高周波電流成分iqhfに基づいて回転子磁束位置誤差Δθcを算出してもよい。また、D軸およびQ軸のうち一方の軸に高周波電流を重畳し、高周波電流を重畳しない側の軸の電圧値を用いて回転子磁束位置を推定する方法を採用してもよい。これらの場合でも、第1の収束演算を実行してから第2の収束演算を実行することにより、上述したのと同様の作用、効果を得ることができる。
高周波の交番電圧、交番電流は、方形波に限らず正弦波、三角波などでもよい。
以上説明した実施形態によれば、高周波電圧信号を電動機2に与え、検出される電流値に含まれる高周波成分を抽出して回転子磁束位置誤差Δθcを求めた。そして、位置推定の開始時に、回転子磁束位置誤差Δθcを正負により符号化した回転子磁束位置誤差符号に基づいて第1の収束演算を実行する期間を設けた。これにより、初期の回転子磁束位置誤差情報がほぼ0になるπ/2、3π/2近傍の回転子磁束位置誤差を有していても、推定時間が延びることなく回転子磁束位置を正確に推定でき、電動機駆動装置1の信頼性を高めることができる。
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
図面中、1は電動機駆動装置、2は電動機、3はインバータ、5は制御部(制御手段)、6は電流検出器(電流検出手段)、10は加算器(高周波電圧印加手段)、11は回転子磁束位置推定部(回転子磁束位置推定手段)である。

Claims (9)

  1. 直流電圧を3相交流電圧に変換し電動機を駆動するインバータと、
    回転子磁束方向であるD軸およびトルク電流方向であるQ軸の電圧指令に基づいて前記インバータを制御する制御手段と、
    前記電動機に流れる電流を検出する電流検出手段と、
    回転子磁束位置を推定するために前記D軸電圧指令に高周波電圧を印加する高周波電圧印加手段と、
    前記電流検出手段により得られるQ軸高周波電流またはD軸およびQ軸高周波電流を用いて回転子磁束位置誤差を求め、その値を正負により符号化した回転子磁束位置誤差符号を入力とするP(比例)補償演算により前記回転子磁束位置誤差が0となるように第1の収束演算を実行し、その後、前記回転子磁束位置誤差を入力とするPI(比例積分)補償演算により前記回転子磁束位置誤差が0となるように第2の収束演算を実行する回転子磁束位置推定手段とを具備したことを特徴とする電動機駆動装置。
  2. 前記回転子磁束位置推定手段は、前記第1の収束演算の実行中、前記回転子磁束位置誤差符号が変化する際に前記第1の収束演算に用いるゲインを低減することを特徴とする請求項1記載の電動機駆動装置。
  3. 前記回転子磁束位置推定手段は、前記第1の収束演算の実行を開始してから、前記高周波電圧の周波数に関連付けられて決定された時間が経過した後に、前記第1の収束演算に用いるゲインを低減することを特徴とする請求項1記載の電動機駆動装置。
  4. 前記回転子磁束位置推定手段は、前記第1の収束演算の実行を開始してから、前記高周波電圧の周波数に関連付けられて決定された時間が経過した後に、前記第1の収束演算から前記第2の収束演算の実行に切り替えることを特徴とする請求項1ないし3の何れかに記載の電動機駆動装置。
  5. 前記回転子磁束位置推定手段は、前記第1の収束演算に用いるゲインを回転子速度以下には低減しないことを特徴とする請求項1ないし4の何れかに記載の電動機駆動装置。
  6. 前記回転子磁束位置推定手段は、推定開始後の初回または複数回に求めた初期回転子磁束位置誤差が所定の閾値より小さい場合には前記第1の収束演算を実行した後に前記第2の収束演算を実行し、前記初期回転子磁束位置誤差が前記閾値以上の場合には前記第1の収束演算を実行することなく前記第2の収束演算を実行することを特徴とする請求項1ないし5の何れかに記載の電動機駆動装置。
  7. 前記回転子磁束位置推定手段は、推定開始時に前記電動機が初期速度を有している場合には、前記第1の収束演算を実行することなく前記第2の収束演算を実行することを特徴とする請求項1ないし6の何れかに記載の電動機駆動装置。
  8. 前記高周波電圧印加手段は、方形波からなる高周波電圧を印加することを特徴とする請求項1ないし7の何れかに記載の電動機駆動装置。
  9. 前記回転子磁束位置推定手段は、前記Q軸高周波電流またはD軸およびQ軸高周波電流を用いて回転子磁束位置誤差を求める際に、前記Q軸高周波電流またはD軸およびQ軸高周波電流のフーリエ変換を実行することを特徴とする請求項1ないし8の何れかに記載の電動機駆動装置。
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