本発明が解決しようとしている課題は、次のようなものが挙げられる。まず、上記の従来技術のうち流路もしくは平面を使用する方法に対しては、液体が壁に接触することにより壁を汚染し、表面物性を変化させてしまう、という課題がある。搬送する液滴の挙動や大きさのコントロールの精度、移動挙動の再現性、また最終的な化学反応の効率や分析の精度をそれぞれ低下させるという課題がある、また、同様に次の液滴を汚染(コンタミネーション)する可能性があるという課題がある。この汚染も化学反応、分析・検査精度の低下などの課題を発生させる可能性がある。液体搬送に利用する流路もしくは平面はコストがかかり、そのコストが高いという課題がある。特に微細な流路や電極付きの表面の形成にはコストがかかる。そのため使い捨て等の汚染に関連した課題の解決のために使い捨てるといった方法をとることが難しい。この問題を解決するために洗浄して再利用することも考えられるが、通常洗浄による表面の回復には限界がある。また、平面電極による液滴搬送の方法においては、液滴のサイズが変わると電極配置を変更する必要があり、逆に同じ電極配置では大きく異なるサイズの液滴を扱えない、という課題がある。また表面物性が大きく影響するが、表面物性の再現性をそろえることが難しく、よって液滴サイズの精度にも課題がある。電気的な手段では移送できない液種や表面の汚染が激しい溶液などは扱いにくく、よって液種にも課題がある。
空中で液滴を搬送させる方法に対しては、扱える液滴の大きさに上限がある、という課題がある。ある程度以上の液滴サイズになると、重力の及ぼす力が大きくなり、落下の速度が速くなってしまう。また空中には壁が存在しないので、コンタミネーションの問題は小さくなるが、滞留時間が取れないので、滞留時間の必要な化学反応を伴う分析・検査手段等へ使用することは難しい。
流路・平面・空中を搬送するいずれの方法に対しても、搬送対象の液滴の数が多くなると、複雑なデバイスの構造が必要になり、その結果、デバイスの作成と操作が難しく、併せてコストが高くなる、という課題がある。また搬送したい液滴の個数が変化するたびにデバイスの構成を変更しなければならない、という課題もある。
上記以外の従来の技術の欄で取り上げた液滴搬送方法に関しては、特に扱える液滴のサイズに課題がある。(特許文献1)に記載の「液滴搬送方法」では、例えばリングの半径0.8mmが限界とのことから、本文中にある計算式を用いて液滴の半径を計算し、そこから体積を算出すると、約19マイクロリットル以上の液滴搬送は行えないと考えられる。また(特許文献2)に記載の液滴保持部は液膜でありその表面直径が0.375ミクロン以下、ピンについては明らかにそれ以下のサイズであることから、例えば1マイクロリットル以上の液量を搬送することはできない構成である。サイズの限定と同様、構成を変化させずにサイズの違う液滴を扱うことができないことも課題の一つである。また、これらの構成では、液滴の合流、液滴の混合、液滴の滴下等の操作を行うことは困難である。
上記課題を解決するために、本発明では次のような手段をとる。最も簡単な構成では、線材で作った環状の液滴保持部を用意し、ここに液滴を保持する。(特許文献1)に記載の「液滴搬送方法」とは異なり、特に濡れ性の悪い材料を使用する必要はなく、例えば、一般的に親水性である金属の線材を利用すれば容易で安価である。この液体保持部に対し、液滴は環状の線材にぶら下がる形で保持される。保持された液滴は安定であり、例えば、液量の増減に対しても表面張力の効果により液滴形状が変化することで容易に対応する。この環状の液滴保持部分に対して、液滴保持部を移動させる手段を付加することで、液滴の搬送を実現する。例えば、環状の液滴保持部に対し上向きの線材が付属しており、その上向きの線材をステージに連結した持ち手が連結されていれば、ステージを動かすことにより、液滴の搬送を行うことができる。
本発明の液滴搬送方法では、液滴保持部の材料に大きな制限がなく、構成も簡単なため、安価であり、交換も可能である。また流路や平面を使用する方法と異なり、洗浄が容易であることも利点である。流路や平面を使用する場合にはその移動経路すべてが汚染の対象となるのに対し、本発明では液体が接触する表面積が液体保持部に限定されるため圧倒的に小さいからである。交換と洗浄、いずれの手段にせよ、コンタミネーションの課題への対処が易しくなる。また流路や平面を使用する場合には異なる溶液種が同じ流路もしくは平面を通過する構成をとることが一般的だが、本発明では、異なる溶液種毎に適切な線材とその表面物性を選択できるため、溶液の大きさ精度や搬送の再現性を高めることができる。十分長い間安定に保持および搬送ができるため、特に空中搬送の場合に問題となっていた滞留時間が短く制限されるという課題も解決される。
搬送したい液滴の数が多くなった場合でも、液滴保持部の個数を増やすだけ、という単純な方法で対応でき、構造が簡易であるので、作成・操作も簡単で、コストも高くなることはない。搬送したい液滴の個数の変化にも使用する液滴保持部の個数を変化させるだけでよい。また、この構成をとることで、約20マイクロリットル以上の液滴を操作することは容易に可能である。また1ナノリットルという微小な液滴を操作することも可能である。
混合に関しては、液滴保持部を上下や左右に動かすことにより液滴形状の変化が起こり、液的内部に液体流動を起こすことができるため、容易に内部攪拌を行うことができる。また、この液体保持部分に保持された液滴に対して、他の線材を挿入して攪拌し混合することもできるし、振動子のようなもので振動を加える方法も有効である。
液体の合流に関しては、液体保持部に保持された液滴を接触させることで、合流させることが容易に可能である。混合に関してもこの合流の際の液の流れにより自動的に実現される。液滴に大小がある場合には、小さい液滴の方がラプラスの法則より内部圧力が高いため、小さい液滴が大きな液滴に吸い取られる、という合流様式が再現よく実現できる。但し、上下方向への合流や以下に記述する液滴保持部分が環状でない場合なども含めて、大きな液滴を小さな液滴に移すことも容易に可能である。
上述の液滴保持部分の線材の形状を外部から変化させて液滴の保持力を低下させ、液体保持部から液滴を外す、つまり所定の位置に落下させることもできる。もちろん、液滴そのものを移動させる場所に接触させることによっても液滴を移動することができる。
もう一つの簡単な液滴保持部の形状は、らせん状である。らせんのピッチが密な部位には液体は保持され、ある程度以上ピッチが広い場合には、液体は保持されない。この構成の利点は、単純な環状の場合には難しい、液体の掬い取りが簡単であることである。また液量が多い場合にも対応が可能である。らせん状の液滴保持部分を溶液溜めにつけて、再度引き上げることにより、所定の液量を掬い取ることができる。らせん状の液体保持部に保持された液体は、このらせんのピッチを広げることによって、その一部もしくは全部を所定の位置に滴下させることができる。らせん状の線材の先端を他の部材で引っ張る、もしくは形状記憶合金で作成したらせん状の線材に、らせんを解消するような温度の変化を与える、という手段が考えられる。
ここでは、環状もしくはらせん状の線材による液滴の搬送についてのみ記述したが、液滴保持部の形状はこれに限定されるものではない。液滴保持部の形状は液滴のサイズ、種類、あるいは液滴反応の目的によって適宜変更することが可能である。ピペット等を使って液滴を保持し滴下させる場合に比べて、ピストン等の余分な部品が不要になるという利点もあり、例えば多数の液滴操作が容易に行える利点がある。
以上の構成により、添付、合流、混合、攪拌、長時間の保持、容易なスケールアップが可能であることから、微量液滴の生成や微量液滴を利用した化学反応に適用することができる。またそれ以外にも、液滴を利用した化学分析、生化学分析、血液自動分析の分野に適用することができる。例えば、吸光測定の分光セル部分に、この方法を利用することができる。
本発明により安価で簡便な液滴の搬送が可能となる。また液滴の攪拌、合流、混合、滴下も容易に行うことができる。これにより、化学分析、生化学分析、血液自動分析の分野でも液滴をハンドリングする安価簡便な構成を実現できる。コンタミネーションの問題があるアプリケーションにおいても、液滴に接触する部位を使い捨てることによってコンタミネーションの問題を回避できる。検査等に応用した場合には検査のコストを抑えることができる。さらに、液滴サイズや液滴数の変化に対しても容易に対応可能でき、大量の均一な微小液滴を作成することもできる。分光セルに使用する場合には微小な液量での光路長を稼いだ測定が可能となり、測定後にはサンプルを回収することもできる。
以下、本発明の実施例について図面を参照し説明する。図1は液滴搬送手段の実施例の模式図である。環状の液滴保持部分101に移動用の持ち手(移動手段)103が付いており、これらは線材で構成されている。この環状の液滴保持部分101に液滴102が保持されている。液滴102は環状の液滴保持部分101に対し、巨視的には内接しており、液体の表面張力で重力に対抗し、形状を保持している。液滴は表面張力によりほぼ球形となり、環状の液滴保持部分に対して、ぶら下がる形状で保持されている。例えば、直径100ミクロンのステンレス線材で直径(内接径)2.7ミリ程度の環状保持部を作成し、水を保持させると、約50マイクロリットルの水の液滴が保持できる。また0.5mm径のはんだの線材を用いて直径3.2ミリの液滴保持部を作成すると約75マイクロリットルの液滴が保持できる。このように環状部分の直径と線材の径および表面物性を制御することで水の保持量を変化させることができ、10ナノリットルから数百マイクロリットル程度の液滴を保持することが可能である。
液滴の保持量については次のように概算できる。液滴は環状の液滴保持部に内接して保持されている。この液体保持部分101の形状および大きさを変化させずに保持させる液滴102の液量を多くしていくと、環状の液滴保持部分の下で球形を保ち最後に保持部の下部からほんの少しくびれるような形となり、それ以上は落下してしまう。この実施例での持ち手103は環状の液滴保持部分101よりも上部に位置するため、液滴の形成を妨げることはない。安定に保持できるのは液滴保持部に内接する直径(内接径)の円周に働く表面張力が液滴全体の重さを保持できるときに限られる。その限界の液滴を体積Vで直径Dの球で近似し、内接径をd、表面張力をγ、液の密度をρ、重力加速度をgとすると、つりあいの式は、2πd×γ=V×ρ×g=(π/6)×D3×ρ×gと表せる。この式に先ほどの実験の内接径dとして2.7mmと3.2mmを代入し、水の物性値を併せて代入すると体積Vはそれぞれ、63および75マイクロリットルと概算される。線材の直径の細い前者の場合には安定性の問題からか実験値より少し小さめの値がでるが、線材の太い後者に関してはぴったり計算どおりとなっている。Dとdが同じになるところがこの保持方法の限界でこれはd=D=6.7mmである。10ミクロン程度からこの6.7mmの範囲で環状の液滴保持部の内径をコントロールすることは十分可能であり、このときの液の保持量は23ナノリットルから156マイクロリットルと計算される。これは保持できなくなるギリギリの保持量を計算しているので、実際にはこのサイズの径を持った液滴保持部でもさらに小さな液滴量を保持することは可能である。また上限に関していえば、深遠から外れた楕円形にすることによっても保持量を増やすことができる。つまりこの方法では10ナノリットルからサブミリリットルの範囲で液滴を保持して搬送できる。例えば直径1ミリメートルの環状保持部の場合、20マイクロリットル前後の液滴の保持および搬送が可能である。
液滴保持部101 に付属した移動用の持ち手103を持って3次元的に動かすことで、液体保持部101に保持された液滴102を自由に搬送することができる。3次元的に動かす手段としてはさまざな形態が考えられる。機械的なアームで掴んで操作する方法やxyzステージを利用する方法などが考えられる。液滴を搬送するスピードをコントロールし、移動による液滴の落下がないようにすれば、安定な液滴の搬送を3次元的に行うことができる。模式図で液体保持部は水平の向きを取っているが必ずしも水平である必要はなく、傾いていても液滴の保持および搬送は可能である。
図2は液滴の攪拌の模式図である。図1で説明した持ち手103を掴み上下に動かすことで図2(a)(b)の状態が繰り返し、液滴内部の液体の流れが起こり、液滴内部を攪拌することができる。環状の液滴保持部分102による液滴101の保持の力は大きく、上下に軽く動かしても液滴102が外れて落下することはない。この方法での攪拌は液滴がある程度以上大きい場合、例えば10マイクロリットル以上の場合に顕著に有効である。逆にこれより小さい場合には分子拡散の効果が十分にあるので、攪拌そのものが必要ないことが多い。ここでは上下の動きのみを示したが、横方向や回転運動などにも同様の攪拌効果がある。
図3は液滴の攪拌を異なる方法で行った模式図である。 図3(a)は攪拌棒を用いた場合の模式図である。環状の液滴保持部分101を貫通できる攪拌棒104の先端を液滴102の内部に挿入し、攪拌棒104に接続した攪拌モーター105を用いて機械的に混ぜ合わせて攪拌を実施している。また図3(b)は振動を利用する場合の模式図である。持ち手103に偏芯モータ106で振動を与えることで、この振動が液体保持部101を介して液滴102に伝わり攪拌される。この例では攪拌する手段と振動を与える手段としてモータを利用しているが必ずしもそれに限定されない。
図4は液滴を液滴保持部に載せる一つの方法の模式図である。まず図4(a)で示す通り、持ち手103を介して液滴保持部101を保持させたい液体の入った容器110につける。次に図4(b)で示す通り、持ち手103を介して液滴保持部101を引き上げる。このとき液滴保持部101に球形の液滴が生成することはないが、液膜111が生成する。最後に図4(d)に示す通り、液体供給手段113(たとえばピペットなど)で溶液を液膜111に加えていくと液滴112が液体保持部101の下側に重心を持ち、主に下側に凸となるような形式で保持される。液滴の上側も凸な形状である。液膜111への液体供給手段113からの溶液の加え方については特に注意を払うことはなく安定に動作する。少々の高さから液滴を滴下する形式でも可能であるし、また液体供給手段113の先端を液膜111へ接触させてから液を押し出すという形式でも可能である。液滴を液滴保持部に載せる方法に関してはこれに限定されるものではなく、例えば、液体供給手段から液滴を液滴保持部に直接載せることも可能である。これは載せる液滴のサイズが環状の液滴保持部に対して同等もしくは大きい場合に可能である。また、持ち手103と液滴保持部101のつなぎ目に液滴がのり、それを核にして液体供給手段から液体を加えることで液滴生成ができる場合もある。これらの液滴を液滴保持部に載せる方法は、例えば、特許文献2に記載の流体ドットを表面上にデポジットする装置構成の一部であるピンの先端に液を付与する場合等には適用できにくく、本発明の形状を採用することにおけるメリットの一つである。また、保持した液滴を破棄したい場合にはガス供給手段を用いて等して空気等の気体を液滴に吹き付けて吹き飛ばすこともできる。これにより液滴保持部は複数回の利用が可能である。
図5は液滴の混合を示す模式図である。この実施例では環状の液滴保持部の径が異なる複数の液滴搬送手段を用いて、大小2つの液滴を混合する例を示している。図5(a)では混合前の二つの液滴の状態を示している。左側の大きな液滴202は環状の液滴保持部201に保持されており、持ち手203を介して搬送が可能な状態である。同様に右側の小さな液滴212は環状の液滴保持部211に保持されており、持ち手213を介して搬送が可能な状態である。ここで、環状の液滴保持部201は環状の液滴保持部211よりも径が大きくなっている。図5(b)はこれら2つの液滴を近づけて、液滴同士がくっついた状態を示している。この混合された液滴220は2つの環状保持部201と211の双方にぶら下がる形で保持されている。図5(c)は図5(b)の状態から持ち手203と213を引き離すことによって、混合された液滴221を片側の環状の液滴保持部201に移した図である。小さな環状の液滴保持部211にはほとんど液体は残っておらず、液膜222として残るのみである。液膜222は必ずしも残るとは限らず、引き離す角度や相対速度によって液膜222を生成させずに液滴221を完全に移動させることも可能である。また引き離しの際に液膜222に別途とがったピンを突き刺し膜を破裂させ、液滴221を完全に移す方法もある。このようにして、2つの液滴を混合し、片側の液滴保持部に移すことができる。ラプラス圧の効果により曲率が小さい液滴の方が内部圧力が高いため、この実施例のように横方向から液滴を合流させた場合には、小さい液滴が大きな液滴に吸い取られるような様式で液滴同士の合流が起こる。但し、上下方向への合流や以下に記述する液滴保持部分が環状でない場合なども含めて、大きな液滴を小さな液滴に移すことも容易に可能である。
図6は液滴搬送手段の第2の実施例を表す模式図である。これまでの実施例とは異なり、液体保持部が環状ではなくらせん状の構造を持つ。らせん状の液滴保持部301に移動用の持ち手303が付いており、これらは線材で構成されている。このらせん状の液滴保持部分301に液滴302が保持されている。液滴302は環状の液滴保持部分301に対し、巨視的には内接しており、液体の表面張力で重力に対抗し、形状を保持している。液滴はほぼらせん状で形作られる形状をとり、保持部に対して巨視的には内接する。環状の液体保持部に液滴をぶら下げる場合と異なり、らせん状の液滴保持部301の全長に液滴を保持した場合にはほぼ一定量の液量が保持される。液滴の液量Vはらせん状の液滴保持部の内体積にほぼ一致する。らせんの巻き数をn、直径をd、線材の間隔をp、とするとVは実質的にV=πd2/4×p×nと表現できる。これらの変数を変化して、任意の体積を持つ液滴を保持する液滴保持部を設計できる。これまでの実施例で説明した環状の液滴保持部と同等もしくはそれ以上の液量を保持することが可能である。らせん状の液滴保持部301の下部に位置した突出部304は液滴の搬送に必須の構成ではないが、この後説明する、液滴のリリース時に有効な構成である。移動用の持ち手303は、これを持って3次元的に動かすことで、液滴保持部301に保持された液滴302を自由に搬送することができる。これは実施例1に記載された事項と同様である。搬送時の安定性に関しては、こちらのらせん状の保持部の方が高く、より安定な液滴搬送が行える。
図7は本発明の第2の実施例における液滴の保持、搬送および滴下の一連の様子を表す模式図である。図7(a)に液滴が保持されていない状態とこれから搬送される溶液が入った容器310を示す。図7(b)に液滴保持部301を容器310内部の溶液につけた状態を示す。搬送用の持ち手303を用いて液滴保持部301を容器310につけると、液滴保持部301の内部に溶液が入り込む。この模式図ではらせん状の液滴保持部301全体が溶液に沈んでいるが、漬ける高さを制御してらせん状の液滴保持部301の一部のみを溶液につけることにより、希望の液量を持った液滴を液滴保持部301に保持することもできる。これを引き上げた状態を図7(c)に示す。引き上げることにより、らせん状の液滴保持部301の内部に液滴302が保持され、それ以外の部分には保持されないようになる。図7(d)に液滴の搬送の様子を示す。持ち手303を介して移動させることで液滴302を希望の場所に搬送することができる。図7(e)は液滴302を移動先であるマイクロプレートのウェル311に移動した模式図である。この場合には突起312がマイクロプレートのウェル311の下部より突き出る構造をとった模式図となっている。以降、滴保持部301を下げて液滴302をマイクロプレートのウェル311に滴下する。図7(f)は液滴302の下部に位置した突起部304をマイクロプレートのウェル311にある突起部312に引っ掛けた模式図である。図7(g)は突起部304と312を引っ掛けたまま持ち手303を上に引き上げて液滴302をマイクロプレートのウェル311に滴下した模式図である。らせん状の液滴保持部301が引き伸ばされることにより、らせんのピッチが広がり、液体の表面張力の力で保持されていた液滴302が重力で下に落ち、マイクロプレートのウェル311の中に移動して、マイクロプレート内の液体313となった。図7(h)は突起部304と312の引っかかりを外し、らせん状の液滴保持部301が元に戻った状態である。図7(a)から(h)までの各手順を踏むことで、容器から液滴を取り出し、所定のところに移すことができる。ここではらせん状の液滴保持部を引き伸ばすのに突起部による引っかけを利用したが、本発明はこの方法に限定されるものではない。先端部をピンセット状のものでつまんで引っ張るといった単純な手段でも液滴の滴下を実現することができるし、次の実施例のように形状記憶合金を使う方法も有効である。
図8は本発明の第3の実施例である液滴の滴下方法を示す模式図である。図8(a)に滴下の直前の模式図を示す。形状記憶合金でできたらせん状の液滴保持部401に液滴402が保持されている。液滴保持部への液滴の導入については第2の実施例を同様に行ってもよいし、第1の実施例のように液体供給手段で液を載せる方法をとってもよい。コントローラ405に接続されたヒーター404が持ち手403についており、液滴保持部402の温度のコントロールを行う。図8(a)の状態でヒーター404をオンにするようにコントローラー405を操作すると、図8(b)のようにらせん状の液滴保持部402が伸びて線状の線材407になる。線状の線材407では液滴402は保持されないため試験管406の底に液体408が滴下される。このためには線状の記憶を持つ形状記憶合金をらせん状に撒いておけばよく、また溶液の加熱による蒸発や変性等の問題を小さくするため、例えば30度から40度程度の記憶温度をもつ形状記憶合金を使えばよい。この実施例の模式図ではらせんが完全に延びきって線状になっているが、これは必ずしも必要ない。らせん状から線状へと形態を変化させる際に、液滴402がはねてしまい他の場所を汚染する可能性を小さくするため、ここでは背の高い試験管406の内部に入れてから加熱を行っているが、らせん状に巻く際に線材の向きに注意してまくことでこの問題を小さくすることができる。また、液滴の滴下前にらせん状の液滴保持部401に他の線材を差し込んで置き、滴下の際にはこの線材を伝わって液滴がきちんと所定の場所へ滴下する、という方法も有効である。この形状記憶合金を使う方法では、先ほどの引っかけを利用する方法と異なり、プレート側に突起を設置する必要もなく、またペンチで引っ張る等の手段を用いる際のペンチのコンタミネーションの問題も少ないという利点がある。
図9は本発明の第4の実施例である光学計測装置の模式図を示す。この実施例はらせん状の液滴保持部を分光セルとしても活用した例である。ここでは吸光光度計に適用した例を示すが、対象となる分析装置はこれに限定されない。図9(a)は本発明の第4の実施例である吸光光度計の主要な部分の模式図を示す。ランプ501から出た光はミラー502により対象となる液滴状の溶液504を保持するらせん状の液滴保持部503の内部を通過する。液滴保持部503の長さが吸光計測の光路長Lを規定しており、それを調節するための支持台505は相互に距離を変化させ、また回転することができる。吸光測定そのものについてはこの支持台505は必須ではないが、微小体積での吸光計測における操作要件として重要である。液滴状の溶液504を通過した光は回折格子506で波長分散された後、データ処理装置508に接続された光電子増倍管507で受光される。この構成によって溶液の吸光度を測定することができる。吸光光度計では通常、石英もしくはプラスティック製で上部が開口のセルに溶液を入れて計測するため、吸光部の光路が水平方向と実質的平行であることが多い。この構成でも光路は水平方向と実質的平行で結果として液滴保持部のらせん軸が水平方向と実質的な向きにセットされているが、液滴504はこのような状態においても安定に保持される。
この方法によると、従来難しかった微量液体の吸光計測を容易に行うことができる。また測定した溶液の回収や分光セルの使い捨ても行うことが可能となる。例えば、1マイクロリットルの液量で吸光分析を行う場合を考える。らせんの内部直径をd、らせんの長さをL(光路長と同じ)、巻き数をn、らせんを構成する線材の長さをlとする。ステンレスの125ミクロンの線材を内部直径1mmとなるように線材と線材がぴったり隣り合うように10回巻いたらせんを考えると、L=125ミクロン×n(=10)=1.25mm、V=(πd2/4 )×L=(3.14×1[mm]2/4)×1.25[mm]=0.98[mm3]となり、内部体積はほぼ1マイクロリットルとなる。例えば溶液の回収が重要となる、核酸やタンパク質の吸光度計測について考えると、水溶液を想定すればよく、親水性の金属線材を使えばうまく保持できる。もちろん樹脂製の線材でも表面改質を行うことで可能であるし、この場合線材が密着しているので実質上は問題とならない。線材の長さlはほぼl=πdn=3.14×1mm×10=31.4 mmになる。このように非常に短い線材しか必要しないので、安価な分光セルとして使い捨てが可能となり、コンタミネーションの心配のない吸光計測が可能である。もし測定対象分子の溶液中の濃度が十分であれば光路長1.25mmで十分吸光度を測定できるが、濃度が薄い場合には光路長を伸ばす必要がある。その場合には、前記支持台505を操作し、光路長を1.25mmから5mmへ伸ばすことが可能である。内部体積を変化させないようにらせんの径を維持するためには、これも前記支持台505を利用して、巻き数nを10から20にすればよいことが計算からわかる。このときらせんの径は約500ミクロンであり、線材と線材の間隔は約250ミクロンである。測定する溶液は測定時間中十分に安定に保持される。もっと細い線材を使用し、小さな径のらせんを形成すれば、もっと微量用液量での吸光計測も可能である。液滴表面のメニスカスにより光路長はらせん状の液滴保持部の長さよりほんの少し短くなるが、一般的な吸光計測の場合この光路長の誤差は問題とならない。液滴の組成に対して予めそのへこみ量を考慮した設計を行い、正確な光路長を確保することも可能である。また図9(b)のように、らせん状の液滴保持部の両側にガラス等の実質的に透明な部材509を置き、その部材との間にも液橋を形成させることによって正確な光路長を確保することも可能である。平坦な部材を置く方法も有効であるし、その代わりにレンズの効果を持つ部材を置き、外部からの光が集光されて液滴内部を効率よく正確に透過するようにする方法も有効である。
図10は本発明の第4の実施例の液滴回収方法に関する模式図である。液滴保持部503に保持された液滴504に対して、容器511から出た突起部512をらせん状の液滴保持部503の実質的中央もしくは中央の近傍部分に引っ掛ける。突起部512を引っ張ることによりらせん状の液滴保持部503が変形し、液滴504が容器511の内部に落ちて、溶液513として回収できる。このように変形の向きはらせんの軸の方向である必要はない。突起部512は液体が伝わり易いよう、例えば線状であり角度も鉛直からそれほどおおきく外れないことが望ましい。この回収方法を分光光度計の装置内部に組み込むこともできるし、液滴保持部を装置外に取り出して、手で操作することもできる。この液体保持部を分光セルとして利用することで吸光計測後の溶液の回収を簡単に行うことができる。石英のセル等を使う現状の吸光計測の場合には、細い液体供給手段等で溶液を回収しているが、接触する表面積も大きく、セル内部の角(へこみ)等に液が残るため、全部回収することは難しい。本発明によるとほぼ全量回収することができるという利点がある。
図11は本発明の第5の実施例である液滴の複数生成方法に関する模式図である。図11(a)に示す、複数のらせん状の液滴保持部601とそれらを接続する移動手段とからなる液滴生成用部材602を、図11(b)のように持ち手606を用いて、液滴にしたい溶液を含む容器603につける。液滴保持部601の連結は例えば2個から1万個程度でも可能である。液滴生成部材全体は曲げることができ、全体を小さな容器603に入れ込むことができる。容器603につけた液滴生成用部材602を引き上げるとそれぞれの液滴保持部601に液滴が保持される。液滴生成用部材の両端の少なくとも一方を引いて液滴保持部を変形させる変形手段607を用いて、図11(c)に示す通り、この液滴生成用部材の両端を引っ張ることにより、複数の液滴604が基板605の上に一挙に生成される。元の液滴保持部601は単純な構造であり、均一安価に作ることができるため、例えば均一な粒子を生産する最初のステップとして利用することができる。
図12は本発明の第6の実施例における液滴の保持、搬送および滴下・混合の一連の操作を複数同時に実行することが可能なシステムの構成例である。本実施例では図12に示すように、マイクロプレート701上に複数のウエル702があるとき、ウエル702の中の溶液703を他のウエル702に移動させることができ、かつ複数の液滴保持部401を同時に用いてウエル702間の溶液の移動を同時に実行できるシステムの例を示す。この例では、溶液はマイクロプレート701の外部の溶液の入った容器からマイクロプレート701上のウエル702への移動やその逆については記述しないが、同様の構成で実行できることは明らかである。
この実施例では第3の実施例に記した形状記憶合金で作製したらせん状の液滴保持部401を用いて容器間で溶液を移動させる。そのため、この液滴保持部401をマイクロプレート上で移動させるための機構を設けた。図12に示すように液滴保持部401は持ち手403を介して駆動部706および707に接続されている。この駆動部706および707は駆動部保持基板704上を溝705に沿って移動可能である。溝705は駆動部保持基板704を貫通しており、駆動部706または707が基板704上を移動したときに、液滴保持部401が駆動部の直下に位置したまま移動できる構成となっている。駆動部706または707は基板上で移動するための球状の車輪709を持ち、xおよびy方向のいずれにも移動可能である。本実施例においては車輪を用いた移動方法を記したが、駆動部保持基板に磁石や電極を配置して磁力や電気力による駆動部移動を行ってもよい。また、駆動部706、707中には液滴保持部401をz方向に移動させるための車輪708を設けている。車輪708を回転することによって持ち手403がz方向、上下に移動する。また、ヒーター404はらせん状液滴保持部のピッチを変え、望ましくは線上の形状にすることによって保持していた液滴をウエル702中に滴下するために設けた。ヒーター404はらせん状液滴保持部401の温度を制御するためのものであるから、温度の上下が可能なペルチェ素子等を用いてもよい。
次に液滴の移動の方法について記す。まず、溶液のある容器上に駆動部707を移動させ、ヒーターのスイッチを切った状態すなわち、らせん状液滴保持部401のピッチが広がっていない状態で車輪708を駆動して保持部401を容器の底まで下ろす。らせん状液滴保持部の表面と溶液が十分接触するよう、液滴保持部401が容器の底まで降ろすと液滴保持部の内部に液が移動する。その後車輪708を駆動してマイクロプレート701から液滴保持部401を上げ、駆動部707を球状車輪709で目的のウエル直上に移動させる。xy方向の移動終了後、再び、液滴保持部401を下方に移動させ、次にヒーターを用いて形状記憶合金で作製されたらせん状液滴保持部401のピッチを広げ、保持していた液滴をウエル702に滴下する。なお、駆動部706はxy方向に移動中の駆動部を、707は液滴採取を終了直後の駆動部の様子を示した。また、液滴滴下をすでに溶液が存在する容器上で行うことによって溶液の混合が実行できる。
次に液滴操作の制御について記す。本実施例では複数の駆動部(液滴保持部)をコントローラ710で制御しており、同時に複数の液滴操作すなわち、溶液の移動、混合が実行できる。この駆動部(液滴保持部)数については原理上上限がないので、本実施例では複雑な溶液操作が、容易かつ並列に実行できる。図12中で駆動信号線712は液滴保持部のxyz方向の移動のための信号をコントローラから駆動部706または707に送信し、温度制御線711はヒーターへの電流を供給している。ここでは信号線は被覆付金属配線等を用いてもよいが、無線による信号の送信、電力の送電を実施してもよいことは言うまでもない。また、駆動部保持部を安定させるために保持基板704を二枚にしてその間に駆動部を挟んで移動させても良い。さらに、マイクロプレート701は複数あってよく、取り外しも自由である。また液滴保持部も取り外し、洗浄・交換することも容易である。
図13は本発明の第6の実施例の血液の生化学分析計の主要な部分に関する模式図である。図13(a)は装置構成の模式図である。中心には後述するサンプル保持手段として機能するサンプル反応治具を多数吊り下げて各パートを循環するサンプル循環装置801があり、その廻りに各パートを担当する装置が配置されている。検体である血液はサンプル格納部として機能するサンプル管理装置802でサンプルトレイ上の試験管に保持されている。検査項目数分のサンプル反応冶具に、それぞれの検査に応じた液量を各検体から採取されて保持される。サンプル反応冶具はサンプル循環装置801により循環され、試薬供給手段として機能する試薬管理装置803でそれぞれの検査項目に応じた試薬を加えられた後、検出部804で反応結果を測定される。測定後のサンプル反応冶具は廃液破棄装置805で廃液を破棄したのち、反応冶具洗浄装置806で洗浄され、また次の血液サンプルの測定に用いられる。
図13(b)はサンプル循環装置801の一部を拡大したものである。サンプル循環装置801はサンプル反応冶具811をぶら下げて循環する装置である。サンプル反応冶具811は上記の実施例で説明した、液滴保持部とその周辺からなる冶具であり、液体を保持することができる。ここではらせん状の液滴保持部と滴下用の突起物をもつサンプル反応冶具811を示している。サンプル反応冶具811は反応冶具固定部812、レール固定冶具814を介して循環用レール815にぶら下がっており、循環レール815にそって移動する。反応冶具固定部812とレール固定冶具814の間とは昇降綱813で接続されており、この部分を延ばすことによってサンプル反応冶具811を上下方向に操作することができる。
図13(c)はサンプル管理装置802の一部分を拡大した模式図である。サンプルトレイ821上に多数の血液入りの試験管822が保持されている。サンプルトレイ821はサンプル反応冶具811に対して動作し、目的の検体が入った試験管をサンプル反応冶具811の真下に配置する。サンプル循環装置801によりサンプル反応冶具811を上下することで、サンプル反応冶具811に所定の血液を所定量保持することができる。ここでは、サンプル反応冶具811を試験管に付ける際に、そのつける高さをコントロールすることで液滴保持部の一部のみに血液を保持した。ここでは一つの試験管、一つのサンプル反応冶具のみを例示しているか、実際には多数の試験管から、それぞれの検査項目数に応じた数のサンプル反応冶具へ、所定の血液を保持させることになる。保持された血液823はサンプル循環装置801によって順に試薬管理装置803へ搬送される。
図13(d)(e)は試薬管理部803で血液823へ試薬827を加える様子を示した模式図である。試薬保持冶具826への試薬827の保持は、図5に示した構造を装置化して行えばよい。試薬827を保持した試薬保持冶具826を操作し、サンプル循環装置801で試薬管理部803へ搬送されてきた血液823を保持したサンプル反応冶具811へ近づけて、液体同士を接触させ、その後試薬保持時具826を離すことで試薬827をサンプル反応字具811に移し、血液823と混合することができる。混合した血液と試薬の混合溶液828中では検査項目に応じた化学反応が進行し、次の検査部804で検査される。ここでは一種の試薬一つのサンプル反応冶具に対してのみ記述しているが、実際には項目数に応じて試薬を混合し、反応を進行させる。
図13(f)は検査部の模式図を示したものである。ここでは吸光計測を念頭に置いて記述を行っているが、計測の方法はそれに限らず、光の計測として蛍光や発光法、散乱などがある。光源831を出た光は光路835に沿ってミラー832、833で反射された後、光電子増倍管834で受光される。途中サンプル反応冶具811に保持された、反応後の血液と試薬の混合溶液828を通過し目的検査対象項目に応じた波長で吸収が起こるので、光電子増倍管834の出力により検査を行うことができる。検査後の溶液は廃液破棄装置805に送られる。図13(g)に廃液破棄装置805の模式図を示す。廃棄容器841に出た突起842にサンプル反応冶具811の先端を引っ掛け上下させることで廃液843が廃棄容器841の中に落ちる仕組みである。サンプル反応冶具811はサンプル循環装置801により反応冶具洗浄装置806に送られる。図13(h)は反応冶具洗浄装置806での洗浄の模式図である。洗浄槽846中でサンプル反応冶具811が洗浄される。例えば超音波などを照射して洗浄の効果を上げることもできる。洗浄したサンプル反応冶具811はまた次の検査に利用される。コンタミネーションが非常に問題となる場合には、サンプル反応冶具を洗浄せずに新しいサンプル反応冶具に交換するような装置を置くこともできる。
図13(a)から(h)に示したように、本液体搬送手段は血液自動分析計に適用可能である。安価で構成が簡単なサンプル反応冶具811を多数使うという方法により、構成が簡単であり、安価な血液自動分析が可能となる。各検査項目で反応時間/反応温度が異なる場合にも、サンプル循環装置にループおよび恒温槽を作ることで容易に対応できる。
以上の実施例において、液滴保持部には環状およびらせん状の液滴保持部を例にとり説明してきたが、本発明はこの二つの形状に限定されるものではなく、液滴の保持が可能な類似の構造にも適用される。このうちには二つ以上の部品を組み合わせて液滴を保持する空間を形成しているものも含まれる。また、液滴が小さくなると蒸発の速度が高くなるため、必要ならば蒸発防止の密閉チャンバーもしくは加湿チャンバーを装置全体、もしくは液滴保持部の周辺に設置することも有効である。