本発明は、例えば自動車部品等のように、高周波焼入等の焼入が施された鋼材の部品(焼入部品)について、その焼入パターン(焼入硬化層)を、渦電流を用いて検査する方法に関する。そして、本発明は、検査対象部品である焼入部品について、焼入パターン切れ(焼入硬化層が途切れたり局所的に極端に浅くなったりする部分)等を有しない良品と、焼入パターン切れを有する焼入パターン切れ品を含む不良品(NG品)とを判別し、焼入部品の品質を保証するためのものである。そこでまず、発明の実施の形態の説明に先立ち、本発明に関係する渦流計測の原理について説明する。
図1に、焼入が施された鋼材(S45C等)である焼入部材の深さ(表面からの距離)方向の層状態、硬さ及び透磁率の関係を示す。図1に示すように、焼入部材においては、その概略的な組織構成として、表面側から、焼入が施された部分である硬化層1と、母材の部分である母層2とが、境界層3を介して形成される。硬さ変化曲線4を参照すると、硬化層1と母層2とは異なる硬さとなり、硬化層1の硬さが母層2のそれよりも大きくなる。境界層3においては、硬さは硬化層1から母層2にかけて漸減する。硬さの具体例としては、ビッカース硬さ(Hv)で、硬化層1ではHv=600〜700、母層2ではHv=300程度の硬さを示す。
一方、透磁率変化曲線5を参照すると、焼入部材の表面からの距離に対する透磁率の変化は、焼入部材の表面からの距離に対する硬さの変化に対して略逆比例の関係となる。つまり、透磁率については、硬化層1の透磁率が母層2のそれよりも大きくなるとともに、境界層3においては硬化層1から母層2にかけて漸増する。本発明に関係する渦流計測においては、このような焼入部材における、表面からの距離に対する硬さと透磁率との関係を利用する。
図2に、本発明に関係する渦流計測を行うための装置構成についての模式図を示す。図2に示すように、渦流計測においては、計測対象であるワーク(磁性体)6の計測部位6aに対し、中心軸を共通にして隣接配置される励磁コイル7と検出コイル8とが所定の位置にセットされる。このような構成において、励磁コイル7に電流が供給されると、励磁コイル7の周囲に磁界が発生する。すると、電磁誘導によって磁性体であるワーク6の計測部位6aの表面近傍に渦電流が発生する(矢印C1参照)。計測部位6aの表面における渦電流発生にともない、検出コイル8を磁束が貫通する。そして、検出コイル8によって計測部位6aの表面における渦電流発生にともなう誘起電圧が計測される。
励磁コイル7は、その両端(両端子)が、交流電源9に接続される。交流電源9は、励磁コイル7に対して所定の交流励磁信号(励磁用交流電圧信号)V1を印加する。検出コイル8は、その両端(両端子)が、計測装置10に接続される。計測装置10は、励磁コイル7に交流電源9からの交流励磁信号V1が印加されたときの検出コイル8から得られる検出信号(前記誘起電圧についての電圧信号)V2の大きさと、検出信号V2の交流励磁信号V1に対する位相差(位相遅れ)Φ(図3参照)とを検出する。ここで、計測装置10には、位相差Φを検出するため、交流励磁信号V1(波形)が与えられる。なお、図3は、渦流計測における交流励磁信号V1と検出信号V2との関係を示している。
検出コイル8によって検出される検出信号V2は、計測部位6a(ワーク6)の透磁率を反映する。つまり、計測部位6aの透磁率が高くなると、前述のような渦電流発生にともなう磁束が増して検出信号V2が大きくなり、逆に計測部位6aの透磁率が低くなると、渦電流発生にともなう磁束が減って検出信号V2が小さくなる。この渦電流に基づく検出信号V2が定量化(数値化)されるため、図3に示すように、検出信号V2の大きさの値である振幅値Yと、検出信号V2の交流励磁信号V1に対する位相差Φに起因する値である値X(=YcosΦ)とが着目され、次のような知見が得られている。
まず、検出信号V2の振幅値Yは、焼入表面硬さ(焼入された部分の硬さ)との間に相関を有するということがある。すなわち、図1における硬さ変化曲線4と透磁率変化曲線5との比較からわかるように、焼入表面硬さが低いときには透磁率は高いという関係がある。透磁率が高いと、交流励磁信号V1が励磁コイル7に印加されたときに生じる磁束は増し、計測部位6aの表面に誘導される渦電流も増大する。これにともない、検出コイル8によって検出される検出信号V2の振幅値Yも増大する。したがって、逆に、検出コイル8によって検出される検出信号V2の振幅値Yから、渦電流が発生している計測部位6aを貫く磁束、つまり透磁率が導かれる。これにより、図1に示す硬さ変化曲線4と透磁率変化曲線5との関係から焼入表面硬さがわかる。
次に、検出信号V2の交流励磁信号V1に対する位相差Φに起因する値Xは、焼入深さ(焼入硬化層の深さ)との間に相関を有するということがある。すなわち、焼入深さが深くなること、つまり焼入部材において焼入された硬化層1が増大することは、透磁率の低い範囲が深さ方向に増すこととなり、交流励磁信号V1に対して検出信号V2の位相遅れが増すこととなる。これにより、位相差Φに起因する値の大小から、焼入深さの深浅がわかる。
以上の渦流計測の原理を踏まえたうえで、本発明の実施の形態を説明する。図4及び図5に示すように、本実施形態に係る焼入パターン検査方法は、渦流センサとしての渦流貫通コイル13を用い、検査対象部品としてのワーク50についての焼入パターンの良否を判定するものである。渦流貫通コイル13は、ワーク50に対して所定の交流励磁信号V1を印加するための励磁コイル11と、交流励磁信号V1が印加されたワーク50から渦電流による検出信号V2を検出するための検出コイル12とを有する。
本実施形態において、ワーク50は、高周波焼入が施された鋼材(S45C等)である。図4に示すように、本実施形態に係るワーク50は、全体として軸状の部材であり、軸状の部分である軸部50bと、この軸部50bに対して拡径された部分であって筒状に形成され他の部材が連結等される継手部50cとを有する。ワーク50においては、軸部50bの略全体を含む部分に高周波焼入が施される。
渦流貫通コイル13は、ワーク50についての、焼入表面硬さと相関する検出信号V2の振幅値Y(第二の値、以下単に「Y値」ともいう。)、及び焼入深さと相関する位相差Φ(図3参照)に起因する値X(第一の値、以下単に「X値」ともいう。)を計測するためのセンサである。渦流貫通コイル13は、励磁コイル11及び検出コイル12を、中心軸を共通にして配置した状態で、合成樹脂等により構成されるケース14内に収容する。本実施形態では、励磁コイル11は、検出コイル12の外側に配されている(図4参照)。ケース14は、矩形の厚板形状の外形を有するとともにワーク50を挿通させるための貫通孔14aを有する(図5参照)。つまり、励磁コイル11及び検出コイル12は、各コイル中空部を貫通孔14aに位置合わせした状態でケース14内に収納される。
このような構成の渦流貫通コイル13が、ケース14の貫通孔14aに軸状の部材であるワーク50を挿通させた状態で、ワーク50に対して、ワーク50の軸方向(図4における左右方向)に相対的に移動可能に設けられる。そして、渦流貫通コイル13が、励磁コイル11及び検出コイル12がワーク50において所望される検査部位50aに対して所定の位置となるようにセットされた状態で、ワーク50の表面に形成される焼入パターンの検査が行われる。
すなわち、励磁コイル11に所定の交流励磁信号V1が印加されることにより、ワーク50の検査部位50aに渦電流が発生し、それにともなう誘起電圧についての電圧信号が、検出コイル12によって検出信号V2として検出される。そして、検査部位50aについての焼入表面硬さと相関するY値(振幅値Y)と、同じく検査部位50aについての焼入深さと相関するX値(値X=YcosΦ)とが計測される。
図4に示すように、本実施形態に係る焼入パターン検査装置は、ワーク50についての焼入パターンの検査を行うため、渦流貫通コイル13と、この渦流貫通コイル13がケーブル15を介して接続される渦流探傷器20とを備える。渦流探傷器20は、励磁コイル11に対する交流励磁信号V1の印加や、検出コイル12によって検出される検出信号V2に基づくX値及びY値の計測や、そのX値及びY値の計測値等を用いたワーク50についての焼入パターンの良否の判定を行う。
すなわち、渦流探傷器20は、励磁コイル11に所定の交流励磁信号V1を印加するための交流電源部21(前記交流電源9に相当)と、X値及びY値を計測する渦流計測を行う計測部22(前記計測装置10に相当)とを具備する。つまり、励磁コイル11の両端子は、ケーブル15を介して交流電源部21に接続され、検出コイル12の両端子は、同じくケーブル15を介して計測部22に接続される。なお、計測部22には、位相差Φを検出するために交流励磁信号V1(波形)が与えられる。また、渦流探傷器20は、計測部22によるX値及びY値の計測値等を用いて、ワーク50についての焼入パターンの良否を判定する判定部23を具備する。
このように、本実施形態では、渦流探傷器20が、X値及びY値を計測する渦流計測を行う計測手段、及びワーク50についての焼入パターンの良否を判定する判定手段として機能する。また、渦流探傷器20には、計測部22による計測結果や判定部23による判定結果等を表示するための表示部24が備えられる。
以上のような構成を備える焼入パターン検査装置による、本実施形態に係る焼入パターン検査の具体的な内容について説明する。本実施形態の焼入パターン検査においては、図6に示すように、第一の座標軸であるX軸40xと、X軸40xに直交する第二の座標軸であるY軸40yとから定められる座標平面であるX−Y平面40が用いられる。X軸40xは、検出信号V2の交流励磁信号V1に対する位相差Φに起因する値(X値(第一の値))を示す座標軸である。Y軸40yは、検出信号V2の大きさの値である振幅値(Y値)を示す座標軸である。
すなわち、X−Y平面40は、X値についての出力値(出力値X)を示すX軸40x、及びY値についての出力値(出力値Y)を示すY軸40yから定められる座標平面となる。したがって、出力値X及び出力値Yは、渦流探傷器20の計測部22から出力される値であり、その値は電圧値である。
そして、図6に示すように、X軸40x及びY軸40yから定まるX−Y平面40において、ワーク50についての焼入パターンの良否を判定するための所定の許容誤差領域であるトレランスゾーン41が予め設定される。トレランスゾーン41は、渦流貫通コイル13が用いられて計測された、多数の良品についてのX値(出力値X)及びY値(出力値Y)から定まるX−Y平面40上の点の分布に基づいて設定される。
ここで、本実施形態に係るワーク50についての良品と不良品(焼入パターン切れ品)について、図7を用いて両者を対比して説明する。図7は、高周波焼入が施された軸状の部材であるワーク50の長手方向(軸方向)を剪断方向とする断面図を示すものである。図7(a)は、良品の断面図を示している。図7(b)は、焼入パターン切れ品の断面図を示している。
図7(a)、(b)に示すように、高周波焼入が施された本実施形態に係るワーク50は、前述したように軸部50bの略全体を含む部分に高周波焼入が施される。すなわち、ワーク50においては、母材の部分である母層52に対し、軸部50bの表面の略全体にわたって焼入が施された部分である硬化層51(薄墨色部分参照)が形成される。なお、図示では省略するが、硬化層51と母層52との間には境界層が形成される。
そして、図7(a)に示す良品のワーク50においては、その硬化層51について、軸方向両端部では徐々に焼入深さが浅くなる部分が形成されるものの、全体として略一定の焼入深さとなる焼入パターンが形成される。これに対し、図7(b)に示す焼入パターン切れ品のワーク50においては、その硬化層51について、途切れたり局所的に極端に浅くなったりする部分である焼入パターン切れ53が存在する。つまり、図7(a)に示すように前記のような焼入パターン切れ53が存在することなく所望の部位に均一に焼入パターン(硬化層51)が形成されているワーク50が、良品である。また、良品以外のワーク50であって、同図(b)に示すような焼入パターン切れ53が存在する焼入パターン切れ品等の、所望の部位に均一に焼入パターンが形成されていないワーク50が、不良品である。
このようなワーク50についての良品・不良品の判定に用いられるトレランスゾーン41の設定に際しては、多数の良品についての渦流計測値(X値及びY値)からX−Y平面40上にプロットされる多数の点が用いられる。以下に、図6に示すX値及びY値についての渦流計測結果例を用いて、トレランスゾーン41の設定について説明する。図6は、良品及び不良品のワーク50について、交流励磁信号V1の周波数を120Hzとした場合の、出力値X(mV)及び出力値Y(mV)の渦流計測結果例を示している。
トレランスゾーン41の設定に係る渦流計測に際しては、良品であることが既知のワーク(焼入パターンの検査対象となるワーク50とは異なる)が計測対象とされる。ここで、計測対象となるワークが良品であることは、図7に示すような断面視において焼入パターン切れの有無等について視覚的に検査する切断検査等により、ワークについて予め良品・不良品の判定が行われることによって既知となる。
すなわち、同一の条件で高周波焼入が施されたワークが、複数(少なくとも二つ)作製される。これらのワークのうち、一部のワークについては、前記のような切断検査等によって予め良品・不良品の判定が行われる。そして、残りの一部のワークについて、X値及びY値が計測され、X−Y平面40上にプロットされる。これにより、多数の良品についてのX−Y平面40上における点(データ)が取得される。
図6は、X−Y平面40上において、出力値Xが−165〜−125(mV)の範囲、出力値Yが−3960〜−3820(mV)の範囲の部分を示している。かかる範囲のX−Y平面40において、多数(例えば数百個程度)の良品についてのデータ(出力値X及び出力値Y)が取得される。
図6に示すように、白丸で示す良品のワークについての計測点である良品データ42は、X−Y平面40上において所定の領域に集中的に分布する。具体的には、本例に係る渦流計測においては、良品データ42は、出力値Xで約−145〜−130(mV)の範囲、出力値Yで約−3940〜−3880(mV)の範囲に分布している。
これに対し、不良品のワークについては、次のようなデータが得られた。すなわち、図6に示すように、不良品のうち、黒丸で示す焼入パターン切れ品のワークについての計測点であるパターン切れ品データ44は、X−Y平面40上において良品データ42が分布する領域から乖離した領域に位置する。ここで、焼入パターン切れ品とは、図7(b)に示すように、はっきりとした焼入パターン切れを有し、焼入パターンについての不良の程度が著しい粗悪品を指す。
また、不良品については、焼入パターンについての不良の程度が焼入パターン切れ品と比べると低いワークを水準品とし、これについてのデータである水準品データ45が得られた。つまり、水準品とは、良品と比較すると焼入パターンが均一ではなく、硬化層51が局部的に浅くなる部分等を有し、焼入パターンについての不良の程度が中程度のワークである。水準品データ45は、X−Y平面40上において良品データ42が分布する領域から乖離した領域に位置するが、その乖離度合いがパターン切れ品データ44より低い。
このように、X−Y平面40においては、ワークについてのX値及びY値の計測点に関し、焼入パターンについての不良の程度が高くなるにつれて、良品データ42が分布する領域からの乖離度合いが高くなることがわかる。つまり、X−Y平面40上においては、その計測点の位置により、ワークについての良品と不良品との区別が明瞭に表れ、良品データ42については、所定の領域に対する集中的な分布が得られる。そこで、このようなX−Y平面40における良品データ42が分布する所定の領域が、トレランスゾーン41として予め設定され、ワーク50についての焼入パターンの良否の判定に用いられる。
トレランスゾーン41は、X−Y平面40上における良品データ42についての分布のバラツキが考慮されて設定される。良品データ42の分布のバラツキは、ワーク50の検査部位50aについての導電率や透磁率や形状誤差等の性状が寄与することから、傾向性を有する。このため、良品データ42の分布のバラツキの傾向性が考慮され、焼入パターンについての不良の程度が許容できる範囲の良品がほぼ全部含まれるようにトレランスゾーン41が設定される。つまり、トレランスゾーン41は、ワーク50の検査部位50aについての導電率等による計測値のバラツキ(計測誤差)を許容する領域となる。
本実施形態では、図6に示すように、トレランスゾーン41の形状として、良品データ42の分布のバラツキの傾向性を考慮した形状である楕円が用いられている。つまり、X−Y平面40上における、トレランスゾーン41とそれ以外の部分との境界線43が楕円形状となる。なお、トレランスゾーン41を表すX−Y平面40や、このX−Y平面40上において渦流計測値(出力値X及び出力値Y)に基づいて定まる(プロットされる)点等は、渦流探傷器20に接続されるコンピュータ等が用いられて適宜表示される。
このように、X−Y平面40において予めトレランスゾーン41が設定され、焼入パターンの良否の判定に係るワーク50についての渦流計測値に基づいて定まる点が、トレランスゾーン41内にあれば良品とされ、トレランスゾーン41外であれば不良品とされる。これにより、ワーク50についての焼入パターンの良否が判定される。
なお、トレランスゾーンの設定に際しては、ワークの温度変化にともなう渦流計測値の変動を考慮することもできる。トレランスゾーンが、ワークの温度変化が考慮されて設定される場合について説明する。
この場合、図8(a)に示すように、X軸40x及びY軸40yから定まるX−Y平面40において設定されるトレランスゾーン46は、渦流貫通コイル13が用いられて計測された、多数の良品についてのX値(出力値X)及びY値(出力値Y)に基づいて定まるX−Y平面40上の各点が、予め想定されるワーク50の温度変化範囲で温度ドリフトさせられた点の分布に基づいて設定される。
トレランスゾーン46の設定に際しては、多数の良品についての渦流計測値(X値及びY値)からX−Y平面40上にプロットされる多数の点であって、さらにこれらが予め想定されるワーク50の温度変化範囲で温度ドリフトさせられたものが用いられる。以下に、図8に示すX値及びY値についての渦流計測結果例を用いて、トレランスゾーン46の設定について説明する。図8は、良品及び不良品のワーク50について、交流励磁信号V1の周波数を38Hzとした場合の、出力値X(mV)及び出力値Y(mV)の渦流計測結果例及びそれらの温度ドリフト例を示している。
図8は、X−Y平面40上において、出力値Xが320〜355(mV)の範囲、出力値Yが−610〜−565(mV)の範囲の部分を示している。かかる範囲のX−Y平面40において、多数(例えば数百個程度)の良品についてのデータ(出力値X及び出力値Y)が取得される。
図8に示すように、良品データ42は、X−Y平面40上において所定の領域に集中的に分布する。そして、これらのデータは、ワークの温度変化によって温度ドリフトする。なお、ここでの「温度ドリフト」とは、得られるデータの値がワークの温度によって変動することをいう。
具体的には、図8(b)に示すように、本例に係る渦流計測においては、ワークの温度が常温(本例では約25℃)の場合において、良品データ42は、出力値Xで約334〜340(mV)の範囲、出力値Yで約−587〜−578(mV)の範囲に分布している(分布領域42A参照)。そして、良品データ42の温度ドリフトについては、図8(b)に示すように、本例においては、前記のようにワークの温度が常温(約25℃)の場合の良品データ42(分布領域42A参照)に対し、これらが高温側についてはワークの温度が約50℃とされ(分布領域42B参照)、低温側についてはワークの温度が約5℃とされて(分布領域42C参照)、それぞれ温度ドリフトさせられている。
図8(b)に示す良品データ42の温度ドリフト例からわかるように、X−Y平面40上における良品データ42の温度ドリフトは、所定の方向性を有する(矢印D1参照)。ここで、渦流計測における温度ドリフトは、次のような原理に基づく。すなわち、ワークにおいて、温度変化は抵抗率(電気抵抗率)に影響し、抵抗率の逆数は導電率(電気伝導率)である。このため、ワークの温度変化は、導電率の変化として表れる。そして、渦流計測において、ワークの導電率の変化は、検出信号V2の振幅値及び位相差Φの変化、つまり渦流計測値(X値及びY値)の変化となる。したがって、良品データ42等のX−Y平面40上における計測点は、ワークの温度が変化することにより移動する。こうしたワークの温度変化によるX−Y平面40上における良品データ42の移動(温度ドリフト)の方向性が、図8(b)において矢印D1で示す所定の方向性となる。
これに対し、不良品のワークについては、次のようなデータが得られた。すなわち、図8(b)に示すように、パターン切れ品データ44は、X−Y平面40上において良品データ42が分布する領域から乖離した領域に位置する。
また、パターン切れ品データ44についての温度ドリフト例について、前述した良品データ42の場合と同様の温度条件とした温度ドリフト例を示す。すなわち、図8(b)に示すように、パターン切れ品データ44の温度ドリフトについては、ワークの温度が常温(約25℃)の場合のパターン切れ品データ44(分布領域44A参照)に対し、これらが高温側についてはワークの温度が約50℃とされ(分布領域44B参照)、低温側についてはワークの温度が約5℃とされて(分布領域44C参照)、それぞれ温度ドリフトさせられている。X−Y平面40上におけるパターン切れ品データ44の温度ドリフトは、良品データ42のそれと同様、所定の方向性を有する(矢印D2参照)。
これらの良品データ42及びパターン切れ品データ44それぞれの温度ドリフト例からわかるように、X−Y平面40上における各データ42・44の温度ドリフトの方向性はほぼ共通している(矢印D1と矢印D2とが略平行となっている)。つまり、良品データ42及びパターン切れ品データ44は、いずれもX−Y平面40上においてワークの温度変化に対して同等程度の影響を受ける。
なお、ワークの温度変化によるX−Y平面40上におけるデータのドリフト方向は、渦流貫通コイル13の励磁コイル11における交流励磁信号V1の周波数によって異なることとなる。このことは、X−Y平面40が導電率及び透磁率に対するインピーダンスの関係を示すインピーダンス平面に対応することに起因する。
このように、X−Y平面40においては、ワークについてのX値及びY値の計測点に関し、焼入パターンについての不良の程度が高い場合、良品データ42が分布する領域から乖離することがわかる。また、X−Y平面40上における計測点は、前述のように、良品データ42及びパターン切れ品データ44のいずれについてもワークの温度変化による影響を同等に受けて温度ドリフトする。そこで、このようなX−Y平面40における、ワークの温度変化にともなう温度ドリフトが加味された良品データ42が分布する所定の領域が、トレランスゾーン46として予め設定され、ワーク50についての焼入パターンの良否の判定に用いられる。
トレランスゾーン46は、X−Y平面40上における良品データ42についての分布のバラツキ及びそれらの温度ドリフトが考慮されて設定される。良品データ42の分布のバラツキは、ワーク50の検査部位50aについての導電率や透磁率や形状誤差等の性状が寄与することから傾向性を有する。また、良品データ42の温度ドリフトは、ワーク50の検査部位50aについての温度(導電率)が寄与することから方向性を有する。これらのため、良品データ42の分布のバラツキの傾向性及び温度ドリフトの方向性が考慮され、焼入パターンについての不良の程度が許容できる範囲の良品がほぼ全部含まれるようにトレランスゾーン46が設定される。つまり、トレランスゾーン46は、ワーク50の検査部位50aについての導電率等の性状や温度による計測値のバラツキ(計測誤差)を許容する領域となる。
本実施形態では、図8に示すように、トレランスゾーン46の形状として、良品データ42の分布のバラツキの傾向性及び温度ドリフトの方向性を考慮した形状である楕円が用いられている。つまり、X−Y平面40上における、トレランスゾーン46とそれ以外の部分との境界線43が楕円形状となる。以上のようにして、ワークの温度変化が考慮されて設定される。これにより、渦流計測においてワーク50の温度変化による計測値に対する影響を排除することができ、検査の信頼性を向上させることができる。
このようなトレランスゾーン41(あるいは温度ドリフトが加味されたトレランスゾーン46、以下同じ。)が用いられる判定、つまりはワーク50についての計測点がトレランスゾーン41内にあるか否かの判断に際しては、トレランスゾーン41を区画する境界線43に対する距離を示す指標として、分離値という値が用いられる。
分離値とは、X−Y平面40上におけるトレランスゾーン41を区画する境界線43に対するこの境界線43の形状に沿う距離の値である。したがって、本実施形態のように楕円形状であるトレランスゾーン41に対しては、分離値が同じ値である計測点については、X−Y平面40上における境界線43に対する長軸の方向の距離に対して境界線43に対する短軸の方向の距離は短くなる。つまり、X−Y平面40上において、楕円形状のトレランスゾーン41に対して分離値が同じ値となる点の集合は、トレランスゾーン41の楕円形状に沿う楕円形状となる。また、分離値については、ワーク50についての計測点がトレランスゾーン41の境界線43上に位置する場合を分離値=1とする。
このようにトレランスゾーン41が用いられて行われる焼入パターン検査方法について、図9に示す判定アルゴリズムのフロー図に従って説明する。まず、X−Y平面40上における良品データ42の分布のバラツキから、トレランスゾーン41が設定される(S100)。つまり、渦流計測が行われることによって予め良品であることが既知のワークについての多数の計測点(良品データ42)が取得され、これらの良品データ42の分布のバラツキが考慮されてトレランスゾーン41が設定される。
なお、ステップS100において、温度ドリフトが加味されたトレランスゾーン46が用いられる場合は、X−Y平面40上における良品データ42の分布のバラツキ及び温度ドリフトから、トレランスゾーン46が設定される。つまり、トレランスゾーン46は、良品データ42の分布のバラツキに加え、温度ドリフトが考慮されて設定される。ここで、温度ドリフトについては、前記のとおり予め想定されるワーク50(の検査部位50a)の温度変化範囲で良品データ42が温度ドリフトさせられる。予め想定される温度変化範囲とは、焼入パターンの検査に際し、ワーク50を渦流計測するタイミングや温度環境等の温度状況に基づく。つまり、渦流計測するタイミングについては、渦流計測が高周波焼入等の焼入工程直後であるか否か等が関係し、温度環境については、季節や地域等が関係する。
具体的に本実施形態では、予め想定される温度変化範囲として、高温側については、ワーク50が最も高温となる温度状況と考えられる焼入工程直後のワーク50の温度として約50℃が採用され、低温側については、ワーク50が最も低温となる温度状況として真冬の朝一番のワーク50の温度として約5℃が採用される。つまり、予め想定される温度変化範囲が約5〜約50℃とされ、この温度変化範囲で多数の良品データ42がX−Y平面40上において温度ドリフトさせられる。
なお、良品データ42の温度ドリフトが加味されたトレランスゾーン46の設定に際しては、次のような方法を用いることもできる。すなわち、ある温度状況の下において、渦流貫通コイル13が用いられて計測された、多数の良品データ42の分布に基づき、X−Y平面40にて例えば楕円形状の分布領域が設定される。そして、その分布領域が、予め想定されるワーク50の温度変化範囲で例えば所定温度間隔毎(5℃毎等)で温度ドリフトさせられ、各分布領域が含まれるように、例えば楕円形状としてトレランスゾーン46が設定される。
次に、焼入パターンの検査対象であるワーク50の渦流計測値(X値及びY値)から、X−Y平面40上における分離値が算出される(S110)。つまり、渦流貫通コイル13が用いられてワーク50についての渦流計測が行われ、その出力値X及び出力値YからX−Y平面40上に計測点がプロットされ、その計測点のトレランスゾーン41に対する分離値が算出される。
そして、算出した分離値の値が1以下の場合、そのワーク50は良品であるとするOK判定が行われる(S120)。つまり、分離値の値が1以下であるということは、そのワーク50についての計測点が、境界線43上を含むトレランスゾーン41内に存在するということとなるので、そのワーク50が良品と判定される。
一方、算出した分離値の値が1より大きい場合、そのワーク50は不良品である(良品ではない)とするNG判定が行われる(S130)。つまり、分離値の値が1より大きいということは、そのワーク50についての計測点が、トレランスゾーン41外に存在するということとなるので、そのワーク50が不良品と判定される。
このような判定アルゴリズムが、渦流探傷器20に具備される判定部23において実行される。すなわち、渦流探傷器20は、X−Y平面40にて、計測部22により計測された、多数の良品データ42の分布に基づき、トレランスゾーン41を予め設定し、計測部22により計測された、ワーク50の検査部位50aについてのX値及びY値に基づいて定まるX−Y平面40上の点(以下「計測点」という。)が、トレランスゾーン41内にあるか否かにより、ワーク50についての焼入パターンの良否を判定する判定手段として機能する。
以上のように、本実施形態の焼入パターン検査方法は、渦流貫通コイル13を用い、X値とY値とを計測する渦流計測を行うものであり、X−Y平面40にて、渦流計測により計測した、多数の良品データ42の分布に基づき、トレランスゾーン41を予め設定する。そして、渦流計測により、ワーク50の検査部位50aについてのX値及びY値を計測し、計測点が、トレランスゾーン41内にあるか否かにより、ワーク50についての焼入パターンの良否を判定する。
以上のような焼入パターン検査において、ワーク50の検査部位50aの渦流計測値(X値及びY値)について、渦流貫通コイル13や渦流探傷器20等を含む計測系の温度変化に起因して生じる誤差に対する補正(以下「温度補正」という。)が行われる。すなわち、渦流貫通コイル13や渦流探傷器20等の計測機器によって構成される渦流計測の計測系の温度変化は、渦流計測の原理から、ワーク50の検査部位50aについて計測される渦流計測値に影響して誤差を生じさせる。そこで、ワーク50の検査部位50aについて計測される渦流計測値について温度補正が行われる。
本実施形態では、渦流計測値についての温度補正は、主に、計測系における電源がONの状態とされてから、経時的に変化(上昇)する計測系の温度が安定するまでの間に計測される渦流計測値(X値及びY値)について行われる。すなわち、本実施形態の焼入パターン検査装置においては、渦流探傷器20の交流電源部21による渦流貫通コイル13(励磁コイル11)に対する電圧の印加(渦流貫通コイル13の通電)が開始されてから、渦流計測値が安定する状態である計測系の温度が安定した状態となるまで、相当程度の時間が必要とされる。したがって、渦流貫通コイル13の通電が開始されてから、計測系の温度が安定した状態となるまでの間に計測される渦流計測値は、計測系の温度が安定している状態で計測される渦流計測値に対して誤差を有する。
つまり、計測系の温度が安定している状態においては、計測される渦流計測値の出力値は、計測系の温度変化の影響を受けない分、安定し、ある値に収束する(十分に小さい誤差範囲内に収まる)が、計測系の温度が安定した状態となるまでに計測される渦流計測値は、収束する値に対して誤差を有する。ここで、渦流計測値の収束する値に対する誤差の大きさは、渦流計測値が計測された時点での計測系の温度の、計測系の安定した状態での温度に対する差(温度差)の大きさに依存する。このような計測系の温度が安定した状態となるまでの間に計測される渦流計測値の、計測系の温度が安定することによって収束する値に対する誤差が、温度補正によって解消される。
渦流計測値の温度補正には、基準部品60が用いられる(図10参照)。基準部品60は、ワーク50と同様に、渦流貫通コイル13が用いられて行われる渦流計測の対象となる。したがって、基準部品60は、全体として軸状の部材であるワーク50と同様に渦流貫通コイル13による渦流計測が可能な形状を有する。本実施形態では、基準部品60は、図10に示すように、円柱棒状の形状を有する。
基準部品60は、少なくとも材質、渦流貫通コイル13に対する充填率、及び表面性状についてワーク50を模したものである。ここで、材質についてワーク50を模するとは、基準部品60を構成する材料として、ワーク50を構成する材料と同等の特性を備えた材料が用いられることを意味する。したがって、例えば、ワーク50を構成する材料がS45Cである場合、基準部品60は、ワーク50と同じS45C、あるいはS45Cと性質が近似する材料によって構成される。
また、渦流貫通コイル13に対する充填率(以下「コイル充填率」という。)とは、渦流貫通コイル13(の励磁コイル11または検出コイル12)の径(平均径)に対する、被検部材(渦流計測の対象部品)の径の割合である。したがって、例えば被検部材がワーク50である場合において、渦流貫通コイル13の貫通孔14a内に位置する検査部位50aの径がd1、渦流貫通コイル13の径がd2のときには、コイル充填率は、d1/d2で表される。
そこで、コイル充填率についてワーク50を模するとは、基準部品60のコイル充填率が、ワーク50のコイル充填率と同等とされることを意味する。具体的には、共通の渦流貫通コイル13に対するコイル充填率が同じ値となるように、基準部品60の径が、ワーク50の径と同じ大きさあるいは近似する大きさとして設定される。また、ワーク50の検査部位50aが部分的に異なる径を有する場合、例えば、検査部位50aの径の平均値についてのコイル充填率が、基準部品60のコイル充填率となるように基準部品60の径が設定される。また、同じくワーク50の検査部位50aが部分的に異なる径を有する場合、例えば、基準部品60において、検査部位50aが有する複数の異なる径の部分が形成され、これらの各部分が、検査部位50aにおける径の異なる各部分に対応させられる。
また、表面性状についてワーク50を模するとは、基準部品60の表面性状が、ワーク50の表面性状と同等とされることを意味する。具体的には、基準部品60についてのワーク50と同等の表面性状は、例えば、部品の表面に対する機械加工の精度や表面処理の方法が、ワーク50と共通とされることにより実現される。
また、基準部品60については、ワーク50と同様の高周波焼入を施すことが考えられる。ただし、基準部品60の長期的な使用によって表面に錆びが発生することによる渦流計測値に対する影響を防止する観点からは、基準部品60に対しては、高周波焼入は施されないことが好ましい。一方で、基準部品60の短期的な使用において、ワーク50に対してより近い表面性状を得る観点からは、基準部品60に対してもワーク50と同様の高周波焼入が施されることが好ましい。
このように、材質、コイル充填率、及び表面性状についてワーク50を模した基準部品60が、予め準備される。この基準部品60が用いられて、計測系の温度変化にともなう、基準部品60についての渦流計測値の変化と、基準となる所定のワーク(焼入パターンの検査対象となるワーク50とは異なるワーク、以下「基準ワーク」という。)についての渦流計測値の変化とが計測される。つまり、経時的に変化する共通の計測系の温度状況の下において、基準部品60及び基準ワークそれぞれについての渦流計測値の変化が計測される。そして、基準部品60についての渦流計測値の変化と、基準ワークについての渦流計測値の変化との間において、所定の関係性が導かれ、かかる関係性が、温度補正についての検量線(グラフ)として用いられる。
すなわち、基準部品60及び基準ワークそれぞれについての、計測系の温度変化にともなう渦流計測値の変化から、基準部品60と基準ワークとの間における渦流計測値の変化同士の関係性を表す検量線が予め作成される。そして、この検量線に基づいて、温度補正における補正量が導かれ、ワーク50について計測された渦流計測値(X値及びY値)が補正される。ここで、基準ワークとしては、例えば、トレランスゾーン41の設定に際して用いられるワークと同様、良品であることが既知のワークが用いられる。
基準部品60についての渦流計測は、ワーク50と同様にして渦流貫通コイル13が用いられて行われる。すなわち、図10に示すように、基準部品60についての渦流計測に際しては、渦流貫通コイル13が、ケース14の貫通孔14aに円柱棒状の基準部品60を挿通させた状態となる。かかる状態において、励磁コイル11に所定の交流励磁信号V1が印加されることにより、基準部品60の表面近傍に渦電流が発生し、それにともなう誘起電圧についての電圧信号が、検出コイル12によって検出信号V2として検出される。これにより、基準部品60についての渦流計測値が計測される。
温度補正に用いられる検量線は、基準部品60及び基準ワークそれぞれについての渦流計測値の変化同士の間において、次のような相関関係を表すものとなる。すなわち、本実施形態において、温度補正に用いられる検量線は、渦流貫通コイル13の通電による経時的な温度変化(以下「経時温度変化」という。)にともなう、基準部品60についてのX値及びY値のいずれか一方の値の変化と、基準ワークについてのX値及びY値それぞれの経時温度変化における収束値として予め任意に設定される基準値に対する変化量の変化との相関関係を表す。
したがって、検量線が表される座標平面における一方の座標軸(例えば横軸)は、基準部品60について計測されるX値及びY値のいずれか一方の出力値(出力値Xまたは出力値Y)を示すものとなる。また、同じく検量線が表される座標平面における他方の座標軸(例えば縦軸)は、X値についての検量線の場合は、基準ワークについて計測されるX値の、基準値に対する変化量(以下「出力値X変化量」という。)を示すものとなり、Y値についての検量線の場合は、基準ワークについて計測されるY値の、基準値に対する変化量(以下「出力値Y変化量」という。)を示すものとなる。
つまり、温度補正に用いられる検量線としては、ワーク50について計測されるX値及びY値それぞれの補正に用いられる検量線が作成される。言い換えると、温度補正においては、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのいずれか一方との関係において、基準ワークの出力値X変化量に基づいて作成される検量線(X値についての検量線)と、基準ワークの出力値Y変化量に基づいて作成される検量線(Y値についての検量線)とが、予め求められる。
ここで、出力値X変化量及び出力値Y変化量が算出されるに際して用いられる、X値及びY値それぞれについての基準値は、前記のとおり経時温度変化における収束値として予め任意に設定される。すなわち、前述したように、渦流計測値の出力値は、計測系の温度が安定している状態において収束する値が得られる。そこで、このように経時温度変化において計測系の温度が安定した状態で得られる任意の収束値が、X値及びY値それぞれについての基準値として用いられる。このため、経時温度変化において、基準値に対して小さい値となる渦流計測値(X値及びY値)については、出力値X変化量及び出力値Y変化量はそれぞれ負の値(マイナスの値)となる。以下では、出力値X変化量の算出に用いられるX値についての基準値を「X基準値」とし、出力値Y変化量の算出に用いられるY値についての基準値を「Y基準値」とする。
本実施形態において、温度補正に用いられる検量線は、具体的には次のようにして作成される。検量線の作成方法の一例について説明する。なお、本例では、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうち、出力値Xが用いられる場合について説明する。
本例に係る検量線の作成方法では、経時温度変化として、渦流貫通コイル13の通電が開始されてから、渦流計測値が安定する状態である計測系の温度が安定した状態となるまでの温度変化が採用される。かかる経時温度変化において、所定の基準時からの等時間間隔(例えば10分)経過毎の時刻t1、t2、t3、t4、t5それぞれの時点で、基準部品60についてのX値、ならびに基準ワークについてのX値及びY値が計測される。
本例において、時刻t1から時刻t5にかけて、計測系の温度は徐々に上昇する。こうした計測系の温度の変化(上昇)が計測されながら、計測系の温度変化(経時温度変化)にともなう、基準部品60及び基準ワークについての渦流計測値の変化が計測される。ここで、計測系の温度としては、例えば熱電対等が用いられて計測される渦流貫通コイル13の温度が用いられる。したがって、時刻t1における渦流貫通コイル13の温度(以下「コイル温度」という。)がT1、時刻t2におけるコイル温度がT2、時刻t3におけるコイル温度がT3、時刻t4におけるコイル温度がT4、時刻t5におけるコイル温度がT5であるとすると、各時刻におけるコイル温度の間には、T1<T2<T3<T4<T5の関係が成り立つ。
X値についての検量線は、次のようにして作成される。各時刻t1、t2、t3、t4、t5における基準部品60の出力値Xの値として、SPx1、SPx2、SPx3、SPx4、SPx5が得られたとする。また、各時刻t1、t2、t3、t4、t5における基準ワークの出力値Xの値として、SWx1、SWx2、SWx3、SWx4、SWx5が得られたとする。そして、これら各時刻における基準ワークの出力値Xについての出力値X変化量が、Dx1、Dx2、Dx3、Dx4、Dx5として算出されたとする。つまりこの場合、X基準値がSVxであるとすると、時刻t1についての出力値X変化量Dx1は、Dx1=SWx1−SVxとして算出される。同様にして、他の各時刻t2〜t5についての出力値X変化量Dx2〜Dx5は、それぞれ、Dx2=SWx2−SVx、Dx3=SWx3−SVx、Dx4=SWx4−SVx、Dx5=SWx5−SVxとして算出される。
このようにして計測等された各時刻における基準部品60の出力値Xと、基準ワークの出力値X変化量とが、所定の座標平面にプロットされる。本例においては、図11に示すように、横軸を基準部品60の出力値Xとし、縦軸を基準ワークの出力値X変化量とする座標平面が用いられる。したがって、かかる座標平面上の点として、時刻t1における基準部品60の出力値Xの値であるSPx1と、基準ワークの出力値X変化量Dx1とから定まる点Px1が得られる。同様にして、時刻t2における出力値Xの値SPx2と出力値X変化量Dx2とから定まる点Px2、時刻t3における出力値Xの値SPx3と出力値X変化量Dx3とから定まる点Px3、時刻t4における出力値Xの値SPx4と出力値X変化量Dx4とから定まる点Px4、時刻t5における出力値Xの値SPx5と出力値X変化量Dx5とから定まる点Px5が得られる。
そして、座標平面上にて得られた各点Px1〜Px5に基づいて、検量線が導かれる。本例においては、点Px1〜Px5の分布について、最小自乗法が用いられて所定の傾き及び切片を有する一次関数(直線)が近似されることで、検量線SLxが得られる。このようにして作成された検量線SLxは、経時温度変化にともなう、基準部品60についてのX値の変化と、基準ワークの出力値X変化量の変化との相関関係を表すものとなる。
なお、本例では、点Px1〜Px5に基づいて導かれる検量線SLxが、最小自乗法による直線として求められているが、これに限定されるものではない。検量線としては、点Px1〜Px5の分布にフィットする、直線以外の他の近似線(曲線)が用いられてもよい。
また、Y値についての検量線は、X値についての検量線の場合と同様にして作成される。すなわち、各時刻t1、t2、t3、t4、t5における基準ワークの出力値Yの値として、SWy1、SWy2、SWy3、SWy4、SWy5が得られたとする。そして、これら各時刻における基準ワークの出力値Yについての出力値Y変化量が、Dy1、Dy2、Dy3、Dy4、Dy5として算出されたとする。つまりこの場合、Y基準値がSVyであるとすると、時刻t1についての出力値Y変化量Dy1は、Dy1=SWy1−SVyとして算出される。同様にして、他の各時刻t2〜t5についての出力値X変化量Dy2〜Dy5は、それぞれ、Dy2=SWy2−SVy、Dy3=SWy3−SVy、Dy4=SWy4−SVy、Dy5=SWy5−SVyとして算出される。
そして、図12に示すように、各時刻における基準部品60の出力値Xと、基準ワークの出力値Y変化量とが、横軸を基準部品60の出力値Xとし、縦軸を基準ワークの出力値Y変化量とする座標平面にプロットされる。つまり、かかる座標平面上の点として、時刻t1における基準部品60の出力値Xの値であるSPy1と、基準ワークの出力値Y変化量Dy1とから定まる点Py1が得られる。同様にして、時刻t2における出力値Xの値SPx2と出力値Y変化量Dy2とから定まる点Py2、時刻t3における出力値Xの値SPx3と出力値Y変化量Dy3とから定まる点Py3、時刻t4における出力値Xの値SPx4と出力値Y変化量Dy4とから定まる点Py4、時刻t5における出力値Xの値SPx5と出力値Y変化量Dy5とから定まる点Py5が得られる。
そして、座標平面上にて得られた各点Py1〜Py5に基づいて、最小自乗法が用いられて所定の傾き及び切片を有する一次関数(直線)が近似されることで、検量線SLyが得られる。このようにして作成された検量線SLyは、経時温度変化にともなう、基準部品60についてのX値の変化と、基準ワークの出力値Y変化量の変化との相関関係を表すものとなる。
以上のようにして作成された検量線SLx及び検量線SLyが用いられて温度補正が行われる。すなわち、X値については、検量線SLxから導かれる基準部品60についてのX値(出力値X)に対応する出力値X変化量が補正量とされ、ワーク50の検査部位50aについて計測されたX値が補正される。また、Y値については、検量線SLyから導かれる基準部品60についてのX値(出力値X)に対応する出力値Y変化量が補正量とされ、ワーク50の検査部位50aについて計測されたY値が補正される。
具体的には、ワーク50の検査部位50aについて計測されたX値の補正については、図11に示すように、例えば基準部品60の出力値Xの値がSPxaであったとする。この場合、値SPxaに対応する検量線SLx上の点における出力値X変化量Dxaが、検量線SLxから導かれる基準部品60についてのX値に対応する出力値X変化量として求められる。つまりこの場合、出力値X変化量Dxaが、検査部位50aについて計測されたX値に対する補正量となる。
ワーク50の検査部位50aについて計測されたY値の補正も、X値の補正の場合と同様にして行われる。すなわち、図12に示すように、例えば基準部品60の出力値Xの値がSPyaであったとする。この場合、値SPyaに対応する検量線SLy上の点における出力値Y変化量Dyaが、検量線SLyから導かれる基準部品60についてのX値に対応する出力値Y変化量として求められる。つまりこの場合、出力値Y変化量Dyaが、検査部位50aについて計測されたY値に対する補正量となる。
すなわち、出力値X変化量は、X値についての、計測系の温度が安定した状態で得られる任意の収束値であるX基準値に対する変化量(差)である。このため、計測系の温度が安定するまでの間に計測されたX値に対して、出力値X変化量がX基準値に対して変化している分(足りない分)が加算されることで、計測されたX値のX基準値に対する誤差が補正される。同様の理由により、計測系の温度が安定するまでの間に計測されたY値に対して、出力値Y変化量がY基準値に対して変化している分が加算されることで、計測されたY値のY基準値に対する誤差が補正される。
したがって、このようなX値及びY値についての温度補正に際しては、ワーク50の検査部位50aについての渦流計測とともに、同じタイミングで基準部品60についての渦流計測が行われ、基準部品60についてのX値が計測される。そして、基準部品60の出力値Xから、検量線SLx及び検量線SLyに基づいて、ワーク50の検査部位50aについてのX値及びY値の補正が行われる。
以上のようにして行われる温度補正は、経時温度変化によって変化する渦流計測値を、温度指標として用いたものである。すなわち、前述したように、渦流計測においては、その原理から、温度の影響を受けて変化する抵抗率(電気抵抗率)の逆数である導電率が変化することにより、渦流計測値が変化する。そこで、逆に、渦流計測値の変化から、経時温度変化による渦流計測値に対する影響が、検量線として予め導き出され、かかる検量線によって温度補正が行われる。つまりは、本実施形態の温度補正は、温度センサ等を用いて計測系の温度を計測する代わりに、経時温度変化によって変化する渦流計測値を、温度指標として逆利用したものである。
なお、本例では、温度補正に用いられる検量線の作成に際して、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうち出力値Xが用いられているが、出力値Yが用いられる場合も、出力値Xが用いられる場合と同様の手法によって検量線が作成される。ここで、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうちいずれが採用されるかは、主に、ワーク50の焼入パターン検査に際して用いられる交流励磁信号V1の周波数の領域が関係する。つまり、検査に用いられる交流励磁信号V1の周波数の領域等によって、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうち、検量線の作成にあたって好適となる出力値が存在する場合がある。このことは、X値を示すX軸40xとY値を示すY軸40yとから定められるX−Y平面40が、導電率及び透磁率に対するインピーダンスの関係を示すインピーダンス平面に対応することに起因する。
ここで、本実施形態の渦流貫通コイル13のような試験コイルについての一般的なインピーダンス変化について、図13を用いて説明する。なお、本説明では、試験コイルによる被検対象として、直径dの円柱棒状の試験体が用いられる場合とする。
図13は、インピーダンス平面上における試験周波数f、試験体の透磁率μ、試験体の導電率σ、試験体の直径dの変化による、試験コイルのインピーダンス変化を示す。図13(a)は、試験周波数f及び導電率σの変化による、試験コイルのインピーダンス変化を示す。図13(b)は、透磁率μ及び直径dの変化による、試験コイルのインピーダンス変化を示す。図13に示されるインピーダンス平面において、横軸は、試験コイルの抵抗成分に対応する実効透磁率ΔR/ωL0を示しており、ΔR/ωL0の値の変化は、渦流計測におけるX値の変化に相当する。また、縦軸は、試験コイルのインダクタンス成分に対応する実効透磁率ωL/ωL0を示しており、ωL/ωL0の値の変化は、渦流計測におけるY値の変化に相当する。
ここで、ΔRは、試験コイルに発生する熱による損失に対応した量である抵抗R[Ω]から、空芯コイルの抵抗R0[Ω]を引いた値(R−R0)[Ω]である。Lは、試験コイルの作る磁場(磁場のエネルギー)に対応した量である試験コイルのインダクタンス[H]である。L0は、空芯コイルのインダクタンス[H]である。ωは、角周波数であり、2πf[rad/sec]で表される。したがって、ωLは、リアクタンス[Ω]となる。
図13(a)に示すように、試験コイルのインピーダンスは、試験周波数f及び導電率σの変化にともない、所定の変化曲線CCaに沿って変化する。つまり、変化曲線CCa上の矢印で示すように、試験周波数f及び導電率σの増加は、試験コイルのインピーダンスを変化曲線CCaに沿って図13(a)における下側(ωL/ωL0が減少する側)に移動するように値を変化させ、試験周波数f及び導電率σの減少は、試験コイルのインピーダンスを変化曲線CCaに沿って図13(a)における上側(ωL/ωL0が増加する側)に移動するように値を変化させる。
また、図13(b)に示すように、試験コイルのインピーダンスは、透磁率μ及び直径dの変化にともない、前記のような試験周波数f及び導電率σの変化にともなうインピーダンスの変化が沿う変化曲線が略放射状に広がるように変化する。つまり、変化曲線CC2に対して略垂直方向の矢印で示すように、透磁率μ及び直径dの増加は、試験コイルのインピーダンスを変化曲線と縦軸とによって囲まれる面積が大きくなるように、変化曲線が略相似形に拡大するように値を変化させる(変化曲線CC2→変化曲線CC3)。また、透磁率μ及び直径dの減少は、試験コイルのインピーダンスを変化曲線と縦軸とによって囲まれる面積が小さくなるように、変化曲線が略相似形に縮小するように値を変化させる(変化曲線CC2→変化曲線CC1)。各変化曲線CC1、CC2、CC3上においては、透磁率μ及び直径dは同じ値となる。したがって、図13(b)に示すように、変化曲線CC1に対応する透磁率μがμ1、変化曲線CC2に対応する透磁率μがμ2、変化曲線CC3に対応する透磁率μがμ3であるとすると、μ1<μ2<μ3の関係が成り立つ。
このようなインピーダンス平面上における各値の変化による試験コイルのインピーダンス変化において、温度の影響を受けて変化する導電率σの変化が、渦流計測におけるX値またはY値の変化にともなって顕著となる周波数の領域が存在する。
すなわち、前記のとおりインピーダンス平面における横軸のΔR/ωL0の値の変化はX値の変化に相当し、縦軸のωL/ωL0の値の変化はY値の変化に相当する。そして、図13(a)に示すように、インピーダンスの変化曲線CCaにおいて、横軸の方向と平行な方向に近い曲線部分に対応する周波数の領域(例えば領域F1参照)では、温度の変化に対応する導電率σの変化について、Y値の変化(縦軸の値の変化)にともなう変化よりも、X値の変化(横軸の値の変化)にともなう変化の方が顕著に現れる。つまり、かかる周波数の領域は、温度の影響を受けて変化する導電率σの変化が渦流計測におけるX値の変化として顕著に表れる周波数の領域となる。したがって、このような周波数の領域が交流励磁信号V1の周波数の領域として用いられて渦流計測が行われる場合は、温度補正に用いられる検量線の作成に際して、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうち出力値Xが好適に採用される。つまり、領域F1で示されるような周波数の領域においては、検量線の作成に際して基準部品60についての出力値Xが用いられることで、経時温度変化が温度指標として用いられる渦流計測値の変化として良好に反映され、比較的精度の良い検量線が得られる。
また、図13(b)に示すように、インピーダンスの変化曲線CCaにおいて、縦軸の方向と平行な方向に近い曲線部分に対応する周波数の領域(例えば領域F2参照)では、温度の変化に対応する導電率σの変化について、X値の変化(横軸の値の変化)にともなう変化よりも、Y値の変化(縦軸の値の変化)にともなう変化の方が顕著に現れる。つまり、かかる周波数の領域は、温度の影響を受けて変化する導電率σの変化が渦流計測におけるY値の変化として顕著に表れる周波数の領域となる。したがって、このような周波数の領域が交流励磁信号V1の周波数の領域として用いられて渦流計測が行われる場合は、温度補正に用いられる検量線の作成に際して、基準部品60についての出力値X及び出力値Yのうち出力値Yが好適に採用される。つまり、領域F2で示されるような周波数の領域においては、検量線の作成に際して基準部品60についての出力値Yが用いられることで、経時温度変化が温度指標として用いられる渦流計測値の変化として良好に反映され、比較的精度の良い検量線が得られる。
このように、渦流計測における交流励磁信号V1の周波数の領域によって、温度補正に用いられる検量線の作成に用いられる基準部品60についての出力値として、出力値Xまたは出力値Yのいずれかが選択される。言い換えると、渦流計測値におけるX値及びY値のいずれか一方に、温度の影響を受けて変化する導電率σの変化が顕著に現れるように、交流励磁信号V1の周波数の領域が設定される。
このように、本実施形態の焼入パターン検査方法は、少なくとも材質、コイル充填率、及び表面性状についてワーク50を模した基準部品60を用い、経時温度変化にともなう、基準部品60についてのX値及びY値のいずれか一方の値の変化と、基準ワークについての出力値X変化量及び出力値Y変化量の変化との相関関係(検量線、以下「渦流計測値相関関係」ともいう。)を予め求める。そして、渦流計測値相関関係から導かれる基準部品60についてのX値またはY値に対応する出力値X変化量及び出力値Y変化量を補正量として、ワーク50の検査部位50aについて計測したX値及びY値を補正する。
このような基準部品60と基準ワークとの間の渦流計測値の相関関係が用いられて行われる温度補正に際し、本実施形態の焼入パターン検査装置は、図4に示すように、渦流探傷器20において、渦流計測値相関関係を求める演算部25と、渦流計測値相関関係が設定され記憶される設定部26と、渦流計測値相関関係を用いて渦流計測値の補正を行う補正部27とを有する。すなわち、演算部25は、基準部品60が用いられて計測される、経時温度変化にともなう、基準部品60についてのX値及びY値のいずれか一方の値の変化と、基準ワークについての出力値X変化量及び出力値Y変化量の変化との相関関係を求める。設定部26は、演算部25により求められた渦流計測値相関関係が予め設定される。補正部27は、設定部26に設定された渦流計測値相関関係から導かれる基準部品60についてのX値またはY値に対応する出力値X変化量及び出力値Y変化量を補正量として、ワーク50の検査部位50aについて計測されたX値及びY値を補正する。
なお、このような検量線が作成されて行われる温度補正は、前述したようなトレランスゾーン41の設定に際して行われる渦流計測においても行われる。すなわち、この場合、渦流計測値相関関係から導かれる基準部品60についてのX値及びY値に対応する出力値X変化量及び出力値Y変化量が補正量とされ、多数の良品について計測されたX値及びY値が補正される。つまりこの場合、焼入パターン検査装置においては、渦流探傷器20の補正部27は、設定部26に設定された渦流計測値相関関係から導かれる基準部品60についてのX値またはY値に対応する出力値X変化量及び出力値Y変化量を補正量として、多数の良品について計測されたX値及びY値を補正する。
以上のような本実施形態の焼入パターン検査によれば、渦流計測による焼入パターンの検査において、計測系における機構やアルゴリズムの複雑化を招くことなく、計測系の温度変化の渦流計測値に対する影響を低減し、渦流計測値のバラツキを抑制することができ、計測精度の向上を図ることができる。
すなわち、本実施形態の焼入パターン検査においては、経時温度変化によって変化する渦流計測値が温度使用として利用されることで、温度センサ等の計測系の温度を計測するための手段が用いられることなく、渦流計測値についての温度補正が行われる。このため、渦流計測に際して既存のシステム構成のままでの温度補正が可能となる。したがって、温度補正によって経時温度変化にともなう渦流計測値のバラツキを抑制するに際し、計測系における機構やアルゴリズムの複雑化を招くことがない。
また、本実施形態の焼入パターン検査においては、実部品としてのマスターワーク(例えば良品であることが既知のワーク)の代用として、材質、コイル充填率、表面性状がワーク50と同等とされた基準部品60が用いられ、基準部品60と実部品としての基準ワークとで、検量線を作成するためのデータ(渦流計測値)が取得される。このため、実部品としてのマスターワークが必要とされることなく、渦流計測に際して既存のシステム構成のままで、温度補正における標準比較方式の適用が可能となる。
続いて、本発明のより好ましい実施の形態について、実際の渦流計測結果例等を用いて説明する。なお、以下に説明する実施の形態においては、前述した実施の形態と重複する部分については、同一の符号を用いる等して適宜説明を省略する。
図14に示すように、本実施形態では、温度補正に際しての検量線の作成に用いられる基準部品(前記基準部品60参照)として、焼入パターン検査装置に備えられ渦流計測の対象となるワーク50に接触した状態となる接触部材としてのセンターピン70が用いられる。センターピン70は、ワーク50及び渦流貫通コイル13を支持するための計測治具30に備えられる。
すなわち、図14に示すように、本実施形態の焼入パターン検査装置においては、センターピン70を有する計測治具30が備えられる。計測治具30は、基台31を有し、この基台31上に、ワーク50が載置される載置面32aを形成する載置台32を有する。軸状の部材であるワーク50は、軸方向が鉛直方向(図14における上下方向)となるように直立姿勢をとった状態で、載置台32の載置面32a上にて支持される。ここで、載置台32上に支持された状態のワーク50の上側端面50dに、センターピン70が接触した状態となる。
計測治具30は、載置台32上に支持されたワーク50の渦流計測を行うための渦流貫通コイル13を支持する。計測治具30においては、渦流貫通コイル13をワーク50に対応する姿勢で移動可能に支持するための移動支持体34が設けられる。移動支持体34は、基台31上に立設される支柱35等によって移動可能に支持される。移動支持体34は、貫通孔34aを有する板状の部材として構成され、載置台32上に支持されるワーク50を貫通孔34aに挿通させた状態で支持される。移動支持体34に対し、渦流貫通コイル13が、そのケース14を介してワーク50に対応する姿勢、すなわち貫通孔14aにワーク50を挿通させた状態で固定されることで支持される。つまり、移動支持体34に渦流貫通コイル13が支持された状態で、互いの貫通孔34a・14aが略同軸状態となり、これら貫通孔34a・14aに、載置台32上に支持されるワーク50が貫通した状態となる。このように、計測治具30においては、ワーク50は、渦流貫通コイル13に対して所定の姿勢で支持される。
移動支持体34は、支柱35に対して、載置台32上に支持されるワーク50の軸方向(図14における上下方向)に移動可能に支持される(矢印E1参照)。これにより、渦流貫通コイル13が、ケース14の貫通孔14aにワーク50を挿通させた状態で、ワーク50の軸方向に移動可能に設けられる。このような構成を有する計測治具30においては、ワーク50についての渦流計測に際し、ワーク50の直立姿勢での保持及びワーク50(の軸方向)に対する渦流貫通コイル13の移動方向について、要求される所定の精度が確保される。
センターピン70は、載置台32上のワーク50の渦流貫通コイル13に対するセンター出し(位置合わせ)を行うための部材である。センターピン70は、円柱棒状の形状を有する。センターピン70は、一側端部(下端部)に、ワーク50の上側端面50dに接触する部分であって略円錐形状を有する部分である接触部70aを有する。つまり、センターピン70は、接触部70aの尖端部をワーク50の上側端面50dに接触させた状態となる。したがって、センターピン70は、載置台32上のワーク50に接触した状態で、軸状の部材であるワーク50と同軸心上に位置する。このように、センターピン70は、載置台32上のワーク50を、載置面32aとともに挟んだ状態で所定の姿勢に保持する。なお、センターピン70は、図示せぬ支持機構によって支持される。
このように、センターピン70は、渦流貫通コイル13に対して所定の姿勢で支持された状態のワーク50に接触した状態で、検査部位50aについての渦流計測(X値及びY値の計測)に際しての渦流貫通コイル13のワーク50に対する移動方向への移動によって、渦流貫通コイル13による渦流計測が可能となる形状を有する。
ここで、検査部位50aについての渦流計測に際しての渦流貫通コイル13のワーク50に対する移動方向とは、前述したように計測治具30において移動支持体34を介して移動可能に設けられる渦流貫通コイル13の移動方向である。したがって、本実施形態では、かかる渦流貫通コイル13の移動方向は、載置台32上のワーク50の軸方向(図14における上下方向)となる。つまり、センターピン70は、ワーク50に接触した状態(同軸心上に位置する状態)で、渦流貫通コイル13の上下方向への移動によって、渦流貫通コイル13による渦流計測が可能な形状として、円柱棒状の形状を有する。言い換えると、センターピン70が円柱棒状の形状を有することにより、ワーク50に接触した状態のセンターピン70の渦流計測に際し、上下方向に移動可能に設けられる渦流貫通コイル13が、ワーク50と共用される。
なお、本実施形態においては、計測治具30は、支持された状態のワーク50に対して渦流貫通コイル13が移動する構成であるが、支持された状態の渦流貫通コイル13に対してワーク50が移動する構成、あるいは互いに移動する構成であってもよい。つまり、検査部位50aについての渦流計測に際しての渦流貫通コイル13のワーク50に対する移動方向は、渦流貫通コイル13のワーク50に対する相対的な移動方向となる。
このように、センターピン70が略円柱形状を有することで、センターピン70の渦流計測に際して、ワーク50の渦流計測に用いられる渦流貫通コイル13の移動方向についての移動動作が用いられる。したがって、本実施形態では、図14に示すように、ワーク50に対して上側から接触するセンターピン70の渦流計測に際しては、渦流貫通コイル13は、移動支持体34の移動によってワーク50の上方に移動する(二点鎖線参照)。
このようにして計測治具30に備えられるセンターピン70が、温度補正に際しての検量線の作成に用いられる基準部品として用いられる。したがって、センターピン70は、少なくとも材質、コイル充填率、及び表面性状についてワーク50を模したものである。すなわち、センターピン70は、ワーク50を構成する材料と同等の特性を備えた材料により構成される。また、センターピン70は、ワーク50と共通の渦流貫通コイル13が用いられて渦流計測を受けるものであり、ワーク50の検査部位50aの部分と略同じ径を有する。また、センターピン70の表面性状は、ワーク50の表面性状と同等とされる。また、センターピン70に対しては、錆び防止のための表面処理(防錆コーティング)が適宜施される。
また、図14に示すように、本実施形態に係る焼入パターン検査装置においては、コンピュータ28が備えられる。コンピュータ28は、渦流探傷器20に接続され、トレランスゾーン41を表すX−Y平面40や、このX−Y平面40上において渦流計測値(出力値X及び出力値Y)から定まる(プロットされる)点等を表示する。つまり、本実施形態に係る焼入パターン検査装置は、コンピュータ28によって、X−Y平面40におけるトレランスゾーン41やワークについての渦流計測値から定まる点等が視覚的に把握できる構成となっている。
以上のように、基準部品として、センターピン70を備える焼入パターン検査装置において、ワーク50の検査部位50aについて計測される渦流計測値について温度補正が行われる。すなわち、温度補正に際しては、経時温度変化にともなう、センターピン70についてのX値及びY値のいずれか一方の値の変化と、基準ワークについての出力値X変化量及び出力値Y変化量の変化との相関関係を表す検量線が作成される。
図15は、センターピン70及び基準ワークについての渦流計測値及び温度、ならびに焼入パターン検査装置における各部の温度の計測結果の一例を示す。なお、本例に係る計測において、渦流計測値(出力値X及び出力値Y)の単位はいずれもmVであり、温度の単位はいずれも℃である。図15の表における時刻の欄に示すように、本例に係る計測は、渦流貫通コイル13の通電が開始されてから、渦流計測値が安定する状態である計測系の温度が安定した状態となるまでの経時温度変化において、所定の基準時(時刻13:40)から10分経過毎の各時刻にて、計10回(時刻15:10まで)行われたものである。
したがって、本例に係る計測において、コイル温度、アンプ温度(渦流探傷器20の温度)、センターピン温度(センターピン70の温度)、及びワーク温度(基準ワークの温度)は、いずれも経時的に上昇する傾向にある。なお、これらの装置各部の温度は、熱電対等が用いられて計測されたものである。そして、このような各部の温度の上昇(経時温度変化)にともない、センターピン70及び基準ワークについての渦流計測値(出力値X及び出力値Y)は、いずれも経時的に増加(負の値が減少)する傾向にある。
これら各種の計測値が用いられ、温度補正に用いられる検量線が作成される。なお、本例では、センターピン70についての出力値X及び出力値Yのうち、出力値Xが用いられる。すなわち、本例では、センターピン70の出力値Xの変化と、基準ワークの出力値X変化量及び出力値Y変化量それぞれの変化との相関関係を表す検量線が作成される。
まず、X値についての検量線について説明する。本計測結果例では、各時刻における基準ワークの出力値X変化量は、図16(a)の表における“出力値X変化量”の欄に示される値となる。ここで、本計測結果例においては、出力値X変化量の算出に用いられるX基準値として、時刻15:10における基準ワークの出力値Xの値が用いられる。これは、装置各部の温度の計測値の変化からわかるように、時刻15:10での温度は経時温度変化における安定した状態の温度(上昇が収まった温度)と言えることに基づく。したがって、時刻15:10における基準ワークの出力値Xの値(−4024.7)が、経時温度変化における渦流計測値の収束する値としてのX基準値として用いられる。なお、図16の各表に示される各計測値について、同じ行の値は同時刻についてのものであり、各行に対応する時刻は図15の表における各時刻に対応している。
出力値X変化量の具体的な算出例としては、時刻13:40における計測値に着目した場合、−5394.3(ワーク出力値X)−(−4024.7(X基準値))=−1369.6(出力値X変化量)となる。他の各時刻についても同様に、ワーク出力値XからX基準値(−4024.7)が減算されることにより、出力値X変化量が算出される。このため、時刻ワーク出力値Xについての計測値がX基準値として採用される時刻15:10における出力値X変化量は、0となる。
図17は、横軸をセンターピン70の出力値Xとし、縦軸を基準ワークの出力値X変化量とする座標平面において、各時刻についてのセンターピン70の出力値Xと前記のようにして算出された出力値X変化量とから定まる点がプロットされたものを示している。そして、座標平面上にプロットされた各時刻に対応する計10個の点の分布について、最小自乗法が用いられて一次関数(直線)が近似されることで、検量線SL1が得られる。本計測結果例においては、検量線SL1を表す一次関数として、横軸(センターピン出力値X)がx軸、縦軸(ワーク出力値X変化量)がy軸とされる場合における次式が得られた。
y=1.0642x+928.86 ・・・(1)
上記式(1)により表される検量線SL1は、本計測結果例による座標平面上における点の分布に対して、当てはまり具合の指標となる決定係数R2(R:相関係数)が、R2=0.9997という値を示す。かかる決定係数の値は、きわめて強い相関があるということを示している。このことは、経時温度変化によって変化する渦流計測値が、装置各部の温度の代用値として利用できることの根拠となる。
上記式(1)により表される検量線SL1が用いられ、温度補正が行われる。すなわち、検量線SL1から導かれるセンターピン70についてのX値(出力値X)に対応する出力値X変化量が補正量とされ、ワークについて計測されたX値が補正される。具体的には、時刻13:40における計測値に着目した場合、センターピン70についての出力値Xの値は−2169.2であり、かかる値(−2169.2)が、上記式(1)におけるxに代入される。これによって上記式(1)からyの値として算出される出力値X変化量に対応する値(−1379.6)が、補正量となる(図16(a)、“補正量”の欄参照)。他の各時刻についても同様に、センターピン70についての出力値Xが上記式(1)におけるxに代入されることにより、yの値として補正量が算出される。
このようにして算出される補正量は、出力値X変化量に対して近似する値となっている。これは、前記のとおり上記式(1)により表される検量線SL1が、座標平面上における点の分布に対してきわめて強い相関があることによる。
そして、検量線SL1及びセンターピン70の出力値Xから算出された値(出力値X変化量)が補正量とされ、ワークについて計測されたX値が補正される。実際には、時刻13:40における計測値に着目した場合、ワークについて計測された出力値Xの値である−5394.3に対して、補正量に基づく1379.6が加算されることで、補正後の値である−4014.7が算出される(図16(a)、“補正後の値”の欄参照)。つまりこの場合、−5394.3(ワーク出力値X)−(−1379.6(補正量))=−4014.7(補正後の値)となる。他の各時刻についても同様に、ワーク出力値Xから補正量が減算される(ワーク出力値Xに対して足りない分が加算される)ことにより、補正後の値が算出される。
次に、Y値についての検量線について説明する。Y値についての検量線は、X値についての検量線の場合と同様にして作成される。本計測結果例では、各時刻における基準ワークの出力値Y変化量は、図16(b)の表における“出力値Y変化量”の欄に示される値となる。ここで、本計測結果例においては、出力値Y変化量の算出に用いられるY基準値として、時刻15:10における基準ワークの出力値Yの値(−3265.4)が用いられる。したがって、出力値Y変化量は、ワーク出力値YからY基準値(−3265.4)が減算されることにより算出される。
図18は、横軸をセンターピン70の出力値Xとし、縦軸を基準ワークの出力値Y変化量とする座標平面において、各時刻についてのセンターピン70の出力値Xと前記のようにして算出された出力値Y変化量とから定まる点がプロットされたものを示している。そして、座標平面上にプロットされた各時刻に対応する計10個の点の分布について、最小自乗法が用いられて一次関数(直線)が近似されることで、検量線SL2が得られる。本計測結果例においては、検量線SL2を表す一次関数として、横軸(センターピン出力値X)がx軸、縦軸(ワーク出力値Y変化量)がy軸とされる場合における次式が得られた。
y=0.1971x+156.81 ・・・(2)
上記式(2)により表される検量線SL2は、本計測結果例による座標平面上における点の分布に対して、決定係数R2(R:相関係数)が、R2=0.9735という値を示す。かかる決定係数の値は、X値についての検量線SL1の場合と同様、きわめて強い相関があるということを示している。
上記式(2)により表される検量線SL2が用いられ、温度補正が行われる。すなわち、検量線SL2から導かれるセンターピン70についてのX値(出力値X)に対応する出力値Y変化量が補正量とされ、ワークについて計測されたY値が補正される。つまり、X値についての検量線SL1の作成の場合と同様、センターピン70についての出力値Xが上記式(2)におけるxに代入されることにより、yの値として補正量が算出される(図16(b)、“補正量”の欄参照)。このようにして算出される補正量は、前記のとおり上記式(2)により表される検量線SL2が、座標平面上における点の分布に対してきわめて強い相関があることから、出力値Y変化量に対して近似する値となっている。
そして、検量線SL2及びセンターピン70の出力値Xから算出された値(出力値Y変化量)が補正量とされ、ワークについて計測されたY値が補正される。つまり、ワーク出力値Yから補正量が減算される(ワーク出力値Yに対して足りない分が加算される)ことにより、補正後の値が算出される(図16(b)、“補正後の値”の欄参照)。
なお、本計測結果例における補正後の値は、基準ワークについての渦流計測値(X値及びY値)が検量線SL1及び検量線SL2に基づいて補正されたものである。この点、温度補正は、実際には、前記のとおり本計測結果例に基づいて予め作成された検量線SL1及び検量線SL2が用いられることにより、焼入パターンの検査対象となるワーク50の検査部位50aについて計測された渦流計測値(X値及びY値)に対して行われる。
すなわち、ワーク50の検査部位50aについての焼入パターンの検査に際しては、同時刻においてワーク50及びセンターピン70についての渦流計測値が計測される。そして、本例に係る検量線SL1及び検量線SL2が用いられる場合、検量線SL1及び検量線SL2からセンターピン70の出力値Xが用いられて算出された補正量により、ワーク50について計測された渦流計測値(X値及びY値)が補正される。ここで、本実施形態の焼入パターン検査装置においては、ワーク50及びセンターピン70についての渦流計測が、共通の渦流貫通コイル13が用いられて行われる。このため、ワーク50及びセンターピン70についての渦流計測が行われる同時刻とは、少なくとも渦流貫通コイル13のワーク50−センターピン70間の移動時間程度の時間差(タイムラグ)を許容する程度の幅を有する。
以上のようにして本計測結果例において行われた温度補正の結果について検討する。図19は、X値(出力値X)についての温度補正の結果に係るグラフを示す。図19において、三角形で示される点の集合によるグラフGx1は、経時温度変化における補正前の出力値Xの変化を示す。また、四角形で示される点の集合によるグラフGx2は、経時変化における補正後の出力値Xの変化を示す。また、菱形で示される点の集合によるグラフGx3は、経時温度変化における計測系の温度としてのコイル温度の変化を示す。
グラフGx1及びグラフGx3からわかるように、補正前の出力値Xは、経時温度変化において、コイル温度の上昇にともなって増加する。すなわち、経時温度変化においては、コイル温度は、徐々に上昇した後に安定した状態となり、渦流計測値としてのX値は、補正されない場合、コイル温度の変化に追従するかたちとなる。言い換えると、温度補正が行われない場合、コイル温度が安定した状態となるまでの間に計測されるX値は、コイル温度が安定している状態で計測されるX値に対して誤差を有し、コイル温度が安定した状態となるまで安定した値(略一定の値)に収束しない。
このような補正前の出力値Xの変化に対し、グラフGx2からわかるように、補正後の出力値Xは、経時温度変化において、コイル温度の変化にかかわらず略一定の値となっている。すなわち、温度補正が行われることで、コイル温度が安定した状態となるまでの間に計測されるX値について、コイル温度が安定している状態で計測されるX値に対する誤差が解消されている。言い換えると、温度補正により、出力値Xについて、コイル温度の安定にともなって安定するまでの変化分が補正され、出力値Xが略一定の値に安定している。このように、温度補正が行われることで、経時温度変化の下においても、温度の影響を受けて変化する渦流計測値としてのX値に対する経時温度変化による影響が低減され、出力値Xのバラツキの範囲が大幅に低減される。
このような温度補正による効果は、渦流計測値であるY値についても同様に得られる。すなわち、図20は、Y値(出力値Y)についての温度補正の結果に係るグラフを示す。図20において、グラフGy1は、経時温度変化における補正前の出力値Xの変化を示し、グラフGy2は、経時変化における補正後の出力値Xの変化を示し、グラフGy3は、経時温度変化における計測系の温度としてのコイル温度の変化を示す。
そして、グラフGy1及びグラフGy3からわかるように、補正前の出力値Yは、経時温度変化において、コイル温度の上昇にともなって増加する。これに対し、グラフGy2からわかるように、補正後の出力値Yは、経時温度変化において、コイル温度の変化にかかわらず略一定の値となっている。このように、Y値についても、温度補正が行われることで、経時温度変化の下においても、温度の影響を受けて変化する渦流計測値としてのY値に対する経時温度変化による影響が低減され、出力値Yのバラツキの範囲が大幅に低減される。
なお、温度補正による補正量について、出力値Xの場合の方が出力値Yの場合に比して大きいことは、本計測結果例が得られるに際して用いられた交流励磁信号V1の周波数の領域が、前述したようなインピーダンス変化において温度の影響を受けて変化する導電率の変化量について、X値の変化による変化量の方がY値の変化による変化量よりも大きくなる周波数の領域であることに起因する。
また、本計測結果例における温度補正の結果について、経時温度変化において生じる渦流計測値のバラツキの範囲が低減していることを、具体的な数値を用いて説明する。図16(a)の表に示すように、X値について、補正後の値の最大値(max)は、−4014.7であり、最小値(min)は、−4036.87である。そして、これら最大値と最小値との差は、22.16822(mV)である。かかる値が、X値についての補正後の値のバラツキの範囲となる。一方、補正前の出力値Xについてのバラツキの範囲は、図16(a)の表の“出力値X変化量”の欄において、X基準値に対する変化量(絶対値)が最も大きい1369.6(mV)に対応する。このように、経時温度変化において生じるX値のバラツキの範囲は、温度補正により、補正前との比較において大幅に低減している。
また、図16(b)の表に示すように、Y値について、補正後の値の最大値(max)は、−3248.5607であり、最小値(min)は、−3292.8432である。そして、これら最大値と最小値との差は、44.28256(mV)である。かかる値がY値についての補正後の値のバラツキの範囲となる。一方、補正前の出力値Yについてのバラツキの範囲は、図16(b)の表の“出力値X変化量”の欄において、Y基準値に対する変化量(絶対値)が最も大きい253.9(mV)に対応する。このように、経時温度変化において生じるY値のバラツキの範囲は、X値の場合と同様、温度補正により、補正前との比較において大幅に低減している。
また、図16(c)の表に示すように、本計測結果例においては、渦流計測値について、従来行われている補正の一種であるゼロ調整が行われた後の値も得られている。本例において、ゼロ調整は、基準ワークについての出力値X及び出力値Yから、センターピン70についての出力値X及び出力値Yがそれぞれ減算されることで行われる。したがって、図16(c)の表において、ゼロ調整が行われた後の出力値X(“ゼロ調整後(X)“の欄参照)は、図15に示す表において、ワーク出力値Xからセンターピン出力値Xが減算された値に対応する。同様に、ゼロ調整が行われた後の出力値Y(“ゼロ調整後(Y)“の欄参照)は、図15に示す表において、ワーク出力値Yからセンターピン出力値Yが減算された値に対応する。
図16(c)に示すように、ゼロ調整後の出力値Xについて、最大値(max)は、−3144.5であり、最小値(min)は、−3225.1である。そして、これら最大値と最小値との差、つまりバラツキの範囲は、80.6(mV)である。また、ゼロ調整後の出力値Yについて、最大値(max)は、−1131.6であり、最小値(min)は、−1350.1である。そして、これら最大値と最小値との差、つまりバラツキの範囲は、218.5(mV)である。
これらゼロ調整後の出力値X及び出力値Yについてのバラツキの範囲は、補正前の出力値X及び出力値Yについてのバラツキの範囲よりも小さいものの、温度補正による補正後の出力値X及び出力値Yについてのバラツキの範囲のよりも大きい。つまり、本実施形態の温度補正によれば、従来行われているゼロ調整に対しても十分に経時温度変化において生じる渦流計測値のバラツキの範囲についての低減効果が得られる。
図21は、数日単位における渦流計測値の変化の一例を示す。図21において、(a)は、温度補正前についてのものであり、(b)は、温度補正後のものである。また、図21(a)、(b)それぞれにおいて、三角形で示される点(黒色の点)は、X値を示し、丸形で示される点(薄墨色の点)は、Y値を示す。なお、図21(a)、(b)それぞれにおいて示される渦流計測値の範囲(縦軸の範囲)は、いずれも同じ(1000mV)である。
図21(a)に示すように、温度補正前の渦流計測値について、出力値Yの経時的な変化に着目すると、不連続な部分(途切れた部分)が存在する(破線で囲まれる部分P1〜P5参照)。このような出力値Yの経時的な変化における不連続な部分は、例えば、工場等の作業現場にて、一日単位の区切りにおいて装置の電源が落とされた後、翌日再び電源が入れられて作業が開始されることに対応する。このような不連続な部分は、出力値Xにおいても同様に存在する。すなわち、図21(a)からわかるように、温度補正前における渦流計測値は、数日単位の経時温度変化において、装置の電源がOFFの状態からONとされる度に、徐々に増加して安定するという変化を繰り返しており、不安定である。
これに対し、図21(b)に示すように、温度補正後の渦流計測値は、出力値X及び出力値Yいずれについても、数日単位の経時温度変化において、装置の電源のON/OFF等に際して若干の変動はみられるものの、安定した値を示す。そして、渦流計測値の変化において、渦流計測値のバラツキの範囲が、出力値X及び出力値Yいずれについても、温度補正前の渦流計測値の変化との比較においてきわめて小さくなっている。つまり、温度補正が行われることにより、渦流計測値に対する経時温度変化による影響が低減され、数日単位においても渦流計測値のバラツキが抑制されている。
図22は、X−Y平面40において設定されるトレランスゾーン41及び計測点の分布の一例を示す。図22において、(a)は、温度補正前についてのものであり、(b)は、温度補正後のものである。なお、図22(a)及び(b)は、同種の部品の同じ検査部位ついてのデータである。
図22(a)において、横軸に示す出力値Xについての範囲は、−9000〜−7000(mV)であり、縦軸に示す出力値Yについての範囲は、−4000〜−2000(mV)であり、いずれも2000(mV)の範囲である。これに対し、図22(b)においては、横軸に示す出力値Xについての範囲は、−5000〜−4000(mV)であり、縦軸に示す出力値Yについての範囲は、−4000〜−3000(mV)であり、いずれも1000(mV)の範囲である。
したがって、図22(a)と同図(b)との対比からわかるように、温度補正が行われることにより、経時温度変化による渦流計測値のバラツキ、つまり計測点の分布のバラツキが低減されている。言い換えると、温度補正が行われることにより、計測点の収束度合いが高まっている。これにともない、多数の良品データの分布に基づいて設定されるトレランスゾーン41のX−Y平面40上における面積が小さくなる。具体的には、本例の場合、図22(b)に示される温度補正後のトレランスゾーン41bは、同図(a)に示される温度補正前のトレランスゾーン41aに対して、約1/4〜1/5程度の面積となっている。
このように、渦流計測値について温度補正が行われることにより、焼入パターンの良否の判定に用いられるトレランスゾーン41を小さくすることができる。このことは、前述したようにトレランスゾーン41によるワーク50の良否判定において指標として用いられる分離値について、不良品であるワーク50についての分離値を大きくすることができることに対応する。これにより、トレランスゾーン41によるワーク50の良否判定の判定精度、つまり焼入パターンの検査精度を向上させることができる。
以上説明した本実施形態に係る焼入パターン検査によれば、渦流計測による焼入パターンの検査において、コイル温度やアンプ温度等の計測系の温度変化による渦流計測値の温度ドリフトを無効化することができる。これにより、渦流計測値のバラツキを抑制することができ、計測精度を格段に向上させることができる。また、温度補正に際しての検量線の作成に用いられる基準部品として、ワーク50等を支持する計測治具30に備えられるセンターピン70が用いられることで、渦流計測に際して既存のシステム構成を利用することができるとともに、計測作業の効率化を図ることができる。
また、温度補正において一次関数として作成される検量線については、その傾きが、ワークの材質毎にある程度固有の値となる。このため、同じ材質の部品であれば、一度作成された検量線についての傾き(またはそれに近似する値)が用いられることで、温度補正が可能となる。また。センターピン70と形状が全く違う部位が計測される場合でも、温度補正用の検量線が用いられることで、正確な温度補正が可能となる。さらに、検量線について、その切片が検査部位の形状等に応じて調整されることで、X−Y平面40上の任意の領域に計測点の分布を収束させることが可能となる。このように、本実施形態に係る焼入パターン検査によれば、検査部位の形状や材質等に対してフレキシブルな温度補正を実現することができる。
また、本実施形態の焼入パターン検査によれば、渦流計測値を表すX−Y平面40において予め設定されるトレランスゾーン41が用いられることで、非破壊計測である渦流計測による計測値(X値及びY値)から、ワーク50についての焼入パターンの良否の判定を行うことができるので、焼入パターンについてのインラインでの全数検査(全数保証)が可能となる。これにより、従来行われていた破壊試験である抜取りによるねじり試験を廃止することができ、ねじり試験廃止にともなうロスコストや工数の削減を図ることができる。この結果、焼入品質を向上させることができるとともに、焼入パターンの検査に際し、ロスコストや時間の削減を図ることができる。
また、複数のワーク50について連続的に焼入パターンの検査が行われるに際し、渦流計測結果が常時モニタリングされることで、例えば高周波焼入等の焼入を施すための装置における冷却水の詰まりやパワーの急変動等の焼入異常が生じた場合、それをリアルタイムで検知することができ、焼入異常について早期対策を講ずることが可能となる。
また、実際の組立ライン等において全部品の渦流計測値が取得されることで、トレーサビリティ管理を行うことが可能となる。これに関連して、前記のような焼入異常の発生とワーク50における焼入パターン切れ発生との相関を究明することができ、良品についての製造要件や管理要件を知見化することが可能となる。