以下、添付図面を参照しながら本発明に係る流体系の温度推定方法、流体系の温度分布推定方法、流体系の温度モニタリング方法および溶融金属設備の溶融金属温度制御方法、ならびに流体系の温度推定装置の好適な実施の形態について詳細に説明する。ここで、流体系とは、温度推定や濃度推定の対象となる流体と、対象流体の流動挙動や熱挙動や物質濃度挙動に影響を与える周囲の部位、たとえば流体容器、流体中の構造物、加熱装置、流体の流入出部位などを含む系である。なお、本明細書において、流体とは、液体、気体などの一定の形状を有しない液状、気体状のものに加え、砂などの固体などの固体粒子群を例とする流動性を有する物質を含むものとする。
本発明は、流体系の流れが特に重要となる対象、例えば、流体が流れる容器内が仕切り板で部分的に区切られている流体設備等に適用される。このような流体設備に対して、上述した非特許文献1のように温度推定点と温度実測点との距離という幾何学的な情報のみを指標として重みを算出し、重み付け平均により温度推定を行なうと、仕切り板の有無にかかわらず温度推定点と温度実測点の直線距離を指標として温度推定を行うため、仕切り板を越えて連続となる温度分布が推定されてしまう。しかしながら、現実の温度は、前記流体設備では仕切り板により流体の流れがさえぎられて仕切り板を境に不連続となるため、現実の温度分布と大きく異なる温度分布を推定することになり好ましくない。
そこで、仕切り板などによる温度の不連続現象までうまく推定できる温度推定方法について熟考した結果、流体系の流れに基づく指標を用いる本発明を思いついた。本発明では、移流拡散によって流体が温度実測点iから温度推定点jへ移動するのに要する時間τ1ij、および流体が温度推定点jから温度実測点iへ移動するのに要する時間τ2ijを温度推定の指標として用いる。そして2つの指標値(τ1ij,τ2ij)に対し、単調非増加関数となるような重み関数f(τ1ij,τ2ij)を用い、温度推定点jにおける温度実測点iの重みをW(τ1ij,τ2ij)として算出し、各温度実測値Tiと該重みW(τ1ij,τ2ij)とを用いた重み付き平均によって温度推定を行う。
具体的には、温度推定点jの推定温度Te
jと温度実測点iの温度実測値T
iとの関係は、式(2)にて表される。
τ1ijは温度実測点iから見て流れの下流側の温度推定点jの方向へ流体が移動するのに要する時間なので、下流側伝達時間と呼び、同様に、τ2ijは温度実測点iから見て流れの上流側の温度推定点jの方向から流体が移動するのに要する時間なので、上流側伝達時間と呼ぶ。また、以下、下流側伝達時間と上流側伝達時間の対(τ1ij、τ2ij)を伝達時間と呼ぶ。伝達時間は、移流拡散によって流体が温度実測点iから温度推定点jへ移動するのに要する時間および温度推定点jから温度実測点iへ流体が移動するのに要する時間と対応する指標であれば何でも良く、定義方法は特に限定されない。
流体力学の原理によると、流体系において流体がある2点間を移動する時間は、流体中の熱エネルギーや流体中に含まれる物質成分が2点間を移動する際にかかる時間と等価であることが知られている。よって、伝達時間は、流体の温度や流体中に溶解している成分の濃度や温度を実測したり、あるいは計算することにより算出することができる。したがって、移流拡散によって所定量の熱が温度実測点iから温度推定点jへ移動するのに要する時間を下流側伝達時間と、所定量の熱が温度推定点jから温度実測点iへ移動するのに要する時間を上流側伝達時間と定義することもできる。
ここで、図1〜図5を参照して、流体系における温度推定の指標となる下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijを熱の移動により算出する方法について説明する。図1は、上部が開放された容器に流体が収容された流体系のモデルの一例を示す図である。図2は、図1の流体系における下流側伝達時間τ1ijを説明する図である。図3は、図2における下流側伝達時間τ1ijを算出するための温度と時間の相関図である。図4は、図1の流体系における上流側伝達時間τ2ijを説明する図である。図5は、図4における上流側伝達時間τ2ijを算出するための温度と時間の相関図である。
図1に示すように、流体系1は、上部が開放された容器2に流体4を収容し、容器2内部には、流体4の流れを妨げる仕切り板3が配置されている。容器2内の左側には黒丸で示す位置P−1に温度実測点i、右側には白丸で示す位置P−2に温度推定点jを配置する。容器2内の流体4は、破線で示すように、上部液面近辺は左から右に流れ、仕切り板3で一旦下降し、その後上昇した後、右側壁面で再度上部から下部に下降し、底面近辺において右から左方向に流れを変え、再度左側壁面で下部から上部に上昇するように流れている。
流体系1において、黒丸で示す位置P−1に配置する温度実測点iから白丸で示す位置P−2に配置する温度推定点jへの熱の移動は、図2の破線矢印で示す流体4の流れとともに実線矢印のように移動する。所定量の熱が温度実測点iから温度推定点jへ移動するのに要する下流側伝達時間τ1ijは、図2に示すように、温度実測点iである位置P−1で発熱させ、位置P−1から流体4の流れとともに移動する熱(図2の実線矢印)を温度推定点jである位置P−2で計測することにより行うことができる。図3に示すように、温度推定点jにおいて初期温度T0から閾値温度TCまで温度が上昇するのに要した時間を下流側伝達時間τ1ijとして算出できる。
同様に、流体系1において、白丸で示す位置P−2に配置する温度推定点jから黒丸で示す位置P−1に配置する温度実測点iへの熱の移動は、図4の破線矢印で示す流体4の流れとともに実線矢印のように移動する。所定量の熱が温度推定点jから温度実測点iへ移動するのに要する上流側伝達時間τ2ijは、図4に示すように、温度推定点jである位置P−2で発熱させ、位置P−2から流体4の流れとともに移動する熱(図4の実線矢印)を温度実測点iである位置P−1で計測することにより行う。図5に示すように、温度実測点iにおいて初期温度T0から閾値温度TCまで温度が上昇するのに要した時間を上流側伝達時間τ2ijとして算出できる。
あるいは、流体が電解質水溶液である流体系において、流体の溶質である電解質濃度を電気伝導度計により測定することにより、伝達時間を算出することも出来る。流体系の温度実測点iと温度推定点jを設定し、まず温度実測点iの位置で食塩のような電解質を投入し、温度推定点jで電気伝導度計を用いて電解質濃度を計測する。電解質を投入してから電気伝導度計で電解質濃度がある閾値を超えるまでにかかる時間τ1ijを計測する。さらに、温度推定点jで電解質を投入し、温度実測点iの位置で電気伝導度を計測し、閾値を越えるまでにかかる時間τ2ijを計測することにより、伝達時間(τ1ij、τ2ij)を実測することができる。
なお、数値流体シミュレーションを用いて、上記実験と同様の数値シミュレーションを行うことによっても伝達時間を算出することができる。
以下、数値流体シミュレーションを用いて伝達時間を算出する方法を例にして、温度推定点jにおける温度算出方法について説明する。まず、上述した式(2)における重みW(τ1ij、τ2ij)の算出方法の具体的な手順を、図6を参照して説明する。図6は、数値流体シミュレーションを用いた重みW(τ1ij、τ2ij)の算出手順を示すフローチャートである。
まず、数値流体シミュレーションを用い、流体系の代表的な境界条件を設定した後(ステップS101)、設定した境界条件に基づいて流れ場を算出する(ステップS102)。
流れ場計算は、対象の流体系の特徴にあわせて、2次元、3次元のいずれでも可能である。流れ場計算は、流体の流れ場と温度場を計算することができる熱流体解析ソルバーならば、市販品を含め何を用いても良く、例えば、ANSYS FLUENT(登録商標)などにより流れ場計算を行うことができる。
次に、流体系の温度実測点i(i=1〜N)と温度推定点j(j=1〜M)を設定し(ステップS103)、設定した温度実測点i(i=1〜N)と温度推定点j(j=1〜M)から、重みWijを算出する温度実測点iと温度推定点jを指定する(ステップS104)。なお、温度実測点の数Nは、少なくとも2以上設定するものとする。
続いて、流体系全体に初期温度T0(単位K)を与えるとともに(ステップS105)、温度実測点iの位置に発熱量S(単位W)を設定する(ステップS106)。この条件で温度分布の非定常計算を行い(ステップS107)、温度推定点jにおける温度上昇挙動を計算する。温度推定点jの温度が閾値温度TC(単位K)に到達したら、温度がT0からTCに到達するまでにかかった時間τ1ijを記録する(ステップS108)。τ1ijが下流側伝達時間となる。初期温度T0(単位K)は、伝達時間に影響を与えない値なので、どのような値を与えても良い。発熱量S(単位W)および閾値温度TC(単位K)に関しては、対象の流体系によって最適値が異なる。例えば、溶融亜鉛めっきポット、溶銑保持炉およびタンディッシュの一般的な場合、S=2,000KW、TC=T0+1K程度とすればよい。
同様にして、流体系全体に初期温度T0を与えた後(ステップS109)、温度推定点jの位置に発熱量S(単位W)を与え(ステップS110)、温度分布の非定常計算を行い(ステップS111)、温度実測点iの位置の温度がT0からTCに到達するまでにかかった時間τ2ijを記録する(ステップS112)。τ2ijが上流側伝達時間となる。
以上のようにして、温度実測点iと温度推定点jとの間の伝達時間(τ1ij、τ2ij)を得た後、後述するガウス分布関数などの重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて重みWijを算出する(ステップS113)。
ここで、重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、任意のτ
2ijに対してτ
1ijの単調非増加関数となり、かつ任意のτ
1ijに対してτ
2ijの単調非増加関数となるような関数である。すなわち、下式(3)となる関数である。
このW(τ
1ij、τ
2ij)は流体系の空間スケールや流速スケール、温度実測点配置間隔などによって最適な関数形が変わってくるが、比較的幅広い対象に利用できる重み関数Wとしては、下式(4)に示す最小伝達時間を用いたガウス分布関数を用いるのが最も望ましい。
式(4)におけるτminは最小伝達時間であり、伝達時間(τ1ij、τ2ij)のうち小さいほうの値として定義される。σはガウス分布の標準偏差であり、σを大きくして推定・補間すると空間的に平滑化した温度分布となり、σを小さくして推定・補間すると急峻な温度分布となる。対象となる流体系によってσの最適値は異なるが、一般的な溶融亜鉛めっきポット、溶融金属保持炉およびタンディッシュの場合はσ=60sec程度を用いると良い。
また、温度実測点iの近傍に発熱源や吸熱源があり、かつ発熱源や吸熱源が温度実測点iから見て流れの上流側にある場合には、重み関数Wは、式(4)の代わりに下流側伝達時間を用いたガウス分布関数(下式(5))を用いる。
同様に、温度実測点iの近傍に発熱源や吸熱源があり、かつ発熱源や吸熱源が温度実測点iから見て流れの下流側にある場合には、重み関数Wは、式(4)の代わりに上流側伝達時間を用いたガウス分布関数(下式(6))を用いる。
上述のようにして重みWijを算出するが、流体系全体の温度分布を推定し、可視化するためには、流体系全体に設定した温度推定点j(j=1〜M)について各温度実測点i(i=1〜N)との間の重みWijを算出し(ステップS114)、算出した重みWijをデータベースとして格納しておくことが好ましい(ステップS115)。
以上のように、重みWijを求めた後、重みWijを用いて任意の温度推定点jにおける温度を算出する。続いて、温度推定点jにおける温度推定処理を、図7を使用して説明する。図7は、図6の処理により算出した重みWijを用いた温度推定処理にかかるフローチャートである。
まず、設定した温度実測点i(i=1〜N)において、温度計測手段により温度を測定し、温度実測値T
i(i=1〜N)を取得する(ステップS201)。続いて、温度を推定する温度推定点jを指定し(ステップS202)、指定された温度推定点jに対する温度実測点i(i=1〜N)毎の重みW
ij(i=1〜N)をデータベースから取得する(ステップS203)。ステップS201で取得した温度実測値T
i(i=1〜N)とステップS203において取得した重みW
ij(i=1〜N)とを、下式(7)に当てはめて重み付き平均処理を行い、温度推定点jに対する推定温度Te
jを算出する(ステップS204)。
一方、熱供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系において、経時的に変動する温度を推定する場合は、温度推定時間taを指定し、該温度推定時間taと、流体系の流れ場の指標である下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとにより抽出時間tbijを決定した後、温度Tejを推定することが好ましい。本発明では、下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとに対し単調非増加関数となる重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて温度推定点jに対する温度実測点iの重みWijを算出し、前記重みWijと実測温度Tiとの重み付き平均を温度推定点jの温度Tejとして推定しているが、非定常的に熱供給および/または熱排出が行われる流体系では温度実測点iの温度Tiも経時的に変動している。したがって、下流側伝達時間τ1ijおよび/または上流側伝達時間τ2ijが大きい場合、温度推定点jの温度推定時間taの温度を推定する際に、温度推定時間taの実測温度Ti(ta)をそのまま重み付き平均の算出に使用すると、流れ場を反映することができず、正確な推定を行うことができない場合がある。このため、熱供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系の温度を推定する際には、温度推定時間taに対し流体系の流れ場を考慮した抽出時間tbijの実測温度Ti(tbij)を重み付き平均の算出に使用することにより、非定常的な熱供給および/または熱排出が行われる流体系において、温度推定点jの経時的に変動する温度Tejをより正確に推定することができる。
熱供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系においても、上記したのと同様に、数値流体シミュレーションを用いて、下流側伝達時間τ1ijおよび上流側伝達時間τ2ijを算出し、単調非増加関数となる重み関数W(τ1ij、τ2ij)を用いて重みWijを算出する。算出した重みWijおよび下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijは、データベースとして格納しておく。
重みWijと抽出時間tbijにおける温度実測値Ti(tbij)とを用いて温度推定点jにおける温度を算出する。温度推定点jにおける温度推定処理について、図8を使用して説明する。図8は、図6の処理により算出した重みWijおよび抽出時間tbijにおける温度実測値Ti(tbij)を用いた温度推定処理にかかるフローチャートである。
まず、設定した温度実測点i(i=1〜N)において、温度T
iの時間推移を測定し、時系列の温度実測値T
i(t)[i=1〜N、tは測定された時間]を取得する(ステップS301)。続いて、温度を推定する温度推定点jを指定するとともに(ステップS302)、温度を推定する時間である温度推定時間taを指定する(ステップS303)。そして、指定された温度推定点jに対する温度実測点i(i=1〜N)毎の下流側伝達時間τ
1ij、上流側伝達時間τ
2ijおよび重みW
ij(i=1〜N)をデータベースから取得し(ステップS304)、取得した下流側伝達時間τ
1ij、上流側伝達時間τ
2ijと温度推定時間taから、温度抽出時間tb
ij=tb(ta、τ
1ij、τ
2ij)を決定する(ステップS305)。ここでtb(ta、τ
1ij、τ
2ij)は、下式(8)に示すように、τ
1ijの単調非増加関数かつta、τ
2ijの単調非減少関数となる。
この抽出時間関数tb(ta、τ
1ij、τ
2ij)はさまざまな関数系が考えられるが、比較的幅広い対象に利用できる抽出時間関数tb
ijとしては、下式(9)に示すものが望ましい。すなわち、下流側伝達時間τ
1ijが上流側伝達時間τ
2ijより小さければ、温度推定時間taから下流側伝達時間τ
1ijだけ以前の時間を抽出時間tb
ijとし、上流側伝達時間τ
2ijが下流側伝達時間τ
1ijより小さければ、温度推定時間taから上流側伝達時間τ
2ijだけ以後の時間を抽出時間tb
ijとする。
ステップS305で決定した抽出時間tb
ijにおける温度実測値T
i(tb
ij)[i=1〜N]をステップS301で求めた時系列の温度実測値T
i(t)から取得し、ステップS304で取得した重みW
ij(i=1〜N)と温度実測値T
i(tb
ij)とを、下式(10)に当てはめて重み付き平均処理を行い、温度推定点jに対する推定温度Tejを算出する(ステップS306)。温度推定点jが複数ある場合は、ステップS301〜ステップS306を繰り返し行い、各温度推定点j(j=1〜M)における推定温度Te
jを繰り返し算出する。
もし抽出時間tbijにおける温度実測値Ti(tbij)が未知の場合は、既知の温度データから抽出時間における温度を補間、補外する、もしくは最も抽出時間tbijに近い時間に測定された温度を温度実測値Ti(tbij)とすればよい。たとえば、リアルタイムで温度推定を行っている場合は現在時間より以後の時間における温度実測値Tiはすべて未知となる。このとき、ある温度推定点jと温度実測点iにおいて、上流側伝達時間τ2ijが下流側伝達時間τ1ijより小さくなったとき、抽出時間tbijは現在時間よりも以後の時間となるため、温度実測値Tiは未知となる。そのようなときは、たとえば現在時間tを抽出時間tbijとし、現在測定されている温度Ti(t)を温度実測値Tiとして用いればよい。
上述したように、流体系全域に温度推定点j(j=1〜M、Mは複数)を配置し、各温度推定点jに対してそれぞれ温度実測点iとの重みWijを作成してデータベースに保存しておくことにより、図7に示すようにして、温度実測値Ti(i=1〜N)と重みWijを読み込み、式(7)に代入するだけで、複数の温度推定点jの温度Tejを算出して、瞬時に流体系全体の温度分布を推定することができる。また、各温度推定点jに対する温度実測点iとの重みWijに加えて、下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ijとをデータベースに保存しておくことにより、熱供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系において、流体系の流れ場を考慮した抽出時間tbijを、温度推定時間taと下流側伝達時間τ1ijと上流側伝達時間τ2ijとにより決定し、図8に示すようにして、抽出時間tbijの温度実測値Ti(tbij)と重みWijとを、式(10)に代入するだけで、複数の温度推定点jの温度Tejを算出して、瞬時に流体系全体の温度分布を推定することができる。よって、リアルタイムの計算が不可欠な産業プロセスのオンラインモニタリングにも十分に活用でき、操業管理や制御機構に利用することが可能となる。また、本発明では、流体系の任意の位置における温度を推定することができるため、温度計測が困難な部位の温度をも取得することが可能となり、流体系において高精度な温度把握が可能となる。
一方、上記した温度推定結果を等値線図などで可視化する場合は、温度推定点jは注目している現象を再現できる空間分解で配置するとよい。例えば、溶融亜鉛めっき浴の温度分布をモニタリングする場合は、浴中ロールや鋼板などの流体内部の構造物形状が再現できるレベル以上の解像度が望ましい。ただし、本発明の温度推定方法によれば、空間の推定点間隔を荒くしても各点の温度推定精度は悪化しないので、必ずしも物理現象をすべて再現できる解像度は必要ではなく、必要に応じて温度推定点の数を増減させて調整してもかまわない。また、可視化は、同一温度の地点を曲線で結んだ等値線図として表すほか、等値線図に色彩を施したり、温度を色分けのみで示してもよい。
なお、モニタリング装置としては異なる2つの時刻tとt+Δt(Δt>0)における 温度分布を用いて、上記手法でそれぞれ温度分布を算出し、時刻t+Δtにおける温度推定値から時刻tにおける温度推定値を差し引いた値を計算して図示する方法も効果的である。この方法を用いると、時間の経過とともに温度が上昇しているところでは正の値となり、温度が下降しているところでは負の値となるため、温度変化の分布を捉えやすくなる。最適な時間幅Δtは観測したい現象の時間スケールによって変わる。たとえば溶融金属めっきポットでは、様々な時間スケールの現象が起こっているので、1分程度から1時間程度まで複数の時間幅Δtに対して温度変化の分布を取得すると良い。なお上記の温度モニタリングを行う場合は、熱供給および/または熱排出が非定常的に行われる流体系の温度を推定する式(9)および式(10)の方法による温度推定値Tejを用いることが好ましい。
(実施の形態1)
本発明の実施の形態1として、水槽における温度推定および温度分布の可視化について説明する。図9は、本発明の実施の形態1の適用対象となる水槽を概念的に示した側面図である。図10は、図9の水槽の上面図である。
図9および図10に示すように、水槽100は、奥行方向1m、幅方向1m、深さ0.5mの直方体形状の容器110を有し、容器110中は水で満たされている。水槽100の左側の両角にパイプ101、102が配置されており、水が注入されるようになっている。パイプ101からは10℃の水、パイプ102からは50℃の水が注入される。また、水槽100の右手側中央にもパイプ103が配置されており、パイプ101、102から流入した水の総量と同じ量の水が流出するようになっている。
また、水槽100には、水槽100の幅方向の半分だけを区切った仕切り板104が配置されており、水槽100の中央を通る垂直断面105に対し、0.2mだけパイプ101側に寄った配置になっている。温度計106(106−1、106−2、106−3、106−4、106−5、106−6)は、図9および図10に×で示した位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)に配置される。温度計106の深さ方向の配置は、水槽100のちょうど中央深さとなる位置とした。
図11は、本発明の実施の形態1にかかる流体系の温度推定装置200の構成例を模式的に示すブロック図である。以下、温度推定装置200による図9に示した水槽100内の温度推定および温度分布の可視化を説明する。図11に示すように、温度推定装置200は、入力部201と、表示部202と、記憶部203と、制御部204とを備える。
入力部201は、水槽100の温度推定に必要な情報等を入力する。入力部201は、キーボード、タッチパネルまたはマウス等を用いて実現される。操作者が入力部201を介して入力した情報は、制御部204に入力される。
表示部202は、後述する温度推定部205が推定した温度情報、および温度データ抽出部206が水槽100の特定断面について抽出し、等値線図化した温度分布情報を画面表示する。表示部202は、CRTディスプレイ等の各種ディスプレイを用いて実現され、制御部204によって表示制御される各種情報を表示する。
記憶部203は、水槽100について設定された温度実測点iおよび温度推定点j毎に算出した重みWijをデータベースとして格納する。また、温度推定部205が推定し、作成した温度分布データも記憶し、格納する。記憶部203は、RAMまたはフラッシュメモリ等の各種ICメモリ、あるいはハードディスクと、フロッピー(登録商標)ディスク、CD(Compact Disk)またはDVD(Digital Versatile Disk)等の光ディスク、あるいは光磁気ディスクに対してデータの読み取りまたは書き込みが可能なドライブとを用いて実現される。
制御部204は、温度推定装置200の各構成部の駆動制御と各構成部に入出力される情報に対する入出力制御および情報処理とを行う。制御部204は、温度推定部205と、温度データ抽出部206とを備える。制御部204は、CPU等を用いて実現される。
温度推定部205は、水槽100に配設された温度計106により計測された温度実測点iの実測温度Tiと、記憶部203に記憶された温度実測点iおよび温度推定点j毎に算出した重みWijとを、制御部204を介して取得し、取得した情報に基づき温度推定点jの温度Tejを推定する。また、温度推定部205は、水槽100全体に設定された温度推定点jの温度を推定するとともに、該推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより温度計106により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。制御部204は温度推定部205が作成した温度分布データを記憶部203に格納する。
温度データ抽出部206は、記憶部203が格納する温度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部201を介して指定した水槽100の任意の断面の推定温度データを抽出し、等値線図化する。
本発明の実施の形態1において、記憶部203に格納する重みWij算出用の伝達時間は数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。上述した図6のステップS102における流れ場計算では、パイプ101上端から流量0.765L/sで水が流入し、パイプ102上端から流量1.531L/sで水が流入し、パイプ103下端では圧力一定で流出することとし、水槽100の上面は滑り条件、側壁、底壁は壁の対数則を用いた壁境界条件として境界条件を与えて計算を行った。また、図6のステップS103〜S112による伝達時間の算出は、水の初期温度27℃、発熱量2,200kW、閾値温度28℃として計算した。温度推定点jは0.04m間隔で配置し、水槽内全域に配置した。
重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、標準偏差σ=60s、最小伝達時間τ
minを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτ
min>180sでは重みが0となるようにした。すなわち、重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、下式(11)とした。
温度計106による水槽100内の各位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)における実測温度を表1に示す。
温度推定部205は、表1に示された温度実測データと、式(11)で計算され記憶部203に格納された重みWijを用いて、水槽100全体に設定した温度推定点jの温度Tejを推定する。また、温度推定部205は、推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより温度計106により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。制御部204は該温度分布データを記憶部203に格納する。ここで、水槽100の中央を通る水平断面における温度分布について、温度データ抽出部206が記憶部203の温度分布データから抽出し、等値線図化したものを図12に示す。図12は、本発明の実施の形態1の手法により推定した水槽100の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である。
また、比較例として逆距離加重法を使って重み関数Wを算出し、本発明の実施の形態1と同様の手順で温度推定を行い、推定した温度から水槽100の中央を通る水平断面における温度分布を抽出し、等値線図化したものを図13に示す。図13は、従来方法(逆距離加重法)を使用して推定した水槽100の中央を通る水平断面における温度分布を示す図である。
なお、比較例としての逆距離加重法では、重みW
ij’として下式(12)を使用した。
ここで、lijは温度実測点iと温度推定点jの直線距離であり、uは補間パラメータである。今回u=2を与えた。本実施の形態1の場合と同様に、表1に示した温度実測データと式(12)で計算した重みWij’を用いて、水槽100全体の温度を推定し、水槽100の中央を通る水平断面における温度分布を抽出し、等値線図化した。
本発明の実施の形態1と比較例を比較すると、図12および図13に示すように、本実施の形態1では仕切り板104を境に温度分布が不連続となっており、仕切り板104によって整流された流れ場の影響を反映した温度分布を構築できている。一方、比較例では仕切り板104を乗り越えて温度が連続に補間されており、仕切り板104によって整流された流れ場の影響を反映できていない。以上より、本実施の形態1は従来例である逆距離加重法よりも流れ場の影響を反映できることが確認できた。
また、水槽100内の温度推定精度を定量的に検証するため、図14に示すように、水槽100内に温度計106(106−7、106−8、106−9)を追加して配設し、温度計106を追加設置した各位置(P−17、P−18、P−19)において温度を計測するとともに、本実施の形態1および比較例により、位置P−17、P−18、P−19の温度を推定した。図14は、水槽100内の温度計106の追加設置位置を示す図である。なお、追加温度計の水槽100の深さ方向の配置は、水槽100のちょうど中央深さとなる位置とした。
表2に、温度計106を追加設置した位置P−17、P−18、P−19における実測温度、本実施の形態1による推定温度、および比較例による推定温度を示す。比較例に対し、本実施の形態1では、位置P−17、P−18、P−19各点の温度が実測値に近い値となっており、本実施の形態1による温度推定精度が優れていることを確認できた。
(実施の形態1の変形例1)
本発明の実施の形態1の変形例1として、実施の形態1と同じ水槽で、流入水温が時間変化する場合の温度分布推定を行う。パイプ101からは常に10℃の水が流入する。パイプ102からは一定流量の水が流入し、最初は水温が10℃、途中から水温が50℃になる。温度計106(106−1、106−2、106−3、106−4、106−5、106−6)は、実施の形態1と同じ位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16、図9および図10参照)に配置される。
本変形例1において、下流側伝達時間τ1ij、上流側伝達時間τ2ij、重みWijを実施の形態1と同様に数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。流れ場計算では、パイプ101上端から流量0.765L/sで水が流入し、パイプ102上端から流量1.531L/sで水が流入し、パイプ103下端では圧力一定で流出することとし、水槽の上面は滑り条件、側壁、底壁は壁の対数則を用いた壁境界条件として境界条件を与えて計算を行った。また、伝達時間の算出は、水の初期温度27℃、発熱量2,200kW、閾値温度28℃として計算した。温度推定点jは0.04m間隔で配置し、水槽内全域に配置した。
重み関数W(τ1ij、τ2ij)は実施の形態1と同じく式(11)の標準偏差σ=60sの最小伝達時間を用いたガウス分布とした。温度計による水槽内の各位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)において測定された温度の時間推移を図15a〜図15fに示す。図15a〜図15fは、水槽内の各位置(P−11、P−12、P−13、P−14、P−15、P−16)で測定された温度の時間推移を示す図である。なお、図15a〜図15fにおいて、時間0分は、パイプ102から流入する水温が0℃から50℃に変化した時間である。
水槽100の中央を通る水平断面における温度分布について、上記P−11〜P−16において測定された温度実測値Ti(t)の時間推移データと式(9)と式(10)を用いて、温度Tejを推定した。温度推定時間taとして、パイプ102の水温が50℃に変わった時間から1分後、2分後、3分後、4分後、5分後、6分後の6つの時点を考え、それぞれの時間に対して等値線図化した。図16a〜図16fは、図9の水槽の中央を通る水平断面における温度分布を示す図であり、パイプ102から流出する水温が50℃に変化した時間から1分後(図16a)、2分後(図16b)、3分後(図16c)、4分後(図16d)、5分後(図16e)、6分後(図16f)の温度の等値線図である。パイプ102の水温が10℃から50℃に変わると、パイプ102に近い位置から徐々に温度が上昇していく様子がうまく現れており、温度分布の時間推移が有る場合でも温度分布を推定することができた。
(実施の形態2)
実施の形態2として、溶融亜鉛めっきポット内の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図17は、本発明の適用対象となる溶融亜鉛めっきポットを概念的に示す側面図である。
図17に示すように、溶融亜鉛めっきポット300においてめっきポット301内の溶融亜鉛の容量は250(t)であり、操業条件はライン速度120(mpm)、板幅1,500(mm)とした。溶融亜鉛めっきポット300は、インゴット304を溶解し溶融亜鉛とする誘導加熱装置306を備える。めっきポット301は溶融亜鉛で満たされており、シンクロール302が設置されている。めっきポット301に進入する鋼板303はシンクロール302によって方向転換される。鋼板303への付着によって消費される亜鉛は、インゴット304の投入により補給される。ポット内8ヶ所に熱電対305(305−1、305−2、305−3、305−4、305−5、305−6、305−7、305−8)を設置した。
熱電対305の設置位置を表3に示す。各熱電対305(305−1、305−2、305−3、305−4、305−5、305−6、305−7、305−8)は、図17のめっきポット301の側壁面(紙面と平行となる壁、シンクロールから見て、紙面手前側に位置する)からの距離を表す。
図18は、本発明の実施の形態2にかかる流体系の温度推定装置400の構成例を模式的に示すブロック図である。以下、温度推定装置400による図17に示した溶融亜鉛めっきポット300内の溶融亜鉛の温度推定および温度分布の可視化を説明する。本実施の形態2において、実施の形態1と同様に、流れ場および伝達時間τijは数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。伝達時間τijは、めっきポット301内初期温度480(℃)、発熱量2,200(kW)、閾値温度481(℃)として算出した。温度推定点jは0.2(m)間隔の格子状配置とし、溶融亜鉛浴内全域に配置した。
重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、標準偏差σ=60(s)、最小伝達時間τ
minを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτ
min>180(s)では重みが0となるようにした。すなわち、重み関数Wは、下式(13)とした。算出した重みW
ijは、図18に示す記憶部403にデータベースとして格納される。または、伝達時間τ
ijを格納し、式(13)により都度計算してもよい。
図17に示す熱電対305で計測しためっきポット301内の溶融亜鉛の温度実測値を表4に示す。
温度推定部405は、表4に示す溶融亜鉛の温度実測データと、式(13)で計算し、記憶部403にデータベースとして格納した重みWijを用いて、めっきポット301全体に設定した温度推定点jの温度を算出する。また、温度推定部405は、推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより熱電対305により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。制御部404は該温度分布データを記憶部403に格納する。温度データ抽出部406は、記憶部403が格納する温度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部401を介して指定しためっきポット301の任意の断面の推定温度データを抽出し、等値線図化する。あるいは、抽出した温度データから溶融亜鉛浴の平均温度を算出後、前記断面における平均温度からの差分値を算出し、該差分値について等値線図化してもよい。
図19に、めっきポット301側壁面から300mmの鉛直断面における溶融亜鉛浴の平均温度からの差分値の等値線図を示す。図19によれば、本実施の形態2の手法による溶融亜鉛浴の温度分布結果は、溶融亜鉛中の流動の影響もよく反映しており、本実施の形態2は、溶融亜鉛の流動効果を考慮した温度分布を構築することができる。
また、本実施の形態2では、あらかじめ伝達時間τijまたは重み関数Wijを作成しておくので、推定温度算出および可視化の際は温度実測値Tiから重み付平均計算を行うだけでよく、計算時間を1秒以内とすることができた。よってオンラインでの温度分布の可視化も可能である。
さらに、図19の可視化結果からも明らかなように、実施の形態2によれば、任意の位置に置ける温度を把握することができる。たとえば、鋼板303と接触する箇所における溶融亜鉛の温度も容易に把握できる。鋼板303と接触する箇所における溶融亜鉛温度が目標範囲から外れると、ドロスと呼ばれる合金微粒子が溶融亜鉛中で生成される。ドロスが生成されると鋼板表面に付着して表面欠陥となるため、鋼板303と接触する箇所における溶融亜鉛温度が目標範囲になるように溶融亜鉛の温度を制御し、ドロスの生成を抑制するように操業することが好ましい。また、シンクロール302と接触する箇所における溶融亜鉛の温度を所定の範囲内とすることで、シンクロール表面にドロスが生成して鋼板表面欠陥を引き起こす問題も防止できる。また、シンクロール302上部と鋼板303で囲われた領域における溶融亜鉛温度を所定の範囲内とすることでも、鋼板表面の欠陥を防止できる。
実施の形態2にかかる温度推定装置400は、図18に示すように、めっきポット301内の所定の領域、たとえば、表面欠陥に影響を与える鋼板303の表面と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302上部と鋼板303で囲われた領域における溶融亜鉛温度が所定の閾値内であるか否かを判定する温度判定部407と、溶融亜鉛めっきポット300の誘導加熱装置306の出力を操作して溶融亜鉛温度を制御する温度制御部408とを備える。溶融亜鉛温度の閾値は予め温度判定部407に入力されるか、操作者により入力部401を介して入力され、温度判定部407は、温度データ抽出部406が抽出した、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値内であるか否かを判定する。温度判定部407が、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部408は、所定の領域における溶融亜鉛の温度が閾値範囲内となるよう誘導加熱装置306の出力を操作する。本実施の形態2によれば、温度制御部408による誘導加熱装置306を制御することにより、所定の領域における溶融亜鉛温度を制御することが可能となる。これにより、鋼板303の表面欠陥を防止できる。
また、温度判定部407が、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部408により誘導加熱装置306の出力を操作するとともに、溶融亜鉛めっきポット300へ進入する鋼板303の温度を制御して、所定の領域における溶融亜鉛温度を制御してもよい。溶融亜鉛めっきポット300へ進入する鋼板303の温度は、溶融亜鉛めっきポット300の前プロセスである焼鈍炉内の加熱・冷却設備の出力を適宜調整することで制御可能である。
(実施の形態2の変形例1)
実施の形態2の変形例1として、溶融亜鉛めっきポット内の温度推定とアルミニウム濃度の推定を同時に行う推定装置が例示される。鋼板の表面欠陥には、溶融亜鉛温度に加えて、溶融亜鉛めっきポット内のアルミニウム濃度も影響するので、実施の形態2の手法で溶融亜鉛温度を推定するとともに、温度推定と同様の手法を用いて溶融亜鉛めっきポット内のアルミニウム濃度を推定することにより、鋼板の表面欠陥を効果的に防止することができる。
溶融亜鉛めっきポット内のアルミニウム濃度の推定は、溶融亜鉛温度の推定と同様に、移流拡散によって流体が濃度実測点pから濃度推定点qへ移動するのに要する時間τ1pq、および流体が濃度推定点qから濃度実測点pへ移動するのに要する時間τ2pqを濃度推定の指標として用いる。そして2つの指標値(τ1pq,τ2pq)に対し、単調非増加関数となるような重み関数f(τ1pq,τ2pq)を用い、濃度推定点qにおける濃度実測点pの重みをW(τ1pq,τ2pq)として算出し、各濃度実測値Tpと重みW(τ1pq,τ2pq)とを用いた重み付き平均によって濃度推定を行う。
具体的には、濃度推定点qの推定濃度Ce
qと濃度実測点pの濃度C
pとの関係は、式(14)にて表される。
τ1pqは濃度実測点pから見て流れの下流側の濃度推定点qの方向へ流体が移動するのに要する時間なので、下流側伝達時間と呼び、同様に、τ2pqは濃度実測点pから見て流れの上流側の濃度推定点qの方向から流体が移動するのに要する時間なので、上流側伝達時間と呼ぶ。また、以下、下流側伝達時間と上流側伝達時間の対(τ1pq、τ2pq)を伝達時間と呼ぶ。伝達時間は、移流拡散によって流体が濃度実測点pから濃度推定点qへ移動するのに要する時間および濃度推定点qから濃度実測点pへ流体が移動するのに要する時間と対応する指標であれば何でも良く、定義方法は特に限定されない。
流体力学の原理によると、流体系において流体がある2点間を移動する時間は、流体中の熱エネルギーや流体中に含まれる物質成分が2点間を移動する際にかかる時間と等価であることが知られている。よって、伝達時間は、流体の濃度や流体中に溶解している成分の濃度や温度を実測したり、あるいは計算することにより算出することができる。したがって、移流拡散によって物質成分が濃度実測点pから濃度推定点qへ移動するのに要する時間を下流側伝達時間τ1pqと、物質成分が濃度推定点qから濃度実測点pへ移動するのに要する時間を上流側伝達時間τ2pqと定義することもできる。
ここで、図20〜図24を参照して、流体系における濃度推定の指標となる下流側伝達時間τ1pq、上流側伝達時間τ2pqを物質成分の移動により算出する方法について説明する。図20は、上部が開放された容器に流体が収容された流体系のモデルの一例を示す図である。図21は、図20の流体系における下流側伝達時間τ1pqを説明する図である。図22は、図21における下流側伝達時間τ1pqを算出するための濃度と時間の相関図である。図23は、図20の流体系における上流側伝達時間τ2pqを説明する図である。図24は、図23における上流側伝達時間τ2pqを算出するための濃度と時間の相関図である。
図20に示すように、流体系51は、上部が開放された容器52に流体54を収容し、容器52内部には、流体54の流れを妨げる仕切り板53が配置されている。容器52内の左側には黒丸で示す濃度実測点p、右側には白丸で示す濃度推定点qが配置される。容器52内の流体54は、破線で示すように、上部液面近辺は左から右に流れ、仕切り板53で一旦下降し、その後上昇した後、右側壁面で再度上部から下部に下降し、底面近辺において右から左方向に流れを変え、再度左側壁面で下部から上部に上昇するように流れている。
流体系51において、黒丸で示す位置P−51に配置する濃度実測点pから白丸で示す位置P−52に配置する濃度推定点qへの物質成分の移動は、図21の破線矢印で示す流体54の流れとともに実線矢印のように移動する。物質成分が濃度実測点pから濃度推定点qへ移動するのに要する下流側伝達時間τ1pqは、図21に示すように、濃度実測点pである位置P−51で物質成分を供給し、位置P−51から流体54の流れとともに移動する物質成分(図21の実線矢印)を濃度推定点qである位置P−52で計測することにより行うことができる。図22に示すように、濃度推定点qにおいて初期濃度C0から閾値濃度CCまで濃度が上昇するのに要した時間を下流側伝達時間τ1pqとして算出できる。
同様に、流体系51において、白丸で示す位置P−52に配置する濃度推定点qから黒丸で示す位置P−51に配置する濃度実測点pへの物質成分の移動は、図23の破線矢印で示す流体54の流れとともに実線矢印のように移動する。物質成分が濃度推定点qから濃度実測点pへ移動するのに要する上流側伝達時間τ2pqは、図23に示すように、濃度推定点qである位置P−52で物質成分を供給し、位置P−52から流体54の流れとともに移動する物質成分(図23の実線矢印)を濃度実測点pである位置P−51で計測することにより行う。図24に示すように、濃度実測点pにおいて初期濃度C0から閾値濃度CCまで濃度が上昇するのに要した時間を上流側伝達時間τ2pqとして算出できる。
あるいは、流体に熱供給し、温度計で温度上昇を測定することにより、伝達時間を算出することが出来る。流体系の濃度実測点pと濃度推定点qを設定し、まず濃度実測点pの位置で発熱させ、濃度推定点qの位置で温度計を用いて温度を計測する。発熱させてから流体温度がある閾値を超えるまでにかかる時間τ1pqを計測する。さらに、濃度推定点qで発熱させ、濃度実測点pの位置で温度を計測し、閾値を越えるまでにかかる時間τ2pqを計測することにより、伝達時間(τ1pq、τ2pq)を実測することができる。
なお、数値流体シミュレーションを用いて、上記実験と同様の数値シミュレーションを行うことによっても伝達時間を算出することができる。
以下、数値流体シミュレーションを用いて伝達時間を算出する方法を例にして、温度推定点jにおける温度算出および濃度推定点qにおける濃度算出方法について説明する。まず、上述した式(2)における重みW(τ1ij、τ2ij)および式(14)における重みW(τ1pq、τ2pq)の算出方法の具体的な手順を、図25〜図27を参照して説明する。図25は、数値流体シミュレーションを用いた重みW(τ1ij、τ2ij) および重みW(τ1pq、τ2pq)の算出手順を示すフローチャートである。図26は、図25の温度推定用の重みWijの算出手順を示すフローチャートの一例である。図27は、図25の濃度推定用の重みWpqの算出手順を示すフローチャートの一例である。
まず、数値流体シミュレーションを用い、流体系の代表的な境界条件を設定した後(ステップS401)、設定した境界条件に基づいて流体解析ソルバーにより流れ場を算出する(ステップS402)。
次に、流体系の温度測定用の重みWijを算出し(ステップS403)、次に濃度測定用の重みWpqを算出する(ステップS404)。温度測定用の重みWijの算出は、図26のフローに示す様にして行う。図26に示すステップS501〜ステップS512は、図6に示すステップS103〜ステップS114と同様である。
濃度測定用の重みWpqの算出は、図27に示すように、流体系の濃度実測点p(p=1〜K)と濃度推定点q(q=1〜L)を設定し(ステップS601)、設定した濃度実測点p(p=1〜K)と濃度推定点q(q=1〜L)から重みWpqを算出する濃度実測点pと濃度推定点qを指定する(ステップS602)。なお、濃度実測点の数Kは、少なくとも2以上設定するものとする。
続いて、流体系全体に初期濃度C0(mass%)を与えるとともに(ステップS603)、濃度実測点pの位置に物質成分供給量S(kg/s)を設定する(ステップS604)。この条件で濃度分布の非定常計算を行い(ステップS605)、濃度推定点qにおける濃度上昇挙動を計算する。濃度推定点qの濃度が閾値濃度CC(mass%)に到達したら、濃度がC0からCCに到達するまでにかかった時間τ1pqを記録する(ステップS606)。τ1pqが下流側伝達時間となる。初期濃度C0(mass%)は、伝達時間に影響を与えない値なので、どのような値を与えても良い。物質成分供給量S(kg/s)および閾値濃度CC(mass%)に関しては、対象の流体系によって最適値が異なる。例えば、溶融亜鉛めっきポット、溶銑保持炉およびタンディッシュの一般的な場合、S=50(kg/s)、CC=C0+1(mass%)程度とすればよい。
同様にして、流体系全体に初期濃度C0を与えた後(ステップS607)、濃度推定点qの位置に物質成分供給量S(kg/s)を与え(ステップS608)、濃度分布の非定常計算を行い(ステップS609)、濃度実測点pの位置の濃度がC0からCCに到達するまでにかかった時間τ2pqを記録する(ステップS610)。τ2pqが上流側伝達時間となる。
以上のようにして、濃度実測点pと濃度推定点qとの間の伝達時間(τ1pq、τ2pq)を得た後、後述するガウス分布関数などの重み関数W(τ1pq、τ2pq)を用いて重みWpqを算出する(ステップS611)。
ここで、重み関数W(τ
1pq、τ
2pq)は、任意のτ
2pqに対してτ
1pqの単調非増加関数となり、かつ任意のτ
1pqに対してτ
2pqの単調非増加関数となるような関数である。すなわち、下式(15)となる関数である。
このW(τ
1pq、τ
2pq)は流体系の空間スケールや流速スケール、濃度実測点配置間隔などによって最適な関数形が変わってくるが、比較的幅広い対象に利用できる重み関数Wとしては、下式(16)に示す最小伝達時間を用いたガウス分布関数を用いるのが最も望ましい。
式(16)におけるτminは最小伝達時間であり、(τ1pq、τ2pq)のうち小さいほうの値として定義される。σはガウス分布の標準偏差であり、σを大きくして推定・補間すると空間的に平滑化した濃度分布となり、σを小さくして推定・補間すると急峻な濃度分布となる。対象となる流体系によってσの最適値は異なるが、一般的な溶融亜鉛めっきポットの場合はσ=60sec程度を用いると良い。
また、濃度実測点pの近傍に物質成分供給源や物質成分排出源があり、かつ物質成分供給源や物質成分排出源が濃度実測点pから見て流れの上流側にある場合には、重み関数Wは、式(16)の代わりに下流側伝達時間を用いたガウス分布関数(下式(17))を用いる。
同様に、濃度実測点pの近傍に物質成分供給源や物質成分排出源があり、かつ物質成分供給源や物質成分排出源が濃度実測点pから見て流れの下流側にある場合には、重み関数Wは、式(16)の代わりに上流側伝達時間を用いたガウス分布関数(下式(18))を用いる。
上述のようにして、流体系全体に設定した濃度推定点q(q=1〜L)について各濃度実測点p(p=1〜K)との間の重みWpqを算出する(ステップS612)。算出した重みWijおよび重みWpqはデータベースとして格納する(ステップS405)。
以上のように、重みWijおよび重みWpqを求め、重みWijを用いて任意の温度推定点jにおける温度を算出するとともに、重みWpqを用いて任意の濃度推定点qにおける濃度を算出する。温度推定点jにおける温度推定および濃度推定点qにおける濃度推定処理を、図28を使用して説明する。図28は、図25の処理により算出した重みWijおよび重みWpqを用いた温度推定および濃度推定処理にかかるフローチャートである。
図28に示すように、設定した温度実測点i(i=1〜N)において、温度計測手段により温度を測定し、温度実測値T
i(i=1〜N)を取得し(ステップS701)、温度を推定する温度推定点jを指定し(ステップS702)、指定した温度推定点jに対する温度実測点i(i=1〜N)毎の重みW
ij(i=1〜N)をデータベースから取得する(ステップS703)。ステップS701で取得した温度実測値T
i(p=1〜N)とステップS703において取得した重みW
ij(i=1〜N)とを、下記式(19)に当てはめて重み付き平均処理を行い、温度推定点jに対する推定温度Te
jを算出する(ステップS704)。すべての温度推定点jの温度推定が終了するまで推定温度Te
jを算出する(ステップS705)。
温度推定処理の後に、設定した濃度実測点p(i=1〜K)において、濃度計測手段により濃度を測定し、濃度実測値C
p(p=1〜K)を取得し(ステップS706)、濃度を推定する濃度推定点qを指定し(ステップS707)、指定した濃度推定点qに対する濃度実測点p(p=1〜K)毎の重みW
pq(p=1〜K)をデータベースから取得する(ステップS708)。ステップS706で取得した濃度実測値C
p(p=1〜K)とステップS708において取得した重みW
pq(p=1〜K)とを、下記式(20)に当てはめて重み付き平均処理を行い、濃度推定点qに対する推定濃度Ce
qを算出する(ステップS709)。すべての濃度推定点qの温度推定が終了するまで推定温度Ce
qを算出する(ステップS710)。
上記の手法により、溶融亜鉛めっきポットの溶融亜鉛の温度を推定し、かつ溶融亜鉛内のアルミニウム濃度を推定する実施の形態2の変形例1について説明する。図29は、本発明の適用対象となる溶融亜鉛めっきポットを概念的に示した側面図である。図30は、温度濃度推定装置400Aの構成例を模式的に示すブロック図である。以下、温度推定装置400Aによる図29の溶融亜鉛めっきポット300A内の溶融亜鉛の温度推定および溶融亜鉛中のアルミニウム濃度推定、ならびに温度分布および濃度分布の可視化を説明する。
本変形例1では、実施の形態2と同様に、めっきポット301内の溶融亜鉛の容量は250(t)であり、操業条件はライン速度130(mpm)、板幅1,500(mm)とし、溶融亜鉛めっきポット300Aは、インゴット304を溶解し溶融亜鉛とする誘導加熱装置306を備える。鋼板303への付着によって消費される亜鉛およびアルミニウムは、インゴット304の投入により補給される。溶融亜鉛めっきポット300A内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度分布を推定するために、めっきポット301内8ヶ所のサンプル採取位置(P−21、P−22、P−23、P−24、P−25、P−26、P−27、P−28)でサンプル採取を行うとともに、前記サンプル採取位置(P−21、P−22、P−23、P−24、P−25、P−26、P−27、P−28)には、熱電対305(305−1、305−2、305−3、305−4、305−5、305−6、305−7、305−8)をそれぞれ設置した。
サンプル採取位置を表5に示す。サンプル採取位置(P−21、P−22、P−23、P−24、P−25、P−26、P−27、P−28)は、図29のシンクロール302軸中央をとおる鉛直断面からの距離(手前方向)を表す。熱電対305の設置位置は、実施の形態2と同様である(上記表3参照)。
本変形例1において、流れ場ならびに伝達時間τij、伝達時間τpqは、実施の形態1および2と同様に数値流体シミュレーションを用いて算出した。数値流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。伝達時間τijは、めっきポット301内初期温度480(℃)、発熱量2,200(kW)、閾値温度481(℃)として算出し、伝達時間τpqは、めっきポット301内のアルミニウム初期濃度C0=0mass%、アルミニウム投入速度S=44kg/s、閾値濃度Cc=1mass%として算出した。温度推定点jおよび濃度推定点qは、0.2(m)間隔の格子状配置(j=q)とし、溶融亜鉛浴内全域に配置した。
重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)および重み関数W(τ
1pq、τ
2pq)は、いずれも標準偏差σ=60(s)の最小伝達時間τ
minを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτ
min>180(s)では重みが0となるようにした。すなわち、重み関数Wは、下式(21)とした。算出した重みW
ijおよび重みW
pqは、図30に示す記憶部403にデータベースとして格納される。または、伝達時間τ
ijおよび伝達時間τ
pqを格納し、式(21)により都度計算してもよい。
図29に示すサンプル採取位置で採取したサンプルについて、オフラインで高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法などにより分析しためっきポット301内に収容される溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度実測値を表6に示す。図29に示すサンプル採取位置に設置した熱電対305で計測しためっきポット301内の溶融亜鉛の温度実測値は、実施の形態2と同様である(上記表4参照)。
オフラインで分析した溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度は、操作者により入力部401を介し入力される。温度推定部405は、表4に示す温度実測データと、(21)式で計算し、記憶部403にデータベースとして格納した重みWijとを用いて、めっきポット301全体に設定した温度推定点jの溶融亜鉛濃度を算出する。濃度推定部409は、表6に示すアルミニウムの濃度実測データと、(21)式で計算し、記憶部403にデータベースとして格納した重みWpqとを用いて、めっきポット301全体に設定した濃度推定点qのアルミニウム濃度を算出する。
濃度推定部409は、推定濃度に濃度推定点qの位置情報を加えた濃度データを作成し、該濃度データによりサンプル採取位置(濃度実測点p)で採取され、分析された実測濃度Cpを補間して濃度分布データとする。制御部404Aは該濃度分布データを記憶部403に格納する。濃度データ抽出部410は、記憶部403が格納する濃度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部401を介して指定しためっきポット301の任意の断面の溶融亜鉛中のアルミニウム濃度分布データを抽出し、等値線図化する。あるいは、抽出した濃度データから溶融亜鉛浴のアルミニウム平均濃度を算出後、前記断面における平均濃度からの差分値を算出し、該差分値について等値線図化してもよい。
温度推定部405は、表4に示す溶融亜鉛の温度実測データと、式(21)で計算し、記憶部403にデータベースとして格納した重みWijを用いて、めっきポット301全体に設定した温度推定点jの温度を算出する。また、温度推定部405は、推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより熱電対305により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。制御部404Aは該温度分布データを記憶部403に格納する。温度データ抽出部406は、記憶部403が格納する温度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部401を介して指定しためっきポット301の任意の断面の推定温度データを抽出し、等値線図化する。
図31に、めっきポット301のシンクロール軸中央から手前方向に1.5mmの鉛直断面における溶融亜鉛浴のアルミニウム平均濃度からの差分値の等値線図を示す(めっきポット301側壁面から300mmの鉛直断面における溶融亜鉛浴の平均温度からの差分値の等値線図は図19を参照)。図31および図19によれば、本変形例1の手法による溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度分布および溶融亜鉛の温度分布結果は、溶融亜鉛の流動の影響をよく反映しており、本変形例1は、溶融亜鉛の流動効果を考慮した溶融亜鉛温度およびアルミニウム濃度分布を構築することができる。
また、本変形例1において、図30に示すように、制御部404Aは、温度推定部405と、温度データ抽出部406と、濃度推定部409と、濃度データ抽出部410とに加え、温度判定部407と、温度制御部408と、濃度判定部411とを備える。温度判定部407は、所定の領域、たとえば表面欠陥に影響を与える鋼板303の表面と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302上部と鋼板303で囲われた領域における溶融亜鉛温度が所定の閾値内であるか否かを判定する。溶融亜鉛温度の閾値は予め温度判定部407に入力されるか、操作者により入力部401を介して入力され、温度判定部407は、温度データ抽出部406が抽出した、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値内であるか否かを判定する。温度判定部407が、所定の領域における溶融亜鉛温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部408は、溶融亜鉛の温度が閾値範囲内となるよう誘導加熱装置306の出力を操作する。
濃度判定部411は、めっきポット301内の所定の領域、たとえば表面欠陥に影響を与える鋼板303の表面と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302と溶融亜鉛が接触する箇所や、シンクロール302上部と鋼板303で囲われた領域における溶融亜鉛中のアルミニウム濃度が所定の閾値内であるか否かを判定する。アルミニウム濃度の閾値は予め濃度判定部411に入力されるか、操作者により入力部401を介して入力され、濃度判定部411は、濃度データ抽出部410が抽出した所定の領域における溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度が、溶融亜鉛浴のアルミニウムの目標濃度として設定された閾値内であるか否かを判定する。濃度判定部411が、抽出した濃度が閾値範囲外と判定した場合、表示部402は、溶融亜鉛浴のアルミニウムの濃度が閾値外である旨を表示して操作者に警告する。
本変形例1によれば、前記警告に基づき、操作者がアルミニウム供給量を増加または低減させることにより、めっきポット301内のアルミニウム濃度が表面欠陥に影響を与えやすい領域におけるアルミニウム濃度の制御が可能となるとともに、誘導加熱装置306を操作することにより溶融亜鉛温度が表面欠陥に影響を与えやすい領域における溶融亜鉛温度を制御することが可能となる。これにより、鋼板303の表面欠陥を防止できる。
さらに、本変形例1では、めっきポット301の任意の断面における溶融亜鉛温度および溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度を可視化することができるため、溶融亜鉛温度分布およびアルミニウム濃度分布を視覚的に捕らえることができる。さらにまた、めっきポット301の任意の位置における溶融亜鉛浴のアルミニウム濃度を推定することができるため、サンプリングが困難な鋼板近傍やシンクロール近傍のアルミニウム濃度についても取得することが可能となる。以上の効果に加え、予め伝達時間をデータとして格納しておくことにより、溶融亜鉛温度およびアルミニウムの実測濃度を入力後、極めて短時間でめっきポット301内に収容される溶融亜鉛温度の温度分布および溶融亜鉛中のアルミニウムの濃度分布が予測可能となる。したがって、将来的にアルミニウム濃度などの添加金属濃度をオンラインで測定される技術が確立されれば、溶融亜鉛浴の各種添加金属濃度をオンラインで可視化し、操業管理に活用できる利点が見込まれる。
なお、実施の形態2の変形例1では、溶融亜鉛めっきポットの溶融亜鉛の温度を式(19)により、溶融亜鉛中のアルミニウム濃度を式(20)により推定しているが、溶融亜鉛の温度および溶融亜鉛中のアルミニウム濃度が非定常である場合は、実施の形態1の変形例1のように、温度推定時間および濃度推定時間を指定して、温度および濃度の推定に使用する抽出時間を導入し、該抽出時間の実測温度Tiおよび実測濃度Ciを使用して温度および濃度推定を行えば、より精度よく推定を行うことができる。
(実施の形態3)
実施の形態3として、溶銑保持炉内の温度分布の補間および温度分布の可視化について説明する。図32は、本発明の適用対象となる溶銑保持炉500の斜視図である。図33は、図32の溶銑保持炉の一部側面図である。
図32に示すように、溶銑保持炉500は、溶銑を収容する保持炉501と、原料を投入する原料投入口502と、溶銑を加熱する誘導加熱装置504を備える。また、保持炉501に収容される溶銑の液面503を点線で示す。溶銑保持炉500内の温度分布の推定および可視化のために、図33に示すように、保持炉501内の10ケ所に白金系熱電対505(505−1、505−2、505−3、505−4、505−5、505−6、505−7、505−8、505−9、505−10)を設置して温度を計測した。
溶銑保持炉500は、幅が5m、高さ5m、長さ10mの直方体形状であり、溶銑保持炉500下部に4基の誘導加熱装置504が設けられている。溶銑保持炉500には溶銑1,000(t)を投入し、上部の原料投入口502からスクラップを15t投入した。溶銑保持炉500は半分ほど溶銑で満たされており、スクラップの潜熱および湯面・壁面からの冷却分の熱量を誘導加熱装置504で補償する仕様となっている。熱電対505は、長辺が含まれる両側の壁面から1.25mの位置、すなわち溶銑保持炉幅に対して1/4の距離となる位置に配置しており、両側壁沿いにそれぞれ5箇所ずつ配置している。熱電対505の配置は図18に示すとおりであり、図33は、溶銑保持炉500のうち溶銑で満たされている部分のみを示しており、505−1〜505−5の熱電対が手前側、505−6〜10が奥側に配置されている。
本実施の形態3において、流れ場および伝達時間τijは数値流体シミュレーションを用いて算出した。流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−εモデルを利用した。また、境界条件として4基の誘導加熱装置504を2MWで加熱するようにし、熱バランスが取れるように浴面の冷却条件を与えた。また、熱対流を考慮するためブシネスク近似を用いて溶銑の浮力を考慮した。
上記流体シミュレーションで求めた流れ場を使い、前に例で示した発熱試験による伝達時間算出法により、初期温度1350(℃)、発熱量2,200(kW)、閾値温度1351(℃)、すなわちΔT=1(K)として伝達時間τijを算出した。温度推定点jは1(m)ごとの格子状配置とし、保持炉501内全体に配置した。
重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、標準偏差σ=60(s)、最小伝達時間τ
minを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτ
min>180(s)では重みが0となるようにした。すなわち、重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、下式(22)とした。算出した重みW
ijは、図34に示す記憶部603にデータベースとして格納される。または、伝達時間τ
ijを格納し、式(22)により都度計算してもよい。図34は、本発明の実施の形態3にかかる流体系の温度推定装置600の構成例を模式的に示すブロック図である。以下、温度推定装置600による図32に示す溶銑保持炉500内の溶銑の温度推定および温度分布の可視化を説明する。
図33に示す各熱電対505で計測した保持炉501内の溶銑の実測温度を表7に示す。
温度推定部605は、表7に示す溶銑の温度実測データと、式(22)で計算し、記憶部603にデータベースとして格納した重みWijを用いて、溶銑保持炉500全体に設定した温度推定点jの温度を算出する。また、温度推定部605は、推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより白金系熱電対505により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。制御部604は該温度分布データを記憶部603に格納する。温度データ抽出部606は、記憶部603が格納する温度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部601を介して指定した溶銑保持炉500の任意の断面の推定温度データを抽出し、等値線図化する。あるいは、抽出した温度データから溶銑の平均温度を算出後、前記断面における平均温度からの差分値を算出し、該差分値について等値線図化してもよい。
図35に、保持炉501の長さ方向の側壁面から1.25mとなる鉛直断面(熱電対を配置した断面)における溶銑の平均温度からの差分値の等値線図を示す。図35によれば、本実施の形態3の手法による溶銑保持炉の温度分布結果は、保持炉501内の溶銑流動の影響、およびスクラップ投入による温度低下の様子もよく反映しており、本実施の形態3は、流動効果を考慮した温度分布を構築できることを確認できる。
また本実施の形態3では、あらかじめ伝達時間τijまたは重み関数Wijを作成しておくので、推定温度算出および可視化の際は温度実測値から重み付き平均計算を行うだけでよく、計算時間を1秒以内とすることができた。よってオンラインでの温度分布の可視化も可能となる。
溶銑保持炉500では壁面が耐火物で覆われており、耐火物は常に高温の溶銑と接触している。このとき耐火物と接触している溶銑温度が急激に変化すると耐火物に大きな熱応力が発生し、耐火物損傷の問題が起こる。よって壁面と接触する箇所における溶銑温度が所定の閾値内となるように溶銑温度を制御することが好ましい。
実施の形態3にかかる温度推定装置600は、図34に示すように、所定の領域、すなわち溶銑保持炉500の内壁面と接触する箇所における溶銑温度が所定の閾値内であるか否かを判定する温度判定部607と、溶銑保持炉500の誘導加熱装置504の出力を操作して溶銑温度を制御する温度制御部608とを備える。溶銑温度の閾値は予め温度判定部607に入力されるか、操作者により入力部601を介して入力され、温度判定部607は、温度データ抽出部606が抽出した所定の領域における溶銑の温度が、溶銑保持炉500内の溶銑温度の目標温度として設定された閾値内であるか否かを判定し、温度判定部607が抽出した温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部608は、溶銑保持炉500内の溶銑の所定の領域における温度が閾値範囲内となるよう溶銑保持炉500の誘導加熱装置504の出力を操作する。本実施の形態3によれば、温度制御部608による誘導加熱装置504の制御により、溶銑保持炉500の壁面を覆う耐火物損傷を防止するように溶銑温度を制御することが可能となる。
(実施の形態4)
実施の形態4として、タンディッシュ内の温度推定および温度分布の可視化について説明する。図36は、本発明の適用対象となるタンディッシュの斜視図である。図37は、図36のタンディッシュの右側面図の一部である。
図36に示すように、タンディッシュ700は、溶鋼702を収容する容器701と、取鍋から溶鋼702を注入するノズル703と、2ケ所の鋳型への流出孔704と、溶鋼702を加熱して温度を制御するプラズマ加熱装置707とを備える。また、容器701に収容される溶鋼の液面706を点線で示す。タンディッシュ700内の温度分布の補間および可視化のために、図37に示すように、容器701内の右側面5ケ所に熱電対705(705−1〜705−5)を設置して温度を計測した。
タンディッシュ700は、図36に示すように、横方向長さが8m、奥行きが1m、高さ1mの直方体形状であり、タンディッシュ700の中央上部に取鍋からの溶鋼702を注入するノズル703、長さ方向の両端に鋳型への流出孔704が設けられている2ストランド仕様である。
タンディッシュ700では溶鋼702上部の浴面や壁面を通して溶鋼が冷却されるため、取鍋から注入された溶鋼702は鋳型に向かって流れるに従い、温度が低下していく。熱電対705は、長辺が含まれる両側の壁面からちょうど中央の位置の鉛直面上に配置しており、図37に示すように、右側面側に5ケ所配置している。実施の形態4では、タンディッシュ700の右側部分だけに注目し、右側の5点の実測データを用いることとした。
本実施の形態4において、流れ場および伝達時間τijは、数値流体シミュレーションを用いて算出した。流体シミュレーションは有限体積法を用い、乱流モデルとして標準k−ε乱流モデルを利用した。また、タンディッシュ700の対称性を利用し、右半分のみを取り出して溶鋼の温度を推定する。
伝達時間τijの算出は、初期温度1550(℃)、発熱量2,200(kW)、閾値温度1551(℃)、すなわちΔT=1(K)として計算した。温度推定点jは0.2(m)ごとの格子状配置とし、タンディッシュ700内全域に配置した。
重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、標準偏差σ=60(s)、最小伝達時間τ
minを用いたガウス分布とした。ただし、計算を簡単にするためτ
min>180(s)では重みが0となるようにした。すなわち、重み関数W(τ
1ij、τ
2ij)は、下式(23)とした。算出した重みW
ijは、図38に示す記憶部803にデータベースとして格納される。または、伝達時間τ
ijを格納し、式(23)により都度計算してもよい。図38は、本発明の実施の形態4にかかる流体系の温度推定装置800の構成例を模式的に示すブロック図である。以下、温度推定装置800による図37のタンディッシュ700内の溶鋼の温度推定および温度分布の可視化を説明する。
図37に示す各熱電対705で計測した容器701内の溶鋼の実測温度を表8に示す。
温度推定部805は、表8に示す溶鋼の温度実測データと、式(23)で計算し、記憶部803にデータベースとして格納した重みWijを用いて、タンディッシュ700全体に設定した温度推定点jの温度を算出する。また、温度推定部805は、推定温度に温度推定点jの位置情報を加えた温度データを作成し、該温度データにより熱電対705により計測された温度実測点iの実測温度Tiを補間して温度分布データとする。温度分布データを作成し、制御部804は該温度分布データを記憶部803に格納する。温度データ抽出部806は、記憶部803が格納する温度分布データから、予め設定されるか、または操作者が入力部801を介して指定したタンディッシュ700の任意の断面の推定温度データを抽出し、等値線図化する。あるいは、抽出した温度データから溶鋼の平均温度を算出後、前記断面における平均温度からの差分値を算出し、該差分値について等値線図化してもよい。
図39に、タンディッシュ700の奥行き方向中央となる鉛直断面(熱電対を配置した断面)の右半分における溶鋼の平均温度からの差分値の等値線図を示す。図39によれば、本実施の形態4の手法によるタンディッシュ700の温度分布結果は、タンディッシュ700内の溶鋼流動の影響をよく反映しており、本実施の形態4は、流動効果を考慮した温度分布を構築できることを確認できる。
また、本実施の形態4では、あらかじめ伝達時間τijまたは重みWijを作成しておくので、温度推定・可視化の際は温度実測値から重み付平均計算を行うだけでよく、計算時間を1秒以内とすることができ、オンラインでの温度分布の可視化も可能である。
さらに、本実施の形態4では、図39の可視化結果からも明らかなように、タンディッシュ700の内壁面と接触する箇所における溶鋼702の温度も容易に把握できる。タンディッシュ700は壁面が耐火物で覆われており、耐火物は常に高温の溶鋼と接触している。このとき耐火物と接触している溶鋼温度が急激に変化すると耐火物に大きな熱応力が発生し、耐火物損傷の問題が起こる。よって壁面と接触する箇所における溶鋼温度が所定の閾値内となるように溶鋼温度を制御することが好ましい。図39の可視化結果から得た壁面と接触する箇所の溶鋼温度に基づき、所定の閾値内となるようにプラズマ加熱装置707の出力を操作して温度制御を行えば、タンディッシュ壁面を覆う耐火物損傷を防止することが可能となる。
実施の形態4にかかる温度推定装置800は、図38に示すように、所定の領域、すなわちタンディッシュ700の内壁面を覆う耐火物と接触する箇所における溶鋼温度が所定の閾値内であるか否かを判定する温度判定部807と、タンディッシュ700のプラズマ誘導加熱装置707の出力を操作して溶鋼温度を制御する温度制御部808とを備える。溶鋼温度の閾値は予め温度判定部807に入力されるか、操作者により入力部801を介して入力され、温度判定部807は、温度データ抽出部806が抽出した、所定の領域における溶鋼温度が閾値内であるか否かを判定する。温度判定部807が、所定の領域における溶鋼温度が閾値範囲外と判定した場合、温度制御部808は、所定の領域における溶鋼温度が閾値範囲内となるようプラズマ加熱装置707の出力を操作する。本実施の形態4によれば、温度制御部808によるプラズマ加熱装置707を操作することにより、溶鋼温度を制御することが可能となるため、タンディッシュ700の内壁面を覆う耐火物損傷を防止できる。
本明細書において、実施の形態として、水槽、溶融亜鉛めっきポット、溶融金属保持炉およびタンディッシュを例とする温度推定方法、温度分布推定方法、温度モニタリング方法、および溶融金属の温度制御方法、ならびに濃度および温度推定方法について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。