本発明は、圧電体を用いた圧電センサに関し、特に、可撓性のある圧電センサに関するものである。
従来から、圧電体を用いたセンサとして圧力センサ、加速度センサ、アコースティック・エミッション(AE)センサなどが各種産業分野において利用されている。通常の圧電センサは、平面上に設置して使用することを想定しているため、設置箇所が制限されることになる。設置範囲を拡大するため、曲面上にも設置可能な圧電センサが望まれており、そのためには可撓性のあるセンサ素子が必要となる。
そこで、可撓性のある圧電センサ素子として、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)などの合成高分子圧電体を使用したり、セラミクス圧電体の薄膜を使用する構成が提案されている(例えば、特許文献1〜3)。
本質的に極めて脆く、局所的に大きなひずみを受けると破壊してしまうセラミクス圧電体を利用して可撓性のある圧電素子を作製する場合には、セラミクス圧電体を薄くすることで、局所的には微小なたわみであっても全体としては大きなたわみを得られるようにすればよい。また圧電センサ全体に可撓性を持たせるためには、圧電体だけでなく、基板や電極にも可撓性のある材料を選択して圧電素子を構成する必要がある。
図12は、従来の圧電センサ100の構造を示す断面図である。圧電センサ100は、基板1上に下部電極2、圧電体薄膜3および上部電極4を設けることにより形成されている。基板1は可撓性のある箔や薄板から構成され、圧電体薄膜3は、セラミクス圧電体を材料とする薄膜であり、下部電極2および上部電極4が、圧電体薄膜3の上下面で対となっている。下部電極2および上部電極4には、リード線5aおよびリード線5bがそれぞれ接続される。圧電体薄膜3に圧力が加わると圧電効果によりリード線5a・5b間に電位差が生じる。リード線5a・5b間の電位差を計測することで、圧電センサ100の設置箇所における圧力、加速度、歪み等を検知することができる。
下部電極2および上部電極4の形成方法としては、基板1上ならびに圧電体薄膜3上にそれぞれ導電処理を施す方法や、あるいは可撓性のある導電材料を用いて圧電体薄膜3を挟み込む方法などがある。
特開平9‐110968号公報(1997年4月28日公開)
特開平7‐135345号公報(1995年5月23日公開)
特開2007‐151819号公報(2007年6月21日公開)
しかしながら、上記従来の構成では、圧電体薄膜形成時の不具合や機械的負荷により圧電センサが使用不能になりやすいという問題を生じる。
図12に示す圧電センサ100では、圧電体薄膜3の上下で一対の下部電極2および上部電極4を構成する構造である。ここで、圧電体薄膜3の形成時の不具合により圧電体薄膜3に欠損部分が生じると、その薄さのために、下部電極2と上部電極4とが短絡してしまい、圧電素子として機能しなくなるおそれがある。このため、歩留まりの低下の原因となる。
また、圧電センサ100の使用時に機械的負荷が加わった場合、それが過大なものであれば圧電体薄膜3が破壊されてしまい、その結果、下部電極2と上部電極4とが短絡して圧電センサ100が使用不能になる。また、過大な負荷でなくとも、負荷を繰り返し加えることによる圧電体薄膜3の疲労破壊が生じた場合も、下部電極2と上部電極4とが短絡して圧電センサ100が使用不能になる。
以上のように、従来の圧電センサでは、圧電体薄膜形成時の不具合を原因とする歩留まり低下の問題や、機械的負荷による劣化の問題が内在している。
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、歩留まりが高く、機械的な負荷に対する耐久性が高い圧電センサを実現することにある。
本発明に係る圧電センサは、上記課題を解決するために、下部電極と上部電極と圧電体薄膜とを有し、前記圧電体薄膜が前記下部電極と前記上部電極との間に設けられる圧電センサにおいて、前記下部電極と前記圧電体薄膜との間、および前記上部電極と前記圧電体薄膜との間の少なくとも一方に空隙を有することを特徴としている。
上記の構成によれば、下部電極と圧電体薄膜との間、および上部電極と圧電体薄膜との間の少なくとも一方に空隙を有しているので、圧電体薄膜形成時に圧電体薄膜に欠損が生じていたり、あるいは使用中に疲労亀裂が発生しても、下部電極と上部電極とが短絡しにくくなる。また、圧電センサをバイスで挟み込んで振動を与えても、空隙を設けない構成に比べて、下部電極と上部電極との短絡が生じにくくなる。したがって、歩留まりが高く、機械的な負荷に対する耐久性が高い圧電センサを実現できるという効果を奏する。
本発明に係る圧電センサでは、前記空隙は層状の空隙層であり、当該空隙層の厚さが120μm以下であることが好ましい。
上記の構成によれば、空隙層の厚さが120μmであれば、100kHzの振動に対する発生電圧が、6dB以内の低下で済む。したがって、100kHzの振動の検出用に特化する場合、実用に不都合を生じない。
本発明に係る圧電センサでは、前記空隙層の厚さが60μm以下であることが好ましい。
上記の構成によれば、さらに空隙層の厚さが60μm以下であるので、少なくとも100kHz〜2MHzの振動に対する発生電圧が、6dB以内の低下で済む。したがって、少なくとも100kHz〜2MHzの周波数帯での弾性波検出に問題なく使用できる。
本発明に係る圧電センサでは、前記空隙は円形の空隙層を構成し、当該空隙層は、直径に対する厚さの比率が0.4%以上であることが好ましい。
上記の構成によれば、圧電体を挟み込んでも、ほぼ確実に下部電極と上部電極との絶縁性を確保できる。
本発明に係る圧電センサでは、前記下部電極と前記圧電体薄膜との間、および前記上部電極と前記圧電体薄膜との間の少なくとも一方に絶縁層が設けられ、当該絶縁層に開口部を形成することにより、前記空隙層が設けられてもよく、また、前記空隙層が複数設けられてもよい。
本発明に係る圧電センサでは、前記下部電極および上部電極は、可撓性を有する材料からなることが好ましい。
本発明に係る圧電センサでは、前記下部電極、前記上部電極および前記絶縁層は、可撓性を有する材料からなることが好ましい。
上記の構成によれば、下部電極および上部電極(絶縁層を設けている場合は、さらに絶縁層)が可撓性を有するので、圧電センサを曲面上に設置することが可能となる。したがって、圧電センサの設置範囲を拡大することができる。
本発明に係る圧電センサでは、前記下部電極および上部電極は、金属または導電性高分子を主成分とし、厚さ0.5mm以下であることが好ましい。
上記の構成によれば、より可撓性を高めることができる。
本発明に係る圧電センサでは、前記絶縁層は有機高分子フィルムであることが好ましい。
上記の構成によれば、有機高分子フィルムは、セラミクスの薄膜よりも加工しやすいので、空隙層の形成がさらに容易になる。
本発明に係る圧電センサでは、前記有機高分子フィルムがポリイミドを主成分とすることが好ましい。
上記の構成によれば、ポリイミドは耐熱性が高いので、圧電センサの耐熱性を高めることができる。
本発明に係る圧電センサは、以上のように、前記下部電極と前記圧電体薄膜との間、および前記上部電極と前記圧電体薄膜との間の少なくとも一方に空隙を有するので、歩留まりが高く、機械的な負荷に対する耐久性が高い圧電センサを実現できるという効果を奏する。
本発明の一実施形態について図1ないし図11に基づいて説明すると以下の通りである。
図1は、本実施形態に係る圧電センサ10の基本的な構造を示す断面図である。圧電センサ10は、基板1上に下部電極2、圧電体薄膜3および上部電極4を設ける構造において、圧電体薄膜3と上部電極4との間に空隙層6をさらに設けた構成である。
この空隙層6を設けることにより、例えば、圧電体薄膜3の製造時に欠損があったり、また使用により圧電体薄膜3に疲労亀裂が発生した場合にも、下部電極2と上部電極4とが短絡しにくくなる。したがって、圧電センサの歩留まりおよび耐久性が向上するという効果を奏する。空隙層6の厚さ等は、要求される圧電センサの感度等によって適宜設定される。
続いて、空隙層6を設けるための圧電センサの具体的な構成例について説明する。
図2(a)は、圧電センサ11の構造を示す断面図である。圧電センサ11では、空隙層6を設けるために、基板1から上部電極4の積層体の両側に、絶縁体7が形成されている。
また、図2(b)は、圧電センサ12の構造を示す断面図である。圧電センサ12では圧電体薄膜3と上部電極4との間に、開口部を有する絶縁層8を設けることにより、空隙層6を形成している。
なお上記では、層状の空隙層を設ける構成であるが、これに限らず、例えば、圧電体薄膜と下部電極との間に、層状ではない空隙部分を1箇所以上設ける構成であってもよい。また、空隙層6を下部電極2と圧電体薄膜3との間に設けてもよく、さらには、上部電極4と圧電体薄膜3との間、および下部電極2と圧電体薄膜3との間の両方に空隙層6を設けてもよい。
続いて、上記の圧電センサにおいて、歩留まりおよび耐久性が向上することを確認するために、5種類の実験を行ったので、以下具体的に説明する。
図3は、本実施例および後述する実施例2、3において使用する実験装置90の構成を示す概略図である。実験装置90は、バイス91、励振器92、波形発生器93、プリアンプ94およびオシロスコープ95から構成されている。バイス91は、圧電センサおよび励振器92を挟み込み、ネジを締めて固定される。励振器92として汎用のAEセンサを使用し、励振器92は、波形発生器93から正弦波電圧信号が印加されることにより、圧電センサに振動を与える。圧電センサの上部・下部電極から、リード線5a・5bが引き出され、リード線5a・5bは、それぞれプリアンプ94から延びる信号線94a・94bに接続される。これにより、圧電センサが発生する電圧信号はプリアンプ94によって増幅され(例えば40dB)、オシロスコープ95において測定される。なお、圧電センサに振動を与えない場合、励振器92および波形発生器93は使用しない。
図4は、本実施例において使用する圧電センサがバイス91に挟み込まれた状態を示す断面図であり、(a)は、従来の圧電センサ110を示しており、(b)は、本実施形態に係る圧電センサ20を示しており、(c)は、圧電センサ20と励振器92とを示している。なお、同図(a)ならびに(b)では、リード線5a・5b間の抵抗を測定するために、これらの線をデジタルマルチメータに直接接続する。
図4(a)に示すように、圧電センサ110は、下部電極2、圧電体薄膜3および上部電極4から構成される。下部電極2は、電極を兼ねた可撓性基板として形成されており、厚さ0.2mmのステンレス基板が用いられる。圧電体薄膜3は、厚さ1μmの窒化アルミニウムであり、上部電極4は、40μmの銅箔である。さらに、上部電極4の上に厚さ0.5mmのアルミナ板9を載せて、これら積層体の上下面をバイス91で挟み込む。この際、上部電極4と下部電極2との間、ならびに両者から引き出したリード線5a・5b間が短絡しないようにした。この状態で両リード線5a・5b間の抵抗値を、デジタルマルチメータで測定したところ、指示値は約1Ωであった。
しかしながら、本来であれば圧電体薄膜3は、絶縁性を有する圧電体であるので、リード線5a・5b間の抵抗値は、デジタルマルチメータの測定レンジ(50MΩ)を越えるはずである。そこで、下部電極2上に形成した圧電体薄膜3の上面を顕微鏡で観察したところ、圧電体が未形成の数μm程度の微小領域数箇所を確認した。このため、バイスで挟み込んだことにより、この圧電体未形成部で下部電極2と上部電極4とが接触し、短絡したと考えられる。
図4(b)に示す圧電センサ20は、圧電センサ110において、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、絶縁層8を設けた構成である。本実施例では、絶縁層8として中央に直径6mmの丸穴を開けた厚さ70μmのポリイミドを使用し、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、70μmの空隙層6を設けた。この状態で、リード線5a・5b間の抵抗値を測定したところ、デジタルマルチメータの測定レンジ(50MΩ)を越える指示値を確認した。このことから、下部電極2と上部電極4との短絡は生じていないと考えられる。
図4(c)は、図4(b)に示す構成において、さらに励振器92をバイス91に挟み込んだ構成である。図3に示す波形発生器93を用いて、励振器92に振幅20Vの正弦波電圧信号を印加した。この時に波形発生器93から送信した電圧信号と圧電センサ20において発生し、プリアンプ94により増幅した電圧信号とをオシロスコープ95において測定したところ、圧電センサ20は、波形発生器93による印加信号に応じた電圧信号を発生することを確認した。
以上のように、図4(a)に示す従来の構成によると、下部電極2と上部電極4とが短絡するため、圧電センサ110を実用化できなかった。一方、図4(b)および(c)に示す本実施形態に係る構成では、圧電センサ110と同一の圧電体薄膜3を用いた圧電センサ20を実用可能とすることができる。すなわち、圧電センサ20の構造は、従来は歩留まりを低下させる原因となっていた圧電体未形成部を有する圧電体薄膜を、下部電極と上部電極とを短絡させない圧電素子として利用可能とする構造である。これにより、圧電センサの生産性向上ならびに低コスト化という顕著な効果を奏する。
なお、図4に示す構成において、下部電極2として、厚さ0.2mmのニッケル合金を用い、圧電体薄膜3として、厚さ5μmの窒化アルミニウムを用いて、同様の実験を行った。その結果、図4(a)に示す空隙を設けない構成においては、リード線5a・5b間の抵抗値は120kΩであったのに対し、図4(b)に示す構成においては、デジタルマルチメータ95の測定レンジ(50MΩ)を越える指示値を確認した。さらに、図4(c)に示す構成においても、圧電センサ20は、励振器92への印加信号に応じた電圧信号を発生することを確認した。このように、下部電極2および圧電体薄膜3の構成を変えた場合でも、図4(a)に示す構成は実用に耐えないのに対し、図4(b)および(c)に示す構成では、実用可能であることが確認された。
以上のように、空隙層を設けることにより、圧電体薄膜上下での短絡防止に効果を発揮することが明らかとなった。
本実施例では、圧電体薄膜上下の絶縁を確保するために必要な空隙層の厚さを決定するための実験を行った。具体的には、図4(b)に示す構成において、空隙層6を、8μm、13μm、25μmおよび50μmの厚さで形成して、下部電極2と上部電極4との間の抵抗値を測定した。なお、下部電極2に、厚さ0.2mmのステンレス基板を用い、上部電極4に、厚さ40μmの銅箔を用い、圧電体薄膜3には、厚さ1μmの窒化アルミニウムを用いた。
実験結果から、空隙層6の厚さが、25μmおよび50μmの場合に絶縁性が確保されていることが確認された。したがって、より一般的には圧電体が未形成となっている領域の面積にも依存すると考えられるが、数μm程度の圧電体未形成領域を有する厚さ1μmの圧電体薄膜の上下での短絡を防止するためには、空隙層6の直径が6mmの場合、25μm以上の厚さがあれば十分であることがわかる。また、圧電体薄膜3をより厚くするならば、さらに空隙層6を薄くできると考えられるが、いずれにしても空隙層6の厚さが25μm以上であれば十分である。つまり、直径の25μm/6mm≒0.4%以上の厚さを持つようにした空隙層を設けることで、従来は歩留まりを低下させる原因となっていた圧電体未形成部を有する圧電体薄膜を、下部電極と上部電極とを短絡させない圧電素子として利用可能とすることができる。
本実施例では、空隙層厚さの変化が圧電センサの発生する電圧レベルに与える影響を調べる。そこで、同一の圧電体薄膜を用い、空隙層の厚さを変えて薄膜圧電体と上部電極との距離を変化させる。
図5は、本実施例において使用する圧電センサが励振器92とともにバイス91に挟み込まれた状態を示す断面図であり、(a)〜(h)は、それぞれサンプルA〜Hを示している。サンプルAでは、圧電センサが、下部電極2、圧電体薄膜3および上部電極4から構成され、上部電極4の上面を絶縁体19で覆っている。各サンプルB〜Hでは、サンプルAの構造において、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、開口部を有する絶縁層8b〜8hを設けた構造である。図3に示す実験装置90によって、サンプルA〜Hにおける圧電センサの発生する電圧レベルを計測した。
下部電極2は、可撓性基板としての役割を兼ねており、厚さ0.2mm、直径19mmのニッケル合金基板が用いられる。圧電体薄膜3は、厚さ3μm、直径8mmの窒化アルミニウムであり、下部電極2の上にスパッタリング法により形成されている。上部電極4は、厚さ40μm、直径7mmの銅箔である。絶縁体19として、ポリイミドを使用している。また、サンプルB〜Hにおける、絶縁層8b〜8hは、中央部に直径6mmの穴をあけた直径19mmのポリイミドであり、厚さは絶縁層8bが8μm、絶縁層8cが13μm、絶縁層8dが25μm、絶縁層8eが50μm、絶縁層8fが70μm、絶縁層8gが140μm、絶縁層8hが210μmである。これにより、サンプルB〜Hでは、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、空隙層6b〜6hがそれぞれ設けられ、空隙層6b〜6hの厚さは、それぞれ8μm、13μm、25μm、50μm、70μm、140μmおよび210μmである。
サンプルAにおいて、圧電体薄膜3表面の顕微鏡観察では、圧電体の未形成領域は確認されなかった。この状態で、波形発生器93から励振器92に振幅20Vの正弦波電圧信号を印加し、圧電体薄膜3が発生する電圧をプリアンプ94によって40dB増幅して、オシロスコープ95で測定した。この結果、圧電体薄膜3は、印加信号に応じた電圧信号を発生することを確認した。
続いて、サンプルA〜Hにおいて、100kHz〜2000kHzの周波数をもつ正弦波電圧を励振器92に印加し、周波数に応じて圧電体薄膜3が発生した電圧信号の最大振幅を計測した。
図6は、当該最大振幅の計測結果を示すグラフであり、サンプルA〜Hにおける、空隙層の厚さを横軸に、また各周波数でのサンプルAにおける圧電体薄膜3の発生電圧に対する、サンプルB〜Hにおける圧電体薄膜3の発生電圧の比率をdB表示し縦軸にプロットしている。すなわち、サンプルAにおける、100kHz、200kHz、300kHz、400kHz、500kHz、600kHz、700kHz、800kHz、900kHz、1000kHzおよび2000kHzの各周波数の正弦波電圧を励振器92に印加した場合に得られた電圧信号の最大振幅を0dBとし、各周波数毎の空隙層厚さ変化に対する依存性を示している。例えば、−6dBの位置ではサンプルAと比較して出力が1/2に低下し、−20dBの位置では出力が1/10に低下したことを示す。
この結果から、空隙層が厚いほど、発生電圧が低下することが分かる。一般的に、圧電体薄膜の発生電圧は、より高いほうが好ましいものの、実際には圧電センサの構造あるいは求められる特性に応じて調整される。また、必ずしも幅広い周波数領域にわたって発生電圧が高いことを必要とはされず、共振周波数のように特異点のみを使用する場合も多い。例えば、本実施例の場合にも、ほとんどの周波数において、サンプルAの圧電体薄膜が最も高い発生電圧を示したが、100kHzの印加電圧に対しては、サンプルFの圧電体薄膜の方が高い発生電圧を示した。すなわち、100kHzの振動の検出用に特化する場合、圧電体薄膜と上部電極との間に70μmの空隙層を設けた圧電センサのほうが、感度がより良好であることが分かる。
さらに重要な点は、信号対雑音比、すなわちS/N比が高いことである。そこで、サンプルAの圧電体薄膜と比較して6dB以内の発生電圧の低下であれば十分に許容できるとして、例えば100kHzでの検出用に特化する場合を想定する。この場合、空隙層の厚さが120μm以下であれば、実施例1において示したような歩留まり向上の効果を得つつ、感度の観点からも有効に利用できると考えられる。さらに、空隙層の厚さを60μm以下にすれば、少なくとも100kHz〜2MHzの周波数帯での弾性波検出に有効であることは明白である。
また、サンプルB〜Hでは、空隙層の直径が6mmであるので、実施例1において示したように、空隙層の厚さが25μm以上であれば、圧電体の未形成部発生に代表されるような、圧電体薄膜の不具合があった場合に生じる上部電極と下部電極との短絡の問題を回避できる効果がある。したがって、この場合には、空隙層の厚さが25μmから120μmまでのものを選択することが望ましく、空隙層の厚さが25μmから60μmまでのものを選択することがさらに望ましい。また、空隙層の直径が6mm以外の場合でも、その直径に対して厚さが0.4%以上となるよう選択し、かつ120μm以下とすれば、空隙層を設けることによる上記の効果を得ることができ、更に望ましくは空隙層の厚さを60μm以下とすればよいことがわかる。
本実施例では、2つの圧電センサを金属丸棒に巻きつけることにより、曲げ歪に対する耐性を比較した。
図7は、本実施例において使用する圧電センサを示す断面図であり、(a)は、従来の圧電センサであるサンプルIを示しており、(b)は、本発明の圧電センサであるサンプルJを示している。サンプルIは、下部電極2上に圧電体薄膜3および上部電極4を設けて構成されている。サンプルJは、サンプルIにおいて、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、絶縁層8を設けた構成である。
下部電極2は、縦6mm×横15mm×厚さ0.2mmのニッケル合金であり、圧電体形成のための基板としての役割を兼ねている。圧電体薄膜3は、縦6mm×横15mm×厚さ3μmの窒化アルミニウムである。上部電極4は、縦4mm×横20mm×厚さ40μmの銅箔である。また、絶縁層8は、縦6mm×横15mm×厚さ70μmのポリイミドテープであり、中央部に縦5mm×横5mmの開口部が設けられている。すなわち、サンプルIでは、圧電体薄膜3と上部電極4とが接している構造であるのに対し、サンプルJでは、圧電体薄膜3と上部電極4との間に、縦5mm×横5mm×厚さ70μmの空隙層6を設けた構造となっている。
まず、サンプルIおよびサンプルJを平面上に設け、デジタルマルチメータによって下部電極2と上部電極4との間の抵抗値を測定したところ、どちらの場合も、抵抗値がデジタルマルチメータの測定レンジ(50MΩ)を越えていることを確認した。
次に、下部電極2を内側にして、サンプルIおよびサンプルJを直径10mmの金属丸棒に巻きつけて、同一の径の曲面を持つように加工し、再度デジタルマルチメータによる下部電極2と上部電極4との間の抵抗値測定を行った。その結果、サンプルJにおける抵抗値は、なおデジタルマルチメータの測定レンジを超えていたのに対し、サンプルIにおける抵抗値は、180kΩまで低下していた。これにより、サンプルJでは、下部電極2と上部電極4との間に短絡は生じていないが、サンプルIでは、下部電極2と上部電極4との間に短絡が生じていることが分かる。
なお、上記と同様に、下部電極2を内側にして、サンプルIおよびサンプルJを直径6mmの金属丸棒に巻きつけて、再度デジタルマルチメータによる下部電極2と上部電極4との間の抵抗値測定を行った。その結果、抵抗値は、サンプルIでは3Ω、サンプルJで15Ωであった。すなわち、どちらの場合も、直径6mmの金属丸棒に巻きつけることで過度の曲げ歪が加わり、圧電体薄膜3に引張応力が生じた結果、亀裂を生じ、亀裂部を介して下部電極2と上部電極4との間が短絡したと考えられる。
ただし、直径10mmの金属丸棒を用いた評価試験では、サンプルJでは短絡が生じなかった。このことは、空隙層6を設けたことで、下部電極2と上部電極4との間の短絡を防止できたと考えることができる。すなわち、空隙層を設けることで、圧電体薄膜上に直接上部電極を設ける場合よりも、より大きなひずみにまで耐えられるので、曲面上への設置の際には、より大きなひずみを生じてしまう箇所にも適用可能となることがわかる。
さらに、上記の結果は、例えば繰り返し負荷を受ける疲労環境下において、より大きなひずみを許容できることをも示している。すなわち、本発明の圧電センサが、より耐久性に優れる構造であることがわかる。
以上のように、圧電体薄膜と電極との間に空隙層をもつ可撓性を有する本発明の圧電センサは、発生電圧の低下を抑えつつ、薄膜圧電素子で問題となる、圧電体を挟む両電極間での短絡防止に極めて大きな効果を発揮する。その結果、圧電センサ製造時の歩留まり低下の問題を著しく改善するとともに、設置可能な範囲の拡大、さらには耐久性の向上という顕著な効果を有することは明らかである。
本実施例では、寸胴型容器の曲面部分に本発明に係る圧電センサを設置し、平面部分に市販のAEセンサを設置して、振動に対する感度を比較した。
図8(a)は、本実施例において使用する圧電センサ40を示す断面図であり、図8(b)は、圧電センサ40を示す平面図である。圧電センサ40は、下部電極2、圧電体薄膜3、絶縁層18および上部電極4が順に積層され、上部電極4の上面を絶縁体19で覆い、さらにニッケル合金42を重ねて構成される。下部電極2は、縦25mm×横25mm×厚さ0.2mmのニッケル合金基板である。圧電体薄膜3は、縦16mm×横16mm×厚さ5μmであり、下部電極2上の中央部に形成される。絶縁層18は、縦16mm×横16mm×厚さ50μmのポリイミドフィルムであり、4箇所に直径6mmの開口部が設けられている。これにより、直径6mm、厚さ50μmの4つの空隙層6が、圧電体薄膜3上に位置する。上部電極4は、縦14mm×横14mm×厚さ40μmの電極部を有する銅箔である。絶縁体19は、縦20mm×横20mm×厚さ70μmのポリイミドテープであり、ニッケル合金42は、下部電極2と同様、縦25mm×横25mm×厚さ0.2mmのニッケル合金基板である。圧電センサ40の設置前において、下部電極2と上部電極4とは短絡していない。
続いて、図9(a)に示す直径約230mm、高さ約240mm、厚さ約2mmの寸胴鍋型の容器50に、圧電センサ40および市販のAEセンサである圧電センサ140を設置して実験を行った。なお、圧電センサ40を容器50の側面に押し付けても、下部電極2と上部電極4との短絡は生じなかった。
図9(b)に示すように、容器50を底面が上を向くように逆さにして、容器50の外壁における底面から約80mmの位置に、圧電センサ40をポリイミドテープで貼り付けることにより固定した。図示していないが、このように設置した圧電センサ40の下部電極2および上部電極4を、それぞれ同軸ケーブルを介してプリアンプに接続し、さらにオシロスコープで圧電センサ40の出力波形を観察できるように準備した。
さらに、容器50の底面上の外周近傍の平坦部に、超音波用ゲル状カプラントを介して圧電センサ140を設置し、同軸ケーブルを介して圧電センサ140の出力をオシロスコープで観察できるように準備した。なお、圧電センサ140は、容器50の底面における圧電センサ40と同じ側に設置した。
続いて、容器50の底面に数個の金属小片を落下させることにより弾性波を生じさせた。これにより、圧電センサ40および圧電センサ140は、伝播してきた弾性波により電圧信号を発生する。このときの、圧電センサ40および圧電センサ140が発生する電圧信号を図10に示す。この場合、弾性波は平面部分で発生するため、圧電センサ40だけでなく圧電センサ140も良好な感度を示している。
続いて、容器50の圧電センサ40と対向する側面に金属細棒で衝撃を与えることにより、弾性波を生じさせた。図11は、このときの圧電センサ40および圧電センサ140が発生する電圧信号を示すグラフであり、(a)は、底面から10mmの位置(高さ)に衝撃を与えた場合を示しており、(b)は、底面から80mmの位置に衝撃を与えた場合を示しており、(c)は、底面から160mmの位置に衝撃を与えた場合を示している。
図11(a)〜(c)のいずれの場合も、圧電センサ40からの出力には著しい変化は見られないものの、衝撃を与える位置が底面から離れるほど、圧電センサ140の出力は小さくなることが分かる。このことは、曲面への取り付けが不可能なセンサでは、距離の離れた曲面上で発生する弾性波の検出が極めて困難であることを示している。つまり、従来の圧電センサでは計測不可能であった、曲面部や狭い空間に配置された部材で生じるAEや振動の検出に対して、本発明による可撓性圧電センサが顕著な効果を発揮することがわかる。また本実施例で用いた圧電素子は、本実施例で示した効果に加え、実施例1〜4に示した効果も有することはいうまでもない。
以上のように、本発明による圧電センサの構造を用いることで、本質的に脆いセラミクスからなる薄膜を圧電体とする圧電センサの耐久性ならびに製造時の歩留まりを向上でき、従来では困難であった曲面や狭い空間にも設置可能な加速度センサ、AEセンサ、圧力センサなどの圧電センサを実現することができる。
(実施形態の総括)
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
また、上記実施例1〜5では、圧電体薄膜として窒化アルミニウム(AlN)を用いたが、これに限定されない。例えば、窒化ガリウム、窒化インジウム、酸化ベリリウム、酸化亜鉛、硫化カドミウム、硫化亜鉛およびヨウ化銀などの、ウルツ鉱型構造の化合物を主成分とする圧電体薄膜であってもよく、また、チタン酸ジルコン酸鉛、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、四ホウ酸リチウム、ニオブ酸カリウム、チタン酸バリウム、鉄酸ビスマス、鉄酸バリウム、タンタル酸リチウム、ニッケル酸ランタン、チタン酸鉛、チタン酸ストロンチウムおよび燐酸ガリウムなどの、酸化物を主成分とする圧電体薄膜であってもよい。さらに、上部電極および下部電極として、ステンレスや銅、ニッケル合金を用いたが、これに限定されず、Fe、Ni、Co、Cr、Al、Pt、Au、Ag、Ti、Mg、Zn、Zr、Nb、Mo、Ta、Wのうち少なくとも1種を主成分とする合金であってもよい。
圧力センサ、加速度センサ、アコースティック・エミッション(AE)センサなどの圧電体を用いるセンサとして好適に適用できる。
本発明の実施形態に係る圧電センサの基本的な構造を示す断面図である。
上記圧電センサの具体的な構成例を示す断面図であり、(a)は、積層体の両側に絶縁体を形成する構成であり、(b)は、圧電体薄膜と上部電極との間に、開口部を有する絶縁層を設ける構成である。
本発明の第1〜3の実施例において使用する実験装置の構成を示す概略図である。
本発明の第1の実施例において使用する圧電センサが上記実験装置のバイスに挟み込まれた状態を示す断面図であり、(a)は、従来の圧電センサを示しており、(b)は、本発明に係る圧電センサを示しており、(c)は、当該圧電センサと励振器とを示している。
本発明の第3の実施例において使用する圧電センサが励振器とともにバイスに挟み込まれた状態を示す断面図であり、(a)〜(h)は、それぞれサンプルA〜Hを示している。
サンプルA〜Hにおける圧電センサの発生電圧の最大振幅の計測結果を示すグラフである。
本発明の第4の実施例において使用する圧電センサを示す断面図であり、(a)は、従来の圧電センサを示しており、(b)は、本発明の圧電センサを示している。
(a)は、本発明の第5の実施例において使用する圧電センサを示す断面図であり、(b)は、当該圧電センサを示す平面図である。
(a)は、図8に示す圧電センサおよび従来の圧電センサが設置される容器を示す斜視図であり、(b)は、当該容器に上記2つの圧電センサが設置された状態を示す断面図である。
上記容器の底面に数個の金属小片を落下させた場合に、図9に示す2つの圧電センサが発生する電圧信号を示すグラフである。
上記容器の側面に金属細棒で衝撃を与えた場合に、図9に示す2つの圧電センサが発生する電圧信号を示すグラフであり、(a)は、底面から10mmの位置に衝撃を与えた場合を示しており、(b)は、底面から80mmの位置に衝撃を与えた場合を示しており、(c)は、底面から160mmの位置に衝撃を与えた場合を示している。
従来の圧電センサの構造を示す断面図である。
符号の説明
10、11、12、20、40 圧電センサ
2 下部電極
3 圧電体薄膜
4 上部電極
6 空隙層
8、18 絶縁層