JP4836106B2 - 細胞表層提示酵素を用いる光学活性体の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、細胞表層提示酵素を用いる光学活性体の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、軽油などの化石燃料に代わる燃料として、天然に存在する植物、動物、魚あるいは微生物が生産する油脂を用いる、いわゆるバイオディーゼル燃料が期待されている。これらの油脂のうち、食品製造のために用いられた油脂は環境に廃棄される場合が多く、環境問題を引き起こすので、廃油からのバイオディーゼル燃料は、大気汚染の防止と廃油の有効利用の点から、特に期待されている。
【0003】
バイオディーゼル燃料としては脂肪酸低級アルコールエステルが好ましく用いられる。油脂から脂肪酸低級アルコールエステルを製造するためには、油脂をグリセリンとそれを構成する脂肪酸とに分離し、次いで、アルコールと脂肪酸とからエステルを製造する技術が要求される。その方法の一つとして、リパーゼを用いる脂肪酸エステルの製造研究が種々行われている。
【0004】
しかし、現在行われている方法は、もっぱら、油脂を溶媒(例えば、へキサン)に溶解し、アルコールの存在下、リパーゼと反応させる方法である。この方法では、溶媒から脂肪酸エステルを分離する必要があり、溶媒を回収する操作が必要となって、プロセスが煩雑になる上、コストも上昇するという欠点に加え、爆発の危険性も含んでいる。そのため、無溶媒系での開発が検討されている。
【0005】
無溶媒系における実験例としては、JAOCS 73巻、1191〜1195頁(1996)に記載がある。この実験によれば、イソプロパノール、イソブタノール、2-ブタノールなどの分岐アルコールを用いた場合は、90%以上の脂肪酸エステルが得られるが、メタノール、エタノールなどの工業的に用いられる安価なアルコール類では、脂肪酸エステル化反応がほとんど進行しないことが記載されている。このように、無溶媒系での安価なアルコールを用いる、非エネルギー消費型のバイオディーゼル(脂肪酸エステル)の生産方法は未だ確立されていないのが現状である。
【0006】
他方で、リパーゼを用いる脂肪酸エステルの合成反応において、リパーゼを単離し、固定化して利用する方法が最もよく検討されている。しかし、この方法ではリパーゼの単離と固定化にコストと時間がかかるという問題がある。
【0007】
また、微生物菌体自体を用いる場合は、細胞膜の透過性を考慮する必要が指摘され、アルコールなどの溶媒による微生物の処理が検討されている(例えば、Felixら、Anal. Biochem., 120: 211-234(1982)を参照のこと)。この溶媒処理も、処理および溶媒の回収に時間とコストを要し、かつ爆発のおそれもあるという問題がある。
【0008】
これに対して、細胞表層局在タンパク質のGPIアンカリングドメインを利用して、リパーゼを細胞表層に発現させる方法が開発されている(特開平11−290078号公報)。すなわち、GPIアンカリングドメインをコードするDNAの上流にリパーゼの構造遺伝子を配置し、さらに上流に分泌シグナル配列を配置して、N末端側が細胞の外側になるように細胞表層にリパーゼを発現している。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
このようにして発現させたタンパク質は、N末端側に活性中心があるものであれば、細胞表層で十分な活性を示すことができる。しかし、リパーゼのようにC末端側に活性中心がある場合、活性中心が細胞表層に近すぎて立体障害が起こり十分な活性を示すことができないという問題がある。そのため、細胞表層に提示した酵素を用いてより効率よく合成反応を行う手段、さらには、このような酵素の利用が有利となる合成反応の分野の探索が求められている。
【0010】
【課題を解決するための手段】
そこで、タンパク質を細胞表層に発現する方法を種々検討したところ、従来、必須と考えられていたGPIアンカリングドメインの機能を失わせた場合でさえも、GPIアンカータンパク質が細胞表層に保持されることを見出した。すなわち、少なくともGPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインさえ含まれていれば、そのN末端側またはC末端側のいずれか一方に、あるいはN末端側およびC末端側の両方に、所望のタンパク質を発現させるようなプラスミドを構築することによって、所望のタンパク質を細胞表層に発現させることが可能となった。
【0011】
このような方法に従って、活性中心の位置に応じて適切に細胞表層に提示した酵素の例としてリパーゼを用い、種々のエステル交換反応について検討を重ねたところ、全く予想外に、分泌型のリパーゼと比較して、高収量かつエナンチオ選択的にエステルを生成し得ることを見出して、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、光学活性体の製造方法を提供し、この方法は、酵素を細胞表層に提示する組換え細胞を、反応液中で該酵素の基質となり得るラセミ体と接触させて、光学活性な酵素反応生成物を形成させる工程を含む。
【0013】
好適な実施態様では、上記酵素反応はエステル交換反応である。
【0014】
より好適な実施態様では、上記酵素はリパーゼであり、上記ラセミ体はアルコールであり、そして上記酵素反応生成物はカルボン酸エステルである。
【0015】
さらに好適な実施態様では、上記反応液は、有機溶媒である。
【0016】
別の好適な実施態様では、上記細胞は酵母である。
【0017】
より好適な実施態様では、上記酵素は糖鎖結合タンパク質ドメインとの融合タンパク質である。
【0018】
さらに好適な実施態様では、上記融合タンパク質は、上記酵素のN末端側と上記糖鎖結合タンパク質ドメインのC末端側とを連結したタンパク質である。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明において、細胞表層に提示される酵素は、目的の合成反応に応じて適宜選択され、特に限定されない。分泌タンパク質が好適に用いられる。加水分解酵素がより好適であり、加水分解酵素としては、エステラーゼ(リパーゼを含む)、グリコシダーゼ、ペプチダーゼなどが挙げられる。本発明の方法においては、これらの酵素の基質転移反応を利用することが好適である。中でも、エステラーゼを用いる加水分解反応あるいはリパーゼを用いるエステル交換反応が特に好適である。これらの酵素の起源は限定されず、例えば、微生物由来のものが好適に用いられる。
【0020】
本発明において、細胞表層に酵素を発現させる細胞は、細菌、真菌、植物細胞など、細胞壁を有する細胞であれば、特に限定されない。好適には、酵母が使用される。
【0021】
細胞表層に酵素を提示する一般的な方法について説明する。細胞表層に酵素を提示する方法としては、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して酵素を細胞表層に提示する方法、および(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して酵素を細胞表層に提示する方法がある。
【0022】
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン、FLOタンパク質(例えば、FLO1、FLO2、FLO4、FLO5、FLO9、FLO10、およびFLO11)、アルカリホスファターゼなどが挙げられる。
【0023】
(a)GPIアンカーを利用する方法
GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元部が切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
【0024】
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール (GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
【0025】
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
【0026】
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的とする酵素の構造遺伝子の配列に置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素を細胞表層に提示する組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素遺伝子を導入することが好ましい。
【0027】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、例えば、リパーゼ遺伝子を用いると、GPIアンカーを介して細胞表層にリパーゼを提示する組換えDNAが得られる。このようにして細胞表層に提示されたリパーゼは、そのC末端側が表層に固定されている。
【0028】
(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法
細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
【0029】
この細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)と目的の酵素とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。
【0030】
したがって、例えば、
(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子、
(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素の構造遺伝子、
(3)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素の構造遺伝子−細胞表層局在タンパク質(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素の構造遺伝子、などのDNA配列を作成することにより、細胞表層に目的の酵素を提示する組換えDNAが得られる。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、存在してもよいし、存在しなくてもよい。
【0031】
この目的とする酵素の構造遺伝子として、例えば、リパーゼ遺伝子を用いると、糖鎖結合タンパク質を利用して、細胞表層にリパーゼを提示する組換えDNAが得られる。このようにして細胞表層に提示されたリパーゼは、そのN末端側またはC末端側が表層に固定される。
【0032】
上記組換えDNAに用いられる分泌シグナル配列は、細胞表層局在タンパク質の分泌シグナル配列を用いてもよいし、発現した酵素を細胞外へ導くことができる他の分泌シグナル配列を用いてもよい。例えば、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナル配列、リパーゼの分泌シグナル配列が好適に用いられる。酵素活性に影響を及ぼさなければ、細胞表層提示後に分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
【0033】
本発明に使用される細胞は、目的とする酵素を細胞表層に提示するようにDNAを導入して、形質転換された細胞である。導入されるDNAは、少なくとも、分泌シグナル配列、糖鎖結合タンパク質ドメイン、および目的とする酵素をコードする配列を含む。さらに、もう1つ別の酵素またはタンパク質をコードする配列を含んでいてもよい。
【0034】
上記の各種配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。
【0035】
上記DNAはプラスミドの形態であることが望ましい。DNAの取得の簡易化の点からは、大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。このDNAの出発材料は、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製起点(Ori)とColE1の複製起点とを有しており、また、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、TRP、LEU2など)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有することがさらに好ましい。また、酵素の構造遺伝子を発現させるために、この遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節配列をも含んでいることが望ましい。例えば、GAPDH(グリセルアルデヒド3’-リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーターおよびGAPDHターミネーターが挙げられる。このような出発材料のプラスミドの例としては、GAPDH(グリセルアルデヒド3'-リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーター配列およびGAPDHターミネーター配列を含むプラスミドpYGA2270またはpYE22m、あるいはUPR-ICL(イソクエン酸リアーゼ上流領域)配列とTerm-ICL(イソクエン酸リアーゼのターミネーター領域)配列とを含むプラスミドpWI3などが挙げられる。
【0036】
好適には、プラスミドpYGA2270またはpYE22mのGAPDHプロモーター配列とGAPDHターミネーター配列との間、あるいはプラスミドpWI3のUPR-ICLの配列とTerm-ICLの配列との間に、所望の酵素をコードするDNAを挿入すれば、酵母に導入するために使用されるプラスミドが製造される。本発明においては、好適には、マルチコピー型のプラスミドpWIFSまたはpWIFLが用いられ、例えば、pWIFSpmROLまたはpWIFLpmROLが製造される。
【0037】
宿主の酵母としては、どのような酵母を用いてもよいが、凝集性の酵母が、反応後の分離が簡単である点で、あるいは簡単に固定できるため連続反応を行い得る点で好ましい。あるいは、糖鎖結合タンパク質ドメインとして、凝集機能ドメインを使用する場合は、どのような酵母にも強い凝集性を付与することができる。
【0038】
本発明の方法で用いられる細胞は、上記DNAを細胞に導入することにより得られる。DNAの導入とは、細胞の中にDNAを導入し、発現させることを意味する。DNAの導入の方法には、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクション、エレクトロポレーションなどの方法があり、具体的には、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法などがある。
【0039】
導入されるDNAは、前述のようなプラスミドの形態であってもよく、あるいは宿主の遺伝子に挿入して、または宿主の遺伝子と相同組換えを起こして染色体に取り込まれてもよい。
【0040】
DNAが導入された細胞は、選択マーカー(例えば、TRP)で選択され、発現された酵素の活性を測定することにより選択される。酵素が細胞表層に固定されていることは、この酵素に対する抗タンパク質抗体とFITC標識抗IgG抗体とを用いる免疫抗体法によって確認できる。
【0041】
上記のようにして得られた酵素を細胞表層に提示する組換え細胞は、この細胞を維持し得る培地を含む懸濁液中で低温保存または凍結保存され得るか、あるいは低温乾燥または凍結乾燥して保存され得る。
【0042】
本発明で用いられる組換え細胞は、担体に固定化されていてもよい。本明細書において、担体とは、細胞を固定化することができる物質を意味し、好ましくは、水またはある特定の溶媒に対して不溶性の物質である。本発明に用い得る担体の材質としては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール樹脂多孔質体、シリコンフォーム、セルロース多孔質体などの発泡体あるいは樹脂が好ましい。増殖および活性が低下した細胞あるいは死滅した細胞の脱落などを考慮すると、多孔質の担体が好ましい。多孔質体の開口部の大きさは細胞によっても異なるが、細胞が十分に入り込めて、増殖できる大きさが適当である。50μm〜1,000μmが好適であるが、これに限定されない。
【0043】
本発明の光学活性体の製造方法は、上記の酵素を細胞表層に提示した細胞を、適切な反応液中でこの酵素の基質となり得るラセミ体と接触させて、光学活性な酵素反応生成物を形成する工程を含む。
【0044】
本発明においては、酵素およびその基質の組み合わせは、目的に応じて任意に選択され得る。以下、本発明の光学活性体の製造方法を、酵素としてリパーゼを用いるエステル交換反応の場合を例に挙げて、具体的に説明する。
【0045】
まず、細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーあるいは糖鎖結合タンパク質ドメインを介してリパーゼを細胞表層に提示させた細胞(例えば、酵母)を得る。リパーゼの場合は、上記のように糖鎖結合タンパク質ドメインのC末端側とリパーゼのN末端側とが連結された融合タンパク質として細胞表層に提示されることが、高い活性を維持できる点で好ましい。次いで、例えば、基質としてカルボン酸エステル(RCOOR')とラセミ体のアルコール(R"OH)とを含有する反応液中で上記細胞をインキュベートして、アルコキシル基(R'O−およびR"O−)の交換反応を触媒させることによって、R"についてエナンチオ選択的にカルボン酸エステル(RCOOR")を形成することができる。
【0046】
上記エステル交換反応の基質であるラセミ体のアルコールは、ラセミ体であれば、どのようなアルコールでもよい。1価アルコールであっても、多価アルコールであってもよい。また、第一級アルコール、第二級アルコール、および第三級アルコールのいずれであってもよい。最も好ましくは、1価の第二級アルコールである。ラセミ体のアルコールとしては、例えば、(R,S)-1-フェニルエタノール(α-メチルベンジルアルコール)、(R,S)-1-フェニル-1-プロパノール、(R,S)-1-フェニル-2-プロパノール、(R,S)-3-メチル-2-ブタノール、イソヒドロベンゾイン、(R,S)-2-テトラロールなどが挙げられる。
【0047】
上記エステル交換反応の基質であるカルボン酸エステルは、一塩基酸のエステルであってもよく、二塩基酸以上の酸のエステルであってもよい。二塩基酸以上の酸のエステルの場合は、中性エステルであることが好ましい。カルボン酸エステルとしては、例えば、酢酸エステル、プロピオン酸エステル、コハク酸エステル、マレイン酸エステル、安息香酸エステルなどが挙げられる。
【0048】
本発明の方法において用いられる反応液は、酵素を細胞表層に提示する細胞が酵素活性を示すことができるものであれば、特に限定されず、緩衝液や有機溶媒であってもよい。上記のように酵素がリパーゼの場合は、エステルおよびアルコール以外の有機溶媒を用いることが好ましい。このような有機溶媒としては、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ベンゼン、トルエン、ジエチルエーテル、アセトン、アセトニトリル、クロロホルム、ジクロロエタン、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0049】
本発明の方法においては、例えば、上記細胞と、上記基質を含む上記反応液とを混合することによって、酵素と基質とを接触させて、目的の光学活性なカルボン酸エステルを得ることができる。この場合の反応条件は、酵素を細胞表層に提示する細胞が酵素活性を示すことができるものであれば、特に限定されず、基質濃度、反応温度、反応時間などは、当業者であれば適宜決定し得る。反応終了後、目的の生成物(カルボン酸エステル)は、この生成物に応じた方法により、回収・精製され得る。
【0050】
このようにして得られた光学活性なカルボン酸エステルは、そのままエステルとして、あるいは、加水分解またはさらなるエステル交換反応を行って得られる光学活性なアルコールとして、医薬品の原料などに利用可能である。
【0051】
【実施例】
[調製例1]FLO1の5’領域およびプロリパーゼの構造遺伝子をこの順で有するDNAの作成
A:FLO1の5’領域(シグナル配列および凝集機能ドメイン)の遺伝子の取得
次のようにしてFLO1の遺伝子を取得した。まず、S. cerevisiae ATCC60715から染色体DNAを抽出した。次いでこれをテンプレートとし、プライマーとして配列番号1および配列番号2に記載のヌクレオチド配列を用いてPCR増幅し、BamHIおよびBglIIで切断して、約3300bpの長さのBamHI-BglII断片(BamHI-BglII FLO1 3300bp断片)を得た。この3300bp断片は、FLO1の5’側の配列(分泌シグナル配列およびFLO1凝集機能ドメイン)を有していると思われる。
【0052】
B:リパーゼ遺伝子の取得
次のようにして、Rhizopus oryzaeのリパーゼの遺伝子を取得した。簡単に述べると、まず、R. oryzae IFO4697から染色体DNAを抽出した。次いで、これをテンプレートとし、プライマーとして配列番号3および配列番号4に記載のヌクレオチド配列を用いてPCR増幅を行い、BamHIおよびSalIで切断して、約1100bpの長さのBamHI-SalI断片(BamHI-SalIリパーゼ断片)を得た。このリパーゼ断片は、リパーゼのプロ配列および成熟タンパク質配列を有しており、Beerらの報告(Biochim Biophys Acta, 1399: 173-180, 1998)に記載の配列とほぼ一致するものであった。
【0053】
C:FLO1の5’領域およびプロリパーゼの構造遺伝子をこの順で有するプラスミドの作成
目的のDNAを有するプラスミドは、上記Aで得られたFLO1の5’領域遺伝子と上記Bで得られたプロリパーゼ遺伝子とを接続することにより得られる。FLO1誘導体とリパーゼとの融合タンパク質を作成するために、以下の操作を行った。作成の模式図を、図1に示す。
【0054】
まず、マルチコピー型プラスミドpWI3を、BglIIで切断し、脱リン酸化後、上記Aで得られたBamHI-BglII FLO1 3300bp断片を挿入して、プラスミドpWIFSを得た。次いで、このプラスミドpWIFSを、BglIIおよびXhoIで切断し、上記Bで得られたBamHI-SalIリパーゼ断片を挿入して、pWIFSpmROLを得た。このプラスミドpWIFSpmROLに挿入された遺伝子から発現されるタンパク質を、short型FLO1リパーゼと命名した。
【0055】
[調製例2]細胞表層にリパーゼを有する酵母の作成
凝集性酵母であるSaccharomyces diastaticus ATCC60712(MATa leu2-3,112 his2 lys2 sta1 FLO8)および非凝集性酵母であるW303-1B(MATα ura3-52 trp1Δ2 leu2-3,112 his3-11 ade2-1 can1-100)を用い、M.D. Roseら(前出)の方法に従って、トリプトファン栄養要求性の新たな凝集性の菌株Saccharomyces cerevisiae YF207(MATa ura3-52 trp1Δ2 his ade2-1 can1-100 sta1 FLO8)を得た。
【0056】
上記調製例1で得られたプラスミドpWIFSpmROLを、Yeast Maker(Clontech Laboratories, Inc., Palo Alto, CA)を用いた酢酸リチウム法によって非凝集性酵母S. cerevisiae MT8-1(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3)(Tajimaら、Yeast, 1:67-77, 1985)および凝集性酵母YF207に導入した。これを、L-トリプトファンを含まない適切なアミノ酸および塩基を補充したSD-W寒天選択培地(6.7% Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco Laboratories製)、2%グルコース、2%寒天末)を用いて培養した。生育した酵母を選択し、short型FLO1リパーゼを発現する酵母をそれぞれMT8-1-shortおよびYF207-shortと命名した。
【0057】
得られた酵母をSDC液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのリパーゼ活性を測定した。コントロールとしてはプラスミドpWI3をそれぞれS. cerevisiae MT8-1に導入した酵母を用いた。その結果、コントロールでは培地および菌体にリパーゼ活性が認められなかった。また、形質転換体MT8-1-shortおよびYF207-shortの培養上清中にはほとんどリパーゼ活性は見られなかったが、これらの酵母菌体自体は、いずれもリパーゼ活性を有していた。なお、リパーゼ活性の測定は、リパーゼキットS(大日本製薬製)を用いて行った。
【0058】
[実施例1]細胞表層にリパーゼを有する酵母によるエナンチオ選択的エステル交換反応
調製例2で得られたshort型Flo1リパーゼを表層発現する酵母MT8-1-shortについて、有機溶媒中でエナンチオ選択的エステル交換反応を以下のように行った。培養後に集菌・洗浄し凍結乾燥を行った酵母MT8-1-short30mgを10mlバイアル中に入れ、さらに反応液(ヘプタン3ml、(R,S)-1-フェニルエタノール30mg、および酢酸ビニル21.2mg)を加え、30℃にて毎分150回振盪した。(R)-および(S)-α-メチルベンジルアセテートの生成量をHPLCによって測定し、反応率およびエナンチオ選択性を算出した。結果を図2および表1に示す。
【0059】
[比較例1]可溶性リパーゼによるエステル交換反応
酵母MT8-1-shortの代わりに粉末酵素であるリパーゼF-AP15(Rhizopus oryzae由来、天野エンザイム株式会社)を用いたこと以外は、実施例1と同様にエステル交換反応を行った。結果を図2および表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
図2からわかるように、short型Flo1リパーゼを表層発現する酵母MT8-1-shortを用いた反応系では、R体のみを生成する反応がすみやかに進行し、効率よく生成物を得ることができた。一方、S体は反応中いずれの時間においても生成量はごく微量であった。これと比較して、粉末酵素F-AP15を用いた場合では、24時間以降でR体生成物の減少、ならびにS体の生成が確認された。
【0062】
反応開始から48時間後の(R)-および(S)-α-メチルベンジルアセテートの生成量、およびエナンチオ選択性を表1に示す。short型Flo1リパーゼを表層発現する酵母MT8-1-shortを用いた反応系では、反応生成物の大部分がR体であり、96.4%というエナンチオ選択性を達成した。一方、粉末酵素F-AP15を用いた系では、R体およびS体とも生成量は低く、エナンチオ選択性も31.6%にとどまった。
【0063】
このように、short型Flo1リパーゼを発現する酵母MT8-1-shortを用いた反応系は、生成物収量およびエナンチオ選択性のいずれにおいても遊離型のリパーゼである粉末酵素を用いた場合よりも良好な成績であった。
【0064】
【発明の効果】
本発明の方法によれば、効率的に光学活性体を得ることができる。特に、リパーゼを細胞表層に提示する酵母を用いる場合、反応液として有機溶媒を使用することができるので、得られた光学活性体の回収や精製に好適である。したがって、本発明の方法は、医薬中間体に代表されるエナンチオ選択的なファインケミカルの製造などの分野で非常に有用である。
【0065】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】FLO1の5’領域およびプロリパーゼの構造遺伝子をこの順で有するプラスミドの構築の模式図である。
【図2】エステル合成反応における反応時間と反応生成物の生成量との関係を示すグラフである。
Claims (4)
- 酵素を細胞表層に提示する組換え酵母を、有機溶媒中で該酵素の基質となり得るラセミ体と接触させて、光学活性な酵素反応生成物を形成させる工程を含み、
該酵素がリパーゼであり、
該リパーゼが、糖鎖結合タンパク質ドメインとの融合タンパク質であり、
該融合タンパク質が、該リパーゼのN末端側と該糖鎖結合タンパク質ドメインのC末端側とを連結したタンパク質である、
光学活性体の製造方法。 - 前記酵素反応がエステル交換反応である、請求項1に記載の方法。
- 前記ラセミ体がアルコールであり、そして前記酵素反応生成物がカルボン酸エステルである、請求項2に記載の方法。
- 前記酵母が凍結乾燥酵母である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
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