酵母δ配列は、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)についてレトロトランスポゾンTy1およびTy2の長末端反復であることが報告されており(例えば、非特許文献1から4)、Ty配列とも称される。δ配列は公知であり、当業者に容易に入手可能である(Genebank accession number M18706)。酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にするように、δ配列の5’側の配列と3’側の配列との対を調製し得る。例えば、そのようなδ配列の対は、その配列情報に基づいてプライマー対を設計して、酵母のゲノムDNAをテンプレートとしてPCR増幅を行うことによって調製され得る(例えば、以下の調製例3)。本発明においては、市販のδインテグレーション用ベクターもまた利用し得る。
セルロース分解酵素は、β1,4−グルコシド結合を切断し得る任意の酵素をいう。任意のセルロース加水分解酵素生産菌に由来し得る。セルロース加水分解酵素生産菌としては、代表的には、アスペルギルス属(例えば、アスペルギルス・アクレアータス(Aspergillus aculeatus)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、およびアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae))、トリコデルマ属(例えば、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei))、クロストリディウム属(例えば、クロストリディウム・テルモセラム(Clostridium thermocellum)、セルロモナス属(例えば、セルロモナス・フィミ(Cellulomonas fimi)およびセルロモナス・ウダ(Cellulomonas uda))、シュードモナス属(例えば、シュードモナス・フルオレセンス(Pseudomonas fluorescence))などに属する微生物が挙げられる。
以下、代表的なセルロース分解酵素として、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼについて説明するが、セルロース分解酵素はこれらに限定されない。
エンドグルカナーゼは、通常、セルラーゼと称される酵素であり、セルロースを分子内部から切断し、グルコース、セロビオース、およびセロオリゴ糖を生じる(「セルロース分子内切断」)。エンドグルカナーゼには5種類あり、それぞれエンドグルカナーゼI、エンドグルカナーゼII、エンドグルカナーゼIII、エンドグルカナーゼIV、およびエンドグルカナーゼVと称される。これらの区別は、アミノ酸配列の差異であるが、セルロース分子内切断作用を有する点では共通する。例えば、トリコデルマ・リーセイ由来エンドグルカナーゼ(特に、EGII)が用いられ得るが、これに限定されない。
セロビオヒドロラーゼは、セルロースの還元末端または非還元末端のいずれかから分解してセロビオースを遊離する(「セルロース分子末端切断」)。セロビオヒドロラーゼには2種類あり、それぞれセロビオヒドロラーゼIおよびセロビオヒドロラーゼIIと称される。これらの区別は、アミノ酸配列の差異であるが、セルロース分子末端切断作用を有する点では共通する。例えば、トリコデルマ・リーセイ由来セロビオヒドロラーゼ(特に、CBHII)が用いられ得るが、これに限定されない。
β−グルコシダーゼは、セルロースの非還元末端からグルコース単位を切り離していくエキソ型の加水分解酵素である(「グルコース単位切断」)。β−グルコシダーゼは、アグリコンまたは糖鎖とβ−D−グルコースとのβ1,4−グルコシド結合を切断し得、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解してグルコースを生成し得る。β−グルコシダーゼは、セロビオースまたはセロオリゴ糖を加水分解し得る酵素の代表例である。β−グルコシダーゼは現在、1種類知られており、β−グルコシダーゼ1と称される。例えば、アスペルギルス・アクレアータス由来β−グルコシダーゼ(特に、BGL1)が用いられ得るが、これに限定されない。
セルロースの良好な加水分解のために、セルロース加水分解様式の異なる酵素を組み合わせることが好ましい。セルロース分子内切断、セルロース分子末端切断、およびグルコース単位切断などの種々の異なるセルロース加水分解様式で作用する酵素が適宜、組み合わされ得る。それぞれの加水分解様式を有する酵素の例として、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼが挙げられるがこれらに限定されない。セルロース加水分解様式の異なる酵素の組合せは、例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼからなる群から選択され得る。セルロースの構成糖であるグルコースを最終的に生産できることが望ましいので、グルコースを生成し得る酵素を少なくとも1つ含むことが好ましい。グルコースを生成し得る酵素としては、グルコース単位切断酵素(例えば、β−グルコシダーゼ)に加え、エンドグルカナーゼもグルコースを生成し得る。好ましくは、酵母において、β−グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ、およびセロビオヒドロラーゼを発現させ得る。
発現を目的とする酵素の遺伝子は、酵素を産生する微生物から、既知の配列情報に基づいてプライマーまたはプローブを設計してPCRまたはハイブリダイゼーション法などによって取得し得る。また、これらの酵素遺伝子を含む既存のベクターから、好ましくはその発現カセットの形態で切り出して利用することもできる。
酵素遺伝子を用いて発現カセットを構築し得る。発現カセットは、その遺伝子の発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーター、エンハンサーなどのいわゆる調節因子を含み得る。プロモーターまたはターミネーターは、発現を目的とする遺伝子自身のものであっても、他の遺伝子由来のものを利用してもよい。プロモーターおよびターミネーターとしては、GAPDH(グリセルアルデヒド3’−リン酸デヒドロゲナーゼ)、PGK(ホスホグリセリン酸キナーゼ)、GAP(グリセルアルデヒド3’−リン酸)などのプロモーターおよびターミネーターを利用し得るが、プロモーターおよびターミネーターの選択は、目的の酵素遺伝子の発現に依存し、当業者によって適宜選択され得る。必要に応じて、さらなる発現を調節する因子(例えば、オペレーターおよびエンハンサー)などをさらに含み得る。オペレーター、エンハンサーなどの発現調節因子についても、当業者によって適宜選択され得る。発現カセットは、この遺伝子の発現の目的に応じて、必要な機能配列をさらに含むこともできる。発現カセットは、必要に応じてリンカーも含み得る。
酵母への酵素の表層提示発現のために、細胞表層工学の技術を利用し得る。例えば、(a)細胞表層局在タンパク質のGPIアンカーを介して細胞表層に提示する方法、(b)細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメインを介して細胞表層に提示する方法、および(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を介して細胞表層に提示する方法があるが、これらに限定されない。細胞表層工学の技術は、例えば、特許文献1および2にも記載される。
用いられ得る細胞表層局在タンパク質としては、酵母の性凝集タンパク質であるα−またはa−アグルチニン(GPIアンカーとして使用)、Flo1タンパク質(Flo1タンパク質は、N末端側のアミノ酸長を種々改変して、GPIアンカーとして使用し得る:例えば、Flo42、Flo102、Flo146、Flo318、Flo428など;非特許文献5:なお、Flo1326とは、全長Flo1タンパク質を表す)、Floタンパク質(GPIアンカー機能を有さず凝集性を利用する、FloshortまたはFlolong;非特許文献6)、ペリプラズム局在タンパク質であるインベルターゼ(GPIアンカーを利用しない)などが挙げられる。
まず、(a)GPIアンカーを利用する方法について説明する。GPIアンカーにより細胞表層に局在するタンパク質をコードする遺伝子は、N末端側から順に、分泌シグナル配列、細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質ドメイン)、およびGPIアンカー付着認識シグナル配列をそれぞれコードする遺伝子を有している。細胞内でこの遺伝子から発現された細胞表層局在タンパク質(糖鎖結合タンパク質)は、分泌シグナルにより細胞膜外へ導かれ、その際、GPIアンカー付着認識シグナル配列は、選択的に切断されたC末端部分を介して細胞膜のGPIアンカーと結合して細胞膜に固定される。その後、PI−PLCにより、GPIアンカーの根元付近で切断され、細胞壁に組み込まれて細胞表層に固定され、細胞表層に提示される。
ここで、分泌シグナル配列とは、一般に細胞外(ペリプラズムも含む)に分泌されるタンパク質(分泌性タンパク質)のN末端に結合している、疎水性に富んだアミノ酸を多く含むアミノ酸配列をいい、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際に除去される。発現産物を細胞膜へ導くことができる分泌シグナル配列であれば、どのような分泌シグナル配列でも用いられ得、起源は問わない。例えば、分泌シグナル配列としては、グルコアミラーゼの分泌シグナル配列、酵母のα−またはa−アグルチニンのシグナル配列、発現産物自身の分泌シグナル配列などが好適に用いられる。細胞表層結合性タンパク質に融合している他のタンパク質の活性に影響を及ぼさないのであれば、分泌シグナル配列およびプロ配列の一部または全部がN末端に残ってもよい。
ここで、GPIアンカーとは、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)と呼ばれるエタノールアミンリン酸−6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質をいい、PI−PLCとは、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼCをいう。
GPIアンカー付着認識シグナル配列とは、GPIアンカーが細胞表層局在タンパク質と結合する際に認識される配列であり、通常、細胞表層局在タンパク質のC末端あるいはその近傍に位置する。GPIアンカー付着シグナル配列としては、例えば酵母のα−アグルチニンのC末端部分の配列が好適に用いられる。上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列のC末端側には、GPIアンカー付着認識シグナル配列が含まれるので、上記方法に使用する遺伝子としては、このC末端から320アミノ酸の配列をコードするDNA配列が特に有用である。
したがって、例えば、分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子−GPIアンカー付着認識シグナルをコードするDNA配列を有する配列において、この細胞表層局在タンパク質をコードする構造遺伝子の全部または一部の配列を、目的とする酵素をコードするDNA配列に置換することにより、GPIアンカーを介して目的の酵素を細胞表層に提示するための組換えDNAが得られる。細胞表層局在タンパク質がα−アグルチニンである場合、上記α−アグルチニンのC末端から320アミノ酸の配列をコードする配列を残すように、目的の酵素をコードするDNAを導入することが好ましい。このため、「α−アグルチニン遺伝子の3’側半分の領域」が利用され得る。このようなDNAを酵母に導入して発現させることによって細胞表層に提示された酵素は、そのC末端側が表層に固定されている。
次に、(b)糖鎖結合タンパク質ドメインを利用する方法について説明する。細胞表層局在タンパク質が糖鎖結合タンパク質である場合、その糖鎖結合タンパク質ドメインは、複数の糖鎖を有し、この糖鎖が細胞壁中の糖鎖と相互作用または絡み合うことによって、細胞表層に留まることが可能である。例えば、レクチン、レクチン様タンパク質などの糖鎖結合部位などが挙げられる。代表的には、GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメイン、FLOタンパク質の凝集機能ドメインが挙げられる。GPIアンカータンパク質の凝集機能ドメインとは、GPIアンカリングドメインよりもN末端側にあり、複数の糖鎖を有し、凝集に関与していると考えられているドメインをいう。
この細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)と目的の酵素とを結合することにより、細胞表層に酵素が提示される。目的の酵素の種類により、細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)の(1)N末端側に酵素を結合させる、(2)C末端側に酵素を結合させる、および(3)N末端側およびC末端側の両方に、同一または異なる酵素を結合させることができる。例えば、(1)分泌シグナル配列をコードするDNA−目的とする酵素をコードする遺伝子−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子;あるいは(2)分泌シグナル配列をコードするDNA−細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)をコードする構造遺伝子−目的とする酵素をコードする遺伝子、を作成することにより、細胞表層に目的の酵素を提示するための組換えDNAが得られ得る。凝集機能ドメインを利用する場合、GPIアンカーは細胞表層の提示には関与しないので、組換えDNA中に、GPIアンカー付着認識シグナル配列をコードするDNA配列は、一部のみ存在してもよいが、存在しなくてもよい。また、凝集機能ドメインを用いる場合は、ドメインの長さを調節しやすいため(例えば、FloshortまたはFlolongのいずれかを選択できる)、より適切な長さで酵素を細胞表層に提示できる点で、ならびに酵素のN末端またはC末端のどちらの側でも結合させることが可能な点で、非常に有用である。
次に、(c)ペリプラズム遊離型タンパク質(他のレセプター分子または標的レセプター分子)を利用する方法について説明する。この場合は、目的とする酵素を、ペリプラズム遊離型タンパク質との融合タンパク質として細胞表層に発現させ得ることに基づく。ペリプラズム遊離型タンパク質としては、例えば、インベルターゼ(Suc2タンパク質)が挙げられる。目的の酵素は、これらのペリプラズム遊離型タンパク質に応じて、適宜N末端またはC末端側に融合され得る。
上記(a)から(c)のいずれかの任意の表層提示技術に用いられる要素(本明細書中では、「細胞表層提示因子」ともいう)もまた、上記の説明に従って酵素遺伝子発現カセットに含まれ得る。より詳細には、細胞表層提示因子を、当該因子に依存して分泌シグナル配列と共に所望の配置で、発現される酵素の遺伝子と連結し、この連結物をプロモーターとターミネーターとの間に挟みこみ得る。表層提示因子は、因子を発現する微生物から、既知の配列情報に基づいてプライマーまたはプローブを設計してPCRまたはハイブリダイゼーション法などによって取得し得る。また、細胞表層提示因子の遺伝子と共に発現酵素(例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、またはβ−グルコシダーゼ)の遺伝子、分泌シグナル、およびプロモーターおよびターミネーターなどの発現調節配列を含む公知のプラスミド(例えば、非特許文献7)から、適宜、ベクターの調製に適した形態で切り出して、インサートを調製することによって利用することもできる。
酵母にて酵素を細胞外に分泌して発現させる方法は、当業者には周知である。上記分泌シグナル配列をコードするDNAに、目的の酵素の構造遺伝子を連結した組換えDNAを作成し、酵母に導入すればよい。
酵母の細胞内にて遺伝子を発現させる方法もまた当然、当業者には周知である。この場合、上記細胞表層局在タンパク質の糖鎖結合タンパク質ドメイン(凝集機能ドメイン)や上記分泌シグナルを用いることなく、目的の構造遺伝子を連結した組換え遺伝子を作成し、酵母に導入すればよい。
各種配列を含むDNAの合成および結合は、当業者が通常用い得る技術で行われ得る。例えば、分泌シグナル配列と目的酵素の構造遺伝子との結合は、部位特異的突然変異法を用いて行うことができる。この方法を用いることにより、正確な分泌シグナル配列の切断および活性な酵素の発現が可能である。
セルロース分解酵素の酵母δ配列による組み込み(インテグレーション)のために、ベクターが構築され得る。本発明において用いられるベクターは、δ配列の対(これらは、酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にする)および酵素遺伝子を含み得る。
発現される酵素遺伝子は、通常、上記のような発現カセットの形態となるように、ベクター中に設計され得る。すなわち、ベクター中に、プロモーターおよびターミネーターなどの発現調節因子と共に含まれ得る。また、発現カセットは、上述のように、発現される酵素が細胞表層提示されるように設計され得る。
本発明において用いられるベクターにおいては、酵母の染色体上に多数存在するδ配列との相同組換えを可能にするように、一対のδ配列の間に、酵素の発現カセットを挟み込んで連結し得る。このベクターを、便宜上、δインテグレーション用ベクターともいう。好ましくは、プラスミドの形態であり得る。DNAの取得の簡易化の点からは、酵母と大腸菌とのシャトルベクターであることが好ましい。必要に応じて、ベクターは、上述したような調節配列を含み得る。このようなベクターは、例えば、酵母の2μmプラスミドの複製開始点(Ori)とColE1の複製開始点とを有しており、酵母選択マーカー(以下に説明)および大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子など)を有する。
酵母選択マーカーとしては、公知の任意のマーカーが利用され得る。例えば、薬剤耐性遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、イミダゾールグリセロールリン酸デヒドロゲナーゼ(HIS3)をコードする遺伝子、リンゴ酸ベータ−イソプロピルデヒドロゲナーゼ(LEU2)をコードする遺伝子、トリプトファンシンターゼ(TRP5)をコードする遺伝子、アルギニノコハク酸リアーゼ(ARG4)をコードする遺伝子、N−(5'−ホスホリボシル)アントラニル酸イソメラーゼ(TRP1)をコードする遺伝子、ヒスチジノールデヒドロゲナーゼ(HIS4)をコードする遺伝子、オロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼ(URA3)をコードする遺伝子、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ(URA1)をコードする遺伝子、ガラクトキナーゼ(GAL1)をコードする遺伝子、およびアルファ−アミノアジピン酸レダクターゼ(LYS2)をコードする遺伝子など)が挙げられる。例えば、栄養要求性マーカー遺伝子(例えば、HIS3、LEU2、URA1、TRP1欠損マーカーなど)が好ましく用いられ得る。酵母選択マーカーは、酵素の発現カセットと共に、一対のδ配列の間に挟み込まれ得る。酵素の発現カセットに対する酵母選択マーカーの位置(上流もしくは下流)または向き(順方向もしくは逆方向)は特に問わない。
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のために、それぞれの酵素発現用ベクターとして、それぞれの酵素の遺伝子を含むそれぞれのδインテグレーション用ベクターが構築され得る。例えば、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼの3種のセルラーゼ遺伝子の発現のために、それぞれの酵素の遺伝子を含む3つのδインテグレーション用ベクターが構築され得る。好ましくは、これらのそれぞれの酵素の遺伝子を含むそれぞれのδインテグレーション用ベクターが同一の酵母選択マーカーを有するように設計される。
最終的に調製されたベクターが、所望の要素(例えば、δ配列、酵素遺伝子およびその発現調節配列、および酵母選択マーカーを含む;好ましくは、酵素遺伝子の発現様式に依存して、分泌シグナル配列、および細胞表層提示因子(用いる因子に依存して、発現される酵素遺伝子に対して3’側または5’側に位置し得る)などの付加要素をさらに含む)を含む構成となればよく、調製の手順は、用いられる材料(例えば、骨格となるベクター、既知のベクターから切り出され得る酵素遺伝子または細胞表層提示因子のような要素のインサート)に依存し得る。
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のために設計した複数のδインテグレーション用ベクターを、宿主酵母に共導入し得る。宿主酵母へのベクターの「導入」とは、細胞の中にベクター内の遺伝子またはDNAを導入するだけでなく、発現させることも意味する。形質転換、形質導入、トランスフェクション、遺伝子組換えとも呼ばれる。遺伝子またはDNAを導入する方法には、酢酸リチウムを用いる方法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法などがある。酵母細胞への導入の場合、具体的には、例えば、酢酸リチウム法、プロトプラスト法などがある。導入されるDNAは、宿主酵母のδ配列と相同組換えを起こして染色体に取り込まれ得る。「共導入」または「共形質転換」とは、これらの複数のベクターの導入が、同時または順次のいずれでもよく、順次の場合はその導入順序を問わない。
宿主である酵母の種類は特には限定されないが、特に、サッカロマイセス属に属する酵母が好ましく、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。宿主酵母は、セルロース分解により得られる発酵基質である単糖(例えば、グルコース)からのアルコールの発酵能を高めるように遺伝子組換えされていてもよい。
複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のためのδインテグレーション用ベクターの宿主酵母への共導入は、反復して行われ得る。好ましくは、初回の共導入に加えこの反復での共導入の実施の際も、複数のインテグレーション用ベクターは、同一の酵母選択マーカーを有するように設計され得る。同一の酵母選択マーカーを有する複数のδインテグレーション用ベクターによるδインテグレーションを「カクテルδインテグレーション」ともいう。さらに好ましくは、反復の共導入では、初回または前回の共導入の酵母選択マーカーとは異なる酵母選択マーカーを用い得る。
上述の共導入後、そのセルロース分解能を利用したスクリーニングにより所望のセルロース分解能が付与された形質転換酵母が選抜され得る。このために、リン酸膨潤セルロース(PASC:phosphoric acid-swollen cellulose)を分解する活性が利用され得る(その手順については、以下の実施例3に例示される)。例えば、酵母選択マーカーを利用したスクリーニング後に、PASC分解活性の測定によるスクリーニングが利用可能である。酵素を表層提示するように設計した場合、PASCを単一炭素源とした培地におけるコロニー形成もまた利用され得る。
形質転換酵母によるPASC分解活性を向上するには、エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、およびβ−グルコシダーゼの3種類のセルラーゼの発現バランスが重要である。このために、酵母に導入されるセルラーゼの遺伝子の比は、エンドグルカナーゼ/β−グルコシダーゼでは2以上、好ましくは3以上、より好ましくは4以上、さらにより好ましくは5以上である。エンドグルカナーゼ/セロビオヒドロラーゼでは1以上、好ましくは2以上である。
上述したような、複数種のセルロース分解酵素の遺伝子の発現のためのδインテグレーション用ベクターの共導入により得られた酵母もまた、本発明の範囲内である。このような酵母は、共導入された複数種のセルロース分解酵素を好適に発現し、セルロースを加水分解し得る。このような酵母を、「セルロース分解性酵母」ともいう。このような酵母は、セルロース含有物(例えば、バガス、稲わらなど)の加水分解にも用いられ得る。
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
本実施例で用いた菌株サッカロマイセス・セレビシエBY4741(非特許文献8)およびサッカロマイセス・セレビシエMT8-1(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3株)(非特許文献9)はそれぞれ、フナコシ株式会社および非特許文献9著者より入手した。
本実施例に示す全てのPCR増幅は、KOD-Plus-DNAポリメラーゼ(東洋紡社)を用いて実施した。
本実施例に示す全ての酵母形質転換は、YEAST MAKER酵母形質転換システム(Clontech Laboratories, Palo Alto, California, USA)を用いて酢酸リチウム法によって実施した。
(調製例1:pIHPGBGL、pIHPGAGCBHII、およびpIWPGAGEGII、ならびにpIWPGAGEGPGBGLの構築)
通常のインテグレーションによりトリコデルマ・リーセイ由来セロビオヒドロラーゼIIを発現するためのプラスミドpIHPGAGCBHII、およびトリコデルマ・リーセイ由来エンドグルカナーゼIIとアスペルギルス・アクレアタス(Aspergillus aculeatus)由来β−グルコシダーゼ1とを発現するためのプラスミドpIWPGAGEGPGBGLの構築を行った。これらの構築の手順を以下に説明する。
酵母のゲノム上に存在するホスホグリセリン酸キナーゼの1種であるPGK1のプロモーター配列(pPGK)をプライマーpPGKF(XhoI)(配列番号1)およびpPGKR(SmaI)(配列番号2)、そしてターミネーター配列(tPGK)をtPGKF(SmaI)(配列番号3)およびtPGKR(NotI)(配列番号4)を用いて、酵母サッカロマイセス・セレビシエBY4741のゲノムDNAをテンプレートとしてPCR法により増幅した。
増幅したpPGKおよびtPGKをそれぞれ、ベクタープラスミドpBluescript II KS+(Stratagene社)のXhoI/SmaIサイトおよびSmaI/NotIサイトに挿入した。
構築したプラスミドからpPGKおよびtPGKを含む配列を、BSSHIIによる制限酵素処理により取得し、酵母発現用ベクターpRS403(HIS3酵母発現ベクター:Stratagene社)およびpRS404(TRP1酵母発現ベクター:Stratagene社)のBSSHIIサイトに挿入し、得られたそれぞれのプラスミドをpIHPGおよびpIWPGと命名した。
BGL/AG-anchor、CBHII/AG-anchor、およびEGII/AG-anchor遺伝子をそれぞれ、プライマーBGLF(XbaI)(配列番号5)およびBGLR(XbaI)(配列番号6)、CBHIIF(XbaI)(配列番号7)およびCBHIIR(XbaI)(配列番号8)、そしてEGIIF(NheI)(配列番号9)およびEGIIR(SmaI)(配列番号10)を用い、pBG211(AG-anchor:α−アグルチニン遺伝子の3’側の半分の領域(α−アグルチニン遺伝子のコード領域の991位から1953位までのヌクレオチドからなる領域、およびコード領域下流445bpのターミネーター領域)を有するβ−グルコシダーゼの表層発現用ベクター:非特許文献7)、pFCBH2w3(α−アグルチニン遺伝子の3’側の半分の領域を有するセロビオヒドロラーゼIIの表層発現用ベクター:非特許文献7)、およびpEG23u31H6(α−アグルチニン遺伝子の3’側の半分の領域を有するエンドグルカナーゼIIの表層発現用ベクター:非特許文献7)をテンプレートとしてPCR法により増幅した。
増幅したBGL/AG-anchorおよびCBHII/AG-anchorはpIHPGに挿入し、得られたプラスミドをそれぞれpIHPGBGLおよびpIHPGAGCBHIIと命名し、そして増幅したEGII/AG-anchor遺伝子はpIWPGに挿入し、得られたプラスミドをpIWPGAGEGIIと命名した。
pPGK-BGL/AG-anchor遺伝子をプライマーpPGKF(NotI)(配列番号11)およびtAGR(NotI)(配列番号12)を用い、pIHPGBGLをテンプレートとしてPCR法により増幅し、pIWPGAGEGIIのNotIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpIWPGAGEGPGBGLと命名した。
(調製例2:pIU-PGAGEGII、およびpIW-PGAGCBHIIの構築)
通常のインテグレーションによりトリコデルマ・リーセイ由来エンドグルカナーゼIIを発現するためのプラスミドpIU-PGAGEGII、およびトリコデルマ・リーセイ由来セロビオヒドロラーゼIIを発現するためのプラスミドpIW-PGAGCBHIIの構築を行った。これらの構築の手順を以下に説明する。
PGK1のプロモーター配列(pPGK)、エンドグルカナーゼII遺伝子およびAG-anchorをこの順に含む領域をプライマーpPGKF(NotI)(配列番号11)およびtAGR(NotI)(配列番号12)を用いて、プラスミドpIWAGEGII(非特許文献10)をテンプレートとしてPCR法により増幅した。
増幅したインサートDNAをベクタープラスミドpRS406(URA3酵母発現ベクター:Stratagene社)のNotIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpIU-PGAGEGIIと命名した。
PGK1のプロモーター配列(pPGK)、セロビオヒドロラーゼII遺伝子およびAG-anchorをこの順に含む領域をプライマーpPGKF(NotI)、tAGR(NotI)を用いて、プラスミドpIHAGCBHII(非特許文献10)をテンプレートとしてPCR法により増幅した。
増幅したインサートDNAをベクタープラスミドpRS404(TRP1酵母発現ベクター:Stratagene社)のNotIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpIW-PGAGCBHIIと命名した。
(調製例3:pδWおよびpδUの構築)
以下に説明するように、δインテグレーション用ベクタープラスミドpδWおよびpδUの構築を行った。
まず、酵母のゲノム上に存在するδ配列の5’側167bp(5’δ配列)を、プライマー5’DSF(SacI)(配列番号13)および5’DSR(SacI)(配列番号14)を用い、酵母サッカロマイセス・セレビシエBY4741のゲノムDNAをテンプレートとしてPCR法により増幅した。
次いで、ベクタープラスミドpBluescript II KS+のSacIサイトに、増幅したインサートDNA(5’δ配列)を挿入した。
同様にδ配列の3’側167bp(3’δ配列)をプライマー3’DSF(KpnI)(配列番号15)および3’DSR(KpnI)(配列番号16)を用い、PCR法により増幅し、上述の5’δ配列導入済みのpBluescript II KS+のkpnIサイトに導入した。
プラスミドpRS404(TRP1酵母発現ベクター:Stratagene社)上に存在するTRP1遺伝子からTRP1欠損マーカー(TRP1d)を、プライマーTRP1dF(XhoI)(配列番号17)およびTRP1dR(XhoI)(配列番号18)を用いPCR法により増幅し、上述の5’δ配列および3’δ配列を導入済みのpBluescript II KS+のXhoIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpδWと命名した。したがって、pδWは、選択マーカーとしてTRP1欠損マーカー、および酵母δ配列を含むδインテグレーション用ベクタープラスミドである。
同様に、プラスミドpRS406(URA3酵母発現ベクター:Stratagene社)上に存在するURA3遺伝子からURA3欠損マーカー(URA3d)を、プライマーURA3dF(XhoI)(配列番号19)およびURA3dR(XhoI)(配列番号20)を用いPCR法により増幅し、上述の5’δ配列および3’δ配列を導入済みのベクタープラスミドpBluescript II KS+のXhoIサイトに挿入し、得られたプラスミドをpδUと命名した。したがって、pδUは、選択マーカーとしてURA3欠損マーカー、および酵母δ配列を含むδイングレーション用ベクタープラスミドである。
(調製例4:pδHの構築)
以下に説明するように、δインテグレーション用ベクタープラスミドpδHの構築を行った。
プラスミドpRS403(HIS3酵母発現ベクター:Stratagene社)上に存在するHIS3遺伝子からHIS3欠損マーカー(HIS3d)を、プライマーHIS3dF(XhoI)(配列番号21)およびHIS3dR(XhoI)(配列番号22)を用いPCR法により増幅し、pδseq(非特許文献11)のXhoIサイトに導入し、得られたプラスミドをpδHと命名した。したがって、pδHは、選択マーカーとしてHIS3欠損マーカー、および酵母δ配列を含むδインテグレーション用ベクタープラスミドである。
(実施例1:pδW(U, H)-PGAGBGL、pδW(U, H)-PGAGCBHII、およびpδW(U, H)-PGAGEGIIの構築)
δインテグレーション用ベクタープラスミドpδW、pδUおよびpδHに、種々のセルラーゼ発現カセットを挿入し、9種のセルラーゼ発現δインテグレーション用ベクタープラスミドpδW-PGAGBGL、pδW-PGAGCBHII、およびpδW-PGAGEGII、pδU-PGAGBGL、pδU-PGAGCBHII、およびpδU-PGAGEGII、ならびにpδH-PGAGBGL、pδH-PGAGCBHII、およびpδH-PGAGEGIIを構築した。これらの構築の手順を以下に説明する。
調製例1で調製したプラスミドpIHPGBGL、pIHPGAGCBHII、およびpIWPGAGEGIIのそれぞれをテンプレートとし、プライマーpPGKF(NotI)(配列番号11)およびtAGR(NotI)(配列番号12)を用いて、PCR法により、それぞれのセルラーゼ発現カセット(プロモーター、分泌シグナル、発現酵素遺伝子、および細胞表層提示因子をこの順に含む領域(すなわち、それぞれ、PGKプロモーター、分泌シグナル、β−グルコシダーゼ遺伝子、AG-anchor;PGKプロモーター、分泌シグナル、セロビオヒドロラーゼII遺伝子、AG-anchor;ならびにPGKプロモーター、分泌シグナル、エンドグルカナーゼII遺伝子、AG-anchorがその記載の順に配置されている)を増幅した。
調製例3で作製したpδWまたはpδUのNotIサイトに上記のそれぞれのセルラーゼ発現カセットを挿入し、得られたプラスミドをそれぞれ、pδW-PGAGBGL、pδW-PGAGCBHII、およびpδW-PGAGEGII、ならびにpδU-PGAGBGL、pδU-PGAGCBHII、およびpδU-PGAGEGIIと命名した。
プラスミドpIHAGBGL-NotI(非特許文献10)、ならびに調製例2で作製したプラスミドpIU-PGAGEGIIおよびpIW-PGAGCBHIIから、それぞれのセルラーゼ発現カセット(プロモーター、分泌シグナル、発現酵素遺伝子、および細胞表層提示因子をこの順に含む領域(すなわち、それぞれ、PGKプロモーター、分泌シグナル、β−グルコシダーゼ遺伝子、AG-anchor;PGKプロモーター、分泌シグナル、セロビオヒドロラーゼII遺伝子、AG-anchor;ならびにPGKプロモーター、分泌シグナル、エンドグルカナーゼII遺伝子、AG-anchorがその記載の順に配置されている)を、NotIによる制限酵素処理により取得した。
調製例4で作製したpδHのNotIサイトに上記のそれぞれのセルラーゼ発現カセットを挿入し、得られたプラスミドをそれぞれ、pδH-PGAGBGL、pδH-PGAGCBHII、およびpδH-PGAGEGIIと命名した。
これらのプラスミドのそれぞれの模式図を図1〜3に示す(図1:pδW-PGAGBGL、pδU-PGAGBGL、およびpδH-PGAGBGL、図2:pδW-PGAGCBHII、pδU-PGAGCBHII、およびpδH-PGAGCBHII、図3:pδW-PGAGEGII、pδU-PGAGEGII、およびpδH-PGAGEGII)。
(実施例2:形質転換酵母の創製1)
実施例1で調製したプラスミドのうち、TRP1欠損マーカーを有する3種類のプラスミドpδW-PGAGBGL、pδW-PGAGEGII、およびpδW-PGAGCBHIIを同時に酵母サッカロマイセス・セレビシエMT8-1株(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3株)に供し、酢酸リチウム法により共形質転換した(1サイクルカクテルδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングのために、トリプトファンを含まず、かつPASCを単一炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、次いでPASC分解活性の測定(手順については、以下の実施例3に示した通りである)によりスクリーニングを行い、1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC株を取得した。
さらに同様に、MT8-1/cocδBEC株に、URA3欠損マーカーを有する3種類のプラスミドpδU-PGAGBGL、pδU-PGAGEGII、およびpδU-PGAGCBHIIを共形質転換した(2サイクルカクテルδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングについては、選択培地を、トリプトファンの代わりにウラシルを含まないようにしたこと以外は、MT8-1/cocδBEC株の取得のためのスクリーニングと同様に行い、その結果、2サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBECII株を取得した。
コントロールとして、調製例1で作製したpIHPGAGCBHIIおよびpIWPGAGEGPGBGLで酵母サッカロマイセス・セレビシエMT8-1株を形質転換し(便宜上、「通常のインテグレーション」と称する)、形質転換体MT8-1/IBEC株を取得した。この通常のインテグレーションによる形質転換体については、ヒスチジンとトリプトファンとを含まず、かつグルコースを炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、PASC分解活性の測定によりスクリーニングを行った。
(実施例3:形質転換体の活性測定1)
実施例2で創製したカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC株およびMT8-1/cocδBECII株、ならびに通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC株のそれぞれについて、β−グルコシダーゼ活性およびPASC分解活性を測定した。なお、それぞれの活性の測定の手順は以下に示した通りである。
β−グルコシダーゼ活性測定
菌体のβ−グルコシダーゼ活性の測定は、以下のように行った:
(1)酵母菌体をYPD培地(グルコース−ペプトン−酵母エキス培地)5mlに植菌し、24時間培養;
(2)菌体を蒸留水で2回洗浄;
(3)反応液500μl(組成:10mM pNPG(p-ニトロフェニル-β−D-グルコピラノシド) 100μl(最終濃度2mM);1M NaAc(pH5.0) 25μl(最終濃度50mM);酵母100μl;および蒸留水275μl)を調製し、30℃にて10分間反応;
(4)反応終了後、3M Na2CO3 500μlを加え反応を停止;そして
(5)10,000gで5分間遠心後、上清の400nmにおける吸光度ABS400を測定。
PASC分解活性測定
菌体のPASC分解活性の測定は、以下のように行った:
(1)酵母菌体をYPD培地5mlに植菌し、72時間培養;
(2)菌体を蒸留水で2回洗浄;
(3)反応液500μl(組成:PASC 250μl;1M NaAc(pH5.0) 25μl(最終濃度50mM);酵母100μl(最終濃度10g湿潤量/l);および蒸留水125μl)を調製し、50℃にて4時間反応;
(4)反応後のサンプルを遠心し、上清100μlにSomogyi銅試薬(sigma-aldrich)100μlを加え、100℃にて20分間インキュベート後、直ちに氷上で冷却;
(5)冷却後、Nelson試薬(sigma-aldrich)200μlを混合して還元銅沈殿を溶解、発色;
(6)30分間静置後、20℃にて14,000rpmで10分間遠心し、上清200μlに蒸留水800μlを混合し、520nmでの吸光度を測定。1分間で1μmolのグルコース換算還元糖を遊離する酵素量を1Uとする。
図4および図5はそれぞれ、MT8-1/cocδBEC株、MT8-1/cocδBECII株、およびMT8-1/IBEC株のそれぞれのβ−グルコシダーゼ活性およびPASC(リン酸膨潤セルロース)分解活性を示す。図4では、縦軸は反応後の400nmにおける吸光度を表し、これは、β−グルコシダーゼ酵素活性の指標である。図5では、縦軸は1g酵母湿潤量当たりの酵素量Uを表し、これは、PASC分解活性の指標である。図4および図5とも、横軸の「1」はMT8-1/IBEC株、「2」はMT8-1/cocδBEC株、そして「3」はMT8-1/cocδBECII株を表す。
1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC株は、通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC株と比較して、β−グルコシダーゼ活性が低下しているが、PASC分解活性は向上していることが確認された。2サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBECII株では、β−グルコシダーゼ活性がさらに低下しているが、PASC分解活性がさらに向上していた。
(実施例4:形質転換体の遺伝子導入の確認)
実施例2で創製したカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC株および通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC株へのβ−グルコシダーゼ遺伝子、セロビオヒドロラーゼII遺伝子、およびエンドグルカナーゼII遺伝子の3種の遺伝子の導入を、コロニーPCRにより確認した。
選択培地プレート上の酵母コロニーを20μLの0.25%(w/v)のSDSに懸濁し、5分間ボルテックスをかけた。次いで、蒸留水180μLを添加し、14,000rpmにて30秒間遠心し、上清を採った。この上清をテンプレートとし、KOD-plus-DNAポリメラーゼを用いてPCRを行った。プライマーは、BGL用としてBGL500-1000(F)(配列番号23)およびBGL500-1000(R)(配列番号24)、EGII用としてEGII300-800(F)(配列番号25)およびEGII300-800(R)(配列番号26)、そしてCBHII用としてCBHII300-800(F)(配列番号27)およびCBHII300-800(R)(配列番号28)を用いた。
結果を図6に示す。BGLの組のレーンはβ−グルコシダーゼ遺伝子の導入、EGIIの組のレーンはエンドグルカナーゼII遺伝子の導入、そしてCBHIIの組のレーンはセロビオヒドロラーゼII遺伝子の導入の結果を示す。いずれの組も、レーン1が通常のインテグレーションによる形質転換体の結果を、そしてレーン2がカクテルδインテグレーションによる形質転換体の結果を表す。カクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC株には、β−グルコシダーゼ遺伝子、エンドグルカナーゼII遺伝子、およびセロビオヒドロラーゼII遺伝子のいずれもが導入されていたことが確認された。
(実施例5:形質転換酵母の創製2)
実施例1で調製したプラスミドのうち、HIS3欠損マーカーを有するプラスミドpδH-PGAGBGL、URA3欠損マーカーを有するpδU-PGAGEGII、およびTRP1欠損マーカーを有するpδW-PGAGCBHIIを同時に酵母サッカロマイセス・セレビシエMT8-1株(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3株)に供し、酢酸リチウム法により共形質転換した(通常のδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングのために、ヒスチジン、ウラシルおよびトリプトファンを含まず、かつPASCを単一炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、次いでPASC分解活性の測定によりスクリーニングを行い、通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株を取得した。
実施例1で調製したプラスミドのうち、TRP1欠損マーカーを有する3種類のプラスミドpδW-PGAGBGL、pδW-PGAGEGII、およびpδW-PGAGCBHIIを同時に酵母サッカロマイセス・セレビシエMT8-1株(MATa ade his3 leu2 trp1 ura3株)に供し、酢酸リチウム法により共形質転換した(1サイクルカクテルδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングのために、トリプトファンを含まず、かつPASCを単一炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、次いでPASC分解活性の測定によりスクリーニングを行い、1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株を取得した。
さらに同様に、MT8-1/cocδBEC1株に、URA3欠損マーカーを有する3種類のプラスミドpδU-PGAGBGL、pδU-PGAGEGII、およびpδU-PGAGCBHIIを共形質転換した(2サイクルカクテルδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングについては、選択培地を、トリプトファンの代わりにウラシルを含まないようにしたこと以外は、MT8-1/cocδBEC1株の取得のためのスクリーニングと同様に行い、その結果、2サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC2株を取得した。
さらに同様に、MT8-1/cocδBEC2株に、HIS3欠損マーカーを有する3種類のプラスミドpδH-PGAGBGL、pδH-PGAGEGII、およびpδH-PGAGCBHIIを共形質転換した(2サイクルカクテルδインテグレーション)。形質転換の成功のスクリーニングについては、選択培地を、トリプトファンの代わりにヒスチジンを含まないようにしたこと以外は、MT8-1/cocδBEC1株の取得のためのスクリーニングと同様に行い、その結果、3サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC3株を取得した。
コントロールとして、プラスミドpIHAGBGL-NotI(非特許文献10)、ならびに調製例2で作製したプラスミドpIU-PGAGEGIIおよびpIW-PGAGCBHIIで酵母サッカロマイセス・セレビシエMT8-1株を形質転換し、形質転換体MT8-1/IBEC2を取得した。この通常のインテグレーションによる形質転換体については、ヒスチジン、ウラシルおよびトリプトファンを含まず、かつグルコースを炭素源とした選択培地プレート上でのコロニー形成の目視観察によるスクリーニングを行い、次いでPASC分解活性の測定によりスクリーニングを行った。
(実施例6:形質転換体の活性測定2)
実施例5で創製した通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株、カクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株、MT8-1/cocδBEC2株、およびMT8-1/cocδBEC3株、ならびに通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC2株および野生株のそれぞれについて、実施例3と同様にして、β−グルコシダーゼ活性およびPASC分解活性を測定した。
図7は、MT8-1/δBEC株、MT8-1/cocδBEC1株、MT8-1/cocδBEC2株、MT8-1/cocδBEC3株、MT8-1/IBEC2株および野生株のそれぞれのβ−グルコシダーゼ活性(A)およびPASC分解活性(B)を示す。
通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株は、通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC2と比較して、β−グルコシダーゼ活性、PASC分解活性ともに大幅に向上していることが確認された。また、1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株は、通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株と比較して、β−グルコシダーゼ活性は低下しているが、PASC分解活性は向上していることが確認された。この結果から、通常のδインテグレーションによる形質転換体はβ−グルコシダーゼ活性が過剰であり、3種類のセルラーゼの発現バランスが適切でないのに対して、1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株では3種類のセルラーゼの発現バランスが適切であり、PASCを効率的に分解していることが示唆された。2サイクルおよび3サイクルのカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC2株およびMT8-1/cocδBEC3株においては、PASC分解活性がさらに向上しており、3種類のセルラーゼの発現バランスがより適切になったものと考えられる。
(実施例7:形質転換体の遺伝子導入コピー数の測定)
通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株、カクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株、MT8-1/cocδBEC2株、およびMT8-1/cocδBEC3株、ならびに通常のインテグレーションによる形質転換体MT8-1/IBEC2株へのβ−グルコシダーゼ遺伝子、セロビオヒドロラーゼII遺伝子、およびエンドグルカナーゼII遺伝子の3種の遺伝子の導入コピー数を、リアルタイムPCR法により測定した。
選択培地で培養した酵母5mLからYeaStar Genomic DNA kit(Zymo Research社)を用いてゲノムDNAの抽出を行った。このゲノムDNAをテンプレートとし、ABI PRISM 7000 Sequence Detection System(Applied Biosystems社)を用いてリアルタイムPCRを行った。プライマーは、BGL用としてBGL761F(配列番号29)およびBGL858R(配列番号30)、EGII用としてEGII694F(配列番号31)およびEGII774R(配列番号32)、そしてCBHII用としてCBHII571F(配列番号33)およびCBHII653R(配列番号34)を用いた。リアルタイムPCRによる測定結果を標準化するためのコントロールとしてハウスキーピング遺伝子のPGK1遺伝子を用いた。
結果を図8に示す。通常のδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/δBEC株ではβ−グルコシダーゼ遺伝子、エンドグルカナーゼII遺伝子、およびセロビオヒドロラーゼII遺伝子の導入コピー数が6、5および9とほぼ同程度であったのに対し、1サイクルカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC1株ではβ−グルコシダーゼ遺伝子、エンドグルカナーゼII遺伝子、およびセロビオヒドロラーゼII遺伝子の導入コピー数が1、8および2となり、エンドグルカナーゼII遺伝子の導入コピー数が特異的に増加することが確認された。また、2サイクルおよび3サイクルのカクテルδインテグレーションによる形質転換体MT8-1/cocδBEC2株およびMT8-1/cocδBEC3株においてもエンドグルカナーゼII遺伝子の導入コピー数が特異的に増加することが確認された。
図7および8より、セルラーゼ遺伝子の導入によるセルロース分解性酵母の作製において、エンドグルカナーゼII遺伝子の導入コピー数の他のセルラーゼ遺伝子の導入コピー数に対する比率の増大につれ、PASC分解活性が増大することがわかった。遺伝子の比が、エンドグルカナーゼII/β−グルコシダーゼで2以上、かつエンドグルカナーゼII/セロビオヒドロラーゼIIで1以上である酵母は、より向上したPASC分解活性を有することがわかった。