しかしながら、MTR1変異体において、フェニルアラニンおよびトリプトファンの増加に関与する遺伝子は見出されていない。
また、非特許文献2では、遊離フェニルアラニンを蓄積するニンジンカルスが開示されているのみで、植物体については、開示されていない。さらに、フェニルアラニンの蓄積に関与するポリペプチドおよびそれをコードする遺伝子についても、開示されていない。
また、これまでに、植物研究において、フェニルアラニン含量を野生型の10倍以上に高めることに成功した例はない。
それゆえ、フェニルアラニンをより大量に蓄積することのできる変異植物が得られれば、色または匂い成分、病害抵抗性に関与する物質、および医薬品原料の製造などに利用できるフェニルアラニンをより効率的に取得することができるため、その実現が望まれている。
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、発現させることによってフェニルアラニンの蓄積量をより向上させることのできる新規遺伝子、および、当該遺伝子を発現させることで、フェニルアラニンを多量に蓄積することができる新品種の植物を提供することにある。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者らが構築した5−メチルトリプトファン(5MT)抵抗性を有するイネ変異体(MTR1変異体)において、ポジショナルクローニングにより、フェニルアラニンの量が増加する遺伝子を同定し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明にかかるポリヌクレオチドは、フェニルアラニンの合成に関与するポリヌクレオチドであって、
下記の(a)または(b)のポリヌクレオチド:
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド。
上記のポリヌクレオチドによれば、フェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチドを翻訳産物として得ることができる。
本発明にかかるポリヌクレオチドは、さらに、フェニルプロパノイド類の合成に関与するものであることが好ましい。
上記のポリヌクレオチドによれば、フェニルアラニンに加えて、その二次代謝物であるフェニルプロパノイド類の合成にも関与するポリペプチドを、単一のポリペプチドとして得ることができる。単一のポリペプチドによって、フェニルアラニンに加えて、その二次代謝産物であるフェニルプロパノイド類を蓄積することは知られておらず、特に有用である。
本発明にかかるポリヌクレオチドは、さらに、トリプトファンの合成に関与するものであることが好ましい。
上記のポリヌクレオチドによれば、フェニルアラニンに加えて、トリプトファンの合成にも関与するポリペプチドを、単一のポリペプチドとして得ることができる。
本発明にかかるポリペプチドは、フェニルアラニンの合成に関与するポリペプチドであって、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列からなることを特徴とするものである。
上記のポリペプチドによれば、フェニルアラニンの合成を行うことができる。
本発明にかかるポリペプチドは、さらに、フェニルプロパノイド類の合成に関与するものであることが好ましい。また、本発明にかかるポリペプチドは、さらに、トリプトファンの合成に関与するものであることが好ましい。
上記のポリペプチドによれば、フェニルアラニンの合成に加えて、その二次代謝産物であるフェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかの合成を行うことができる。
このような、ポリペプチドとしては、例えば、配列番号4に示されているアミノ酸配列において、フェニルアラニンによるフィードバック制御領域のアミノ酸が、親水性アミノ酸から、疎水性アミノ酸へ置換されているポリペプチドが挙げられる。より詳細には、例えば、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、298番目のアミノ酸が、セリンからイソロイシンに置換されているポリペプチドが挙げられる。
これらのポリペプチドによれば、フェニルアラニンの合成に加えて、その二次代謝産物であるフェニルプロパノイド類、または、トリプトファンの合成も行うことができる。
本発明にかかるポリペプチドは、葉緑体に移行して機能を発現するものであってもよい。このポリペプチドによれば、葉緑体において、フェニルアラニン等の合成を行うことが可能となる。
また、本発明にかかるポリヌクレオチドは、上記いずれかのポリペプチドをコードするものであってもよい。上記のポリヌクレオチドによれば、フェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチド、または、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかの合成活性を有するポリペプチドを、翻訳産物として得ることができる。
本発明にかかる形質転換体選抜用マーカー遺伝子は、上記の何れかのポリヌクレオチドからなるものである。
本発明にかかるポリヌクレオチドは、それが発現している細胞にトリプトファンアナログ(具体的には、5−メチルトリプトファン(5MT)、5−フルオロトリプトファン(5FT)など)に対する耐性を付与する。そのため、上記マーカー遺伝子は、当該トリプトファンアナログに対する耐性を発現している形質転換細胞を選抜するためのマーカー遺伝子として利用することができる。
また、本発明にかかるポリヌクレオチドは、フェニルアラニン、または、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかの含量を増加させるため、上記マーカー遺伝子を用いて形質転換体の選抜を行えば、そのような必須アミノ酸を多量に有する形質転換体を取得することもできる。
本発明にかかる組換え発現ベクターは、上記の何れかのポリヌクレオチドを含むものである。上記の組換え発現ベクターは、本発明に係るポリヌクレオチドを細胞に導入するための組換え発現ベクターとして利用できるだけでなく、本発明に係るポリヌクレオチドを選抜マーカーとして用いた場合には、他の遺伝子を細胞に導入するための組換え発現ベクターとしても利用できる。
本発明にかかる形質転換体は、上記のポリヌクレオチドまたは上記の組換え発現ベクターが導入されており、かつ、フェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチドが発現しているものである。上記形質転換体は、植物細胞または植物体であることが好ましい。また、上記形質転換体は、イネ科植物に由来するものであることが好ましい。
本発明にかかる上述の各形質転換体は、植物の生育に害となるトリプトファンアナログ(具体的には、5−メチルトリプトファン(5MT)、5−フルオロトリプトファン(5FT)など)に対して抵抗性を有する。
当該ポリヌクレオチドまたは組換え発現ベクターがポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入された上記形質転換体では、フェニルアラニンの合成、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかの合成が促進され、フェニルプロパノイド類の蓄積量も増加させることができる。
特に、上記形質転換体がイネ科植物の場合、フェニルアラニン、または、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかを多量に有する食品として利用できるため、有用性が特に高い。
また、上記形質転換体を作製すれば、フェニルアラニン、または、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかを大量に取得することができる。特に、フェニルアラニンおよびその二次代謝産物は、色または匂い成分に関与する物質、病害抵抗性関与する物質、および医薬品原料として利用することができる。また、これらの物質を、効率的に生産することができる。また、本発明には上記形質転換植物から得られる種子も含まれる。
本発明にかかるフェニルアラニンの生産方法は、本発明の形質転換体を用いることを特徴とするものである。また、本発明にかかるフェニルプロパノイド類の生産方法は、本発明の形質転換体を用いることを特徴とするものである。また、本発明にかかるフェニルアラニンおよびトリプトファンの生産方法は、本発明の形質転換体を用いることを特徴とするものである。上記の生産方法によれば、色または匂い成分に関与する物質、病害抵抗性関与する物質、および医薬品原料として利用できるフェニルアラニン、フェニルプロパノイド類、または、フェニルアラニンに加えて、トリプトファンを効率的に生産することができる。また、トリプトファンの二次代謝産物も、効率的に生産できる。
本発明にかかる食品は、上記何れかの形質転換体を含むものである。この食品によれば、必須アミノ酸であるフェニルアラニン、または、フェニルアラニンに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファンの少なくともいずれかを多量に有する食品を提供できる。
本発明にかかる形質転換細胞の選抜方法は、上記のマーカー遺伝子または上記の組換え発現ベクターを細胞に導入することにより、細胞の増殖を阻害するトリプトファンアナログに対する耐性を細胞に付与し、さらに当該トリプトファンアナログに対する耐性を発現している細胞を選抜することからなるものである。
上記の選抜方法によれば、本発明のマーカー遺伝子を使用することで、これまで複数遺伝子を細胞に導入する際に使用できる選択マーカーの種類が制限されるといった問題を解決することができる。すなわち、通常選択マーカーとして使用されている抗生物質に対する耐性等の他に、トリプトファンアナログ、例えば5−メチルトリプトファンに対する抵抗性によって複数の目的DNAが導入された細胞の選抜が可能となる。そのため、上記マーカー遺伝子を使用した本発明の選抜方法は有用である。
本発明にかかる形質転換キットは、少なくとも上記のポリヌクレオチド、あるいは、上記の組換え発現ベクターのいずれかを含むことを特徴とするものである。上記の形質転換キットを用いれば、本発明に係るポリペプチドを発現する形質転換体を簡便かつ効率的に得ることができる。
本発明にかかるポリヌクレオチドによれば、フェニルアラニンおよびフェニルプロパノイド類の合成を行うことができる。そして、本発明のポリヌクレオチドまたは当該ポリヌクレオチドを含む組換え発現ベクターがポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入された本発明の形質転換体では、フェニルアラニンの合成が促進され、それらの蓄積量を増加させることができる。
フェニルアラニンおよびフェニルプロパノイド類は、色または匂い成分、病害虫抵抗性物質、および製薬原料にもなる有用物質である。そのため、本発明の形質転換植物を利用すれば、これらの有用物質を効率的に生産することができる。
本発明の実施の形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
(1)本発明にかかるポリヌクレオチド
本発明にかかるポリヌクレオチドは、少なくともフェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチドをコードするものであり、好ましくはフェニルプロパノイド類の合成活性も有するものであり、より好ましくはトリプトファンの合成活性も有するものである。
なお、本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。また、「配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド」とは、配列番号1の各デオキシヌクレオチドA、G、Cおよび/またはTによって示される配列からなるポリヌクレオチドが意図される。
本発明に係るポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖または一本鎖であり得る。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖としても知られる)であり得るか、またはそれは、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であり得る。
一実施形態において、本発明にかかるポリヌクレオチドは、フェニルアラニンの合成に関与するポリヌクレオチドであって、
下記の(a)または(b):
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;または
(b)以下の(i)もしくは(ii)のいずれかとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド:
(i)配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;もしくは
(ii)配列番号1に示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド
のいずれかである。
上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味し、例えば、60℃で2×SSC 洗浄条件下で結合することを意味する。上記ハイブリダイゼーションは、「Molecular Cloning (Third Edition)」 (J. Sambrook & D. W. Russell, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001) に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる。
上記のポリヌクレオチドのうち、配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドは、本発明者らが作製したイネの変異体(MTR1変異体)において、発現しているMTR1遺伝子の塩基配列である。MTR1変異体は、トリプトファンアナログである5メチルトリプトファン(5MT)に対して抵抗性を有する。
また、他の実施形態において、本発明にかかるポリヌクレオチドは、フェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドであって、以下の(a)または(b):
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列
のいずれかのポリペプチドをコードするポリヌクレオチドである。
上記「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により欠失、置換、もしくは付加ができる程度の数(例えば20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下、特に好ましくは3個以下)のアミノ酸が置換、欠失、もしくは付加されることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在する同様の変異ポリペプチドを単離精製したものであってもよい。
このような変異としては、例えば、配列番号4に示されているアミノ酸配列において、フェニルアラニンによるフィードバック制御領域のアミノ酸が、親水性アミノ酸(例えば水酸基を有するアミノ酸)から、疎水性アミノ酸(例えば脂肪族アミノ酸など)へ置換されていること、例えば、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、298番目のアミノ酸が、セリンからイソロイシンに置換されていること、などが挙げられる。なお、配列番号2に示すポリペプチドは、本願発明者が見出した、フェニルアラニンおよびトリプトファンの合成に関与する新規なポリペプチドである。
また、他の実施形態において、本発明にかかるポリヌクレオチドは、上記ポリヌクレオチドのフラグメントであるオリゴヌクレオチドであってもよい。
本発明にかかるポリヌクレオチドは、野生型のフェニルアラニンによるフィードバック制御領域のアミノ酸をコードするポリヌクレオチドが、一塩基置換(SNPs)されたものと表現することもできる。例えば、配列番号1に示されるポリヌクレオチドは、配列番号3に示されるデータベース上で公開されている日本晴(野生型)の推定プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子の塩基配列において、893番目の塩基がG(グアニン)からT(チミン)への一塩基置換されたものである。この一塩基置換により、配列番号2に示されるポリペプチド(配列番号1の塩基配列にコードされるポリペプチド)は、配列番号4(配列番号3の塩基配列にコードされるポリペプチド)の末端の4アミノ酸ESRPが、EIRPに変異する。すなわち、配列番号4のポリペプチドの298番目のアミノ酸が、配列番号2のポリペプチドでは、セリン(親水性アミノ酸)からイソロイシン(疎水性アミノ酸)に、変異する。
本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。本発明にかかるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、アンチセンスRNAメカニズムによる遺伝子発現操作のためのツールとして使用することができる。アンチセンスRNA技術は、標的遺伝子に対して相補的なRNA転写体を生成するキメラ遺伝子の導入を基本原理とする。その結果として得られる表現型は、内因性遺伝子に由来する遺伝子産物の減少である。つまり、本発明にかかるオリゴヌクレオチドであるアンチセンスRANを導入することによって、フェニルアラニンからフェニルプロパノイド類を合成する機能が低下し、植物中のフェニルプロパノイド類の含量を低下させることができる。
また、DNAには例えばクローニングや化学合成技術またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。本発明にかかるポリヌクレオチドの一例である、配列番号1に示す塩基配列は、配列番号2に示すポリペプチドのcDNA配列の塩基配列である。
さらに、本発明に係るポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドは、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
本発明に係るポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを取得する方法として、公知の技術により、本発明に係るポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを含むDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドの塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、本発明に係るポリヌクレオチドの塩基配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列および/または長さのものを用いてもよい。
あるいは、本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
本発明に係るポリヌクレオチドを取得するための供給源としては、特に限定されないが、イネ科植物であることが好ましい。後述する実施例においては、イネの変異体(MTR1変異体)から本発明にかかるポリヌクレオチドの一つであるMTR1遺伝子を取得しているが、これに限定されるものではない。
(2)本発明にかかるポリペプチド
本発明にかかるポリペプチドは、上記(1)に記載したポリヌクレオチドの翻訳産物であり、少なくともフェニルアラニンの合成活性を有するものであり、好ましくはフェニルプロパノイド類の合成活性も有するものであり、より好ましくはトリプトファンの合成活性も有するものである。
本明細書中で使用される場合、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、ポリペプチドの「フラグメント」は、当該ポリペプチドの部分断片が意図される。本発明に係るポリペプチドはまた、天然供給源より単離されても、化学合成されてもよい。
用語「単離された」ポリペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたポリペプチドまたはタンパク質が意図される。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたポリペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのポリペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されていると考えられる。
本発明に係るポリペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。組換え産生手順において用いられる宿主に依存して、本発明に係るポリペプチドは、グリコシル化され得るか、または非グリコシル化され得る。さらに、本発明に係るポリペプチドはまた、いくつかの場合、宿主媒介プロセスの結果として、開始の改変メチオニン残基を含み得る。
一実施形態において、本発明にかかるポリペプチドは、少なくともフェニルアラニンの合成活性を有するポリペプチドであって、
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、
からなるポリペプチドである。
上記「1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により欠失、置換、もしくは付加ができる程度の数(例えば20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下、特に好ましくは3個以下)のアミノ酸が置換、欠失、もしくは付加されることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在する同様の変異ポリペプチドを単離精製したものであってもよい。
なお、上記ポリペプチドは、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含むものであってもよい。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、配列番号1に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドの翻訳産物である。
(3)形質転換用マーカー遺伝子および形質転換細胞の選抜方法
本発明にかかるポリヌクレオチドは、形質転換用マーカー遺伝子として利用することができる。すなわち、本発明に係る形質転換体選抜用マーカー遺伝子は、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドからなるものであればよい。本発明にかかるポリヌクレオチドを導入された細胞はトリプトファンアナログに対して耐性を有するため、トリプトファンアナログを培地に添加することにより、当該ポリヌクレオチドが導入された細胞のみを選抜することが可能となる。選抜用薬剤として用いることができる細胞の増殖を阻害するトリプトファンアナログとしては、例えば、5−メチルトリプトファン(5MT)、5−フルオロトリプトファン(5FT)を挙げることができる。
具体的に、本発明にかかるポリヌクレオチドを形質転換用マーカー遺伝子として利用するには、例えば、当該ポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを構築し、当該発現ベクターを目的の細胞に導入する。当該発現ベクターが導入され、本発明に係るポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドが発現している細胞はトリプトファンアナログに対して耐性を獲得するため、上記例示した選抜用薬剤が添加された培地においても増殖ができ、一方、当該発現ベクターが導入されていない細胞や本発明にかかるポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドが発現していない細胞は増殖が阻害される。したがって、当該発現ベクターが導入され、本発明にかかるポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドが発現している形質転換細胞のみを選抜することが可能となる。
上述の例では本発明にかかるポリヌクレオチドを形質転換細胞に発現させる遺伝子とマーカー遺伝子との両方の目的で用いているが、本発明にかかるポリヌクレオチドをマーカー遺伝子としてのみ用いることも可能である。また、例えば、植物のカルス細胞に特異的な転写プロモーターを使用することにより、本発明にかかるポリヌクレオチドの選択マーカーとしての発現時期の制御も可能である。この場合は、さらに目的の細胞内で発現させたいタンパク質をコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを構築し、当該発現ベクターを用いて形質転換すればよい。また、本発明にかかるポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを構築せずに、本発明に係るポリヌクレオチドを単独で目的の細胞に導入することも可能である。
また、前述のように、配列番号1に示されるポリヌクレオチドは、配列番号3に示される遺伝子の塩基配列において、893番目の塩基が、G(グアニン)からT(アデニン)へ、一塩基置換されたものである。このため、893番目の塩基を含むポリヌクレオチドは、本発明にかかるマーカー遺伝子として利用することができる。
例えば、配列番号1に示されるポリヌクレオチドにおいて、893番目の塩基を含む20〜100個の連続した塩基からなるポリヌクレオチドは、フェニルアラニンを多量に蓄積する細胞を選抜するために利用することができる。
なお、本発明には上記本発明にかかるマーカー遺伝子または以下に説明する組換え発現ベクターを細胞に導入することにより、細胞の増殖を阻害するトリプトファンアナログに対する耐性を細胞に付与し、さらに当該トリプトファンアナログに対する耐性を発現している細胞を選抜する形質転換細胞の選抜方法も含まれる。
(4)組換え発現ベクターおよび形質転換キット
本発明にかかる組換え発現ベクターは、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドを含むものであれば、特に限定されるものではない。例えば、cDNAが挿入された組換え発現ベクターが挙げられる。組換え発現ベクターの作製には、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いることができるが特に限定されるものではない。また、作製方法も公知の方法を用いて行えばよい。
ベクターの具体的な種類は特に限定されるものではなく、ホスト細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、ホスト細胞の種類に応じて、確実に遺伝子を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明にかかるポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだものを発現ベクターとして用いればよい。
本組換え発現ベクターは、本発明にかかるポリペプチドを発現させるために用いることができることはいうまでもないが、本発明にかかるポリヌクレオチドをマーカー遺伝子として利用し、他の遺伝子を組み込んで当該他の遺伝子がコードするタンパク質を発現させるための組換え発現ベクターとしても利用できる。
本発明にかかるポリヌクレオチドがホスト細胞に導入されたか否か、さらにはホスト細胞中で確実に発現しているか否かを確認するために、各種マーカーを用いてもよい。例えば、ハイグロマイシンのような抗生物質に抵抗性を与える薬剤耐性遺伝子をマーカーとして用い、このマーカーと本発明にかかるポリヌクレオチドとを含むプラスミド等を発現ベクターとしてホスト細胞に導入する。これによってマーカー遺伝子の発現から本発明の遺伝子の導入を確認することができる。
上記ホスト細胞は、少なくともフェニルアラニン合成系(好ましくはそれに加えて、フェニルプロパノイド類合成系またはトリプトファントリプトファン合成系の少なくともいずれか)を有する細胞、生物であれば、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
上記発現ベクターをホスト細胞に導入する方法、すなわち形質転換方法も特に限定されるものではなく、アグロバクテリウム感染法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、リン酸カルシウム法、プロトプラスト法、酢酸リチウム法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
本発明に係る形質転換キットは、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドまたは当該本発明にかかる組換え発現ベクターの少なくともいずれかを含むものであればよい。その他の具体的な構成については特に限定されるものではなく、必要な試薬や器具等を適宜選択してキットの構成とすればよい。当該形質転換キットを用いることにより、簡便かつ効率的に形質転換細胞を得ることができる。
(5)形質転換体
本発明にかかる形質転換体は、上記(1)に記載した本発明にかかるポリヌクレオチドまたは上記(4)に記載の組換え発現ベクターが導入されており、かつ、少なくともフェニルアラニンの合成活性(好ましくはそれに加えて、フェニルプロパノイド類合成活性またはトリプトファントリプトファン合成活性の少なくともいずれか)を有するポリペプチドが発現している形質転換体であれば、特に限定されるものではない。ここで「形質転換体」とは、細胞・組織・器官のみならず、生物個体を含む意味である。
また、ここで、「ポリヌクレオチドが導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味するが、本発明では、これに加えてゲノム中に含まれる本発明のポリヌクレオチドが生体内で発現している場合も含むものとする。このゲノム中に含まれる本発明のポリヌクレオチドが生体内で発現している例としては、上述の変異体MTR1が挙げられる。
形質転換体の作製方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、例えば、上述した組換え発現ベクターをホスト細胞に導入して形質転換する方法を挙げることができる。また、少なくともフェニルアラニン合成系(好ましくはそれに加えて、フェニルプロパノイド類合成系またはトリプトファントリプトファン合成系の少なくともいずれか)を有する細胞、生物であれば、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記(4)においてホスト細胞として例示した各種微生物等を挙げることができる。
本発明にかかる形質転換体は、植物細胞または植物体であることが好ましい。このような形質転換植物は、細胞内または植物体内において少なくともフェニルアラニン(好ましくはそれに加えて、フェニルプロパノイド類またはトリプトファントリプトファンの少なくともいずれか)を合成することができる。そして、上記ポリヌクレオチドまたは組み換え発現ベクターがポリペプチドの発現を促進させるプロモーターとともに導入された上記形質転換体では、少なくともフェニルアラニン(好ましくはそれに加えて、フェニルプロパノイド類合成系またはトリプトファントリプトファン合成系の少なくともいずれか)の合成が促進され、それらの化合物の蓄積量を増加させることができる。このような形質転換体は、植物の病害虫に対する抵抗性を有する場合もある。
植物体の形質転換に用いられる組換え発現ベクターは、当該植物細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に限定しない。特に、植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウムを用いる方法である場合には、pBI系等のバイナリーベクターを用いることが好ましい。バイナリーベクターとしては、具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等を挙げることができる。また、植物体内で遺伝子を発現させることが可能なプロモーターを有するベクターであることが好ましい。プロモーターとしては公知のプロモーターを好適に用いることができ、具体的には、例えば、カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター(CaMV35S)、ユビキチンプロモーターやアクチンプロモーターを挙げることができる。なお、植物細胞には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
植物細胞への組み換え発現ベクターの導入には、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など、公知の種々の方法を用いることができる。また、形質転換細胞から植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて公知の方法で行うことが可能である。
ゲノム内に本発明にかかるポリヌクレオチドが導入された形質転換植物体がいったん得られれば、当該植物体から得られる種子にも当該ポリヌクレオチドが導入されている。本発明には、形質転換植物から得られる種子も含まれる。
続いて、本発明の形質転換植物の性質について説明する。
本発明にかかる形質転換植物は、本発明にかかるポリヌクレオチドを導入されているため、植物に対して毒性を有する5−メチルトリプトファン(5MT)、5−フルオロトリプトファン(5FT)などのトリプトファンアナログに対して耐性を有する。
また、フェニルアラニンを蓄積するニンジンのカルスが既に知られている(非特許文献2)。このニンジンカルスでは、合成されるフェニルアラニンの増加率は、野生型に比べて10倍未満である。これに対して、MTR1変異体では、フェニルアラニンを20倍という高レベルで蓄積する。フェニルアラニンおよびその二次代謝産物産物は、色または匂い成分、病害虫抵抗性物質、および製薬原料にもなる有用物質である。そのため、本発明の形質転換植物を利用すれば、これらの有用物質を効率的に生産することができる。
(6)フェニルアラニン・フェニルプロパノイド類・フェニルアラニンおよびトリプトファンの生産方法
本発明は、本発明にかかる形質転換体を用いてフェニルアラニン、フェニルプロパノイド、およびフェニルアラニンおよびトリプトファン、並びにそれら全てを生産する方法を提供する。
一実施形態において、本発明にかかるフェニルアラニン、フェニルプロパノイド、およびフェニルアラニンおよびトリプトファン、並びにそれら全ての生産方法は、本発明にかかるポリヌクレオチドが導入された形質転換体またはその組織を用いてフェニルアラニン(またはフェニルアラニンおよびトリプトファン)を生産することを特徴とする。好ましくは、これらの化合物を生産する生物体は植物である。
本実施形態の好ましい局面において、本発明にかかる各生産方法は、本発明にかかるポリヌクレオチドを植物に導入する工程を包含する。ポリヌクレオチドを植物に導入する工程としては、上述した種々の遺伝子導入方法を用いればよい。さらに、本実施形態にかかる各生産方法は、上記植物からフェニルアラニン、フェニルプロパノイド、およびフェニルアラニンおよびトリプトファン、並びにそれら全てを抽出する工程を包含することが好ましい。
これらの生産方法によれば、フェニルアラニン、フェニルプロパノイド、およびフェニルアラニンおよびトリプトファン、並びにそれら全てを多量に蓄積する本発明の形質転換体を利用しているため、色または匂い成分に関与する物質、病害抵抗性関与する物質、および医薬品原料として利用できるフェニルアラニン、フェニルプロパノイド類、または、トリプトファンを効率的に生産することができる。また、フェニルアラニンおよびトリプトファンの二次代謝産物も、効率的に生産できる。
(7)本発明の有用性・利用
MTR1変異体(カルスおよび植物体)は、フェニルアラニンおよびトリプトファンを蓄積している。
また、後述の実施例では、5MT抵抗性因子が、優性の1遺伝子であることを、遺伝学的に証明している。したがって、MTR1における変異(5MT抵抗性因子)が、第7染色体の長腕末端付近のさらに別の領域にあるとは考えられない。
また、MTR1変異体は、実際に5MT(トリプトファンアナログ)抵抗性を示す。これは、トリプトファンの蓄積が、原因と考えられる。図10に示すように、植物のトリプトファンの生合成経路では、アントラニル酸合成酵素が、鍵酵素である。しかし、トリプトファン合成系の鍵酵素であるアントラニル酸合成酵素は、MTR1変異体でも野生型と同じように、トリプトファンによるフィードバック阻害を受ける。このため、野生型のアントラニル酸シンターゼ(AS)遺伝子を、過剰発現したとしても、トリプトファンは蓄積しない。トリプトファンが蓄積するためには、フィードバック阻害を受けない改変型酵素遺伝子の過剰発現が必要となる。MTR1変異体では、アントラニル酸合成酵素の特性は、野生型と同じである。それにもかかわらず、トリプトファンが蓄積している。このような現象は、これまで、知られていない。すなわち、これまで知られていないトリプトファン合成の制御機構、しかもフェニルアラニン合成と関係した制御機構が存在する。
さらに、野生型カルスに、フェニルアラニンを添加して培養すると、5MT抵抗性を示す。このような現象も知られていない。この現象は、フェニルアラニンとトリプトファンが何らかの関係を持つことを示している。
このように、MTR1変異体における5MT抵抗性因子は、フェニルアラニンの合成系に関与するだけでなく、トリプトファンの合成系にも関与している。言い換えれば、5MT抵抗性因子(配列番号1のポリヌクレオチド)は、単一の遺伝子によって、フェニルアラニンおよびトリプトファンを増加させることができる、有用な遺伝子である。
後述の実施例のように、配列番号1のポリヌクレオチドは、MTR1変異体における、5MT抵抗性因子(MTR1遺伝子)である。このポリヌクレオチドは、単一の変異酵素遺伝子により、フェニルアラニンおよびトリプトファンを増加させられるものである。従来、遊離のフェニルアラニンを蓄積する植物は、ニンジンカルスで報告されているのみである(J. E. Palmer & J. Widholm (1975) Characterization of carrot and tobacco cell cultures resistant to p-fuluorophenylanine Plant Physiology 56: 233-238)。
フェニルアラニンに由来する二次代謝産物は、数多く存在する。これらの代謝産物の中には、色または匂い成分に関与する物質も、病害抵抗性関与する物質も含まれる。このため、本発明は、そのような物質の製造、および、病害抵抗性植物の育種などに利用できる。
また、トリプトファンに由来するに二次代謝産物も、数多く存在する。この二次代謝産物であるインドールグルコシノレート類(IGs)の中には、害虫を選択的に誘引すること、および、病害虫に対して抵抗性を有する(M.D. Mikkelsen, B.L. Petersen, C.E. Olsen, and B.A. Halkier, Amino Acids (2002) 22: 279-295,;Giamoustaris,A and Mithen, R., (1995) Ann Appl Biol.126:347-363)。
また、従来は、有用な二次代謝産物の生産性を高めるために、目的化合物に近い酵素遺伝子の導入など、目的化合物の合成経路の下流への操作が試みられてきた。
これに対し、本願発明では、フェニルアラニンの蓄積によって、その二次代謝産物(下流の化合物)も増えている。従って、本願発明のポリヌクレオチドと、現在試みられている個別の化合物生産システムとを組み合わせることによって、効率的な、有用二次代謝産物を製造することが可能となる。
また、MTR1変異体は、5MT抵抗性によって選抜されたものである。したがって、この変異遺伝子(本発明にかかるポリヌクレオチド)は、5MTを選抜薬剤として用いた形質転換体作出の、新しい選抜マーカーとしても利用できる。
また、フェニルアラニンおよびトリプトファンは、必須アミノ酸である。このため、これらのアミノ酸を増加させた食品は、栄養学的な観点から見ても、過去に例を見ない食品となる。この食品は、特に限定されるものではないが、日本において主食となる米(イネ)であることが好ましい。これにより、フェニルアラニンおよびトリプトファンを多く含む有用な米(イネ)の品種育成を実現できる。特に、MTR1変異体は、形質転換体ではなく、体細胞変異体であるため、直接従来の交雑育種に利用することができる。
また、現在までに、植物研究において、フェニルアラニン含量を10倍以上に高めた報告はない。後述の実施例のように、本発明にかかる遺伝子を有するMTR1変異体は、野生型に比べて、フェニルアラニンの含量が、10倍以上(20倍)多い。従って、本遺伝子を過剰発現させることによって、フェニルアラニン含量が極めて高い変異作物を作出することが可能となる。また、この変異作物は、トリプトファン含量も高い作物である。
また、図10に示すように、フェニルアラニンおよびトリプトファンの生合成経路は、コリスミ酸から、プレフェン酸とアントラニル酸を合成する経路に分岐する。プレフェン酸を合成する経路では、コリスメートムターゼ(CM)が、アントラニル酸を合成する経路では、アントラニル酸合成酵素(AS)が、作用する。
コリスメートムターゼ(CM)は、一次代謝産物であるフェニルアラニンによって、また、アントラニル酸合成酵素(AS)は、一次代謝産物であるトリプトファンによって、それぞれフィードバック制御を受けると考えられている。
図11は、コリスミ酸からフェニルアラニンおよびチロシンの生合成経路を示す模式図である。図11の生合成経路では、植物で利用されている経路を実線で、バクテリアで利用されている経路を破線で、それぞれ示している。つまり、植物では、プレフェン酸にプレフェン酸デヒドラターゼが作用して、フェニルピルビン酸を経由して、フェニルアラニンが合成される経路は、存在しないとされている。
しかしながら、配列番号1に示すポリヌクレオチドがプレフェン酸デヒドラターゼ活性を持つとなると今まで植物では報告のない経路が存在することになる。
また、単一のポリペプチドによって、フェニルアラニンに加えて、その二次代謝産物であるフェニルプロパノイド類を蓄積することは知られておらず、特に有用である。また、そのポリヌクレオチドは、そのような機能を有する形質転換体を生産する上で、特に有用である。なお、トリプトファンを蓄積させるポリペプチドは、フェニルアラニンを蓄積させない。
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。すなわち、請求項に示した範囲で適宜変更した技術的手段を組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
〔実施例1〕
(a)MTR1の作製
本願発明者が考案した文献(Theoretical Applied Genetics (1987) 74: 49 - 54. A 5-methyltryptophan resistant rice mutant, MTR1, selected in tissue culture. K. Wakasa and J. M. Widholm)に記載の方法に従い、5-メチルトリプトファン(5MT)に抵抗性を示すイネ変異体MTR1を作製した。すなわち、農林8号の胚盤由来カルスを、300μM 5MTを含む培地上に置床し(通常のカルスは増殖せず死滅する)、旺盛に増殖するものを選抜した。さらに、そのカルスを再分化培地に移植して再分化植物体を得た。
(b)5MT抵抗性因子をマッピングするための集団の作製
次に、イネ変異体(MTR1変異体)の5MT抵抗性因子(MTR1遺伝子)をマッピングするための集団を作製した。
すなわち、図3に示すように、まず、MTR1変異体とカサラスとの交配からF1個体を得た。そして、このF1集団から5MT抵抗性個体を選抜し、自殖させF2集団を得た。次に、このF2集団を用いて、5MT抵抗性因子を、SSRマーカー(いわゆるマイクロサテライトマーカー)、または、CAPSマーカーによりマッピングした。
その結果、図4に示すように、第7染色体の長腕末端付近に、5MT抵抗性因子(MTR1遺伝子)を、マッピングした。
なお、イネゲノムプロジェクトで公開されている分子マーカーのマップは、「日本晴」と「カサラス」の交雑集団が用いられている。これらは、日本型イネとインド型イネという異なる生態型イネの交雑であるため、日本型イネ同士の交雑による集団よりも多型検出(塩基配列の違いを反映しているので、これを検出することでゲノムの特定部分がどちらの親から由来するか判定できる)が容易である。また、カサラスのゲノムシーケンスの一部はイネゲノムプロジェクトで公開されており、新たな分子マーカーを容易に作成することができる。以上のことから、カサラスを本実施例におけるマップ集団作成の花粉親に用いた。
(c)MTR1遺伝子のマップベースクローニング
すなわち、図3に示すように、さらに、F2集団において、5MT抵抗性因子の候補領域が、ヘテロの遺伝子型を示すF2個体を自殖したF3個体を用い、マップベースクローニングを試みた。
その結果、図5に示すように、5MT抵抗性因子(MTR1遺伝子)の座上位置を、PACクローン(P0627E10)内の約100kb領域に特定した。図5は、PACクローン(P0627E10)のアノテーションマップの一部である。図5では、推定プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子の位置を、(5)として記載している。
なお、イネPACクローンとはイネ品種「日本晴」のゲノムDNA断片をP1ファージ由来人工染色体に挿入したものである。P0627E10クローンもその中の一つで、この中に挿入されているゲノムDNA領域はイネの第7染色体長腕の末端に位置することがわかっている。
図5に示されるように、公開されているイネゲノムデータベース(http://rgp.dna.affrc.go.jp/index.html)上ある日本晴のアノテーションマップから、シキミ酸経路に関与すると考えられる推定プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子が、5MT抵抗性因子候補領域に存在することが明らかとなった。
日本晴ゲノムデータベースに基づき、推定プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子配列に特異的(開始コドンATGから終止コドンTGAまでを含む領域)なプライマーを作成し、MTR1変異体からRT-PCRによって、その遺伝子のクローニング、および、シーケンスを行った。クローニングした遺伝子は、図1および配列番号1に示すように、1,095bp(開始コドンおよび終止コドンを含む)の大きさであった。また、図2および配列番号2は、この遺伝子にコードされるポリペプチドのアミノ酸配列である。なお、配列番号3には、配列番号1に対応する日本晴(野生型)のポリヌクレオチドを、配列番号4にはそのポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドのアミノ酸配列をそれぞれ示す。
〔実施例2〕変異体遺伝子の解析(SNPs解析)
データベース上で公開されている日本晴(野生型)の推定プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子の塩基配列と、実施例1でMTR1変異体(変異型)から取得した遺伝子(MTR1遺伝子)の塩基配列とを比較した。その結果を、図6(a)に示す。なお、図6(a)の上段は、日本晴の配列、下段は、MTR1変異体の配列を、それぞれ示している。
図6(a)に示すように、MTR1変異体では893番目の塩基がG(グアニン)からT(チミン)への一塩基置換が認められた。
多数のクローンの中から、野生型および変異型のそれぞれ4クローンを無差別に選んで塩基配列を決定したところ、この一塩基多型は、変異型の4クローンすべてで見られた。
図6(b)は、図6(a)の塩基配列にコードされるアミノ酸配列(アミノ酸1文字略記)を示す図である。これらを比較すると、図6(a)の変異箇所は、大腸菌などで報告されている、コリスミ酸ムターゼ遺伝子およびプレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子の一部であることがわかる。すなわち、大腸菌では、図6(b)における、末端の4アミノ酸(ESRP)が、フェニルアラニンによるフィードバック制御部位であると推定されている。
変異型では、野生型のアミノ酸配列に存在するESRPが、EIRPに変異していた。すなわち、の298番目のアミノ酸が、セリン(親水性アミノ酸)からイソロイシン(疎水性アミノ酸)に、変異していた(298残基目:S298I)。
〔実施例3〕MTR1変異体カルスのプロファイル分析
(a)カルス中のフェニルアラニンおよびトリプトファン含量
次に、MTR1変異体カルスおよび野生型カルス(N8:農林8号)のプロファイル分析を行った。MTR1変異体は、フェニルアラニンに加えて、トリプトファンの量が増加する。このため、各カルスに含まれるフェニルアラニンおよびトリプトファンの量を測定した。
分析条件は、装置(LC−MS):LCMS−2010シリーズ(島津社製)、カラム:CadenzaCD−18(2.0×75mm)、流速:0.2mL/分、カラム温度:35℃、移動層:アセトニトリル/0.1%ギ酸(グラジエント溶出)、検出:SIMモード、検出質量数:m/z=166(フェニルアラニン),m/z=205(トリプトファン)、分析時間:12分で行った。
図7は、このようにして測定した各カルスに含まれるフェニルアラニンおよびトリプトファンの量を比較したグラフである。このグラフから、5MT抵抗性を示すMTR1のカルスは、野生型(5MTに対して感受性)のカルスに比べて、フェニルアラニンが20倍、トリプトファンが17倍、それぞれ増加していることがわかる。
(b)代謝プロファイル分析
また、各カルスについて、代謝プロファイル分析を行った。分析条件は、装置:LC−10Avpシリーズ(島津社製)、カラム:CadenzaCD−18(4.6×250mm)、流速:0.85mL/分、カラム温度:35℃、移動層:アセトニトリル/0.02%TFA(グラジエント溶出)、検出:UV190〜400nm、分析時間:90分で行った。
図8は、UV280nmにおける、代謝プロファイル分析結果を示すクロマトグラムである。図8では、上段に変異体(MTR1)のクロマトグラムを、下段に野生型(N8:農林8号)のクロマトグラムを示した。このクロマトグラムに示すように、MTR1のクロマトグラムには、野生型にはない、複数のピークが検出された。
これら複数のピークのうち、さらに解析した結果、図8に示すように、変異体に特有のピークの成分が、フェニルアラニンの二次代謝産物およびトリプトファンであることを確認した。さらに、フェニルアラニンの二次代謝産物(フェニルアラニンに由来するフェニルプロパノイド類)の1つが、フェルロイルキナ酸であることも確認した。
〔実施例4〕
次に、変異型と野生型(農林8号)とによる戻し交雑を行い、後代の個体について、遺伝学的に解析した。図9は、戻し交雑後代の個体を、5MT抵抗性個体,5MT感受性個体,および不発芽の個体に分類した結果を示す表である。図9に示すように、全ての交雑の組み合せにおいて、後代の5MT抵抗性個体の分離比が、約1:1となった。従って、遺伝学的に、5MT抵抗性が、単一の優性遺伝であることが確認された。
また、そもそも、MTR1は、イネのカルス培養によって5MT抵抗性個体として作製された変異体である。また、当代で、5MT抵抗性出現していることから優性であることは明らかである(K. Wakasa & J. M. Widholm (1987) A 5-methyltryptophan resistant rice mutant, MTR1, selected in tissue culture. Theoretical Applied Genetics 74: 49 - 54)。
また、200個体以上の5MT抵抗性個体を育成し、その次代の種子を用いて発芽試験により、5MT抵抗性を調べた。その結果、この200余個体からは、抵抗性と感受性個体とが発生した。このように、MTR1変異体は、5MT抵抗性因子を、ホモで維持するのが極めて困難である。このため、常に、その遺伝子型はヘテロで維持されている。すなわち、5MT抵抗性個体の遺伝子型は、ヘテロで維持されており、かつ、優性形質である(Wakasa, K. & J. Widholm (1991) Rice mutants resistant to amino acids and amino acid analogs. In: Biotechnology in Agriculture and Forestry, Rice (ed. by Y. P. S. Bajaj), Springer-Verlag, Berlin Heidelberg. Vol. 14: 304-315)。
また、その後何代にも渡って栽培維持しても、現在に至るまで、MTR1変異体の5MT抵抗性因子を、ホモで有する個体を獲得できていない。これは、受精、種子発育、発芽の段階でホモ個体は弱勢であるためと推測される(若狭 暁(1999) トリプトファン含量の向上したイネの特性:体細胞変異体と形質転換体の比較 育種学最近の進歩 41: 45-48)。
以上のように、実施例1〜実施例4では、5MT抵抗性突然変異体MTR1が有する、5MT抵抗性因子のマップベースクローニングの結果、5MT抵抗性の原因遺伝子がプレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子であり、MTR1変異体では、プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子に認められた一つの非同義置換されていることが確認された。そして、その非同義置換が、5MT抵抗性の原因であることが示唆された。
そこで、以下の実施例では、変異型プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子および野生型プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子を導入した形質転換体を作出し、それらの形質転換体の5MT抵抗性,生成した二次代謝産物,および酵素活性を検討した。
〔実施例5〕形質転換体の作製
1)変異型プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子(変異型PDT遺伝子)あるいは野生型プレフェン酸デヒドラターゼ遺伝子(野生型PDT遺伝子)を過剰発現するための発現ベクターの構築
図12は、変異型PDT遺伝子を発現するベクターの模式図であり、図13は、野生型PDT遺伝子を発現するベクターの模式図である。なお、配列番号1の塩基配列が変異型PDT遺伝子に、配列番号3の塩基配列が野生型PDT遺伝子に、それぞれ対応する。
まず、変異型PDT遺伝子の開始コドンから終止コドンまでを含む1,095bpのcDNA(PDT298I)を過剰発現する発現プラスミド(図12)、および、野生型PDT遺伝子のcDNA(PDT298S) 遺伝子を過剰発現する発現プラスミド(図13)を構築した。具体的には、ハイグロマイシン耐性遺伝子を含む公知の外来遺伝子導入用組換えベクター(pUB−Hm)の制限酵素サイト(See8387I)に、PstIを用いて、変異型PDT遺伝子をライゲーションした。これにより、図12に示すように、トウモロコシユビキチンプロモーターの下流(そのプロモーターとnosターミネータとの間)に、変異型PDT遺伝子を繋いだベクター(pUBPDT298I)を作製した。また、コントロールとして、変異型PDT遺伝子を野生型PDT遺伝子に置換し、野生型PDT遺伝子を過剰発現するpUBPDT298S(図13)を作製した。
2)pUBPDT298IおよびpUBPDT298Sを導入したイネ形質転換体の作製
次に、アグロバクテリウム法を用いて、変異型PDT遺伝子形質転換体を作製した。イネ種子(品種:日本晴)の胚盤由来カルスに、pUBPDT298IベクターまたはpUBPDT298Sベクターを持つアグロバクテリウムEHA101を感染させた。形質転換された細胞を、ハイグロマシン40mg/Lにより選抜した。
〔実施例6〕選抜カルスにおける導入遺伝子の確認と5MT抵抗性試験
実施例5において、ハイグロマイシン抵抗性を示した形質転換カルス(形質転換細胞)からゲノムDNAを抽出し、導入遺伝子であるPDT遺伝子(cDNA)ならびにハイグロマイシン耐性遺伝子を、PCRにより確認した。そして、変異型PDP遺伝子が導入された形質転換カルス、および、野生型PDP遺伝子が導入された形質転換カルスを、それぞれ、12系統ずつ選抜し、選抜した形質転換カルスを150μMの5MTを含む培地に移植して抵抗性試験を行った。
図14は、各形質転換カルスの抵抗性試験の結果を示す図である。図15は、5MTを含む培地で培養した、各形質転換カルスを示す図である。なお、図15において、A〜Dは、それぞれ独立した形質転換カルス系統である。
図14および図15に示されるように、変異型PDT遺伝子を過剰発現した形質転換カルス(pUBPDT298I)のみで、5MTに対する抵抗性が認められた。また、これらの形質転換カルスは、プロファイリング等を含めた以後の分析のために維持すると共に、再分化個体の獲得を試みた。
〔実施例7〕形質転換カルスにおける導入遺伝子の発現解析
各形質転換体それぞれ12系統における導入遺伝子の発現レベルをノーザンブロットにより解析した。図16は、ノーザンブロットの結果を示す図である。PDT遺伝子cDNAのN末端領域に相当する部分をプローブに用いてノザンブロットを行った結果、全ての形質転換カルスにおいて導入遺伝子の過剰発現が認められた。
〔実施例8〕形質転換カルスのアミノ酸分析
変異型PDT遺伝子が導入された形質転換カルス(変異型形質転換体)3系統(M47, M50, M71)、野生型PDT遺伝子が導入された形質転換カルス(野生型形質転換体)2系統(WT17, WT24)、農林8号のカルス、およびMTR1変異体系統(突然変異体)のカルスにおけるアミノ酸分析を行った。
図17(a)〜図17(c)は、そのアミノ酸分析の結果を示すグラフである。図17(a)〜図17(c)に示すように、本実施例では、3種の芳香族アミノ酸(フェニルアラニン(図17(a)、トリプトファン(図17(b))、チロシン(図17(c)))を、LC‐MSを用いて定量した。
その結果、変異型形質転換体とMTR1変異体とは、農林8号に比べ、フェニルアラニンとトリプトファンが数十倍増加した。一方、野生型形質転換カルス2系統に関しては、フェニルアラニンならびにトリプトファンの増加は認められなかった。
〔実施例9〕形質転換カルスにおける二次代謝産物(フェニルプロパノイド)の分析
次に、形質転換カルスの二次代謝産物を分析した。図18は、分析により特定した二次代謝産物の化学構造を示す図である。図18の化合物4,6,7,8は、植物では初めて同定された化合物である。
図19は、変異型形質転換体(PDTM47),MTR1変異体(MTR1−1),および農林8号(N8)の各カルスの二次代謝産物の分析結果を示すチャートである。図20は、各カルスについて、6’−マロニルロジンの定量分析の結果を示すグラフである。なお、図19における「1〜8」は、図18の化合物番号に対応している。
図18の化合物群のうち、MTR1変異体では7種のフェニルプロパノイド化合物(ロジン,6’−マロニルロジン,2’β-グルコシルロジン,2’β-グルコシル−6’−マロニルロジン,γ−グルタミルフェニルアラニン,グリコシルベンジルアルコール,フェルロイルキナ酸)と、1種のインドール化合物が増加していることが明らかとなった。
変異型形質転換体についても、MTR1変異体と同様のプロファイリング結果が認められた(図19)。
また、各カルスについて、6’−マロニルロジンを分析したところ、変異型形質転換体のみに、顕著な増加が認められた(図20)。
〔実施例10〕変異型PDT遺伝子の葉緑体への移行の確認
変異型PDT遺伝子のcDNAを、小麦胚芽の無細胞タンパク質合成系を用いてタンパク質を合成した。次に、エンドウから単離した葉緑体と無細胞系で35SによりラベルしたPDTホモログとを用いて、葉緑体移行試験を行った。図21(a)および図21(b)は、この葉緑体移行試験結果を示す図である。
図21(b)に示すように、合成されたタンパク質をサーモリシンプロテアーゼで処理すると、葉緑体内部に移行していないタンパク質(Pre−N5PDT)は分解されるが、葉緑体内部に移行したタンパク質(transit-peptideが切断された成熟タンパク質;Mature−N5PDT)は分解されない。つまり、このPDTホモログは、図21(a)に示すように、葉緑体に移行して機能するタンパク質である。
〔実施例11〕クローニングした変異型PDT遺伝子のコムギ無細胞系によるタンパク合成
変異型PDT遺伝子のcDNAを、小麦胚芽の無細胞タンパク質合成系を用いてタンパク質を合成し、14Cでラベルしたタンパク質を検出した。図22(a)は14Cでラベルしたタンパク質を検出した結果を示しており、図22(b)はhis-tagタンパク質の精製を示す図である。
図22(a)に示すように、totalとsupのバンドの濃さがほぼ同じであるので、合成されたタンパク質の可溶性が高いことがわかる。この際に、N末端の葉緑体移行シグナル領域42アミノ酸残基を削ったタンパクを合成している。これは、葉緑体移行実験の結果から推測したサイズで、活性測定にはN末端を削ったものを使用した。図22(b)のように精製されたhis-tagタンパク質は、以下の活性測定に使用した。
〔実施例12〕his-tagタンパク質の酵素活性
実施例11で精製したhis-tagタンパク質(変異型および野生型)について、酵素活性およびフィードバック阻害効果を測定した。図23(a)は、野生型PDTおよび変異型PDTのプレフェン酸デヒドラターゼ活性を示すグラフであり、図23(b)は野生型PDTおよび変異型PDTのフェニルアラニンによるフィードバック阻害効果を測定したグラフである。
図23(a)に示すように、若干弱いながらもプレフェン酸デヒドラターゼ活性が認められる。通常の活性測定の状態では、両者にほとんど違いは見られない。
図23(b)に示すように、野生型PDTにおいてはフェニルアラニンにより濃度依存的に阻害が起きているが、変異型PDTでは野生株に比べフェニルアラニンに対して非感受性になっている。
以上のように、変異型PDT遺伝子は、フェニルアラニンによるフィードバックレギュレーションサイトと考えられる部分に変異が挿入されることにより、(a)フェニルアラニンとトリプトファンが増加すること;および(b)このトリプトファンの増加がMTR1変異体における5MT抵抗性をもたらすことが示唆された。さらに、(c)フェニルアラニンの増加により、フェニルプロパノイド等の二次代謝産物の生合成量を増大できることも示された。それゆえ、変異型PDT遺伝子を過剰発現させた形質転換体(形質転換植物)は、フェニルプロパノイド化合物を増大するために利用が可能である。例えば、ダイズなどのマメ科植物に、変異型PDT遺伝子を導入することによって、フラボノイド(イソフラボン)やビタミンEといった機能性成分含量をコントロールすることが期待される。