まず、本発明の免疫染色法について概略を説明すれば、以下のようになる。
基本的には、本発明の免疫染色法は、固定標本切片中の標本について内因性ペルオキシダーゼ活性を抑制する工程と、抑制された標本を親水化する工程と、親水化した標本の抗原性を回復する工程と、前記標本の一部と一次抗体とを結合させる工程と、からなる免疫染色方法であって、前記抗原性を回復する工程として、酵素処理、又は熱処理から選択される少なくとも1種の処理を行うことによって特徴付けられる。
なお、抗原性を回復するための抗原回復処理は、必須ではないが、抗原の抗原性をより高め、ひいては、目的抗原を検出しやすくするのに用いられる。なお、工程中に、適宜洗浄、非特異反応抑制処理を行うことにより、一層高感度な検出が可能となる。
本発明の免疫染色法は、固定標本切片中の標本、特に、抗原、特異な抗原を有する細胞又は組織を検出することが可能である。ここで、固定(パラフィン包埋)標本切片について説明すると、固定(パラフィン包埋)標本とは、生物組織から切り出され、固定化された標本のことで、例えば、10%緩衝ホルマリン液等で化学固定され、濃度が漸増するエタノール溶液系列で水分が除かれ、100%キシレン等で浸透され、60℃前後の溶解したパラフィン等の溶液で浸透され、低温下でパラフィン等で固化された標本をいう。固定(パラフィン包埋)標本切片は、通常、薄切装置で作成されたその標本の3ミクロン前後の厚さの切片で、適切に処理されたスライドに貼付されている。固定組織パラフィン標本切片が免疫染色に供される時には、100%キシレンに浸透することでパラフィンを除き、100%エタノールでそのキシレンを置換した後に、リン酸緩衝液等に浸透して、親水化される。
内因性ペルオキシダーゼ活性の抑制は、化学固定やその後の組織の処理でも活性を失わない組織中の細胞の有するペプオキシダーゼの活性を抑制するものであり、たとえば、以下の処理を行なう。固定組織パラフィン標本切片から100%キシレンでパラフィンを除き、キシレンを100%エタノールで除いた後に、0.03〜1%過酸化水素メタノール溶液に10〜30分間浸すか、固定組織パラフィン標本切片を親水化した後に、1〜5%過酸化水素含有0.01Mリン酸緩衝食塩水pH7.2に5〜10分間浸す。これは、ダコサイトメーション社から供給されているCSAキットにも含まれている。
本発明の好ましい実施態様において、前記標本の一部と一次抗体とを結合させる工程後、さらに、反応した抗体を検出する際に、ポリマー法を用いる。
ポリマー法としては、特に限定されることはない。例えば、ポリマーを担体として酵素(HRPなど)と抗体(蛋白)の複合体で、高感度に特異抗体で標識される物質の検出が可能となる。
また、ポリマー法のうち、超高感度で検出可能なものとして、固定標本切片中の抗原を検出する超高感度の免疫組織化学的染色方法による抗原の検出方法であって、前記抗原と一次抗体とを結合させて、二次抗体及び西洋ワサビぺルオキシダーゼを含むポリマー複合体と、前記結合した一次抗体とを結合させて、前記西洋ワサビぺルオキシダーゼによる標識タイラマイドの沈着反応の標識物を可視化することによって、抗原を検出する方法も有効である。かかるポリマー法によれば、目的とする抗原以外の非特異的結合物質をも染色され、ひいては目的とする抗原として最終的に検出されてしまうという従来の問題点を解消することが可能である。
ここで、ポリマー法の中でも特殊な超高感度染色法を併用した場合について説明すれば、以下のようになる。免疫組織化学的染色法で形成され光学顕微鏡下で識別される産物の概念図を図16に示す。従来のsABC法とCARDと沈着したビオチン化タイラマイドの可視化による超高感度の免疫組織化学的染色法で産生される光学顕微鏡で識別される産物は、抗原、一次抗体、ビオチン化二次抗体、HRP標識ストレプトアビチンで形成される複合体の周囲にCARDで沈着したビオチン化タイラマイドとそれを標識したHRP標識ストレプトアビチンとそのHRPの呈色産物(ジアミノベンチジン)から構成される。
一方、超高感度の免疫組織化学的染色の産物は、抗原、一次抗体、二次抗体とHRPとポリマーで形成される複合体の周囲にCARDで沈着したビオチン化タイラマイドとそれを標識したHRP標識ストレプトアビチンとそのHRPの呈色産物(ジアミノベンチジン)から構成される。この方法の1つの特徴として、二次抗体として、ビオチン化していないものを使用した点にある。これは、ビオチン化した二次抗体を用いると検出反応が余分に生じ、工程が増えるということ、当該ビオチン化二次抗体のビオチンによって非特異反応が生じること、からである。すなわち、ビオチン化二次抗体を用いない場合には、工程が簡略化され、さらには、抗原の検出感度に影響を及ぼす非特異反応を抑制するという利点を有する。
この方法においては、固定組織標本切片中の抗原と一次抗体とを結合させて、二次抗体と西洋ワサビぺルオキシダーゼとのポリマー複合体と、前記結合した一次抗体とを結合させて、前記西洋ワサビぺルオキシダーゼによる標識タイラマイドの沈着反応の標識物を可視化することによって、抗原を検出する。ここで、二次抗体及び西洋ワサビぺルオキシダーゼを含むポリマー複合体を用いたのは、上述のように従来のビオチン化二次抗体によるビオチンの使用による弊害を除去しようとするものである。西洋ワサビペルオキシダーゼによる標識タイラマイドの沈着反応については、常法により、特に限定されるものではない。
また、沈着反応の標識物は、免疫染色された標本の観察に光学顕微鏡、蛍光顕微鏡、又はレーザー共焦点顕微鏡などが用いられるという観点から、可視化できる物質が好ましい。また、好ましい実施態様において、前記可視化することができる物質が、ビオチン、蛍光物質の少なくとも一つを含むものを挙げることができる。また、蛍光物質としては、フルオレスセンス・イソチアネ−を挙げることができる。
また、好ましい態様において、前記ポリマー複合体と前記結合した一次抗体との反応前、前記ポリマー複合体と前記結合した一次抗体との反応後、または、前記標識タイラマイドの沈着反応前に、非特異反応を抑制する処理を行うことができる。このような非特異反応抑制処理により高感度な検出が可能となる。それぞれ、前記ポリマー複合体と前記結合した一次抗体の反応の前での非特異的反応を抑制する処理は、一次抗体を抗原として二次抗体の特異な抗原抗体反応のみを反応産物として残し、後者は標識タイラマイドの異化反応を生じる部位をポリマー複合体の西洋ワサビペルオキシダーゼ存在部に限定し、異化標識タイラマイドの沈着を西洋ワサビペルオキシダーゼ存在部に限局させるという観点からである。
ここで、非特異反応抑制処理とは、広く、一次抗体と、非特異反応結合物質との結合を抑制する処理を意図し、このような作用があれば、特に限定されるものではない。このような非特異反応抑制処理として、例えば、カゼインによる処理、二次抗体と同種の動物血清、スキンミルク乃至ノンファットミルク、からなる群から選択される少なくとも1種を挙げることができる。スキンミルク、ノンファットミルクは、特に血清中の酵素等の活性を避ける為にも用いることができる。
また、カゼイン処理を、0.025〜2.5%の範囲のカゼインを含む溶液により行なうことが好ましい。このような範囲としたのは、さらに好ましくは、0.1〜1.0%の範囲、最も好ましくは、0.25%±0.1%である。
また、後述する細胞増殖、幹細胞、又は細胞死などの評価を行なう場合には、抗体希釈液に、1〜3%ウシ血清アルブミン0.1%界面活性剤添加溶液を使用して、一次抗体反応、ポリマー法を適用し、タイラマイド試薬のCARD反応前の非特異反応抑制には、1〜5%ウシ血清アルブミン0.1%界面活性剤添加溶液での15分間の反応を行うことが、非特異反応を抑制し、特異反応を抑制しないという観点から好ましい。
また、酵素処理としては、トリプシン、プロナーゼ、プロテイナーゼKからなる群から選択される少なくとも1種の酵素による処理を挙げることができる。このような酵素処理を行うことにより、従来では困難とされていた通常のヒト組織標本での細胞増殖、幹細胞、細胞死などの免疫組織化学的評価をより効率的に行なうことが可能となる。
酵素処理の処理時間は、特に限定されるものではないが、抗原の局在の保持と細胞と組織の構造破壊を避けるという観点から、5〜20分間行うことが好ましい。
また、熱処理としては、抗原回復の至適pHの観点から、クエン酸緩衝液又はEDTA溶液のいずれかの溶液に標本を浸漬して、加熱する処理を挙げることができる。好ましい態様において、各抗原の抗原回復の至適pHを考慮して、クエン酸緩衝液のpHが、6〜8、また、好ましくは、EDTA溶液のpHが、9〜10である。
次に、本発明の細胞増殖、幹細胞、又は細胞死の評価方法について説明する。本発明の評価方法は、上述した本発明の免疫染色法を用いて、細胞増殖、幹細胞、又は細胞死の評価を行なうことによって特徴付けられる。
ヒト病理組織の細胞構築を成り立ちと崩壊、すなわち、構成細胞の幹細胞からの増殖分化と細胞死、の面から組織細胞の定常性を理解することは、増殖病変や変性病変の病理形態形成を理解するのに有用である。
そして、構成細胞の幹細胞からの増殖分化は、組織に存在する増殖細胞を標識する方法で組織の中での細胞の供給の場を見出すことが出来、また、幹細胞を標識する方法で、組織の幹細胞の組織中の存在部位と骨髄や間質から供給される幹細胞の動態を知ることが出来る。
細胞死には、細胞外環境から細胞死に陥る壊死と呼ばれるものとプログラムされた(細胞の自律的な)細胞死があるが、プログラムされた細胞死 (Programmed cell death) は、発生における特異な四肢の指、器官、組織の特異な形態形成に関与していることが報告されている他に、定常的な組織構築の維持や老化ないし異常細胞の除去等に機能していることが知られている。従来、プログラム細胞死としては、アポプトーシス (Apoptosis)が注目されて来たが、近年、自己貪食細胞死 (Autophagic cell death) がプログラム細胞死の一つであり、神経変性疾患での神経細胞の死の特徴であることも示唆されている。
本発明の評価方法によれば、ヒト組織の形態維持、老化、異常細胞の除去におけるプログラム細胞死などを理解することが可能である。すなわち、本発明の免疫染色法を用いた本発明の評価方法では、通常の固定パラフィン標本切片を用いて細胞増殖、幹細胞、アポプトーシス、自己貧食細胞死を標識化することが可能となり、ひいては、これらの評価を可能とする。
本発明の評価方法の好ましい態様において、一次抗体が、CD117、Beclin-1,CD133からなる群から選択される少なくとも1種である。これは、CD117抗体を本発明の免疫染色法に用いると、多分化能幹細胞から組織幹細胞への分化途上の細胞を標識することが出来、組織幹細胞の供給の評価が可能だからである。
また、Beclin-1を本発明の免疫染色法に用いると、自己貪食ないし自己貪食細胞死を示す細胞を標識することが出来、細胞の自己貪食の様相を評価可能だからである。
また、CD133を本発明の免疫染色法に用いると、分泌に関与する膜成分を標識出来、自己貪食ラーソゾームの形成後の自己貪食成分の排泄ないし分泌の評価が可能だからである。
すなわち、本発明の評価方法によれば、CD117抗体の抗原回復での通常の免疫染色法による染色が、骨髄ないし間質の多分化能幹細胞から組織幹細胞への分化段階を標識すること、2) Beclin-1抗体のproteinae K酵素処理後の我々の開発した超高感度染色法による染色が、自己貪食・自己貪食細胞死に陥った細胞を標識すること、3) CD113のproteinae K酵素処理後の我々の開発した超高感度染色法による染色が、自己貪食空胞の分泌を標識することが可能である。
本発明の評価方法を利用すれば、さらにKi-67抗原抗体、CD117抗体、cleaved caspase-3抗体、Beclin-1抗体、CD133抗体の抗体パネルによるそれぞれに特異な抗原回復方法と免疫染色方法の組み合わせで、ヒト組織(病理組織)切片で、組織中の細胞の増殖、幹細胞の動態、アポプトーシス、自己貪食・自己貪食細胞死を評価でき、正常と病態の組織形成を理解できる。
以下、本発明の一態様を実施例を用いて具体的に説明するが、本発明が、下記実施例に限定して解釈されることを意図するものではない。
実施例1
まず、本発明の免疫染色法を用いて、切除胃の健常部の常法で作成された胃粘膜標本切片での胃粘膜上皮の増殖、幹細胞、細胞死の組織化学的検討を行った。
<検索にも用いた材料>
本実施例では、胃癌の為に切除された胃標本の健常部分を、切除後、少なくとも3日は10%ホルマリン溶液ないし緩衝10%ホルマリン溶液中で固定された後に、顕微鏡用標本用に切り出され、水洗による脱ホルマリン処理後に、上昇エタノール系列で脱水され、エタノールをキシレンで置換し、キシレンをパラフィンで置換した後に、パラフィン包埋標本が作成されたものである。
作成された上記のパラフィン包埋標本をマイクロトームで3から5ミクロン厚の切片にして、処理スライドグラスに添付された。これを標本切片と呼ぶ。
処理スライドグラスとは、シランスライドであり、3-アミノプロピルトリエトキシシランの2mlをアセトン98mlに溶解して2%溶液として、スライドグラスを5秒程度浸潤し、その後、アセトンを通して水洗し、37℃で一晩乾燥させたものである。
作成された10例の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、水洗し親水化して、ヘマトキシリン・エオジン染色を施し、顕微鏡で観察した。
ヘマトキシリン・エオジン染色の結果は、図1に示す様に、2例がほぼ正常の胃底腺粘膜(図1a)であり、6例がピロリー菌感染を認める炎症を示す胃底腺粘膜(図1b)であり、2例が腸上皮化生を示す胃粘膜(図1c)であった。
<用いた一次抗体>
この検索に用いた抗体は、増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体、血管内皮細胞並びに幹細胞を標識するCD34抗体、胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体、幹細胞や神経幹細胞を標識するCD133抗体、アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体、アポプトーシスの結果核のニ本鎖から一本鎖に異化されたDNAに対する抗一本鎖DNA抗体、大食細胞を標識するCD68抗体、ライソゾームの酵素であるムラミダーゼに対する抗体、細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体を用いた。
増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体は、DakoCytomation社のMIB-1抗体(M7240)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
血管内皮細胞並びに幹細胞を標識するCD34抗体は、DakoCytomation社のQBEnd 10抗体(M7165)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体は、Novocastra Laboratories Ltd.社のNCL-CD117抗体を用い、抗体希釈液で1:40に希釈して一次抗体溶液とした。
幹細胞や神経幹細胞を標識するCD133抗体は、TECHNE Co. 社の431133抗体(clone 170411)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体は、Cell Signaling社のAsp175抗体(5A1)を用いて、抗体希釈液で1:200に希釈して一次抗体溶液とした。
アポプトーシスの結果核のニ本鎖から一本鎖に異化されたDNAに対する抗一本鎖DNA抗体は、DakoCytomation社のA4506抗体で、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
大食細胞を標識するCD68抗体は、DakoCytomation社のPG-M1抗体(M0876)で、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
ライソゾームの酵素ムラミダーゼに対する抗体は、DakoCytomation社のA099抗体で、抗体希釈液で1:500に希釈して一次抗体溶液とした。
細胞死遺伝子産物Beclin-1に対する抗体は、Santa Sruz Biotechnology, Inc.社のH-300抗体(Sc-11427)で、抗体希釈液で1:50に希釈して、一次抗体溶液とした。
抗体希釈液には、DakoCytomation社のAntibody Diluent (ChemMate) (S2022)ないし2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液を用いた。
2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液は、牛血清アルブミン(Bovine serum albumin: BSA)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に2%の割合で加え、溶解するまで待って、攪拌し、0.01%の割合で界面活性剤(Triton X-100ないしtween20)を添加する。
0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2は、リン酸水素ニナトリウム・12水和物28.7gとリン酸二水素ナトリウム・二水和物3.3gと塩化ナトリウム85.0gをイオン交換水10Lに溶解して作成する。
<脱パラフィンと内因性ペルオキシダーゼ活性の抑制>
上記の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、0.3%過酸化水素メタノール溶液に30分間浸潤して、内因性ペルオキシダーゼを不活化し、0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に浸して親水化する。
<抗原回復処理>
抗原回復処理を行う。標識する抗原により抗原回復処理方法と検出方法が異なる。
増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体を用いる場合には、親水化した標本切片を0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
0.01M citrate buffer pH 6.0溶液は、DakoCytomation社のChemMate Terget Retrieval Solution (ダコChemMate抗原賦活用クエン酸緩衝液、10倍濃度、S2031)のイオン交換水での10倍希釈溶液を用いた。
血管内皮細胞並びに幹細胞を標識するCD34抗体を用いる場合には、親水化した標本切片を0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法あるいは超高感度法で検出した。
胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体を用いる場合には、親水化した標本切片をEDTA溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法あるいは超高感度法で検出した。
EDTA溶液は、DakoCytomation社のAntigen Retrieval Reagent high pH, (S3307, 10倍濃縮液)のイオン交換水での10倍希釈溶液を用いた。
幹細胞や神経幹細胞を標識するCD133抗体を用いる場合には、0.01M citrate buffer pH 8.0溶液中で、オートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法あるいは超高感度法で検出した。
0.01M citrate buffer pH 8.0溶液は、クエン酸一水和物3.783gとクエン酸三ナトリウム二水和物24.116gを800mlのイオン交換水に溶解し、1N水酸化ナトリウム溶液でpH 8.0に調整して、最終濃度が1%になるように界面活性剤NP-40を添加し、イオン交換水を加え、1Lにしたものを10倍濃度溶液として、イオン交換水での10倍希釈溶液を用いた。
アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体, 親水化した標本切片をEDTA溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法あるいは超高感度法で検出した。
アポプトーシスの結果核のニ本鎖から一本鎖に異化されたDNAに対する抗一本鎖DNA抗体を用いる場合には、proteinase K溶液で10分間室温で処理し、ポリマー法で検出した。
proteinase K溶液は、Takara Bio Co社の溶液状試薬(Code No. 9033)を用いて、0.05 M TBS pH 7.2溶液で最終濃度を200μg/mlとした溶液を用いた。
0.05 M TBS pH 7.2溶液は、トリス塩基121.1gをイオン交換水800mlに溶解し、70mlの塩酸を加えて、オートクレーブ処理し、室温に冷却してから、1N塩酸ないし1N水酸化ナトリウム溶液でpH 7.4の調整し、イオン交換水を1Lになるように加えたものを1Mトリス溶液とし、塩化ナトリウム292.2gを800mlのイオン交換水に溶解してオートクレーブ処理してイオン交換水を加えて1Lにしたものを5M塩化ナトリウム溶液として、1Mトリス溶液を500mlと5M塩化ナトリウム溶液360mlにイオン交換水を10Lになるまで加えたものを用いた。
大食細胞を標識するCD68抗体を用いる場合には、親水化した標本切片を0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
ライソゾームの酵素であるムラミダーゼに対する抗体を用いる場合には,親水化した標本切片を0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体を用いる場合には、0.01M citrate buffer pH 8.0溶液中で、オートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法あるいは超高感度法で、あるいは、proteinase K溶液で10分間室温で処理し超高感度法で検出した。
<ポリマー法>
ポリマー法は、35℃に加熱した0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液を洗浄液に用い、自動免疫染色装置(DakoCytomation社のDako autostainer)を用いて行った。
ポリマー法の自動免疫染色装置でのプロトコールは以下のものである。 1) 抗原回復処理された標本切片を自動免疫染色装置にセットする。 2) TBSTで洗浄、2回 3) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 4) 一次抗体反応、1時間 5) TBSTで洗浄、3回 6) ポリマー試薬反応、30分間 7) TBSTで洗浄、3回 8) DAB過酸化水素反応による呈色反応、10分間 9) イオン交換水で洗浄、1回 10) ヘマトキシリン溶液で核染色、2分間 11) イオン交換水で洗浄、1回 12) 標本切片を自動染色装置から外し、10分間の冷風による風乾後に、100%エタノール、キシレンを通して、封入する。
0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液は、トリス塩基121.1gをイオン交換水800mlに溶解し、70mlの塩酸を加えて、オートクレーブ処理し、室温に冷却してから、1N塩酸ないし1N水酸化ナトリウム溶液でpH 7.4の調整し、イオン交換水を1Lになるように加えたものを1Mトリス溶液とし、塩化ナトリウム292.2gを800mlのイオン交換水に溶解してオートクレーブ処理してイオン交換水を加えて1Lにしたものを5M塩化ナトリウム溶液として、1Mトリス溶液を500mlと5M塩化ナトリウム溶液360mlにイオン交換水を10Lになるまで加えた0.05 M TBS pH 7.2溶液に、0.1%の割合で界面活性剤(tween20)を添加したものである。TBSTと呼ぶ。
3%BSA 0.1% tween20 PBSは、牛血清アルブミン(Bovine serum albumin: BSA)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に3%の割合で加え、溶解するまで待って、攪拌し、0.01%の割合で界面活性剤(Triton X-100ないしtween20)を添加する。
ポリマー試薬は、二次抗体と西洋ワサビペルオキシダーゼがポリマーに標識された試薬で、DakoCytomation社のChemMate ENVISIONキットのポリマー試薬を用いた。
DAB過酸化水素反応による呈色反応は、西洋ワサビペルオキシダーせの過酸化水素を基質としたDAB(ジアミノベンチジン)の異化沈着反応であり、DakoCytomation社のDAB+(33’-ジアミノベンチジンテトラヒドロクロライド)液状試薬(K3464)を用いた。
ヘマトキシリン溶液は、DakoCytomation社のChemMateヘマトキシリン(S2020)も用いた。
<超高感度法>
超高感度法は、35℃に加熱した0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液を洗浄液に用い、自動免疫染色装置(Dakocytomation社のDako autostainer)を用いて行った。
超高感度法の自動免疫染色装置でのプロトコールは以下のものである。 1) 抗原回復処理された標本切片を自動免疫染色装置にセットする。2) TBSTで洗浄、2回。 3) proteinase Kによる抗原回復法を行う場合には、proteinase K溶液反応、10分間後に、TBSTで洗浄、3回を行う。4) 3%過酸化水素PBS溶液で処理、5分間 5) TBSTで洗浄、3回 6) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 7) 一次抗体反応、15分間 8) TBSTで洗浄、3回 9) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 10) ポリマー試薬反応、15分間 11) TBSTで洗浄、3回 12) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 13) ビオチン化タイラマイド試薬反応、15分間 14) TBSTで洗浄、2回 15) ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬反応、15分間 16) TBSTで洗浄、2回 17) DAB過酸化水素反応による呈色反応、4分間 18) イオン交換水で洗浄、1回 19) ヘマトキシリン溶液で核染色、2分間 20) イオン交換水で洗浄、1回 21) 標本切片を自動染色装置から外し、10分間の冷風による風乾後に、100%エタノール、キシレンを通して、封入する。
3%過酸化水素PBS溶液は、濃縮過酸化水素水(30%濃度)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2溶液で10倍に希釈した溶液である。
ビオチン化タイラマイド試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の増幅試薬を用いた。
ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の酵素標識試薬を用いた。
以上の評価の結果、以下のような点が判明した。
<増殖細胞を標識するKi67抗原の免疫染色>
ほぼ健常部の粘膜では、抗Ki67抗原抗体で標識された核を有する細胞は胃線の頸部と峡部に見られた(図2a)。
ピロリー菌感染を伴う炎症を示す粘膜では、抗Ki67抗原抗体で標識された核を有する細胞は、延長した峡部に線状に並んで見られ、表層腺上皮の押し上げ成長様式を示唆し、その他に、粘膜附属リンパ装置の胚中心とその辺縁域に見られ、また、散在性に胃底腺領域の腺上皮に見られて、胃底腺上皮の抜きつ抜かれつの成長様式を示唆した(図2b)。
腸上皮化生を示す腺では、抗Ki67抗原抗体で標識された核を有する細胞は、腺底部に見られた(図2c)。
<胃線上皮の幹細胞の免疫染色>
胃線上皮の幹細胞の免疫染色に用いた抗体は、CD34,CD117,CD133であり、乗法で作成された骨髄穿刺吸引液凝集標本と末梢血組織標本で、これらの抗体が幹細胞を標識するか否かの検討を行った。
<CD34,CD117,CD133のコントロール検索の結果>
CD117は、乗法で作成された標本切片で、EDTA溶液中でオートクレーブで熱による抗原回復後のポリマー法で骨髄の幹細胞を標識した(図3b1)が末梢血中の幹細胞は標識しなかった(図3b3)。CD117は、EDTA溶液中でオートクレーブで熱による抗原回復後の超好感度法では、骨髄で幹細胞と造血細胞を非常に強く標識した(図3b2)が、末梢血中幹細胞は標識しなかった(図3b4)。
CD34は、0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで抗原回復後のポリマー法では、骨髄の血管内皮(図3a1)と幹細胞と末梢血中の幹細胞を標識(図3a3)し、超高感度法では、骨髄では更に造血細胞を標識した(図3a2)。
CD133は、0.01M citrate buffer pH 8.0溶液中で、オートクレーブで抗原回付後のポリマー法では、骨髄と末梢血の幹細胞を始め何の細胞も標識しなかった(図3c1、3c3)が、超高感度法では、骨髄の幹細胞と造血細胞(図3c2)と末梢血中の幹細胞を標識した(図3c4)。
従って、CD34、CD117、CD133は、常法で作成された標本切片でも幹細胞を標識できることが明らかになった。
CD117の抗原回復後のポリマー法で、ピロリー菌感染を伴う炎症のある粘膜の胃底腺の頸部とその周囲に、標識された細胞を認めた(図4aとb)。胃底腺領域では、僅かな細胞が標識された(図4c)。腸上皮化生を示す腺では腺底部に標識された細胞を認めた(図4d)。
これらの所見は、CD117の抗原回復後のポリマー法で、胃粘膜上皮の幹細胞の一部を標識できることを示唆した。
CD117の抗原回復後の超高感度法で、全層の腺上皮が顆粒状の陽性所見を示して、特異的に標識された細胞を同定することが出来なかった。
CD34の抗原回復後のポリマー法では、胃粘膜の血管内皮のみが標識され、間質幹細胞は同定出来なかった。
CD34の抗原回復後の超高感度法で、ほぼ正常の胃粘膜では、血管内皮と間質の紡錘形細胞以外に、胃底腺上皮が非常に淡い染色像を示し、峡部の紡錘形をした上皮が陽性所見を示した(図4e)。
CD34の抗原回復後の超高感度法で、ピロリー菌感染を伴う炎症のある粘膜では、腺窩上皮や腸上皮化生した腺上皮は染まらなかったが、胃底腺は明らかな陽性像を示した(図4fとg)。
CD133の抗原回復後のポリマー法では、何らの細胞も標識されなかった。
CD133の抗原回復後の超高感度法では、胃底腺が明らかに染色された(図4h)。
従って、幹細胞を標識するCD117、CD34、CD133は、胃標本切片では、CD117の抗原回復後のポリマー法が幹細胞を標識するのに適していること、CD34とCD133は痕跡量で胃底腺上皮に存在することが示唆された。
しかし、ほぼ正常部の胃底腺粘膜ではCD117で標識される細胞を認めなかったことから、固有の組織中の胃粘膜上皮の幹細胞はCD117で標識されずに、骨髄や間質の幹細胞に由来する胃粘膜上皮の幹細胞がCD117で標識されている可能性が高いことが予想される。
<ムラミダーゼ(リゾチーム)とCD68の免疫染色>
ムラミダーゼ(リゾチーム)の抗原回復後のポリマー法で、ほぼ正常の胃粘膜では、頸部から表層の腺上皮が強い陽性像を示した(図5a)。
ムラミダーゼ(リゾチーム)の抗原回復後のポリマー法で、ピロリー菌感染を伴う炎症を示す粘膜では、全層の腺上皮が強い陽性像を示した(図5b)。
このほぼ正常と炎症を示す粘膜でのムラミダーゼ(リゾチーム)の発現の相違は、後記する胃底腺上皮の自己貪食細胞死の前の自己貪食機能の亢進による自己貪食ライソゾームの活性を示唆すると考えられる。
CD68の抗原回復後のポリマー法では、胃粘膜の間質には少数の陽性細胞(マクロファージ、大食細胞)を認めたが、腺腔には陽性細胞を認めなかった。また、腸上皮化生した腺上皮はCD68を細胞質と腺腔面の細胞膜に発現していた(図5c)。
<ssDNAとcleaved caspaseの抗体によるアポプトーシス検出の免疫染色>
抗ssDNA抗体のproteinase K消化による抗原回復後のポリマー法でのほぼ正常の胃粘膜上皮のsDNAの検出では、全層の腺上皮の核が標識され、胃底腺領域上部の壁細胞の分布領域の細胞は細胞質に淡い染色像を示した(図6a)。
この染色結果は、切除胃の常法で作成された標本切片でのアポプトーシスを検出方法として抗ssDNA抗体を用いた免疫組織化学的検出方法は適切でないことを示唆し、胃底腺の壁細胞の有する塩酸により壁細胞の核DNAは加水分解されて細胞質に拡散していることが示唆された。
抗cleaved caspase-3抗体を用いて、抗原回復後のポリマー法による染色では、ほぼ正常な胃粘膜標本では、表層上皮の極少数の細胞が標識された。胃底腺領域の上皮に標識されるものは無かった(図6b)。
抗cleaved caspase-3抗体を用いて、抗原回復後の超高感度法による染色では、ポリマー法で標識された細胞は更に強く標識され、他の胃底腺上皮は淡く、また、胃底腺領域では壁細胞は強くその他の細胞は普通に標識された(図6c)。
ポリマー法と超高感度法での抗cleaved caspase-3抗体による染色像の相違は、1)一定量の機能しないレベルでcleaved caspase-3は胃底腺上皮には存在し、2)caspase-3は壁細胞の塩酸にて分解を受けて、結果として、超高感度法では強く壁細胞が標識されたと考えられる。従って、抗cleaved caspase-3抗体を用いてアポプトーシスに陥った細胞を標識するには、抗原回復後のポリマー法での検出が最適な方j法であることが示唆される。
<抗cleaved caspase-3抗体の抗原回復後のポリマー法によるピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜と腸上皮化生を示す胃粘膜の標本切片の検索>
抗cleaved caspase-3抗体の抗原回復後のポリマー法によるピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜では、表層上皮と頸部の細胞の中に標識される細胞を認めた(図7aとb)。
この胃底腺の頸部の抗cleaved caspase-3抗体に標識された細胞のアポプトーシスは、ピロリー菌感染を伴う炎症により誘導されたものと考えられる。
<抗cleaved caspase-3抗体の抗原回復後のポリマー法による腸上皮化生を示す胃粘膜標本切片の検索>
腸上皮化生を示す腺上皮の表層部に、抗cleaved caspase-3抗体の抗原回復後のポリマー法で標識される細胞を多く認めた(図7c)。
<抗Beclin-1抗体による自己貪食・自己貪食細胞死の免疫染色による検出>
抗Beclin-1抗体による抗原回復後のポリマー法によるほぼ正常の胃粘膜標本切片の染色では、明らかに標識される細胞を認めなかった。しかし、proteinase K消化による染色では、極々淡い染色像を部分的に認めた。
抗Beclin-1抗体による0.01M citrate buffer pH 8.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理による抗原回復後の超高感度法では、胃底腺領域の上皮が標識され、特に、壁細胞が強く標識された(図8b)。
抗Beclin-1抗体によるproteinase K消化による抗原回復後の超高感度法では、上記の0.01M citrate buffer pH 8.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理による抗原回復による場合よりも淡い標識であるが細胞質と核の標識像を区別できる染色像を示した(図8a)。
この抗原回復方法の違いによるBeclin-1の標識像の相違は、熱処理による抗原回復では壁細胞の塩酸により抗原回復に差が生じてしまい、熱処理による抗原回復処理は残留塩酸濃度を反映し、間接的な壁細胞の塩酸濃度評価を標本切片で行える方法であるが、Beclin-1の発現を評価するには適さずに、Beclin-1の検出方法としてはproteinase K消化による抗原回復後の超高感度法による方法がより良いことが示唆された。
ピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜におけるproteinase K消化による抗原回復後の超高感度法によるBeclin-1の検出
ピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜におけるproteinase K消化による抗原回復後の超高感度法によるBeclin-1の染色では、胃底腺領域に標識される細胞が見られ(図9)、櫛の歯が欠ける様に標識された細胞を認め、その中に、核の消失したもの(図9a)ややせ細ってしまった細胞(図9c)を認めた。また、核の標識像を認めた(図9b)。
従って、抗cleaved caspase-3抗体の抗原回復後のポリマー法が示したアポプトーシスは胃底腺上皮の表層上皮の細胞死あり、抗Beclin-1抗体を用いたproteinase K消化による抗原回復後の超高感度法が示した自己貪食細胞死は胃底腺の胃底腺領域の上皮の細胞死であることが示唆された。
また、ムラミダーゼ(リゾチーム)の染色で示唆された自己貪食ライソゾームの分布と抗Beclin-1抗体で標識された自己貪食細胞死の相違は、切除胃の健常部の常法により作成された胃粘膜標本では、自己貪食のBeclin-1の発現を充分に標識していない可能性が示唆される。
この実施例1では、胃底粘膜上皮の増殖、幹細胞、細胞死の観点から、細胞死の評価では、幹細胞の分裂増殖により構成腺上皮細胞は供給され、定常的な組織構築を維持され、細胞機能の停止や老化の結果、細胞死を迎える観点からの組織形成を理解した上で、ピロリー菌感染を伴う炎症を示す粘膜では、上記の定常的組織構築が乱れて来ていることが理解された。
以上要約すると、ヒト組織の形態維持と老化ないし異常細胞の除去におけるプログラム細胞死を理解する為に、通常のホルマリン固定パラフィン包埋標本切片で増殖細胞、幹細胞、アポプトーシスと自己貪食細胞死を免疫組織化学的に検出する抗体パネルとその検出方法を検討した結果、以下の点示唆された。
すなわち、胃粘膜上皮の増殖細胞の分布は、実施例1(後述する実施例2においても)で示すように、Ki67抗原陽性細胞の分布状況から、胃粘膜表層上皮への増殖分化する細胞が胃底腺の頚部(峡部を含む)に線状に分布する押し上げ型の成長を示し、胃底腺領域の標識腺上皮が散在性に分布する抜きつ抜かれつ型の成長を示すことが示唆された。
CD34抗体を用いた抗原回復後の我々の開発した超高感度免疫染色法で、血管内皮と共に、間質の幹細胞と紡錘形の腺上皮幹細胞を標識したが、胃底腺領域の腺上皮も標識して、胃粘膜上皮幹細胞の標識には不適切であることが判明した。
CD117抗体を用いた抗原回復後の通常の免疫染色方法で、実施例1(後述する実施例2においても示すように)に示すように、ピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜の胃底腺頚部およびその周辺に標識された細胞を認め、骨髄ないし間質の多分化幹細胞から胃粘膜上皮幹細胞への分化過程のマーカーであることが示唆された。
しかし、CD117抗体の抗原回復後の我々の開発した超高感度法では、全層の胃底腺上皮が標識されて、この方法は、胃粘膜上皮の幹細胞の標識には不適切であることが示唆された。
CD133抗体を用いた抗原回復後の通常の免疫染色方法では、何等の細胞も標識されなかった。しかし、CD133抗体を用いた抗原回復後の超高感度染色法では、胃底腺領域の線上皮が標識された。
抗cleaved caspase-3抗体を用いた抗原回復後の通常方法で、胃粘膜の表層上皮の一部が標識され、ピロリー菌感染を伴う炎症を示す胃粘膜では胃底腺の頚部に少数の細胞が標識された。
自己貪食 (autophagia)は、老化した細胞小器官の処理として細胞が有する機能であり、飢餓状態で亢進するとされている。また、この自己貪食機能の異常は腫瘍発生に到ることが知られており、その遺伝子は腫瘍抑制遺伝子であると見なされている。この自己貪食の機序は近年解明されて来ており、ヒト細胞における自己貪食に関与する蛋白 Beclin-1が分離されている。この蛋白遺伝子は、自己貪食が積極的に研究されて来た酵母の自己貪食遺伝子であるapg6と構造的類似性を有している。
この蛋白に対する抗体は商業的に供給され、抗体のpdf説明書には免疫組織化学にも用いることが可能であるとされている。しかし、飢餓状態で自己貪食を旺盛に示す胃底腺上皮細胞標本を、実施例1に示す様に、ヒトの外科切除胃標本で検索した結果、生理的に発現するBeclin-1を通常の免疫組織化学では検出できないことが判明した。実施例1に示すように、我々は、この抗体による抗原回復超高感度免疫染色により、Beclin-1の発現を検討し、proteinase K酵素処理後に我々の開発した超高感度免疫染色方法で検出すると、その陽性染色分布が機能と相関していることが判明した。この方法は、今までに報告のない方法であり、細胞質と異常が生じたBeclin-1が核に集積する分布も判別出来るものであることが判明した。
実施例2.
次に、胃生検Group-1病変における胃粘膜上皮の増殖、幹細胞、細胞死の免疫組織化学的検討を行った。
実施例1の検索の結果に基づいて、まず、選択されて来た抗体と抗原回復方法と免疫組織化学的染色方法で、胃生検標本で、Group-1とされた病変での胃粘膜上皮の細胞増殖、幹細胞、細胞死の免疫組織化学的な検索を行った。
<検索にも用いた材料>
この実施例で用いた標本は、内視鏡により胃粘膜の病理診断を目的に生検されたもので、10%ホルマリン溶液ないし緩衝10%ホルマリン溶液ないしエタノール中で1日ないし一晩は固定された後に、脱ホルマリン処理後に、上昇エタノール系列で脱水され、エタノールをキシレンで置換し、キシレンをパラフィンで置換した後に、パラフィン包埋標本が作成されたものである。
作成された上記のパラフィン包埋標本をマイクロトームで3から5ミクロン厚の切片にして、処理スライドグラスに添付された。これを標本切片と呼ぶ。
処理スライドグラスとは、シランスライドであり、3-アミノプロピルトリエトキシシランの2mlをアセトン98mlに溶解して2%溶液として、スライドグラスを5秒程度浸潤し、その後、アセトンを通して水洗し、37℃で一晩乾燥させたものである。
作成された10例の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、水洗し親水化して、ヘマトキシリン・エオジン染色を施し、顕微鏡で観察した。
ヘマトキシリン・エオジン染色の結果は、5例の標本でピロリー菌感染が表層粘液層や粘膜上部腺管内に認められ、5例ではピロリー菌の感染が認められなかった。
<用いた一次抗体>
この検索に用いた抗体は、増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体、胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体、アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体、幹細胞や神経幹細胞を標識する抗体であるが実施例1での検索で胃底腺上皮を標識したCD133抗体、細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体を用いた。
増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体は、DakoCytomation社のMIB-1抗体(M7240)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体は、Novocastra Laboratories Ltd.社のNCL-CD117抗体を用い、抗体希釈液で1:40に希釈して一次抗体溶液とした。
アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体は、Cell Signaling社のAsp175抗体(5A1)を用いて、抗体希釈液で1:200に希釈して一次抗体溶液とした。
幹細胞や神経幹細胞を標識するCD133抗体は、TECHNE Co. 社の431133抗体(clone 170411)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体は、Santa Sruz Biotechnology, Inc.社のH-300抗体(Sc-11427)で、抗体希釈液で1:50に希釈して一次抗体溶液とした。
抗体希釈液には、2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液を用いた。
2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液は、牛血清アルブミン(Bovine serum albumin: BSA)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に2%の割合で加え、溶解するまで待って、攪拌し、0.01%の割合で界面活性剤(Triton X-100ないしtween20)を添加する。
0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2は、リン酸水素ニナトリウム・12水和物28.7gとリン酸二水素ナトリウム・二水和物3.3gと塩化ナトリウム85.0gをイオン交換水10Lに溶解して作成する。
<脱パラフィンと内因性ペルオキシダーゼ活性の抑制>
上記の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、0.3%過酸化水素メタノール溶液に30分間浸潤して、内因性ペルオキシダーゼを不活化し、0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に浸して親水化する。
<抗原回復処理>
抗原回復処理を行う。標識する抗原により抗原回復処理方法と検出方法が異なる。
増殖細胞を標識する抗Ki67抗原抗体を用いる場合には、親水化した標本切片を0.01M citrate buffer pH 6.0溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
0.01M citrate buffer pH 6.0溶液は、DakoCytomation社のChemMate Terget Retrieval Solution (ダコChemMate抗原賦活用クエン酸緩衝液、10倍濃度、S2031)のイオン交換水での10倍希釈溶液を用いた。
胃腸管間質細胞腫瘍と幹細胞増殖因子受容体を標識するCD117抗体を用いる場合には、親水化した標本切片をEDTA溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
EDTA溶液は、DakoCytomation社のAntigen Retrieval Reagent high pH, (S3307, 10倍防縮)のイオン交換水での10倍希釈溶液を用いた。
幹細胞や神経幹細胞を標識するCD133抗体を用いる場合には、proteinase K溶液で10分間室温で処理し、超高感度法で検出した。
アポプトーシスの中心的役割を行うcaspase-3の活性型に対する抗cleaved caspase-3抗体, 親水化した標本切片をEDTA溶液中でオートクレーブで121℃5分間の熱処理を行い、ポリマー法で検出した。
proteinase K溶液は、Takara Bio Co社の溶液状試薬(Code No. 9033)を用いて、0.05 M TBS pH 7.2溶液で最終濃度を200μg/mlとした溶液を用いた。
0.05 M TBS pH 7.2溶液は、トリス塩基121.1gをイオン交換水800mlに溶解し、70mlの塩酸を加えて、オートクレーブ処理し、室温に冷却してから、1N塩酸ないし1N水酸化ナトリウム溶液でpH 7.4の調整し、イオン交換水を1Lになるように加えたものを1Mトリス溶液とし、塩化ナトリウム292.2gを800mlのイオン交換水に溶解してオートクレーブ処理してイオン交換水を加えて1Lにしたものを5M塩化ナトリウム溶液として、1Mトリス溶液を500mlと5M塩化ナトリウム溶液360mlにイオン交換水を10Lになるまで加えたものを用いた。
細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体を用いる場合には、proteinase K溶液で10分間室温で処理し、超高感度法で検出した。
<ポリマー法>
ポリマー法は、35℃に加熱した0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液を洗浄液に用い、自動免疫染色装置(DakoCytomation社のDako autostainer)を用いて行った。
ポリマー法の自動免疫染色装置でのプロトコールは以下のものである。1) 抗原回復処理された標本切片を自動免疫染色装置にセットする。2) TBSTで洗浄、2回 3) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 4) 一次抗体反応、1時間 5) TBSTで洗浄、3回 6) ポリマー試薬反応、30分間 7) TBSTで洗浄、3回 8) DAB過酸化水素反応による呈色反応、10分間 9) イオン交換水で洗浄、1回 10) ヘマトキシリン溶液で核染色、2分間 11) イオン交換水で洗浄、1回 12) 標本切片を自動染色装置から外し、10分間の冷風による風乾後に、100%エタノール、キシレンを通して、封入する。
0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液は、トリス塩基121.1gをイオン交換水800mlに溶解し、70mlの塩酸を加えて、オートクレーブ処理し、室温に冷却してから、1N塩酸ないし1N水酸化ナトリウム溶液でpH 7.4の調整し、イオン交換水を1Lになるように加えたものを1Mトリス溶液とし、塩化ナトリウム292.2gを800mlのイオン交換水に溶解してオートクレーブ処理してイオン交換水を加えて1Lにしたものを5M塩化ナトリウム溶液として、1Mトリス溶液を500mlと5M塩化ナトリウム溶液360mlにイオン交換水を10Lになるまで加えた0.05 M TBS pH 7.2溶液に、0.1%の割合で界面活性剤(tween20)を添加したものである。TBSTと呼ぶ。
3%BSA 0.1% tween20 PBSは、牛血清アルブミン(Bovine serum albumin: BSA)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に3%の割合で加え、溶解するまで待って、攪拌し、0.01%の割合で界面活性剤(Triton X-100ないしtween20)を添加する。
ポリマー試薬は、二次抗体と西洋ワサビペルオキシダーゼがポリマーに標識された試薬で、DakoCytomation社のChemMate ENVISIONキットのポリマー試薬を用いた。
DAB過酸化水素反応による呈色反応は、西洋ワサビペルオキシダーせの過酸化水素を基質としたDAB(ジアミノベンチジン)の異化沈着反応であり、DakoCytomation社のDAB+(33’-ジアミノベンチジンテトラヒドロクロライド)液状試薬(K3464)を用いた。
ヘマトキシリン溶液は、DakoCytomation社のChemMateヘマトキシリン(S2020)も用いた。
<超高感度法>
超高感度法は、35℃に加熱した0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液を洗浄液に用い、自動免疫染色装置(Dakocytomation社のDako autostainer)を用いて行った。
超高感度法の自動免疫染色装置でのプロトコールは以下のものである。 1) 抗原回復処理された標本切片を自動免疫染色装置にセットする。2) TBSTで洗浄、2回 3) proteinase Kによる抗原回復法を行う場合には、以下の4)と5)を実施する。4) proteinase K溶液反応、10分間 5) TBSTで洗浄、3回 6) 3%過酸化水素PBS溶液で処理、5分間 7) TBSTで洗浄、3回 8) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 9) 一次抗体反応、15分間 10) TBSTで洗浄、3回 11) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 12) ポリマー試薬反応、15分間 13) TBSTで洗浄、3回 14) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 15) ビオチン化タイラマイド試薬反応、15分間 16) TBSTで洗浄、2回 17) ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬反応、15分間 18) TBSTで洗浄、2回 19) DAB過酸化水素反応による呈色反応、4分間 20) イオン交換水で洗浄、1回 21) ヘマトキシリン溶液で核染色、2分間 22) イオン交換水で洗浄、1回 23) 標本切片を自動染色装置から外し、10分間の冷風による風乾後に、100%エタノール、キシレンを通して、封入する。
3%過酸化水素PBS溶液は、濃縮過酸化水素水(30%濃度)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2溶液で10倍に希釈した溶液である。
ビオチン化タイラマイド試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の増幅試薬を用いた。
ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の酵素標識試薬を用いた。
以上の結果から、以下の点が判明した。
<増殖細胞を標識するKi67抗原の免疫染色>
Ki67抗原抗体で標識された増殖細胞は、頚部に連続して分布した他に、炎症の強い粘膜では、頚部下の胃底腺領域に散在性に見られ(図10)。
炎症細胞の介在する微小環境は胃粘膜上皮の増殖を促進させていることが示唆された。
<胃線上皮の幹細胞の免疫染色>
CD117陽性の間質並びに上皮層内の細胞は、少数ながら、4例のピロリー菌感染粘膜の頚部領域に認められた (p=0.024、図11)。
ピロリー菌感染のある胃炎での有意なCD117陽性細胞の出現は、ピロリー菌感染が骨髄ないし間質由来の幹細胞を誘導していることを示唆した。
一方で、ピロリー菌感染を認めない例では、CD117陽性細胞を認めないkとは、胃底腺の固有の胃上皮幹細胞はCD117では標識されずに、骨髄ないし間質の多分化能幹細胞から胃上皮幹細胞への分化過程でCD117は発現するものと考えられた。
<cleaved caspase-3の抗体によるアポプトーシス検出の免疫染色>
Cleaved caspase-3陽性表層粘膜上皮細胞が、ピロリー菌感染を認めない粘膜の1例とピロリー菌感染の認められる粘膜の3例で、孤立性に見られた (図12a)。
ピロリー菌感染の認められる粘膜の1例では、頚部に孤立性にCleaved caspase-3陽性細胞が認められた(図12b)。
増殖細胞の増加による押し上げられ(pip-up)成長により延長した頚部および狭部でアポプトーシスが観察される(図12b)ことは、これは細胞の機能の生理的停止や老化以外の原因によるアポプトーシスであり、ピロリー菌感染による影響と考えられると共に、胃粘膜上皮の幹細胞の減少を示唆するものと考えられた。
<CD133とBeclin-1の免疫染色による自己貪食・自己貪食細胞死の検出>
胃粘膜上皮は、CD133ないしBeclin-1陽性の自己貪食空胞を示し、胃底腺上皮が顕著に陽性であった。腺腔への放出を示唆するCD133及びBeclin-1陽性所見が見られ(図13aとb 中間部)、腺腔を介して排出されている所見が見られた。細胞質と核が共に顕著Beclin-1陽性像が見られ、自己貪食細胞死の一つの形態であることが示唆された。
表層粘膜上皮も、核周囲ないし核下明調域を示す細胞はBeclin-1陽性顆粒を有したことから、胃粘膜上皮の老化処理は自己貪食により行われていることが示唆された (図13a 表層部)。
深部の胃底腺は、ピロリー菌を認めない粘膜では、櫛の歯が欠ける様に自己貪食細胞死に陥り(図13a 深部)、ピロリー菌感染を認める例では、最深部粘膜で一つの腺房単位で自己貪食細胞死に陥り(図13b最深部)、僅かな細胞質を伴った核も認められた(図14)。
CD133は、幹細胞のマーカーであるが、最近、分泌される顆粒の膜にも見られることが報告され(Marzesco A.-M., Janich P.,Wilsch-Br?uninger M., Dubreuil V., Langenfeld K., Corbeil D., Huttner W. B., Release of extracellular membrane particles carrying the stem cell marker prominin-1 (CD133) from neural progenitors and other epithelial cells. Journal of Cell Science 118 (13): 2849- 58, 2005)、今回の検索で、抗原回復後の超高感度免疫染色で、自己貪食空胞の分泌に関与していることが示唆された。
実施例1の検索結果を考慮すると、どちらかといえば、CD133とBeclin-1の抗原回復には熱処理よりもProteinase K酵素処理が有用であり、Proteinase K酵素処理法が機能を反映した分子の分布を保った抗原回復法であることが示唆された。
ピロリー菌の細胞毒が自己貪食を亢進することは知られている (Cover TL, Halter SA, Blaser MJ. Hum Pathol, 1992:23(9):1004-10, Catrenich CE, Chestnut MH. J. Med Microbiol. 1992:37(6): 389-95)。この研究は、ピロリー菌感染胃粘膜の最深部での胃底腺上皮での自己貪食の亢進を示し、結果としてピロリー菌感染が胃底腺深部での崩壊の亢進も誘導していることを示唆した。
以上要約すると、本発明によれば、Beclin-1抗体を用いたproteinase K酵素処理後に我々の開発した超高感度免疫染色方法で、実施例2に示すように、胃底腺上皮は多くの自己貪食空胞を有し、細胞の腺腔面から、排泄(分泌)されていることが判明し、更に、自己貪食の亢進は僅かな細胞質と核の自己貪食後の細胞も、腺腔に排泄されていることが判明した。
CD133抗を用いたproteinase K酵素処理後の我々の開発した超高感度免疫染色方法で、 実施例2に示すように、CD133が胃粘膜上皮の自己貪食空胞 (Autophagic vesicles)と腺腔に排泄された物質に見られ、CD133が自己貪食空胞の排泄に関与する分子であることが判明した。
自己貪食細胞死の例として挙げられる神経変性病変では、proteinase K酵素処理後の我々の開発した超高感度免疫染色方法で、Beclin-1は変性神経細胞の細胞質と周囲間質を標識したが、CD133は何等の細胞等も標識しなかった。 これは、本来、神経細胞は自己貪食を行い、その貪食顆粒の分泌を行っておらずに、神経変性病変における神経細胞の Becin-1の発現は病的な自己貪食細胞死であることが示唆された。
上記の検索の結果、1) CD117抗体の抗原回復での通常の免疫染色法による染色が、骨髄ないし間質の多分化能幹細胞から組織幹細胞への分化段階を標識すること、2) Beclin-1抗体のproteinae K酵素処理後の我々の開発した超高感度染色法による染色が、自己貪食・自己貪食細胞死に陥った細胞を標識すること、3) CD113のproteinae K酵素処理後の本発明の超高感度染色法による染色が、自己貪食空胞の分泌を標識することが発見された。
更に、Ki-67抗原抗体、CD117抗体、cleaved caspase-3抗体、Beclin-1抗体、CD133抗体の抗体パネルによるそれぞれに特異な抗原回復方法と免疫染色方法の組み合わせで、ヒト組織(病理組織)切片で、組織中の細胞の増殖、幹細胞の動態、アポプトーシス、自己貪食・自己貪食細胞死を評価でき、正常と病態の組織形成を理解できることが明らかになった。
実施例3.
次に、ヒト神経変性病変の細胞死の免疫組織化学的検討を行った。
実施例2の検索の結果に基づいて、自己貪食空胞・自己貪食細胞死を標識するBeclin-1と自己貪食空胞の分泌に関与するCD133のproteinse K酵素処理による抗原回復後の我々が開発した超高感度免疫染色法を用いて、ヒト神経変性病変に於ける自己貪食細胞死の標識を検討した。
<検索にも用いた材料>
この研究の用いた標本は、2例の中枢神経系の変性が認められたヒト病理解剖の大脳の常法で作成された標本切片を用いた。
中枢神経系の変性が認められたヒト病理解剖の10%ホルマリン溶液で固定された大脳の顕微鏡観察用切片を、脱ホルマリン処理後に、上昇エタノール系列で脱水され、エタノールをキシレンで置換し、キシレンをパラフィンで置換した後に、パラフィン包埋標本が作成されたものである。作成されたパラフィン包埋標本をマイクロトームで3から5ミクロン厚の切片にして、処理スライドグラスに添付された。これを標本切片と呼ぶ。
処理スライドグラスとは、シランスライドであり、3-アミノプロピルトリエトキシシランの2mlをアセトン98mlに溶解して2%溶液として、スライドグラスを5秒程度浸潤し、その後、アセトンを通して水洗し、37℃で一晩乾燥させたものである。
作成された10例の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、水洗し親水化して、ヘマトキシリン・エオジン染色を施し、顕微鏡で観察した。
ヘマトキシリン・エオジン染色の結果は、大脳皮質の変性病変が認められた。
<用いた一次抗体>
この検索に用いた抗体は、実施例2で自己貪食空胞の分泌過程を標識することが判明したCD133抗体、細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体を用いた。
実施例2で自己貪食空胞の分泌過程を標識することが判明したCD133抗体は、TECHNE Co. 社の431133抗体(clone 170411)を用い、抗体希釈液で1:100に希釈して一次抗体溶液とした。
細胞死遺伝子産物であるBeclin-1に対する抗体は、Santa Sruz Biotechnology, Inc.社のH-300抗体(Sc-11427)で、抗体希釈液で1:50に希釈して一次抗体溶液とした。
抗体希釈液には、2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液を用いた。
免疫染色の陰性コントロール染色用の抗体溶液には、上記の2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液を用いた。
2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液は、牛血清アルブミン(Bovine serum albumin: BSA)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に2%の割合で加え、溶解するまで待って、攪拌し、0.01%の割合で界面活性剤(Triton X-100ないしtween20)を添加する。
0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2は、リン酸水素ニナトリウム・12水和物28.7gとリン酸二水素ナトリウム・二水和物3.3gと塩化ナトリウム85.0gをイオン交換水10Lに溶解して作成する。
<脱パラフィンと内因性ペルオキシダーゼ活性の抑制>
上記の標本切片を10分間3回のキシレンへの浸透と10分間3回100%エタノールへの浸透で脱パラフィンして、0.3%過酸化水素メタノール溶液に30分間浸潤して、内因性ペルオキシダーゼを不活化し、0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2に浸して親水化する。
<抗原回復処理>
proteinase K溶液で10分間室温で処理し、超高感度法で検出した。
proteinase K溶液は、Takara Bio Co社の溶液状試薬(Code No. 9033)を用いて、0.05 M TBS pH 7.2溶液で最終濃度を200μg/mlとした溶液を用いた。
<超高感度法>
超高感度法は、35℃に加熱した0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液を洗浄液に用い、自動免疫染色装置(Dakocytomation社のDako autostainer)を用いて行った。
超高感度法の自動免疫染色装置でのプロトコールは以下のものである。 1) 抗原回復処理された標本切片を自動免疫染色装置にセットする。2) TBSTで洗浄、2回 3) proteinase K溶液反応、10分間 4) TBSTで洗浄、3回 5) 3%過酸化水素PBS溶液で処理、5分間 6) TBSTで洗浄、3回 7) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 8) 一次抗体反応、15分間 9) TBSTで洗浄、3回 10) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 11) ポリマー試薬反応、15分間 12) TBSTで洗浄、3回 13) 3%BSA 0.1% tween20 PBSにて非特異反応抑制処理、15分間 14) ビオチン化タイラマイド試薬反応、15分間 15) TBSTで洗浄、2回 16) ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬反応、15分間 17) TBSTで洗浄、2回 18) DAB過酸化水素反応による呈色反応、4分間 19) イオン交換水で洗浄、1回 20) ヘマトキシリン溶液で核染色、2分間 21) イオン交換水で洗浄、1回 22) 標本切片を自動染色装置から外し、10分間の冷風による風乾後に、100%エタノール、キシレンを通して、封入する。
TBSTは、0.1%tween20 0.05 M TBS pH 7.2溶液で、トリス塩基121.1gをイオン交換水800mlに溶解し、70mlの塩酸を加えて、オートクレーブ処理し、室温に冷却してから、1N塩酸ないし1N水酸化ナトリウム溶液でpH 7.4の調整し、イオン交換水を1Lになるように加えたものを1Mトリス溶液とし、塩化ナトリウム292.2gを800mlのイオン交換水に溶解してオートクレーブ処理してイオン交換水を加えて1Lにしたものを5M塩化ナトリウム溶液として、1Mトリス溶液を500mlと5M塩化ナトリウム溶液360mlにイオン交換水を10Lになるまで加えた0.05 M TBS pH 7.2溶液に、0.1%の割合で界面活性剤(tween20)を添加したものである。
3%過酸化水素PBS溶液は、濃縮過酸化水素水(30%濃度)を0.01Mリン酸緩衝食塩水pH 7.2溶液で10倍に希釈した溶液である。
ビオチン化タイラマイド試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の増幅試薬を用いた。
ストレプトアビチン西洋ワサビペルオキシダーゼ複合体試薬は、DakoCytomation社のダコCSAシステム(K1500)の酵素標識試薬を用いた。
以上の結果から、以下の点が判明した。
2%BSA 0.1% tween20 PBS溶液(抗体希釈溶液)を一次抗体溶液として反応させた陰性コントロール染色では、神経変性病変の標本切片では、何の陽性反応も見られなかった(図15陰性コントロール)。
CD133抗体を用いた染色では、特異な陽性染色所見は見られなかった(図15 CD133)。
Beclin-1抗体を用いた染色では、大脳の皮質の神経変性領域に強い陽性所見が見られ、神経細胞の細胞質も標識された(図15 Beclin-1)。
神経変性病変における神経細胞の自己貪食細胞死がBeclin-1抗体を用いた染色で示唆されると共に、CD133抗体の染色で神経細胞が標識されなかったことは、神経細胞は自己貪食機能を有する細胞ではなく、神経変性病変において、自己貪食は病的なものであり、その結果、自己貪食空胞が細胞外そして組織外に排泄されずに、軸索に分布した後に、神経組織間質に沈着するものと考えられた。