JP4709555B2 - 鉄系形状記憶合金を用いた制振材料とこの材料を用いた制振装置及び鉄合金系制振材料の使用方法 - Google Patents

鉄系形状記憶合金を用いた制振材料とこの材料を用いた制振装置及び鉄合金系制振材料の使用方法 Download PDF

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Description

本発明は、地震動による大ひずみ振幅領域においてひずみ硬化を生ずることなく擬弾性を有する鉄系形状記憶合金を使用することによって、構造物の制振装置に制振性と形状復元機能とを付与しうるようにした、耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料と、この材料を少なくとも使用してなる制振装置に関する。詳しくは、前記大振幅領域において擬弾性を有する鉄系形状記憶合金が、NbCを含むFe−Mn−Si基形状記憶合金である、耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料と、この材料を少なくとも使用してなる制振装置に関する。
さらに詳しくは、前記NbCを含むFe−Mn−Si基形状記憶合金が、Mn:15〜40重量%、Si:3〜15重量%、Cr:0〜20重量%、Ni:0〜20重量%、Nb:0.1〜1.5重量%、C:0.01〜0.2重量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物として、Cu:3重量%以下、Mo:2重量%以下、A1:10重量%以下、Co:30重量%以下、N:5000ppm以下、含み、NbとCの原子比(Nb/C)が1.0〜1.2である、耐震性構造物の制振装置用制振材料と、この材料を少なくとも使用した制振装置に関する。
さらにまた詳しくは、前記NbC添加Fe−Mn−Si基形状記憶合金が、室温、または、500℃〜1100℃の温度範囲で5〜40%加工され、次いで、400℃〜1100℃の温度範囲でかつ1分〜2時間時効加熱処理されて、NbC炭化物を析出させることによって形状を記憶させた、耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料と、この材料を少なくとも使用した制振装置に関する。
近年、激震災害対策が問題となっている。特に、神戸地震を期に都市インフラ機能を中心とした大規模構造物、建築物の免震設計、制振設計の見直しがなされ、さらに厳しい基準による有効な対策を講ずることが求められている。このような状況は、近年地震発生が予想される東海地区、首都圏は言うに及ばず、全国的に見直しが展開され、整備が急がれている。また、大型構造物に限らず、一般家屋についても、対策を講ずることが求められている。
このような状況のもとで、これまでに多数の各種免震技術、制振手段が活発に提案され、開発されている。構造物本体を破壊から守る免震・制振手段としては、例えば、制振ダンパー、制振ブレース等が挙げられる。これらは、地震が生じたときにその振動エネルギーを吸収し、振動が構造物本体に及ばないようにする装置であるが、このようなダンパーについても、様々な提案がなされ、これを列記すると、粘性ダンパー(特許文献1参照)、粘弾性ダンパー(特許文献2参照)、鉛ダンパー(特許文献3)、弾塑性ダンパー(特許文献4)などに大別されるダンパー類が提案され、開発されている。
その中でも、極軟鋼を使用した弾塑性ダンパーが性能、コスト、メンテナンス性において優れていることから、近年、特に注目されている。この弾塑性ダンパーは、ダンパーの塑性変形により地震エネルギーの吸収をはかり、これによって、地震の際、地震エネルギーが直接構造物本体へおよばないようにエネルギーを吸収して防ぎ、構造物を重大な損壊から守り、極力被害が構造物本体に及ばないようにするもので、極めて有望な免震・制振手段として大いに期待されている。
しかしながら、弾塑性ダンパーをはじめ、これまでに提案、開発された免震・制振手段は、地震による被害が構造物本体に至らないようにするショックアブソーバとしてであって、地震が発生の際には、ショックアブソーバとして有効に機能することができるが、この制振装置自体を地震から守る手立てはない。すなわち、いずれの免震装置、制振装置も、地震発生後においては、ひずみが残留し、あるいは変形し、装置自体は、元の状態には復元することはない。従って、大規模地震に見舞われた後においては、これらの装置は、新しい部品、装置と交換することが必要となる。
これらの装置は、通常、構造物中に、例えば、柱材、壁の中に取り付けられ、あるいは埋め込まれているため、地震発生後において、これを新しい部材と交換する場合には、妨げとなる壁等の部材の撤去、部品交換、壁等の修復と言った、多大な労力と繁雑な作業、そしてコストを要するものであった。このような繁雑でコストのかかる修復作業から解放され、その場においてそのままの状況で、元の状態に簡単に復元することができれば、極めて有益である。しかし現状は、このような装置はまだ開発されていない。制振・免震装置において、容易に元の形状に復元することができるものが開発されたならば、その意義は、その経済効果は計り知れず、社会全般に大きな貢献をもたらしうるものである。世界でも有数の経済力を有するわが国において、大規模地震の被害が発生すると、それによる経済的損失は計り知れず、結果的に世界的損失につながることが予想されることから、このような装置の開発、実現は、世界的に注目され、求められている。
特開平5−263858号公報 特開平2001−146855号公報 特開平5−106367号公報 特開平5−26274号公報
本発明は、上記要請に応えようというものである。すなわち、制振材料設計、あるいは免震・制振装置設計において、地震エネルギーを吸収し、しかも形状回復機能を有する二つの異なる要請に対し、これに応えうる制振材料、免震・制振装置を提供しようというものである。
そのため、本発明者らにおいては鋭意研究をした結果、本発明者らの一部において先に提案し、特許出願した、トレーニングなしでも良好な形状記憶特性を示し、変形後においても、加熱するだけで元の形状に容易に復元することができる鉄系形状記憶合金(特許文献1ないし4を参照のこと)が、ひずみ振幅±0.1%以上の大振幅領域において、制振特性が発現されるということを知見した。コストが安い鉄系形状記憶合金においてこのような制振機能を有し、発現しうるということは、これまで全く知られていなかったことであり、新しい知見である。本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、その構成は、以下、(1)ないし(9)に記載するとおりである。
(1)耐震性構造物の制振装置に使用される鉄合金系制振材であって、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域のひずみ振動、ひずみ変形に対してひずみ硬化することなく擬弾性を有してなるNbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金を耐震性構造物の制振装置の制振材料として使用することによって、前記耐震性構造物の制振装置に制振性と形状復元性とを付与するようにしたことを特徴とする、耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
(2) 前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、Mn:15〜40重量%、Si:3〜15重量%、Cr:0〜20重量%、Ni:0〜20重量%、Nb:0.1〜1.5重量%、C:0.01〜0.2重量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物として、Cu:3重量%以下、Mo:2重量%以下、A1:10重量%以下、Co:30重量%以下、N:5000ppm以下、を含み、NbとCの原子比(Nb/C)が1.0〜1.2である、(1)記載の耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
(3) 前記NbC添加Fe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、室温、または、500℃〜1100℃の温度範囲で5〜40%加工し、次いで、400℃〜1100℃の温度範囲でかつ1分〜2時間時効加熱処理して、NbC炭化物を析出させて形状記憶処理をした、(1)または(2)記載の耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
(4) 地震動に対して振動エネルギーを吸収し、構造物を保護する制振装置において、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域のひずみ振動、ひずみ変形に対してひずみ硬化することなく擬弾性を有してなるNbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金を少なくとも制振材料として使用することによって、振動エネルギーを吸収するとともに前記制振装置に形状回復機能を付与したことを特徴とする、制振装置。
(5) 前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、Mn:15〜40重量%、Si:3〜15重量%、Cr:0〜20重量%、Ni:0〜20重量%、Nb:0.1〜1.5重量%、C:0.01〜0.2重量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物として、Cu:3重量%以下、Mo:2重量%以下、A1:10重量%以下、Co:30重量%以下、N:5000ppm以下、を含み、NbとCの原子比(Nb/C)が1.0〜1.2である、(4)記載の制振装置。
(6) 前記NbC添加Fe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、室温、または、500℃〜1100℃の温度範囲で5〜40%加工し、次いで、400℃〜1100℃の温度範囲でかつ1分〜2時間時効加熱処理して、NbC炭化物を析出させて形状記憶処理をした、(4)または(5)記載の制振装置。
(7) 前記制振装置には、制振ダンパー、制振ブレースが含まれる、(4)ないし(6)の何れか1項記載の制振装置。
(8) 前記制振装置には、形状を回復するための加熱手段が予め内蔵されている、(4)ないし(7)の何れか1項記載の制振装置。
(9) 前記形状を回復するための加熱手段が、電気的加熱手段である、(8)記載の制振装置。
(10) (1)ないし(3)の何れか1項記載の鉄合金系制振材料を耐震性構造物の制振装置に使用する方法であって、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域において、前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金の擬弾性による制振性と形状復元性を発現させることを特徴とする鉄合金系制振材料の使用方法。
ここに、本発明で使用する振動エネルギーを吸収する特性を有する鉄系形状記憶合金は、本発明者らの一部によって開発され、すでに先に特許出願してなるものであって、本発明はこれらの先行技術による鉄系形状記憶合金を前提にしてなされたものである。すなわち、本発明で制振材料として使用する形状記憶合金は、特許文献5ないし8に記載された、安価で高性能な形状記憶合金であり、具体的にはNbC添加Fe−Mn−Si基合金に基づいてなるものでそれ自体は、形状記憶合金としてはすでに公知のものである。
しかしながら、このFe−Mn−Si基形状記憶合金の引張・圧縮低サイクル疲労挙動については、下記論文(非特許文献1を参照)が発表されているだけにすぎず、これを制振合金、とりわけ地震による大ひずみ振幅領域において制振性が要求される耐震性構造部材設計における構造部材用制振材料として利用することについては全く言及されていない。また、NbCを添加したことにより強度を増加させ、加工硬化を抑制して長寿命の制振合金とできることや、形状記憶効果を併用することにより初期形状に復元できることについても報告されていない。本発明は、この鉄系記憶合金を制振材料として積極的に利用しようというものであり、このような試みは新規である。
本発明の構成において、(2)あるいは(5)で規定したMnおよびSiの濃度範囲は、当該合金系が室温で変形された場合に、fcc構造からhcp構造への応力誘起マルテンサイト変態を示すために必要な条件であって、良好な形状記憶特性を示すための条件であるとともに、制振特性を示す条件でもある。CrおよびNiの濃度は形状記憶特性や制振特性を損なわずに耐食性を向上させるためのものである。また、上記構成において、(2)、(5)で規定したNbおよびCに関する事項、および(3)、(6)で規定した熱処理条件は、NbCを微細析出させて応力誘起マルテンサイト変態と逆変態を可逆的に生ぜしめ、形状記憶特性を改善する意義を有しており、かつ制振合金として利用される場合においては、変形の繰り返しによるひずみ硬化(加工硬化)を抑制する意義を有している。また、制振装置に予め加熱装置を内蔵しておくことによって(8または9)、地震は発生後にひずみによる変形等が生じた場合でも、交換作業のようにいちいち壁を撤去する等の煩雑な作業がいらず、容易に加熱することによって、形状を回復することができる。
特許第3542754号 特開2003−105438号公報 特開2003−277827号公報 特開2004−197161号公報 Gu,N.J.,C.X.Lin,et al.(2001).Reversal transformation and smart characteristics of FeMnSiCrNi SMA.Shape Memory Materials and Its Applications.394−3:415−418.
本発明は、以上の構成によるものであり、加熱するだけの簡単な操作によって、元の形状に回復し得るものであり、もっぱら振動エネルギーを吸収することが求められている制振合金としては、これまでになかった新しい性質、新しい機能が与えられた制振材料であり、また、この材料を使用した制振装置も、同様で、本発明は、新しい制振装置を提案するものである。特に上記構成の(2)(5)において規定した組成範囲の合金は、加熱するだけで80%以上(望ましくは98%以上)の形状回復率を有し、制振装置が地震によって変形を来したとしても、容易に元の形状に復元することができる。
以上に加えて、本発明で使用する鉄系形状記憶合金を用いた制振材料とこの材料によって設計された制振装置は、粘性ダンパー、粘弾性ダンパーや鉛ダンパーに比して低コストであり、有害物質は一切発生することがない。したがって、取り扱いやすく、今後、この材料を用いることによって、制振ダンパー・制振ブレースをはじめとして、新しい制振装置の開発を可能とし、有利である。類似の性質を有する弾塑性ダンパーと比較しても、加工硬化の影響が極めて小さいために繰り返し使用が可能であり、これに形状記憶効果が付加されたことによって、大規模地震に曝された後に生じる制振装置自体の変形、残留ひずみを加熱するだけの簡単な処理によって容易に取り除くことが出来る。
さらに、合金自体が制振特性を有するために複雑な構造やシステムを負荷する必要が無く安価な制振機構が実現するといった、数々の利点があり、今後、建築、土木における大型構造物の耐震設計に大いに利用されることが期待される。
以下、本発明を、図面と実施例に基づいて説明する。ただし、これらの図面、および実施例は、本発明を容易に理解しえるようにするための一助として具体的に開示したものであって、これによって、本発明が限定されるものではない。
本発明の鉄系形状記憶合金の特性を、図1に示す低サイクル疲労試験結果によって示す。この試験に供した合金組成は、Fe−28Mn−6Si−5Cr−0.53Nb−0.06C(mass%)で示される合金であって、後述する実施例においても記載しているが、一定の形状復元機能を有している形状記憶合金である。この合金を、600℃で14%温間圧延後、800℃で10分間時効処理し、低サイクル疲労試験に供した。低サイクル疲労試験は0.5Hの正弦波形のひずみ振幅制御により行い、±0.1%、0.2%、0.4%、0.6%、0.8%、1.0%の各ひずみ振幅で10サイクルずつ、段階的にひずみ振幅を増やしながら一つの試験体で行った。紡錘型のひずみ履歴を伴った応力−ひずみ曲線から、この合金は制振特性を有することがわかる。
次に、この制振特性を定量的に評価するために、図1の各ひずみ振幅に対するひずみヒステリシスから計算される、前記形状記憶合金の振動減衰能(specific damping capacity(%)、以下SDCという)を求め、SDCのひずみ振幅依存性として図2に示す。この図2によると、ひずみ振幅0.1%以上で有意な振動減衰能(SDC10%以上)を示し始め、ひずみ振幅0.4%以上ではSDC80%以上にも達することを示している。この図からも、前記形状記憶合金は、有意な制振特性を有していることが分かる。
また、制振合金としては、繰り返し変形に曝された際の、特性の安定性も要求される。例えば、従来技術である弾塑性ダンパーの場合、合金の塑性変形、すなわち転位の運動をエネルギー吸収に利用しているが、運動する転位同士や転位と他の内部欠陥との相互作用により合金が加工硬化し、その結果、制振特性が変化する。このような現象は、材料一般に見られる現象であるが、構造材として使用される金属材料においてこのような現象は、極力避けなければならない。このため、弾塑性ダンパーとして利用するためには、加工硬化度を低下させる技術上の工夫が必要となる。
これに対して、本発明による前記形状記憶合金は、図1に示されているように、各ひずみ振幅において10サイクル繰り返し変形された際の加工硬化による発生応力の増加が非常に小さいことが読み取れる。例えば、ひずみ振幅±1.0%の場合、10サイクル目の最大応力(526MPa)は、1サイクル目の最大応力(510MPa)から3%ほど増加している程度である。この合金は、振動エネルギーを吸収する制振材料として充分に機能しえる材料でありうることが理解される。
さらに、前記組成を有する形状記憶合金に引張変形負荷と除荷を繰り返し与え、これによって現れる擬弾性挙動のサイクル数および変形速度依存性を図3に示す。この組成を有する形状記憶合金は、サイクル数、変形速度にはほとんど依存せず、いずれのサイクル、変形速度においても安定であることを示している。
図4は、上記組成を有する形状記憶合金の形状回復率と加熱温度の関係を示している。この図から、この合金の形状は200℃までの加熱により約80%、さらには、300℃までの加熱により約98%とほぼ完全に元の形状に回復することがわかる。すなわち、上記形状記憶合金は、振動エネルギーを吸収する目的に利用できるのみならず、制振合金として機能した後に残留する変形を200〜300℃程度の低温における加熱で取り除くことが出来るという、従来の制振合金では不可能な性能をも有していることを示すものである。
図5は、前記組成を有する形状記憶合金において、直径17.6mmΦの円柱状試験片を用いて行った剪断強度試験結果である。破断は剪断変位2mmで生じ、その際の荷重は260kNである。その結果、合金は構造材料本体としても使用可能な1,100MPaもの剪断強度を示すことが判明した。この結果は、本合金が、制振特性を有する構造材料そのものとしても使用可能であることを示唆するものである。
NbCが添加されてなるFe−28Mn−6Si−5Cr−0.53Nb−0.06C合金(数値は、mass%)を溶製し、NbC添加Fe−Mn−Si基合金を作製した。作製された合金を1200℃で10時間均一加熱処理後、600℃で圧下率14%の温間圧延を行い、さらに800℃、10分間の時効処理を施した。この合金は、前記特許文献1ないし4に記載された、本発明者らの発明によるNbC添加Fe−Mn−Si基形状記憶合金であって、約5%の変形が600℃での加熱によりおよそ95%元の形状に回復することが確かめられているものである。この合金を以下各種試験にかけ、その特性を明らかにした。その結果は、前記図1から図4に示すとおりであるが、以下においては、さらに補足するものである。
まず、上記に作製された形状記憶合金をひずみ振幅0.1%から1.0%のひずみ振幅領域での低サイクル疲労試験によって、その振動吸収性能を評価した。
上記作製された合金の試験体を作製した。試験体はゲージ部サイズがΦ8.0mm×15mmの標準的なダンベル型引張試片である。この試験片に振動周波数0.5Hの正弦波ひずみ制御による応力を負荷し、その応答を測定した。ひずみ振幅は±0.1%、0.2%、0.4%、0.6%、0.8%、1.0%の6種類とし、各ひずみ振幅10サイクルずつ、段階的にひずみ振幅を増やしながら一つの試験体で行った。その結果、前記図1に示す紡錘型のひずみ履歴を伴う応力―ひずみ曲線が得られた。この図から、この合金は、サイクル数の増加に伴う加工硬化は極めて小さく、例えば、ひずみ振幅±1.0%の場合、10サイクル目の最大応力(526MPa)は、1サイクル目の最大応力(510MPa)から3%ほど増加している程度であった。
図2は、各ひずみ振幅において応力−ひずみ曲線が描くひずみ履歴から計算された振動減衰能SDC(Specific Damping Capacity)である。SDCが10%以上になると有意な制振作用が現れるとされている。ひずみ振幅0.1%を超えるとSDCは10%以上となり、更にSDCはひずみ振幅増加に伴って急激に増加していき、ひずみ振幅0.4%で約80%に達した後、緩やかに増加を続ける。以上により、この鉄系形状記憶合金が0.1%のひずみ振幅領域において加工硬化による劣化の極めて小さい良好な制振特性を示すことが確認された。M8クラスの地震の場合、瞬間的な最大ひずみ振幅は1%程度を想定しなければならないが、当該合金の制振特性はこうした大きなひずみ振幅に対してもほとんど劣化することがない。
図3は、前記と同組成、同加工熱処理条件で作製した試料に引張変形負荷と除荷を繰り返した際に現れる擬弾性挙動である。サイズ0.4mm×2.0mm×15mmの短冊形ゲージ部を有する引張試験片に、ベース幅1.4mmの微小ひずみゲージを取り付け引張ひずみを精密に測定した。クロスヘッド速度を0.1mm/minとして三回の測定を行った後、0.2mm/min、0.4mm/min、0.5mm/min、0.25mm/minの各変形速度で一回ずつ、最大負荷ひずみ0.2%までの応力−ひずみ特性を一つの試験片を用いて測定した。変形速度0.1mm/minで一回目の測定時のみ0.003%程度のわずかな残留ひずみが現れるが、二回目測定以降はひずみ履歴を伴いながら残留ひずみのない可逆的変形を示した。曲線の形状やヒステリシスはサイクル数や変形速度に依存せずほとんど一定であり、この合金の擬弾性や制振特性が変形速度(振動周波数)に依存しないことが判明した。
図4は、この合金に約2.2%の引張変形を施した後、加熱による収縮(形状回復)を標点間距離の変化を測定することにより評価したものである。変形は200℃までの加熱により80%形状回復することが確認された。加熱温度を200℃以上に上げていくと、さらなる形状回復が徐々に進み、300℃では形状回復率が約98%とほぼ完全に元の形状に回復した。
図5は、前記と同組成、同加熱処理した合金の剪断強度試験結果である。試験片は円柱状で、剪断変形を施した部位断面の直径は17.6mmΦである。
以上から、本発明で使用する制振合金は、本発明者らが先に特許出願したFe−Mn−Si基形状記憶合金であって、制振特性と、形状回復性能とを併せ持ち、形状変形が生じても、加熱するだけで形状が元の形状に復元することができ、形状回復機能を有する制振材料として十分使用しうるものであることが明らかにされた。これによって、形状回復機能を有する制振装置の設計が可能となり、今後、土木、建築等の大型構造物の制振システム設計に大いに使用されることが期待される。
本実施例においては、NbC添加Fe−Mn−Si基形状記憶合金は、特定の成分組成のものに基づいて説明し、これによって制振特性と形状回復機能とを併せ持つものであることを示したが、本発明で制振材料として使用しえる形状記憶合金は、この組成例には限らない。すなわち、前記先の特許出願に係る発明で開示されている領域の鉄系形状記憶合金、あるいは時効加熱処理されてなる鉄系形状記憶合金は、含まれるものである。
本発明の鉄系記憶合金を制振材料として用いるに当たっては、合金単独で用いてもよく、あるいは他の材料と組み合わせて用いてもよく、本発明はそのいずれの態様も含みうる。また、合金自体が制振特性を有するため複雑な構造やシステムによる必要がなく安価な制振機構が実現する。勿論、制振ダンパー、制振ブレース等の装置態様を含みうることは勿論、十分な強度と耐食性(当該合金の耐食性については別途、特許申請中)を有し、ステンレス並みのコストが達成しうることから、ダンパーの様な装置・機器類としてだけではなく、構造物自体をこの新しい制振合金によって設計する態様も可能であり、含みうる。
本発明で制振材料として使用されるFe−Mn−Si基形状記憶合金の、疲労サイクル挙動については、前述したとおりであり、これを積極的に制振合金として位置づけられたことはなく、むしろ、制振材料としては、劣ると考えられてきた。その理由の一つとして、制振特性の測定条件に関わる問題が挙げられ、もう一つの理由としては、当該合金系に超弾性特性の有無に関する問題が挙げられる。
すなわち、同種のマルテンサイト変態を示す合金のうち、制振合金として知られるのはFe−Mn二元系合金であって、これにいかなる第三元素を添加しても、通常、制振特性は低下する。しかし、この議論は、従来の制振特性に関する研究が専ら金属の内耗に関する歴史的な研究を背景として進められ、10−3以下の小ひずみ振幅領域を対象としてきた事による。当該合金系の制振特性は著しいひずみ振幅依存性を示すものであって、10−3以上の大ひずみ振幅領域では新しい観点からの研究が必要となる。
10−3以上の大ひずみ振幅領域では通常金属には塑性変形が発生するが、近年、建築メーカーや鉄鋼メーカーが活発に商品開発に取り組んでいる各種の制振合金は、むしろこの塑性変形を利用して地震のエネルギーを吸収するものである。一方、本発明のNbC添加Fe−Mn−Si基合金は大ひずみ振幅領域においてすべり変形を生じる代わりに応力誘起マルテンサイト変態が関与した一種の擬弾性的な可逆的変形により制振特性を示すことが明らかになった。したがって、制振材料としての応用ターゲットを、地震動の制振に特定して大ひずみ振幅領域で性能を評価することにより、当該合金系は、制振合金として利用する可能性が開かれ、これに加えて、強度・耐食性・形状記憶特性などの付加価値を総合的に利用することによってFe−Mn二元系合金よりも優れた制振合金として利用されるものと期待される。
さらに、Fe−Mn−Si基形状記憶合金が制振合金として注目されてこなかったもう一つの理由は、当該合金が超弾性を示さないと考えられている事による。超弾性はA点以上で変形することにより生じる応力誘起マルテンサイト変態と、除荷による逆変態によって発現する。ところがFe−Mn−Si基形状記憶合金は相変態の温度ヒステリシスが著しく大きく(300K程度)、Af点以上で変形すると応力誘起マルテンサイト変態ではなく、すべり変形を生じてしまう。その他当該合金系は熱弾性型と呼ばれる従来の形状記憶合金とは様々な点で性質が異なるため超弾性は示さないというのが一般的な見方であった。
超弾性を示さなければNi−Ti系合金のような制振特性も期待できないとされてきたわけであるが、本発明者らにおいては、これを鋭意研究した結果、NbC添加Fe−Mn−Si基合金については、通常の超弾性とは別メカニズムの擬弾性を示すことを知見し、明らかにした。また、NbC析出強化・加工強化等各種強化方法により、すべり変形に対する降伏強度を高くすることができるとともに、マルテンサイト変態温度を適当に設計すれば超弾性をも示しうることについても明らかにしている。本発明はこうした基礎研究の成果に基づくものであり、制振材料設計における原理・原則にかかるものである。いずれにしても、従来の制振合金にはない形状回復機能をも併せ持つ上に低コスト化も容易に達成しうる制振材料を提案し、技術的に優れたものであり、実用化も十分に見込まれる。
建築構造物の制振・免震技術は冒頭でも触れたが、社会的要請の極めて高いテーマである。近年、特に金属系のダンパーが種々商品化されていて、今や建築、土木分野、鉄鋼材料分野の主要な開発対象となりつつある。なかでも結晶粒を粗大化させて降伏点を低く設計した極軟鋼などの弾塑性変形タイプのダンパーはヒット商品である。本発明は、こうした業界の動向に対して、一石を投じ、この弾塑性変形タイプのダンパーを超える機能の材料を見出したものであり、その意義は極めて大きい。今後、制振材料、制振装置として積極的に使用され、各種構造物等の耐震設計に大いに採用されることが期待される
本発明は、安価で、高性能な鉄系形状記憶合金を、制振材料として使用するものであり、この材料を使用することによって、制振装置は、地震エネルギーを吸収し、ひずみないしは変形が生じたとしても加熱による操作を行うだけで、容易に元の形状に復元することができるものである。従来は、この種制振装置は、それが取り付けられている柱材、壁等を一旦取り壊して、新しい部材、装置と交換するものであったところ、本発明によれば、容易に元の形状に復元することができ、業界にのみならず社会的に大きな一石を投じ、その意義は極めて大きい。今後は、建築、土木等の大型構造物はいうに及ばず、一般家屋に対しても大いに使用され、普及することが予想される。
実施例で示した鉄系形状記憶合金の低サイクル疲労試験結果を示した図。 実施例で示した鉄系形状記憶合金の低サイクル疲労試験のひずみヒステリシスより求めた振動減衰能のひずみ振幅依存性を示した図。 実施例で示した鉄系形状記憶合金の引張変形負荷と除荷の繰り返しにより現れる擬弾性挙動のサイクル数および変形速度依存性を示す図。 実施例で示した鉄系形状記憶合金の形状回復率と加熱温度の関係を示す図。 実施例で示した鉄系形状記憶合金の剪断強度試験結果を示す図

Claims (10)

  1. 耐震性構造物の制振装置に使用される鉄合金系制振材であって、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域のひずみ振動、ひずみ変形に対してひずみ硬化することなく擬弾性を有してなるNbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金を耐震性構造物の制振装置の制振材料として使用することによって、前記耐震性構造物の制振装置に制振性と形状復元性とを付与するようにしたことを特徴とする、耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
  2. 前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、Mn:15〜40重量%、Si:3〜15重量%、Cr:0〜20重量%、Ni:0〜20重量%、Nb:0.1〜1.5重量%、C:0.01〜0.2重量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物として、Cu:3重量%以下、Mo:2重量%以下、A1:10重量%以下、Co:30重量%以下、N:5000ppm以下、を含み、NbとCの原子比(Nb/C)が1.0〜1.2である、請求項1記載の耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
  3. 前記NbC添加Fe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、室温、または、500℃〜1100℃の温度範囲で5〜40%加工し、次いで、400℃〜1100℃の温度範囲でかつ1分〜2時間時効加熱処理して、NbC炭化物を析出させて形状記憶処理をした、請求項1または2記載の耐震性構造物の制振装置用鉄合金系制振材料。
  4. 地震動に対して振動エネルギーを吸収し、構造物を保護する制振装置において、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域のひずみ振動、ひずみ変形に対してひずみ硬化することなく擬弾性を有してなるNbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金を少なくとも制振材料として使用することによって、振動エネルギーを吸収するとともに前記制振装置に形状回復機能を付与したことを特徴とする、制振装置。
  5. 前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、Mn:15〜40重量%、Si:3〜15重量%、Cr:0〜20重量%、Ni:0〜20重量%、Nb:0.1〜1.5重量%、C:0.01〜0.2重量%を含み、残部Fe及び不可避的不純物として、Cu:3重量%以下、Mo:2重量%以下、A1:10重量%以下、Co:30重量%以下、N:5000ppm以下、を含み、NbとCの原子比(Nb/C)が1.0〜1.2である、請求項4記載の制振装置。
  6. 前記NbC添加Fe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金が、室温、または、500℃〜1100℃の温度範囲で5〜40%加工し、次いで、400℃〜1100℃の温度範囲でかつ1分〜2時間時効加熱処理して、NbC炭化物を析出させて形状記憶処理をした、請求項4または5記載の制振装置。
  7. 前記制振装置には、制振ダンパー、制振ブレースが含まれる、請求項4ないし6の何れか1項記載の制振装置。
  8. 前記制振装置には、形状を回復するための加熱手段が予め内蔵されている、請求項4ないし7の何れか1項記載の制振装置。
  9. 前記形状を回復するための加熱手段が、電気的加熱手段である、請求項8記載の制振装置。
  10. 請求項1ないし3の何れか1項記載の鉄合金系制振材料を耐震性構造物の制振装置に使用する方法であって、地震動による10 −3 以上の大ひずみ振幅領域において、前記NbCを含むFe−Mn−Si基鉄系形状記憶合金の擬弾性による制振性と形状復元性を発現させることを特徴とする鉄合金系制振材料の使用方法。
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