添付の図面を用いて、本発明を斜板型圧縮機として実施した具体例を詳細に説明する。図1及び図2に示すように、本発明による斜板型圧縮機1は、シリンダブロック2の前後にフロントハウジング3とリアハウジング4を同一軸線上に配置し、それらを図示しない通しボルトのような手段によって一体的に締結することにより外殻を構成している。5はフロントハウジング3とシリンダブロック2の中心を貫通してリアハウジング4の内部まで延びている駆動回転軸であって、フロントハウジング3内に取り付けられた軸受6と、シリンダブロック2内に取り付けられた軸受7によって軸承されている。斜板型圧縮機1が自動車の空調装置における冷媒圧縮機として使用される場合には、駆動回転軸5は自動車用エンジンのクランク軸に連結されて回転駆動される。シリンダブロック2及びフロントハウジング3内の空間は、駆動回転軸5に取り付けられたシール装置8及び9によって外部及びリアハウジング4内の空間との連通を遮断されている。
シリンダブロック2には図2に示すように6個のシリンダ10(10a〜10f)が駆動回転軸5の周囲に均等に、且つ駆動回転軸5と平行になるように穿設されている。シリンダ10a〜10fには同じ形状のピストン11(11a〜11f)が摺動可能に挿入されており、それらのピストン11a〜11fの図1における各左端部は、駆動回転軸5に例えば後述のような手段によって装着された斜板12の楕円形の周縁部12aに対して、それを挟むように各ピストン11に取り付けられた一対のシュー13を介して摺動可能に係合している。
図示実施形態における斜板12は、駆動回転軸5上を軸方向に摺動可能なスリーブ14上に、駆動回転軸5と直角な方向のピン15によって枢着されていて、駆動回転軸5に対して傾動することができる。斜板12を傾動させるために、斜板12の一部に設けられたピン16が駆動回転軸5に取り付けられたアーム17の半径方向のカム溝17aに係合しており、スプリング18の付勢力を打ち消すような他の力が加わることによってスリーブ14が軸方向に移動するとき、ピン16がカム溝17aに沿って移動して斜板12の傾斜角度が変化し、その結果、ピストン11a〜11fのストロークが一斉に変化して斜板型圧縮機1全体の吐出容量が無段階に変化する。
図示実施形態の斜板型圧縮機1では、シリンダ10a〜10f内において冷媒のような流体が圧縮されることによってピストン11a〜11fに発生する圧縮反力の合力が、スプリング18の付勢力に抗してスリーブ14を軸方向に移動させるようになっており、更に、斜板型圧縮機1が空調装置における冷媒圧縮機として使用される場合には、斜板12を収容している室(斜板室)の圧力が冷房負荷の大きさに応じて変化するように構成される。そして、例えば冷房負荷が減少したときは、斜板室の圧力が高められることによってピストン11a〜11fに作用する背圧が増大するので、スリーブ14が図1において右方へ移動して斜板12の傾斜角度(駆動回転軸5に垂直な仮想の平面に対する)が小さくなり、ピストン11a〜11fのストロークが減少して斜板型圧縮機1全体の吐出容量が減少するというように、斜板型圧縮機1の吐出容量が冷房負荷の大きさに応じて自動的に変化する。このように、図示実施形態における斜板型圧縮機1は自動可変容量型の圧縮機に属するが、本発明はそのような可変容量機構に特徴がある訳ではないから、図示実施形態のようなものに限らず、手動的な可変容量型圧縮機であっても、また、吐出容量が変化しないものであっても、それが容積型圧縮機であれば適用の可能性がある。
図示実施形態の斜板型圧縮機1においては、リアハウジング4内の中央に吸入室19が形成されていると共に、その外周に環状の隔壁4aを境にして環状の吐出室20が形成され、それぞれに設けられた接続口21,22を介して空調装置のエバポレータやコンデンサのような外部機器への配管が接続されている。シリンダブロック2とリアハウジング4との間を仕切るシリンダブロック2の端壁2aには、各シリンダ10a〜10f毎に、吸入室19に連通し得る吸入ポート23(23a〜23f)と、吐出室20に連通し得る吐出ポート24(24a〜24f)がそれぞれ1個以上設けられている。吐出ポート24は単なる円穴でもよいが、吸入ポート23は図2に示したように円弧状の長穴である。なお、図示実施形態においては吐出室20内に、吐出ポート24a〜24fを外側から閉塞する通常のリード弁からなる吐出弁25が設けられている。
図示実施形態において以上説明した構成は従来技術においても実施されているものであって、今回本発明において導入した新規な構成ではない。本発明の特徴に対応して、図示実施形態の斜板型圧縮機1においては吸入室19内に円盤形の吸入弁板26が設けられている。弁板26は、シリンダブロック2の端壁2aと、リアハウジング4内の環状の隔壁4aの吸入室19側に形成された概ね半径方向の壁4bの軸方向の端面4cとの間に、微小な隙間を残して挿入されており、端壁2aと壁4bの端面4cとの間で摺動する際に、図2に示すように、周縁部によって吸入ポート23a〜23fの一部を閉塞すると共に他の一部を開口させ得る大きさを有する。吸入弁板26の中心に形成されたハブ26aには、駆動回転軸5の先端に所定量だけ偏心して一体に形成された偏心軸部5aが挿入され、メタル軸受又はニードルベアリングのような軸受27を介して吸入弁板26を回転可能に支持している。弁板26が偏心軸部5aによって偏心運動、即ち公転をするので、リアハウジング4内の隔壁4aに弁板26の周縁部のための逃げ部4dを形成してもよい。
なお、図示していないが、吸入室19内に装着されたスプリングのような付勢手段によって、吸入弁板26を端壁2aに向かって軽く押圧してもよい。また、必須のものではないが吸入弁板26に簡単な構造の自転防止機構を付加することもできる。自転防止機構は、例えば、端壁2aの2個所程度の適所に吸入室19に向かって突出する自転防止ピンを植設すると共に、それらの自転防止ピンを受入れるように弁板26に自転防止ピンよりも十分に大きい直径を有する円形穴を形成して、自転防止ピンによって円形穴、従って吸入弁板26自体の自転を阻止して公転だけを許すようにする。円形穴の直径は、弁板26の公転直径に自転防止ピンの直径を加えた程度の大きさにする。
自転防止機構が設けられない場合は弁板26は公転の他に自転をすることも可能であるが、弁板26は端壁2a又は壁4bの端面4cに押しつけられて摺動するので、それらの間に多少とも摩擦力が発生するために、弁板26が自由に自転することはあり得ず、自転運動の成分は実際上は摩擦力によって制動されて、弁板26は実質的に公転だけをするようになる。本発明において自転防止機構が必須のものではないというのはこのような理由による。従って、自転防止機構が設けられていても、或いは設けられていなくても、端壁2a又は端面4cと弁板26の摺動面間の相対速度は弁板26が自転のみをする場合に比して大幅に小さくなるので、駆動回転軸5が回転するときに摺動面間の摩擦力によって生じる動力の損失は僅かな量になる。
以上説明した構成から明らかなように、図示実施形態の斜板型圧縮機1においては、駆動回転軸5が自動車用エンジン等によって回転駆動されると、吸入弁板26が偏心軸部5aによって偏心運動を強制されるために、また、シリンダブロック2の端壁2a又は端面4cと弁板26との間には多少の摺動摩擦があるために自転運動が阻止されて、弁板26は図3に駆動回転軸5の回転角度90°毎に示した(a)〜(d)のように実質的に公転運動だけをする。そこで、例えばシリンダ10aだけに注目すると、図2と同じ図3(a)の状態においては、シリンダ10aの吸入ポート23aは、上昇している吸入弁板26の周縁部によって覆われていて吸入は行われていない。これは図1に示すようにピストン11aが上死点にある状態、即ちシリンダ10aの圧縮行程の終期である。このときは、リード弁からなる吐出弁25の開弁によって圧縮された流体をシリンダ10a内から吐出ポート24aを経て吐出室20内へ吐出し終えた時期でもある。
次に、駆動回転軸5が矢印の方向に回転すると、吸入弁板26が公転によって右へずれるために、弁板26によって閉塞されていた吸入ポート23aが開口し始めて、吸入室19とシリンダ10a内が連通を開始し、駆動回転軸5が90°まで回転したときに図3の(b)の状態になる。この状態は吸入弁板26によって覆われる吸入ポート23aの面積が最小になって、吸入ポート23aが最も大きく開口した状態(これを全開状態と呼ぶ)に近い。なお、どの時期に吸入ポート23aを全開させるかということは設計上の問題であって、吸入ポート23aの形状とシリンダ10aの端面における開口位置を選択したり、駆動回転軸5の偏心軸部5aの偏心方向と、斜板12の傾斜の軸であるピン15との位相関係を変更することによって自由に設定することが可能である。
吸入ポート23aが吸入弁板26の周縁部によって全く覆われていないか、或いは殆ど覆われていない全開状態では、長穴形で比較的大きな開口面積を有する吸入ポート23aが流体の通路となるので絞り作用がきわめて小さくなり、リード弁の場合のような大きな圧力損失が生じない。しかも、リード弁のように流体の圧力が弁を押し広げるための仕事をする必要がなく、僅かな機械力によって吸入行程の全域にわたって開弁状態を維持することもできるから、吸入効率がリード弁に比べて高くなる。
更に、駆動回転軸5が90°回転して図3の(c)の状態になると、吸入弁板26が公転によって下方及び左方へずれて吸入ポート23aを覆うために、吸入ポート23aは全閉状態に近くなる。この状態は図1に示したシリンダ10dと同様に、シリンダ10aの吸入行程の終期、即ちピストン11aが下死点付近にある状態である。それより駆動回転軸5が僅かに回転すると、吸入ポート23aは全閉状態となって、シリンダ10a内と吸入室19の連通は遮断される。
図3の(d)はシリンダ10aの圧縮行程を示しており、ピストン11aは図3(c)に示す下死点の状態から図3(a)に示す上死点の状態まで上昇する途中にある。図示のように吸入弁板26が左方へずれて吸入ポート23aを全閉状態にしているので、流体はシリンダ10a内で圧縮され、その圧力が吐出弁25の設定圧力を越えると、リード弁である吐出弁25が開弁して、圧縮された流体は吐出ポート24aを介して吐出室20へ吐出される。更に、駆動回転軸5が90°回転すると前述の図3(a)の状態になるので、このようなサイクルが繰り返えして行われることになる。そして、このような吸入行程と圧縮行程からなるサイクルは、図示実施形態の斜板型圧縮機1においては、全てのシリンダ10a〜10fにおいて、隣接のものとの間に60°の位相差をおいて順次行われるので、圧縮された流体が概ね連続的に吐出室20へ吐出され続けて、吐出室20の圧力を脈動の少ない略一定の吐出圧に維持することができる。
図示実施形態においては、吸入弁板26のための自転防止機構を設けてはいないが、弁板26はシリンダブロック2の端壁2a又はリアハウジング4の壁4bの端面4cと摺動接触しているため、その自転の運動成分は自然に制動されて、弁板26は実質的に公転のみをするようになる。回転(自転)運動に比べて公転運動の場合の接触面間の相対速度が低いことは説明を要しないから、弁板26や端壁2a又は壁4bの端面4cに焼きつき難い高級な材料を使用したり、特殊な表面処理を施したり、高精度の表面仕上げを行ったりする必要もなく、十分に高い耐久性と信頼性が得られる。また、摺動面間の相対速度が低いので、弁板が回転するものに比べて動力損失がきわめて少なくなり、圧縮機の運転効率が高くなる。更に、吸入ポート23の面積を大きくとることが容易であるから、リード弁を吸入弁として使用した場合に比べて絞り作用が少なくなって吸入効率が改善される。
なお、図示実施形態においては吸入ポート23を弁板26によって開閉するようにしたが、吸入ポートの代わりに吐出ポートを同様な弁板によって開閉するように構成することができることは言うまでもない。また、弁板26は円盤形のものを使用しているが、弁板は厳密に円形のものである必要はなく、自転防止機構を使用して確実に弁板の自転を阻止した場合には、弁板を円形以外の角部や凹部或いは穴等のあるものとしてもよい。更に、この弁機構は斜板型圧縮機に限らず他の形式の容積型圧縮機の吸入弁又は吐出弁に適用することができる。
1…斜板型圧縮機、2…シリンダブロック、2a…シリンダブロックの端壁、3…フロントハウジング、4…リアハウジング、5…駆動回転軸、5a…駆動回転軸の偏心軸部、10,10a〜10f…シリンダ、11,11a〜11f…ピストン、12…斜板、15…ピン(斜板の傾斜軸)、19…吸入室、20…吐出室、23,23a〜23f…吸入ポート、25…吐出弁(リード弁)、26…吸入弁板、27…軸受。