従来、印刷による文字や絵柄の表示以外に特殊な機能性を有する印刷物の一種として、香料を含有し香気を発散する香料含有印刷物が広く用いられている。具体的には、その香気により人の注意を惹き付けて販売促進効果や広告効果を高めるために、書籍や雑誌、カレンダー、販促用印刷物(ダイレクトメール、カタログ、パンフレット、チラシ、ポスター等)、食品・化粧品等の各種商品の容器・包装等に利用されたり、印刷された文章や図版等の内容に関連した香気を発散させることで、視覚と嗅覚との相乗効果により印刷物の内容のより高度な理解を促進するために、食品・化粧品等の香気を有する商品の販促用印刷物や、幼児用・教育用の玩具・書籍等に利用されたり、香気による精神安定効果その他の精神的効果や健康増進効果等を目的として、ノートや日記帳、手帳、メモ帳、付箋、ラベル等の文房具や、お守り・おふだ、ステッカー、身の回り品、室内・車内装飾用品、衛生用品等に利用される等、その利用範囲は極めて多岐に亘っている。
係る香料含有印刷物は、香気を発散させるための香料を、印刷物の支持体である印刷用紙に含有させたものと、印刷用紙に印刷される印刷インキに含有させたものとに大別される。このうち後者は、印刷物の所望の箇所にのみ選択的に香料を付与できること等の利点はあるが、印刷物に含有させることが可能な香料の絶対量の面では、前者が圧倒的に有利であるし、その他にも前者には例えば、印刷物に含有される香料の量が印刷される印刷インキの量(画線部の面積率、印刷インキの被膜厚等)に依存しないので、印刷内容に拘らず得られる香気発散効果が安定すること、香料を含有する部分の外気との接触面積が大きいので、高い香気発散効果が容易に得られること、印刷に使用する印刷インキは一般的な通常インキ(いわゆるプロセスインキ)で良いので、製造原価が安価であること、通常の印刷条件で印刷できるので印刷開始時の条件設定等に余計な手間が発生しないこと、印刷インキの在庫管理や印刷装置の保守管理等が煩雑化することがないこと等の利点がある。
印刷用紙に香料を含有させた印刷物の製造方法としては、まず第一に、予め香料を添加した原料パルプを使用して抄紙して得た香料含有紙を印刷用紙として使用して、これに常法により印刷を施す方法(特許文献1)、第二に、香料を含有しない通常の印刷用紙に、まず香料の含浸を施した後に、常法により印刷を施す方法(特許文献2)、第三に、香料を含有しない通常の印刷用紙に、まず常法により印刷を施した後に、香料の含浸を施す方法(特許文献3)の3通りの方法が考えられる。
しかるに、上記第一の方法は、同一種類の香料を含有する同一種類の印刷用紙を用いた香料含有印刷物を相当大量に製造する場合を除けば、一般的には特殊な印刷用紙の特注による少量生産が必要となるため、製紙工程の特性上、印刷用紙の製造原価が非常に高価となりがちである他、使用する香料の種類毎に印刷用紙を用意しておく必要があるため、印刷用紙の在庫管理が煩雑となること、原料パルプの抄造マットに含有される水分を加熱乾燥させる際に、含有される香料も加熱により揮発散失するため、香料の無駄が発生すること、製造した印刷用紙の在庫中や輸送中にも、印刷用紙に含有される香料が徐々に揮発散失するので、ここでも香料の無駄が発生する上、印刷用紙の製造から印刷までの期間の変動によって、製造される香料含有印刷物の香料含有量が変動し、製品の品質の不安定要因となること等の問題点がある。
また、上記第二の方法や上記第三の方法も、印刷用紙への印刷工程とは別に香料の含浸工程が必要となるため、含浸加工設備の設置や運転、維持管理等の費用が発生して、印刷物の製造原価が上昇する要因となること、製造工程が2工程(製紙工程を含めれば3工程)と工程数が増すため工程管理が煩雑となる上、製造に時間を要し短納期対応が困難となること、印刷用紙への香料の含浸にあたっては、香料を水又はアルコール類等の適宜の溶媒に溶解又は分散した含浸液を使用するのが通例であり、係る含浸液を含浸した印刷用紙に印刷を施す際(上記第二の方法の場合)又はこれを製品とする際(上記第三の方法の場合)には、印刷用紙に含浸した含浸液に含まれる溶媒を加熱乾燥により除去する必要があり、当該加熱乾燥の際に、含有される香料も加熱により揮発散失するため、香料の無駄が発生すること、含浸工程と印刷工程との2度(製紙工程を含めれば3度)に亘り加熱乾燥処理を必要とするので、製造上のエネルギーロスが大きいこと等の問題点がある。さらに上記第二の方法の場合には、香料の含浸後の加熱乾燥の他にも、印刷後の印刷インキの加熱乾燥の際にも、香料の揮発散失が発生し、香料の無駄が更に増すという問題点もある。
上述の様に、上記第一から第三のいずれの方法を採用した場合にも、印刷用紙に香料を付与した後には必ず加熱乾燥処理が必要となり、香料の無駄の原因となっている。係る加熱乾燥処理による香料の無駄を省くためには、香料をゼラチン等の壁材で包んだ微細粒子としたマイクロカプセル化香料を用いる方法が知られており、特に印刷用香料インキに配合する香料としての使用例が数多く知られている(特許文献4)。しかし、係るマイクロカプセル化香料は、その製造に特殊な設備や技術を必要とするため、かなり高価であることや、これを使用した香料含有印刷物は、使用者等が意識的に叩いたり擦ったりする等して外力を加えてマイクロカプセルを破壊させない限り香気が発散しないので、例えば通り掛かりの人や偶然手に取った人を香気により誘引するための販促用印刷物や、室内に常に香気を充満させて精神安定効果や健康増進効果を得るための装飾品等の様な、外力の加わらない静置状態でも常時香気を発散させたい用途には不向きであること等の問題がある。
特開2001−172896号公報
実用新案登録第3018351号公報
実用新案登録第3060280号公報
特開昭61−243871号公報
特開平5−57877号公報
特開平8−108524号公報
特開平8−252904号公報
特開平8−252905号公報
特開平11−309841号公報
特開2001−334636号公報
本発明は、従来の技術における上記の様な問題点を解決するためになされたものであって、その課題とするところは、香料を含有し香気を発散する香料含有印刷物の製造方法であって、特殊な原材料や製造設備を必要とせず、製造工程を増加させることもなく、製造中の香料やエネルギーの無駄も少なく、通常の印刷物の製造設備を使用して安価且つ簡便に製造可能な香料含有印刷物の製造方法を提供することにある。
本願請求項1に記載の発明は、印刷用紙に印刷インキの印刷を施すと共に該印刷用紙に香料の含浸を施す香料含有印刷物の製造方法であって、印刷用紙の少なくとも片面に加熱乾燥型の印刷インキの印刷を施す印刷工程と、前記印刷インキの印刷が施された前記印刷用紙を加熱して該印刷インキ及び該印刷用紙を乾燥させる加熱乾燥工程と、前記印刷用紙に加湿用水を含浸させて該印刷用紙の含水率をほぼ雰囲気湿度と平衡状態にまで回復させるように加湿する加湿工程と、を少なくともこの順に連続一貫して行い、前記加湿工程の後には印刷用紙の加熱乾燥は行わず、前記加湿工程における前記加湿用水として、香料を添加した加湿用水を使用することを特徴とする香料含有印刷物の製造方法である。
本願請求項2に記載の発明は、上記請求項1に記載の発明において、前記印刷工程、前記加熱乾燥工程及び前記加湿工程は、印刷用紙の少なくとも片面に印刷インキの印刷を施すための印刷部と、前記印刷部の下流側に配設された、前記印刷インキが印刷された前記印刷用紙を加熱して該印刷インキ及び該印刷用紙を乾燥させるための加熱乾燥部と、前記加熱乾燥部の下流側に配設された、前記印刷用紙に加湿用水を含浸させて加湿するための加湿部と、を少なくとも具備する印刷装置を使用して行うことを特徴とする香料含有印刷物の製造方法である。
本願請求項3に記載の発明は、上記請求項1又2に記載の発明において、前記印刷インキの印刷前の前記印刷用紙は香料を含有しない印刷用紙であることを特徴とする香料含有印刷物の製造方法である。
本願請求項4に記載の発明は、上記請求項1〜3のいずれかに記載の発明において、前記印刷インキは香料を含有しない印刷インキであることを特徴とする香料含有印刷物の製造方法である。
本願請求項5に記載の発明は、上記請求項1〜4のいずれかに記載の発明において、前記加湿用水に添加された香料はマイクロカプセル化されていない香料であることを特徴とする香料含有印刷物の製造方法である。
本願請求項1に記載の発明によれば、香料含有印刷物の製造に最低限必要となる印刷工程と香料含浸工程(香料を添加した加湿用水を使用した加湿工程)とを連続一貫工程として、すなわち作業工程としては実質的に1工程として行うので、印刷工程と香料含浸工程とを別々に、すなわち作業工程としても実質的に2工程として行う従来の製造方法と比較すれば、工程管理が容易であり、製造所要時間が少なく短納期対応が容易であり、香料含浸工程の後の加熱乾燥工程が不要であるので、加熱乾燥工程における加熱によって香料が揮発散失して無駄になることがなく、加熱のためのエネルギーロスも低減される。
しかも、加湿工程においては、印刷用紙は前工程の加熱乾燥工程において十分に乾燥されて、極めて水分を吸収し易い状態となっているので、印刷用紙の表面に加湿用水を供給すれば加湿用水は印刷用紙の厚み方向の内部にまで容易に浸透するため、印刷用紙の内部にまで速やかに加湿用水が含浸されるので、加湿用水に添加された香料も容易に印刷用紙の内部にまで速やかに含浸される。その結果、加熱乾燥を経ていないために、又は加熱乾燥後の加湿により、若しくは加熱乾燥後の時間の経過と共に発生する雰囲気中からの吸湿により、雰囲気湿度とほぼ平衡状態の水分を含有する印刷用紙に対して香料の含浸を施した場合と比較して、含浸した香料が印刷用紙の表面近傍に濃集する現象が発生しにくく、印刷用紙中における香料の分布の均一性が高まるので、得られる香料含有印刷物の使用中に、印刷用紙の表面部に存在する香料が揮発して失われても、印刷用紙の内部に存在する香料が表面部に補給されるため、香気発散効果の持続性の高い香料含有印刷物を得ることができる。
また、本願請求項2に記載の発明によれば、印刷部と、加熱乾燥部と、加湿部とが順次配設された印刷装置という、印刷業界においては既に汎用的に使用されている一般的な印刷装置を使用して香料含有印刷物を製造することが可能であり、香料の含浸のための特別な設備を必要とせず、含浸加工設備の設置や運転、維持管理等の費用が発生しないので、目的の香料含有印刷物を容易且つ安価に製造することができる。
また、本願請求項3に記載の発明によれば、印刷用紙として香料を含有しない通常の印刷用紙を使用するので、予め製紙工程において香料を添加した特殊な印刷用紙を使用する場合と比較して、印刷用紙を市場において容易且つ安価に調達可能であり、用意すべき印刷用紙の種類が増して在庫管理が煩雑となることもない。さらに、製紙工程中の加熱乾燥工程における香料の揮発散失による無駄や、印刷用紙の在庫中や輸送中の香料の揮発散失による無駄の問題もないほか、印刷用紙の在庫期間によって香料含有量が変動することもなく、品質の安定した香料含有印刷物を得ることができる。
また、本願請求項4に記載の発明によれば、印刷インキとして香料を含有しない通常の印刷インキを使用するので、予め香料を添加した特殊な印刷インキを使用する場合と比較して、印刷インキを市場において容易且つ安価に調達可能であり、用意すべき印刷インキの種類が増して在庫管理が煩雑となることもない。さらに、印刷工程においては、予め香料を添加した特殊な印刷インキに対応した特別な印刷条件を設定する必要がなく、通常の印刷条件で容易に印刷作業を行うことができる。
また、本願請求項5に記載の発明によれば、加湿用水に添加する香料としてマイクロカプセル化されていない通常の香料を使用するので、高価なマイクロカプセル化香料が不要であり、目的の香料含有印刷物を安価に製造することができる。また、香気を発散させるために外力を加えてマイクロカプセルを破壊する操作を必要とせず、常時香気を発散する香料含有印刷物を得ることができる。
図1に示すのは、本発明の香料含有印刷物の製造方法に使用される印刷装置10の一例であって、従来より汎用的に使用されている両面4色平版オフセット輪転印刷装置である。この印刷装置10は、給紙部11、4ユニットの印刷部12、加熱乾燥部13、冷却部14、加湿部15、折部16、断裁部17及び排紙部18を備えている。この印刷装置10では、ロール状に巻き取られた状態で供給される印刷用紙20が給紙部11にて巻き出され、該印刷用紙は4ユニットの印刷部12において4色の加熱乾燥型の印刷インキが表裏同時に印刷され(印刷工程)、続いて印刷用紙20は加熱乾燥部13に導入されて加熱され、印刷された印刷インキが乾燥される(加熱乾燥工程)。このとき、印刷用紙20に含有される水分も同時に乾燥される。しかる後、印刷用紙20は冷却部14に導かれて冷却され(冷却工程)、さらに加湿部15に導かれて加湿用水が付着され、この加湿用水が印刷用紙20中に含浸されることにより印刷用紙20が加湿される(加湿工程)。これら各工程は、印刷用紙20の流れ方向に直列に配設された印刷部12、加熱乾燥部13、冷却部14及び加湿部15によって連続一貫して行われる。さらに、該加湿工程の後、印刷用紙20は折部16において所定の形態に折られると共に、断裁部17において所定の寸法に断裁され、排紙部18において所定の数量が所定の形態に集積されて排出される。
上記の様に、加熱乾燥後の印刷用紙20に加湿を施しているのは、従来周知の通り、印刷物のひび割れや裂け、ひじわ、寸法変化等の発生を防止するためである。すなわち、印刷用に供給される印刷用紙20には通常、雰囲気湿度と平衡状態にある重量比5〜6%程度の水分を含有しているが、この印刷用紙20に揮発性溶剤を含有する加熱乾燥型の印刷インキを印刷し、これを乾燥させるために印刷用紙20に熱風を当てる等して加熱すると、印刷用紙20に含有される水分も当該加熱により乾燥され、印刷用紙20の含水率は2%以下程度にまで減少してしまう。この様に乾燥した印刷用紙20は弾力性が失われており、印刷装置10中の後続する工程や印刷終了後に別途行われる後工程において引っ張りや折り曲げ等の応力を受けた際に、これらの応力に耐えられずに表面にひび割れを生じたり、裂けてしまったりする場合がある。また、印刷用紙20は水分が蒸発して乾燥すると収縮するが、印刷用紙20の表面に印刷インキが印刷されていない部分(非画線部)では、印刷インキが印刷された部分(画線部)よりも乾燥が速く進行するから、非画線部と画線部とで収縮量が異なる結果、印刷用紙20が凹凸状に変形したひじわが発生する場合がある。また、印刷用紙20は加熱乾燥工程における乾燥により収縮した後、経時により雰囲気中の湿気を吸収して徐々に元の寸法に戻るが、印刷後に断裁や製本等の後工程に付された際に、印刷用紙20の含水率が雰囲気湿度との平衡状態に達していないと、断裁後や製本後に更に雰囲気中の湿気を吸収して膨張し、製品の寸法が規定の範囲を超えて寸法不良を発生したり、断裁時や製本時に印刷用紙20の含水率にばらつきがあると、製品の寸法のばらつきや製本された書籍等の小口のがたつき等を発生したりする場合がある。
係る問題の発生を防止するために、印刷用紙20への印刷インキの印刷後に加熱乾燥を施す印刷装置10においては、加熱乾燥工程によって乾燥された印刷用紙20に加湿を施して印刷用紙20の含水率を雰囲気湿度との平衡状態に近づけるために、加熱乾燥部13の下流側に加湿部15が設けられるのが一般的である(特許文献5〜10)。印刷装置10の加湿部15の方式としては、印刷用紙20に対して噴霧器により加湿用水を噴霧する方式、ブラシロールにより加湿用水を跳ね掛ける方式、刷毛又は塗布ロール等の塗布手段により加湿用水を塗布する方式等があり、さらに、塗布ロールを使用する機構における塗布ロールへの加湿用水の供給手段としても、塗布ロール自体の下部を加湿用水に浸漬したもの、塗布ロールと接触回転する給水ロールの下部を加湿用水に浸漬したもの、塗布ロールの表面に噴霧器により加湿用水を噴霧するもの等、種々の機構のものが使用されており、そのいずれの機構のものも本発明に使用することができる。なお、係る印刷装置10には加熱乾燥後の印刷用紙20を冷却するための冷却部14が設けられるのが一般的であり、加湿部15は冷却部14の下流側に配設される場合が多いが、加湿部15を冷却部14の内部に組み込んで印刷用紙20の冷却及び加湿を同時に行う機構とした印刷装置も広く使用されており、係る印刷装置も本発明に使用することができる。
図1に示したのは両面4色平版オフセット輪転印刷装置であったが、本発明に使用される印刷装置はこれに限定されるものでは勿論なく、片面印刷装置や、単色又は4色以外の多色印刷装置、枚葉印刷装置等であっても良く、後加工部としての折部16や断裁部17を備えないものや、折部16及び/又は断裁部17を含むか又は含まない任意の組み合わせの後加工部を備えたものであっても良い。印刷方式も平版オフセット印刷方式に限定されるものではなく、グラビア印刷方式やスクリーン印刷方式等、或いはそれらの複数種類の印刷方式を任意に組み合わせたもの等、製造する香料含有印刷物の仕様や使用目的等に応じ任意である。多色グラビア印刷装置の場合は、印刷インキに含有される揮発性溶剤の量が多いことから、加熱乾燥部は個々の印刷部毎に付属した形で設けられるのが一般的であり、さらには、最後の印刷部に付属した加熱乾燥部の下流側に、若しくは最後の印刷部に付属した加熱乾燥部を設けない代わりに該最後の印刷部の下流側に、各印刷部に付属した加熱乾燥部の数倍程度の乾燥容量を有する大型の加熱乾燥部(アフター乾燥ゾーン)が設けられる場合もある。係る多色グラビア印刷装置の場合には、加湿部15は、アフター乾燥ゾーンが設けられている場合には該アフター乾燥ゾーンの下流側に、アフター乾燥ゾーンが設けられていない場合には最後の印刷部に付属した加熱乾燥部の下流側に、それぞれ配設される。
印刷装置10の加湿部15において印刷用紙20に含浸される加湿用水の量(印刷用紙20の単位面積当たりの量)は、加熱乾燥部13における加熱により印刷用紙20から失われた水分を補い、印刷用紙20の含水率をほぼ雰囲気湿度との平衡状態にまで回復させるために必要な量である。印刷装置10の定常運転中には、給紙部11から供給される印刷用紙20の含水率、印刷装置10内の印刷用紙20の走行速度、加熱乾燥部13内の熱風の温度や風量等の条件はほぼ一定となるから、加熱乾燥部13を通過した印刷用紙20の含水率もほぼ一定となるので、給紙時と加熱乾燥後との含水率の差に相当するほぼ一定の量の加湿用水を印刷用紙20に含浸させれば良いことになる。加湿部15における印刷用紙20への加湿用水の供給量は、例えば噴霧方式における調整弁やポンプの回転数による水圧調整や、塗布ロール方式における塗布ロールの回転数や接触圧の調整等、従来公知の機械的調整手段を印刷作業者が手動で操作することによって調整され、ほぼ一定量に保持されるのが一般的であるが、近年では、加湿前後の印刷用紙20の含水率をセンサにより測定し、その含水率差に基いて加湿部15における印刷用紙20への加湿用水の供給量を自動的に調整することにより、加湿後の印刷用紙20の含水率をほぼ一定に保持する自動制御機構を備えた印刷装置も使用されている(特許文献7〜8)。
本発明においては、印刷装置10の加湿部15において印刷用紙20に含浸される加湿用水に香料を添加しておくことにより、印刷用紙20の加湿と同時に印刷用紙20に香料を含浸させる。上述した通り、印刷用紙20に含浸される加湿用水の量は、印刷装置10の定常運転中はほぼ一定量に保持されるから、加湿用水に添加された香料の濃度がほぼ一定に保持されていれば、印刷用紙20に含浸される香料の量もほぼ一定量に保持される。なお、加湿後の印刷用紙20の香料の含有量をセンサにて測定し、その測定値に基いて加湿用水の香料の濃度を自動的に調整することにより、得られる香料含有印刷物に含有される香料の量をほぼ一定に保持する自動制御機構を採用することも可能である。この場合の加湿用水の香料の濃度の調整方法としては、香料の濃度の異なる複数種類、例えば高濃度の香料を含有する加湿用水と香料を含有しない加湿用水との2種類、の加湿用水の混合比率を変化させつつ加湿部15に供給する方法等を用いることができる。
印刷装置10の加湿部15における加湿は、前述した通り、印刷用紙20の含水率をほぼ印刷前の水準にまで回復させることを目的として行われるものであり、加湿部15において印刷用紙に含浸させる加湿用水の量を、加熱乾燥工程において印刷用紙20から失われた水分の量にほぼ見合った量に設定することにより、加湿工程の後には印刷用紙20の加熱乾燥を行う必要がない様に構成されている。本発明はこの加湿工程を利用して印刷用紙20への香料の含浸を行うものであり、加湿工程の後に印刷用紙20の加熱乾燥を行わないので、印刷用紙20に含浸された香料が加熱乾燥時の熱により揮発散失することがなく、そのほぼ全てが印刷用紙20中に含浸されて留まった状態で製品の香料含有印刷物となるので、香料の無駄が極めて少なくて済む。さらに、複数種類の香料を組み合わせて使用する場合には、印刷用紙20への香料の含浸後に加熱乾燥を施す製造方法によると、加熱乾燥温度における香料の種類毎の揮発速度の差によって加熱乾燥工程の前後で香料の組成が変化してしまうのに対し、本発明の製造方法によれば、加湿用水に添加した香料の調合時の組成がそのまま製品の香料含有印刷物に含有される香料の組成となるので、製造される香料含有印刷物の香りの品質が安定するほか、香料の調合時に加熱乾燥温度における香料の種類毎の揮発速度の差を考慮する必要がなく、複数種類の香料の調合による香りの設計が容易となる利点もある。
本発明において使用する香料の種類は特に限定されず、従来公知の各種の香料から選ばれる任意の一種を単独で、若しくは任意の複数種を適宜組み合わせて使用することができる。係る香料として具体的には、動植物等から抽出された天然香料、化学的に合成された合成香料、複数種類の香料を調合した調合香料がある。このうち天然香料としては例えばジャスミン、ローズ、カーネーション、ライラック、シクラメン、スズラン、バイオレット、ラベンダー、キンモクセイ等の花卉系、オレンジ、レモン、ライム等の柑橘系、シナモン、ナツメグ等の香辛料系、ヒノキ精油、ヒバ精油、スギ精油等の木材精油系等を挙げることができる。また合成香料としては例えばリモネン、ピネン、カンフェン等の炭化水素類、リナロール、ゲラニオール、メントール、シトロネロール、ベンジルアルコール等のアルコール類、シトラール、シトロネラール、ノナジエナール、ベンズアルデヒド、シンナミックアルデヒド等のアルデヒド類、アセトフェノン、メチルアセトフェノン、メチルノニルケトン、イロン、メントン等のケトン類、メチルアニソール、オイゲノール等のフェノール類、デカラクトン、ノニルラクトン、ウンデカラクトン等のラクトン類、酢酸リナリル、酢酸ゲラニル、酢酸ベンジル、酢酸テルピニル、酢酸シトロネリル、安息香酸メチル、安息香酸エチル、安息香酸イソアミル、安息香酸ベンジル、ケイ皮酸メチル、ケイ皮酸エチル等のエステル類等を挙げることができる。
これらの香料を加湿用水に添加するにあたっては、水溶性の香料であればそのまま水に溶解して使用すれば良いし、油溶性の香料の場合は乳化剤を使用して乳化状態で水中に分散させるか、若しくは水中油滴型エマルジョンを形成する適当なエマルジョン樹脂粒子に香料を含浸させて水中に分散させたものを使用すれば良い。香料の添加量は、製造すべき香料含有印刷物に所望される香気発散性能に応じて適宜調整すれば良い。
なお、本発明においては、加湿用水に添加する香料としてマイクロカプセル化香料を使用するか、若しくはマイクロカプセル化香料とマイクロカプセル化されていない香料とを併用することも可能である。しかしながら、マイクロカプセル化香料はその粒径が大きいため、印刷装置10の加湿部15において印刷速度と同じ高速度での印刷用紙20の加湿処理に使用可能な低粘度の加湿用水中に安定な状態で分散させることは困難であり、印刷用紙20に含浸される香料の量がばらついたり加湿用水の配管が詰まったりする原因となり易いほか、印刷用紙20に含浸させる際に紙繊維の絡合組織に阻まれて印刷用紙20の内部にまで含浸されず、香料が印刷用紙20の表面に濃集する原因となる場合もある。さらには、マイクロカプセル化香料は外力を加えてマイクロカプセルを破壊させない限り香気が発散しないので、例えば顧客誘引効果や注意喚起効果、精神安定効果や健康増進効果等を目的とする用途の様に、常時香気を発散させたい用途には不向きである。以上の様な理由により本発明においては、マイクロカプセル化されていない香料を使用することが好ましい。
本発明において使用する印刷用紙20の種類は特に限定されず、製造すべき香料含有印刷物の用途に応じて任意の印刷用紙20を使用することができる。具体的には、例えば上質紙、中質紙、更紙、薄葉紙、微塗工紙、アート紙、コート紙、キャストコート紙、純白ロール紙、晒クラフト紙、未晒クラフト紙等、従来より一般的な印刷物の製造に使用されている汎用の印刷用紙を使用することができる。但し、本発明において使用する印刷用紙20は文字通り紙、すなわち木材パルプ等の繊維の絡合体からなる吸放湿性や吸水性を有する紙であることが必要であり、例えばポリエチレンラミネート紙又はポリプロピレンラミネート紙等のフィルムラミネート紙や、樹脂含浸紙、合成紙等の様に、吸放湿性や吸水性を有さないものは、本発明の目的には不適当である(フィルムラミネート紙や樹脂含浸紙は合成樹脂と紙との複合素材、合成紙は紙を模したプラスチックフィルムであって、いずれも厳密には紙ではない)。
なお、本発明においては、印刷用紙20として予め香料が添加ないし含浸されて香料を含有するものを使用することも可能であり、これにより得られる香料含有印刷物の香料含有量を高めたり、予め添加ないし含浸された香料とは異なる香料を加湿時に含浸させることにより、印刷前の印刷用紙20とは異なる香気を発散する香料含有印刷物を得たりすることができる。しかしながら、前述した様に、予め香料を含有する印刷用紙20を用意するためには、印刷用紙20は特殊用途の少量生産となるため高価となり、用意すべき印刷用紙20の種類が増加して在庫管理が煩雑となるほか、印刷用紙20の抄造後(原料パルプに香料を添加した場合)又は印刷用紙20への香料の含浸後の加熱乾燥工程において香料が揮発散失するため香料の無駄が発生するほか、香料を含有する印刷用紙20の在庫中や輸送中にも香料が徐々に揮発散失して、印刷用紙20中の香料の含有量が変動するため、得られる香料含有印刷物の香気発散性能面の品質が不安定となり易いこと等の問題がある。従って、本発明において使用する印刷用紙20としては、実質的に香料を含有しない印刷用紙20を使用することが好ましい。実質的に香料を含有しない印刷用紙20、すなわち汎用の印刷用紙20であれば、市場において容易且つ安価に調達可能であり、香料を含有しない通常の印刷物に使用するための印刷用紙との共用が可能であるから、在庫管理が煩雑化することもない。
本発明において使用する印刷インキの種類は、揮発性溶剤を含有し該溶剤の揮発により乾燥する溶剤型印刷インキ又は熱重合型樹脂をベヒクルとし該ベヒクルの熱重合により乾燥する熱重合型印刷インキ等、加熱乾燥型の印刷インキであれば特に限定されるものではなく、例えば従来より一般的な印刷物の製造に使用されている汎用の印刷インキを使用することができる。なお、本発明において使用する印刷インキの全部又は一部として、香料を含有する印刷インキを使用することも可能であり、これにより得られる香料含有印刷物の香料含有量を高めたり、印刷物中の場所によって異なる香気を発散する香料含有印刷物を得たりすることができる。さらには例えば、加湿工程において含浸させる香料にはマイクロカプセル化されていない香料を使用する一方、マイクロカプセル化香料を含有する印刷インキを印刷に使用することによって、叩いたり擦ったりして外力を加える前と後とで発散する香気が変化する香料含有印刷物を得る等の応用も可能である。
しかしながら、マイクロカプセル化されていない香料を含有する印刷インキを使用した場合には、印刷工程の後の加熱乾燥工程において香料が揮発散失する結果、香料の無駄が多いと共に、該揮発散失によって印刷インキ中の香料含有量が変動するため、得られる香料含有印刷物の香気発散品質が不安定となり易く、一方、マイクロカプセル化香料を含有する印刷インキを使用した場合には、マイクロカプセル化香料は高価なため、得られる香料含有印刷物の製造原価の上昇要因となる。またいずれの場合にも、得られる香料含有印刷物の香料含有量は印刷される印刷インキの量(画線部の面積率、印刷インキの被膜厚等)に依存するため、印刷すべき文章や画像等の内容によって香料含有量が変動し、得られる香気発散効果が不安定となることや、香料を含有する特殊な印刷インキを予め用意する必要があるため、印刷インキの製造原価が上昇したり、印刷インキの在庫管理や印刷開始時の条件設定、印刷装置の保守管理等が煩雑化したりすること等の問題がある。従って、本発明において使用する印刷インキとしては、香料を含有しない印刷インキを使用することが望ましい。
本発明の香料含有印刷物の製造方法によれば、香料を含有しない印刷インキのみを使用して香料含有印刷物を製造することができ、使用する印刷インキの種類には加熱乾燥型であることの他には特に制約はなく、香料を含有しない通常の印刷物の製造にも使用されている汎用の印刷インキを使用することができる。従って、印刷インキが市場において容易且つ安価に調達可能であり、印刷インキの在庫管理や印刷開始時の条件設定、印刷装置の保守管理等に余計な手間が発生することがない。特に、同一の印刷装置10を使用して香料含有印刷物と香料を含有しない通常の印刷物との両方を製造する場合には、通常の印刷物の製造の後に香料含有印刷物の製造を行ったり、香料含有印刷物の製造の後に通常の印刷物の製造を行ったりする場合の切り替えの際に、加湿部15に使用する加湿用水を交換するだけで、印刷部12においては同一の印刷インキを引き続き使用することが可能な場合もあり、その場合、印刷部12のインキ貯留部に貯留されている印刷インキを入れ替えたり、インキ貯留部やインキロール等の部品を洗浄又は交換したりする必要なく、短時間で簡便に切り替え作業を行うことができ、印刷装置10の稼働率向上や生産性向上に寄与することもできるという利点もある。