本発明は、印刷装置におけるガイドローラまたは中間胴用被覆体、これを用いた印刷装置に関するものである。
印刷技術は、文字その他の図形情報を、紙その他の被印刷体面上に、同質画像を形成したハードコピー(印刷物)として大量に複製する技術である。このような印刷技術において、印刷版に色材(インキ)を付着させ、被印刷体面に圧着転移して印刷物を作成するのに用いられる印刷装置としては、周知のように、印刷版の形式および印刷版からの被印刷体面へのインキの転移形式(直接印刷あるいは間接印刷方式)の相違によって、オフセット印刷機、凸版印刷機、フレキソ印刷機、グラビア印刷機、スクリーン印刷機等の各種のものがある。
これらの印刷装置においては、印刷版を直接に被印刷体に圧着させるか、あるいは印刷版に付着したインクをいったん転移したゴムブランケット等の中間媒体を被印刷体に圧着させるかの相違はあれ、このような印刷要素(印刷版または中間媒体)上のインキを被印刷体に転移するという大きな概念においては同じであり、被印刷体をこれらの印刷要素に圧着しその後移送する被印刷体の圧着・移送系の構成としては、共通するところも多い。
図6は、オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図面である。オフセット印刷機においては、インキは版胴1からゴム胴(ゴムブランケット)2に転写された後、ゴム胴2と圧胴3の間に送入された被印刷体4面上へと圧着転移し、インキ像(印刷物)5を形成する。
従来、オフセット印刷機の圧胴または中間胴としては、金属シリンダー表面を通常、クロムメッキにより表面仕上げしたものが使用されているが、このような構成の圧胴または中間胴を備えた印刷機で、両面印刷を行なった場合、第一面印刷後の被印刷体4が次工程において図7に示すように上記と同様の構成のゴム胴2と圧胴3の間に送入される(すなわち、インキ像5が形成された被印刷体の第一面が圧胴3側に接する)と、第一面に印刷されたインキ像5が、圧胴3面上に転写インキ像6として転写され、続いて送られてくる被印刷体4の同面にこの転写インキ像6が再度転写される結果、印刷面が汚染される(以下、「裏汚れ」と称する。)という問題が生じていた。両面印刷を繰返せば、この傾向は更にひどくなり、印刷ムラを発生させることとなった。これらの汚れは、中間胴においても同様に発生する。
従って、上記したような両面印刷を繰返す場合(中間胴は片面機でも汚れが発生する)、必ず圧胴・中間胴の洗浄を行なわなければならず、しかもこの圧胴・中間胴の洗浄は、圧胴・中間胴の表面に付着したインキが、容易に除去困難であるため、印刷機を停止し、非常に不安定な姿勢で狭小な部位へと手を延ばし、有機溶剤を含ませたウェス等を用い、圧胴・中間胴を逐次手動にて回転させながら拭き取るという極めて危険かつ困難な手作業を強いられるものであった。
このような問題を解決するために、特開昭62−94392号公報においては、金属シリンダー表面を特定のシリコーン系樹脂により被覆してなる圧胴が提唱されている。
しかしながら、このように金属シリンダー表面に、単にシリコーン系樹脂を被覆した場合、得られるシリコーン系樹脂皮膜の硬度が低いため、傷、磨耗による性能低下が著しく、オフセット印刷機の圧胴・中間胴のように取替えの困難な部品として使用することは実用的でないことが判明した。加えて、金属シリンダー表面に直接このようなシリコーン系樹脂皮膜を形成した場合、その表面性状は極端に滑らかで平坦なものとなるが、このような表面形状を有するものであると、被印刷体4と完全に密着接触することとなるため、シリコーン系樹脂が表面エネルギーの低い非粘着性の表面物性を示すにもかかわらず、被印刷体4からのインキの移行がかなり多いことが判明した。
図8はまた、別のオフセット印刷機における被印刷体の印刷および移送機構の概略的な構成を示す図面である。この例は、被印刷体4としてロール状に巻かれた連続紙を用いる輪転式のものであり、上記と同様にして、インキが版胴1からゴム胴2に転写され、さらにゴム胴2と圧胴3の間に送入された被印刷体4面上へと圧着転移し、インキ像5が形成されるが、インキ像5を表面に形成された被印刷体4は、その後、複数のガイドローラ7によって移送変向されながら装置内を通過する。
このようにロール状に巻かれた紙、フィルム等の被印刷体に連続的に印刷を行なう輪転機においては、被印刷体の移送系において多くのガイドローラを備える。このようなガイドローラを用いた移送系は、上記したようなオフセット輪転機(新聞輪転機、商業用オフセット輪転機、フォーム輪転機)のみならず、グラビア印刷機、フレキソ印刷機、凸版新聞輪転機等の輪転機も同様に有するものである。
輪転機用ガイドローラ7としては、軽量化のためアルミニウム合金パイプを素材としたものが多い。もちろん、この他に鉄パイプの表面にクロムメッキを施したもの、あるいはより軽量化のために炭素繊維強化樹脂等を使用しているものなども知られている。さらに、被印刷体のスリップ防止およびインキ付着防止のために、これらのガイドローラ表面に、ローレット加工したもの、表面をサンドペーパー状の粗面にしたテープを貼付したものセラミックスを溶射したものなどが知られている。
しかしながら、アルミニウム合金パイプをローレット加工したものは、耐磨耗性が低く短期間でローレットの凹凸が消失してしまい、スリップを生じやすくなるものであった。またサンドペーパー状の粗面テープをローラ表面に貼付したものにおいても同様に短期間の使用でサンド・ビーズの脱落、テープの剥離等が生じ長期の使用に耐えられないものであった。一方、セラミックスの溶射面を形成したものは、耐磨耗性が非常に高くかつ耐スリップ性の面でも非常に良好な効果があるものの、以下のようなインキ付着性の問題が顕著となるという欠点が生じるものであった。
すなわち、従来知られるいずれのガイドローラの表面も、比較的インキ付着性の高い物性の材質からなるものであり、従って、このようなガイドローラ7は、表面に凹凸加工をされていても、輪転機を長時間運転すると、上記した圧胴における場合と同様に、被印刷体4表面に印刷されたインキ像5が、接触するガイドローラ7面上に転写インキ像8として転写され、更にこの転写インキ像8が後続する被印刷体4表面に逆転写され印刷物の汚染が生じるという、上記した圧胴における場合と同様の問題が生じている。このため、輪転機の運転にあっては、定期的にこのようなガイドローラの洗浄を行なわなければならず、洗浄操作のための印刷作業の中断、洗浄負荷が大きく、また洗浄をおろそかにすると、印刷物不良品を出すというトラブルの発生を招くこととなる。
特に、前記セラミックスの溶射面を形成したものにあっては、インキが溶射粗面の凹部に入り込んで付着してしまうために、表面を拭うことによっては容易に除去できず、また溶剤を用いて洗浄を行なうと溶剤に溶解したインキがセラミックス溶射層の気孔内へと移行含浸されてしまうために、洗浄操作が困難であった。 さらに、特開昭63−102940号には印刷機の中間胴のインキ汚れを防止するために、シリコン樹脂を表面層にもちかつ圧縮性を有するカバリング材を中間胴の表面に巻き付けることが提案されている。しかし上記したようにシリコン樹脂コーティングのみの被覆材は、耐磨耗性が著しく乏しく、磨耗接触により極めて短期間で離型効果を失うため磨耗作用下で使用される部材への適用は実用性がない。
また印刷機の圧胴、送り胴、ガイドローラへのインキ付着防止用部材として、特公昭53−7841号、実開昭61−31740号にはクラフト紙、合成紙、樹脂フィルム等の基材上にガラスビーズをコーティングしたインキ付着防止用被覆体に関する技術が開示されており、また一般的に市販されており、これらを圧胴、送り胴、ガイドローラへ張り付けることが実施されている。この技術は、ガラスビーズの頭面を印刷面と接触させることによる点接触効果でインキ付着を防止するという発想であり、材質的には比較的表面エネルギーが高くてインキに対する反撥性が弱いため充分なインキ付着防止効果を発揮していない。特にガラスビーズ相互の間に形成される谷間(凹部)は、鋭角形状であるためにインキが残留・固化しやすく、ある程度の時間運転するとインキ、紙粉等が付着堆積し後続する紙を汚染してしまう欠点がある。このため機械を定期的に停止させて有機溶剤で付着汚染物を洗浄除去する必要があり、この場合も長持間印刷機を連続稼働させることが不可能であり、汚染物の除去に要する時間と労力がかなり大きいものであった。また、繰返し使用によって前記谷間に残留する乾燥固化したインキ等の残留汚染物が増大すると共に離型効果を失い、短期間で新しい被覆体に張り代える必要があるなど問題点が多いものであった。
さらに特公昭53−7841号においては、上記ガラスビーズの代りにシリカゲル、アルミナ、スチレンゲルなどの多孔質ビーズをシート状基材接着し、この多孔質物の細孔内に水分を包含させ、ビーズ面を印刷稼働中絶えず湿潤させた状態に保ち、インキ反撥姓を付与する技術が開示されている。この多孔質物中の水分補給はスプレーなどの方法で可能であると述べられているが、使用中のシート面に水をスプレーすると余分な水が印刷紙面へと付着し、色濃度低下等の問題が生じる虞れが高く、コントロールが非常に難しい。また多孔質物質の細孔内にはインキが詰って短期間にその機能を喪失してしまう等実用的でない。さらに水によるインキ反撥性効果が失われると、前記ガラスビーズを接着させたシートの場合同様に、ビーズ相互の間に形成される谷間へのインキ堆積による諸問題が発生し、大きな改善効果が維持できないものであった。
従って本発明は、各種印刷装置のガイドローラまたは中間胴の汚れを少なくし、これらの洗浄頻度の低減による作業負荷の軽減と、設備稼働率の向上を可能にする輪転機用ガイドローラまたは中間胴用被覆体を提供することを目的とする。本発明はさらに、耐久性の高い被覆体を提供することを目的とする。
上記諸目的は、下記(1)〜(6)により達成される。
(1) 印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置されるガイドローラまたは中間胴の実質的全周面にわたり着脱可能に巻装される被覆体であって、可撓性基板上に、表面に微細な凹凸を有する硬質ベース層と前記ベース層の表面上に前記凹凸を完全に消失させることなく形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜150μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とするガイドローラまたは中間胴用被覆体。
(2) 前記低表面エネルギー性樹脂が、シリコーン系樹脂である前記(1)に記載の被覆体。
(3) 合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙からなる基板上に、セラミックス粉体またはガラスビーズ等の無機微粒子を付着させて形成された硬質ベース層と前記ベース層の表面上に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されているものである前記(1)または(2)に記載の被覆体。
(4) 該被覆体がオフセット印刷機用の中間胴用被覆体である前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の被覆体。
(5) 該被覆体が輪転印刷機用のガイドローラ用被覆体である前記(1)〜(3)のいずれか一つに記載の被覆体。
(6)可撓性基板上に、表面に微細な凹凸を有する硬質ベース層と前記ベース層の表面上に前記凹凸を完全に消失させることなく形成された低表面エネルギー樹脂層とからなる複合被膜が形成されており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20〜150μmで、滑らかな凹凸を有するものである請求項1〜5記載の被覆体を巻装してなるガイドローラまた中間胴を有してなる印刷装置。
以上述べたように、本発明の被覆体を巻装した被印刷体圧着・移送用ローラは、その表面性状が微細で比較的滑らかな凹凸を有するものであり、耐磨耗性に優れたセラミックス溶射層ないしは無機微粒子層と表面エネルギーの低いシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合皮膜で基材表面を被覆しているものであるため、表面にインキが付着し難いものである。このため各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラ、例えば、オフセット印刷機における中間胴、あるいはオフセット輪転機(新聞輪転機、商業用オフセット輪転機、フォーム輪転機)、グラビア印刷機、フレキソ印刷機等の各種輪転機におけるガイドローラとして好適に使用できるものであり、連続して多量ないし長持間の印刷操作を行なう場合に、洗浄操作を施す必要もなく、汚れのない良好な印刷品質の印刷物を提供できるものとなり、かつその耐久性も優れたものである。さらに、表面に付着したインキも乾式にて容易に除去できるものであることから、従来、非常に危険でかつ重労働であったローラの洗浄操作も極めて容易なものとなり、清掃に費す時間と労力、またイニシャルコストの削減の上でも非常に高い効果を与えるものである。さらに、例えばビジネスフォーム輪転機等においては、逆転写の不具合を解消するためにUVインキを使用することが行なわれていたが、本発明のガイドローラを用いることによって、インキ自体がコスト的に高くまたおよび装置構成が複雑かつコスト高になるUVインキを使用しなくとも、通常のインキで同等の印刷レベルを達成することが可能となる。
また、本発明の被覆体において、基材として合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙などを使用した態様においては、その生産性に優れかつ既設の各種印刷機の様々なサイズの非印刷体圧着・移送ローラに対しても任意のサイズに容易に裁断して巻装可能であり、その適用範囲が非常に広いものとなる。
さらに、このような構成を有するローラは、印刷機の分野のみならず、粘着移行性物質が表面に付与されたフィルム状体を処理するその他の分野における各種ローラとしても、同様の優れた効果を奏するものである。
このように本発明に係るガイドローラまたは中間胴用被覆体は、金属製基板に金属またはセラミックスを溶射したもの、あるいは、合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙からなる可撓性基板上にセラミックス粉体またはガラスビーズ等の無機微粒子を付着させて表面に微細な凹凸が形成された硬質ベース層と,前記ベース層の表面に前記凹凸を完全に消失させることなく形成させた低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面形状が表面粗度Rmax20〜150μmで、滑らかな凹凸を有するものである。図1は、このような本発明に係るガイドローラ用または中間胴用の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、図2は、本発明に係るガイドローラまたは中間胴の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、また図3は、本発明に係るガイドローラまたは中間胴の製造過程における断面構造を模式的に示す図である。なお、これらの図において縦横の縮尺比は誇張して描かれている。
ここで、このセラミックス溶射層12の上部から、例えばシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂を含浸コーティングして乾燥固化させると、図1および2に示すように、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層13が形成される。低表面エネルギー性樹脂13は、前記したようにセラミックス溶射層12がピッチ波状凹凸を有することおよび多孔質であることから、これらの部位に入り込むことによるアンカー効果によってセラミックス溶射層12との密着性がよく複合皮膜化し、セラミックス溶射層12と低表面エネルギー性樹脂層13とで複合被覆皮膜14を構成する。
さらに低表面エネルギー性樹脂13は、セラミックス溶射層12の表面を実質的に全面的に覆うが、そのうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着する。このため、セラミックス溶射層12のみを形成した状態と比較すると滑らかな表面性状となるが、セラミックス溶射層12に起因する凹凸が完全に埋没してしまうものではなく、前記うねり状凹凸は概ね維持され、滑らかな凹凸を有する粗面が形成できるものである。なお、最終的な表面粗度Rmaxは代表的には20〜150μm程度とすることが望ましい。また最終的な滑らかな凹凸における凸部(前記うねりの凸部)は、例えば30μm×30μm平方〜60μm×60μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在することが望ましい。なお、ここで言う凸部は、被測定物表面を長さ20mm×幅20mmにわたり2次元的に走査して測定し、この測定領域内における最高凸部の高さの70%以上の高さを有する凸部を指すものである。
このため、本発明に係るガイドローラまたは中間胴が、被印刷体と接触する際には、ローラ表面全体で接触することなく前記したような滑らかな突起においてのみ接触し、かつその表面には低表面エネルギー性樹脂が存在するために、被印刷体からのインキの移行は起りにくく、かつ移行したインキも、表面が低表面エネルギー性樹脂によるものであることと滑らかな凹凸のプロフィールを有することが相俟って、乾燥した布材等で軽く触れるだけで容易に除去できるものである。
また、前記したように低表面エネルギー性樹脂層13はセラミックス溶射層12と複合化されて表面に付与されているために、極めて長期間使用されたとしても全体的に磨耗剥離してしまうといったことは生じず、前記うねり状凹凸の凸部という極めて小さな部位で磨耗が生じるのみである。このため長期間にわたってロール表面の低表面エネルギーが維持され、特性の劣化が生じにくいものである。なお、このうねり状凹凸は、より微細なピッチの凹凸との比較のために「うねり」と表現したが、目視的には全くわからない程度のものであり、従ってその凸部の表面の樹脂層13が磨耗してセラミックス溶射層12が露出し、この部位でインキの付着、逆転移が生じたとしても、印刷品質上全く問題とならないものである。
なお、本発明においては、例えば図4に示すように、ローラが、ローラ本体20上に脱着可能に巻装される被覆体21を有する構成とし、この被覆体21の基材としての金属製板材22上に前記したと同様な金属溶射層23、およびセラミックス溶射層24と低表面エネルギー性樹脂層25とからなる複合被覆皮膜26を形成するものとしても良く、この場合、前記と同様に優れた作用、効果が得られると共に、万一、その表面で何らかの不具合が生じた場合においても、ローラ本体20を交換することなく被覆体21のみを交換できるためにコスト的に有利である。なお、このように被覆体21を形成する態様においては、そのローラ本体20への装着時に曲げ応力が加わることを考慮すれば、複合被覆皮膜26の金属製ローラ基材10.22への密着性を高めるために、前記金属溶射層23はできる限り形成することが望ましい。
さらに、被覆体とした場合においては、上記したようなものとは別の態様が、適用されるローラの種類によってはより好ましい場合がある。すなわち、上記したような本第2発明の第1の態様の被覆体を適用したローラ、ないしは第1発明のローラは、実機使用において、非常にインキ付着防止効果が高く、かつ耐久性も高いため、実用的に非常に大きな価値を有している。しかし、既設の印刷機の圧胴、中間胴、ガイドローラ等に適用する場合、ローラの交換、プレート脱着機構の改造等が必要となるというように、作業が煩雑で、コストも高価になるという側面も有している。また、本第2発明の第1態様の被覆体の場合、基材として金属製板材を用いるが、金属製板材は装着するローラの形状に応じて縦横の寸法、装着のための孔加工、曲げ加工等を予め行なった後、セラミックス溶射、低表面エネルギー性樹脂コーティングを行なう必要があり、必然的に切板でのバッチ処理となるためコスト高となる。そして、このような被覆体の適用対象たるローラとしては、印圧のかからない低負荷のものも多くある。
このような観点から、主として印圧・摩擦等の条件が低負荷であるローラ用の被覆材としては、例えば図5に示すように、基材32として合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙等を使用し、また前記セラミックス溶射層23に代わる硬質ベース層として、セラミックス粉体、ガラスビーズ等の無機微粒子を複数付着させて形成し、この無機微粒子層33と低表面エネルギー性樹脂層34とからなる複合被覆皮膜35を形成してなる第2の態様のものが考えられる。なお、図中符号36は、基材32に無機微粒子を付着させるための接着剤層である。
この第2態様の被覆体の場合、その耐久性という面では上記第1態様の被覆体に劣るものの、容易に任意のサイズに鋏、カッター等を用いて裁断でき、巻装のための曲げ加工等も特に必要ないといった加工性の面で、またコスト面においても有利なものとなる。
この第2態様の被覆体は、前記したように特に低負荷ローラに対する被覆体として有利なものとなる。さらに、もう1つ着目すべき点が存在する。すなわち、従来の、例えばブラスト処理したクロムメッキのローラ等を高負荷部に用いた印刷装置(例えば、オフセット印刷機の圧胴としてクロムメッキローラ)においては、印刷装置の操業時に当該ローラの汚れが著しく、頻繁に操業を停止して当該ローラの手作業による清掃を行なう必要があり、低負荷部のローラもこの際合せて清掃するためにあまり問題とはなっていなかったが、本願第1発明に係るローラあるいは本願第2発明の第1態様の被覆体を巻装してなるローラを高負荷部に用いた印刷装置の場合、後続する低負荷部のローラが一般的な鉄製ローラにクロムメッキを施したものあるいはこれらにガラスビーズ被覆体等の従来の被覆体を貼着したものであると、当該高負荷部ローラの汚れ頻度が著しく低下するために、かえって低負荷部ローラの汚れが問題となり、この低負荷部ローラの清掃あるいは貼着された被覆体の交換のために操業を停止しなければならないという事態が発生しており、このように本願発明の第1態様に係る被覆体を巻装したローラを高負荷部に有する構成とした印刷装置においては、低負荷部のローラに上記第2態様の被覆体を巻装することで極めて操業性に優れた印刷装置を提供し得るということである。
このように本願発明の被覆体としては、可撓性基板上に、表面に微細な凹凸を有する硬質ベース層と前記ベース層の表面上に前記凹凸を完全に消失させることなく形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されてなるものが広く含まれるものである。
以下、本発明を実施態様に基づきより詳細に説明する。
まず、可撓性基板表面に、例えばプラズマジェット溶射法等の公知のセラミックス溶射法を用いることにより、セラミックス溶射層を形成する。セラミックス材料としては、Al2O3、TiO2、Al2O3−TiO2、Cr2O3、ZrO2、WC、WC−Co、Cr3C2、TiC等あるいはこれらの混合物、さらには導電性をもたすためにセラミックスと金属を同時溶射した複合皮膜、サーメット類等が例示されるが、これらに限定されるものではない。セラミックス材料の選択は、可撓性基板または溶射金属との密着強度、耐磨耗性、ならびに得られるセラミックス溶射層が数μm〜数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5〜20%で有しかつその表面粗度がRmax30〜150μm程度となること等の点に、経済性を考慮して行なえば良い。一般的には、ホワイトアルミナ(W−Al2O3)およびグレーアルミナ(G−Al2O3)(Al2O3−TiO2)、クロミア(Cr2O3)などが望ましい。
なお、セラミックス溶射層が数μm〜数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5〜20%で有することが望まれるのは、セラミックス溶射層に後述する低表面エネルギー性樹脂層を安定して複合形成可能とするためであり、気孔率が5%未満では表面活性樹脂がセラミックス溶射層内部に十分に入り込めず剥離性が高まる虞れがあり、一方気孔率が20%を越えるものであると複合皮膜の骨格構造となるセラミックス溶射層の強度が低下する虞れがあるためである。またその表面粗度がRmax30〜50μm程度を有することが望まれるのは、セラミックス溶射層表面上に後述するような低表面エネルギー性樹脂を堆積した際に、該低表面エネルギー性樹脂が安定に付着しかつ最終的に必要かつ十分な大きさの滑らかな凹凸が形成され易い範囲であるからである。
さらにこのセラミックス溶射層の厚さとしては、平均膜厚30〜200μm、より好ましくは40〜80μm程度であることが望まれる。すなわち、平均膜厚が30μm未満では均一でかつ密着性、強度および耐磨耗性等の特性が十分な溶射層を得ることができない虞れがあり、一方平均膜厚が200μmを越えるものであるとコスト面で不利となるからである。
また、セラミックス溶射層の表面粗度は、前記したように一般にRmax30〜50μm程度であることが望まれるが、最終製品として必要とされる最適な表面粗度は、ローラの種類によって異なる。
このようにしてセラミックス溶射層が形成されたら、その上部から低表面エネルギー性樹脂を例えば、スプレー、ディッピング、ハケ塗り、ローラ塗布等の方法で含浸、コーティングし、所定の温度で乾燥固化させ、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層を形成する。低表面エネルギー性樹脂としては、使用されるインキに対する濡れ性が低くかつインキ組成中等に使用される薬剤に対し安定な皮膜、望ましくは高硬度皮膜を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、通常、シリコーン系樹脂およびフッ素原子含有樹脂が望ましく、さらにその硬度、施工性、化学的安定性等の面からシリコーン系樹脂が望ましい。
シリコーン系樹脂としては、施工後に、高分子化、三次元化してSi−O−Si結合と有機基、望ましくはメチル基および/またはフェニル基、より望ましくはメチル基を主体とする骨格構造を有し、安定な硬化皮膜を形成できるものであればよい。側鎖としてのメチル基が多くなるほど、インキに対する濡れ性は低いものとなるが、その硬度の向上面からはフェニル基、あるいはビニル基などの官能基に起因する架橋構造の含有割合を高めることが望まれる。
なお施工時の形態は特に限定されるものではなく、例えば、オリゴマー、モノマー等の液状のもの、あるいは樹脂状のものを適当な溶媒に溶解した溶液状のものなど、例えば、シリコーンワニス、シリコーンゴム等に分類され市販される公知の各種の組成のものを適宜選択して使用することができるが、例えば、ワニス系シリコーン離型剤として市販されている組成物、ないしこれに類似する組成物が、施工性および得られる皮膜特性の面から好ましいものが多い。シリコーン離型剤としては、例えば、一般式(I)で示されるような構造を有するシリコーンポリマーないしコポリマーを主成分とするものが市販品として入手できる。
(但し、式中、Rはそれぞれ独立に水酸基、アルキル、アリール、アルケニル、ハロゲン置換アルキル、ハロゲン置換アリール、ハロゲン置換アルケニル、好ましくはメチル基を表し、nは1〜30000である。)
しかしながら、もちろん使用されるシリコーン系樹脂組成物としては、このようなシリコーン離型剤に何ら限定されるものではない。
またこのようなシリコーン系樹脂組成物中には、必要に応じて、皮膜硬度を高めるためのシリカ微粒子等の充填剤を配合することも可能であるが、セラミックス溶射層の空孔部および凹部に十分侵入し得る程度の粒径のものである必要がある。
またフッ素原子含有樹脂としては、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等といった熱可塑性フッ素原子含有樹脂を用い、適当な溶剤に懸濁ないし膨潤させて塗布し、溶融温度以上に加熱して成膜するといったディスパージョン加工法を用いることも可能であるが、セラミックス溶射層の表面上および孔部内により確実に皮膜を形成するためには、分子鎖内に少量の水酸基、カルボン酸基等の官能基を有し、液状にて塗布可能でかつ常温または加熱して架橋硬化する熱硬化性フッ素原子含有樹脂の方が望ましく、例えば、フルオロエチレンとアクリル酸、メタアクリル酸との共重合体などが例示される。
形成される低表面エネルギー性樹脂層のセラミックス溶射層表面上における厚さは、前記したようにセラミックス溶射層のうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着するため、平均膜厚として規定することは困難である。しかしながら、溶射層の表面を実質的に全面的に覆い、かつセラミックス溶射層のうねり状凹凸を維持したものとなるように、全体を通じて0.5〜20μm程度の厚さにおいて付着することが望ましい。
このため本発明のローラは、各種の印刷機における圧胴または中間胴に配される各種のローラとして好適に使用でき、具体的には例えば、オフセット印刷機における圧胴・中間胴、あるいはオフセット輪転機(新聞輪転機、商業用オフセット輪転機、フォーム輪転機)、グラビア印刷機、フレキソ印刷機、凸版新聞輪転機等の各種輪転機におけるガイドローラとして好適に使用できるものである。
次に本第2発明の被覆体について詳細に説明する。本第2発明の被覆体は、可撓性基板上に、表面に微細な凹凸を有する硬質ベース層と前記ベース層の表面上に前記凹凸を完全に消失させることなく形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜が形成されてなるものである。
可撓性基板としては、比較的耐圧性、耐久性等を重視する場合には、アルミニウム合金板、ステンレス鋼板等の金属製板材を用いることが、また施工容易性、価格面等を重視する場合には、水、溶剤等の吸収による収縮、熱による伸縮の小さいもの、ローラ表面にうまく密着するようなある程度の可撓性を有するもの、またある程度の引裂き、張力に耐える強度を有しかつカッターナイフ、鋏等による裁断加工の容易なものであるといった観点から、合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙などを用いることが例示されるが、もちろんこれらに限定されるものではない。なお、合成樹脂フィルムとしては、ポリエチレン、ポリプロピレンといったオレフィン系フィルム、ポリウレタン系フィルム、ポリエステル系フィルム、ポリ塩化ビニルないしポリ塩化ビニリデン系フィルム、ポリアミド系フィルム等が、また耐水処理紙としては、樹脂含浸紙、耐水処理クラフト紙、あるいはその他の耐水不織紙などが含まれるが、もちろんこれらに何ら限定されるものではない。
なお、可撓性基板の板厚としては、板材の種類、あるいはローラの種類等によっても左右されるものであり、特に限定されるものではないが、例えば0.1〜0.5mm程度のものが用いられ得る。
このような可撓性基板上部に形成される表面に微細な凹凸を有する硬質ベース層としては、例えば、前記したようなセラミックス溶射層、あるいは複数の無機微粒子により形成されるコーティング層などが例示でき、さらに前記ベース層の表面上に前記凹凸を完全に消失させることなく形成された低表面エネルギー性樹脂層としては、前記したようなシリコーン系樹脂等が用いられる。
ここで、可撓性基板として金属製板材を用い、硬質ベース層としてセラミックス溶射層を用いる場合(第1の実施態様)には、上記第1発明のローラに関する場合と、その施工される金属製ローラ基材が金属製板材に代わるのみで、その製造方法、製造条件、各層の材質ないし特性値等はほぼ同一であるため詳細な説明を省略する。製造方法についてのみ概略すれば、金属製板材に対し、まず周知の手法により脱脂・ブラスト処理を行ない表面を粗し、次に、必要に応じて金属あるいは金属合金溶射層を形成した後、公知のセラミックス溶射法を用いることにより、セラミックス溶射層を形成し、さらにその上部から低表面エネルギー性樹脂を含浸、コーティングし、所定の温度で乾燥固化させ、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層を形成して複合被覆皮膜層とするものである。
次に、硬質ベース層として無機微粒子層を形成する場合について説明する。使用される無機微粒子としては、各種セラミックス粉体、ガラスビーズ、硬質金属粒子等が用いられるが、好ましくは各種セラミック粉体、ガラスビーズである。これらの微粒子の大きさは、特に限定されるものではないが、平均粒径30〜200μm程度のものでかつ粒径分布の狭い粒径の揃ったものがよく、またその形状としては球形ないしは球形に近いものが、印刷紙および印刷面を損傷しないという観点から好ましい。これらの微粒子は、多孔質のものであってもあるいは実質的に無孔質のものであってもよい。多孔質のものである場合、後述する低表面エネルギー性樹脂の付着性が良好なものとなるが、一方で強度的に弱くかつ価格的にも高価なものとなる場合が多い。無孔質のものである場合、逆に低表面エネルギー性樹脂の付着性は低下するものの、強度面および価格面では有利である。従って、当該被覆体が施工されるローラの使用条件等に応じて多孔質のものか無孔質かは適宜選択すればよい。
このような無機微粒子を、可撓性基材、特に合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙などの基材上部に付着させるのには、一般に接着剤が使用される。使用される接着剤は、十分な耐水性および耐溶剤性を有し、かつ使用される基材および無機微粒子ならびに上部に付与される低表面エネルギー性樹脂との被着性ないし濡れ性が良好なものを適宜選択して使用する。特に限定されるものではないが、例えばアクリル系接着剤、エポキシ系接着剤、クロロプレン系接着剤、シアノアクリレート系接着剤、ウレタン系接着剤、SBR系接着剤、ブチルゴム系接着剤、SBS・SIS系接着剤等が使用され得る。また基材が熱可塑性の合成樹脂フィルムである場合には、無機微粒子の熱溶着(合成樹脂フィルムの部分的溶融)による直接付着といった態様も考えられる。
このような無機微粒子を基材上部に付着させる場合、その付着させた後の表面粗度が適当な値、例えばRmax30〜150μmになるように、無機微粒子の頭が露出する状態で付着させる必要がある。すなわち、無機微粒子が接着剤層等内に完全に埋没してしまうと、ローラに粗面を付与する被覆体としての機能が果せなくなるためである。また、基材上に付着させた無機微粒子は、全体に均一に付着する限り、二層ないしそれ以上積層された状態となっていてもよいが、図5に示すように一層のみとなっている方が、微粒子の剥離等の不具合が発生する虞れが小さく、安定した特性を示すために望ましい。
このように無機微粒子層を形成した後、この上部に上述したと同様にシリコーン系樹脂等を用いて、この無機微粒子層上部に低表面エネルギー性樹脂層を形成し、複合被覆皮膜とする。この低エネルギー性樹脂層の無機微粒子層上における厚さは、無機微粒子の露出頭部には薄く、一方、粒子相互の間に形成される谷部には比較的厚くさせるが、前記頭部および谷部で形成される凹凸を完全に消失させることなく滑らかな凹凸を残すような状態とする必要がある。例えば、無機微粒子の頭部には約2μm程度、一方谷部には約5〜10μm程度の厚さとして付着させることが望ましい。なお、具体的な低エネルギー性樹脂の種類およびその塗布方法等は前記と同様である。なお、低エネルギー性樹脂と無機微粒子(および前記谷部として一部露出する接着剤あるいは基材)との被着性向上のため、例えば、公知のカップリング剤等を使用した化学的前処理あるいは各種の物理的前処理等を行なうことも可能である。
このようにして得られる本第2発明の第2態様に係る被覆体も、最終的な表面性状が滑らかな凹凸を有するものとなるが、その表面粗度Rmaxは、20〜150μm程度であることが望ましい。
なお、本第2発明の第2態様に係る被覆体の場合、基材として合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙などを用いることができるため、例えばロール状に巻かれた長尺の基材に対し、無機微粒子コーティングおよび低エネルギー性樹脂コーティングを行なうということができ、高い製造効率を達成できる。そして、巻装しようとする圧胴、中間胴、ガイドローラ等のローラそれぞれに必要なサイズに容易に裁断して適用できる。
本第2発明の被覆体をローラ本体に取付ける方法としては、捩子止め、接着によるもの、あるいはローラ本体にクランプ装置、巻軸を有する巻締め装置を設けたものなどが採用され得るが、殊に第2態様の被覆体の場合、両面接着テープ等を用いて容易に貼着することができる。
上記したような本第2発明の被覆体を巻装してなるローラの構成あるいは当該被覆体の構成は、印刷機の分野のみならず、前記したような印刷物におけるインキと同様に、粘着移行性物質が表面に付与されたフィルム状体を処理するローラないしその表面被覆体として、同様にこれらの粘着移行性物質によるローラの汚染が生じにくくかつ耐久性の高いものとして好適に使用できることは明らかである。印刷機における圧胴、中間胴またはガイドローラ以外の適用例としては、例えば、各種複写機における被印写体の圧着・移送系におけるローラ等が例示されるが、もちろんこれらに限定されるものではない。
また本第2発明の被覆体を巻装してなる圧胴または中間胴を用いてなる印刷機においては、これらの圧胴または中間胴に対する清浄装置を有することが好ましい。このような清浄装置は、被印刷体の移送経路あるいはその他の装置構成と干渉しない部位において、圧胴または中間胴の面に対し接触し得る清浄体を有するものであればよい。この清浄体はローラ面に対し、印刷終了時のみ接触しうる構成としても、印刷作業時においても適宜接触・離間しうる構成としてもよい。清浄体は、乾式のものでも十分な清浄効果を付与できるが、より高い清浄効果を得る上では溶剤を含浸させた湿式のものが望まれる。なお清浄体は、フェルト、不織布、布材、紙材等の柔軟で吸収性のある材質により構成することができる。また、ローラ面に対し、固定接触する構成としても、回転接触する構成とすることも可能である。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
参考例1
厚さ0.3mmのSUS304製の金属板の表面を、脱脂、ブラスト処理して表面を粗した。なおこの際の表面粗度Rmaxは約10μmであった。
その後、粉末粒径10〜55μmのNi−Cr合金を用い、プラズマ溶射にて前記シリンダー表面に膜厚約30μmのNi−Cr溶射層を形成し、続いて粉末粒径10〜44μmのG−Al2O3を用い、同様にプラズマ溶射して膜厚約70μmのセラミックス溶射層を形成した。このセラミック溶射層の表面粗度Rmaxは約40μmであり、図2に図示するように非常にシャープな突起を有しながらうねる粗面であった。またセラミックス溶射層は0.1〜数十μmの大きさの空孔を有しており、空孔率は約16%であった。このようにして得られた被覆体をダクタイル鋳鉄製の金属シリンダーの表面に巻装して圧胴を得た。この圧胴を以下のような印刷試験に供した。
実施例1
上記参考例1と同様の手順を行なった後、セラミックス溶射層の上から、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KS776L)100部、トルエン300部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT−PL8)1部を混合攪拌した溶液を、スプレー方式で含浸塗布した後、150℃の乾燥炉で1時間乾燥固化させてセラミックス溶射層の表面にシリコーン系樹脂皮膜を形成した。このシリコーン系樹脂皮膜は、セラミックス溶射層の連通空孔部を完全に閉塞し、かつ溶射層の表面において、うねり波状凹凸の凹部には厚くかつ凸部には薄く付着しその全面を完全に覆っているものであり、その膜厚は各部位によって相違するが2〜20μmの範囲にあった。そしてこのシリコーン系樹脂皮膜形成後における表面粗度Rmaxは約30μmであり、図1または図2に図示するように滑らかな凹凸を有する粗面であった。このようにして得られた圧胴を参考例1と同様に以下のような印刷試験に、更に以下のような耐傷性試験に供した。
印刷試験1
上記参考例1および実施例1において作成した圧胴を、オフセット印刷機((株)小森コーポレーション製、菊全両面機)に取付け、紅インキ(東洋インキ(株)製、ハイプラス)を使用して、コート紙3万枚に対し、両面印刷を行なった。なお比較対照のために、通常のクロムメッキ後研磨した圧胴を使用して同様の印刷試験を併せて行なった。その結果、参考例1の圧胴を使用した場合には、圧胴の表面が砂目状の凹凸形状となっている分、通常のクロムメッキの圧胴と比較すると、圧胴表面のインキ汚れは少ないが、紙通し枚数が増えるとどんどん汚れがひどくなり、約3000枚を越えるころには、この圧胴のインキ汚れに起因する印刷物の裏汚れが顕著となり、実用上採用出来ないことが判明した。またセラミックス溶射層の表面の鋭利な突起部で、印刷物のベタ部のインキを取り去ることによって、数μmの微細な素抜け(白抜け)が無数に出来、目視によっても明らかに印刷の鮮明性が劣るものとなっていた。
一方、実施例1の圧胴の場合、3万枚の印刷を行なった後でも、圧胴表面の微細な凸部に極わずかなインキが付着しているのみであり、しかもこのインキ付着量はさらに紙通し枚数を増やしてもほとんど変化なくインキ付着が成長しないものであった。さらに、印刷物のベタ部に当接する部位においても圧胴表面の突起部にインキがほとんど転写されておらず、素抜けも非常に少なくかつ小さいものであり、印刷物の印刷品質上ほとんど障害にならず、良好な印刷物を得ることができた。
また印刷試験終了後、圧胴表面に付着したインキの除去を試みたところ、実施例1のものにおいては、乾いた布で軽く拭き取るのみでわずかに付着したインキを完全に除去できたが、比較対照のクロムメッキの圧胴の場合、このような処理で取除くことは困難で、白灯油を用いて洗浄しないと除去することができず、さらに参考例1の圧胴の場合、このような有機溶剤を用いても表面の微細な凹部に入り込んだインキが完全には除去できず、かつ溶剤に溶解し流動性の生じたインキが気孔内へと浸み込んでいくために洗浄困難であった。
耐傷性試験
実施例1で得られた圧胴の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところ4Hであり、しかも、鉄製の工具(ドライバ)を強く押しつけてこすっても、圧胴上には一旦は金属色の傷状の跡が付くが、その上を指先で拭くとこの跡はきれいに消失した。すなわち、実施例1の圧胴表面に傷が付いたのではなく、工具が削れてその滓が圧胴上に付着しただけのものであった。これは、前記工具とは、圧胴表面微細な突起部のみが工具と接触するだけであり、この突起部は耐磨耗性の高いセラミックス溶射層の上に極薄くシリコーン系樹脂皮膜が付着しているのみであって実質的に前記溶射層の硬度の影響が強く生じるためであると考えられる。なお、この突起部においてはシリコーン系樹脂皮膜が直接的には、工具と接触するものの、非常に微細な点として接触しているのみであり面として接触していないため、これらの非常に微細な突起部のみにおいてシリコーン系樹脂皮膜が磨耗除去されるのみであり、シリコーン系樹脂皮膜が面として剥ぎ取られることはない。
一方比較対照のために、実施例1で使用したシリコーン系樹脂、あるいは特開昭62−94392号で開示されるいくつかのシリコーン系樹脂を、ブラスト処理前の滑らかな表面性状の鋳鉄シリンダー表面に直接コーティングして得られた試験体の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところB〜2Hであり、工具等の硬いもので軽く擦るのみで簡単に傷が付いた。
参考例2
アルミニウム合金製のパイプにより作製されたローラの表面を脱脂、ブラスト処理して表面を粗した。なおこの際の表面粗度Rmaxは約35μmであった。その後、粉末粒径10〜55μmのNi−Cr合金を用い、プラズマ溶射にて前記シリンダー表面に膜厚約30μmのNi−Cr溶射層を形成し、続いて粉末粒径10〜44μmのG−Al2O3を用い、同様にプラズマ溶射して膜厚約70μmのセラミックス溶射層を形成した。このセラミック溶射層の表面粗度Rmaxは約40μmであり、図2に図示するように非常にシャープな突起を有しながらうねる粗面であった。またセラミックス溶射層は0.1〜数十μmの大きさの空孔を有しており、空孔率は約16%であった。このようにして得られたガイドローラを以下のような印刷試験に供した。
実施例2
上記参考例2と同様の手順を行なった後、セラミックス溶射層の上から、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KS776L)100部、トルエン300部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT−PL8)1部を混合攪拌した溶液を、スプレー方式で含浸塗布した後、150℃の乾燥炉で1時間乾燥固化させてセラミックス溶射層の表面にシリコーン系樹脂皮膜を形成した。このシリコーン系樹脂皮膜は、セラミックス溶射層の連通空孔部を完全に閉塞し、かつ溶射層の表面において、うねり波状凹凸の凹部には厚くかつ凸部には薄く付着しその全面を完全に覆っているものであり、その膜厚は各部位によって相違するが2〜20μmの範囲にあった。そしてこのシリコーン系樹脂皮膜形成後における表面粗度Rmaxは約30μmであり、図1に図示するように滑らかな凹凸を有する粗面であった。このようにして得られたガイドローラを参考例2と同様に以下のような印刷試験に供した。
印刷試験2
上記参考例2および実施例2において作成したガイドローラを、それぞれフォーム輪転機((株)ミヤコシ製、MVF18)に取付け、墨、藍、紅、黄のプロセスインキでカラー絵柄の印刷を、上質紙に対し、連続40時間を行なった。なお比較対照のために、通常のアルミニウム合金製ロールでローレット加工したものをガイドローラとして使用して同様の印刷試験を併せて行なった。
その結果、参考例2のガイドローラを使用した場合には、良好な耐スリップ性が得られ、また表面が砂目状の凹凸形状となっている分、比較対照のローレット加工したアルミニウム合金製ガイドローラと比較すると、インキ汚れは少なく約1/2の洗浄頻度であったが、紙通し枚数が増えるとどんどん汚れがひどくなり、約10時間を越えるころには、このガイドローラのインキ汚れに起因する印刷物の汚れが顕著となり、実用上採用出来ないことが判明した。
一方、実施例2のガイドローラの場合、40時間の印刷を行なった後でも、表面の微細な凸部に極わずかなインキが付着しているのみであり、しかもこのインキ付着量はさらに紙通し枚数を増やしてもほとんど変化なくインキ付着が成長しないものであった。このため、肉眼で確認できる程の印刷物の汚れは40時間の連続運転後も生じず、途中でガイドローラを清掃することなく、良好な印刷品質の印刷物を得ることができた。
また印刷試験終了後、ガイドローラ表面に付着したインキの除去を試みたところ、実施例1のものにおいては、乾いた布で軽く拭き取るのみでわずかに付着したインキを完全に除去でき、印刷装置内に備えられるガイドローラーの清浄装置としては乾式のもので十分であることを示唆するものであった。一方、比較対照のものの場合、このような処理で取除くことは困難で、白灯油を用いて洗浄しないと除去することができず、印刷装置内に備えられる清浄装置も、有機溶剤を用いた湿式の洗浄装置が必要であることが確認された。さらに参考例2のガイドローラの場合、このような有機溶剤を用いて洗浄した場合、溶剤に溶解し流動性の生じたインキが気孔内へと浸み込んでいくために非常に洗浄が行ないにくく、従来の有機溶剤を用いた湿式の洗浄装置によっても十分な洗浄効果が得れないとの結論を得た。
実施例3
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KNS316)100部、トルエン100部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT−PL56)3部を混合攪拌した溶液を用いて形成する以外は実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験、耐傷性試験を行なったところ実施例1と同様に優れた結果が得られた。
実施例4〜7
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂としてKR2046(実施例4)、X−40−2141(実施例5)、X−41−9710H(実施例6)、またはX−40−201(実施例7)(いずれも信越化学工業(株)製)を用いて形成する以外は、実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験を行なった。印刷試験終了後の圧胴面上の汚れの度合に若干の相違が見られたものの、いずれのものにおいても、実施例1と同様に良好な印刷品質が保たれ、かつ印刷終了後の圧胴の汚れも乾式にて完全に除去できるものであった。
参考例3
厚さ100μmの合成樹脂フィルム(ポリプロピレン系)に、直接シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KNS316)を膜厚3μmの厚さにコーティングした試験片を作製した。
参考例4
参考例3と同じ合成樹脂フィルムに平均粒径200μmのガラスビーズを接着剤(アクリル系)により、ガラスビーズがフィルム全面を覆いかつガラスビーズが一層だけ均一に分散するように接着させて試験片を作製した。なお得られた試験片の表面粗度は、Rmax140μmであった。
実施例8
参考例4と同じ方法で、フィルム表面にガラスビーズを接着させた後、参考例3で用いたと同じシリコーン系離型剤をこのガラスビーズ層の上部からコーティングした。なおシリコーン系離型剤は、ガラスビーズの頭部では約2μmと比較的薄く、一方ガラスビーズ間の谷部では約5〜10μmと比較的厚くコーティングされ、得られた試験片の表面粗度はRmax133μmとなっていた。
このようにして得られた参考例3、4および実施例8の試験片に対し、以下のようなガムテープ剥離試験および印刷試験に供した。
ガムテープ剥離試験
参考例3、4および実施例8の試験片表面の付着性を確認するため、市販のガムテープ(幅25mm×長さ100mm)を試験片表面に貼着し、これを剥離する際に要する力を測定した。
その結果、初期段階で、実施例8および参考例3についてはガムテープはほとんど付着しない状態(剥離力5g未満)であったが、参考例4については110gの力を要した。なお、比較対照たるポリプロピレン系樹脂フィルムそのものにおける剥離力は480gであった。
次に表面磨耗による剥離力の経時的変化を調べるため、それぞれの試験片を直径100mmのロールに、それぞれシリコーン系樹脂層ないしガラスビーズ層が表面側に向くように両面接着テープで取付け、その上にコート紙を巻角90°、テンション力200g/cmで取付け、コート紙側を固定し、ローラを回転させて摺動磨耗テストを行なった。なお、コート紙表面には、インキを定期的に塗布した紙を用いた。そして所定回転数毎に上記したようなガムテープ剥離試験を実施した。それぞれの試験片について得られた累積回転数と剥離力との関係を図9に示す。
図9に示す結果から明らかなように、参考例3の試験片は、シリコーン系樹脂離型剤が表面に存在する間は参考例4のものよりも剥離力が大幅に小さいが、少ない累積回転数(約1000回転)で離型剤が磨耗脱落し、剥離力が急速に高まっている(すなわち、耐汚染性能の低下)。また参考例4のものは初期段階では比較対照たる樹脂フィルムのみのものと比較して、ガラスビーズで凹凸面を形成させている効果が出て、剥離力が小さいが、累積回転数が大きくなるに従い、インキ及び紙粉が凹面に付着堆積していき、剥離力が高くなる(耐汚染性能の低下)。これに対し、実施例8のものでは初期段階で剥離力がほぼ0のものが累積回転数が大きくなるに従い剥離力はわずかに大きくなるが、その増大は極めてゆるやかで、長期間にわたって耐汚染性能を維持する。これは離型剤の磨耗脱落が、ガラスビーズの凸部のみで、凹部の離型剤はほとんど磨耗脱落せずそのまま残っているため、凹部にインキ及び紙粉が付着堆積せず、参考例4の場合のような耐汚染性能の低下につながらないものであると思われる。
印刷試験3
上記参考例3、4および実施例8で作製した試験片を、アキヤマ印刷機製造(株)製、JP−40両面印刷機の中間胴に両面粘着テープを用いて巻装し、実機にて操業比較テストを行なった。使用した紙はコート紙、インキは東洋インキ(株)製、ハイプラスとし、版はベタ部の多い絵柄のテスト版でインキ厚盛り印刷を行なった。
その結果参考例3のものを使用した場合、初期段階では、当然インキ反撥性の高い表面となっているが、表面の摩擦係数が高いために中間胴表面と紙面での紙離れ性はあまり良くない。このため第1中間胴→第2中間胴→圧胴へと紙を受渡していく場合、中間胴と紙間では微小なズレが生じるが、中間胴と紙間で紙離れが悪いとそこで擦れが生じ印刷面の傷、汚れが発生した。またこの試験片は、印刷部数の増加とともに表面のシリコーン離型剤層が磨耗・脱落し、1ヵ月位でシ−ト面へのインキ付着が急に増大し、印刷物の傷・汚れも非常に目立つようになり実用に耐えるものではなかった。
また参考例4のものを使用した場合、5000〜10000枚位の印刷で、中間胴がかなり汚れてこれが印刷物のダブリ、汚れとなるため、長持間印刷機を連続稼働することが不可能で、機械を停止してガソリン等で洗浄する必要がある。この試験片は、印刷面との接触が点接触であるため、紙との摩擦を少なくする点では有効と言えるが、ガラスビーズ自体にはインキ反撥性がほとんどなく、特に凹部に付着堆積したインキ・紙粉等の汚染物質は非常に洗浄しにくい。これらの洗浄除去に要する時間・労力は印刷工程のうち大きな割合を占めていた。また毎回の洗浄で落ちきれない汚れが凹部に堆積してインキ反撥性がより一層低下していくため、1〜3ヵ月で新しいシートとの取換えが必要であった。また洗浄に用いられる溶剤によるシートの劣化も無視できない事項であった。
これに対し実施例8のものを使用した場合、中間胴面の汚れが非常に少なく、1日6万枚の連続印刷でも中間胴汚れによる印刷物の汚れ・ダブリは全く発生しなかった。わずかに付着したインキ汚れも、洗浄油を浸した布で拭き取ることにより簡単に除去でき、凹部での汚れ残りも非常に少ないものであった。すなわち、中間胴汚れによる印刷物不良率の発生減少、洗浄頻度の大幅減少による生産性の向上と労働負荷の減少で、多大な効果があり、またインキ反撥性の長持間持続による寿命の大幅向上が可能となった。
本発明に係る圧胴または中間胴用被覆体の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、
本発明に係る圧胴または中間胴用被覆体の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、
本発明に係る圧胴または中間胴用被覆体の製造過程における断面構造を模式的に示す図、
本発明に係る圧胴または中間胴用被覆体の第1の実施態様を被印刷体圧着・移送用ローラに巻装する状態を模式的に示す断面図、
本発明に係る中間胴またはガイドローラ用被覆体の第2の実施態様の断面構造を模式的に示す図、
オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図、
オフセット印刷における両面印刷時の圧胴のインキ汚れを説明する模式図、
別のオフセット印刷機(輪転機)における被印刷体の印刷および移送機構の概略的な構成を示す図、
本発明の実施例において得られた各種被覆体表面の付着特性の経時的変化を示すグラフ。
符号の説明
1…版胴、
2…ゴム胴、
3…圧胴、
4…被印刷体、
5…インキ像、
6,8…転写インキ像、
7…ガイドローラ、
10,22…金属製ローラ基材、
11,23…金属溶射層、
12,24…セラミックス溶射層、
13,25,34…低表面エネルギー性樹脂層、
14,26,35…複合被覆皮膜、
20…ローラ本体、
21…被覆体、
32…基材(合成樹脂フィルムまたは耐水処理紙)、
33…無機微粒子層、
36…接着剤層。