JP4603759B2 - 磁気記録媒体及びその製造方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は磁気記録媒体の製造方法に係り、特に、1平方インチ当り50ギガビット以上の高記録密度を可能とし、且つ、信頼性の高い磁気記憶装置を実現するための磁気記録媒体、及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来から知られている磁気記録媒体の製造方法は、極めて平滑な非磁性基板上に少なくとも記録磁性膜の結晶配向や粒径制御のためマグネトロン・スパッタリング法でCr、Cr−V、Cr−TiなどのCr合金からなる下地膜と前記下地膜上にマグネトロン・スパッタリング法でCoCrTaやCoCrPtなどの記録磁性膜を磁化容易軸が基板と平行、もしくはほぼ平行になるように形成する。記録磁性膜としては、この他に垂直磁気異方性を有するCo、Co−Niや軟磁性材料であるパーマロイ膜の上に形成されたCo−Crなどの垂直磁化膜などがある。さらにプラズマプロセスによる物理的気相蒸着(PVD)法、又は化学的気相蒸着(CVD)法で炭素主体の保護膜を形成する。炭素膜の成長過程では成膜方式による蒸着粒子エネルギーの違いが膜物性に反映され、例えば、スパッタ粒子の平均エネルギーは5eV程度であり、プラズマCVDのガス種はさらに低い0.03eVの熱運動エネルギー程度であるが、基板バイアスにより炭化水素イオンが数百Vで加速される。一般に、低圧での低エネルギー蒸着粒子の表面堆積では緻密なテトヘドラルカーボン構造は成長せず、とくに炭化水素ラジカルの表面堆積ではポリマー重合する。逆に、炭素イオンを加速して入射させると、膜内部に侵入し、大きな内部圧力を受け自由エネルギー損失の小さい緻密なテトラヘドラル構造が成長する。しかし、過剰のイオン入射エネルギーは熱に変換され、熱的に安定なグラファイト・ライクなトリゴナル構造を成長させてしまう。一方、アーク放電を利用したカソーディック・アーク蒸着法ではグラファイト・カソードを用いることで、50〜70eVのエネルギーで炭素イオンを引き出すことができ、硬く緻密な炭素膜(テトラヘドラル・カーボン膜)の形成に適していることから磁気記録デバイスへの応用が期待されている。一般にカソーディック・アーク蒸着法により形成されるテトラヘドラル・カーボン膜は炭素価電子のsp3混成による結合比率が高く、質量密度は2.5g・cm−3以上になる。プラズマCVD法でもアセチレンを反応ガスにした電子サイクロトロン共鳴を用いてイオンエネルギーを制御すれば高密度の水素化炭素膜を形成できるが、質量密度は2.4g・cm−3までにしか上がらない。このようなカソーディック・アーク蒸着法によるテトラヘドラル・カーボン膜の質量密度に関しては、Ferrari等によって"Density, sp3 fraction, and cross-sectional structure of amorphous carbon films determined by x-ray reflectivity and electron energy-loss spectroscopy"(PHYSICAL REVIEW B, 62 (2000) pp.11089-11103)のなかで詳しく述べられている。カソーディック・アーク蒸着において基板に入射する炭素イオンのエネルギーEiは素電荷、プラズマポテンシャル、基板バイアス、初期イオンエネルギーをそれぞれe、Vp、Vb、Eoとして[式1]で示されることがShi Xu等によって“Properties of carbon ion deposited tetrahedral amorphous carbon films as a function of ion energy”(Journal of Applied Physics, 79 (1996) pp.7234-7240)のなかで詳しく記載されている。[式1]から電子温度が5eV〜10eVのプラズマで浮遊電位(Vp−Vf)は23V〜46Vとなり、アーク源で約25eVのエネルギーを得たC+イオンはフローティング基板に約50〜70eVのエネルギーに入射することになる。上記のフローティングポテンシャルに関しては、Chapmanによる“GLOW DISCHARGE POCESS”( John Wiley & Sons, Inc., New York 1980)を原書とする“プラズマプロセシングの基礎”(電気書院 1985年、第47−65項)の中で詳しく述べられている。
【0003】
【式1】
Ei=e(Vp−Vb)+Eo
更に、このようなグラファイト・カソードのアーク放電による炭素薄膜の作製とその応用技術についてはトライボロジスト第45巻10号(2000年)第739−746項のなかで詳しく記載されている。炭素イオンは約60eVのエネルギーでテトラヘドラル・カーボン膜に入射すると約2原子層相当の0.4nm程度侵入するが、成膜初期では質量数の大きいCo等の金属原子に入射するためエネルギー交換が少なく、金属磁性膜に0.65nm程度まで侵入してしまう。その結果、記録磁性層の表面に0.65nmの厚さで混合領域が形成されて、磁気特性が変化する欠点のあることがわかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
上記従来技術に述べられたカソーディク・アーク蒸着法を用いれば、炭素イオンのサブ・プランテーションにより緻密なテトラヘドラル構造の炭素保護膜を形成できるが、入射する炭素イオンが記録磁性膜との界面に混合領域を形成し磁気特性を変化させる問題があり、緻密で硬いテトラヘドラル・カーボン保護膜を備えた磁気ディスクを作製しても、反って磁気特性を劣化させる問題を発生するという欠点があった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、上記の如く炭素イオン入射により記録磁性膜で磁気特性が劣化するのを阻止するため、保護膜を多層化したことを特徴とする磁気記録媒体及びその製造方法を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明の磁気記録媒体は、円板状の基材上に少なくとも下地膜、記録磁性膜、保護膜からなる磁気記録媒体において、前記保護膜が前記記録磁性膜上に形成された多層保護膜であって、最上層のが質量密度2.5g・cm-3以上の炭素膜であることを特徴とする。
【0007】
また本発明の磁気記録媒体は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層が最上層よりも質量密度の低い厚さ0.2nm〜2nmの炭素皮膜であることを特徴とする。
【0008】
さらに本発明の磁気記録媒体の特徴は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層が炭素に少なくとも水素、窒素、硼素、珪素、フッ素の何れかを含む厚さ0.2nm〜2nmの皮膜から成ることにある。
【0009】
また、本発明の磁気記録媒体の特徴は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層が珪素、又はその酸化物、窒化物、炭化物、若しくは硼素、又はその酸化物、窒化物、炭化物、若しくは非磁性金属、又はその酸化物、窒化物、炭化物から成る厚さ0.2nm〜2nmの皮膜とすることにある。
【0010】
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、円板状の基材上に少なくとも下地膜、記録磁性膜、保護膜を順次形成する工程を有する磁気記録媒体の製造方法に於いて、前記保護膜が前記記録磁性膜上に形成された多層保護膜であって、最上層の保護膜をアークプラズマ源から引き出された炭素イオンの入射により形成することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層に厚さ0.2nm〜2nmの炭素皮膜をマグネトロン・スパッタリング法、又はプラズマCVD法により形成することを特徴とする。
【0012】
さらに、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層に炭素に水素、窒素、硼素、珪素、フッ素の何れかを含む厚さ0.2nm〜2nmの皮膜をマグネトロン・スパッタリング法、又はプラズマCVD法により形成すること特徴とする。
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、前記の多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層に珪素、又はその酸化物、窒化物、炭化物、若しくは硼素、又はその酸化物、窒化物、炭化物、若しくは非磁性金属、又はその酸化物、窒化物、炭化物から成る厚さ0.2nm〜2nmの皮膜をマグネトロン・スパッタリング法、又はプラズマCVD法により形成することを特徴とする。
本発明の磁気記録媒体の製造方法は、円板状の基材上に少なくとも下地膜、記録磁性膜、保護膜からなる磁気記録媒体の製造方法に於いて、前記記録磁性膜上に保護膜をアークプラズマ源から引き出された炭素イオンの入射により形成する成膜工程で成膜開始から一定時間だけ基板に正バイアスを加えることを特徴とする。
また、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、円板状の基材上に少なくとも下地膜、記録磁性膜、保護膜からなる磁気記録媒体の製造方法に於いて、前記記録磁性膜上に保護膜をアークプラズマ源から引き出された炭素イオンの入射により形成する成膜工程で成膜開始から一定時間だけメタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロピレン、ブチレン、アセチレン、トルエン等の炭化水素ガスを供給することを特徴とする。
【0013】
次に、上記構成について機能的に説明する。
上記構成の磁気記録媒体では、多層保護膜が磁性膜に積層されるのでアークイオン源から引き出された炭素イオンが約60eVのエネルギーで入射しても、多層保護膜でのエネルギー損失により記録磁性膜まで到達、又は、界面下に侵入せず、磁気特性の変動を阻止できる。すなわち、記録磁性膜と多層保護膜の最下層との界面で混合領域の形成を防止するのに有効である。入射粒子エネルギーは入射粒子と標的粒子が同じ場合に最も良く伝達され、炭素皮膜が最上層を除く少なくとも一層にあればイオン阻止能が高く下層保護膜を薄くできるので望ましいが、最上層を除く少なくとも一層が炭素に少なくとも水素、窒素、硼素、珪素、フッ素の何れかを含む皮膜や珪素、又はその酸化物、窒化物、若しくは非磁性金属、又はその酸化物、窒化物、炭化物から成る皮膜であってもよい。例えば、密度2g/cm3の炭素皮膜をスパッタ蒸着した場合、多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層の厚さが0.5nmあれば、約60eVのエネルギーで入射する炭素イオンは阻止されて記録磁性膜に侵入しない。その他の原子から構成された皮膜でも、原子数、質量数及び密度に応じて膜厚を適正化すれば入射炭素イオンの侵入を阻止できる。多層保護膜の最上層を除く少なくとも一層の厚さは1原子層相当の0.2nm以上であれば入射イオンの減速効果があらわれるが、記録磁性膜への侵入を阻止するには2原子層相当以上が必要である。しかし、下層膜を厚くすると磁気スペーシングが広がる欠点があり、一方、多層保護膜の最上層の薄膜化は磁気記録媒体の耐摺動性を劣化させるため、最上層を除く下層膜は1nm以上となる膜厚を上限とするのが望ましい。多層保護膜の厚さを3nm以下とするならば、最上層を除く下層の厚さは0.2nm〜2nmの範囲とする必要がある。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は本発明の特徴を最もよく表している磁気ディスクの断面構成図、図2は本発明の実施例に示すカソーディック・アーク蒸着装置を備えた磁気記ディスク製造設備の構成図、図3は本発明の実施例及び比較例に示すカソーディック・アーク蒸着装置の構成図、図4は本発明の比較例1に示す磁気記ディスクの断面構成図、図5は本発明の比較例2に示す磁気記ディスクの断面構成図、図6は本発明の実施例および比較例に示す磁気記録媒体で測定したラマンスペクトルの比較、図7は本発明に係わる核阻止能計算によるCo膜に入射する炭素イオンと入射エネルギーの関係図、図8は本発明に係わる核阻止能計算による炭素膜に入射する炭素イオンと入射エネルギーの関係図、図9は本発明に係わる入射原子と標的原子のエネルギー伝達の相関、図10は本発明の実施例2に示す磁気ディスクの断面構成図、図11は本発明の実施例3に示す磁気ディスクの断面構成図、表1は本発明の実施例1と比較例1、2に示す磁気ディスクの磁気特性の比較、表2は本発明の実施例2、3と比較例1に示す磁気ディスクの磁気特性の比較、表3は本発明の実施例4、5と比較例1に示す磁気ディスクの磁気特性の比較である。
【0015】
[実施例1]
図1に示す構成の磁気ディスクを図3のカソーディック・アーク蒸着装置を備えた図2の磁気ディスク製造設備により作製した。本実施例の磁気ディスクは、ガラス製のディスク状基体1にマグネトロン・スパッタリングにより膜厚が10nmのNiCr系プリコード膜2と、膜厚が20nmのCr合金下地膜3と、膜厚が25nmのCoCr系合金の記録磁性膜4と、膜厚が0.5nmの炭素薄膜を下層保護膜5として順次成膜し、更にカソーディック・アーク蒸着により上層保護膜6を膜厚1.5nmで積層してある。この磁気ディスクの磁気特性とラマンスペクトルを測定した。本実施例におけるラマンスペクトルの測定結果は、図6に図示されるグラフ28である。図2の磁気ディスク製造設備はマグネトロン・スパッタリング電極9a〜9cと共に図3のカソーディック・アーク蒸着装置11を搭載し、上層保護膜6を除く各層が下層保護膜5を含めてマグネトロン・スパッタリングにより形成される。一方、図2のカソーディック・アーク蒸着装置はアーク・プラズマ源13と、成膜室14と、ダクト15と成膜室14内に置かれた基板16と、ダクト15と成膜室14の結合部に設けられた電磁偏向器17から構成され、上層保護膜6の成膜に用いた。この装置では、前記のアークプラズマ源13内にある可動アノード18がグラファイトロッドのカソード19に接触することでアーク放電を発生し、そのときにアークプラズマ源13から飛び出す炭素イオンがダクト15を介して成膜室14の基板16に入射し、炭素皮膜を作製する。基板16は電気的に浮遊したホルダー23に保持される。基板16には電源24によりバイアスを印加することが可能であるが、本実施例では、バイアスは印加せず動作時の基板は浮遊電位とした。
【0016】
本実施の形態により、最上層の上層保護膜6を質量密度2.5g・cm-3以上の炭素膜とすることができ、プラズマCVD法によって形成される炭素膜よりも保護特性(耐蝕性や耐摩耗性)の良い保護膜を形成することができる。また、本実施の形態における下層保護膜5と上層保護膜6は、双方とも炭素を用いた炭素膜であるが、形成方法の違いにより質量密度が異なるため、その質量密度の違いに応じて、層を対応付けて識別する。
[比較例1]
実施例1においてアルゴンガスに窒素ガスを10%混合した1.3Paの雰囲気でグラファイト・カソード19のマグネトロンスパッタ・スパッタリングにより2nmの膜厚で窒素化炭素膜のみを保護膜25として直接記録磁性膜4上に形成し、磁気特性と保護膜のラマンスペクトルを測定した。本比較例におけるラマンスペクトルの測定結果は、図6に図示されるグラフ29である。図4は本比較例に示す磁気ディスクの断面構成図である。
[比較例2]
実施例1において保護膜を多層にせず、カソーディック・アーク蒸着により炭素膜26のみを2nmの膜厚で記録磁性膜4上に直接積層し、図5に示す断面構成の磁気ディスクを作製して磁気特性とラマンスペクトルを測定した。本比較例におけるラマンスペクトルの測定結果は、図6に図示されるグラフ27である。
【0017】
【表1】
Figure 0004603759
【0018】
実施例1、比較例1及び2に示す各磁気ディスクの磁気特性は表1に示す通り、実施例1と比較例1とでほぼ一致したのに対し、保護膜を多層化せずにカソーディック・アーク蒸着により炭素膜24のみを記録磁性膜4上に直接形成した比較例2では、角型比S*及び残留磁化Mrと磁性層膜厚δの積Mr・δがそれぞれ3.5%、5%減少し、保磁力Hcが4%上昇した。一方、図6に示すラマンスペクトルの比較では、記録磁性膜4上の炭素皮膜に由来するラマンスペクトルが実施例1(測定グラフ28)と比較例2(測定グラフ27)でほぼ同じ所謂テトラヘドラル・カーボン構造に特有な形状なのに対し、比較例1(測定グラフ29)では1400cm-1付近の所謂Dバンドのピーク強度が高くスパッタ蒸着カーボン膜に特有な形状であった。比較例2における炭素膜26について高分解ラザフォード後方散乱分析法の測定結果に基づき計算した質量密度は2.8g・cm−3であった。
【0019】
以上から、アークプラズマ源13から引き出される炭素イオン入射により上層保護膜6を形成すれば、実施例1の如く磁気特性は変化せず、下層保護膜5は記録磁性膜4に入射する炭素イオンの侵入阻止に有効であり、且つ、下層保護膜を0.5nmの膜厚で設けても記録磁性膜4上に積層した炭素皮膜の化学構造に殆ど影響しなかった。一般にアークプラズマ源13から引き出されるイオンのエネルギーは主にターゲット材質により決まり、グラファイト・カソード19から放出される炭素イオン1個のエネルギーが約60eVでCo膜に入射したとして、核阻止能計算すると深さ0.62nmまで侵入するのに対して(図7参照)、炭素膜への侵入深さは0.4nmとなる(図8参照)。それ故、厚さ0.5nmの炭素膜を下層保護膜5とすれば、炭素イオンは下層保護膜5を貫いて記録磁性膜に到達、又は侵入しなくなる。核阻止能計算では、皮膜への入射原子が膜を構成する標的原子と間でトーマス・フェルミ・ポテンシャルを仮定したクーロン力によりエネルギーを失うまで皮膜内部に侵入するとした。図7,8はそれぞれ核阻止能計算によるCo膜及び炭素膜に入射する炭素イオンと入射エネルギーの関係である。
【0020】
また、1回の衝突で入射原子から標的原子に変換されるエネルギーはエネルギー伝達関数により表され、炭素原子との衝突により変換されるエネルギーは図9に示す関係にあって、入射する炭素原子よりも質量数の大きいCo原子との衝突ではエネルギーの変換が小さく、炭素イオンの侵入は深くなる。通常、混合層の厚さを定量するにはオージェー電子分光法による深さ方向の分析が用いられるが、1次電子の非弾性衝突による平均自由行程から推定される2次電子の脱出深さは1.5〜2nmであるため、混合層がそれ以下で薄い場合は定量が容易でない。このようなオージェー電子分光法での2次電子脱出深さと1次電子エネルギーの関係については山科俊郎、福田伸による“表面分析の基礎と応用”(東京大学出版会 1991年、第56−64項)のなかで詳しく記載されている。このため磁気特性(Mrδ)の変化が記録磁性膜の膜厚減少に起因すると仮定し、これから混合層の厚さを見積もると0.6nmとなり、図7に示す核阻止能計算による侵入深さ0.62nmとほぼ一致した。即ち、実施例1に示す下層保護膜5は、核阻止能計算で示した通り、カソーディク・アーク蒸着による炭素イオンの記録磁性膜4への入射を阻止するのに有効で、この下層保護膜5を備えることで磁気特性を変化させることなく硬く耐蝕性と耐摩耗性に優れた保護膜を備えた磁気記録媒体を提供できる。勿論、実施例1で基板を負バイアスすると、印加するバイアス電圧によりイオンが加速されるので下層保護膜を厚くしないと記録磁性膜4に入射する炭素イオンの侵入を阻止できない。このような基板バイアスはイオンのエネルギー制御に有効であるが、過剰のイオン入射エネルギーは熱に変換され、熱的に安定なグラファイト・ライクなトリゴナル構造を成長させてしまう。例えば、グラファイト・カソード19から放出され、基板16に入射する炭素イオン1個のエネルギーは約60eVであり、これを負バイアスで基板に加速して炭素膜を形成したところ、−400V以上のバイアス電圧で炭素膜のラマンスペクトルにおける所謂Dバンドの相対強度が急増した。すなわち、炭素イオンの入射エネルギーを460eV以上にまで加速するとテトラヘドラル炭素構造の成長が妨げられ、膜構造の強度は劣化する。図8からエネルギーが460eVの炭素イオンの入射による侵入深さは2nmである。よって、有効な基板の負バイアスである400V以下に対応して作製される下層保護膜の上限膜厚は2nmである。
【0021】
なお、実施例1では記録磁性膜がCr合金を下地膜とした面内磁気異方性を有するCoCr系合金であったが、垂直磁気異方性を有するCo、CoNi系合金や軟磁性材料であるパーマロイ膜などの上に形成されたCoCr系合金などの垂直磁化膜、及びCo等の磁性層とPd等の非磁性層を交互に積層した人工格子多層膜であっても、実施例1に示した如く、下層保護膜がカソーディク・アーク蒸着による成膜工程で炭素イオンの記録磁性膜4への入射を阻止するのに有効であることは勿論である。例えば、厚さ200nmの鉄ニッケル軟磁性層下地層で裏打ちした厚さ20nmのCo−Cr垂直磁気異方性層上にマグネトロン・スパッタリング法による炭素皮膜を下層保護膜として形成してからカソーディック・アーク蒸着で上層保護膜となる炭素皮膜を形成した場合、Co−Cr垂直磁気異方性層に直接カソーディック・アーク蒸着により炭素保護膜を形成した場合に比べて、垂直磁気ディスク膜面に垂直な方向に測った保磁力が5%上昇した。即ち、垂直磁気ディスクであっても保護膜を二層化しないと、カソーディック・アーク蒸着による炭素イオン入射によりCo−Cr垂直磁気異方性層等に炭素原子が侵入して磁気特性を変動させた。
【0022】
[実施例2]
実施例1における下層保護膜5として膜厚が0.5nmの窒素化炭素膜30を備えた磁気ディスクを図10に示す断面構成図で作製し、磁気特性を測定した。この窒素化炭素膜30はアルゴンガスに窒素ガスを10%混合した1.3Paの雰囲気でグラファイト・カソードのマグネトロン・スパッタリングにより形成した。上層保護膜6の形成は、実施例1と同様のカソーディック・アーク蒸着法で実施した。
【0023】
[実施例3]
実施例1における下層保護膜5として膜厚が0.5nmの珪素含有炭素膜31を備えた磁気ディスクを図11に示す断面構成図で作製し、磁気特性を測定した。この珪素含有炭素膜31は20at%の珪素を含むグラファイト・ターゲットによりマグネトロン・スパッタリングで形成した。上層保護膜6の形成は、実施例1と同様のカソーディック・アーク蒸着法で実施した。
【0024】
【表2】
Figure 0004603759
【0025】
この結果、実施例2、3に示す磁気ディスクの磁気特性は、共に表2に示す如く比較例1の結果とほぼ一致し、すなわち、実施例1で示したカソーディック・アーク蒸着法による磁気特性と同様であることが分かった。これにより、実施例2、3においても、上記の窒素化炭素膜、珪素含有炭素膜が下層保護膜としてカソーディック・アーク蒸着による成膜工程で炭素イオンの記録磁性膜4への侵入を阻止するのに有効であることが判明した。
【0026】
この他にも下層保護膜には、炭素に少なくとも水素、硼素、珪素、フッ素の何れかを含む薄膜材料や、非磁性金属、又はその酸化物、窒化物、炭化物から成る薄膜材料であってもよいが、エネルギー伝達関数に示す通り、炭素原子との衝突により変換されるエネルギーは、質量数が炭素原子に近いほど大きく、侵入が浅くなり、薄くできるので有利である。また、炭素イオン入射は下層保護膜内部の元素を上層保護膜内部にも拡散させるため、下層保護膜としては炭素イオン入射による上層保護膜の物性、構造への影響の少ない材料、又は、少なくとも保護膜の性能を劣化させない材料の中から選ぶ必要がある。
【0027】
[実施例4]
本実施例では、比較例2の如く、実施例1において保護膜を、カソーディック・アーク蒸着により炭素膜のみ2nmの膜厚で記録磁性膜4上に直接積層した。但し、本実施例では、カソーディック・アーク蒸着の成膜工程で、成膜開始から一定時間だけ基板に50Vの正バイアスを印加した。本実施例では基板に入射するイオン束により毎秒1平方センチメートルあたり約1.25x1016個の割合で炭素原子が堆積した。質量密度2.8g・cm−3の炭素膜は約2.7x1015個・cm−2の面密度で原子層が厚さ約0.19nmに積層したと近似できるので、予想される成膜速度は0.89nm/秒となり、実測値と一致した。従って、0.6秒で約0.5nmの膜厚の初期成長層が形成される。本実施例で基板に正バイアスを印加する時間は0.7秒とした。本実施例によれば、下層保護膜5と上層保護膜6の双方の形成を、カソーディック・アーク蒸着法とそのバイアスの制御によって行うことができる。そして、本実施例1と同様に、下層保護膜5により上層保護膜6の形成時に炭素イオンが記録磁性膜4に侵入することを防止することができ、磁気特性の優れた磁気記録媒体を製造することができる。
【0028】
[実施例5]
比較例2の如く、実施例1において保護膜を多層にせず、カソーディック・アーク蒸着により炭素膜のみを2nmの膜厚で記録磁性膜4上に直接積層した。但し、本実施例では、カソーディック・アーク蒸着の成膜工程で、成膜開始から0.7秒間だけエチレンガスを基板付近に導入した。
【0029】
【表3】
Figure 0004603759
【0030】
実施例4及び実施例5の成膜工程により作製された磁気ディスクの磁気特性を測定したところ、何れも表3に示す如く比較例1での結果とほぼ一致した。実施例4では、カソーディック・アーク蒸着の成膜工程おいて、成膜開始から0.7秒間基板に印加した50Vの正バイアスがイオンを減速して記録磁性膜4に到達した炭素イオンの侵入を阻止し、磁気特性の変動を防ぐのに有効であった。一方、実施例5では、カソーディック・アーク蒸着の成膜工程おいて、成膜開始から0.7秒間基板付近に導入したエチレンガスの一部が励起、分解されて炭化水素ラジカルとなって記録磁性膜4上に堆積することで、カソーディク・アーク蒸着による炭素イオンの記録磁性膜4への入射を阻止し、磁気特性の変動を防ぐのに有効に作用した。
【0031】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、カソーディック・アーク蒸着による炭素イオンの入射により、sp3炭素比率が高く、緻密で硬い炭素保護膜を作製するにあたり、炭素イオンの記録磁性膜への侵入を阻止できるので、磁気特性を変化させることなく硬く耐蝕性と耐摩耗性に優れた保護膜を備えた磁気記録媒体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の特徴を最もよく表している磁気ディスクの断面構成図
【図2】本発明の実施例及び比較例に示すアークイオンビーム蒸着装置の構成図
【図3】本発明の実施例に示すアークイオンビーム蒸着装置を備えた磁気記ディスク製造設備の構成図
【図4】本発明の比較例1に示す磁気記ディスクの断面構成図
【図5】本発明の比較例2に示す磁気記ディスクの断面構成図
【図6】本発明の実施例および比較例に示す磁気記録媒体で測定したラマンスペクトルの比較
【図7】本発明に係わる核阻止能計算によるCo膜に入射する炭素イオンと入射エネルギーの関係図
【図8】本発明に係わる核阻止能計算による炭素膜に入射する炭素イオンと入射エネルギーの関係図
【図9】本発明の一実施例に示す試料のラマンスペクトル。
【図10】本発明の実施例2に示す磁気ディスクの断面構成図
【図11】本発明の実施例3に示す磁気ディスクの断面構成図
【符号の説明】
1…ガラス製ディスク状基体、2…NiCr系プリコード膜、3…Cr合金下地膜、4…CoCr系合金記録磁性膜、5…緩衝膜、6…炭素保護膜、7…ローダー、8a〜8f…ゲート弁、9a〜9c…マグネトロン・スパッタリング電極、10…ヒーター、11…カソーディック・アーク蒸着装置、12…アンローダー、13… アークプラズマ源、14… 成膜室、15…ダクト、16…基板、17a…電磁コイル(偏向コイル)、17b…電磁コイル(ソレノイドコイル)、18…可動アノード、19…カソード、20…アーク電源、21…排気配管、22…アークプラズマビーム、23…基板ホルダー、24…バイアス電源、25…窒素化炭素保護膜、26…炭素膜、27…比較例1でのラマンスペクトル、28…実施例1でのラマンスペクトル、29…比較例2でのラマンスペクトル、30…窒素化炭素緩衝膜、31…珪素含有炭素緩衝膜

Claims (3)

  1. 円板状の基材上に少なくとも下地膜、記録磁性膜、保護膜を有する磁気記録媒体の製造方法において、
    前記保護膜は、前記記録磁性膜の上に炭素に少なくとも水素、窒素、硼素、珪素、フッ素の何れかを含む0.2〜2nmの厚さの下層保護膜をスパッタリング又はプラズマCVD法で形成する工程と、前記下層保護膜の上にアークプラズマ源から引き出された炭素イオンの入射により上部保護膜を形成する工程により形成されることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
  2. 請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法において、
    前記上部保護膜は、質量密度2.5g・cm-3以上の炭素膜となることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
  3. 請求項1に記載の磁気記録媒体の製造方法において、前記下層保護膜はアルゴンガスに窒素ガスを混合してスパッタすることにより形成されることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
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