特許文献1に記載された方法では、圧電体素子を使用する前に、例えば0Vから150Vの正弦波を印加して安定化している。しかし、このような高電圧を1時間、あるいは10時間も印加すると、薄膜技術により作製した圧電体素子の場合には、絶縁抵抗の劣化が生じることがある。さらに、このような安定化方法は、圧電体アクチュエータの初期変位量をやや低減させて安定化させる方法であるので、初期分極状態での変位と比較すれば実作動状態での変位量は小さくなり、圧電体アクチュエータとしての性能がやや低下するという課題もある。
また、非特許文献2については、圧電体素子としたときの分極の安定化や絶縁抵抗等の劣化防止を行うための圧電体アクチュエータとしての駆動方法については全く示されていない。
本発明は、主として薄膜技術により作製した圧電体素子を用いた圧電体アクチュエータをディスク装置等に搭載した状態で分極特性の劣化を回復させて、長期間安定で、かつ大きな変位を持続的に得ることが可能な圧電体アクチュエータの駆動方法および圧電体アクチュエータ並びにそれを用いたディスク装置を提供することを目的とする。
本発明の圧電体アクチュエータの駆動方法は、圧電体素子が、正の電界側の抗電界と負の電界側の抗電界との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極しており、この圧電体素子の膜厚方向に対して直交する方向に圧電体素子を変位させて位置制御を行うための位置制御電圧として、抗電界の絶対値が大きな方向に対しては、この抗電界の値の0.4以下の電界に相当する電圧を圧電体素子の膜厚方向に印加する方法からなる。
この駆動方法では、圧電体素子は抗電界の絶対値が小さい方向に分極しているので、抗電界の絶対値が小さい方向に位置制御電圧を印加しても分極の乱れは生じず、変位量が変動することはない。一方、抗電界の絶対値が大きい方向に対しては、分極反転が生じる電圧よりも小さな位置制御電圧としているので分極の乱れが生じ難くなる。これらの結果、変位量の経時変化が小さな圧電体素子の駆動方法を実現できる。
なお、膜厚方向に分極とは、膜全体でみたときの分極の平均的状態をいい、必ずしも圧電体薄膜のドメインがすべて膜厚方向に分極、または膜厚方向に分極ベクトルが向いている必要はない。また、負の電界側の抗電界とは圧電体素子の分極−電界ヒステリシス曲線において、負方向の電界軸とヒステリシス曲線との交点(以下、負の抗電界EC1とよぶ)であり、正の電界側の抗電界とは同様なヒステリシス曲線において、正方向の電界軸とヒステリシス曲線との交点(以下、正の抗電界EC2とよぶ)である。
また、本発明の圧電体アクチュエータの駆動方法は、圧電体素子が、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極しており、この圧電体素子の膜厚方向に対して直交する方向に圧電体素子を変位させて位置制御を行うための位置制御電圧として、抗電界の絶対値が大きな方向に対しては、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1とで規定される幅の中心値と電界零点との差の電界に相当する電圧以下の電圧を印加する方法からなる。
この方法により、正の抗電界Ec2と負の抗電界Ec1とで規定される幅の中心値と、絶対値が大きな方の抗電界との間の電界に相当する位置制御電圧は印加されない。このような範囲の電圧に位置制御電圧を設定することで分極の乱れがほとんど生じず、変位量の変動を抑制でき、安定な圧電体アクチュエータの駆動ができる。これは、上記の中心値が従来の対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子の場合の電界零点の位置に相当し、本発明の駆動方法の場合には、この中心値よりも分極が安定な電界方向にしか位置制御電圧が印加されないことによる。
また、本発明の圧電体アクチュエータの駆動方法は、膜厚方向に分極した圧電体素子に対して位置制御電圧を圧電体素子の膜厚方向に印加して、膜厚方向に対して直交する方向に変位させて位置制御を行うとともに、分極の劣化を回復させる分極回復電圧を、位置制御電圧に重畳して印加、位置制御電圧と切り換えて印加、または位置制御電圧を印加しないときに印加することで、位置制御動作中または位置制御動作の中止期間中に分極の劣化を回復させる方法からなる。
この駆動方法により、圧電体素子に対して分極の劣化を回復させる分極回復電圧を位置制御電圧に重畳して印加、位置制御電圧と切り換えて印加、または位置制御電圧を印加しないときに印加することで、圧電体素子を駆動したときに変位量の劣化が生じても、ディスク装置等に圧電体アクチュエータを組み込んだまま圧電体素子の分極の劣化を回復させることができる。これにより、高精度が要求される圧電体アクチュエータを信頼性よく実現できる。
また、上記の圧電体素子として、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極しているものを用いれば、分極の劣化自体を小さくできるので、分極回復電圧の印加による回復の度合いがより改善されるだけでなく、分極回復電圧の印加時間や印加回数を減らすことができ、より長期間安定して使用することが可能となる。
さらに、分極回復電圧の印加時間は0.01秒以上、60秒以下としてもよい。また、分極回復電圧を間欠的に印加する方法としてもよい。
このような方法により、分極の回復に必要な時間で、かつ圧電体薄膜にダメージを生じさせない範囲を選定できるので、分極の安定的な回復を実現しながら、圧電体素子の劣化を防止できる。また間欠的に印加することで、長期間使用しても確実に変位量の変動を抑制しながら、イオンマイグレーション等のダメージ発生も防止でき、高信頼性の圧電体アクチュエータが実現される。
また、圧電体素子の変位量の変動を検出する検出手段をさらに有し、変位量があらかじめ設定されたレベル以下となったときに分極回復電圧を圧電体素子に印加する方法としてもよい。この方法により、圧電体素子の変位量の変動に対応して分極回復動作をさせることができるので、常に所定の変位量の範囲内とすることができる。この検出手段として、例えばディスク装置の場合には、ディスクに記録されたサーボ情報をヘッドで読み取り、ヘッド位置の検出を行っているが、このような検出手段を利用して変位量のレベルを検出するようにしてもよい。
また、圧電体素子は、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とからなる構成であってもよい。さらに、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とを2個用いて、第2の導電体同士を接着した積層圧電体構成としてもよい。このような構成の圧電体薄膜を用いた駆動方法とすることで、非対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子をポーリング処理無しで作製でき、再現性のよい駆動を実現できる。さらに、積層圧電体構成では、これらに加えて剛性が大きく、かつ変位を生じさせる力を大きくすることもできるので、比較的重量のある素子でも高精度で駆動することが可能となる。
また、本発明の圧電体アクチュエータは、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極した圧電体素子と、この圧電体素子を膜厚方向に対して直交する方向に変位させて位置制御するための位置制御電圧として、抗電界の絶対値が大きな方向に対しては抗電界の値の0.4以下の電界に相当する電圧に制限して圧電体素子の膜厚方向に印加する位置制御電圧回路を含む制御回路とを有する構成からなる。この構成により、圧電体アクチュエータとして必要な変位量を確保しながら、その劣化も抑制できるので高信頼性の圧電体アクチュエータを実現できる。
また、上記の制御回路には、さらに圧電体素子の分極を回復させるための分極回復電圧を印加する分極回復電圧回路を備えてもよい。この構成により、圧電体アクチュエータを使用中に分極の乱れが生じて変位量の変動が生じたときに分極回復電圧を印加することにより分極を回復させ、変位量の劣化を改善させることができる。
また、本発明の圧電体アクチュエータは、膜厚方向に分極した圧電体素子と、圧電体素子を膜厚方向に対して直交する方向に変位させて位置制御するための位置制御電圧を印加する位置制御電圧回路と、圧電体素子の分極を回復させるための分極回復電圧を印加する分極回復電圧回路と、位置制御電圧回路と分極回復電圧回路とを制御する制御回路とを備える構成からなる。この構成により、対称または非対称なヒステリシス特性を有する圧電体アクチュエータを使用中に分極の乱れが生じて変位量の変動が生じても、分極回復電圧を印加することにより分極を回復させ、変位量の劣化を改善させることができる。
また、上記の圧電体素子としては、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極していてもよい。このような圧電体素子を用いる場合には、使用中における分極の経時的な劣化を小さくできるので、分極回復電圧を印加する間隔を長くすることができる。
また、上記の制御回路には、さらに位置制御電圧回路と分極回復電圧回路とを切り換えるスイッチ回路を備える構成としてもよい。この構成により、圧電体素子に印加する位置制御電圧と分極回復電圧とをスイッチ回路により切り換えて印加できるので、それぞれ個別に最適な電圧を印加して分極回復動作を行わせることができる。さらに、この分極回復電圧は、圧電体アクチュエータを装置に組み込んだ状態で印加することができるので、従来に比べてより高信頼性の装置を実現できる。
また、上記の制御回路には、さらに位置制御電圧に分極回復電圧を重畳する重畳回路を備える構成としてもよい。また、さらに重畳回路から出力される出力電圧をあらかじめ設定した電圧に制限する制限回路を備える構成としてもよい。この構成により、位置制御を行いながら分極回復動作も行うことができる。さらに、分極回復電圧を位置制御電圧に重畳しても、分極回復電圧は常に設定された電圧を上限値として圧電体素子に印加されるので、イオンマイグレーション等のダメージを確実に防止できる。
また、上記の圧電体素子は、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とからなる構成としてもよい。また、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とを2個用いて第2の導電体同士を接着した積層圧電体構成としてもよい。このような構成により、非対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子をポーリング処理無しで容易に作製することができ、簡略な製造工程により圧電体アクチュエータを実現できる。さらに、積層圧電体構成とすれば、剛性が大きく、かつ変位を生じさせる力を大きくすることもできるので、比較的重量のある素子でも高精度で駆動することが可能な圧電体アクチュエータを実現できる。
また、上記の圧電体素子は、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とを一対とした構成からなり、それぞれの第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とを同一面上で、かつこの同一面に直交する面を基準として鏡面対称に配置した構成としてもよい。さらに、圧電体素子は、第1の導電体と、第2の導電体と、この第1の導電体と第2の導電体とにより挟まれた圧電体薄膜とを2個用いて第2の導電体同士を接着した積層圧電体構成を一対用いてなり、それぞれの積層圧電体構成を同一面上で、かつこの同一面に直交する面を基準として鏡面対称に配置した構成としてもよい。
これらの構成により、圧電体素子で変位させる作動距離をさらに大きくできるだけでなく、同一平面上に一対配置することで水平方向にも高精度で変位させて、例えば位置決め等の動作が可能となる。さらに、積層圧電体構成の場合には、剛性が大きく、かつ変位を生じさせる力を大きくすることもできるので、比較的重量のある素子でも高精度で駆動することが可能となる。
また、本発明のヘッド支持機構は、記録と再生の少なくとも一方を行うヘッドと、ヘッドが搭載されたヘッドスライダと、このヘッドスライダが取り付けられたフレクシャーと、ヘッドスライダに隣接してフレクシャー上に固定された圧電体素子とこの圧電体素子を伸縮させて位置制御する制御回路とを備えた圧電体アクチュエータとを有し、この圧電体アクチュエータが上記に記載の構成からなることを特徴とする。
この構成により、ヘッドの微小位置決めをこの圧電体アクチュエータで行い、そのために必要な変位量を確保しながら、その劣化も抑制できるので高信頼性のヘッド支持機構を実現できる。さらに、圧電体アクチュエータを使用中に分極の乱れが生じて変位量の変動が生じても、分極回復電圧を印加することにより分極を回復させ、変位量の劣化を改善させることもできる。
また、本発明のディスク装置は、ディスクと、このディスクに記録と再生の少なくとも一方を行うヘッドと、ヘッドが搭載されたヘッドスライダと、ヘッドスライダが取り付けられたフレクシャーと、ヘッドスライダに隣接してフレクシャー上に固定された圧電体素子とこの圧電体素子を伸縮させてヘッドを位置制御する制御回路とを備えた圧電体アクチュエータと、フレクシャーを支持するアームと、アームを回転自在に軸支する軸受部と、アームをディスクの半径方向に回動させる回動手段とを有し、圧電体アクチュエータが上記に記載の構成からなることを特徴とする。
この構成により、回動手段によりアームを回動させてヘッドを位置決めするだけでなく、さらに圧電体アクチュエータによりヘッドを高精度で微小に移動させて位置決めすることができるので、ディスクの記録トラックを高密度化して記録容量を大きく増加させることができる。
さらに、ヘッドによりディスクに記録されたサーボ情報を読みだすときに、ディスクの記録トラックの中央位置の出力レベルと、あらかじめ設定された位置制御電圧を圧電体素子に印加したときの出力レベルとの差を検出するレベル検出回路とをさらに備え、出力レベルの差があらかじめ設定されたレベル値以下になったときに制御回路により分極回復電圧を圧電体素子に印加する構成としてもよい。
この構成により、圧電体アクチュエータを駆動してディスク装置を使用している状態で圧電体素子の変位量の変動を検出できるので、変動量があらかじめ設定されたレベル値になったときに分極を回復させるための分極回復電圧を印加することができ、常に一定の変位量を得ることができるので、高精度の微動を確実に行える。
以上のように本発明の圧電体アクチュエータの駆動方法は、圧電体素子が、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との値の絶対値が異なる非対称な分極−電界ヒステリシス特性を有し、圧電体素子の膜厚方向で、かつ抗電界の絶対値が小さい方向に分極しており、この圧電体素子の膜厚方向に対して直交する方向に圧電体素子を変位させて位置制御を行うための位置制御電圧として、抗電界の絶対値が大きな方向に対しては、この抗電界の値の0.4以下の電界に相当する電圧を圧電体素子の膜厚方向に印加する方法からなる。
この駆動方法とすることにより、圧電体素子の変位量の経時変化を小さくできるので、長期間高精度で位置決め等が可能な圧電体アクチュエータを実現できる。
また、位置制御電圧を圧電体素子の膜厚方向に印加して、膜厚方向に対して直交する方向に変位させて位置制御を行うとともに、分極の劣化を回復させる分極回復電圧を位置制御電圧に重畳して印加、位置制御電圧と切り換えて印加、または位置制御電圧を印加しないときに印加することで、位置制御動作中または位置制御動作の中止期間中に分極の劣化を回復させる方法とすることで、圧電体素子を駆動したときに変位量の劣化が生じても、ディスク装置等に圧電体アクチュエータを組み込んだまま圧電体素子の分極の劣化を回復させることができる。
また、このような駆動方法に用いる圧電体アクチュエータを組み込んだヘッド支持機構やディスク装置では、ヘッドをディスクの所定のトラック位置に非常に高精度に位置決めすることができるので、ディスク装置の記録容量を大きく向上できるという効果を奏する。
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下で説明する図面において、同一要素については同じ符号を付している。
(第1の実施の形態)
図1は、本発明の第1の実施の形態の圧電体アクチュエータの制御回路ブロック図である。圧電体素子1は、第1の導電体3、第2の導電体4およびこれらによって挟まれた圧電体薄膜2から構成されている。なお、第1の導電体3、第2の導電体4および圧電体薄膜2は、スパッタリング等の薄膜技術により形成され、フォトリソとエッチングにより図示するような直方体形状に加工される。この圧電体素子1の寸法は、例えば変位が生じる方向(図1中、Yで示す方向)である長さ方向については2mmで、その厚さは約3μmである。通常、圧電作用を利用するためには圧電体素子1に初期分極を生じさせる必要がある。図1では、分極方向は図中矢印Pで示すように厚さ方向である。また、ヒステリシス特性としては、正の抗電界EC2の絶対値が負の抗電界EC1より小さい特性を有している。
なお、分極ベクトルは必ずしも膜面に完全に垂直である必要はなく、斜めの場合はその垂直成分を考えればよく、平均的に膜厚方向であればよい。すなわち、圧電体薄膜2のドメインがすべて膜厚方向に分極している必要はない。また、圧電体素子1の形状は必ずしも直方体でなくてもよい。例えば、使用する装置の形状に合せて台形状や三角形状等、種々の形状とすればよい。
この圧電体薄膜2を挟む第1の導電体3および第2の導電体4にスイッチ回路8が接続される。入力端子13から位置制御用信号S1が位置制御電圧回路10に入力され、増幅されて位置制御電圧Q1としてスイッチ回路8に出力される。この位置制御電圧Q1および分極回復電圧回路11からの分極回復電圧Q2がスイッチ回路8により切り換えられて圧電体素子1に印加される。すなわち、圧電体素子1を使用中、初期分極特性に比べて劣化が生じたとき、その劣化を回復するための分極回復電圧Q2が、入力端子9に入力されるスイッチ信号S2で指令される時間、すなわち分極特性を回復させるために必要な時間(以下、分極回復時間Hとよぶ)だけ、スイッチ回路8により圧電体素子1に印加される。さらに、分極回復電圧Q2の上限値は、ダイオード等の制限回路12により制限されており、これらにより制御回路が構成されている。
なお、図1に示した回路ブロックは、本発明の一例として説明するもので、スイッチ回路8、位置制御電圧回路10または制限回路12等については、装置構成に応じて適宜変更することが可能である。例えば、制限回路12は、分極回復電圧回路11からの電圧を精度よく制御して出力する場合には、特に不要であり、使用しなくてもよい。
以上の構成により、圧電体素子1には、位置制御電圧Q1と分極回復電圧Q2とがスイッチ回路8の切り換えにより自由に印加できる。位置制御電圧Q1の印加により圧電体素子1はY方向に変位するが、本実施の形態ではこの変位動作をアクチュエータとして利用する。すなわち、一方の端部を固定し、他方の端部を実質的に自由端として、この自由端に制御する対象物を固定することにより、対象物の精密な位置決めを行うことができる。
次に、図2、図3を用いて、圧電体素子1に印加する電圧および変位量の劣化を回復させる動作について説明する。図2は、位置制御電圧Q1および分極回復電圧Q2を合成した波形図であり、正の電圧の印加は分極と同一方向の電界を印加する方向である。また、図3(a)、図3(b)は、位置制御電圧Q1および分極回復電圧Q2それぞれの波形図である。圧電体素子1の変位量は、圧電体薄膜2に加わる電界強度で決まる。圧電体薄膜2の厚さが一定であれば、電圧と電界とは単純な比例関係にあるので、以下においては電界ではなくそれぞれ位置制御電圧Q1、分極回復電圧Q2として説明する。
この圧電体素子1を使用中に分極特性が劣化した場合、図2に示すように位置制御電圧Q1の限界値Dより大きな電圧Gをピーク値とする分極回復電圧Q2を分極回復時間Hだけ印加すれば、低下した圧電体素子1の分極特性を回復させることができる。この分極回復電圧Q2の値Gとしては、対応する抗電界の1倍より大きく、5倍以下とすることが望ましく、1.5倍から2倍程度の範囲が最適値である。すなわち、分極が乱れた状態を回復させるためには、少なくとも抗電界以上の電界をかける必要がある。しかしながら、抗電界以上で大きな電圧をかけすぎると絶縁抵抗が低下していく現象が生じる。このため、このような絶縁抵抗の低下が生じないようにするためには、抗電界の5倍以下とすることが望ましい。特に、確実に分極の劣化を回復させ、かつ絶縁抵抗の低下を生じさせないようにするためには、抗電界の1.5倍から2倍程度の範囲が最も望ましい値である。
分極回復電圧Q2を圧電体素子1に印加するためには、図3(a)に示す位置制御電圧Q1を印加中に、図3(b)に示す分極回復電圧Q2を分極回復時間Hだけスイッチ回路8で切り換えて圧電体素子1に印加する。この合成の電圧波形が図2に示す電圧波形であり、この電圧が圧電体素子1に印加される。位置制御電圧Q1を印加して圧電体アクチュエータを作動させているときに変位量が劣化した場合、分極回復電圧Q2を分極回復時間Hだけ印加することで変位量の回復が可能となる。
この分極回復電圧Q2の印加方法としては、圧電体アクチュエータを一定時間作動させるごとに定期的に印加するようにしてもよい。または、圧電体アクチュエータに一定の変位量を生じさせる電圧を印加して、例えば磁気ヘッドで磁気ディスクのサーボ信号を読み取り、そのサーボ信号レベルがある閾値以下であるかどうかを検出する検出手段を設け、閾値以下であれば劣化していると判断して印加する方法等、圧電体アクチュエータを機器に取り付けた状態で分極回復電圧Q2を印加できれば特に制約はない。
なお、圧電体アクチュエータが位置制御作動していないときに、分極回復電圧Q2を印加して分極を回復させることもできる。
さらに、本実施の形態では一層構造の圧電体アクチュエータについて述べたが、圧電体素子をさらに積層した積層構造の圧電体アクチュエータとしてもよい。積層することで、剛性が高まるだけでなく変位を生じさせる力も大きくすることが可能となり、比較的重量のある対象物についても高精度で位置決めすることができる。
図4は、本実施の形態の変形例の圧電体アクチュエータであり、圧電体素子を二層積層した構造の圧電体アクチュエータの制御回路ブロック図を示す。第一層の圧電体素子26は、第1の導電体28と第2の導電体29と、これらで挟まれた圧電体薄膜30とからなる。また、第二層の圧電体素子27は、第1の導電体31と第2の導電体32と、これらによって挟まれた圧電体薄膜33からなる。これら第一層の圧電体素子26、第二層の圧電体素子27のそれぞれの分極方向Pが反対向きとなるようにして接着層50で接着され、積層圧電体構成とされている。この積層圧電体構成を、以下では積層圧電体素子60とする。このようにして構成された積層圧電体素子60の第1の導電体28、31と、第2の導電体29、32とをそれぞれ結合し、それらを制御回路に接続する。制御回路の構成は図1に示した構成と同じであり、同じ要素には同じ符号を付しているので説明は省略する。このように構成することにより、第一層の圧電体素子26と第二層の圧電体素子27とのそれぞれについては、図1に示した圧電体素子1と同様な位置制御電圧Q1と分極回復電圧Q2とを印加でき、位置制御動作と分極回復動作を行うことができる。
なお、本実施の形態では、スイッチ回路8により位置制御電圧Q1と分極回復電圧Q2とを切り換えたが、本発明はこれに限定されない。例えば、位置制御電圧Q1に分極回復電圧Q2を重畳させる重畳回路を設け、この重畳回路で重畳した電圧を圧電体素子に印加してもよい。さらに、重畳した電圧があらかじめ設定した電圧以上になれば、制限回路12でその設定した電圧に制限して圧電体素子1に印加するようにしてもよい。また、位置制御電圧Q1を印加せず、圧電体素子1を作動させていないときに分極回復電圧Q2を印加する方法でもよい。
(第2の実施の形態)
図5は、本発明の第2の実施の形態の圧電体アクチュエータおよびこの圧電体アクチュエータを搭載したヘッド支持機構をディスク装置に応用した例を示す主要部の斜視図である。このディスク装置は、従来のVCMからなるアクチュエータに、さらに本発明の圧電体アクチュエータを付加した2段アクチュエータ構成であることが特徴である。
ヘッド支持機構100は、比較的剛性の低いサスペンション104、板バネ部105、比較的剛性の高いアーム106、フレクシャー103、このフレクシャー103上でディスク200に対向する面に設けられたヘッドスライダ102、このヘッドスライダ102に搭載されたヘッド(図示せず)およびフレクシャー103上に接着固定された圧電体素子108から構成されている。なお、フレクシャー103は、その一端部がサスペンション104に固着されている。サスペンション104は比較的剛性が低く設計されており、その他方の端部は板バネ部105を構成し、この板バネ部105がアーム106に固定されている。さらに、アーム106は、軸受部110で回転自在に軸支されている。アーム106に取り付けられたボイスコイル112と図示しない磁石とにより、VCMを構成している。ヘッド支持機構100は、このVCMによりディスク200面に平行な方向に所定の角度範囲で回動することができる。
さらに、ヘッドスライダ102に搭載されたヘッドをディスク200の所定のトラック位置に高精度に位置決めするために、圧電体素子108が駆動される。すなわち、このヘッド支持機構100はVCMで粗く位置決めし、圧電体素子108を含む圧電体アクチュエータにより微調整する2段アクチュエータ構成である。
以下、ディスク装置の動作について説明する。ディスク200は回転駆動手段220によって所定の回転速度で回転する。ディスク装置の記録再生時には、ディスク200の回転に伴い生じる空気流による浮揚力と、ヘッドスライダ102をディスク200面側へ付勢する付勢力との力の釣り合いにより、ヘッドスライダ102は一定の浮上量で浮上し、ヘッドはこの一定の浮上状態で記録再生を行う。なお、ディスク200面側へヘッドスライダ102を付勢する付勢力は、ヘッド支持機構100の板バネ部105により主として加えられる。
このような浮上状態で記録再生を行うが、所定のトラック位置にヘッドを位置決めするために、アーム106がVCMにより軸受部110を中心として回動する。従来のディスク装置では、このような位置決め機構のみで対応しているが、さらに高密度記録を行うために圧電体素子108で非常に高精度の微調整を行う。
図6に、この圧電体素子108近傍部分の平面形状と、X−X線に沿った断面形状を示す。フレクシャー103上に、一対の圧電体素子108A、108Bがサスペンション104の長手方向の中心線Y−Y線に対して対称な位置に接着層107で接着固定されている。それぞれの圧電体素子108A、108BはY−Y線、すなわち圧電体素子108A、108Bが配置されている同一面に直交する面を基準として鏡面対称な形状であり、その断面構造も同じとしてある。
すなわち、圧電体薄膜1082を挟むように第1の導電体1083と第2の導電体1084とが形成され、これらにより圧電体素子108A、108Bがそれぞれ構成される。なお、これらの圧電体素子108A、108Bの表面には絶縁性の保護樹脂膜を形成する場合もある。それぞれの圧電体素子108A、108Bの第1の導電体1083および第2の導電体1084は、フレクシャー103の電極パッド103Aとそれぞれワイヤリード109で接続されている。電極パッド103Aからはディスク装置に設けられた圧電体素子108A、108Bを駆動するための制御回路(図示せず)に接続される圧電体電極配線103Bがフレクシャー103上に形成されている。また、ヘッドスライダ102に搭載されたヘッド(図示せず)とディスク装置の制御部(図示せず)とを接続するためのヘッド電極配線103Cが一対の圧電体素子108A、108Bの中央部のフレクシャー103上に形成されている。なお、制御回路はディスク装置を制御する制御部と一体的に構成してもよいし、別々に構成してもよい。
ヘッドを所定のトラック位置に高精度に微調整する場合には、以下のようにする。図6(a)に示すように、例えば一方の圧電体素子108Aが矢印Mの方向に変位し、他方の圧電体素子108Bが矢印Kの方向に変位するように、それぞれの圧電体素子108A、108Bに電圧を印加する。この結果、それぞれの圧電体素子108A、108Bの変位の合成として、ヘッドを矢印Cの方向に変位させることができる。また、矢印Cと逆方向にヘッドを変位させる場合には、圧電体素子108A、108Bに上記と逆の電圧を印加すればよい。これにより、ディスク200の記録密度を高めるためにトラックピッチを微細化しても、この圧電体素子108を用いることにより高精度でかつ高速に位置決めできるようになる。
次に、この圧電体アクチュエータの制御方式について、図7を用いて説明する。図7は、圧電体素子108を駆動するための駆動回路ブロック図である。ディスク200に記録されたサーボ信号をヘッド101により検出して信号増幅器40によって増幅する。この信号を検出手段であるレベル検出回路41に入力して、出力レベルの差を比較することによって、変位の経時変化の量を判定する。すなわち、ヘッド101がディスク200のトラックの中央部にある場合の出力レベルと、ある一定の電圧を圧電体素子108A、108Bに印加してトラックの中央位置からずれたときの出力レベルとの差を求める。この出力レベルの差があらかじめ設定したレベル差以下になったと判定すれば、スイッチ信号発生器42からスイッチ信号を発生させてスイッチ回路8A、8Bに入力する。このスイッチ信号により、スイッチ回路8A、8Bからは分極回復電圧Q2が圧電体素子108A、108Bに一定時間入力される。なお、ヘッド101により検出した信号はディスク装置の信号処理回路45にも送られ、サーボ情報やデータの読み取りの処理も行われる。
一方、ヘッド101の位置決めは、入力端子13から入力された位置制御用信号S2を位置制御電圧回路10で増幅する。圧電体素子108Aには、スイッチ回路8Aを介して増幅された位置制御電圧Q1が印加され、もう一方の圧電体素子108Bには、位相反転回路43に入力されて反転された電圧−Q1がスイッチ回路8Bを介して印加される。また、制限回路12A、12Bは分極回復電圧Q2の最大電圧を正の抗電界EC2に対して一定のレベルになるように制限する。これにより圧電体アクチュエータの制御回路が構成される。
以下、この圧電体アクチュエータの動作について説明する。通常動作時には、VCMによりディスク200の所定のトラック位置近傍にヘッド101を位置決めし、さらに入力端子13から入力された位置制御用信号S2が位置制御電圧回路10で増幅され、一方の圧電体素子108Aにはそのままの電圧、もう一方の圧電体素子108Bには反転した電圧が印加される。この電圧により、圧電体素子108A、108Bは上述したような動作を行い、ヘッド101を目標のトラック位置に高精度で位置決めする。
次に、圧電体素子108A、108Bの変位量の経時変化については、以下のようにして検出する。トラックに記録されたサーボ情報をヘッドにより読み取るときに、ヘッド101がトラック中央位置にあるときの出力レベルと、ある一定の位置制御電圧Q1を印加してヘッド101がトラック中央位置からずれたときの出力レベルとをレベル検出回路41により検出する。サーボ情報の出力は、ディスク200のトラックの中央部にヘッド101が位置するときに最大出力レベルを示す。この状態において、圧電体素子108A、108Bに一定の位置制御電圧Q1を印加すると、ヘッド101がトラック中央部からずれるので最大出力レベルに比べて出力レベルが低下する。このヘッド101の位置の移動にしたがって変化する出力レベルの差をレベル検出回路41によって検出する。このように、ヘッド101位置をディスク200に記録されたサーボ信号を利用して把握すれば、位置制御のための位置制御電圧Q1とヘッド101の位置変位量との関係を求めることができる。
例えば、圧電体素子108に経時的な劣化が生じて、その変位量が減少した場合、圧電体素子108に対して一定の位置制御電圧Q1が印加されてもトラック中央部からのずれは小さくなる。したがって、位置制御電圧Q1が印加されて変位したときの出力レベルと最大出力レベルとの差が小さくなる。このような出力レベルの差を図7に示すレベル検出回路41により求める。この出力レベルの差があらかじめ設定されたレベル値まで減少していると判断した場合には、スイッチ信号発生器42よりスイッチ信号をスイッチ回路8A、8Bに入力する。スイッチ信号が入力されると、その信号情報にもとづき分極回復電圧Q2をあらかじめ設定した時間だけ圧電体素子108A、108Bに印加する。この分極回復電圧Q2の印加により、圧電体素子108A、108Bの分極が初期状態までほぼ回復するので、変位量もほぼ初期の変位量を出力することができる。この分極回復電圧Q2はディスク装置を作動中でも印加できるので、非常に高信頼性の圧電体アクチュエータおよびディスク装置を実現できる。
なお、本実施の形態の圧電体アクチュエータでは、出力レベルの差があらかじめ設定されたレベル値まで減少していることを判断して、分極回復電圧Q2を印加するようにしたが、本発明はこれに限定されない。例えば、60分ごとに分極回復電圧Q2を印加する方法等でもよい。このような分極回復電圧の印加によっても、確実に初期の分極状態に回復させることができ、変位量の変動も大幅に小さくできる。
また、本実施の形態では一層構成の圧電体素子について説明したが、第1の実施の形態の変形例で説明したような積層圧電体構成からなる積層圧電体素子でも同様な装置構成および駆動方法が適用できる。
さらに、本実施の形態では、ディスクのサーボ情報からヘッドがトラック中央位置にあるときの出力レベルと、ある一定の位置制御電圧Q1を印加して微動したときの出力レベルとをレベル検出回路41により検出したが、サーボ情報に限定されることはない。
上記の圧電体アクチュエータに用いられる圧電体素子の構造と、その駆動方法による経時変化特性について具体的な実施例をもとに説明する。
(第1の実施例)
本発明の第1の実施例においては、上記の圧電体アクチュエータに用いられる圧電体素子の構造と、それを用いて分極回復電圧を印加しない駆動方法による結果について、単層構造の圧電体素子を例にして説明する。
本実施例における圧電体素子1は、以下のようにして作製した。第1の導電体3として膜厚100nmの白金(以下、Ptとよぶ)膜、圧電体薄膜2としてスパッタリング法により作製した膜厚3μmのチタン酸ジルコン酸鉛(以下、PZTとよぶ)薄膜を用いた。まず(100)方位を有する酸化マグネシウム(以下、MgOとよぶ)単結晶基板上に600℃でPtを(100)配向するように100nm成膜する。続いて、PZTを600℃にて3μm成膜して、(001)に配向するように形成した。続いて、第2の導電体4として、室温でPtを100nmの厚みに成膜した。その後エッチングにより所定の圧電体形状となるよう加工を行い、さらにその後MgO基板をエッチング除去して、図1に示す圧電体素子1を作製した。
このようにして得られたPZT薄膜をX線回折により測定した。その結果、結晶構造はペロブスカイト構造であることが確認された。さらに、この回折プロファイルをもとにしたリートベルト解析を行った結果、PZT薄膜のうち90%以上が(001)配向、つまりペロブスカイト結晶構造においてc軸が膜面に垂直方向を向いていることも確認できた。
なお、図4に示す積層圧電体素子60を作製する場合には、2枚のMgO基板上にそれぞれ第1の導電体28、31、圧電体薄膜30、33および第2の導電体29、32を積層して成膜し、これらを接着層50で接着した後に一方のMgO基板をエッチング除去する。一方のMgO基板がエッチング除去されると、他方のMgO基板上に接着層50で積層された薄膜構造が露出する。この薄膜にフォトリソ、エッチングを行い、図4に示すようなパターンを形成した後、他方のMgO基板をエッチング除去すれば、図4に示す積層圧電体素子60が得られる。
上記のようにして形成した圧電体素子1の分極−電界(P−E)ヒステリシス特性を図8(b)に示す。横軸は電界(E)、縦軸は分極(P)である。なお、図8(a)は、図1に示した圧電体素子1の断面図で、符号Pは分極方向を示す。本実施例の圧電体素子1は、第1の導電体3から第2の導電体4方向に分極している。ヒステリシス曲線の横軸(電界軸)との交点の1つである負の抗電界EC1は分極方向Pの電界とは逆方向で、約−140kV/cmである。また、もう1つの交点である正の抗電界EC2は分極方向Pの電界と同一方向で、約80kV/cmである。これからわかるように、本実施例の圧電体素子1は抗電界の絶対値が小さい方、すなわち正の抗電界EC2と同じ方向に分極されている。なお、Pr1は残留分極である。
以上説明したように、このようにして作製された圧電体薄膜2はポーリング処理を施さなくても自然に分極が発生し、かつ非対称なヒステリシス特性が得られる。
なお、充分な分極特性が得られないような成膜方法の場合は、ポーリング処理を行い、圧電体を分極させてもよい。さらに、膜の形成方法としては、レーザーアブレーション法やゾルゲル法等を用いることもできる。
このようにして作製した圧電体素子1に位置制御電圧Q1を印加するときの電圧による変位の劣化量の経時変化特性について説明する。図8(a)に示す分極方向で、図8(b)に示すような非対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子1の場合、特に分極を劣化させる負方向の電界が重要である。図8(c)、図8(d)および図8(e)は、上記の圧電体素子1に対して異なる位置制御電圧Q1を印加する場合のそれぞれの電圧波形図を示す。
図8(c)は、位置制御電圧Q1がQ1=9V、電界では30kV/cmであり、負の抗電界EC1と正の抗電界EC2との中点Sを基準としてみると、正の抗電界EC2側に30kV/cmだけバイアスされた駆動条件である。これを本発明駆動条件1とよぶ。
図8(d)は、Q1=16.8V、電界では56kV/cmであり、負の抗電界EC1に対して0.4倍の値である。これを本発明駆動条件2とよぶ。
また、図8(e)は、Q1=21V、電界では70kV/cmであり、負の抗電界EC1に対して0.5倍の値である。これを比較用駆動条件1とよぶ。なお、すべて、周波数は1kHzで、単純に正弦波を印加した。
さらに、比較用として図9に示す圧電体素子50についても、同様な信頼性評価を行った。図9(a)および図9(b)からもわかるように、この圧電体素子50は分極方向Pが図8の圧電体素子1とは逆方向であるが、ヒステリシス特性は同じである。このような圧電体素子50に対して、同様に周波数1kHz、正弦波の位置制御電圧Q1を印加した。そのときの位置制御電圧Q1はQ1=16.8V、電界では56kV/cmである。これを比較用素子A駆動条件1とよぶ。なお、これらの位置制御電圧Q1の印加において、分極の劣化による変位量劣化は、図8(a)に示す圧電体素子1では負の抗電界EC1側に印加される電圧が主として影響し、図9(a)に示す圧電体素子50の場合には正の抗電界EC2の側に印加される電圧が主として影響する。
上述したそれぞれの駆動条件で位置制御電圧Q1を1000時間印加したときの変位の劣化量を(表1)に示す。
(表1)からわかるように、図8(a)に示すような分極方向Pが正の抗電界EC2と同じ方向で、かつ、位置制御電圧Q1が負の抗電界EC1の0.4倍の値以下に相当する電圧の場合には、1000時間後の変位劣化量が1%から3%であり、非常に小さい。特に、本発明駆動条件1では、変位の経時劣化は1%であった。なお、本発明駆動条件1の変位量の変動については、さらに5000時間まで測定したが、5000時間経過後でも変位量の変化は1%以下であった。
以下、このような安定な変位量が得られる理由を説明する。図8(b)からわかるように、正の抗電界EC2と負の抗電界EC1との中央値Sの値は、本発明駆動条件1の圧電体素子1では−30kV/cmである。したがって、図8(c)の位置制御電圧Q1の場合には、負の抗電界EC1側に印加される位置制御電圧Q1は中心値Sの電圧よりも小さな電圧しか印加されない。したがって、従来の対称形状のヒステリシス特性を有する圧電体素子と比較すると、本発明駆動条件1の圧電体素子1の場合には見かけ上、正の抗電界EC2側に印加される電圧で駆動されていることになる。また、正の抗電界EC2の方向に対しては、この正の抗電界EC2以上の電圧が印加されても分極が回復する方向であるので、変位劣化は生じない。このように見かけ上、位置制御電圧Q1は正の抗電界EC2側に印加される電圧で駆動されるため、分極の乱れが生じ難くなり変位量の経時変化が抑制されたものである。したがって、負の抗電界EC1の方向に対しては、中心値Sと電界零点0との範囲に相当する電圧を印加する限り、変位量の経時変化をほぼ抑制することができる。本発明駆動条件1の場合、圧電体薄膜2の膜厚が3μmなので、0Vから−9Vまでの間の電圧がこのような安定な電圧範囲に相当する。−9Vの電圧を印加した場合、変位量は0.36μmを得ることができるので充分使用可能である。なお、正の抗電界EC2の方向に対しては、正の抗電界EC2以上の電圧を印加してもよいので、総合した変位量として約1μmを得ることは可能である。この電圧の範囲内で位置制御電圧Q1を印加する限り、分極回復電圧Q2を印加する必要はない。
図8(d)に示す本発明駆動条件2の場合には、位置制御電圧Q1において主として分極の劣化をひきおこす電圧は負の抗電界EC1側に印加される電圧であり、最大で−16.8Vである。これは、位置制御電圧Q1と負の抗電界EC1との比で示すと、Q1/EC1=0.4となる。
これに対して、比較用駆動条件1では、1000時間後の変位劣化量が10%となり実用に耐えられないことが見出された。これらの結果から、本実施例の圧電体素子1では、変位劣化量は負方向に印加される位置制御電圧Q1の最大値と負の抗電界EC1との比により主として影響されていることが見出された。
また、Q1/EC1=0.4〜0.5の範囲で変位の経時劣化が大きく増加する傾向にあり、Q1/EC1≒0.43で、分極回復処理を行わない場合の実用上の許容値である5%を超えることがわかった。しかし、この値(Q1/EC1≒0.43)は圧電体薄膜の厚さのばらつきまでを考慮すると許容し難く、実用上の許容値である5%を確実に保証するためにはQ1/EC1≦0.4と設定することが必要であることがわかった。すなわち、これらの結果から図8(a)に示すような分極方向Pと、負の抗電界EC1が正の抗電界EC2よりも絶対値が大きい非対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子1では、Q1/EC1≦0.4となるように位置制御電圧Q1を設定することが望ましいことが見出された。なお、上記の条件は分極回復処理を行わない場合であって、分極回復処理を行えばさらに大きな電圧を印加することも可能である。
一方、比較用素子A駆動条件1では、1000時間後の変位劣化量が25%になり、比較的大きな劣化を生じることがわかった。これは分極方向が逆であり、この圧電体素子50の場合に分極劣化に影響する正の抗電界EC2との比をとると、Q1/EC2=0.7と大きいことによる。
(第2の実施例)
本発明の第2の実施例においては、第1の実施例で説明した製造方法により作製した圧電体素子1、この圧電体素子1の分極方向を反転させた圧電体素子50、および対称なヒステリシス特性を有する圧電体素子55を用いて、分極回復電圧を印加する場合の駆動方法による結果について説明する。
第2の実施例においては、これらの圧電体素子を用いて、位置制御電圧Q1にバイアス電圧を印加する駆動方法と、分極回復電圧Q2を印加する駆動方法による変位の変動量、および高温高湿雰囲気中での絶縁抵抗の経時変化特性を求めた。
圧電体素子1は、第1の実施例と同じ作製条件で、負の抗電界EC1が−140kV/cm、正の抗電界EC2が+80kV/cm、分極方向Pは正の抗電界EC2と同じ方向である。これを図10(a)および図10(b)に示すが、これらは図8(a)および図8(b)と同じである。
圧電体素子50は、負の抗電界EC1と正の抗電界EC2の値が圧電体素子1とそれぞれ同じであるが、分極方向Pが負の抗電界EC1の方向である。これを図11(a)および図11(b)に示すが、これらは図9(a)および図9(b)と同じである。この圧電体素子50は、圧電体素子1と同じ製造条件で作製した後、逆方向に分極するような処理を行うことで得た。
また、圧電体素子55は図12(a)および図12(b)に示すように、負の抗電界EC1と正の抗電界EC2の絶対値がほぼ同一で、対称なヒステリシス特性を有し、分極方向Pは正の抗電界EC2と同じ方向である。この圧電体素子55については、圧電体素子1と同じ条件で作製後に熱処理して対称なヒステリシス特性とし、その抗電界が80kV/cmのものを使用した。
上記の3種類の圧電体素子1、50、55を用いて、バイアス電圧を重畳した位置制御電圧Q1を印加する駆動方法および分極回復電圧Q2を印加する駆動方法の効果を求めた。
本発明駆動条件3は圧電体素子1を用いて図10(c)に示すように、位置制御電圧Q1として第1の実施例と同様に1kHzの正弦波で、Q1=±21V(±70kV/cm)を印加すると同時に、60分ごとに1秒間、分極方向Pと同一方向に分極回復電圧Q2を印加する駆動方法である。この分極回復電圧Q2は、正の抗電界EC2の約1.5倍の値とした。また、分極回復時間Hは後述する実験結果(図14)より1秒間とした。
比較用駆動条件1は、圧電体素子1を用いて図8(e)に示したような駆動条件としたが、これは圧電体素子1を用いた第1の実施例の駆動条件と全く同じである。
比較用素子A駆動条件2は、図11(a)および図11(b)に示す圧電体素子50を用いて図11(c)に示す位置制御電圧Q1と分極回復電圧Q2を印加する駆動方法である。この場合の位置制御電圧Q1は1kHzの正弦波で、Q1=±21V(±70kV/cm)であり、分極回復電圧Q2は負の抗電界EC1の約1.5倍の値とした。また、分極回復時間Hは同様に1秒間とした。
また、比較用素子B駆動条件は、図12(a)および図12(b)に示す圧電体素子55を用いて図12(c)に示す位置制御電圧Q1と分極回復電圧Q2を印加する駆動方法である。なお、この駆動条件は、図10(c)に示した本発明駆動条件3と同じである。
さらに、比較用駆動条件2は、図13(a)および図13(b)に示す圧電体素子1を用いて図13(c)に示すように、比較用駆動条件1と同様な1kHzの正弦波、Q1=±21V(±70kV/cm)の電圧に加えて、さらに+21V(+70kV/cm)のDCバイアス電圧Wを重畳した電圧を位置制御電圧Q1として印加する駆動方法である。したがって、この場合の駆動条件においては、圧電体素子1には分極方向Pを劣化させるような逆方向の電界は印加されない。
これらの位置制御電圧Q1の印加において、分極の劣化は主として分極方向と逆方向の抗電界側に加えられる電圧により生じる。
上記の5つの駆動条件について経時変化による変位劣化量を求めたが、最初に分極回復時間Hによる分極回復効果について説明する。図14は、本発明駆動条件3の駆動方法において、分極回復時間Hによる分極の回復効果を求めた結果を示す図である。なお、図14において、分極回復時間Hとは所定の分極回復電圧Q2を印加する時間である。また、分極回復率とは、図10(c)に示すような位置制御電圧Q1を60分印加したときの分極劣化量に対して、分極回復電圧Q2を印加してこの分極劣化量が回復する割合を百分率で表示したものである。例えば、位置制御電圧Q1を60分印加することで初期状態から30%劣化した場合に、分極回復電圧Q2を印加して90%回復すれば、初期状態に対して3%の劣化に抑制できることになる。なお、分極回復電圧Q2は、正の抗電界EC2の約1.5倍の値、すなわちQ2=+36V(+120kV/cm)として、分極回復時間Hをかえて分極の回復率を測定した。
図14から明らかなように、約0.01秒で90%程度、0.1秒で95%程度、さらに1秒ではほぼ完全に回復している。実用的に許容できる変位の劣化量は5%以下である。本発明駆動条件3の場合、60分後で、分極回復電圧Q2を印加する直前の変位量が約5%であり、この変位量において分極回復電圧Q2を0.01秒程度印加すれば変位量を一定時間ごとに回復させることになるので、変位の劣化が蓄積されなくなる。したがって、間欠的に分極回復電圧Q2を印加する場合、0.01秒以上とすればよいことがわかる。
一方、分極回復電圧Q2をあまり長く印加し続けると、イオンマイグレーション等による絶縁抵抗の劣化が生じる可能性が大きくなるだけでなく、位置制御を行える時間が短くなり実用上支障が生じる。温度85℃、湿度85%の高温高湿雰囲気中で同じ分極回復電圧Q2を印加する実験から、分極回復時間Hが70秒以上では絶縁抵抗の変動が許容値を超える結果が得られた。また、分極回復時間Hは、60秒程度で回復効果が飽和しているので、これ以上長く印加するのは絶縁破壊や絶縁抵抗の劣化を招くため望ましくない。これらの結果から、分極回復時間Hは、0.01秒から60秒の範囲が望ましく、さらには0.1秒から10秒の範囲がより望ましい範囲であることが認められた。この結果から、本実施例においては分極回復電圧Q2の分極回復時間Hは1秒間とした。
また、初期状態において±21Vを印加したときの変位量は、圧電体素子1、圧電体素子50および圧電体素子55ともに約±0.8μmであり、ほぼ同等であることを確認した。その後、上記の条件で電圧を印加して、一定時間ごとに変位量の変動を測定した。(表2)は1000時間後の変位劣化量であり、初期状態に対しての劣化の割合を示している。また、分極回復電圧Q2を印加する本発明駆動条件3、比較用素子A駆動条件2および比較用素子B駆動条件については、1時間後と1000時間経過時点においての分極回復電圧Q2印加直前と印加後の変位量も示している。
(表2)からわかるように、比較用駆動条件1では、1時間経過時点で5%劣化し、1000時間後では10%の劣化が生じた。実用上の許容限界は5%であるので、この比較用駆動条件1を実用に供することは困難である。
しかし、本発明駆動条件3では、1時間経過時点において分極回復電圧Q2印加直前では5%劣化しているが、分極回復電圧Q2を印加後では1%の劣化に良化した。さらに、1000時間経過時点においても、分極回復電圧Q2を印加直前では5%の劣化であり、劣化がほとんど進行していない。また、分極回復電圧Q2を印加後には2%の劣化量となり、良化した。すなわち、本発明駆動条件3では、1000時間の長期間にわたって2%〜5%の変動に抑制できることがわかった。したがって、一定時間ごとに分極回復電圧Q2を印加して分極回復を行わせることは、変位の経時劣化を防止することに対して大きな効果があることが見出された。本発明駆動条件3の場合には、位置制御電圧Q1が負の最大値となっても負の抗電界EC1に比べてまだ充分な余裕を有している。この余裕度の大きいことが分極の劣化を防止することに大きな効果を有していると判断される。また、分極が劣化しても、その劣化の度合いが小さいこと、および正の抗電界EC2の絶対値が負の抗電界EC1の絶対値に比べて小さいこと等により、分極回復電圧Q2の印加でほぼ初期の分極状態に回復するものである。
また、比較用駆動条件2では、1時間経過後および1000時間経過後においても劣化は1%以下で、良好な結果が得られた。この比較用駆動条件2で良好な結果が得られた理由は、位置制御電圧Q1には+21VのDCバイアス電圧Wが印加されており、このため分極方向に対して逆方向の電圧が印加されないことによる。
一方、比較用素子A駆動条件2では、分極回復電圧Q2を印加することにより許容値限界である5%に改善された。この駆動条件の場合には、位置制御電圧Q1の正の最大電圧Dは図11(c)に示すように、正の抗電界EC2とほぼ同じ値となる。分極が逆方向であるので、正の抗電界EC2と同じ電圧が印加されると分極が乱れやすくなるが、分極回復電圧の印加により変位劣化量が改善されるものである。ただし、負の抗電界EC1の絶対値が大きいために、大きな分極回復電圧Q2を印加する必要があるため、回復電圧を印加した際に瞬間的に絶縁破壊が生じる可能性があり、また長期的には絶縁抵抗の劣化が生じやすいので注意が必要である。
また、比較用素子B駆動条件については、分極回復電圧Q2を印加することで変位の経時劣化はある程度改善されるが、分極回復電圧Q2を印加する直前での劣化量が大きいので実用上の許容値である5%以下にすることはできなかった。この比較用素子B駆動条件の圧電体素子55は、対称形状のヒステリシス特性を有しており、負の抗電界EC1および正の抗電界EC2がほぼ同じ値をとる。このような特性の圧電体素子55に位置制御電圧Q1が印加されると、負の最大値Fは図12(c)に示すように、負の抗電界EC1に近い値となるため分極の劣化が生じやすくなる。この分極の劣化に対しては、分極回復電圧Q2の印加により回復する。しかし、回復前の変動量は本発明駆動条件3に比べて大きいために、最終的に回復する変位劣化量はやや大きな値となる。
以上のように、変位の経時変化特性については、本発明駆動条件3と比較用駆動条件2とが非常に良好な結果を示し、、分極回復電圧を印加することで大きな改善効果が得られることが明確になった。一方、比較用素子A駆動条件2と比較用素子B駆動条件とは、回復電圧印加直前では許容値を超えるが、分極回復電圧を印加すると許容値内となる結果が得られた。したがって、これらの駆動条件の場合、位置制御電圧Q1を60分印加するのではなく、5%までの劣化が生じる時間に制限して分極回復電圧Q2を印加するようにすればよい。
次に、本発明駆動条件3、比較用駆動条件2および比較的変位の経時劣化が小さい比較用駆動条件1について、温度85℃、湿度85%の高温高湿雰囲気中で同様な電圧を印加して、絶縁抵抗の変動を測定した。作製した圧電体素子1の初期の絶縁抵抗は3試料ともに約10GΩであり、これが1MΩ以下に劣化する時点を絶縁不良と定義して累計故障率を求めた。この結果を(表3)に示す。
(表3)からわかるように、比較用駆動条件1および本発明駆動条件3では1000時間経過後でも累計故障率は0%となり、良好な結果が得られた。しかし、比較用駆動条件2では10時間経過時点で70%、100時間で100%の累計故障率となった。比較用駆動条件2の累計故障率が非常に大きくなったのは、+21VのDCバイアス電圧Wを印加しているために、イオンマイグレーションが促進されて圧電体薄膜2にダメージが発生したためである。
なお、比較用素子A駆動条件の場合、分極回復電圧が大きいために、一部の試料は回復電圧印加時に瞬間的に絶縁破壊を生じるものや、やや絶縁抵抗の劣化が生じるものが見出された。しかし、このような瞬間的な絶縁破壊が生じなかった試料に関しては、絶縁抵抗の劣化は許容限界以内であった。
これらの結果から、長期間にわたる変位量の安定性に対しては分極回復電圧を印加する駆動方法が有効であることが明確になった。さらに、高温高湿雰囲気下における絶縁抵抗の安定性も得るためには、本発明駆動条件3が最も有効な駆動方法であることが見出された。
以上の結果から、本発明駆動条件3のように正の抗電界EC2が負の抗電界EC1より小さいP−Eヒステリシス曲線を有する圧電体素子1を用いて、所定時間ごとに分極回復電圧Q2を印加することで、長時間安定な作動を行う圧電体アクチュエータを実現できる。
なお、本実施例においては、圧電体素子として負の抗電界EC1=−140kV/cmと正の抗電界EC2=80kV/cmの圧電体素子の場合について説明したが、本発明はこれに限定されない。正の抗電界EC2と負の抗電界EC1とが異なる値をとり、抗電界の絶対値が小さい方に分極方向Pを有する圧電体薄膜であれば同様な効果が得られる。
このように、本発明は圧電体アクチュエータの使用中に適当なタイミングで分極回復電圧Q2を印加することで、圧電体の分極をほぼ初期状態にもどしながらアクチュエータ動作をさせる駆動方法である。この分極回復のための駆動方法は、圧電体アクチュエータ使用中に発生する小さな分極の劣化を定期的または間欠的に回復させる方法である。従来の分極処理工程が、高温、高電界、長時間等の条件を必要とするのに対して、極めて簡単な条件で、かつ装置に組み込んだ状態で行うことができる。また、この圧電体アクチュエータを、例えばディスク装置に設置すれば、アクチュエータとして作動させながら定期的に分極回復電圧を印加して変位量を回復させることができる。
なお、本実施例では、60分ごとに1秒間一定電圧の分極回復電圧を印加したが、分極回復電圧は一定でなくてもよい。例えば、変動値に応じて分極回復電圧を大きくしていくことで、分極を回復させてもよい。また、本実施例では、一定時間ごとに分極回復電圧を印加したが、この間隔に限定されることはない。圧電体素子の特性に応じてかえてもよいし、また時間間隔は一定でなくてもよい。
また、本実施例では、位置制御電圧と分極回復電圧とを切り換えて圧電体素子に印加したが、分極回復電圧を位置制御電圧に重畳する重畳回路を設け、重畳した電圧を分極回復電圧として印加してもよい。例えば、図15および図16は、分極回復電圧を位置制御電圧に重畳して印加する場合の例を示している。
図15には、電圧V1とV2との間の位置制御電圧Q1を印加して位置制御しながら(領域Aで示す時間)、分極回復電圧Q2を重畳して分極回復を行う場合(領域Bで示す時間)の電圧印加方法を示している。分極回復電圧Q2としては、V11−V1に相当する電圧であり、これを位置制御電圧Q1に重畳して印加する。これにより、位置制御を行いながら分極回復処理も行うことができる。なお、分極回復処理中に位置制御するトラック位置は、領域Aで制御していた位置とは異なる位置で制御することになる。
また、図16は、位置制御電圧Q1に対して、分極回復電圧Q2を連続的に大きくさせていきながら圧電体素子に印加する方法を示す図である。この場合も位置制御するトラック位置は徐々に移動していくが、その移動点において位置制御が可能であり、かつ分極回復処理も並行して行うことができる。
これらの場合に、分極回復電圧があらかじめ設定された電圧を超える場合には、制限回路が動作してその設定値となるように電圧を制限して印加するようにすることもできる。なお、上記の説明からもわかるように、分極回復電圧を印加して分極を回復させる動作は常温で可能なので、圧電体アクチュエータを装置に組み込んだ状態で回復動作をさせることができる。
さらに、本実施例では、正の抗電界EC2が負の抗電界EC1より小さいP−Eヒステリシス曲線を有し、分極が正方向の場合の圧電体素子を用いたが、本発明はこれに限定されない。すなわち、正の抗電界EC2が負の抗電界EC1より大きいP−Eヒステリシス曲線を有する圧電体素子の場合には、負方向の分極を基準として上記と逆方向の電圧を印加すれば同じ効果が得られる。
また、圧電体アクチュエータを駆動してディスク装置を使用している状態で圧電体素子の変位量の変動を検出することもできるので、変動量があらかじめ設定されたレベル値になったときに分極を回復させるための分極回復電圧を印加することができ、常に一定の変位量を得ることができるので、高精度の微動を確実に行える。