JP4436518B2 - 培養細胞評価方法、培養細胞増殖予測方法及び培養細胞増殖制御方法 - Google Patents

培養細胞評価方法、培養細胞増殖予測方法及び培養細胞増殖制御方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、接着依存性細胞を培養容器内で単層培養する際に、その細胞固有の単層培養過程を評価するための培養細胞評価方法、その評価方法により評価された結果を利用して、その細胞の増殖過程を予測する培養細胞増殖予測方法、及びその予測方法により予測された結果を利用して、その細胞の増殖を制御する培養細胞増殖制御方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より、この種の培養細胞評価方法としては、K.Zygourakisらがバイオテクノロジー・アンド・バイオエンジニアリング誌(Biotechnology and Bioengineering,Vol.38,Pp.459-470(1991)及びBiotechnology and Bioengineering,Vol.38,Pp.471-479(1991))で報告している接着依存性細胞の接触阻害増殖モデルが知られている。この増殖モデルは、接着依存性細胞の増殖過程を、接触阻害のない状況における対数増殖期(第1ステージ)と、細胞コロニーが形成された後から隣接する細胞コロニー同士が接触しない状況における第2ステージと、細胞コロニー同士が接触した状況における定常期(最終ステージ)の3種に分類している。
【0003】
さらに、この増殖モデルは、前記第1ステージにおいて、細胞接種時の細胞分散性、接種密度及び増殖幾何学と、増殖速度との関係を示すとともに、その後のステージにおいて、分裂過程(細胞周期)の異なる細胞の増殖を接触阻害の影響に基づいてシミュレートしている。また、実際に、培養ウシ肺動脈血管内皮細胞を用いて、前記増殖モデルの裏付けとなる実験を行った結果が開示されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、前記従来の増殖モデルでは、培養細胞を培養する際の培養過程の一部である増殖過程のみに着目してモデル化されていたことから、その増殖過程のみを評価するに止まっていた。
【0005】
この発明は、上記のような従来技術に存在する問題点に着目してなされたものである。その目的とするところは、接着依存性細胞の単層培養過程を部分的に定量評価することができるうえ、その評価結果を用いてその培養過程全体を容易に把握することができる培養細胞評価方法を提供することにある。それ以外の目的とするところは、接着依存性細胞の増殖過程を的確に予測することができる培養細胞増殖予測方法を提供することにある。それら以外の目的とするところは、接着依存性細胞の増殖を適切に制御することができる培養細胞増殖制御方法を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明の培養細胞評価方法は、接着依存性細胞を培養容器内で単層培養する際に、その細胞固有の単層培養過程を評価するための培養細胞評価方法であって、前記単層培養過程を、前記接着依存性細胞を培養容器に接種してからその培養容器の底面に接着するまでの細胞接着期と、前記接着した細胞が細胞分裂を開始するまでの誘導期と、前記細胞分裂の開始後から培養容器の底面にほぼコンフルエント状態になるまでの対数増殖期と、前記コンフルエント状態になった後の定常期と、からなる4種のステージに分類するとともに、これら4種のステージから選ばれる少なくとも1種のステージにおける細胞固有のパラメータを導出し、前記接着依存性細胞の単層培養過程を定量評価することを特徴とするものである。
【0007】
請求項2に記載の発明の培養細胞評価方法は、請求項1に記載の発明において、隣接する接着依存性細胞同士が接触しない接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期をモニタリングすることにより、見かけの倍加時間tdを決定し、この見かけの倍加時間tdを対数増殖期におけるパラメータとすることを特徴とするものである。
【0008】
請求項3に記載の発明の培養細胞評価方法は、請求項1又は請求項2に記載の発明において、種々の接種細胞濃度Xo条件下において前記細胞接着期をモニタリングすることにより、各接種細胞濃度Xoにおける培養時間tと接着細胞濃度Xaとのモニタリング結果を得、それらを下記方程式(1)に代入して接着可能率αと時定数τを決定し、これら接着可能率α及び時定数τを細胞接着期におけるパラメータとすることを特徴とするものである。
【0009】
【数4】
Figure 0004436518
請求項4に記載の発明の培養細胞評価方法は、請求項3に記載の発明において、隣接する接着依存性細胞同士が接触しない接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期をモニタリングすることにより決定された見かけの倍加時間tdと、請求項3に記載の接着可能率α及び時定数τを用いて、対数増殖期及び細胞接着期の期間を決定することにより、各接種細胞濃度XoにおけるラグタイムtLを導出するとともに、前記接種細胞濃度XoとラグタイムtLを下記方程式(2)に代入して誘導係数β及び基準誘導時間γを決定し、これら誘導係数β及び基準誘導時間γを誘導期におけるパラメータとすることを特徴とするものである。
【0010】
【数5】
Figure 0004436518
但し、Xo *=1.0細胞/cm2とする。
【0011】
請求項5に記載の発明の培養細胞評価方法は、請求項1から請求項4のいずれかに記載の発明において、種々の接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期又は定常期をモニタリングすることにより、各接種細胞濃度Xoにおける培養時間tと接着細胞濃度Xatとのモニタリング結果を得、それらを下記数式(3)に代入して前記培養時間tにおける増殖度Y(t)を決定し、この増殖度Y(t)を対数増殖期又は定常期におけるパラメータとすることを特徴とするものである。
【0012】
【数6】
Figure 0004436518
請求項6に記載の発明の培養細胞増殖予測方法は、請求項1から請求項5のいずれかに記載のパラメータを用いて、接着依存性細胞の増殖過程を予測するものである。
【0013】
請求項7に記載の発明の培養細胞増殖制御方法は、請求項6に記載の培養細胞増殖予測方法により得られた予測結果を用いて、接着依存性細胞の増殖制御を行うものである。
【0014】
【発明の実施の形態】
(第1実施形態)
以下、この発明の第1実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0015】
本実施形態の培養細胞評価方法は、接着依存性細胞(以下、細胞と記載する)を培養容器内で単層培養する際に、その細胞固有の単層培養過程を評価するためのものである。
【0016】
前記細胞は、培養容器の底面に直接又は細胞外マトリックスを介して接着することができるとともに、その容器の底面上で単層培養することができる性質を有する細胞である。前記培養容器としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、テフロン等の合成樹脂、ヒドロキシアパタイトセラミックス、アルミナセラミックス、ガラス等から構成されたものが好適に使用される。また、前記細胞外マトリックスとしては、例えば、インテグリン、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖タンパク質等が挙げられる。
【0017】
このような細胞としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、サル等の温血動物から採取された種々の細胞が使用される。さらに、この温血動物の細胞としては、例えば、角化細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、繊維芽細胞、繊維細胞、筋細胞、脂肪細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞若しくは間質細胞、又はこれら細胞の前駆細胞、幹細胞若しくは接着依存性のガン細胞が挙げられる。また、胚性幹細胞(Embryonic Stem Cells)を使用することもできる。
【0018】
或いは、エリスロポエチン、成長ホルモン、顆粒球コロニー刺激因子、インスリン、インターフェロン、血液凝固第VIII因子等の血液凝固因子、グルカゴン、組織プラスミノーゲンアクチベーター、インターロイキン、インスリン様成長因子、グルコシルセラミダーゼ、ドーパミン、ガン遺伝子、ガン抑制遺伝子等をコードする外来遺伝子を前記細胞に導入し、それらの遺伝子を種々のプロモーターを用いて強制的に又は特定の条件下で発現させるように構成した形質転換細胞を使用してもよい。このとき、遺伝子治療等による病気の治療を行うことができる形質転換細胞や、特定の外来遺伝子を発現させることができる研究目的の形質転換細胞の培養過程を評価することができる。
【0019】
また、前記外来遺伝子として、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、又はβ−ガラクトシダーゼ遺伝子、アルカリフォスファターゼ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子等のレポーター遺伝子を用いることによって、内在的な遺伝子の機能を破壊したり、プロモーター機能を調査したりすることができる治療又は研究目的の形質転換細胞の培養過程を評価することもできる。
【0020】
図1に模式的に示されるように、上記細胞の単層培養過程は、細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14からなる4種のステージに分類される。
【0021】
細胞接着期11は、細胞を必要に応じて血清又は増殖因子が添加された所定の培養液とともに培養容器内に接種してから、その容器底面に接着するまでの期間である。このステージは、前記細胞が培養容器の底面に接着するための細胞接着期間として位置付けられる。
【0022】
このステージの細胞の中には、接種するための細胞懸濁液を調製する際のダメージによって生存不能となる細胞が見られ、この生存不能細胞とそれ以外の生存細胞とが混在している。前記ダメージとしては、例えば、採取された組織から細胞を単離するための単離操作や、培養容器の底面から細胞を剥離させるための剥離操作を行うための酵素(プロテイナーゼ等)処理によるダメージや、凍結保存された細胞を培養温度に戻すための温度変化ダメージ等が挙げられる。そして、前記生存不能細胞は培養容器の底面に接着せずに死滅し、生存細胞は所定時間経過後に培養容器の底面に接着して生存する。
【0023】
誘導期12は、前記細胞接着期11の終了後から、培養容器底面に接着した細胞が細胞分裂を開始するまでの期間である。このステージは、前記生存細胞が新しい環境に順応するための細胞順応期間と位置付けることができ、所定のラグタイムtLの後にそれらの細胞は正常な細胞分裂を開始する。なお、前記ラグタイムtLは誘導期12全体の期間を表す。
【0024】
対数増殖期13は、前記誘導期12の終了後(細胞分裂開始後)から、培養容器の底面にほぼコンフルエント状態になるまでの期間である。前記コンフルエント状態は、培養容器底面の大半が細胞によって単層に覆われている状態である。このコンフルエント状態としては、好ましくは培養容器底面の80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは100%が細胞によって占有されている状態である。このステージは、各生存細胞が盛んに細胞分裂を行う細胞分裂期間として位置付けられる。
【0025】
この細胞の培養容器底面上での単層培養過程は、図2に模式的に示されるように、培養容器の底面21全体を、縦横に等間隔に延びる多数の2次元グリッド22で仕切ることによってモデル化される。さらに、前記グリッド22によってほぼ正方形状に仕切られた各グリッドスクエア23(以下、スクエア23と記載する)は、1つの細胞24の接着面の面積Ac(cm2)とほぼ同じ大きさに形成されている。すなわち、接種細胞濃度Xo(細胞/cm2又はcells/cm2;以下、接種濃度Xoと記載する)が充分に小さいとき、各細胞24は互いに隣接することなく分散した位置に接着する。このとき、前記各細胞(親細胞)24は、培養容器の底面21上で1つのスクエア23を占有する。
【0026】
次に、前記親細胞24が細胞分裂する際には、その親細胞24が占有するスクエア23に隣接する8つのスクエア23のいずれか1つを、親細胞24から分裂した2点鎖線で示される娘細胞24aが占有する。この娘細胞24aは、親細胞24の横方向に隣接して位置する4つのスクエア23aに対しては、それぞれ6分の1の確率で配置され、親細胞24の斜め方向に隣接して位置する4つのスクエア23bに対しては、それぞれ12分の1の確率で配置される。続いて、前記親細胞24又は娘細胞24aが細胞分裂を行い、それらの細胞24,24aに隣接するスクエア23を占有する。
【0027】
このような細胞増殖過程を経て、前記親細胞24に隣接する8つのスクエア23が全て占有されたとき、前記親細胞24は、その周囲に隣接する娘細胞24aによる接触阻害によって細胞分裂を停止する。さらに、前記親細胞24に隣接して生成された娘細胞24aの周囲のスクエア23が全て占有されたときにも、同様にその娘細胞24aは細胞分裂を停止する。これらの過程を経て、前記親細胞24の周囲には、多数の娘細胞24aがコロニー様に密集した図示しない細胞コロニーが形成される。
【0028】
一方、前記親細胞24から離間した位置に接着した別の親細胞24の周囲にも同様に細胞コロニーが形成される。そして、これらの細胞コロニーの端縁同士が接触したところで、その端縁におけるコロニーの伸展が停止され、細胞24によって占有されていないスクエア23を覆うように細胞コロニーが伸展する。最後に、ほとんど全ての細胞コロニー同士が接触したところで、細胞24は培養容器の底面21上でコンフルエント状態になる。
【0029】
定常期14は、前記細胞24が培養容器の底面21上でコンフルエント状態になった後の期間である。このステージは、細胞分裂が停止された細胞静止期間として位置付けられる。このステージの細胞24は、ほとんど全ての隣接する細胞24同士が接触した状態にあり、培養容器の底面21上に娘細胞24aが接着するためのスクエア23がなく、接触阻害状態となって細胞分裂がほとんど起こらない。
【0030】
これら4種のステージに分類される細胞の単層培養過程は、培養容器の底面に接着している生存細胞の数又はその状態をモニタリングすることによって評価される。前記モニタリング方法としては、例えば、培養容器の底面に接着している細胞をプロテイナーゼ等の酵素を用いて容器底面から剥離させ、その剥離された細胞数を血球計算器(血球計算盤)又は細胞数測定装置(コールターカウンター)を用いて計測することによって行われる。或いは、顕微鏡下で接着細胞数を目視によって数えたり、写真撮影又はCCD(電荷結合素子)カメラを利用した画像解析手段を用いて計測することによってモニタリングされる。また、例えばホルマザン量に対する特定波長での吸光度測定等の比色定量法を用いて測定することによってモニタリングしてもよい。
【0031】
上記のモデルにおいて、対数増殖期13を定量評価するためのパラメータとしては、細胞の見かけの倍加時間td(時間)、平均の比増殖速度μave、又は1細胞の倍加時間td1(時間)が挙げられる。
【0032】
前記見かけの倍加時間tdは、培養容器内に接種された細胞集団をモニタリングすることによって得られるパラメータである。この見かけの倍加時間tdは、隣接する細胞同士が接触しない接種濃度Xoで細胞を培養容器内に接種し、対数増殖期13における接着細胞濃度Xa(細胞/cm2又はcells/cm2;以下、接着濃度Xaと記載する)を経時的にモニタリングすることによって平均の比増殖速度μaveを測定し、その測定結果から算出される。さらに、これらのパラメータをより実践的に利用できるようにするために、隣接する細胞同士が接触しない種々の接種濃度Xoで細胞を培養したときの結果の平均値を算出するとよい。
【0033】
前記1細胞の倍加時間td1は、培養容器内に接種された1つの細胞をモニタリングすることによって得られるパラメータである。この1細胞の倍加時間td1は、好ましくは隣接する細胞同士が接触しない接種濃度Xoで細胞を培養容器内に接種し、対数増殖期13における生存細胞1つをCCDカメラ等の画像解析手段を用いて経時的にモニタリングし、1回の細胞分裂に要する時間を測定することによって決定される。さらにこのとき、複数回の細胞分裂についてモニタリングして得られた倍加時間td1の平均値を算出することによって決定するのが好ましく、複数の細胞についてそれぞれ決定された倍加時間td1の平均値を算出することによって決定するのがより好ましい。
【0034】
細胞接着期11を定量評価するためのパラメータとしては、接着可能率α及び時定数τ(時間)が挙げられる。前記時定数τは、培養容器の底面を構成する素材と細胞との相性(接着難易性)を示すパラメータである。
【0035】
これら接着可能率αと時定数τは、種々の接種濃度Xoで細胞を培養容器内に接種し、接種開始後からの培養時間t(時間)に対する接着濃度Xaを経時的にモニタリングすることによって決定される。すなわち、図3に示されるように、前記モニタリング結果を用いて、培養時間tに対して、各接種濃度Xoにおける接着濃度Xaの割合である接着細胞割合(Xa/Xo)をグラフ上にプロットすることによって、下記方程式(1)に示されるような指数関数的な対応関係が得られる。そして、これらの結果を非線形最小二乗法を用いて演算処理することにより、接着可能率αと時定数τが決定される。
【0036】
【数7】
Figure 0004436518
なお、前記接着可能率αは通常0〜1.0の間の値をとり、時定数τは通常正の値をとる。
【0037】
誘導期12を定量評価するためのパラメータとしては、誘導係数β(時間)及び基準誘導時間γ(時間)が挙げられる。また、ラグタイムtL(時間)をパラメータとしてもよい。なお、前記基準誘導時間γは、接種濃度Xoを1.0細胞/cm2としたときのラグタイムtLを示し、通常は正の値をとる。
【0038】
前記ラグタイムtLは、前記パラメータとしての接着可能率α及び時定数τ、並びに見かけの倍加時間td又は1細胞の倍加時間td1を上記モデルに適用し、図4に示されるように、種々の接種濃度Xoでの培養過程に対して非線形最小二乗法によるフィッティングを行った後、最も計算線が実測値に一致したときのラグタイムtL値を算出することによって決定される。
【0039】
さらに、図5に示されるように、前記種々の接種濃度Xoに対してラグタイムtLを片対数グラフ上にプロットすることによって、下記方程式(2)に示されるような直線的(対数関数的)な対応関係が得られる。そして、これらの結果を最小二乗法を用いて演算処理することにより、誘導係数β及び基準誘導時間γが決定される。
【0040】
【数8】
Figure 0004436518
但し、Xo *=1.0細胞/cm2とする。また、前記誘導係数βは通常負の値をとる。
【0041】
一方、前記ラグタイムtLは、好ましくは隣接する細胞同士が接触しない接種濃度Xoで細胞を培養容器内に接種し、誘導期12における生存細胞1つをCCDカメラ等の画像解析手段を用いて経時的にモニタリングし、培養容器の底面に接着してから最初の細胞分裂を開始するまでの時間を測定することによって決定することもできる。さらにこのとき、複数の細胞についてそれぞれ決定されたラグタイムtLの平均値を算出することによって決定するのが好ましい。
【0042】
また、対数増殖期13又は定常期14を評価するためのパラメータとしては、例えば、所定の培養時間tにおける増殖度Y(t)が挙げられる。この増殖度Y(t)は、ある接種濃度Xoで細胞を培養する際に、対数増殖期13又は定常期14の所定の培養時間tにおける接着濃度Xatを計測し、その接着濃度Xatに対する前記接種濃度Xoの割合としての接着率(Xat/Xo)を算出することによって決定される。すなわち、この増殖度Y(t)は、前記接種濃度Xoと、前記培養時間tにおける接着濃度Xatとを、下記数式(3)に代入することによって算出される。
【0043】
【数9】
Figure 0004436518
また、便宜上、前記所定の培養時間tを、例えば、96時間、144時間又は192時間に固定し、種々の接種濃度Xoで細胞を単層培養したときの各接着濃度Xatを計測して、各接種濃度Xoにおける増殖度Y(t)を算出し、図6に示されるような計算線を作製してもよい。なお、前記計算線は、培養時間tが96時間のときは一点鎖線で示され、tが144時間のときは実線で示され、tが192時間のときは点線で示されている。このとき、図6に示される計算線から、前記各培養時間tにおいて増殖度Y(t)を最も高くすることができる接種濃度Xoを容易に求めることができることから、細胞を最も効率的に増殖させるための条件を容易に推定することができる。さらに、図6に示される計算線を改良し、接種濃度Xoをx軸、増殖度Y(t)をy軸、培養時間tをz軸にとった3次元グラフを作製することによって、細胞を最も効率的に増殖させるための条件としての接種濃度Xo及び培養時間tを容易に推定することも可能である。
【0044】
また、この増殖度Y(t)は、好ましくは隣接する細胞同士が接触しない接種濃度Xoで細胞を培養容器内に接種し、細胞接着期11から対数増殖期13を通して生存細胞1つをCCDカメラ等の画像解析手段を用いてモニタリングし、所定の培養時間tにおいて、その親細胞に由来する娘細胞(通常は親細胞の周囲に隣接して接着している)の細胞数を計測することによって決定することもできる。さらにこのとき、複数の親細胞についてそれぞれ決定された増殖度Y(t)の平均値を算出することによって決定するのがより好ましい。
【0045】
本実施形態の培養細胞増殖予測方法は、上記培養細胞評価方法によって評価された結果を用いて、細胞の増殖過程を予測するものである。この増殖予測方法としては、例えば、上記パラメータを用いて、図4に示されるようなグラフ上に、培養時間tに対する接着濃度Xaの関係を示す計算線を作製し、その計算線に基づいて同一株の細胞の増殖過程を予測することができる。このとき、前記細胞を接種濃度Xoにて培養容器内に接種してから、その細胞が細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14に到達するまでの培養時間tをそれぞれ的確に予測することができる。また、接種濃度Xoと現在の接着濃度Xaとから、その細胞のステージを予測することができるうえ、その後の培養過程の進行を的確に予測することができる。
【0046】
本実施形態の培養細胞増殖制御方法は、上記培養細胞増殖予測方法によって予測された結果を用いて、細胞の増殖を制御するものである。この増殖制御方法としては、例えば、培地交換時期の制御、培地種類の切替え時期の制御、培養温度の制御等の培養操作の制御が挙げられる。
【0047】
培地交換時期の制御は、生存細胞数(接着濃度Xa)と培地成分の消費速度との間に存在する関係を求め、その関係を用いて、全ての生存細胞に対して、培地成分の不足による増殖抑制を起こさせずに、培地成分が最も有効に消費される交換時期を予測し、その予測に基づいて培地交換を実行するものである。また、培地中に含有されている各成分の残量を、それらの成分の含量を測定するための測定機器等を用いて経時的にモニタリングすることによって最適な培地交換時期を予測し、その予測に基づいて培地交換を実行してもよい。
【0048】
培地種類の切替え時期の制御は、例えば、増殖因子や血清を大量に必要とする対数増殖期13において、増殖因子濃度又は血清濃度を高めた培地に切替えることにより、対数増殖期13の進行をより一層促進させるものである。或いは、培地中の成分のうち、特定のステージにおいて特に消費速度が速い物質の濃度を高めた培地を、そのステージになったところで切替えることにより、単層培養過程を迅速かつ円滑に進行させるように制御してもよい。一方、外来遺伝子を導入した形質転換細胞に対しては、その遺伝子の発現を調節するための遺伝子発現調節因子を含有する培地に切替えることによって、その遺伝子の発現を制御してもよい。
【0049】
培養温度の制御は、例えば、所望とする培養時間tに細胞を所望のステージに移行させるために、培養温度を低下させることによって行われる。すなわち、この培養温度の制御は、通常37℃で培養される細胞の単層培養過程におけるステージの進行を遅延させ、所望とする培養時間tに所望のステージに移行させるために、遅延の程度に応じて培養温度を低下させることによって達成される。この培養温度としては、好ましくは0℃以上37℃未満、より好ましくは25℃以上37℃未満、さらに好ましくは30℃以上37℃未満である。この培養温度が0℃未満の場合には、培地が凍結したりする不具合が生じるおそれがある。
【0050】
また、熱ショックタンパク質のプロモーターとともに細胞内に導入された外来遺伝子を有する形質転換細胞に対しては、前記外来遺伝子の転写を促進させることができることから、培養温度を42〜47℃の温度に急激に上昇させるのが好ましい。さらに、前記形質転換細胞の死を抑制するために、培地全体が前記温度になった直後に通常の培養温度に戻すのがより好ましい。
【0051】
一方、上記培養細胞評価方法を利用して、例えば細胞年齢の推定を行うことができ、その細胞の残りの分裂回数の予測等を行うことができる。前記細胞年齢は、その細胞に分化してから後、その分化状態を維持しながら細胞分裂を行った分裂回数で表され、通常は有限である。この細胞年齢の推定は、複数の細胞年齢が異なる同一株の細胞について培養細胞評価方法による評価を行った結果としてのパラメータを用いて、その細胞の細胞年齢を推定するものである。
【0052】
この細胞年齢の推定方法としては、例えば、複数の細胞年齢が異なる同一株の細胞をそれぞれ上記培養細胞評価方法に従って評価し、それによって得られた結果としての各パラメータをグラフ上にプロットして検量線を作製する。そして、細胞年齢未知の同一株の細胞を上記と同じ方法にて評価し、各パラメータを前記検量線上で比較することによって、その細胞の細胞年齢が推定される。
【0053】
また、複数の細胞年齢が異なる同一株の細胞について、前記評価結果としての複数のパラメータ間の関係を求め、必要であればその関係を示すグラフを作製し、その関係から細胞年齢未知の同一株の細胞の細胞年齢を推定することもできる。この細胞年齢の推定に用いられる複数のパラメータとしては、例えば、見かけの倍加時間tdと接着可能率α、見かけの倍加時間tdと時定数τが挙げられる。また、細胞の培養容器底面上での接着面積Ac又は細胞の大きさと、細胞年齢との関係を求め、その関係を用いて細胞年齢の推定を行うこともできる。
【0054】
さらに、この細胞年齢の推定結果を上記培養細胞増殖予測方法に反映させて、細胞の増殖過程を予測することによって、細胞年齢を加味したより的確な予測(例えばその細胞が目的とするステージに到達するまでの培養時間tの予測)を行うことができる。さらには、その予測結果を利用して、前記細胞の増殖をより適切に制御することもできる。また、例えば、老化した生物個体から採取した細胞年齢の高い老化細胞に対しては、その細胞が目的とするステージまで培養過程を進めることができるか否かを予測することができ、そのステージまで培養過程を進めることができないと予測された場合には、その細胞を培養すること自体に意味がないことをあらかじめ判断することができて大変便利である。
【0055】
上記第1実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
・ この培養細胞評価方法は、細胞の単層培養過程を、細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14の4種のステージに分類するとともに、これら4種のステージから選ばれる少なくとも1種のステージにおける細胞固有のパラメータを導出して定量評価するものである。このため、前記パラメータを用いて細胞の単層培養過程をステージ毎に部分的に定量評価することができるうえ、その評価結果を単層培養過程全体に適用することによって、その培養過程全体を容易に把握することができる。
【0056】
一方、R.-C.Ruaanらはバイオテクノロジー・アンド・バイオエンジニアリング誌(Biotechnology and Bioengineering,Vol.41,Pp.380-389(1993))で、本実施形態における細胞接着期11と誘導期12とを合わせた期間に相当する期間であるラグタイムを定義して評価した論文を報告している。この論文は、本実施形態における細胞接着期11と誘導期12との両ステージを区別することなく同一視して評価している。しかしながら、本実施形態において前記両ステージが明らかに異なる性質のステージであることが確認されていることから、前記報告にあるラグタイムの評価自体がその細胞の培養過程を的確に表現するには不足したものであると言える。
【0057】
・ 見かけの倍加時間td、平均の比増殖速度μave又は1細胞の倍加時間td1を、対数増殖期13におけるパラメータとすることによって、対数増殖期13を容易に定量評価することができる。接着可能率α及び時定数τを細胞接着期11におけるパラメータとすることによって、細胞接着期11を容易に定量評価することができる。誘導係数β及び基準誘導時間γを誘導期12におけるパラメータとすることによって、誘導期12を容易に定量評価することができる。増殖度Y(t)を対数増殖期13又は定常期14におけるパラメータとすることによって、それらのステージを容易に定量評価することができる。
【0058】
・ この培養細胞増殖予測方法は、上記パラメータを用いて細胞の増殖過程を定量的に予測するものであることから、その細胞の増殖過程をより的確かつ詳細に予測することができる。また、この培養細胞増殖制御方法は、前記培養細胞増殖予測方法により得られた予測結果を用いて、細胞の増殖制御を定量的に行うものであることから、その細胞の増殖制御をより適切に行うことができる。さらに、培養細胞評価方法を細胞年齢の推定に利用し、その推定結果を加味することによって、より一層的確な増殖予測を行うことができるうえ、より一層適切な増殖制御を行うことができる。
(第2実施形態)
この発明の第2実施形態を上記第1実施形態と異なる点を中心に説明する。
【0059】
本実施形態の組織培養評価方法は、細胞から構成される組織を培養容器内で3次元培養して組織形成させる際に、その細胞固有の組織形成過程を評価するためのものである。前記細胞は上記第1実施形態と同じ種類の細胞が使用される。
【0060】
前記組織形成過程は、単層培養過程と3次元培養過程とから構成される。前記単層培養過程は、上記第1実施形態の単層培養過程と同様に、細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14の4種のステージから構成される。また、前記3次元培養過程は、細胞を培養容器内で3次元培養する過程であり、3次元培養期から構成される。
【0061】
前記3次元培養としては、多層化培養又は3次元空間培養が挙げられる。前記多層化培養は、培養容器の底面上で細胞が複数の層状構造を形成するように培養することであり、通常は上層ほど細胞分化が進行した細胞によって構成される。すなわち、この多層化培養は、生体内で多層化されて存在する皮膚等の組織を培養容器内で再構築するための培養である。
【0062】
一方、前記3次元空間培養は、培養容器内に1枚又は複数枚のスポンジシートを積層し、それら各スポンジシート表面又はスポンジシート内部のスポンジ表面上に細胞を単層で培養するものである。前記スポンジシートとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、テフロン等からなる合成樹脂シート、コラーゲン、フィブロネクチン、ケラチン等からなる生体高分子シート、又はポリ乳酸、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体等からなる生分解性高分子シートが好適に使用される。さらに、このスポンジシートの培養面には、インテグリン、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖タンパク質等の細胞外マトリックスがコーティングされているのが好ましい。
【0063】
多層化培養における3次元培養期は、培養容器の底面上で単層でコンフルエント状態になった細胞の多層化が開始されてから後の期間である。このステージの細胞は、例えば、細胞の分化誘導因子を含有する多層化培養用の培地中で培養されることによって、親細胞の下に娘細胞が配置されるように細胞分裂が進行する。さらに、前記親細胞は、通常それ以降の細胞分裂が抑制されて分化誘導される。前記分化誘導因子としては、例えばカルシウムイオンが挙げられ、ヒト角化細胞の培養においては、通常、単層培養用の培地には0.1mMのカルシウムイオンが含有され、多層化培養用の培地には1.2mMのカルシウムイオンが含有される。
【0064】
或いは、熱ショックタンパク質のプロモーターとともに分化誘導能を有する外来遺伝子を導入した形質転換細胞に対しては、前記外来遺伝子の転写を促進させることによって分化誘導を行うことができる。このとき、3次元培養期の開始に際して、培養温度を42〜47℃の温度に急激に上昇させるのが好ましい。さらに、前記形質転換細胞の死を抑制するために、培地全体が前記温度になった直後に通常の培養温度に戻すのがより好ましい。
【0065】
一方、前記3次元空間培養は、培養容器の底面上に単層でコンフルエント状態になった細胞の上面にスポンジシートを被覆した後、そのシートの上面に細胞を接種して単層培養するという操作を行い、さらに必要に応じてこれらの操作を反復することによって行われる。また、複数のスポンジシート上で同時に細胞を単層培養してもよい。従って、この3次元空間培養における3次元培養期は、最下層に位置するスポンジシート上に細胞を接種してから後の期間である。また、この3次元培養期は、各スポンジシート毎に、上記第1実施形態の単層培養過程の場合と同じ4種のステージ(細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14)が存在している。そして、この3次元空間培養における3次元培養期を定量評価するためのパラメータとしては、各スポンジシート毎に適用される上記第1実施形態と同様のパラメータが好適に使用される。
【0066】
また、前記3次元培養としては、多層化培養と3次元空間培養とを組み合わせた3次元空間多層化培養であってもよい。この3次元空間多層化培養は、前記3次元空間培養において、培養容器の底面及び各スポンジシートから選ばれる少なくとも1種の培養面上に、多層化された細胞を培養するものである。また、前記多層化された細胞の代わりに細胞塊を培養してもよい。この3次元空間多層化培養における3次元培養期は、前記多層化培養における3次元培養期と、3次元空間培養における3次元培養期とを適宜組み合わせることによって定量評価され、それらのパラメータを好適に使用することができる。
【0067】
この3次元培養期をモニタリングする際には、例えば、培養容器内の組織をそのまま採取して組織切片を作製した後、その組織切片を顕微鏡下で観察することによって行われる。或いは、顕微鏡の焦点深度を変化させて、培養容器内の組織の各層における生存細胞数を目視によって計測したり、写真撮影又はCCDカメラを利用した画像解析手段を用いて計測することによってモニタリングすることもできる。また、培養容器内の組織を核磁気共鳴装置(MRI)等の画像解析手段を用いて観察し、様々な方向(特に鉛直方向及び水平方向)から見たときの画像を画像処理装置によって処理することによってモニタリングすることも可能である。また、細胞の特定の分化状態にのみ発現される分化発現マーカーを検出することによってモニタリングすることもできる。
【0068】
本実施形態の培養細胞増殖予測方法は、上記組織培養評価方法によって評価された結果を用いて、細胞の組織形成過程を予測するものである。この培養細胞増殖予測方法は、単層培養過程予測方法と、3次元培養過程予測方法とから構成される。
【0069】
前記単層培養過程予測方法は、上記第1実施形態の培養細胞増殖予測方法と同様である。一方、前記3次元培養過程予測方法としては、前記多層化培養における組織形成過程を予測するための多層化培養過程予測方法、前記3次元空間培養における組織形成過程を予測するための3次元空間培養過程予測方法、又は前記3次元空間多層化培養における組織形成過程を予測するための3次元空間多層化培養過程予測方法が挙げられる。
【0070】
前記多層化培養過程予測方法は、例えば、多層化培養における3次元培養期を定量評価するためのパラメータを用いて、図7(a)に示されるようなグラフ上に、培養時間tと層数との関係を示す計算線を作製し、その計算線に基づいて同一株の細胞の組織形成過程を予測することによって行われる。このとき、多層化培養において所望とする層数に到達するまでの培養時間tを的確に予測することができる。また、接種濃度Xoから、所定の培養時間tにおける層数を予測することができるうえ、その後の組織形成過程の進行を的確に予測することができる。
【0071】
前記3次元空間培養過程予測方法は、各スポンジシート毎に前記単層培養過程予測方法を適用して、同一株の細胞に対してその組織形成過程を予測するものである。このとき、上記第1実施形態の培養細胞増殖予測方法と同様に、各層毎に接種濃度Xoと、その層における現在の接着濃度Xaとから、その層の細胞が細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13及び定常期14に到達するまでの培養時間tをそれぞれ的確に予測することができる。また、各層における接種濃度Xoと現在の接着濃度Xaとから、その層における細胞のステージを予測することができるうえ、その層におけるその後の組織形成過程を的確に予測することができる。
【0072】
前記3次元空間多層化培養過程予測方法は、細胞が単層培養されている培養容器底面又はスポンジシートに対しては前記単層培養過程予測方法を適用し、多層化培養されている培養容器底面又はスポンジシートに対しては、単層培養過程予測方法と多層化培養過程予測方法を適用するものである。そして、この3次元空間多層化培養予測方法は、同一株の細胞に対してその組織形成過程を予測することができる。
【0073】
本実施形態の培養細胞増殖制御方法は、上記培養細胞増殖予測方法によって予測された結果を用いて、細胞の組織形成過程を制御するものである。この培養細胞増殖制御方法としては、例えば、培地交換時期の制御、培地種類の切替え時期の制御、培養温度の制御等の培養操作の制御が挙げられる。前記培地交換時期の制御及び培養温度の制御は、上記第1実施形態の場合と同様である。
【0074】
前記培地種類の切替え時期の制御としては、例えば、単層培養過程から3次元培養(多層化培養)過程に移行させる際に、分化誘導因子を含有する培地に切替えるための制御が挙げられる。また、単層培養又は3次元空間培養過程において、増殖因子や血清を大量に必要とする対数増殖期13に、増殖因子濃度又は血清濃度を高めた培地に切替えることにより、対数増殖期13の進行をより一層促進させることができる。或いは、培地中の成分のうち、特定のステージにおいて特に消費速度が速い物質の濃度を高めた培地を、そのステージになったところで切替えることにより、組織形成過程を迅速かつ円滑に進行させるように制御してもよい。一方、外来遺伝子を導入した形質転換細胞に対しては、その遺伝子の発現を調節するための遺伝子発現調節因子を含有する培地に切替えることによって、その遺伝子の発現を制御してもよい。
【0075】
一方、上記組織培養評価方法を利用して、例えば細胞年齢の推定を行うことができ、その細胞の残りの分裂回数を予測して組織形成過程の予測等に役立てることができる。この細胞年齢の推定方法は、前記単層培養過程における培養細胞評価方法で得られたパラメータを用いて、上記第1実施形態の場合と同様に行うのが好ましく、この場合にはモニタリングが容易であることから、より容易かつ的確に細胞年齢の推定を行うことができる。また、3次元培養における組織培養過程を評価した結果得られるパラメータを用いて細胞年齢の推定を行ってもよく、前記単層培養過程のパラメータと組織培養過程のパラメータとを組み合わせて細胞年齢の推定を行ってもよい。
【0076】
さらに、この細胞年齢の推定結果を上記培養細胞増殖予測方法に反映させて、細胞の組織形成過程を予測することによって、細胞年齢を加味したより的確な予測を行うことができるうえ、その予測結果を利用して前記細胞の組織形成過程をより適切に制御することもできる。また、例えば、老化した生物個体から採取した細胞年齢の高い老化細胞に対しては、その細胞を用いて目的とする組織形成を最終段階まで進行させることができるか否かを予測することができて大変便利である。
【0077】
上記第2実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
・ この組織培養評価方法は、細胞の組織培養過程を、細胞接着期11、誘導期12、対数増殖期13、定常期14及び3次元培養期の5種のステージに分類するとともに、これら5種のステージから選ばれる少なくとも1種のステージにおける細胞固有のパラメータを導出して定量評価するものである。このため、前記パラメータを用いて細胞の組織形成過程をステージ毎に部分的に定量評価することができるうえ、その評価結果を組織培養過程全体に適用することによって、その組織形成過程全体を容易に把握することができる。
【0078】
・ この培養細胞増殖予測方法は、上記パラメータを用いて細胞の組織形成過程を定量的に予測するものであることから、その細胞の組織形成過程をより的確かつ詳細に予測することができる。また、この培養細胞増殖制御方法は、前記培養細胞増殖予測方法により得られた予測結果を用いて、細胞の組織形成過程を定量的に制御するものであることから、その細胞の組織形成過程の制御をより適切に行うことができる。さらに、組織培養評価方法を細胞年齢の推定に利用し、その推定結果を加味することによって、より一層的確な組織形成過程の予測を行うことができるうえ、より一層適切な組織形成過程の制御を行うことができる。
【0079】
【実施例】
以下、上記各実施形態を具体化した実施例について説明する。
<ヒト角化細胞の培養細胞評価(単層培養)>
(ヒト角化細胞の調製)
皮膚潰瘍患者(成人男性)の正常皮膚組織を採取した後、トリプシンを用いてヒト角化細胞(keratinocytes)を単離した。
【0080】
(ヒト角化細胞の単層培養条件)
培養容器:T−フラスコ(Nuncoln Delta Flask,Nunk Co.,NY,USA;底面積25cm2
培地:無血清培地 Keratinocytes−SFM(Life Technology Co.,MD,USA)
培養液量:約10ml(前記T−フラスコに4mm深さ)
培養液交換:72時間毎
インキュベーション:37℃、5%CO2
{予備単層培養試験}
ヒト角化細胞を1.0×104細胞/cm2の接種濃度Xoで培養容器内に接種し、上記単層培養条件で2ヶ月間培養しながらその細胞の様子を観察するとともに、接着濃度Xa(細胞/cm2)を適時計測した。さらに、前記接着濃度Xaの計測結果から見かけの倍加時間td(時間)を決定するとともに、培養容器底面上での接着面積Ac(cm2)を決定した。なお、前記接着濃度Xaの計測方法は、培養容器の底面に接着している細胞をトリプシンにてその底面から剥離させ、その剥離された細胞数を血球計算盤を用いて顕微鏡下で計測し、その計測結果を用いて算出することによって行われた。その結果、この細胞の増殖及び形態には顕著な変化は見られなかった。一方、このヒト角化細胞の培養容器底面上での接着面積Acは約2.05×10-5cm2であり、見かけの倍加時間tdは約64.5時間であったことが判明した。
【0081】
{ヒト角化細胞の単層培養過程の評価1}
ヒト角化細胞を5.0×103、9.8×103、1.6×104及び2.7×104細胞/cm2の接種濃度Xoでそれぞれ培養容器内に接種した。これらの細胞を上記単層培養条件で培養しながら、前記接着濃度Xaの計測方法を用いて適時接着濃度Xaを計測した。これらの計測結果及びその結果から導出される計算線を図4に示す。
【0082】
(細胞接着期の評価1)
図4に示されるように、9.7×103細胞/cm2の接種濃度Xoで接種したヒト角化細胞の接着濃度Xaを経時的にモニタリングした結果及びその計算線から、この接種濃度Xoでヒト角化細胞を培養したとき、細胞接種からほぼ15時間後(t=0〜15時間)までは接着濃度Xaが急激に増大したことが示され、この期間が細胞接着期11であることが推測される。また、その他の接種濃度Xoにおける細胞接着期11についてもほぼ同様であったことが示された。
【0083】
(誘導期の評価)
図4に示される9.7×103細胞/cm2の接種濃度Xoでヒト角化細胞を培養したときの計算線から、t=15〜44時間まではおよそ5.0×103細胞/cm2の接着濃度Xaでほぼ一定であったことが示され、この期間が誘導期12であることが推測される。従って、この接種濃度XoにおけるラグタイムtLは44時間であることが判明した。また、その他の接種濃度XoにおけるラグタイムtLは、図4に示されるように、Xo=5.0×103細胞/cm2のときにtL=60時間、Xo=1.6×104細胞/cm2のときにtL=25時間、Xo=2.7×104細胞/cm2のときにtL=20時間であったことが示された。
【0084】
これら各接種濃度XoとラグタイムtLとの関係を図5に示される片対数グラフ上にプロットするとともに上記方程式(2)に代入することによって、誘導係数β=−25.2時間及び基準誘導時間γ=274時間が導出された。また、前記誘導係数βの値は、図5に示されるグラフの傾きに対応して負の値となっており、接種濃度Xoの増加とともにラグタイムtLの減少が見られることが判明した。
【0085】
(対数増殖期の評価)
図4に示される9.7×103細胞/cm2の接種濃度Xoでヒト角化細胞を培養したときの計算線から、t=44時間以降の接着濃度Xaが急激に増大したことが示され、この期間が対数増殖期13であることが推測される。そして、接着濃度Xaがおよそ4.5×104細胞/cm2になったところでその上昇が停止し、ヒト角化細胞が定常期14に入ったことが推測される。
【0086】
{ヒト角化細胞の単層培養過程の評価2}
(細胞接着期の評価2)
ヒト角化細胞を1.0×104細胞/cm2の接種濃度Xoで培養容器内に接種した。この細胞を上記単層培養条件で36時間培養しながら、前記接着濃度Xaの計測方法を用いて適時接着濃度Xaを計測した。これらの計測結果及びその結果から導出される計算線を図3に示す。
【0087】
図3に示されるように、この接種濃度Xoでヒト角化細胞を培養したとき、細胞接種からほぼ12時間後(t=0〜12時間)までは接着濃度Xaが急激に上昇したことが示され、この期間が細胞接着期11であることが推測される。また、t=12時間以降の接着濃度Xaはおよそ5.0×103細胞/cm2であったことが示され、約55%の細胞が生存細胞であったことが示された。さらに、図3に示される培養時間tと接着細胞割合(Xa/Xo)との関係を上記方程式(1)に代入することによって、接着可能率α=0.552及び時定数τ=4.00時間が導出された。
【0088】
{ヒト角化細胞の単層培養過程の評価3}
(増殖度の評価及び予測)
ヒト角化細胞を5.2×102〜5.2×104細胞/cm2の範囲内の種々の接種濃度Xoで培養容器内に接種し、これらの細胞を上記単層培養条件で144時間培養しながら、前記接着濃度Xaの計測方法を用いて適時接着濃度Xaを計測した。これらの計測結果から、各接種濃度Xoにおける増殖度Y(144)を算出し、図6に示される片対数グラフ上にプロットするとともに、非線形最小二乗法を用いて導出された計算線(実線で示される)を図6に示した。
【0089】
図6に示されるように、144時間培養した後の増殖度Y(144)は、接種濃度Xoが5.2×102から1.7×104細胞/cm2へと増大するのに伴って増大し、1.7×104細胞/cm2を越えると減少することが示された。また、接種濃度Xoが1.7×104細胞/cm2のときに最大となる増殖度Y(144)はおよそ1.8であり、この増殖度は接種濃度Xoが5.2×102及び5.2×104細胞/cm2のときの増殖度Y(144)に対して、それぞれおよそ2.5倍及び1.9倍大きいことが示された。
【0090】
また、この試験における増殖度Y(144)の実測値と計算値と間の相関係数は0.96であった。従って、様々な接種濃度Xoにおけるヒト角化細胞の単層培養において、上記モデルが細胞の培養過程を非常に適切に表現することができるものであることが確認された。
【0091】
さらに、上記ヒト角化細胞の単層培養過程を評価したときに得られた種々のパラメータを用いて、この細胞を同条件で96時間及び192時間培養した場合の増殖予測を行った計算線を、それぞれ図6の一点鎖線及び点線で示した。
【0092】
<ヒト角化細胞の組織培養シミュレーション>
ヒト角化細胞を1.1×104細胞/cm2の接種濃度Xoで上記単層培養条件で200時間培養した後、1.2mMカルシウムイオン含有無血清培地 Keratinocytes−SFMを培地とした多層化培養条件で300時間多層化培養を行った場合について、IBMコンピュータ(Mebius,Sharp Co.,Osaka;Lab VIEW software(National Instrument Co.,TX,USA))を用いてシミュレーションを行った。そのシミュレーション結果を図7(a)に示すとともに、そのシミュレーション結果から導出される200時間後、300時間後及び400時間後の各層における被覆率を図7(b)に示す。
【0093】
図7(a)及び(b)の結果より、培養時間tの増加とともに培養容器内の3次元培養組織の層数が増加し、皮膚移植が可能な時期(例えば、7層目が完成した時間である約500時間)を推定することができた。
【0094】
さらに、前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ 接着依存性細胞を培養容器内で3次元培養して組織形成させる際に、その細胞固有の組織形成過程を評価するための組織培養評価方法であって、前記組織形成過程を、前記細胞を培養容器に接種してからその培養容器の底面に接着するまでの細胞接着期と、前記接着した細胞が細胞分裂を開始するまでの誘導期と、前記細胞分裂の開始後から培養容器の底面にほぼコンフルエント状態になるまでの対数増殖期と、前記コンフルエント状態になってから細胞が3次元培養されるまでの定常期と、前記細胞の3次元培養が開始された後の3次元培養期と、からなる5種のステージに分類するとともに、これら5種のステージから選ばれる少なくとも1種のステージにおける細胞固有のパラメータを導出し、前記接着依存性細胞の組織形成過程を定量評価することを特徴とする組織培養評価方法。
【0095】
このように構成した場合、接着依存性細胞から構成される組織形成過程を部分的に定量評価することができるうえ、その評価結果を用いてその組織形成過程全体を容易に把握することができる。
【0096】
【発明の効果】
以上詳述したように、この発明によれば、次のような効果を奏する。
請求項1に記載の発明の培養細胞評価方法によれば、接着依存性細胞の単層培養過程を部分的に定量評価することができるうえ、その評価結果を用いてその培養過程全体を容易に把握することができる。
【0097】
請求項2に記載の発明の培養細胞評価方法によれば、請求項1に記載の発明の効果に加えて、対数増殖期を容易に定量評価することができる。
請求項3に記載の発明の培養細胞評価方法によれば、請求項1又は請求項2に記載の発明の効果に加えて、細胞接着期を容易に定量評価することができる。
【0098】
請求項4に記載の発明の培養細胞評価方法によれば、請求項3に記載の発明の効果に加えて、誘導期を容易に定量評価することができる。
請求項5に記載の発明の培養細胞評価方法によれば、請求項1から請求項4のいずれかに記載の発明の効果に加えて、対数増殖期又は定常期を容易に定量評価することができる。
【0099】
請求項6に記載の発明の培養細胞増殖予測方法によれば、接着依存性細胞の増殖過程を的確に予測することができる。
請求項7に記載の発明の培養細胞増殖制御方法によれば、接着依存性細胞の増殖を適切に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 接着依存性細胞の単層培養過程を模式的に示す片対数グラフ。
【図2】 培養容器底面上での細胞分裂過程を模式的に示す平面図。
【図3】 細胞接着期での培養時間と接着細胞割合の関係を示すグラフ。
【図4】 培養時間と接着細胞濃度の関係を示す片対数グラフ。
【図5】 誘導期の接種細胞濃度とラグタイムの関係を示す片対数グラフ。
【図6】 接種細胞濃度と増殖度の関係を示す片対数グラフ。
【図7】 (a)は組織培養シミュレーションにおける培養時間と層数の関係を示すグラフ、(b)は同じく層数と被覆率の関係を示すグラフ。
【符号の説明】
11…細胞接着期、12…誘導期、13…対数増殖期、14…定常期、24,24a…接着依存性細胞。

Claims (7)

  1. 接着依存性細胞を培養容器内で単層培養する際に、その細胞固有の単層培養過程を評価するための培養細胞評価方法であって、
    前記単層培養過程を、
    前記接着依存性細胞を培養容器に接種してからその培養容器の底面に接着するまでの細胞接着期と、
    前記接着した細胞が細胞分裂を開始するまでの誘導期と、
    前記細胞分裂の開始後から培養容器の底面にほぼコンフルエント状態になるまでの対数増殖期と、
    前記コンフルエント状態になった後の定常期と、
    からなる4種のステージに分類するとともに、これら4種のステージから選ばれる少なくとも1種のステージにおける細胞固有のパラメータを導出し、前記接着依存性細胞の単層培養過程を定量評価することを特徴とする培養細胞評価方法。
  2. 隣接する接着依存性細胞同士が接触しない接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期をモニタリングすることにより、見かけの倍加時間tdを決定し、この見かけの倍加時間tdを対数増殖期におけるパラメータとすることを特徴とする請求項1に記載の培養細胞評価方法。
  3. 種々の接種細胞濃度Xo条件下において前記細胞接着期をモニタリングすることにより、各接種細胞濃度Xoにおける培養時間tと接着細胞濃度Xaとのモニタリング結果を得、それらを下記方程式(1)に代入して接着可能率αと時定数τを決定し、これら接着可能率α及び時定数τを細胞接着期におけるパラメータとすることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の培養細胞評価方法。
    Figure 0004436518
  4. 隣接する接着依存性細胞同士が接触しない接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期をモニタリングすることにより決定された見かけの倍加時間tdと、請求項3に記載の接着可能率α及び時定数τを用いて、対数増殖期及び細胞接着期の期間を決定することにより、各接種細胞濃度XoにおけるラグタイムtLを導出するとともに、前記接種細胞濃度XoとラグタイムtLを下記方程式(2)に代入して誘導係数β及び基準誘導時間γを決定し、これら誘導係数β及び基準誘導時間γを誘導期におけるパラメータとすることを特徴とする請求項3に記載の培養細胞評価方法。
    Figure 0004436518
    但し、Xo *=1.0細胞/cm2とする。
  5. 種々の接種細胞濃度Xo条件下において前記対数増殖期又は定常期をモニタリングすることにより、各接種細胞濃度Xoにおける培養時間tと接着細胞濃度Xatとのモニタリング結果を得、それらを下記数式(3)に代入して前記培養時間tにおける増殖度Y(t)を決定し、この増殖度Y(t)を対数増殖期又は定常期におけるパラメータとすることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の培養細胞評価方法。
    Figure 0004436518
  6. 請求項1から請求項5のいずれかに記載のパラメータを用いて、接着依存性細胞の増殖過程を予測する培養細胞増殖予測方法。
  7. 請求項6に記載の培養細胞増殖予測方法により得られた予測結果を用いて、接着依存性細胞の増殖制御を行う培養細胞増殖制御方法。
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