JP4310608B2 - Hsp70ファミリータンパク質基質結合ドメインフラグメントの利用方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は分子シャペロンとして知られているDnaK, Ssa1p, Ssc1p, Kar2p, HSP70, Bip, mHsp70 およびHSC70などから構成される「HSP70ファミリータンパク質」を用いるタンパク質リフォールディング、フォールディング、タンパク質安定化、変性タンパク質ブロッキング、変性タンパク質除去、変性タンパク質検出、および固相ブロッキング方法に関する。さらには、該タンパク質を含有するおよび該タンパク質を含有する試薬、キット、および組成物にも関する。本発明は、従来のHSP70ファミリータンパク質を応用し得なかったような用途への展開も可能であり有用である。
【0002】
【従来の技術】
ヒトゲノム計画や、完全長cDNA解読計画がほぼ完了し、生命現象の実態としてのタンパク質の解析が今後様々な形で進められようとしている。その中で、従来の精製されたタンパク質のアミノ酸シーケンスから遺伝子解析という研究の流れから、遺伝子情報からタンパク質の研究を行うという流れに研究のスタイルが一変しつつある。遺伝子情報からタンパク質の研究を行う場合、従来行われていた活性を指標にして生体中に微量に存在するタンパク質を分離・精製する手間を大幅に短縮することが出来ることになる。遺伝子からタンパク質を合成する手法としては、大腸菌、昆虫細胞、動物細胞などで遺伝子を過発現させる方法や、無細胞タンパク質合成法を用いる方法がとられることになると予想される。どちらにしても、そのタンパク質が天然界に存在している場合に比べて、タンパク質合成量もタンパク質の合成される環境も大きくことなることになり、機能を持たないタンパク質や、不溶化したタンパク質が多く生じることが問題となっている。
【0003】
この現象は、特に大腸菌で真核生物のタンパク質を合成させた時に顕著で、封入体(インクルージョンボディー)と呼ばれる不溶化したタンパク質の凝集体を菌体内に形成することが数多く報告されている。また、無細胞タンパク質合成においてタンパク質合成を行った場合も遠心分離によって沈殿画分へ移行するような機能を持たないタンパク質凝集体が生じることが知られている。
【0004】
このような不溶化したタンパク質は一度、尿素やグアニジン塩酸塩などのタンパク質変性剤で可溶化させ、徐々にタンパク質変性剤を除くことによってリフォールディングさせることが広く行われてきた。しかし、タンパク質の自発的なフォールディングにまかせたこの方法は条件設定に非常に時間を要し、また、リフォールディングできないタンパク質も多く存在するなど多くの問題点を抱えているのが現状である。特に、ハイスループットが求められる現在の状況には向かない方法であるといえる。
【0005】
その中で現在注目を集めている方法として分子シャペロンを利用したリフォールディング方法がある。分子シャペロン(molecular chaperone)の古くは熱ショックタンパク質として知られていた一連のタンパク質で、タンパク質のフォールディング、膜透過、会合、分解などに働いているタンパク質として知られ、大腸菌から人に至るまでその遺伝子配列は高度に保存されている。分子シャペロンの多くは、生体が熱ショック、代謝阻害、重金属、ウイルス感染、虚血などに晒された場合に合成され、生体をそれらのストレスショックから守り、恒常性を維持する機能を果たしている。
【0006】
分子シャペロンの中で最も研究が進んでいるのはHSP60ファミリーに属する大腸菌のGroELとHSP10ファミリーに属する大腸菌のGroESで、協調してシャペロンの機能を担っていることが明らかになっている。GroELは各単量体サブユニットが約57kDaの分子量を有する7量体から構成されるドーナツ型のリングが二相に重なったシリンダー状の構造(籠型構造)を形成する。他方、GroES複合体では10kDaのGroES単量体7分子が集合し、ドーム状構造を形成している。変性タンパク質はシリンダー状の筒の中に取り込まれGroESで蓋をされる形となり、その中でリフォールディングすることが知られている。最終的にはATPの加水分解のエネルギーを使ってリフォールディングされたタンパク質が外へ放出される。
【0007】
樽型構造に入ることの出来るタンパク質は57kDaが上限とされているが、それよりも大きなタンパク質がフォールドすることもあり、その辺りのメカニズムが完全に解明されているわけではない。当然、GroEL/GroESシステムが全てのタンパク質と複合体を形成するわけではないことが知られている。また、GroEL/GroESシステムは主に新生ポリペプチドではなく、ミスフォールドしたタンパク質および構造形成過程の中間体を主なターゲットとしている。
【0008】
GroELの基質結合ドメインのみを使用したタンパク質の巻き戻し方法も提唱されている(特表2001-501093)。この発明によればGroELの191-345、191-376、より好ましくは193-335または191-337の約34kDaのポリペプチド断片を変性したタンパク質を共存させることでタンパク質を再活性化できる。本方法でのタンパク質のリフォールディング方法は、天然のGroELの14量体からなる籠型構造中で行うリフォールディング方法とは明らかに異なっていることが予想されるが、基質特異性(選択性)は天然のGroELとあまり変わることはないことが予想される。本特許に記載されている実施例もロダネーゼ(33kDa)の再活性化例のみである。
【0009】
GroEL/GroES(HSP60/HSP10)と良く対比されるのはHSP70ファミリーに属するシャペロンである。特に大腸菌のDnaKは良く研究が進んでいる。このタンパク質は638アミノ酸から構成され、1〜385番目のアミノ酸より構成される「ATPase(ATP結合)ドメイン」と386〜638番目のアミノ酸より構成される「基質結合ドメイン」からなっている(図1)。配列番号1にDnaKのタンパク質の配列を、また配列番号2に遺伝子配列を示す。HSP70は新生ポリペプチドや部分的にフォールドしたタンパク質に結合し、自発的にフォールディング出来ないタンパク質のリフォールディングを助けることが知られており、また、タンパク質合成の比較的初期に働くためより豊富な基質を認識することが知られている。特にHSP60と異なる点は基本的にはタンパク質と1:1の複合体を形成することであり、比較的容易に試薬としての用途展開が可能であると考えられる。
【0010】
ただ、HSP70ファミリーに属するタンパク質はHSP60同様にATPaseドメインを有し、さらにタンパク質のリフォールディングにはGrpEやDnaJという他のタンパク質成分の助けが必要であることが知られている。具体的には次に示すステップを経ることによりタンパク質のリフォールディング(フォールディング)を行っていると考えられている。
(1)DnaKがADPと結合することによりDnaKの基質(変性タンパク質)親和性が向上し、 変性タンパク質と結合する。
(2)次いでGrpEが作用し、GrpEのADP/ATP交換反応によりATP型DnaKとなり、基質との 親和性が落ちリフォールディングされたタンパク質が開放される。
(3)変性タンパク質と解離した後、DnaJとの相互作用し、DnaJのATPase活性化機能によ って
ATPの加水分解が促進されADP型DnaKとなり、再び基質との結合の安定化が起きる。
【0011】
よって、HSP70ファミリータンパク質を試薬として様々な用途に応用する場合は、HSP70タンパク質以外に多くの成分が必要となり、コスト面や再現性などの面での問題が大きいことが、HSP70ファミリーの実応用面の妨げになってきた。
【0012】
実際、報告によれば変性させたルシフェラーゼの変性時にDnaKのみを共存させても活性の復活は全く観察されない。そこに、DnaJとGrpEを追加することにより再活性化を観察できるようになる。しかし、変性時にDnaJを共存させておいた方がほぼ倍近い効果が得られることが分かっている。DnaJの効果はDnaK非存在下でも発揮され、後にDnaKとGrpEを添加することでほぼ100%の活性の復活を観察することが出来るようになる(J. Mol. Biol (1999) 286, 447-4649)。このことは、DnaK単独では基質(変性タンパク質)と結合できてもうまくターンオーバーできないことを示唆している。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
このような理由から、HSP70ファミリーに属するシャペロンタンパク質を安価、簡便、かつ効果的に使用する方法が求められていた。すなわち本発明の目的は、シャペロン機能を有し、安価、簡便、かつ効果的に様々な用途に利用可能なHSP70ファミリータンパク質の利用法および試薬を提供することである。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明者は鋭意検討を重ね、ATPaseドメインを除去したHSP70ファミリーに属するDnaKタンパク質の基質結合ドメイン(DnaKフラグメント)を用いることにより、ATPや他のタンパク質成分なしでタンパク質のリフォールディングが可能となることを見出し、また更に、DnaKフラグメントが変性タンパク質やポリスチレンプレートなどへ非常に吸着しやすい現象を見出し、本発明に至った。
【0015】
すなわち本発明は、以下の構成からなる。
(1)ATPaseドメインを除去したHSP70ファミリータンパク質を変性タンパク質との共存下に処理することを特徴とするタンパク質のリフォールディング方法。
(2)外来タンパク質の発現系において、ATPaseドメインを除去したHSP70ファミリータンパク質の共存下に外来タンパク質の発現を行うことを特徴とするタンパク質のフォールディング方法。
(3)ATPaseドメインを除去したHSP70ファミリータンパク質を活性型タンパク質と共存させることを特徴とするタンパク質の安定化方法。
(4)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」を変性タンパク質に結合させブロッキング、除去もしくは検出する方法。
(5)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」を用いて固相を処理することを特徴とする固相のブロッキング方法。
(6)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」がDnaK, Ssa1p, Ssc1p, Kar2p, HSP70, Bip, mHsp70およびHSC70から選択されることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)「HSP70ファミリータンパク質」の基質結合ドメインを用いることを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)タンパク質変性剤を共存させることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
(9)タンパク質変性剤が尿素、グアニジン塩から選択されることを特徴とする(8)に記載の方法。
(10)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」がタグを有していることを特徴とする(1)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(11)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」が担体に結合されていることを特徴とする(1)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(12)ATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」を含有するタンパク質リフォールディング、タンパク質安定化、変性タンパク質ブロッキング、変性タンパク質除去、変性タンパク質検出、および固相ブロッキング試薬・キット。
【0016】
【発明の実施の形態】
本発明はタンパク質をリフォールディングまたはフォールディング、および安定化する際にATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」(以下HSP70フラグメントと略す)を共存させることを特徴としている。
【0017】
また、本発明は「HSP70ファミリータンパク質」を用いて変性タンパク質の除去、ブロッキング、検出等を行うことを特徴とする。
【0018】
さらに、本発明は、「HSP70ファミリータンパク質」を用いて固相をブロッキングすることを特徴としている。
A.リフォールディング
リフォールディングに供される変性タンパク質としては、例えば封入体、タンパク質凝集体などの不溶化タンパク質を可溶化して得られた、機能を持たないか、機能が低下しているタンパク質が挙げられる。
変性タンパク質をリフォールディングさせて活性なタンパク質を得る際には、以下の工程で行うのが好ましい。
(1)タンパク質変性剤(例えば、尿素もしくはグアニジン塩酸塩)を含むタンパク質溶 液をHSP70フラグメントを含有する溶液で2倍〜1000倍の範囲で希釈する。
(2)(1)の溶液を0〜42℃(好ましくは4℃〜37℃)で1〜48時間(好ましくは16〜 24時間)インキュベートする。
(3)必要に応じて透析などを行い、タンパク質変性剤を除去する。
なお、上記のタンパク質変性剤を含むタンパク質溶液は、例えばリフォールディング対象タンパク質をタンパク質変性剤を用いて部分的に又は完全に変性させたタンパク質溶液が例示される。
【0019】
リフォールディングされるタンパク質1モルあたり、本発明のHSP70フラグメントは0.1〜50モル程度、好ましくは0.5〜10モル程度使用される。タンパク質変性剤を用いる場合には、リフォールディングされるタンパク質1モルあたり、0.1〜50モル程度、好ましくは0.5〜10モル程度使用される。
【0020】
本発明の好ましい具体例によれば、(2)の工程において0.1〜1.5M程度のタンパク質変性剤を含有することによりタンパク質のリフォールディング率が格段に上昇する現象が見られたことから、(3)の工程において、タンパク質の構造を完全に壊してしまわない程度のタンパク質変性剤を存在させておくことが、本発明においてはより好ましいといえる。これは、従来のHSP70がタンパク質とのターンオーバーにATPと数種のタンパク質を要求していたことから、タンパク質変性剤は、HSP70フラグメントとタンパク質のターンオーバーに何らかの関与をしているものと思われる。さらに低温で実験することでリフォールド速度が低下し、HSPフラグメントの自発的ターンオーバーとリフォールド速度が同期するためリフォールディング活性がさらに活性化されるという機構も考えられる。
【0021】
実際に、本発明においてはルシフェラーゼ(65kDa)、βガラクトシダーゼ(465.4kDa:4量体)のリフォールディング事例(実施例2、3)により、本発明をより明確なものにしている。すなわち、本発明により様々な種類の、様々な分子量、および多量体を形成するものであってもリフォールディングさせることが出来ることが示唆された。
【0022】
また、今回はジスルフィド結合(S-S)結合を含むタンパク質については実施例を挙げていないが、本発明を酸化条件下やPDI(プロテインジスルフィドイソメラーゼ), Dsbタンパク質などを共存させることによりそれらのタンパク質のリフォールディングを促進させても良い。更に、タンパク質の凝集防止に良く使用されるL-アルギニンなどを共存させても良い。
B.フォールディング
原理的には、上記リフォールディングと同様であるが、フォールディングは、タンパク質合成時に活性型のタンパク質を合成させる技術であるので、タンパク質をタンパク質変性剤で変性させる必要はなく、タンパク質合成時に本発明のHSP70フラグメントを共存させることになる。HSP70フラグメントを共存させる方法としては、タンパク質発現系の媒体にHSP70フラグメントを添加するか、目的タンパク質の発現とともにHSP70フラグメントの発現を起こすようにした系が挙げられる。
タンパク質発現系としては、宿主(大腸菌、酵母等の微生物、動物細胞等)を外来遺伝子を発現可能に組み込んだベクター等で形質転換した形質転換体を用いる系であってもよく、インビトロタンパク質合成など細胞を含まない系であってもよい。
【0023】
フォールディングの際に添加されるHSP70フラグメントは、系中に1〜100μモル/L程度添加される。フォールディング対象タンパク質とHSP70フラグメントを同時発現させる場合には、フォールディング対象タンパク質1モルに対し、HSP70フラグメントを5〜50モル程度発現させるようにするのが好ましい。
C.タンパク質の安定化
本発明のHSP70フラグメントは、タンパク質を安定化するための安定化剤としても応用可能である。詳しくは、液体の状態でタンパク質を保存する臨床診断用酵素や抗体、研究用酵素などの保存安定性を向上させる用途に応用できる。さらに、凍結乾燥されるタンパク質に共存させることも可能である。特に、臨床診断薬には検出にATPを用いる項目も多く存在することからATPaseドメインを除去したHSP70フラグメントを用いる本発明の方法は適していると言える。また、分子生物学研究に用いられる酵素も、ATPを要求するものが多く存在することから、本発明のHSP70フラグメントが有効である。
【0024】
HSP70フラグメントを溶液中に添加する場合には、1〜100μモル/L、好ましくは5〜50μモル/L程度の濃度で使用できる。タンパク質の凍結乾燥物などの固体状態での安定化に関しては、安定化されるタンパク質1モルに対し0.5〜10モルの割合で使用することができる。
D.変性タンパク質のブロッキングないし除去
本発明のHSP70フラグメントは変性したタンパク質への親和性が非変性タンパク質よりも高いことが調べられており、変性タンパク質と該タンパク質を結合させて変性タンパク質をブロッキングしたり、除去するような用途へ応用可能である。現在、組換え大腸菌や無細胞タンパク質合成など様々な手法を用いてタンパク質を合成する方法が開発されているが、現時点では100%天然物と同様の品質のタンパク質を調製するには至っていないのが実情である。よって、それらのタンパク質を用いて解析を進めて行く上で、しばしば混入した変性タンパク質が解析の妨げになることが問題になっている。よって、本発明の方法を用いて、サンプル中に混入した変性タンパク質をブロッキングもしくは系外へ除去することは、より品質のよいタンパク質サンプルを調製する上で大いに役立つものと予想される。
【0025】
また、HSP70フラグメントの変性タンパク質への高い親和性を利用して、サンプル中の変性タンパク質の検出へも応用が可能である。詳しくは、サンプルにHSP70フラグメントを反応させておき、HSP70フラグメントもしくはあらかじめHSP70フラグメントに付加したタグを認識する標識抗体により検出を行うものである。サンプルとしては液状サンプルや、組織切片などの固体サンプルが例示される。
E.固相のブロッキング
さらに、本発明はHSP70フラグメントを用いて固相表面をブロッキングする方法も提供する。上述したように本発明のHSP70フラグメントは変性タンパク質へ高い親和性を有しており、その親和性はタンパク質の疎水性と深く関係していることが予想される。そこで、疎水性の高い、例えばポリスチレンなどの表面へブロッキングの効果を調べたところ、ウシ血清アルブミン(BSA)とほぼ同等のブロッキング効果が得られることが本発明で明らかになった(実施例6)。また、ELISAによるCEAの検出においては低濃度の検出における測定結果のバラツキを軽減するなどの効果を得ることが出来ることを確認している。ウシ由来のタンパク質は狂牛病などの影響から入手困難になりつつあることからHSP70フラグメントがその代用の候補となりうる可能性を本発明は示している。
【0026】
固相をブロッキングする際に使用されるHSP70フラグメントとしては、固相表面1cm2当たり5〜0.01mg程度が使用される。
【0027】
本発明に用いるHSP70ファミリーに属するタンパク質としては、特に指定はないが、大腸菌のDnaK,酵母細胞質に存在する Ssa1p,酵母ミトコンドリアに存在する Ssc1p,酵母小胞体 に存在するKar2p, 哺乳類細胞質に存在するHSP70,哺乳類小胞体に存在する Bip,哺乳類ミトコンドリアに存在する mHsp70および熱ショックの有無に関わらず恒常的に発現しているHSP70のホモログであるHSC70などが例示される。HSP70ファミリーには数多くのホモログが知られており、上に挙げたものはそのうちの一部である。当然、上に列挙した以外のホモログにも同様の効果が期待できることは容易に予想可能である。
【0028】
本発明に用いるHSP70フラグメントはATPaseドメインを除去していることを特徴としている。但し、リフォールディングないしフォールディング活性、安定化作用やブロッキング活性を示すならば、ATPaseドメインの全領域が除去されていなくてもよい。例えば、ATPaseドメインは、DnaKではC末端側の1-383の領域を指し、そのATPase活性を失う程度にATPaseドメインの一部を除去していれば、本明細書におけるHSP70フラグメントに該当する。
【0029】
DnaKにおいては384−638のフラグメントが好適に使用される。本発明において、DnaK 386−561のフラグメントにおいてもリフォールディング活性をテストしたがDnaK 386−638に比べると非常に低いものであった。よって、DnaKのフラグメントを用いる場合はDnaK 561-638の領域を含むペプチド断片を用いることが重要である。また、今回種々の事情からDnaK 384-638とDnaK 386-561というN端の方の2アミノ酸分だけことなるクローンを使用して実験しているが、この2アミノ酸が今回の差の原因になっていることは考えにくいと思われる。DnaKの基質結合ドメインのX線結晶解析は既に何例かが報告されているが(Science(1996) 272, 1606-1615)、その像の比較だけではどの領域が重要か否かの判定はつきにくいことから、本発明におけるシャペロン作用に必須となる領域の特定は重要であるといえる。
【0030】
本発明に用いるHSP70フラグメントはタグを有していても良く、実際、検討にはアミノ末端にヒスチジンタグを付加したものを用いて検討を行った。タグとしては、ヒスチジンタグ、GST(グルタチオン-S-トランスフェラーゼ)タグ、MBP(マルトースバインディングプロテイン)タグ、Flagタグ、Mycタグ、TAP(タンデムアフィニティーピュリフィケーション)タグなど、どのタグを採用しても良く、必要に応じて任意のタンパク質を融合して用いても良い。
【0031】
また、本発明に用いるHSP70フラグメントは担体に結合されていても良い。担体としては、プラスチック固相やビーズ(磁性ビーズを含む)などが考えられる。具体的には、タグを介してビーズに結合されたものを用いると良く、特に、リフォールディングに用いたHSP70フラグメントを除く場合や、変性タンパク質を系外へ除去する場合などに便利である。当然、タグ付加したHSP70フラグメントとタンパク質を反応させたあとに、そのタグに親和性のある表面を有する固相を添加してHSP70フラグメントもしくはHSP70フラグメントと任意のタンパク質の複合体を系外へ除くことも出来る。
【0032】
更に、本発明はATPaseドメインを除去した「HSP70ファミリータンパク質」を含有するタンパク質リフォールディング、タンパク質安定化、変性タンパク質ブロッキング、変性タンパク質除去、変性タンパク質検出、および固相ブロッキング試薬・キットを含む。
【0033】
本発明の一実体は、DnaKフラグメント(384-638)を含有するタンパク質リフォールディング、タンパク質安定化、変性タンパク質ブロッキング、変性タンパク質除去、変性タンパク質検出、および固相ブロッキング試薬・キットである。
【0034】
【実施例】
以下に、本発明の実施例を例示することによって、本発明の効果をより一層明確なものとする。
実施例1 DnaKフラグメントのクローニング、発現
DnaKフラグメントは大腸菌K-12株より抽出したゲノムDNAを鋳型として、PCR法を用いて目的遺伝子断片を増幅し、クローニングした。遺伝子のPCR増幅には東洋紡製のKOD−Plus−を用いた。具体的にDnaK 384-638の増幅には、50μlの反応液中、反応用バッファー、1mM MgSO4、配列番号3および4に示すプライマーを15pmole、ポリメラーゼ1unitおよび大腸菌DNA 100ngとなるように調製し、94℃・2分間の後、94℃・15秒、55℃・30秒、68℃・1分のサイクルを25回行った。また同様に、DnaK 386-561の増幅には配列番号5および6に示したプライマーを用いて増幅を行った。増幅したDNA断片は制限酵素BamHIにて消化し、pQE30のBamHI-SmaIサイトへクローニングした(KOD−Plus-によって増幅されたDNA断片は平滑化されているため、増幅断片の下流側についてはそのまま使用した)。クローニングした遺伝子の配列はシーケンス解析により確認した。このベクターにクローニングすることにより目的タンパク質のN末端に6×His配列(Hisタグ)を付加することができる。
【0035】
タンパク質の発現・精製は、遺伝子を導入したJM109をLB培地にて16時間振とう培養し、菌体を遠心分離法により回収し、10mM Tris-HCl(pH7.0) へ懸濁、超音波破砕を行った後、15,000r.p.m.にて10分間微量高速遠心機を用いて遠心してえられた上清を用いて行った。具体的には、MagExtactor-His-tag- (東洋紡製)を用いて、精製し、最終的に10mM Tris-HCl(pH7.0) に対して一晩透析し、実験に用いた。
実施例2 ルシフェラーゼの再活性化
ルシフェラーゼ(Promega社製)は0.37mg/mlとなるように5Mグアニジン塩酸塩を含有するりん酸緩衝液A(100mM リン酸カルシウム(pH7.8), 1mM EDTA, 1mMDTE)にて溶解し、30 分間、25℃にて変性した。変性ルシフェラーゼの再活性化は、10μMのDnaK 384-638、10μMのDnaK 386-561、もしくは10μMのBSAを含有するりん酸緩衝液Aにて変性ルシフェラーゼを100倍希釈し、5℃にてインキュベートすることにより行った。再活性化率の測定は一定時間毎に反応液を2μlづつサンプリングし、そのルシフェラーゼ活性を測定し算出した。ルシフェラーゼ活性の測定はプロメガ社のルシフェラーゼアッセイシステムを用いた。具体的にはキット添付のアッセイ試薬50μlにサンプリングした再活性化ルシフェラーゼ溶液を2μl添加し、スペクトロフルオロメーター(Shimadzu RF2000)にて550nmの発光を測定することにより行った。
【0036】
その結果、BSAもくしはDnaK 386-561を用いたものについては再活性化に影響を与えず4時間後の再活性化率36%であったのに対し、DnaK 384-638を用いたものでは反応が加速して4時間後約80%まで再活性化されていることが確認された。
実施例3 βガラクトシダーゼの再活性化
βガラクトシダーゼ(東洋紡製)は、440μg/mlとなるように8M尿素、100mM りん酸緩衝液、1mM EDTA, 10mM DTE(pH 7.5)に溶解し、室温で2時間変性した。再活性化は、さまざまな濃度で尿素を含有する100mMりん酸ナトリウム緩衝液、1mM EDTA, 10mM DTE(pH7.5)を用いて、変性したβガラクトシダーゼを希釈することで行った(最終濃度40mg/ml)。また、その時に40μg/mlの濃度でDnaK384-638、もしくはDnaK 386-561を共存させた。再活性化の条件は最初の30分間を10℃、後は20℃にて行った。再活性化率は一定時間毎にサンプリングし、o-nitrophenyl-β-D-galactopyranosideの分解活性を420nmの吸光度を測定することにより算出した。具体的には、反応液(86Mmリン酸緩衝液(pH7.3)、0.12mM メルカプトエタノール、1mM 塩化マグネシウム、2.3mM o-nitrophenyl-β-D-galactopyranoside)2.9mlに希釈サンプル0.1mlを添加し、37℃、2-3分後の吸光度410nmの減少を測定した。活性は以下の式に従って計算した。また、同時に未処理(変性していない)酵素の活性も測定し、その値を用いて相対活性を算出した。
Volume activity (U/ml)=(ΔOD/min(ΔODtest-ΔOD blank)×Vt×df)/(3.5×1.0×Vs)
=ΔOD/min×8.57×df
Vt:Total Volume (3.0)ml
Vs: Sample Volume (0.1ml)
df: 希釈率
その結果、尿素濃度に関わらず、DnaK384-638をリフォールディング時に共存させたものについて、DnaK386-561と比べ顕著に高いリフォールディングを示した。また、再活性化時の尿素濃度は1M前後が最も効果が高いことが分かった。
実施例4 DnaK386-638と変性タンパク質との結合
変性タンパク質とDnaK386-638との結合はreduced and carboxylmethyled β-lactoalbumin(RCMLA)を基質とした蛍光偏光解消法を用いて分析を行った。まず、RCMLA (シグマ製)のアミノ末端を、暗所25℃、pH8.0にてFITC蛍光ラベルした後、NAP10カラム(アマシャムファルマシア製)を用いてRCMLA-FITCを精製した。RCMLA-FITCはBruker MALDI-TOFMAS REFLEX III1にて解析を行い、RCMLAとFITCの結合は1:1であることを確認した。また、使用前に超遠心法を用いて凝集物を沈殿させ、その上清をRCMLA-FITCサンプルとして用いた。次に0.25μMとなるように10mM Tris-HCl(pH7.0)にて調製したRCMLA-FITCにてさまざまな濃度となるようにDnaK 384-638を混合し、25℃、30分間反応させた後、スペクトロフォトメーター(Shimadzu RF2000)を用いて蛍光(exitation 490nm, emission 520nm)を測定することにより蛍光偏光解消を算出した。
【0037】
結果、Anisotropyが増大すること(すなわち複合体形成により見かけの分子量が大きくなり回転速度が小さくなったため)が観察された(図4)ことより、DnaK 384-638が疎水性に富むタンパク質に高いアフィニティーを示すことを確認することが出来た。
実施例5 ヘキソキナーゼの保存安定性
ヘキソキナーゼ(東洋紡績製:Code No.: HXK-311)を5μMとなるように100mM Tris-HCl(pH7.4)に溶解し、低分子成分を除去するために同緩衝液にて平衡化したG-25ゲルろ過スピンカラム(アマシャムファルマシア製)を用いて精製してから用いた。BSA(シグマ社FractionV)およびDnaK 386-638は10mM Tris-HCl(pH7.4)にて5μMとなるように調製し使用した。保存条件は以下の組成を用いて行い、45℃にて24時間後にヘキソキナーゼ活性を測定した。
ヘキソキナーゼ活性は上記溶液を4倍希釈し測定した。また同時に、氷上にて保存したヘキソキナーゼをポジティブコントロールとして相対活性値を求めた。具体的な酵素活性の測定方法はAssay mixture (50mM Tris-HCl (pH 8.0), 0.11M Glucose, 0.53mM ATP, 0.22mM NAD+, 13mM MgCl2, 3.2μg/ml BSA, 1U/mlグルコース6リン酸脱水素酵素)3.01mlに酵素溶液100μlを添加し、4分から5分後の37℃における340nmの吸光度の減少をモニターした。活性は以下の計算式にて算出した。また、同時に未処理(変性していない)酵素の活性も測定し、その値を用いて相対活性を算出した。
Volume activity (U/ml) = (ΔOD/min(ODtest-ODblunk)×Vt×df)/(6.22×1.0×Vs)
=ΔOD/min×5.0×df
Vt=Total volume (3.11ml)
Vs=Sample volume (0.1)
df=希釈率
C=酵素濃度
その結果、コントロールおよびBSAにおいては約45%まで活性が低下したのに対し、DnaK 384-638を共存させたものに関しては50%の活性を保つことが可能であった(図5)。
実施例6 ブロッキング効果(1)
ポリスチレンプレートへのヒト血清IgGの非特異吸着を指標として検討を実施した。方法としては、PBS(-)に希釈したBSA(1%, 0.5%, 0.15%)および10mM Tris-HCl (pH 7.4)にて希釈した0.15% DnaK 386-638 100μlをELISA用96穴ポリスチレンプレートに添加し、4℃にて16時間静置した。その後、プレートから溶液を除去した後、正常人血清をPBS(-)にて30倍希釈し、50μlを添加、37℃にて1時間インキュベートした。次に、各ウェルを200μlの洗浄液(PBS(-), 0.05%Tween20)にて3回洗浄し、至適濃度に希釈したペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体50μlを各ウェルに添加し、37℃にて1時間インキュベートした。次に、各ウェルを200μlの洗浄液(PBS(-), 0.05%Tween20)にて4回洗浄し、発色試薬(TMBZ)を100μl添加、室温で5分間発色させた後、1N硫酸50μlを加え反応を停止させた。発色は、ELISAリーダーにて主波長460nm、副波長650nmにて測定した。
【0038】
その結果、ブロッキングしなかったものに比べ、DnaK 384-638にてブロッキングしたものについては、BSAとほぼ同等のブロッキング効果を示すことがわかった(図6)。
実施例7 ブロッキング効果(2)
ヒト癌胎児性抗原(Carcinoembrionic antibody: hCEA)のELISAシステムを用いてDnaKフラグメントのブロッキング剤としての有用性を検討した。まず、抗hCEA MoAbを50mM炭酸緩衝液(pH9.6)で10μg/mlに希釈後、100 μlづつポリスチレン製96穴ELISAプレートへ添加後、37℃・1時間静置した。静置後、洗浄液(PBS(-), 0.05%Tween20)150μlにて3回ウェルを洗浄した後、ブロック液を200μlづつ添加し、4℃・16時間静置した。ブロック液としては、一般的に使用される1%BSA-PBS(-)、および0.15%DnaK 384-638-10mM Tris-HCl(pH 7.5)を用い、コントロールはPBS(-)で行った。ブロック液廃棄後、0、5ng/ml、20ng/mlに希釈したhCEA溶液(イムノフローラ:東洋紡製)を50μlづつ添加し、37℃にて1時間インキュベート後、150μlの洗浄液にて4回洗浄実施した。その後、至適濃度に希釈したペルオキシダーゼ標識抗hCEA抗体(イムノフローラ:東洋紡製)を添加、37℃・1h反応後、さらに洗浄液(PBS(-), 0.05%Tween20)150μlにて3回ウェルを洗浄した。次に、基質溶液(TMB) 100μlを添加し、遮光して37℃、20分間発色させた。最後に、反応停止液(1N H2SO4) 100μlを添加し、黄色の発色を450nm/650nmで測定した。本実験は同時再現性を測定するためにn=4にて行った。
【0039】
その結果を、図7に示す。その結果、直線性良く測定できていることが分る。また、図8にhCEA無添加のものと、濃度の低い5ng/mlのn=4測定の結果と、それぞれのCV(変動係数)値を示している。これらの結果より、今回のDnaK 384-638をブロック剤として使用したものの測定値が最も安定した値を示すことが分る。
【0040】
【配列表】
【0041】
【発明の効果】
本発明により、簡便かつ効率的なタンパク質のリフォールディング(再活性化)が可能となった。また、本発明によりHSP70タンパク質のブロッキング効果が見出され、ELISA等におけるばらつきなどの面で大きく改善がなされた。この方法を用いることにより、従来法に比べ、簡便かつ確実な結果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】大腸菌DnaKタンパク質の概要を示す図。
【図2】ルシフェラーゼのリフォールディングに及ぼすDnaKフラグメントの効果を示す図。
【図3】βガラクトシダーゼのリフォールディングに及ぼすDnaKフラグメントの効果を示す図。
【図4】疎水性タンパク質とDnaKフラグメントの親和性を示す図。
【図5】ヘキソキナーゼの安定化に及ぼすDnaKフラグメントの効果を示す図。
【図6】DnaKフラグメントの固相ブロッキング効果を示す図。
【図7】DnaKフラグメントのELISAにおける測定値のばらつきに及ぼす影響を示す図。図7中、A: 0ng/ml hCEAであり、B: 5ng/ml hCEAである。
【図8】hCEA無添加のものと、濃度の低い5ng/mlのn=4測定の結果と、それぞれのCV値を示す。
Claims (4)
- DnaKタンパク質の1位−383位のATPaseドメインの全部を除去したDnaKタンパク質のフラグメントを用いて固相表面をブロッキングする方法。
- DnaKタンパク質の1位−383位のATPaseドメインの全部を除去したDnaKタンパク質のフラグメントがタグを有している請求項1に記載の方法。
- DnaKタンパク質の1位−383位のATPaseドメインの全部を除去したDnaKタンパク質フラグメントから成る、固相表面用ブロッキング試薬。
- 請求項3に記載のブロッキング試薬を含有する、ブロッキングキット。
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