JP4286520B2 - 導電性に優れたばね用鋼板および電気接点ばね材料 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、導電性に優れたばね用鋼板および電気接点ばね材料に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
電気・電子機器に使用される電気接点ばねには、それ自体が導電体となって通電を担う機能とともに、通電状態において接触相手部材と容易に外れないよう接触点において自らを相手部材に強固に押しつける機能が要求される。したがって、その材料には良好な導電性とばね特性が求められる。
【0003】
従来より、電気接点ばね材料には導電性とばね特性のバランスに優れる「りん青銅」が多く使用されている。りん青銅は、例えばSn:3.5〜9.0質量%,P:0.03〜0.35質量%を含む銅合金であり、導電率は概ね12〜18%IACSを呈する。素材形状としては、電気接点においては平面同士が接触する仕組みである方が接触不良が少ない上に接触抵抗も小さいので、板材が多用されている。この板材は、通常、ばね限界値250MPa以上のばね特性を有するものが使用される。
【0004】
しかし、りん青銅は特性バランスに優れている反面、高価な材料である。また電気接点ばねでは概略7%IACS以上の導電性があれば十分な用途が多く、この場合りん青銅の特性は過剰である。そこで、高価なりん青銅をより合理的な特性を有する安価な材料で代替することができれば、電気・電子機器部品のコスト低減に貢献できる。
【0005】
下記特許文献1には、高炭素鋼線の表面にCuめっきとNiめっきを施した電池押さえばね用鋼線が示されている。これは、Cuめっきによって従来の電池押さえばね用鋼線の導電性を改善したものである。しかし、これは線材であるため接触抵抗の観点から上記の板材接点用途に適用することはできない。一方、従来のばね用鋼板にCuめっきを施して十分な導電率を得るにはかなり厚目付のCuめっき層を形成する必要があり、めっきによるコスト増およびばね特性劣化を考慮するとりん青銅の代替として使用することは困難である。
【0006】
【特許文献1】
特開平6−158353号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
種々検討の結果、上記の電気接点用りん青銅の代替が可能な安価な板材を開発するには、導電性をCuめっき等の金属被覆に頼るのは得策ではなく、素材自体に高い導電性を有しているものを採用すべきであるとの見解を得た。高導電性の金属材料としては各種銅合金やアルミニウム合金がある。しかし、りん青銅の代替となりうる「ばね特性」と「低廉さ」を兼ね備えたものはない。
【0008】
他方、「ばね特性」と「低廉さ」を重視すると鋼材が有利になる。しかし、既存のばね用鋼材は導電性が不十分である。その一方で「ばね性」を維持したまま鋼材の「導電性」を向上させる積極的な研究は十分になされておらず、その手法は確立されていない。したがって、鋼材の導電性とばね特性とを同時に改善する手法については未だ研究の余地が残っていると言える。
【0009】
そこで、本発明は、上記の電気接点用りん青銅の板材と代替可能な素材として、良好な導電性と優れたばね特性を兼備した安価な鋼材を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、上記目的を達成すべく詳細な検討を行った。その結果、化学組成と金属組織を厳しく限定したうえ、冷間圧延と時効処理を組み合わせた組織制御を行うことで鋼材に良好な導電性と優れたばね特性を同時に付与できることが明らかになった。
【0011】
すなわち、上記目的は、C,Si,Mnの含有量が質量%で下記(1)式および(2)式を満たし、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの冷間加工された金属組織を呈し、ばね限界値が250MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板によって達成される。C,Si,Mnの含有量は例えばC:1.06質量%以下、Si:1.67質量%以下、Mn:0.88質量%以下である。
C≧0.1 ……(1)
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2)
ここで、(1)式および(2)式の元素記号の箇所には質量%で表された各元素の含有量が代入される。ばね限界値は、JIS H 3130に規定されるばね限界値試験法により求まるものである。導電率IACS(%)は、材料の導電性を、国際標準軟銅線(International Annealed Copper Standard)の電気抵抗率(1.7241×10-8Ω・m)に相当する導電率を100とした相対比(%)で表示したものである。
上記(2)式の代わりに下記(2)’式を適用することができる。
17.53C+13.75Si+6.25Mn≦16.5 ……(2)’
【0012】
また本発明では、C,Si,Mnの含有量が質量%で前記(1)式および(2)式を満たし、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの金属組織に調整された鋼板に、10%以上の冷間圧延と、次いで600℃以下の時効処理を施して得られる組織状態を持つ、ばね限界値が250MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板を提供する。C,Si,Mnの含有量は例えばC:1.06質量%以下、Si:1.67質量%以下、Mn:0.88質量%以下である。
その鋼板のうち、特にばね限界値の高いものとして、15〜90%の冷間圧延と、次いで300〜500℃で1〜30時間保持する時効処理を施して得られる組織状態を持つ、ばね限界値が300MPa以上、導電率が7%IACS以上であるものを提供する。
上記(2)式の代わりに前記(2)’式を適用することができる。
【0013】
さらに、上記の導電性に優れたばね用鋼板のうち板厚が0.1〜0.6mmに調整されたものを用いた電気接点ばね材料を提供する。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明では、高い導電率と優れたばね特性を両立させるために鋼の化学組成を厳しく限定する必要がある。
Cは、本来鋼の強度を確保する上で必須の元素であるが、本発明では後述する「冷間圧延+時効処理」によりばね特性を大幅に向上させるため、0.1質量%以上の含有量を確保する。Cが0.1質量%を下回ると、マルテンサイトが存在しないように調整された金属組織(後述)においては、りん青銅の代替に必要な最小限のばね限界値250MPaをクリアすることが困難になる。そこで、(1)式による規制を設けた。
C≧0.1 ……(1)
なお、Cの上限については後述の(2)式により制限される。
【0015】
鋼材に高い導電率を付与するためには、Cと、SiおよびMnの含有量をいずれも低減することが重要である。本発明では、多くの電気接点用途に適用可能となる7%IACS以上の導電率を目標とするが、上述のようにCは0.1質量%以上を確保しなければならない。種々検討の結果、後述の適正な金属組織においては、C,Si,Mnの含有量を(2)式に従って厳しく制限することによって、0.1質量%以上のC量を維持しながら7%IACS以上の導電率が実現できることが明らかになった。(2)式の代わりに(2)’式を適用することができる。
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2)
17.53C+13.75Si+6.25Mn≦16.5 ……(2)’
【0016】
(2)式によると、C,Si,Mnの含有量範囲の上限は以下のように制限される。
・Cの上限; (2)式にSi=0%とMn=0%を代入することにより、C<1.37%に制限される。
・Siの上限; (2)式にCの下限値0.1%とMn=0%を代入すると、Si<1.62%に制限される。
・Mnの上限; (2)式にCの下限値0.1%とSi=0%を代入すると、Mn<3.56%に制限される。
本発明では、C,Si,Mnとも上記の範囲であれば含有を許容できることが別途実験により確かめられている。したがって、C,Si,Mnの含有量上限については、個々に規定しなくても(2)式による制限で十分である。
【0017】
C,Si,Mnの残部はFeおよび不可避的不純物で占められる。鋼の代表的な不純物であるPは0.030質量%まで、Sも0.030質量%まで許容できる。
【0018】
次に、金属組織については、導電性確保の観点からマルテンサイトを含まない組織に限定される。マルテンサイトが存在すると、同じ化学組成でも導電率は大幅に低下するのである。この現象は、例えば次のような実験で確かめられた。
すなわち、発明者らは、(1)式および(2)式を満たす化学組成の鋼を種々溶製し、焼入れ処理を行ってマルテンサイトを含む金属組織とした鋼板と、焼きが入らない処理を行ってフェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの金属組織とした鋼板を作った。これらを用いて板厚0.25mmで、ばね限界値が概ね300MPaと一定になるようにサンプルを用意した。ばね限界値の調整は、マルテンサイトを含むもの(焼入れ材)では焼戻し温度のコントロールにより行い、マルテンサイトを含まないものでは冷延率と時効温度を適切に組み合わせることにより行った。各サンプルの導電率を測定したところ、同じ組成の鋼ではいずれの場合も、マルテンサイトを含むものは、含まないものより大幅に導電率が低下した。
【0019】
本発明で規定する化学組成の鋼においてマルテンサイトを含まない金属組織を得るには、例えば、熱延鋼板または冷延鋼板に焼鈍処理を施すときA1点を超えない温度に加熱するようにすればよい。A1点を超える温度に加熱する焼鈍を施す場合でも、A1点から600℃までの冷却速度を1℃/秒以下にすればマルテンサイトが生成することはない。C含有量,冷却速度などにより、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの組織が得られる。これらいずれの組織に調整した場合においても、最終的にばね限界値250MPa以上、かつ導電率7%IACS以上の特性を得ることが可能である。本発明では、金属組織をフェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかに調整することを要件とした。
【0020】
以上の化学組成および金属組織に調整した鋼板をベースに、冷間圧延および時効処理を施して、優れたばね特性を付与する。「冷間圧延+時効処理」の組み合わせにより歪み時効の現象が発現し、これがばね限界値の大幅な向上をもたらすものと考えられる。すなわち、冷間圧延により多数の可動転位が導入され、続く時効処理でC原子が転位を固着する位置に入り込む(コットレル効果)。その結果、変形するのに大きな力が必要となり、ばね限界値は上昇する。
【0021】
冷間圧延率を増加すること、および、ある温度範囲で時効温度を高めることは、いずれもばね限界値を向上させる方向に働く。
発明者らの検討の結果、冷間圧延率を10%以上にすると、時効温度を最適化することで250MPa以上のばね限界値を得ることが可能であった。15%以上とすれば時効温度範囲の自由度が拡がり、優れたばね特性を安定して付与するうえで有利となる。冷間圧延率の上限は特に制限する必要はないが、あまり高いと製造性が低下するので90%程度以下の範囲で行うのが実用的である。
【0022】
時効処理については、150℃以上に加熱しないと積極的に歪み時効を起こさせることが難しく、冷間圧延率を高めてもばね限界値を安定的に250MPa以上にコントロールすることができない。200℃以上にすると種々の冷間圧延率のものに適応できるようになり好ましい。300℃以上とすることにより、一層高いばね限界値が得られる。ただし、500℃を超えるとばね限界値の上昇傾向はほとんど飽和し、さらに600℃を超えると冷間圧延組織が再結晶するためにばね限界値の急激な低下が生じるようになる。このため、600℃以下の温度で時効処理を行う必要がある。時効時間は0.5〜50時間とすることができる。
【0023】
特に、15〜90%の冷間圧延を行い、次いで300〜500℃で1〜30時間保持する時効処理を施すことによって、ばね限界値300MPa以上という非常に優れたばね特性が実現できることがわかった。
【0024】
以上のようにして得られる導電性に優れたばね用鋼板は、所定の寸法に切断し、所定の形状に加工して、各種電気接点ばね材料に好適に使用できる。特に冷間圧延で板厚を0.1〜0.6mmに調整したものは、りん青銅を用いた従来の電気接点ばね材料の代替として多くの用途を有し汎用性が高い。
なお、電気接点ばね材料の用途によっては、特にその表面において低い接触抵抗などの特性を求められることがあるが、本発明の導電性に優れたばね用鋼板はNiめっきやSnめっき等の表面処理を施してから用いても良い。
【0025】
【実施例】
質量%で、C:0.05〜1.06%,Si:0.02〜1.67%,Mn:0.24〜0.88%の範囲でこれらの元素を含み残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼(不純物のP,Sはともに0.03%以下)を溶製し、板厚2〜3mmの熱延板を得た。これを用いて下記の3通りの工程にて板厚0.25mmの薄板サンプルを合計25種類作製した。
〔工程A〕焼鈍→「冷間圧延→焼鈍」→最終冷延(5〜90%)→時効処理(300〜500℃×1〜30時間)
〔工程B〕研削による薄肉化→最終冷延(15〜90%)→時効処理(300〜500℃×1〜30時間)
〔工程C〕焼鈍→「冷間圧延→焼鈍」→最終冷延→焼入れ→焼戻し
ここで、工程AおよびCの「冷間圧延→焼鈍」は必要に応じて2回以上繰り返した。
【0026】
各サンプルの化学組成,工程,金属組織,および後述の各種試験結果を表1にまとめてある。表1中の「K値」は前記(2)式の左辺の値である。なお、工程A〜Cの最終冷延前には、いずれもフェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかを呈していた。また、工程AおよびBの時効処理は高いばね限界値が得られる好ましい条件で実施した。
【0027】
各サンプルについてばね限界値と導電率を求めた。ばね限界値は、JIS H 3130で規定されるばね限界値試験法により求め、その値が250MPa以上のものを○印、それ未満を×印で示した。導電率はJIS H 0505で規定される導電率測定法に基づいて求め、その値が7%IACS以上を○印、それ未満を×印で示した。
【0028】
【表1】
【0029】
化学組成(C,Si,Mn含有量およびK値)が本発明の規定を満たし、金属組織がフェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかを呈し、「冷間圧延+時効処理」を上述の適正条件の組み合わせで行った本発明例は、いずれも300MPa以上の非常に優れたばね限界値と、7%IACS以上の高い導電率を呈し、電気接点ばね材料に適したものであった。
【0030】
これに対し、比較例No.1はC含有量が低く(1)式を満たさないためばね性が悪かった。No.2,6,10は時効処理前の冷間圧延率が低すぎたためばね特性が悪かった。No.14〜17はK値が高く(2)式を満たさないため導電率が低かった。No.24,25はマルテンサイトを有していたため導電率が低かった。
【0031】
【発明の効果】
以上のように、本発明では銅合金に比べて安価な「鋼」という素材において、多くの電気接点ばね用途に使用できる「ばね特性」と「導電性」とを同時に付与することを可能にした。本発明に係る鋼板は、従来から電気接点ばねに広く使用されている高価なりん青銅の代替として使用することができる。また、鋼板であるためりん青銅よりも強度が高く、部品の薄肉化が可能になる。したがって本発明は、電気・電子機器の小型化・低コスト化に寄与するものである。
Claims (6)
- C,Si,Mnの含有量が質量%で下記(1)式および(2)式を満たし、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの冷間加工された金属組織を呈し、ばね限界値が250MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板。
C≧0.1 ……(1)
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2) - C,Si,Mnの含有量が質量%で下記(1)式および(2)式を満たし、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの金属組織に調整された鋼板に、10%以上の冷間圧延と、次いで600℃以下の時効処理を施して得られる組織状態を持つ、ばね限界値が250MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板。
C≧0.1 ……(1)
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2) - C,Si,Mnの含有量が質量%で下記(1)式および(2)式を満たし、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+球状セメンタイト組織,フェライト+パーライト組織のいずれかの金属組織に調整された鋼板に、15〜90%の冷間圧延と、次いで300〜500℃で1〜30時間保持する時効処理を施して得られる組織状態を持つ、ばね限界値が300MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板。
C≧0.1 ……(1)
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2) - 鋼の化学組成が、C:1.06質量%以下、Si:1.67質量%以下、Mn:0.88質量%以下、P:0.03質量%以下、S:0.03質量%以下、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式および(2)式を満たすものである請求項1〜3のいずれかに記載の導電性に優れたばね用鋼板。
C≧0.1 ……(1)
17.53C+13.75Si+6.25Mn<24 ……(2) - 前記(2)式に代えて下記(2)’式を適用する請求項1〜4のいずれかに記載の導電性に優れたばね用鋼板。
17.53C+13.75Si+6.25Mn≦16.5 ……(2)’ - 板厚が0.1〜0.6mmに調整された請求項1〜5のいずれかに記載の鋼板を用いた電気接点ばね材料。
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