JP4264296B2 - 溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼及びその製造方法 - Google Patents

溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼及びその製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、溶接性の優れた低降伏比高張力鋼、特にJIS規格におけるSM570級鋼及びその製造方法に関するもので、鉄鋼業においては厚板、形鋼、ホットストリップミルなどに適用できる。本発明により得られる鋼材は、建築、土木、海洋構造物、造船、各種の貯槽タンク、建設・産業機械などの溶接構造用鋼として広範な用途に適用できる。
【0002】
【従来の技術】
溶接性向上を図った鋼材およびその製造方法については、例示するまでもなく、過去多くの公開公報、特許公報などが開示されている。いずれも基本的には、鋼材の成分調整による炭素当量(Ceq)や溶接割れ感受性組成(PCM)の低減が主たるポイントであって、そのような低成分で所定の強度を確保する製造方法との組み合わせなどで特許性を主張しているものである。例えば、TMCP(thermo−mechanical control process)と呼ばれる加熱、圧延(制御圧延)、冷却(制御冷却)に至る鋼材の製造プロセスを鋼成分とともに緻密に制御することで、溶接性を飛躍的に向上させたことは周知の通りである。
【0003】
しかし、JIS規格におけるSM570級の高張力鋼においては、調質処理と呼ばれる焼入−焼戻処理、あるいはこの焼入処理をオンライン化した直接焼入(加速冷却)−焼戻処理によって製造されるのが一般的である。また、これらのプロセスを若干アレンジした、直接焼入に先立つ圧延をオーステナイト未再結晶域で行う、いわゆる制御圧延としたり、焼戻を省略する目的で直接焼入(加速冷却)時にセルフテンパー効果が得られる温度で停止する方法なども考案されている。
【0004】
また、SM570級のいわゆる60k級鋼と総称される鋼は、一般に鋼成分、すなわち焼入性が中庸で、前記製造方法で得られる組織は上部ベイナイト主体で、靭性上好ましいものではない。これに対し、組織の細粒化や低C化による地の靭性向上などの対策をとるのが一般的であるが、従来の製造方法を踏襲する限り、強度とのバランス上、自ずと限界があった。
【0005】
焼入(加速冷却)処理を施した鋼の強度と靭性のバランスは、焼入組織、すなわち、マルテンサイト、あるいはベイナイト中の過飽和C量により決定される。すなわち、従来は、直接焼入れ(加速冷却)後焼き戻し処理を行うか、あるいは、セルフテンパー効果が得られる比較的高温にて加速冷却を終了して、ミクロ組織を、焼き戻しマルテンサイト組織、あるいは、上部ベイナイト組織として、マルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相中の過飽和C量を適量とすることにより、強度と靭性のバランスを決定していた
【0006】
これに対し、SM570級(60k級)溶接構造用高張力鋼に関して、基本性能である強度と靭性のバランスとともに、溶接性を改善する方策の発明が種々提案されている(例えば、特許文献1〜5参照)。
【0007】
上記の既発明は、いずれも、添加C量を低減する一方で、それによる強度低下を合金の適正添加及び圧延後の加速冷却を低温まで行うことで補償することにより、強度と靭性のバランスの向上ととともに、溶接性の改善を図るものであった。
【0008】
すなわち、上記の既発明は、添加C量を低減することにより、低温までの焼入(加速冷却)ままでも、つまり、焼き戻し処理なしでも、所要の強度と靭性のバランスに対して、BCC相中の過飽和C量を適量とするように図るものであった。
【0009】
ところで、マルテンサイト組織やベイナイト組織においては、固溶C量が強度に及ぼす影響は極めて大きく、所要の材質を得るためには、0.01%程度の微量固溶C量の変動を制御する必要がある。しかしながら、上記の既発明には微量固溶C量の制御方法に関する規定はされておらず、これらの発明に記載の成分範囲及び製造方法では安定的な製造は困難である。
【0010】
【特許文献1】
特開平11−293380号公報
【特許文献2】
特開2001−342538号公報
【特許文献3】
特開2002−3983号公報
【特許文献4】
特開2002−3987号公報
【特許文献5】
特開2002−285238
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、SM570級(60k級)鋼で、基本性能である強度と靭性を従来にない高い次元でバランスさせるとともに溶接性、条切り特性、経済性にも、溶接構造用高張力鋼として広範な用途に適合する鋼を工業的に安定して供給可能な方法を提供するものである。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明においては、実プロセスラインにおいて、微量固溶C量を簡易に制御可能な方案について研究し、添加C量を低減するとともに、適量の炭窒化物生成合金元素を添加し、圧延後オーステナイトからの加速冷却開始前における固溶C量を制御することにより、加速冷却後のBCC相中における固溶C量を適量とすることが可能となる。その結果、溶接性に優れる比較的低い炭素当量(Ceq)及び溶接割れ感受性組成(PCM)にてSM570級(60k級)の強度と優れた靭性が高次元で達成可能となることを見出して本発明を完成した。
【0013】
本発明の要旨は以下に示す通りである。
【0014】
(1) 鋼成分が質量%で、
C:0.02%以上0.05%未満、
Si:0.5%以下、
Mn:1.0〜3.0%、
P:0.02%以下、
S:0.01%以下、
Nb:0.02〜0.2%、
Al:0.01〜0.06%、
Ti:0.005〜0.015%、
N:0.006%以下、
かつ、
Figure 0004264296
と定義される溶接割れ感受性組成PCMが0.18%以下で、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
【0015】
(2) 質量%で更に、
B:0.0005〜0.003%、
Ca:0.0005〜0.004%、
REM:0.0005〜0.004%
Mg:0.0001〜0.006%
のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
【0016】
(3) 常温において、ミクロ組織のマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相中に固溶する炭素量がモル分率にて1×10 -4 以上1×10 -3 以下であることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
【0017】
(4) ミクロ組織が常温においてマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相及びセメンタイトを含む微量の炭窒化相から成り、かつ、A3温度以上の高温領域において、FCC相中に固溶する平衡炭素濃度がモル濃度にて1×10 -4 以上1×10 -3 以下であるとともに、炭窒化物の体積分率が1×10 -5 以下であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
【0018】
(5) 上記(1)または(2)に記載の鋼成分からなる鋼片または鋳片を1100〜1250℃の温度範囲に再加熱後、1100℃以下での累積圧下量を30%以上として、Ae3温度以上の温度で圧延し、圧延終了後Ae3温度以上の温度から300℃以下までの冷却速度を2Ks -1 以上とすることを特徴とする溶接部靭性、条切り特性並びに経済性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼の製造方法。
【0019】
(6) 前記鋼成分に
質量%で更に、
Cr:0.05〜1.0%、
Mo:0.05〜1.0%、
Cu:0.05〜0.3%、
Ni:0.05〜0.3%、
V:0.005〜0.1%
の範囲で1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(5)に記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼の製造方法。
【0020】
【発明の実施の形態】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0021】
本発明が、請求項の通りに鋼組成および製造方法を限定した理由について説明する。
【0022】
Cは、鋼の溶接性に最も大きな影響を及ぼし、添加量が多くなるほど、溶接熱影響部において粗大な炭化物、あるいは局部的な過飽和部位を生成する傾向があり、溶接性を劣化の要因となるため、添加量は低いほど好ましい。しかし、必要以上にC量を低減することは、製鋼工程への負荷増とともに、強度確保の困難性、及び必要合金添加量の増加などのマイナス要因があるため、下限を0.02%とした。一方、上限は、上述に加え、圧延後加速冷却前オーステナイト温度域における固溶C量制御の観点から、適量の炭化物生成合金元素の添加にて、固溶C量制御が可能となる範囲として、0.05%未満とした。
【0023】
本発明鋼は、低C化により母材の焼入性が低下しているため、後述のように、オーステナイト域からの直接焼入れを実施しても、従来鋼と比較して、板厚方向における変態温度差異が小さく、冷却過程における熱的残留応力が発生しにくい特徴を有する。したがって、加速冷却ままで、焼き戻しによる残留応力除去処理を行わなくても、残留応力に起因して発生する条切り時のキャンバー発生を、非水冷材と比較して遜色ないレベルに抑制することが可能となる。
【0024】
すなわち、常温において、ミクロ組織のマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相中に固溶する炭素量をモル分率にて1×10-4以上1×10-3以下となるように成分を決定し、かつ、熱間圧延及びそれに引き続き実施される加速冷却工程の温度履歴を制御すれば、冷却過程における熱的残留応力が低減されるため、残留応力除去を目的とした焼き戻し処理を行うことなくキャンバー発生を抑制することが可能となる。
【0025】
さらに、加速冷却を適用して、上記の特性を有するマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相及びセメンタイトを含む微量の炭窒化相から成る組織を得るためには、加速冷却開始前のA3温度以上の高温領域において、FCC相中に固溶する平衡炭素濃度がモル濃度にて1×10-4以上1×10-3以下であるとともに、炭窒化物の体積分率を1×10-5以下としなければならない。
【0026】
強度に対して最も重大な影響を及ぼすBCC相中の固溶C及びNの固溶量は、例えば摩擦法によるスネークピーク測定により同定可能である。
【0027】
また、ある温度におけるBCC(マルテンシティックあるいはベイネティックフェライト)相中あるいはFCC(オーステナイト)相中の固溶C及びNの平衡固溶量は、市販の熱力学計算データベースソフトを利用することにより、添加合金元素量を用いて容易に算出可能である。
【0028】
Siは、脱酸上鋼に含まれる元素であるが、多く添加すると溶接性、HAZ靭性が劣化するため、上限を0.5%に限定した。鋼の脱酸はTi、Alのみでも十分可能であり、HAZ靭性、焼入性などの観点から低いほど好ましく、必ずしも添加する必要はない。
【0029】
Mnは、母材の強度、靭性を確保する上で有用な元素である。比較的安価な元素でもあるので、強度確保の観点から1.0%以上の添加を必須とする。上限については、多すぎる添加は連続鋳造スラブの中心偏析を助長したり、溶接性を劣化させるため3.0%に限定する。
【0030】
Pは、本発明鋼においては不純物であり、P量の低減はHAZにおける粒界破壊を減少させる傾向があるため、少ないほど好ましい。含有量が多いと母材、溶接部の低温靭性を劣化させるため上限を0.02%とした。
【0031】
Sは、Pと同様本発明鋼においては不純物であり、母材の低温靭性の観点からは少ないほど好ましい。含有量が多いと母材、溶接部の低温靭性を劣化させるため上限を0.01%とした。
【0032】
Alは、一般に脱酸上鋼に含まれる元素であるが、脱酸についてはSiまたはTiだけでも十分である。しかし、後述する理由により、過剰なNをAlNとして固定する目的のため、下限を0.01%に限定する。一方、Al量が多くなると鋼の清浄度が悪くなるだけでなく、溶接金属の靭性が劣化するので、上限を0.06%とした。
【0033】
Nは、不可避的不純物として鋼中に含まれるものであるが、後述するTiを添加した場合には、TiNを形成して鋼の性質を高めたり、Nb、V、Taと結合して炭窒化物を形成して強度を増加させる。この目的のためには、N量として最低0.001%含有することが望ましい。しかしながら、N量の増加はHAZ靭性、溶接性に対して有害であり、歪み時効性の観点からも本発明鋼においてはその上限を0.006%に限定した。
【0034】
Nbは、本発明においては不可欠な添加元素の一つである。第一の作用として、圧延に先立つ加熱時において全量あるいは一部を固溶させることで、オーステナイトの再結晶温度を上昇させ、熱間圧延時に制御圧延効果が得られることが挙げられる。また、本発明のように比較的低いC量で、しかも後述する圧延後300℃以下まで加速冷却実施後焼き戻しをしない鋼材において、ガス切断、線状加熱矯正、溶接などの再熱時の極端な軟化を防止することができる。これは、圧延ままの鋼材に存在するNb炭窒化物または再熱を受けることで微細析出したNb炭窒化物が、析出硬化として作用するためである。これらの効果を発揮する上で、少なくとも0.02%以上の添加が必須である。上限については、本発明のように比較的低いC量では、添加C量との等量以上の添加は、上述の析出強化については効果が飽和するため、期待される効果は固溶強化のみとなる。したがって、合金コストなどの経済性を勘案し、上限は、0.2%に限定した。また、再熱軟化の抑制と同様の理由及び高温における転位回復抑制の効果により、Nb添加は高温強度向上にも寄与する。
【0035】
Tiは、母材および溶接部靭性に対する要求が厳しい場合には、添加することが好ましい。なぜならばTiは、Al量が少ないとき(例えば0.003%以下)、Oと結合してTi23を主成分とする析出物を形成、粒内変態フェライト生成の核となり溶接部靭性を向上させる。また、TiはNと結合してTiNとしてスラブ中に微細析出し、加熱時のγ粒の粗大化を抑え圧延組織の細粒化に有効であり、また鋼板中に存在する微細TiNは、溶接時に溶接熱影響部組織を細粒化するためである。これらの効果を得るためには、Tiは最低0.005%必要である。しかし、マルテンサイトやベイナイト等の焼入組織からなる鋼においては、TiCの生成は母材及び溶接部の靭性を著しく劣化させることから、Nとバランスする量を上限とし、0.015%に限定した。
【0036】
次に、B、Ca、REM、Mgおよび必要に応じて含有することができるCr、Mo、Cu、Ni、Vの添加理由について説明する。
【0037】
基本となる成分に、さらにこれらの元素を添加する主たる目的は、本発明鋼の優れた特徴を損なうことなく、強度、靭性などの特性を向上させるためである。したがって、その添加量は自ずと制限されるべき性質のものである。
【0038】
Bはオーステナイト粒界に偏析してフェライトの生成を抑制することを介して焼入性を向上させ、空冷のような冷却速度が比較的小さい場合においても焼入組織を安定的に生成させるのに有効である。この効果を享受するため、最低0.0005%以上必要である。しかし、多すぎる添加は焼入性向上効果が飽和するだけでなく、旧オーステナイト粒界の脆化や靭性上有害となるB析出物を形成する可能性があるため、上限を0.003%とした。なお、タンク用鋼などとして、応力腐食割れが懸念されるケースでは、母材および溶接熱影響部の硬さの低減がポイントとなることが多く(例えば、硫化物応力腐食割れ(SCC)防止のためにはHRC≦22(HV≦248)が必須とされる)、そのようなケースでは焼入性を増大させる過剰なB添加は好ましくない。
【0039】
CaおよびREMは、MnSの形態を制御し、母材の低温靭性を向上させるほか、湿潤硫化水素環境下での水素誘起割れ(HIC、SSC、SOHIC)感受性を低減させる。これらの効果を発揮するためには、最低0.0005%必要である。しかし、多すぎる添加は、鋼の清浄度を逆に高め、母材靭性や湿潤硫化水素環境下での水素誘起割れ(HIC、SSC、SOHIC)感受性を高めるため、添加量の上限は0.004%に限定した。CaとREMは、ほぼ同様の効果を有するため、いずれか1種を上記範囲で添加すれば良い。
【0040】
Mgは、溶接熱影響部においてオーステナイト粒の成長を抑制し、細粒化する作用があり、溶接部の強靭化が図れる。このような効果を享受するためには、Mgは0.0001%以上必要である。一方、添加量が増えると添加量に対する効果代が小さくなるため、コスト上得策ではないので上限は0.006%としたが、好ましくは0.0002〜0.005%である。
【0041】
CrおよびMoは、母材の強度、靭性をともに向上させる。その効果を確実に享受できる最小量は0.05%である。特に、Mo添加は高温強度の向上にも寄与し、0.4%以上でその効果が顕著となる。しかし、両元素とも添加量が多すぎると母材、溶接部の靭性および溶接性を劣化させるため、それぞれの上限を1.0%とした。
【0042】
Cuは、過剰に添加しなければ、溶接性、HAZ靭性に悪影響を及ぼすことなく母材の強度、靭性を向上させる。これら効果を発揮させるためには、少なくとも0.05%以上の添加が必須である。特に、2.0%を超えると適当な再熱を受けた場合、析出硬化現象を示し再熱軟化抑制にも寄与する。しかし、過剰な添加は溶接性劣化に加え、熱間圧延時にCu−クラックが発生し製造困難となるため、上限を2.0%に限定したが、好ましくは上限は0.3%である。
【0043】
NiもCu同様、過剰に添加しなければ、溶接性、HAZ靭性に悪影響を及ぼすことなく母材の強度、靭性を向上させる。これら効果を発揮させるためには、少なくとも0.05%以上の添加が必須である。一方、過剰な添加は高価なだけでなく、溶接性に好ましくないため、上限を1.0%としたが、好ましくは上限は0.3%である。なお、Cuを添加する場合、熱間圧延時のCu−クラックを防止するため、前記添加範囲を満足すると同時に、Cu添加量の1/2以上とする必要がある。
【0044】
なお、Cu、Ni、Cr、Moの添加は、耐候性にも少なからず有利に作用する。
【0045】
個々の元素の添加量を上述の如く限定した上で、さらに、それらの総量規制とも言うべき炭素当量Ceq、溶接割れ感受性組成PCMもそれぞれ0.45%以下、好ましくは0.28〜0.45%、0.18%以下好ましくは0.12〜0.18%に限定する。Ceq、PCMはいずれも溶接性を表す指標として知られ、低いほど溶接性に優れるが、これらの上限は、溶接性に対して臨界的な意味合いをもつものではなく、本発明の特徴を明確にするために限定したものである。両指標とも成分で決まるため、強度とも比較的良い相関を有し、基本的には高張力化とは相反する。この点で、一般的な見地からは本発明のCeq、PCMの上限値は低いと言え、各合金元素を前記の通り限定し、さらに製造方法をも限定することで高張力化との両立を可能としたものである。それぞれの指標の下限値については、強度レベルによって変わるものであるが、一方で強度は板厚や後述する加速冷却条件(開始温度、停止温度および冷速など)によっても変わるほか、両指標に含まれない元素も強度に少なからず影響を及ぼすため、前記指標(Ceq、PCM)のみで一義的に決まるものではない。しかし、本発明者らの実験により比較的容易に高張力が得られることが確認された結果をもとに、前記の通り下限値を限定した。なお、溶接割れ感受性PCM及び炭素当量Ceqは、下記式で定義される。
Figure 0004264296
そして請求項中で規定する鋼成分に含まれない元素は上記式中の元素の値を0とする。
【0046】
Vは、Nbとほぼ同様の作用を有するものであるが、Nbに比べてその効果は小さい。また、VはCeq、PCMの定義式にも含まれることからも分かるように溶接性、焼入性にも影響を及ぼすとともに、Vは高温強度向上にも寄与する。Nbと同様の効果は0.005%未満では効果が少なく、上限は0.1%まで許容できるが、好ましくは0.01〜0.05%である。
【0047】
鋼成分を前記の通り限定した上で、さらに製造方法を本願発明の通り限定する理由について以下に説明する。
【0048】
まず、前記鋼成分を有する鋳片または鋼片に対し、圧延に先立つ加熱温度は1000〜1250℃に限定する。構造用鋼においては、強度と靭性をバランスよく両立させることが、多くの場合、最大の課題の一つとなっており、組織の微細化がその有効な解決手段の一つである。加熱時のオーステナイト粒を小さくすることは、圧延組織の微細化を図る上でも有効で、本発明が加熱温度の上限として規定する1250℃は加熱時のオーステナイトが極端に粗大化しない温度である。加熱温度がこれを超えるとオーステナイト粒が粗大混粒化し、変態後の組織も粗大化するため鋼の靭性が劣化する。一方、加熱温度を低温とした場合、加熱オーステナイト粒の細粒化の点では有利であるが、圧延負荷大きくことに加え、製品板厚によっては後述する圧延終了温度(Ae3温度以上)の確保が困難となる。また、圧延に先立つ加熱時にNbを少なくとも一部を溶体化させることで、オーステナイトの再結晶温度を上昇させ、熱間圧延時の制御圧延の効果を発揮させるとともに、圧延後の鋼板に対し、再熱を受けた際にNb炭窒化物として微細析出する余地を残し再熱軟化防止・抑制を図る上でも、加熱の下限を1100℃に限定した。
【0049】
前記温度範囲に再加熱した鋳片または鋼片を、圧延では1100℃以下での累積圧下量を30%以上としてAe3温度以上で熱間圧延を終了する必要がある。1100℃以下での累積圧下量が少ない場合、圧延オーステナイトの細粒化が不十分となり、靭性確保が困難なためである。また、圧延終了温度がAe3を下回ると、とくにオーステナイト粒径が微細な場合には、オーステナイト/フェライト変態が始まる可能性が高まり、フェライト分率が過剰となると、強度と靭性のバランス確保が困難となるため、圧延終了温度はAe3温度以上に限定する。
【0050】
Ae3温度は、フォーマスター試験による温度−膨張率測定により簡易に同定可能である。
【0051】
また、Ae3温度は、市販の熱力学計算データベースソフトを利用しても、容易に算出可能である。
【0052】
圧延後は、Ae3温度以上のオーステナイト域から、オーステナイト(FCC)相中に固溶する平衡炭素濃度がモル濃度にて1×10-4以上1×10-3以下となる状態から、300℃以下の温度まで冷却速度を2Ks-1以上として冷却する。一般に、9mm以上の板厚に対しては、当該温度範囲において、2Ks-1以上の冷却速を確保するためには、水冷による加速冷却を適用する必要がある。圧延後の冷却速度を2Ks-1とすることにより、フェライト変態を抑制し、組織を微細化するとともに、適量の過飽和C量を確保し、鋼を強靭性化することが可能となる。加速冷却を適用する場合、加速冷却の開始温度は、Ae3温度を下回るとオーステナイト/フェライト変態が進行し、強度確保が困難となるため、Ae3温度以上に限定した。また、加速冷却終了温度は、強度上、300℃以下とする必要がある。300℃以上の温度域にて冷却速度が2Ks-1以上、あるいは、加速冷却適用材に対して加速冷却終了温度が300℃以上となると、微量の過飽和Cが析出し、強度が低下する。一方、添加C量が比較的低い本発明鋼においては、そのような低温まで加速冷却しても必要以上に焼きが入ることはなく、加速冷却ままで、焼き戻し処理を行わなくても材質上の問題はない。
【0053】
さらに、本発明鋼は、低C化により母材の焼入性が低下しているため、オーステナイト域からの直接焼入れを実施しても、従来鋼と比較して、板厚方向における変態温度差異が小さく、冷却過程における熱的残留応力が発生しにくい特徴を有する。したがって、加速冷却ままで、焼き戻しによる残留応力除去処理を行わなくても、残留応力に起因して発生する条切り時のキャンバー発生は、非水冷材と比較して遜色ないレベルである。
【0054】
基本となる成分は、多量の合金元素を含まず、また、製造プロセスは、基本的に熱処理を含まないため、本発明鋼は、安価なコストにて製造可能であり、極めて経済性に優れた鋼であると言える。
【0055】
【実施例】
転炉−連続鋳造−厚板工程で種々の鋼成分の鋼板(厚さ12〜100mm)を製造し、その機械的性質を調査した。
【0056】
表1に比較鋼とともに本発明鋼の鋼成分を、表2に鋼板の製造条件および強度、靭性の調査結果を示す。
【0057】
【表1】
Figure 0004264296
【0058】
【表2】
Figure 0004264296
【0059】
本発明法に則った成分および製造方法による鋼板(本発明鋼)は、すべて良好な特性を有する。これに対し、鋼成分や製造条件が本発明の限定範囲を逸脱する比較鋼は、強度あるいは靭性が明らかに劣っている。
【0060】
すなわち、比較例21では、C量が高いため焼きが入りすぎ、引張時の応力−歪み曲線が極端にラウンドとなって引張強さの割に降伏強さが低い。また、Tiが添加されていないこともあって、靭性が本願発明鋼に比較して劣る。比較例22は、Mn量が低く、Ceq、PCMも低いため強度が低く、1000℃以下の累積圧下量も低いため、C量は低いが本願発明鋼に対して靭性が劣る。比較例23は、Nbが添加されていないため圧延時の制御圧延の効果が十分ではなく、細粒化が不十分となって、靭性に劣る。また、Bが添加されており、Ceqも高いため、加速冷却停止温度が高いが引張強さは十分である。ただし、引張時の応力−歪み曲線が極端にラウンドとなって引張強さの割に降伏強さが低い。比較例24では、C量が低く、圧延終了温度、加速冷却開始温度も低いため、Ceq、PCMは適正であるが、強度が低い。また、vTrsは概ね良好であるが、シャルピー破面にはセパレーションがみられ、吸収エネルギーは低い。なお、Cu添加量に対してNi添加量が低いため、熱間圧延時にクラックが生じ、製造が困難となった。
【0061】
なお、溶接性は、比較例の一部にCeqが極めて高い例があるが、基本的には本願発明例、比較例ともPCMを低く設計しているため、いずれもまったく問題ない。
【0062】
【発明の効果】
本発明により、靭性および溶接性などの基本性能とともに、条切り特性並びに経済性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼の提供が可能となった。当該鋼は、焼き戻し処理のない加速冷却ままのプロセスにて製造される。熱処理工程がないため、再熱軟化も小さく、溶接構造用鋼としての各種用途向けに優れた性能を発揮する鋼材が、短工期で、大量かつ安価に供給できるようになった。さらに、このような鋼材を用いることにより、各種の溶接鋼構造物の安全性を一段と向上させることが可能となった。

Claims (6)

  1. 鋼成分が質量%で、
    C:0.02%以上0.05%未満、
    Si:0.5%以下、
    Mn:1.0〜3.0%、
    P:0.02%以下、
    S:0.01%以下、
    Nb:0.02〜0.2%、
    Al:0.01〜0.06%、
    Ti:0.005〜0.015%、
    N:0.006%以下、
    かつ、
    CM=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr/20+ Mo/15+V/10+5B
    と定義される溶接割れ感受性組成PCMが0.18%以下で、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
  2. 質量%で更に、
    B:0.0005〜0.003%、
    Ca:0.0005〜0.004%、
    REM:0.0005〜0.004%
    Mg:0.0001〜0.006%
    のいずれか1種または2種以上を含有することを特徴とする溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
  3. 常温において、ミクロ組織のマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相中に固溶する炭素量がモル分率にて1×10-4以上1×10-3以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
  4. ミクロ組織が常温においてマルテンシティックあるいはベイネティックフェライト(BCC)相及びセメンタイトを含む微量の炭窒化相から成り、かつ、A3温度以上の高温領域において、FCC相中に固溶する平衡炭素濃度がモル濃度にて1×10-4以上1×10-3以下であるとともに、炭窒化物の体積分率が1×10-5以下であることを特徴とする請求項1〜のいずれかに記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼。
  5. 請求項1または2に記載の鋼成分からなる鋼片または鋳片を1100〜1250℃の温度範囲に再加熱後、1100℃以下での累積圧下量を30%以上として、Ae3温度以上の温度で圧延し、圧延終了後Ae3温度以上の温度から300℃以下までの冷却速度を2Ks-1以上とすることを特徴とする溶接部靭性、条切り特性並びに経済性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼の製造方法。
  6. 前記鋼成分に
    質量%で更に、
    Cr:0.05〜1.0%、
    Mo:0.05〜1.0%、
    Cu:0.05〜0.3%、
    Ni:0.05〜0.3%、
    V:0.005〜0.1%
    の範囲で1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項5に記載の溶接部靭性、条切り特性に優れた低降伏比570MPa級高張力鋼の製造方法。
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