本発明は、鉄骨造の躯体を持った建物に於ける屋根やベランダの上部に上階を増築する際に有利な増築部の躯体構造に関し、特に、増築を進める際に屋根やベランダに於ける壊すべき部位の面積を可及的に小さくし得るようにした増築部の躯体構造に関するものである。
住宅では屋根やベランダの上部を居室にする所謂増築を行うことがある。一般的な住宅に於ける梁は、増築を見込んで設計されることはなく、当初の設計で、上部構造が屋根であるか或いはベランダであるかに応じて設定される荷重に対し最適な強度を発揮し得るように構成されている。このため、上部に単位面積当たりの設計荷重が増加する例えば居室を増築する場合、現在の梁(既存梁)を補強することが必須となる。
既存梁を補強する場合、内装の一部(主として天井)を撤去して既存梁そのものを交換する方法或いは既存梁の下側に補強用の梁(補強梁)を沿わせて補強する方法、既存梁の上部にある屋根やベランダを撤去して露出させた既存梁の上部に補強梁を沿わせて補強する方法(例えば特許文献1参照)、既存柱の上部に溶接等の手段で固定した継ぎ柱に単独で目的の増築に耐え得る強度を持った新たな梁を接続する方法、等の方法があり、これらの方法が選択的に採用されている。前記各方法は何れも、増築部の下階の居室部分の天井や屋根或いはベランダを略全面にわたって撤去するような作業を必要としている。
特許文献1に記載された技術は、平屋の軽量鉄骨造建物に2階を増築する際に利用する接合金具に関するものであり、1階柱の上端側面に1階梁の端面をボルト接合しておき、1階柱の上端面に2階柱受け金具をボルトで固定すると共に下端部に2階梁をボルト接合した2階柱を固定し、更に、1階梁と2階梁のフランジどうしをボルトを用いて接合したものである。即ち、この技術では、平屋の屋根部分を撤去して1階梁を露出させ、この梁の上部に2階梁を沿わせて両端を2階柱の側面に、下フランジを1階梁の上フランジに夫々結合させたものである。
増築工事を行う場合、建物の住人が居住し続けることが可能であるか否かという点は重要なことである。即ち、増築前の建物に居住している住人は増築工事中であっても居住し続けることが可能であれば、引っ越しに伴う費用の発生をなくして有利である。このため、増築工事を建物の外部(上部構造の更に上部)から行うこと、既存梁の補強や増築部の柱を設置する際に外壁や屋根或いはベランダの破壊を可及的に小さくすることが好ましい。
しかし、前述した従来の方法では、下階の内装(主として天井)を撤去することから工事期間中、この下階に居住し続けるのが困難となるという問題や、既存梁に補強梁を添わせることから下階の天井高さが低くなって居住性を損なうという問題が生じる。また既存梁の上部に補強梁を添わせた構造としても、屋根やベランダを撤去することが必要であり、工事期間中下階に居住し続けるのが困難となる。
また既存柱の上端に継ぎ柱を溶接してこの継ぎ柱に単独で増築部の荷重を負担することが出来る梁を接続した構造であっても、継ぎ柱を既存柱に溶接するための作業スペースを確保するには既存柱の上端部分の周辺にある外壁や屋根,ベランダを大きく撤去することが必要であり、工事期間中下階で居住し続けることが困難となる。特に、継ぎ柱に接続する梁は単独で増築部の荷重を負担することから、既存梁は構造上何ら寄与しないこととなり、無駄が生じることとなる。また溶接による接合の場合、強度は作業員の技量によって大幅な変動があることが多く、現場溶接の品質を管理することは困難な部類に属する。このため、現場での溶接作業を排除した工事とすることが好ましい。
本発明の目的は、増築に際して既存の建物の解体部位を可及的に少なくし、且つ既存梁の強度も増築部の荷重の負担に寄与し得るようにした合成梁と、増築部の躯体構造を提供することにある。
上記課題を解決するために本発明に係る合成梁は、既存梁を利用して上階を増築する際の増築部の躯体構造であって、既存梁に取り付けられ所定の高さを持った束と、前記既存梁に沿って配置されると共に前記束に取り付けられた新設床梁と、からなるものである。
また本発明に係る増築部の躯体構造は、既存梁を利用して上階を増築する際の増築部の躯体構造であって、既存梁の直上の水平面構成部材に該既存梁に沿って形成された複数の孔に配置されると共に該既存梁に取り付けられ上部取付片が前記水平面構成部材よりも高い位置にある束と、前記既存梁に沿って配置されると共に前記束に取り付けられた新設梁と、既存柱の直上の水平面構成部材に形成された孔に配置され該既存柱に対し水平移動が拘束されて接合された新設柱と、を有し、前記新設柱の側面に前記新設梁の端部をボルト接合したものである。
ここで、水平面構成部材とは、屋根やベランダの水平面(略水平な面を含む)を構成する部材をいう。しかし、既存の屋根の場合、屋根面が必ずしも平坦である必要はなく、水平な面を構成する部材を有するものであれば含むものである。例えば水平なパネルの上部に木造等で勾配屋根の架構が形成されている場合であっても、該水平なパネルを含む部分を水平面構造部材として認識することが出来る。
上記増築部の躯体構造に於いて、新設柱の下端部が、既存柱に載置される載置片と、既存柱に載置されたとき該既存柱の側面に接続された縦材(ガセットプレート)を嵌合する嵌合片とを有して構成されることが好ましい。
上記合成梁では、既存梁と、該既存梁に束を介して取り付けた新設床梁(以下「補強用の梁」という)とによって構成されるため、補強用の梁の上部に構成される増築部の荷重を該補強用の梁から束及び既存梁を介して既存柱に伝達することが出来る。このため、束によって既存梁と新設梁が構造的に一体となり、各々の梁が荷重を負担するので、増築部の荷重を単独で負担し得るような性能を持った梁を用いる場合と比較して補強用の梁のせいを低くすることが出来る。従って、増築部の居室の床の厚さを可及的に薄くして室内空間の高さを確保することが出来る。
また上記増築部の躯体構造では、既存梁に取り付けた束の上部取付片が水平面構成部材よりも高い位置にあるため、該上部取付片に取り付けた新設梁(以下「補強用の梁」という)は水平面構成部材に干渉することがない。即ち、既存梁毎に該既存梁の直上の水平面構成部材に束を挿入し得る程度の孔を少なくとも2個形成することで、該既存梁に沿って補強用の梁を取り付けることが出来る。従って、増築に際し水平面構成部材を最小限度破壊することで、増築部の補強用の梁を設置することが出来る。
補強用の梁の端部が既存柱の直上に配置されると共に水平方向の移動が拘束された新設柱の側面にボルト接合されることによって、増築部に水平力が作用した場合、この力に関わらず、新設柱及び補強用の梁が水平移動することがなく、強度を保持することが出来る。また水平力により新設柱に上方への力(引き抜き力)が作用したとき、この力は新設柱から補強梁,束を介して既存梁,既存柱に伝達され、該既存柱によって支持される。従って、増築部に水平力及び上方への力が作用しても、これらの力に対抗することが出来る。
特に、新設柱の下端部に設けた嵌合片を、既存柱の上端部分の側面に接続される二方向或いは三方向の既存梁に対応する縦部材に嵌合させることで、新設柱の水平方向への移動を拘束することが出来る。即ち、既存柱に新設柱を載置すると共に嵌合片を縦部材に嵌合するという簡単な作業で新設柱を設置することが出来、且つこの新設柱に新設梁をボルト接合することで、溶接手段を排除して増築部の躯体を構成することが出来る。
また既存柱に新設柱を接続する場合、或いは新設柱に補強用の梁を接合する場合、溶接作業を排除しているため、作業員の技能に左右されることなく接合部の品質を安定して保持することが出来る。
本発明に係る合成梁は、既存の建物の屋根部分或いはベランダ部分を支持する鉄骨造の躯体を構成する既存梁に鋼製の束を介して鋼製の補強床梁,補強梁からなる補強用の梁を添わせて一体化したものである。
既存梁は当初の建物に設定された負荷荷重を支持し得るのに充分な強度と剛性を有する鋼製の梁として構成されている。従って、既存梁の両端は通し柱を含む既存柱の側面に所定の構造(例えばボルトを利用して)で固定されている。既存梁の形状については特に限定するものではないが、上部にフランジを含む平坦面を有することが必要である。即ち、既存梁としては、H形鋼や、一対のC形鋼或いは溝形鋼を背合わせにして一体化した鋼材、更には山形鋼と平板とを組み合わせて上部フランジを形成した鋼材等の鋼材であって良い。
束は既存梁に補強用の梁を取り付ける機能を有するものであり、単に合成梁を構成する場合には形状や高さを限定するものではない。しかし、増築部の既存梁に合理的に補強用の梁を取り付けることを目的とした場合、束の高さは、該束を既存梁に取り付けたとき上部に設けた補強用の梁を取り付けるための部材(上部取付片)が既存梁の直上に構成されている屋根やベランダの略水平な面を構成する部材(水平面構成部材)の上面と略等しいか或いは上面よりも高い位置にあることが好ましい。
既存梁に取り付ける束の数は2個或いは2個以上であれば良く、数量を限定するものではない。特に、既存梁が短く或いは既存梁に添わせた補強用の梁に分布荷重が作用するような場合には2個の束を利用することが好ましく、補強用の梁に集中荷重が作用するような場合には該荷重の作用点、或いは補強用の梁の略中央の位置にも束を配置することが好ましい。
既存梁に取り付ける2個の束の位置は、該既存梁の端部に可及的に接近した位置であることが好ましい。このように、束を既存柱に接近させた既存梁に取り付けることで、補強用の梁の端部付近で引き抜き力がかかった場合に合成梁として機能することが可能となる。
補強用の梁は、増築部の荷重を支持すると共に束を介して既存梁に伝えるものである。従って、補強用の梁は前記機能を有するものであれば良く、断面形状や寸法を限定するものではない。特に、増築部では既存梁に束を介して取り付けられるため、この束の高さ分増築部の床面レベルが高くなり、天井高さを既存の居室の天井と同じ高さとすると増築部の居室に於ける床面から天井面までの高さが小さくなる。従って、補強用の梁のせいは低い程好ましい。
上記の如く、既存梁に取り付けた束に補強用の梁を取り付けて構成した合成梁では、補強用の梁に作用する荷重を補強用の梁単独で負担することがないため、補強用の梁を構成する鋼材を必要以上に大きくすることなく、合理的な構造とすることが可能である。
また本発明に係る増築部の躯体構造は、増築部に対応する既存梁の直上の水平面構成部材に既存梁に沿って複数の孔を形成しておき、この孔に束を配置して既存梁に取り付けると共に束に補強用の梁を取り付け、更に、既存柱の直上の水平面構成部材に孔を形成して増築部の柱となる新設柱を水平方向への移動を拘束して載置することで取り付け、この新設柱の側面に補強用の梁の端部をボルト接合したものである。
一般的な鉄骨造の建物、特に住宅を対象とする中低層建物では、梁は負担すべき荷重や力に対抗し得るように合理的な断面性能を持って設計される。また柱も同様に合理的な断面性能を持って設計されるものの、加工性を含む生産上の観点から設定されることが多く、例えば2階部分が載置されていない部位の柱であっても2階部分が載置された部位の柱と同一断面(同一強度)を有することが多い。即ち、既存柱に接合された既存梁の上部に増築する場合、既存梁は補強する必要が生じるが、既存柱は特別な補強を必要としないことが多い。
従って、本発明に係る増築部の躯体構造も既存梁を補強する構造に関するものであり、既存柱の補強は含まないものとする。
本発明は、増築すべき部位が略水平な陸屋根やベランダのように、該増築すべき部位に配置されている既存梁の直上に配置されている水平面構成部材によって平坦な面が形成されている場合に有利である。しかし、屋根は必ずしも略水平な面が形成された陸屋根にもに適用されるものではなく、例えば水平に配置された軽量気泡コンクリート(ALC)パネルを有し、該ALCパネルの上部に木造等によって勾配屋根の架構が形成されている場合には、前記ALCパネルを水平面構成部材として機能させることが可能である。このような水平面構成部材を有する場合、この水平面構成部材が増築工事を進行させてゆく際に居室と外部とを隔離する隔離部材として機能し、増築工事の際の降雨や騒音の居室内への侵入を最小限に抑えることが可能となる。特に、ALCパネルの上部に設けた勾配屋根の部位を増築する際には、勾配屋根の架構のみを撤去し、ALCパネルを隔離部材として残したまま、増築工事を進めることが可能である。
上記躯体構造に於いて、既存梁の直上に配置されている水平面構成部材は何ら限定するものではなく、目的の建物に於ける当初の水平面構成部材であって良い。この水平面構成部材としては、軽量気泡コンクリート(ALC)パネルを利用して構成されたものであると好ましいが必ずしもALCパネルである必要はない。
既存梁の直上にある水平面構成部材に該既存梁に沿って形成される孔は、2個或いは2個以上形成され、束を挿入して該束を既存梁に取り付ける作業を実施し得る程度の径があれば良い。束の既存梁に対する取付構造は特に限定するものではなく、ボルト,ナットを利用する構造であって良い。しかし、ワンサイドファスナーと呼ばれる一方向からの作業でボルトを締結し得る締結具を利用することが好ましい。このようなワンサイドファスナーを利用する場合、水平面構成部材に形成される孔は、束の下端に設けた既存梁に対する下部取付片の寸法よりも僅かに大きい径を有することが好ましい。このように、束の下部取付片の寸法よりも僅かに大きい径を持った孔を利用することで、増築部の下に存在する居室に対する迷惑度を可及的に軽減することが可能である。
水平面構成部材に孔を形成するには、該水平面構成部材を構成する材料を加工するのに最適な工具を用いることが好ましい。例えば、水平面構成部材がALCパネルを利用して構成されたものの場合、予め設定された径を持ったホールソーを用いることで、容易に孔を形成することが可能である。
束は既存梁に取り付けられると共に上部に補強用の梁を取り付ける機能と、補強用の梁に作用する荷重を既存梁に伝える機能を有し、特に、既存梁に取り付けられたとき、上部に設けた上部取付片が既存梁の直上にある水平面構成部材の上面よりも高い位置となるような高さを有している。
束を既存梁に取り付ける構造は特に限定するものではなく、例えば鉄骨造のプレハブ住宅のように、予め既存梁のフランジに建物に設定されたモジュールに従って孔が形成されている場合、この孔を利用することが好ましい。また既存梁に孔が形成されていない場合には、現場加工を施すことが必要となる。
このため、束は、既存梁に取り付けられる下部取付片と、補強用の梁を取り付ける上部取付片と、両取付片を接続すると共に予め設定された高さに保持する起立片とによって構成されることが好ましい。特に、束を既存梁に取り付ける際にワンサイドファスナーを利用して水平面構成部材の上面側からの作業を行うような場合、下部取付片にワンサイドファスナーを締結する孔を形成すると共に上部取付片の前記孔と対向する位置にワンサイドファスナーを貫通させる孔を形成しておくことが好ましい。このような束は、フラットバーを組み合わせ、或いはフラットバーと形鋼を組み合わせて構成することが可能である。
上記の如く、束を既存梁に取り付けたとき、該束の上部取付片が既存梁の直上にある水平面構成部材の上面よりも高い位置にあることによって、この上部取付片に補強用の梁を載置したとき、補強用の梁の下面が水平面構成部材に干渉することがない。従って、水平面構成部材に孔以外の追加工を施すことなく、増築部の補強用の梁を設置することが可能となる。
上記の如く、束の高さは、上部取付片が水平面構成部材の上面よりも高くなれば良いため、特に数値として限定するものではない。しかし、束の高さが高くなるのに従って該束に取り付けた補強用の梁の上面の高さも高くなることとなり、これに伴って増築部の居室の高さが制限される虞が生じる。このため、束は既存梁に取り付けたとき、上部取付片が該上部取付片に補強用の梁を取り付ける作業を円滑に進行し得る程度、水平面構成部材の上面よりも高くなる位置にあるように設定されることが好ましい。
補強用の梁は、増築部の荷重を支持すると共に該荷重を束,既存梁を介して既存柱に伝える機能を有する。補強用の梁は既存梁と共に合成梁としての性能を発揮するものであり、増築部の配置位置に於ける負担荷重に対する断面性能を持った合成梁として設計され、その後、この合成梁の断面性能から既存梁の断面性能を除いた断面性能を有する梁として設定される。従って、補強用の梁は、増築部の配置に於ける負担荷重を単独で支持する梁と比較すると小さい断面積とせいを有する。
上記の如く、補強用の梁は既存梁と共に増築部に作用する荷重や力を支持し得る合成梁としての機能を発揮し得るものであれば良く、断面形状や寸法を限定するものではない。このため、既存梁がH形鋼によって構成されている場合であっても、補強用の梁が必ずしもH形鋼である必要はなく、C形鋼とフラットバーとを組み合わせて角パイプ状に形成したものであっても良く、リップ溝形鋼を対向させて組み合わせて形成したもの等を選択的に採用することが可能である。
補強用の梁は、端部が既存柱に水平方向の移動を拘束された新設柱の側面にボルト接合される。即ち、補強用の梁の端部が新設柱にボルト接合されることによって、新設柱に作用する引き抜き力を補強用の梁に伝え得るように構成されている。そして、補強用の梁は、端部が新設柱にボルト接合されて新設柱に掛かる力を、束,既存梁を介して既存柱に伝えている。
補強用の梁は少なくとも一方の端部が新設柱に接合されるものの、必ずしも両端が新設柱に接合されるものではなく、他方の端部が既設の建物を構成する通し柱に接合ざれることもある。即ち、増築部がベランダやペントハウスに繋がる屋上であるような場合、ベランダに面した居室を構成する通し柱やペントハウスを構成する通し柱が存在する。このような場合、増築部の補強用の梁をこの通し柱に接合することが好ましい。
増築部の外周部に配置される補強用の梁ではブレースが設けられることがある。この場合、耐震要素を構成する柱の取付部で、或いは柱の取付部の位置に関わらず略中央で、束を介して補強用の梁と既存梁とを接続しておくことが好ましい。このように、補強用の梁に荷重の作用点が存在する場合、該作用点毎に、或いは補強用の梁の略中央に束を配置しておき、この束を介して既存梁と補強用の梁を接続することで、補強用の梁と既存梁とからなる合成梁としての機能をより好ましく発揮させることが可能となる。
新設柱は、既存柱の上部に水平方向への移動を拘束された状態で載置される。この新設柱の断面性能は増築部の荷重や作用する力に対抗し得るものであれば良く、既存柱と同じであるか否かを問うものではない。しかし、既存柱の上端に載置して用いるものであることから、該既存柱と同じ断面形状を持った材料によって構成されていることが好ましい。
既存柱の上端部に載置した新設柱の水平方向への移動を拘束する手段としては、例えば既存柱の上端付近の余剰のボルト孔にボルト接合する方法や、既存柱の上端部の側面に接続されるガセットプレートに嵌め込む方法があり、夫々選択的に採用することが可能である。
上記の如く、新設柱を既設柱の上端部に水平方向への移動を拘束して載置して増築部を構成することによって、増築部に水平方向の力が作用しても、この力によって新設柱が移動することはなく、この水平方向の力は補強用の梁から束,既存梁を介して既設柱に伝えられて支持される。また増築部に上方への力が作用したとき、この力は補強用の梁から束,既存梁を介して既設柱に伝えられて支持される。
次に本発明に係る増築部の躯体構造を図を用いて説明し、合わせて合成梁の構成を説明する。図1は増築部を説明するためのキープランを示す図である。図2は増築部の躯体構造を説明する展開斜視図であり、図1のII−II矢視図である。図3は補強梁と既存梁及び既存柱と新設柱との接合関係を説明する図である。図4は束の構成を説明する図である。図5は新設柱の柱脚部の構成を説明する拡大図と斜視図である。図6は補強床梁の構成を説明する図である。
図1は、既存の建物に於けるベランダに既存上階2と連続した増築部1を構成する際の一部のキープランの例を示している。このプランでは、X2〜X4の通りとY2,Y3の通りの交点3には既存上階2を構成する通し柱3が設けられており、X1の通りとY1〜Y3の通りの交点4、及びX2〜X4の通りとY1の通りの交点4はベランダ1の外周に相当し、管柱(既存柱4)が設けられている。
増築部1の外周を囲む位置には外通り梁としての合成梁Aが構成され、増築部1の内部には中通り梁としての合成梁Bが構成されている。また選択された合成梁Aに耐震要素Cが構成されている。
外通り梁を構成する合成梁Aは、増築部1の外壁に含まれた状態で構成される。このため、せいが高くとも増築部1の居室高さに影響を与えることがなく、高い断面性能を持った合成梁Aを構成することが可能である。また中通り梁を構成する合成梁Bは、増築部1の居室部分に配置される。このため、合成梁Bのせいの高さは居室高さに影響を与えることとなり、低いせいで可及的に断面性能を高めて構成されている。(以下、合成梁Aを構成する補強用の梁を補強梁といい、合成梁Bを構成する補強用の梁を補強床梁という)
次に、増築部1の外周部の立面の構成について、図2のX4通りのY1,Y2の架構により説明する。増築部1のY2通りには既存上階2を構成する通し柱3が存在しており、Y1の通りには既存柱4が存在している。X4通りに沿って合成梁Aを構成する既存梁11が配置されており、この既存梁11の一方の端部は通し柱3の側面に接合され、他方の端部は既存梁4に接合されている。既存梁11の上部フランジ11aには、ベランダの床を構成する水平面構成部材31が載置されている。この水平面構成部材31は、ALCパネル31aと、ALCパネル31aの上面に施工された防水モルタル31bと、防水モルタル31bの上部に施工された防水シート31cとによって構成されている。
既存梁11の上面であって長手方向の両端部の近傍及び略中央に夫々束21が配置されると共に既存梁11に取り付けられている。既存梁11に取り付けられた束21に補強梁12が取り付けられており、該補強梁12の一方の端部が既存柱4の上端に載置した新設柱13にボルト14によって接合され、他方の端部が通し柱3にボルト14によって接合されている。そして束21を介して取り付けた既存梁11と補強梁12とによって合成梁Aが構成されている。
増築部1の天井に相当する位置には上部梁32が配置されており、該上部梁32の一方の端部が新設柱13に、他方の端部が通し柱3に夫々接合されている。更に、補強梁12と上部梁32の間であって予め設定された位置に耐震要素Cが構成されている。この耐震要素Cは、一対の柱33と、該柱33を斜めに連結したブレース34とによって構成されている。尚、本発明では耐震要素Cの構成については何ら限定するものではない。
次に、既存梁11に束21を介して補強梁12を取り付けると共に該補強梁12の端部を新設柱13、通し柱3に接合する構成について図3〜図5により説明する。尚、図3に於いて、同図(a)は耐震要素Cが通し柱3に接近して配置されており、これに伴って柱33が通し柱3の近傍に位置する際の構成を説明する図であり、同図(b)は耐震要素Cが新設柱13に接近して配置されており、これに伴って柱33が新設柱13の近傍に位置する際の構成を説明する図である。この構成では、補強梁12の一方側の端部は通し柱3にボルト14によって接合され、他方の端部は既存柱4の上端に載置された新設柱13にボルト14によって接合される。
既存梁11はH形鋼として構成されており、ウエブ11bの両端に夫々ブラケット11cが固着されている。また通し柱3の所定位置、既存柱4の上端部に於ける所定位置には、ブラケット11cと接合される縦材22aを有する取付金物22がボルト14によって接合されており、既存梁11のブラケット11cを取付金物22の縦材22aにボルト14によって締結することで、各柱3,4に既存梁11が取り付けられている。この既存梁11の上フランジ11aには、予め設定されたピッチ(建物に設定されたモジュール寸法)で複数の穴11dが形成されている。
既存梁11の上フランジ11aに載置された水平面構成部材31であって、上フランジ11aに形成された穴11dと対応し且つ選択された位置に、ALCパネル31a,防水モルタル31b,防水シート31cを貫通する孔31dが形成されている。この孔31dには束21が配置されると共に既存梁11の上フランジ11aに取り付けられている。束21は上フランジ11aに対しワンサイドファスナー23によって取り付けられている。
束21は、図4に示すように、正面視が略T字型で側面視が略ロ字状の金物として構成されている。束21の下端部には既存梁11の上フランジ11aに取り付けられる下部取付片21aが形成されており、該下部取付片21aから起立片21bが起立し、上端部に補強梁12を取り付ける上部取付片21cが形成されている。特に、下部取付片21aにはワンサイドファスナー23を挿通するための複数のボルト穴21dが形成されており、上部取付片21cのボルト穴21dと対向する位置には夫々ワンサイドファスナー23の頭部を貫通させると共に該ワンサイドファスナー23を締結する工具を挿通するための穴21eが形成されている。また上部取付片21cの所定位置には、補強梁12を取り付ける際にボルトを締結するためのタップ穴21fが形成され、該タップ穴21fは補強片21gによって補強されている。
束21の高さは、下部取付片21aを既存梁11の上フランジ11aに載置して取り付けたとき、上部取付片21cが水平面構成部材31を構成する防水シート31cの上面よりも高くなるような値を有している。また束21が略パイプ状に形成されるため高い剛性と耐座屈性能を有し、上部取付片21cに補強梁12との間に荷重や力を伝える場合であっても、充分に対抗することが可能である。
束21は、既存梁11に於ける両端部の近傍に夫々配置され、必要に応じて該既存梁11の略中央部、或いは補強梁12に取り付ける柱33に対応する位置に配置される。例えば本実施例では、既存梁11の端部に配置された束21は、通し柱3,既存柱4の中心からモジュール寸法と等しい位置に配置されると共に、上フランジ11aの前記位置に形成されている穴11dを利用してワンサイドファスナー23を挿通することで、既存梁11に取り付けられている。
束21の上部取付片21cに補強梁12が載置され、ボルト14をタップ穴21fに締結することで取り付けられている。補強梁12の両端部には夫々縦方向に配置した接合プレート12aが設けられており、該接合プレート12aを介して通し柱3,新設柱13に接合し得るように構成されている。
通し柱3の所定位置には、補強梁12に設けた接合プレート12aと接合される接合片23aを設けた接合金物23がボルト14によって固定されている。また既存柱4の上端に水平方向への移動を拘束されて載置された新設柱13の下端側の所定位置にも、補強梁12に設けた接合プレート12aと接合される接合片24aを設けた接合金物24がボルト14によって固定されている。そして通し柱3,新設柱13に固定した接合金物23,24の接合片23a,24aに補強梁12の接合プレート12aを対向させてボルト14によって締結することで、補強梁12は通し柱3,新設柱13に接合されている。
上記の如く、通し柱3と既存柱4に両端が接合された既存梁11と、該既存梁11に束21を介して取り付けられると共に一方の端部が通し柱3に他方の端部が新設柱13に接合された補強梁12とによって合成梁Aが構成される。この合成梁Aでは、既存梁11と補強梁12の両端が夫々通し柱3,既存柱4、通し柱3,新設柱13に接合され、且つ束21を介して互いに一体化して構成されることから、既存梁11,補強梁12夫々単独での断面性能が飛躍的に改善され、高い剛性を持った梁としての機能を発揮することが可能となる。
新設柱13は既存柱4の上端に水平方向への移動が拘束された状態で載置されている。即ち、新設柱13は、柱脚部分が既存柱4の上端部分に於ける二方向に設けられた取付金物22の縦材22aに同時に係合することで、水平方向への移動を拘束し得るように構成されている。
新設柱13の柱脚部は、図5に示すように、下端部に既存柱4の上端に載置される載置片13aが設けられており、該載置片13aの直交する2辺に沿って嵌合片13bが設けられている。載置片13aは、既存柱4の外形寸法よりも大きく、且つ嵌合片13bを設ける側は既存柱4に取り付けた取付金物22の縦材22aに到達し得る寸法を有している。
また嵌合片13bは、取付金物22の縦材22aと嵌合した状態で水平方向の力が作用したとき、この力を支持するのに充分な板厚と縦材22aに対する嵌合深さを実現し得る寸法を有する板材として形成され、新設柱13の二面と並行するように配置されて載置片13aの端面に溶接等の手段で固定されている。そして嵌合片13bの新設柱13の中心軸と一致する位置に取付金物22の縦材22aの厚さと略等しい溝13cが形成されている。
従って、溝13cは直交する二方向に形成されることとなり、新設柱13を既存柱4に載置すると共に溝13cを縦材22aに嵌合させることで、新設柱13の水平方向への移動を拘束し得るように構成されている。
次に、中通り梁としての合成梁Bの構成について図6により説明する。合成梁Bは、増築部1の床面を構成する部位に配置される梁であり、可及的にせいを低く抑えて構成されている。
即ち、合成梁Bは、既存梁11の上フランジ11aに取り付けた束21の上部取付片21cに補強床梁15を取り付けて構成されている。補強床梁15は、同図(b)に示すように、鋼板をC型に折り曲げてフランジ15a,ウエブ15bを成形したC形鋼材を用いており、両端に通し柱3,新設柱13に接合される接合プレート15cが溶接等の手段で固定されている。
そして、補強床梁15のフランジ15aの自由端が下向きになるように配置した状態でウエブ15bを束21の上部取付片21cに取り付け、更に、補強床梁15の一方の端部に設けた接合プレート15cを通し柱3に接合すると共に他方の端部に設けた接合プレート15cを新設柱13に接合することで、既存梁11と共に合成梁Bを構成している。
上記の如く構成された合成梁Bでは、既存梁11と補強床梁15の両端が夫々通し柱3,既存柱4、通し柱3,新設柱13に接合され、且つ束21を介して互いに一体化して構成されることから、既存梁11,補強床梁15夫々単独での断面性能が飛躍的に改善され、高い剛性を持った梁としての機能を発揮することが可能となる。
尚、本実施例では、合成梁Aに用いた束21を用いたが、合成梁Bでは負担すべき荷重が合成梁Aよりも小さく設定されるため、必ずしも束21を用いる必要はなく、より簡単な構造、例えば補強片21gを不要とした構造の束を用いることが可能である。そして補強床梁15を取り付ける際にボルトを用いることなく、ワンサイドファスナー23を用いても良い。
次に、増築部1に合成梁A,Bを有する躯体構造を構成する手順について簡単に説明する。先ず、増築部1の荷重や作用する力等の設計条件に基づいて合成梁Aを構成する補強梁12の仕様、合成梁Bを構成する補強床梁15の仕様を設定し、これらの仕様に基づいて補強梁12,補強床梁15を製造しておく。
水平面構成部材31に於ける増築部1に既に配置されている既存梁11の直上で且つ該既存梁11に沿って設定された部位に、ホールソー等の工具を用いて2個所或いは3個所の孔31dを形成すると共に、既存柱4の直上の部位に孔31dを形成する。
本実施例の既存梁11の上フランジ11aにはモジュール寸法に対応する位置に複数の穴11dが形成されているため、孔31dはモジュール寸法に対応する部位に形成される。また上フランジ11aに穴11cが形成されていない場合には、水平面構成部材31に孔31dを形成した後、所定位置に穴を形成しておく。
水平面構成部材31に形成された孔31d毎に束21を配置し、下部取付片21aに形成したボルト孔21d,既存梁11の穴11dにワンサイドファスナー23を挿通して締結することで、既存梁11に束21を取り付ける。また既存柱4の直上に新設柱13を載置する。このとき、新設柱13の嵌合片13bを既存柱4に既存梁11を取り付けるための縦材22aに嵌合させることで、該新設柱13の水平方向への移動を拘束する。
次いで、増築部1の外通り梁に対応して配置された束21に補強梁12を配置し、中通り梁に対応して配置された束21に補強床梁15を配置し、夫々ボルト14或いはワンサイドファスナー23によって取り付け、一方の端部を通し柱3に、他方の端部を新設柱13にボルト14によって接合する。
これにより、増築部1の外周部に既存梁11と補強梁12とからなるせいの高い合成梁Aが構成され、増築部の内部既存梁11と補強床梁15とからなるせいの低い合成梁Bが構成される。従って、増築部1に於ける居室部分に配置される合成梁Bは、外壁内に配置される合成梁Aと比較して高さが低くなり、該増築部1に構成される居室の内部高さを可及的に高くすることが可能となる。
その後、通し柱3,新設柱13の間に上部梁31を接合し、補強梁12と上部梁32との間に耐震要素Cを構成する柱33を接続することで増築部1の躯体を構成することが可能である。
図7は既設柱の上端に載置した新設柱の水平移動を拘束する他の例を示す図である。新設柱13の下端部には既存柱4に載置される機能と、既存柱4の上端部分に設けた拘束部材22bと接続される機能を持った載置部材13eが溶接等の手段で取り付けられている。この載置部材13eの所定位置にはワンサイドファスナー23を挿通するための穴13fが形成されている。
また既存柱4の上端部分の側面に取り付けられた取付金物22の縦材22aに於ける新設柱13の載置部材13eと対向する位置には板状の部材からなる拘束部材22bが溶接等の手段で固定され、載置部材13eに設けた穴13fと対向する位置に、同様にワンサイドファスナー23を挿通するための穴22cが形成されている。
本実施例では、既存柱4の上端に新設柱13を載置するに際し、該既存柱4の上端部分に設けた取付金物22の縦材22aに拘束部材22bを溶接等の手段で取り付ける作業が必要となるため、作業性を損なう虞があるものの、拘束部材22bには大きな力が作用する虞はないため、強度的な問題が発生することはない。
本発明は、建築後の長期間を経た鉄骨造の躯体を有する中低層建物、特に住宅を増築する際の躯体構造として採用することが可能である。
増築部を説明するためのキープランを示す図である。
増築部の躯体構造を説明する展開斜視図であり、図1のII−II矢視図である。
補強梁と既存梁及び既存柱と新設柱との接合関係を説明する図である。
束の構成を説明する図である。
新設柱の柱脚部の構成を説明する拡大図と斜視図である。
補強床梁の構成を説明する図である。
既設柱の上端に載置した新設柱の水平移動を拘束する他の例を示す図である。
符号の説明
A,B 合成梁
C 耐震要素
1 増築部
2 既存上階
3 交点,通し柱
4 交点,既存柱
11 既存梁
11a 上部フランジ
11b ウエブ
11c ブラケット
11d 穴
12 補強梁
12a 接合プレート
13 新設柱
13a 載置片
13b 嵌合片
13c 溝
13e 載置部材
13f 穴
14 ボルト
15 補強床梁
15a フランジ
15b ウエブ
15c 接合プレート
21 束
21a 下部取付片
21b 起立片
21c 上部取付片
21d ボルト穴
21e 穴
21f タップ穴
21g 補強片
22 取付金物
22a 縦材
23 ワンサイドファスナー
23,24 接合金物
23a,24a 接合片
22b 拘束部材
22c 穴
31 水平面構成部材
31a ALCパネル
31b 防水モルタル
31c 防水シート
31d 孔
32 上部梁
33 柱
34 ブレース