JP4124590B2 - 耐遅れ破壊性および耐食性に優れた高強度鋼線 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車用や各種産業機械用として使用されるボルト用に適した高強度鋼線に関するものであり、特に引張強度が1200N/mm2以上でありながら耐遅れ破壊性および耐食性に優れた高強度鋼線に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
一般に高強度ボルト用鋼には低合金鋼(SCM435、SCM440、SCr440等)が使用され、ボルトに成形した後、焼入れ焼戻しにより焼戻しマルテンサイトを主体とする組織として必要強度を確保するようにしているのが実状である(以下では、こうした鋼材を「焼入れ・焼戻し材」と呼ぶ)。しかしながら、こうした焼入れ・焼戻し材では、引張強さが約1200N/mm2を超えるような強度領域になると遅れ破壊が発生する危険があり、使用に制約を受けているのも事実である。
【0003】
遅れ破壊とは、非腐食性環境で起こるものと腐食性環境で起こるものがあり、種々の要因が複雑に絡み合って起こしている原因を特定することは難しい。特に遅れ破壊性を左右するものとして焼もどし温度、組織、材料硬さ、結晶粒度、各種合金元素等の関与が一応認められているものの遅れ破壊防止手段が確立されている訳ではなく、試行錯誤的に種々の方法が提案されている。
【0004】
こうした状況の下で、本発明者らもかねてより鋼線の耐遅れ破壊性の改善を目指して研究を重ねてきた。そして、その研究の一環として、例えば特開平11−315347号、同11−315348号、同11−315349号などの技術を提案している。これらの技術では、Cを0.5〜1.0%程度含む中・高炭素鋼において、初析フェライト、初析セメンタイト、ベイナイトおよびマルテンサイトの1種または2種以上の組織生成を抑制してパーライト組織の面積率を80%以上にし、且つ強伸線加工によって1200N/mm2以上の強度にすることを基本とするものである。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
上記の様な技術の開発によって、耐遅れ破壊性が大幅に改善された高強度鋼線が実現できたのであるが、こうした技術によっても解決すべき若干の問題があることが判明した。即ち、これらの鋼線においては、従来の低合金鋼の焼入れ・焼戻し材に比べて耐食性が劣化し、腐食環境の厳しい場所での使用が困難になる場合があることが判明したのである。特に近年では、自動車用ボルトにはこれまで以上に更に厳しい腐食環境で使用されることが予想され、こうした厳しい腐食環境下においても優れた耐食性を発揮することが要求されるのが実情である。
【0006】
本発明はこの様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、引張強度が1200N/mm2以上でありながら耐遅れ破壊性および耐食性に優れた高強度鋼線を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成し得た高強度鋼線とは、C:0.5〜1.0%を含有する他、Cu,NiおよびTiよりなる群から選ばれる1種以上を下記(1)式を満足するように含有する鋼からなり、パーライト組織の面積率を80%以上としたものであり、且つ1200N/mm2以上の強度を有するものである点に要旨を有するものである。
3.1≧3[Cu]+[Ni]+6[Ti]≧0.1(%) …(1)
但し、[Cu],[Ni]および[Ti]は夫々Cu,NiおよびTiの含有量(質量%)を示す。
【0008】
本発明の高強度鋼線において、上記Cu,NiおよびTiの含有量は、Cu:0.5%以下(0%を含まない)、Ni:1.0%以下(0%を含まない)およびTi:0.1%以下(0%を含まない)であることが好ましい。また、鋼材としての基本成分であるSiやMnについては、Si:1.0%以下(0%を含まない)およびMn:0.3〜1.0%程度含有であることが好ましい。更に、鋼材としての不純物であるPやSについては、P:0.03%以下(0%を含む)およびS:0.03%以下(0%を含む)に夫々抑制することが好ましい。
【0009】
本発明の高強度鋼線においては、必要によって、(a)N:0.015%以下(0%を含まない)、(b)Cr:1.0以下(0%を含まない)、(c)Al:0.1%以下(0%を含まない)、(d)Co:0.5%以下(0%を含まない)、(e)Mo,Nb,VおよびWよりなる群から選択される1種または2種以上を合計で0.01〜0.5%、(f)B:0.0005〜0.003%、等の成分を含有させることも有効であり、含有させる成分に応じて高強度鋼線の特性が更に改善される。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、上記の様なパーライト組織の高強度鋼線において耐食性が劣化する原因について検討した。その結果、パーライト組織からなる高強度鋼線では、従来の低合金鋼における焼戻しマルテンサイト組織とは異なり、パーライト中のフェライトとセメンタイトの層状組織が局部電池を形成し、これによって腐食がより促進されるものと考えられた。また、上記の様なパーライト組織を主体とする高強度鋼線では、パーライト組織にするために炭素含有量を必然的に多くする必要があるが、こうしたことも耐食性に悪影響を及ぼしているものと考えられた。
【0011】
こうした状況の下で、本発明者らはパーライト組織を有する高強度鋼線の耐食性を改善するという観点から、更に検討を重ねた。その結果、Cu,NiおよびTiなどは、パーライト組織を有する鋼材の表面に生じる錆を緻密化する作用があり、こうした作用によって鉄地表面での腐食反応の進行を抑制する効果を発揮できることが判明したのである。即ち、パーライトを主体とする組織を有する高強度鋼線においても、その成分組成を適切に調整すれば、従来の低合金鋼の焼入れ・焼戻し材と同等若しくはそれ以上の耐食性を発揮し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明の高強度鋼線は、パーライト組織の面積率を80%以上とする必要があるが、他の組織例えば初析フェライトと初析セメンタイトが多く生成すると、伸線時に縦割れを起こし伸線できなくなり、強伸線加工によっても1200N/mm2以上の強度を得ることができなくなる。また初析セメンタイトとマルテンサイトは、伸線したときに断線を引き起こすことがあるので少なくする必要がある。更にベイナイトはパーライトに比べて加工硬化量が少なくなり、強伸線加工によっても強度上昇が望めないので少なくする必要がある。
【0013】
これに対して、上記のようなパーライトを主体とする組織では、セメンタイトとフェライトの界面で水素をトラップし、粒界に集積する水素を低減させる効果があり、できるだけ多くする必要がある。即ち、初析フェライト、初析セメンタイト、ベイナイトおよびマルテンサイト等の組織を少なくとも1種をできるだけ抑制して(即ち、その合計の面積率が20%未満となる様にして)、パーライト組織の面積率を80%以上とすることにより、耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼線が得られるのである。尚、パーライト組織の面積率は、好ましくは90%以上とするのが良く、より好ましくは100%パーライト組織とするのが良い。
【0014】
また本発明の鋼線においては、圧延のままや鍛造ままでは必要な寸法精度が得られず、また1200N/mm2以上の強度を得ることが困難になるので、伸線率(総伸線率)が30%以上となるような伸線加工を行うこと(鋼線とすること)が好ましい。また伸線加工によって一部のパーライト中のセメンタイトが微細に分散され、水素トラップ能力を向上させると共に、伸線方向に沿って組織が並ぶことによって亀裂の進展の抵抗になるという効果も発揮される(亀裂伝播方向は伸線方向に垂直である)。
【0015】
本発明の高強度鋼線は、Cを0.5〜1.0%含む中・高炭素鋼において、Cu,NiおよびTiの少なくとも1種を上記(1)の関係を満足する様に含有させるものであるが、これらの範囲限定理由は下記の通りである。尚、以下では、棒状または線状に熱間加工された鋼材およびその後熱処理された鋼材を「線材」と呼び、上記線材を強伸線加工したものを「鋼線」と呼んで区別する。
【0016】
C:0.5〜1.0%
Cは強度を上げるために有効かつ経済的な元素であり、C含有量を増加させるにつれて強度が増加する。目標強度を確保するためには、0.5%以上のCを含有させなければならない。しかし、C量が1.0%を超えると初析セメンタイトの析出量が増加し、靭延性の低下が顕著にあらわれ、伸線加工性を劣化させるばかりか、耐食性の劣化も顕著になるので1.0%を上限とした。尚、C含有量の好ましい下限は0.65%であり、より好ましくは0.7%である。またC含有量の好ましい上限は、0.9%であり、より好ましくは0.85%である。最も望ましいのは共析成分鋼を用いるのが良い。
【0017】
3.1≧3[Cu]+[Ni]+6[Ti]≧0.1(%)[前記(1)式]
Cu,NiおよびTiは、パーライト組織を有する鋼材の表面に生じる錆を緻密化して、腐食反応を抑制するのに寄与する成分であるが、こうした効果を発揮させる為には、これらの少なくとも1種を上記(1)式の関係を満足するように含有させる必要がある。尚、この(1)式はCu,NiおよびTiにおける夫々の作用の違いを考慮し、回帰式によって導かれたものであるが、鋼線における耐食性を十分に改善するためには、(3[Cu]+[Ni]+6[Ti])の値が0.1%を越える様に含有させる必要がある。上記効果をより有効に発揮させる為には、(3[Cu]+[Ni]+6[Ti])の値は0.3%以上とすることが好ましく、より好ましい値は0.5%以上である。一方、(3[Cu]+[Ni]+6[Ti])の値の上限については、多量に含有させても耐食性改善効果が飽和するので、3.1%とした。好ましい上限は2.5%であり、より好ましくは1.5%以下、更に好ましくは1.0%以下にするのが良い。尚、本発明では、Cu,NiおよびTiを複合して含有させることによって、夫々を単独で含有させる場合に比べて表面に生成する錆がより緻密化され、耐食性がより改善されることを確認している。
【0018】
本発明の高強度鋼線においては、Cu,NiおよびTiの少なくとも1種を上記(1)式の関係を満足する様に含有させれば良く、各成分の含有量については何ら限定するものではないが、これらの好ましい範囲およびその理由は下記の通りである。
【0019】
Cu:0.5%以下(0%を含まない)
Cuは上記の作用によって、パーライト組織を有する鋼材の耐食性を改善させるのに最も有効な元素である。こうした効果を発揮させる為には、少なくとも上記(1)式の関係を満足する様に含有させる必要があるが、過剰に含有させると粒界脆化を起こして、耐遅れ破壊性を劣化させる原因となるので0.5%以下にすることが好ましい。尚、Cu含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.1%以上とするのが良く、より好ましい上限は0.4%であり、更に好ましくは0.3%以下とするのが良い。
【0020】
Ni:1.0%以下(0%を含まない)
NiはCuの次に上記の様な作用によって、パーライト組織を有する鋼材の耐食性を改善させるのに有効な元素である。また、鋼材の強度上昇にはあまり寄与しないが伸線材(鋼線)の靭性を高める効果をも有する。しかし、Ni含有量が過剰になると、変態終了時間が長くなり過ぎて、設備の大型化、生産性の低下を招くので、1.0%以下にすることが好ましい。尚、Ni含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.1%以上とするのが良く、より好ましい上限は0.5%であり、更に好ましくは0.3%以下とするのが良い。
【0021】
Ti:0.1%以下(0%を含まない)
Tiは微量の添加でパーライト組織を有する鋼材の耐食性を改善するのに有効な元素である。また、Tiは鋼中でTi化合物を形成し、結晶粒を微細化することによって耐遅れ破壊性向上に寄与する。しかし、Tiを過剰に含有させると粗大な介在物が生成し、伸線性を低下させるので、0.1%を上限とする。尚、Ti含有量のより好ましい範囲は0.001〜0.07%であり、更に好ましい範囲は0.02〜0.05%である。
【0022】
本発明の高強度鋼線においては、鋼材としての基本成分であるSiやMnについては、Si:1.0%以下(0%を含まない)およびMn:0.3〜1.0%程度含有であることが好ましい。更に、鋼材としての不純物であるPやSについては、P:0.03%以下(0%を含む)およびS:0.03%以下(0%を含む)に夫々抑制することが好ましい。これらの範囲限定理由は下記の通りである。
【0023】
Si:1.0%以下(0%を含まない)
Siは鋼線の焼入れ性を向上させて初析セメンタイトの析出を抑える効果を発揮する。また脱酸剤としての作用が期待され、しかもフェライトに固溶して顕著な固溶強化作用も発揮する。これらの効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、Si含有量が過剰になると伸線後の鋼線の延性を低下させるので、1.0%を上限とする。尚、Si含有量の好ましい上限は、0.5%であり、より好ましい上限は0.2%であり、更に好ましくは0.1%以下とするのが良い。
【0024】
Mn:0.3〜1.0%
Mnは脱酸剤としての効果と、鋼線の焼入性を向上させて鋼線の組織の均一性を高める効果を有する。これらの作用は0.3%以上含有させることによって有効に発揮される。しかし、Mn量が過剰になると、Mnの偏析部にマルテンサイトやベイナイトなどの過冷却組織が生成して伸線加工性を劣化させるので、Mn量の上限は1.0%とした。尚、Mn含有量の好ましい範囲は、0.4〜0.9%程度であり、更に好ましくは0.5〜0.7%程度である。
【0025】
P:0.03%以下(0%を含む)
Pは粒界偏析を起こして、遅れ破壊特性を劣化させる元素である。そこでP含有量を0.03%以下とすることにより、耐遅れ破壊性の向上が図れる。尚、好ましくは、P含有量は0.015%以下に低減するのが良く、より好ましくは0.010%以下、更に好ましくは0.005%以下に抑制するのが良い。
【0026】
S:0.03%以下(0%を含む)
Sは鋼中でMnSを形成し、応力が負荷されたときに応力集中箇所となる。従って耐遅れ破壊性の改善にはS含有量をできるだけ減少させることが必要となり、その含有量は0.03%以下とするのが良い。尚S含有量は、0.015%以下に低減するのが好ましく、より好ましくは0.010%以下、更に好ましくは0.005%以下に抑制するのが良い。
【0027】
本発明の高強度鋼線においては、上記成分の他(残部)は基本的に鉄からなるものであるが、これら以外にも微量成分を含み得るものであり、こうした成分を含むものも本発明の技術的範囲に含まれるものである。また本発明の高強度鋼線には、不可避的に不純物(上記P、Sの他、OやAs,Pb)が含まれることになるが、それらは本発明の効果を損なわない限度で許容される。こうした観点から、不可避不純物としてのOは下記の様に抑制することが好ましい。
【0028】
O:0.005%以下(0%を含む)
Oは常温では鋼にほとんど固溶せず、硬質の酸化物系介在物として存在し、伸線時にカッピー断線を引き起こす原因となる。従ってO含有量は極力少なくすべきであり、少なくとも0.005%以下に抑える必要がある。尚、O含有量は、0.003%以下に低減することが好ましく、より好ましくは0.002%以下、更に好ましくは0.001%に低減するのが良い。
【0029】
本発明の高強度鋼線には、上記成分の他必要によってN,Cr,Al,Co,Mo,Ti,Nb,V,W,B等を含有することも有効であり、含有される元素の種類に応じて高強度線材・鋼線の特性が改善される。必要によって含有させる各元素の限定理由は下記の通りである。
【0030】
N:0.015%以下(0%を含まない)
NはAlNやTiNの窒化物形成によって結晶粒の微細化ひいては耐遅れ破壊性の向上に好影響を与える。しかし、過剰に含有されると、窒化物が増加しすぎて伸線性に悪影響を及ぼすだけでなく、固溶Nが伸線中の時効を促進することがあるため含有量の上限は0.015%とするのが良い。尚、Nは不可避的に鋼材に混入してもその効果を発揮するが、上記効果を有効に発揮させるためには0.002%以上含有させることが好ましい。またN含有量の好ましい上限は0.007%程度であり、より好ましい上限は0.005%程度である。
【0031】
Cr:1.0%以下(0%を含まない)
CrはSiと同様に初析セメンタイトの析出を抑える効果を発揮する。こうした効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、1.0%を超えて含有させてもその効果が飽和して不経済となるので1.0%以下とするのが良い。尚、Cr含有量のより好ましい範囲は0.1〜0.5%程度であり、更に好ましい範囲は0.15〜0.3%程度である。
【0032】
Al:0.1%以下(0%を含まない)
Alは鋼中のNを捕捉してAlNを形成し、結晶粒を微細化することによって耐遅れ破壊性の向上に寄与する。こうした効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、0.1%を超えると窒化物系介在物および酸化物系介在物が生成し、伸線性を低下させるので、0.1%以下とするのが良い。尚、Alは不可避的に鋼材に混入してもその効果を発揮するが、上記効果を有効に発揮させるためのより好ましい範囲は0.01〜0.07%程度であり、更に好ましい範囲は0.025〜0.05%程度である。
【0033】
Co:0.5%以下(0%を含まない)
CoはSiと同様に初析セメンタイトの析出を抑制する効果があり、初析セメンタイトの低減を図る本発明の高強度鋼線における添加成分としては特に有効である。こうした効果は含有量が増加するほど増大するが、0.5%を超えて添加してもその効果は飽和し、不経済であるためその上限を0.5%とした。尚、Co含有量のより好ましい範囲は0.03〜0.3%程度であり、更に好ましい範囲は0.1〜0.2%程度である。
【0034】
Mo,Nb,VおよびWよりなる群から選択される1種または2種以上
:合計で0.01〜0.5%
Mo,Nb,VおよびWは、微細な炭・窒化を形成し、遅れ破壊性の向上に寄与する。またこれらの窒化物および炭化物は、結晶粒の微細化に有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには合計で0.01%以上含有させるのが良いが、過剰に含有させると耐遅れ破壊性および靭性が劣化するので、合計で0.5%以下にするのが良い。尚、これらの元素含有量の好ましい下限は、合計で0.02%であり、より好ましくは0.03%程度である。また、好ましい上限は、合計で0.3%程度であり、より好ましくは0.1%程度である。
【0035】
B:0.0005〜0.003%
Bは鋼の焼入れ性向上の為に含有されるが、その作用を発揮させる為には0.0005%以上含有させるのが良いが、B含有量が過剰になって0.003%を超えると却って靭性を阻害することになる。尚、B含有量の好ましい下限は0.0010%程度であり、好ましい上限は0.0025%程度である。
【0036】
本発明の高強度鋼線は、様々な方法によってその組織を調整することができるが、その代表的な方法について説明する。その方法の一つとして、まず上記の様な化学成分を有する鋼材を用い、鋼材の圧延または鍛造終了温度が800℃以上となる様に熱間圧延または鍛造を行った後、平均冷却速度Vが下記(2)を満足する様にして400℃まで連続冷却し、引き続き放冷する。
166×(線径)-1.4≦V≦288×(線径)-1.4 …(2)
線径:mm
【0037】
この工程によって、通常の圧延材より均質なパーライト組織が得られ、伸線前の強度上昇が図れる。圧延または鍛造終了温度が低すぎると、オーステナイト化が不十分となり、均質なパーライト組織が得られなくなるので、上記終了温度は800℃以上とするのが良い。この温度の好ましい範囲は850〜950℃程度であり、更に好ましくは850〜900℃とするのが良い。
【0038】
上記平均冷却速度Vが166×(線径)-1.4よりも小さくなると、均質なパーライト組織が得られないばかりか、初析フェライトや初析セメンタイトが生成し易くなる。また平均冷却速度Vが288×(線径)-1.4よりも大きくなると、ベイナイトやマルテンサイトが生成し易くなる。
【0039】
また本発明の高強度鋼線は、上記の様な化学成分組成を有する鋼材を用い、鋼材を800℃以上に加熱後、急冷し、500〜650℃まで急冷し、その温度で恒温保持(パテンティング処理)することにより、通常の圧延材より均質なパーライト組織が得られ、伸線前の強度上昇が図れる。
【0040】
この方法において、鋼材加熱温度の規定範囲は、上記圧延または鍛造終了温度と同じ理由で800℃以上とする必要がある。またこの加熱温度の好ましい範囲は、上記と同様である。パテンティング処理は、ソルトバス、鉛、流動層等を利用し、加熱した線材をできるだけ速い速度で急冷することが望ましい。また、均質なパーライト組織を得るには、500〜650℃で恒温変態するのが良い。また、この恒温保持温度の好ましい温度範囲は、550〜600℃であり、最も好ましい恒温保持温度はTTT線図のパーライトノーズ付近の温度である。
【0041】
以下本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変形することはいずれも本発明の技術的範囲含まれるものである。
【0042】
【実施例】
下記表1に示す化学成分組成を有する供試鋼を用い、線径:11mmφまで熱間圧延した後、パテンティング処理(加熱温度:750〜940℃、恒温変態:495〜645℃×4分)を行った。その後、線径:11mmφの線材を線径:7.06mmφまで伸線して鋼線を作製した。
【0043】
【表1】
【0044】
得られた各種鋼線を用い、図1に示すM8×P1.25のスタッドボルトを作製し、下記の条件で遅れ破壊試験を行った。また、耐食性試験用として、上記鋼線から、長さ:40mmの鋼材を切り出し、下記の条件で耐食性試験を行った。このとき,比較の為に一部のものについては、線径:7.06mmφの線材を焼入れ・焼戻し処理し、100%焼戻しマルテンサイト組織にしたもの(前記表1の供試鋼R:SCM435材)についても、耐遅れ破壊試験および耐食性試験を行った。また、初析フェライト、初析セメンタイト、ベイナイトおよびマルテンサイトまたはパーライト組織の分類を下記の方法で行い、各組識の面積率を求めた。
【0045】
[耐遅れ破壊試験]
ボルトを酸中に浸漬後(15%HCl×30分)、水洗・乾燥して大気中で応力負荷(負荷応力は引張強さの90%)し、100時間後の破断の有無で価した。
【0046】
[耐食性試験]
試験用として切り出した7.06mmφ×40mmのサンプルを用い、複合サイクル試験機内で[温度:35℃、塩水(5%NaCl)噴霧×8時間]と、(温度:35℃、湿度:60%×16時間)を、交互に2週間繰り返す腐食促進環境下での腐食減量を測定することによって耐食性を評価した。
【0047】
[各組識の分類]
線材の横断面を埋め込み、研磨後、5%ピクリン酸アルコール液に15〜30秒腐食した後、走査型電子顕微鏡(SEM)によってD/4(Dは直径)部を組織観察した。1000〜3000倍で5〜10視野撮影し、パーライト組織部分を確定した後、画像解析装置によって各組識の面積率を求めた。
【0048】
各線材・鋼線の組織を下記表2に、遅れ破壊試験結果および耐食性試験結果を伸線条件および機械的特性と共に下記表3に夫々示す。また、(3[Cu]+[Ni]+6[Ti])量と耐食性(腐食減量)の関係を図2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
これらの結果から明らかな様に、本発明で規定する要件を満足する鋼線では、引張強さ1200N/mm2以上であっても優れた耐遅れ破壊性を有し、しかも耐食性にも優れていることが分かる。
【0052】
【発明の効果】
本発明は以上の様に構成されており、引張強度が1200N/mm2以上でありながら耐遅れ破壊性および耐食性に優れた高強度鋼線が実現できた。
【図面の簡単な説明】
【図1】遅れ破壊試験に用いたスタッドボルトの形状を示す説明図である。
【図2】(3[Cu]+[Ni])量と耐食性(腐食減量)の関係を示すグラフである。
Claims (10)
- C:0.5〜1.0%(質量%の意味、以下同じ)を含有する他、Cu,NiおよびTiよりなる群から選ばれる1種以上(但し、Cuおよび/またはNiを含有する)であって、下記(1)式を満足するように含有する鋼からなり、パーライト組織の面積率を80%以上としたものであり、且つ1200N/mm2以上の強度を有するものであることを特徴とする耐遅れ破壊性および耐食性に優れた高強度鋼線。
3.1≧3[Cu]+[Ni]+6[Ti]≧0.24(%) …(1)
但し、[Cu],[Ni]および[Ti]は夫々Cu,NiおよびTiの含有量(質量%)を示す。 - Cu:0.5%以下(0%を含まない)、Ni:1.0%以下(0%を含まない)およびTi:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する(但し、Cuおよび/またはNiを含有する)ものである請求項1に記載の高強度鋼線。
- Si:1.0%以下(0%を含まない)およびMn:0.3〜1.0%を含有するものである請求項1または2に記載の高強度鋼線。
- P:0.03%以下(0%を含む)およびS:0.03%以下(0%を含む)に夫々抑制したものである請求項1〜3のいずれかに記載の高強度鋼線。
- N:0.015%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の高強度鋼線。
- Cr:1.0以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜5のいずれかに記載の高強度鋼線。
- Al:0.1%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜6のいずれかに記載の高強度鋼線。
- Co:0.5%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜7のいずれかに記載の高強度鋼線。
- Mo,Nb,VおよびWよりなる群から選択される1種または2種以上を合計で0.01〜0.5%含有するものである請求項1〜8のいずれかに記載の高強度鋼線。
- B:0.0005〜0.003%を含有するものである請求項1〜9のいずれかに記載の高強度鋼線。
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