シンクロトロンには、高周波シンクロトロン、誘導加速セルを用いたシンクロトロンがある。高周波シンクロトロンは、入射機器により真空ダクト内に入射した陽子などの荷電粒子を、高周波加速空洞4によって高周波シンクロトロンを構成する強収束を保証する偏向電磁石の磁場励磁パターンに同期した高周波加速電圧を印加して、加速しながら荷電粒子を真空ダクト中の荷電粒子ビームが周回する設計軌道を周回させる円形加速器である。
一方、誘導加速セルを用いたシンクロトロンは、高周波シンクロトロンと加速方法が異なり、誘導加速セルによって誘導電圧を印加して加速する円形加速器である。図13に高周波加速空洞による陽子ビームの加速原理を、図14に誘導加速セルによる陽子ビームの加速原理を示した。
図13(A)は、入射された陽子が数個のバンチ3として高周波シンクロトロン21の設計軌道2を周回している様子を示している。バンチ3は、高周波加速空洞4に到達すると、磁場励磁パターンに同期した高周波加速電圧21aを印加されることにより、所定のエネルギーレベルまで加速される。
図13(B)は、バンチ3とバンチ3に印加される高周波加速電圧21aの関係を示している。横軸tは、高周波加速空洞4内の時間的変化を表している。縦軸vは、高周波加速電圧値である。Vofsは、加速のある瞬間に偏向電磁石の磁場励磁パターンの傾き(時間的変化率)から計算されたバンチ3の加速に必要な高周波加速電圧値21bである。
バンチ3は高周波加速空洞4によって、加速に必要な電圧を偏向電磁石の磁場励磁パターンの傾き(時間的変化率)から計算されたVofs(高周波加速電圧値21b)を印加される。高周波加速電圧21aは、バンチ3の加速に必要な電圧を与える機能と、バンチ3が進行軸方向に拡散することを防止する閉じ込め機能を併せ持っている。
特に、閉じ込め機能を位相安定性と呼ぶことがある。高周波シンクロトロン21で荷電粒子ビームを加速する場合には、前記二つの機能が必ず必要である。前記二つの機能をもつ高周波加速電圧21aの時間帯は限られている。図13(B)のグレーで示した時間帯は加速に利用することができないことがこれまでに分かっている。
ここで位相安定性とは、荷電粒子が高周波加速電圧21aによって進行軸方向への収束力を受けて、個々の荷電粒子がバンチ3化し、そのバンチ3の中を荷電粒子の進行軸方向に往きつ戻りつしながら高周波シンクロトロン21の中を周回することをいう。
また、バンチ3とは荷電粒子が位相安定性を受け、設計軌道2を周回する荷電粒子群のことをいう。
図14(A)は、誘導加速セルを用いたシンクロトロン22によって、従来の高周波シンクロトロン21で加速していた荷電粒子ビームの長さに比べて数倍から10倍の時間幅を持つ、1マイクロ秒にも達するバンチ3(以下、スーパーバンチ3bという。)を加速する様子を示している。この場合、誘導加速セルを用いたシンクロトロン22の陽子ビームが周回する設計軌道2に構造を同じくする誘導加速セルを2台以上配置させる必要がある。
この二つの誘導加速セルの一方はスーパーバンチ3bの閉じ込め機能を与える誘導加速セル(以下、閉込用誘導加速セル23という。)であり、他方は偏向電磁石の磁場励磁パターンに同期して、スーパーバンチ3bの加速に必要な電圧を印加する機能を与える誘導加速セル(以下、加速用誘導加速セル6という。)である。この二つの誘導加速セルによって、シンクロトロン22の運転に必要な閉じ込め機能と加速機能を与える。この二つの誘導加速セルは、通常のバンチ3に対しても同じ機能を与えることができる。
ここで誘導加速セルとは、これまで作られてきた線形誘導加速器用の誘導加速セルと原理的には同じ構造である。誘導加速セルは、内筒、及び外筒からなる2重構造で、外筒の内に磁性体が挿入されてインダクタンスを作る。荷電粒子ビームが通過する真空ダクトと接続された内筒の一部がセラミックなどの絶縁体でできている。
磁性体を取り囲む1次側の電気回路にDC充電器からパルス電圧を印加すると、1次側導体には1次電流(コア電流)が流れる。この1次電流は1次側導体の周りに磁束を発生させ、1次側導体に囲まれた磁性体が励磁される。
これによりトロイダル形状の磁性体を貫く磁束密度が時間的に増加する。このとき絶縁体を挟んで、導体の内筒の両端部である2次側の絶縁部にファラデーの誘導法則にしたがって誘導電場が発生する。この誘導電場が加速電場となる。この加速電場が生じる部分を加速ギャップという。従って、誘導加速セルは1対1のトランスであるといえる。
誘導加速セルの1次側の電気回路にパルス電圧を発生させるスイッチング電源を接続し、前記スイッチング電源を外部からオンおよびオフすることで、加速電場の発生を自由に制御することができる。
図14(B)は、誘導加速セルによってスーパーバンチ3bを閉じ込め、及び加速する様子を示している。横軸tは、スーパーバンチ3bが閉込用誘導加速セル23に到達した時間を基準にした誘導電圧の発生タイミング、及び誘導電圧を印加する長さ(以下、印加時間という。)である。
なお、加速用誘導加速セル6に印加される誘導電圧の発生タイミングと印加時間は、閉込用誘導加速セル23と1/2の周回時間24のズレがある。縦軸vは誘導電圧値である。Vofsは、加速のある瞬間に磁場励磁パターンの傾き(時間変化率)から計算されたスーパーバンチ3bの加速に必要な加速電圧値9kである。
ここで誘導電圧とは、誘導加速セルによって、荷電粒子に印加させる電圧である。閉込用誘導加速セル23で印加する誘導電圧をバリアー電圧といい、特に荷電粒子ビームの頭部に印加するものを負のバリアー電圧23a、荷電粒子ビームの尾部に印加するものを正のバリアー電圧23bという。スーパーバンチ3bである場合も同じである。
その結果、閉込用誘導加速セル23においては、高周波加速空洞4と同様にバンチ3に位相安定性を与えることができる。しかし、1つの誘導加速セルのみでは、荷電粒子ビームの加速は行えないので、別に加速用誘導加速セル6が必要になる。
加速用誘導加速セル6で印加する誘導電圧を加速用の誘導電圧といい、特に荷電粒子ビームの全体に印加するものを加速電圧9a、加速用誘導加速セル6の磁気的飽和を回避するための誘導電圧をリセット電圧9bという。スーパーバンチ3bである場合も同じである。
なお、リセット電圧9bは、閉込用誘導加速セル23においては、正のバリアー電圧23bに該当するが、正のバリアー電圧23bがバンチ3の尾部に印加されバンチ3の閉じ込めに利用されるに対して、リセット電圧9bは、荷電粒子ビームが存在しない時間帯(グレーで示した時間帯)に磁気的飽和を回避させるためだけに印加させる。
ここで閉じ込めとは、荷電粒子ビームを構成する荷電粒子が、必ず運動エネルギーのばらつきを持っているために必要となる機能である。運動エネルギーのばらつきは、荷電粒子ビームが設計軌道2を1周した後、同じ位置へ到達する時間の違いをもたらす。この時間差は閉じ込めを行わない限り、周回を重ねるごとに大きくなり、荷電粒子ビームは設計軌道2の全体に渡って拡散してしまう。
荷電粒子ビームの頭部および尾部に、負および正バリアー電圧23a、23bが印加されるようにすると、エネルギーが過剰で周回が早まった荷電粒子には負のバリアー電圧23aによってエネルギーが失われエネルギー不足な状態なり、エネルギーが不足して周回が遅れた荷電粒子には正のバリアー電圧23bによってエネルギーが与えられてエネルギー過剰な状態になる。
これにより、周回が速い粒子は周回が遅れ、逆に周回が遅れた粒子は周回が早まる。結果として荷電粒子ビームを進行軸方向のある領域に局在させることができる。この一連の働きを荷電粒子ビームの閉じ込めと呼ぶ。
従って、閉込用誘導加速セル23の機能は、従来の高周波加速空洞4の閉じ込めの機能だけを分離したものと等価である。
閉込用とは、入射装置より誘導加速セルを用いたシンクロトロン22に入射された荷電粒子ビームを、誘導加速セルによる所定のバリアー電圧よって、別の誘導加速セルで誘導加速できるように一定の長さのバンチ3まで縮めたり、その他種々の長さの荷電粒子ビームに変える機能と、加速中のバンチ3に位相安定性を持たせる機能を有しているとの意味である。
加速用とは、バンチ3を形成後にバンチ3の全体に、加速用の誘導電圧を与える機能を有しているとの意味である。
図14(C)は、閉込用誘導加速セル23の閉じ込め機能のみを示している。図14(D)は、加速用誘導加速セル6の加速機能のみを示している。横軸t(a)は、スーパーバンチ3bが閉込用誘導加速セル23に到達した時間を基準にした、バリアー電圧の発生タイミングと印加時間である。横軸t(b)は、スーパーバンチ3bが加速用誘導加速セル6に到達する時間を基準にした、加速用の誘導電圧9の発生タイミングと印加時間である。その他、記号は図14(B)と同じ。
誘導加速セルを用いたシンクロトロン22による加速では、原理的には、リセット電圧9bの印加時間(グレーで示した時間領域)を除いては加速として使用することができることとなる。このように加速に使用できる時間帯を大幅に増すことによって、高周波シンクロトロン21では、原理的に不可能であったスーパーバンチ3bも加速することが可能となると考えられている。
日本物理学会誌 vol.59,No.9(2004)p601−p610
このようにバリアー電圧によっても、高周波加速電圧21aと同様に陽子ビームを閉じ込めることが可能となった。他方、加速するためには、別の加速装置が必要であるが、陽子や特定の加速可能な荷電粒子であれば、高周波加速空洞4からなる加速装置であってもよい。また、高周波加速空洞4によって陽子ビームを閉じ込め、加速用の誘導電圧9によって加速するような構成であってもよい。
既に、発明者等は高エネルギー加速器研究機構(以下、KEKという。)の陽子高周波シンクロトロン21(以下、12GeVPSという。)内に加速用誘導加速セル6を設置し、高周波加速空洞4と加速用誘導加速セル6とを組み合わせることにより、一定間隔で発生させる加速用の誘導電圧9によって、運動エネルギー5億電子ボルトで入射された陽子ビームを80億電子ボルトまで加速することに成功している。
ここで電子ボルトとは、電圧の単位であるボルトに電子の単位電荷を乗じたものを1電子ボルトとして与えられるものである。1電子ボルトは、1.602×10−19ジュールに等しい。
Phys.Rev.Lett.Vol.94,No.144801−4(2005).
以下に、添付図面に基づいて、本発明である誘導電圧制御装置について詳細に説明する。図1は本発明である誘導電圧制御装置により制御される誘導加速セルを用いた実験用のシンクロトロンの概略図である。
本発明で使用した実験用のシンクロトロン1は、前段加速器により一定エネルギーレベルまで加速され、入射された陽子ビームが周回する設計軌道2の強収束を保証する偏向電磁石、収束電磁石など、従来のKEKの12GeVPSの装置をそのまま利用した。陽子ビームの閉じ込めは、従来の高周波加速空洞4を含む高周波加速装置による高周波4aの制御で行った。陽子ビームの加速は、新たに組み込んだ加速用誘導加速装置5を用いた。
加速用誘導加速装置5は、バンチ3が周回する設計軌道2が中にある真空ダクトに接続され、バンチ3を進行軸方向3aに加速するための加速用の誘導電圧9を印加する加速用誘導加速セル6、前記加速用誘導加速セル6に伝送線5aを介してパルス電圧を与える高繰り返し動作可能なスイッチング電源5b、前記スイッチング電源5bに電力を供給するDC充電器5c、前記スイッチング電源5bのオンおよびオフの動作を制御する誘導電圧制御装置8、前記加速用誘導加速セル6より印加された誘導電圧値を知るための誘導電圧モニター5dからなる。
本発明である誘導電圧制御装置8は、スイッチング電源5bのオンおよびオフの動作を制御するゲート信号パターン8aを生成するパターン生成器8b、及び前記パターン生成器8bによるゲート信号パターン8aの生成のもと信号であるゲート親信号8cを計算するデジタル信号処理装置8dからなる。
ゲート信号パターン8aとは、加速用誘導加速セル6による加速用の誘導電圧9を制御する信号である。具体的には、加速電圧9aの発生タイミングと印加時間、リセット電圧9bの発生タイミングと印加時間を決定する信号と、加速電圧9aおよびリセット電圧9bの間の加速用の誘導電圧9を印加しない時間を決定するための信号からなる。従って、ゲート信号パターン8aによって、加速用の誘導電圧9の発生タイミングと印加時間を加速する荷電粒子ビームの長さにあわせて調節することが可能である。
パターン生成器8bは、ゲート親信号8cをスイッチング電源5bの電流路のオンおよびオフの組み合わせへと変換する装置である。
スイッチング電源5bは一般に複数の電流路を持ち、その各枝路を通過する電流を調整し、電流の方向を制御することで負荷(ここでは加速用誘導加速セル6)に正と負の電圧を発生する(図2)。
バンチ3の通過に加速用の誘導電圧9の発生タイミングと印加時間を合わせるためには、真空ダクトに取り付けられたバンチ3の通過を感知するバンチモニター7から、バンチ3の通過情報である通過シグナル7aを用いて、デジタル信号処理装置8dによって制御する。
なお、加速実験の結果を観察するために、実験用のシンクロトロン1にバンチ3の通過シグナル7a、誘導電圧シグナル5eを検出するオシロスコープ7bを接続した。
図2は加速用誘導加速装置の等価回路である。加速用誘導加速装置の等価回路10は、DC充電器5cから常時給電を受けるスイッチング電源5bが、伝送線5aを経由して加速用誘導加速セル6に繋がったものとして表すことができる。加速用誘導加速セル6は誘導成分L、容量成分C、抵抗成分Rの並列回路で示す。並列回路の両端電圧がバンチ3が感じる加速電圧9aである。
図2の回路状態は、第1スイッチ11a、及び第4スイッチ11dがゲート信号パターン8aによりオンになっており、バンクコンデンサー11に充電された電圧が加速用誘導加速セル6に印加され、加速ギャップ6aにバンチ3を加速するための加速電圧9aが生じている状態である。
次に、オンになっていた第1スイッチ11a、及び第4スイッチ11dがゲート信号パターン8aによりオフになり、第2スイッチ11b、及び第3スイッチ11cがゲート信号パターン8aによりオンになって、前記加速ギャップ6aに前記誘導電圧と逆向きのリセット電圧9bが生じ、加速用誘導加速セル6の磁性体の磁気的飽和をリセットする。
そして、第2スイッチ11b、及び第3スイッチ11cがゲート信号パターン8aによりオフになり、第1スイッチ11a、及び第4スイッチ11dがオンになる。このような一連のスイッチング動作をゲート信号パターン8aにより繰り返すことで、バンチ3の加速に必要な加速用の誘導電圧9を発生させることが可能となる。
前記、ゲート信号パターン8aは、スイッチング電源5bの駆動を制御する信号であり、バンチ3の通過シグナル7aを基に、デジタル信号処理装置8d、及びパターン生成器8bからなる誘導電圧制御装置8でデジタル制御される。
なお、バンチ3に印加された加速用の誘導電圧9の値は、回路中の電流値とマッチング抵抗12との積から計算された値と等価である。従って、電流計である誘導電圧モニター5dによって電流値を測定することで、印加した加速用の誘導電圧9の値を知ることができる。そこで、加速用の誘導電圧9の値を誘導電圧シグナル5eとして、デジタル信号処理装置8dにフィードバックし、誘導電圧制御の方法に利用することもできる。
図3は、バンチの周回と加速用の誘導電圧の発生タイミングを合わせるための可変遅延時間についての説明図である。加速用の誘導電圧9で荷電粒子ビームを加速するためには、バンチ3が加速用誘導加速セル6に到達した時間に合わせて加速電圧9aを印加しなければならない。
さらに、加速中の荷電粒子ビームは、加速時間の経過とともに、単位時間当たりに設計軌道2を周回する回数(周回周波数(fREV))が変化する。例えば、KEKの12GeVPSにおいて陽子ビームを加速する場合、陽子ビームの周回周波数は、667kHzから882kHzまで変化する。
従って、荷電粒子ビームを意図した通りに加速するためには、加速時間とともに変化するバンチ3の移動時間3dに合わせて加速電圧9aを印加させ、また、バンチ3が加速用誘導加速セル6に存在しない時間帯にリセット電圧9bを発生させなければならない。
また、誘導加速セルを用いたシンクロトロンを含む円形加速器は広い敷地に設置させるため、加速器を構成する各装置間を接続する信号線のケーブルを長く引き回す必要がある。そして信号線を伝播する信号の速度は有限の値を持っている。従って、円形加速器の構成を改変した場合、信号が各装置を通過する時間が、改変する前と同じである保証がない。そのため、誘導加速セルを用いたシンクロトロンを含む円形加速器では構成要素の改変の都度、印加時間のタイミングを設定しなおさなければならない。
そこで、上記問題を解決するため、デジタル信号処理装置8dを用いて、バンチモニター7の通過シグナル7aの発生から加速電圧9aを印加するまでの時間を調整することとした。具体的には、デジタル信号処理装置8dの内部で、バンチモニター7からの通過シグナル7aを受けてから、ゲート親信号8cの発生までの時間を制御する。以下、この制御される時間のことを可変遅延時間13という。
可変遅延時間13であるΔtは、バンチ3が設計軌道2のいずれかに置かれたバンチモニター7から、加速用誘導加速セル6に到達するまでの移動時間3dをt0、バンチモニター7からデジタル信号処理装置8dまでの通過シグナル7aの伝達時間7cをt1、及びデジタル信号処理装置8dから出力されたゲート親信号8cを基に加速用誘導加速セル6で加速電圧9aを印加するまでに要する伝達時間7dをt2とすると、次式(1)で求められる。
Δt=t0−(t1+t2)・・・式(1)
例えば、ある加速時間でのバンチ3の移動時間3dが1マイクロ秒であるとし、通過シグナル7aの伝達時間7cが0.2マイクロ秒、ゲート親信号8cが発生してから、加速電圧9aが発生するまでに要する伝達時間7dが0.3マイクロ秒であるならば、可変遅延時間13は、0.5マイクロ秒となる。
Δtは、加速の経過とともに変化する。荷電粒子ビームの加速に伴ってt0が加速の経過とともに変化するためである。従って、加速電圧9aをバンチ3に印加するためには、Δtをバンチ3の周回ごとに計算する必要がある。一方、t1およびt2は、一端誘導加速セルを用いたシンクロトロンを構成する各装置を設置すれば、一定の値である。
t0は、荷電粒子ビームの周回周波数(fREV(t))、及びバンチモニター7から加速用誘導加速セル6までの荷電粒子ビームが周回する設計軌道2の長さ(L)から求めることができる。また、実測してもよい。
ここで、t0を荷電粒子ビームの周回周波数(fREV(t))から求める方法を示す。荷電粒子ビームが周回する設計軌道2の全長をC0とすると、t0は次式(2)によってリアルタイムで計算することができる。
t0=L/(fREV(t)・C0)[秒]・・・式(2)
fREV(t)は次式(3)によって求められる。
fREV(t)=β(t)・c/C0[Hz]・・・式(3)
ここで、β(t)は相対論的粒子速度、cは光速(c=2.998×108[m/s])である。β(t)は次式(4)によって求められる。
β(t)=√(1−(1/(γ(t)2))[無次元]・・・式(4)
ここで、γ(t)は相対論係数である。γ(t)は次式(5)によって求められる。
γ(t)=1+ΔT(t)/E0[無次元]・・・式(5)
ここで、ΔT(t)は加速電圧9aによって与えられるエネルギーの増加分、E0は荷電粒子の静止質量である。ΔT(t)は次式(6)によって求められる。
ΔT(t)=ρ・C0・e・ΔB(t)[eV]・・・式(6)
ここで、ρは偏向電磁石の極率半径、C0は荷電粒子ビームが周回する設計軌道2の全長、eは荷電粒子が持つ電荷量、ΔB(t)は加速開始からのビーム偏向磁場強度の増加分である。
荷電粒子の静止質量(E0)、荷電粒子の電荷量(e)は、荷電粒子の種類によって異なる。
上述の一連の可変遅延時間13であるΔtを求める式を定義式という。可変遅延時間13をリアルタイムに求める時は、定義式をデジタル信号処理装置8dの可変遅延時間計算機13aに格納する。
従って、可変遅延時間13は、バンチモニター7から加速用誘導加速セル6の距離(L)、荷電粒子ビームが周回する設計軌道2の全長(C0)が定まれば、荷電粒子ビームの周回周波数によって、一意に定まる。さらに、荷電粒子ビームの周回周波数も、磁場励磁パターン15によって、一意に定まる。
また、荷電粒子の種類、誘導加速セルを用いたシンクロトロンの設定が定まれば、ある加速時点での必要な可変遅延時間13も一意に定まる。従って、バンチ3が、磁場励磁パターン15にしたがって理想的な加速をするとすれば、予め可変遅延時間13を計算しておくこともできる。
しかし、上述したように、荷電粒子ビームに印加される加速電圧9aは、毎回一定値であるとは限らない。よって、効率的な加速をするためには、可変遅延時間13をリアルタイムで計算することが望ましい。
図4はデジタル信号処理装置の構成図である。デジタル信号処理装置8dは、可変遅延時間計算機13a、可変遅延時間発生器13c、オンオフ選択器13eおよびゲート親信号出力器13gからなる。
可変遅延時間計算機13aは、可変遅延時間13を決定する装置である。可変遅延時間計算機13aに、荷電粒子の種類に関する情報、磁場励磁パターン15を基に計算される可変遅延時間13の定義式を格納することにより、可変遅延時間13をリアルタイムで計算することができる。
荷電粒子の種類に関する情報とは、加速する荷電粒子の質量と電価数である。上述したように、荷電粒子が加速用の誘導電圧9から得るエネルギーは電価数に比例し、これによって得られる荷電粒子の速度は荷電粒子の質量に依存する。従って、可変遅延時間13の変化は荷電粒子の速度に依存するため、荷電粒子の種類に関する情報を予め与えておく。
また、荷電粒子の種類、磁場励磁パターン15が予め定まっているときは、可変遅延時間13を定義式にしたがって予め計算し、必要な可変遅延時間パターン(図7)として格納してもよい。
なお、可変遅延時間13をバンチ3の周回ごとに、リアルタイムで計算する場合は、誘導加速セルを用いたシンクロトロンを構成する偏向電磁石13jからその時の磁場強度をビーム偏向磁場強度シグナル13kとして、可変遅延時間計算機13aが受けて、荷電粒子の種類に関する情報を与えることによって、予め計算する場合と同様に可変遅延時間13をバンチ3の周回ごとに計算することもできる。
また、バンチ3の周回速度を測定する速度モニター13hを使用し、式(3)のβ(t)・cに相当する速度シグナル13iを直接可変遅延時間計算機13aにリアルタイムで与えれば、上述の式(1)、及び式(2)に従って、荷電粒子の種類に関する情報を与えることなく、リアルタイムで可変遅延時間13を計算することもできる。
リアルタイムで可変遅延時間13を計算することにより、加速用誘導加速装置5を構成するDC充電器5c、バンクコンデンサー11等に起因して、印加する加速電圧値9kが所定の設定値から変動した場合、何らかの外乱によって、荷電粒子ビームの周回速度に突発的な変化が起こった場合であっても、加速電圧9aの発生タイミングを補正することが可能となり、的確に加速電圧9aをバンチ3に印加することが可能となる。その結果、より効率的に荷電粒子ビームを加速することができることとなる。
上述のようにして、計算または予め与えられた可変遅延時間13は、デジタルデーターである可変遅延時間シグナル13bとして、可変遅延時間発生器13cに出力される。
可変遅延時間発生器13cは、ある周波数を基準とするカウンターで、通過シグナル7aをデジタル信号処理装置8d内に一定時間保持したのち通過させる機能を持つ装置である。例えば、1kHzのカウンターであれば、カウンターの数値1000は、1秒と等価である。すなわち、可変遅延時間発生器13cに、可変遅延時間13に相当する数値を入力することで、可変遅延時間13の長さの制御を行うことができる。
具体的には、可変遅延時間発生器13cは、バンチモニター7からの通過シグナル7a、及び前記可変遅延時間計算機13aによって出力された可変遅延時間13に相当する数値である可変遅延時間シグナル13bを基に、バンチモニター7を通過したバンチ3ごとに、次回の加速用の誘導電圧9を発生させるタイミングを計算して、オンオフ選択器13eに可変遅延時間13の情報であるパルス13dを出力する。
例えば、可変遅延時間計算機13aによって、150という数値の可変遅延時間シグナル13bを上記1kHzのカウンターである可変遅延時間発生器13cに出力した場合、可変遅延時間発生器13cは、バンチモニター7からの通過シグナル7aを受けてから、0.15秒後にパルス13dを発生する。
ここで通過シグナル7aとは、バンチ3がバンチモニター7を通過した瞬間にあわせて発生するパルスである。パルスはそれを伝送する媒体あるいはケーブルの種類によって、適切な強度を持つ電圧型、電流型、光型などがある。前記通過シグナル7aを得るためのバンチモニター7は、従来から高周波シンクロトロン21に使用されている陽子の通過を感知するモニターでよい。
前記通過シグナル7aは、デジタル信号処理装置8dに荷電粒子ビームの通過タイミングを時間情報として与えるために用いられる。荷電粒子ビームの通過により、発生したパルスの立ち上がり部によって、設計軌道2での荷電粒子ビームの進行軸方向3aでの位置が求められる。すなわち、通過シグナル7aは、可変遅延時間13の開始時間の基準である。
オンオフ選択器13eは、加速用の誘導電圧9を発生(オン)させるか、発生させない(オフ)か決定する装置である。
例えば、ある瞬間に必要な加速電圧値9kが0.5kVである場合、1=パルス13fを発生させる、0=パルス13fを発生させないと定義し、1.0kVの一定値の加速電圧9aを用いて、バンチ3が10周回する間に、バンチ3の周回ごとに加速電圧9aを印加する、しないを、[1、0、・・・、0、1](1が5回、0が5回)とすると、バンチ3が10周回の間に受けた平均的な加速電圧値9hは0.5kVとなる。このようにして、オンオフ選択器13eが加速電圧9aをデジタル制御する。
ある時間に必要な加速電圧値9kは、荷電粒子の種類、磁場励磁パターン15が予め定まっているときは、磁場励磁パターン15から予め計算される理想的な加速電圧値パターン(図6)に対応する等価的な加速電圧値パターン(図6)として与えることができる。
等価的な加速電圧値パターン(図6)とは、例えば、1秒間に加速電圧値9kを0V〜1kVまで変化させ、0.1秒間隔で制御する場合、加速開始から0.1秒間は0kV、0.1〜0.2秒間は0.1kV、0.2〜0.3秒間は0.2kV・・・0.9〜1.0秒間は1.0kVとする等のデーターテーブルである。
また、ある時間に必要な加速電圧値9kは、バンチ3の周回ごとに、リアルタイムで計算することも可能である。ある時間に必要な加速電圧値9kをリアルタイムで計算する場合は、誘導加速セルを用いたシンクロトロンを構成する偏向電磁石13jからその時の磁場強度をビーム偏向磁場強度シグナル13kとして受けて、予め計算する場合と同様な演算式により計算すればよい。
そして、オンオフ選択器13eは、上述のようにして与えられた荷電粒子ビームの加速中のある時間に必要な加速電圧値9kを基にして決定された、ゲート親信号8cの発生を制御するパルス13fをゲート親信号出力器13gに出力する。
ゲート親信号出力器13gは、デジタル信号処理装置8dを通過した可変遅延時間13と加速用の誘導電圧9のオンオフの両方の情報を含んだパルス13fをパターン生成器8bに伝達するためのパルス、すなわちゲート親信号8cを発生させる装置である。
ゲート親信号出力器13gから出力されるゲート親信号8cであるパルスの立ち上がりが、加速用の誘導電圧9の発生タイミングとして用いられる。また、ゲート親信号出力器13gは、オンオフ選択器13eから出力されるパルス13fを、パターン生成器8bに伝送する媒体あるいはケーブルの種類によって、適切なパルス強度を持つ電圧型、電流型、光型などに変換する役割を持っている。
ゲート親信号8cは、通過シグナル7aと同様に、荷電粒子ビームと加速電圧9aのタイミングを合わせるための可変遅延時間13を経過した瞬間にゲート親信号出力器13gから出力される矩形の電圧パルスである。パターン生成器8bはゲート親信号8cであるパルスの立ち上がりを認識することで動作を開始する。
上述のようにしてなるデジタル信号処理装置8dは、荷電粒子ビームが周回する設計軌道2にあるバンチモニター7からの通過シグナル7aを基準に、スイッチング電源5bの駆動を制御するゲート信号パターン8aの基となるゲート親信号8cをパターン生成器8bに出力する。つまりデジタル信号処理装置8dが加速用の誘導電圧9のオンオフを制御しているといえる。
特に、リアルタイムで可変遅延時間13、必要な加速電圧値9kを計算することにより、何ら設定を変更することなく、偏向電磁石13jの磁場励磁パターン15を基に、荷電粒子ビームの周回周波数に同期した加速電圧9aを印加することが可能となる。
また、可変遅延時間13を予め計算する場合には、可変遅延時間計算機13aの中の理想的な可変遅延時間パターン(図7)に対応する必要な可変遅延時間パターン(図7)、オンオフ選択器13eの中の等価的な加速電圧値パターンを、選択した荷電粒子、磁場励磁パターン15に則した計算結果に書き換えるだけで、荷電粒子ビームと加速用の誘導電圧9の発生タイミングを常に合わせることができる。従って、効率的に任意の荷電粒子を任意のエネルギーレベルまで加速することが可能となる。
図5は遅い繰り返しと加速電圧の関係を示す図である。横軸t(s)は実験用のシンクロトロン1の運転時間であり、単位は秒である。第1縦軸Bは実験用のシンクロトロン1を構成する偏向電磁石13jの磁場強度である。第2縦軸vは誘導電圧値である。なお、これは、KEKの12GeVPSによる陽子の加速パターンの1つである。
遅い繰り返しとは、陽子ビームを前段加速器から入射14aした時間から開始し、加速を経て、出射14bし、さらに次回の入射14aができるまでの時間である1周期14が約数秒程度の遅い繰り返しの磁場励磁パターン15による加速のことをいう。
この磁場励磁パターン15は、陽子ビームが入射14aされた直後から、磁場強度を徐々に高め、出射14bの時点で最大磁場励磁状態になる。このとき陽子ビームの加速に使える加速時間14c、すなわち入射14aから加速終了14dまでにおいて、磁場強度は大きく変化する。
特に、陽子ビームの入射14aの直後から、磁場強度は二次関数的に増加する。この時間帯の磁場励磁パターン15を非線形励磁領域15aという。これは偏向電磁石13jで発生させる磁場の変化が時間的に連続である要請に起因している。
その後、加速終了14dまでは、磁場強度は時間に関して、一次関数的な増加になる。この時間帯の磁場励磁パターン15を線形励磁領域15bという。
従って、荷電粒子ビームを加速するには、この磁場強度の変化に同期して、誘導電圧を発生させる必要がある。そのときの磁場励磁パターン15に同期して必要となる加速電圧値(Vacc)(以下、理想的な加速電圧値パターン9cという。)は、次式(7)に示す関係がある。
Vacc∝dB/dt・・・式(7)
すなわち、ある時間での必要な加速電圧値9kは、当該時間での磁場励磁パターン15の時間変化率に比例するものである。
よって、非線形励磁領域15aでは、磁場強度が二次関数的に増加していることから、必要となる加速電圧値9iは、加速時間14cの時間変化の一次に比例して変化することとなる。
一方、線形励磁領域15bでの必要な加速電圧値9jは、加速時間14cの変化に関係なく一定である。なお、先の非特許文献2の内容は、この線形励磁領域15bおいて、一定間隔で印加する、一定値の加速電圧9aによって、陽子ビームを加速できることを報告したものである。
また、加速電圧9aは上述したように、印加し続けることはできないため、加速電圧9aを印加した次回は、リセット電圧9bを印加しなければならないのは勿論である。ここでは、理想的な加速電圧値パターン9cと異極のリセット電圧9bの集まりを理想的なリセット電圧値パターン9dという。
従って、加速電圧9aをこの非線形励磁領域15aの磁場励磁パターン15に同期するためには、加速電圧値9iを時間変化とともに増加させることが必要である。
しかし、加速用誘導加速セル6自体は、誘導電圧調整機構をもっていないため加速電圧値9iは一定でしか得られない。一方、加速用誘導加速セル6で発生させるバンクコンデンサー11の充電電圧を制御することにより加速電圧値9iを変化することも考えられるが、バンクコンデンサー11は本来、出力変動に伴う充電電圧の変動を制御する目的で装荷されているものであるため、現実的にはバンクコンデンサー11の充電電圧を変化させる方法は、加速電圧値9iを速やかに制御する目的には使用できない。
そこで、誘導電圧制御装置8を用いて、加速電圧9aの発生タイミングを非線形励磁領域15aに同期させることとした。
図6は等価的な加速電圧値をパルス密度変化によって制御する方法を示す図である。図6(A)は、図5の加速時間14cの一部を拡大した図である。また、記号の意味は、図5と同じである。
図6(B)は、図6(A)における線形励磁領域15bでの一定のバンチ3の周回回数における加速用の誘導電圧9の発生タイミング群(以下、パルス密度17という。)を示したものである。図6(C)は、図6(A)における非線形励磁領域15aでのパルス密度17を示したものである。
大きく変化する磁場励磁パターン15に同期させ、陽子ビームを加速するためには、まず、前提として線形励磁領域15bで必要な加速電圧値9jを印加できる加速用誘導加速セル6によって、陽子ビームの周回ごとに一定電圧値である加速電圧9aを印加できることが必要である。
例えば、線形励磁領域15bで式(7)の関係から必要な加速電圧値9jが4.7kVであるとすると、4.7kV以上の加速電圧9aを印加できる加速用誘導加速セル6が必要である。そのときのパルス密度17を図6(B)に示す。
図6(B)は、図6(A)の線形励磁領域15bでの必要な加速電圧値9jが4.7kVであるから、4.7kVの加速電圧9aをバンチ3の周回ごとに印加するとともに、リセット電圧9bを印加するように調整することを示している。このようなパルス密度17をある周回数ごとにまとめて制御するバンチ3の周回数を、制御単位15cという。
次に、非線形励磁領域15aに同期するため理想的な加速電圧値パターン9cをバンチ3に与えることが必要になる。それには一定値の加速電圧9aしか印加できない加速用誘導加速セル6であっても、加速電圧9aの印加回数を制御単位15cにおいて調整することで、理想的な加速電圧値パターン9cと等価な加速電圧値9kを与えることが可能になる。
すなわち、制御単位15cにおける加速電圧9aの印加回数を0から、バンチ3の周回ごとに印加するよう、段階的に増加させることで、理想的な加速電圧値パターン9cと一定時間においては、等価な加速電圧値9kを与えることができる。この等価な加速電圧値9kの集まりを等価的な加速電圧値パターン9eという。
例えば、非線形励磁領域15aでの必要な加速電圧値9iの最大値が4.7kV、加速電圧9aの制御単位15cが10周回であるとすると、加速電圧値9kを0kV〜4.7kVまで、0.47kV間隔で段階的に調整することができる。その結果、非線形励磁領域15aでの等価的な加速電圧値9kは10段階に分割できることとなる。そのときのパルス密度17を図6(C)に示す。
図6(c)は、非線形励磁領域15aにおいて、等価的な加速電圧値9kが0.97kVである場合のパルス密度17の制御方法の一例を示したものである。制御単位15cのバンチ3の周回回数を10とすると、10周回の内の任意の2周回に4.7kVの一定値の加速電圧9aを印加する。
具体的には図6(C)の実線で示した加速電圧9a、リセット電圧9bを発生させればよい。その方法は、点線で示した加速電圧9f、リセット電圧9gの印加をリアルタイムで停止することで可能である。
このような加速電圧9aの印加制御を行うことにより、必要な加速電圧値9iである0.97kVを印加したことになる。なお、加速電圧9aの次には、リセット電圧9bが必要なのは当然である。
また、0.47kVよりさらに小さい加速電圧値9iが要求される場合には、バンチ3の周回数に対する加速電圧9aの印加回数の比を調整すればよい。例えば、加速電圧値9iとして0.093kvを必要とする場合は、バンチ3の100周回ごとに2回加速電圧9aを印加すればよい。
ここで、非線形励磁領域15aが0.1秒間あるとすると、制御単位15cを10と設定した場合の各段階の時間は、0.01秒となる。
すなわち、パルス密度17の制御による加速電圧値9iの調整は、バンチモニター7からの通過シグナル7aを基に、デジタル信号処理装置8d、パターン生成器8bからなる誘導電圧制御装置8でゲート信号パターン8aの生成を停止する制御を行うことで可能である。
なお、制御単位15cの間にバンチ3に印加された加速電圧値(Vave)は、加速用誘導加速セル6によって印加される一定値の加速電圧値(V0)、及び前記制御単位15cの加速電圧9aの印加回数(Non)と加速電圧9aがオフの回数(Noff)から、次式(8)によって求められる。
Vave=V0・Non/(Non+Noff)・・・式(8)
つまり、本発明である誘導電圧制御装置8によって、上述のような方法によって、制御単位15cのパルス密度17を調整し、ほぼ一定の電圧値(V0)の加速電圧9aしか印加することができない加速用誘導加速セル6であっても、遅い繰り返しの磁場励磁パターン15に同期して、加速電圧9aを陽子ビームに印加することが可能となる。
図7は加速エネルギーレベルと可変遅延時間の関係を示す図である。図7(A)は、陽子ビームのエネルギーレベルと可変遅延時間13の関係を示している。なお、KEKの12GeVPSに本発明である誘導電圧制御装置8を組み込み、実験用のシンクロトロン1に陽子ビームを入射14aしたときの値である。
横軸MeVは陽子ビームのエネルギーレベルであり、単位はメガボルトである。1MeVは、1.602×10−13ジュールに相当する。縦軸Δt(μs)は、可変遅延時間13であり、単位はマイクロ秒である。
図7(A)のグラフは、理想的な可変遅延時間パターン16と、理想的な可変遅延時間パターン16に対応する必要な可変遅延時間パターン16aである。
理想的な可変遅延時間パターン16とは、陽子ビームの周回速度の変化に合わせて、加速電圧9aを印加するために、陽子ビームの周回ごとに調節されたとしたならば、バンチ3がバンチモニター7を通過した時間から、デジタル信号処理装置8dがゲート親信号8cを出力するまでに要する、エネルギーレベルの変化に対応した可変遅延時間13のことをいう。
必要な可変遅延時間パターン16aとは、理想的には、荷電粒子ビームの周回ごとに、可変遅延時間13を制御することが望ましいが、可変遅延時間発生器13cの可変遅延時間13に対応したパルス13dの制御精度が±0.01μ秒であること、バンチ3の周回ごとに可変遅延時間13を制御しなくとも、加速電圧9aの印加時間に時間的な幅があるため荷電粒子を損失することなく十分効率的な加速を行うことができることから、理想的な可変遅延時間パターン16と同様に、加速電圧9aを荷電粒子ビームに印加することができる、エネルギーレベルの変化に対応した可変遅延時間13のことをいう。
従って、可変遅延時間13は、一定の時間単位で制御することとなる。この単位のことを、制御時間単位16bという。ここでは、0.1μsである。
図7(A)のグラフより、KEKの12GeVPSでの加速において、エネルギーレベルの低い入射14aの直後の陽子ビームに加速電圧9の発生タイミングを合わせる理想的な可変遅延時間13は、約1.0μsの長さを必要とする。
さらに、陽子ビームは加速時間14cの経過とともに、エネルギーレベルが増加し、それに伴って、可変遅延時間13も短くなる。特に、約4500MeVから加速終了14dまでの間の必要な可変遅延時間パターン16aは、ほぼ0に近い値であることが分かる。
図7(B)は加速時間14cの経過とともに、デジタル信号処理装置8dで計算され、出力されるゲート親信号8cの出力までに要する時間が短くなっている様子を示している。横軸Δt(μs)は可変遅延時間13であり、単位はマイクロ秒である。なお、横軸Δt(μs)は、図7(A)の縦軸に対応する。
例えば、入射14aの直後に1.0μsの可変遅延時間を要する陽子ビームは、2000MeV付近のエネルギーレベルの時間帯では、0.2μsの可変遅延時間13でよい。
バンチモニター7より得られる通過シグナル7aを基準に、デジタル信号処理装置8dによって、ゲート親信号8cの出力までに要する時間を制御することによって、すなわち可変遅延時間13を制御することによって、入射14aの直後の低いエネルギーレベルから、加速後半の高いエネルギーレベルまで、バンチ3の周回周波数に合わせて加速電圧9aを印加することが可能になる。
図8はパルス密度変化による加速電圧値の制御方法を例示した図である。記号tおよびvの意味は、図6と同じである。t1は非線形励磁領域15aの制御単位15cが10数回であるときの制御単位15cに要する時間を意味する。t2は線形励磁領域15bの制御単位15cが10数回であるときの制御単位15cに要する時間を意味する。
点線で示した加速電圧9fは、バンチ3が加速用誘導加速セル6に到達しても、印加されない加速電圧であることを意味する。同様に点線で示したリセット電圧9gも印加されないリセット電圧であることを意味する。
v1は、t1の間にバンチ3に印加された平均的な加速電圧値9hである。v1は、t1の間、すなわちバンチ3が10回加速用誘導加速セル6を通過する内の7回の通過に対して、一定電圧値v0の加速電圧9aを印加していることから、v1=7/10・v0=0.7v0として計算できる。リセット電圧9bにおいても同様である。
当然に、線形励磁領域15bで要求される一定値である理想的な加速電圧値9jを与えることも可能である。その場合の平均的な加速電圧値9hであるv2は、t2の間、加速用誘導加速セル6を通過するバンチ3に対して、毎周回、一定電圧v0の加速電圧9aを印加することから、v2=10/10・v0=v0である。
さらに、連続して印加する加速電圧9aと加速電圧9aの時間間隔(以下、パルス間隔17aという。)は、必要な可変遅延時間パターン16aにしたがうことで、必然的にバンチ3の周回時間24の短縮に対応することができる。
このようにパルス密度17を誘導電圧制御装置8で制御することで、一定電圧値の加速電圧9aのみしか印加できない加速用誘導加速セル6によっても、理想的な加速電圧値パターン9cに対応する等価的な加速電圧値パターン9eを与えることで、大きく変動する非線形励磁領域15aの磁場励磁パターン15に同期することが可能になった。
従って、本発明である誘導電圧制御装置8によって、加速用の誘導電圧9のパルス密度17を制御することで、あらゆる磁場励磁パターンに対応し、任意の荷電粒子を任意エネルギーレベルに加速することが可能になる。
図9はパルス密度17の変化による加速制御の実験原理を説明する図である。なお、横軸tは高周波加速空洞4内の時間的変化であり、縦軸V(RF)は高周波加速電圧値21bである。
以下、本発明である誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御によって、陽子ビームの加速が可能か、KEKの12GeVPSに加速用誘導加速セル6を組み込んだ融合型の実験用のシンクロトロン1を用いて確認したときの実験原理について説明する。
実験原理は、加速電圧9aと高周波加速空洞4による高周波4aを併用し、間接的に加速用誘導加速セル6によって印加される加速電圧9aが磁場励磁パターン15に同期しているか調べる方法を採用した。
本実験で使用した高周波加速空洞4は、加速用誘導加速セル6で印加される加速電圧9aが磁場励磁パターン15に同期して、バンチ3に等価的な加速電圧値9kを印加することができていた場合、バンチ中心3cに印加される高周波加速電圧値21bを0にするよう高周波加速電圧21aの位相を自動制御できる装置である。
高周波加速電圧21aの位相を自動制御するとは、加速用誘導加速セル6から印加される加速電圧9aが、磁場励磁パターン15に基づく理想的な加速電圧値パターン9cを超えてバンチ3に印加された場合には、バンチ3に負の電圧4eを印加する減速方向4gに位相を移動させ、一方、加速電圧9aが磁場励磁パターン15に基づく理想的な加速電圧値パターン9cに対して過小であった場合には、正の電圧4dを印加する加速方向4fに位相を移動させることである。
高周波加速電圧21aの位相がどのように制御されているかを確認するために、バンチ中心3cの高周波加速電圧値21bを測定した。その結果、バンチ中心3cの高周波加速電圧値21bが0である場合は、加速用の誘導電圧9が磁場励磁パターン15に同期しており、誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御が適正であると評価できることとなる。
一方、バンチ中心3cの高周波加速電圧21aが正の電圧4dである場合は、理想的な加速電圧値パターン9cに対応する等価的な加速電圧値パターン9eに対して加速電圧9aが過小であるため、正の電圧4dがバンチ中心3cに印加されるように高周波4aの位相を加速方向4fである高周波4bの位置に移動させ、磁場励磁パターン15に同期させており、誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御が適正でないと評価できる。
また、バンチ中心3cの高周波加速電圧21aが負の電圧4eである場合にも、理想的な加速電圧値パターン9cに対応する等価的な加速電圧値パターン9eに対して加速電圧9aが過剰であるため、負の電圧4eがバンチ中心3cに印加されるように高周波4aの位相を減速方向4gである高周波4cの位置に移動させ、磁場励磁パターン15に同期させており、誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御が適正でないと評価できる。
従って、バンチ中心3cの高周波電圧値を測定することで、磁場励磁パターン15に同期した加速電圧9aを印加するため、誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御が適性になされていたか知ることができる。
図10は実験結果を示す図である。図1の改変したKEKの12GeVPSである実験用のシンクロトロン1を用いて陽子ビームを加速したときの高周波電圧値を測定した結果である。
グラフの横軸t(ms)は、陽子ビームが実験用のシンクロトロン1内に入射14aされたときを基準にした加速時間14cの経過であり、単位はミリ秒である。縦軸vは、位相Φであり、図中4.7kvとは、4.7kvの誘導電圧値に対応する加速位相である。
実験に利用した磁場励磁パターン15は、図6(A)に示す非線形励磁領域15aの特に理想的な加速電圧値9kの変化が著しい入射14aの直後(0から100ms)を選択した。
試験区18は、本発明の誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御を、以下の条件で行ったときの結果である。
パルス密度17の制御単位15cは、バンチ3の周回回数10とした。従って、非線形励磁領域15aでの等価的な加速電圧値パターンは、10段階に分割できる。その分割された一定時間は、10msとなる。つまり、図6(A)に示す等価的な加速電圧値パターン9eと同じである。
必要な可変遅延時間パターンは、図7(A)に示す理想的な可変遅延時間パターン16に対応する必要な可変遅延時間パターン16aを用いた。そのときの制御時間単位16bは、0.1マイクロ秒である。
試験例18は、本発明の誘導電圧制御装置8によるパルス密度17の制御を、以下の条件で行ったときの結果である。
比較例(2)18bは、パルス密度17の制御することなく、バンチ3の周回ごとに一定電圧の加速電圧9aを印加したときの結果である。
なお、完全に加速用誘導加速セル6によって印加された加速電圧9aが、磁場励磁パターン15に同期している場合は縦軸の0の位置にグラフが描かれる。
図10の実験結果について説明する。試験例18では高周波加速空洞4によって、バンチ中心3cに印加された高周波加速電圧値21bは、ほぼ0kVであった。
従って、試験例18の結果から、本発明である誘導電圧制御装置8によって、パルス密度17を制御することで、非線形励磁領域15aにおいても加速用の誘導電圧9によって、陽子ビームを加速できることが確かめられた。
一方、比較例(2)18bは、本発明である誘導電圧制御装置8によって、パルス密度17を制御することなく(等価的な加速電圧値パターン9eにしたがわないが、必要な可変遅延時間パターン16aによる制御は当然に行っている)、バンチ3の通過ごとに、4.7kVの加速電圧9aを印加していた。
よって、比較例(2)18bの入射14aの直後においては、加速用誘導加速セル6によって過剰に印加された加速電圧9aからバンチ3が受けたエネルギーを減じ、磁場励磁パターン15に同期させるため、高周波4aが減速方向4gに位相を移動させ、約−4.7kVの負の電圧4eが印加されていた。
また、加速時間14cの経過とともに、磁場励磁パターン15に同期させるための理想的な加速電圧値パターン9cも、加速用誘導加速セル6によって印加される4.7kVの加速電圧9aに近づくため、高周波加速空洞4によって印加される高周波加速電圧21aの負の電圧4eが減少し、最終的に高周波加速空洞4によって印加させる高周波加速電圧値21bは、ほぼ0kVになった。
従って、比較例(2)18bの結果から、パルス密度17を制御しなければ、非線形励磁領域15aにおいて、一定電圧値の加速用の誘導電圧9のみでは陽子ビームを加速することができないことが確かめられた。
以上、図10の結果から、本発明である誘導電圧制御装置8によって、パルス密度17を制御することで、陽子ビームを非線形励磁領域15aにおいてでも、加速用の誘導電圧9によって、加速できることが確かめられた。
また、バンチ3の周回時間24は、加速時間14cの経過とともに徐々に短縮されていることから、実験結果は徐々に短縮される周回時間24に同期して、加速電圧9aの発生タイミングを必要な可変遅延時間パターン16aにより制御できたとことも確かめられた。
従って、予め必要な可変遅延時間パターン16aを、本発明である誘導電圧制御装置8の可変遅延時間計算機13aに与えることで、パルス密度17を制御し、非線形励磁領域15aの磁場励磁パターン15を基に計算できる理想的な加速電圧値パターン9cに対応する等価的な加速電圧値パターン9eを陽子ビームに与えることができたといえる。
つまり、陽子ビームが加速できることから、荷電粒子の種類や、磁場励磁パターン15が変更になったとしても、変更した必要な可変遅延時間パターンを可変遅延時間計算機13aに与えること、及び磁場励磁パターン15に基づく理想的な加速電圧値パターン9cに対応する等価的な加速電圧値パターン9eを、オンオフ選択器13eに与えることにより、任意の荷電粒子を任意のエネルギーレベルに加速することができるといえる。
図11は図10の実験結果を加工した図である。図10では、10分割された非線形領域での加速電圧値9iの変化が十分確認することができないため、図10で得られた結果を以下に示す方法により加工しグラフを作成した。なお、記号の意味は図10と同じである。
検証(1)18cは、比較例(1)18aの高周波加速電圧値21bから試験例18の高周波加速電圧値21bを引いた結果を表すグラフである。
一方、検証(2)18dは、比較例(2)18bの高周波加速電圧値21bから試験例18の高周波加速電圧値21bを引いた結果を表すグラフである。
上記加工により、測定過程におけるノイズの影響を取り除くことができる。なお、v=0の位置がパルス密度17の制御を行った場合の結果に相当する。
図11の結果から、バンチ3の10周回ごとを制御単位15cとしてパルス密度17を制御したことから、非線形励磁領域15a(0から100ms)において、等価的な加速電圧値パターン9eに対応する、10msごとの加速電圧値9iの上昇を確認できる。
図12は速い繰り返しと加速電圧値を示す図である。シンクロトロンの運転方式には、速い繰り返し方式と、遅い繰り返し方式がある。何れも荷電粒子ビームを加速する過程において時間的に変動する磁場励磁パターン15、19をもつ。
上述のように、一定値である加速電圧9aを用いて、遅い繰り返しの磁場励磁パターン15に同期して、任意の荷電粒子を任意のエネルギーレベルまで加速できることを説明したが、本発明である誘導電圧制御装置8及びその制御方法によれば、速い繰り返しの磁場励磁パターン19であっても、加速用の誘導電圧9を同期させることができる。
速い繰り返しとは、荷電粒子を前段加速器からの入射14aから開始し、加速を経て、出射14bし、さらに次回の入射14aができるまでの時間である1周期20が約数十ミリ秒程度の速い繰り返しの磁場励磁パターン19による加速のことをいう。
第1縦軸Bは、誘導加速セルを用いたシンクロトロンの磁場強度で、第2縦軸vは誘導電圧値である。第1横軸tは、磁場励磁パターン19の時間的変化であり、第2横軸t(v)は、加速用の誘導電圧9の発生時間であり、ともに荷電粒子ビームが誘導加速セルを用いたシンクロトロンに入射14aした時間を基準としている。
速い繰り返しの磁場励磁パターン19は、サインカーブの振幅を描くが、この磁場励磁パターン19に同期する加速用の誘導電圧9の値は、遅い繰り返しの磁場励磁パターン15から求めるのと同様に、前述の式(7)により計算される。
式(7)により計算された加速電圧値9kが、理想的な加速電圧値パターン19aである。理想的な加速電圧値パターン19aは、磁場励磁パターン19のある時間での磁場変化の時間微分に比例するため、理論的にはコサインカーブ形の加速電圧9kの変化が求められる。
当然に、理想的な加速電圧値パターン19aと逆向きの理想的なリセット電圧値パターン19cと等価的なリセット電圧9bを、荷電粒子ビームの存在しない時間帯に発生させなければならない。
この磁場励磁パターン19に同期し加速電圧9aを印加させるためには、遅い繰り返しの磁場励磁パターン15の場合に比べ要求される加速電圧値9kは、時間とともに著しく増減する。
しかし、本発明による誘導電圧制御装置8及びその制御方法により、等価的な加速電圧値パターン19bを用いて、複雑な加速電圧値9kの変化を伴う速い繰り返しの磁場励磁パターン19に問題無く同期して、加速電圧9aを十分高速、かつ正確に制御することができる。
従って、あらゆる磁場励磁パターンにおいても、本発明である誘導電圧制御装置8及びその制御方法を用いて、任意の荷電粒子を任意のエネルギーレベルに加速することができるといえる。