JP4071091B2 - 耐食性被膜形成方法及びその利用法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、海水等の塩化物水溶液雰囲気下において、例えば、ステンレス鋼、ニッケル基耐食合金等のクロムまたはニッケルを含有する合金基盤における耐食性を向上させるための耐食性被膜形成方法、及びその利用法等に関するものであり、より詳細には、有機ケイ素ポリマー架橋前駆体を、合金基板上において、高温加熱処理することにより、塩化物水溶液に対する耐食性に優れたアモルファスコーティング層の被膜形成方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
ステンレス鋼やニッケル基耐食合金等は、その表面に酸化物を主とする不動態被膜を形成することによって、各種の金属材料の中でも特に、中性溶液、酸、及びアルカリに対して優れた耐食性を発揮するものとして知られている。
【0003】
しかし、溶液中に塩化物イオン(Cl-)のようなハロゲンイオンが含まれる場合、上記不動態被膜が局部的に破壊されて孔食(点状の腐食)が生じ、金属材料に損傷が発生することがある。
【0004】
上記孔食のような金属材料の局部腐食を防止するために、金属材料に合金元素として、例えば、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、チタン(Ti)、またはケイ素(Si)等を添加し、耐食性を高めた金属材料を作製する方法が知られている。例えば、上記方法にて耐食性を高めた典型的な合金として、ステンレス鋼SUS316が挙げられる。
【0005】
また、ステンレス鋼における孔食の発生を抑制する方法として、特開平9−184065号公報に、ステンレス鋼の表面に厚さ0.1〜5μmのケイ素蒸着膜形成させる方法が開示されている(特許文献1参照)。また、特開平9−290212号公報には、クロム、銅等の金属元素を一定量含む鋼の表面に、亜鉛(Zn)と有機樹脂または無機樹脂とを主成分とする被膜を形成する方法が開示されている(特許文献2参照)。
【0006】
また、ステンレス鋼のみならず、一般の炭素鋼等の低コストな金属合金材料に、塩、硫黄、有機酸及び無機酸等への耐食性を付与する方法として、耐食性金属、合金、またはセラミックス等を溶射する方法が知られている。さらに、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、または不飽和ポリエステル等の有機材料を鋼材の表面にコートする方法も知られている。
【0007】
一方、特開2000−248069号公報には、含ケイ素ポリマーとアルコキシシラン化合物とを用いて、耐熱性、耐燃焼性に優れた材料を提供する方法が開示されている(特許文献3参照)。また、第51回高分子討論会予稿集には、同じく含ケイ素ポリマーとアルコキシシラン化合物とを用いて、耐酸化性を向上させる方法が示唆されている(非特許文献1参照)。
【0008】
【特許文献1】
特開平9−184065号公報(公開日 平成 9年 7月15日)
【0009】
【特許文献2】
特開平9−290212号公報(公開日 平成 9年11月11日)
【0010】
【特許文献3】
特開2000−248069号公報(公開日 平成12年 9月12日)
【0011】
【非特許文献1】
成澤 雅紀、他5名著、「含ケイ素耐熱性樹脂−金属アルコキシドを前駆体とする炭素系セラミックス材料の合成」、第51回高分子討論会予稿集、2002年9月18日、社団法人 高分子学会、II H09
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、前記特開平9−184065号公報、及び特開平9−290212号公報に開示の方法では、被膜を形成するための被膜形成方法が簡便ではなく、汎用性にかけるだけでなく、被膜形成された鋼材の機械的強度が弱いといった問題がある。
【0013】
また、金属やセラミックス等を溶射して被膜を形成する方法では、溶射により形成された被膜は多孔質であり、鋼材の表面に腐食の起点となる孔が数多く形成されることになるという問題がある。
【0014】
また、特開平9−290212号公報に開示の方法、及び有機材料等をコートする方法では、耐熱温度が概ね200℃にとどまり、機械的な特性も限られるという問題がある。
【0015】
また、特開2000−248069号公報、及び第51回高分子討論会予稿集に開示の方法では、耐熱性、耐燃焼性、及び耐酸化性に優れた材料を提供できるが、高耐食性材料については開示も示唆もされていない。
【0016】
従って、ステンレス鋼基盤、及びニッケル基耐食合金(例えば、インコネル、インコロイ、ハステロイ等)基盤等の合金基盤を、海浜等に建設されるプラントまたは船舶等の構造用材料等として利用できるようにするために、前記合金基盤表面に、塩化物イオンに対して優れた耐食性を有するとともに、耐熱性、対酸化性、及び機械的強度特性等に優れた被膜を形成する方法の開発が強く望まれていた。
【0017】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物イオンに対して耐食性を有するとともに、機械的強度特性等にも優れた被膜を形成する方法、及びその利用方法等を提供することにある。
【0018】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、有機ケイ素ポリマーと金属アルコキシドとを混合・反応させて、ゲルを調製した。次いで、このゲルをステンレス鋼表面に塗布し高温焼成することによって、広い範囲にわたって腐食の起点となる孔を有しない、平滑性の高い、アモルファスコーティング層の被膜が形成された耐食性ステンレス鋼を作製した。そして、本発明者らは、この耐食性ステンレス鋼の性質について詳細に検討した結果、架橋剤として添加する金属アルコキシドの種類に応じて、塩化物イオンによる孔食の始まる電位が高まること、及び一旦始まった孔食のその後の進行を抑制することができることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0019】
即ち、本発明の耐食性被膜形成方法は、上記の課題を解決するために、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための耐食性被膜形成方法であって、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を、前記合金基盤に塗布し、加熱焼成する第2工程とを含むことを特徴としている。
【0020】
上記の方法によれば、広い範囲において、塩化物溶液による腐食や孔食の起点となる孔を有しない平滑なアモルファス層被膜を、前記合金基盤の表面に、簡便に形成することができる。なお、「塩化物水溶液」とは、海水等のように塩化物イオンが含まれる水溶液のことをいう。
【0021】
この結果、前記合金基盤の表面が露出した際に生成される不動態被膜と前記アモルファス層とが協同して働き、塩化物イオンの攻撃による基盤表面での孔食発生を抑制することができる。
【0022】
また、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に含まれる、例えば、鉄(Fe)、クロム(Cr)、チタン(Ti)、またはモリブデン(Mo)等の金属元素と前記アモルファス層との間に、加熱焼成処理によって反応相を形成することができ、合金基盤とアモルファス層との密着性、及び塩化物イオンに対する耐食性をさらに向上させることができる。
【0023】
即ち、上記の方法によれば、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物イオンに対する優れた耐食性を容易に付与することができる。さらに、後述する実施例に示すように、上記被膜の形成により、機械的強度特性、耐酸化性、及び耐熱性も向上することが実験的に示されている。
【0024】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記第1工程において、有機ケイ素ポリマーに対する金属元素含有架橋剤の混合割合は、有機ケイ素ポリマーのモノマー単位あたり、1モル以下であることが好ましい。
【0025】
上記の方法によれば、機械的強度特性等が優れた被膜を形成することができる。
【0026】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記金属元素含有架橋剤が、チタン、タンタル、ジルコニウム、及びケイ素から選ばれる金属元素を含む金属アルコキシドであることが好ましい。
【0027】
上記の方法によれば、塩化物溶液に対する耐食性の優れた被膜を容易に形成することができる。なお、前記金属アルコキシドは、単独で使用することもできるが、複数の金属アルコキシドを混合させて用いることも可能である。
【0028】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記第1工程において、さらに、金属カルボニルまたはメタロセン系化合物を添加し反応させて、被膜形成用架橋前駆体を調製することが好ましい。
【0029】
上記の方法によれば、焼成後、合金基盤表面に形成されたアモルファス層の平滑性をさらに高めることができ、かつアモルファス層と合金基盤との密着性をさらに向上させることができる。
【0030】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記第2工程において、被膜形成用架橋前駆体を前記合金基盤に塗布する前に、被膜形成用架橋前駆体とフィラーとを混合することが好ましい。
【0031】
上記の方法によれば、より簡便に被膜を形成することができ、コスト低減、及び耐熱性、機械的強度の向上を図ることができる。
【0032】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記第2工程において、複数の被膜形成用架橋前駆体を重ねて塗布し、傾斜させて焼成することにより、傾斜的に被膜を形成することが好ましい。
【0033】
また、本発明に係る腐食進行観測方法は、複数の被膜が形成されているクロムまたはニッケルを含有する合金基盤における腐食の進行を観測するための腐食進行観測方法であって、前記複数の被膜のうち、下地の被膜が上地の被膜の腐食を抑制する様子を観測することにより、塩化物水溶液による前記合金基盤の腐食の進行を観測することを特徴としている。
【0034】
上記の方法によれば、合金基盤における腐食の進行具合を定量的に観測することができ、例えば、腐食の進行具合に伴って、プラントのメンテナンス等を適時行うことができる。
【0035】
また、本発明に係る被膜形成された耐食性合金基盤は、上記何れかの方法により得られる、塩化物水溶液に対して耐食性を有するものであることを特徴としている。
【0036】
本発明の被膜形成された耐食性合金基盤は、海水等の塩化物水溶液に対して、優れた耐食性を有しているとともに、耐熱性、耐酸化性、及び機械的強度にも優れていることから、海水雰囲気下耐食性合金基盤を提供することが可能である。従って、海水中または海浜等におけるプラント用材料、土木建築用材料、または船舶用材料として用いることができる。
【0037】
また、本発明に係る耐食性被膜は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための耐食性被膜であって、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を加熱焼成する第2工程とを含む耐食性被膜生産方法により得られることを特徴としている。
【0038】
また、本発明に係る被膜形成用架橋前駆体は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための被膜形成用架橋前駆体であって、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、チタン、タンタル、ジルコニウム、及びケイ素から選ばれる金属元素を含む金属アルコキシドとを混合し反応させて得られることを特徴としている。
【0039】
上記の耐食性被膜、または被膜形成用架橋前駆体を用いることにより、容易に、合金基盤に塩化物水溶液に対する耐食性を付与することができる。
【0040】
【発明の実施の形態】
本発明の耐食性被膜形成方法に関する実施の一形態について図1〜図3に基づいて説明すれば以下のとおりである。なお、本発明は、これに限られるものではない。
【0041】
本発明は、特定の構造を有する有機ケイ素ポリマーと金属を含有する架橋剤とを有機溶媒中または溶媒非存在下にて混合し、反応させ被膜形成用架橋前駆体を調製し、この被膜形成用架橋前駆体をクロムまたはニッケルを含有する合金基盤に塗布した後、高温熱処理により焼成することにより、厚さ数ミクロンの被膜を前記合金基盤表面に形成し、塩化物水溶液に対する耐食性を付与する方法を提案するものである。
【0042】
そこで、以下では本発明の耐食性被膜形成方法を説明し、次いでその利用方法等について説明することとする。
【0043】
(1)本発明に係る耐食性被膜形成方法
本発明の耐食性被膜形成方法は、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に塗布し、加熱焼成する第2工程とを含む耐食性被膜形成方法であればよい。
【0044】
本発明の方法により形成される被膜は、広い範囲にわたって、腐食や孔食の原因・起点となり得る孔をもつことなく、高い平滑性を有するアモルファスコーティング層である。
【0045】
後述する実施例に示すように、前記被膜をクロムまたはニッケルを含有する合金基盤表面に形成することにより、人工海水(NaCl、Na2SO4水溶液)中において、被膜コーティングしていない合金基盤等と比較して、孔食の始まる電位が高まること、即ち、腐食電位を著しく向上させることができることが実験的に示された。このため、本発明に係る耐食性被膜形成方法によって合金基盤に被膜が形成されることにより、塩化物水溶液による合金基盤での腐食や孔食の発生、及び一旦発生した腐食や孔食の進行を効果的に抑制することができる。
【0046】
以下に、本発明の耐食性被膜形成方法に用いられる材料、工程、生成物等について詳細に説明する。
【0047】
(1−1)有機ケイ素ポリマー
本発明の耐食性被膜形成方法に用いられる有機ケイ素ポリマーは、分子内にSi−H結合(ケイ素−水素結合)と炭素−炭素多重結合とを有するポリマーであればよく、特に限定されるものではない。また、熱硬化時の重量減少が少ないとされるポリマーであることが好ましい。炭素−炭素多重結合としては、炭素−炭素二重結合(C=C)と炭素−炭素三重結合(C≡C)とが挙げられるが、炭素−炭素三重結合がより好ましい。
【0048】
本発明に用いられる有機ケイ素ポリマーとして、具体的には、以下の一般式(1)〜(5)で表される繰り返し単位を有する化合物であればよい(Itoh M et al., Macromolecules, Vol.30, No.4, 694-701 (1997)、J. L. Brefort et al., Organometallics, Vol.11, No.7, 2500-2506 (1992)、Kobayashi T et al., "Thermal Stability of Octakis(silsesquioxane)-Based and Poly-(phenylenesilylen)-Based Polymers Containing Hydrosilyl Groups and Unsaturated Carbon-Carbon Bonds.", Proceedings of the 5th European Technical Symposium on Polyimides High Performance Functional Polymers, Montpellier (France), 3 May 1999、Poreddy Narsi Roddy et al., Chemistry Letters, 254 (2000)、Yamashita H. and Uchimaru Y., Chem. Commun., 1763 (1999)、Itoh M et al., Macromolecules, Vol.27, No.26, 7917-7919 (1994))。
【0049】
【化1】
【0050】
【化2】
【0051】
【化3】
【0052】
【化4】
【0053】
【化5】
【0054】
ここで、式中R、R1、R2、R3は、それぞれ独立に水素原子、炭素数1〜30のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、フェニル基やナフチル基等の芳香族基から選ばれる基である。なお、これらの基はハロゲン原子、水酸基、アミノ基、カルボキシル基から選ばれる置換基を含んでいてもよい。また、xとyとは、ともに正の整数であって、x/yは、好ましくは0.01〜100、さらに好ましくは0.1〜10の範囲である。なお、式中R、R1、R2、R3は、芳香族炭化水素基等の炭素−炭素多重結合を含むものであることがより好ましい。
【0055】
即ち、上記有機ケイ素ポリマーのより具体的な例としては、繰り返し単位が、メチルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン、メチルシリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン、ジメチルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン、ジメチルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン、ジメチルシリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン、ジエチルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン、フェニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン(構造式6参照)、
【0056】
【化6】
【0057】
、フェニルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン(構造式7参照)
【0058】
【化7】
【0059】
、フェニルシリレンエチニレン−1,2,3−フェニレンエチニレン(構造式8参照)
【0060】
【化8】
【0061】
、シリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン、シリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン、メチルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン(構造式9参照)、
【0062】
【化9】
【0063】
、シリレンエチニレン、メチルシリレン、フェニルシリレン、シリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン(構造式10参照)
【0064】
【化10】
【0065】
、フェニルシリレンエチニレン−1,2−フェニレンエチニレン、ジフェニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン、ヘキシルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン、ビニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン(構造式11参照)
【0066】
【化11】
【0067】
、オクシルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンエチニレン(構造式12参照)
【0068】
【化12】
【0069】
、フェニルシリレンエチニレン−1,4−フェニレンオキシ−1’,4’−フェニレンエチニレン(構造式13参照)
【0070】
【化13】
【0071】
、以下の構造式(構造式14参照)
【0072】
【化14】
【0073】
、フェニルシリレンイミノ(フェニルシリレン)エチニレン−1’,4’−フェニレンエチニレン(構造式15参照)
【0074】
【化15】
【0075】
、以下の構造式(構造式16参照)
【0076】
【化16】
【0077】
、以下の構造式(構造式17参照)
【0078】
【化17】
【0079】
、以下の構造式(構造式18参照)
【0080】
【化18】
【0081】
等である従来公知のものが挙げられる。なお、重量平均分子量については、特に制限はないが、好ましくは500〜500000である。これらの有機ケイ素ポリマーの形態は、常温で固体または液状であり、単独で、もしくは2種以上を混合して用いることができる。
【0082】
また、上記一般式(1)〜(5)で表される有機ケイ素ポリマーの製造方法としては、塩基性酸化物、金属水素化物、金属化合物類を触媒としてジエチニル化合物とシラン化合物との脱水素共重合を行う方法(例えば、特開平7−090085号公報、特開平11−158187号公報)、塩基性酸化物を触媒としてエチニルシラン化合物の脱水素重合を行う方法(特開平9−143271号公報)、有機マグネシウム試薬とジクロロシラン類とを反応させる方法(特開平7−102069号公報)、塩化第一銅と三級アミンとを触媒としてジエチニル化合物とシラン化合物との脱水素共重合を行う方法(Hua Qin Liu and John F. Harrod, The Canadian Journal of Chemistry, Vol. 68, 1100-1105 (1990))等の従来公知の製造方法が利用でき、特に限定されるものではない。
【0083】
(1−2)金属元素含有架橋剤
本発明の耐食性被膜形成方法に用いられる金属元素含有架橋剤としては、周期表(長周期)のIIIa、IVa、IVb、Va、VIa族から選ばれる金属元素を含む金属アルコキシド、または金属カルボニル等の有機金属錯体であればよく、特に限定されるものではない。なかでも、特に、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、ジルコニウム(Zr)、及びケイ素(Si)から選ばれる金属元素を含む金属アルコキシドであることが好ましい。
【0084】
即ち、本発明の耐食性被膜形成方法に用いられる金属アルコキシドは、一般式R4 mTi(OR5)4-m、R4 zTa(OR5)5-z、R4 mZr(OR5)4-m、R4 mSi(OR5)4-m、で表される金属アルコキシド(式中、R4、R5は、それぞれ独立に炭素数1〜30のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、フェニル基またはナフチル基等の芳香族基から選ばれる基である。なお、これらの基は、ハロゲン原子、水酸基、アミノ基、及びカルボキシル基から選ばれる置換基を有していてもよい。また、zは0または1〜4のいずれかの正の整数であり、mは0または1〜3のいずれかの正の整数である。)であればよい。
【0085】
より具体的には、例えば、テトラメトキシチタン、テトラエトキシチタン、テトラプロポキシチタン、テトラブトキシチタン、テトラペントキシチタン、テトラフェノキシチタン、トリメトキシチタン、トリエトキシチタン、ジメトキシチタン、ジエトキシチタン、メチルトリメトキシチタン、メチルトリエトキシチタン、ジメチルジメトキシチタン、トリメチルメトキシチタン、メチルトリエトキシチタン、エチルトリメトキシチタン、プロピルトリメトキシチタン、プロピルトリエトキシチタン、フェニルトリエトキシチタン、メチルフェニルジメトキシチタン、ビニルトリメトキシチタン、ビニルトリエトキシチタン、ジビニルジエトキシチタン、ビニルメチルジエトキシチタン、ビニルフェニルジエトキシチタン、アリルトリエトキシチタン、アリルメチルジメトキシチタン、アリルフェニルジエトキシチタン、テトラメトキシタンタル、テトラエトキシタンタル、テトラプロポキシタンタル、テトラブトキシタンタル、テトラペントキシタンタル、テトラフェノキシタンタル、トリメトキシタンタル、トリエトキシタンタル、ジメトキシタンタル、ジエトキシタンタル、メチルトリメトキシタンタル、メチルトリエトキシタンタル、ジメチルジメトキシタンタル、トリメチルメトキシタンタル、メチルトリエトキシタンタル、エチルトリメトキシタンタル、プロピルトリメトキシタンタル、プロピルトリエトキシタンタル、フェニルトリエトキシタンタル、メチルフェニルジメトキシタンタル、ビニルトリメトキシタンタル、ビニルトリエトキシタンタル、ジビニルジエトキシタンタル、ビニルメチルジエトキシタンタル、ビニルフェニルジエトキシタンタル、アリルトリエトキシタンタル、アリルメチルジメトキシタンタル、アリルフェニルジエトキシタンタル、テトラメトキシジルコニウム、テトラエトキシジルコニウム、テトラプロポキシジルコニウム、テトラブトキシジルコニウム、テトラペントキシジルコニウム、テトラフェノキシジルコニウム、トリメトキシジルコニウム、トリエトキシジルコニウム、ジメトキシジルコニウム、ジエトキシジルコニウム、メチルトリメトキシジルコニウム、メチルトリエトキシジルコニウム、ジメチルジメトキシジルコニウム、トリメチルメトキシジルコニウム、メチルトリエトキシジルコニウム、エチルトリメトキシジルコニウム、プロピルトリメトキシジルコニウム、プロピルトリエトキシジルコニウム、フェニルトリエトキシジルコニウム、メチルフェニルジメトキシジルコニウム、ビニルトリメトキシジルコニウム、ビニルトリエトキシジルコニウム、ジビニルジエトキシジルコニウム、ビニルメチルジエトキシジルコニウム、ビニルフェニルジエトキシジルコニウム、アリルトリエトキシジルコニウム、アリルメチルジメトキシジルコニウム、アリルフェニルジエトキシジルコニウム、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラペントキシシラン、テトラフェノキシシラン、トリメトキシシラン、トリエトキシシラン、ジメトキシシラン、ジエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、メチルフェニルジメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ジビニルジエトキシシラン、ビニルメチルジエトキシシラン、ビニルフェニルジエトキシシラン、アリルトリエトキシシラン、アリルメチルジメトキシシラン、アリルフェニルジエトキシシラン等が挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0086】
また、上記の金属アルコキシドを単独で使用するのみならず、複数の金属アルコキシドを混合して用いることもできる。この場合、架橋速度や密着性等を容易に制御することができる。
【0087】
上記金属アルコキシド以外に利用可能な金属アルコキシドとしては、以下に示すものが挙げられる。IIIa族では、イットリウム(Y)を含有する有機金属錯体として、例えば、イットリウムイソプロポキシド:Y(O−i−C3H7)3、イットリウム−2,4−ペンタンジオネート:Y(C3H7(CO)2)3、またランタン(La)を含有する有機金属錯体として、例えば、ランタニウムイソプロポキシド:La(O−i−C3H7)3、ランタニウム−2,4−ペンタンジオネート、1水和物:La(C3H7(CO)2)3・H2O等が挙げられる。
【0088】
また、IVa族では、ハフニウム(Hf)を含有する有機金属錯体として、例えば、ハフニウムブトキシド:Hf(O−n−C4H9)4、ハフニウム−2,4−ペンタンジオネート:Hf(C3H7(CO)2)4等が挙げられる。
【0089】
また、Va族では、ニオブ(Nb)を含有する有機金属錯体として、例えば、ニオビウムVエトキシド:Nb(OC2H5)5、ニオビウムオキサレート、モノオキサレート付加物:Nb((COOH)(COO))・(COOH)2、バナジウム(V)を含有する有機金属錯体として、例えば、バナジウムIIIイソプロポキシド:V(O−i−C3H7)3、バナジウム−2,4−ペンタンジオネート:V(C3H7(CO)2)3等が挙げられる。
【0090】
また、VIa族では、モリブデン(Mo)を含有する有機金属錯体として、例えば、モリブデニウムVエトキシド:Mo(OC2H5)5、タングステン(W)を含有する有機金属錯体として、例えば、タングステンVエトキシド:W(OC2H5)5等が挙げられる。
【0091】
また、ゲルマニウム(Ge)を含有する有機金属錯体として、例えば、テトラエトキシゲルマン:Ge(OC2H5)4、スズ(Sn)を含有する有機金属錯体として、例えば、ジアセトキシスズ:Sn(OCOCH3)2等が挙げられる。ただし、スズ有機化合物には毒性の問題がある。
【0092】
さらに、金属アルコキシド以外の有機金属錯体、例えば、金属カルボニルまたはメタロセン系化合物を、上記金属アルコキシドと混合して使用することも可能である。ここで、上記金属カルボニルまたはメタロセン化合物は、単独では架橋剤として使用することは好ましくないが、他の有機金属錯体とともに使用することで、架橋速度や、合金基盤と被膜との密着性を制御するための副添加物として利用可能な物質である。
【0093】
具体的には、例えば、モリブデニウムカルボニル:Mo(CO)6、シクロペンタジエニルモリブデニウム トリカルボニル ダイマー:(Mo(CO)3(C5H5))2、タングステンカルボニル:W(CO)6、シクロペンタジエニルタングステン トリカルボニル ダイマー:(W(CO)3(C5H5))2等が挙げられる。
【0094】
また、上記金属アルコキシド等の製造方法は、従来公知の方法が利用でき、特に限定されるものではない。
【0095】
(1−3)合金基盤
本発明の耐食性被膜形成方法により、被膜を形成される合金基盤は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤であればよく、特に限定されるものではない。上記合金基盤の表面不動態層には、クロム酸化物またはニッケル酸化物等が含まれていることにより、上記合金基盤と有機ケイ素ポリマーや金属アルコキシドとの親和性(濡れ性、化学的親和性等)が高まる。このため、被膜の密着性や平滑性が向上し、耐食性等の被膜の効果がより高まることになる。即ち、本発明の方法により形成された被膜と合金基盤との親和性には、合金基盤の表面不動態層におけるクロム酸化物、またはニッケル酸化物等が重要な影響を与えていると考えられる。
【0096】
上記の現象から用いられる合金基盤としては、特に、ステンレス鋼、またはニッケル基耐食合金基盤が好ましい。
【0097】
具体的には、ステンレス鋼としては、鉄を基質(主成分)とする合金であればよく、例えば、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、アルミニウム(Al)、またはケイ素(Si)等を含有する高耐食性の鉄基合金であることが好ましい。なお、上記金属元素の含有率は特に限定されない。
【0098】
また、ニッケル基耐食合金としては、ニッケルを基質とする合金であればよく、例えば、インコネル、インコロイ、ハステロイ等が挙げられる。インコネルとは、耐酸化性と耐熱性とを改善するためにクロムを添加したNi−Cr、またはNi−Cr−Fe系合金のことである。また、インコロイとは、耐熱性、耐酸化性ニッケル基高合金のことである。ハステロイとは、塩酸、沸騰硫酸等の酸に対する耐食性が優れているNi−Mo系合金である。
【0099】
(1−4)第1工程及び第2工程
次に本発明に係る耐食性被膜形成方法における第1工程及び第2工程について説明する。
【0100】
上記第1工程は、上記有機ケイ素ポリマーと上記金属元素含有架橋剤とを溶媒の存在下あるいは非存在下において混合し、均一な混合溶液を調製し、しかる後に溶媒等の揮発成分を留出除去しつつゲル化反応を進行させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する工程であればよい。
【0101】
上記第1工程における有機ケイ素ポリマーと金属元素含有架橋剤との混合割合は、有機ケイ素ポリマーのモノマー単位あたり、金属元素含有架橋剤が1モル以下となるように使用するのが好ましい。金属元素含有架橋剤の割合が1モルを超えると、機械的強度等の性質が低下するためである。
【0102】
また、有機ケイ素ポリマーと金属元素含有架橋剤とを混合する場合、溶媒を用いることが好ましい。用いられる溶媒は有機溶媒であればよく、特に限定されるものではない。具体的には、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。なお、水は入らないほうがよい。
【0103】
また、ゲル化反応の条件は、特に限定されるものでなく、例えば、通常0〜200℃の温度範囲内において、1〜100時間で行われる。ゲル化反応を行う場合、触媒を用いることなく行うことが可能である。ただし、後述する実施例に示すように、ゲル化反応が起こりにくい場合は、触媒を添加することが好ましい。ゲル化反応の際に好適に用いられる触媒としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、オレイン酸、乳酸、トルエンスルホン酸等の酸性化合物、または水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、水酸化アンモニウム、メトキシリチウム、エトキシリチウム、プロピキシリチウム、ブトキシリチウム、エトキシナトリウム、エトキシカリウム、プロポキシバリウム、ヘキソキシバリウム等のアルカリ性化合物が挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0104】
上記第2工程は、第1工程にて得られた被膜形成用架橋前駆体を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に塗布した後、減圧下または不活性ガス中にて加熱焼成する工程であればよい。
【0105】
被膜形成用架橋前駆体を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に塗布する方法としては、例えば、ディップ、捌け塗り、噴霧、またはスピンコート等によって塗布することができ、特に限定されるものではない。
【0106】
また、不活性ガスとしては、例えば、アルゴン、ヘリウム等の希ガス類や窒素ガス等が挙げられる。加熱焼成する温度範囲は、不活性ガス中では500〜1100℃であることが好ましい。
【0107】
なお、この場合における昇温速度、昇温時間、及び焼成時間等の設定については、目的に応じて種々の設定が可能であり、特に限定されるものではない。
【0108】
また、上記有機ケイ素ポリマー分子構造中のSi−H結合は、焼成時に金属元素含有架橋剤(例えば、金属アルコキシド)と反応すると考えられる。また、Si−H結合は有機ケイ素ポリマーの炭素−炭素多重結合と反応し、さらに、炭素−炭素多重結合同士も反応すると考えられる。上記(1−1)において、R、R1、R2、R3が炭素−炭素多重結合を有することが好ましいとしたのは、Si−H結合との反応が起こりやすくなり、反応的に優位であると考えられるからである。
【0109】
さらに、本発明の耐食性被膜形成方法では、上記第2工程において、被膜形成用架橋前駆体を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に塗布する前に、被膜形成用架橋前駆体とフィラーとを混合することが好ましい。
【0110】
これは、被膜形成用架橋前駆体を合金基盤に塗布する前に、予めフィラーと混合しておくことにより、より容易に塗布、製膜することができ、コストの低減が可能になるだけでなく、耐熱性や機械的強度の向上を図ることも可能となる。
【0111】
上記フィラーとしては、例えば、炭化ケイ素、シリカ、アルミナ、酸化ホウ素、またはカーボンブラック等を挙げることができ、特に限定されるものではない。
【0112】
また、本発明に係る耐食性被膜形成方法は、前記第2工程において、複数の被膜形成用架橋前駆体を重ねて塗布し、傾斜させて焼成することにより、傾斜的に被膜を形成することが好ましい。
【0113】
上記の方法によって被膜を形成した場合、組成が同一かまたは異なる複数種類の被膜(アモルファス層)を、合金基盤表面に傾斜的に形成することができる。これにより、塩化物水溶液に対する耐食性をより一層向上させることが可能となる。
【0114】
(1−5)形成される被膜
本発明の耐食性被膜形成方法により、合金基盤に形成される被膜は、炭素、ケイ素、酸素、及び金属元素(Metal)を含有する複合体である。即ち、炭素中に、例えば、チタン、タンタル、ジルコニウム、またはケイ素等の金属元素の酸化物及び/または炭化物等が分散、結合している複合体であるといえる。前記複合体の分子構造のイメージは、図2に示すSiC線維のような構造であると考えられる。
【0115】
また、後述する実施例に示すように、前記複合体による被膜が形成された合金基盤は、被膜が形成されていない合金基盤等に比較して、海水等の塩化物水溶液に対する耐食性が優れていることが実験的に示されている。
【0116】
さらに、前記複合体による被膜が形成された合金基盤は、耐熱性、耐酸化性、及び機械的強度特性も優れていることが示されている。耐熱性は、不活性雰囲気下にて1000℃、酸化雰囲気下にて800℃での適用が可能であり、機械的強度は、被膜が形成されていない場合に比べて、高まっていることがわかった。また、耐酸化性も被膜が形成されることにより高まることが示された。
【0117】
これらのことから、前記複合体による被膜を形成する方法は、これまでにない高性能炭素−金属コーティング体を提供するものである。
【0118】
(2)本発明の利用法
本発明の耐食性被膜形成方法は、上述してきたとおり、塩化物イオンに対する高い耐食性を付与するとともに、機械的強度、耐熱性、耐酸化性をも高めることができる被膜であって、広い範囲にわたって腐食、孔食の起点となる孔の存在しない、平滑性の高い被膜を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に容易に形成する方法である。従って、以下のように利用することができる。
【0119】
(2−1)被膜形成された耐食性合金基盤
上記耐食性被膜形成方法を用いることにより、塩化物水溶液に対する耐食性が付与された被膜が形成されたクロムまたはニッケルを含有する合金基盤が得られる。即ち、本発明に係る被膜形成された耐食性合金基盤は、上述被膜形成方法により得られる、塩化物水溶液に対する耐食性の優れている合金基盤であればよい。
【0120】
上記被膜形成された耐食性合金基盤、即ち、被膜形成されたクロムまたはニッケルを含有する合金基盤は、塩化物イオンに対する耐食性が高められているだけでなく、耐熱性、耐酸化性、及び機械的強度も高められている。即ち、塩化物水溶液による腐食や孔食が発生し難い、高耐食性のクロムまたはニッケルを含有する合金基盤を容易に提供することができる。
【0121】
従って、本発明に係る被膜形成された耐食性合金基盤は、海水中または海浜等の海塩粒子(例えば、塩化物イオン等)の多い環境下におけるプラント、土木建築物、または船舶等の材料等に用いることができる。
【0122】
(2−2)耐食性被膜及び耐食性被膜形成用前駆体
本発明に係る耐食性被膜は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための耐食性被膜であって、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を加熱焼成する第2工程とを含む耐食性被膜生産方法により得られる耐食性被膜であればよい。
【0123】
上記合金基盤、有機ケイ素ポリマー、金属元素含有架橋剤、第1工程、及び第2工程等は、上記(1)の記載と同様のもの、または方法を使用できる。
【0124】
また、本発明に係る被膜形成用架橋前駆体は、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための被膜形成用架橋前駆体であって、分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させて得られる被膜形成用架橋前駆体であればよい。
【0125】
上記合金基盤、有機ケイ素ポリマー、金属元素含有架橋剤、及び混合・反応工程等は、上記(1)の記載と同様のもの、または方法を使用できる。
【0126】
上記耐食性被膜または耐食性被膜形成用前駆体を使用することにより、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、容易に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与することができる。従って、海水中または海浜等の塩化物イオンの存在下でも使用可能な、船舶、プラント、または土木建築用等の材料としての合金基盤を提供することが可能となる。
【0127】
(2−3)腐食進行観測方法
本発明の腐食進行観測方法は、複数の被膜が形成されているクロムまたはニッケルを含有する合金基盤における腐食の進行を観測するための腐食進行観測方法であって、前記複数の被膜のうち、下地の被膜が、上地の被膜の腐食を抑制する様子を観測することにより、塩化物水溶液による腐食の進行を観測する方法であればよい。
【0128】
上記のように、複数の被膜が形成された耐食性合金基盤が、例えば、塩化物水溶液等にさらされ、表面に孔食等の腐食が発生した場合、被膜の上地の腐食に対して、被膜の下地が自己修復的な耐食性を有することになり、合金基盤における腐食の進行を定量的に観測することが可能となる。
【0129】
上記の腐食進行観測方法により、塩化物水溶液による合金基盤の腐食の進行具合を定量的に観測することができ、例えば、海浜、または海水中のプラントや船舶等における合金基盤材料のメンテナンスを容易に行うことができる。
【0130】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。
【0131】
【実施例】
本実施例では、有機ケイ素ポリマーとして、構造中に芳香族環、炭素−炭素三重結合、及びSi−H結合を有するポリマー(樹脂)である、ポリ(フェニルシリレンエチニレン−1,3−フェニレンエチニレン)(以下、MSPと称する。)を用いた(構造式は化6参照。〔−SiH(C6H5)−C≡C−C6H4−C≡C−〕n、Mw=770、Mn=510)。また、金属アルコキシドとして、Ti〔OCH(CH3)2〕4、Ta(OC2H5)5、Zr〔OC(CH3)2C2H5〕4、Si(OC2H5)4、B(OC2H5)3、Al〔OC(CH3)C2H5〕を用いた。
【0132】
上記各種金属アルコキシドとMSPとを、無水THF中で混合し均一化した。このとき、10gのMSPに対し、THF量は約50ml、MSPに対する金属アルコキシドの添加量は、MSPのモノマー単位あたり、0.2molとなるように溶液の調製を行った。
【0133】
その後、SUS316ステンレス鋼基板(20×20×1mm)上に、ディップコートにて前記溶液を塗布した。次いで、乾燥、架橋させ、合金基盤上に所定の厚みのゲル膜をコートした。そして、不活性雰囲気下、800℃まで加熱し焼成処理を行い(表面ゲル膜のセラミックス化)、合金基盤表面に被膜を形成した。
【0134】
なお、ゲル膜の焼成前の形状を目視にて観測したところ、Ti、Ta、またはZrをそれぞれ含有する金属アルコキシドを使用したゲル膜の場合は、黄色透明なゲル膜が基盤上に形成された。一方、Alを含有する金属アルコキシドを用いた場合には、不透明で泡立ったゲル膜が形成された。
【0135】
また、SiまたはBを含有するアルコキシドを用いた場合は、ゲル化が起こらず、均質な厚みの製膜が不可能であったため、ゲル化促進のために、トルエンスルホン酸30%水溶液を添加した後、ディップ法にて製膜した。そして、形成されたゲル膜を観測した結果、いずれも泡立ちはしなかったものの、不透明なゲル膜であった。
【0136】
そして、焼成後の被膜の表面(セラミックス層)の厚み、均質性を走査電子顕微鏡(SEM)、EPMA(electron probe microanalyser)分析により同定した。
【0137】
焼成後の被膜の表面、断面から表面セラミックス層の形状を観測した結果、Ti、Ta、またはZrをそれぞれ含有する金属アルコキシドを用いた場合、4〜5μm程度に厚みのそろった膜が得られた。一方、SiまたはBを含有する金属アルコキシドを用いた場合は、厚い箇所(10μm以上)と薄い箇所(1μm以下)とが混在した被膜が形成され、Alを含有するアルコキシドを用いた場合は、非常にポーラスで空孔の多い形態の被膜が形成された。
【0138】
次いで、これら焼成後の被膜によりコーティングされたステンレス鋼基盤が、どの程度、塩化物水溶液に対する耐食性を有するかについて、電気化学的な手法により調べた。
【0139】
具体的には、まず、被膜が形成された合金基盤にリード線をつけ、所定の面積を残して表面をシリコン樹脂にて覆い、電気化学的に腐食の挙動をモニターするために設置された実験セル中に挿入した。自然浸漬電位が一定になるまで、そのままの状態で25℃、2時間保持した。その後、50mV/3minの電位ステップ法にて、アノード分極曲線の測定を行った。対極には白金を、参照電極には銀−塩化銀電極を用いた。なお、実験セル中の溶液には、人工海水(3% NaCl、0.05M Na2SO4水溶液)にpHが3になるようにH2SO4を添加したものを用いた。
【0140】
前述の条件にてアノード分極曲線の測定を行った結果、その挙動は、図1に示すように3種類に大別できることがわかった。即ち、(a)は、未処理のステンレス鋼基盤に代表される挙動であり、250mV付近から、表面酸化物層の孔食が始まる様子を示している。AlまたはBを含有する金属アルコキシドを使用した場合が、この(a)の挙動に類別された。(b)は、孔食は始まるものの、その電位が貴(高い状態、即ち600mV)になっている場合に相当し、Zrを含有する金属アルコキシドを使用した場合の曲線がこれに類別された。(c)は、腐食の始まる電位が非常に高く(1000mV)、アルコキシドの種類によらず、ほぼ一定値を示す場合に相当し、TiまたはTaを含有する金属アルコキシドを使用した場合の全ての曲線がこれに類別された。なお、Si含有金属アルコキシドを使用した場合は、(a)の曲線と(b)の曲線との間に位置した。
【0141】
これらの結果は、腐食が起こると電流が流れやすくなるということを示しているものである。従って、(a)は被膜、即ち、表面アモルファス層が腐食の抑制に何ら有効に働いていない状態、(b)は、表面アモルファス層が完全ではないものの、塩化物イオンに対する耐食性を強化するように働いている場合、(c)は、ステンレス鋼基盤表面を表面アモルファス層が隙間なく覆っており、塩化物イオンに対する耐食性を著しく向上させている場合に相当すると考えられる。これらの金属元素による耐食性の差異は、例えば、NaClによる金属−酸素結合の開裂し易さの差異によるものと考えられる。
【0142】
下記の表1に、金属アルコキシドごとの表面ゲル膜(製膜時)の状態、アモルファス層(焼成後)の形状、及び電気化学的測定の結果をまとめた。
【0143】
【表1】
【0144】
上記の結果から、ステンレス鋼基盤の耐食性を最も向上させたのは、Ta、Tiであり、次いでZr、Siの順であるといえる。
【0145】
また、上記焼成後の被膜は、炭素、ケイ素、金属元素、及び酸素を含有する複合体であると考えられる。この焼成後の複合体の元素組成を、下記の表2、3に示す。なお表2には、金属アルコキシド(Ta、Ti、Zr)の混合割合がMSPポリマーのモノマー単位あたり0.2モルになるように混合し、1273Kまで焼成した場合の元素組成を示し、表3は金属アルコキシド(Si、Ta、Ti、Zr)の混合割合がMSPポリマーのモノマー単位あたり0.5モルになるように混合し、1273Kまで焼成した場合の元素組成を示している。
【0146】
【表2】
【0147】
【表3】
【0148】
これらの結果から、前記複合体の分子構造のイメージは、炭素、ケイ素、金属、及び酸素からなる、図2に示すSiC線維のような構造であると考えられる。
【0149】
また、1273Kまで焼成した試料の酸化試験を行った。その結果を図3に示す。なお、図中のMSP−Ti(0.5)、MSP−Zr(0.5)、MSP−Ta(0.5)、MSP−Al(0.5)、及びMSP−Si(0.5)は、Ti、Zr、Ta、Al、またはSiをそれぞれ含有する金属アルコキシドが、MSPモノマー単位あたり、0.5モルの割合でMSPと混合され形成された試料(被膜)の結果を表している。
【0150】
酸化試験の結果は、図3に示すように、どの試料も800K付近から急激に酸化され始めることがわかった。このため、800Kで酸化を止めた試料を、EPMAを用いて面分析と定量分析とを行い、酸化の進行具合を調べた。
【0151】
その結果、Al含有金属アルコキシドを用いた場合の試料以外は、表面に酸化膜の形成が見られたが、被膜のない場合に比べて全体的に酸化を抑制していることがわかった。酸化試験結果とEPMAによる面分析との結果から、金属酸化物が微細に分散した炭素系複合体(ハイブリッド)の酸化は、表面に酸化被膜が形成されるため、この酸化被膜がさらなる酸化を抑制し、酸化速度を遅らせていると考えられた。また、加える金属アルコキシドによって、酸化速度に違いが有り、Ti>Zr>Ta>Siの順に酸化されやすいことがわかった。
【0152】
次に、1073Kにて焼成した試料の硬度試験(HV)を行った。荷重は1kg、15秒かけた。試験結果は、Ta、Ti、またはZrをそれぞれ含有する金属アルコキシドを用いた場合、それぞれ349、339、397(HV)であり、被膜を形成していないステンレス鋼基盤のみの場合は222(HV)であった。この結果から、いずれの試料もステンレス鋼基盤のみの場合より、硬度が上昇しており、Zr>Ta>Tiの順に硬度が高かった。
【0153】
また、耐熱性試験の結果、不活性雰囲気下にて1000℃、酸化雰囲気下にて800℃での適用が可能であることがわかった。
【0154】
以上の結果から、本発明の耐食性被膜形成方法によって、合金基盤に塩化物イオンに対する耐食性の優れた被膜を形成できることが明らかとなった。さらに、耐酸化性、機械的強度、及び耐熱性も高められることがわかった。上記の性質を利用して、例えば、塩化物イオンの多い環境下でのプラントや船舶等の材料として利用可能な合金基盤を提供することが可能となる。
【0155】
【発明の効果】
以上のように、本発明の耐食性被膜形成方法は、塩化物イオンに対する高い耐食性を有する被膜を、クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に容易に付与することができるという効果を奏する。
【0156】
さらに、本発明の耐食性合金基盤は、海水等の塩化物水溶液に対して高い耐食性を有するため、海中または海浜等の海塩粒子の多い環境下におけるプラントや土木建築物用の材料、または船舶等の材料等に用いることができるという効果を奏する。
【0157】
また、本発明の腐食進行観測方法は、合金基盤における腐食の進行を定量的に観測することが可能になるという効果を奏する。
【0158】
また、本発明の耐食性被膜または耐食性被膜形成用前駆体を用いることにより、容易に、合金基盤に塩化物耐食性を付与することが可能となるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】被膜形成されたステンレス鋼基盤と被膜形成されていないステンレス鋼基盤との人工海水中におけるアノード分極曲線を示す図である。
【図2】本実施の形態における焼成後の複合体(被膜)の分子構造のイメージを模式的に示す図である。
【図3】本実施の形態における被膜形成されたステンレス鋼基盤の耐酸化試験の結果を示す図である。
Claims (8)
- クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための耐食性被膜形成方法であって、
分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、
前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を、前記合金基盤に塗布し、加熱焼成する第2工程とを含み、
前記金属元素含有架橋剤が、チタン又はタンタルを含む金属アルコキシドであることを特徴とする耐食性被膜形成方法。 - 前記第1工程において、有機ケイ素ポリマーに対する金属元素含有架橋剤の混合割合は、有機ケイ素ポリマーのモノマー単位あたり、1モル以下であることを特徴とする請求項1に記載の耐食性被膜形成方法。
- 前記第1工程において、さらに、金属カルボニルまたはメタロセン系化合物を添加し反応させて、被膜形成用架橋前駆体を調製することを特徴とする請求項1又は2に記載の耐食性被膜形成方法。
- 前記第2工程において、被膜形成用架橋前駆体を前記合金基盤に塗布する前に、被膜形成用架橋前駆体とフィラーとを混合することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐食性被膜形成方法。
- 前記第2工程において、複数の被膜形成用架橋前駆体を重ねて塗布し、傾斜させて焼成することにより、傾斜的に被膜を形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐食性被膜形成方法。
- 請求項1〜5のいずれか1項に記載の耐食性被膜形成方法により得られる、塩化物水溶液に対して耐食性を有することを特徴とする耐食性合金基盤。
- クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための耐食性被膜であって、
分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させ、被膜形成用架橋前駆体を調製する第1工程と、
前記第1工程により調製された被膜形成用架橋前駆体を加熱焼成する第2工程とを含む耐食性被膜生産方法により得られるものであり、
前記金属元素含有架橋剤が、チタン又はタンタルを含む金属アルコキシドであることを特徴とする耐食性被膜。 - クロムまたはニッケルを含有する合金基盤に、塩化物水溶液に対する耐食性を付与するための被膜形成用架橋前駆体であって、
分子内にSi−H結合と炭素−炭素多重結合とを有する有機ケイ素ポリマーと、金属元素含有架橋剤とを混合し反応させて得られるものであり、
前記金属元素含有架橋剤が、チタン又はタンタルを含む金属アルコキシドであることを特徴とする被膜形成用架橋前駆体。
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