JP4048471B2 - カミソリ用刃材およびカミソリ用刃 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、機械的性質および化学的性質に優れたカミソリ用刃材に関し、特にそのカミソリ刃としたときの切刃部硬さが高く、刃先形状精度が良好で、優れた切れ味を有し、非常に優れた耐食性と耐摩耗性を保持するカミソリ用刃材、そして、その用いてなるカミソリ用刃に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、カミソリ刃としては結晶質金属の炭素鋼やステンレス鋼に樹脂コーティング処理したものが用いられている。しかし、炭素鋼製カミソリでは焼戻し軟化抵抗の不足から著しく硬さが低下し十分な切れ味が得られないこと、炭化物が粗大なこと、耐食性が劣るため耐久性が悪いことなどの課題があった。
【0003】
ステンレス鋼製カミソリ刃としては、その刃材として例えば通常溶製法による1%C−13%Cr鋼、0.65%C−13%Cr鋼が用いられているが、前者は高炭素−高Crであるため高い硬さは得られるものの巨大炭化物を含む組織となり易いことから、最近では後者の0.65%C−13%Cr鋼が好ましく用いられている。しかし、後者であっても、これは耐食性を劣化させる巨大炭化物は非常に少ないものの、低炭素であるため高い焼入れ硬さが得られないという課題がある。
【0004】
また、肌触りを良くするために300〜400℃で樹脂コーティング処理をすることから、切刃部硬さがHV600〜650と低く、刃先強度が不足するので、ひげ剃り時に刃先が曲がり、カミソリとしての耐久性が悪いという課題を有する。そのうえ、刃先強度を増大するために高硬度化した場合には、直径約0.1μm以上の炭化物(主にCr含有炭化物;M7C3、M23C6など)が多量に生成されるため、耐食性の劣化や脆化を招き、使用によっては折れ等の欠陥が生じてしまう。
【0005】
よって、これらの材料を用いてカミソリ用刃材を製造するには、熱処理や熱間・冷間圧延を組み合わせて素材寸法や硬さ等を調整する必要があり、結果として多大な工数がかかってしまう。
【0006】
上記の課題を解決する手段としては、非晶質金属よりなる材料が提案されている。非晶質金属よりなる材料は、硬さ・強度や耐食性を著しく向上させることが可能であるため、古くは1970年代に非晶質金属化が可能な合金成分設計が広範囲な組成にて活発に検討されており、例えば特開昭51−4019号などである。刃物材料としての適用も検討されており、特開昭54−31023号には、鉄にP、C、B、Si等の非金属元素を2%以上40%以下の範囲で単独あるいは複合で加えて非晶質構造を持たせた材料としたものが提案されている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上記提案の非晶質金属刃材は、硬さ・強度や耐食性の向上手段として有効である。しかし、これらの合金設計の場合、その効果を得るに必要な非晶質金属化のためには少なくとも臨界冷却速度107K/s程度の急冷凝固が必要となる。そのため作製できる材料の厚さが非常に薄く、約30μm厚さの材料ともなると作成が困難となる。
【0008】
また、上記組成をもとに非晶質金属よりなる材料について、本発明者らが種々検討したところ、約30μm厚さ以上の材料では完全に非晶質化せず、組織中には直径約0.1μm以上の炭化物やホウ化物等の析出物が多量に生成して、耐食性の劣化や脆化が起こることも見いだした。この主要な析出物は、炭化物がCr含有炭化物M7C3やM23C6で、ホウ化物がFe3B、Fe2B、Cr3B、Cr2Bなどである。
【0009】
そこで、本発明は、析出物を抑えたカミソリ用刃材、具体的には組織の非晶質化にて析出物が抑制されたカミソリ用刃材を、しかも厚い材料厚さとすることで、切刃部硬さが高く、刃先形状精度が良好で、優れた切れ味を有し、非常に優れた耐食性と耐摩耗性を有するカミソリ用刃材、そして、その用いてなるカミソリ用刃を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、カミソリ用刃材の化学組成およびミクロ組織について鋭意研究した。その結果、耐食性の向上や脆化の抑制に有効な析出物状態を見いだしたと共に、C、Cr、Moを最適化学組成に調整することによって、析出物の生成が抑えられる組成域を見いだした。加えて、非晶質化を助ける元素種を選定、BやSiの適量添加が有効であることも見いだした。そして、その析出物の抑制にも有利な非晶質組織についても検討し、本発明に到達した。
【0012】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.5%以上、Cr:9.0〜14.0%、Mo:8.0%以下、B+Si:8.0%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、具体的には、C:0.5〜5.0%、Cr:9.0〜14.0%、Mo:0.5〜8.0%、B+Si:0.5〜8.0%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、組織面に存在する析出物が直径0.1μm未満であるか、あるいは、組織面に析出物の存在しないことを特徴とするカミソリ用刃材であって、高硬度・高強度や高耐食性を兼備する。
【0013】
好ましくは、組織中に占有する非晶質組織が体積率にて30%以上のカミソリ用刃材であって、これにより耐食性および機械的性質が大幅に向上する。なお、本発明のいう非晶質組織とは、一種の非晶質組織である粒界層も含むものである。また、本発明のカミソリ用刃材は、その材料厚さが30〜100μm以下であることをも特徴とする。
【0014】
さらに、本発明のカミソリ用刃材は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコーティングして使用することも特徴とし、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でコーティングしてなることを特徴とするカミソリ用刃である。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明の最も重要な特徴の1つは、最適な化学組成に調整することによって、析出物が少量・微細、具体的には組織面に直径0.1μm以上の析出物が観察されないカミソリ用刃材を提供できるところにある。本発明の組織を得るには例えば急冷凝固法による作製が有効であり、その臨界冷却速度が5×104K/s程度の凝固速度でも厚さの厚い非晶質材、具体的には組織中に占有する非晶質組織が体積率にて30%以上の材料も得られることから、上記の析出物状態の達成に有利であって、その急冷凝固ままの状態にて本発明のカミソリ用刃材とできる。
【0016】
最初に本発明の根幹をなす組織制御について説明する。本発明のカミソリ用刃材は、高硬度・高強度かつ高耐食性を達成すべくその組織中の析出物を少量・微細に調整すること、そしてそのためにも効率よい組織の非晶質化を行なうものである。
【0017】
本発明ではこの組織を得るために、材料の母相をナノ結晶組織、あるいはナノ結晶分散非晶質組織、あるいは非晶質組織に制御する。図1に本発明の典型的なミクロ組織の模式図を示す。母相がナノ結晶組織(a)の場合、一種の非晶質組織である粒界層の体積が増大し、そこへの溶質元素の固溶限が増加するため、炭化物等の析出を抑制できる。例えば、通常の工業製品の結晶粒径は約10μmで粒界層体積の占有率は約0.02%であるが、結晶粒径が約10nmのナノ結晶組織にすると粒界層体積の占有率は約20%となり、粒界層への溶質元素の固溶限は約1000倍増加することになる。
【0018】
また、母相がナノ結晶分散非晶質組織(b)の場合、上記の効果に加えて、ナノ結晶/非晶質界面は、固/液界面と同様に低い界面エネルギーを持ち、過剰空孔を含まない稠密な原子配列状態であるため、析出物の析出サイトとなり難い。さらに、母相が非晶質組織(c)の場合は言うまでもなく、よってこのような組織に調整することで、析出物の生成が抑制でき、高硬度・高強度や高耐食性を兼備できるのである。
【0019】
上記の技術に則し、本発明のカミソリ用刃材は組織中に析出物が存在しない、あるいは組織中に存在する析出物の直径が0.1μm未満の組織であることに加え、かつ母相をナノ結晶組織、あるいはナノ結晶分散非晶質組織、あるいは非晶質組織に制御しているので、通常使用されている結晶質金属のような結晶粒界がない。このことによって、カミソリ刃の仕上げ工程である刃付け時に切刃領域がより平滑に仕上がり、カミソリ刃使用時の剃り味も著しく向上される。
【0020】
以下に、本発明のカミソリ用刃材の成分およびその含有量等を限定した理由について詳細に説明する。
【0021】
・C:0.5%以上
Cは、強度を上げるために必要な元素である。また、多量に添加した場合には、融点を低下させ製造性を向上させる。したがって、0.5%以上とした。なお、グラファイトの晶出を抑えるべく、望ましくは5.0%以下とする。
【0022】
・Cr:9.0〜14.0%
Crは、耐食性を付与するために必要な基本的元素で、ステンレス鋼程度の耐食性を付与するためには9.0%以上の添加が必要である。しかし、14.0%を超える添加は高価になり、かつネットワーク状に巨大な炭化物が晶出され易くなるため超急冷が必須となったり、熱間加工性も悪化して製造性を劣化させる。したがって、その範囲を9.0〜14.0%とした。
【0023】
・Mo:8.0%以下
Moは、耐食性を向上させる。また、粗大化し易いCr含有炭化物(M7C3やM23C6)の析出サイトの占有、およびCとの親和力が強いためCの拡散活量の低下に有効で、Cr含有炭化物の粗大化を抑制するだけでなく他の炭化物等の析出抑制効果がある。しかし、多量添加した場合には、多量のMo含有炭化物(Mo2Cなど)や複合ホウ化物(Mo2(Fe,Cr)B2、Fe13Mo2B5、Mo3B、Mo2Bなど)等を含む脆化相を析出して、耐食性および靭性を悪化させる。したがって、その上限値を8.0%とした。なお上記の効果を得るに望ましくは0.5%以上である。
【0024】
上記の成分組成にある鉄基合金であることに加え、本発明のさらなる効果向上の上でB、Siの含有が有効である。
【0025】
・B+Si:8.0%以下
BおよびSiは、組織の非晶質化を助長する元素である。しかし、多量添加した場合には、非晶質化を阻害し、かつ多量の脆化相(複合ホウ化物;Mo2(Fe,Cr)B2、Fe13Mo2B5、Mo3B、Mo2BやFe3Si、Fe2Siなど)を析出して、靭性を悪化させる。したがって、本発明ではその1種あるいは2種の含有にて合計の上限値を8.0%とした。なお上記の効果を得るに望ましくは0.5%以上である。
【0026】
なお、本発明においては、上述した化学組成と下記するミクロ組織による基本的な作用を損なわない範囲において、非晶質化を助長するその他の元素を添加することができる。例えば、P、Nb、Zr、Ta、Al、Ga、Ni、Co、Cuなどである。
【0027】
・組織面に存在する析出物が直径0.1μm未満であるか、あるいは、組織面に析出物の存在しない
析出物は、強度や靭性および耐摩耗性を向上できる。しかし、析出物のサイズが大きい場合には、靭性が低下するだけでなく、耐食性向上に有効な、母相中のCrやMoを析出物に取られるため耐食性が悪化する。したがって、強度や靭性および耐摩耗性と耐食性を兼備させるためには、直径0.1μm以上の析出物が存在しない組織とすることが重要である。
【0028】
本発明の析出物状態を確認するにおいては、例えば走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡による組織観察が適用できる。走査型電子顕微鏡の場合は、その試料作製を電解研磨(スピード法含む)で行ない、加速電圧:5〜15kV、倍率:〜10万で観察することができる。透過型電子顕微鏡の場合は、その試料作製をイオンミリングで行ない、加速電圧:200kV、倍率:〜30万で観察することができる。そして、析出物の大きさは、1視野で20個以上の析出物が存在するような倍率で撮影した20枚の写真を用いて画像処理を行い、円相当径で換算した析出物の最大直径で評価すればよい。
【0029】
・組織中に占有する非晶質組織が体積率で30%以上
非晶質組織は、耐食性および強度を大幅に向上させる。また、一種の非晶質組織である粒界層の増大は、溶質元素の固溶限を増加するため、上述した炭化物や複合ホウ化物等の析出を抑制できる。したがって、30%以上を占有することが望ましい。好ましくは50%以上、さらには70%以上である。
【0030】
本発明の非晶質組織の体積率を確認するにおいては、例えば透過型電子顕微鏡による組織観察や電子線回折およびX線回折による解析が適用できる。一例として、まずX線回折法を実施し、続いて透過型電子顕微鏡による組織観察や電子線回折による解析を実施する。透過型電子顕微鏡観察は上述した条件で、また電子線回折は制限視野回折法で行なえばよい。
【0031】
そして、非晶質組織の体積率は、次のように評価すればよい。母相全体が非晶質組織(前掲 図1(c))の場合、上述した全ての方法で確認することができる。母相が非晶質でナノ結晶が分散(前掲 図1(b))している場合、透過型電子顕微鏡観察および画像解析から分散したナノ結晶の総体積率を求め、この値を全体から差し引くことによって算出することができる。ナノ結晶組織(前掲 図1(a))の場合、透過型電子顕微鏡観察よりナノ結晶粒径(切断法;斜方12面体近似を適用)を求め、この値および一般に言われている粒界厚さ(約1nm:1nmとする)を用いて粒界層体積を算出すればよい。
【0032】
・厚さが30〜100μm
本発明のカミソリ用刃材は、その材料厚さを30μm以上にできるところにも特徴を有する。これにより、後の熱間・冷間加工や熱処理などの後工程を最小限に縮小、さらには不要にもでき、製造プロセス工数を画期的に省力できる。例えば急冷凝固法にて本発明のカミソリ用刃材を作製すれば、その急冷凝固ままでカミソリ用刃材とすることができる。
【0033】
・ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でコーティング
本発明のカミソリ用刃材は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でコーティングして使用するところにも特徴を有する。これにより、カミソリ用刃の重要な特性の一つである肌触りを著しく向上することができる。
【0034】
ここで、本発明のカミソリ用刃材を得るに急冷凝固法を利用することが有効であることは上述の通りである。この場合、臨界冷却速度5×104K/s程度の凝固速度であれば、その急冷凝固ままの状態にて本発明のカミソリ用刃材として得られ、厚さ30μm以上の刃材も達成可能である。但し、非晶質組織の達成の上で厚すぎるものは適当ではなく、上記程度の冷却速度にて達成できる急冷凝固ままの材料厚さとしてもその上限は100μm程度である。したがって、本発明の範囲は30〜100μmとしている。
【0035】
このように本発明は、通常の溶製法といった製造方法では比較的大きな炭化物等の析出物が生成する成分系であるにもかかわらず、例えば急冷凝固法といった製造方法の適用にて析出物を極小に制限できる組成である。そして、この場合、臨界冷却速度5×104K/s程度の凝固速度であっても組織面に直径0.1μm以上の析出物が存在しない組織とできるから、従来材よりも材料厚さが厚い刃材を製造できる。これらにて、カミソリとした際の切刃部硬さが高く、刃先形状精度が良好で、優れた切れ味を有し、非常に優れた耐食性と耐摩耗性が求められるカミソリ用刃材に適当である。
【0036】
その他、直径0.1μm以上の析出物が存在しない、本発明の組織を有する刃材の製造方法として、臨界冷却速度5×104K/s程度の凝固速度が得られる銅鋳型鋳造法、吸引鋳造法および溶湯鍛造法などが、さらには超急冷が可能である、液体急冷法(例えば、単ロール法)、気相凝縮法(例えば、電子ビーム蒸着法)、固相反応法(例えば、メカニカルアロイング)、化学還元法(例えば、めっき法)などが挙げられる。
【0037】
本発明のカミソリ用刃材であれば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコーティングする通常の熱処理条件(加熱速度:約0.6℃/s)でも体積率30%以上の非晶質組織が崩れ難く、80℃/s以上の急速加熱を適用すれば十分な効果を維持できる。
【0038】
以上、本発明であれば、ある程度の厚さで、かつ、高硬度・高強度や高耐食性を有する材料が提供できるので、カミソリ用刃材に最適であり、そして、カミソリ用刃材だけでなく他の刃物材など様々な用途への適用も可能となる。
【0039】
【実施例】
次に実施例により、本発明を詳細に説明する。
まず、実施例における標準的な製法を示す。本発明のカミソリ用刃材は上述した種々の方法で製造できるが、本実施例では液体急冷法(単ロール法)を用いた。つまり、成分調整した合金を、溶融状態から高速回転している金属ロール表面上に連続的に噴出させ、急速冷却(臨界冷却速度104〜105K/s)して金属ストリップを製造した。
【0040】
析出物の大きさは、走査型電子顕微鏡(加速電圧:10kV、倍率:5万)および透過型電子顕微鏡(加速電圧:200kV、倍率:20万)を用いた、上述の手法による観察によって評価した。また、ミクロ組織の評価は、透過型電子顕微鏡観察および電子線回折で行い、上述の手法にてナノ結晶、ナノ結晶分散、非晶質組織に分類した。
【0041】
耐食性の評価は、塩水噴霧試験(5%NaCl、35℃、24時間)を実施し、外観観察より発錆状況をカミソリ用刃材として多く適用されている0.65%C−13%Crステンレス鋼(試料No.C1)と比較した(評価基準は下記の図2、4を参照)。靭性は、90°折り曲げ試験を実施し、折り曲げ角が45°までに破損した場合を×とし、それ以上のものを○として評価した。加えて、硬さについても評価した。
【0042】
(実施例1)
表1に示す化学成分のストリップを上述した製法により製造した。試料No.1〜6は本発明の成分規定範囲内の本発明材、試料No.C2〜C4はそれぞれC、Cr、Moが本発明の成分規定範囲外の比較材である。なお、比較材である試料No.C1はカミソリ用刃材として多く適用されている通常溶製法による0.65%C−13%Crステンレス鋼である。
【0043】
【表1】
【0044】
これらの各試料に上記の評価を行なった結果を表2に示す。また、本発明の典型的な耐食性の評価結果として、図2に本発明材の試料No.4、比較材の試料No.C1、C3、C4の塩水噴霧試験結果の外観発錆状況を示す。
【0045】
【表2】
【0046】
本発明の試料No.1〜6は、比較材である試料No.C1に比べて、硬さがHV700以上と硬く、耐食性も発錆が無く非常に優れている。一方、本発明の規定範囲よりもCの少ない比較材試料No.C2は、硬さがHV600程度で比較材試料No.C1に比べて低い値である。本発明の規定範囲よりもCrの少ない比較材試料No.C3は、比較材試料No.C1よりも錆び発生がやや少ないものの、十分な耐食性を有しているとは言えない。本発明の規定範囲よりもMoが多い比較材試料No.C4は、上述したMoを含有した炭化物やホウ化物等を含む脆化相が析出しており、耐食性および靭性が悪化している。
【0047】
(実施例2)
表3に示す化学成分のストリップを上述した製法により製造した。なお、これらの試料は全て本発明の化学成分規定範囲内のものである。
【0048】
【表3】
【0049】
そして、これらストリップに熱処理を行なう等、その熱処理条件や、材料厚さを変化させて急冷凝固速度を調整するといった製造条件を変化させて所定の材料となるように調整した。本発明材である試料No.7、8は比較材である試料No.C5、C6と各々同一化学成分であるが、試料No.C5、C6は析出物の大きさが規定範囲外である。本発明材の試料No.9と10、11と12は同一化学成分であるが、試料No.10、12は急冷凝固ままの材料厚さが本発明のより好ましい規定範囲を超えているものである。
【0050】
これら各試料のミクロ組織の詳細を、実施例1と同様の評価結果と共に表4に示す。また、本発明の典型的なミクロ組織および耐食性の評価結果として、本発明材である試料No.8、10、比較材である試料No.C6の透過型電子顕微鏡写真を図3に、塩水噴霧試験結果の外観発錆状況を図4に示す。
【0051】
【表4】
【0052】
本発明の試料No.7〜12は、析出物の大きさ、硬さや耐食性において十分優れた特性を示しており、特に本発明のより好ましい規定範囲である試料No.7〜9、11はより優れた耐食性を示す。これは、組織中に占有する非晶質組織が体積率にて30%以上である場合には大幅に耐食性が向上することを示唆するものである。一方、比較材である試料No.C5、C6は、化学成分が規定範囲内であるにもかかわらず、析出物の大きさが0.1μm以上であるために、耐食性および靭性が悪化した。
【0053】
(実施例3)
表1に示した本発明の試料No.5を用いて、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)のコーティングを想定した熱処理実験(加熱温度:350℃、保持時間:600s)を行った。図5、6に、(a)通常の加熱条件(加熱速度:0.6℃/s)、(b)80℃/s以上の急速加熱条件で熱処理した本発明の試料No.5の透過型電子顕微鏡写真を示す。なお、ミクロ組織の評価は、上述の手法で実施した。
【0054】
本発明の試料No.5では、(a)のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコーティングする通常の熱処理条件(加熱速度:0.6℃/s)でも非晶質組織が体積率で30%以上である。また、(b)の80℃/sの急速加熱条件では非晶質組織が体積率で80%以上であった。
【0055】
【発明の効果】
以上述べたように、本発明により従来のカミソリ用刃材に比べて、優れた高硬度・高強度や高耐食性を兼備したカミソリ用刃材を提供でき、カミソリとした時の切れ味に優れるものである。そして、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)をコーティングすることで肌触りを著しく向上でき、そのコーティングの際の熱処理でも非晶質組織が崩れ難い。かつ、急冷凝固法にて製造すれば、そのままでカミソリ用刃材として直接製造・適用できるため、後の熱間・冷間加工や熱処理などが不要ともできることから、製造プロセス工数を画期的に省力でき、極めて優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の効果を説明するための、典型的なミクロ組織を示す模式図である。
【図2】本発明の効果を説明するための、塩水噴霧試験結果の外観発錆状況を示すスケッチ図である。
【図3】本発明および比較例のミクロ組織を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図4】本発明の効果を説明するための、塩水噴霧試験結果の外観発錆状況を示すスケッチ図である。
【図5】本発明のミクロ組織を示す透過型電子顕微鏡写真である。
【図6】本発明のミクロ組織を示す透過型電子顕微鏡写真である。
Claims (6)
- 質量%で、C:0.5%以上、Cr:9.0〜14.0%、Mo:8.0%以下、B+Si:8.0%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなり、組織面に存在する析出物が直径0.1μm未満であるか、あるいは、組織面に析出物の存在しないことを特徴とするカミソリ用刃材。
- 質量%で、C:0.5〜5.0%、Cr:9.0〜14.0%、Mo:0.5〜8.0%、B+Si:0.5〜8.0%、残部Feおよび不可避的不純物からなり、組織面に存在する析出物が直径0.1μm未満であるか、あるいは、組織面に析出物の存在しないことを特徴とするカミソリ用刃材。
- 組織中に占有する非晶質組織が体積率にて30%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のカミソリ用刃材。
- 厚さが30〜100μmであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のカミソリ用刃材。
- ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でコーティングして使用されることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のカミソリ用刃材。
- 請求項5に記載のカミソリ用刃材にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)でコーティングしてなることを特徴とするカミソリ用刃。
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