JP4023248B2 - 強加工用の潤滑処理鋼帯 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、冷間鍛造、冷間引き抜き加工等のしごきを伴う過酷な条件での塑性加工(強塑性加工または強加工)において焼き付きを防止することができる、潤滑性が極めて高い潤滑処理鋼帯に関する。
【0002】
具体的には、本発明は、上記のような強加工において従来より一般に行われている、リン酸亜鉛皮膜を形成してから金属石鹸のステアリン酸ナトリウムを塗布するボンデ+ボンダリューベ処理(以下、ボンデ処理という)を省略しても、塑性加工が可能で、連続プレス成形時にボンデ処理と同等以上の良好な耐型カジリ性を有する、潤滑処理鋼帯に関する。更に具体的には、本発明は、しごき加工に伴う板圧減少により元板厚の70%以下になる (しごき率30%以上) ような強加工でも型カジリが発生しない、強加工用の潤滑処理鋼板に関する。
【0003】
【従来の技術】
鋼帯の塑性加工、特に高い面圧がかかり、金型および材料温度が上昇し易い冷間鍛造、冷間引き抜き加工といった、大きな板厚減少を伴うしごきを行った強加工では、被加工体と工具間での焼き付きを防止する目的で、ボンデ処理を施した後に加工することが普通に行われている。特に、トランスミッション部品や、エアコンのモーターケース等の冷間鍛造による成形では、熱延鋼板を元板厚の70%以下まで (=しごき率30%以上で) 減肉するしごき加工を伴うが、このようなしごきを伴う冷間加工では、ボンデ処理が必須となっている。
【0004】
しかし、ボンデ処理は加工前に行うことが一般的であり、鋼帯の場合は、ブランキング後の加工素材(ブランク)にボンデ処理を施すことになる。ブランキング前の鋼帯に予めボンデ処理を施そうとしても、必要なボンデ付着量およびボンダリューベ処理量が非常に大きく、処理時間がかかるため、鋼帯の連続処理中にボンデ処理を行うことは実質上不可能である。
【0005】
従って、強加工では、ボンデ処理のために加工前に余分な作業工程と時間がかかり、加工の作業効率が著しく低下する。鋼帯の連続処理中に実施できる潤滑処理によってボンデ処理に匹敵する潤滑性を鋼帯に付与することができれば、鋼帯をブランキングした後、ボンデ処理を省略して、直ちに加工することが可能となり、強加工の作業効率が著しく高まる。また、ボンデ処理は、設備や廃液処理のコストがかかり、この点でもボンデ処理の省略が望まれている。
【0006】
鋼帯のボンデ処理を省略できる従来技術として、例えば、特開2000−73083 号公報に開示されているように潤滑油で対応する方法、または特開2001−234119号公報に開示されているように、広い温度域で耐力のある有機高分子皮膜を形成する方法がある。
【0007】
しかし、これらの方法はいずれも充分とは言えない。
特開2000−73083 号に開示されている潤滑油の場合、高面圧の強しごき加工では膜が追随できず、油膜切れを起こして、型カジリを充分に防止しきれない。
【0008】
冷間鍛造等の過酷な条件での連続プレス作業では、素材変形に伴う加工熱と、金型との摺動に伴う摩擦熱とで、材料温度が上昇するので、高温時の潤滑性が重要になる。連続プレスの金型および材料温度は約80〜150 ℃まで上昇すると言われる。一方、加工初期の材料温度は雰囲気温度である。従って、強加工用の潤滑処理としては、常温から高温域まで広い温度域で良好な潤滑性を確保することが求められる。
【0009】
一般に、有機高分子皮膜は、ガラス転移点 (Tg) 近傍で極めて優れた潤滑性を発現する。Tgより高温では、樹脂が急に軟化して皮膜損傷を起こし、型カジリの要因になる。しかし、高Tgの樹脂を選択すると、常温時に、皮膜が硬すぎて皮膜が延びず、摺動時に皮膜が削られていくので、やはり金型焼き付き発生の原因となる。
【0010】
特開2001−234119号公報では、広い温度域で良好な潤滑性を確保するため、ウレタン樹脂を主成分とし、潤滑剤を添加した有機高分子皮膜を提案している。しかし、皮膜の基材(マトリックス)が有機高分子である以上、広い温度域で安定して潤滑特性を確保するには限界がある。
【0011】
また、有機高分子を基材とする潤滑皮膜では、高温域での皮膜の軟化が避けられない。皮膜が軟化すると、強加工のしごきを受けた際に皮膜が剥離し、剥離した皮膜が金型や加工素材に堆積して付着するため、加工品の外観不良の原因となる。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
従って、広い温度域で良好な潤滑性を維持するには、潤滑性に温度依存性がある有機系ではなく、ボンデ処理のように、無機系の潤滑皮膜を採用する方が有利であると考えられる。しかし、無機物質のみでは皮膜が非常に硬く、常温時に皮膜が削られていくため、ある程度の皮膜厚みがないと、良好な潤滑性が維持できない。
【0013】
また、ボンデ処理では、鋼帯表面にリン酸亜鉛結晶を化学的エッチング作用により析出させるため、形成されたボンデ皮膜は素地鋼帯と強固に密着しており、強加工時でも剥離しにくい。しかし、無機系潤滑皮膜を塗布型処理でコーティングするだけでは、素地鋼帯と充分な密着力が確保できないことが多く、加工に伴って皮膜が素地鋼板から剥離し、極端に潤滑性が低下することになる。
【0014】
強加工された加工品は、その後に防錆性付与のため、電着塗装のような塗装、またはユニクロめっきのようなめっきを後処理として施すことが多い。その際、塗装では、塗装下地処理としてアルカリ脱脂とリン酸亜鉛処理を実施した後に塗装が施される。めっきの場合には、一般に酸洗、アルカリ脱脂後に陰極電解によりめっきが施される。塗装前のアルカリ脱脂やめっき前の酸洗は、ボンデ処理層 (ボンデ皮膜+ボンダリューベ皮膜) を完全に除去するように行われる。ボンデ処理に代わる潤滑被膜は、このような後処理を阻害しないことが望まれる。無機系潤滑皮膜が非常に緻密で強固であると、塗装前のアルカリ脱脂またはめっき前の酸洗といった前処理によって、皮膜が完全に溶解除去されないため、塗装またはめっきの仕上がり外観不良を生ずることがある。また、めっき前の酸洗工程が省略できることも有利である。
【0015】
さらに、加工が非常に厳しい場合、最終プレス形状を得るために複数回の加工工程を経ることがある。その場合、加工の厳しさによっては、加工前にボンデ処理を実施した後、加工工程の中間でも再ボンデ処理が必要になることがある。このような複数工程を必要とする加工に潤滑処理鋼帯を適用した場合、最初のボンデ処理は省略できても、再ボンデ処理が必要となる。従って、潤滑処理鋼帯にとって、再ボンデ処理のためにリン酸亜鉛処理が可能であることが望ましい。
【0016】
本発明は、広い温度域で安定な潤滑性を確保するため無機系被膜を利用して、板厚を強制的に元板厚の70%以下まで減肉させるようなしごきを伴う、冷間鍛造、引き抜き加工といった極めて厳しい加工条件でも、型カジリ等を発生させずに安定に成形が可能な、ボンデ処理の省略が可能な潤滑処理鋼帯を提供することを目的とする。
【0017】
本発明の別の目的は、塗装やめっきといった加工後に行われる後工程や、複数の加工工程間で必要となったボンデ処理を問題なく実施することができる、アルカリもしくは酸水溶液による脱膜性に優れた、上記強加工に適した潤滑処理鋼帯を提供することである。
【0018】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、リチウムシリケートを基材(即ち、皮膜成分)とし、これに潤滑剤としてワックス等の有機高分子化合物と金属石鹸とを含有させた潤滑被膜が、塗布型処理により形成した比較的薄い膜厚で、ボンデ処理と同等の潤滑性能を発揮することを見出した。この潤滑被膜は、ボンデ皮膜とは違って、アルカリまたは酸水溶液により脱膜可能である。従って、この潤滑被膜は、極めて過酷なしごき条件でも良好な耐型カジリ性を有し、広い温度域で安定した潤滑性を確保でき、しかも加工後の後工程においてアルカリ脱脂または酸洗により容易に脱膜し、後工程を阻害しない。
【0019】
本発明は、鋼帯の表面に、潤滑剤を含有するリチウムシリケートからなる潤滑皮膜を備えた潤滑処理鋼帯であって、
この潤滑剤として有機高分子化合物(潤滑剤A)と金属石鹸(潤滑剤B)とを併用し、その配合割合は潤滑剤B/潤滑剤Aの質量比(B/A質量比)が4.0以下の範囲であり、
リチウムシリケートのLi/Si原子比= 0.4〜0.7 、
潤滑剤/リチウムシリケート質量比= 0.2〜2.0 、
潤滑被膜の付着量= 0.3〜10.0 g/m2 、
であることを特徴とする、強塑性加工用の潤滑処理鋼帯である。
【0020】
本発明において、「強塑性加工」または単に「強加工」とは、鋼帯の板厚を加工部において強制的に均一に減少させる「しごき」を伴う塑性加工を意味する。本発明の潤滑処理鋼帯は、特に冷間の強加工に適しており、減肉率 (しごき率) が30%以上、例えば、50%にも達する強加工にも適応できる。
【0022】
潤滑剤Aを構成する有機高分子化合物は、融点100 ℃以下の化合物 (A1) を、潤滑剤Aの総量に対する質量比(A1/A) が 0.2〜1.0 となる比率で含むことが好ましい。
【0023】
好ましくは、素地の鋼帯表面が、JIS B0601 に規定された平均粗さ(Ra)で0.7 μm 以上、かつインチ当たりの山数であるPPI で120 以上の表面粗さを有する。この表面粗さは、例えばショットブラストおよび/または酸洗により形成することができる。また、所定の表面凹凸形状を有するロールによる圧延等で形成することもできる。
【0024】
【発明の実施の形態】
本発明に係る潤滑処理は、原理的にはあらゆる鋼帯に適用することができる。鋼種については、高張力鋼はもちろん、一般の低炭、極低炭軟鋼でもよく、さらにはステンレス鋼等の合金鋼であってもよい。鋼帯の形態は、熱延鋼帯、冷延鋼帯に限られず、電気亜鉛めっき、電気Zn−Ni合金めっき等の電気めっき鋼帯、溶融亜鉛めっき、溶融亜鉛合金めっき、溶融Zn−5%Alめっき、溶融Al−Znめっき等の溶融亜鉛めっき鋼帯等であってもよい。また、表面にクロメート処理、ボンデ処理等の後処理を施した鋼帯、さらには、その上層に有機樹脂をコーティングした有機複合被覆鋼帯への適用も可能である。
【0025】
但し、本発明の潤滑処理鋼帯は、しごき率30%以上といったしごきを伴う強加工に使用されるため、素地の鋼帯は、板厚の厚い(例、2.3 mm以上の) 熱延鋼帯が一般的である。
【0026】
本発明では、潤滑被膜の基材 (皮膜成分) として、無機化合物であるリチウムシリケートを利用する。リチウムシリケートは、水溶液を塗布して乾燥させるとという塗布型処理で、ガラス質の硬質な皮膜を形成する。形成された皮膜は、塗布型処理であるにもかかわらず、素地鋼帯との密着性に比較的優れている。これは、シリケート皮膜が多量のシラノール基(Si−OH基)を含んでおり、このシラノール基が鋼帯表面に存在する水酸基と反応するためであると考えられる。この無機系のシリケート皮膜は、有機系皮膜とは異なり、高温になっても軟化しないため、広い温度域で良好な潤滑性を確保できる。
【0027】
潤滑皮膜をアルカリ脱脂や酸洗により脱膜可能にするため、アクリル樹脂、ウレタン樹脂などの有機樹脂からなる皮膜成分は実質的に含有させない。従って、皮膜成分はリチウムシリケートのみから構成することが好ましい。
【0028】
リチウムシリケートは、アルカリ脱脂または酸洗による脱膜性を確保するため、Li/Siの原子比が 0.4〜0.7 、好ましくは 0.5〜0.6 の範囲のものを使用する。この原子比が0.7 を超えると、液安定性が劣化し、健全な皮膜を形成できないことがある。前記原子比が0.4 未満であると、原因は不明であるが、潤滑剤を共存させた時に、比較的低温で潤滑性が低下し、加工初期にプレス割れが発生しやすくなる。また、造膜性が高くなりすぎて、皮膜が非常に強固になるため、皮膜溶解による脱膜性が低下する。
【0029】
リチウムシリケートは水溶液状態で市販されており、市販のリチウムシリケートは液の安定化のため、Li/Si原子比が一般に 0.4〜0.6 の範囲である。必要に応じて、入手したリチウムシリケートの水溶液に水酸化リチウムまたはケイ酸コロイドを添加して、液のLi/Si原子比を調整することができる。
【0030】
リチウムシリケート皮膜は硬質であるため、一般に潤滑性には優れているが、それだけでは、無機系皮膜について前述したように、耐型カジリ性がよくない。本発明では、シリケート皮膜に比較的多量の潤滑剤を含有させることで、高温での潤滑性が改善され、それに伴って耐型カジリ性が飛躍的に向上する。その結果、比較的薄い潤滑被膜で、強加工で見られる非常に厳しいしごき加工条件下に耐える耐型カジリ性が得られるようになる。
【0031】
潤滑剤の添加量は、リチウムシリケートに対する質量比 (潤滑剤/シリケートの質量比) で 0.2〜2.0 、好ましくは 0.5〜1.5 とする。0.2 未満であると、潤滑剤の添加量が少なく、滑り性が低下し、シリケート皮膜の損傷を抑制することができず、耐型カジリ性の向上効果が期待できない。一方、2.0 超では、潤滑剤をシリケート皮膜が保持しきれないので、強加工下で潤滑剤が脱落し、耐型カジリ性がやはり低下する。あまりに多量の潤滑剤を添加すると、処理液の安定性が低下し、造膜が困難になるという問題もある。
【0032】
上記効果を得るための潤滑剤としては、ワックス等の有機高分子化合物が効果的である。有機高分子化合物からなる潤滑剤は、高温時に軟化して、優れた潤滑効果を発揮する。また、比較的少ない添加量でも、シリケート皮膜中に効果的に分散保持され、シリケート皮膜の損傷を抑制することができるので、潤滑皮膜の付着量の抑制が可能となる。
【0033】
潤滑剤の有機高分子化合物は、潤滑剤として機能させるため微粒子状であることが好ましく、これにはワックスおよび樹脂微粒子が包含される。ワックスとしては、パラフィンワックス、ポリエチレンワックス、モンタンワックス、カルナバワックス、酸化ワックス等の天然または合成ワックスが挙げられる。樹脂微粒子としては、ポリテトラフルオロエチレン [テフロン(登録商標)]、ポリメタクリル樹脂等の合成樹脂の微粒子が挙げられる。いずれも水分散性のものが好ましい。
【0034】
有機高分子化合物は、不活性であり、シリケート皮膜中に分散させても、基本的には化成処理時の脱膜性にほとんど影響を及ぼさない。しかし、シリケート皮膜そのものが、アルカリ性または酸性水溶液への溶解による脱膜性が充分とはいいきれない。
【0035】
本発明者は、リチウムシリケート皮膜に金属石鹸を含有させると、脱膜性が向上することを見出した。その理由は定かでないが、金属石鹸がアルカリ性または酸性液中で比較的溶解し易いことが関係していると考えられる。
【0036】
また、金属石鹸は、潤滑性、特に、高温、強加工時の潤滑性が優れるという特性もあることが判明した。その理由としては、金属石鹸が比較的軟化し易く、軟化した時の流動性が有機高分子化合物に比較して高いため、高温、高加工時でのシリケート皮膜の保護効果が高いからではないかと推測される。
【0037】
本発明で使用できる金属石鹸としては、ステアリン酸塩、オレイン酸塩、ラウリル酸塩、ドデシルベンゼンスルホン酸塩等が挙げられる。中でも、ステアリン酸塩、特にステアリン酸亜鉛が好適である。
【0038】
以上より、本発明では、リチウムシリケート皮膜中に含有させる潤滑剤として、有機高分子化合物(潤滑剤A)と金属石鹸(潤滑剤B)とを併用する。潤滑剤A、Bの併用は、加工条件および耐型カジリ性の要求が特に厳しい場合、および後処理工程での脱膜が必要な場合に有効である。
【0039】
有機高分子化合物 (潤滑剤A) と金属石鹸 (潤滑剤B) を併用する場合、その配合割合は、潤滑剤B/潤滑剤Aの質量比 (B/A質量比) が4.0 以下、好ましくは 0.2〜3.0 の範囲となるようにする。B/A質量比が4.0 超では、金属石鹸が過剰で、潤滑剤の流動性が大きく、皮膜が軟化するため、シリケート皮膜による耐型カジリ性が低下する。また、シリケート処理液中に多量の金属イオンが混入することで、処理液の安定性が低下し、皮膜が充分に形成できない。B/A質量比が0.2 未満の場合、極めて厳しい強加工時の高温下で潤滑性が低下することがあり、耐型カジリ性が低下する。また、脱膜性が低下するので、後処理工程でシリケート皮膜が問題が生じる可能性がある。
【0040】
多段プレスにおける皮膜の損傷防止、あるいは連続プレス時の材料の発熱と金型温度の著しい上昇を伴う非常に苛酷な強加工条件下を考慮すると、有機高分子化合物 (潤滑剤A) の融点を制御することが好ましい。
【0041】
有機高分子化合物は、その重合度により、軟化温度(融点)が変化すると言う特性がある。一般に、このような高分子潤滑剤は、その融点近傍で優れた潤滑性が発現するといわれる。従って、異なった融点の潤滑剤を併用することにより、広い温度域で良好な潤滑性が確保できる。
【0042】
しかし、本発明では、非常に硬質で軟化しないシリケートを基材とする皮膜であるため、潤滑剤の少なくとも一部を、低融点の潤滑剤とすることが好ましい。プレス初期で金型温度が上昇していない比較的低温の状況、あるいは加工初期の発熱が生じていない段階では、高融点の潤滑剤だけでは、潤滑剤が軟化、溶融しないため、強加工時には硬質なシリケート皮膜とともに潤滑剤が削られ、良好な潤滑性の確保が困難となるためである。
【0043】
即ち、従来は、良好なプレス性形成を確保するには、金型温度の近傍に軟化点を有する潤滑剤を採用するのが普通であった。しかし、本発明のような硬質なシリケート皮膜を基材とする潤滑被膜では、潤滑剤の少なくとも一部として、金型温度近傍より融点が低い、低融点の潤滑剤を採用すると、強加工時に早期に潤滑剤が完全に溶融し、流体潤滑効果の発現によりシリケート皮膜を保護することで、耐型カジリ性の向上を図ることができる。
【0044】
具体的には、強加工時には、板温が150 ℃近傍まで上昇し、金型温度は120 ℃前後に達すると考えられる。従来の考えでは、金型近傍の例えば120 ℃前後の融点を有する潤滑剤を採用して加工性を確保することになる。しかし、本発明者が試験したところ、融点120 ℃の潤滑剤より、より低融点の潤滑剤を使用する方が好ましい結果となった。融点が100 ℃以下、好ましくは70℃以下の低融点 (つまり、低分子量) の潤滑剤A1を採用することで、完全な流体潤滑効果が発現でき、潤滑性、耐型カジリ性の更なる向上が可能となる。
【0045】
但し、低融点の潤滑剤を多用すると、加工に伴う発熱により、潤滑剤を含んだシリケート皮膜そのものが硬度低下し、膜強度が劣化して耐型カジリ性が低下することがある。従って、高温下でもある程度の皮膜強度を確保するため、100 ℃より高融点の潤滑剤を併用することがより好ましい。
【0046】
上記理由により、より過酷な強加工条件下では、有機高分子化合物が融点100 ℃以下の低融点潤滑剤A1を含有することが好ましい。この低融点潤滑剤A1は、有機高分子化合物の潤滑剤Aの総量に対する質量比 (A1/A質量比) が0.2 以上、より好ましくは 0.3以上となるように使用する。A1/A質量比が0.2 未満では、高温下でも潤滑剤が完全に溶融せず、硬質なシリケート皮膜の保護効果が低下し、充分に良好な、強加工時の耐型カジリ性を確保できない。A1/A質量比の上限は、特に規定されない。しかし、より厳しい加工に伴う発熱、あるいは連続プレスによる金型の発熱を考慮すると、より高温時(150℃以上)の耐型カジリ性が必要とされる場合に、上記質量比が0.7 超では、低融点潤滑剤A1の量が多すぎて、150 ℃超の非常に高温時の摺動性が低下し、さらに150 ℃以下の温度域でも潤滑皮膜の軟化が生じ、耐型カジリ性が若干低下傾向になるので、好ましい上限は0.7 である。
【0047】
ポリエチレンワックスは、重合度によって、融点が60℃程度から150 ℃程度までの多様な融点のものが市販されている。従って、融点が100 ℃以下と、100 ℃超の、少なくとも2種類の異なる融点のポリエチレンワックスを併用することができる。また、低融点のポリエチレンワックスに、融点が300 ℃以上と非常に高く、潤滑効果に優れるテフロン(登録商標) 微粒子を併用することも考えられる。もちろん、これ以外の低融点ワックスもしくは合成高分子と高融点ワックスもしくは合成高分子との組合わせも可能である。
【0048】
本発明に係る潤滑処理鋼帯は、リチウムシリケート水溶液中に潤滑剤を分散させた処理液を鋼帯表面に塗布し、塗膜を乾燥させることにより製造される。潤滑剤を分散保持したシリケートからなる潤滑皮膜は、乾燥中に乾燥ゲル状態からガラス質に変化する。潤滑皮膜は、鋼帯の片面または両面のいずれに形成してもよい。
【0049】
処理液は、市販または合成したリチウムシリケート (ケイ酸リチウム) の水溶液を準備し、必要によりそのLi/Si原子比を調整した後、これに潤滑剤を添加して均一に分散させることにより調製できる。形成される潤滑皮膜の防錆性を確保するため、加工性、接着性、化成処理性を損なわない範囲で、例えばアミン系等のインヒビター (腐食抑制剤) を処理液に添加することも可能である。
【0050】
処理液の塗布方法は、所定付着量の潤滑皮膜と乾燥温度が確保できれば、特に問わない。具体的な塗布方法としては、処理液をスプレーし、所定付着量にロールで絞るシャワーリンガー法、ロールでコーティングするロールコート法等があげられる
乾燥温度は、固化した皮膜が形成できれば特に制限されないが、板温で200 ℃以下、特に120 ℃以下にすることが好ましい。乾燥時の板温が200 ℃を超えると、シリケートの硬化(脱水縮合) 反応が進行して、シリケート皮膜が強固になりすぎ、アルカリ性と酸性のいずれの液でも溶解による脱膜性が低下し、後工程で脱膜が必要な場合には、問題を生ずることがある。乾燥は、オーブンで実施してもよいが、温風ドライヤーでも十分に対応可能である。
【0051】
本発明の潤滑処理鋼帯では、強加工下で良好な耐型カジリ性を確保するのに、潤滑皮膜の付着量も重要な要素となる。強加工下では、素材に非常に高い面圧がかかるため、潤滑被膜の付着量をある程度以上にしないと、潤滑皮膜が強度的に持たず、素地鋼帯と金型との金属接触を生じて、金型焼き付きが発生するためである。
【0052】
従って、しごき率が30%以上にもなる強加工時の場合、シリケート皮膜を主体とした本発明の潤滑皮膜は、0.3 g/m2以上、好ましくは、0.5 g/m2以上の付着量が必要である。皮膜の上限は、耐型カジリ性に関しては制限がないが、加工後の後処理工程での脱膜を考えると、10.0 g/m2 以下、より好ましくは、 5.0 g/m2 以下とすることが望ましい。また、極端に潤滑皮膜を厚くすると、加工による摺動で潤滑皮膜が剥離して、プレス外観不良等の問題を生ずる恐れもある。
【0053】
本発明における目的の一つである、ボンデ処理に匹敵するだけの強加工時の耐型カジリ性を確保するには、潤滑皮膜を形成する際の素地鋼帯の表面形状も重要である。
【0054】
従来のボンデ処理は、その処理量が非常に大きいということもあるが、素地鋼帯の化学エッチング作用により、素地鋼帯と非常に強固な密着性を持ったリン酸亜鉛結晶を形成するため、強加工時の摺動による皮膜剥離の抑制効果が高い。従って、多段階でプレス加工をするような場合、ボンデ処理は、その皮膜の剥離に対する抑制効果が大きく、最終プレス加工まで皮膜が残存しやすいため、良好な強加工時の耐型カジリ性が確保できる。
【0055】
一方、本発明におけるシリケートを主体とする潤滑皮膜は、塗布型処理で形成される。この潤滑被膜の素地鋼帯との密着性は、前述したように、塗布型皮膜としては良好であるが、素地鋼帯の化学エッチングといった反応を伴わなずに皮膜が形成されるため、ボンデ処理皮膜に比べれば劣る。そのため、この潤滑被膜は、多段階プレス加工において、初期プレス段階では良好なプレス成形性が確保できるが、最終工程での皮膜の残存が不充分となり、金型焼き付きが発生する懸念がある。また、1段階プレスでも、金型や材料温度が高なる連続プレスでは、やはり潤滑性が不十分となることがある。これを補うには、素地鋼帯の粗面化によるアンカー効果の増大が効果的である。
【0056】
そのための鋼帯の表面粗度は、JIS B 0601に規定される中心線粗さ(Ra)が0.7 μm 以上、好ましくは0.9 μm 以上、かつPPI (インチ当たりの山数) が120 以上、好ましくは150 以上である。Raが0.7 μm 未満、あるいはPPl が120 未満では、粗面化が不充分で、アンカー効果が期待できない。そのため、高温時の潤滑皮膜が軟化を起こしている温度域で、摺動に伴い、皮膜が燐片状に大きく剥離するため、潤滑性に加えて、耐型カジリ性も低下する。
【0057】
本発明における表面粗度は、圧延方向とその直角方向の2方向での表面粗度の平均値を採用する。この理由は、摺動方向は、その加工状況により、一方向になることはないので、鋼帯全体の表面粗度としては、少なくとも2方向以上の測定平均値が重要になるためである。
【0058】
粗面化の方法は、本発明内の表面粗度が確保できれば、特に問わない。安定して表面粗度を確保するには、化学的エッチング反応を利用した酸洗方法、または機械的に鋼球(グリッド)を転写させるショットブラスト方法、あるいはそれらの組合わせが好ましい。これらの本方法は、特に熱延鋼板の表面粗度形成方法として好ましい。
【0059】
酸洗方法としては硫酸酸洗が好ましい。塩酸酸洗またはフツ硝酸酸洗等では、鋼帯が均一にエッチングされるので、細かな凹凸を形成しにくい。一方、硫酸酸洗では、鋼の集合組織にそって、テラス状に鋼帯表面がエッチングされるので、非常に細かく、細かなピッチでPPl の高い表面が得られる。その際の酸洗液の濃度、温度、酸洗時間は、本発明で規定する表面粗度が確保できれば特に問わない。ショットブラストは、そのグリッド径、ショット速度を変更することにより、本発明で規定する表面粗度の確保が可能である。
【0060】
【実施例】
【0061】
【実施例1】
素地鋼板として日本鉄鋼連盟規格の熱延軟鋼板JSH 270D (板厚: 2.3 mm、表面粗度:Ra=0.6 μm; PPl=115)を使用し、各種の潤滑処理鋼板を作成した。
【0062】
潤滑処理に用いた処理液は、市販のリチウムシリケート水溶液に、必要に応じてケイ酸コロイドまたは水酸化リチウムを添加して、Li/Si原子比を所定の値に微調整した後、潤滑剤を添加して均一に分散させることにより調製した。この処理液を素地鋼板の両面にロールコートし、70℃で乾燥させて、潤滑被膜を形成した。
【0063】
本実施例で用いた潤滑剤は、有機高分子化合物のポリエチレンワックス(融点120 ℃)またはテフロン(登録商標)ワックス(融点320 ℃)と、金属石鹸のステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウムまたはオレイン酸ナトリウムであった。従って、有機高分子化合物は、いずれも融点が100 ℃より高い高融点潤滑剤である。
【0064】
表1に、処理液に使用したリチウムシリケートのLi/Si原子比、潤滑剤として使用した合成高分子と金属石鹸の種類および配合量 (シリケートを1.00とした時の添加量) 、潤滑剤/シリケート質量比、高分子潤滑剤中の低融点潤滑剤の質量比 (A1/A質量比、本実施例ではいずれも0) 、潤滑剤の高分子化合物/金属石鹸の質量比 (B/A質量比) 、および潤滑被膜の付着量をまとめて示す。
【0065】
比較材として、同じ素地鋼板に、従来の耐型カジリ性に優れたミルボンドであるMC560J(塗布量: 1.2 g/m2、日本油脂製)を施したもの、およびボンデ+ボンダリューベ処理として、ボンデ処理をPB-181X (付着量: 4 g/m2、田本パーカライジング社製)で、ボンダリューベ処理をLUB-235 (付着量: 2 g/m2、日本パーカライジンク社製)で施したものを用意した。
【0066】
以上の潤滑処理鋼板について、強加工における耐型カジリ性と、後処理工程での脱膜性の指標となる化成処理性 (脱膜が完全であると、リン酸亜鉛化成処理皮膜が緻密に析出する) を、次のようにして評価した。いずれも、○以上が合格で、○は実用上問題ないレベルであり、◎は特に好適である。試験結果も表1に併記する。
【0067】
(耐型カジリ性)
図1に示す条件(しごき率: 30%)で、強制的に板厚を減肉させる加工を連続100 枚実施し、その際の摺動部の正常部残存率とカジリ、焼き付き発生状況を調査した。
【0068】
加工条件
ブランクサイズ:25 mm ×150 mm
クリアランス :1.61 mm (しごき率: 30%)
潤滑 :一般防錆油(Nox-Rust 550HN、パーカー興産製)
成形枚数 :100 枚連続加工
判定基準 (100 枚連続加工時の正常部残存率)
◎:正常部残存率100 %(カジリ発生なし)
○:正常部残存率95%以上、100 %未満
△:正常部残存率<95%(カジリ発生)
×:100 枚連続加工中に割れ発生
(化成処理性)
脱脂剤:リドリン53S 標準条件(日本パーカライジンク社製)にてアルカリ脱脂した後、塗装下地用の化成処理液: PB-L 3020 標準条件(日本パーカライジング社製)にてリン酸亜鉛化成処理を実施した。形成された化成処理皮膜の外観を目視観察するとともに、その化成結晶成長状態をSEM観察(倍率500 倍)観察して、ミクロ的に結晶が成長していないスケ発生状態を観察した。その際の評価基準は下記の通りである。
【0069】
判定基準
化成皮膜外観 表面SEM観察状況
◎:外観均一 ;スケ発生面積率≦5%
○:外観均一 ;スケ発生面積率=5〜10%
△:外観ムラ有り;スケ発生面積率≦10%
×:外観ムラ有り;スケ発生面積率>10%
【0070】
【表1】
【0071】
表1からわかる通り、しごき率30%の強加工時において、良好な耐型カジリ性と化成処理性を満たすには、リチウムシリケートのLi/Si原子比を 0.4〜0.7 、好ましくは 0.5〜0.6 とすればよい。0.3 では耐型カジリ性、化成処理性が確保できず、0.8 では、処理液の安定が低下し、皮膜の形成が困難になり、耐型カジリ性が低下する。
【0072】
潤滑剤の添加量は、潤滑剤/シリケートの質量比が 0.2〜2.0 であればよい。良好な耐型カジリ性を確保するには 0.5〜1.5 の範囲が好ましい。皮膜の付着量と潤滑剤の添加量が同一でも、潤滑剤が金属石鹸を含有する方が化成処理性がよくなる。
【0073】
潤滑皮膜の付着量は 0.3〜10.0 g/m2 の範囲であればよい。0.3 g/m2未満では耐型カジリ性の確保が困難になり、10.0 g/m2 超では、潤滑剤として金属石鹸を併用しても、化成処理性の確保が困難になる。 0.5〜5.0 g/m2の範囲であると、より良好な耐型カジリ性、化成処理性を得ることができる。
【0074】
化成処理性を改善するための金属石鹸の添加量は、B/A質量比で0.3 以上であればよい。B/A質量比が4.0 を超える多量の金属石鹸の添加は、耐型カジリ性を低下させ、この質量比が3.0 以下で、より良好な耐型カジリ性を確保することができる。
【0075】
比較として示したミルボンドとボンデ処理は、いずれも耐型カジリ性が良好な潤滑処理である。これを本発明例と比較すると、本発明に従った潤滑処理では、ミルボンドをしのぐ耐型カジリ性を得ることができ、ボンデ処理に近い優れた耐型カジリ性を有することが判る。ボンデ処理は、耐型カジリ性が非常に良好であるが、化成処理性は悪く、加工後の後処理の適合性がよくない。
【0076】
【実施例2】
実施例1から、本発明の潤滑処理により、しごき率30%での強加工下で型カジリが抑制された良好な加工性と、化成処理性を両立できる潤滑被膜が形成できることがわかった。
【0077】
本実施例では、ボンデ処理に匹敵するような強加工時の加工性、耐型カジリ性が確実に発揮されるように、潤滑性がさらに改善された潤滑処理を実現する条件を例示する。
【0078】
素地鋼板として、日本鉄鋼連盟規格の熱延軟鋼板JSH 440W (板厚2.6 mm、表面粗度:Ra=0.7 μm; PPI=112)を使用し、これに実施例1と同様にして各種の潤滑皮膜を形成した。
【0079】
リチウムシリケートのLi/Si原子比は0.6 であった。合成高分子の潤滑剤として、融点60℃、100 ℃、および120 ℃のポリエチレンワックス (それぞれ、PE1, PE2およびPE3)と、融点320 ℃のテフロン(登録商標)ワックス (微粒子) を組合わせて使用した。融点60℃および100 ℃のポリエチレンワックスは低融点高分子潤滑剤であり、融点120 ℃のポリエチレンワックスとテフロン(登録商標)ワックスは高融点高分子潤滑剤となる。金属石鹸としてはステアリン酸亜鉛を使用した。塗膜の乾燥温度は90℃であった。
【0080】
表2に、処理液に使用したリチウムシリケートのLi/Si原子比、潤滑剤として使用した合成高分子と金属石鹸の種類および配合量 (シリケートを1.00とした時の添加量) 、潤滑剤/シリケート質量比、高分子潤滑剤中の低融点潤滑剤の質量比 (A1/A質量比) 、潤滑剤の高分子化合物/金属石鹸の質量比 (B/A質量比) 、および潤滑被膜の付着量をまとめて示す。
【0081】
これらの潤滑処理鋼板の耐型カジリ性と潤滑性を後述する方法で調査した結果を表2に示す。
本実施例では化成処理性は調査しなかった。但し、前述したように、潤滑剤の有機高分子化合物は非常に不活性であって、化成処理性には基本的に影響を及ぼさないので、実施例1と融点または種類が異なるものを使用しても、実施例1と同様の結果となると予想され、問題ないと判断される。
【0082】
比較材として、同じ素地鋼板に、ボンデ処理をPB-181X(日本パーカライジング社製)で、次にボンダリューベ処理をLUB-235(日本パーカライジング社製)で、それぞれ付着量4g/m2と2g/m2(ボンデ処理1)または8g/m2と4g/m2(ボンデ処理2)となるように施したボンデ処理鋼板を用意し、同様に試験に供した。
【0083】
(耐型カジリ性)
実施例1と同様に、図1に記載の方法で型カジリ試験を連続100 枚実施したが、試験条件をより過酷にするため、クリアランスを1.61 mm から1.30 mm に縮小して、しごき率を30%から50%に増大させた。その他の加工条件および判定基準は、実施例1と同様であった。
【0084】
(潤滑性)
強加工に伴う発熱と金型温度上昇による試験片の温度上昇による影響を調べるため、図2に示す摩擦摩耗試験機を用いて50℃および150 ℃での摩擦係数を連続的に測定し、板温の変化に伴う潤滑性の変化を調査した。試験条件と判定基準は次の通りである。
【0085】
試験条件
試験片サイズ:60 mm ×60 mm
圧子 :鋼球
荷重 :200 N
回転速度 :10 rpm(回転半径10 mm)
板温 :50℃、150 ℃
評価方法 :摩擦係数の測定中に、急激に摩擦係数が上昇するカジリ現象が起こるまでの摺動距離(カジリ発生摺動距離)。
【0086】
判定基準
◎:カジリ発生摺動距離≧10 m
○:カジリ発生摺動距離=5〜10 m
△:カジリ発生摺動距離=2〜5m
×:カジリ発生摺動距離<2m
【0087】
【表2】
【0088】
表2に示すように、本実施例のより厳しい加工条件での耐型カジリ性試験では、ボンデ処理1では、やや型カジリが発生した (結果は○) 。同様に、摩擦摩耗試験での摺動距離の結果も、ボンデ処理1では○であった。但し、ボンデ処理の特徴して、低温時 (50℃) と高温時 (150 ℃) とで潤滑性がほとんど変化せず、広い温度域で良好な潤滑性が確保できている。ボンデ処理不要の潤滑処理皮膜としては、少なくともこのボンデ処理1と同等の耐型カジリ性および低温と高温の潤滑性を示す必要がある。
【0089】
表2から分かる通り、しごき率の大きな厳しい加工条件においてボンデ処理1と同等以上の耐型カジリ性および高温時潤滑性を本発明により確保するには、潤滑剤として使用する有機高分子化合物の質量比で0.2 以上を低融点のものにすることが有効である。
【0090】
【実施例3】
表2に示したように、合計で12 g/m2 と付着量の大きなボンデ処理2は、高温時の潤滑性が◎で優れていた。一方、実施例2の本発明例では、1例を除いて、高温時の潤滑性がボンデ処理2より劣っていた。本実施例は、素地鋼板の表面を粗面化することによるアンカー効果で、この点を改善でき、ボンデ処理2に匹敵する高温時の潤滑性を確保できることを例示する。
【0091】
素地鋼板として、日本鉄鋼連盟規格の熱延軟鋼板JSH 440W (板厚1.6 mm、表面粗度:Ra=0.6 μm, PPI=116)を使用した。この素地鋼板に、酸洗処理およびショットブラスト処理の一方または両方を施して、表面を粗面化させ、各種のRaおよびPPI 値を持つ鋼板を得た。なお、このRaおよびPPI 値は、前述のように、Ra方向と直角方向の2方向の平均値である。
【0092】
酸洗処理は、80℃の20%硫酸水溶液に浸漬した後、水洗することにより実施した。表面粗度は、浸漬時間を変化させることにより調整した。ブラスト処理は、平均粒径 0.1〜0.5 mmの鋼球を投射することにより実施し、投射時間を変化させて表面粗度を調整した。
【0093】
こうして得られた表面粗度の異なる素地鋼板に、実施例1に記載したようにして潤滑処理を施した。使用した処理液は、市販のLi/Si原子比=0.6 のリチウムシリケート水溶液に、融点60℃の低融点ポリエチレンワックス、融点120 ℃の高融点ポリエチレンワックス (以上、潤滑剤A) 、ステアリン酸亜鉛 (潤滑剤B) からなる潤滑剤を添加し、分散させることにより準備した。この処理液は、潤滑剤/シリケートの質量比=1.00、潤滑剤B/潤滑剤Aの質量比=1.00、潤滑剤A中の低融点潤滑剤の質量比 (A1/A) =0.40であった。潤滑被膜の付着量は、1.5 g/m2と3.0 g/m2の2種類とし、乾燥温度は70℃であった。
【0094】
こうして得られた、表面粗度が異なる素地鋼板に同じ潤滑被膜を設けた潤滑処理鋼板について、実施例2に記載したようにして、50℃および150 ℃で摩擦摩耗試験を行い、カジリ発生摺動距離を測定した。
【0095】
表2に示したように、カジリ発生摺動距離は、ボンデ処理1が5〜10 m、ボンデ処理2は10 m以上である。本実施例では、付着量の大きなボンデ処理2に匹敵する摺動性を目指しているため、判定基準は、次のように厳しくした。
【0096】
判定基準
○:カジリ発生摺動距離≧10 m
△:カジリ発生摺動距離=5〜10 m
×:カジリ発生摺動距離<5m
50℃での摺動性は、全てのサンプルで○であった。図3(a), (b)には、150 ℃でのカジリ発生摺動距離と表面粗度(Ra、PPI )との関係を示す。図3(a), (b)のうち、破線で囲った範囲内は、素地鋼板をショットブラストと酸洗の両方で処理した場合を示し、それ以外はいずれか一方で処理した場合である。
【0097】
図3(a) より、潤滑皮膜の付着量が1.5 g/m2と少ない場合、ボンデ処理1と同等レベルの高温時の摺動性 (△以上) を確保するには、Raが0.7 μm 以上、かつPPI が120 以上であればよく、ボンデ処理2と同等レベルを確保するには、Raが0.9 μm 以上、かつPPI が150 以上であればよいことが判る。図3(b) より、潤滑皮膜の付着量を3.0 g/m2と大きくした場合には、Raが0.7 μm 以上、かつPPI が120 以上で、ボンデ処理2と同等以上の高温時の摺動性が確保できることが判る。
【0098】
強加工時の耐型カジリ性が非常に高いボンデ処理2は、低温域から高温域まで安定した優れた摺動性を示す。強加工時の耐型カジリ性をボンデ処理2と同等レベルに向上させるには高温時の潤滑性を確保することが重要であるが、本発明の潤滑処理鋼帯の場合、素地鋼板を粗面化してアンカー効果を利用すると、3g/m2といった、ボンデ処理2(12 g/m2) に比べて著しく付着量が小さい潤滑皮膜で、低温から高温まで安定した潤滑性を確保できる。
【0099】
また、実施例1で実証したように、本発明の潤滑被膜は化成処理性に優れており、酸やアルカリで脱膜できるため、後工程での処理を阻害しない。これに対し、ボンデ処理皮膜は、化成処理性が悪い。特に、表2のボンデ処理2のように厚膜であると、化成処理性は、表1に示したものよりさらに悪くなる。
【0100】
【発明の効果】
本発明に係る潤滑処理鋼帯は、非常に過酷な加工条件下でも優れた耐型カジリ性を示すので、強加工におけるプレス工程数の削減または金型寿命の延長により、加工コストの削減および生産性の向上を図ることができる。さらに、塗装やめっきといった後工程において、その前処理として実施される酸洗やアルカリ脱脂で容易に脱膜されるため、後工程に問題を生ずることがない。
【0101】
また、本発明の潤滑処理鋼帯は、ボンデ+ボンダリューベ処理を施した鋼材と同等の耐型カジリ性を確保できることから、塑性加工用に恒常的に行われているボンデ+ボンダリューベ処理の省略が可能となり、ボンデ処理に要するコストおよび生産性の向上に加え、ボンデ処理に伴う廃液処理も不要になるので、環境面での貢献も大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】耐型カジリ性の試験方法と評価方法を示す図である。
【図2】摺動性を評価するための摩擦摩耗試験方法を示す図である。
【図3】素地鋼板の表面粗度 (RaおよびPPI)と150 ℃での摺動性の試験結果との関係を示す図である。
Claims (4)
- 鋼帯の表面に、潤滑剤を含有するリチウムシリケートからなる潤滑皮膜を備えた潤滑処理鋼帯であって、
前記潤滑剤として有機高分子化合物(潤滑剤A)と金属石鹸(潤滑剤B)とを併用し、その配合割合は潤滑剤B/潤滑剤Aの質量比(B/A質量比)が4.0以下の範囲であり、
リチウムシリケートのLi/Si原子比= 0.4〜0.7 、
潤滑剤/リチウムシリケートの質量比= 0.2〜2.0 、
潤滑被膜の付着量= 0.3〜10.0 g/m2 、
であることを特徴とする、強塑性加工用の潤滑処理鋼帯。 - 潤滑剤Aを構成する有機高分子化合物が、融点100 ℃以下の化合物 (A1) を、潤滑剤Aの総量に対する質量比(A1/A) が 0.2〜1.0 となる比率で含む、請求項1に記載の潤滑処理鋼帯。
- 素地の鋼帯表面が、JIS B0601 に規定された平均粗さ(Ra)で0.7 μm 以上、かつインチ当たりの山数であるPPI で120 以上の表面粗さを有する、請求項1または2記載の潤滑処理鋼帯。
- 前記表面粗さがショットブラストおよび/または酸洗により形成されたものである、請求項3記載の潤滑処理鋼帯。
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