JP3920913B2 - タンパク質の分離方法 - Google Patents

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Description

本発明は、タンパク質の等電点を利用した分離方法及びその応用に関する。
従来、タンパク質、糖タンパク質を分離精製する方法としては、塩析、ゲルろ過(分子ふるい)、精製する物質の物理化学的特性を利用した各種クロマトグラフィーを組み合わせる手法が一般的であり、特に糖タンパク質精製にはレクチンを用いたアフィニティー・クロマトグラフィーが有効とされてきた。
しかし、分離精製方法によっては、抽出したい物質の回収率の低下や抽出物の変質を引き起こし、また操作方法が煩雑であるなどの問題がある。
さらに、糖タンパク質の精製に有効とされるレクチン・アフィニティー・クロマトグラフィー法は、当該糖タンパク質の糖鎖の類型ごとにレクチンを選択する必要があり、目的糖タンパク質の糖鎖の類型判別が事前に必要となる。また、一般に分離精製にかかるコストが高いことが欠点である。
本発明は、以上の課題の少なくとも一つを解決することを目的とする。
以上の目的の下、本発明者らは、タンパク質の分離精製法として用いられている等電点クロマトグラフィーに注目した。等電点クロマトグラフィーはタンパク質の等電点を利用して分離する手法であり、支持体へ目的タンパク質を吸着させるステップ及び支持体から目的タンパク質を溶出するステップを含む。従来の等電点クロマトグラフィー法では、支持体への吸着操作を低イオン強度下で実施し、イオン強度を高くすることによって溶出するのが通常である。ところが、一般にイオン強度が低いほど目的物質を吸着させる可能性は高いが、目的物質以外の吸着可能性も高くなると考えられる。本発明者らはかかる点に着目して、糖タンパク質を分離する際の条件について検討を重ねた。その結果、吸着操作を高イオン強度下で実施し、そして溶出操作を低イオン強度下で実施するという、従来の常識とは相反する条件とすることによって、試料中の糖タンパク質を特異的に分離・回収することが可能であるとの知見を得た。さらに検討を進めたところ、支持体に対する吸着性の弱い糖タンパク質に関しては、吸着時のイオン強度を低く設定することによって分離・回収が可能であることが確認された。また、上記特徴を有する分離方法は、糖タンパク質の分離・回収において特に優位であると言えるが、吸着条件や使用する支持体の如何によっては、糖タンパクのみならず一般的なタンパク質をも簡便かつ効率的に分離・回収することにも適用できると考えられた。
本発明は以上の成果に基づいて完成されたものであって、次の構成を提供する。
[1]以下のステップを含んでなる、タンパク質の分離方法:
a)高イオン強度、且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させる吸着ステップ;及び
b)前記イオン交換体に吸着された成分を、イオン強度が前記第1条件よりも低く、且つpHが前記第1条件よりも前記等電点側にある第2条件下で溶出する溶出ステップ。
[2]前記第1条件が、0.05M以上の緩衝液を使用することを含む、[1]に記載のタンパク質の分離方法。
[3]前記第1条件が、弱酸及び弱塩基の組み合わせからなる高濃度の緩衝液を使用することを含む、[1]又は[2]に記載のタンパク質の分離方法。
[4]以下のステップを含んでなる、タンパク質の分離方法:
a)第1のイオン強度、且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させる吸着ステップ。
b)前記イオン交換体に吸着された成分を、イオン強度が前記第1条件と同等又は低く、且つpHが前記第1条件よりも前記等電点側にある第2条件下で溶出する溶出ステップ。
[5]ステップaとステップbとの間に以下のステップを実施する、[1]〜[4]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法:
c)前記イオン交換体に吸着された目的タンパク質が溶出されない条件下で前記イオン交換体を洗浄するステップ。
[6]前記ステップcが、前記第1条件と実質的に同一の条件下で実施される、[5]に記載のタンパク質の分離方法。
[7]前記第1条件のpHが目的タンパク質の等電点よりも低く、
前記イオン交換体が陽イオン交換体であり、
前記第2条件のpHが目的タンパク質の等電点付近又は等電点よりも高い、[1]〜[6]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[8]前記第1条件のpHが目的タンパク質の等電点よりも高く、
前記イオン交換体が陰イオン交換体であり、
前記第2条件のpHが目的タンパク質の等電点付近又は等電点よりも低い、[1]〜[6]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[9]前記第1条件が、トリス・コハク酸緩衝液を使用することを含む、[1]〜[8]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[10]前記第2条件が、前記第1条件で使用する緩衝液と同一の酸及び同一の塩基の組合せからなる緩衝液を使用することを含む、[1]〜[9]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[11]前記第2条件が、pHが目的タンパク質の等電点付近にある緩衝液を使用することを含む、[1]〜[10]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[12]前記試料が複数種類の目的タンパク質を含み、
ステップbが、各目的タンパク質の等電点に対応した溶液条件で連続的に溶出するステップからなる、[1]〜[11]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
[13]前記タンパク質が糖タンパク質である、[1]〜[12]のいずれかに記載のタンパク質の分離方法。
本発明の方法では、イオン強度が高い条件で吸着操作(及び洗浄操作)を行うため、支持体(イオン交換体)への不要物質の吸着を効率的に阻害できる。また、溶出時にイオン強度を下げるという設定は、イオン強度上昇による不要物質の溶出を防除するため、目的タンパク質を特異的に溶出するために有効な溶出条件である。このような条件を採用した本発明によれば、短時間で、かつ簡便な操作で目的のタンパク質を分離精製することができる。
図1は、エンドウのジアミンオキシダーゼを本発明の方法で精製した場合の結果(クロマトグラフィーのグラフ)である。 図2は、ジアミンオキシダーゼを本発明の方法で精製した場合の収量等を示す表である。下段には従来の方法(Purification and Characterization of Amine Oxidase from Pea Seedlings, F. Vianello, A. Malek-Mirzayans, M. Luisa Di Paolo, R. Stevanata, and A Rigo, Protein Express and Purification 15, 196-201(1999))における収量等が示されている。 図3は、卵白を本発明の方法で精製した場合の結果(クロマトグラフィーのグラフ)である。 図4は、卵白を本発明の方法で精製して得られた最終精製物を電気泳動した結果を示す。 図5は、卵白を本発明の方法で精製した場合の結果(クロマトグラフィーのグラフ)である。 図6は、卵白を本発明の方法で精製して得られた最終精製物を電気泳動した結果を示す。 図7は、イオン交換体としてCMセファデックスを使用して、卵白アルブミン、トランスフェリン、及びストレプトアビジンを本発明の方法で分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図8は、イオン交換体としてCMセファロースを使用して、卵白アルブミン、トランスフェリン、及びストレプトアビジンを本発明の方法で分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図9は、イオン交換体としてSPセファデックスを使用して、卵白アルブミン、トランスフェリン、及びストレプトアビジンを本発明の方法で分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図10は、イオン交換体としてSPセファロースを使用して、卵白アルブミン、トランスフェリン、及びストレプトアビジンを本発明の方法で分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図11は、より高イオン強度の条件(0.2Mトリス・コハク酸緩衝液)で吸着を行った場合のクロマトグラフィーの結果である。 図12は、高濃度緩衝液で洗浄を行った場合のクロマトグラフィーの結果である。 図13は、カーボニックアンヒドラーゼとパーオキシダーゼを本発明の方法で分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図14は、トリス・酢酸緩衝液を用いてカラムに負荷した全タンパク質を分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。 図15は、トリス・クエン酸緩衝液を用いてカラムに負荷した全タンパク質を分離した結果(クロマトグラフィーのグラフ)を示す。
本発明はタンパク質の分離方法に関し、第1の局面では、以下のステップa及びbを含むことを特徴とする。
a)高イオン強度、且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させる吸着ステップ。
b)前記イオン交換体に吸着された成分を、イオン強度が前記第1条件よりも低く、且つpHが前記第1条件よりも前記等電点側にある第2条件下で溶出する溶出ステップ。
本発明において、分離対象となるタンパク質(本明細書において「目的タンパク質」ともいう)の種類は特に限定されない。好ましくは、糖鎖を有するタンパク質、即ち糖タンパク質が分離対象となる。本明細書において用語「タンパク質」は、それが糖タンパク質との対比において記載されていることが明らかな場合を除いて、糖タンパク質を含む概念を表す。
本発明における分離対象のタンパク質として、卵白アルブミン、ジアミンオキシダーゼ、トランスフェリン等を具体例として挙げることができる。後述の実施例に示すように本発明の方法によれば、その分離を試みた卵白アルブミン、ジアミンオキシダーゼ、及びトランスフェリンの全てについて分離に成功した。このように、本発明は多種多様な糖タンパク質の分離に利用できる方法である。
本発明において「分離方法」とは、試料中から目的のタンパク質を分離することをいうが、ここでの分離は、精製の概念を含む用語として使用する。
例えば、複数種類のタンパク質(その中の一部が糖タンパク質である場合を含む)が共存する試料中から、目的タンパク質のみを分離することに本発明を利用することができる。複数種類のタンパク質を一回の分離操作によって分離してもよい。この場合には、複数種類のタンパク質が目的タンパク質となる。本発明は特に、タンパク質と糖タンパク質とが混在する試料中から、特定のタンパク質又は糖タンパク質を分離することに好適である。具体的にはたとえば、タンパク質とそれに糖鎖が付加されてなる糖タンパク質とが試料中に共存する場合において、いずれかを分離することに本発明を利用することができる。
ステップaは、高イオン強度且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない条件(第1条件)で実施される。このステップにおける試料とイオン交換体との接触は、典型的には、カラムに詰めたイオン交換体に試料を添加することによって実施される。通常、事前に適当な緩衝液で平衡化したカラムに試料を添加する。このようなカラムクロマトグラフィーの形態を採用すれば、吸着操作から溶出操作までを連続的に実施することが容易となる。一方、カラム等の特別の容器に充填していないイオン交換体に対して試料を直接添加し、目的タンパク質とイオン交換体との接触を実施してもよい。このようなバッチ式の処理方法は、一度に大量の試料を処理することが容易になるという利点を有する。
ステップaは高イオン強度下で実施される。本発明者らの検討によって、高イオン強度下で吸着操作を実施すれば、夾雑物の吸着を阻害できること、即ち試料中の目的タンパク質を特異的に吸着できることが判明した。従来の等電点クロマトグラフィーでは、例えば20mMの緩衝液が使用されるなど、低イオン強度下で吸着操作が実施される。本発明では、このような低イオン強度下ではなく、例えば0.1Mという高濃度のトリス・コハク酸緩衝液を使用する条件など、従来の条件に比較して非常に高いイオン強度下で吸着操作を実施することを特徴の一つとする。本発明における「高イオン強度」とは、一般に目的タンパク質の種類やそれを含む試料の種類、或いは使用する緩衝液の種類などによって異なるが、弱酸と弱塩基の組合せからなる緩衝液を使用するとして例えば約0.05M以上、好ましくは約0.075M以上、より好ましくは約0.1M以上、更に好ましくは0.2M以上である。上限値は特に限定されず、例えばその濃度が約0.05M〜約1.5M、約0.075M〜約1.0M、又は約0.1M〜約0.5Mの範囲にある緩衝液を採用することができる。
分離目的のタンパク質(目的タンパク質)の等電点などを考慮してイオン交換体が選択される。陽イオン交換体を使用する場合には、イオン交換体への目的タンパク質の吸着を確保するために、目的タンパク質が正に荷電する条件、即ち目的タンパク質の等電点よりも低いpH条件(低pH条件)で吸着操作を実施する。ここでの低pH条件は目的タンパク質の等電点によって異なり、目的タンパク質の等電点がpH4.5の場合を例に採れば、例えば4.0〜4.3に設定することができる。また、試料中に複数の目的タンパク質が混在し、これらを連続的に分離ないし回収する場合には、全ての目的タンパク質が正に荷電するようにpH条件を設定する。例えば等電点がそれぞれpH4.2、4.5、6.2の目的タンパク質が混在する場合においては、例えばpH4.0〜4.1の条件下で吸着操作を実施することができる。
一方、陰イオン交換体を使用する場合には上記同様に、目的タンパク質が負に荷電する条件、即ち目的タンパク質の等電点よりも高いpH条件(低pH条件)で吸着操作を実施する。
以上のように、pHが目的タンパク質の等電点付近にない条件とすることによって、イオン交換体に目的タンパク質を吸着させる。
吸着時のpHを設定するにあたっては、目的タンパク質のpH安定性を考慮することが好ましい。即ち、活性を保持した状態で目的タンパク質を分離する必要がある場合には、失活ないし活性の低下がない範囲内のpH条件とすることが好ましい。
イオン交換体の種類は特に限定されない。例えば、スチレン系、アクリル系、メタアクリル系、フェノール系、脂肪族系、ピリジン系、デキストラン系、又はセルロース系の基材に、陽イオン、陰イオン又は両性イオン交換基が導入されたイオン交換体(樹脂)を使用することができる。陽イオン交換基として例えばカルボキシル基(CM)や硫酸基(SM、MonoSなど)、陰イオン交換基としては例えばアミノ基(DEAE、QAE、MonoQなど)が使用される。多種多様なイオン交換体が市販されており(例えば生化学工業株式会社、アマシャム バイオサイエンス株式会社などが販売している)、本発明では適当な特性を備える市販のイオン交換体を利用することができる。
試料の吸着時に使用する緩衝液として、弱酸及び弱塩基の組合せからなるもの(トリス・コハク酸緩衝液、トリス・クエン酸緩衝液、トリス・酢酸緩衝液など)を使用することが好ましい。かかる特性の緩衝液を使用すれば、それを構成する酸又は塩基の濃度を低下させることによって、後述の溶出条件(第2条件)で使用される、低イオン強度かつpHが第1条件よりも目的タンパク質の等電点側にある緩衝液を調製できる。従って、酸及び塩基の組合せの異なる複数種類の緩衝液を用意する必要がなくなる。また、緩衝液の酸又は塩基の比率の変更のみによって吸着操作(及び洗浄操作)から溶出操作への移行が可能となることから全体の操作が一層簡便となり、また、一連の操作を連続的に実施することが可能となる。
尚、吸着操作に先立ってイオン交換体を平衡化する場合には通常、吸着操作と同一の緩衝液を使用する。
ステップaの後、溶出ステップ(ステップb)を実施する。この溶出ステップは、イオン強度が第1条件よりも低く、且つpHが第1条件よりも目的タンパク質の等電点側にある第2条件下で実施される。この第2条件ではまず、イオン強度が第1条件のそれよりも低く設定される。本発明の方法はこのように吸着操作を高イオン強度下で行い、溶出操作を低イオン強度で行うことを特徴とするものであり、当該特徴によって目的タンパク質(特に糖タンパク質)を特異的に分離できるという作用・効果が得られる。即ち、溶出時のイオン強度を低くすることによれば、イオン交換体に吸着された不要成分の溶出を防除できる。即ち、目的タンパク質を特異的かつ効率的に溶出することが可能となる。
第2条件におけるイオン強度は、第1条件におけるイオン強度よりも低いことを必要条件として、その他の諸条件(目的タンパク質の種類やそれを含む試料の種類、或いは使用する緩衝液の種類など)を考慮して設定することができる。例えば、弱酸と弱塩基の組合せからなる緩衝液を使用するとしてその濃度が、約0.05M〜約1.5Mの範囲内、好ましくは約0.075M〜約1.0Mの範囲内、更に好ましくは約0.1M〜約0.75Mの範囲内において第1条件の場合よりも低くなるように第2条件を設定する。
次に、第2条件では、pHが第1条件よりも目的タンパク質の等電点側に設定される。具体的には、イオン交換体として陽イオン交換体を使用して吸着ステップを実施する場合には、第2条件におけるpHを目的タンパク質の等電点付近又は等電点よりも高く設定する。他方、イオン交換体として陰イオン交換体を使用して吸着ステップを実施する場合には、第2条件におけるpHを目的タンパク質の等電点付近又は等電点よりも低く設定する。
溶出ステップでは、以上の第2条件を満たす溶出液を用意し、それを吸着ステップ後のイオン交換体に接触させる。吸着ステップに供した試料が複数種類の目的タンパク質を含む場合には、各目的タンパク質の等電点に対応した溶液条件で連続的に溶出することによって、連続的にこれら複数の目的タンパク質を溶出することができる。
吸着ステップで使用した緩衝液と全く異なる組成の緩衝液を溶出液として用いることもできるが、吸着ステップで使用した緩衝液において酸及び塩基のいずれかの濃度を低下させる(他方の濃度はそのままに維持することが好ましい)ことで得られる緩衝液を使用することが好ましい。このような態様では、吸着ステップで使用する緩衝液と同一の酸及び同一の塩基の組合せからなる緩衝液を使用して溶出ステップを実施することとなる。この態様によれば第2条件の一つ、即ち低イオン強度であることを満たすのと同時にもう一つの条件、即ちpHが第1条件よりも目的タンパク質の等電点側にあることを満たすことができる。即ち、例えば吸着操作で使用した緩衝液のpHが目的タンパク質の等電点よりも低い場合には、緩衝液を構成する酸の濃度を低下させることによって、イオン強度が低下し、併せてpHが目的タンパク質の等電点側へとシフト(高pHへのシフト)し、第2条件を満たす環境が得られる。同様に、吸着操作で使用した緩衝液のpHが目的タンパク質の等電点よりも高い場合には、緩衝液を構成する塩基の濃度を低下させることによって、イオン強度が低下し、併せてpHが目的タンパク質の等電点側へとシフト(低pHへのシフト)し、第2条件を満たす環境が得られる。以上の態様(使用する緩衝液中の酸又は塩基の濃度を変化させる態様)によれば、イオン強度の低下及びpHの調整を同時にそして簡便な操作で達成することができる。しかも、連続的なイオン強度の低下及びpHの調整も簡便な操作によって可能となることから、特に、試料中に等電点の異なる複数のタンパク質又は糖タンパク質が混在しており、それらをそれぞれ分離ないし分取する場合において特に有効な態様となる。
吸着ステップ(ステップa)と溶出ステップ(ステップb)の間に洗浄ステップ(ステップc)を実施することが好ましい。この洗浄ステップは、吸着ステップの結果としてイオン交換体に吸着した不要成分(試料中の目的タンパク質以外の成分)を洗浄、除去する目的で行う。従って、不要成分を効果的に除去でき、且つイオン交換体に吸着された目的タンパク質が溶出されない条件を満たす洗浄液を使用することが好ましい。例えば、当該ステップとして、吸着操作に使用した緩衝液と同一組成の緩衝液(即ち実施的に同一条件)でイオン交換体を洗浄する。勿論、洗浄効果を高めることを目的として、緩衝液の組成を適宜変更したものを洗浄液として用いてもよい。また、適当な塩を少量付加した緩衝液を洗浄液としてもよい。良好な洗浄効果が得られるように、十分な量の洗浄液で洗浄することが好ましい。例えば、カラムに充填したイオン交換体を使用する場合、イオン交換体の2倍量(体積基準)〜30倍量、好ましくは3倍量〜20倍量の洗浄液を使用して当該ステップを実施する。
本発明の方法を実施する際の温度条件は特に限定されないが、一般に室温又は低温(例えば4℃〜10℃)で一連の操作を行う。
次に、本発明の他の局面について説明する。尚、試料とイオン交換体との接触方法、イオン交換体の種類及びそれに対応した吸着条件、吸着時のpHの設定、溶出時のpHの設定、溶出方法、洗浄ステップの併用が好ましいことなど、以下で特に言及しない事項、及びその詳細な説明を省略する事項については、上記局面において対応する記載が援用される。
この局面の分離方法は、以下のステップa及びbを含むことを特徴とする。
a)第1のイオン強度、且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させる吸着ステップ。
b)前記イオン交換体に吸着された成分を、イオン強度が前記第1条件と同等又は低く、且つpHが前記第1条件よりも前記等電点側にある第2条件下で溶出する溶出ステップ。
ここでのステップaは、第1イオン強度且つpHが目的タンパク質の等電点付近にない条件(第1条件)で実施される。第1イオン強度としては、比較的低いイオン強度が採用される。これによって、支持体に対する吸着性の弱いタンパク質(又は糖タンパク質)を吸着させるのに好適な条件となる。従って、この局面の分離方法は通常、支持体に対する吸着性の弱いタンパク質(又は糖タンパク質)を分離・回収することに利用される。
本発明における「第1イオン強度」は、一般に、目的タンパク質の種類やそれを含む試料の種類、或いは使用する緩衝液の種類などによって異なるが、弱酸と弱塩基の組合せからなる緩衝液を使用するとして例えば約0.08M以下、好ましくは約0.05M以下、より好ましくは約0.03M以下、更に好ましくは0.02M以下である。下限値は特に限定されず、例えばその濃度が約0.001M〜約0.08M、約0.01M〜約0.05M、又は約0.02M〜約0.03Mの範囲にある緩衝液を採用することができる。
ステップaの後、溶出ステップ(ステップb)を実施する。この溶出ステップは、イオン強度が第1条件と同等又は低く、且つpHが第1条件よりも目的タンパク質の等電点側にある第2条件下で実施される。この第2条件ではイオン強度が第1条件のそれと同等又はそれよりも低く設定される。本発明の方法は、イオン強度を高めて溶出操作を行うのではないことを特徴とするものであり、当該特徴によって目的タンパク質(特に目的糖タンパク質)を特異的に分離できるという作用・効果が得られる。即ち、溶出時のイオン強度が低く設定されることによって、イオン交換体に吸着された不要成分の溶出を防除できる。即ち、目的タンパク質を特異的かつ効率的に溶出することが可能となる。
第2条件におけるイオン強度は、第1条件におけるイオン強度と同等又はそれよりも低いことを必要条件として、その他の諸条件(目的タンパク質の種類やそれを含む試料の種類、或いは使用する緩衝液の種類など)を考慮して設定することができる。
ここでの「イオン強度が同等」であるとは、比較される二つのイオン強度が同一であるか、又は比較される二つのイオン強度で溶出したときに両者の溶出パターンの間に実質的な差が認められない程度の相違しかないことをいう。例えば溶出時のイオン強度を、吸着時のイオン強度の約1倍〜約5倍(例えば吸着時の緩衝液濃度を約0.02Mとし、溶出時を約0.02M〜約0.1Mで行う場合が該当する)、好ましくは約1倍〜約3倍、さらに好ましくは約1倍〜約1.5倍、最も好ましくは約1倍〜約1.2倍としたときを、上記の「イオン強度が同等」である場合の具体例として挙げることができる。
例えば、弱酸と弱塩基の組合せからなる緩衝液を使用するとしてその濃度が約0.001M〜約0.08M、約0.01M〜約0.05M、又は約0.02M〜約0.03Mの範囲内において、第1条件の場合と同等又は低くなるように第2条件におけるイオン強度を設定することができる。
以下、本発明に関する実施例(実験例を含む)を説明する。
<ジアミンオキシダーゼの簡易精製法の検討>
エンドウのジアミンオキシダーゼ(以下、「DAO」という)をモデルとして、等電点を利用した糖タンパク質の簡易精製法の開発を試みた。具体的には以下の手順でDAOの分離精製を試み、その結果を評価した。
a.材料と方法
陽イオン交換体であるSPセファデックスを詰めたカラム(SPセファデックスC-50(アマシャム バイオサイエンス株式会社)2.5x6cm)を用意し、これを0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH6.5)で平衡化した。一方、エンドウを0.2Mトリス・コハク酸緩衝液(pH7.5)で破砕抽出しナイロン・メッシュ(74μm)を通して大きな未破砕成分や不溶成分を取り除いた後、酵素液のpHを飽和コハク酸でpH6.5とすると同時に使用した緩衝液量の2倍になるように蒸留水を加えた。この酵素溶液を遠心分離(15,000g 20分)し、その上澄み区分をとった(ステップ1:粗酵素液)。次に、この粗酵素液をカラムに添加した。添加後、カラムに20倍量(対カラムの体積)の0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH6.5)を通した。次に、0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH8.0)で酵素を溶出した。フラクションコレクター(モデル2110、バイオラッド社)を用いて溶出成分を分画した(1画分あたり5.1ml)。
b.結果
以上の手順で実施したクロマトグラフィーの結果を図1のグラフに示す。横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのOD(左)と、DAO活性(右)である。画分5付近にOD280及びDAO活性のピークが認められる。画分3〜11をまとめて最終精製物(ステップ2:最終精製物)とした。粗酵素液、及び最終精製物について全タンパク質量、DAO活性量(比活性)、精製度(粗酵素液の比活性を1としたときの比活性)、収量を測定し比較した(図2の表)。最終精製物では、比活性が1.38μkat/mg、精製度が115であって、従来の方法(図2の表の下段)と遜色ないレベルであった。収量については88.7%であって、従来の方法に比べて格段に高い。
純度を確認するために最終精製物をSDS電気泳動に供した。その結果、銀染色レベルで均一なバンドが確認された(結果を図示せず)。
以上の結果から、エンドウ破砕抽出物ろ過液は、0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH6.5)でカラムにのせ洗浄するとほとんどの不要物質が吸着されずに流出し、0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH8.0)で溶出するとDAOが単離できることがわかった。
c.評価
エンドウのジアミンオキシダーゼ(DAO)は、1994年McGuirlらによって精製方法が確立された糖タンパク質である。彼らの精製方法は、植物体からの破砕抽出、硫安沈殿、有機溶媒沈殿、DEAE−セルロースカラムクロマトグラフィー、ゲルろ過、ヒドロキシアパタイト・カラムクロマトグラフィーによる方法で、沈殿、透析を繰り返しながら不純タンパク質を分離排除し、さらにタンパク質の電気的性質や分子量の違いを利用する一般的な方法である。この手法によると、通常3〜4日要するものである。
本実施例の方法、即ち、支持体として陽イオン交換体、緩衝液としてトリス・コハク酸緩衝液を用いた簡易精製法では、半日(12時間)以内という短時間で、銀染色レベルで均一なDAOを得ることに成功し、また従来法と同程度以上の回収率を示した。
<糖タンパク質の吸着特性の検討>
(1-1)卵白アルブミンの分離精製1(溶出条件として等電点を選んだ場合)
DAOの精製に有効であると確認された簡易精製法の手法が、他の糖タンパク質の精製にも適用できるか否かを検証するために、13種類のタンパク質・糖タンパク質の存在が確認されている卵白を試料に用いて、支持体への吸着性等について明らかにした。
a.材料及び方法
陽イオン交換体であるCMセファデックスを詰めたカラム(CMセファデックスC-50(アマシャム バイオサイエンス株式会社)1.6x6cm)を用意し、これを0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0)で平衡化した。一方、卵白をメスシリンダーに取り、その5倍量の蒸留水を加え、30分間攪拌した。この溶液から20mLを取って、0.2Mトリス・コハク酸 緩衝液(pH7.5) 50mLを加えた後、飽和コハク酸を加えpHを4.0にした。さらにこの溶液全体を蒸留水で100mLにした(オボムチンは卵白を2〜3倍量の水で希釈した場合や、pH4で処理すると沈殿するのでこれらの操作で効率的に取り除ける)。次に遠心分離(15,000g 20分)し、その上澄み区分10mLをカラムに添加した。続いて、カラムに10倍量(対カラムの体積)の0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0)を通した。次に、0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.5)を通し、280nmのODが0.1以下になったところで、さらに0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH8.0)を通した。フラクションコレクター(モデル2110、バイオラッド社)を用いて溶出成分を分画した(1画分あたり5.1ml)。
b.結果
以上の手順で実施したクロマトグラフィーの結果を図3のグラフに示す。横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのODである。画分22〜36付近に280nmのピークが認められる。画分22〜36をまとめ最終精製物とした。SDS電気泳動に供したところ、銀染色レベルで均一のバンドが認められた(図4)。他の陽イオン交換体を用いて同様の手順で精製した場合にも、類似の傾向が認められた(結果を図示せず)。
c.評価
卵白に最も多量に含まれる卵白アルブミン(等電点pH4.5)を一段階で効率的に回収することができた。
(1-2)卵白アルブミンの分離精製2(等電点を越えた溶出条件)
溶出時の条件を変えて(1-1)と同様に卵白アルブミンの分離精製を行った。洗浄後の溶出を次の通り行った。即ち、0.1Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.75)を通し、280nmのODが0.1以下になったところで、さらに0.1Mトリスを通した。フラクションコレクター(モデル2110、バイオラッド社)を用いて溶出成分を分画した(1画分あたり5.1ml)。
以上の手順で実施したクロマトグラフィーの結果を図5のグラフに示す。横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのODである。画分14〜19付近に280nmのピークが認められる。画分14〜19をまとめ最終精製物とした。図6は、SDS電気泳動によるタンパク質銀染色結果の結果である。画分14〜19には卵白アルブミンのみのバンドが確認された。その後、0.1Mトリス(約pH9.5)で洗浄したところ、画分32〜35にOD280nmの吸収が認められたが、SDS電気泳動により卵白アルブミンのバンドは確認されなかった。
ここで、目的タンパク質を最も効率的に回収するという課題に対する解決策には、卵白アルブミン(等電点pH4.5)の分離精製1及び2の溶出条件と結果が参考となる。
分離精製1と2の相違点は、卵白アルブミン溶出ステップの緩衝液pHがわずかに異なる点である。分離精製1では、溶出ステップの緩衝液に卵白アルブミンの等電点と同じpH4.5のものを用いており、分離精製2では、吸着・洗浄ステップに使用した緩衝液のpH(pH4.0)と溶出ステップに使用した緩衝液のpH(pH4.75)との間に卵白アルブミンの等電点(pH4.5)がある。
分離精製1の結果は、溶出緩衝液のpHが卵白アルブミンの等電点と等しくなることで卵白アルブミンが溶出することを示している(図3)が、分離精製2の結果は、吸着・洗浄緩衝液pH4.0で陽イオン交換体に吸着している卵白アルブミンが、等電点を超えるpHの緩衝液(pH4.75)によって急激に溶出されることを示す(図5)。等電点(pH4.5)で溶出させた場合(分離精製1、図3)は、OD280nmの吸収が0.5程度(ピークトップ)、画分22〜36(15本)のフラクションコレクターに回収されたが、等電点を超えた条件(pH4.75)で溶出させた場合(分離精製2、図5)では、OD280nmの吸収が1.2程度(ピークトップ)、画分14〜19(5本)のフラクションコレクターに回収され、OD280nmの吸収は画分20以降(pH4.75での区分)ではほとんど認められなかった。図6のSDS電気泳動によるタンパク質銀染色結果とともに検討した結果、分離精製2で示したような目的タンパク質の等電点を越える溶出緩衝液pH条件を採用した場合、さらに効率的な回収を可能とすることを示唆している。ただし、目的タンパク質の等電点に近い等電点を持つ吸着物質が存在する場合や、目的タンパク質よりも吸着力の弱い吸着物質が存在する場合には注意を要する。
(2)単離方法として応用の可能性の検討
次に、複数の糖タンパク質が混在する試料から各糖タンパク質を単離する方法として、上記の簡易精製法が有効であるか否かを検討した。具体的には、複数の糖タンパク質及びタンパク質が混在する試料から各糖タンパク質を分離できるか否かを検討した。
a.材料及び方法
糖タンパク質として卵白アルブミン(等電点pH4.5、分子量45k、シグマ・アルドリッチ株式会社)及びトランスフェリン(等電点pH6.2、分子量80k、シグマ・アルドリッチ株式会社)と、非糖タンパク質としてストレプトアビジン(全タンパク質としての等電点pH6.4、表面の等電点pH5.0〜5.5、分子量60k 4量体、ナカライ規格特級GR、ナカライテスク株式会社)とを含む溶液を試料とした。4種類のイオン交換体(CMセファデックスC-50(アマシャム バイオサイエンス株式会社)、CMセファロースFast Flow(アマシャム バイオサイエンス株式会社)、SPセファデックスC-50(アマシャム バイオサイエンス株式会社)、SPセファロースFast Flow(アマシャム バイオサイエンス株式会社))を使用し、それぞれについて実施例1と同様の手順で試料の添加(0.1Mのトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0))及び洗浄(0.1Mのトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0))を行った。溶出時の溶液条件は、コハク酸濃度の連続的な減少による約pH4.0〜約pH9.0のグラジエントとした。
b.結果
卵白アルブミン、トランスフェリン、及びストレプトアビジンを含む溶液を試料とした、CMセファデックス、CMセファロース、SPセファデックス、及びSPセファロースによるクロマトグラフィーの結果を図7〜10のグラフに示す。各グラフにおいて横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのOD(左)及び溶出液のpH(右)である。図7のグラフでは画分26付近に卵白アルブミンのピーク、画分37付近にストレプトアビジンのピーク、そして画分39付近にトランスフェリンのピークがそれぞれ認められる。同様に、図8のグラフでは画分16付近に卵白アルブミンのピーク、画分35付近にストレプトアビジンのピーク、そして画分38付近にトランスフェリンのピークがそれぞれ認められる。同様に、図9のグラフでは画分13付近に卵白アルブミンのピーク、画分28付近にストレプトアビジンのピーク、そして画分37付近にトランスフェリンのピークがそれぞれ認められる。同様に、図10のグラフでは画分19付近に卵白アルブミンのピーク、画分31付近にストレプトアビジンのピーク、そして画分38付近にトランスフェリンのピークがそれぞれ認められる。
c.評価
2種類の糖タンパク質と非糖タンパク質(ストレプトアビジン)は、高イオン強度のトリス・コハク酸緩衝液を使用することによって、試したすべてのイオン交換体に吸着し、等電点付近で溶出した。図9や図10に示されるように、複数種類の糖タンパク質が混在する試料を用いた場合においても、個々の糖タンパク質を高精度で分離できることが確認された。尚、この実験例の条件では、非糖タンパク質であるストレプトアビジンについてもイオン交換体への吸着性が認められた。但し、試験に供したN型糖タンパク質は高い吸着性、及び良好な溶出性を示し、本発明の方法が汎用性に優れること、即ち、様々な糖タンパク質の分離精製に本発明の方法を適用可能であることが実証された。
(3)緩衝液濃度の影響の検討
上記(2)の実験では、吸着用及び洗浄用緩衝液として0.1Mトリス・コハク酸緩衝液を使用した。緩衝液の濃度(イオン強度)と、イオン交換体への吸着特性及び溶出特性との関係を調べるために、0.2Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0)を用いて、(2)と同様の実験を実施した。
a.材料及び方法
吸着及び洗浄用として0.2Mトリス・コハク酸緩衝液(pH4.0)を用い、溶出はコハク酸濃度の連続的な減少による約pH4.0〜約pH9.0のグラジエントとした。試料としては、卵白アルブミン(等電点pH4.5、分子量45k、シグマ・アルドリッチ株式会社)、トランスフェリン(等電点pH6.2、分子量80k、シグマ・アルドリッチ株式会社)及びストレプトアビジン(全タンパク質としての等電点pH6.4、表面の等電点pH5.0〜5.5、分子量60k 4量体 非糖タンパク質、ナカライ規格特級GR、ナカライテスク株式会社)を混合したものを試料とした。イオン交換体としてはCMセファデックスを使用した。その他の実験方法は上記(2)と同様とした。
b.結果
クロマトグラフィーの結果を図11に示す。図11のグラフにおいて横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのODである。画分16付近に卵白アルブミンのピーク、画分38付近にトランスフェリンのピークが認められる。非糖タンパク質ストレプトアビジンはイオン交換体に吸着せず、素通りした。
c.考察
緩衝液として0.2Mトリス・コハク酸緩衝液を用いた場合、糖タンパク質はすべて吸着したが、非糖タンパク質であるストレプトアビジンは吸着されず流出した。即ち、使用する緩衝液の濃度を適宜調整することによって、糖タンパク質を特異的にイオン交換体に吸着させ、そして溶出できることが示された。このように、本発明の簡易精製法は、糖タンパク質を特異的に分離精製する方法として有効である。
一方、(2)の結果を考え合わせると、条件によっては非糖タンパク質も糖タンパク質同様にイオン交換体への吸着性を示すが、糖タンパク質の方が、より吸着力が強い傾向があるといえる。従って、吸着時の条件を、非糖タンパク質がイオン交換体に吸着できない高イオン強度に設定すれば、糖タンパク質を特異的に吸着させることができる。即ち、非糖タンパク質が吸着されないイオン強度で吸着操作を実施することにすれば、非糖タンパク質が混在する試料からも糖タンパク質を良好に分離精製することができる。
(4)高濃度0.2Mトリス・コハク酸緩衝液による洗浄操作の影響
(3)と同様の吸着条件で吸着操作した後、同濃度の緩衝液を多量(200ml程度(カラム容積の10倍以上))用いて洗浄操作を実施し、そのあとで(3)と同様の溶出条件で溶出させた結果を示す(図12)。
画分番号39付近のトランスフェリンピークは、図11におけるグラフと比較して少し小さくなっているが、画分番号20付近の卵白アルブミンのピークは、図11の場合よりもかなり小さなピークとなっている。
この結果から、いったん吸着した糖タンパク質等においても、高濃度緩衝液で洗浄操作を長時間実施することにより、少しずつ流出することが確認された。すなわち、糖タンパク質等の吸着力の違いによって、洗浄操作による影響に違いを生ずることが認められた。この結果に(2)及び(3)の結果を考え合わせると、吸着時の条件を目的タンパク質がイオン交換体に吸着可能である、できるだけ高イオン強度に設定することが望ましいが、高イオン強度下で洗浄操作を実施した場合には流出傾向が高まるため、収量を期待する場合には特に注意が必要である。換言すれば、高イオン強度下で吸着させた場合には、吸着時よりも低いイオン強度下で洗浄操作をすることによって、吸着した糖タンパク質の漏出を防止でき、もって高収量での回収が可能となる。
(5)吸着性の弱い糖タンパク質と一般的なタンパク質の分離例
上記(2)の実験で用いた0.1Mトリス・コハク酸緩衝液では吸着できない多くのタンパク質や例外的に吸着できなかった糖タンパク質について、イオン交換体への吸着特性及び溶出特性との関係を調べるために、20mMトリス・コハク酸緩衝液(pH4.5)を用いて(2)と同様の実験を実施した。具体的には以下の手順で実験した。
陽イオン交換体としてCMセファデックスを使用し、20mM トリス・コハク酸緩衝液(pH 4.5)を用いてカーボニックアンヒドラーゼ(シグマ c7025)とパーオキシダーゼ(和光純薬 309-50993)を吸着させた。洗浄後、20mM トリスを加えていくことによる直線勾配(約pH4.5〜約pH8.5)で溶出させた。クロマトグラフィーの結果を図13に示す。画分29〜35がカーボニックアンヒドラーゼの溶出ピーク、画分39〜47がパーオキシダーゼの溶出ピークを表している。
カーボニックアンヒドラーゼとパーオキシダーゼは共に、0.1M トリス・コハク酸緩衝液(pH 4.5)という条件ではCMセファデックスに吸着しないが(結果を示さず)、吸着時に20mM緩衝液を用いれば、カーボニックアンヒドラーゼはpH5.0、パーオキシダーゼはpH6.5程度でピークを示す分離を可能とした。
尚、カーボニックアンヒドラーゼとトランスフェリン混液を、上記実験と同様な条件、20mM トリス・コハク酸緩衝液(pH 4.5) を用いて吸着・洗浄した後、20mM トリスを加えていくことによる直線勾配(約pH4.5〜約pH8.5)で溶出しようとすると、カーボニックアンヒドラーゼのピーク出現は遅滞し、トランスフェリンのピークと重なってしまう(結果を図示せず)。
以上の結果から、高イオン強度下において吸着困難である例外的な糖タンパク質及び一般的なタンパク質においては、吸着条件の範囲としてイオン強度を低く設定することで本法を利用した分離精製が可能となる。即ち、緩衝液濃度等を調整することにより、高イオン強度の吸着条件(緩衝液濃度が高い条件下)ではカラムに吸着できないタンパク質の分離精製にも本法を利用できることが示された。
<緩衝液の組成と吸着性の関係の検討>
緩衝液の種類によって、糖タンパク質のイオン交換体への吸着性がどのように変動するかを検討した。トリス・酢酸緩衝液、トリス・クエン酸緩衝液を試験対象とした。
a.材料及び方法
吸着及び洗浄用として0.1Mトリス・酢酸緩衝液(pH4.0)を用い、溶出を酢酸濃度の連続的な減少による約pH4.0〜約pH9.0のグラジエントとした場合(条件1)と、吸着及び洗浄用としてトリス・クエン酸緩衝液(pH4.0)を用い、溶出をクエン酸濃度の連続的な減少による約pH4.0〜約pH9.0のグラジエントとした場合(条件2)を比較した。試料としては、卵白アルブミン、トランスフェリン及びストレプトアビジンを用いた。イオン交換体としてはCMセファデックスを使用した。
b.結果
条件1のクロマトグラフィーの結果を図14に、条件2のクロマトグラフィーの結果を図15にそれぞれ示す。図14及び図15のグラフにおいて横軸は画分番号(時間軸)、縦軸は280nmでのOD(左)及び溶出液のpH(右)である。図14のグラフでは、画分32付近にカラムに負荷した全タンパク質のピークが認められる。同様に図15のグラフでは、画分番号27付近にカラムに負荷した全タンパク質のピークが認められる。
c.考察
トリス・酢酸緩衝液を用いた場合、トリス・クエン酸緩衝液を用いた場合のいずれにおいても、糖タンパク質のイオン交換体への良好な吸着及び溶出が認められた。このように、本発明の方法において様々な緩衝液を使用することが可能であることが示された。従って、目的糖タンパク質の等電点、共存する他の糖タンパク質や非糖タンパク質の等電点、或いはそれらの含有量、抽出後の目的タンパク質の使用目的等を考慮して、適切な緩衝液を選択することができる。
以上の実施例で示されるように、本発明の方法は、多種類のタンパク質・糖タンパク質が混在する雑駁なサンプルから、非常に短時間で、簡便に、目的タンパク質、糖タンパク質を効率的に回収できる手法である。また、試験に供した糖タンパク質はすべて回収できたこと、あわせて糖タンパク質においてはきわめて高イオン強度条件で可逆的な吸着性を示したことから、本発明の方法は、糖タンパク質の分離精製法として普遍性が高いといえる。
本発明は、タンパク質を分離・精製する方法として広範な目的に利用できる。例えば、生体試料(例えば血清)からの有用タンパク質(例えば疾病関連糖タンパク質)の分離・回収や、特定のタンパク質の検出(例えば、健常人と患者との間で特定の糖タンパク質量を比較し、その結果を診断材料とする)に本発明を利用できる。また、アレルギーフリーのワクチンの作製など、タンパク質又は糖タンパク質を排除する必要がある場合の分離法として本発明を利用することもできる。また、各種タンパク質の等電点を検出ないし認知することにも本発明を利用できる。さらに本発明は、糖鎖の有無のみが異なるタンパク質が夾雑する試料から目的の糖タンパク質を分離・精製することにも有効である。
本発明は、糖タンパク質の分離精製において特に優位であるといえるが、緩衝液とカラムを組み合わせることにより、多種多様な糖タンパク質のみならず一般的なタンパク質をも簡便に効率的に分離精製することにも利用され得る。
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。

Claims (13)

  1. 以下のステップを含んでなる、タンパク質の分離方法:
    a)pHが目的タンパク質の等電点にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させ、目的タンパク質を吸着させる吸着ステップ;及び
    b)前記イオン交換体に吸着された目的タンパク質を、イオン強度が前記第1条件よりも低く、且つpHが、目的タンパク質の等電点に等しい値、又は前記第1条件のpHからみて目的タンパク質の等電点を超えた値である、第2条件下で溶出する溶出ステップ。
  2. 前記第1条件が、0.05M〜1.5Mの緩衝液を使用することを含む、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  3. 前記第1条件が、弱酸及び弱塩基の組み合わせからなる緩衝液を使用することを含む、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  4. 以下のステップを含んでなる、タンパク質の分離方法:
    a)第1のイオン強度、且つpHが目的タンパク質の等電点にない第1条件下で、目的タンパク質を含む試料をイオン交換体に接触させ、目的タンパク質を吸着させる吸着ステップ。
    b)前記イオン交換体に吸着された目的タンパク質を、イオン強度が前記第1条件よりも低く、且つpHが、目的タンパク質の等電点に等しい値、又は前記第1条件のpHからみて前記目的タンパク質の等電点を超えた値である、第2条件下で溶出する溶出ステップ。
  5. ステップaとステップbとの間に以下のステップを実施する、請求項1に記載のタンパク質の分離方法:
    c)前記イオン交換体に吸着された目的タンパク質が溶出されない条件下で前記イオン交換体を洗浄するステップ。
  6. 前記ステップcが、前記第1条件と同一の条件下で実施される、請求項5に記載のタンパク質の分離方法。
  7. 前記第1条件のpHが目的タンパク質の等電点よりも低く、
    前記イオン交換体が陽イオン交換体であり、
    前記第2条件のpHが目的タンパク質の等電点又は等電点よりも高い、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  8. 前記第1条件のpHが目的タンパク質の等電点よりも高く、
    前記イオン交換体が陰イオン交換体であり、
    前記第2条件のpHが目的タンパク質の等電点又は等電点よりも低い、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  9. 前記第1条件が、トリス・コハク酸緩衝液を使用することを含む、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  10. 前記第2条件が、前記第1条件で使用する緩衝液と同一の酸及び同一の塩基の組合せからなる緩衝液を使用することを含む、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  11. 前記第2条件が、pHが目的タンパク質の等電点にある緩衝液を使用することを含む、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  12. 前記試料が複数種類の目的タンパク質を含み、
    ステップbが、各目的タンパク質の等電点に対応した溶液条件で連続的に溶出するステップからなる、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
  13. 前記タンパク質が糖タンパク質である、請求項1に記載のタンパク質の分離方法。
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