JP3917380B2 - 難分解性物質を分解する微生物を用いた下排水処理方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は屎尿、下水、埋立排水、染色排水などからなる家庭用排水・産業用排水の下排水処理方法に関し、更に詳細には、下排水中に含有される着色成分などの難分解性物質を分解処理する新規な微生物を用いて難分解性物質を分解する下排水処理方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
大きく分けると、下排水は家庭用排水と産業用排水からなり、公共下水道に排出されて集中浄化処理される場合もあれば、より小さなミニ下水道による浄化処理もあり、また各家庭や各事業所の個別浄化装置で浄化処理されることもある。
【0003】
公共下水道は、主として市街地における下水を排出処理するためのもので、家庭から排出される屎尿・生活排水、工場・事業所といった人の多く集まる所から排出される汚水、その他雨水を受け入れ、終末処理場で生物処理を行なっている。しかし、公共下水道の普及率は欧米と比べるとまだまだ低い水準にあるのが現状である。
【0004】
コミュニティプラントは、住宅団地などに設置された所謂ミニ下水道で、屎尿と生活雑排水を合わせて処理している。浄化槽は、屎尿のみを処理する単独処理浄化槽と、屎尿と合わせて台所や風呂の排水を処理する合併処理浄化槽がある。
【0005】
以上は、トイレの水洗化を可能とした施設であるが、水洗化されていない各家庭の汲み取り屎尿は、主として、屎尿処理施設で処理されている。屎尿処理施設は、市町村単位で整備されている処理施設で、各家庭から収集された汲み取り屎尿や、浄化槽から排出された汚泥を集中して処理する。その処理方法は、公共下水道、コミュニティプラント等と同様に生物処理を中心としたものである。
【0006】
これらの下水処理や屎尿処理に共通した基準は、水汚染の程度を示す各種パラメータを法律による規制レベル以下にすることである。水汚染のパラメータは、▲1▼衛生的理由から問題とされる項目[化学的酸素要求量(COD)、生物学的酸素要求量(BOD)、全窒素(T−N)、全リン(T−P)、一般細菌、大腸菌類、塩素イオンなど]、▲2▼処理場の施設機能的理由から問題とされる項目[pH、硬度、浮遊物質(SS)、残留塩素など]、▲3▼人の感覚的理由から問題とされる項目[濁度、色度、透視度、臭気など]に分けられる。
【0007】
下水処理や屎尿処理において、▲1▼と▲2▼の項目は生物処理を中心とした浄化処理技術により比較的達成しやすいが、▲3▼の項目を達成するにはかなり高度の技術を必要とする。その理由は、着色成分の大部分が、活性汚泥微生物や脱窒素微生物により分解されない溶解性有機化合物や難分解性有機化合物だからである。しかし、人は下排水の色、特に屎尿の色に不快感を覚えるから、この着色成分をどうしても分解・除去することが必要となる。
【0008】
従来、この着色物質の低減化には、BOD、COD、SS、T−Pの低減も含めて、通常処理と高度処理を併用して当たっている。屎尿処理における高度処理の方式は、凝集分離、オゾン酸化、砂ろ過、活性炭吸着に分類され、目的により組み合わせて使用されている。
【0009】
凝集分離は下排水に高分子凝集剤を添加して凝集沈殿成分を除去することにより、BOD、COD、SS、T−P、濁度を低減化する技術である。砂ろ過は凝集分離で除去できなかったSSを更に除去する必要がある場合に採用される。オゾン酸化処理は色度とCODを除去することが主目的である。活性炭吸着はCODに対する規制が特に厳しい場合に採用され、色度の除去も目的とする。
【0010】
図11は通常生物処理と高度処理を組み合わせた従来の最新鋭屎尿処理フロー図である。この従来例では、高度処理方式として活性炭吸着法が使用されている。まず、屎尿Gを砂沈殿槽8に通して夾雑物を除去し、その後、通常生物処理装置NBに導入する。この通常生物処理装置NBは、生物処理槽10と脱窒槽12と微生物分離膜14から構成されている。
【0011】
生物処理槽10では、活性汚泥処理により好気的に有機物を二酸化炭素とアンモニアに分解し、更にこのアンモニアを亜硝酸を経て硝酸にまで分解する。次に、脱窒槽12に炭素源としてメタノールを添加し、嫌気的に硝酸性窒素を窒素分子に変換して大気中に放出する。更に、微生物分離膜14によりポリオレフィン仕様の管型限外ろ過膜を用いて微生物を分離し、通常処理水NWだけを高度処理装置HTに放出する。
【0012】
高度処理装置HTは、無機凝集剤によりリンを凝集させる凝集処理槽16と、このリン凝集物をポリスルホン仕様の管型限外ろ過膜により分離する凝集物分離膜18と、活性炭により着色成分を除去する活性炭槽20と、最後に次亜塩素酸塩により滅菌処理する滅菌槽22から構成される。滅菌された処理水は高度処理水HWとして自然界に放流される。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
図11の従来処理フローでは、高度処理として活性炭吸着法が用いられているが、活性炭は極めて高価であるため、着色物質の除去に運転経費のかなりの部分を要するという弱点がある。活性炭は上水道の高度処理に使用される上質の材料であり、下排水の高度処理に適用するには高価過ぎると云わねばならない。
【0014】
凝集分離や砂ろ過は活性炭吸着法に代替できるほどの高度処理能力を有しているとは現状では云えない。オゾン酸化法においては、オゾン発生設備にコストがかかり過ぎる欠点を有している。この他に、光触媒を用いた着色物質の除去研究も行なわれているが、活性炭にとって代わるほど光触媒は安価ではない。つまり、活性炭に代わる、或いは活性炭の使用量を減らすような革新的で安価な着色成分の除去方法は、現在のところ報告がほとんど無い。
【0015】
従って、本発明の目的は、活性炭処理やオゾン処理などに代わって、下排水の難分解性物質、特にその着色成分を分解処理する新規で独創的な微生物処理方法を提案するものである。つまり、本発明の目的は、難分解性物質を分解する新規な微生物を用いた下排水処理方法を提案することである。
【0016】
【課題を解決するための手段】
請求項1の発明は、事前培養しておいたペニシリウム属糸状菌LM12(FERM P−18194)と、炭素源としてのグルコースと、窒素源としての硫酸アンモニウムとを反応槽に投入して培養すると共に、この反応槽に、砂沈殿槽により固形物を除去したあと、生物処理槽及び脱窒槽を含む生物処理装置により有機物を分解除去し、更に凝集処理槽及び凝集物分離膜により固形物を除去した後の下排水を導入して、下排水中の難分解性物質を分解処理することを特徴とする下排水処理方法である。
【0017】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、培地を置換しながら反応槽でペニシリウム属糸状菌LM12株を反復培養するようにしたものである。
【0023】
【発明の実施の形態】
本発明者等は、下排水中の難分解性物質、特にその着色成分の分解方法を鋭意研究した結果、着色成分等の難分解性物質を分解する新規な微生物を発見し、この発見に基づいて難分解性物質を分解する下排水処理方法を想到するに到った。
【0024】
近年、環境汚染の問題が深刻化する中、汚染の主体である難分解性物質もある種の微生物によって分解されてゆく事例が報告されている。例えば、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、芳香族塩素化物、ニトロベンゼン、ポリウレタン、ナイロン、ポリエチレンの生分解の報告がある。
【0025】
そこで、本発明者等は屎尿の脱色を行なう微生物の探索を行なうことにした。各地の下水処理場で採取した下水や汚泥から得られた菌、研究室に保管してある菌、外国で採取した菌などを試験管で培養した。この後、試験管内の培養液に屎尿を混合し、この菌を培養増殖させる中で屎尿の脱色を示した菌を選別して屎尿脱色菌とした。この屎尿脱色菌の中で、屎尿の脱色率が最も高かった糸状菌を本発明における屎尿脱色菌とした。
【0026】
本発明者等は、以後この屎尿脱色菌をLM12株と称する。まず、このLM12株をツァペック・ドックス寒天培地及び麦芽エキス寒天培地上で増殖させて、LM12株が菌類の中でも糸状菌であることを確認した。また、形態観察からアオカビの一種であることも確認された。
【0027】
次に、このアオカビの属と種を決定するために、特に形態学的試験が行なわれた。その結果、以下のような形態学的特長が明らかになった。(1)子嚢世代を形成しない、(2)生子柄は幾分不規則に分枝し、分枝、メトレ、フィアライドからなる複輪生のペニシリを形成する、(3)ペニシリは不規則に分枝し、基底の分枝とメトレは広角度に散開分枝する、(4)菌核を形成しない、(5)集落は胞子が着生するまで白色・綿毛状、(6)発達した集落表面は灰緑色、裏面はオレンジ・レッド、(7)胞子は球形〜亜球形で表面は粗面、大きさは約3μm、(8)集落の大きさは10日で直径約6cm。
【0028】
以上の結果、LM12株はPenicillium属(ペニシリウム属)に属するアオカビの一種であることが確認され、更に種の同定を行なった。しかし、極めて近接した公知の種が存在したが、微細な形態学的特長において不一致もあり、種までの完全な同定には成功しなかった。そこで、以下ではこの糸状菌をペニシリウム属LM12株と称する。
【0029】
これまでペニシリウム属糸状菌による屎尿の脱色作用は全く報告されていない。従って、本発明は屎尿脱色作用を有する新規なペニシリウム属LM12株の発見と、この屎尿脱色作用を利用して、下排水中の難分解性物質を分解処理する下排水処理方法である。
【0030】
本発明に係るペニシリウム属LM12株は、工業技術院生命工学工業技術研究所にFERM P−18194として既に寄託されている。従って、この菌株は工業技術院生命工学工業技術研究所から所定の手続に従って入手することができる。
【0031】
本発明に係るLM12株は屎尿を脱色する作用を有し、屎尿の色は胆汁色素の色であるから、LM12株は胆汁色素を分解脱色する作用を有すると考えられる。胆汁色素はビリルビンなどの複数の難分解性色素からなり、LM12株が難分解性を有すると考えられていた胆汁色素の分解能力を有するということは、他の難分解性物質の分解可能性を有することをも意味する。
【0032】
そこで、本発明者等はLM12株をリグニンを含んだ排水の脱色工程に利用したところ、リグニンを分解して脱色作用を有することを確認した。従って、LM12株は屎尿、リグニン排水など各種の有色排水の脱色処理に利用できることが分かり、一般の難分解性物質の分解処理に利用できることが確認された。
【0033】
LM12株の炭素源としては各種の炭素含有物質が利用できるが、その中でもグルコース、グリセリンが好適である。また、窒素源としても各種の窒素含有物質が利用できるが、その中でも硫酸アンモニウムが好適である。特に、グルコースと硫酸アンモニウムを屎尿の中に同時に添加したときに、屎尿の脱色効果が最も顕著に発現することも分かった。
【0034】
LM12株が着色物質を吸着しているのか、分解しているのかについて鋭意検討した結果、着色物質を菌体表面に吸着するだけでなく、吸着物質を菌体内で分解脱色していることが分かった。つまり、LM12株は吸着と分解の同時作用により下排水の脱色を達成しており、そのうち分解作用が本質的であると考えられる。
【0035】
LM12株による下排水の脱色時間を短縮するためには、LM12株をあらかじめ所定時間だけ培養しておき、この培養菌を下排水中に投入することが必要である。菌体の着色物質分解能力は培養開始後一定時間経過してから急激に増大する傾向を示すことが分かっている。従って、下排水に菌を植種してから培養すれば、菌体が分解能力を獲得する時間だけ未分解状態が継続する。この待機時間は分解の遅れ時間となる。従って、菌体をあらかじめ培養して分解能力を増大させておき、この分解能力が増大した菌体を下排水に投入すれば、直ちに分解が始まり、分解時間の短縮を図ることができる。
【0036】
LM12株による下排水の脱色作用が所定段階まで進行した後、栄養源を添加してLM12株の菌体増殖を図っても、脱色はそれ以上進展し難いことが分かった。従って、LM12株の菌体数が所定以上に増殖する前に、栄養源を下排水に添加して菌体の増殖を図ることが重要である。つまり、この初期菌体量が多いほど、脱色に要する時間を短縮することができる。
【0037】
LM12株は反復培養するたびに脱色に要する時間が短縮する性質を有することが分かった。LM12株を培養しながら下排水を脱色し、一定の脱色度に達した後、増殖したLM12株を洗って再び新しい培地に移して下排水を脱色させ、以後この操作を反復する。この結果、当初脱色に要する時間は16〜20時間であったものが最終的には2時間程度に短縮することが可能となることが分かった。LM12株のこの性質を利用すれば、屎尿処理などの下廃水処理プロセスを短縮でき、大量の下廃水処理を実現することができる。
【0038】
【実施例】
以下に、本発明に係る難分解性物質を分解する微生物及びこれを用いた下排水処理方法の実施例を図面に従って詳細に説明する。
【0039】
[実施例1:LM12株の選別と同定]
脱色微生物の選別には高い着色度の液を用いる必要がある。そこで、屎尿色素を含有した液体培地は次のように調製された。屎尿処理工程の最終ステップで色素を吸着した活性炭から着色成分を溶出させ、400nmの吸光度が0.8〜1.0になるようにその濃度を調整した。この調整液にグルコースと硫酸アンモニウムを夫々5.0g/L及び0.6g/Lの濃度になるように溶解させ、塩酸でpHを6.5に調整した。このようにして得られた液体を5mLずつ試験管に分注して殺菌し、液体培地を調製した。
【0040】
LM12株を選別するために利用したサンプルは、札幌市内から集めた土壌サンプル、下水処理場で採取した下水と汚泥、他の研究者から提供していただいた菌、研究室に保管してある菌、フィリピン国で採取した菌など多数に及ぶ。これらのサンプルの一白金耳を5mLの前記液体培地の入った試験管に接種し、往復振とう培養器(TA100R,高崎科学)により120rpm、30℃で10日間継続して振とう培養した。増殖の認められたサンプルを逐次継代培養し、培養期間を2日間に短縮できるようになった糸状菌をLM12株として分離した。
【0041】
LM12株の保存と胞子接種のための寒天斜面培養には、0.1g/Lの酵母エキスを補ったポテトデキストロース寒天培地(PDA培地)を使用した。LM12株の分類と同定のための平板培地には、ツァペック・ドックス寒天培地、麦芽エキス寒天培地を使用した。
【0042】
LM12株の脱色特性を詳細に分析するため、以後の試験では、単離されたLM12株を20mLの液体培地を含む100mL容の三角フラスコで培養し、脱色の経時変化からLM12株の脱色作用を判定した。
【0043】
[実施例2:硫酸アンモニウム濃度の影響]
屎尿の脱色試験において用いられる培地の窒素源には各種窒素化合物が利用できる。ここでは、窒素源として硫酸アンモニウムの有効性を試験した。屎尿サンプルは通常処理水NWであるから、BODと窒素分はほとんど含まれていない。培地の炭素源としてはグルコースを用い、この培地に添加される硫酸アンモニウムの濃度の影響を調べた。
【0044】
図1は種々の硫酸アンモニウム濃度に対する培養液の色度(Color)とpHの経時変化を示している。出発pHは塩酸により約6.5に調整され、色度は分光光度計(UV−260、島津製作所)により波長400nmで測定された。硫酸アンモニウム濃度は●0g/L(無添加)、○0.15g/L、▽0.3g/L、◆0.6g/L、△1.2g/L、□2.4g/Lの6種類である。
【0045】
図1からわかるように、無添加では脱色せず、0.15g/Lと0.3g/Lの硫酸アンモニウム添加では28時間で30%の脱色をして色度もpHもほぼ一定になった。0.6、1.2及び2.4g/Lの硫酸アンモニウム濃度では、12時間の無反応時間を経過した後脱色が進行し、16時間で50%の脱色を示し、ほぼ一定値になった。脱色と同時にpHも6.5から2付近にまで低下した。従って、硫酸アンモニウム濃度は0.6g/L以上であることが望ましく、以後の試験では硫酸アンモニウム濃度は0.6g/Lに設定された。
【0046】
[実施例3:グルコース濃度の影響]
LM12株を培養するには種々の炭素源が利用できるが、最も望ましいものはグルコースであった。グルコースの屎尿脱色に及ぼす影響を調べるため、グルコース濃度を変化させて培養した。屎尿サンプルには窒素分はほとんどないため、窒素源として硫酸アンモニウムを添加した。
【0047】
図2は種々のグルコース濃度に対する培養液の色度とpHの経時変化を示している。初発pHは6.5に調整され、色度は前記分光光度計により波長400nmで測定された。グルコース濃度は●0g/L(無添加)、○1.0g/L、△2.5g/L、◆5.0g/L、□10.0g/Lの5種類である。
【0048】
図2から分かるように、無添加では脱色せず、1.0g/Lのグルコース濃度では20時間で30%の脱色をして色度もpHもほぼ一定になった。2.5、5.0及び10.0g/Lのグルコース濃度では、12時間の無反応時間を経過した後脱色が進行し、20時間で50%の脱色を示し、ほぼ一定値になった。脱色と同時にpHも6.5から3付近に低下した。グルコース濃度が5.0g/L以上で屎尿の脱色が速かったことから、以後の試験ではグルコース濃度は5.0g/Lに設定された。
【0049】
[実施例4:設定培養条件下での脱色試験]
この実施例では、最良の設定培養条件下で液体培地の脱色試験を行った。窒素源である硫酸アンモニウムの濃度は0.6g/Lに、炭素源であるグルコースの濃度は5.0g/Lに設定された。培養温度は種々に変更して調べた結果、30℃が最適であることが分かり、30℃を設定温度とした。また、初発pHも種々に変更して試験した結果、6.5が最適pHとなった。従って、設定培養条件は、硫酸アンモニウム濃度=0.6g/L、グルコース濃度=5.0g/L、培養温度=30℃、初発pH=6.5である。
【0050】
図3は設定培養条件下における色度・pH・乾燥菌体重量の経時変化を示している。○は波長400nmで得られた色度、□はpH、△は乾燥菌体重量(g/L)を示す。ここで、乾燥菌体重量の測定は以下のように行われる。まず、培養物を培養液と菌糸に分けるが、少量のろ過には注射器の先にろ過膜(GA55、東洋ろ紙)をセットしたものを用い、多量のろ過には吸引ろ過を行う。次に、分離された菌糸を乾燥機(DX−58、ヤマト科学)を用いて60℃で乾燥させ、この乾燥重量を測定する。
【0051】
図3から分かるように、屎尿、即ち液体培地の脱色については20時間で40%以上の脱色を示した後一定になり、pHも6.5から3付近にまで低下した。菌体量は12時間の遅滞期を経た後直線的に増加し、24時間まで増加した。菌体量がほとんど増加しない遅滞期は色度とpHの低下も極めて小さい。菌体量と脱色力とpHには緊密な相関性があると考えられる。
【0052】
屎尿を含む液体培地のスペクトルを観察したところ、脱色の進行に伴い、測定した全ての領域の吸光度が低下したが、特定の波長の顕著な変化は観察できなかった。従って、測定された色度は液体培地中に含まれる屎尿着色物質の総括的な量に比例すると考えられる。また、脱色がpHの低下と平行して起こったことから、pHによる吸光度の差を調べたところ、8から2のpH領域で僅かの差しか存在しなかった。即ち、測定された着色度は屎尿着色物質量にのみ依存し、信頼できる結果を与えるものと判断される。
【0053】
LM12株による屎尿の脱色が着色物質の分解か、菌糸表面への吸着かを調べるために、実施例4で24時間培養して脱色が終了した菌糸をろ過により集めて、100mLの脱イオン水に懸濁させ、10分間振とうした。それから、ろ過して溶媒の着色を測定した。溶媒抽出により溶媒に色がついた。従って、屎尿中の着色物質が菌糸表面に吸着されていることが分かった。
【0054】
培養前の液体培地の色は0.58で、脱イオン水に現れたのはその3.8%、即ち色では0.022である。また、24時間培養後の培養液の色は0.44であるから、LM12株により分解処理された色は0.14である。脱イオン水に現れた色の量はLM12株で処理された量の16%でしかないことが分かった。このことから、大部分の着色物質はLM12株により分解されていると判断でき、LM12株はまず着色成分を吸着し、細胞に取り込んで分解するものと思われる。
【0055】
[実施例5:事前培養による脱色時間の短縮化]
脱色の進行に際し、12時間の遅滞期が観察されたことから、この遅滞時間を短くして脱色時間を短縮させることを計画した。100mL容の三角フラスコに20mLの液体培地を入れ、LM12株の胞子を接種後、12〜24時間培養した培養液を100mLの液体培地の入った500mL容の三角フラスコに投入した。この培養液の色度の経時変化が観察された。
【0056】
図4は菌糸の前培養が本培養に与える脱色効果図である。菌糸の前培養時間は、○12時間、▽16時間、□20時間、△24時間の4種類が選ばれた。事前培養時間が12時間の場合には4時間の遅滞期が観察されたが、前培養時間が長くなるに従って遅滞期が短縮することが分かった。しかし、脱色終了時の脱色率は全てのケースで50%であった。このことから、前培養した菌糸を投入すると脱色時間を短縮することができることが分かった。
【0057】
[実施例6:培養開始後の栄養分の追加的添加]
屎尿を含有した液体培地の着色度を更に低下させるために、培養中に消費される栄養分を新たに培地に添加して、屎尿の脱色に及ぼす影響を調べた。栄養分を添加する時期は脱色が一応終了して吸光度がほぼ一定になった時期を選んだ。脱色率が一定になった後、栄養分の追加的添加によって脱色率が更に低下するかを確認するためである。
【0058】
図5は脱色終了後における栄養分の追加的添加による屎尿の脱色効果図である。培養開始から24時間経過すれば脱色は一応終了し、脱色率はほぼ一定に達している。そこで培養開始から、24時間後、32時間後、40時間後に栄養分を追加的に添加した。添加する栄養分は、0.5gの粉末状のグルコースと、0.06gの粉末状の硫酸アンモニウムである。
【0059】
図中、●は無添加(対照)、△は24時間目添加、□は24・32時間目の2日の添加、○は24・32・40時間目の3日の添加を示す。これらの各ケースについて60時間培養したが、脱色率とpHの挙動は無添加の場合と比較してもそれほど変わらず、脱色率は50%程度、pHは6.5から約2に低下するだけである。つまり、一度脱色が終了するとそれ以上脱色は進行しないことが分かった。
【0060】
各ケースにおいて菌体量の増加率を確認するため、培養開始から60時間後の乾燥菌体の重量(g/L)を測定し、その結果を表1に示す。
【0061】
表1に示される通り、栄養分を添加すると、菌体量は増加していることが分かる。しかし、菌体量が増加しても更なる脱色率の低下は認められず、脱色の促進には繋がっていない。このメカニズムのこれ以上の詳細は現在のところ不明である。
【0062】
[実施例7:初期投入菌体量の影響]
LM12株による脱色処理により、着色度(吸光度でもよい)の更なる低下は困難であることが分かった。そこで脱色速度の増加、つまり脱色時間の短縮化を図るために、脱色に及ぼす初期投入菌体量の影響を調べた。
【0063】
胞子を接種してから、24時間の事前培養を行った後、100mL、200mL及び400mLの培養物をそれぞれろ過し、それらの菌糸を液体培地100mLで洗ってから、再び新しい液体培地100mLに移して培養した。3種類の培地の初期菌体量を1倍量、2倍量及び4倍量と呼んでおく。
【0064】
図6は3種類の初期投入菌体量による屎尿の脱色効果図である。○は100mL培地(1倍量)、●は200mL培地(2倍量)、△は400mL培地(4倍量)である。1倍量では、3.5時間で0.6から0.38に脱色した。2倍量の菌糸を投入した場合、2時間で0.65から0.48に脱色した。4倍量の菌糸を投入した場合、1.5時間で0.68から0.45に脱色した。しかし、3種類とも正味の吸光度の減少は大差なかった。
【0065】
図6の曲線の接線勾配はその時点の脱色速度を与えるので、これらの曲線の最大勾配からそれぞれの場合の最大脱色速度を求め、菌体乾燥重量1g/L当たりの最大脱色速度を比脱色速度として算定した。従って、脱色速度の単位は1時間当たりの吸光度差(ΔOD400/hr)であり、比最大脱色速度の単位は、1時間・1g/L当たりの吸光度差(ΔOD400/(hr・L・g菌体量))になる。
【0066】
最大脱色速度と最大比脱色速度の結果を表2に纏めて示す。
【0067】
表2から分かるように、菌体量が2倍に増えると最大脱色速度は1.6倍、4倍に増えると2.9倍になった。最大比脱色速度は菌体量が2倍に増えると0.81倍、4倍に増えると0.69倍になった。このことから、投入する初期菌体量が多いと菌体重量当たりの脱色速度は低下するが、脱色に要する時間(脱色時間)は短くて済むことが分かった。
【0068】
[実施例8:菌体の繰り返し培養による屎尿の脱色]
LM12株による屎尿の脱色時間を更に短縮させるために、LM12株の菌糸の繰り返し培養を試験した。つまり、LM12株を液体培地に接種して液体培地を十分に脱色し、この培養物中の菌糸を分離して新しい液体培地に移したときに、この新しい液体培地の脱色時間が短縮するかどうかを試験した。
【0069】
図7は菌糸の繰り返し培養による屎尿の脱色効果図である。培養開始から24時間目と32時間目に栄養分を間欠的に2回添加し、48時間培養後に菌体をろ過で集め、新しい培地100mLに置換したところ、2時間で50%脱色し、pHも6.5から3にまで低下した。脱色終了後、菌糸を別の新しい培地に置換したところ、同様に2時間で50%脱色した。更に、脱色時間の短縮効果を確認するため、もう一度菌糸を置換しても同様の結果を示した。繰り返し培養により、脱色時間が一気に2時間に短縮するという素晴らしい結果を与えた。
【0070】
[実施例9:多数回の反復回分培養による屎尿の脱色]
菌糸の繰り返し培養回数(置換回数)を更に増加することにより、屎尿の色度変化及び脱色時間の挙動を試験した。胞子接種後から24時間培養を行った後、脱色が終了する毎に菌糸をろ過し、次々と新しい液体培地に置換して長時間培養を続けた。色度が0.4以下に達する毎に培養物をろ過し、菌糸を液体培地100mLで洗ってから新しい液体培地に置換した。
【0071】
図8は菌糸の多数回の反復回分培養による屎尿の脱色効果図である。○は色度、□はpHを示す。1回目の置換で4.5時間かかっていた脱色時間が、2回目の置換で3時間、3・4回目の置換で2.5時間、5回目以降の培地置換で脱色時間は2時間になった。5回目以降、連続10回の培地置換で脱色時間は2時間であったことから、以降の長期間の置換でも脱色時間は2時間で済むと考えられる。
【0072】
いずれの場合も、初期pH6から最終pH4に低下した。測定期間中、培地置換時の脱色率も平均40%を維持し、菌体を何度も繰り返し使用できることを確認した。従って、この処理法は、屎尿の高度処理において、活性炭の使用量を半分程度減らすことに貢献し、脱色も最初16時間から20時間掛かっていたのが、最終的には2時間で終了するまでになった。この事実から、LM12株を実際の屎尿処理プロセスに組み込んでも、処理時間を遅らせることはないと考えられ、実用化の目処が立った。
【0073】
[実施例10:屎尿脱色への過酸化水素の影響]
前記実施例でLM12株がリグニンを分解することを確認した。LM12株がリグニンペルオキシダーゼを生産していれば過酸化水素存在下で脱色が促進されるはずであり、この実施例によりこのことを確認する。
【0074】
白色腐朽菌は天然の褐色の難分解性有機化合物リグニンを分解することは広く知られている。白色腐朽菌は細胞外にリグニンペルオキシダーゼ類、マンガンペルオキシダーゼ類を分泌し、これらの酵素がリグニンの分解と脱色に関与している。これら酵素は過酸化水素を基質の一つとしてリグニンを酸化する。白色腐朽菌のように、LM12株がリグニンペルオキシダーゼを生産していれば、過酸化水素の添加で脱色が促進されるはずである。
【0075】
LM12株による屎尿の脱色処理において、リグニン分解菌のような酵素を生産しているかどうかを確認するため、過酸化水素を添加して脱色が促進されるかどうか試験した。LM12株の胞子を接種して24時間培養後、100mLの培養液をろ過し、菌糸を100mLの液体培地で洗ってから、新しい培地に置換した。この際に、新しい培地に過酸化水素を1mMになるように添加した。過酸化水素濃度は波長240nmの吸光度により測定した。
【0076】
図9は過酸化水素の添加の有無による屎尿の脱色効果図である。○は1mM過酸化水素の添加、□は過酸化水素の無添加を示す。色度とpH(図示せず)の時間経過から、過酸化水素による脱色の促進は見られなかった。過酸化水素の添加と無添加に依らず、5時間で40%脱色し、pHは8から4に減少した。この結果、過酸化水素は促進に影響しないことが分かった。屎尿の脱色において、LM12株は培地に添加した過酸化水素を利用しないと考えられる。
【0077】
[実施例11:下廃水処理の一例]
図10は本発明に係るLM12株を下廃水処理に適用した浄化システムである。反応槽2の中には固定化されたLM12株が配置されている。この反応槽2の中にpH調整剤Pと栄養塩類Nが添加されてLM12株を最適状態で培養し、更にこの反応槽2に下排水Gが流入する。LM12株は下排水Gの中の難分解性物質を分解し、分解された下排水Gは処理水槽4に移送される。
【0078】
下排水Gは処理水槽4から固液分離槽6に移送され、ここで固体物が分離されて、浄化された処理水Dが自然環境に放出される。未だ分解されない下排水Gがフィードバック流Fとして反応槽2に還流する。この浄化システムを通して、下排水GはLM12株により浄化され、処理水Dとして自然環境に流出してゆく。
【0079】
本発明は上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲における種々の変形例、設計変更などをその技術的範囲内に包含するものである。
【0080】
【発明の効果】
請求項1の発明によれば、屎尿やリグニンその他の難分解性物質を分解するペニシリウム属糸状菌LM12株(FERM P−18194)が本発明者等により発見され、この菌株を用いることによって通常手段では困難な難分解性物質を簡単に微生物分解することができる。即ち、請求項1の発明によれば、事前培養しておいたペニシリウム属糸状菌LM12(FERM P−18194)と、炭素源としてのグルコースと、窒素源としての硫酸アンモニウムとを反応槽に投入して培養すると共に、この反応槽に、砂沈殿槽により固形物を除去したあと、生物処理槽及び脱窒槽を含む生物処理装置により有機物を分解除去し、更に凝集処理槽及び凝集物分離膜により固形物を除去した後の下排水を導入して、下排水中の難分解性物質を分解処理するようにしている。その結果、前記固形物を除去した後の下排水を前記反応槽に導入するだけで下排水中の難分解性物質を分解処理でき、従来使用されてきた高価な活性炭処理やオゾン処理などに代えて使用できるなど、安価で確実な下廃水処理を実現できると共に、下排水の高度処理や最終処理にLM12株を使用するから、難分解性物質の分解処理を確実に行うことができる。
【0081】
請求項2の発明によれば、培地を置換しながら反応槽でペニシリウム属糸状菌LM12株を反復培養するようにしているため、ペニシリウム属糸状菌LM12株による脱色条件を好適状態に保持でき、脱色の効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】種々の硫酸アンモニウム濃度に対する培養液の色度(Color)とpHの経時変化を示している。
【図2】種々のグルコース濃度に対する培養液の色度とpHの経時変化を示している。
【図3】設定培養条件下における色度・pH・乾燥菌体重量の経時変化を示している。
【図4】菌糸の事前培養が本培養に与える脱色効果図である。
【図5】脱色終了後における栄養分の追加的添加による屎尿の脱色効果図である。
【図6】3種類の初期投入菌体量による屎尿の脱色効果図である。
【図7】菌糸の繰り返し培養による屎尿の脱色効果図である。
【図8】菌糸の多数回の反復回分培養による屎尿の脱色効果図である。
【図9】過酸化水素の添加の有無による屎尿の脱色効果図である。
【図10】本発明に係るLM12株を下廃水処理に適用した浄化システムである。
【図11】通常生物処理と高度処理を組み合わせた従来の最新鋭屎尿処理フロー図である。
【符号の説明】
2は反応槽、4は処理水槽、6は固液分離層、8は砂沈殿槽、10は生物処理層、12は脱窒槽、14は微生物分離膜、16は凝集処理槽、18は凝集物分離膜、20は活性炭槽、22は滅菌槽、Dは処理水、Fはフィードバック流、Gは下排水、HTは高度処理装置、HWは高度処理水、Nは栄養塩類、NBは通常生物処理装置、NWは通常処理水、PはpH調整剤。
Claims (2)
- 事前培養しておいたペニシリウム属糸状菌LM12(FERM P−18194)と、炭素源としてのグルコースと、窒素源としての硫酸アンモニウムとを反応槽に投入して培養すると共に、この反応槽に、砂沈殿槽により固形物を除去したあと、生物処理槽及び脱窒槽を含む生物処理装置により有機物を分解除去し、更に凝集処理槽及び凝集物分離膜により固形物を除去した後の下排水を導入して、下排水中の難分解性物質を分解処理することを特徴とする下排水処理方法。
- 培地を置換しながら反応槽でペニシリウム属糸状菌LM12株を反復培養するようにした請求項1に記載の下排水処理方法。
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